人里離れた森の中に、その館はあった。
昭和初期に建てられたとおぼしき、豪華だが古めかしい洋館であった。
そこには、一人の少女が、多くの召し使いたちにかしずかれて独りで住んでいた。
カチャ。カチャカチャ。
50畳はありそうな巨大なダイニングルーム。巨大な白いテーブルのいちばん上座に独りで座って、
少女は食事を摂っていた。メイドたちが大きな皿に、少女一人では食べきれないほどの食事を盛って
次々にテーブルの上に並べてゆく。
「お嬢さま!何度言ったらわかるのですか!ナイフの音をそんなに立てるものではありません!」
「・・・すみません、牢殿(ろうでん)さん。」
少女のお目付け役らしい、痩せぎすで細い眼鏡に酷薄そうな光を宿した40代の女性に厳しく叱られて、
少女はビクッ!と肩をすくめた。ドアの陰から、メイドたちがクスクスクス・・と笑う声が漏れてくる。
少女は年の頃12歳くらい。まるで喪服のような黒いワンピースを身に着けている。長いまっすぐな金髪と、
森の中の湖面のように澄んだ青い眼をした、日本人とヨーロッパ人の混血らしい美少女だ。
愛くるしい整った顔立ちをしているが、その表情は暗く曇っている。
「あなたは由緒ある黒森家の跡取りなのですからね。どこに出ても恥ずかしくない、作法と教養を身に
つける義務がおありなのですよ。なのに、この館に来てもう10年が経とうというのに、ちっとも下賎の
癖が抜けやしない!」
「すみません。牢殿さん!」
「おしゃべりしてないで、早く食事を済ませなさい!」
眼鏡の女性は、ピシッ!と教鞭を振るった。
「痛ッ!」鞭はナイフを持った少女の手の甲に当たり、少女は思わずナイフを取り落とした。
カシャーン、と音を立てて、ナイフは床の上に落ちた。
「・・・あの、洗馬(せば)さん。ナイフを・・・」
少女は不安げな表情で、テーブルの傍らに立っている執事らしい男に呼びかけた。だが聞こえなかったのか、
男は眼を閉じたまま、知らん顔で動かない。
「・・・あの、新しいナイフを・・・」
男が動かないので、少女はテーブルから車椅子を引き、自分でナイフを取りに行こうとした。少女は足が
悪いらしく、ずっと車椅子に座っていたのだ。
「何ですか、はしたない!」
ピシッ!と牢殿女史の教鞭が鳴った。「アッ!」鞭は少女の頬をかすり、赤く細い筋が少女の白い肌の
上に浮かび上がった。
「そのようなことは使用人にさせればよいのです!あなたはこの家の当主らしく、毅然としていればいい
のです。・・・まったく、何度言い聞かせてもちっとも覚えりゃしない!」
「・・・すみません。牢殿さん・・」
少女はうつむいたまま、唇を噛んだ。クスクスクス・・・とメイドたちが笑う声がまた聞こえてきた。
少女は自分の部屋に帰ると、車椅子をベッドの傍らにつけ、シーツに顔を埋めて激しく泣き出した。
「・・・嫌い!・・・みんな嫌い!・・・ああ、お母様!お母様!・・・」
メイドたちにてきぱきと命令を下して、牢殿女史はダイニングルームを出た。廊下に立っていた執事の
洗馬が、溜め息をつきながら牢殿女史にこうつぶやいた。
「・・・まったく、いつまでこんな寂しいところで小娘のお守りを続けねばならんのだ・・・」
「・・・あと4年ほどの辛抱ですわ。洗馬さん。あの娘が16歳になって結婚できるようになれば、
そして次の跡取りさえ無事に生まれてくれれば、もうあの娘には用はありませんわ。そうすれば私たちも
無事黒森の本家に戻って再びお仕えできましてよ。」
