日本・関東の某地方都市。その中心部から外れて人通りの無い、廃ビルの密集している地区の路地裏。
しゅうしゅうという息遣いと、何かを咀嚼・・・というより、無理やり飲み込んで、消化器内で圧縮して
砕いている音。
その音は、普通の人間より中途半端に大きい、中途半端に人の形に近い、異様なものから発されていた。
二本の脚の上にあるのが、人の上半身ではない。
コブラという、長い体の頭周辺の部分が横に丸く膨らんでいる蛇がいるが、あの膨らんだ頭。
人の脚の上の巨大なコブラの頭部が、力なくぐったりとした学生服の少年を頭から既に腰辺りまで、
口でずるずると飲み込んでいく。
周りの路上には、既に事切れている、今飲まれているのと同じ制服の少年達が複数転がっていた。
仮面ライダーパズズ 01 バッタ初陣
怪物は一人を完全に飲み込んだ後も、続けて次々周りの少年達の死体を飲んでいく。
その様子を、物陰から怯えながら見ている別の学生がいた。彼の制服も死体群と同じ。同じ学校の生徒である。
別の学生・田中太(たなか・ふとし)。同年代の平均に比べ、小柄で太っており、赤ら顔で汗臭く、外見的に
余り恵まれていない。今の状況のような猟奇的な光景を見ずとも、普段からおどおどしていてはっきりしない
性格だった。
怪物が死体を一通り平らげた頃、太は、恐る恐る物陰から出てきた。
「・・・だ・・・だ、大丈夫なのかな・・・こんなことして」
「何だよ。やれっていったのは手前だろうが」
怪物は、人語で答えた。太のほうを向いて喋る。
「で・・・でも・・・もし誰かにばれたら・・・」
「済んじまった事をうだうだ言ってんじゃねえよ」
太のおどおどした様子が気に障ったらしい怪物は、巨大な体躯で近付いてきた。
「序でに、手前も食っちまってもいいんだぜ」
ひ、ひいいと太は怯えて後ずさる。
怪物は大きく口を開けて細い舌をちろちろ動かし、太に迫る・・・
「冗談でもその辺にしておけ、ヘビーコブラ」
そこへ、暗色のスーツを纏った長身のサングラスの男が不意に出てきた。
長身といえど、目の前の怪物よりは余程小さい。
「・・・デスコピオかよ」
だが、名を呼ばれたヘビーコブラは、男を見るとかすかに萎縮し、言うことを聞いた。
「仮にも客だ。自制しろ」
「へいへい」
ヘビーコブラは渋々去っていく。路地裏のビルとビルの間の狭い隙間に、器用にずるずると入り込んで。
消えるようにいなくなったのを見届けた男は、まだ怯えている太に、
「今言った通り、君は一応我々の客だ。出来る限りのフォローはする。が」
「が・・・?」
「君はもう、引っ込みの付かないところに足を突っ込んでしまっている。そのことは自覚しておいたほうがいい」
事の起こった廃ビルを、遠くから見ている、又別の青年。
まだ少年とも思える面影が残っている風貌。しかし、その目つきは鋭い。異様に。
青年は、跨っていたバイクを旋回させ、その場から走り去っていった。
無事家に帰っても、太は落ち着かなかった。
半人半蛇の怪物・ヘビーコブラが言っていた通り、少年達を始末するよう指示したのは、太本人である。
成績も悪く運動神経も鈍く気も弱い彼は、格好のいじめの対象になっていた。同級生も担任も薄々そのことは
察していたが、係わり合いになりたくないので見て見ぬ振りをしていた。太は複数の生徒達に連日陰湿な虐待を受け、
金を巻き上げられた。
恨みが募り募った太は、自分の身の安全を確保した上で仕返しする方法は無いか・・・いや、いっそクラスの
嫌な奴らを亡き者にする方法は無いか、色々手段を探った。そうしているうちに、ある情報を耳にした。
多少高額の報酬は取るが、あらゆる汚れ仕事を請け負う非公式のサービス業社。表に出るとまずい情報の隠匿工作、
個人的に消えてほしい相手の始末など。
ネットなどを介して連絡方法を調べ上げた太は、藁にも縋る思いで、その業社『ジェノム』に連絡を取った。
時間を置かず、サングラスの男がやってきて概要をざっと説明し、次に太の依頼内容を聞いた後、報酬の額を
提示した。思ったより良心的な額に太は驚く。確かに高いといえば高いが、元々太の家は裕福なほうで、払えない
