どことも知れぬ異次元空間の中。
やさしい目をした長髪の男が、
一生懸命仮面ライダーの絵を描いている利発そうな少年のところに歩み寄ってきた。
「おや、今度はキバか」
「うん!」
「はは、士郎は本当に、仮面ライダーが好きだなあ。
うん、なかなかカッコよく描けているぞ?」
神崎士郎(大人)と神埼士郎(子供)である。
『仮面ライダー龍騎』最終回以来、ほのぼのと絵を描いて暮らしている彼らは
平成ライダーをこよなく愛する熱心な視聴者でもあった。
「……ねえ」
「うん?」
「ふと思ったんだけど、仮面ライダーが全員でバイクレースをしたら、誰が勝つんだろう?」
「うーん……。そうだなあ……」
神埼(子供)のなにげない問いに、遠い目をして考えにふける神埼(大人)。
「………………………………………………………………。」
その長すぎる沈黙に、
「……おにいちゃん……?」
神崎優衣(大人)と神埼優衣(子供)は、とてつもなくイヤな予感を覚えた。
某巨大レーシングコース。
観客席を埋め尽くす大観衆と、スタート地点に列を為す、全平成作品の仮面ライダー達に
神崎士郎(大人)は重々しい声で告げた。
「レースは二周。優勝者には一つだけ、どんな願いも適う『力』が与えられる」
その言葉に色めきたつ者。
純粋にレースを楽しもうと考えている者。
参加する以上は勝つ、と、静かに闘志を燃やす者。
そして、
「ところで、なんで俺たちはこんなところに居るんだ?」と、
しごく冷静に疑問を感じている者。
さまざまな思いを胸に秘め、スタートの時を待つ仮面ライダーたち。
こうして、全平成作品の仮面ライダーたちによる
新たな戦いが始まった。
以下は、そのレースの経過である。
なお、「ライドシューターはバイクか?」という疑問に納得のいく答えが見出せなかったために
龍騎サバイブ、ナイトサバイブ、オルタネティブ・ゼロ以外の龍騎勢は
全員欠場することになった。
スタートと同時に他全員を大きく引き離した
「地上を走るロケット」ジェットスライガーの555だったが
コーナリングに難がある(滑る)ために、第一コーナーで早くも「普通に早い組」に抜き去られる。
直線で抜いてコーナーで抜かれるパターンで、ダントツトップと10位以下を激しく往復する展開に。
そして、トップに踊り出たクウガとスリップストリームでそれに追いすがるギャレン、
続いてカブト、ブレイド、アギトなどの本命たち。
ムキになって小競り合いを続けながら走るナイトサバイブと電王(モモタロス)は
そのおかげで先頭集団から若干遅れている模様。
一方、スタート地点で不気味に停止していた513のサイドバッシャーは
戦闘モードに変形して先行する全ライダーへの無差別ミサイル攻撃を開始した。
「全員リタイアすれば俺が優勝なんだよ」。
だが、この非道きわまりない攻撃に怒りを露にした者たちが居た。
「ライダーたちの命は!」
「俺たちが守ってみせる!!」
それは平成ライダー二大b
二大熱血漢、
龍騎サバイブ(ドラグランザー)とガタック(ガタックエクステンダー)だ。
ライダーたちを守るべく、Uターンしてカイザへの反撃を開始する2人。
ミサイル爆撃を受けて死んだライダーなどいまだかつて1人も存在しないという事実は、
このとき彼らの脳内から完全に消え去っていた。
(毎度のことながら)思うように効果の挙がらないミサイル攻撃に業を煮やし、
また空飛ぶ巨大怪獣と巨大ハサミサーファーの反撃に晒されたカイザは
ドンくさいにもほどがあるサイドバッシャーを乗り捨て&二大熱血漢へのオトリとして残し、
二台目のジェットスライガーを召還して遅まきながらのスタートを切る。
だが、彼のこの一見無意味とも思える無差別攻撃は
デッドヒートを繰り広げるライダーたちに
本人すら思いもかけぬ影響を与えていた。
「左からミサイル! よけてっ!!」
「なにっ!?」
先ほどから激しいぶつかり合いを演じていた相手(電王)からの意外な警告の声に、
ナイトサバイブは思わずハンドルを切った。
ラフファイトを通じて芽生える友情もある。秋山蓮は、そんなセンチメンタリズムを捨てきれない男である。
だが、そんな彼の背中を、無情にもミサイルの雨が襲う。
