とある学校。中途半端に古い校舎。打ちっ放しのコンクリートと古びたタイル。
予鈴が聞こえる。廊下の向うからは出席を取る声。『6年2組』
「飯嶋くん」「ハイ」「石堂くん」「ふぁい」「市川くん」「へ〜い」「・・・市川くん、もう一度」
30過ぎのオバハン先生が睨みつける。仕方なく言い直す子供。
「上原くん」「ホイ」「太田さん」「はい」 ・・・・────まだまだ続く。
「満田くん」「アい」「山田くん」「ハイっ」そして、一息つくと、
名簿の最後。とって付けた様な手書きの名前。
「 ・・・ヒネモスくん」 ・・・返事が無い。代りに何故か、高イビキ。
「・・・・ヒネモスくん?」 ・・・教室の一番後ろで、巨大なモチの様な物体が揺れている。
「・・・・・ヒ ネ モ ス く う ん?」横の席の男子がシャーペンでモチを突付いている。
「・・・う ォ き ん か 寝 惚 け カ イ ジ ュ ー !!!」
ずぶしゅ。勢いでペン先がモチに刺さった。モチが眼を開く。
『 ん ニ ャ ──────────────────── ! ! ! !!!』
ボロ校舎が揺れる!窓が波打ち、砕け散る!天上から埃!思わず顔を上げる他の教室の生徒!
『6年2組』では先生、生徒以下35名及び机、椅子、黒板、花瓶に至るまでズッこけていた。
教室の後ろでは、巨大なモチが尻を押さえてイタイイタイと跳ねている。
「・・・ヒネモスくん!大声は教室では禁止って云ったでしょ!!」学級委員長の少女が眼鏡を直しながら注意。
ハタと気付いたモチ、いやさヒネモスがムームーと鳴いて何かを訴える。先生が教卓から顔を出し、
「あーもー、ヒネモス、廊下に立ってなさい」手、というかヒレを懸命に振って鳴くヒネモス。
横であの男子がクスクス笑う。「金城、あんたが原因でしょ。一緒に立ってなさい」
「うぇ、そんな・・・」二人、いや一人と一匹を尻目に机を整理する生徒たち。
しばらくして。「センセー」「・・・何」「ヒネモスの尻が入口に挟まって抜けません」
無口でダッシュし、「とっとと出んかコラあー!!」ヒールでモチ、でなくヒネモスを一撃!!
・・・・・再び揺れる校舎。野良姿で学校の花壇をいじるおっさんが一言。
「────またかいな」
ヒネモスは宇宙怪獣である。
なんでそんなのが地球の、しかも日本の小学校に通ってるか、
そもそも何で『ヒネモス』って名前なんだ、なんてのはとりあえず置いといて。
身長約2.4m、タマゴを立てた様な身体。上の方に一対の大きな眼、下の方に手というか鰭か羽か。
一番下にネコみたいな足。身体はなんというか、つきたてのモチみたいに柔らかい。
怪獣のクセに武器なんて無い。そもそも乱暴じゃない。言葉は喋れないけれど。
校舎の裏側、焼却炉のそば。「ったくー、お前のせいだぞ?掃除まで追加になったの」
竹箒で掃く少年。その横に、同じく竹箒を持つヒネモス。むー、と一言鳴いた。
と、そこのフェンスの物陰から別の少年。「上原───」「シッ」
辺りを見回す少年。人影は見えない。真面目に掃除するヒネモスだけ。「・・・おい、ヒネモス」
「むミ?」「サボんぞ」こっそりフェンスの傍に行き、穴から外に出る。「ホラ、早く!」
ヒネモスは身体を変形させて細い穴を通る。しかし──────────
ムニュ。「・・・またケツかよ」「お前ら、引っ張れ!」微妙に掴みにくい身体を引っ張る。と、
「こらー、金城くん!掃除さぼっちゃ駄目でしょーが!」「ヤベ、太田だ!」その瞬間、
ぼよーんと体が抜けた!一目散に走り出す少年達。その後ろを羽をばたつかせながら続くヒネモス。
「いいんちょー、センセ頼むなー」「コラー!ちょっと───!!」
河川敷を歩いていく少年達。手には帰りがけに買ったオヤツ。マンガ雑誌。携帯ゲームもしている。
「 ・・・・で4組のヤツが給食の時にさ───」「コーンで金歯ならこないだ聞いたぞ」
「うぁ、何か凄いの出てる!・・・漢字読めネ。解るか?」「えーと、『キュウキョクダイハチライゴウブンキョクガッタイ・・・・・』」
「おヲ───!!出た!!出たぞ!」「何がだよ」「俺の言ってたヤツ!隠しキャラの暗黒指令!」
横から覗いて、「・・・・バーカ、こないだ載ってたカニエの第一形態だろ、ソレ」「え〜・・・」
集まったりバラけたり、大騒ぎしながら歩いていく少年達。