額ではない。親は仕事で普段から殆ど家を空けており、小遣いも潤沢に置いてある。いざとなればカードもある。
太は、男に仕事を依頼した。
そして、太をいじめた連中を始末すべく、神出鬼没の異形の化け物、ヘビーコブラが来た。
男と同じジェノムの構成員、『ジェノムメンバー』である。
太は恐怖しながらも一応この化け物が何なのかを尋ねる。ジェノムの構成員は極一部を除き、ほぼ全員が人間以外の
別の生物の特性を取り入れた生体改造を行っている『改造人間』であると、サングラスの男は言った。ヘビーコブラも
その『改造人間』である。
何で、何時の間に『改造人間』などというものが身近に存在しているのか、何のために裏仕事の便利屋などを
やっているのかとか太はじっくり問い詰めたかったが、口を開こうとすると、サングラスの男もヘビーコブラも同時に
ガンを飛ばしてきた。下手をするとヘビーコブラに食われそうなので、それ以上の質問はやめておいた。
ヘビーコブラに全て飲み込まれた学生達の消息は、公には行方不明扱いになっていた。そりゃ普通皆、改造人間
などというものが存在して学生達を食ったなどとは思わない。
しかし、一応警察によって捜索は行われ、その過程で、いなくなった生徒達の学校内での他の生徒との人間関係
等も調べられ、捜査班を率いていた壮年の刑事は、行方不明者達にいじめられていたという太にも目を向け、
聞き込みを行った。かなり執拗に。
太は徹底的に知らぬ存ぜぬで通した。あからさまに汗をかいてどもって挙動不審な様子ではあったが、普段から
対人恐怖症気味で挙動不審っぽいのはいつものことだったし、事件と太を関連付ける決定的な証拠が無い。
後で太は知るのだが、ジェノムが裏で証拠隠滅のために色々手を回しているのもあったらしい。
長い聞き込みの後やっと解放された太だが、刑事は念のためにその後も太の身辺をマークしているようだ。
自宅に帰った太は不愉快だった。あいつらが食われたのは自業自得だ。何で被害者の自分が警察から
あんな目を向けられなければならない? 疑わしい目を向けてきた刑事の顔を思い出して更に腹が立つ。
「食っちまうか?」
突然の声に太はびくついた。部屋の何処にも姿は見えないが・・・ヘビーコブラの声だけが響く。
何処かに隠れながら話しかけている。
「このままじゃ、何かの弾みであの刑事に事実がもれる可能性も無いとは言えねえだろう?」
「・・・それは・・・そうだけど・・・」
「今なら、格安でサービスしてやってもいいんだぜ」
ヘビーコブラは、『デスコピオ』と名を呼ばれたサングラスの男に話を通してはいない。自分だけの判断で太を
誘いに来た。
単に、人間を食って腹を満たしたかったからだ。
太は俯いて顔に深い陰を作り、暫く考えた後。
ヘビーコブラの申し出を受けた。
ヘビーコブラは、問題の刑事が屋外で一人になった隙を物陰から狙い、口を開け、猛毒を仕込んだ針を高速で吐き出し、
刑事の頚動脈に打ち込んだ。助けを呼ぶ間もなく刑事は即死した。
人一人が無理に入り込んでもろくに動けない路地の狭い隙間にヘビーコブラは刑事を引きずり込み、頭から丸呑み
していく。旨そうに。
それを陰から見詰める太も、何時しか、口許に笑みを浮かべていた。
もう人間ではない両者それぞれが、暗い路地裏でくぐもった笑い声をもらし続ける。
こんなことを続けていれば、幾ら行方不明者の死体が発見されずとも、いずれ何かおかしいことに誰かが気づくだろう。
だが、二人はとりあえず己の欲を満たして快楽に浸りたかった。後のことなど知らない。
そんな太が、次の標的の始末をヘビーコブラに依頼した。
ここ暫く、何者かが太の身辺を付回している。又警察関係者かもしれないし、関係ないストーカーか何かかも知れないが、
太はずっといじめられてきた者の勘か、本能的に何者かの存在を確信していた。そして、煩わしいので排除したいと切に
願った。その欲望に素直に従い、ヘビーコブラを呼んだ。
人の少ない郊外の廃ビル一帯に太がヘビーコブラの指示に従って出向き、それによってヘビーコブラは何者かを
おびき出す手を取った。狙いは図に乗り・・・というより、やがて、廃ビルの一棟の大きなフロアの中で、何者かのほうから
ヘビーコブラの前に現れた。
