わたしがいるのは二畳ほどの清潔な部屋。寝心地のよいベッドの他には、
水飲み場、快適な洗浄機付きトイレ、シャワーしかない殺風景な部屋。
食料はない。栄養は睡眠中の点滴、あるいは水飲み場の液体から補給する。
わたしはベッドの上に全裸で腰掛けている。服は一着もない。
しかもわたしの前に壁はなく、通路から部屋の中は丸見えである。
だが壁の代わりにそこには目に見えないエネルギーバリアがあり、
外に出ることは決して出来ない。
ここは独房。わたしは一日中、機械と、巡回する看守に監視されている。
わたしは一ヶ月前謎の宇宙人に拉致され、しばらくしてこの独房に収容された。
そして自分の運命に怯えつつ、ある計画を胸に「あの人」の来訪を待っている。
「あの人」との悲しい別れは半年前。そしてもっと悲しい再会は一ヶ月前のこと。
――「あの人」とはわたしの上司であり恋人である課長。
少し年は離れているがいわゆる不倫ではない。奥様に先立たれ子供もいない課長は、
周囲も公認の幸福な交際をわたしと続け、結婚も間近だった。
「別れ」は二人でホテルを出て公園を歩いているときに訪れた。
当時「宇宙人」による拉致事件は都市伝説の域を超え、マスコミや政府も
認める公的な「事件」になりつつあった。とはいえ、身近にさらわれた人も
いなかったわたしたちには、まだまだ絵空事のような事件だった筈だった。
二人にムカデ型のロボットが襲いかかったのはその時だ。課長は、わたしに
触手を向けたロボットの前に立ちはだかり、わたしをかばって触手に絡め取られ、
ゲームセンターのおもちゃのように上空の円盤へ吸い上げられていった。
「僕のことは忘れるんだ!君が無事でよかった」
遠ざかる声を聞きながらわたしは泣くことも忘れ呆然と立ちすくんでいた。
わたしは心に傷を負い、会社を辞めて日中帰宅できるパート勤めを始めた。
もう夜道は歩けなかった。しかし、およそ半年後、昼夜問わず人間を
襲うようになっていた拉致ロボットに、遂に捕らえられてしまった。
「再会」の場所は独房に入る前の雑居房のような区画だった。
そこは男女問わず、手かせと足かせ以外全裸のまま収監されるという
非情に不快な空間だった。隣の下品な男は足かせの許す移動範囲一杯まで
わたしに近づき、卑猥なジョークと「宇宙人に何かされる前に一発!」という
品性のない口説きを仕掛けてきた。わたしは当然拒み、男から一番遠い位置に
いるようにしていたのだが、ある晩うっかり男の行動半径で転んでしまった。
男はわたしにしがみつき犯そうとし始めた。わたしは悲鳴を上げ、全力で
抵抗したが、男の力が弱まることはなかった。
しかし次の瞬間、男は後頭部から黒い煙を出して倒れ、動かなくなった。
おそるおそる顔を上げたわたしの目に入ったのは、
変わり果てているがそれとわかる「あの人」が熱線銃を手にすくと立つ姿だった。
「反逆分子ハ銃殺スルと警告してあッタ筈ダ。他の捕虜諸君モ軽率ナ行動は
慎ムことダ。これハ看守長とシテの通告であル」
懐かしい「あの人」は以前とは別の「何か」に変わってしまったようだった。
抑揚やアクセントのない無機的な話し方。ロクデナシとはいえ人ひとり射殺して
淡々と「通告」を発する冷酷さ。その非人間的なふるまいにふさわしく、
その外見もかつてとはまるで違う姿になっていた。
ぬめぬめした、ほんの少し灰色がかった黒い皮膚。白目と黒目の区別のない、
全面が真っ赤な目、ブーツのような足、額から生えた太い触角。
アリと人間の合成生物という感じだ。そして股間からはカタツムリの
殻のような渦巻き状の器官が生えていて、わたしは複雑な思い出と共に
何度もそこに目を向けては目を背けた。
変わり果てた彼との再会にわたしの思考は停止していた。しかし
「あの人」、あるいは「あの人だった何か」は、そのまま腰を落とすと
わたしを見て、ぎこちない笑顔とぎこちないしゃべり方でこう言った。
「怪我ハないカ?会イたかっタ!」
