超人機メタルダー第32.2話「新たなる刺客の目覚め」
世界的な大企業である桐原コンツェルン。しかしその実体は世界中に混沌をもたらすネロス帝国である。
今日もまた本社ビルの地下にある彼らの本拠地、ゴーストバンクでは新たなる邪悪な企みが実行させよう
としていた。
広間に現れるはモンスター軍団の鎧聖であるゲルドリング。彼は軍団を束ねるナンバー1である。しかし、
その軍団も敵対する超人機、メタルダーの手で次々と軍団員を倒され、残るは彼を含めて二人だけで
あった。
正面にある玉座に帝国を統べる帝王、ゴッドネロスが現れた。彼はネロス帝国の帝王を務める傍ら、
表の顔として桐原コンツェルンの総帥である青年実業家、桐原剛三としての顔を持っている。
「帝王!」
「帝国の誇る軍団員が次々とメタルダーに討たれていく中、ついにモンスター軍団は残り二人・・・しかし
その一方で戦いは苛烈を増している。これに対して、ゲルドリング・・・貴様はどう始末をつける?」
「わ、わたしとしては新たな軍団員の増強を図りたいと思っております!」
「しかし機械であり、記憶のバックアップもすぐに効かせられる戦闘ロボット軍団や機甲軍団、いざという
時のために同様の能力を持つ代理が用意してあるヨロイ軍団とは違い、お前たちは手間隙をかけて
作らねばならぬ・・・今の状況下でそんな悠長なことはできぬぞ。それともなにかいい案でもあるのか?」
「以前ドグギャランを製造した装置を応用いたします!」
かつて彼らは捨てられたのがきっかけで人間を憎むようになった野良犬、ジョージを改造することによって
新たな軍団員ドグギャランを誕生させた。しかし最期は犬としての誇りを取り戻し、帝国を裏切って儚く
散っていった。
「しかしあれは結局犬としての心は捨てきれずに失敗作で終わったではないか」
「所詮は犬畜生、できることには限界がございます。そこで動物とモンスターエキスだけではなく、ここに
人間を付け加えれば、さらに人間の知能が加わり、前回のような失敗もなく、またより高度な作戦に投じる
ことのできる戦士を誕生させることができます」
「ふむ・・・それはなかなかいい案であるな・・・よろしい、やってみせよ」
「ははっ!実はこんなこともあろうかと既に実験用の素材を用意しております。バンコーラ!」
「はい!しばしお待ちを」
モンスター製造のための装置を持ってきた軍団のナンバー3である暴魂、バンコーラはボロボロの作業着
に身をまとった中年の男を連れてきた。彼は強制的に帝国に連れ去られ、工場やアジトの建設や高山発掘
などの強制労働に従事されている奴隷である。実験のために適当にここに無理矢理連れてこられたのだ。
「放してくれ!俺は十分に働いているじゃないか!」
「静かにしろ!帝王の御前であるぞ!」
「ほう、こいつを使うんか。・・・まあ、ええわ。所詮は実験。こいつと一緒に放り込め!」
そう言いながらゲルドリングはドブネズミをバンコーラに差し出した!
「了解!」
「助けてくれ!何をするんだ!」
装置は異様な形容をしていた。巨大なフラスコのようなガラスケース。その周りに不気味な機械が
びっしりと取りついていて三つほど用意してある。左右の装置の上部はチューブやコードでで真ん中の
装置に接続されている。そして三つの装置の中心には人一人がすんなり装置内に入ることのできる
ハッチが取りつけられていた。ゲルドリングは無線式のリモコンを既に手にしており、どうやらこれで
制御するようである。
「いいから黙っておとなしく入ってればいいんだよ!」
バンコーラは男とドブネズミを左右の装置に次々と押し込める。ハッチが閉められたのを確認したゲルド
リングは始動スイッチを押した。
融合するための膨大なエネルギーからか装置が眩く発光し、装置の周りを電撃が迸っている。
「モンスターエキス、注入」
ゴッドネロスがかざした掌から光線が放たれる。放たれた光線は真ん中の装置に照射された。
「そろそろ頃合いやな」
ゲルドリングが停止スイッチを押すと、次第に装置は静まっていった。真ん中の装置のハッチからは白い煙
が漏れている。それからバンコーラは左右の装置のハッチを開ける。その中には数分までいた男もドブネズミ
も存在していなかった。次に真ん中のハッチを空ける。
