おにゃのこが改造されるシーン素体9人目

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494甦る友情/4.帰還(1/5)
 そのまま眠り込んでしまったわたしは、真夜中の変な時刻に目を覚ました。
紗希は眠っている。わたしはふと昼間の「へっぽこ探偵」のことを思い出した。
そしてそれを思い出すといても立ってもいられなくなってきた。
 ――あまり行儀のいいことじゃない。でも、ちょっとだけ、
ちょっとだけよ――
 そう自分に言い聞かせながらわたしはそっと紗希のパソコンのスイッチを
入れ、起動するとメーラを開いた。「Holmes」というあまりにあんまりな
ニックネームをつけた新着メールが一件届いていた。件名は「堀江家の
調査について」。午前中の散歩の後に紗希が「依頼」し、バイト先の
探偵氏が夜までに結果を出したようだ。へっぽことはいえ、なかなか
律儀な人ねと思い、いずれ朝になればどうせわたしが見るんだから…と
言い訳にもならない言い訳をしながら、わたしは他人宛のメールを開いた。
495甦る友情/4.帰還(2/5) :2008/04/26(土) 21:17:01 ID:a9Qzvbbo0
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みさきちゃんへ

 例の堀江家の調査。早速行ってきました( '-^)b
 詳しい資料とかは明日見せるとして、
 結果をなるべく早く知らせてとのことなので、
 事実関係だけ簡潔に伝えておきます。
 まず、多分ご存じだろうけど、
 お友達のお友達という碧ちゃんは、例のサマースクールの
 集団失踪事件に巻き込まれたらしく、未だに行方不明です。
 ご両親の奈津子さんと昭夫さんは健在です。
 そして妹の、中学生の茜ちゃんですが、
 事件に巻き込まれたわけではないものの、現在入院中だそうです。
 調査によると、進行性の骨肉腫とかで、急遽足を切断したものの、
 転移が見つかり、もってあと数ヶ月から、下手をすれば数週間だと
 いうことです。病室は、美府病院の405号室。
 病院の地図と案内図も添付しておきます。

名探偵より
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496甦る友情/4.帰還(3/5) :2008/04/26(土) 21:19:02 ID:a9Qzvbbo0
目の前が真っ暗になった。あの快活で利発な、スポーツガールの
茜が、足を切断し、あと数ヶ月から数週間の命!どうしよう!神様!
 そのとき、いつの間にか馴染みになった、本能の呼び声が脳内に響いた。

 ――現状デ最適ナル行動ヲ選択シ、実行スル――

気がつくとわたしは擬態を解除し、再生した翅を広げ、アパートの窓を
開いていた。そして、一瞬だけ振り向き、紗希の寝顔に無言で別れを
言うと、あとは本能に身を任せ、夜の空へ飛び立っていた。
 メール本文の下にそのまま表示されていた添付画像を頼りに、わたしは
茜のいる病院と病室を一心に目指した。やがて病室が見えると、
窓の一部を溶解させ、鍵を回して病室に入った。
 病室に入ると、すやすやと眠る茜の横に、人間に擬態してはいるが、
もはや人間でない波長を発している看護婦がひっそりたたずんでいた。
看護婦は茜を起こさないための配慮か、超音波で話しかけてきた。
「待っていたわ、オードネートマリオン」
「あなたは…プペロイド?ソルジャードール?」
 相手の正体がもう一つ掴みきれないわたしに、看護婦は答えた。
「改良型プペロイドとも言えるし、廉価版のソルジャードールとも言える。
要するに新型よ。あなたがここに来ることを予期したヘルマリオンが、
茜ちゃんの担当看護士であるわたしを改造して、こうやって網を
張ったということ」
497甦る友情/4.帰還(4/5) :2008/04/26(土) 21:21:10 ID:a9Qzvbbo0
「…そう。わたしのせいで…」
 出かかった「ごめんなさい」という言葉に対し、目の前の操り人形が
どんな寒々しい返答をするのかを予測したわたしは、その言葉は飲み込み、
即座に本題に入った。
「ヘルマリオンの一員なら、話は早いわ。わたしを手近の、改造手術が
可能なアジトに案内してちょうだい。わたし、組織に帰ります。
その代わり、この子の命を救って欲しいの」
 看護婦は軽い驚きを見せ、用心深く聞き返してきた。
「…念のため聞くけど、わかっているわね?わが組織はもちろん、
茜ちゃんの病を完治させ、さらにはその足を再生させる技術力をもっている。
でも、ヘルマリオンは病院じゃない。茜ちゃんをただ治療してお家に
返すというわけにはいかない」
「…わかっているわ」
「…わかっているのね。妹さんがどうなるのかも。…そうよ。それが
あなたにとってもっとも合理的な選択肢。そして多分茜ちゃんにとっても。
…実はあなたがその決断を下してくれて、わたしもうれしいの。わたしも
茜ちゃんの命を救いたかったから。健気な子よ。自分の命が残り少ないことを
知らされても、おびえず、絶望せず、ただあなたと再会できないことを
残念がっていたの。…いいわ。付いてきて」
 看護婦は、ヘルマリオンの使いにしては人間的なセリフを口にしながら、
擬態を解除し、コガネムシか何かのソルジャードールの姿になって、
窓から飛び出してホバリングを始めた。わたしとしても好都合な展開
だった。ヘルマリオンは作戦ごとにそのアジトを変える。わたしの知る
アジトは今頃すべて破棄されているはずだ。この看護婦の案内でもなければ、
それを探し出すだけでも多大な時間を要し、その間に妹は死んでしまう
かもしれない。
498甦る友情/4.帰還(5/5) :2008/04/26(土) 21:24:19 ID:a9Qzvbbo0
 わたしは妹を毛布でくるみ、横抱きにすると、看護婦の後に続いた。
妹は片足が確かになくなっており、足一つ分以上に体が軽くなっていた。
鎮痛剤でも飲んでいるのか眠りはかなり深く、飛び始めてからも、夜の空を
飛んでいることなどまるで気づく様子もない。それでも一度、目を
覚ましかけた妹に、わたしは優しく言った。
「茜。お姉ちゃんが助けてあげる。もう心配いらないよ」
「…あ、お姉ちゃんだ。ありがと…」
寝ぼけながらも、信頼しきった返事を返す茜がたまらなくいとおしく