牢殿女史は眼鏡を直しながら、冷たく笑った。
少女は孤独だった。黒森財閥の当主の一人娘として、3歳の時にこの館に連れて来られてからというもの、
9年間、館から一歩も外に出ることは許されず、同じ年頃の友達をあてがわれるでもなく、召し使い達
の冷笑に囲まれて、孤独に耐えながら生きてきたのだ。
俗世間から隔離されたこの館に住んでいるのは、少女の他に、執事の洗馬崇太郎、家庭教師兼お目付役の
牢殿摩耶女史。それに庭師と5人の若いメイドだけであった。牢殿女史はメイドたちに、決して少女に
親しげな言葉をかけてはならないと固く言い聞かせていた。メイドたちも、なに不自由ない身分のはずの
若き当主が牢殿女史に一日に何度も叱責され教鞭で打たれるのを、一種痛快な気分で見守っていた。
牢殿摩耶女史は44歳のオールドミス。ヒステリックだが細かいところに気の回る有能なお目付役として、
少女を冷淡に24時間監視し続けていた。少女にとって牢殿女史は、まさにその名字の如く、牢獄の御殿の
恐ろしい女看守であった。
少女は一日に一度だけ、館の周囲を一人で散歩することが許されていた。とは言っても車椅子の身、館の
周囲に作られた舗装された遊歩道に沿って、庭の中を一回りするだけのことであった。
館はよく手入れされた庭園の中にあった。庭園の周囲は高い塀に囲まれ、どんな身軽な泥棒でさえも
侵入は不可能だったろう。ましてや足の不自由な少女には、塀の外に出るなど思いも依らぬことであった。
季節は晩秋を過ぎ、まもなく雪の季節を迎えようとしていた。キイ、キイ、キイと車椅子をこぎながら
ぶ厚いケープをまとった少女がバラ園のそばに差しかかった時、ふと真っ赤な色が少女の目に飛び込んできた。
「まあ・・・こんな季節にバラの花が。」
大きなバラの木の根元から、小さなバラの苗が顔を出していた。身の丈20cmほどのその貧相な苗には、
赤いつぼみが付いていた。ここは白いバラの園のはず。どうして赤バラの苗が生えてきたのか、どうして
こんな季節に狂い咲きしようとしているのかわからないが、几帳面な庭師に見つかったらきっと引っこ
抜かれて捨てられてしまう。そう考えた少女は、車椅子からそっとかがみ込み、苦労の末にバラの苗を
周囲の土ごと掘り出し、こっそり自分の部屋に持って帰ることにした。
牢殿女史に気付かれないよう、注意深く苗を抱えて館に戻ろうとした少女は、扉のことろで一人のメイド
とはち合わせしてしまった。「キャッ!」
少女はあわてて、その場をとりつくろうとした。「ち、違うの、これは・・・これは・・・」
若いメイドは、どうやら1週間前にここに来たばかりの新顔のようだった。メイドは苗を見てニコッ、
と笑うと、ちょうど手に持っていた黒いビニールのゴミ袋を少女に差し出して、こう言った。
「わ、私は何も見ておりません。何も見ておりませんってば!・・・お嬢様、お帰りなさいませ。
早くお着替えされないと、また牢殿さまに大目玉を食らいますわよ。」
「・・・あ、ありがとう。」
少女はメイドに会釈して、受け取ったビニール袋に苗をそっと隠した。後ろの部屋から、牢殿女史の
カン高い声が響いてきた。
「盃寺さん!何をしているのですか!早くゴミ捨てに行ってらっしゃい!・・・お嬢様!下々の者と
気安く口をきいてはいけません!早くお着替えを済ませなさい。3時から、英語の勉強を始めますよ。」
少女は自分の部屋に戻ると、戸棚から使っていない小さな植木鉢を見つけて、バラの苗をそっと植えた。
