わたしは高校の帰り道、友達のヒトミと共に気味の悪い黒ずくめの男たちに誘拐されてしまった。
目隠しされたままの長い移動の果て、わたしはヒトミと引き離され、研究所のような建物の中、
黒ずくめの男たちに全身の衣服を切り刻まれた。さらに脇の下や大事な部分の毛、さらには
髪の毛や眉毛まで剃られ、そしてそのまま無理矢理この手術室のような部屋に連れてこられた。
男たちはわたしを丸いベッドの上に大の字に寝かせた。ベッドは柔らかく、灰色で粘着性の
素材で覆われていた。、沈み込んだわたしの身体はベッドに接着され、わたしがどんなに
もがいても動くことができなくなった。そして天井から不気味な声が響いてきた。
「きみはこれから融合生物チスイコウモリ女として改造される。そして我々の
世界征服のための忠実な僕として働いてもらうことになる。君の身体を固定している灰色の
シートは、チスイコウモリの皮膜を培養し、強化細胞と改造用ナノマシンを配合したものだ。
活性化が始まるとそのシートはまず君の皮膚と融合し、それから体内組織と神経系の
改造を開始する。一時間後には君はもう人間ではなく、すばらしい能力を備えた融合生物に
生まれ変わっていることだろう」
「いや!そんなのいやです!やめて!やめて!」
泣きわめき続けるわたしの言葉には耳も貸さず、黒い男たちはわたしの身体が入るくらいの
楕円形の枠を運んできた。枠には気味の悪い灰色のシートが張ってあり、上部には丸い
小さな穴が三つ空いていた。男たちは枠ごとそのシートをわたしの身体の上にかぶせた。
シートは鼻と口の穴以外のわたしの全身をすべて覆った。次に天井からライトのようなものが
降りてきた。
「活性化光線、照射!」
天井の声を合図に、天井からのライトと手術台から不気味なピンク色の光線が照射された。
全身のシートは柔らかくなり、そして生き物のように動いてわたしの全身に密着した。
上下のシートも相互に密着し、わたしの全身はちょうど真空パックのお肉のような状態で
二枚のシートの間にすき間なく挟まれた。シートは微妙な圧迫と独自の刺激をわたしの皮膚に
加え、わたしの中にとても変な感覚を産み出した。その感覚と共に、女の子の大事な部分から
変な粘液が大量に出てきた。このとても変な拷問が約一時間ずっと続き、わたしの頭は
ぼおっとしてきた。
「融合完了!」
黒づくめの男の声と共にライトが消えた。恐ろしい瞬間だった。
「見るがいい!これが生まれ変わったお前の姿だ」
天井の声と共に、ライトが移動し、その背後の大きな鏡が現れた。
「いやああああああああああああああああああああああああ!」
わたしは絶叫した。
全身の皮膚はあの気味の悪い灰色の皮膚で置き換えられていた。乳首やおへそが少し
ひしゃげており、見た目は半透明のビニールを被せられているように見える。しかしそれが
今のわたしの皮膚そのものであることは、肌に触れる空気の感触ではっきり分かった。
手の先とつま先を繋ぐライン、それに、両足の間、さらに手と足の指と
指の間すべてに、あの気味の悪い灰色の皮膜が広がっていた。指の間、脇の下、
左右の太ももの間に薄い皮膚が広がっている形だ。コウモリの羽根そっくりだった。
黒目は真っ赤に変わり、耳は鋭くとがり、口からは鋭い牙が生えていた。髪と眉は
ねずみ色のとても細い毛に置き換わっていた。きっとチスイコウモリの体毛なのだ。
「この後しばらくの時間をかけ、神経組織の再編成が進行する。お前の中に徐々に
チスイコウモリの本能と我々への忠誠心が芽生えてくるだろう。抵抗しても無駄だ。
だが、我々としてはむしろ君がその本能に全力で抵抗してくれることを期待している。
抵抗心が強ければ強いほど、完成態は強靱な意志を持つ勇敢な融合生物へと
成熟するからだ」
「…おねがい。元の身体に戻して…」
「それは技術的にも不可能だ。だが、元の身体に近い状態になる方法はある。
君の精神融合が完成し、チスイコウモリの本能が完全に覚醒すると、君は自分の
肉体を自分の意志で変形できるようになる。皮膜の伸縮も自在だ。手と指を伸ばし