「ぎぃぃやぁぁぁぁぁっ!!」
そこから飛び出してきたのはまさにネズミ人間と言っても過言ではないモンスターであった。筋骨隆々な
ボディに全身にびっしりとはえた灰色の体毛、長い尻尾、首から上はネズミを凶悪な面構えにしたもので、
さらにエキスが使われた結果なのか機械でできた甲冑のような見た目を持つ外骨格を体の各所を纏っていた。
だが様子がおかしかった。装置より現れてしばらくしてから急に頭を抑えて悶え苦しむようになった。床に
跪くと、それから全身のあちこちがボコボコと膨らみ始める。やがて全身がさっきまでも4,5倍ほどにも
膨れ上がり、そして文字にできない断末魔をあげて爆ぜた。血肉が広間と玉座を汚した。
「いったいどういうことや!?」
ゲルドリングもバンコーラもあまりにも唐突過ぎて彼の身に何が起こったのか理解できず、困り果てていた。
それを一喝したのは帝王の言葉であった。
「貴様らも我が帝国の誇る軍団員ならば、これしきのことでうろたえるならぬ!!」
「しかし、帝王・・・」
「玉座や広間の汚れや今の失敗など何の問題では無い。汚れは綺麗に洗い落とし、失った奴隷は
新たに捕まえてくるだけだ。問題はいかにこの失敗を乗り越える策を考え出すか、それともこの作戦に
代わる新たな策を考え出すか・・・そうではないのか?軍団員たるもの創意工夫あるべし!私の力や
資金が必要ならば私はそれをおしまない」
「て、帝王・・・ありがとうございます!」
「うむ。それではいい結果を期待しておるぞ」
そう言ってゴッドネロスは二人の前から姿を消した。
ゴーストバンク内にあるモンスター軍団の詰め所。現代科学の粋が集められたゴーストバンクの中では
異彩を放つ禍々しい中でゲルドリングとバンコーラは考えていた。
「さて、なんでさっきのは失敗しやろ?」
「やはり奴隷の身体能力があまりにも普通すぎたということでは」
「なるほど。急激な改造に体が追いつけずに崩壊したということやな。ならばそれに見合った身体能力の
持ち主を見つけだすんや。強靭な体力と膨大な知能、類まれなる運動神経の持ち主なんかがええな」
「はっ!」
「それと・・・」
「それと?」
「できれば美女、もしくは美少女がええ。わしらの帝国、女ッ気が少なすぎるから、もっと多いほう
がええ。そう思わんか?」
「は、はあ・・・」
「それに美貌をもった女がどれだけ醜いモンスターにされるか・・・それも楽しみでならん」
元々醜悪な姿を持って生まれたモンスター軍団員。それ故に美に対してのコンプレックスは非常に
強い。ましてやゲルドリングのような男であれば尚更なことである。だがこの男のものはやや過剰
すぎたのかバンコーラにはやや理解しがたいものであった。
「ええな?これが異常の条件や。それじゃあよろしく頼んだで」
「・・・了解」
しかし、それから10日あまり後にゲルドリングはメタルダーとの千年美人をめぐる攻防の中で命を
落としてしまった。もはや軍団員で残されたのはバンコーラだけになってしまった。
バンコーラは焦った。まさかこうも早く軍団ナンバー1の鎧聖たるゲルドリングが討たれてしまうとは。
大黒柱を失った軍団は彼だけを残し、実質壊滅したようなものであった。モンスター軍団は帝国最弱。
そんなレッテルが他の軍団員のなかでささやかれるようになった。さすがにこの事実は知りようもなか
ったが、少なくとも自分を見る彼らの目の色が白いということには薄々と感づいていた。
(これからどうすればいいのだろうか・・・いっそのことウィズダムやヘドグロスの息子、ラプソディのように
帝国を抜け出して誰にも邪魔されないところで平和に暮してしまおうか・・・い、いや!そんなことこの
俺のプライドが許さん!卑怯がモットーの俺たちにも最低限のプライドがあるんだ!それに俺のような
奴ではベンKやバーロックのように始末されてしまうのが関の山・・・ブライディ、ガマドーン、ザゲムボー、
ダムネン、ヘドグロス、そしてゲルドリング様・・・なんでみんな俺残して死んじまったんだよ・・・自ら命を
絶つしかねえのかなあ。連中と一緒に閻魔や地獄の鬼相手に喧嘩吹っかけるのも意外とおもしれえ
かもなあ)
やけ酒を飲みながらバンコーラはそんなことをぐちぐちと考えていたのであった。