そして、ベッドの枕元に近い、窓際のカーテンの脇に植木鉢を置き、部屋の内側から見えないように
カーテンで覆い隠した。それから、メイドを呼んで自分を着替えさせ、牢殿女史が待つ書斎に向けて
車椅子をこいで行った。
少女は、それから毎日、バラの苗に向けて話しかけるようになった。
「・・・あなた、あなたも独りぼっちなの?私も独りぼっち。この館に、独りぼっちで住んでるの。
お願い。わたしのお友だちになって。」
バラの苗は暖かい室内に移し替えられて、徐々に大きくなっていった。少女の部屋の掃除を命じられて
いた盃寺めぐみというメイドは、どういうわけか、苗の存在に気付いても、牢殿女史に報告しなかった。
そればかりか、庭師の元から持ってきたらしい栄養剤のアンプルを、少女の枕の下にそっと忍ばせて
くれたりもした。
《お嬢様へ。バラ用の肥料です。牢殿さんには内緒にしておきますから安心して下さい》
バラの苗を育てるようになってから、少女の顔色は徐々に明るくなっていった。
「あなたはバラね。真っ赤なバラ。わたしも赤いバラなのよ。わたしの名前は黒森愛華(あいか)。
愛華っていう名前は、わたしのお母様が日本語で付けて下さったの。1ダースの赤いバラは、愛の花。
わたしのお父様は、1ダースのバラをプレゼントしてお母様にプロポーズしたの。だからお母様は、
わたしに“愛華”という名前を付けて下さったのよ。わたしが小さい時に、よくそう話してくれたわ。
見て!わたしの髪と目。わたしのお母様は、ドイツの人だったの。わたしと同じ、金色の髪と青い眼を
した、とてもきれいな人だったのよ。・・・ああ、お母様。どうしてお母様は、愛華を残して死んで
しまったの?お父様は、愛華のことを嫌いなの?どうして誰も、愛華に会いに来てくれないの?」
愛華は、枕にうっ伏して、そのまま泣きじゃくり始めた。館の周囲で暗い夜が、徐々に更けていった。
バラの苗はすくすくと大きくなり、つぼみは今にも開こうとしていた。愛華は、つぼみから何とも
形容のし難い、不思議な甘い香りが漏れ出てくることに気付いた。それはバラの香りそのもので
あったが、他のどんなバラよりもきつく、甘く、狂おしい香りであった。
その香りに引き寄せられたのか、一匹のハエがつぼみのそばにやってきた。
その時。つぼみがヒュッ!と素早く動き、口を開いたかのように花弁を開いてハエを飲み込んで
しまうのを、愛華は確かに見た。
「・・すご・・い・・・すごい!あなた!・・・ハエを食べちゃったの!?」
愛華は奇妙なつぼみの動作を見て、気味悪がるどころか、純粋な驚きのあまり興奮していた。
ふと思い立って、厨房の勝手口に行き、ゴミ箱の中に捨てられていた使用済みのハエ取り紙を持って
自分の部屋に戻った。深い森の中にあるこの館は、虫が多いためハエ取り紙が必須なのだ。
ポリ袋の中のハエ取り紙には、まだ生きたハエがたくさん付着していた、愛華はピンセットでハエを
一匹つまみ上げ、つぼみのそばにおそるおそる近づけた。
パクリ!つぼみがまたしてもす早く動き、ピンセットの先のハエを飲み込んだ。
愛華は興奮のあまり、震えが止まらなかった。ハエを次々とつまんでは、つぼみに与えた。
20匹も飲み込むと、つぼみは満足したかのようにうなだれた。
「すごい。すごいわ、あなた。害虫を食べる花なんて、なんて素晴らしい花なの!」
不思議なバラのつぼみは、つぼみのままで徐々に大きくなり、ツバキの花くらいの大きさになった。
愛華は苗を、次々と大きな鉢に移し替えなければならなかった。