て本物のコウモリのように空を飛ぶこともできる。そして人間に擬態することもできる」
男の言葉は残酷だった。わたしが人間の姿に戻るためには、わたしが人間の心を
完全に失うことが必要だということだ。いやだ、そんなのいやだ…。
「精神融合が完了するまでの時間、待機室で身体を休めるがよい。中には
『順番待ち』の友達が待っているはずだ。友達にその新しい姿を見せてあげるがいい」
さらに残酷な言葉と共に天井の声は止んだ。わたしはまだ麻痺している身体を
黒ずくめの男たちに引きずられ、「待機室」へ運ばれていった。
「いや!来ないで化け物!あっちにいって!」
親友の残酷な出迎えにわたしは傷つき、涙を流した。
待機室の中にはやはり全裸にされたヒトミがいた。ヒトミの場合、わたしとは
異なり、髪の毛と眉毛は無事だった。何かわたしとは違う「改造」をされる予定なのかも
しれないと思った。ヒトミの改造は明日行われる、という告知が来ていたのだった。
ヒトミは根本的に優しい子だった。わたしの心がまだ以前のわたしであることが
分かってくるにつれ、わたしの奇怪な外見を極力気にしないように気丈にふるまって
くれた。そしてわたしにひどい対応をしてしまったことを心から詫び、泣いてくれた。
わたしはこの子だけは改造させてはならない、と強く誓った。わたしがわたしでいるうちに、
この子をこの建物から逃がす。
あいつの話ではわたしの心はやがて完全にチスイコウモリの本能に支配されてしまうという。
それは逃れられない運命なのかもしれない。たしかに心の奥に不気味などす黒い衝動が
うごめき始めているのをわたしは感じている。あまり時間はないような気がする。でも、
なんとかその残った時間で、この子を連れて脱走できたら、わたしはもう無理でも、
この子だけは助けることができるはずだ。
実はわたしはこういう、通常の科学力を超えた力をもつ存在と密かに戦っている人物に
心当たりがあった。その人物に彼女を委ねられれば、何とかなりそうな気がするのだ。
「未完成の融合生物と改造素体一体が脱走!至急発見し捕獲せよ!」
待機室の壁を破り、黒ずくめの男を蹴散らし、わたしはヒトミを連れて逃げた。やつらが
わたしに与えた人間離れした力が今は役に立った。心の中の闇は少しずつ大きくなっている。
だが、まだまだ大丈夫だ。わたしたちは例の人物の電話番号を覚えている。一度聞くと
絶対に忘れない変な番号。そのチラシを学校の周りでばらまいているときはただの変態だと
思った。だが、その人物が不思議な姿に「変身」し奇怪な化け物と戦っている姿を
わたしたち二人は確かに見た。この建物を脱出し、どうにかしてあの電話番号につなげれば、
なんとかなりそう、そんな気がした。…目撃なんかしたせいで誘拐されてしまったのかも
しれない、という可能性は、いまは考えないことにした。
「ヒトミ、お願い。絶対に怪我だけはしないで。お願いよ。怪我しないでね!」
「任せて。本当にユミコはユミコのまんまだね。やさしいね!」
わたしの目のすぐ上にはヒトミのおしりがあった。すべすべして、とてもきれいなおしり。
この10メートル程度の崖を降り、下に流れる沢をたどれば、多分脱出のめどがたつ。最後の難関だ。
人間では無理だが、今のわたしの超人的な握力ならばなんとかなる。ただし、反対側の断崖が
迫っており、おぶって降りることはできない。わたしはヒトミを両肩にの上に立たせ、少しずつ降りる、
という作戦を思いついた。それほどの危険はない。しかし両側の崖から飛び出る鋭い岩が、
ヒトミの柔らかな肌を傷つける危険は少なからずあった。そして、今のわたしたちにとって、
それはとても深刻な危険なのだ…
それがいかに危険なことなのか、ヒトミに正直に話すべきだろうか。…話すべきなのだろう。
わたしの心が少しずつ恐ろしい衝動に蝕まれている、という事実をきちんと告げるべきなのだ。
だがわたしは怖かった。ヒトミがまたあの恐怖の視線をわたしに向けるのが耐えられなかった。
