おまいらウルトラQの脚本を創ってください。再々

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1第X話
また落とした・・・・orz
2名無しより愛をこめて:2006/03/02(木) 12:34:47 ID:axzCwQsF0
     ::|     /ヽ
     ::|    イヽ .ト、
     ::|.  /   |.| ヽ.
     ::|. /     |.|  ヽ   こんにちは。宇宙最強、これまで負け無しのゾフィーです。
     ::|-〈  __   ||  `l_  この度、ウルトラマンメビウスに出演させていただく事が
     ::||ヾ||〈  ̄`i ||r‐'''''i| | 決定いたしました。全国のゾフィーファンの皆様
     ::|.|:::|| `--イ |ゝ-イ:|/  大変長らくお待たせいたしました!!
     ::|.ヾ/.::.    |  ./    【http://www.hicbc.com/tv/mebius/main.htm
     ::|  ';:::::┌===┐./    
     ::| _〉ヾ ヾ二ソ./     
     ::| 。 ゝ::::::::`---´:ト。   
     ::|:ヽ 。ヽ:::::::::::::::::ノ 。 `|:⌒`。
     ::|:::ヽ 。ヾ::::::/  。  ノ:::i   `。
     ::|:::::::| 。 |:::|  。 /:::::::|ヾ:::::::::)
     ::|::::::::| . 。 (●) 。 |:::::::::::|、  ::::〈
3第X話 ひねもす午睡(転載):2006/03/02(木) 22:21:17 ID:IYIPXGAL0
とある学校。中途半端に古い校舎。打ちっ放しのコンクリートと古びたタイル。
予鈴が聞こえる。廊下の向うからは出席を取る声。『6年2組』
「飯嶋くん」「ハイ」「石堂くん」「ふぁい」「市川くん」「へ〜い」「・・・市川くん、もう一度」
30過ぎのオバハン先生が睨みつける。仕方なく言い直す子供。
「上原くん」「ホイ」「太田さん」「はい」   ・・・・────まだまだ続く。
「満田くん」「アい」「山田くん」「ハイっ」そして、一息つくと、
名簿の最後。とって付けた様な手書きの名前。

「 ・・・ヒネモスくん」  ・・・返事が無い。代りに何故か、高イビキ。
「・・・・ヒネモスくん?」  ・・・教室の一番後ろで、巨大なモチの様な物体が揺れている。
「・・・・・ヒ ネ モ ス く う ん?」横の席の男子がシャーペンでモチを突付いている。
「・・・う ォ き ん か 寝 惚 け カ イ ジ ュ ー !!!」
ずぶしゅ。勢いでペン先がモチに刺さった。モチが眼を開く。
『 ん ニ ャ ──────────────────── ! ! ! !!!』
ボロ校舎が揺れる!窓が波打ち、砕け散る!天上から埃!思わず顔を上げる他の教室の生徒!

『6年2組』では先生、生徒以下35名及び机、椅子、黒板、花瓶に至るまでズッこけていた。
教室の後ろでは、巨大なモチが尻を押さえてイタイイタイと跳ねている。
「・・・ヒネモスくん!大声は教室では禁止って云ったでしょ!!」学級委員長の少女が眼鏡を直しながら注意。
ハタと気付いたモチ、いやさヒネモスがムームーと鳴いて何かを訴える。先生が教卓から顔を出し、
「あーもー、ヒネモス、廊下に立ってなさい」手、というかヒレを懸命に振って鳴くヒネモス。
横であの男子がクスクス笑う。「金城、あんたが原因でしょ。一緒に立ってなさい」
「うぇ、そんな・・・」二人、いや一人と一匹を尻目に机を整理する生徒たち。

しばらくして。「センセー」「・・・何」「ヒネモスの尻が入口に挟まって抜けません」
無口でダッシュし、「とっとと出んかコラあー!!」ヒールでモチ、でなくヒネモスを一撃!!
          ・・・・・再び揺れる校舎。野良姿で学校の花壇をいじるおっさんが一言。
「────またかいな」
4第X話 ひねもす午睡(転載):2006/03/02(木) 22:22:07 ID:IYIPXGAL0
ヒネモスは宇宙怪獣である。
なんでそんなのが地球の、しかも日本の小学校に通ってるか、
そもそも何で『ヒネモス』って名前なんだ、なんてのはとりあえず置いといて。
身長約2.4m、タマゴを立てた様な身体。上の方に一対の大きな眼、下の方に手というか鰭か羽か。
一番下にネコみたいな足。身体はなんというか、つきたてのモチみたいに柔らかい。
怪獣のクセに武器なんて無い。そもそも乱暴じゃない。言葉は喋れないけれど。


校舎の裏側、焼却炉のそば。「ったくー、お前のせいだぞ?掃除まで追加になったの」
竹箒で掃く少年。その横に、同じく竹箒を持つヒネモス。むー、と一言鳴いた。
と、そこのフェンスの物陰から別の少年。「上原───」「シッ」
辺りを見回す少年。人影は見えない。真面目に掃除するヒネモスだけ。「・・・おい、ヒネモス」
「むミ?」「サボんぞ」こっそりフェンスの傍に行き、穴から外に出る。「ホラ、早く!」
ヒネモスは身体を変形させて細い穴を通る。しかし──────────
ムニュ。「・・・またケツかよ」「お前ら、引っ張れ!」微妙に掴みにくい身体を引っ張る。と、
「こらー、金城くん!掃除さぼっちゃ駄目でしょーが!」「ヤベ、太田だ!」その瞬間、
ぼよーんと体が抜けた!一目散に走り出す少年達。その後ろを羽をばたつかせながら続くヒネモス。
「いいんちょー、センセ頼むなー」「コラー!ちょっと───!!」

河川敷を歩いていく少年達。手には帰りがけに買ったオヤツ。マンガ雑誌。携帯ゲームもしている。
「 ・・・・で4組のヤツが給食の時にさ───」「コーンで金歯ならこないだ聞いたぞ」
「うぁ、何か凄いの出てる!・・・漢字読めネ。解るか?」「えーと、『キュウキョクダイハチライゴウブンキョクガッタイ・・・・・』」
「おヲ───!!出た!!出たぞ!」「何がだよ」「俺の言ってたヤツ!隠しキャラの暗黒指令!」
横から覗いて、「・・・・バーカ、こないだ載ってたカニエの第一形態だろ、ソレ」「え〜・・・」
集まったりバラけたり、大騒ぎしながら歩いていく少年達。
その後ろを、ヒネモスがふよんふよんと揺れながら、嬉しそうについて行く。
5第X話 ひねもす午睡(転載):2006/03/02(木) 22:23:05 ID:IYIPXGAL0
「おい、石堂は?」「あいつ部活だって。よくやるよ」「ふーん」
「あ、ヤベ」市川の声。「俺そろそろ塾だわー、そいじゃ」横道に別れる。
「あ、俺も」「家の手伝い有るしなァ」一人減り、二人減り、三人減り。
「バイバーイ」夕暮れの河川敷。歩くのは金城とヒネモスの一人と一匹だけになった。
「・・・・・帰るか、俺らも」ふよふよしながら、「むぃ」と一声。

コンビニの灯りが瞬く。買い物袋を下げて出てくる一人と一匹。
薄暗い中、平屋の鍵を開ける。玄関と廊下の灯りを付け、居間に荷物を下ろす。
「ホレ、お前の好きなあんまん!」喜ぶヒネモス。早速食べ始める。「・・・紙は除けろよ?」
TVを付け、少年も弁当を食べ始める。やがて食べ終わるとマンガ雑誌を読み始めた。
玄関の開く音。「ただいまぁー」母親だ。いつもこんな時間まで仕事である。
「あら、ヒネちゃんは?」そういえば居ない。「?さあ」2階にでも上がったか。
「また遊んでたの?少しは勉強しなさい」「宿題なら無いよ」「他の子は塾に行ってるのよ?」
「へーい」TVを消し、片付けて自分の部屋へ。窓が開いていた。

屋根の上に、ヒネモスが居た。座って夜空を眺めている。
「やっぱりココか」雨どいに手を掛けて屋根に登る少年。稜線まで登り、ヒネモスと背中合わせに。
「そういやお前、宇宙から来たんだったな────」
満天の星空。鮮やかなオリオンの3つ星。「お前の故郷って、どの辺なんだろな」
ヒネモスが立ち上がった。羽を伸ばし、上下に揺らして────羽ばたき始めた。
高速の高めの羽ばたき音。足が少し屋根から浮いた。と、思ったら───────どすん、ぽよん。もよん。
尻から落ちた。「ぐむ〜・・・・・」「・・・まあ、気を落とすなよ」
ヒネモスの背中を撫でる。一緒にまた星空を見上げた。「───いつか行けるさ、宇宙まで」

北斗の柄を流れ星が横切った。
あくび一つ、「・・・・寝る、か」「みュ」
6第X話 ひねもす午睡(転載):2006/03/02(木) 22:23:59 ID:IYIPXGAL0
ホイッスルの甲高い音。大きく跳ぶサッカーボール。ボールをめぐり押し合う少年達。
「金城、パス!パス!!」声も虚しく、「ああっ!」相手方にボールを取られた!
ゴール前にロングパス!「よっしゃ、シュート────」
ぽす。  ・・・・ころころ。キーパーのヒネモスの巨体に阻まれた、と云うか体でゴールが見えない。
当った所を掻くヒネモス。

眼下に繰り広げられる珍スポーツ。静かな応接室の窓。
「────私もね、ガキの使いじゃないんです」背広の眼鏡の男。鋭い眼光。
「我々が各部署に無理を云って、こちらに預けているんですから」額に汗を流しながら相槌を打つ教頭。
「では───如何すれば?」「結果を、示して頂ければ」冷たく言い放つ。
下では、ヒネモスの体格とゴールの大きさに付いて口喧嘩が始まっていた。

「絶対反則だっ!ヒネモスはキーパーから外せよ!」渡り廊下で続く口喧嘩。
「だからハンデでそっちのキーパーも五人にしたじゃねーか」「50分やって一回もゴール無かったぞ!」
皆の後ろからついてくるヒネモス。サッカーボールでリフティング。以外に器用だ。
「じゃあボールを四っつ位入れてー」「・・・・・既にサッカーじゃねえじゃん」
ふいっ、とヒネモスの身体が消えた。ボールだけがテンテンと落ちる。
「お前ヒネモスのドリブル見たことあんのか?アレむちゃくちゃ怖いぞ」「ヘタしたら死人が出るな」
「大丈夫だろー、な、ヒネモス」「・・・あれ?」「お〜い??」

「・・・ふはははははは!!!」イカレた不適な笑い声。「む!?」「何処だ!?」
「6年2組諸君、宇宙怪獣ヒネモスはこの『輪谷小地球外生物研究学会』゙初代会長゙天野が頂いたッ!!」
逆さに吊り上げられたヒネモス。木の枝を使った罠にひっかっかったらしい。
「宇宙怪獣ヒネモスは科学史上最も重要な分析対象であると私は認識している!大丈夫!私は────」
ヒネモスを心配して慌てる金城。「おーい、大丈夫か───!?」
その後ろであきれ返る生徒一同。
7第X話 ひねもす午睡(転載):2006/03/02(木) 22:24:48 ID:IYIPXGAL0
「・・・───の様にこの研究結果は現人類文明に新たなる道程を指し示すだろう!そして───」
天本先生の大演説の下でもがくヒネモス。と、枝が軋み、やがて折れた。落っこちるヒネモス。
「さあて前置きはコノ位にして宇宙怪獣をお持ち帰りテイクアウトするぞ本能寺君!」「・・・実相寺です」
生物部部長(部員一人、顧問天野先生)の実相寺だ。「既に罠外れてますけど、先生」「何ッ!?」
「セーンセー」佐々木が呼びかける。「アッチアッチ」指差す方向に、怒り心頭の教頭先生。
「ぬお!?いかん一時撤退だ行くぞ大黒寺君!」「・・・実相寺です」あわてて走り去る二人。
その後を追いかけていく教頭先生。「くぉらー!!」
「・・・・・何なんだか」呆れて笑う佐々木。予鈴が鳴った。金城はまだヒネモスの相手をしている。

ヒネモスは午睡が好きである。
遊ぶ時は皆と一緒に楽しく遊んでいるのだが、退屈になればすぐ寝てしまう。
学校の屋上、階段の屋根の上で巨大なモチが寝息を立てている。と、「お〜い、ヒネモス」
金城だ。「やっぱりココかよ」ハシゴを登り屋根に上がる。もち肌を、ツンツン。
「むみゅううううぅぅぅウウウ・・・・・」起きない。羽を迷惑そうにばたつかせている。
「起きないのか?」上原が聞く。「一度寝たらテコでも起きないからなー」
「ほっといて行こうぜ──、ゲームする時間無くなっちまう」「まあ、そう云わずにさ」

ぴくん。いきなり驚き、ポケットをまさぐる市川。携帯を取り出し開く。
「もしもしー?   ・・・・・うん、ああ、いやだから、  ・・・・・分った、分ったよ」
携帯を閉じる。「  ・・・かーちゃんからだ」「何て?」「塾、ちゃんと行ってるかって」
どうも最近サボリ気味なのがバレたらしい。「スマネ、今日抜けるわ。ンジャ」急いで立ち去る市川。
「あ!」上原も声を上げる。「僕も今日塾だった!ゴメン!また今度さ、遊ぶから!」
謝りながら上原も去る。残念がる金城。「・・・・・───久々に皆で遊べると思ったのに・・・」
「金城」残った佐々木の声。「俺も、今日は帰っていいか」金城と目線を合わせない佐々木。
「付属中の受験勉強しないとな、最近サボり気味だから」ランドセルを持ち上げる。
沈黙。  ・・・──────「そっか」寂しげな金城。
8第X話 ひねもす午睡(転載):2006/03/02(木) 22:25:42 ID:IYIPXGAL0
「金城、お前は?なんかやる事、無いのかよ」・・・黙って、ヒネモスの肌をふよふよ押す金城。
「俺らも後少しで中学生だからさ  ・・・─────遊んでばかりも居られないだろ」
階段へ消える佐々木。「んみゅう〜・・・?」寝返りを打ったヒネモス。その拍子に目覚めたらしい。
溜息一つ、   ・・・・・「ほらヒネモス」「むィ?」「帰んぞ」「みゅ」


帰り道。今日は母親が夕食を作ってくれる。足取りの軽い一人と一匹。
と───────自宅の平屋の前に、自動車が停まっている。誰かが玄関で挨拶していた。
中に乗り込み、排気ガスを吐いて去っていく。少し不信な顔をしながら、家の中へ。
「ただいまー」「ッみゅー」「あ、お帰り」机の上に湯のみが3っつ。「・・・だれか来てたの?」
「ちょっとね。さ、ご飯にしましょ」

ご飯を食べ終り、TVを見る。「・・・・哲夫ちゃん、ちょっといい?」「?」「ちょっとお話」
「む?」無い小首を傾げるヒネモス。「あ、ヒネモス、お前先に部屋に行ってて」

部屋で図鑑を眺めるヒネモス。土星の写真が載っている。じっと見つめ、「みュー・・・」
すっくと立つと羽を広げ、羽ばたく、少し浮いて──────ガチャン!電灯にぶつかった。
もよよんと落ちる。頭をさすっていると、哲夫が襖を開け入って来た。
     ・・・・・「むゥ?」無言だ。黙って布団を敷く。顔を覗き込むヒネモス。
「ん?」心配そうに見つめるヒネモス。「・・・・・大丈夫だって。さ、寝よ寝よ」


「どしたの?なあ」上原の声。気付く金城。目の前には給食。半分も食べていない。
「・・・いや、何でも。ヒネモスは?」「もう食って出てったよ。 ・・・何か心配してたぞ?」
既に廻りのクラスメートは食べ終わり、昼休みを満喫している。
9第X話 ひねもす午睡(転載):2006/03/02(木) 22:26:38 ID:IYIPXGAL0
ウサギ小屋の屋根の上、昼寝をしているヒネモス。 ───いや、瞳を閉じていない。
ぼんやり何か考え事でもしているか。僅かにゆっくり羽を動かす。
「やあー、ヒネモスくんだね?」下から大きな声。見ると眼鏡の若い男と、中年の女性。
「ちょっとお話させてもらえないかなー?」眼をパチクリさせるヒネモス。

午後の授業、国語の時間。先生が読む文章をぼんやり聞く。机の中には食べ残したパン。
────そういえば、ヒネモスが帰って来てない。何処かで寝過ごしているのだろうか?
ツンツン。背中の感覚に我に帰る。「オイ、アレアレ」小声で上原の声。シャーペンの先の窓の風景。
校庭のウサギ小屋に─────────・・・「ヒネモス?」

「だから云ってるでしょう?このコはこんな所に置いちゃいけないんです!」
大声で、しかし淡々としたオバハンの主張。大弱りの教頭が聞く。「いや、ですからね・・・」
「宇宙怪獣を何のサポートも無い環境に置くなんて虐待です!怪獣にだって権利が有るでしょう!」
「だから、コレは科学技術省からの意向で・・・・」「お上の意向なら何をしてもいいと!?」
困った感じで教頭とオバハンを交互に見るヒネモス。眼鏡の男がヒネモスをポンと叩く。
「ねえーキミだって嫌だよねー?」身体を横に振るヒネモス。
「ほらーヒネモス君もイヤだって云ってるよー?」更に激しく横に振るヒネモス。

「・・・・・何だアレ」「ほらアレ、『怪獣保護団体』だよ」市川の耳打ち。
良くは知らない。只、アレが何かに出てくる度、大人達がえらく困っている気がする。
「俺、ちょっと見てくる」席を立つ金城。「あ、おい!金城──!!」先生の声が廊下に響く。

「兎に角、この実態は正式に抗議させてもらいます。マスコミにも公表させて頂きますので」
「そ、そんな・・・・・」もう真っ青な教頭。「このコは今すぐ引き取らせて頂きます。よろしいですね?」
眼鏡の男が携帯をかける。「あー、そうそう。もう通達したから。トラック廻して、大至急ねー」
「───ヒネモスっ!」金城の声。皆が一斉に振り向く。
10第X話 ひねもす午睡(転載):2006/03/02(木) 22:27:42 ID:IYIPXGAL0
「おい、大丈夫」駆け寄る金城を眼鏡の男が押さえる。「───ほらほら、キミィー」
「あらあらこのコのお友達?」オバハンの猫撫で声。「御免なさいね〜、このコはココでは暮らせないの」
・・・・は?「宇宙怪獣にとってココの生活はダメなのよ、もっとイイ所に連れてったげるからね?」
ンな馬鹿な!「そんな、今まで」「そう、今までこのコも辛かったと思うわぁ」
「でも一緒に遊んでたし、ご飯食べてたし───」「そういった生活環境で細かいストレスが溜まるのよ」
「おい、ヒネモスっ!」近付こうとする金城を更に眼鏡が押さえる。「ほらぁー」
暴れる金城を覗き込む二人。
「このコの為を思うならねぇ、解るわね?」「男の子なら、キッパリ諦めようねー?」