大きくなったつぼみは、さらに大きな獲物を求めるようになった。愛華はハエの代わりにゴキブリを
与えていたが、それでも足りなくなり始めていた。
愛華は、むかし鳥もちを作ったことを思い出した。スズメの小さなヒナが、巣から落ちて愛華の部屋の
窓のすぐ近くの雨樋に、はさまってしまったことがあった。ピイピイと悲しげに親鳥を呼ぶヒナを
可哀そうに思った愛華は、図書室に行って鳥もちの作り方を調べ、棒の先に付けた鳥もちでヒナを雨樋
から救出したのだった。残念なことにそのヒナは、牢殿女史にすぐに取り上げられてしまい、その後
どうなったのかは、誰に聞いてもついに教えてはもらえなかった。
愛華は鳥もちを作ると、板の上にベッタリと塗って、朝に小鳥たちがよく来る、ベッドの枕元に近い
窓の外に紐で固定した。次の日の朝、あんのじょう運の悪い小鳥が二羽、鳥もちに足と翼を取られて
ピーピーと鳴きながら暴れていた。愛華は小鳥たちを、つぼみのそばに近づけた。バラの香りをかぐと、
暴れていた小鳥たちは大人しくなった。愛華が一羽ずつていねいに小鳥を鳥もちから離し、つぼみの
口元に触れさせた。つぼみはパックリと大きな口を開けて、小鳥を一羽、また一羽と飲み込んでいった。
つぼみに小鳥たちを与えるのが、それからの愛華の日課になった。ある晩、一匹の野良の小猫が鳥もちに
足をすくわれてニャーニャー鳴いているのを愛華は発見した。愛華は何の躊躇もなく、小猫を鳥もちから
放してつぼみに近づけた。つぼみは小猫をバックリと飲み込み、手鞠ほどの大きさになってそのまま
満足そうにうなだれた。
愛華は興奮して、その夜は眠ることができなかった。
バラのつぼみは、既にヒマワリの花のような大きさに成長していた。丈こそ低かったものの、茎の太さも
直径3センチほどになり、既に化け物と呼べる大きさであった。愛華は鉢をベッドの下に置き、茎と
つぼみをカーテンで隠していたが、いずれ隠し通せなくなることは明らかであった。
そして、その日はやって来た。
その夜、愛華は罠で捕らえた猫をバラに与えようとしていた。いつもならバラの香りをかがせただけで
大人しくなるはずなのに、その日に限って猫はニャーニャーと激しく暴れ抵抗した。愛華は不自由な
車椅子座ったまま、必死で猫を大人しくさせようとした。
急に、愛華の部屋の扉がバタン!と開いた。騒ぎを聞いて駆けつけた牢殿女史の、怒りで真っ赤になった
顔がそこにあった。愛華はあわてて猫を離し、車椅子の背でバラを隠そうとした。猫は牢殿女史の足の
間をすり抜けて一目散に逃げていった。
「・・・お嬢様!いったい何をしているのです!背中に隠している物はいったい何ですか!」
「・・・違うの、牢殿さん。違うの。これは・・・」
「言い訳は無用です。さあ、隠した物をすぐにお見せなさい。さもないと!」
「駄目!駄目なの!牢殿さん、これは!」
「どきなさい!」「キャアッ!」
牢殿女史が、哀願する愛華の手を乱暴に振り払った。勢い余って愛華は車椅子から転がり落ちた。
「・・・な、何です、これは一体!?」
ヒマワリのように巨大な花を見て、牢殿女史は一瞬顔面蒼白になったが、それがバラの花だとわかると、
今度は込み上げてくる怒りを隠そうとはしなくなった。
「な、何ですか、この醜い花は!ここのところ大人しくしていたから安心していたのに、まさか、こんな
ものを育てていたなんて!こんな穢らわしい花!さっさと焼き捨てててしまいましょう。」
