――案の定、小娘は弟子入りさせてもらいたいほど上手だった。しかも改造人間のツボを
知り尽くしていた。さらに意地の悪いことに、簡単にはイかせてくれず、じらしながらコトを進めた。
「や、やめて…もうやめて…」
「うふふ、いいわよ。やめましょうか?そしてあなたを分解消去する。それでいい?」
「…」
「…いやあね、ウソよ。大事なあなたにそんなことするわけがないじゃない」
あたしにはもう、一瞬でも「やめないで」と言いそうになった自分に腹を立てる気力すら奪われていた。
「さて、ここまで快楽が浸透したら、もう色々変わってきているはずよ。ちょっと実験してみましょうか」
蜂女は責める手は休めずに、妙な話をふってきた、
「ねえ。お得意の『クソ宇宙人』って言ってみて。言うだけでいいわ」
あたしは漠然とした不安に駆られ、女の言うせりふを復唱してみた…
「………いやああああああ。やだ!お母さん!助けて!気づいてるんでしょ!見捨てないで!!」
あたしは絶叫した。封印していたトラウマが一気に解き放たれた。
「あらあら、まだだいぶ人間の感情が残ってたのね。誤認識が生じたみたいね。でもよかったわ。
本当に『反逆の恐怖』が発動したらそれどころじゃなかったわよ。…意地悪してゴメンネ」
「…あああ、お願い。わかって。いやなの。心を失いたくないの…奴隷なんていやなの…わかって…」
あたしは何度目かの嘆願をした。無駄とは分かっている。だが人間として最後まで抵抗したかった。
最後の瞬間まで人間らしくいたい。そんな気持ちだけで言葉をしぼり出した。
「ねえ。何がそんなにいやなの?教えて」
「…だってそれは…」
――恐ろしいことに気がついた。いつのまにか「言葉」に「気持ち」がついてきていない。
人間らしい思い、人間ならば当然の願い、そういう「言葉」は出てくるのに、その言葉が
どんな「気持ち」の表れだったのか、急激にわからなくなりかけている。
「わからないの?そうよね。多分そろそろわからなくなってる頃。快楽による感情の置換は
もうだいぶ進んでいるのよ。今のあなたの人間としての意識は、感情という養分を断たれて
かさかさに干からびた、蛹の殻みたいなもの。その下に本物のあなたが育っているわ。
『主への崇拝』を核にした新しい優れたシステムが準備を完了しているの」
蜂女はいつの間にか、あたしのとは別の移植用性細胞を装着していた。そしてカバーを外した、
「見て!こんなこともできるのよ」
蜂女の股間には鋭くとがったオスの生殖器が屹立していた。
「さあ、蛹の中の本物のあなたに、いま養分をあげるわ。生まれなさい!」
鋭い針があたしの体と心を貫いた。
そしてあたしのかさかさになった外皮にひびが入り、粉々に砕け散った。
ぼくはたまらなくうれしかった。いよいよ「決行」の日が来たからだ。
それはまた、あのお姉さんと再び過ごせる日々の始まりの筈だった。
ぼくは一ヶ月ほど前、宇宙人に拉致され、円盤の中で「奴隷生物」として蟻のような醜い姿に
改造されてしまった。だが、誤動作なのか、僕の方の特異体質なのかはわからないが、僕は
人間の心を完全には消去されないまま「完成」されたとみなされた。そして、その事実を
隠し通しながら、洗脳されたふりをして生きてきた。不用意な行動を起こせば即抹殺か再洗脳。
そのくらいはすぐに分かった。
実はこんな仮○ライダーとかデ○ルマンみたいな境遇の奴隷生物は、決して多くはないが
一定数生まれているらしい、ということが徐々に分かってきた。
といっても大半は、改造直後にほんの少し心を残していても、その後の行動の中で
あっという間に再洗脳されてしまう。奴隷生物の服従システムは性的快楽を引き金にしており、
そして奴隷生物はオスもメスも性欲――奴隷生物再生産本能――の旺盛な生き物なのだ。
この仕組みに早い時期に気づいた僕は、インストールされた解剖学の知識をもとに、
トイレで「自己手術」を行った。性器の外的反応はそのまま、意識に繋がる感覚神経だけを
慎重に切断する。性器が反応しないと再改造に回されてしまうし、感覚が残っていれば
再洗脳が始まる、困難な手術。ドールの塗装やら何やらで鍛えられた指先が役に立った。
ぼくたちの「仲間」は互いに孤立せざるを得ない。表だった行動を起こすことはできず、
誰もが洗脳されているかのようにふるまわねばならない。つまり誰が人間の心をもち、