太やヘビーコブラは存ぜぬことだが、最初の依頼でヘビーコブラが学生達を食ったとき、その地点を遠くから
見ていた青年だった。
ヘビーコブラの異形を見ても何の反応も見えない。
「へへへ、そうか、俺様のこの姿に怯えて声も出ねえのか。それとももう観念したのか」
ヘビーコブラはのこのこ近づく。
「一応聞いといてやる。手前、何者だ」
「聞いたってしょうがねえよ」
青年は、小指で耳をほじりながら言った。
「お前、直ぐ死ぬし」
「・・・・・・」
ヘビーコブラは、巨大な口をあんぐりと開けた。
続いて、一帯の空気を震わす声で笑い出した。
「それはひょっとして俺様に言ってるのか!? この俺様に!?」
更に口を開けて素早く襲い掛かる。一思いに丸呑みしようとした瞬間。
何か見えない壁に弾かれ、蛇男の巨体がかなり離れた位置に吹っ飛ばされた。
身を起こしつつ、ヘビーコブラは事態の変化を見る。
青年の腰周りに、何時の間にか、大きなバックルの付いたベルトが現れていた。バックルはメカニカルな外観で、
中心にはジェットエンジンのような円形のタービンがあり、激しく回転している。その回転によって青年を包んで丸い
電磁障壁が形成され、ヘビーコブラを弾いたのだ。
障壁が解ける頃、青年も、只の人間ではないものに変わっていた。
全身を包む、ミリタリールックにも似た濃い緑色のスーツに、長い手袋とブーツ。襟元で結んで垂らした白い
マフラー・・・というか、ネッカチーフ。その上の頭部はヘルメットのような緑色の丸い装甲ですっぽり覆われ、しかし、
メカだけでなく、生体組織のようなディテールも見える。額から二本上に伸びて尖った触角。左右のこめかみ辺りにある
虫の丸い眼のような半透明のパーツ。その位置から、人間の顔なら眼の位置辺りに掛けて黒く太い線が下へ走り、
その黒もヘルメットのシェイドのように半透明。実際にシェイドで奥に青年自身の眼がある、のか? そして、銀色の
金属様の口許も、縦に割れる昆虫の口の如く、ぎざぎざの歯のような割れ目が縦に一本。
何と言うか・・・バッタの頭を持った人間。
ヘビーコブラは、漸く驚いた。隠れて見ている太は言うに及ばず。
「手前も・・・改造人間か!?」
「だとしたら?」
「ジェノムメンバーなのか!?」
「違うよ。寧ろ・・・
お前らジェノムを潰す側」
「ジェノムを・・・潰す!? ははは、面白いことを言う!!」
ヘビーコブラは素早く立ち、もう一度走り迫る。
「そうか。俺は別に面白くない」
噛み付きかかったヘビーコブラをぎりぎりまで引きつけ、バッタ男は驚異的な跳躍力で飛びのいて交わす。
続いての攻撃も次々交わす。大振りな突進を難なく避け、周囲の壁や天井を床と同じ感覚で使いこなして立体的に跳ね回り、
息を切らすヘビーコブラを、まさに虫のように壁にへばりつきながら待っている。
「な・・・なめるなあッ!!」
ヘビーコブラは手を変え、口からおびただしい色の毒液を飛ばし始めた。
吐き掛けられた壁や天井が、忽ちどろどろと溶ける。バッタ男は回避を続けるが、次第に逃げ場がなくなっていく。
太は毒液の被害を避けるため、既に更に遠くへ後退している。
バッタ男の移動範囲を狭めたところで、ヘビーコブラは隠し技を出した。
胴体が出し抜けに長く伸び、バッタ男に迫って周囲を取り巻き、そして巻き付いて強い力で締め上げる。
「手間を取らせやがって・・・これで、終わりだ!」
押さえつけたバッタ男をヘビーコブラは見下ろし、今度こそ口に収めようとした・・・
「エレクトロトラップ!!」
叫びと共にバッタ男のバックルのタービンが再び回り出し、膨大な電荷を発生させ、ヘビーコブラの全身を熱電撃で焼いた。
悲鳴を上げたヘビーコブラはバッタ男からほどけ、長い体を床にのた打ち回らせて苦しむ。
続いてバッタ男は、溶解液で既に天井が溶けてひらけた空へ高く跳び、真下の巨体を照準に捉え、
「パズズクラッシュ!!」
伸ばした片脚の爪先から急降下。加速が空気との摩擦さえも生み、爪先が赤熱。
ダメージを受け、それでも力を振り絞って高く伸ばした長い体を、放たれたキックが脳天から足下まで一気に切り裂き、
ヘビーコブラは真っ二つになり、絶命した。
