344 :
ダイレン:
「学校の怪談」
若葉が馴染み、道ばたには桜の花びらが残っている様子は微塵もない。
五月病というやつか、ついついうたた寝しそうな環境にいる由美はボーっと外を見ていた。
体育している1組と2組が羨ましい。今日はドッジボールだ。まあ、自分達も次の時間には体育だが。
「……み……。由…………由美ちゃん!」
小声で話しかけてくる相手がいるのに気がつく。振り向くと、ニヤニヤしている智恵子がいた。
「どうしたの?」
「あのさ……」
「こら!授業中に私語はしない!」
田中先生は結構きつい。智恵子は後で、と言っていたが終始微笑していた。
噂好きの智恵子の事だからまた何かネタを掴んだのだろうと思いつつ、何なのか楽しみに待っていた。
算数が終わって着替えていると、智恵子は更衣室でその内容を話し始めていた。
「実はさ……この学校には開かずの教室があるのよ」
「開かずの教室って地下室に続くっていうあれ?」
一説によれば防空壕だったとか、埋蔵金があるとかしているらしいが真相は定かではない。
「そんなの、あたしらが4年生の時に流行ったやつだろ?」
5年生にしては大きいな胸を震わせながら、渚が口を挟んでくる。
確かに過ぎ去った内容を今更掘り返すのも何だとは思うが。
「それがさ……あれは秘密結社の基地に繋がってるんじゃないかって……」
「秘密結社って、あのアイドルが死んだ事件に関わってたとかいう?」
去年の10月辺りだったか、人気のアイドルが会社で死亡するという事件が起きていた。
それは悪の秘密結社による殺人事件で、それと戦い続けている戦士がいるという。
「確か仮面ライダーだっけ?秘密結社と戦ってるの」
345 :
ダイレン:2008/02/28(木) 21:29:53 ID:/vw5+iItO
「そうそう。秘密結社は仲間を増やした仮面ライダーに追いつめられて基地を移し……」
「それがこの学校の地下?馬鹿らしい……ありえないありえない」
体操着を着ながら渚は噂を否定した。智恵子はムッとなりながらもその場にいるみんなに語り続ける。
「もう一つあるの。秘密結社は人間を改造した怪人を操ってるらしいの……その基地で製造してるらしいわよ」
信じるものも信じない者も口を開いて喋り続ける。由美はどちらかと言えば信じる側だが、あってほしいとは思わない。
「ねえ……なんか怖いよね、綾ちゃん」
話しかけてみたが、由美は顔を見て驚いた。顔を青ざめさせた綾がいたからである。
「綾ちゃん……具合悪いの?」
ハッと我に帰ったように綾は由美の方を振り向いて大丈夫、というのを強調した。
その後にあったドッジボールでも、確かに綾は楽しそうにはしていたが……
着替えて教室に向かうと、男子は別の話題で盛り上がっていた。
この春に新任としてやってきだ久遠寺 静゙という教師についてである。
26歳ほどで、上から92・61・86というボン・キュ・ボン美人である。思春期の彼らには絶好の語りの対象となる。
「男子はこれだからはしたないのよね……」
「渚……お前なんて目じゃないくらい久遠寺先生は胸がデカいんだよ!悔しかったらなってみろ!」
「何ィーー!大輔、お前ーー!!」
渚が貶すように笑う。そこへ大輔が反論して渚が怒る。いつもの構図である。
「確かに、ああいうのはいいよなぁ〜」
「うん。柔らかそ……」
健一はそこに由美がいるのに気づく。渚と由美は仲良いし、一緒にいるのはいつものことなのに。
「由美ちゃん……いや……これは……僕は…大きすぎる胸は……」
自己フォローしたつもりだった。だが、由美は自分の胸を気にして赤面した。
「……あ、あたしだって……もっと大きくなるんだから!!」
その場にいる全員が驚いた。まさか由美がデレツンを含んでいるとは思わなかった。
健一を含んだ男子が、逆にある部分が大きくなったことだろう。
下校時間になり、ランドセルに道具をしまっていく由美。隣にいる綾も同様にしまっている。
「ねえ、由美ちゃん……一緒に……開かずの教室行ってみない?」
いつものように一緒に帰ろう、という誘いかと思えばそうではなかった。
しかも、自分以上に怖がりな綾が誘うとは到底思えない。
「えと……あたし……」
「来て……くれるよね?」
笑顔が気持ち悪いくらいにニッコリしている。一種の恐怖を感じた。