誰が心を失っているか、「仲間」にすら簡単に明かしてはならない。
なぜなら、昨日の「仲間」は明日には再洗脳されているかもしれないからだ。
感情を読み取る力を失っていない人間や「仲間」にこそ正体を明かしてはならないのだ。
逆に完成され感情を失った改造人間の方が、警戒する必要はずっと少ないのである。
「仲間」がいるかもしれない、という可能性を考え、僕は誰に対しても慎重に感情を隠した。
一方、中には捕虜の前では感情を隠しても、改造人間の前では無防備な洗脳未遂者もいた。
「仲間」がいるかもしれない、という可能性にまでは思い至らなかったのだろう。
そんな無防備な「仲間」にはこちらから正体を明かすことはできず、いつも辛い思いをした。
それでも、ぼくと同じくらい慎重な「仲間」はやはりいた。用心して、用心して、互いの秘密を明かす。
相手に自分の正体をさらすことは、自分の正体を危険にさらすだけではなく、相手の正体を
隠し通す決死の責任を負うことになる。そんな決意を共有できる仲間が少しずつ集まり、
再洗脳の危機が迫ったら直ちに自爆する、という鉄の誓いのもと、「同盟」を形成した。
そして敵の目をかいくぐって脱走と反乱の計画を少しずつ練り始めた。
敵も「不良品」の可能性は考慮し、色々な予防策を張っていた。例えば、目立つところに
改造人間ならば接近できる小型円盤への「経路」を用意する。円盤に乗り込もうとすると
たちまち熱線で消去される仕組みだ。ぼくらはそんな敵の工作の裏の裏をかく綿密な計画を準備した。
そしていよいよ今日、「決行」の日が来たのだ。もう鉄の規律も必要ない。無防備な
洗脳未遂者にも蜂起を呼びかけ、一斉に行動に移る。地球人類の反攻が始まるのだ。
ぼくはあの無防備で愛らしいお姉さんの元に急いでいた。もちろん、再洗脳されてしまった
可能性はある。だがあの人は、僕の前では無邪気に人間の感情を出す。それは「完成品」には
絶対に出来ないことだ。それを確認できれば間違いはない。そうして、同盟の存在を話し
蜂起への協力を呼びかける。あのきっぷのいい声で喜んで協力してくれるだろう。
「まかしときな!あたしが入れば百人力さ!」
そんな姿がありありと浮かんだ。
いつも通り、求愛行動にかこつけて接触する。内気な童貞だったぼくが皮肉なことだ。お互いに
性感は失われているはずだし、地球に行けばお互い完全な性器切除をしなければならないだろう。
あの10日足らずのめくるめく官能の日々、あの日は二度と戻らない。それはとても悲しいけれど、
でも、ぼくはあの人からそれ以上に大事なことをいっぱい教わった。そういう心のつながりの方が
ずっと価値があると、今では心から実感している。あのひとは何よりも人生の師だ。
お姉さんはいつも通り無防備に感情をさらした。まだ大丈夫だ。とてもうれしかった。
「うふふふ、坊や、ホントに好きね。いらっしゃい!」
ぼくは再生産本能がオンになったふりをして、機械的に、しかし卑猥に、お姉さんの中に入った。
いつもと違う、と感じたのは挿入後すぐだった。内部の様子が全然違う。鈍った触覚でも
それははっきり分かった。この感じはむしろ、改造時に装着される、移植用性細胞にそっくり…
違和感に気づく前に、お姉さんは捕獲ネットを発射し、二人は繭にくるまれた蛹のような姿になった。
「ねえ坊や、もう演技なんてしなくていいのよ。また色々おしえてあげるわね」
以前と全く同じ、艶めかしい情感に満ちた言葉。しかし明らかにおかしい。
詳しくは分からないが、お姉さんはもう「味方」ではない。それは間違いない。
だが捕獲ネットはぼくの身体を完全に拘束し、しかもすべての武装をロックしている。
攻撃はもちろん、自爆すらできない。
ぼくとしたことが、あれほど理性的で冷徹に行動していたつもりなのに、お姉さんにだけは
無防備にも気を許してしまった。…これが人間の限界か…。あの「不合理ダ」が頭をよぎる。
「まだイっちゃ駄目よ。色々レコードさせてもらわなきゃね」
お姉さんは僕の首の後ろに鋭い爪を突き刺した。
「…やだ。すごい大物捕まえちゃった。坊やって偉い人だったのね。お姉さん、惚れ直したぞ!」
ぼくの記憶を読んでいるらしい。当然、「仲間」たちの情報もすべて知られたことになる。それにしても、
本当に前のままのお姉さんだ。つまり敵は…