なったわたしは、改めて妹をしっかり抱きしめながら、看護婦の後を
追った。やがて看護婦は人里離れた山奥にたどり着き、古びた廃屋の
地下室のふたを開け、その奥にある電子機器を操作し、アジトの入り口の
扉を開いた。わたしは妹を抱えたままそれに続いた。
499甦る友情/5.改造装置(1/16) :2008/04/26(土) 21:27:46 ID:a9Qzvbbo0
 骸教授がうれしそうに声をかける。
「それでは、おまえは再び偉大なるヘルマリオンに永遠なる忠誠を誓うと
いうのだな?」
「はい。再び組織に戻り、ヘルマリオンのために尽くしたいと存じます」
「しかも、そこにいるお前の妹をわが組織の一員にいざなおうと?」
「はい。不幸な病に蝕まれてしまいましたが、中学一年にして全国大会で
上位入賞した優秀な陸上選手です。必ずやわが組織の貴重な戦力に
なるものと信じます」
「いいだろう。だが言っておくが、糸の切れたおまえの殊勝な言葉など
わしは信用せん。脳改造はしっかりさせてもらう。わかっておるな」
 ひょっとすると口先の忠誠によって脳改造は免れられるのではないか、
という淡い期待はやはり適わなかった。覚悟はしていたものの、
はっきりと宣告されると胸がざわめく。だが、わたしは平静を装って言う。
「…わかっております。どうか再び、この弱々しく不合理な心を
正しく導いて下さい」
「よし。ただちに堀江茜の改造と、オードネートマリオンの再・脳改造
を開始せよ」
 部屋の中央に鎮座している巨大な改造装置が起動を始め、白い手術台が
せり出してくる。プペロイドどもが寝顔のままの茜をわたしから奪い、
毛布をはぎ、そのパジャマと下着を切り裂き、汗ばんだ白い肉体を手術台に
固定する。足の切断痕が痛々しい。やがて妹はマリオンラーヴァの
腹の中へと吸い込まれていく。
 それを見届けたわたしは、今度はわたしを脳改造カプセルに連行しようと
するプペロイドをにらみ、一喝した。
「無礼者!わたしはソルジャードールだ」
500甦る友情/5.改造装置(2/16) :2008/04/26(土) 21:30:48 ID:a9Qzvbbo0
わたしは自分でゆっくりとカプセルに向かい、中に入って言った。
「始めて!」
 天井の装置が起動し、わたしの皮膚に無数の「糸」付着し、癒合を
開始する。数分の時間をかけて糸の癒合が完了すると、糸がぴんと張り、
わたしを吊り上げ始める。全身の皮膚が三角錐のように伸び、激痛が
走る。同時にヘルメットが装着される。クレイブレインが入っている
はずのシリンダーは空だ。いつの間にか部屋に入ってきた紗耶、いや
ホーネットマリオンが冷たい声をかける。
「あなたの場合、クレイブレインは注入済みだから手間が省けるわ。
でも、せっかく調子よく働いていたのに、リセットしなければならない
なんて、とても残念ね」
 一種の皮肉だろう。わたしはこの忌まわしい人工頭脳のせいで幼稚園児に
怪我をさせ、可愛らしい犬を殺してしまったのだ。だが、ホーネット
マリオンは幾分予想と違う返答をしてきた。
「実のところ、あなたのクレイブレインは完全に組織の支配を逃れて
いるの。そして、あなたと、あなたの愛する者のために、最善の選択を
して、あなたを動かしていたの」
 ホーネットマリオンは、わたしが思ってもみなかったことを告げ始めた。
501甦る友情/5.改造装置(3/16) :2008/04/26(土) 21:42:18 ID:a9Qzvbbo0
「いいこと教えてあげる。昨日、都内全域で、わが組織は小規模な実験的
無差別テロを行ったわ。一見無害なトラップをばらまいて、不注意な
愚民どもの頭数をちょっとだけ減らしてやったのよ。成果はほぼ
申し分ないものだった。だけど、ただ二件だけ、未然に起動が阻止
されたトラップが検知された。場所の特定までは残念ながらできなかった
けどね。…どう?心当たりはない?タンポポ型の濃縮溶解液噴射装置と、
殺人兵器に改造された小型犬。あなたの人工頭脳でもなければ、たとえ
紗希でも、あれの動作を未然に防ぐことはできなかったと思うんだけど…」
 …そうだったのか!わたしが狂った殺人兵器だったわけではない。
ただ、ヘルマリオンのいる世界が、狂った、危険に満ちた世界だった
だけなのだ!そして、わたしはその世界の中で、結局は正しいことを
していたのだ。大好きな紗希の危機を、二度も救うことができたんだ。
わたしは思わず声を出していた。
「…あは…よかった。よかったよ、紗希ぃ!!」
 わたしの目から涙がこぼれた。…だが、すぐに気が付いた。もうじき
わたしの心から、この気持ちは消されてしまうのだった。人工頭脳を
動かした、「紗希を救いたい」というまっすぐな思いも、「紗希を救えて
よかった」という素直な気持ちも、取り戻しかけた友情も、何もかも
消去されてしまう。そしてわたしはまた、紗希の命をつけねらう、意志の
ない操り人形に戻ってしまう。紗希と、そしてこの世界に再び刃を向ける
ことを自ら選択した自分の罪深さを、わたしはひたすら神様に懺悔する。
 …ああ、でも、人工頭脳についての紗耶の説明が本当ならば、わたしの
あの計画も多分うまく行く。わたしのクレイブレインは、多分わたし
一人ではとても無理だった計画を考え出し、実行してくれた。そして
もうじきこのクレイブレインは初期化され、わたし自身も愚かな操り人形に
なる。すべては混沌と忘却の海に沈み、そうして、わたしの計画は完了する…
502甦る友情/5.改造装置(4/16) :2008/04/26(土) 21:44:21 ID:a9Qzvbbo0
 …あのとき、看護婦と共にアジトの入り口を抜けたわたしは、完全に
油断している看護婦を襲って動作を停止させ、掃除用具入れの中に
押し込んだ。明朝、プペロイドか掃除当番のソルジャードールが開ける
まで、まず気づかれることはないだろう。とどめをささなかったのは、
わたしのせいで改造された女性を殺すのが忍びなかったからだ。だが、
相当深い損傷を与えたので、専門の修理斑でも来なければ救援電波すら
発信できないはずだ。「侵入者」として入ったわけではないから
セキュリティには感知されていないはずだ。常駐の巡回要員というのも
通常はいないはずである。
 それからわたしは人間に擬態し、妹の毛布を借りて裸体を隠すと、
妹に軽いカンフル剤を噴霧して、可哀想だがむりやり目を覚まさせた。