「……お母さんが同窓会あるっていうから、今日はあたしがご飯作るの……だから、早く帰らないと……」
咄嗟に出た嘘。由美はランドセルを背負って教室を出ようと歩き出した。
「……待ってよ……」
ぐっと腕を掴まれた。 しかも、その力は痛みを感じるほどに強い。
「友達でしょ?……゙一緒に゙行こうよ……」
今度は睨むように由美を視る。握る力もどんどん強くなっていく。
「本当に……今日は……ごめん!!」
綾の手を払って由美は走り出した。急いで校門まで出ると、教室の方をチラッと見てそのまま走り去った。
遠ざかっていく由美。それを窓から見つめる綾が静かに立っていた。
次の日、恐る恐る教室に入る。たぶん綾は怒っているだろう。なんて謝ればいいのだろうか。
「……綾ちゃん……お……」
「おはよう」
明るい表情だ。けれども、どこか無機質な笑顔。昨日感じた恐怖と似通った心情である。
347 :
ダイレン:2008/02/28(木) 21:32:34 ID:/vw5+iItO
授業中や休み時間は特に変わった様子はない。だが、由美は反射的に綾との会話を避けるようにしてしまった。
給食の時も黙々と食べてしまっていた。いつもなら話しながら食べるというのに。
「由美……ちょっといい?」
「渚ちゃん?」
牛乳を片手に渚は小声で話しかける。クイクイっと指を綾に向け、口を開いた。
「今日の綾、ちょっと変じゃない?」
自分以外にも感じてる人がいた。由美も耳打ちするような小声で返す。
「昨日からだと思うよ。なんか……こう、感情がないみたいな……笑い……」
「それだけじゃない。見てみなよ……」
今度は後ろにいるクラスメートを見ろと言ってきた。綾のことばかり考えて気がつかなかったが、何人かの女の子も綾と全く同じような笑いをしていた。
まるで台本にかかれたような笑い。人間的な感情が薄れたような……
「昨日、大輔達と野球してたんだけど……例の開かずの教室に何人かで向かう綾を見たんだ」
「え……開かずの教室って……。あたしも昨日誘われたけど、無理矢理断って……」
「それが……おかしいのは綾と開かずの教室に行ったメンバーなんだよ」
何かしら悪い予感がした。開かずの教室には本当に秘密結社の基地に繋がっていたとしたら……
昨日と同じ時間になった。由美は綾を含め、何人かに囲まれてしまう。まるで、帰り道を塞ぐような感じである。
「今日こそ開かずの教室を調べに行こうよ」
「由美ちゃんもあたし達と行くよね」
張り詰めたような空気があった。冷や汗をかきそうになる。言い訳が通用しそうにはない。
「あたし……あ、大輔君達とサッカーするんだ……」
「そんなわけないでしょ。さあ、行こうよ……」
近づいてくる友達を前に恐怖を感じる。そこへ由美の腕を引く手があった。
だが、それは暖かい手であった。黒いランドセルを背負った頼れる男の子である。
348 :
ダイレン:2008/02/28(木) 21:33:40 ID:/vw5+iItO
「悪いけど、由美ちゃんは僕と帰るんだ。行こう」
そう言った健一は由美を引っ張って教室を出た。綾は2人を追い越して前に立つ。
「何勝手に由美ちゃんを連れて行ってるの?。あたし達の邪魔しないでよ」
「邪魔って何のだよ!」
「うるさいなぁ……」
綾が思わず手を出した。ただ押されただけなのに、健一は胸を押さえて尻餅をついてしまう。
「大丈夫?」
「いた……痛いけど……平気……」
普段の綾はこんな力はない。ましてや手押しなどするはずがない。
「お前……綾ちゃんじゃ……」
「どうしたの?」
久遠寺先生が間に入ってくる。その瞬間、綾はビクッとして教室に入ってしまう。
何とか健一は立ち上がり、その場しのぎにはなったようだ。
「保健室にいく?」
「これくらい……。帰ろうか」
健一はあくまで学校を出るのを優先した。由美も健一の後を追って一緒に校門へと向かう。
「さっきの綾ちゃん……確かにいつもの綾ちゃんじゃないね」
「うん……あたし、何だか怖くなってきた……」
「知り合いの兄ちゃんに相談してみるよ。何かあったら言ってね」
何としても好きな子は守り通す。健一はそう、゙ある人物゙から教わったのだった。
由美もまた、頼りにしてしまう。心強い男の子がこんなに近くにいてくれるのだから。
その夜、由美はかかってきた電話に応対した。それは渚からであった。