「さてと。レコードも終わったし、こんなめんどくさいもの停止するわよ」
お姉さんは自分の首の後ろのスイッチのようなものに手を伸ばした。とたんに、「お姉さん」は
どこにもいなくなり、他の改造人間よりもはるかに無機質な蜂女が現れた。
「ワレワレノ研究ト技術ハ急速ニ進歩シテイル。オマエノ推測通リ、ワレワレハ感情えみゅれーたヲ
開発シタノダ。コレガアレバオマエノヨウナ不良品ノ検出モ容易ダ。『同盟』モ間モナク壊滅スル」
この人はもう、侵略者を「ワレワレ」と呼ぶ別の生き物になってしまったのだ。そしてもうじきぼくも…
感覚神経の修復は急速に進み、あの懐かしく危険な感覚がよみがえり始めた。…いやそれ以上だ。
ぼくは改造人間の性感を未体験だ。それが人間よりもはるかに強烈らしいという知識しかもっていない。
間もなく性感は完全に回復し、お姉さんの以前よりも磨きのかかったワザに、ぼくは快感の山を
急激に登った。しかも、人間の頃ならばとっくに果てていた限界をやすやすと超え、未体験の領域に
突入していた。――コレが爆発したら、ぼくには何も残らない。ぼくはまったく違う生き物に
されてしまう――。その考えは単なる知識以上の生々しい予感として迫ってきた。
――なんとかしなきゃ。「萎え」か…萎えアイテムを浮かべよう。…全裸のチーフ、全裸のモモタロス、
それに元祖、全裸の神崎史郎…――ぼくはありったけの「萎え」イメージを結集して
なんとか「爆発」を食い止めようとし始めた。
「…予測外ノ持続力ダナ。人間トハ本当ニ不可解ダ。おーがずむ不完全ノ危険性10ノ-19乗。
安全優先ノタメ、支援機能ヲ発動スル」
お姉さんだったモノは再び首のスイッチを操作した。蜂女は再び優しくて勇気のあるお姉さんに戻った。
「強情ね。そこが好きよ!」
お姉さんの動きは単なる高性能快楽機械のそれから、情感溢れる繊細なものへと変わった。
「このやり方はね、あるすてきな女性に教わったの。あたしの第二の産みの親。あたしの反対隣に
いたきれいなお嬢さんよ。知ってるわよね。あなた、あたしを差し置いて、あの人で抜いてたでしょ!」
いやそれは、お姉さんを知る前のことで…ぼくは一瞬、虫けらの感情擬態相手に真剣に弁解しそうになった。
「うふふ。いいのよ。今のあなたはあたしのもの。ねえ、思い出して、あのとき、あの瞬間…」
宇宙人に拉致された、先の全く見えない不安な日々、お姉さんは力強くぼくを励ましてくれた。
そしてあの日、高まる情欲を必死で抑えるぼくを見て、お姉さんは言った。
「ねえ。あなたが好きになっちゃったの。濡れてるのよ。ほんとよ。火照りを冷まして…」
ぼくの「暴発」を未然に防ぐための不本意な誘惑だ。すぐに分かった。でも…ぼくは誘惑に負けた。
「見て。こうなってるの。そしてここを…そうそう、あふ…上手…初めてとは思えない…」
やがてお姉さんはぼくの、自分でも信じられないくらい固くなったものに手を伸ばし、そっと導いた。
まったく知らなかった感触。熱い肉の圧迫。忘れない。忘れようがない。
「いい?これは人類の使命だと思いなさい。あたしたちはどうなるかわからない。でも、
おなかに赤ちゃんがいれば、その赤ちゃんは生き残るかもしれない。人類が生き残るための、
聖なる使命。そう思って!」
お姉さんは、簡単には果てないように巧みに緩急を加え、ぼくを信じられない高みへと運んだ。
「まだよ。もうちょっとこらえて。ああ…ああ…あたしもイきそう!一緒にね。一緒に、
一緒に人類を救いましょ!…いいわ、さあ!」
お姉さんは激しく腰を動かし、ぼくの頭は真っ白になった。そしてその瞬間は永久にぼくの心に
刻みつけられた。神経切断後も、その甘い名残りは消えなかった。ああいつか、もう一度。
…それが、決してかなわぬ望みでも…。
そう、それは決してかなってはならない望み。その筈だったのに…。
――お姉さんはあのときと全く同じ動き、全く同じ言葉で、ぼくを快楽の高みへ優しくいざなった。
「…まだよ。もうちょっとこらえて。ああ、ああ、あたしもイきそう!一緒にね。一緒に、
一緒に人類を侵略しましょ!…いいわ、さあ!」
…何か、何か違ったような…ほとんど停止した思考力をふり絞り、ぼくはその違和感を突き止めようとした。
だがその答えは見つからず、お姉さんは激しく腰を動かし、そして、
――ぼくの頭は真っ白になった。――
<了>