そして目覚めた妹の肩を抱き、その目をじっと見つめた。そして、
ここがどこかも分からずに戸惑っている妹に、大急ぎで説明を始めた。
「茜!茜!お姉ちゃんよ。一度だけ説明するから、どうか声を上げないで、
お姉ちゃんの話を聞いて。とても恐ろしい話だけど、目をそらさずに、
最後まで聞いて!」
 姉思いで、基本的に肝が据わっている妹は、すぐに戸惑うのをやめ、
ただならぬ状況を理解し、ごくりと息をのみながらも、決然とした表情で
わたしの話を聞き始めた。
「…最近世界中で恐ろしい事件を起こしている組織があることは知って
いるわね。その組織の正体をお姉ちゃんは知っている。『ヘルマリオン』
ていうの。なぜそれを知っているか。いい?怖がらないで。お姉ちゃんはね、
去年のサマースクールで、ヘルマリオンに囚われて、恐ろしい怪物に
改造されてしまったの。今はあなたを驚かせないように、人間に
擬態しているだけなの」
503甦る友情/5.改造装置(5/16) :2008/04/26(土) 21:47:23 ID:a9Qzvbbo0
 妹は、十代らしい柔軟性で、組織が非常識な超科学を駆使する
悪魔的集団である、という噂を、すでに事実として受け入れているよう
だった。そして、飲み込みの早い彼女らしく、わたしが何をためらって
いるのかをすぐに察して、言った。
「いいよ。今のお姉ちゃんの本当の姿を見せて。わたし怖がらない。
約束する」
 わたしは意を決して擬態を解除し、エメラルド色の皮膚をもつトンボの
改造人間の姿に戻った。そして羽織っていた毛布を再び妹にかけてやった。
妹は驚きの色をみせたものの、それでも目をそらさずにいてくれた。
 わたしは重要な話に入った。
「改造された女子高生たちは、ほぼ例外なく、心まで冷酷な悪魔の操り人形に
変えられてしまった。実は、わたしもそうだった。でも大丈夫。今は
違う。ある勇敢な子、あなたも知っている紗希ちゃんのおかげで、
わたしは人間の心を取り戻したの」
 茜を怖がらせないように話すのは難しい。
「ここからが大事。最後まで黙って聞いてね。言いたいことがあっても、
話が終わってからにして」
 茜はうなずく。
「わたしは、わたしがいない内に、あなたが大変なことになっている
ことを知った。わたしはあなたを助けたい。あなたの命を救いたい。
そう思った。そして…怖がらないでね。実は、ここがそのヘルマリオンの
アジトなの。ここでならあなたを直せる。そう思ってわたしはあなたを
連れてきたの」
504甦る友情/5.改造装置(6/16) :2008/04/26(土) 21:50:29 ID:a9Qzvbbo0
 茜はさすがにおびえ、何か言おうとする。だがわたしはそれを制する。
「わたしを信じて。もうちょっとだけ話を聞いて。まずたしかなのは、
組織の技術を使えば、あなたの体を元通りにできること。だけど、普通
ならば、あなたの命は救われる代わり、あなたは冷酷で意志をもたない
操り人形になってしまう。わたしはそれは絶対に嫌。あなただって
嫌でしょう?だからわたしは考えたの。あなたの病気を治して、ついでに
足も元通りにして、それでもあなたの心が無傷のままでいる方法を。
そのためにはあなた自身に、事態をよく理解し、その中で自分のすべき
ことをちゃんと知ってもらう必要があるの」
 茜は少しほっとした様子を見せたが、やはり何か問いたげだった。
だが、わたしは、もう少し黙って聞いて、というジェスチュアをして、
まずは「計画」の第一段階に取りかかった。
 まず、アジト全体の立体構造を電子的にスキャンする。案の定、
かわり映えのしない、いつも通りの間取りだ。それから、壁にある
配電盤の下の、分厚い強化コンクリートの壁に左手を当て、特殊な
高周波を手から放射し始める。
「約十数分かかるけど、この壁に穴が空く。わたしはその中にこれを
仕掛ける」
 そう言いながらわたしは自分の乳房に右手の爪を立て、肉の中に指を
差し込み、内部の組織をむしりとった。欠けた部分には体液が流れ込む
ので外見上の変化はない。
「強力なプラスチック爆弾みたいなもの。動作すると雷みたいな強烈な
放電によって爆発する。これに信管を埋め込むの。手伝って」
505sage:2008/04/26(土) 21:50:47 ID:i7tDMcFQO
 言いながらわたしはまず、この状態では絶対に爆発しないから、と
言いながら爆弾を妹に渡し、次いで右手で脇腹の収納スペースから信管と
携帯電話を取り出し、信管を妹に渡した。そして携帯のアラームを
四十分後に合わせた。携帯の充電端子に信管を差し、アラームが鳴ると
信管が作動する仕掛けなのだ。わたしは左手で壁に高周波を当て続け
ながら、話を続けた。
「壁に穴が空いたら、中の配電装置に爆弾を仕掛ける。今から四十分後、
爆弾が破裂し、基地全体の電源が破損して、しばらく復旧不可能になる。
結論を言えば、その隙にあなたは脱出できるはずなの。だけど、
そのためにはもう何段階かの説明が必要」
 …あまり時間はない。わたしは必要最低限の説明をして、しかも
そのすべてを茜に同意させねばならない。
 そして、装置に入ってからだいたい十五分後から二十分後の間の
どこかで爆弾が爆発する。つまりわたしはこれから、今からちょうど
二十分後くらいにあなたが装置に入るように、うまく調整して行動する。
爆弾が爆発し、基地のシステムがダウンしたら、あなたは基地の中を
最短距離で移動し、緊急脱出用の、いわゆる「空飛ぶ円盤」みたいな
乗り物で基地の外へ飛び出せばいい。可視光線でも補足できない、
超ステルス機よ。円盤の発信装置さえ切っておけば、追尾されずに
逃げられるはず。
 ここは超科学の要塞だけど、実は停電でシステムがダウンしたら脱出は
案外簡単なの。装置からは簡単に這い出せるし、約二分間、戦闘員も、
ソルジャードールも、どういうわけか骸教授という幹部も、一時的に
混乱して目標を見失う。脱出路や、隠れやすい場所や、武器のありかも
教えておくし、今はまだ言えないけど、とっておきの仕掛けもいくつか
用意する。あなたの脚力なら円盤にたどり着かない方がおかしいくらい。
人工頭脳でシミュレーションしたんだから、心配しないで」

 当然だが、茜は緊張して聞いている。わたしは話しながら思う。実際、
システムダウンしたヘルマリオン基地は意外にもろい。電磁式の拘束具も、
改造装置の排出口も、武器庫のドアのロックも、電源が停止すると簡単に