宇宙人によって改造されていたのは課長だけではなかった。
徐々に分かってきたのだが、この巨大な円盤内の乗員は、
ロボットを除けばすべて拉致され改造された地球人らしい。
しかも日を追う内、部屋の通路を行き来する「乗員」の内に、
かつて雑居房で見かけた顔も多く混じるようになっていった。
ショックだったのは、わたしの反対隣の、わたしへの「セクハラ」に
真剣に怒ってくれた、あねご肌のすてきな女性が改造人間として
通路を通ったときだった。思わず声をかけると、わたしを覚えてはいたが、
他の改造人間たちと全く同じ、感情を一切欠いた口調でこう返事した。
「ソウイエバあの改造素体が無駄ニ銃殺サレタ原因ハオマエにモあっタ。
我々の貴重ナ資源ニ、惜しいことヲシタモノダ。余計ナ騒動を起こス捕虜ハ
反逆指数が上昇シ、抹殺処理の対象になルと覚えてオケ!」
もう全く違う生き物になってしまったようだった。
わたしは、いつ自分の番が回ってくるのかと、不安な日々を過ごしていた。
しかし、不思議なことにわたしの順番はなかなか回って来なかった。
それと関係するのかどうか、独房に移されて以降、
看守長の義務のある筈の「あの人」はわたしの独房に足繁く通い、
エネルギーフィールドをするりと通過して中に入り、
わたしと様々な話をするようになっていった。
課長は他の改造人間と異なり、人間の感情を少し残しているようだった。
だが課長の説明では、これはむしろ「修行不足」なのだそうだ。
改造人間は人間的感情を失ったわけではない。任務遂行のために
感情を表に出してはならないという鉄の誓いを守っているだけだと。
あの女性もわたしが反逆指数を向上させ処分されないように
それとなく注意したのだ、と言われた。
しかも、この鉄の規律は地球を地球人自身の手で再生する
手助けをする「地球救済計画」の一環をなすのだそうだ。
にわかには信じられないことだが、改造手術自体も強制的に
なされるものではなく、「地球救済計画」に賛同し、改造を
自発的に承諾しなければ施されないものであるとも課長は言った。
しかもどうしても同意できない場合、記憶を消された上で
「地球人保護区」へ送られ、そこで人間として生きる
道を選ぶこともできるのだそうだ。宇宙人の目的は滅亡の危機に
瀕している人類と地球生態系への「荒療治」以上のものではない、
というのが課長の言葉だった。
課長はそれでも、わたしに、こんな姿になって地球のための捨て石に
なることはない。保護区で人間として幸せに生きて欲しい。
僕のことは忘れて欲しい、そういう意味のことを言ってきた。
わたしは課長の強い説得に徐々に折れたふりをし、
「保護区」で課長を忘れて生きる決意を固めたかのように告げた。
だが実は、わたしは違う計画を立てていた。
課長は自分が規律によって感情を打ち消しているかのように語る。
だがわたしには「消されかけた感情を取り戻しつつ」あるようにしか
見えなかった。わたしと出会い、一度宇宙人に消されてしまった
感情が戻りつつある。課長はそれを何らかの理由で隠し、わたしと
離れようとしている。それはわたしを守るためなのかもしれないが、
しかしわたしはせっかく心を取り戻しつつある課長と別れるのが
どうしても厭だった。課長との日々を忘れてしまうのも厭だ。
むしろわたしは、たとえ自分が改造されても、あの人と再び
深い情愛に包まれた日々を送れるならば、その方がいいとすら思った。
課長の言葉に嘘がなければ、任務の合間に甘いプライベートの時間を
送ることも出来るだろう。課長の話が嘘で、本当に感情を消されて
いたとしても、今の課長はこんなに人間らしさを取り戻し、
しかもそのことで罰は受けず、責任ある職務すらこなしている。
わたしだって不可能ではないはずだ。
あの人があの人のままでいてくれる限り、たとえ宇宙人に何をされても
あの人を愛するこの甘美な思いが失われるはずはない。