「ぐうっ!?」
転倒こそ免れたものの、大きく失速してしまうナイト。
そんな彼を尻目に、悠々と走り去る電王。
「あっれ〜? ごめん、ほんとは右だったみたいだね」
その後ろ姿は、なぜか青かった。
一週目も過半を過ぎる頃になると、
各集団のメンツはおおよそ確定しつつあった。
無心にコースを駆け抜けるクウガが安定してトップの座をキープし、
その背後にギャレン。
さらにわずかに遅れて、
アギト、ブレイド、ギルスなど、まっとうに速さを追求する面々が
ここの主だった顔ぶれである。
なぜかパンチホッパー影山(マシンゼクトロン)の姿も混じっているが、
後先考えない常時フルスロットルのその走りで
ここまでクラッシュせずにいられたのが奇跡だ。
先頭集団から一歩遅れて団子状態になっている第二集団、
ここには実にさまざまなメンツが揃っている。
長丁場のレースでのペース配分や突発事態への対処を考え、クールに自分のペースを維持している
カブト(カブトエクステンダー)、イクサ(イクサリオン)、オルタナティブ・ゼロ(サイコローダー)などの天才型ライダー達。
やる気は有り余っているがマシンスペックで遅れを取っている、
G3-X(ガードチェイサー)、サソード(マシンゼクトロン)などの面々。
そして、先ほどようやくナイトサバイブとの小競り合いを脱したばかりの電王、
コーナリングのたびにカッコよくスピンするのがいい加減面倒になってきて
オートバジンに乗り換えた555など、
アクシデントによって出遅れた実力派の面々である。
一方その頃、
ライオトルーパー(ただのモトクロスバイク)、ゼクトルーパー(ただのオンロードバイク)らの構成する最後尾集団の中では、
キバ(マシンキバー)と響鬼(凱火)の二大コワモテ系ライダーが
安全運転を心がけながらゆっくり並走していた。
「貴様なかなかいい腕だな。俺とここまで競り合えるとは」
「君こそなかなかいい感じだな。その調子で頑張りなさい」
天才は天才を知る。
抜きつ抜かれつの好勝負を繰り返しながら、
本人としては最大限の賛辞を贈り合うカブトとイクサ。
だが、そんな2人にも思わぬアクシデントが降りかかる。
「!! カ、ブ、トおおおおおおおお!!」
先行するパンチホッパー影山が、バックミラーにカブトの姿をみとめたのだ。
「また俺の光を奪う気だな!」
激昂し、マシンゼクトロンの後部コンテナに搭載されたミサイルを発射する影山だったが
それは丁度カブトの前に出ていたイクサの顔面を直撃した。
「ははははは! やったぁ!!」
カブトをも包み込む爆炎を振り返り、狂喜乱舞する影山。だが。
『CAST-OFF!』
炎の中から踊り出たカブトが、巨大な車輪つき刃物と化したカブトエクステンダーで影山を猛追する。
「おばあちゃんが言っていた……。真剣勝負を邪魔する奴は○してもいいってな」
「うっ、うわあああああああああ!?」
ウィリーして宙を舞うカブトエクステンダー。絶叫する影山。
先端の鋭い刃を直接相手の身体に叩き込むという、
ワーム相手でも一度としてやったことのない冷酷非情な必殺攻撃が
カブトの怒りのほどを表していた。
あまりのダメージにゼクターを吹き飛ばされ、宙を舞い無様に路面を転がる影山。
火花を散らしながら路上を滑ってゆくマシンゼクトロン。
「仇は討ってやったぞ……」
どこか寂しげにそう呟きながら、プットオンでバイク形態に戻したエクステンダーを駆り走り去るカブト。
しかし。
彼が走り去ったあと、ようやくこの場所にたどり着いた後続グループが見たものは
「汚れた手段で勝利を掴もうとするライダーたちよ……。神の怒りの声を聞きなさい!!」
優勝候補の一角から一転、恐怖の無差別破壊者と化した
イクサ(パワードイクサー)の姿だった。
「名護さん……。そんな……」
「ん? 知り合いなのかい?」
おだやかなクルージングを楽しんでいたキバと響鬼は、思わず停車してその光景を見つめた。
『ちょっとあんた何やってんのレースは……!?』
観客席でレースを見物していた恵は、思わず通信機でイクサ(名護)に噛み付いた。
「うるさい! 俺に指図するな! 俺は常に正しい俺は絶対に間違えない!!」