「何をしているかと思えばこんなところで、仮にも暴魂である貴様が腐って穀潰しになっていたとはな」
急に現れた白銀の鎧にを包んだ男。彼はヨロイ軍団鎧聖、クールギンである。
「こんなことに何の用だ?まあ、あんたのことだ堂々と俺のことを笑いに来たんだろ?帰れよ、俺は
あんたに用は無いんだ。それともこの場で戦うか?俺はいつでもいいぜ」
バンコーラはクールギンのことが我慢できなかった。彼もまた鎧聖でありながらも唯一の軍団員と
なってしまっている。帝王や他の軍団員からの信頼も厚いおかげで彼に対してはどちらといえば
同情的な意見ばかりしか聞かない。そこにコンプレックスを感じていた。そして許せなかった。
「ふっ、それだけの気力があれば問題はないな。このディスクが何か貴様にわかるか?」
クールギンは手にしていたジュラルミンのアタッシュケースをあけて、光記憶ディスクを取り出して
バンコーラに見せた。
「こ、これは?」
「ゲルドリングがメタルダーに討たれる直前、私に授けたものだ。もし奴が死んで、お前が腐るように
なったら渡してくれとな」
「これをゲルドリング様が?」
「そうだ。私は嘘をつかん。用件は以上だ」
「・・・すまねえな」
「気にするな。全ては軍団のため、そして散ったゲルドリングとの約束を果たしたまでだ。あれでも
私のよき戦友の一人であったからな」
ディスクをバンコーラに渡したクールギンはそのまま引き返した。バンコーラは彼を見送るとすぐに
詰め所のコンピュータのドライバにディスクを挿入した。
ディスクが起動すると、画面にゲルドリングが大映りになっていた。
「映っとるな?えー、コホン。バンコーラ聞こえとるな?これを見るころ、わしはもう死んどるんやろうな。
それにお前のことや、きっと腐ってるはずや。そうやろ?なんかわし、バーニィみたいやな。えっ?ポケ戦
は89年製作の作品で、メタルダーは87年製作の作品やて?そんなことはどうでもええんや。まあそれは
ともかくとして、腐ってばかりに肝心な新モンスターの素体が見つかっておらんやろ?わしは死んだあとの
こともなんでもお見通しやで?そこでこーんなことがあろうと、わしが事前に目ぼしいターゲットを見つけて
おいたんや。これを見てみるとええ」
新たなウィンドウが開かれ、そこに人間の少女の顔写真とそのプロフィールが映される。
「多摩にある城南大学付属高校の2年生、佐伯美琴や。まず先の全国一斉模試で堂々の一位を誇っておる。
小学校の頃から常連って話や。なんせIQ200の頭脳をもってるそうやからな。で、身体能力の方もピカ一や。
体操で中学3年から3年間も国体の常連や。来年のソウル五輪にもお呼びがかかったそうや。それだけあって
身のこなしはまさに忍者そのものや。コンピュータの計測じゃあのガラドーに勝るとも劣らない身体能力らしい
ねん。顔もべっぴんさんやろ?まさにわしの理想にふさわしい素材っちゅーことや。バンコーラ、貴様もモンス
ター軍団のはしくれならばわしの遺志を継ぎ、この女を捕まえてえげつないモンスターにするんや!動物の方
の素材はなんでもかまわん!できればこっちもえげつないもん使ってくれたほうが天国のわしも嬉しいけどな!
この件に関してはクールギンが軽闘士の影を何人か用意してくれると約束してくれた。不測の事態も万全や!
では幸運を祈るで!なお、このディスクは自動的に消滅するようになっとるから、気ぃ付けや」
その後、ドライバからボンという音がして、画面が砂嵐となる。よくみると挿入口から煙が噴出している。
「げ、ゲルドリング様・・・」
砂嵐を目にして、バンコーラはうなだれた。
「死ぬ前に目星つけてたんだったら、最初から教えとけっての!!何無駄なことしてんだ!無駄に過ご
したあの日々を返せ、ダボが!!くそ!くそ!ふざけやがって!ド畜生が!!」
しかしこみあげてきたのは感激とかそういうものではなく、無駄に呑気なゲルドリングに対しての怒りで
あった。誕生してすぐに軍団員となって幾星霜、ここまで上司に対して怒りを感じたのはバンコーラにとっ
てはじめてのことであった。怒りの鉄拳がモニターの液晶画面を貫いた。
「だが、これでやれるはずだ!待ってろよ・・・ゲルドリング様の意思を継ぎ、俺が新たな鎧聖となる!