その後ろを、ヒネモスがふよんふよんと揺れながら、嬉しそうについて行く。
「おい、石堂は?」「あいつ部活だって。よくやるよ」「ふーん」
「あ、ヤベ」市川の声。「俺そろそろ塾だわー、そいじゃ」横道に別れる。
「あ、俺も」「家の手伝い有るしなァ」一人減り、二人減り、三人減り。
「バイバーイ」夕暮れの河川敷。歩くのは金城とヒネモスの一人と一匹だけになった。
「・・・・・帰るか、俺らも」ふよふよしながら、「むぃ」と一声。
コンビニの灯りが瞬く。買い物袋を下げて出てくる一人と一匹。
薄暗い中、平屋の鍵を開ける。玄関と廊下の灯りを付け、居間に荷物を下ろす。
「ホレ、お前の好きなあんまん!」喜ぶヒネモス。早速食べ始める。「・・・紙は除けろよ?」
TVを付け、少年も弁当を食べ始める。やがて食べ終わるとマンガ雑誌を読み始めた。
玄関の開く音。「ただいまぁー」母親だ。いつもこんな時間まで仕事である。
「あら、ヒネちゃんは?」そういえば居ない。「?さあ」2階にでも上がったか。
「また遊んでたの?少しは勉強しなさい」「宿題なら無いよ」「他の子は塾に行ってるのよ?」
「へーい」TVを消し、片付けて自分の部屋へ。窓が開いていた。
屋根の上に、ヒネモスが居た。座って夜空を眺めている。
「やっぱりココか」雨どいに手を掛けて屋根に登る少年。稜線まで登り、ヒネモスと背中合わせに。
「そういやお前、宇宙から来たんだったな────」
満天の星空。鮮やかなオリオンの3つ星。「お前の故郷って、どの辺なんだろな」
ヒネモスが立ち上がった。羽を伸ばし、上下に揺らして────羽ばたき始めた。
高速の高めの羽ばたき音。足が少し屋根から浮いた。と、思ったら───────どすん、ぽよん。もよん。
尻から落ちた。「ぐむ〜・・・・・」「・・・まあ、気を落とすなよ」
ヒネモスの背中を撫でる。一緒にまた星空を見上げた。「───いつか行けるさ、宇宙まで」
北斗の柄を流れ星が横切った。
あくび一つ、「・・・・寝る、か」「みュ」
ホイッスルの甲高い音。大きく跳ぶサッカーボール。ボールをめぐり押し合う少年達。
「金城、パス!パス!!」声も虚しく、「ああっ!」相手方にボールを取られた!
ゴール前にロングパス!「よっしゃ、シュート────」
ぽす。 ・・・・ころころ。キーパーのヒネモスの巨体に阻まれた、と云うか体でゴールが見えない。
当った所を掻くヒネモス。
眼下に繰り広げられる珍スポーツ。静かな応接室の窓。
「────私もね、ガキの使いじゃないんです」背広の眼鏡の男。鋭い眼光。
「我々が各部署に無理を云って、こちらに預けているんですから」額に汗を流しながら相槌を打つ教頭。
「では───如何すれば?」「結果を、示して頂ければ」冷たく言い放つ。
下では、ヒネモスの体格とゴールの大きさに付いて口喧嘩が始まっていた。
「絶対反則だっ!ヒネモスはキーパーから外せよ!」渡り廊下で続く口喧嘩。
「だからハンデでそっちのキーパーも五人にしたじゃねーか」「50分やって一回もゴール無かったぞ!」
皆の後ろからついてくるヒネモス。サッカーボールでリフティング。以外に器用だ。
「じゃあボールを四っつ位入れてー」「・・・・・既にサッカーじゃねえじゃん」
ふいっ、とヒネモスの身体が消えた。ボールだけがテンテンと落ちる。
「お前ヒネモスのドリブル見たことあんのか?アレむちゃくちゃ怖いぞ」「ヘタしたら死人が出るな」
「大丈夫だろー、な、ヒネモス」「・・・あれ?」「お〜い??」
「・・・ふはははははは!!!」イカレた不適な笑い声。「む!?」「何処だ!?」
「6年2組諸君、宇宙怪獣ヒネモスはこの『輪谷小地球外生物研究学会』゙初代会長゙天野が頂いたッ!!」
逆さに吊り上げられたヒネモス。木の枝を使った罠にひっかっかったらしい。
「宇宙怪獣ヒネモスは科学史上最も重要な分析対象であると私は認識している!大丈夫!私は────」
ヒネモスを心配して慌てる金城。「おーい、大丈夫か───!?」
その後ろであきれ返る生徒一同。
「・・・───の様にこの研究結果は現人類文明に新たなる道程を指し示すだろう!そして───」
天本先生の大演説の下でもがくヒネモス。と、枝が軋み、やがて折れた。落っこちるヒネモス。