解除されてしまう。システムダウン自体が、わたしのような改造人間に
よる内部からの破壊活動か、あんな予測外の天災でも起きない限り、
まずありえないから、そんな設計が可能なのだ。多分設計者のいびつな
美学と傲慢さがそこにはあるのだろう。だから、いったんシステムダウン
してしまえば、復旧するまでの間ならば、機転の利く未洗脳の人間が、
糸のもつれた操り人形たちをすりぬけて逃げおおせる余地は十分にある
はずなのだ。…あのとき、あれだけの数の中で紗希一人しか逃げ出せ
なかったのは、紗耶という悪魔的な天才が、妹を思うあまり、かなり
早い段階で自己犠牲的な降伏を行い、ヘルマリオン側に着いたから。
それが最大の理由だったのだろう。ふとそれに気づいた。
507甦る友情/5.改造装置(9/16):2008/04/26(土) 21:55:24 ID:a9Qzvbbo0
 わたしは話を続けた。
「二十分の予備調整が済むとただちに本格的な改造が始まる。この作業は
十分もかからずに終わってしまう。さっきも言ったとおり、お姉ちゃんは
ちゃんと爆破時刻を調整して行動するけど、アクシデントによる数分の
誤差がまったくないとはいえない。そして、その誤差を絶対に後ろに
ずらすわけにはいけないの。リフレッシュが終わる前に爆弾が破裂しては
いけないから。だから、場合によっては、あなたは肉体の一部を
改造されてしまうかもしれない。その危険性を完全にゼロにはできない。
でも、万一肉体を改造されてしまっても、脳改造さえ受けなければ望みは
ある。あの勇敢な友達、紗希がもしヘルマリオンを倒してくれたら、
ヘルマリオンの科学力で肉体を元に戻すことは不可能ではないとわたしは
信じてる。それに、肉体改造の終了から脳改造までの間には、わたしたちの
頃よりも短縮されたとはいえ、三十分以上間が空く。やはり強化細胞の
定着に時間がかかるの。そして、停電までの誤差がそこまでずれることは
絶対にない。それは保証するわ」
 そう。要は、数分のリフレッシュが終わり、その後脳改造が始まるまでの、
長い時間のどこかで停電が起きさえすればいいのだ。特に最近は、改造後の
麻痺状態からの回復も以前よりずっと速い。いっそのこと、爆破時刻を
もっと後に設定して、茜が紗希同様完全なソルジャードール化するのを
待ってから動く方が確実かつ有利ではないのか…
508甦る友情/5.改造装置(10/16):2008/04/26(土) 21:58:29 ID:a9Qzvbbo0
 …そこまで考えたわたしはふと、そんなことを考えている自分が、「肉体の改造」に対してひどく鈍感になってしまっていることに気が付いた。
いざ肉体を改造されても擬態すればいいではないか、などと軽く考えて
いたわたしは、自分自身が改造されてしまったときの、あのどうしようもない
喪失感を忘れかけていたのだ。あんな思いを茜に味あわせてはいけない。
「…でも茜、お姉ちゃん、茜の体を改造させたりしないからね…」
 妹は震えながらもこう言ってくれた。
「いいよ。どうせ残り少ない命だったんだし、ちょっとくらい見かけが
変わっても、大丈夫!それにお姉ちゃん、わたし、その姿、結構
かっこいいと思う。そんなのなら………なってもいいよ」
 「事故」の可能性を納得し、けなげにもそう言ってくれる妹に、
大丈夫、改造はさせないからね、と念を押したわたしは、続いて
本当に大事な話を始める。
「…だけどね、本当の本当を言うと、今の計画はこのままではうまく
いかないの。なぜなら、この計画を実行するためには、お姉ちゃんは
どうしても再び脳改造を受けなければならないから。お姉ちゃん、
もうじき、心まで悪魔の手先に戻ってしまうの。進んで投降して、
やつらの脳改造を改めて受けるつもりでいるの。そしてそうなって
しまうと、計画は今話したように単純には進まなくなるの…」
 茜の顔色が急変した。
「いやだよ!!そんなんだったら、わたし死んでもいい!やめてよ!」
「お願い!お姉ちゃんの最初で最後のわがままなの。わたしは、
それでも、あなたが無事ならいいの」
509甦る友情/5.改造装置(11/16):2008/04/26(土) 22:01:31 ID:a9Qzvbbo0
 茜はなおも、泣きそうな顔で抗弁する。
「…でも、でも、脳改造されたら、もうお姉ちゃんはお姉ちゃんじゃ
なくなっちゃうんでしょ?『わたしを脱出させたい』という
気持ちも消えちゃうんでしょ?そんなになったら、きっと計画だって
ダメになるよ。意味ないよ!やめて!」
 賢い子だ。…だからこそ説明が簡単だ。
「そう。それは十分わかっている。だから、これから、そのための手を
打つの…いい?今から、ちょっと変な話し方をする。何を言いたいかは
分かりにくくなるけど、注意して聞けば難しくないはず」
 わたしはやっと「計画」の最核心部分に入った。
「『今から話す内容は、数十分後のわたしにはちんぷんかんぷんな話に
なっているはず』と、おばあちゃんが思っている、と天道くんなら思う
と思うの。『まず、操り人形は他人の心を読みとる力に限界があるの』
とおばあちゃんが思っている、と天道くんなら思うと思う。『そして、
わたしはその盲点の中に、わたしの作戦の一番大事な部分を隠そうと
している』とおばあちゃんが思っている、と天道くんなら思っていると思う…」
「まず、最新式の人体改造装置の説明をしておくわ。わたしたちを
改造した頃の装置は、不適合者を『食べ』てしまうという、生産効率の
悪いシステムだった。だけどその後データの蓄積が進み、すべての人間を
意のままに改造できるシステムが完成した。そしてこの改良型の機械には、
改造前に必ず二十分の『予備調整』の作業が加わることになった。
一律二十分をかけて、改造素体の体細胞をリフレッシュさせる。そして
その過程で改造素体の身体の異常はことごとく修復されるの。悪性腫瘍の
治療や、欠損した手足の再生さえしてくれる!これを経ると強化細胞の
性能が飛躍的に向上することがわかったから、もうこの過程を省略する
ことはない。しかも、二十分という時間は短縮できない。リフレッシュ
自体は、たとえ悪性腫瘍の治療や、欠損した手足の修復でさえ、数分とは
かからないの。体も、外面的には元通りになり、かなり激しい運動も
できるはず。だけど、細胞レベルでの改造という異常なストレスに