そして名護は、これがバイクレースであるという前提そのものを真っ向から否定しつつトリガーを引いた。
イクサポッド乱射開始。
「BからFは目標を回避しつつ前進! GからKは減速して援護射g」
「ダメです間に合いません!! うわああああ!!」
コースを火の海に変えながら暴れ狂うパワードイクサーを前に、
紙人形の如く蹴散らされてゆくゼクトルーパー、そしてライオトルーパーたち。
吹き飛ばされてもすぐ起き上がるライオたちはともかく、
中の人が生身の人間に過ぎないゼクトルーパーたちは悲惨の一語である。
しかも自分の隣に倒れた同僚がショックでワームとしての正体を現したりするため
そこかしこで同士討ちまで始まる始末だった。
どうせ優勝など不可能な最後尾に属している以上、
素直にリタイアすれば良さそうにも思えるが
今の彼らには撤退の二文字はない。
なぜなら、彼らの背後からはカイザのジェットスライガーが
ミサイルを乱射しながら迫ってきているからだ。
一方、パワードイクサーが呼ばれて飛んでくるまでのタイムラグをついて
大半が難を逃れた第二集団にも、
イクサのこの暴挙は波紋を投げかけていた。
「そんな……。あんなものがあったら、このレースはいったい……!!」
G3-Xこと氷川が仮面の下でアゴをしゃくりながら、
必要以上に深刻な口調で独白するのも無理はない。
なにしろ二周目(ファイナルラップ)では、全員がまたあの場所を通過することになるのである。
阿鼻叫喚の戦場と化した最後尾集団破壊劇場の光景は、
彼らにとってもけっして他人事ではなかった。
『おいどうすんだよ良太郎! こうなりゃ、こっちもデンライナーで……!!』
「駄目だよ、そんなことしたらコースが無くなっちゃう!」
そんな良太郎の気遣いも空しく、
「来い!! キャッスルドラン!!」
感じなくてもいい責任を感じてしまったキバおよびキバットによって、
怪獣は二匹に増えた。
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その頃、コースの反対側で一周目の最終コーナーをクリアしたブレイド=剣崎(現在3位)は
ファイナルラップを目前に控えたこの時点で既に、
このレースの優勝争いが事実上、先行する2人の一騎打ちになったと感じていた。
「すごい……」
スタート/ゴール地点をまたぐコース内最大の直線コースに突入したクウガ、ギャレンが
さらに後続を圧倒するスピードで疾走し始めたのである。
およそ二輪で走る乗り物が出せる限界値であろう速度を叩き出すクウガ、
臆することなくスリップストリームでそれを追うギャレン。
自分を含めた先頭集団の中に、彼らに追いつけるライダーやマシンなど居ようはずがない。
彼がそう確信した、その時だった。
右隣で、アギトのマシントルネイダーがスライダーモードに変形した。
左隣で、カブトのカブトエクステンダーがキャストオフした。
さらに斜め後ろで、いつの間にか順位を上げていたナイトサバイブのダークレイダーが
『ファイナルベント』
巨大な黒い弾丸に変形したかと思うや否や、凄まじい勢いで空を飛び始めた。
「おいちょっと待てよ!! それバイクじゃないだろ!?」
剣崎の叫びを置き去りにして
三つのバイクではないバイクの繰り出す必殺技が先頭の二台を猛追する。
ブレイド、6位に転落。
「剣崎も、もうマッハやタイム使っちゃうべき」
「タイムで他のバイクを止めちゃえばぶっちぎりだよね」
客席のそこかしこで囁かれるそんな声が、風に乗って剣崎の耳に届く。
「そうですよ剣崎さん! 俺たちも、カードを使えばあんな奴らなんて!」
隣に来たレンゲル睦月も焦れたように叫んだ。
反対側に並んだカリスに至っては、既に無言でカードを引き抜いている。
第一、一周目で手痛いダメージを受けたナイトサバイブが
なぜこの時点で先頭集団に居たのかと言えば、
巨大コウモリに変形させたダークレイダーの背に乗って、ライダーたちの頭上を飛んできたからなのである。
マッハのカードを使って速度を倍にする程度のことは、
もはや反則でもなんでもないと言えた。
だが、剣崎はカードを取り出そうとしない。いや、出せないのだ。
(橘さん……。俺は、どうすりゃいいんですか!!)