「さあて前置きはコノ位にして宇宙怪獣をお持ち帰りテイクアウトするぞ本能寺君!」「・・・実相寺です」
生物部部長(部員一人、顧問天野先生)の実相寺だ。「既に罠外れてますけど、先生」「何ッ!?」
「セーンセー」佐々木が呼びかける。「アッチアッチ」指差す方向に、怒り心頭の教頭先生。
「ぬお!?いかん一時撤退だ行くぞ大黒寺君!」「・・・実相寺です」あわてて走り去る二人。
その後を追いかけていく教頭先生。「くぉらー!!」
「・・・・・何なんだか」呆れて笑う佐々木。予鈴が鳴った。金城はまだヒネモスの相手をしている。
ヒネモスは午睡が好きである。
遊ぶ時は皆と一緒に楽しく遊んでいるのだが、退屈になればすぐ寝てしまう。
学校の屋上、階段の屋根の上で巨大なモチが寝息を立てている。と、「お〜い、ヒネモス」
金城だ。「やっぱりココかよ」ハシゴを登り屋根に上がる。もち肌を、ツンツン。
「むみゅううううぅぅぅウウウ・・・・・」起きない。羽を迷惑そうにばたつかせている。
「起きないのか?」上原が聞く。「一度寝たらテコでも起きないからなー」
「ほっといて行こうぜ──、ゲームする時間無くなっちまう」「まあ、そう云わずにさ」
ぴくん。いきなり驚き、ポケットをまさぐる市川。携帯を取り出し開く。
「もしもしー? ・・・・・うん、ああ、いやだから、 ・・・・・分った、分ったよ」
携帯を閉じる。「 ・・・かーちゃんからだ」「何て?」「塾、ちゃんと行ってるかって」
どうも最近サボリ気味なのがバレたらしい。「スマネ、今日抜けるわ。ンジャ」急いで立ち去る市川。
「あ!」上原も声を上げる。「僕も今日塾だった!ゴメン!また今度さ、遊ぶから!」
謝りながら上原も去る。残念がる金城。「・・・・・───久々に皆で遊べると思ったのに・・・」
「金城」残った佐々木の声。「俺も、今日は帰っていいか」金城と目線を合わせない佐々木。
「付属中の受験勉強しないとな、最近サボり気味だから」ランドセルを持ち上げる。
沈黙。 ・・・──────「そっか」寂しげな金城。
「金城、お前は?なんかやる事、無いのかよ」・・・黙って、ヒネモスの肌をふよふよ押す金城。
「俺らも後少しで中学生だからさ ・・・─────遊んでばかりも居られないだろ」
階段へ消える佐々木。「んみゅう〜・・・?」寝返りを打ったヒネモス。その拍子に目覚めたらしい。
溜息一つ、 ・・・・・「ほらヒネモス」「むィ?」「帰んぞ」「みゅ」
帰り道。今日は母親が夕食を作ってくれる。足取りの軽い一人と一匹。
と───────自宅の平屋の前に、自動車が停まっている。誰かが玄関で挨拶していた。
中に乗り込み、排気ガスを吐いて去っていく。少し不信な顔をしながら、家の中へ。
「ただいまー」「ッみゅー」「あ、お帰り」机の上に湯のみが3っつ。「・・・だれか来てたの?」
「ちょっとね。さ、ご飯にしましょ」
ご飯を食べ終り、TVを見る。「・・・・哲夫ちゃん、ちょっといい?」「?」「ちょっとお話」
「む?」無い小首を傾げるヒネモス。「あ、ヒネモス、お前先に部屋に行ってて」
部屋で図鑑を眺めるヒネモス。土星の写真が載っている。じっと見つめ、「みュー・・・」
すっくと立つと羽を広げ、羽ばたく、少し浮いて──────ガチャン!電灯にぶつかった。
もよよんと落ちる。頭をさすっていると、哲夫が襖を開け入って来た。
・・・・・「むゥ?」無言だ。黙って布団を敷く。顔を覗き込むヒネモス。
「ん?」心配そうに見つめるヒネモス。「・・・・・大丈夫だって。さ、寝よ寝よ」
「どしたの?なあ」上原の声。気付く金城。目の前には給食。半分も食べていない。
「・・・いや、何でも。ヒネモスは?」「もう食って出てったよ。 ・・・何か心配してたぞ?」
既に廻りのクラスメートは食べ終わり、昼休みを満喫している。
ウサギ小屋の屋根の上、昼寝をしているヒネモス。 ───いや、瞳を閉じていない。
ぼんやり何か考え事でもしているか。僅かにゆっくり羽を動かす。
「やあー、ヒネモスくんだね?」下から大きな声。見ると眼鏡の若い男と、中年の女性。
「ちょっとお話させてもらえないかなー?」眼をパチクリさせるヒネモス。
午後の授業、国語の時間。先生が読む文章をぼんやり聞く。机の中には食べ残したパン。
────そういえば、ヒネモスが帰って来てない。何処かで寝過ごしているのだろうか?