外の景色に場面が映る。廃ビル群の根元の一角に止めてあった、青年が乗っていたバイクの輪郭が、急にぼやけた。
と思うと、無数の細かいパーツに霧のように分解し、ぶぶぶぶぶと羽音を立ててビルの階上へと飛び、開け放たれた
窓に吸い込まれていく。
パーツの一個一個は、イナゴと化していた。
ヘビーコブラの亡骸にイナゴの霧が群がり、ばりばりと貪って跡形も残さず処分していくのを、バッタの男は見届ける。
そして、不意に、恐怖で全身をわななかせながら物陰で一部始終を見ていた太のほうを、ゆっくりと振り向いた。
「ひいッ!?」
バッタの顔をした男に怯えきった太は、その場から一目散に逃げ出す。
「何で・・・何で急にあんな奴が出てくるんだ!? 訳がわからないよ!! そ、そうだ・・・あのサングラスのおっさんを
もう一度呼ぼう! そしてもっと強い奴を連れてきてもらって、あのお化けバッタをぶっ殺してやるんだ・・・ひひ、
ひひひひひ・・・!!」
だが、その願いはかなわなかった。
ビルの階段を階下へと必死に駆け下りていた太は、うっかり足を踏み外した。
運動神経のない彼はろくに受身も取れなかった。
打ち所が悪く、転がって落ちた拍子に首が変なほうに曲がり、自らの頚椎が折れる音を、太は最後に聞いた。
後日、一人の高校生が街外れのビル内で変死を遂げたという極小さな記事が、地方新聞の片隅に掲載された。
「駄目だったね」
通りの一角で新聞を読んでいる人物に、何処か幼い面立ちの女性、三崎理香(みさき・りか)が言う。
「ああ」
街外れでバッタ男に転じていた青年=緑川一平(みどりかわ・いっぺい)は答える。
「だが、それでも続けなきゃならねえ」
「うん」
一平はバイクの後ろに理香を乗せ、通りの先へ走り去っていく。
続く。
ここでは初めてですが、試しに書いてみました。続きは随時。設定に関しても話の中で直に随時書いていきます。
乙
>>267 ちょっとアイディア投下
・変身に回数制限付き
・回数を経るごとに異形として進化し、強化される。
・回数制限を使い切ると人としての意識、形を完全に失うが、最強。そして数分で絶命する。
・凄腕の傭兵。バイクと軽火器さえあれば、何とか怪人相手でも渡り合えるレベル。
それ故、組織Aに怪人の素体として狙われており、拉致される。
だがトレーラーが組織Aと対立する組織B(Aから離反した一派)に襲撃され、その際瀕死の重傷を負った彼は、組織Bで生命を救う為の改造手術を受けさせられる。
持ち出した技術が不完全だったBは、それを独自のシステムで補っていた為、被改造者は変身の度に少しずつ人の姿を喪っていく。
改造手術を行った代価として、組織への協力を依頼される主人公。
ここまでしか思いつかんな……
投稿乙です。まとめの方に載せておきます。
仮面ライダーパズズ 02 エクスキューション・ジェノム
暗い、大きな広間の中。
「集まってもらったのは他でもない」
薄明かりのあるあたりに歩み出てきた、ダークカラーのスーツにサングラスの男が切り出す。
前回死亡した田中太少年に、自分は『ジェノム』という組織の構成員だと名乗った男。
この暗い広間は、その『ジェノム』という組織の施設の一つである。
ジェノムのメンバーはほぼ全員が、人間以外の生物の特性を取り入れた生体改造によって強化されていると
男は説明したが、これよりこの男も、改造人間としての姿に変貌する。
全身からめきめきという音がし、赤色の外骨格が装甲となって身を包んでいく。有機的なディテールの
鎧の騎士のような姿になり、後頭部から多関節の長い尾のようなものが伸び、その先には毒を持った
尖った針が付いている。
サソリの特性を持ったジェノムメンバー・デスコピオ。
先に登場したヘビーコブラが、強力な戦闘力を持ちながら彼の言葉に渋々ながらも素直に従っていたが、
デスコピオはジェノムメンバーの中でもリーダー格である。
今、彼の言に従い、他の多数のジェノムメンバーがこの暗闇に集まっていた。闇の中で各々の姿は
はっきり見えないが、虫の節足がぎちぎち擦れ合ったり獣の息遣いがしゅうしゅう聞こえたり、
尋常でないものが大勢いるのは感じ取れる。その中でデスコピオは泰然と語る。