「ムィ───────────!!!!!」
いきなりヒネモスが突っ込んできた!ぼよよん!弾力の有る身体に吹き飛ばされる二人。
「ヒ・・・ヒネモス!?」眼鏡の男に馬乗りになると、その身体の上でみょんみょん跳ね始めた。
「ぐえっ、むえっ」潰された蛙みたいな声を出す眼鏡の男。怯えて腰を抜かしたオバハン。
「い、イカン!」教頭や体育教師がヒネモスに取り付き、無理矢理引き剥がす。
ムームー唸るヒネモス。涙目だ。怒ってる?始めて見た・・・・・

起き上がり眼鏡を掛け直す男。オバハンは立ち上がり服の泥を落とす。溜息一つつき、
「見なさい、過剰な環境ストレスで性格まで豹変してる!もうコレは──────」
「あんたたち、ちゃんと許可取った上での行動かい?」いきなり、野良姿のおっさんが口を挟んだ。
ほっかむりの下は何故かサングラス。「警察呼んだよ。トラブル起こすならしょうがない」
青ざめる二人。「な・・・・・何ですかあんた!」「私?校長」
 校 長 ! ? 教頭が話しかける。「何やってたんですか!?」「いや、畑で杭打ってた」
二人に向き直り、「とにかく、その場の勢いは良くない。ちゃんとした所で話し合って、対応はその後で」
「・・・分りました。また後日伺います」そういって、そそくさと退散する二人。
「ささ、授業に戻りなさい。ほら、みんな─────!!」窓から覗く全校生徒に呼びかける校長。
──────その横に、生傷を付けた金城と、少ししょんぼりしたヒネモス。
11第X話 ひねもす午睡(転載):2006/03/02(木) 22:28:29 ID:IYIPXGAL0
カラスがカアカア鳴いている。

夕焼けの中、河川敷の道をとぼとぼ歩くヒネモスと金城。むィ、とヒネモスが一言鳴いた。
「────ああ、皆塾なんだって」 ・・・むィ、とまた一言鳴いた。
「大丈夫、ありゃいじめられてたんじゃないって。ケガだって擦りキズだし」
・・・むゅゥ、とまた一言。金城の顔を覗き込むヒネモス。
視線を避けるように座り、寝転ぶ金城。
真っ赤な夕焼け雲を眺める、一人と一匹。


「かあさん、再婚するんだってさ」
ぽつりと一言。「仕事先の同僚。いい人だって」
「─────再婚したら、お金も出来るから塾にも行けるし、いい学校にも行けるし───」
「───苗字は、変っちまうけど」

紅い陽光が、向こう岸の倉庫の屋根に隠れた。
「────お前も、行っちまうのかな」
金城を見つめるヒネモス。と、『ぐうううううゥゥゥぅ・・・・・』ヒネモスの腹の虫。
少し笑う金城。「ったく、お前は────ホラ、これやるよ」ビニールに入った、給食のパン。
パンを受け取るヒネモス。「むィ?」「・・・あ」

一番星を、二人で見つけた。

「・・・ホントに好きだなあ、星が」二人でパンを食べながら、暮れてゆく空を見上げる。
「なあ、ヒネモス  ・・・────宇宙、行きたいか?」
少し間を置いて、 「   ・・・・・────────むィ」答え。
「────今、思い付いた事があるんだ」
12第X話 ひねもす午睡(転載):2006/03/02(木) 22:30:00 ID:IYIPXGAL0
給食中。「・・・・・あれ?金城は?」既にすっからかんの給食の盆。
「さあ?何か凄い勢いで食って出てったけど」


昼下がりの図書室、人っ子一人居ない静かな室内。・・・・・いや。一番奥の隅、本棚の影に──────
「 わ っ ! 」「ひあああっ!?」ばらばら崩れる図鑑や参考書。
「何やってんだよ金城」「そーよ、食器も片付けずに」佐々木と太田だ。「ん・・・────いや」

「 は あ っ ! ? 」大声に居眠りしていた図書委員が頬杖を落とす。
「シー!静かに」「いやまあ、隠すほどの事でも・・・」「うるさいと迷惑でしょ」「・・・はあ」
「で、それを一人で?」「いや、まあ何か方法無いかなー、ってトコ」頭を掻く金城。
佐々木、少し考えて、「・・・金城、ヒネモスは?」「そこで寝てるけど・・・・・」
「いいんちょ、クラスから何人か引っ張って来いよ」「は!?何で私が」「 い い か ら ! 」
図書室を出る太田。佐々木の目が笑っている。「・・・・・佐々木、何考えてんだ?」


廊下の真ん中で、目の端をひくつかせる天野先生。目前にヒネモスのミニ人形。
「・・・ったく、誰が・・・」拾い上げるとその向うに、ヒネモスの生写真。「・・・・・」
更に拾うと、そこには『6年2組 ヒネモス』の名札。「・・・・・・・・・」

「おい・・・・」「ん?」「本当にこれであのおっさん捕まるのか?」「さあ?」「オイオイ・・・・」
廊下の端っこに居眠りするヒネモス。その上に何かロープが下がっている。「大丈夫かよホントニ」
 バ シ ャ ── ン !!大きな音!「エッ!?」驚き慌てるヒネモスと、網の中でもがく天野先生!
「うわ!ほんとに捕まった!」皆と小躍りする金城。「うわ、マジ捕まった」ちょっと引いてる佐々木。
ガバっと網をまくって、「くォらガキどもぉぉお!!!」キレる先生!散り逃げる金城達!!

・・・・・皆がワーと去った後に、ヒネモスグッズを抱えた実相寺。「・・・・先生、ベタ過ぎます」
13第X話 ひねもす午睡(転載):2006/03/02(木) 22:30:45 ID:IYIPXGAL0
理科準備室。奇怪な器具や薬ビン、試験管に冷蔵庫。少し煙掛かっている。
足と腕を組んで座る天野先生。「・・・・・で、あー首謀者はお前か」
「いや、僕は唆されただけで」「あ、テメ、ズリ」「てゆーかホントに捕まると思いませんでした」
「あーもーいい!」大声を上げる先生。気押されて黙る金城達。
「・・・──で」金城に向く目線。「さっき云った事、本気なんだな」
「───────はい」頷く金城。眼には決意の徴。

「 ヒネモスを、宇宙へ行かせます 」唾を呑む。「─────助けて、くれませんか」

「     ・・・・フッ」「フフッ」天野先生が笑い始める。「フフフフウフフ」眉をひそめる金城達。
「ウフフフフフフフフフフフワハワハワははははははははははは──────ッッッッッ!!!!!」
思いっきり引く一同!天野先生は止まらない!
「苦節10年、こんな地方小学校で燻っていたこの俺に、やっと、やっと栄光への階段がア───!!」
「OK出ました?じゃこっちへ」理科室から手招きする実相寺。そっと移動する一同。

「活動に関してはココと準備室を使うのがいいでしょう。秘密にした方がいいでしょうし」
「あのさ・・・」「先生は大丈夫ですよ、私が保証します」実相寺の横の水槽に、妙な物が漂っている。
「・・・何コレ?」「ゾウリムシです。先生が実験で巨大化させたモノですよ」また引く一同。
「他にもあんなモノやこんなモノ・・・・今まではモグラまでだったが今度は宇宙生物・・・フフ」

何か一人で笑っている実相寺。と、準備室の扉が勢いよく開く。半泣きの天野先生。
「お前ら、人の話は最後まで聞けよ────────────ううううぅうぅぅゥぅゥウウウ・・・」
「あ、演説終わりましたか?じゃあ早速準備に掛かりましょう。ホラホラ」

あっけに取られっぱなしの金城。「・・・なあ、本当に大丈夫なのか?」
あきれっぱなしの顔の佐々木。「・・・・・もう、俺に聞くなよ・・・・・」
14第X話 ひねもす午睡(転載):2006/03/02(木) 22:31:33 ID:IYIPXGAL0
「いーかね?先ず、私はヒネモスは宇宙怪獣の゙幼生゙だと考えている」
教室の黒板に複雑なチャート図と数式。様々な怪獣の図版。複雑な色彩の試験管。
「今は脆弱な存在だが、成熟すれば必ず強力な力を持つ宇宙怪獣に生まれ変わるだろう。
 そうすれば宇宙へ旅立つのも夢ではない!そう、彼をオトナの宇宙怪獣に成長させるのだよ!!」

机の上に転がる薬品ビン。上原がつつく。「・・・・・先生、コレは?」
「青葉クルミにハニーゼリオン。それらから巨大化への薬効成分を抽出する」「へえぇ・・・・」
「食べてみます?身長40m位になりますよ」実相寺が付け加える。「───冗談だろ?」
「じゃあ試してみましょ、3組の桜井さん辺りで」「オイオイ」

「いーかっ!?薬の効果だけで成長できると思うな!適度な訓練と刺激が必要だ!!」
運動場でのマラソンでこけるヒネモス。電極での刺激で静電気を放電するヒネモス。
神社の階段でうさぎ跳びして落っこちるヒネモス。スチレッチが百面相にしか見えないヒネモス。
「怠るな!努力せよ!さすれば必ず夢は叶うのだあああぁぁァァ!!」


夕方の教室。椅子に仰向けにもたれる金城。その後ろに寝転がるヒネモス。
「あ゙〜───・・・・・、疲れた・・・」「みゅ〜・・・」ぼんやりと教室内を眺める。
「よう、お疲れ」佐々木達が入って来た。「よく頑張るな〜お前も」市川がジュースを渡す。
「先生は?」「裏山。成田と高山連れてって何か作ってる」上原が答える。「ふ〜ん・・・」
一気にジュースを飲んで、一息つく。そして、またぼんやり。上原がヒネモスをつつく。
「・・・なあ」佐々木が問う。「ん?」「・・・・・本当に、宇宙行けると思うか?」
「ん〜──・・・・・・」少し置いて、「分かんね」少し笑う金城。
「でも────────アイツが望むなら。みんな、変っちゃう前に」

「ヒネモス────・・・おい、ヒネモス!!」上原の大声。振り向く三人。「おい・・・ヒネモスが」
「え?」「!?」    ・・・眠るヒネモスの身体。それが薄緑色に硬化していた。
15第X話 ひねもす午睡(転載):2006/03/02(木) 22:32:31 ID:IYIPXGAL0
「何!?」ねじり鉢巻に釘を咥えた天本先生が驚く。ヒネモスの変化についての報告だ。
「・・・・・恐らく、サナギだな。成体になる前の前段階だ。また後で行くと伝えろ」
後ろを向くと、成田と高山に指示を大声で出す。

既に日も暮れ、真っ暗な理科準備室。その真ん中に安置されたヒネモスの゙サナギ゙。
心配そうに見守る金城。ストーブにあたる先生。「あーもー心配すんな。泊りがけで様子見ててやるから」
「大丈夫、家でゆっくり休んでコイって」

「・・・ただいま」「お帰り。 ───あら、ヒネちゃんは?」黙って部屋に入る哲夫。
ランドセルを置き、ごろりと横になる。  ・・・───広い畳。空いた空間。
仰向けになり、目の上に手を置く。


コンコン。真夜中の宿直室の扉が鳴る。頬杖から落ちコーヒーに突っ込む天本先生。
「ケホ・・・・・ふぁいよ〜」頭を掻きながらドアを開ける。そこには───────
「こんばんは」オバハン。そう、怪獣保護団体の。「んあ?あんた確か─────・・・」
一斉に構えられる銃口。「被虐待怪獣の保護にあがりました。拒否権限は御座いませんのであしからず」

真夜中に目覚める哲夫。どこか不安な感覚。ふ、と気が付き窓を開けた。
どこからかサイレンの音。町の向うが明るい。あれは───────────学校の方角!?
家を飛び出し、自転車を全速力で飛ばす!まさか───────・・・・!

赤色灯が辺りを照らす。何台ものパトカー。校庭で何か有ったらしい。
「おい、金城!」市川だ。フェンスの穴から中に入る。他の連中も何人か集まっていた。
16第X話 ひねもす午睡(転載):2006/03/02(木) 22:33:45 ID:IYIPXGAL0
「わ〜からんのかっ!あのババア共だ!怪獣保護団体だあーっ!!」
天本先生が警官に囲まれて喚いている。「あいつらが改造エアガンで武装して侵入して────」
「はいはい、ワカッタ」「分かっとらん!攫われたんだぞ我が研究対象、宇宙怪獣ヒネモスが!!」

「さらわれ──・・・」云い掛けた瞬間、肩に置かれる手。「ヒッ!?」
「ドウもー」 ・・・・・実相寺だった。「ンナ、何だよこんな時に」「ミナサン、ちょっとコチラヘ」
手招きされる。「おい!ヒネモスが攫われたんだぞ!?」「ダ・カ・ラです」
実相寺の指差す先は、体育館裏のマンホールの中。

パトカーへ引きずられる先生。「だあー!こらー!!」「ハイハイ話は署で聞こ──・・・・」
 ガ コ ン 。大きな音。振り返る警官と先生。体育館の用具庫からだ。
 バキン。ギシギシ・・・・・扉が開き、壁がスライドし、屋根が倒れ───────────
「エ?え!?えエエ!!?」「待てー!!上がってる!何か上がってる!?」
せり上がってきたのは、謎の四輪巨大メカ!何故か金城達が乗りこんで慌てている。
「ハイでは皆さん一斉に〜」実相寺の間抜けた号令。「発し──────ん!!」

                            ・・・・・びくともしない。
と思うと、ギシ、ギシギシ。ギシギシギシギシ。少しづつ動き、車輪が廻り、やがて────
「お、おい!?」「何だアレ、こっち来るぞ!?」慌て始める警官。天本先生はニヤリと笑う。
「そう!こんなことも有ろうかと私が創った高機動重突撃仕様多人数添乗型自転車!!名付けてえエェえェェ───オウッ」

「わー!!ひいたー!!先生ひいたー!?」パニックの金城達。
冷静、というか「ひいちゃいました?アーララ ・・・ま、いいでしょ」発言のヤバい実相寺。
と、後部の金属蓋が開いて、「あ゙〜・・・死ぬかと思った」埃まみれの天本先生が出てきた。
「あ、無事でした?  チッ」
                      ・・・・・・なんちゅう師弟だ・・・・・
17第X話 ひねもす午睡(転載):2006/03/02(木) 22:35:00 ID:IYIPXGAL0
とりあえず近所の幹線道路を走る謎メカ。「・・・先生、何なんですかコレ?」聞いてみる金城。
「ついでの日曜大工で作った対怪獣用特殊戦闘車両『Age』だ!どうだカッコイイだろう!!」
「・・・・ドウヤッテ作って」「細かいこた聞くな!動力は人力、さあ漕げお前ら行くぞォオゥゥ!」
「先生、児童虐待です」また実相寺のツッコミ。

高架の高速道路を走る大型トラック。布で覆われたヒネモスの蛹が縛り付けられている。
運転席に武装集団のリーダー。助手席にあのオバハン。「────これからどちらへ?」
「先ず湾岸の倉庫へ、其処からは船旅だ」「・・・船?」「スポンサーの所だ」「え?ちょ、話が」
「我々が慈善事業だけで、動いてるとでも思ったかい?」
と、荷台の方から呼びかけ。妙な警察無線を傍受したらしい。
『 ・・・───方面から違法改造車がインター料金所を突破、現在・・・』
さらに後方の見張り役の声。「・・・何だ、ありゃ?」

「さー漕げー死ぬまで漕げー!!ケーサツも検問所も知ったこっちゃね────!!!ハハハハ」
「先生、犯罪教唆です」冷静なのは実相寺。
トラックが見えてきた。「!・・・あれにヒネモスが・・・     ・・・エ?」

「撃てィ!」改造エアガンの一斉射撃!どんどんヘコんでいく『Age』の外壁!
「先生、ヤバイ何か撃ってきた!」「慌てるな!こんな事もあろうかとこっちも武器を装備してある!」
「ポチっとな」「あー!実相寺勝手に押すなー!」

更にロケット弾発車!『Age』が炎に包まれる!慌てるオバハンの胸倉をリーダーが掴む。
「いーんだよ、逃げちまえばどーってこた無え。大切なのは雇い主の気前だけだ」
と、風圧に飛ばされる爆炎の中から───────巨大なドリル!「何!?」

更にペダルの増えた『Age』内。「先生、武器まで人力すかー!!」「当然!さあァ突っ込め────!」
「先生、既に人権侵害です」やっぱり冷静な実相寺。
18第X話 ひねもす午睡(転載):2006/03/02(木) 22:36:06 ID:IYIPXGAL0
追突!トラックの荷台に食い込むドリル!衝撃でヒネモスの蛹にかかった布が外れる。
  ピシリ。        ・・・・・「・・・先生、蛹が!」「おお!羽化だ!羽化が始まる!」
ヒネモスの蛹の表面に幾つものヒビ。ビビって後ずさる武装集団のメンバー。
バキバキ。大きく砕け、中央に大きな穴。「さあ、皆見ていろ!宇宙怪獣゙ヒネモズの真の姿だ!!」

 バ キ ン! 蛹が完全に砕け、中から一際大きな白い物体。直径10m以上か。
バラバラバラ。プルプルプル。殻を身体を揺すって振るい落とす。ゆっくり、身体を起こすと──────

「みゃ」

「・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」   「・・・デカくなっただけかよッ!」

バキャ!ブシュー・・・後ろから変な音。「センセー、何か取れて飛んでった・・・」告げる上原。
「ブレーキですね、コレ」こんなときまで冷静な実相寺。

トラックの上でまごつく武装集団。「くそぅ、こんな事で」「・・・何かスピード、上がってないか」

「センセー、スピード落ちませんよ如何すんですか──!!?」必死で身体を支える金城。
「う〜む、やはり暴走したか設計段階でもう少し煮詰めてセイサクシタホウガブッチャケハヤスギタナ・・・・・・」
「先生、ハンドルも取れました」部品を上げる実相寺。「ええ〜!?」「壊したのは私ですゴメンナサイ」

大混乱の『Age』車内。ドリルが増々トラックに食い込んでくる。前方に急カーブ!
「むミ?」荷台の上のヒネモス。『Age』を、トラックを、そして彼方のカーブを見る。
そして────・・・・ 「みゥ」何か決心したように、力を込め始めた。
19第X話 ひねもす午睡(転載):2006/03/02(木) 22:36:56 ID:IYIPXGAL0
ヒネモスは両の足を各々トラックと『Age』に乗せる。指から爪が出て鷲掴みにした。
羽を斜め上に広げ、力を込め張り詰める。「むミゥゥゥゥ────・・・・・・・・」
 ・・・羽が───────ヒネモスの羽が、伸びていく。広がっていく。長く長く。
やがて、巨大な昆虫の薄羽の様に煌く翼がしなった。20m程もあろうか?