「あたしはこれから、学校へ忍び込んで開かずの教室を調べてみる。この時間ならば先生もいるしさ、怒られるくらいのがマシだし」
「でも……」
「由美は絶対に来ない方がいいよ。……じゃ……」
ツーツーと鳴る電子音。時刻は7時38分。何とも微妙な時間帯だが、安全なのはそうだろう。
でも、胸騒ぎが止まらない。そう不安にかられてる間も時間はすぎてゆく。
349 :
ダイレン:2008/02/28(木) 21:35:31 ID:/vw5+iItO
時刻は午後11時21分。そっと家を抜け出した由美は学校へ入っていった。
渚が心配でたまらず来てしまったが、何かしらの圧迫感を感じざるをえない。
児童たちにとっては先生たちに知られていない、今は使われてない鶏小屋の裏側に鍵が壊れている窓ガラスがあるのは嬉しい。
入ってみると、やはり薄気味悪い空間が延々と広がっていた。
「……………」
一歩踏み出す。すると、自分の足音が響くのがわかる。それだけ狭い空間ということか、静かだということなのか。
もう一歩踏み出す。すると、響き渡る回数が多くなった。だが、それは遠くから近くへと伝わってくる。
自分の足音ではないと確信した由美は後ろから近づいてくるものを教室の影から待った。
息を切らしながら野球バットを片手に走ってくる人物。それは電話をしてきた渚だった。
「渚ちゃん!」
「由美!?……早く、あんたも走って逃げて!」
月の光に照らされてはっきりした。渚を追いかける見知った顔の人物。それは綾を含めた友達8人である。
脚を動かす由美は渚と階段を駆け上がって理科室へ駆け込んだ。ここならいざとなればベランダから飛び降りても着地可能な高さである。
「はぁ……はぁ…はぁ…はぁ……。バカ、なんで来たの?」
「なんだか嫌な予感がして……渚ちゃんが心配で……」
ガンガンと扉を叩く音がする。2人はベランダから飛び降りて校門へ向かった。
あそこまで行けば助かるのだ。あと少し、あと少し……
しかし、渚より先に由美の体は進んだ。走りなら完全に勝っているはずの渚が脚を進めていない。
後ろを見ると、サソリのような異形の怪物がその尻尾で渚に巻きついて引き寄せていた。
350 :
ダイレン:2008/02/28(木) 21:36:31 ID:/vw5+iItO
「うわあぁぁ!………放せ、放せよ!」
バットは転げ落ち、渚はグリグリと締めつけられていく。
「あああああああ!!」
恐怖でガタガタ震える由美。渚は力を振り絞って由美に言葉を伝える。
「逃げ……ろ……逃げなさ……う、う……ああああ……」
既に由美の脚は校門へと向かっていた。ここで見捨てるのをどうか許してほしい気持ちが彼女の心には溢れていた。
だが、校門には久遠寺が立っている。由美は本能的に足を止めた。
間違い無く、進んだ場合は命が危ないと判断したからである。
「あら、賢いわね。でも、もう遅いの……」
久遠寺の腕が植物の蔦に変わって由美の首を締め上げてグイグイと引き寄せる。
「あ………ぐ……あぐ……久遠寺……先生……まさ……うぐ……」
「ふふふ。そう、私は秘密結社・ショッカーの三大幹部が一人、ローゼス」
頭部はバラの花のようなものに、足の先はトゲが生えたような茎のような緑色に変わる。
「手こずったけどいい素体が手に入ったわ」
「……がば……あ……」
酸素が足りなくなってくる。由美は唾を口から垂らしてしまうほどに苦しくなっていた。
そして意識を失って倒れてしまう。うなだれた由美を蚊のような怪人が背負っていく。
「さあ、行きましょうか……開かずの教室へ」
気がつくと、目の前は緑がかった水溶液が広がっている。しかし、息は出来る。不思議だ。
服もなく、全裸の状態である。手探りで前にあるガラスにすぐに触れることから、人が1人入る大きさだろう。
円筒型のカプセルのようで、左を見ると空ではあるが同じようなカプセルが幾つも並んでいた。
「お目覚めかしら」
薔薇の怪人ではなく、いつもの姿をしている久遠寺。その横には、全裸で体が濡れて気絶している渚と無表情の綾らクラスメートがいた。
「……グヴォ……バカバザハ……」
「ふふふ……ようこそショッカーの地下アジトへ。私はナノマシンとは別の手段で改造人間を造る技術を開発したわ」
(か……改造人間?)