わたしはそう確信し、一つの計画を立てた。
課長の心を取り戻すために…
一ヶ月目の今日、わたしはいつものように部屋を訪れた課長に
いきなりしがみつき、こう言った。
「お願い!抱いて!わかってるわ。これ、形は変わってるけど、生殖器なんでしょ?」
わたしは「とぐろ」を巻いたような股間の器官に指で触れ、それを丸くなぞった。
明らかに反応があり、固く巻いていた「とぐろ」がかすかに緩んだ。
「こうすれば、やっぱり気持ちいい?」
わたしは今度は舌を這わせた。「とぐろ」はさらに緩み、ゆっくりと開いていった
「や、やメろ!お願いダ!じっとしていてくレ。もう少しなんダ。このままでは…」
「このままでは、なあに?」
わたしは、課長が大好きだったちょっと意地悪な表情を浮かべ、今度は先端を
口にくわえた。
「…このままでは…思い出してしまう…」
「うれしい!やっぱり思った通り。いいわ!もっともっと思い出させてあげる!!」
わたしの推測は当たったらしい。思いついた「荒療治」も正解だったようだ。
わたしは課長をベッドに押し倒した。案の定それほど抵抗なく課長は仰向けになった。
いまや「とぐろ」はほどけ、課長の生殖器は半円形を描いていた。
人間のように海綿体ではなく筋肉の力で勃起するメカニズムらしいが、
膣のような器官に挿入する仕組みであることに間違いはなかった。
わたしは課長が大好きだった各種の責めを立て続けに浴びせた。
生殖器はかなり垂直に近づいたが、まだ「準備完了」ではなさそうだった。
「ま、見切り発車でいいか」
わたしは課長に馬乗りになり、その細長い生殖器を自分の中に導いた。
…しかし…やはり構造が違うらしい…。
浸潤も十分で奥まで挿入できたが、やはり「人間同士」のようには
マッチしない。とがった先端はわたしの内部を傷つけ、血が出てきた。
それに穴の形も、うまく摩擦すべき部位にあたらず、うまく噛み合わない。
結局わたしは口での責めに切り替えたが、課長が達することはなく、
それはまた「とぐろ」形に巻き始めてしまった。
「…ごめんなさい。なんだか中途半端なことをしてしまって。
でも、色々思い出したんじゃない?」
わたしは問いかけた。結末はともかく決して悪い展開ではないと思えたのだ。
しかし課長は今までになく苦悩と困惑に満ちた表情でうつむいて言った、
「…思い出してしまっタ…。もう君ト離れることが出来なくなりそうダ」
「…いいのよ!そうやって色々な感情を取り戻していって!
わたし改造されてもいい。二人でまたあの日々を作っていきましょう」
「それは絶対に無理ダ。しかし…ソウカ…君がソウ言うナラ…」
課長はレシーバーのようなものにわたしには分からない言語で何かささやいた、
「君の改造ヲ申請しタ。五分後にハ準備ガ整ウ。それまでに、最後の別れと
君を騙しタことに詫ビを言わネばならなイ。
まず、宇宙人――我々は『主』と呼んでいる――の目的は『地球救済』
などではナク、安価ナ奴隷労働力、奴隷兵力ノ確保にアル。
文明ガある段階以上に発展するト、複雑ナ電子機械の開発生産ヨリモ、
最小限の兵力デ知的生命の住む惑星ヲ侵略シ、
住人ヲ有機ろぼっと化する方がはるかに安価にナルのだ。
特ニ『主』の種族ハ近年ある星系ト交戦状態ニ入リ、
急遽大量ノ奴隷力と兵力ガ必要になっタ。そのための侵略ダ。
『改造人間ハ感情を失っていナイ』といウ話も、
『改造は承諾を得なければ行われなイ』といウ話も、すべテ嘘だ。
そのような宣伝を『保護区』住民に行ウ計画はあるガ、
現実にはすべての改造手術は強制的にナサレ、そして素体にハ
人間的感情ノ徹底的な消去が施されル。
…僕が君に見せていタ感情もどきは、この『れこーだ』によるものダ。
間もなく僕にハ無意味ナものになル。もう取っテしまってモ構わなイ」
課長はそう言うと首の後ろから小さな装置を外した。
とたんに、課長の表情や態度から一切の人間らしさが失われ、