ツンツン。背中の感覚に我に帰る。「オイ、アレアレ」小声で上原の声。シャーペンの先の窓の風景。
校庭のウサギ小屋に─────────・・・「ヒネモス?」
「だから云ってるでしょう?このコはこんな所に置いちゃいけないんです!」
大声で、しかし淡々としたオバハンの主張。大弱りの教頭が聞く。「いや、ですからね・・・」
「宇宙怪獣を何のサポートも無い環境に置くなんて虐待です!怪獣にだって権利が有るでしょう!」
「だから、コレは科学技術省からの意向で・・・・」「お上の意向なら何をしてもいいと!?」
困った感じで教頭とオバハンを交互に見るヒネモス。眼鏡の男がヒネモスをポンと叩く。
「ねえーキミだって嫌だよねー?」身体を横に振るヒネモス。
「ほらーヒネモス君もイヤだって云ってるよー?」更に激しく横に振るヒネモス。
「・・・・・何だアレ」「ほらアレ、『怪獣保護団体』だよ」市川の耳打ち。
良くは知らない。只、アレが何かに出てくる度、大人達がえらく困っている気がする。
「俺、ちょっと見てくる」席を立つ金城。「あ、おい!金城──!!」先生の声が廊下に響く。
「兎に角、この実態は正式に抗議させてもらいます。マスコミにも公表させて頂きますので」
「そ、そんな・・・・・」もう真っ青な教頭。「このコは今すぐ引き取らせて頂きます。よろしいですね?」
眼鏡の男が携帯をかける。「あー、そうそう。もう通達したから。トラック廻して、大至急ねー」
「───ヒネモスっ!」金城の声。皆が一斉に振り向く。
「おい、大丈夫」駆け寄る金城を眼鏡の男が押さえる。「───ほらほら、キミィー」
「あらあらこのコのお友達?」オバハンの猫撫で声。「御免なさいね〜、このコはココでは暮らせないの」
・・・・は?「宇宙怪獣にとってココの生活はダメなのよ、もっとイイ所に連れてったげるからね?」
ンな馬鹿な!「そんな、今まで」「そう、今までこのコも辛かったと思うわぁ」
「でも一緒に遊んでたし、ご飯食べてたし───」「そういった生活環境で細かいストレスが溜まるのよ」
「おい、ヒネモスっ!」近付こうとする金城を更に眼鏡が押さえる。「ほらぁー」
暴れる金城を覗き込む二人。
「このコの為を思うならねぇ、解るわね?」「男の子なら、キッパリ諦めようねー?」
「ムィ───────────!!!!!」
いきなりヒネモスが突っ込んできた!ぼよよん!弾力の有る身体に吹き飛ばされる二人。
「ヒ・・・ヒネモス!?」眼鏡の男に馬乗りになると、その身体の上でみょんみょん跳ね始めた。
「ぐえっ、むえっ」潰された蛙みたいな声を出す眼鏡の男。怯えて腰を抜かしたオバハン。
「い、イカン!」教頭や体育教師がヒネモスに取り付き、無理矢理引き剥がす。
ムームー唸るヒネモス。涙目だ。怒ってる?始めて見た・・・・・
起き上がり眼鏡を掛け直す男。オバハンは立ち上がり服の泥を落とす。溜息一つつき、
「見なさい、過剰な環境ストレスで性格まで豹変してる!もうコレは──────」
「あんたたち、ちゃんと許可取った上での行動かい?」いきなり、野良姿のおっさんが口を挟んだ。
ほっかむりの下は何故かサングラス。「警察呼んだよ。トラブル起こすならしょうがない」
青ざめる二人。「な・・・・・何ですかあんた!」「私?校長」
校 長 ! ? 教頭が話しかける。「何やってたんですか!?」「いや、畑で杭打ってた」
二人に向き直り、「とにかく、その場の勢いは良くない。ちゃんとした所で話し合って、対応はその後で」
「・・・分りました。また後日伺います」そういって、そそくさと退散する二人。
「ささ、授業に戻りなさい。ほら、みんな─────!!」窓から覗く全校生徒に呼びかける校長。
──────その横に、生傷を付けた金城と、少ししょんぼりしたヒネモス。
カラスがカアカア鳴いている。
夕焼けの中、河川敷の道をとぼとぼ歩くヒネモスと金城。むィ、とヒネモスが一言鳴いた。
「────ああ、皆塾なんだって」 ・・・むィ、とまた一言鳴いた。
「大丈夫、ありゃいじめられてたんじゃないって。ケガだって擦りキズだし」
・・・むゅゥ、とまた一言。金城の顔を覗き込むヒネモス。
視線を避けるように座り、寝転ぶ金城。
真っ赤な夕焼け雲を眺める、一人と一匹。
「かあさん、再婚するんだってさ」
ぽつりと一言。「仕事先の同僚。いい人だって」
「─────再婚したら、お金も出来るから塾にも行けるし、いい学校にも行けるし───」
「───苗字は、変っちまうけど」
紅い陽光が、向こう岸の倉庫の屋根に隠れた。
「────お前も、行っちまうのかな」
金城を見つめるヒネモス。と、『ぐうううううゥゥゥぅ・・・・・』ヒネモスの腹の虫。
少し笑う金城。「ったく、お前は────ホラ、これやるよ」ビニールに入った、給食のパン。
パンを受け取るヒネモス。「むィ?」「・・・あ」
一番星を、二人で見つけた。
「・・・ホントに好きだなあ、星が」二人でパンを食べながら、暮れてゆく空を見上げる。
「なあ、ヒネモス ・・・────宇宙、行きたいか?」
少し間を置いて、 「 ・・・・・────────むィ」答え。
「────今、思い付いた事があるんだ」
給食中。「・・・・・あれ?金城は?」既にすっからかんの給食の盆。
「さあ?何か凄い勢いで食って出てったけど」
昼下がりの図書室、人っ子一人居ない静かな室内。・・・・・いや。一番奥の隅、本棚の影に──────
「 わ っ ! 」「ひあああっ!?」ばらばら崩れる図鑑や参考書。
「何やってんだよ金城」「そーよ、食器も片付けずに」佐々木と太田だ。「ん・・・────いや」
「 は あ っ ! ? 」大声に居眠りしていた図書委員が頬杖を落とす。
「シー!静かに」「いやまあ、隠すほどの事でも・・・」「うるさいと迷惑でしょ」「・・・はあ」
「で、それを一人で?」「いや、まあ何か方法無いかなー、ってトコ」頭を掻く金城。
佐々木、少し考えて、「・・・金城、ヒネモスは?」「そこで寝てるけど・・・・・」
「いいんちょ、クラスから何人か引っ張って来いよ」「は!?何で私が」「 い い か ら ! 」
図書室を出る太田。佐々木の目が笑っている。「・・・・・佐々木、何考えてんだ?」
廊下の真ん中で、目の端をひくつかせる天野先生。目前にヒネモスのミニ人形。
「・・・ったく、誰が・・・」拾い上げるとその向うに、ヒネモスの生写真。「・・・・・」
更に拾うと、そこには『6年2組 ヒネモス』の名札。「・・・・・・・・・」
「おい・・・・」「ん?」「本当にこれであのおっさん捕まるのか?」「さあ?」「オイオイ・・・・」
廊下の端っこに居眠りするヒネモス。その上に何かロープが下がっている。「大丈夫かよホントニ」
バ シ ャ ── ン !!大きな音!「エッ!?」驚き慌てるヒネモスと、網の中でもがく天野先生!