耐えるほどリフレッシュが『定着』するまでには一定の時間がかかる。
いわば改造までの待機時間、いえ、拘束の時間が必要なの」
 茜は賢い子だ。慎重に話を聞き、うなずいている。
「もうわかるわね。わたしはあなたを一度改造装置の中に運ばせる。
あなたは寝たふりをして改造装置に入る。数分であなたの体は元通りに
なるわ。腫瘍も消えるし、足だって再生する。もちろん、厳密な意味で
『元通り』とは言えない。修復箇所に人間以外の細胞が混じったりして
しまう。だけど、見かけはまったく人間と変わらないし、性細胞が
残っていれば普通に赤ちゃんを産むこともできる。
511甦る友情/5.改造装置(12/15):2008/04/26(土) 22:08:00 ID:a9Qzvbbo0
 ――ソルジャードールは、「三階以上の志向的態度」を読みとる能力を
奪われている。つまり、「誰かがしかじかと思っている」と思うこと
まではできても、「『誰かがしかじかと思っている』と思っている」と
思うことや、それ以上のもっと複雑な構造の思考は理解できない。
あるいは、あるレベル以上の「メタレベル」に立つことができないのだ。
ソルジャードールは、こうやって深い自己反省や、他人の心に対する
深い理解を妨げられ、それによってヘルマリオンへの疑問や反省を
抑圧されているのである。それゆえに、脳改造後のわたしは、
「誰々は『誰々は…と思う』と思う」という構造で枠づけられた思考の
内容に、たとえそれが自分自身の思考であっても、アクセスすることが
できなくなるのだ。
 「天道くん」とは少々古いネタだったが、ヒロくんの大ファンで、
しかもカブトを見るたびに「あれって本当は天道くんが自分で言ってるん
だよね〜」と言っていた妹だから、即座にわたしの真意を察することが
できたようだ。つまり、わたしが茜に伝えている本物の情報は『 』の
中だけで、他は単なる目くらましである、という仕掛けをだ。
 話しながら爆弾をセットし、重要な情報を伝えたわたしは、まだ
柔らかい強化コンクリートの塊を壁にはめ込み、もう少しだけ
特殊高周波を照射した。
「これでまた、壁と一体化して急速に硬化する。同じ穴を開けるためには、
また長い時間をかけなければいけなくなるはず」
 それからわたしは、さっきと同じような回りくどい言い方で、
計画の締めくくりを慎重に伝えた。
512甦る友情/5.改造装置(13/15):2008/04/26(土) 22:11:05 ID:a9Qzvbbo0
「『スキャンした結果、脱出用の円盤は、南と北の二方向にあることが
わかった』とおばあちゃんが思っていると天童くんは思っていると思う。
『そして、これからわたしはあなたに、南に逃げるように指示を出すけど』
とおばあちゃんが思っていると天童くんは思っていると思う。
『あなたはそれに「はい」と返事をしつつ、でも実際には北に逃げて』
とおばあちゃんが思っていると天童くんは思っていると思う――さあ、
茜!脱出用円盤は南と北の二箇所にあるわ。建物の構造上、
南の方が警備が手薄だから、南に逃げなさい!」
「…わかったわお姉ちゃん。わたし、南に逃げる!」
「いいわ。それから、これだけは忘れないで。お姉ちゃんはもうじき、
あなたを追いかける悪魔の操り人形に生まれ変わる。だから、もしわたしが
あなたを追いかけてきたら、教えたところにある武器で、躊躇なく
わたしを攻撃して。高性能の武器だから、うまく命中すれば、一撃で
仕留めることもできるはず」
「……」
「『はい』と言いなさい!それが、本当のお姉ちゃんの、本当の願いなの!
今のわたしは、自分で自分を殺すことさえうまくできない体なの。
死ぬなら、できればあなたに殺して欲しい。いえ、わたしを殺すとは
思わなくていい。脳改造と共にわたしはいなくなる。あなたが殺すのは
悪魔の操り人形。そして、悪魔の操り人形は滅びねばならない。
お願い!はいと言って!」
「…わかった。お姉ちゃん。わたし、悪魔の操り人形を…やっつけるよ」
「…いい子ね。ありがとう」
 二人は涙を浮かべ、少しの間抱き合って泣いた。
513甦る友情/5.改造装置(14/15):2008/04/26(土) 22:14:07 ID:a9Qzvbbo0
 …これでいいんだ。わたしは脳改造カプセルの中、もうすっかり慣れた
「天道くん語法」を心の中で使いながら、妹の脱出可能性を再度
見積もった――この糸が癒合する時間で、リフレッシュそのものは
終わっているだろう。あとは爆破を待つだけだ。廊下には発光バクテリアを
利用した常夜灯が設置されている。人間が使いこなせる軽便で強力な
超兵器のありかも教えた。そしてまもなく脳改造が終了し、愚かな
操り人形になったわたしは、わたしの仕組んだとおり、見当違いな方向に
ヘルマリオンの手先を誘導し、妹を逃がしてくれるだろう。操り人形が
嘘をつくなど、誰も予想しない。その単純さが要なのだ。
 …そして、後始末は、申し訳ないが、すべて紗希に委ねるしかない。
茜がわたしを仕留め損ねても、アップデートした紗希ならば、わたしを
一撃で殺してくれるだろう。わたし自身はそうやって姿を消せばいい。
茜には紗希のフリーメールのアドレスを教えた。未改造だが並はずれた
運動能力の持ち主である茜は、わたしと比べてもさほどのお荷物になる
とは思えない。茜にしても、そこは安全な居場所のはずだ。どのみち、
現在の地球上に本当に安全な場所などない。いつか紗希がヘルマリオンを
壊滅させてくれるその日まで、恐怖の支配は続くのだ。…もちろん、
「その日」がいつ来るのか、本当に来るのか、ということは神様しか
知らない。だがいずれにせよ紗希は人類の唯一の希望なのだ。それが
潰えてしまえば、結局妹も両親も、遅かれ早かれヘルマリオンの毒牙に
かかってしまうだろう。残る望みはない。
514甦る友情/5.改造装置(15/15):2008/04/26(土) 22:14:23 ID:i7tDMcFQO
 紗希のことを思い出したわたしは、ふと自分の「計画」が何かに似て
いることに気が付いた。…ああそうか。これは紗耶と紗希の物語そっくり
なんだ。わたしが紗耶で、茜が紗希。海底地震の代わりに、わたしが
仕掛けたトラップが茜を救出する。いわば神様が書いた紗耶と紗希の物語を、
このわたしが、つたない手でリライト、いやむしろ「二番煎じ」している。
 ――わたしは、その物語を上手に書けているのだろうか?