「既に伝え聞いている者もいるだろうが、先日ヘビーコブラが、所属不明の一人の改造人間に倒された」
闇の中の一同がそれぞれの反応でどよめく。
「それについて語る前に、今一度確認しておくが」
デスコピオは居住まいを正し、
「改造人間シンジケート『ジェノム』は、表の世界の普通の人間達の依頼により、常人では困難な
非合法活動を請け負い、相応の報酬を受け取り、組織と構成員の最低限の生活を維持するための糧とする。だが、
その範疇を逸脱した活動の予定は、組織自体としては今のところ無い」
そう。
世界征服とか、一般人を駒のように扱う殺人ゲームの類とか、そういうのをやっているわけではない。
そもそもジェノムメンバーはほぼ全員が人外の存在である改造人間であり、普通の人間達とは異質の存在である。
表に出れば排斥されるのは目に見えている。単体それぞれとしてなら常人を凌駕する改造人間の力で逆に蹴散らしても
いいのだが、ジェノムメンバーは一般人に比べれば数自体は圧倒的に少ない。数で勝る人間達が本気を出して
軍事力で抵抗してくれば、最終的に勝利できたとしても多大な犠牲は免れない。実は、組織そのものには
現在そのくらいの力しかない。
余裕が出てくれば世界征服などに手を出す余地も出てくるのだろうが、そんなわけで今のところは水面下に
潜伏し、先ず組織を維持して日々を繋ぐ事に腐心している、そんな組織である。
え? でもヘビーコブラは勝手に独走して個人的な快楽で人間を食い殺してたじゃないかって?
そりゃ、大勢のメンバーが集まっている組織なら何処にでもそういうことはある。組織の方針に従わずに
こっそり甘い汁を吸おうとする者も出てくる。常人以上の力を持つ者なら尚更自制が利かないこともある。
リーダー格のデスコピオは割とマメに各部署を視察して回っているので今のところそれほど大きな破綻は発生して
いないが、この世に100%などというものは存在しない。前回のような事もしばしば起きる。100%にするために
強権でメンバーを無理に引き回したりすると、それはそれで又別の問題も起きてくるのである。
「ヘビーコブラのここ暫くの行動には既に独断先行が目立っていた。どれほど優秀な能力を持っていようと、
節度を守らない者は組織を潤滑に運営する上で障害となる。よって、奴の脱落へのフォローはジェノム全体の
方針としては特に行わない。異議のある者は個人の責任の範囲で行動するように」
誰も異議を唱えない。ヘビーコブラの人望はジェノム内でもその程度だったようだ。
「まあ、奴の働きで多少なりとも報酬が入った。そこについては感謝しておこう」
こういう部分は悪の組織的。
「それよりも問題は、ヘビーコブラを倒した所属不明の改造人間だ・・・スパイデル」
「は、はいッ」
デスコピオの脇に控えていた、高校生くらいの気の弱そうな少女が身をすくませた。かしこまって歩み出てくると、
彼女も改造人間の姿を現す。
これも節足動物・・・クモをベースとした改造。体格は殆ど変わらず華奢な印象さえ受けるが、外骨格の鎧に
細かい毛が生えている。そんな異様な姿で相変わらずおずおずしている。
既にヘビーコブラが組織にとって使えない存在になるであろうことを見越し、デスコピオはスパイデルに命じ、
ヘビーコブラの動向を密かに探らせていた。スパイデルは戦闘力は低いが隠密性に優れ、普段からスパイ活動などを
勤めている。
前回の廃ビル区で、別のビルの壁にへばりつき、ヘビーコブラと謎の改造人間の遭遇戦を真っ先に目撃したのは
スパイデルだった。屈強で重量級のヘビーコブラが完膚なきまでに破壊され、更にイナゴの群れによって食い尽くされる
様を見て彼女は震え上がり、これは一大事と取れるだけのデータを取り、直ぐデスコピオに報告したのである。
暗闇の中空に映される映像を見て一同は感嘆の声を上げる。人外の唸り声を。
「ジェノムの現メンバーのいずれにも該当データはないんだな」
「ええ・・・」
スパイデルも既にその辺は調べている。
「とにかく、情報がまだまだ少なすぎる。何故こいつがヘビーコブラを攻撃したのかは判らないが、放っておけば
又他のメンバーが襲われる可能性がある。スパイデル、お前は続けてこの改造人間についての情報を漁れ。