そしてあらたな軍団員を増やした新モンスター軍団がやがれ帝国一の軍団となり!メタルダーを討ち
滅ぼす!フフフ・・・やるぞ!やるぞ!やってやるぞ!!」
日本海に浮かぶ地図に載っていない無人島。そこは機甲軍団専用の演習地の一つであった。
機甲軍団に所属する激闘士ストローブは空中から動く的をミサイルで次々と的確射抜いていく。
「よし、百発百中!新型ミサイルの精密さはすごいな!」
「お疲れさん、ストローブ。急ですまないがお客さんだぜ」
着地するなり、彼を待っていた同軍団雄闘バーベリィがそんなことを言う。ストローブは普段はこんな場所
で見かけることのない珍しい顔を見かけた。それはバンコーラだった。
「なんだよバンコーラか。何の用だ?」
「機甲軍団員においてジェット戦闘機の能力を持ち、最速の飛行能力を誇るストローブ!お前を見込んで
一つ頼みがある!」
「いやだね。なんでお前みたいな死に損ないの言うこと聞かなきゃいけないんだ」
「死に損ない・・・プッ・・・いかんいかん」
そんなフレーズが受けたのかストローブの後ろでバーベリィが笑いをこらえていた
「・・・頼む!」
そんな状況も意に介さずバンコーラがとったのは土下座であった。卑劣かつ尊大で傲慢な性格ばかりで、
むしろそれを誇りに感じているモンスター軍団の一員としてはあるまじき行為だった。
「珍しいじゃねえか!お前みたいのが土下座なんて。どういう風の吹き回しだ!?」
「頼む!全てをかなぐり捨ててもやってもらいたいことがあるんだ!全ては帝国のために!」
「・・・しょうがねえな・・・言ってくれよ」
「す、すまねえ!恩に着るぜ!」
1週間後の多摩地区。外はすでに暗くなっているが、城南大学付属高校の体育館ではまだ女子
体操部が練習を続けていた。その中で先導をとっている長身の少女が先日部長になったばかりの
佐伯ミチル。不幸にもバンコーラのターゲットにされてしまった少女である。長い髪をリボンで
ポニーテールにまとめており、またレオタード姿のためか彼女のスタイルのよさが顕著になっている。
さらに高校始まって以来の秀才で体操の才能も素晴らしい上に、陽気で人当たりのいい性格は男子
のみならず女子にも人気が高い。彼女を慕って入部した者も少なくはない。
「はーい!今日はもう遅いので練習終わり!用具をしまって掃除をして帰りましょう」
彼女の一斉で部員たちは練習を終え、てきぱきと片づけをして掃除を終わらせた。
いつの間にやら残ったのはミチルと彼女のルームメイトであるカチューシャで前髪を留めているショート
ボブの少女、和泉春香だけである。春香はミチルの同級生である。彼女と違って発育があまりよろしく
ないが、彼女に引けをとらないくらいの美少女であった。またミチルほどではないにしろ体操に関しては
才能を持ち、やはり人気の高い少女である
「それじゃ、春香は先に帰ってていいよ。見たいドラマあるんでしょ?」
「いいの?」
「いいのいいの!どうせ職員室に体育館の鍵返すだけ出し」
「鍵返すって。そのままじゃレオタードのままじゃない」
「あはは、大丈夫大丈夫。もうほとんど人いないし、この程度で恥ずかしいだの言ってたら
本番が本番にならないわ。鍵返したらトイレで着替えるわよ」
「さっすがオリンピック選手候補。肝が据わってるなあ。でも気をつけてね。なんか最近、変質者が
いるって噂聞いたから」
「オッケー、気をつけるよ。それじゃまた寮でね」
「うん」
城南大学は名門としても有名で大学であるが、その付属高校に入学してさえいれば大学入試が面接
のみと楽になる。そのために全国から入学希望者が絶えないために寮が建てられている。ミチルも春香も
その一人なのだ。そして1年のときに相部屋になって以来、二人は生まれは違えどすぐに仲良しになった。
時折二人はできているという根も葉もない噂が立てられることがあるが、ミチル本人としてはまんざらでも
なかった。
体育館の鍵を閉め、渡り廊下であると、急にミチルは妙な視線を感じた。それも一つだけじゃない。
一つ、二つ、いや、それ以上。しかし気のせいだ、春香があんなこと言ったからだ、ということで足早に
渡り廊下を抜けて校舎へと入った。
職員室の鍵箱に鍵を戻すと。次は女子トイレにむかった。個室を開けたとき、そこには異形の化け物が
いた。
「俺はネロス帝国モンスター軍団暴魂、バンコーラ!佐伯ミチル、お前を我らが帝国に招待する!」
しかし、ミチルにとっては目の前に化け物がいるというのは問題ではなかった。バンコーラはモンスター
の身とはいえ性別的にはオス。つまり男である。そしてここは女子トイレ。この二つが組み合わさった結果
といえばもう一つしかない。
「いやーーーーーっ!!へんたーーーーーーーい!!」
バッグをバンコーラにぶつけてレオタード姿のままミチルは逃げ出した。
「やはりここに潜んだのは間違いだったか!?くそっ!追え!追うんだ!!」
ガラスや天井の板を蹴破って黒装束の忍者のような男たちが現れ、そのままミチルの後を追った。彼ら
こそ先ほど彼女の感じた視線の正体である、ヨロイ軍団の軽闘士、影であった。彼らは団体で行動する。
しかしゲルドリングに見込まれるだけあって彼女の身体能力は影を超えていた。
「なんだ意外にへぼいじゃん!やっぱただのコスプレ集団か、映画の撮影で女優さんと勘違いされちゃっ
たのかしら?でもそんな話は聞いてないわよねえ・・・やだやだ!」
ミチルは非常階段から裏庭に出ることにした。レオタード姿だが非常事態だ。かまってるわけにはいか
ない。裏庭には高校で使うには広くて立派すぎる運動場があるが、それを越えさえすれば民家がある。
そこで保護してもらおう。地元の人間なら自分を知らない人間はいないに等しいはずだから十中八九助け
てもらえる。そう確信していた。だが、異変は運動場の真ん中にさしかかったあたりで起こった。急に足が
動かなくなったのだ。よく見れば地中から生えた手が自分の片足首を掴んでいる。
「調子に乗るなよ小娘!お前が生身で影を上回る身体能力の持ち主だということは知っている!