515甦る友情/6.脳改造、そして…(1/12):2008/04/26(土) 22:15:58 ID:a9Qzvbbo0
 カプセル上部のスイッチが入り、全身を無秩序な感覚がかけめぐり
始めた。わたしの四肢はわけの分からない踊りを始め、声帯からは
無意味な叫びが洩れる。頭蓋内のクレイブレインがリセットされ、
その上に改めて、現在のわたしの感覚神経と運動神経の興奮パターンが
書き込まれているのだ。めまぐるしく変化する感覚情報にかき回され、
引き裂かれそうになる意識をわたしはなんとかつなぎ止め、せめて
最後の最後まで人間でいようと歯を食いしばる。…ああ、もうじきわたし、
人間の心を無くしちゃうんだ。…いやだよ。紗希ともう一度、春の日和の中、
何も考えずにお散歩をしたかった。いやなこともあったけど、でも
楽しかった。いやだけど楽しい、そんな複雑な気持ちが、もうじき
わからなくされちゃうんだ。…いやだよう。やっぱりいやだ。紗希、
助けて。…茜、さよなら。もうわたしは茜の手の届かない世界に行くよ。
茜は、わたしの分まで、しっかり…。…あれ?何だろ?なんでこんなに
すっきりしたんだろ。そうか。…逆だ。今の今まで、わたしは未改造の、
混沌として錯雑な思考にまみれていたのだ。ようやく「修理」が完了したのだ。
よかった。あのまま、意味のない思考と行動を重ね、生きる意味を
見いださずに消去されてしまっていたら…ヘルマリオンへの忠誠という、
わたしの唯一の存在理由を手放したまま死んでしまっていたら…
 …そんな恐ろしい考えにわたしは思わず身震いし、現在の状態に
深い感謝を覚える。だがその直後、わたしは自分が取り返しのつかない
失策をしかかっていることを思い出し、カプセルを飛び出して骸教授に
報告する。
「骸教授!大変です!わたしは、『糸が切れ』てしまっていたとはいえ、
大変な過ちを犯してしまいました。二階の配電盤付近に電磁爆弾を
仕掛けてしまったのです!まだ間に合います!ただちに爆弾の撤去に
向かいます!」
516甦る友情/6.脳改造、そして…(2/12):2008/04/26(土) 22:18:05 ID:a9Qzvbbo0
 そう言って配電盤に向かいながら、わたしはまだ何か大事なことを
忘れているような気がした。…だが、脳改造前の記憶は、愚かな人間の
思考らしく、矛盾と意味不明な断片に満ちていて、うまく解読できない。
苛立たしい思いをかみつぶしながら、ともかくあの配電盤を開き、
爆弾を取り除かねば!と階段を駆け上る。
 配電盤の前に到着したわたしは、メンテナンス用のハッチを開くために、
大急ぎでセキュリティコードを入力した。糸が切れたことで、刻々と
更新されるセキュリティコードを受信できなかったさっきまでのわたしは、
ぶざまにも、十数分もの時間をかけて壁を壊し、ようやく配電盤にアクセス
するしかなかった。だが、今のわたしは一瞬でその作業をやってのける
ことができる。爆破予定時刻までまだ余裕はある。楽勝だ。
 だが、セキュリティコードを入力し終えた瞬間、配電盤の奥でブブブ
という音が鳴り、続いて鈍い爆発音がした。さらに数秒後、階下から、
それとは比べものにならない轟音が響いてきた。本能的に身をかがめた
わたしの上で、配電盤から爆風が吹き出し、同時に指揮系統の通信が
遮断され、知覚系の混乱に襲われた。わたしは青ざめた。配電装置どころ
ではない。動力中枢に被害が及んだ可能性がある。この二分間の混乱が
収束しても、プペロイドも、ソルジャードールも、ことによると骸教授もが、
相当長い時間「糸がもつれた」状態に陥り続ける可能性がある。
 …何を?わたしは…脳改造を受ける前のわたしは…いったい何を企んだ
というのか?懸命に思い出そうとするわたしの脳裏に、茜とのやりとりの
一部が甦った…
517甦る友情/6.脳改造、そして…(3/12):2008/04/26(土) 22:21:06 ID:a9Qzvbbo0
 …わたしは豆腐のように柔らかくなった強化コンクリートを丸く
切り取り、中にプラスチック爆弾をセットしている――このシーンは
よく覚えている。…ところが、そのときのわたしと茜との会話は、
わたしにとって意味不明な暗号でしかなかった。
「『まず、配電盤の裏にあるキーボードに177Enterと打ち込んでから、
わたしのIDを打ち込んで欲しい、わたしの携帯番号がそうよ』と
おばあちゃんが思っていると天童くんは思っていると思う。『それから、
爆弾を二つにわけて』とおばあちゃんは思っていると天道くんは思って
いると思う。『それが終わったら、その信管をそのジョイント部分で
切り離して、もう一つの爆弾につないで』とおばあちゃんが思っていると
天童くんは思っていると思う。『これで、三十分後のわたしが、配電盤を
開けようとしたとたん、携帯が鳴って、爆弾が電源部を破壊するわ』と
おばあちゃんが思っていると天童くんは思っていると思う。『でも実は
それだけじゃ、すぐに復旧されてしまう可能性も大きい』とおばあちゃんが
思っていると天童くんは思っていると思う。『そのために、もう一つの
爆弾が、ワンテンポ遅れて、真下にあるエネルギーチューブを直撃する』
とおばあちゃんが思っていると天童くんは思っていると思う。『本当の
狙いはこちらなの。誘爆が起こり、基地はちょっとやそっとじゃ修復
できないほどのダメージを受けるわ』とおばあちゃんが思っていると
天童くんは思っていると思う…」
518甦る友情/6.脳改造、そして…(4/12):2008/04/26(土) 22:24:07 ID:a9Qzvbbo0
 よくわからないながら、わたしは自分が失策をさらに重ねてしまった
らしいことを悟った。そして、今わたしにできることを懸命に考えた。
 ――システムダウンによって、基地内の兵員は指令系統を遮断された、
つまり「糸がもつれた」状態に陥っている。それはわたしも同じだ。
だが、今のわたしには、幸いにも、今現在何をなすべきかの情報と、
その具体的な手段の情報が与えられている。すなわち、「未改造体・
茜の脱出阻止」という目的と、その所在に関する情報である。つまり、
わたしには、愚かな脳改造前のわたしが茜に脱出路の指示を出し、茜が
それに同意したという、はっきりした記憶情報が残っている。そして、
茜という個体は、わたしの指示に絶対的に従順に従うという、強固な
反応傾向をその内部に形成している。だから、現在茜がどこへ向かって
いるか、わたしは百パーセントの確率で予測できる立場にあることに
なる。これを皆に伝え、一時的にであれ、わたしが「糸を引く」役割を
演じねば!
 わたしは、壁に確認していた、アジト建設以前の遺物と思われる旧式の
伝声管に口を寄せた。そして、最大音量で基地全体に貴重な情報を伝達した。
「総員に告知します!今頃、未改造体・堀江茜が逃走中のはずです。
しかし、わたしは未改造体の行動についての確実な情報を手にしています。
未改造体は、南の脱出用円盤に最短距離で向かっているはずです。しかも
恐らく武装しているでしょう。警戒をおこたらず、総員を南の円発射場に
集め、何としても未改造体の脱出を食いとめて下さい」
 これでいい。これを聞いたわれら操り人形たちはこの指令に従い、
南の脱出口へ向かうだろう。そしてわたし自身も、今すぐそこへ
向かわねばならない!