今まで見たどんな改造人間よりも無表情なロボットのような存在に変貌した。
「ツケテミロ。オマエノモツ人間ノ頭脳ハ、ワタシノ改造前ノ記憶と
感情ノ『残像』ヲ追体験スルダロウ」
わたしは課長が「れこーだ」と呼んだそれを恐る恐る装着した。
わたしの脳裏に、課長の感覚経験と感情の弱々しい「残像」が再生され始めた。
疑似体験は、課長が改造手術台に縛られている場面から始まった。
ベッドの足下には、もう見慣れた姿の女の改造人間が立っている。
青いぬめぬめした皮膚。全裸で、足はブーツのような形に変形し、
乳房には黄色い同心円状の模様、股間には蛸や烏賊の口のようなまん丸の
小さな「穴」がついている。
――あれに挿入するように作られているんだ…――。
わたしは奇妙な敗北感を覚えた。
改造人間は課長同様人間の面立ちを残している。課長とは異なり
豊かな紫色の頭髪も生えている。やはり白目がない真っ赤な目。
額からは同じく太い触角。ハイヒール状の足。
男性は蟻、女性は蜂に似ている。
それが地球の昆虫をモデルにしているのか、
異星人の形態を真似ているのかまではわからない。
そういえば、顔が番組放映中に誘拐されたらしいと噂になった
有名な若いアナウンサーによく似ている。多分本人なんだろう。
縛られた課長は改造人間の顔と乳房と股間を何遍も順繰りに確認し、
わたしはまた少し敗北感と軽い嫉妬を覚えた。
やがて改造人間は口を開いた。
「間もなク、お前の改造手術ガ始まる。
人間ガ発達させた無用デ複雑ナ感情はすべて消去スル。
オマエに残されるのハ我々同様、生物トしての基本的ナ感情や欲求、
例エバ、肉体的苦痛の回避ヤ、動物的本能ノ充足のようナ、
爬虫類か昆虫程度ノ単純で機械的な感情と欲求だけニナル。
その後ニ、やはり我々同様、我らが『主』ヘノの服従の喜ビ、反逆への恐怖、
トイウ強力な『感情』ないし『どらいば』ヲいんすとーるスル。
それニより、オマエハ我々と同じようニ、「主」カラ与えられた命令ヲ
知性的計算に基づいテ実行スル優秀な奴隷生物として完成スル」
課長は激しく抵抗し、ベッドの上で無駄なあがきを始めた。
課長の脳裏には、わたしとの楽しく甘い思い出、そして
それにまつわる様々な感情が浮かび、わたしの脳裏に、
それらの「残像」が再生された。同時にまたそれを奪われる悲しみ、
怒り、やるせなさという感情の「残像」も浮かんでは消えた。
「――ナオ、オマエはある実験ノ被験体の一体に選ばれタ。
我らガ「主」ハ、人類の感情ニ関スル詳しい知識の必要を結論シ、
様々ナ実験を立案した。その「感情れこーだ」モもその一つダ。
コノ装置はマズ改造直前のお前ノの感情でーたヲ記録すル。
ヤガテ改造後、感情でーたノ適切ナ用途が発見され次第、再装着されル。
ソシテ装着後一ヶ月間、改造によって退化しタお前の感情中枢ヲ
一時的に活性化さセ、人間だったときのオマエの感情の「残像」ヲ、
不十分ながら再生すル。
但シ、活性化されタ感情がお前の行動ヲ支配力すルことはナイ。
それガ活性化する感情はあまりに弱ク、奴隷生物としてノ
正常ナ動作ニ抵抗するだけの力はナイ。だがそれでもソノ機械ハ
オマエに、我々ニハ不可能な仕方で人間ノ行動を予測シ、意思疎通ヲ
行う能力を与えル。サラニ、オマエの行動ぱたーんヤ思考ぱたーんヲ
アル程度「人間らしい」方向ニ軌道修正することすらあるだろウ。
コノ機械を改造体に装着する目的は二つアル。
一ツは装着者を地球人に接触させ、より徹底シタ地球人ノ
支配・洗脳ノ為ノでーたを引き出シ、収集するコト。
もう一ツは装着者の「感情ノ残り滓」ヲ完全に燃え尽きさせ、
装着者ヲより完璧ナ奴隷生物ニ作り替えることダ。
装着カラ一ヶ月後、オマエは一切ノ人間的感情を完全に払拭した、
我々以上ニ合理的デ従順ナ奴隷生物に生まレ変わることだろウ。
――以上、改造素体ヘノ必要ナがいだんすヲ終了スル。
続イテ改造手術ヲ開始スル」
指令の声と共に改造が始まった。