だから連中を利用してこっちまで誘い込めるように追い詰めたというわけだ」
地中からバンコーラが現れる。彼の右腕は伸びており、それはミチルを掴む手と直結していた。
「や、やだ!離してよ!変態!外道!ろくでなし!卑怯者!サノバビッチ!」
「何度でも言うがいい!それは俺たちにとって至高の褒め言葉だ!そしていずれお前にとっても賛辞と
なる!」
「それは後で分かる」
「えっ?・・・はうっ!」
バンコーラがミチルの鳩尾に当身を食らわせる。まるでマリオネットの糸が切れたかのようにばたりと
彼女は倒れた。
「フフフッ、これでよし。・・・ふーむ・・・」
格好や体型のせいか倒れている彼女の姿はモンスターのバンコーラであっても艶やかに見えた。
しかしそれは彼に生まれながら備わっている野獣としての本能を目覚めさせるには十分であった。
「い、一回だけなら問題ないよな・・・」
バンコーラは唾を飲んだ。そして彼女のレオタードの襟に手をかけた時、伝令として影が彼の背後に
やってきた。
「バンコーラ様、機甲軍団のストローブ様より入電です。昆虫採集は終了したと」
(ちっ、タイミング読めよ。普通だったら今頃お前を殺してたぞ)
「昆虫採集・・・言ってくれるじゃねえか。まあいい。いいタイミングで素材は揃ったな。あとは装置の
支度をするのみだ」
バンコーラは戦闘用ジープ・ドライガンの助手席にミチルを乗せて、影の乗った戦闘用ワゴン車・
ダークガンキャリーとともに帝国へともどるのであった。
その翌日、広間でバンコーラはゴッドネロスに素材入手の報告をしていた他の軍団員も何人か
顔を見せている。
「というわけでその小娘を拉致したというわけであります」
「ふむ。データは読ませてもらった。なかなかいい素材だ。だがもう一つの素材はどうするのだ?」
「ええ、もう既に用意しております。これがふさわしいと思うのですが、いかがでしょうか?」
バンコーラが取り出した箱を開けるとそこにはガラスケースがあり、そのなかにはのはあまりにも
青紫と白と鮮やかな外骨格を持ちながら、巨大で凶暴な見た目を持つカマキリであった。
「むぅ・・・このカマキリは古代中国の文献も記されている龍次蟷螂!まさか現代まで生存していたとは!」
機甲軍団列闘士・ブルチェックが思わずその奇怪なカマキリの名を口にする。横にいた戦闘ロボット軍団
軽闘士ゴブリットが思わず彼に聞く。
「知っているのか、ブルチェック!?」
龍次蟷螂(りゅうじとうろう)
中国が幾つもの国に分かれて争っていた戦国時代、人々には戦だけでなはくとあるカマキリが猛威を
振るっていた。
それが龍次蟷螂である。小さくても70cm、大きければ2m長の体躯を持つカマキリであった。もちろん
その大きさ自体も脅威であったが、鎌と牙に猛毒を持っていたというのが更に脅威であった。この猛毒は
青酸系の毒物であり、これより抽出した猛毒が古代インドに渡った時は象を即死させたとされる。
しかしそんな彼らにも弱点があった。鉄に含まれる特別な成分、ジミヘニアンである。この成分により
彼らは鉄に少しでも触れただけで死んでしまうという特性があった。ちょうど同じ時期に鉄器が普及したのは
これのためとされているのが専門家の中ではもっぱらの常識である。この時、彼らは絶滅したとされているが、
実は少数が生き延びてひっそりと生存しているという説もあり、チベット地区において時折目撃されているという。
現代日本において「おれはかまきり」という詩があるがこれが龍次蟷螂のことを題材にしているというのは
主人公のカマキリが「かまきりりゅうじ」という名前であることからも明らかである。
【民明書房刊「吃驚(びっくり)!!昆虫古今東西」より】
「まったくバンコーラの野郎、あんなもんをこの俺に探させやがって・・・さすがの俺でも骨が折れたぜ!