あっけに取られる面々。先生や実相寺も見惚れている。「・・・・ヒネモス・・・」
「・・・・!ヤバイ!壁が!」急カーブを曲がり切れていない!「ぶつかる!!─────────」


衝撃。倒れ崩れる高速道の壁。宙に浮く感覚。落ちる──────

───重力の支配が、途中で止まった。衝撃は無い。「・・・・え?」驚く金城。少し高い羽音がする。
外を覗く。町の夜景が眼下を流れる。上を見上げる。中途半端なお月様と、大きなヒネモスの顔。
「・・・・飛んでる?」そう、ここは夜空。「・・・飛んでる!?ヒネモス飛んでる!!」

街々の灯りの上を、トラックと『Age』を抱えたヒネモスがゆっくりと飛んでいく。
「すげー!ヒネモスすげーよ!やったなー!!」大はしゃぎの金城。
先生は研究成果を大声で自慢している。佐々木はおっかなびっくり。上原は身を乗り出して眺めている。
市川は顔だけ出してキョロキョロしている。実相寺は────「高いトコは苦手です」引き篭っている。
トラックの連中は何かワーワー騒いでいる。先生が得意の謎論理で大声でたしなめた。


「よォし、このまま学校の裏山まで飛べ!」羽ばたくヒネモスに語りかける先生。
何と学校の裏山に、ヒネモスを宇宙へ旅立たせる為の装置を組み上げているという。
「ダテに授業一週間サボって成田と高山引きつれて作り上げたもんじゃねーぞ!見て驚け!!」
「・・・・・・先生、そんな事やってたんですか・・・・」
20第X話 ひねもす午睡:2006/03/02(木) 23:29:51 ID:gLReose00
夜景の上空を飛ぶヒネモスと一行。と、「・・・・・先生!あれ」「ンお?」
轟音を上げて目の前を通り過ぎる機影。白黒のボディ。警察のヘリだ。投光器を向けられる。
『犯人に告ぐ、速やかに怪獣を降下、着陸させなさい。君達は完全に包囲されている』
眼が点になる金城。「・・・・・へ?」「あー、高速道路とか壊しまくったからな〜」
四方と頭上、計5機のヘリに囲まれる。
「せ、先生!?」「あ〜大丈夫、お前ら子供がココに居る限り乱暴なマネはせんだろ。多分」
『15分以上命令を無視した場合、武器使用が許可される事となる』拡声器が響く。
天本先生の顔が引きつる。「・・・・・マズいな」

ズズン!突然『Age』が揺れた。窓辺に駆け寄り上を見上げる金城。「ヒネモス!?」
加速している。前方のヘリが目前に!間一髪回避する警察ヘリ。
「おいヒネモス!無理すんなよ!?」「む────〜・・・、みミゅ」
驚くほど速い。街の灯りがドンドン過ぎていく。「よしよし、これなら裏山までスグだ」

『停止しなさい!直ちに停止しなさい!!』連呼される停止命令。
追いすがる警察ヘリをかわして行くヒネモス。荒い息遣いが上から聞こえる。「ヒネモス・・・」
「───よーし、見えた!実相寺!!」「はい」実相寺が携帯をかける。「お願いします」
パアン・・・・・・        一拍置いて、山の中腹に一斉に灯りが灯る。
山の中腹に広場が有る。其処に投光器と、何人かと。────巨大な金属の円盤。
「よ〜し、局所反重力場発生機、スタンバイ!遠慮はすんなフルパワーで行け!」
「先生、アレが?」「おうよ」強力な反重力を発生させ、宇宙まで円盤上の物体をはじき出すモノらしい。

と────後ろから空気を切って白い煙軌。「────催涙弾か!」
ついに警察が実力行使してきたのだ。「先生・・・・・!」「・・・・・発生器、秒読み開始」
「え?」「こうなれば一か八かだ、ヒネモス!このままアレに突っ込め───!!」
21第X話 ひねもす午睡:2006/03/03(金) 00:24:56 ID:ZtCKNLtp0
次々発射される催涙弾。辺りがどんどん煙っていく。
その煙幕を破り、ヒネモスが装置の円盤に突入する!「成田!高山!避難しろ!!」
装置に取り付けられたノートPCの秒読み。どんどん数値が減っていく。
5 、 4 、3 、2 、1 ・・・

「ヒネモス・・・・・」

大爆音と共に、光の柱が天高く立ち上がった。
吹き飛び粉砕される『Age』とトラック。舞い上がる先生、オバハン、武将集団、そして子供達。
そして、その光のはるかなはるかな高みへ、どんどん昇っていくヒネモスの姿を、

金城は見た気がした。



「哲夫───、学校遅れるわよ〜?」 「   ・・・・ふあ〜ィ・・・」
半分寝惚けた声で2階から降りてくる哲夫。着ているのは黒い学ランだ。
襟には中学の校章。この近所の中学だ。

結局、装置が作動した直後の衝撃で金城は気を失い、気が付いたのは病院のベッドだった。
あのとき一緒に突っ込んだ同級生や先生、武装集団は皆衝撃で吹き飛び、重軽傷を負ったらしい。
死亡者が居なかったのは幸いだった。先生は警察に捕まり、後はどうなったか分らない。
同級生は散り散りになった。佐々木も、上原も、市川も、今は一応付き合いはあるが前程ではない。
そして、母親は再婚した。
苗字は『鈴木』。なんとまあ、ありきたりな名前だろう。
22第X話 ひねもす午睡:2006/03/03(金) 00:46:33 ID:zEjye3+Q0
そして、唯一の気懸り。
光の柱を、宇宙へと駆け登っていく宇宙怪獣。あれは、狂騒の果てに見た幻か。

食卓の上に新聞が置きっぱなしになっている。新しい父親の読んだ後だ。もう仕事に出たらしい。
食パンを齧りながら眺める。最後の方、四コママンガの右側に見出しがあった。
『土星の輪に未確認飛行物体?』
土星探査機が土星軌道上にて謎の物体を観測したらしい。形状、大きさは丁度人工衛星のよう。
しかし土星に人工衛星が有る筈もない。構成物質も不明。
1ヶ月程前から土星の周りをぐるぐる廻っているらしい。軌道に何らかの知性も感じられるそうだ。
斜めに読む記事。最後に撮影された物体の写真。ちらりと眺める。

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・「ぷっ」       ・・・・・「くくくっ」
「あははははははははははははっ!!」

「なっ、ちょっと驚かさないでよもう!」洗いものをしていた母親がたしなめる。
「早く学校行きなさいよ、全く」哲夫は腹筋が吊りそうな位笑っている。もう声が出ない。
「あーあーごめん、分ったワカッタゴメン」必死で笑い声が出るのを押さえる。
やがて一息深呼吸すると、机の上の新聞を取り、椅子にもたれながら上に掲げた。
あの物体の写真をじっくり眺める。
23第X話 ひねもす午睡:2006/03/03(金) 00:59:34 ID:zEjye3+Q0
タマゴを立てた様な身体。上の方に一対の大きな眼。横に伸びた大きな一対の羽。
間違いない。ヒネモスだ。

「全く──・・・・」朝の陽光で裏の生地が写真に透ける。


───まだ土星だったのかよ。
───そんなとこで昼寝ばっかしてないで、早く行ってこいよ、宇宙の果てまで。



縞模様のリングの上を、羽を広げた宇宙怪獣が飛んでいく。
宇宙遊泳を楽しむようにゆったりと、しかし速く。
その軌道が、少しづつ土星を遠ざかる。小さくなっていくリングの惑星。

   ────向う先は、遥けく彼方の光輝の星雲。
24第X話:2006/03/03(金) 01:01:41 ID:zEjye3+Q0
仕事もプライベートもむちゃくちゃです。('A`)

またまたの建て直しお許しください
25名無しより愛をこめて:2006/03/05(日) 16:59:09 ID:VyAOKr0U0
age
26第X話 北緯270度を越ゆ:2006/03/07(火) 02:03:12 ID:U5BQ23990
小雪舞う空。薄暗いアスファルト。
アメリカ合衆国アラスカの、とある寂れた空港。それを望む丘の上で、カリブーが草を食む。
───────と、カリブーが顔を上げた。灰色の空の一角、一番黒ずんだ雲塊。

「・・・────すさまじい電波ジャムです」無線技師が告げる。
「無線はほぼ使用不能か」「一体、原因は・・・」頭を振る管制塔管理官。
コーヒーをすする。「・・・だが、嫌な予感がする」
と、視界の横に異様な物が移った。白と灰色一色の風景の中に───────黒い、カーテン?

「あれは、真逆───・・・いかん!」マイクを取り、空港内アナウンスに切り替える。
「全員、屋内に避難しろ!早く!これは命令だ!!」振り向く作業員。飛び立つ鴨の群れ。
「管理官、一体───」「州政府に連絡を取る。お前は作業員の避難の確認をしろ」
有線電話を手に取る管理官。「・・・────ああそうだ、『黒い吹雪』だ。州知事を頼む」
「管理官!上空待機中の機が───」声に振り向く管理官。

黒く垂れこめた雲塊。その下に降り注ぐ『黒い吹雪』。その中を、中型旅客機が飛んでいる。
「な・・・・馬鹿な!?」ふらふらと不安定な旅客機「振り切れなかったのか・・・・・!!」
「管理官、どうすれば────」「・・・──無駄だ、もう助からない。乗員及び乗客の───」
悲痛な管理官の声。「───冥福を祈ろう」

『黒い吹雪』の中を飛ぶ旅客機。暴風に散る木の葉の様にくるりと舞うと────
ズ、ズズズン。空中で爆発、四散した。思わず眼を逸らす管理官。
やがて『黒い吹雪』は少しづつ上昇し、巨大な黒雲となると何処かヘと離れ始めた。
「これで今年に入って三度目、しかも最悪の事態か────────また『渡り』でもしようってのか?」
彗星の様な姿で飛び去る『黒い吹雪』。その先端に、巨大な獣の目玉が輝く。
「────゙ペギラ゙め」
27名無しより愛をこめて:2006/03/10(金) 00:22:39 ID:13ryFSN80
age
28名無しより愛をこめて:2006/03/10(金) 01:16:57 ID:/3iovpnN0
このスレ無いとさみしい・・・
何度でも復活してくれ。

頑張れ!ひねもす!良く頑張った!!
29名無しより愛をこめて:2006/03/11(土) 00:14:05 ID:QQQ9VAjBO
記念カキコ
30名無しより愛をこめて:2006/03/13(月) 09:46:13 ID:PTI9zBsx0
あげ
31第X話 北緯270度を越ゆ:2006/03/13(月) 23:33:33 ID:bKSvsnVQ0
だだっぴろい原野。狐が走り回るその向うに、巨大な葉巻型の白い物体。
横っ腹に見慣れぬ英語のロゴ。係留索が風になびく。下部の窓の中に、幾つかの人影。

『本日は飛行船゙シャイコース号゙にご搭乗頂き、誠に有り難う御座います・・・・・』
アナウンスなど気にも留めず、新聞を読みふける雑誌記者。と、横に人影。
「あの────すいません」顔を上げる。「こちら、指定席、いいですか?」
広げた新聞が横の席の邪魔になっていたらしい。「ああ、すんません」新聞を折りたたむ。

男が横に座った。顔を見て驚く。話し方は日本人だったが、高い鼻、大きな眼────
「どうかしましたか?」「え?あ、いや」「・・・────ああ、日本人ですよ。私は」
また驚く。「よく云われますんでね、私。貴方も日本人でしょう?」
『・・・本機はこれより離陸致します。お客様は着席の上安全ベルトを・・・・・』

軽い衝撃と共に船体が浮き上がる。眼下に広がる平原と海原。彼方に浮かぶ氷山が見える。
「お一人なんですか?」また話し掛けられた。驚く雑誌記者。「ええ、まあ・・・」
「こんな酔狂な観光に男一人とは、何でまた・・・・・」


「お〜い、ちょっと」「はーい?」「すまん、お前コレちょっと行って来てくれ」
「何ですか?」「新聞の日曜版担当のヤツが急病でなー」「何処なんです?」
「北極」   「  ・・・・・はい?」
「行って来て見て書くだけだから、北極圏飛行船一週の旅」「・・・はい〜!?」

くすくす笑う男。「大変ですねえ、お仕事ですか」「ま、ブン屋の宿命みたいなもんですよ」
笑いながら、自己紹介する男。「申し送れました。私は佐多章五郎と申します」
32第X話 北緯270度を越ゆ:2006/03/14(火) 01:15:13 ID:Xjkc6mMl0
佐多というこの男。仕事は学芸員だという。北大の人類学科の助手だそうだ。
「私が参加した理由? ・・・まあ、北極圏は、私の研究対象ですから」「研究対象?」
「北極圏周辺の民族、ですよ」「へえ?エスキモーとか?」「一応、イヌイットって呼んで下さい」
北極圏に住まう人々。イヌイット以外にも様々な人々が居たらしい。
北極アイヌ、古代スカンジナビア人、ロシア人等々。そんな人々による『北極の歴史』がテーマだそうだ。
「彼らの世界観には、面白い共通性が有りましてね─────・・・」

急に船首の座席辺りが騒がしくなった。白人が何人か喚いている。怪訝な眼で見る二人。
と、酔っ払った一人がこっちを指差し、近寄ってきた。何か云って絡んでくる。
「○×%△▼!!」「え!?いやあの」船員は向うの連中で手一杯らしい。焦る記者。
佐多が立ち上がり、白人に何か強い口調で云った。顔を真っ赤にする白人。酒ビンを振り上げる!
 ・・・───同じ白人の老人が、手を掴んで止めた。急に大人しくなる酔っ払い白人。
他の連中にも叱り付け、引き上げさせる。佐多に何か謝るように一言云って、向うに去った。

「・・・ああ、びっくりした・・・・」胸をなでおろす。「何なんだか、一体」
「連中、ネオナチですよ」佐多が何か拾い上げる。逆卍の入ったタイピン。落し物か?
鷲が翼を広げ、足許にハーケンクロイツ。第三帝国の紋章だ。しかし─────────
「・・・何か違うくないですか?コレ」よく見ると───「───グリフォン、ですね」
確かに獅子の脚が有る。頭には羽冠かトサカか。
「何で変えてんだろ?パワーアップでもした積りかねェ?」「・・・・さて、どうですか」


飛行船操縦席。「現在北緯20度を越えました」「・・・まだ、付いて来てるな」
レーダーに映る奇妙な物体。異様に巨大な影が表示盤の大部分を覆っている。
「無線は?」「回復しません。段々酷くなって来てます。只・・・・・」「只?」
「アラスカ方面からの通信で、何かに警戒せよと。雑音が多すぎて聞き取れませんが」
33名無しより愛をこめて:2006/03/14(火) 14:20:47 ID:198leQmx0
応援!!
34名無しより愛をこめて:2006/03/16(木) 14:33:31 ID:XlA9Tl6U0
期待!!
35第X話 北緯270度を越ゆ:2006/03/17(金) 02:37:54 ID:T5rgSAN90
先程のタイピンを眺める佐多。「どうしたんです?何か変な所でも?」
「・・・貴方は、ヒュペルボレイオイというのはご存知ですか」 ・・・奇妙な単語を口走った。

「失礼」突如の声。横の通路に、先程の白人の老人が立っていた。
また日本語だ。だが佐多ほど巧くは無い。「この辺りにタイピンを落として無かっただろうか」
「ああ、コレですか?お返しします」快く差し出す佐多。受け取る老人。・・・訝しい顔をした。
「・・・不快ではなかっただろうか」老人の顔を、タイピンを見比べ、一拍置いて、
「・・・大丈夫、私は日本人です。気にしませんよ」「そうか、有り難う」一礼する老人。
記者も話し掛けてみる。「そのタイピン、少し意匠が違いますよね?どんな意味が?」
「偉大なる我等が゙ヒュペルボレイオイ協会゙の紋章だ」ギッ、と睨み返された。意外と鋭い目付き。
「貴方には関係無かろう」更に佐多を一瞥すると、「・・・何処かで、お会いした事が───」
「え?そうですか?」「・・・・いや、失敬。失礼する」杖を突きながら去る老人。

「・・・意外と紳士的でしたね。ネオナチなのに」「お年を召されると、皆あんな感じになりますよ」

頭を掻いて座りなおす記者。 ・・・何か引っかかった。
「そうだ・・・・ヒュペルなんたら・・・って何です?さっきご老人も云ってたような」
「ああ───古代ギリシャより伝わる、極北の彼方に有ると云う伝説の楽園ですよ」
グリフォンとは、其処に住まい黄金を守護する怪物だという。「───成程、北極だからか」
「です、かね」「・・・・・でも何で、ネオナチが北極なんでしょ?」

「─────・・・・ 何か、結構揺れますね。飛行船って」
確かに、あの呑気な概観からは想像もつかない程揺れている。結構荒れ模様なのだろうか?
窓を見ると次々と水滴が窓に付く。外は雨かミゾレらしい。怪物でも出そうな雰囲気だ。
「グリフォンが現れる前兆だったりして、ね」記者が振る。
「ネオナチはそのグリフォンの隠す第三帝国の隠し遺産を狙ってる、とか?」佐多が冗談で応える。
36第X話 北緯270度を越ゆ:2006/03/20(月) 02:06:51 ID:D/tiwwFU0
「船長────」焦り顔の副操縦士。レーダーの影が更に拡大、表示盤の1/3を覆っている。
マイクを手に取る。「尾部、物体を視認できるか」

荒れる暴風の中手摺に縋る船員。「詳細は確認出来ず──・・・只、巨大な黒雲としか」

無線・GPSは既に使用不能。雲のせいで高度も判断出来ない。「エンジンの調子は?」
「既に8機全てフルパワーです、これ以上は」「・・・・よし」再びマイクを取る船長。
「号令と同時に全機関逆回転開始し急速停止。同時に面舵約5度修正しろ」
「な・・・無茶な!?」驚く副操縦士。「このまま全速で逃げ続けろと?速度差が有りすぎる」
反論を押さえる船長。「お前ら、アレが何か───判っているか?」三白眼になっている。
先程のアラスカからの通信。無線系統の異常。そしてこの天候。
「航空学校で学ばなかったか───────゙黒い吹雪゙だ。間違い無い」

更に揺れる船内。新聞を畳み、座席にしがみ付く記者。
『只今当機は気圧の谷間に接近し・・・・・』女性の声のアナウンスが聞こえる。

「一か八だが─────燃料切れで巻き込まれるよかましだ。現在位置は?」
「北緯6度、航路から直角にズレています。このままだと北極点上空へ────・・・」
「ハハ・・・・・降格モンだなこりゃ」そして、船員全員に身体の固定を確認する。
「停止までのカウント開始」
5・・4・・・3・・・・2・・・・・1・・・・・・・