「うわ!ほんとに捕まった!」皆と小躍りする金城。「うわ、マジ捕まった」ちょっと引いてる佐々木。
ガバっと網をまくって、「くォらガキどもぉぉお!!!」キレる先生!散り逃げる金城達!!
・・・・・皆がワーと去った後に、ヒネモスグッズを抱えた実相寺。「・・・・先生、ベタ過ぎます」
理科準備室。奇怪な器具や薬ビン、試験管に冷蔵庫。少し煙掛かっている。
足と腕を組んで座る天野先生。「・・・・・で、あー首謀者はお前か」
「いや、僕は唆されただけで」「あ、テメ、ズリ」「てゆーかホントに捕まると思いませんでした」
「あーもーいい!」大声を上げる先生。気押されて黙る金城達。
「・・・──で」金城に向く目線。「さっき云った事、本気なんだな」
「───────はい」頷く金城。眼には決意の徴。
「 ヒネモスを、宇宙へ行かせます 」唾を呑む。「─────助けて、くれませんか」
「 ・・・・フッ」「フフッ」天野先生が笑い始める。「フフフフウフフ」眉をひそめる金城達。
「ウフフフフフフフフフフフワハワハワははははははははははは──────ッッッッッ!!!!!」
思いっきり引く一同!天野先生は止まらない!
「苦節10年、こんな地方小学校で燻っていたこの俺に、やっと、やっと栄光への階段がア───!!」
「OK出ました?じゃこっちへ」理科室から手招きする実相寺。そっと移動する一同。
「活動に関してはココと準備室を使うのがいいでしょう。秘密にした方がいいでしょうし」
「あのさ・・・」「先生は大丈夫ですよ、私が保証します」実相寺の横の水槽に、妙な物が漂っている。
「・・・何コレ?」「ゾウリムシです。先生が実験で巨大化させたモノですよ」また引く一同。
「他にもあんなモノやこんなモノ・・・・今まではモグラまでだったが今度は宇宙生物・・・フフ」
何か一人で笑っている実相寺。と、準備室の扉が勢いよく開く。半泣きの天野先生。
「お前ら、人の話は最後まで聞けよ────────────ううううぅうぅぅゥぅゥウウウ・・・」
「あ、演説終わりましたか?じゃあ早速準備に掛かりましょう。ホラホラ」
あっけに取られっぱなしの金城。「・・・なあ、本当に大丈夫なのか?」
あきれっぱなしの顔の佐々木。「・・・・・もう、俺に聞くなよ・・・・・」
「いーかね?先ず、私はヒネモスは宇宙怪獣の゙幼生゙だと考えている」
教室の黒板に複雑なチャート図と数式。様々な怪獣の図版。複雑な色彩の試験管。
「今は脆弱な存在だが、成熟すれば必ず強力な力を持つ宇宙怪獣に生まれ変わるだろう。
そうすれば宇宙へ旅立つのも夢ではない!そう、彼をオトナの宇宙怪獣に成長させるのだよ!!」
机の上に転がる薬品ビン。上原がつつく。「・・・・・先生、コレは?」
「青葉クルミにハニーゼリオン。それらから巨大化への薬効成分を抽出する」「へえぇ・・・・」
「食べてみます?身長40m位になりますよ」実相寺が付け加える。「───冗談だろ?」
「じゃあ試してみましょ、3組の桜井さん辺りで」「オイオイ」
「いーかっ!?薬の効果だけで成長できると思うな!適度な訓練と刺激が必要だ!!」
運動場でのマラソンでこけるヒネモス。電極での刺激で静電気を放電するヒネモス。
神社の階段でうさぎ跳びして落っこちるヒネモス。スチレッチが百面相にしか見えないヒネモス。
「怠るな!努力せよ!さすれば必ず夢は叶うのだあああぁぁァァ!!」
夕方の教室。椅子に仰向けにもたれる金城。その後ろに寝転がるヒネモス。
「あ゙〜───・・・・・、疲れた・・・」「みゅ〜・・・」ぼんやりと教室内を眺める。
「よう、お疲れ」佐々木達が入って来た。「よく頑張るな〜お前も」市川がジュースを渡す。
「先生は?」「裏山。成田と高山連れてって何か作ってる」上原が答える。「ふ〜ん・・・」
一気にジュースを飲んで、一息つく。そして、またぼんやり。上原がヒネモスをつつく。
「・・・なあ」佐々木が問う。「ん?」「・・・・・本当に、宇宙行けると思うか?」
「ん〜──・・・・・・」少し置いて、「分かんね」少し笑う金城。
「でも────────アイツが望むなら。みんな、変っちゃう前に」
「ヒネモス────・・・おい、ヒネモス!!」上原の大声。振り向く三人。「おい・・・ヒネモスが」
「え?」「!?」 ・・・眠るヒネモスの身体。それが薄緑色に硬化していた。
「何!?」ねじり鉢巻に釘を咥えた天本先生が驚く。ヒネモスの変化についての報告だ。
「・・・・・恐らく、サナギだな。成体になる前の前段階だ。また後で行くと伝えろ」
後ろを向くと、成田と高山に指示を大声で出す。