軍団中最速の俺が何を頼まれたかと思えば昆虫採集だぜ」
ストローブがぼやいて、それに戦闘ロボット軍団の爆闘士ゲバローズがつっこんだ。
「俺たちは骨無いだろうが。しかしお前も人がよすぎるぜ。まあ俺も同じようなことしてたかもしれねえが」
「皆の者、静まれい。これから新しい軍団員の改造を執り行う。余とバンコーラ以外の者は
広間を出るのだ」
ゴッドネロス、バンコーラを残して、他の軍団員がぞろぞろと広間を後にする残されたのは静寂であった。
「それではバンコーラ、娘を連れてまいれ」
「はっ!」
バンコーラも一旦、広間を後にする。戻ってきた時には昨夜の格好のままロープと猿轡と目隠しで
縛られたミチルを連れて来ていた。
「娘を連れてまいりました!」
そう言いながらバンコーラは彼女を縛り付けていたものをを断ち切った。
「ぷはっ!もうなにす・・・ひっ!」
「恐れることはない!あの方は帝王ゴッドネロス!我らの頂点に立たれる方であり、いづれは世界の
全てを手中に収められる方だ。そして今日からお前も栄えあるネロス帝国の軍団員となって、
帝王のために使えることになる」
「嫌よ!誰がそんなこと!いいから早く帰してよ!」
「それはできんな。お前のようないい素材は帰したくないし、それに帰すとして、お前をうちに帰す時は
死体として帰すことになる」
「左様。佐伯ミチル、貴様に残された道はただ二つ。余のために尽くすか、それとも死か」
「そ、そんな!ひどいよ!そんな!私が何をしたって言うのよ!?」
ミチルの表情は恐怖で歪み、今にも泣き出しそうだった。
「この亀野郎!さっさと帰してよ!」
怒りからバンコーラにパンチを当てる。しかし効くはずもなかった。
「うるせえ!いてえじゃねえか!?」
逆上したバンコーラはミチルのレオタードを引き裂いた。彼女の艶やかで健康的な肌、適度に豊満な
胸や尻が露わになる。
「いやあ!」
反射的にミチルは胸を覆い隠すが、次はファンデーションまで千切れて秘所も露出してしまう。
厳重に手入れをしていてるためにスリットが露わになったせいで彼女の頭の中は真っ白になり、へたり
込んでしまった。次に彼女の脳裏を怒りが染める。
「・・・許さない!あんたたち許さない!絶対に許さない!」
「フフフ、これでも果たしてそう言えるかな」
ゴッドネロスの背後から何本もの触手が飛び出す。ミチルはそれに巻き取られ、空中に固定される。
しかも巻き取られ方が卑猥で、もはや辱めを受けたも同然であった。
「きゃっ!なにするのよ!やめて!お願いだから!もう!」
ミチルは触手を強く握り締めたり、引っかいたり、挙句の果てには噛み付いたりして必死に抵抗するが、
ゴッドネロスにはびくともしなかった。
「ええい!静かにしろ!うっとおしい!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁつ!!!!!」
触手から電撃が流される。さすがに死ぬまでには至らなかったが、あまりの激しさでミチルは尿を垂れ
流して失神した。
「この小娘が帝王の前で粗相をしおって!」
「ふふふっ、まあよい。しかしこれで装置に入れるのは楽になっただろう?」
「まあ、そうですな」
バンコーラは残ったレオタードとファンデーションの切れ端を剥いだミチルと龍次蟷螂を装置の中に
入れる。ハッチを厳重に締めた後、スイッチを入れた。あの時と同様、装置が光と電撃に包まれる。
装置の中でミチルは目覚めた。きっかけは体中のこそばゆい痒みからであった。思わず掌を見てみると
白に染まっていた。そして全身をくまなく見た。
「こ、これは・・・いやあああっ!!」
全身もまた白と青紫色に染まっていた。それは龍次蝙蝠と同じ色であった。染まっていくと同時に
彼女の首から下の体毛がはらりはらりと抜け落ちていく。それと同時に体がどんどんと硬質化している。
まるで昆虫の外骨格というより甲殻類の外骨格のようであった。ふと冷静に立ち返ると痒みが次第に
快感にへと変わっていることに気付いた
「あん!あん!ああん!あああーーーーっ!!」
首から上と間接部を残して硬質化した頃には指のつめが消え失せ、また足の指も一つにまとまってハイヒールの