ドカン!!是までとはまるで段違いの衝撃が船内を走る!固定しきれてなかったモノが前へ吹き飛ぶ。
同時に、一瞬身体が浮き上がったような気がした。窓の外を凄まじい黒雲の奔流が駆け抜ける。
そしてその中を───────────巨大な金色の眼と、氷柱の如き牙。
丸いガラスの向うを横切ってゆく恐るべき怪物の顔を、記者は見たような気がした。
37名無しより愛をこめて:2006/03/22(水) 11:16:50 ID:ktk/WhWv0
応援。
38名無しより愛をこめて:2006/03/23(木) 03:31:29 ID:oaVBVM+T0
age
39名無しより愛をこめて:2006/03/26(日) 04:17:12 ID:dpDFQaWz0
応援あげ
40第X話 北緯270度を越ゆ:2006/03/28(火) 02:14:08 ID:TmgsnLue0

・・・・・・・・・・

シートベルト着用のランプが消えている。
「・・・あ、いてってて」身を起こす記者。一瞬、ホンの一瞬呆けていたらしい。
「大丈夫ですか?」佐多の声。周りの乗客のざわめきも聞こえる。散乱した手荷物や小物。
乗務員が片付けを始めている。「酷い嵐でしたね、もう治まったんでしょうか」

窓の外を見る。晴れ渡るツンドラ。「ああ、いい天気だ」所々に輝く水面。
だが─────────・・・違和感。何だろう?風景が─────いや、空気が?空が??
乗り出して窓を見る。「ココ・・・・・何処だろ?」

「そちらは如何だ?」「判りません。GPSは今だ使用不能です」と、館内通信のコール。
『あーこちら左舷中部、空中線及び衛星アンテナに異常は認められず』
「CPUにバグ・ウイルスの形跡は無いようです」「機器の故障では無いか・・・・」「船長、しかし」
「現在、稼動できる位置確認機構はこれだけだ。コレを信用できぬとあらば、何を信用する?」
目前のモニターに映る数値。最新鋭の位置確認機器゙電子羅針盤゙の弾き出した数値。
『北緯103度2分 西経37度5分』

窓とにらめっこする記者。「まだ見てるんですか?」佐多が盆を持っている。「昼食ですよ」
見ると周りの席に空席が目立つ。話では見晴らしのいいキャビンに食事を持っていってるらしい。
もそもそ食いながら雑談。とりとめもない話─────────しかし、風景が気になる。
と、「・・・お」風景に緑が加わった。広大な針葉樹林が姿を表す。
その緑の狭間を、茶色の何かがうろついている。けっこうな数だ。「・・・ムースかカリブーでは?」
「・・・う〜ん、そうかね」鹿類にしては巨大だ。肩が小枝に触れている。
目線をマッシュポテトに戻す瞬間、大きな白い角の様なものが見えた気がした。
41名無しより愛をこめて:2006/03/28(火) 14:20:28 ID:LtKNH7xK0
sage応援!
42第X話 北緯270度を越ゆ:2006/03/31(金) 00:31:17 ID:FSXe1lLA0
飛行船内の特等席。そこから双眼鏡を覗く老人。先程のネオナチだ。
視線の先に茶色の毛の長い獣。長い触手の様なモノを振り上げ、針葉樹の枝を折り取った。
「・・・・間違いない」双眼鏡から眼を外す。「全員に伝えろ。行動開始だ」
何人かがバラバラと階下へ降りていく。老人の膝の上には、一冊の書物。表紙をゆっくり撫でる。
「ついに─────ついに、来たか」

食事も済み、ゆったりとした時間。景色からあの獣は消えた。佐多は何か書き物をしている。
・・・─────何故かバタバタ騒がしい。何人かが階段を行き来している。
「よっと」佐多が席を立つ。「ちょっと飲み物貰ってきます。何か欲しいですか?」「・・・、いや」
給仕室へ向う佐多。机の上に色々出しっぱなしだ。ちらりと眺めて、風景へ目線を戻す。
やはり奇妙な風景だ。何処か馴染みが無い。空気のせいか、あるいは──────
不安な気になり、また船内へ視線を戻す。佐多の机の上。どうも論文を書いていたらしい。
ファイリングされた写真が有る。獅子の脚、鷲の羽根と頭。グリフィンだ。

「・・・・・へえ・・・」メモ書きが添えてある。その図版の由来の解説らしい。
゙古代バビロニア遺跡 凱旋門レリーブ ゙中世メリクル自然史写本 挿絵゙ ゙ロンドン グリフィン像゙
バラバラかと思ったが、どうも時系列に沿っているらしい。と、その中に。

゙フィンランド ヴォードサーガ1823年版挿絵゙ ゙1711年版挿絵゙ ゙1672年版挿絵゙
似たような図版が続く。後肢で立ったグリフィン。同じ本の写本の挿絵らしい。
どんどん遡っていく。グリフィンの姿も少しづつ変る。尾が長く太くなる。頭の羽冠が角になった。
「ん?」゙1355年版゙では、前足が消えた。口からは長い牙がはみ出ている。
期待しながら更にページをめくる。

──────その挿絵は、そこで終わった。何かの家紋やコイン、全く別の写本の挿絵。
43第X話 北緯270度を越ゆ:2006/03/31(金) 02:00:28 ID:FSXe1lLA0
゙ヴォーテックス家家紋 地下貯蔵庫゙ ゙ヴォーテックス家インゴッド
更なる変化を遂げるグリフィン。遂に嘴すら消え、まさに獣の顔となった。既にグリフィンには見えない。
それにしてもこの『ヴォーテックス家』とは何だろう?ここまでグリフィンと関係が?

更に図版が変った。゙ヴォーテックス家所有 ズァルカミネア墳墓封印゙
今度は遺跡のレリーフや壁画。羽を広げた怪物。逃げ惑う人々。槍を振るう勇者。杖をかざす賢者。
゙墳墓第1層 大広間゙ 何かの御伽噺の絵本のようだ。壁一面に物語が表されているらしい。
゙墳墓第4層 竪穴部屋゙ 怪物が城を襲い、破壊する様。そして、
゙墳墓第8層 安息所゙ 吹き飛ぶ人々。凍りつき枯果てる万物。その中央に鎮座する、翼の怪物。
ラスコーの壁画の如きタッチで描かれたソレは、明らかに見覚えの有る姿。
冬の魔神。氷河の帝王。昭和基地を危機に陥れ、東京に氷河期を召喚した怪獣。

ゴゴン!いきなり振動が襲う。驚き慌てる記者。見ていた資料が床にバラける。
必死に掻き集め、席に戻る。窓の外を見た。傾いている。地上へ向っているらしい。
悲鳴を上げる乗客たち。佐多は?まだ戻っていない。何が起こっている!?

「お前ら─────どうなっても知らんぞ」睨む船長。その先に銃口。
何人かの人影の向うに、あの老人の姿。「結構。貴方々よりは此処の事、判っている積りです」

針葉樹の樹冠がもうすぐ下に迫る!ぶつかりそうになりながら、やがて草原へ出た。
眼下にはあの茶色い獣達。「・・・──────あれは!?」
巨大な牙を持つ巨獣が唸りながら走って行く。それは、まさしく────「───マンモス!?」
草原に迫る飛行船の巨体。少しづつスピードを落とし、やがて、静かに着陸した。

パン。銃声。銃を掲げた男が座席の前方に立った。
「飛行船シャイコース号の乗客の皆様、当船は我々゙ヒュペルボレイオイ協会゙が占拠した。しばしお静かに願おう」
44名無しより愛をこめて:2006/03/31(金) 16:41:28 ID:rIqmhTY+0
sage応援いたします!!
45名無しより愛をこめて:2006/04/02(日) 01:21:56 ID:lxGGPAnc0
age
46名無しより愛をこめて:2006/04/04(火) 02:58:19 ID:tryD2Yft0
47第X話 北緯270度を越ゆ:2006/04/07(金) 00:14:46 ID:O0S3LXl60
着陸して暫らく経った。飛行船の横からあのハイジャック集団が外に出ている。
何かの機材を広げているらしい。客室内には彼らの見張り。視線に気を付けながら外を見る。
    ・・・・・──────あれは?・・・佐多!? 何故彼が?
「◇×◎▼」驚き振り返る。見張りが立っていた。何か喋り、それをよこせとのジェスチャー。
何だ!?と思って気が付く。佐多の論文資料だ。さっき拾い集めてから抱えたままだった。
「いや、あのこれは」渡す訳には、といっても通じない。身振り手振りも通じていない。
ついに相手が怒り始めた。銃を構えられた。「ひっ!?」縮み上がる記者。

「ぐへっ」地面に転がされる記者。あの見張りが声を掛けると、向うから佐多がやって来た。
佐多が見張りに何かを注意する。「・・・すいません、手荒なマネをされたようで」
立ち上がる記者。バサバサ、その腕から論文資料が滑り落ちた。「───ああととっと」
「あらら、それ持って来たんですか」「へ?だってコレ必要なんじゃ」
「すいません、必要なのは貴方なんです。貴方を連れてきてもらったんですよ」
──────と、あのネオナチの老人が来た。「そろそろ参りますよ」
じろりと記者を睨む。「・・・・・お連れの方も、遅れぬように頼みます」

奇妙な行軍である。
こんな何処の秘境ともつかぬ所で、まるで大名行列のように進んでいく。
金属製のプラカードのような物。山車の上の機械。白い妙な扮装の人間も居る。
だがコードの様なモノが下がり、ピッピッと電子音が鳴る。どうも何かの機械らしい。
構成員も様々である。ネオナチとの事で白人ばかりかと思ったが、どうもそうでないのも混じっている。
金持ちそうな太った男、遊んでそうな女、子供連れの男女。あの飲んだくれの白人も居る。
只、全員しずしずと進んで行く。

「佐多───────・・・さん?」返事は無い。彼もまた静かに行軍していく。
やがて、奇妙な行列は、草原から針葉樹の森へと入っていった。
48名無しより愛をこめて:2006/04/09(日) 02:07:17 ID:O7YpajBu0
age
49名無しより愛をこめて:2006/04/10(月) 10:39:52 ID:haRRjbhn0
sage応援!
50第X話 北緯270度を越ゆ:2006/04/11(火) 00:22:25 ID:1IKsbyv40
居残った見張りのうろつく飛行船内。操縦室に閉じ込められた船長達。
「・・・機器に異常は?」「今の所、確認できる所では皆無です」「何時でも起動出来る様にしておけ」
「・・・・・脱出、ですか?」「隙あらばな。現在位置は?」
北緯178度2分、西経34度2分。
「船長・・・・ココの、地平線が・・・・」副操縦士の怯えた声。「君も気付いたか、・・・やはり」
唾を呑む船長。「ならば、我々の居る此処は────・・・一体何処だ?」

奇妙な行列はやがて、森の中の小高い丘の上に停止した。
あの山車の上の機械を中心に据え、何人かがいじくり廻している。他の連中は座り込んだ。
小休止ということらしい。和気藹々に、まるでピクニックの様な雰囲気。
奇妙な違和感はまだ続いている。こんな所で、何故こうも和めるのだろう?と、向うに佐多の姿。
「あの・・・・」佐多に話し掛けようとしても、こちらを向いてくれさえしない。
無視するように横を過ぎる。と、その時────────手の平に何か渡された。

やがて号令が下った。再び歩き始める。その行軍の中、うろちょろする記者。
「何をしておいでで」老人が咎める。「いや、ちょっと・・・・・トイレを」
列から離れ草むらに隠れる。手には手紙と、集めた一掴みの植物。手紙に書かれた文章は────
『ここはヒュペルボレイオイです この苔と同じモノを集めてください』

「こちらだ」号令がある度、早くなる行列の進行速度。森の小道をやがて抜けた。
「────見えた!」誰かが叫んだ。前方、潅木と短い草の荒野の向うに──────────
尖塔。それも、中世ヨーロッパの城の。そう見えた。
「ヴァルハラ・・・」「ヴァルハラだ」何人かがそう叫ぶ。更に進行速度が速くなる。
既に駆け足だ。少し坂になった荒野を、尖塔目指して駆け上がっていく。
先頭にはあの老人。そうは思えない健脚だ。杖すら放り出し駆け登る。「ヴァルハラ・・・・!!」
坂の荒野の向うは崖らしい。尖塔が徐々に総体を表していく。そして──────
51名無しより愛をこめて:2006/04/11(火) 11:55:16 ID:UMqyqmWI0
おうえん!

52名無しより愛をこめて:2006/04/14(金) 10:36:25 ID:Sfinc4Vh0
sage応援!!
53名無しより愛をこめて:2006/04/15(土) 03:15:59 ID:7AX9P6qv0
ue
54第X話 北緯270度を越ゆ:2006/04/17(月) 03:04:30 ID:0HuqUaaf0

そこで草原は終わっていた。
見えたのは、白く白く凍てついた、氷の城塞。

息をつかせながら、あっけに取られる人々。先頭に立っていたあの老人が膝から崩れ落ちた。
「馬鹿な──────そんな、ヴァルハラが」
視界に有るのは巨大な氷河の壁。入り組んだ氷の渓谷の向うに、あの氷の摩天楼。
「だから申し上げた筈でしょう。此処は貴方がたの望む場所ではないと」佐多が云う。
「だが────此処だ!小佐達は確かに此処で待つと云った!」老人が応える。
「まだ、この゙墓守゙の言葉が信じられませんか」「違う!お前ば案内人゙だ!理想郷への────」
「この死せる都の゙案内人゙が、゙墓守゙以外の何ですか」

話が見えない。彼らは何を喚いているのだろう?更に激昂する老人。
「いい加減にしろ゙佐多・ヴォーテックス・章五郎゙!!お前達の家を再興し、伝承を証明したのは誰だ!?」
「望んだ訳では有りません。いい加減夢から覚めたらどうです、゙少尉゙殿」
と、向うから合図の声。老人が駆け寄る。「・・・・・おォ」
飛行機だ。羽に逆卍。相当古いらしく、氷河の中に半分埋まって凍結している。
「飛行船艦載機だ」合図を送る老人。何人かと共に氷河の末端へと降りていく。目の前に機体。
「・・・やっぱりそうだ。ヴァルハラに辿りついていたか!───皆、飛行船本体を探せ!!」
老人を始め、その部下何人かが氷河末端で探索を始める。

眼前の光景に呆けている記者。と、佐多が近寄ってきた。目線を向けずに話す。
「・・・・・集めてくれましたか?渡して下さい」ポケットから、夢中で掻き集めた苔を渡す。
「一体、何なんですか」記者の疑問。「ヴァルハラ、というのはですね」佐多の応え。
「─────北欧神話に伝わる、戦で死んだ戦士達が、死後に集う幸福に満ちた館です」
苔を、佐多がポケットに詰めた。「彼ら、此処がそうだと思ってるんですよ」
55第X話 北緯270度を越ゆ:2006/04/17(月) 03:58:28 ID:uf9GcPqO0
「まだ見つからんかっ!?」老人が声を上げる。氷河をよじ登り、辺り中を見回す。
「これは────」飛行機。他にも沢山ある。複葉機に大型機、十字印や日の丸も────
と、突如上空に黒雲が巻き起こる。かなりの強風が吹き始めた。
「うわあああっ」氷河に登っていた何人かが煽られて落下した。その拍子に合わせるように、
ズズズ、ゴゴゴゴ。地鳴りを立てて氷河に亀裂が入る。「・・・いかん!逃げろ!逃げロ───」
轟音を立てて氷河が崩れ落ちた。もうもうと立つ雪煙を強風がすぐ吹き飛ばす。
     その崩れた氷河の中に───────────「飛行船だ」

「゙エイボン号゙だ」老人が呟く。溜息の出るほど透き通った氷の中に、まるで飛んだまま停止したが如く、
「少佐の飛行船だ・・・・・!!」強風の中立ち上がり、駆け寄ろうとする老人。

ますます強くなる風。既に雪を纏い、吹雪の様相を呈している。
佐多が上空の黒雲を睨んでいる。と───黒雲の一部が垂れ下がり始めた。「・・・マズイ」
佐多が叫ぶ。「皆さん、マズイ────来た!ヤツが来た!そこに降りてくるぞ!!」
黒雲が更に伸びる。まるでTVで見た竜巻だ。地上目掛けてヘビの様に降りてくる。
佐多の警告に、一人、二人と、次々と逃げ戻ってくる。しかし──────「あっ!?」

老人がまだ居る。吹雪をものともせず、少しづつ氷壁に近付いていく。
「戻って下さい゙少尉゙!其処はヴァルハラなんかじゃない─────────凍りついた地獄だ!!」
雪で真っ白な老人。睫毛が凍り、されどなおも氷壁へ。手を氷中の飛行船へ伸ばす。
「少佐、私も、  ・・・・・私もヴァルハラに──────  」
そこで、老人の姿は黒雲に呑まれた。

ついに地上に辿り付いた黒雲の渦。やがて黒雲が膨れ上がり、霧散して、中に在りしモノが姿を顕す。
氷山の如き脚、吹雪の如き翼、氷柱の如き牙、万物を凍てつかせるその眼光─────「来た」佐多が呟く。
「   ・・・───ペギラが来た」
56第X話 北緯270度を越ゆ:2006/04/17(月) 23:30:20 ID:fDZvJXz90
「に───逃げろ!」誰とも無い掛け声。その場の全員が一斉に逃げ出す。
背後から恐るべき雄叫び。と同時に猛吹雪の突風が駆け抜ける。何人かの叫び声が宙を舞い、何処かに消えた。
必死に駆ける記者。佐多は?──────居た。何かを手に持っている。
「ふんっ!」思い切り背後に何かを投げる。吹雪に巻かれ上空に飛び上がったと思うと、
ドン!爆発音。何かが辺りに撒き散らされた。同時に再び雄叫び。
駆け寄る佐多。「さ、早く飛行船に」「い ・・・今のは!?」「手榴弾にあの苔を巻きつけたモノです」
手榴弾はあのハイジャック集団から拝借物。「あの苔は、あの怪物の弱点なんです」

操縦席に駆け込む佐多。「早く!出してください!」
指導するエンジン。「係留索は!?」「構わん、ぶった切れ!」急速に上昇していく飛行船。
船長が聞く。「何処へ行く気だ」佐多が応える。「南へ────とにかく南へ!逃れる為に」
飛行船の尾部。「・・・!あれは────」針葉樹林の彼方。氷の城塞付近から、
黒い吹雪が空中へ舞い上がった。

「佐多さん」記者が問う。「一体此処は何なんです?一体何処なんです!?」
「お答えしたでしょう。ヒュペルボレイオイ、極北の彼方の楽園、だった所です」「だから───」
「────まだ、気付きませんか」外の風景を指す。あの、違和感のある風景。
「────あの、地平線の形」       ・ ・ ・ ・・・────地平線の丸みが、
気付いた。     ─────逆だ。
その形は、まるで、球体の内側の様に。では、此処は───────・・・

「あんた───────、一体何者だ」記者が訊ねる。
もし此処が、記者の思い描いた通りの場所なら、そんな所に楽園が有ったと云うなら、
その場所と、其処に棲む怪物を知り尽くす、この男は────────・・・