「やめて!牢殿さん!そのバラを焼くのはやめて!」
愛華は不自由な身体で牢殿女史の足元まで這いずってゆき、必死に懇願した。
「うるさいッ!」
牢殿女史は、強い剣幕で足元にすがりつく愛華を足蹴にした。
「キャッ!」愛華の身体は勢いよくはじき飛ばされ、クローゼットに頭を思い切りぶつけた。
「・・・これだから・・・これだから・・・下賎の者の血を引く者は!」
牢殿女史の顔は、怒りで真っ赤になり、ブルブルと痙攣している。
「これもきっとこの子の身体に流れる、穢らわしい淫売の血のせいだわ!この子の、あの淫売の母親の!」
その心ない言葉を聞いて、愛華は思わず頭部の痛みを忘れ、上半身を起こした。一筋の赤い血が、
愛華の額を伝って流れ落ちた。愛華は怒りを堪えながら女史に抗議した。
「お母様が・・・淫売てすって・・・?牢殿さん!あなた、あなた、何てことを!」
「お黙りなさい!あなたは何も知らないでしょうけど、あなたの母親は、あのクララとかいう淫売女は、
あろうことかドイツ留学中のあなたのお父様と駆け落ちし、行方をくらましてしまったのですよ!
あなたのお父様は、黒森財閥の後を継ぐ大切なお方。そのお父様を誘惑し、あろうことか子供まで作って
しまった女の、どこが淫売じゃないと言うんですか!」
牢殿女史の言葉は、強烈な怒りと呪詛に満ちていた。その剣幕に気圧された愛華に向かって、女史は
さらに心ない言葉を投げつけた。
「わが黒森財閥は総力を上げて、あなたのお父様を発見し保護しました。本来ならあなたも、母親同様、
処分されても仕方が無かったのですよ!ところがお父様を保護する際の不幸な事故で、あなたのお父様は
二度と子供を作ることができない身体になってしまわれた。淫売の血を半分引いているとはいえ、まぎれ
もなく黒森家直径の血を引くあなたを、だからこそ黒森家は殺すことができなくなってしまったのです。
仕方なく、この館に幽閉して16歳になるまで育て上げ、その後は黒森家が選んだ立派な男とめあわせて
男子を生んでいただく、そうせざるを得なくなったのです!」
愛華の頭は激しく混乱していた。牢殿女史の言葉をつなぎ合わせ、そこに恐るべき真実を、知りたくも
なかった真実を読み取るまでは。
「・・・じゃあ、お母様は、わたしのお母様は、あなたたちに・・殺されたと言うの!?」
牢殿女史の声は、冷ややかなものであった。
「当たり前でしょう。生かしておくのも穢らわしい。わたしと洗馬の二人で処分して、この館の片隅に
埋めてしまいましたわ。」
愛華の頭は真っ白になった。それから、ドス黒い怒りが、悲しみが、そして激しい殺意が、胸の中を
逆流するように込み上げてきた。
「・・・ひ、人殺し!この、人殺し!わたしのお母様を返して!返して!」
愛華は絶叫し、牢殿女史を罵った。だが牢殿女史は勝ち誇ったように笑い、愛華の身体を足蹴にした。
「あなたなど、黒森財閥の血を次代に伝えるためだけに生かされている存在なのですよ。それが
無ければ、あなたがこの世に存在する価値など、まったく無いのです。だから私たちはあなたがここから
勝手に脱走できないよう、あなたに毒を飲ませて、足を萎えさせたのです。あなたの命など、黒森財閥の
力の前では虫ケラにも劣る存在だということを、これからはしっかり認識しなさい!」
愛華は涙をポロポロと流し、あまりにも残酷な真実に打ちのめされていた。悔しい!悔しい!お母様の
仇を取りたい!仇を取る力が欲しい!こんな不自由な身体ではなく、復讐にふさわしい身体が欲しい!