剣崎を縛り付けるもの。
それは、ここまで全く超常的な特殊能力を駆使しようとせず、
己の技量だけを頼りに駆け抜けてきた
先輩ギャレン橘と、その好敵手クウガの雄雄しい後ろ姿だった。
現に今、バイクではないバイク三台に一瞬で抜き去られながらも
2人のデッドヒートにはなんら変化は見られない。
たしかに、たとえギャレンがカードを使い、バイクごと2体に分身して火達磨になったとしても
速度は全く変わらないのかもしれない。
しかし、当然あってしかるべき便利な特殊能力をここまで一切使っていないクウガと
それを一途に追う先輩の姿に、剣崎は
これが本当のレースってもんじゃないのか? という思いを抱かずにおれないのだ。
だがこのままでは、自分自身もまたあの2人も、
優勝争いから脱落してしまうのは目に見えている。果たしてそれでいいのか。
そんなジレンマに悩む剣崎をよそに、
あんなスピードでコーナリングなどできるのかと思うような速度で
果敢に第一コーナーへと突入するクウガ(現在4位)、そしてギャレン(同5位)。
剣崎は知らなかった。
実はこの時点で、クウガ=五大雄介の心の中に
ある重大な懸念が芽生えつつあったことを。
「――すいません!」
「――なんだっ!」
猛烈な向かい風の中呼びかけてくるクウガに、ギャレンは怒鳴り返した。
変身状態で話しかけられるとついケンカ腰の応対になってしまうのは
剣崎との度重なる同士討ちによって育まれてしまった、橘の悲しい条件反射である。
しかし、クウガ=五大雄介はそんな彼の態度に気を悪くした様子もなく、
真剣な声で問い掛けた。
「……どうやって、曲がるつもりなんですか?」
――なんだそんなことか。
仮面の下で、橘は思わず笑みを浮かべた。
目の前には、既に危険なほど近く、第一コーナーの壁が迫っている。そして速度は、両者ともにトップスピード。
だが、彼の心には一点の不安も無い。
――お前と同じように、ハンドルを切りつつ車体を傾けてだ。
この男にできることなら、自分も同様にやってみせる。
天才的な戦闘とライディングの技量を誇る橘ならではの、それは絶対の自信だった。
だが次の瞬間、橘は見た。
自分の目の前を走っていたクウガが、軽く車体を傾けて脇へ逸れたかと思うや否や、
ビートチェイサーのテール部からパラシュートを出して猛減速する姿を。
「。」
後ろに向かって逆走したかのように視野から消えたクウガの姿を求めて、
わざわざ振り向いてしまったのが致命傷となった。
「「橘さんっ! 前まえっっっ!!」」
剣崎と睦月の、完璧にシンクロした悲鳴が青空に響く中――
ギャレンが見たレース最後の光景は
視界全てを埋め尽くす、第一コーナーの壁の模様だった。
(続く。)