「墓守ですよ、最後のね」佐多が、答えた。
57第X話 北緯270度を越ゆ:2006/04/18(火) 01:15:23 ID:KERG8TyV0
現在の゙電子羅針盤゙の表示。『北緯215度5分 西経31度0分』
「゙黒い吹雪゙は!?」「付いてきています、まっすぐこちらに」「くそ・・・・!!」
舌打ちする船長。もう燃料は残り少ない。先程の手も通用するかどうか────

「私の曾祖母の実家は、フィンランドの古い家系、ヴォーテックス家でした」
佐多章五郎。彼の実家に伝わる古い伝説。亡くなる前の曾祖母より聞いた話。曾祖母で実家の血筋は絶えた。
継いだ家督と屋敷。そこに有ったのは秘蔵の書物。奇妙な家紋。そして、裏山の禁じられた墳墓。
其処で、男は己の家の謎に魅入られた。
「昔、ナチスと関わりも有ったらしい─────曾祖母から聞いていました」
謎をこの眼で確かめる為の企み。ネオナチや、神秘主義者や、観光気分のブルジョアも巻き込んで。

窓の外が暗くなっていく。゙黒い吹雪゙だ。窓がガタガタと唸る。
「じゃあ、ハイジャックもネオナチも────」「この飛行計画でさえも、全て私の仕組んだことです」
突如、強い衝撃!船体が傾き、あちこちで悲鳴が上がる。記者も転んで頭を打つ。
佐多が手を出す。「巻き込んで、申し訳有りませんでした」─────手の平に、小袋一つ。
「お守りです。離さないように」そのまま、佐多は正面VIP席の方へ。

「うおお・・・!!」船長の視界の端。『北緯269度4分 西経32度4分』

「佐多さん────」記者の呼びかけ。「──────お別れです」佐多が振り向く。
「大丈夫、故郷に帰るだけですよ」

窓がバキバキと波打ち、一気に砕けた。
船内に氷雪と暴風と黒雲が侵入する。見えない。何も見えない。
只、怒号と悲鳴と咆哮と─────真正面に、巨大な怪物の眼。氷柱の如き牙。巨大な翼が羽ばたく。
そして、黒雲。
58第X話 北緯270度を越ゆ:2006/04/18(火) 21:55:56 ID:XrgxpC3v0

何故か、天井を見つめていた。

起き上がる記者。周りを見回す。黒雲は消え、割れた窓の向うには晴れ渡る空が広がる。
「ここは───・・・・」と、突如襲う身震い。寒い。恐ろしく寒い。手近に有るカーテンを引きずる。
息が白い。

『・・・・・───ザザ・・・・   ・・・こちら、・・・基地所属────・・・・  ・・───』
雑音混じりの通信音。『   ・・・───気象観測機、LL17、応答せよ  ・・・   』
真っ白になった手が伸びる。通信機を震えながら掴み、口元へ持っていく。
「こちら、観光飛行船、゙シャイコース号゙・・・どうぞ」白い息を吐き散らしながら、応える船長。
「・・・こちらLL17、何故ココに居る・・・───  ・・・上空だぞ』
横目で電子羅針盤を見る。『南緯7度2分 東経29度5分』
「・・・ふ、ハハ・・・・・」含み笑う船長。ついた白い溜息は、安堵からだろうか。

外を飛行機が飛んでいる。眼下には、どこまでも真っ白な大地。
飛行機の横っ腹に文字。『 南極  昭和基地 』   ・・・・・ああ、そうか。そうだったか。
何処か納得した顔で、床に倒れこむ記者。



結局、そのまま飛行船は昭和基地まで誘導、何とかブリザードにも巻き込まれずに陸に帰還した。
乗員乗客ほぼ全員が重度の凍傷にかかり、何人かは手足を無くしたという。
記者自身はそこまででは無かったものの、かなり重症だったらしい。半月ベッドの上だった。
軽症だった者は船により帰国。今回の事件については結構マスコミも騒いだらしい。
まあ、邦人乗客は自分一人だけだった訳だが。
59第X話 北緯270度を越ゆ:2006/04/18(火) 22:46:45 ID:XrgxpC3v0

自分一人?

いやまて、もう一人居なかったか?

衛星放送のニュースをよく見る。 ・・・矢張り、乗客名簿に邦人は記者一人だけとの事。
「・・・・佐多は!?」ベッドから起き上がる記者。看護師が押さえに掛かる。
「佐多は?彼は何処ですか!?佐多章五郎、彼は一体」「日本人は貴方だけですよ、ほらチョット」
「じゃあ、あのネオナチの老人は!?アル中外人は!?親子連れは!?」
「老人もヨッパライも、子供だって収容してませんよ。乗客名簿にも無かったようですが」

脱力した。看護師に寝かされ、布団を掛けられる。
電気が消された。窓がガタガタ鳴っている。外は吹雪。今南極は秋らしい。
佐多も、あの奇妙な世界も、あの怪物も、只の夢幻だったのだろうか?

ふと、ポケットをまさぐった。何か入っている。最後に渡されたあのお守りだ。
紐を解き、中身を出す。あの『苔』だ。まだ、持っていたのか。




帰国の船に乗る当日、あの苔を『佐多章五郎』実在の証拠として基地隊員に聞いてみた。
応えは、否。逆に何処で拾ったのかと問い詰められ、没収された。

これは南極に自生する苔の一種で、そのあたりでも採取出来る。
彼の実在の証拠には足りる筈も無い代物、だそうである。
60第X話:2006/04/18(火) 23:06:00 ID:XrgxpC3v0
足踏み外しました。

人生転落中( ゚д゚ )
61名無しより愛をこめて:2006/04/19(水) 07:27:55 ID:S32SMjg00
ペギラをメイン食材にして、隠し味にクトゥルー神話と……。
結構なお味。
堪能させていただきました。
それにしても相続うんぬんはダーレス系の十八番だとおもってたら、シャイコースとは…なんとマイナーなものを(笑)。

人生がんばってください。
62名無しより愛をこめて:2006/04/21(金) 02:35:30 ID:ZfSIQL030
age
63第X話 錆び付いた橋:2006/04/22(土) 00:09:13 ID:/J0+lx6B0

ポンポンポンポンポンポンポン・・・・・・・・・
白いモヤ。穏やかに波打つ水面。単調なエンジンの音。磯の臭い。

春先の瀬戸内はモヤが多い。時には濃い霧となって船舶の行く手を阻む。
モヤの向うにうっすらと巨大な人工の影が連なる。幾つも有る頂きに光る赤い警戒灯。
それを眺める白髪の親父。ふところからカイロ代わりのコーヒー缶を出した。既に冷めている。

「なァに見てんだ、親父」息子が漁船の操舵室から顔を覗かせる。
「・・・、いんやぁ」缶を開け、くいと呑む。「橋、何か変わってんのか?」「いんやぁ」
もやに浮かぶ瀬戸大橋のシルエット。その異様はまるで並び立ち尽くす怪物達の如く。
「 ・・・・・変ったわ、なあ」「?何か云ったか親父?」「いんやぁ」
コーヒーを一気に飲み干した。溜息をつく。まだ息が白い。確かに、まだ3月下旬だ。
ぼんやりと吊橋の姿を眺める親父。ぶるると震えた。「無理すんなよ、入ってろって」息子の進めで船室に入る。

「    ・・・・・ん?」見回す息子。どうももやの雰囲気が変った。
色が付いている。薄青いもや。どんどん濃くなり、既に辺りが暗くなっている。「何だ・・・・?」
突如、眼に強い刺激。同時に喉に激痛。「!!?っくぁ・・・」折れるように倒れる。
激しい咳き込み。涙が止まらない。と、前方に湧き上がる海水の飛沫の音。「お、親父────」

バキバキ!「う、うわわわわあぁ」突如ひっくり返る船室!同時に船体に赤黒い何かが突き刺さる!!
なだれ込む海水!真っ二つに割れる漁船!飛沫と泡を立てて沈没していく。その中を通過する物体。
水面に顔を出す親父。息を吸い込んだ瞬間─────「うっ!? ガハ、げは」
強烈な刺激臭。眼にも激痛。思わずそのまま海中へ潜る。その目の前に、─────浮かぶ息子の身体。
仰天し泳ぎ寄ろうとする親父の前に、泡沫と巨大な物体が割り込んでくる。
赤黒い、巨大な、それはまるで───────────錆びた鉄塊の怪物。
64第X話 錆び付いた橋:2006/04/23(日) 20:44:10 ID:hh3zhFPS0
片田舎の波止場。背後に中途半端な空き地の有る工業地帯。ボロいベンチが一つ。

歩きながらタバコを取り出す変人女。ライターを探そうとして・・・足に何か突っかかる。
コンクリートの破片。よくよく見ると、波止場のコンクリが海に崩れたまんま、完全放置されている。
注意の看板も無く縄すら張っていない。舌打ちして避けて歩く。響く潮騒。
やがてベンチを見つけるとドカっと座り、ライターを見つけた。火を付ける。紫煙が立つ。

「お若い方が、どしたんですか?」横を見た。老人が座っている。いや、中年の男性か?
しかし髪が真っ白だ。微動だにせず海を見つめている。
「・・・いや、食後の休憩」咥えタバコのまま答える変人女。
「そこのウマイって云うさぬきうどん食ってきたんだけどね、正直微妙で」「どんなんでした?」
「んー、マズい。つかファミレスで食ったほうがマシだったわ」くすくす笑う男性。
「まああそこは観光客向けですからね、この先の山ん方にもっといい店有りますよ」「ふぅん」

「で、おっさんは何してんの?」脚を組みなおす変人女。「・・・・いや・・・」老人に表情は無い。
「・・・・・息子をね、最近海で妙な死に方させまして」 大きな波が砕ける。
タバコを口から外す。「・・・聞かない方が、良かったかな」「・・・いえ、結構ですよ」

「あ────、ところでェ」大き目の声。「あそこのバス停、中々来ないけど遅れてるんですかねェ?」
「廃線してますよ、あそこ」「・・・・・あ、そ」タバコを捨て、足で揉み消す。さらに背伸び運動。
「じゃ、歩いてきますか」立ち上がる変人女。「お邪魔で」「いえいえ」
幹線道路へ歩いていく。その背後にヘリの音。湾を挟んだ向こう側の工業地帯だ。
65名無しより愛をこめて:2006/04/24(月) 10:13:00 ID:tDuhBaHe0
新作期待!支援!!
66第X話 錆び付いた橋:2006/04/26(水) 22:22:08 ID:mv3KzTct0
「なんだー?こりゃあ」アスファルトを歩く刑事。其処は、湾岸にある工場の社員用駐車場。
アスファルト上の多数のタイヤ跡。「で、昨日の晩の状況は?」
昨晩、残業を済まし帰宅しようとした事務員が第一発見者だという。自分の車も無かったそうだ。
「で、詳細は?」「いえ、まだ・・・・」「何だ、事情聴取してないのか?」
「いえ、入院中なんです。何でも何かのガス中毒らしいんですが・・・」眉をひそめる刑事。
タイヤ跡は、全て近くの水際で消えていた。


「あ、んん。そう。ごめんね?一人にさせちゃって。チーコちゃんにおみやげ買ってくるから」
「チョットワスレナイデクダサイヨクソイソガシイノニメンドウミテルワタシノ───」小坂の大声が電話口からも響く。
「分った、分ったからもう!チーコちゃん、ごめんね切るよ〜」受話器を置く。
電話ボックスから出てくる変人女。そのままぶらぶら公園を歩いていく。
突っ切った先は堤防。向うには巨大な吊橋が見える。端の先は霞んで見えない。
タバコを出し、また一服。  ・・・・・と、先程の電話での会話を思い出して、くすりと笑う。
「・・・・・あたしゃ子持ちのおかんか」そのまま堤防沿いに歩き出す。

この間の事を思い出す。
ビルの屋上で記者と話しをした時の事。心配する記者に対しての邪険な態度。去った後に呟いた言葉。
『  ・・・・・──── 一人ぼっちよ、今までも、これからも』

その言葉を聞いていたかのように、雑誌記者は北極一週取材旅行へと行ってしまった。
勿論自分のせいではない、だろうが──────・・・・・何を思ったか、気がつけばふらりと一人旅。
 ?傷心旅行? 「  ・・・・んなバカな」またくすくす自嘲する。

突如、海側から低空飛行のヘリ。突風に軽く咥えていたタバコが吹っ飛ばされる。ヘリは山向うへ消えた。
眼鏡に付いた海水の水滴を拭く変人女。「なーんだ、ありゃ・・・」
67第X話 錆び付いた橋:2006/04/27(木) 01:34:42 ID:iYq/g9Ct0
無線の音。『現在周辺海域には異常は認められず』「了解、帰投して下さい」
机の上に灰皿。まだ紫煙が立ち昇る。「・・・どう思う」「・・・矢張り、悪戯かと思いますが」
爪を噛む制服の男。「起こった事件を繋ぎ合わせた嘘に過ぎんよ、調査は中止したまえ」
「通報者は?」「坂出市内の公衆電話からでした。住所連絡先他は聞き出す前に切られましたが」
「名前もか?」「いえ、確か名前は──────────゙綾窪゙、と」

海の見える小高い丘。市街中心地からは外れ、周辺には畑や竹薮が有る。
その中腹の古びた一軒家。老人が玄関を開け帰ってきた。靴を脱ぐ。
「じーちゃーん、お帰り〜!」走り出てくる子供。「おおよしよし、ただいま」頭を撫でる老人。
「じいちゃん、今日は海どうだった?」「うん、いつも通りだったなあ」「ふうん」
古びた木目廊下を手をつないで行く。奥には畳みの間と仏壇。遺影にお菓子が供えてある。
「じいちゃん、おなか空いた!」「よしよし、ご飯にしようなあ」

駅前の旅館。畳み部屋で机に突っ伏してTVを見る変人女。番組はバラエティ。
面白くとも何とも無い。音量を大きくしたり小さくしたり。その内、電源を消す。
「お客さん、お食事ですよ」「ああ、はい」起き上がる変人女。ほっぺたが赤い。
膳が並べられる。「お客さん、お一人で観光ですか?」「?ええ、まあ」食べながら答える。
「よくもまあこんな何も無い所に・・・」「何も無いって、そんな」くすくす笑う女将。
「表の商店街、見ましたか?シャッターだらけでしょ」 ・・・確かに、開いている所は少なかった。
駅と駅前広場、それにデパートは立派だが、その他の町並みが何と言うか活気が無い。
駅前から入ったアーケードなぞパチンコ屋と銀行、後は老人達の経営する零細商店位しか無かった。

「今日はお客さん一人だけですしね、付き合ってくださいな」女将の世間話。
元々製塩業で栄えたこの街。高度成長で塩田を埋め立て工場を誘致し、かなり栄えていたという。
バブル絶頂期に瀬戸大橋が開通、更なる発展、希望と夢。しかし─────
バブル崩壊と共にやがて衰退。今では市なのにこの前の合併ブームで周辺市町村から無視される有様だそうだ。
68第X話 錆び付いた橋:2006/04/27(木) 02:51:33 ID:54H3dYxr0
それでだろうか。コンクリートの崩れた岸壁。今日居た海辺の公園も草ぼうぼうだった。
「若くて賢い人らは皆都会へ出て行って、残ってるのはバカと老人だけですよ」
苦笑いする変人女。「いや、バカって・・・」またくすくす笑う女将。「じゃあ、今のはナシで、ね?」
話は終り、女将は出て行った。既に夜も更けた。外は駅前というのに、恐ろしく静か。


夜の瀬戸大橋。ライトアップされる吊橋。その外は、闇。
本日最終便の列車が走る。すし詰めの自由席車両。昇降口付近に女子高生。MDを聞いている。
外の風景を眺める。遥か向うに工業団地の灯りが見えた。小さな灯りがタンクや鉄塔に光る。
其れはまるで星空の城。遊園地のイルミネーションの様だ。
と──────────光が隠れた。何かが遮っている。少しづつ大きくなる。
近付いているらしい。どうも橋の真横近くにその物体は有るようだ。通り過ぎる瞬間──────
  ─────見えた。ビクッと驚く女子高生。他の乗客も気付いたか騒いでいる。
その時見えたのは、鉄錆色の赤茶けた、明らかに何かの゙顔゙だった。


翌朝。編集長に連絡してみた。まだ雑誌記者は帰って来てないそうだ。緑の電話を置く。
「携帯、お持ちじゃないんですねえ」朝からニコニコ笑いの女将。「ああ、忘れて来ちゃって」
忘れた?わざとじゃなかったか? 己のとっさの言い訳に、憂い顔の変人女。
それを見て、更に明るく振舞う女将。「そーそー、お客さん瀬戸大橋通りました?」
「?そりゃまあ」「最近ね、瀬戸大橋って変な噂多いんですよー」どうも暇でなくてもおしゃべりらしい。

ここ最近、瀬戸大橋を通行する自動車や鉄道から、奇妙なモノが目撃されているという。
まず、橋から覗く海に立ち昇るうす青いもや。更に海中に見えるのは赤黒い゙物体゙。
感じとしては錆びきった沈没船と云う感じ。そして──────「──────顔!?」
「顔と言うか眼というか──────そんなものが見えるんだって」
69名無しより愛をこめて:2006/04/27(木) 14:33:17 ID:OVPfABklO
うんちんちんぶりぶり
70名無しより愛をこめて:2006/04/27(木) 21:26:39 ID:CrH0nyKz0
応援です。
71第X話 錆び付いた橋:2006/04/28(金) 01:59:47 ID:keXOGh+T0
「はいこちら善通寺自衛────はい?」電話を取る自衛隊駐屯地の事務員。
「いやあの────だから何が」「怪獣来るよ」「はあ?」「ルビゴンが来るよ」
子供の声。男の子だ。「君ィ〜、この前もそう云って来たでしょ。悪戯は止めなさい」
「キビノアナウミで倒されたルビゴンが蘇るよ」「はいはい、んじゃ」回線の切断音。

スーパーの買い物袋を下げた老人が玄関から上がる。「・・・・?、おうい」
子供の姿を探し、襖を開ける。仏壇の間に居た。「あ、じいちゃん」「おうおう、ここに居たか」
頭を撫でる。「ほらおやつ。ポンポン菓子だぞ」「うあー!」「一緒に食おうか」
縁側での一時。麦茶が盆に二杯。老人が子供を膝に抱え、子供が菓子を膝に抱え。
「じいちゃん、何かお話してー」「うんうん、何がいい?」「怪獣のサカナの話ー!」
「よしよし、じゃあいいか〜   ・・・・昔むかし・・・」


また海辺のベンチでぼうっとしている変人女。寝っ転がり本を読む。
・・・・・沖を観光船が通りかかる。古い帆船を意識したデザインだが、アナウンスがうるさい。
大きく溜息をついて寝返りを打つ。やっぱり煩い。やっと行ったと思ったら今度は観光バス。
「島まで来たのに────」見上げると、其処には巨大な鉄橋。瀬戸大橋の袂。
横には島には似つかわしくない巨大な駐車場とパーキングエリア。「────何処行っても同じか」
それにしてももやが晴れない。太陽は出ているが、妙な気分だ。