既に日も暮れ、真っ暗な理科準備室。その真ん中に安置されたヒネモスの゙サナギ゙。
心配そうに見守る金城。ストーブにあたる先生。「あーもー心配すんな。泊りがけで様子見ててやるから」
「大丈夫、家でゆっくり休んでコイって」
「・・・ただいま」「お帰り。 ───あら、ヒネちゃんは?」黙って部屋に入る哲夫。
ランドセルを置き、ごろりと横になる。 ・・・───広い畳。空いた空間。
仰向けになり、目の上に手を置く。
コンコン。真夜中の宿直室の扉が鳴る。頬杖から落ちコーヒーに突っ込む天本先生。
「ケホ・・・・・ふぁいよ〜」頭を掻きながらドアを開ける。そこには───────
「こんばんは」オバハン。そう、怪獣保護団体の。「んあ?あんた確か─────・・・」
一斉に構えられる銃口。「被虐待怪獣の保護にあがりました。拒否権限は御座いませんのであしからず」
真夜中に目覚める哲夫。どこか不安な感覚。ふ、と気が付き窓を開けた。
どこからかサイレンの音。町の向うが明るい。あれは───────────学校の方角!?
家を飛び出し、自転車を全速力で飛ばす!まさか───────・・・・!
赤色灯が辺りを照らす。何台ものパトカー。校庭で何か有ったらしい。
「おい、金城!」市川だ。フェンスの穴から中に入る。他の連中も何人か集まっていた。
「わ〜からんのかっ!あのババア共だ!怪獣保護団体だあーっ!!」
天本先生が警官に囲まれて喚いている。「あいつらが改造エアガンで武装して侵入して────」
「はいはい、ワカッタ」「分かっとらん!攫われたんだぞ我が研究対象、宇宙怪獣ヒネモスが!!」
「さらわれ──・・・」云い掛けた瞬間、肩に置かれる手。「ヒッ!?」
「ドウもー」 ・・・・・実相寺だった。「ンナ、何だよこんな時に」「ミナサン、ちょっとコチラヘ」
手招きされる。「おい!ヒネモスが攫われたんだぞ!?」「ダ・カ・ラです」
実相寺の指差す先は、体育館裏のマンホールの中。
パトカーへ引きずられる先生。「だあー!こらー!!」「ハイハイ話は署で聞こ──・・・・」
ガ コ ン 。大きな音。振り返る警官と先生。体育館の用具庫からだ。
バキン。ギシギシ・・・・・扉が開き、壁がスライドし、屋根が倒れ───────────
「エ?え!?えエエ!!?」「待てー!!上がってる!何か上がってる!?」
せり上がってきたのは、謎の四輪巨大メカ!何故か金城達が乗りこんで慌てている。
「ハイでは皆さん一斉に〜」実相寺の間抜けた号令。「発し──────ん!!」
・・・・・びくともしない。
と思うと、ギシ、ギシギシ。ギシギシギシギシ。少しづつ動き、車輪が廻り、やがて────
「お、おい!?」「何だアレ、こっち来るぞ!?」慌て始める警官。天本先生はニヤリと笑う。
「そう!こんなことも有ろうかと私が創った高機動重突撃仕様多人数添乗型自転車!!名付けてえエェえェェ───オウッ」
「わー!!ひいたー!!先生ひいたー!?」パニックの金城達。
冷静、というか「ひいちゃいました?アーララ ・・・ま、いいでしょ」発言のヤバい実相寺。
と、後部の金属蓋が開いて、「あ゙〜・・・死ぬかと思った」埃まみれの天本先生が出てきた。
「あ、無事でした? チッ」
・・・・・・なんちゅう師弟だ・・・・・
とりあえず近所の幹線道路を走る謎メカ。「・・・先生、何なんですかコレ?」聞いてみる金城。
「ついでの日曜大工で作った対怪獣用特殊戦闘車両『Age』だ!どうだカッコイイだろう!!」
「・・・・ドウヤッテ作って」「細かいこた聞くな!動力は人力、さあ漕げお前ら行くぞォオゥゥ!」
「先生、児童虐待です」また実相寺のツッコミ。
高架の高速道路を走る大型トラック。布で覆われたヒネモスの蛹が縛り付けられている。
運転席に武装集団のリーダー。助手席にあのオバハン。「────これからどちらへ?」
「先ず湾岸の倉庫へ、其処からは船旅だ」「・・・船?」「スポンサーの所だ」「え?ちょ、話が」
「我々が慈善事業だけで、動いてるとでも思ったかい?」
と、荷台の方から呼びかけ。妙な警察無線を傍受したらしい。
『 ・・・───方面から違法改造車がインター料金所を突破、現在・・・』
さらに後方の見張り役の声。「・・・何だ、ありゃ?」
「さー漕げー死ぬまで漕げー!!ケーサツも検問所も知ったこっちゃね────!!!ハハハハ」
「先生、犯罪教唆です」冷静なのは実相寺。
トラックが見えてきた。「!・・・あれにヒネモスが・・・ ・・・エ?」
「撃てィ!」改造エアガンの一斉射撃!どんどんヘコんでいく『Age』の外壁!