519甦る友情/6.脳改造、そして…(5/12):2008/04/26(土) 22:26:14 ID:a9Qzvbbo0
 わたしは最大速度で移動し、南の円盤発射場へ到着した。だが、
奇妙なことに、わたしの情報を得ているにもかかわらず、円盤の周囲には
一人の兵員もいなかった。代わりに、円盤の発射口を背に、まるでわたしを
待ち受けているかのような姿勢でたたずむ茜がいた。わたしは一瞬強い
違和感を感じ、しかし、なぜ自分がそんな違和感を感じたのか、理解
できずにいた――記憶情報によれば、脳改造前のわたしは茜に南へ行く
ように指示を出している。茜はそれに従ってここにいる。何のおかしな
ところもない。だが、なぜか、何かがおかしいような気がする。茜は
ここではなく、北の発射場にいなければならない。そんな不合理な直感が
湧きあがる。
 さらに、逆光で暗くなったその姿をよく目をこらして見たわたしは、
今度こそありえないものを目にした。茜の姿は、すでに美しい
ソルジャードールの姿に変貌していたのだ。わたし自身と似ているが
それよりも線が細く、尾の先端が二本に分かれているという形態だ。
手術開始時間と爆破時刻の間隔を考えると、この変貌は早すぎる。
なぜ妹の改造が完了しているのか?
 戸惑うわたしに、茜が口を開く。
「はじめまして、お姉ちゃん。カゲロウの能力をもつソルジャードール・
エフェメラマリオンよ。お姉ちゃんのおかげで、足が生えて、病気が
治っただけじゃなく、こんなに素敵な体ももらえたんだよ!」
520甦る友情/6.脳改造、そして…(6/12):2008/04/26(土) 22:29:25 ID:a9Qzvbbo0
 わたしの心に正体不明の戦慄が走った。その戦慄の正体はすぐに
判明した…ような気がした。つまり、茜はたしかに改造手術を受けたが、
脳改造を受ける時間だけはまったくなかったはずだ。すなわち、今目の前に
いるのは、あの憎むべきビーマリオン同様の未完成体だ!わたしはそれに
気づくと即座に戦闘態勢に入った。強化細胞の定着が不十分な今のうちに、
この哀れな妹を捕獲し、脳改造カプセルへ送らねば、第二の強敵を作り出す
ことになってしまう!
 だが、そんなわたしを見て、茜は笑いながら言った。
「お姉ちゃんはきっと、わたしが『お姉ちゃんは敵だから戦わなきゃ』
って思ってる、って思って、それで戦闘態勢をとったんだよね?」
 わたしには、どういうわけか茜の言葉の意味が読み取れなかった。
「うふ。大丈夫よ、お姉ちゃん。わたしは最新型なの。まったく新しい
テクノロジーの産物。あの短時間で、脳改造まで完了したんだよ。でも、
お姉ちゃんの計画はすごかったと思う。一週間前までのヘルマリオン
だったら、多分今頃わたしは未改造のまま円盤に乗って、どこかに
逃げていたはずだよ!」
 わたしは、自分の思考回路が不合理な反応を呈しているのを自覚し
始めていた。…わたしは、茜が誇るべき、美しいソルジャードールに
生まれ変わった姿を見て、なぜか戦慄を覚えた。その直後、今の茜が
脳改造を受けているはずがないと思ったわたしは、今度は戦慄をこそ
覚えるべき場所で、なぜか安堵の感情を覚えた。そして今、茜の脳改造が
完了している、という喜ぶべき知らせを聞いたわたしの心臓は、なぜか
とてつもなく早く脈打ち、そして「後悔」や「悲しみ」といった、人間の
心にしか生じないはずの、名すら忘れかけていた感情に満たされかけている。
521甦る友情/6.脳改造、そして…(7/12):2008/04/26(土) 22:31:29 ID:a9Qzvbbo0
 茜は動揺するわたしをよそに、饒舌な舌をさらに回転させていた。
「さっきの反応を見て分かったけど、やっぱりお姉ちゃんは旧式なんだね。
せっかく同じ日に脳改造を受けたのに、旧型として成熟しちゃうと
駄目なのかな…」
 わたしはようやく、先ほどの茜の意味不明な言葉が、なぜ意味不明
だったのかの理由に推察がいった。
「…そうか。三階以上の志向姿勢ね。ヘルマリオンは脳改造と高階の
志向システムを両立させる技術をついに産み出した。そういうこと?」
 そう言いながら、またしてもわたしは、喜びを覚えるべき場面で奇妙な
恐怖を覚える自分に困惑を覚えていた。
「さすがはお姉ちゃん!まだ操り人形のはずなのに、すごく頭がいいんだ。
でも、付け足しておけば、この技術はゼロから得られたものじゃないの。
ここしばらくの内に、お姉ちゃんたちの世代のドールの間で、次々に
『糸が外れ』始めた。それをもとに、ヘルマリオンの技術陣が開発したのが
わたしたち新型。だから、今のわたしがあるのは紗耶さんたちのおかげだし、
今では紗耶さんたちもわたしと同等か、それ以上の柔軟性を身につけて
いるのよ」
 わたしは、またしても見知らぬ単語に困惑した。
「『糸が切れる』ではなく『糸が外れる』?聞いたことがないわ」
522甦る友情/6.脳改造、そして…(8/12):2008/04/26(土) 22:34:49 ID:a9Qzvbbo0
「新しい現象なの。十分に長い間人工頭脳を埋め込んでいると、やがて
脳と人工頭脳、相互のシステムのカップリングが飛躍的に増大して、
最後にはヘルマリオンの指令をいちいち受けなくとも、心の底から
ヘルマリオンへの愛着が芽生えるようになるのよ。そしてそうなった
ドールには、もう『操り糸』はむしろ邪魔にすらなる。紗希さんを見れば
わかるでしょ?性能は劣るのに、自律判断力が飛躍的に高いからほぼ
連戦連勝だった。それも『操り糸』に縛られていなかったから。でも、
これらは互角以上に戦えるはずよ。お姉ちゃんもあとちょっとだったのに、
リセットしちゃったから、一からやり直しだね。でも、お姉ちゃんは
二度目だから、最初よりもずっと早いはずだよ…あれ?どうしたの?