目の前の本に眼を向ける。キヲスクで買った県の民話集だ。
・・・・・・・昔、讃岐の国の近海に怪魚が出た。鯨程も大きく、毒気を吐き、船を飲む。
其処に来た日本武尊、船団を率いて戦いを挑む。一度は飲み込まれたが中より腹を裂いて倒す。
しかし毒気に侵された命と兵士達、救ったのは清水を持った一人の稚児。
それこそ横塩明神の化身であり────・・・・・・・そこまで読んで、目の上に本を置く。
「古事記にも日本書紀にもあるでしょが、そんな話」
72第X話 錆び付いた橋:2006/04/28(金) 03:43:05 ID:keXOGh+T0
何処かでヘリの音がする。昨日の海浜公園といい、しょっちゅうヘリが飛んでいる。
一緒に観光船のアナウンス。うるさい。眉間に皺を寄せながらの昼寝。
  ・・・───────────静かになった。ヘリの音は遠ざかる。観光船は・・・・
「ん?」何この臭い。何処かで嗅いだ事の有る───
『ひああっ』バツン、ヒュ──────・・・  観光船から妙なアナウンス。顔上の本を除け起き上がる。
うっすら霞む観光船。周囲は青みかかっている。その船体がゆっくり傾き────「・・・何、アレ」
────巨大な赤錆色の何かが乗り上げた。

騒ぎ始める周辺の観光客。観光船はパニック状態らしい。次々乗客が船から海へ飛び込む。
船首がこちらへ向いた。誰か、あの状態で操船を?と、海に飛び込んだ乗客たちが─────
動いていない。救命胴衣を着けている者も。少々もがき苦しんだ後、そのまま浮かんでいる。
船周辺には相変わらず青い霞み。そしてこの゙臭い゙─────────・・・・「・・───まさか」
と、先程のヘリが近付いてくる。この異常事態を察したらしい。「!?マズい!」
必死で合図を送る変人女。手を振り、近付くなとのジェスチャー。しかし─────
旋回中のヘリのエンジンから爆発。そのまま観光船横の海面へ落下した。

「────通信途絶!?」手に持った灰皿で煙草を揉み消す。
「はい、最後の通信で、与島周辺を航行中の観光船に異変発生、接近すると───」
「まさか・・・」「応援を出せ。目標゙異常事態の観光船゙を視認せよと」「了解」
椅子にどっかと座る男。「もし────あの通信が本物だったら」「我々の出番ですよ、第14旅団殿」

「ぶつかるぞォ───!!!」誰かの大声。その声と共に観光船が岸壁に激突する。と────
止まっていない。そのまま舳先が持ち上がり、船底部分をさらけ出し───岸壁上に横倒しになる。
何処からか、金属の軋む音。そして気体の噴出す音。
観光船の陰から、巨大な赤錆色の物体、いや怪物が現れた。軋みながらずるりと這いずる。
まだ身体半分が海中に有るらしい。ずるずると長ったらしい部分を海面から引きずり出す。
73第X話 錆び付いた橋:2006/04/29(土) 02:50:35 ID:iHY8hatR0
慌てふためく観光客達。一目散に逃げていく。「おいあんた!こっちだ!」「え?ひえっ」
誰かに腕を捕まれPAの建物へ連れて行かれる変人女。自動ドアが閉まる。

怪物が全容を現した。姿は巨大なエイにオタマジャクシの様な尾が付いたという様相。
だが────その構成要素は波打つ鰭と粘液ではなく、赤く錆付いたスクラップと鋼線。
出来の悪い前衛芸術作品のようだ。錆びきったトタン板の様なヒレを波打たせ、這いずる。
蠢くたびに全身の鉄屑の隙間から、薄青いガスを噴出した。

怪物がPAの窓の前で止まった。ギチギチと金属が擦れあう音がする。
「あ、ちょっとアンタ」変人女が低い姿勢で窓辺へ這いずる。外は相変わらず薄青いもや。
 ──────金属の響きと共に、赤錆びだ顔゙が降りてきた。
「ヒッ!?」驚きざわめく人々。後ずさる変人女。゙顔゙には首の様に蛇腹状の金属が続いている。
向うからもざわめき。薄い壁を挟んだ店舗側にも゙顔゙が現れたらしい。奇妙な゙顔゙が二つ。
屋内をまるで物珍しいモノの様に、゙顔゙の視線が舐めまわす。そのうち、ひょいと引っ込んだ。

「おい、今の内に」数人が自動ドアから出ようとする。「あ!止め──────」
云うが早いか、外にでた瞬間咳き込み始め、倒れる。「皆さん、高いところへ!」変人女が促す。
人々が少しづつ階段を登っていく。1階の床を這う薄青い気体。
2階食堂に上がる。と、窓の外、もやの向うに────「・・・ヘリだ」


「確認しました。未確認物体が観光船を破壊し与島PAに上陸中、被害者多数のもよう」
「生存者は?」「今の所確認─────いえ、PA建物2階から合図らしきものが見える、との事」
「いいだろう。遠巻きに監視を続行させろ」後ろを振り向く男。一人だけ制服が違う。
「宜しいですかな」「しょうがなかろう、緊急事態だ。反対の理由は無い」頷く男。
「では─────これより陸上自衛隊第14師団は、我々特殊災害対策本部の指揮下に入って頂きます」
74名無しより愛をこめて:2006/04/29(土) 17:53:26 ID:v7CwwCwN0
応援いたちます
75第X話 錆び付いた橋:2006/04/30(日) 01:47:17 ID:xGXdurSy0
縁側でぼんやり庭を眺める老人。庭の桜も散り、すっかり葉桜となった。
後ろから子供の声。「じいちゃん」「・・・・・何だい」「そろそろ、行かなきゃ」
少し口をもぐもぐさせる老人。少しして、「・・・・・そうか」少し笑う。
「ごめんね?」「・・・・・いや、今までありがとう」少し寂しげな老人の眼。
「─────────ありがとうな、シュウタロさん」誰も居ない、仏壇の間への言葉。


窓からタオルを振る変人女。ヘリから鏡の反射。「・・・!気付いた!」
と、ズン、ズシン。向うから地響き。「キャアあー」「何!?」怪物が蠢いている。
何と────────ギヂギヂと音を立てながら、鉄骨の様なモノが脇腹に生えてきた。計4本。
たどたどしく動かしながら、やがてそれで────「這ってる────・・・  ・・・脚!?」

『いいか、先遣のヘリが撃墜されている。安全が確認されるまで距離を置け』「しかし、生存者は」
『繰り返す、距離を置け』冷たい指示。舌打ちするヘリの隊員。「・・・・トクサイが」

上空を旋回するヘリ。「何してんだよう、早く助けてくれよォ」ぼやく男性店員。変人女が制する。
「さっきヘリが一機墜落してます。安全が確認されるまで待機してるんでしょう」
ズン、ズン。青みかかった霞みの向うで足音が響く。怪物があの二つの゙顔゙を駐車車両へ伸ばす。
スルリと頚が縮み、怪物の頭部の孔に収まった。「アレは・・・・・眼か」
と、怪物が車両の上に圧し掛かる。バキバキと音が鳴り、通り過ぎた後には跡形も無い。

「くそ・・・・・まだか救助許可は」苛立つヘリの隊員。と、「!?怪物が!!」
橋への高速道路を登り始めた。単なる鉄骨だった四足に関節が出来、トカゲの様に這いずっていく。
「怪物が島を離れ始めた。救助活動の許可を!」『まだ許可は出来ない、今しばらく待て』
「しかし、一刻も早く生存者を」『繰り返す、許可出来ない』
歯軋りするヘリ隊員。「!!・・・・糞トクサイがぁ!!」
76第X話 錆び付いた橋:2006/04/30(日) 03:32:36 ID:0StOj/EA0
急旋回し島へ近付くヘリ。『待て、接近はまだ許可していない。速やかに退避しろ』
「待っていられるか!黙ってろ冷血野郎!!」目指すはPAの駐車場。うす青いもやに突っ込む。
しかし─────「!?ローターが・・・」煙を上げるエンジン部分。
更に隊員自身も咳き込み始める。「こ・・・・コレ・・・ハ!?・・・」霞む視界。止まらない涙。
傾いたと思うと─────そのまま駐車場に墜落!ハデな程の爆炎を上げ炎上する。
それを尻目に、遂に橋本体に登りきる怪物。既に脚は巨大な錆び色の鉄柱と化していた。


高速ICの『瀬戸大橋事故の為通行禁止』の電光表示。その下を自衛隊の特殊車両が通過していく。
駅の『前面通行止め』の表示板。屋根の上を自衛隊のヘリが通過していく。

街の岸壁周辺。大勢の人々が群れ集い、ライトアップされた瀬戸大橋を見物している。
周辺には相当数の特殊車両、船舶、ヘリ。岩国と神戸からも応援が来ているらしい。
ちょっと離れた小高い所で見物する変人女。後ろを避難勧告を告げる広報車が過ぎる。
「あ───・・・頭痛ぁ」芝生の上に腰を落とす。「無事逃げ出せたのは良かったケド」
座ってタバコを吸う。「 ・・・こんなトコでまで怪獣騒ぎ、ねェ・・・」もううんざり、という顔。
目の前では野次馬が騒いでいる。避難勧告が出ているのに屋台まである。お祭気分だ。

「なあ、お姉ちゃん」横から声。「なんで自衛隊攻撃しないの?」
「橋、壊すの恐いんじゃないの?道路公団と県からも要望が有ったそうだし」視線を向けずに答える。
「ちょっとならいいんじゃない?壊さないぐらいで、弱点に一発とかさあ」
「・・・・あの怪獣の出す薄青いガス、何だか知ってる?」


「・・・・・オゾン?───あのオゾン層の、オゾンか」「はい、しかも高濃度の」
猛毒、燃焼促進、高酸化作用の毒ガス。それをあの怪物が発生させているという。
77名無しより愛をこめて:2006/05/02(火) 03:47:54 ID:lVzlS6gE0
age
78第X話 錆び付いた橋:2006/05/04(木) 05:08:17 ID:t6T3Gu4f0
「オゾンって?」「ん〜、酸素の同位体・・・・・って、分からんか」
咥えタバコのまま頬杖をつく変人女。ライトアップされた橋を見ながらの説明。
燃焼促進作用により火器や内燃機関の近接使用は不可。ミサイルも燃料に影響が出る。
薄青いもやに入ったヘリが墜落したのも恐らくコレが原因。
「もし、この状況で攻撃を加えるならば─────────」

「遠距離からの砲撃か」「弾も限定されます。橋への被害を考慮すると信管無しになるかと」
工場用埋立地の広い空き地に据えられた自衛隊指揮所。すぐ脇に瀬戸大橋の橋脚が立つ。
「戦車、自走砲での攻撃はかなり限定的になります」「海上、空中からの砲撃は?」
「吊橋のワイヤーが邪魔です。相手の脚を止めるか、ワイヤーの無い位置へ誘導するか────」
何キロか先の海上。かなり離れた所からライトアップされた吊橋。
   ・・・・・そういえば。「トクサイの奴は?」「さあ、何でも本四公団に話があるとか」
   ・・・・・現場を放っといてか?「────全く」舌打ちの音。

橋上を這うように進む戦車。夜になってまたもやが出てきた。遠くに怪物の姿が霞む。
やがて停車、無線連絡。『各車両、展開終了』「目標は?」
空中のヘリ。光が薄青いもやと錆色の巨体を照らし出す。『作戦地点手前の橋脚下を通過』
「────のんびりしてやがんな」既にかなり様変りした怪物。爬虫類の様に横にうねる。
あの゙顔゙がからくり仕掛けの様にクルクル動いた。奇妙な事に首が無い、というより頭部が無い。
実に滑らかに、鉄骨の様な脚を動かす。

『作戦位置まで50m』ヘリからの通信。双眼鏡で怪物を観察する。
『作戦位置まで20m』海上には数隻の艦船。空中には戦闘ヘリが待機する。
吊橋の橋脚と橋脚の丁度中心。最もワイヤーが下がり、橋上が外部から丸見えになる地点。
『作戦位置まで10m』戦車砲塔内からでも見える怪物の姿。ガスマスクの呼吸音が響く。
『───────目標、作戦位置』
79第X話 錆び付いた橋:2006/05/06(土) 01:38:02 ID:4ScdFzxg0
「ていッ!!」
戦車と自走砲による一斉射撃!同時に海上、空中からも同時攻撃!怪物への十字砲火!!
指揮所から見える砲火。双眼鏡で覗く面々。「・・・・・撃ち方止めィ!!」
「────怪物は?」煙が晴れる。そこには─────剥れたアスファルトと、砲弾跡と────

無線。『上だ!!10時方向!!』「何!?」
何と吊橋上方ワイヤー部分に張り付く怪物の姿!視認したと同時に、『う、うあああッ!?』
先頭の戦車の上に降って来る怪物。そのままバキバキと音を立てて────『た、助け───・・・』
戦慄する後方車両乗員。「野郎、戦車・・・・喰ってやがんのか!?」
『退避!ガス圏内から離れろ!!』バックし始める戦車。それを捕らえた戦車を抱えて追う怪物。

混乱する指揮所。「何が有った!?応答しろ!」橋を見上げる。移動するサーチライト。
『狙撃失敗、跳躍により回避されました。戦車一台行動不能です』

全速退避の後停止する戦車隊。前方に薄青いもや。その中から金属の摩擦音。赤黒い影が動く。
舌なめずりする戦車乗員。 ──────突如もやを破り跳躍してくる怪物!
「なあっ!?」戦車を捕獲する怪物。急速なバックで怪物を振り切る。
なおも掴み掛かる怪物の脚。爪が装甲に食い込む。怪物の前脚が明らかに大型化している。
バキン!!大きな金属音と共に怪物の胴体に穴が空く。同時に複数の砲撃音。
後方車両による支援だ。怪物の爪がゆるむと同時に、急速に退避する戦車。しかし─────

「!!エンジンが・・・・!」煙を上げる戦車。オゾンによるエンジン異常だ。
目の前には既に屑鉄の山にしか見えない怪物。だが────まだ動く!戦車へと向ってくる!
「全員、退避!車両を捨てて退避ー!!」即行で逃げ出す乗員。戦車に覆い被さる怪物。

「─────やったか?」双眼鏡で観察する後方車両。怪物は2台目の戦車の上から動かない。
80第X話 錆び付いた橋:2006/05/08(月) 01:44:15 ID:emv/XBoL0
『怪物が接近しています、直ちに避難してください───・・・・』
警察広報車が廻っている。警官が何人か出てきて避難をするよう呼びかけている。
立ち上がる変人女。「やれやれ、そろそろ移動しますか」「お姉ちゃんは、怪獣退治しないの?」
「何であたしが?」鼻で笑う。「自衛隊だけでケリつくでしょ。ホラ、静かなもんよ」
ライトアップされた海上の吊橋。既に砲声は消えて───────
 ズ ン! 爆発音。続いて幾つかの砲撃音。「え?」

「クソ、なんつータフな・・・・」徹甲弾を打ち込み続ける戦車隊。しかし、───
金属的な音と共に砲弾が弾かれた。驚く戦車乗員。見るとまた怪物の姿が変っている。
今度は背中が胴体が丸みを帯び、テントウムシの様な形態だ。その装甲が全てを弾き返す。
「・・・指揮車に報告!また怪物が変化した!!徹甲弾が効かない!!」
背後の自走砲からの支援砲撃。急速に後退する戦車隊。既に橋脚一つ分は距離を離した。
『次の橋脚間中心部でヤツを釘付けにする!今度こそ仕留めろ!』照準を合わし始める砲塔。
  ─────突如オゾンのもやから突進してくる怪物!!
「何ッ!?」準備し終えた戦車が砲撃するが弾かれる。そして橋脚間中心部を───
ギャロップによる跳躍で越えた!!──────そのまま戦車隊中心に着地!
戦慄する戦車乗員。怪物腹部から大型掘削ドリルの様な口器がはみ出す。

「・・・いかん!乱戦状態か!?」もうもうと埃煙の立つ橋上。金属のぶつかり合う轟音。
と、砲撃音が数発。機銃の発射音もする。「ガス圏内で砲撃するな!砲身の劣化が早まるぞ!」
通信を送っても応答が無い。先遣戦車隊の居た辺りで怪物が立ち上がる。
既にその脚は長く伸び、巨大な鉄柱四本が立っている様。まるで首の無い゙馬゙だ。
脚の先には蹄の代わりに巨大な鉄球。やがて並足程度で歩き始めた。
怪物後方、足回りをやられ動けない戦車。────だが、砲塔がゆっくり動き、照準を合わせる。
砲撃一発!!金属音と共に弾かれる。   ・・・・・振り向く怪物。
こともなげに、砲塔は鉄の蹄に押し潰された。
81第X話 錆び付いた橋:2006/05/10(水) 04:38:36 ID:WTXAUEXU0
あっけに取られる変人女。「・・・・・何あれ?───変態、してる?」
「進化してるんだよ」また子供の声。今度は背後から。「進化の道を辿ってるんだよ、あの鉄錆は」
警官がどんどん増えている。野次馬を強制退去させ始めた。それにも動じない変人女と、子供の声。
「お姉さん解ってるんでしょ?あの怪物の事」「─────見当は、付いてるけど」
「弱点も?」「まあね」「じゃあ早く自衛隊の人に報せなきゃ、ね」
向うで、野次馬と警察官数人が衝突した。罵声がこちらまで届く。

   「・・・あんた───────・・・・名前は?」「怪獣の方じゃなくて?」
子供が、背後で笑ったような気がした。「それじゃ用事有るから、またね、お姉ちゃん」背後から消える気配。
『怪獣の名前ばルビゴン゙、僕の名前ば綾窪修太郎゙だよ』
移動する野次馬に巻き込まれながら聞いた最後の声。その群衆の中に、一瞬────────
小さな子供の、後姿。


橋上を進撃する怪物。あと少しで吊橋が終わる。しかしその先は────工場地帯。
既に怪物には攻撃の効果が無い。硬い体表で弾かれるばかり。後退を繰り返す戦車隊。
「このままだと危険です!工場地帯に上陸されたら────」焦燥する自衛隊指揮所。
と、指揮所に直接連絡。特殊災害対策本部の男から。「貴様、作戦に参加もせず何処に!!・・・」
「ようやく国土交通大臣の許可が下りましたよ」「・・・・・は?」
「県も市も説得に応じました。作戦による橋の破壊に関し、自衛隊に責任は問わないそうです」