「先生、ヤバイ何か撃ってきた!」「慌てるな!こんな事もあろうかとこっちも武器を装備してある!」
「ポチっとな」「あー!実相寺勝手に押すなー!」
更にロケット弾発車!『Age』が炎に包まれる!慌てるオバハンの胸倉をリーダーが掴む。
「いーんだよ、逃げちまえばどーってこた無え。大切なのは雇い主の気前だけだ」
と、風圧に飛ばされる爆炎の中から───────巨大なドリル!「何!?」
更にペダルの増えた『Age』内。「先生、武器まで人力すかー!!」「当然!さあァ突っ込め────!」
「先生、既に人権侵害です」やっぱり冷静な実相寺。
追突!トラックの荷台に食い込むドリル!衝撃でヒネモスの蛹にかかった布が外れる。
ピシリ。 ・・・・・「・・・先生、蛹が!」「おお!羽化だ!羽化が始まる!」
ヒネモスの蛹の表面に幾つものヒビ。ビビって後ずさる武装集団のメンバー。
バキバキ。大きく砕け、中央に大きな穴。「さあ、皆見ていろ!宇宙怪獣゙ヒネモズの真の姿だ!!」
バ キ ン! 蛹が完全に砕け、中から一際大きな白い物体。直径10m以上か。
バラバラバラ。プルプルプル。殻を身体を揺すって振るい落とす。ゆっくり、身体を起こすと──────
「みゃ」
「・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・デカくなっただけかよッ!」
バキャ!ブシュー・・・後ろから変な音。「センセー、何か取れて飛んでった・・・」告げる上原。
「ブレーキですね、コレ」こんなときまで冷静な実相寺。
トラックの上でまごつく武装集団。「くそぅ、こんな事で」「・・・何かスピード、上がってないか」
「センセー、スピード落ちませんよ如何すんですか──!!?」必死で身体を支える金城。
「う〜む、やはり暴走したか設計段階でもう少し煮詰めてセイサクシタホウガブッチャケハヤスギタナ・・・・・・」
「先生、ハンドルも取れました」部品を上げる実相寺。「ええ〜!?」「壊したのは私ですゴメンナサイ」
大混乱の『Age』車内。ドリルが増々トラックに食い込んでくる。前方に急カーブ!
「むミ?」荷台の上のヒネモス。『Age』を、トラックを、そして彼方のカーブを見る。
そして────・・・・ 「みゥ」何か決心したように、力を込め始めた。
ヒネモスは両の足を各々トラックと『Age』に乗せる。指から爪が出て鷲掴みにした。
羽を斜め上に広げ、力を込め張り詰める。「むミゥゥゥゥ────・・・・・・・・」
・・・羽が───────ヒネモスの羽が、伸びていく。広がっていく。長く長く。
やがて、巨大な昆虫の薄羽の様に煌く翼がしなった。20m程もあろうか?
あっけに取られる面々。先生や実相寺も見惚れている。「・・・・ヒネモス・・・」
「・・・・!ヤバイ!壁が!」急カーブを曲がり切れていない!「ぶつかる!!─────────」
衝撃。倒れ崩れる高速道の壁。宙に浮く感覚。落ちる──────
───重力の支配が、途中で止まった。衝撃は無い。「・・・・え?」驚く金城。少し高い羽音がする。
外を覗く。町の夜景が眼下を流れる。上を見上げる。中途半端なお月様と、大きなヒネモスの顔。
「・・・・飛んでる?」そう、ここは夜空。「・・・飛んでる!?ヒネモス飛んでる!!」
街々の灯りの上を、トラックと『Age』を抱えたヒネモスがゆっくりと飛んでいく。
「すげー!ヒネモスすげーよ!やったなー!!」大はしゃぎの金城。
先生は研究成果を大声で自慢している。佐々木はおっかなびっくり。上原は身を乗り出して眺めている。
市川は顔だけ出してキョロキョロしている。実相寺は────「高いトコは苦手です」引き篭っている。
トラックの連中は何かワーワー騒いでいる。先生が得意の謎論理で大声でたしなめた。
「よォし、このまま学校の裏山まで飛べ!」羽ばたくヒネモスに語りかける先生。
何と学校の裏山に、ヒネモスを宇宙へ旅立たせる為の装置を組み上げているという。
「ダテに授業一週間サボって成田と高山引きつれて作り上げたもんじゃねーぞ!見て驚け!!」
「・・・・・・先生、そんな事やってたんですか・・・・」
夜景の上空を飛ぶヒネモスと一行。と、「・・・・・先生!あれ」「ンお?」
轟音を上げて目の前を通り過ぎる機影。白黒のボディ。警察のヘリだ。投光器を向けられる。
『犯人に告ぐ、速やかに怪獣を降下、着陸させなさい。君達は完全に包囲されている』
眼が点になる金城。「・・・・・へ?」「あー、高速道路とか壊しまくったからな〜」
四方と頭上、計5機のヘリに囲まれる。
「せ、先生!?」「あ〜大丈夫、お前ら子供がココに居る限り乱暴なマネはせんだろ。多分」