ブーツを履いているようになっていた。絶頂を繰り返しながらも彼女の体の変質化は続いていく。
(どんどん変わっていく・・・化け物に変わっていく・・・だけど嫌じゃない・・・気持ちいいの・・・
このままずっとこの快楽が続けばいいのに・・・)
「はゥん!があアあ!あウ!アう!アぁァァぁぁァぁぁん!はァぁン!アッ!アッ!」
両手首の辺りから外骨格を突き破って銀色の刃が出てくる。それは中の骨が変化したもので、
いわば鎌にあたる部分であった。しかし今の彼女に痛みは無い。あるのは快感だけだ。
さらに顔の方にも変化が顕れる。上の犬歯が二本、どんどんと赤く染まりながら肥大化している。
眼球の方も犬歯のように真っ赤にそまりつつある。よく見ると複眼状の6角形の紋様が目に入っている。
そして額から二本の触角が肌を突き破って飛び出した。長く続いた快感からまた彼女は失神していた。
これで基本的なミチルと龍次蟷螂の融合は完了である。あとはモンスターエキスを注入されるだけだ。
「モンスターエキス注入!」
ゴッドネロスが光線を装置に注入する。その影響は装置内の彼女にすぐに現れた。
胸、肩、脛、膝、手首、両腰の外骨格が銀色に染まり、形状を変化させていく。まるで鎧を
纏っていくかのようだ。変化した外骨格は銀の縁取りで元の外骨格と同様の白色をしていた。
さらに白い部分にはまるで電子部品の基盤のように青紫色の不規則なラインが引かれている。
手首の刃も肥大化し、よりカマキリらしい凶暴なデザインへと変わっている。
額の辺りの皮膚もまた銀色に肥大化している。その形状はまるでサークレットやティアラを連想
させる。真ん中の部分には青紫色の結晶が形成される。
これで完全に彼女の改造は終了した。その姿はまさに美と醜が融合したといっても相応しい姿である。
もはや人間としての佐伯ミチルは存在しない。
ミチルが覚醒するとそこはやはりゴーストバンク広間の床の上で、玉座にはゴッドネロスが座っている。
そして自分の傍らにはバンコーラがいた。まるで電撃を受けてからは変な夢を見ていたようだった。
「今のは夢?」
しかしそれはすぐに現実だと理解する。彼女は両掌をじっと見た。
「い、いやぁぁぁぁぁっ!!」
夢で見たとおりに変質化していった。全身が白と青紫色の外骨格へと変わり、光沢を放っている。
さらに一部の外骨格は甲冑のようになっているうえに、足の指はつながっており、まるでハイヒールの
ブーツを履いたようだった。
「変わっているのは顔だけじゃないぜ」
バンコーラは鏡を取り出す。変質化した自分の顔を見たとき、もはや残されたのは絶望しかなかった。
元の顔がベースになってるとはいえ、青紫色に染まった肌、二本の真っ赤な牙が生え、目も真っ赤に
染まっている。額からはご丁寧に触角が生えている。どうみても昆虫の化け物だ。そんな醜悪な状況と
裏腹に額の飾りが美しく見えたのが逆に狂気を感じた。
「いや、いや!こんなの私じゃないよ!変な冗談もいたずらもやめてよ!アハハハハ!!」
もはやここまでくると彼女には自我の崩壊しかない。もう元の人間には戻れないだろうし、学校や家で
友人や家族と過ごせる生活も恐らくできない。佐伯ミチルという人間は既に死んだも同然だった。
「帝王!このままでは精神が崩壊し、今回の徒労が無駄に終わってしまいます!」
「わかっておるわ!」
ゴッドネロスはかざした右手から光線をミチルに向かって放った。彼女のあえぎ声にも近い絶叫が
広間にエコーする。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!」
おとなしくなったミチルは倒れてしまった。
それから数分後、彼女は目を覚ます。しかし既にミチルとしての自我は捨てており、新たにモンスター
軍団の新軍団員としての自我が目覚めていた。
「私はモンスター軍団の新しい軍団員!名は・・・申し訳ありません!私には名がございません!」
「よかろう。貴様に名を与よう。名はヴァルキリー。これよりモンスター軍団雄闘として余と帝国のために
尽くしてもらう」
「ははっ!ありがたき幸せにございます!」
「しかしゴッドネロス様に申し上げます!」
「どうしたバンコーラ?」