「・・・?」「゙トクサイ゙は何と?」また砲撃音。近付いている。
「全部隊に通達。本作戦による橋の破壊の許可が下りた。思う存分落とせ、ロンドン橋を!!」
どよめき、そしてにわかに騒がしくなる指揮所。手をかざし制する指揮官。
「あともう一つ、06:00までには全部隊退却、怪物から半径1km圏内から避難させろ」
一拍置いて、一言。「────米軍が介入する」
82名無しより愛をこめて:2006/05/11(木) 00:47:47 ID:ug6DhXcJ0
支援
83第X話 錆び付いた橋:2006/05/12(金) 02:54:11 ID:NSOEW+8U0
橋上を歩む怪物。青いオゾンの衣を纏いながら、人気の無い鉄のバビロンへ進撃する。
─────────空を切る音。着弾。爆炎。巨大な炎が巻き起こる。
炎を纏う怪物の装甲。焼夷弾らしくその身体を離れない。橋正面と海上からの十字砲火。
もがく怪物。砲撃は雨の如く、怪物と橋を焼き尽くす。

電話の呼出音。接続する。『    ・・・・・──────何用かね』
「お忙しい所申し訳有りません。今戦闘中の怪物についてのお報せなんですが」
『君は女性の様だが?゙綾窪修太郎゙は子供と聞いている』「────その゙子供゙の使い、ですよ」
『 ・・・・──────良かろう、話してみたまえ』

火柱となる怪物の異様。旋回をするヘリ。そのヘリを怪物の炎にまみれた腕がつかみにかかる。
──────火柱が更に燃え上がった─────・・・いや、違う。怪物が立ち上がった。
少し短い後肢で立ち上がり、長い腕を空中に伸ばして、宙を掻き混ぜる様にヘリを追う。
離脱していくヘリ。それを眼を伸ばし追う怪物。やがて見える工場地帯の光を見据えると、
ズシン。二本足で歩き始めた。

「先ずあの怪物の正体──────アレは、鉄及びその化合物を基系としだ生物゙です」
『鉄を食っちゃいるが、我々と同じ゙生物゙ということか』「いえ、───違います」『・・・ほう?」
「我々を含む地球上の生物は、皆炭素を基系として成り立っています。しかしアレは違う」
『鉄でできた、゙生物゙────ということか』「お分かり頂けましたか」

炎熱にまみれた鉄巨人が、今にも崩れそうな橋を渡ってくる。
正面戦車隊が砲撃を行う。爆炎がまた上がるが意に介さないといった所。だが───左肩の装甲が、燃え落ちた。
また一斉砲撃。炎で劣化したのか、装甲をいとも簡単に貫通する。海面へ落下する燃える装甲。
焼夷弾と徹甲弾が交互に乱射される。あまりの高熱にアスファルトが溶けている。
だが、炎の巨人は────────なおも歩む。
84第X話 錆び付いた橋:2006/05/12(金) 03:40:47 ID:NSOEW+8U0
『そのそも鉄基系の生物など、可能なのかね』「恐らく不可能でしょう、地球上の、自然においては」
『宇宙から来たとでも?』「それも考慮すべきでしょう。もしくは、゙人造゙か」『・・・まさか』
「怪物のあの身体を見て下さい。我々とは全く体構造が違う。似ているとすれば・・・・機械」
『エサを喰い、自己進化する機械的゙生物゙か。では聞こう、なぜそんなモノがオゾンなど排出する?」

怪物の体表が完全に崩れ、あらわになる腹部の中身。歯車やシリンダーにも似た構造が見て取れる。
脈打つように駆動する機関。───────そこに更に叩きこまれる焼夷弾、そして徹甲弾。
下の端から、やがて上へ───ぼろぼろとあっけなく燃え落ちてゆく腹部の機関。
怪物が落ちぬよう押さえるように腕を添えるが、その隙間を抜け、橋下へと落下していく。

「  ・・・最初は地球環境に適応する為だったんでしょう、オゾンを排出するのは」
『地球環境?』「゙酸素゙ですよ。鉄化合物なら、遅かれ早かれ酸化、劣化、そして風化してしまう」
『────その邪魔な酸素を、オゾンとして排出していたと?』
「その通り。しかし、─────そのオゾンは地球上最も鉄を保有する我々゙人類゙には有害だった」
『エサ捕獲の為の武器、ということか。だがアレでは過剰ではないかね?オゾンは鉄も腐食する』
「それがあの怪物のジレンマです」『なら何故そんな矛盾した生物淘汰されず、進化するのかね?』
「通常の進化ならそんな矛盾など淘汰される────しかし、あの怪物は天上天下、唯一無二の生物」
『回りくどいな、はっきり云いたまえ』
「たった一人では、それが過ちであっても正す事は出来ないんですよ」

すでに怪物に余計な物は殆ど無い。背後には燃え落ちた残骸が散らばる。
だが──────────怪物は立っている。その姿は、獄炎を纏う巨人の骸骨。
あの顔のような゙眼゙もボロボロと燃え落ちた。と同時に────胸の部分、胸骨状の部分から何かがせり上がる。
脈打つ機械──────怪物の心臓か?だがその外観はまるで、鋼鉄のシャレコウベ。
濃密なオゾンの霧を吐いて威嚇する。しかし────焼夷弾攻撃。
鋼鉄の髑髏にも炎が燃え移る。   ・・・───────だが、怪物は倒れない。
85第X話 錆び付いた橋:2006/05/12(金) 04:16:02 ID:NSOEW+8U0
『  ────で、あの怪物に倒し方は有るのかね』
「現行の攻撃で構いません。オゾンにより炎が助長され鉄が劣化、崩落するでしょう。時間は掛かりますが」
『時間は掛けんよ。今何処かね?近場なら離れて物陰に隠れた方がいい。────そろそろだ』

焔炎をばら撒きながら、なおも歩む鉄髑髏。鋼鉄の骨は既に熱で真っ赤に染まっている。
と、砲撃がゆるんだ。撤退していく戦車隊。海岸線の山の向うに隠れた。
艦船やヘリも後退していく。響いていた砲撃音が止み、静寂。
怪物の鉄骨の軋む音と、吹き上がる業火の音のみが静かに響く。
そこに加わる、天空の一筋の轟音。

「 ・・・・・何が始まるんですか?」
『在日米軍の支援攻撃だ。 ・・・────まあこれで、カタはつくのだろうが』

天空に吼える紅炎の髑髏。雲間に見える小さな航空機の陰。
同時に、ミサイルの様な機影が接近してくる。 ──────と、弾頭が分離した。


『対怪獣用燃料気化爆弾゙リコリズだよ』

閃光、爆発。吹き飛ぶ怪物。周辺に広がる衝撃波。
物陰でヘルメットを押さえる自衛隊員。割れる家の窓ガラス。目を剥く遠方に避難した野次馬達。
爆音が長く長く、周辺に響く。

周辺海域へ落下していく怪物の破片。わびしく炎を上げながら海面へ没していく。
ボロボロの橋の上には、かろうじて残った立ったままの怪物の後肢の残骸。
それも爆発圏内の橋桁の崩落と共に、海中へと消えていった。
86第X話 錆び付いた橋:2006/05/12(金) 05:08:57 ID:dHr/bfY/0
『さて────、一段落ついたところで、君に迎えをよこさにゃならんのだが』
「残念ですが、この電話借りモノですよ。鍵閉めずに避難した家が有ったもので。そろそろ出ます」
『そうか、残念だ。   ・・・最後に一つ、あの怪物の名前は?知っているかね』
「゙ルビゴン゙だそうです。゙綾窪修太郎゙が云ってました」『・・・そうか』
「では、ごきげんよう」
『 ・・・また、いずれ』

着信音。携帯に出る゙トクサイ゙の男。警察から連絡。
『・・・現場に急行しましたが、既にもぬけのカラだったそうです。指紋その他はこれから』
「ご苦労。そのまま捜査に同行してくれ」携帯を切る。
目の前には夜明けの瀬戸内海。煙を上げる瀬戸大橋の無残な姿が見える。



正午過ぎの瀬戸内海。日差しが強い。大きな瀬戸大橋が今日も見える。
どこかから昼のバラエティ番組の笑い声が聞こえる。目の前には、草生した庭。
「ごめんくださーい」女性の声。

縁側に出された麦茶と和菓子。座る変人女と、あの老人。
「この前は電話、有り難うございました」頭を下げる変人女。「警察、うるさく無かったです?」
「知り合いが多いからね、知らん知らんで通したら帰してくれたよ」「・・・そりゃ、よかった」
麦茶をすする。TVの笑い声が聞こえる。─────何処かで、春蝉の鳴き声。
「────事情は、聞かないんですね」「聞いて欲しかったかい?」「・・・・いえ」
「なら、聞かんとくよ」
庭を眺める。草生した中に、子供用の玩具が転がっている。
もう何年も使ってないのか、既に半分埋もれているようだ。
87第X話 錆び付いた橋:2006/05/12(金) 05:38:56 ID:U5saozoM0
「お孫さんとか────居られるんですか?」「んん?」変人女の方に顔を向ける老人。
「ほら─────無くなられた息子さんのお子さんとか。おもちゃも有るし」
「ああ  ・・・・いや、3年前に海で溺れて死んだよ」
線香の立つ仏壇。息子の写真の横、お菓子の供えてある、笑った子供の写真。

「ああ、・・・すいません」「いいよ、構わんて。・・・・・それより、電車の時間は?」
「ん、そろそろですね」立って背伸びする変人女。気持ちのいい正午だ。
「それじゃ、お元気で」ニコニコ笑う老人。「・・・気持ちのええ顔になりましたな」
きょとんとする変人女。「・・・変るのが一番ですな、うん。おたっしゃで」


今日も瀬戸内海は穏やか。只、使用不能に陥った瀬戸大橋のみが陽炎の向うにゆらめく。
庭を眺めながら、穏やかに、しかし少し寂しげな老人の表情。
「じゃあなあ、シュウタロさん」
腰を上げ、家の中に入っていく老人。

老人の家の前、真新しいアスファルトの道路。立ち並ぶ建売住宅。向うに林立するマンション。
畑も、竹薮も、面影は一切無い。


只有るのは、穏やかに輝く瀬戸内の水面のみ。

88第X話:2006/05/12(金) 05:47:37 ID:U5saozoM0
                 ハ_ハ 
               ('(゚∀゚∩ 人生漂流!age
                ヽ  〈 
                 ヽヽ_)
89第X話 2019年の物語:2006/05/13(土) 01:16:11 ID:dSkIYMLm0


新月の夜。

深い森の中。周辺に人工の光源など無く、ただ星明りが照らすばかり。
その闇の中遠くで、一瞬。爆発の様な光と、爆炎の様なかすかな音。


星すら隠れた下生えの闇。風に揺られた草木の葉擦れの音。
その中から幽かに───────────トントントン、ツーツーツー。幽かに、規則正しい電子音。

葉擦れの闇が開けた。暗い森の中に星明りの空き地が広がる。その空き地の真ん中当り。
大きなパラボラアンテナが天蓋を睨む。その足許に、電子音の音源──────トンツーツー、トントントン。
モールス信号の機器が、主も無しに鳴っている。

その機器の向うに、僅かに上がる煙。星明りの白黒では目立たないが、剥き出しの地面が焦げているらしい。
どうも、その焦げ跡は──────人間の形。片手の部分が丁度モールスの所に掛かっている。

ツートンツートン、ツーツーツーツー。トントンツー・・・・・

銀のパラボラ以外、闇に紛れる朔の夜の森。黒い樹冠の上には、銀の砂子散らばる夜空。
その夜空に────────異様な光体が三つ。一つは縦長、二つは歪んだ楕円。
三つが三角形を象り、夜空からその空き地を見下ろしている。同時にモールスとはまた違う、規則正しい電子音。
トンツー・・・  ・・・トントン・・・    ・・・ツー・・
モールス信号が途切れ始めた。弱々しくなり、やがて、消えるように停止する。
見上げれば、既にあの三つの光体も消失していた。
90名無しより愛をこめて:2006/05/13(土) 04:48:49 ID:zHpONMw4O
ろくでもないオナニースレだな(ry
91名無しより愛をこめて:2006/05/15(月) 01:07:56 ID:UjNP9UZ50
誰がナント言おうと応援します。
いつの時代も応援!
92名無しより愛をこめて:2006/05/15(月) 02:10:25 ID:cAW4wuJt0
age
93名無しより愛をこめて:2006/05/17(水) 00:44:31 ID:oB/62sy50
支援
94第X話 2019年の物語:2006/05/17(水) 00:57:02 ID:DMPe6B0o0
トンツーツー、トントンツー、トントン・・・・・

廊下を歩く音。台車を引く音。待合ベンチで喋る声。────それに混ざって何処からか聞こえる音。


「いよ〜う調子は如何だ?」聞き覚えのあるダミ声。目を開ける雑誌記者。────編集長だ。
「んー、まあぼちぼちです。後1週間位だって」身体を上げる記者。まだ包帯だらけの腕。
先日の南極の事件で受けた凍傷がいまだ完治せず、入院しているのだ。
「そっか。じゃあ来月位からは出て来れるか」云いながらタバコを懐から取り出し、ライターを探す。
「編集長、ココ禁煙」「ん?おおぅ」あわてて仕舞う。「・・・ま、ゆっくり養生しろ」

「・・・・・・あの、ところで」「おう?」「・・・・────彼女は」
「・・・・・ああ、あいつか」半ばハゲた頭を掻く。「何か有ったのか?出発前」
変人女。─────まあいつもこんな小バカにした呼び方をしているが、仲違いなど殆ど無かった。
その彼女が、帰国後全く姿を見せない。いや、出発前からこんな状態だったが。
敵意剥き出しにしない限り、誰に対しても(適当に)愛想がいい彼女にしては異常である。
「お前が留守の間に四国の方に旅行行ってたらしいが、最近は編集部にも顔を出さんぞ」
「連絡は?」「出ねえよ。メールも見てるかどうか」   ────考え込む雑誌記者。
「・・・ま、退院したらぼちぼち会いに行ってみろや」立ち上がる編集長。

「とっとと帰ってこいよ、無理すんなー」手を振り病室から出て行く編集長。後姿を見送る。
その後姿の横に─────────子供の影。白い服の童女。こちらを見ている。
途端に、何処からか先程の奇妙な音。耳鳴りの様に頭の中に響く。 ─────これは、神経に障る。
何処かで親の呼ぶ声。いや看護婦か?童女呼ばれた方へてくてくと小走りに歩いていく。
        ──────────音が止んだ。溜息をつく。
怪我のせいか。直ればこんな音も鳴り止むか。そう思いながらまた目蓋を閉じる。
95名無しより愛をこめて:2006/05/19(金) 01:06:24 ID:qA+15vZT0
よく雨が続きますね、支援
96第X話 2019年の物語:2006/05/19(金) 03:59:07 ID:SnXn5UVC0
また雨が降ってきた。ベランダの物干し竿から雫が落ちる。

アパートのドアが開く。黄色い雨合羽を脱ぐ少女。トテトテと上がる。
もう五月半ば過ぎというのに、奥の居間にコタツ。突っ伏してTVを見ている女性。
少女がそっと覗き込む。「・・・・・あ、チーコちゃん、お帰り〜」寝惚け眼の変人女。
その様子に小首を傾げる少女。「・・・大丈夫だって。合羽干した?」頷き、台所へ行く少女。
TVのリモコンをいじる。番組をお昼のワイドショーに変えまた突っ伏して見る。

ここ一週間程こんな状態が続いている。
この前旅行から帰ってきて、雑誌記者が事故により入院したというのは聞いた。命に別状は無いという。
一応心配ではある。只──────・・・・ 会いに行く、という気が起きない。
旅行にまで行ってまだ心の整理がついていないのか。それとも─────そこまでで、考えるのを止めた。
チーコちゃんがお菓子を持ってきた。麦茶とともにおやつの時間。
ワイドショーが妙な効果音を立てた。クッキーを齧りながら見る。
『・・・午後、ロシアで話題になっていた超能力少女が、大衆の目前で誘拐されるという事件が・・・』


雨に濡れるある地方の寂れた街角。駄菓子屋だけが開いている。中には子供二人と老婆。
子供は夢中でお菓子を物色。老婆はTVを食い入るように見ている。
『・・・ロシア、ウラジオストク郊外での公開ロケ中に数人の覆面人物が乱入し・・・・・』
お茶をすすり、画面を見ながら深い溜息。それを見ながらくすくす笑う子供達。そっと外に出る。
は、と気が付き道に出る老婆。子供二人はもう二軒向うを歩いている。
「ちょっと、お代は〜!?」大声に振り向く二人。一人は男子、一人は女子。「────お代?」
顔を見合わせ、くすくす笑う二人。「はい、お代」二人同時に、指を弾く仕草。
 ボ ン !!爆発する駄菓子屋の店舗。ひっくり返る老婆。
また顔を見合わせ、くすくす笑いながら走り去る子供達。
97名無しより愛をこめて:2006/05/20(土) 15:16:05 ID:oUTa35MT0
やっと晴れましたね、支援
98名無しより愛をこめて:2006/05/21(日) 00:23:38 ID:YvPP046m0
age
99第X話 2019年の物語:2006/05/21(日) 02:21:29 ID:8zfbDash0
病院のベッドの上。暇そうに携帯をいじる雑誌記者。周りには散らかったお見舞いだったモノの山。
「は〜い、シーツ替えますよ〜」担当の看護婦が来た。「はいどいて〜」
可愛い声と口調のクセに、この看護婦の仕事は容赦がない。居場所が無くなり廊下に出る。
トントンツー、トントンツ−ツー・・・・・
またあの耳鳴り。周りの景色が歪んで見える。その中で浮かび上がって見えるモノ。
蛇口から出る水。トイレ掃除用の洗剤。そして──────
    ──────白い服の少女。

「おい、あんちゃん」同室のおっさんの声。「シーツ終わったで、ホラ」
我に返る記者。「・・・・あ、ああはい」よっこらせと立ち上がる。もう痛みは殆ど無い。
と、後ろから誰かに突き飛ばされる。よろける記者。やはりまだ違和感がある。
「───、失礼」黒服の二人組みだ。一人は釣り目の優男。一人は短髪の無精髭の男。
そのまま廊下の中心を無作法に歩いていく。

階段の踊り場で立ち止まる優男。「・・・────『音』が消えたな」無精髭も同意。
「とりあえず、此処にも『共振者』が発生する可能性が有るということか」「可能性が、な」
優男が小さな携帯端末をいじる。小さいが無線機らしい。耳のイヤホンに音声が入る。
「 ・・・こちら゙鉛筆゙、共振の可能性有り至急監視員派遣を要請す」
『  ・・・こちら゙人魂゙、東京都秋葉原付近にで共振者゙発見、至急応援を求む』
無精髭が眉をひそめる。何か刃物で暴れている者が居るらしい。「刃物ね・・・・近い奴は?」
「丁度いい、すぐ近所に゙黒金゙が寝ている」「成程 ・・・こちら゙鉛筆゙、゙黒金゙応答せよ」

返事が無い。「・・・こちら゙鉛筆゙、゙黒金゙応答せよ」無言。「゙黒金゙応答せよ」・・・「・・・゙黒金゙」
大声で怒鳴る声。思わずイヤホンを耳から外す。「・・・寝てばかりいるんじゃないこのニートが」
更なる怒号。「 ・・・・分かった、文句ば人魂゙の応援が片付いてからにしろ」
ブチ切られる無線。「・・・大丈夫なのか?」「大丈夫だろう。金属系でヤツに敵う者はそうそう居ないさ」
100第X話 2019年の物語:2006/05/22(月) 14:36:17 ID:R4HamRaQ0
秋葉原の裏通り。赤色灯が幾つも光る。警官たちの包囲する向うから叫ぶ声。
金髪の若い男が罵声を上げている。季節に似合わぬ長いコート。その横に若い女性。
近辺のメイド喫茶の店員らしい。その喉元に突きつけられたサバイバルナイフ。宙に浮いている。
「だ〜からよォ、こーゆーのが『萌え〜』なんですかってんのォ!!?」
警官に向かい謎の説教。コートの裏側にびっしりと刃物が見える。「・・・・おい、答えろや」
いきなり小ぶりのナイフを警官に投げる。警官が除けた────と見たと同時に、鮮血。
何と宙を舞い、警官たちを切りつけるナイフ。逃げだす警官。ゲハゲハ笑う金髪の男。

と──────その路地の入り口に、また誰か立った。眼鏡が光る。
「あの〜・・・アンタが暴れてる人?」くたびれたYシャツ。下はジーンズ。頭はボサボサ。
「・・・・何だよ」鼻で笑う金髪の男。「何、お前オタク?何か勘違いしてる?ハハ」
「取り合えず大人しくして、そしたら直ぐ済む」罵言も気にせず、近付いてくる。どうやら丸腰。
舌打ち。「キモいんだよ、死ね」投げられたナイフ。目に刺さる直前で──────

止まった。驚く金髪。コートを開き、二本三本。刺さらない。「ん、な・・・・・・」
更に何本も投げつける。既に相手は針山の様。だが一本も刺さっていない。眼鏡が刃物を一本手に取る。
「あんたさあ、何?」じっとりと刃物を見つめる。「・・・ああ、もしかしてチタン?でしょ」
刃物を投げながら交代する金髪。投げる刃物が皆眼鏡に取られていく。
「・・・・・ああハイハイ、面倒臭さ」眼鏡が手を壁にかざす。コンクリが割れ、鉄筋が飛び出す。
あっという間に縄の様に動き、金髪を捕らえる鉄筋。「ハイ終り、大人しく待ってて」
もがく金髪。だが解ける筈も無い。「遅いなァ・・・」眼鏡が後ろを向いた。
鞘が落ちる。「死ねやァ!!」振り向く眼鏡の男!襲い掛かる抜き身の日本刀!!