他のメンバーにも俺の名で協力を要請して構わん」
「了解!」
「後、各部署に警戒するように通達し・・・」
「遅かったようだぞ、デスコピオ」
声と共に、広間の壁の一角がぐにゃりと歪んだ。そして段々人に近い形になって浮き出し、像を結んだときには、
緑色の鱗の様なごつごつざらざらした体表で、眼が大きく飛び出てぎょろぎょろ動く、擬人化されたカメレオンの
ような姿になっていた。
この改造人間も、諜報を主な任務としたメンバーである。
「どういうことだ、メガレオン」
「シックルマンがやられた」
「何・・・?」
数時間前。
ジェノムメンバー・シックルマンは、街の郊外、山中の廃工場を拠点としていた。だが、問題のバッタ人間に
その拠点を急襲された。
「何なんだ、奴は!?」
こいつも昆虫系のシックルマン。カマキリをベースとした彼は両手の大きな鎌を振り回してうろたえる。怪奇な姿ながら
滑稽でさえある。
「ええい、よく判らんが排除しろ!」
余り頭のよくない命令を下すと、拠点に詰めていた彼の配下達が、人間の姿から黒い有機装甲の昆虫系改造人間に
変貌する。改造戦闘員・アリント。
ぎちぎちぎちと鳴きながら、バイクに乗って廃工場に向かってくるバッタ男に集団で掛かっていく。
バッタ男の乗っているバイクは、変身前の青年・緑川一平の乗っていたそれの様相ではない。一回り大きくなっていかつい
装甲で覆われ、出力も相応に増している。
掃射される機銃の弾をバッタ男も戦闘バイクもまともに食らいながら平然と突き進み、アリントを次々跳ね飛ばす。
「おのれ、好きにさせてたまるか!」
戦闘員達では埒が開かないと見たシックルマンは最前線に踏み出し、甲高い奇声を上げて鎌を高速で振り回す。
その勢いで真空の刃が発生して連続で打ち出され、バッタ男を襲う。
ばしばし刃が叩き込まれるが、致命傷程の傷は負わせられない。バイクは勢いでシックルマンに突っ込んでくる。
「う・・・うわっ!?」
気迫負けしたシックルマンは思わず回避し、バイクはそのまま廃工場に激突し、大爆発が起きてアジトは大破。
アリントも次々爆風で吹き飛ばされる。
「・・・!?」
瓦礫の中に転倒しているバイクを見たシックルマンは気付いた。何時の間にか、座席にバッタ男がいない。
バッタ男はシックルマンが回避して身を庇った瞬間、既にジャンプしてバイクから離脱し、シックルマンの真上の
死角に位置していた。
「パズズクラッシュ!!」
今回も、そのまま降下しながら加速。
赤熱する爪先の一撃で、シックルマンを粉々に粉砕した。
壊滅したアジトの中、シックルマンの破片もやられたアリント達もヘビーコブラ同様、イナゴの嵐によって
痕跡残さず食い尽くされた。そのイナゴの嵐は、転倒していた戦闘バイクが前回のバイク同様に細かいパーツ群に
分離することで発生した。
「私が現地に賭け付けたときには、既にその状態になっていた。敵の全貌が判らんので取り合えず保護色で隠れて
事態を見届けるという体たらくに陥ってしまった・・・済まん」
「いや、それはこの際やむを得ないだろう」
詫びるメガレオンにデスコピオはフォローの言葉を掛けた。
「しかし、やはり早急にその謎の改造人間の情報を探り、対策を練る必要があるな。メガレオン、お前も
スパイデルと協力して情報収集に当たってくれ」
「判った」
デスコピオは続いていきり立つメンバー達を見回し、
「他の者はこれまで通り各々の部署での活動を続け、対策が練られて指示が与えられるまで勝手な行動には
出ないこと。くれぐれも命を粗末にするな」
釘をさした。
「いてて・・・」
バッタの男は、エンコ気味の重い戦闘バイクを押してアジト後から去っていく。
シックルマンの真空の刃の連撃で与えられた傷に呻きながら。ダメージを全く受けていなかったという
訳ではなかった。
「とっとと帰って理香に診てもらうか。後、もう少し効率のいいやり方も考えねえとな・・・」
バッタ男は力を絞ってバイクに跨り、エンジンを掛けて進み出す。
山道を走るバイクは、水の中に沈むように、少しずつ路面に沈んでいく。
爆音がふっと消え、後には何も残らなかった。
続く。