課長の体には上から自動的に降りてきた何本もの注射針が突き刺さり、
股間には生温かい粘着質のカバーがあてられた。
激しい苦痛と不快感、そして快感の残像がわたしにも浴びせられた。
同時に、突然背中と上部からまばゆく熱い緑色の光線が発射され、
注射針からは大量の「何か」が注入され始めた。
股間の粘着部は淫猥な動きを始め、課長の意識は繰り返される苦痛と
オーガズムにより何度も空白になり、そしてそのたびに「感情」が
消されていった。最後に、とてもおぼろげなわたしへの愛情の「残像」が消え、
場面は途絶えた。
人間としての課長がいなくなった、ということを多分それは意味していた。
そして今の「ガイダンス」によれば、その「人」はもうじき永久に、
そして完全にこの世からいなくなってしまうのだった。
長いようで一瞬の擬似体験が終わり、わたしは怯えながら、
かつて課長だったモノに目を向けた。
「それ」は何の感情も持たない目で私を見て、
抑揚やアクセントの一切ない不気味な口調で語り始めた。
「ワタシニ装着サレタ感情れこーだハ、オマエヘノ
不可解ナ執着ニ基ヅキ、『主』ヘノ服従ニ矛盾シナイ限度内デ、
オマエノ安全ヲ確保スベキダ、トイウぷろぐらむヲ
設定シタ。ワタシハ、ぷろぐらむノ実行ノタメノ選択肢ヲ算出シタ。
最初ノ選択肢ハ、オマエヲ即時改造手術室ニ移送シ、
『主』ノ庇護下ニ置クコトデ、安全ヲ確保スル道ダッタ。
ダガ感情れこーだハ、オマエガ人間ノママデイルベキダ、トイウ、
ヤハリ不可解ナ条件ヲ課シ、コノ選択肢ヲ拒否シタ。
ワタシハ第二ノ、ヨリ不確実性ノ大キイ選択肢ヲ考案セネバ
ナラナカッタ。スナワチ、オマエニ馴致洗脳ヲ施シ、
オマエノ反逆指数ヲ安全れべるニマデ低下サセ、
オマエヲ「人間保護区」ヘ移送サセルトイウ方法ダ。
改造素体ニ選バレナイ人間ハ、抹殺処理ノ対象ニナル
可能性モアリウル。第二ノ選択肢ハ安全性ガ低イ。シカシ…」
わたしは、最後の望みをかけ感情レコーダを課長の首に当ててみた。
課長だったモノはほんの少しだけ人間らしさを取り戻し、
とても苦しそうな、弱々しい声で語り始めた。
「…しかし、君ヲ救いたかっタ。君に人間デいてほしかっタ。
反逆指数が低ケレバ、多少ノ不自由ハあってモ、
人間保護区デ人間として生き続けルことが出来ル。
そのためニ、君には誤った情報ヲ意図的に与エタ。
僕ノ計画ハ順調に進ミ、君の反逆指数ハ順調ニ
安全れべるまで低下シ、安定シタように見えタ。
…だが、君ハ思い出させテしまっタ…。あの甘美な快楽ヲ。
僕ハそれヲ再び手に入れたいトいう本能に支配されてしまっタ。
改造サレタ君と、完璧ナせっくすヲシタイ、という欲望二…。
もう5分が経ツ。間もなク君ノ改造室ヘノ移送ガ始まルだろウ。
…スマナイ。ソシテ、サヨナラ…」
課長の目の光が失われた。同時にわたしの手足は目に見えない
鎖でベッドに縛り付けられ、床全体が下に移動し始めた。
「いや!いや!改造手術なんていや!奴隷生物なんていや!助けて!お願い!!」
永久に「課長だったモノ」になってしまった「それ」は、無機的な声で答えた、
「不合理ダ。君ハコノ状況ニ本来ナラ『喜ビ』ヲ感ジルベキ筈ナノダ。
現状ノ予測デハ、君ハワタシト『ツガイ』ヲ形成シ、奴隷生物再生産本能ノ
命ジルママ、恒常的ナ交尾行動ヲ行ウヨウニナル蓋然性ガ大キイ。
先程ノヨウナ不十分ナ性行動デハナク、相互ニ完全ニ適合スル性器ト、
純粋デ崇高ナ本能ニ導カレタ、完璧ナ性行動ガ可能ニナルノダ…」
ふと見ると「それ」の股間は「とぐろ」が完全にほどけ、固く、
そして鋭くそそり立っていた。わたしが改造されると「これ」を
完璧に受け入れられる肉体が得られる…。あのアナウンサーの股間が頭をよぎった。
わたしの頭は恐怖と奇妙な欲望がないまぜとなり、痺れてきた。
そしてわたしはぼんやり、そそり立つ「それ」と、トンネルの先に見えてきた改造手術室とを、
交互に見比べ始めるのだった。
<了>