あちらの言葉は伝わってくるが、自分の言葉は伝わらない。ただ聞くしかない。
「細胞変質をさせるバイオ水溶液に浸せ、体に負担をかけることなく改造させる事が出来るわ」
言っていることがよくわからない。何にしても、噂は真実であったこと、自分がこれからそれを受けることが予想される。
「ブガガ……ヴガァブ………」
恐怖にかられた由美はガラスケースを割ろうと叩きつけるが、浮力を考慮したとしても10歳の少女には到底割れない強度であった。
さらに、目の前で綾がさっき渚を襲ったサソリの怪人に変化した。
その他の友達もみな蚊や蝶々など、多種多様な虫の怪人に変化していった。
「私という華麗な薔薇の周りにいる虫たち……いい構図でしょ?」
(出して、ここから……ひっ!!)
ケースの下側から金属製の触手が出てくる。由美の体に巻きつき、細胞変質を促すためのバイブレーション振動が開始される。
「あ………ヴバアザア゛ガアザ………」
(苦しい……痛い……熱いいい……)
締め付ける触手、細胞変質からくる極度な痛み、助かろうとする衝動が複雑に絡み合って由美を苦しませる。
やがて、液体は由美の体に染み着いていき、黒と茶色が折り混ざった体色になる。
「イ゛ヤ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
そこで意識を失った由美はそのまま体の隅々まで変化していった。
352 :
ダイレン:2008/02/28(木) 21:38:59 ID:/vw5+iItO
その後、カプセルから出された由美は渚と共に眠ってる間に記憶を操作された。
目が覚めた時、由美は自分のやるべき事をしっかりと認識して友達のいる集会場へと向かった。
「よく来たわね……No.9゙ビートル゙、No10.゙リーヂ」
渚はカブトムシのような強靭な盾と鋭い角のような剣を携えていた。
対して由美は、ヘランと垂れた皮膚を持って吸血するための口をもつヒルのような怪人に変わっていた。
「さあ、ジュニアショッカーガールズ……まずは意中の男の子でも襲ってみなさい」
そう言われた少女たちはそれぞれ別れていった。由美も人間の姿に戻って、もっとも気になる男の子の下へと歩いていった。
ピンポーン
朝早いというのに誰か来たらしい。健一は玄関に行ってみる。母親と父親は揃って出張だし、自分しかいない。
開けてみると、そこには由美が立っていた。
「由美ちゃん……どうしたの?」
「相談が……あるの……」
二階の自分の部屋まで上がると、なぜか健一はベッドを整理し始めた。自分でも何をしてるんだろう、と思いつつ。
広がる仮面ライダーに関する都市伝説雑誌も片づけていく。
「ごめんね……。実は仮面ライダーに助けられた事があるんだ……。そして知り合いになったんだ……そういえば相談って……」
振り向いた瞬間、健一に由美は抱きついた。しかし、それは由美であって由美ではない。
リーチと変貌した由美は健一の首筋から血を吸っていく。チュウチュウという生々しい音がする。
「ゆ……由美ちゃ……やめ……」
「………美味しいよ。健一君の……血……」
力を失っていく健一。パタリと倒れた所にリーチの口から血が垂れていた。
「……任務…完了……」
おわり……