『15分以上命令を無視した場合、武器使用が許可される事となる』拡声器が響く。
天本先生の顔が引きつる。「・・・・・マズいな」
ズズン!突然『Age』が揺れた。窓辺に駆け寄り上を見上げる金城。「ヒネモス!?」
加速している。前方のヘリが目前に!間一髪回避する警察ヘリ。
「おいヒネモス!無理すんなよ!?」「む────〜・・・、みミゅ」
驚くほど速い。街の灯りがドンドン過ぎていく。「よしよし、これなら裏山までスグだ」
『停止しなさい!直ちに停止しなさい!!』連呼される停止命令。
追いすがる警察ヘリをかわして行くヒネモス。荒い息遣いが上から聞こえる。「ヒネモス・・・」
「───よーし、見えた!実相寺!!」「はい」実相寺が携帯をかける。「お願いします」
パアン・・・・・・ 一拍置いて、山の中腹に一斉に灯りが灯る。
山の中腹に広場が有る。其処に投光器と、何人かと。────巨大な金属の円盤。
「よ〜し、局所反重力場発生機、スタンバイ!遠慮はすんなフルパワーで行け!」
「先生、アレが?」「おうよ」強力な反重力を発生させ、宇宙まで円盤上の物体をはじき出すモノらしい。
と────後ろから空気を切って白い煙軌。「────催涙弾か!」
ついに警察が実力行使してきたのだ。「先生・・・・・!」「・・・・・発生器、秒読み開始」
「え?」「こうなれば一か八かだ、ヒネモス!このままアレに突っ込め───!!」
次々発射される催涙弾。辺りがどんどん煙っていく。
その煙幕を破り、ヒネモスが装置の円盤に突入する!「成田!高山!避難しろ!!」
装置に取り付けられたノートPCの秒読み。どんどん数値が減っていく。
5 、 4 、3 、2 、1 ・・・
「ヒネモス・・・・・」
大爆音と共に、光の柱が天高く立ち上がった。
吹き飛び粉砕される『Age』とトラック。舞い上がる先生、オバハン、武将集団、そして子供達。
そして、その光のはるかなはるかな高みへ、どんどん昇っていくヒネモスの姿を、
金城は見た気がした。
「哲夫───、学校遅れるわよ〜?」 「 ・・・・ふあ〜ィ・・・」
半分寝惚けた声で2階から降りてくる哲夫。着ているのは黒い学ランだ。
襟には中学の校章。この近所の中学だ。
結局、装置が作動した直後の衝撃で金城は気を失い、気が付いたのは病院のベッドだった。
あのとき一緒に突っ込んだ同級生や先生、武装集団は皆衝撃で吹き飛び、重軽傷を負ったらしい。
死亡者が居なかったのは幸いだった。先生は警察に捕まり、後はどうなったか分らない。
同級生は散り散りになった。佐々木も、上原も、市川も、今は一応付き合いはあるが前程ではない。
そして、母親は再婚した。
苗字は『鈴木』。なんとまあ、ありきたりな名前だろう。
そして、唯一の気懸り。
光の柱を、宇宙へと駆け登っていく宇宙怪獣。あれは、狂騒の果てに見た幻か。
食卓の上に新聞が置きっぱなしになっている。新しい父親の読んだ後だ。もう仕事に出たらしい。
食パンを齧りながら眺める。最後の方、四コママンガの右側に見出しがあった。
『土星の輪に未確認飛行物体?』
土星探査機が土星軌道上にて謎の物体を観測したらしい。形状、大きさは丁度人工衛星のよう。
しかし土星に人工衛星が有る筈もない。構成物質も不明。
1ヶ月程前から土星の周りをぐるぐる廻っているらしい。軌道に何らかの知性も感じられるそうだ。
斜めに読む記事。最後に撮影された物体の写真。ちらりと眺める。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・「ぷっ」 ・・・・・「くくくっ」
「あははははははははははははっ!!」
「なっ、ちょっと驚かさないでよもう!」洗いものをしていた母親がたしなめる。
「早く学校行きなさいよ、全く」哲夫は腹筋が吊りそうな位笑っている。もう声が出ない。
「あーあーごめん、分ったワカッタゴメン」必死で笑い声が出るのを押さえる。
やがて一息深呼吸すると、机の上の新聞を取り、椅子にもたれながら上に掲げた。
あの物体の写真をじっくり眺める。
タマゴを立てた様な身体。上の方に一対の大きな眼。横に伸びた大きな一対の羽。
間違いない。ヒネモスだ。
「全く──・・・・」朝の陽光で裏の生地が写真に透ける。
───まだ土星だったのかよ。
───そんなとこで昼寝ばっかしてないで、早く行ってこいよ、宇宙の果てまで。
縞模様のリングの上を、羽を広げた宇宙怪獣が飛んでいく。
宇宙遊泳を楽しむようにゆったりと、しかし速く。
その軌道が、少しづつ土星を遠ざかる。小さくなっていくリングの惑星。
────向う先は、遥けく彼方の光輝の星雲。