《・・・娘よ。力が欲しいか?母親の仇を取る、力が欲しいか?・・・》
どこからともなく、地獄の底から響いてくるような不気味な声が、愛華の耳に届いた。愛華は驚いて
牢殿女史と、彼女が必死に鉢から引き抜こうとしているバラの方を見た。違う。バラじゃない。じゃあ
あの声はいったい・・・?
《娘よ。力が欲しくはないのか?お前から幸せを奪った者すべてに復讐し、この腐りきった世の中を
断罪する、強い力が!》
「欲しい!わたしは力が欲しい!お母様の仇を討ちたい!」愛華はその声に絶叫で応えた。
《娘よ、よくぞ言った!》
牢殿女史が掴んでいたバラの茎が、ムグムグと動き出した。牢殿女史は本能的に危険を感じ、茎を手放して
後ずさった。「な、なんなんです?このバラは!」
ビュッ!バラの花のつけ根から、二本の長い蔓が勢いよく伸びた。蔓は牢殿女史の身体と腕に巻きつき、
すさまじい力で女史をバラの方に引き寄せてゆく。
「・・・た、助けて!・・・助けて!・・・誰か!・・あなた、早くわたしを助けて!・・キャアッ!」
バラの花弁が大きく開き、牢殿女史を一呑みにしてしまった。
「ギ、ギャアッ!!」
ボキボキ、グシッ!骨ごと肉をすり潰すような鈍い音が響き、次いでジュルジュルと液体を飲み込むような
音が聞こえた。やがて何事もなかったかのように沈黙が訪れた。
あっけに取られる愛華の前で、バラはその花弁を大きく開いた。そこには、もはや牢殿女史の姿はなかった。
「あ、あなた、わたしの代わりに仇を取ってくれたの・・・?」
驚く愛華の耳に、またあの不気味な声が響いてきた。
《娘よ。お前が力を求めるのなら、お前にこのバラの力を与えよう。》
「・・・あなたは、一体、だれ?」
《我々は、正義の革命集団ショッカー。虐げられた人々の憎しみの心に応えて、腐りきった世の中を破壊
することを目的とする、お前たちの味方だ。わしはその幹部、死神博士。》
「革命軍団・・・ショッカー・・・?」
《そうだ。我々は今、組織の立ち上げに向けて、お前のような憎しみの心を持った革命戦士を募っている。
この間も、いわれなき人種差別に打ちひしがれていたサダエという日本人の娘に、蜂の力を与え、革命戦士
“蜂女”に生まれ変わってもらったところだ。愛華。お前にはバラがふさわしい。バラの力をさずけよう。》
愛華の顔に、微笑みが差し込んだ。
「いいわ。わたしはバラの力が欲しい。ショッカーの一員になるわ。どうすればいいの?」
《では、着ているものをすべて脱ぎ捨て、このバラの前に横たわるがいい。》
愛華は言われたとおりに、不自由な身体で衣服を脱ぎ始めた。ワンピースを、シュミーズを脱ぐと、12歳の
輝くように白い柔らかな裸身が現われた。白いブラをはずし、スキャンティを脱ぎ捨てた。まだ未発達の
ふくらみかけの乳房が、男の侵略をまだ受けていない、毛も生えていない汚れなき秘所が、露わになった。
愛華は大人しく、バラの前にあお向けに横たわった。
「・・・さあ、いいわ。」愛華は眼をつぶった。
《では愛華。お前はこのバラとひとつになるのだ。我々ショッカーの革命科学が生み出したデビルローズ
と。そして、わが栄光のショッカーの“改造人間”として生まれ変わるのだ!》
バラの花弁が大きく開き、愛華に向けて甘い熱い吐息を吹き掛けた。「ああっ・・・!」
萼の付け根から伸びた二本の蔓が、愛華の身体に巻きついた。蔓は愛華を優しく抱き起こすように、花弁の
