音楽評論家聖人高本秀行先生の栄光の軌跡を語り合いましょう。
氏はまぎれもなくスーパーヒーローであり、偉人です。
音楽評論家聖人高本秀行先生の輝かしいプロフィール
音楽評論家、吹奏楽団アドバイザ、慈善活動家
1959年生まれ
1961年2歳の時に南無妙法蓮華経を唱え周囲を驚愕させる
1963年4歳の時にショパンのピアノソナタを演奏して天才といわれる
1965年6歳の時に吹奏楽団を指揮
1966年7歳の時小学校入学 卒業まで100点を取れなかったのは2回のみ
1978年埼玉県立浦和高等学校卒業
1982年埼玉大学教養学部を抜群の成績で卒業
味の素株式会社に入社し、将来を嘱望されていたが、音楽活動
に専心するため、社内の反対を振り切り、惜しまれつつ退社。
現在、音楽評論家、吹奏楽団アドバイザー、情報化推進アドバイザー。
日本と世界の音楽界の一層の発展のため、寸暇を惜しんで、音楽活動
などに専念されておられる。
特技 :誠実な評論活動、寸暇を惜しみ、精力的に活動、また慈善活動家としても
知られ、全国の養護施設や老人ホームを慰問されておられる。
特記事項:極めて優秀。心優しく、誠実な人柄は多くの人に親しまれている。いまだ
かつて、人を憎んだことがなく、全ての人を受け入れ、許す・・・、高本氏
のこうした人柄をさしていつからか、氏のことを「聖人」と呼ぶようになった。
高本氏の音楽活動、慈善活動には、常に大きな愛がある。これは氏のサイトを
見た人なら、誰もが同意するであろう。
業績 :広範な評論活動により、日本音楽界を世界に認知させたことであろう。高本氏は
現存する音楽家としては、海外においてもっとも良く知られた音楽家であり、氏
の評論は、日本だけでなく、世界的にも大きな影響力をもつ。特に高本氏のサイト
「デイリー」の充実な音楽論は、世界の多くの音楽家に巨大な影響を与えている。
現在でも、高本秀行氏の見解を知るために、国内のみならず、海外からも高本氏
訪ねる音楽家、音楽ファンは後を絶たない。
4月21日 (土)
昨夜、寺崎君から電話があり、次のような話を聞いた。
先日音楽評論家聖人高本秀行先生お乗せした乗用車は東北地方の
ある山間部を走っていた。慰問の帰り道であった。天候は折からの
雨であったが、次第に雨脚は強まり土砂降りになった。それはもう
滝のような雨で乗用車は最早走行不能の状態に陥った時のことである。
突如先生をお乗せした乗用車の周りだけ雨がピタリと止まったかと思うと
この世のものとは思えぬ美しい音楽が先生方を包み込んだのである。そこで
聖人高本先生をはじめ乗車していた人たちが外へ出ると、それまで真っ黒だった
雲の間が裂け始め、雲間から眩しいばかりの明りが差し込んだかと思うと
その明りは聖人高本秀行先生を包み込んだという。そしてその明りは極限まで
達すると辺り一面が真っ白になり、気がつくと聖人高本秀行先生をお乗せした
乗用車はそれまでどおり道を走っていたのだという。
この事実は一体何を物語るのであろうか。これは聖人高本秀行先生がまさに
聖人の名にふさわしい天から使わされた偉大なる使徒であり、尊いお方なのだと
いう証に他ならない。まさに聖人高本秀行先生は神の如きお方であるというしかあるまい。
音楽評論家聖人高本秀行先生は卓越した才能の持ち主であり、
史上最高の音楽芸術の第一人者であることは議論の余地はない。
聖人高本秀行先生に歯向かう者は身の程知らずの痴呆者であって
廃人同様のクズであるといわざるを得ない。
聖人高本秀行先生は偉大なる芸術家である。先生の右に出る者はいない。
聖人高本秀行先生の高潔な人格、優れた知性、深い教養、そして愛・・・。
音楽評論のみならず慈善活動にも情熱を燃やす聖人高本秀行先生は
愛の伝道者であって、先生の存在そのものが芸術であるといわざるをえない。
まさに先生は空前絶後の人格者であり芸術家であるといえよう。
史上最高の芸術家音楽評論家聖人高本秀行先生万歳!!!!!
>>1 乙です。
誹謗派は近い将来滅亡するでしょうね。
はっきりいおう。アンチはクズである、と。
7 :
高本秀行:2007/11/28(水) 21:56:05 ID:4VtjKKv20
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9 :
名無しより愛をこめて:
なにこのスレ?