お姉ちゃん?」
 わたしは茜の話を聞き、混乱と深い恐怖が湧きあがるのを抑えられ
なかった――駄目だ。そんなの駄目だ。そんなことになったら、もう
紗希は、人類は、ヘルマリオンに対して手の打ちようがなくなる――。
そんな思いが渦巻き、がたがた震えているわたしの姿を、茜が目ざとく
捉えた。
「お姉ちゃん!…また『糸が切れ』かけてるのね?しっかりして!!
いいわ。お姉ちゃんのわたしへの愛情を利用して、わたしが糸をしっかり
結んであげる!」
 そう言うと、茜は改造直後の肉体とは思えない腕力でわたしを押し倒した。
そして粘液を分泌し「アップデート端子」を伸ばしてわたしを犯そうとし始めた。
「やだ!やめて茜!やめて!」
523甦る友情/6.脳改造、そして…(9/12):2008/04/26(土) 22:37:50 ID:a9Qzvbbo0
 叫びながらようやくわたしは自分の中の変化の意味を悟った。同時に、
自分が何をすべきだったか、今何をすべきなのかをようやく理解した。
…この糸を…ヘルマリオンの呪縛を、何としても切らなければ!
人工プリオンが外れている今しかない。わたしはもうちょっとで自分の
意志で人工頭脳を使いこなす、ある意味で紗希以上の戦士に成熟しかけて
いたのだ。わたしこそが人類の希望だったのだ。それを…それを… 
 わたしの肉体をもてあそびながら、茜は奇妙に冷静な声で語りかけてくる。
「わたしはお姉ちゃんと別れるのはいや。お姉ちゃんだってそうじゃない?
なのに、なんでお姉ちゃんはわたしから、わたしたちから逃げ出そうと
するの?」
 世界の中の、乳首に当たる部分が熱を帯びて充血し、そこに当てられた、
まるで世界の外からやってきたような妹の舌から、何か禍々しいものが
しみこんでてくる。舌が動くたびにわたしの抵抗する気力は減退する。
茜はさらにたたみかけて言う。
「…ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんは大事なことを忘れているよ。
紗希さんのことだよ。わたしだって、紗希さんと憎み合うのはいや。
紗耶さんだってそのはずだよ。ううん。それは、紗耶さんだけじゃなくて、
死んでしまった人たちも含め、サマースクールの仲間みんなの気持ち
だったはずよ。お姉ちゃん、その大事な気持ちを忘れちゃったの?」
524甦る友情/6.脳改造、そして…(10/12):2008/04/26(土) 22:42:06 ID:a9Qzvbbo0
 世界の中心部が避け、外側からアップデート端子が押し入り、激しい
動きを始める。強烈な快楽によってうまく思考をつなぐことができない
わたしの意識に、茜の言葉が無抵抗で流れ込んでくる。
「…お姉ちゃん、糸が切れている間、ちょっとだけ紗希さんとまた仲良しに
なれたんだよね。一緒にくつろいでお茶を飲んだり、お散歩したり、
ひなたぼっこしたり、したんだよね」
 …そうだった。忘れかけていたけど、なんだか楽しい思い出だった。
よかった!この思い出を失うことが、わたしはとてもつらかったのだ。
思い出せてよかった。思い出せてよかった…
「しっかりして、お姉ちゃん。思い出は取り戻せるよ。わたしたちと
紗希さんは、また仲良しになれるんだよ。そのことを忘れちゃダメだよ!」
 その言葉と同時に、みだらな妹から禍々しい液体が大量に注ぎ込まれた。
同時にわたしは気がついた。

 ――そうか。そうだった。何の難しいこともなかったんだ。紗希を、
行き場を失ってしまった紗希を、偉大なるヘルマリオンに再び迎え入れる。
それこそがわたしたちの共通の願いだった。ああ、なんでこんな大事な、
そして簡単なことを、今の今まで忘れてしまっていたんだろう――

その思いを自覚すると同時に快楽も絶頂に達した。そしてわたしは、
気が付くと自分が以前の自分ではなくなっているような気がした。人間でも、
操り人形でもない、まったく新しい境地。世界が今まで以上に明瞭に
開け、複雑な世界がその複雑さのまま理解できるようになっている。
525甦る友情/6.脳改造、そして…(11-1/12) :2008/04/26(土) 22:43:18 ID:i7tDMcFQO
「茜!わたし、『糸が外れ』たみたい!なんだかすごく心が軽いの。
心を縛っていた、『ヘルマリオンへの忠誠心』というやつがまるで
なくなった気がする。それなのに、それなのに、ヘルマリオンのことを
大事に思う気持ちがごく自然に湧いてくるの!素敵!素敵よ!」
 茜は涙を流していた。
「お姉ちゃん!すごい、すごいよ!こんな短時間で糸を外せるなんて、
すごい進化だよ!!」
526甦る友情/6.脳改造、そして…(11-2/12):2008/04/26(土) 22:44:19 ID:a9Qzvbbo0
 そのとき、復旧したらしい警戒警報が全館に響いた。きっと紗希が
ここを突きとめたのだ。
「さあ、戦闘よ。骸教授や、みんなのところへ帰りましょう」
「うん!」
 わたしたちは手を取って作戦室に向かった。ぼろぼろになったその
部屋では、今頃、不安定なわたしの保護を茜に託した骸教授や紗耶が
わたしたちの帰りを待ちつつ、ディソルバー・サキ迎撃の体勢を整えて
いるだろう。動力炉はひどく損壊してしまったようだが、基地全体の
誘爆という最悪の事態は回避されたようだ。まあ、このくらいは許して
もらえるだろう。わが組織は寛大なのだ。組織への忠誠を失いさえ
しない限り、一度の失敗で部下を処刑するような、世に言う悪の組織と
は器が違うのである。
527甦る友情/6.脳改造、そして…(12/12):2008/04/26(土) 22:46:39 ID:a9Qzvbbo0
 茜が走りながらふと思いついたように言う。
「ねえ、糸が外れているわたしたちは、もう『マリオン』じゃないのかな?」
「いいえ。操りの糸は外れても、わたしたちには別の糸がつながれている。
偉大なるヘルマリオンの勝利へ向かいつつある世界そのものが織りなす糸。
ヘルマリオンの崇高な目的に、世界中の万物がその見えない糸で
結びついている。その糸をはっきり見すえ、それに結びこうという
しっかりした自覚をもつわたしたちこそが、本当のマリオン。
そしてその糸は、わたしやあなたと紗希とを、近い将来、きっとまた
結び合わせてくれるはずよ!」
 言いながらわたしは、そう遠からず来るに違いない、「その日」に
思いをはせる。

 ――ぽかぽかした、やわらかな日射し。その中をもう一度、子供
みたいにお散歩しよう。まっててね、紗希。もうすぐだよ! ――
<了>