中央に向かって運んだ。そして花弁がゆっくりと閉じ、愛華の身体は花弁に包まれて見えなくなった。
花弁に包まれて、愛華は胎児のように身体を折り曲げたまま液体の中を漂っていた。まるで母親のふところに
抱かれているかのような安心感と、陶酔感が愛華を満たしていた。「ああ、お母様・・・お母様!」
花弁の中央から伸びた雄しべと雌しべが、触手のように愛華の身体を優しく愛撫した。そして雄しべの群れ
が愛華の口や、鼻や、肛門の孔から次々と愛華の体内に侵入していった。そしてひときわ大きな雌しべは
愛華の尻をなでるようにまさぐってから、愛華のいちばん大切な部分に、汚れなき処女の秘芯に、勢いよく
潜り込んで来た。「・・・ウッ!・・・」鋭い一瞬の痛みの後、すさまじい陶酔感が訪れた。
雌しべは愛華の膣の最奥まで侵入すると、そこから生暖かい液体を次々と愛華の胎内に注ぎ込み始めた。
しびれるような恍惚感の中で、愛華は、自分の身体が内部から作り変えられ、人間とは別のものに変わって
ゆくのを、夢見心地で感じていた。
「・・・お母様・・・ああ、お母様!」
ショッカーの改造手術を受け、肉体を根元から作り変えられ、新たに生まれ変わる。愛華はそれを、
母親の胎内にいるかのような幸福の絶頂で受け止めていた。
小一時間も経った頃、愛華を飲み込んだ巨大なバラの花が、再びムグムグと動き始めた。花弁を開くと、
羊水のような液体と共に、身体を小さく折り畳んだ一人の少女が吐き出されてきた。
少女は、水に濡れた金髪を払い除けながら、その場に立ち上がった。牢殿女史たちが盛った毒によって
萎えさせられていた足は、ふたたび自由に大地を歩けるようになっていた。
少女の頭部は、愛くるしい12歳の愛華のままであった。だがその身体は、真っ黒な全身タイツで覆われた
かのような奇妙なものに変貌していた。全身のうぶ毛を失い、なめし皮のような光沢を持ったなめらかな
ボディは、明らかに人間のものではなかった。指の爪は消失し、足の指にいたってはひとつに融合して
足首はハイヒール状に変形していた。だが、ふくらみかけの小ぶりな胸の中央には乳首の存在が認められ、
まっすぐに伸びた脚の付け根には、少女のしるしである控えめなスリットがくっきりと刻まれていた。
そして、少女のお尻の上端からは、まるで猫の尻尾のように、緑色の長い蔓が延びていた。蔓はまるで
へその緒のように少女と花弁を結んでいたが、やがて花弁からプチッ!と離れると、少女の身体に
グルグルとからみついた。そして先端部を少女の顔のすぐ隣にもたげ、その先に真っ赤なバラの花を
誇らしげに咲かせた。
蔓が離れると同時に、巨大なバラの花は役目を終えたかのようにくずれ落ち、ボロボロと崩れて
塵に還っていった。その最後の姿に哀しそうな一瞥を加えた後、愛華は、生まれ変わった自分の肉体を
驚きを込めてかえすがえす見つめた。さまざまなポーズを取って、ショッカーに与えられた新しい肉体の
素晴らしさを満喫した。
「・・・すごい・・・きれい・・・これが、生まれ変わったわたしの身体なの?」
《そうだ。愛華。今から、お前の能力を試すがよい。》
愛華はキリッ、とした表情になって、大きく息を吸い込んだ。そして、甘くかぐわしく狂おしい吐息を
屋敷全体に満ちるまで吐き出し続けた。
愛華の吐息は、強烈な誘引フェロモンであった。男だろうが女だろうが、その香りをかいだ者は正気を
失って、愛華のもとに引き寄せられる。自分の部屋で事務をしていたらしい執事の洗馬が、気難しい