自分勝手だとは思う。だが、わたしが何とかすればいいんだ。――そう。終わりよければすべてよしよ…
実際、もうほとんど地上に降りてきていた。あとは沢を下り、警察か人家を探す。やつらの
息のかかったやつらならわたしがやっつける。そしてあのヒーローに電話をかける。それで多分大丈夫。
ヒーローというのはそういうものなのだ。
そうしてわたしはヒトミに永遠の別れを告げ、ヒトミの見えないところで自分の命を絶つ。予定通りだ。
しかし、ヒトミはやはりことの重大さを認識していなかった。あたりまえだ。私が何も言わなかったのだ。
そしてヒトミはわたしに全幅の信頼を置いているのだ。
ヒトミは最後の最後で強引な飛び降り方をし、ひざ小僧をすりむいたのである。 ほんの少しの
赤い血がにじんできた。赤い赤い赤い赤い血。わたしは急速に自分の意識が麻痺するのを感じた…
わたしはユミコにひどいことをしてしまった。
ユミコはわたしと共に謎の男に誘拐され、恐ろしい「手術」を受けて人間ではない生き物に改造されて
しまった。先にわたしが手術されなかったのは単なる偶然だ。わたしが先にああなっていたかもしれない。
なのにわたしはユミコを見て「化け物」と叫んでしまった。こっちに来るなと追い払ってしまった。
ユミコは泣いた。ユミコはこんな姿になってもまだ人間の心をそっくり残していたのだ。そんなことを
してしまったのに、ユミコはわたしをここから逃がそうとしてくれている。その人間離れした力を駆使して。
「あなただけは改造させない」
ユミコは何度もそう言って、やつらの手下をはねのけ、 壁を壊し、建物を脱出し、裏山にまで
たどり着いた。高い崖をわたしをかついでやすやすと降りてくれた。ドジなわたしは降りるときに
へまをして足をすりむいてしまった。ユミコは、大した傷ではないのに、
「このへんはやつらの影響圏。変な菌でもいるといけないわ」
そう言って丹念に血を吸い出してくれた。本当に優しい子。そして勇敢な子。
ほとんど絶望だと思えたのはそのすぐ後だ。もうあとは山を下るだけ、と思ったそのとき、
そばに近づくまで全然見えないような、不思議な仕掛けのしてある、とても高い壁に突き当たったのだ。
高さは50メートル以上。左右に果てしなく伸びている。つるつるした金属製で、ユミコの力でも
登ることなんて不可能だ。遠くからは追っ手の声が聞こえている。見つかるのも時間の問題。
そのとき、わたしの頼もしいナイト、ユミコが意を決してこう言ったのだ。
「この姿だけは見せたくなかった。でも、やむをえないわ。あなたを改造させるわけにはいかない。
ヒトミ、捕まって!」
そう言うとユミコは両手を大きく広げた。ユミコの腕はみるみるうちに太く、長くなり、その指は
細く、しなやかに伸びていった。やがてユミコの両腕は巨大なコウモリの羽根に変わっていた。
「ユミコ、すごい!きれいよ!」
正直な気持ちだった。ユミコはにっこり笑ってくれた。そしてわたしはユミコに捕まり、
二人は大空へ飛び立った。
ユミコが向かったのは人家のある方ではなく、人気のない山奥だった。
「ユミコ、どこへ行くの?」
「いいから。わたしを信じて。わたしに任せて。あなただけは改造させない」
何か考えがあるんだ。わたしはユミコに全てを委ねた。
「さあ、着いたわ」
二人が着いたのは本当に人気のない林の中。
「ここまで追ってくるのはさすがに時間がかかる。今のうちよ」
「…今のうちって…どういうこと」?
わたしはほんの少し不安になった。
「あなたを改造されては困るの。あなたにはわたしの最初の僕になってもらわないといけないわ」
「何?何を言っているの?ユミコ?」
「ユミコ?わたしはそんな名前ではない。わたしの名は、融合生物チスイコウモリ女。
人間に強化細胞とナノマシンを注入し、わたしに似た存在に作り替える力があるわ。
しかもその精神をわたしの僕として簡単にコントロールできるの。これからもわたしを信じ、
私の言うことを聞いていればよくなるのよ。あっはっはっはっは」
ユミコだったモノはそう言うとわたしに抱きつき、わたしの首筋に牙を突き立てた。
<了>