「我が軍団は先のメタルダーとの戦いで鎧聖ゲルドリング様を失いました!従いましては我が軍団に
新たな鎧聖を出さねばいけないと思いますが・・・」
「バンコーラ、その必要は無いでー!」
「あ、あなたはー!!?」
「ハーッハッハッハ!モンスター軍団鎧聖ゲルドリング、満を持しての復活や!大田区在住の村上君
見とるかーーー!?」
なんと死んだはずのゲルドリングが現われたのだ。話によれば最新のクローン技術で蘇ることに
成功したらしい。他の死んだ軍団員もこれから蘇ることになっているということも話した。
「ほう、これがあの実験の結果やな・・・思ったとおりわし好みのええ女になりおった!」
「はじめまして、ゲルドリング様!雄闘ヴァルキリーと申します!」
ヴァルキリーはゲルドリングの前に立ち、敬礼をした。
「これからどんどん軍団員を増やし、憎き邪魔者メタルダーをわしらの手で叩き潰し、世界を帝国のものに
していくで!」
「フフフ、余も期待しているぞ」
そう言ってゴッドネロスは表の活動をするために戻っていった。
「よーし!今日からお前にネロス帝国モンスター軍団員としての心構えをみっちり教えたる!覚悟ええな!」
「はい!よろしくお願いします!」
ヴァルキリーの顔はとても活き活きとしていた。しかしバンコーラの心境はすこし複雑なものであった
「バンコーラ、なにぼさっとしとんねん!?行くで!」
「は、はっ!」
「ミチルちゃん、どこ行っちゃったのよ・・・」
1週間後、城南大付属高校女子寮にあるミチルと春香の相部屋。親友を失って以降ずっと悲しみに
暮れている春香は今日もまた机に突っ伏して泣いていた。
その時、部屋のドアが開いた。ふと見上げるとそこにはミチルがいた。
「ミチルちゃん!・・・その姿!?」
春香の表情に笑顔が戻るも束の間、彼女の異常な事態に気がつく。彼女は全裸だったのだ。
「帰ってきたよ、春香・・・しかも生まれ変わってね・・・変身!」
一瞬にしてミチルはヴァルキリーの姿に変身した。
「ば、化け物・・・ミチルちゃんが化け物になっちゃった・・・」
「言ってくれるわねえ。こんな美しい私を見て化け物だなんて。やっぱ人間の美学は理解しがたいわね!」
「け、警察!警察呼ばないと!」
春香はヴァルキリーの横をすり抜けて、玄関の公衆電話へと急ごうとした。割と簡単に彼女の脇を抜ける
ことができた。
しかし廊下に出ると、両側を他に入寮している女生徒たちが囲んでいた。みんな死んだような目をして
呆然と春香を見つめている。
「こ、これは!?」
「ちょっと私の毒で操らせてもらったわ。でなきゃあんな姿でここまでこれないでしょ?」
春香の背後にヴァルキリーは近づき、そして抱擁した。
「ひっ!」
「かわいいかわいい私の春香・・・それはもう貪りたくなってしまいたいほどに・・・」
「おかしいよミチルちゃん!そんな下品なこと言う子じゃなかったのに!」
「人間なんていうのは簡単に心変わりするものよ!ロボットが裏切っちゃうような時代なのよ!
それに佐伯ミチルなんて人間は死んだわ。ここにいるのはネロス帝国モンスター軍団の雄闘、
ヴァルキリーよ。物覚えの悪い春香にはちょっと調教してあげるわ」
人差し指の先で春香の首筋を突いた。チクリとした痛みがしただけだった。
「・・・!」
しかし声が出なくなった。それどころか体自体も動かなかった。
「ちょっと静かになってもらっったわ。私たちの軍団は人手不足でね、あなたも他の子も美しい
モンスターとして生まれ変わらせてあげる。それに私とあなたなら、かのタグスキー・タグスロン
兄弟に勝るとも劣らないコンビネーション攻撃ができるはずだわ!ホーッホッホッホッホッホッホ!!」
(助けて!助けて!誰か助けて!)
「もし軍団員になったら、互いに愛し合いましょうね、かわいい私の春香・・・」
春香はヴァルキリーに頬にキスをされた。彼女に今できることといえば、自分の状況と、そして
身も心も変わり果ててしまった親友に涙することだけだった。
新たなモンスター軍団員として春香と毒蛾を融合させた雄闘パラスアテネ、他の女生徒たち・・・
寮に住む者だけに留まらず、彼女の後輩や彼女を慕う者は全員拉致し、軍隊アリを融合させた軽闘士ア
マゾが誕生したのはそれから二日後のことである。