庭師の男が、そして牢殿女史に「わたしが帰るまでここを動かないこと!」と言い聞かせられていた
5人のメイドたちが、トロンとした目で次々と愛華の部屋の扉をくぐって現われた。
正気を失ったま呆然と立ちつくす彼らに、愛華は冷たい一瞥をくれた。
「あなたたち、今までよくもわたしを嘲笑ってくれたわね。今から、そのお礼をさせていただくわ。」
愛華はまず、牢殿女史と共に自分の母親を手にかけたという、洗馬の前に立った。憎しみを込めた目で
洗馬の顔を見つめた後、裁判長のように判決を下した。
「あなたには、牢殿さん同様の苦しみを味わって死んでいただくわ。」
愛華の身体に巻きついていた蔓が少しずつゆるみ、洗馬の方に向かって延びた。蔓に付いたトゲのひとつ
が洗馬の顔をプスッ、と突き刺したとたん、洗馬は正気に返った。
「・・・な、なんだここは?・・・お、お嬢様?・・・い、いや、化け物!!化け物だ!助けてくれ!!」
愛華は残酷に微笑むと、洗馬に引導を渡した。
「さあ、お母様の仇。苦しんで苦しんで死になさい!」
蔓の先端に咲いたバラの花が、クワッ!と大きく開き、洗馬を一気に飲み込んだ。
「ギ、ギャアアーーッ!!」
ボキボキ、グシッ!グシャッ!と鈍い音。次いでジュルジュルと液体を飲み込む音が聞こえ、洗馬崇太郎
はこの世から姿を消した。
一人目を消化し終わると、愛華はホッ、と息を注いだ。
「あなたたちにはそれほど恨みは無いから、苦しまずに殺してあげるわ。」
愛華は庭師とメイドたちの方に向かい、優しく、だが妖艶に微笑んだ。シュッ!と蔓が一閃したかと思うと、
老庭師の身体はトゲだらけの蔓にがんじがらめに縛られていた。蔓についたトゲに全身を刺され、庭師は
眠るようにして崩れ落ち、そして息絶えた。
庭師に続いて、蔓はメイド服の少女たちに次々と巻きつき、その命を奪っていった。最後の5人目を前に
した時、愛華の顔に柔和な笑みが戻った。そのメイドこそ、時折愛華を陰ながら助けてくれた、新人の
盃寺めぐみであったからだ。
「・・・あなた。あなたは私の味方だった。だから、あなたは殺さない。あなたには、わたしのしもべに
なってもらうの。」
愛華の尻から長く延びた蔓は、めぐみの身体に巻きついたままなめるようにまさぐり、やがて先端
スカートの奥へと忍ばせていった。ショーツと太股の隙間をこじ開け、さぐり当てた秘裂の中心に
向けて、蔓の先端をグイグイと押し込んでいった。
「・・・ア、アッ!・・・あ、あ、あ、ああッ!・・・」
めぐみの顔が紅潮し、ガクガクと痙攣して床に突っ伏した。愛華は構わず、蔓の侵入を続けた。
「あなたの胎内に、わたしの種を植えつけてあげる。そうすれば、あなたはもう、わたしのしもべ。」
やがて、愛華はめぐみの膣から蔓を引き抜いた。めぐみは放心したように息を切らせていたが、愛華に
優しく手を取ってもらい、フラフラと立ち上がった。
「あなた。わかっているわね。・・・あなたはもう、ショッカーのしもべ。」
「はい、わかっております。愛華さま。」
「わたしはもう、黒森愛華じゃないわ。バラと、愛華がひとつに解け合って生まれた・・・そう、
新しい私の名前は、ショッカーの改造人間バラランガ!」
「はい。バラランガ様。何なりとご命令をお申しつけ下さい。」
愛華、いや改造人間バラランガは妖しく微笑むと、女戦闘員第1号となった盃寺めぐみの手を取って
光に溢れる館の外へと、足を踏み出していった。