むに。金髪の鼻先に刀の峰が当る。「────今度暴れたらそれ重しにするから。いい?」
日本刀の刀身が、宙に縦に浮かぶパトカーの鼻先にめり込んでいた。「・・・───ハイ」
お礼を云おうとするメイド店員。「ご免、めんどい。また今度」そう云って警官へ押し出す眼鏡。
101ニャホニャホタマクロー ◆KROETylmQE :2006/05/22(月) 21:22:36 ID:PwN0UaKV0
応援
102第X話 2019年の物語:2006/05/24(水) 02:46:04 ID:vEVmuAdb0
夜の病院。月明かりのベッドの上で頭を抱える雑誌記者。
トントントン、ツーツーツー、トンツーツー・・・・・
今晩は格別に頭が痛い。あの耳鳴りが止まらない。更には、耳鳴りにより──────
水道から滴る雫。水道のビニール管。床の上に置いてある錠剤。
視線が誘導される。眼をどう動かしてもそれらに注視する。何だ、これは何だ─────・・・・・
突如窓からオレンジの光。思わず振り向くと、外の空中に発光体。三っツ有る様だが注視出来ない。
発光体が脈動する。視線が誘導される。目の前には、向かいのトイレに有ったはずの洗剤。

注視される視線。視線は樹脂の器を透過し、内部の液体へ。液体に、何かが見える。
何か。見えない何か。でも手の届きそうな何か。そう、手が届く。液体の中から、空中へ────
ボン!!洗剤の容器が爆発した。音で我に帰る記者。辺りに洗剤と容器が飛び散る。
窓の外は相変わらずの月明かり。そして─────屋内に残る異臭。


機械の警報音。「!!反応が有った!」昼間のツリ眼の優男が携帯端末を見る。
即座に走り出す優男。「昼間の病院だ。お前も急げ!」別行動の無精髭へ連絡。


携帯をかける記者。周囲は電気が付けられ、当直の看護婦と医師が居る。窓を開け、床を調べている。
連絡先は、変人女。

布団から起き、携帯を見る変人女。発信元を確認する。通話キーに親指を重ねる。
───────しかし、押さない。ためらう親指。しばらくして留守番サービスに切り替わる。

「 ・・・─────あー、俺。病院で妙な事になってる。相談させてくれ。頼む」
通話を切る。向うで当直の医師が呼んでいる。立ち上がって向う記者。
103第X話 2019年の物語:2006/05/26(金) 03:32:53 ID:T9lS6Cav0
カシャン。遠くで窓ガラスの割れる音。当直の医者が見に行く。残るのは看護婦と記者。
───────と、廊下の向うで倒れる音。医者が横たわっている。
廊下の角から男が一人。「成る程、こちらに居られましたか」黒いブレザーの短髪の女。
「・・・・な、何ですか貴方!?」大声の看護婦に女が手を翳す。と、苦しみ出す看護婦。
みるみる顔色が変り、青ざめて倒れ伏す。腰を抜かす雑誌記者。女が目の前まで歩いてくる。

「今晩は」返事が出来ない。にこにこ笑う女。「君?゙能力゙を使ったのは」
男が病室を振り返る。破裂したトイレ用洗剤の容器。「・・・・・ふうん、他には?」
辺りを見回す。「他にも、惹かれたモノが有るだろう」「・・・あの、能力とか、惹かれたとか、何を」
意外、といった顔の女。一拍置いて、「────そうか、未だ自覚出来てないのだね」
顔を覗き込む。鳶色の大きな瞳。「─────ならいいよ」顔を上げる女。辺りを警戒している。
「一つ忠告。その能力は絶対秘密。人に教えちゃいけないし、使ってもダメ」
トイレ用洗剤と箒、モップ、ちりとりを抱え込む女。「さ、ベッドに潜って。コワイ人達が来るから」
そのまま何処かへ走り去る女。取り合えず云われた通りベッドの中へ。

何分かしていきなり病院全館が点灯される。下にはパトカー数台。
昼間見たあの黒服二人が現れる。状況を確認した後、真っ先に記者の所へ。尋問の様な質問。
「・・・・・いや、寝てましたんで」白を切る記者。何を云われても取り合わない。
当直の医師と看護婦は意識不明のままで聴取不能。何かと食い下がる黒服二人。
結局、駆けつけた院長の決断。『患者は未だ治療中だ、聴取は退院してからにしてもらおう』
明け方近くで捜査は一度捜査は打ち切りとなった。


翌日。またヒマそうにベッドの上で本を読む記者。「いよぅ!!」編集長だ。
「また来たんですか」「そんな風に言うな。今日はスペシャルゲストを連れてきたぞ!おい!!」
・・・・・誰も居ない。「わ、うわっ!?」一瞬遅れて、よろめきながら病室入口に現れる変人女。
104ニャホニャホタマクロー ◆KROETylmQE :2006/05/26(金) 10:28:10 ID:fR9zCHAH0
明日は雨だ!!応援!
105名無しより愛をこめて:2006/05/27(土) 18:53:10 ID:jzUdBuOz0
hosyu
106第X話 2019年の物語:2006/05/27(土) 21:58:59 ID:fr1rirye0
雑誌記者と眼が合う変人女。すぐに目線を逸らす。気まずい雰囲気。
ポツリと、「・・・おはよ」「───おはよ」沈黙。「・・・・・それだけかよ」編集長のツッコミ。
咳払い一つ、「で?妙な事って?」「へ?」「メール送って来てたでしょが。でなかったら来ない」
円椅子を引きずって座る変人女。「ホラ、早く」

記者の説明。頬杖ついて聞く変人女。「・・・・・どう思う?」変人女が手を差し伸べると───
デコピン一発。「あんた、何処のつまらんマンガ読んだのよ?」「・・・!っえ?」
「『ある日超能力に目覚めて美少女と謎の黒服』って、何処のちうがくせえの妄想よ?」
「いや、そこまで云ってな」「じゃあの薬ビン壊せる?やってみて」「だから、そりゃ」
「大体あんた無趣味に近いんだからそーゆーマンガに夢まで影響されんのよ判ってる?もう少しで
 退院なんだからちゃんとリハビリしないと仕事復帰してもあーもーちょっとトイレ行ってくる!!」
一人で激昂して出て行く変人女。編集長、「・・・・・まだ機嫌悪いな」

女子トイレの手洗い場。水を流しっぱなしにして鏡に額を付けている変人女。
「・・・・・、中学生かあたしゃ・・・・・・」独り言。水を止めて頭をガシガシ掻く。溜息一つ。
入口に振り返った瞬間─────黒服の男が通った。ふ、と記者の話を思い出す。
廊下に顔だけ出して見る。黒服が廊下を進みながら、壁に何かを擦り付けた。角を曲がる。
擦り付けた壁を見る。白く目立たないガム状物体。見るとその辺中に付いている。
一つ剥がす。まさにガム、べったりくっ付く。臭いを嗅ぐ。直ぐにティッシュに包む。

ドアを開けて帰ってくる変人女。記者が話す。「あのさ、考えたんだけどお前の云った通り多分夢────」
「黙って」強い口調。部屋の隅々を調べる。隣のおっさんのベッド下まで。
「この部屋、真新しいガムみたいなのくっ付いてない?」皆が見渡す。隣のおっさんも探す。
「コレは?」「本物ね。古いヤツ」「は?」部屋を一回り、「────この部屋は大丈夫か、多分」
「ね〜ちゃん綺麗好きなんか?」隣のおっさんの声。茶化して受け流す変人女。記者に小声で話す。
「黒服がコレ病院内にバラ撒いてた。信用する。とりあえずこれ以上は他言無用して」
107ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/05/28(日) 17:09:42 ID:sWmzymZj0
がんばって!保守!
108第X話 2019年の物語:2006/05/29(月) 03:23:13 ID:mD7i2Gd80
また雨が降ってきた。やっぱりベッドの上で腐っている記者。窓の外はどしゃ降り。
其の中を歩いていく黄色い傘。その下には─────あの白い服の少女。其の横に沿う黒い傘。
ああ、父親か?にしては背が低い。兄だろうか。肘が痛くなったので寝返る。
変人女はあのガム状物体を調べると云った。連絡は有るのだろうか?

携帯を掛けながら窓の外を見る変人女。「──────マジ?」
ちーこちゃんが不安げに見上げる。「・・・解った。取り合えず関係資料送って。それから────」
暫らく考え込む変人女。雨垂れがベランダを叩く。「────それから、実験用のでいいから───」
タバコの灰が畳に落ちた。「────K−ミニオード、送ってもらえる?」


「よ、調子どう?」変人女が見舞いに来た。眼が点になる雑誌記者。「・・・何だいきなり?」
携帯をいじりながら丸椅子に座る。「いや〜あんたが居ないとさみしくてさ〜」「ほ、ほお」
「ホラ見てよおかじーだって寂しがってるよ?」携帯の画面を見せる。メモ画面。
『今から病院出てもらう。病院には無断で』画面を見た雑誌記者。「───ヤバイのか?」
「そりゃ〜もお!」また携帯をいじり、画面を見せる。『多分あんた目付けられてる。トイレに行って』

トイレから出てくる記者。「・・・いいか?」「ん、OK」変装した雑誌記者。
目深の帽子に上着。一応一目では何物か分別出来ない。「大丈夫なのか?」「判んない」
ちらと見回す。黒服は見えない。「今は此処からの脱出が先決よ」階段を降り、ロビーを過ぎる。
傘をさし、門へ向う。「門の近くに車有るから」門を抜け、左に車。おかじーの車だ。後少し。

「どちらへ?」目の前に立ちはだかる人影。「そちらの方は未だ、2日入院してる筈ですね」
黒服の男。短髪の無精髭。「─────ま、ね。早く外出したいって。見逃して貰える?」
「いえ、我々とご一緒して頂きましょうか」近付く黒服。────と、変人女が飛び掛る!
「早く行って!」組みかかった変人女を跳ね飛ばす黒服。「こちら゙石英゙目標発見。応援頼む」
109第X話 2019年の物語:2006/05/29(月) 23:26:58 ID:22k38AOg0
車に乗り込む雑誌記者。「おい、早く!」「あたしはいいから!早く!!」「ちょ、何云って」
「逃がさんよ」右手を鳴らす無精髭の男。砕ける車のフロントガラス。
と───破片が瞬時に再結合、カスガイ状に変化し手足を押さえる!座席に磔になる記者。
「!?ちょっと」「君も黙っていなさい」跳んでくる小石!変人女の頭に直撃!
記者の視界の端で、小さくうめいて、路傍に倒れこむ変人女。石畳に流れる血。
一瞬、記者の呼吸が止まる。

「女性に手を上げるとはね」
聞いたことの有る声。驚き見回す無精髭。「何者────・・・・」声が止まった。
みるみる青ざめる無精髭の顔。頭を抱え倒れこむ。其処に歩いてくるブレザーの短髪の女。
「貴様・・・・・!?」「無理しない。低圧症の次は酸素酔いが来るよ?素直に気絶して」
それでも立ち上がろうとする無精髭。「それとも─────まるごと分解しようか?」
力尽き倒れる無精髭。座席に乗り込みガラスのカスガイを外す短髪の女。
「全く余計な事して。逃げるよ?」「・・・すまん、其処の女性も、頼む」「はいはい」
引きずって後部座席に乗せ、発信する車。一足遅れて優男の黒服が来た。「─────やられたか」


目を覚ます変人女。頭に痛みが走る。「・・・お、大丈夫か?」記者が駆け寄る。
「ココは・・・アンタん家?」「よく分かったな」「エロ本出しっぱなし」慌てて片付ける記者。
「エライ血出てたからな・・・心配したぞ?気分如何だ?」「ん、まあ、大丈夫」
「其の調子なら歩けるね?荷物にならなくて良かったよ」短髪の女が入ってくる。手にはコーヒー3っつ。
「あんた────、一体何者だ?いやそれより、一体何だこの事態は?超能力やら黒服やら」
「ふふん、よろしい」鼻で笑う短髪の女。変人女と記者にコーヒーを渡す。
「では教えて差し上げましょう、秘密結社『セエラノ』実動隊頭目こと、この僕゙大気゙がね!」

眉毛の形を変える変人女。「・・・何このキモい女?」
110名無しより愛をこめて:2006/05/29(月) 23:36:24 ID:q2Rciqho0
いや、これ脚本じゃなくて小説じゃない?
ト書き大杉!
111ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/05/31(水) 13:55:38 ID:svl2qMtv0
誰がナント言おうと応援します。
いつの時代も応援!
112名無しより愛をこめて:2006/05/31(水) 23:58:17 ID:IT8pp9hx0
age
113第X話 2019年の物語:2006/06/02(金) 00:32:02 ID:jK2Bba0a0
短髪の女の説明。先ず自己紹介の通り女の所属する組織は秘密結社『セエラノ』。
日本のある財閥の裏資本で動いている結社だという。人員は他にも実働隊は数百名。
それからあの黒服達は『偉大なる種族の会』。アメリカの某宗教団体で、米政府にも繋がりが有るという。
通りでやる事が大掛かりな訳だ。

「・・・で、こいつやあんたが身に付けてる超能力は何?ボク女」
「今から説明するから良く聞きなよ、メガネ女」 ・・・気まずくコーヒーを飲む雑誌記者。

「単刀直入に云うと、コレは『元素を自由に操作出来る゙能力゙』ね」
自然界に存在する様々な元素、其の中から1種類のみを自在に操作出来るのだという。
有効範囲は無限大だが、遠距離になると蝸牛の足より遅い。逆に超近距離なら音速を超える操作も可能。
化合物なら操作元素の含有率が高いほど操作し易い。更に化合物から元素を強制的に分離させる事も可能。

「・・・ふうん、で、あんたは元素何な訳?男女」「・・・『窒素』よ、オタク女」
「  ・・・───あ、成る程。それで゙大気゙か」割って入る記者。「で、貴方は?使えるんでしょう?」
戸惑う記者。「え、え〜と・・・・」「何?」「・・・まだ何かはよく」
「能力を使う前、何かに意識が強く向けられる事って無い?それよ、操作元素の含まれるモノは」

トイレ用洗剤、水道の水、ビニール管、何かの錠剤。後は───────不明。

「ちょっと」変人女が台所に呼ぶ。「ホレ、この中のどれ?」様々な日用品が並ぶ。
指差していく記者。どうも洗剤系が多い。そして最後に「・・・・コレが、一番」食塩だ。
「操作してみ?」皿の上に食塩を置く。ゆらりと薄緑の気体が湧く。「───成る程、『塩素』か」
「何か凄いのか?爆発したりとか?」ちょっとワクワクしてる雑誌記者。
「ん〜・・・」考え込む変人女。目線を゙大気゙に飛ばす。「ちょっと、ね・・・・・・・」
「使えなくは無いケド」「地味ね」「うん、地味」「・・・・・あ、そ」少しがっかりな雑誌記者。
114第X話 2019年の物語:2006/06/02(金) 01:35:53 ID:soHwBCFK0
「毒ガス攻撃とか?」「海が有れば結構・・・・ダメかな?」「やっぱ塩無しじゃ・・・雨降ったらお終い?」
「・・・・・あの、当事者ほったらかしにしないで」台所を片付ける雑誌記者。
食塩の皿も洗おうと────ボン!小爆発。びびってコケる記者。台所を覗く変人女。
「あ────ナトリウムか!成程!!」「?何!?」「食塩から塩素取った残りのヤツ」
「もしかしてスゴイ!?」「危険物だけど────どうだろう?微妙かな」やっぱりしょんぼりの記者。

「で───あの相手方は?」そう、あの黒服達。確か釣り目の優男と無精髭の男。
「あの二人ね・・・・・結構厄介」優男が゙鉛筆゙、無精髭が゙石英゙。「・・・・・まさか?」
「そう。『炭素』と『珪素』のコンビ」「・・・───それって最強じゃないの?」
よく分かってない雑誌記者。「何処が?ありふれてんじゃん」「────あんたバカ?」

人類及び全ての生命体及びそれに由来する化合物、即ち有機物には全て炭素が含有される。
また地殻、及びコンクリート等大型人工建造物等、珪素も地球上にはありふれている。
「更に同位体、化合物共に多種多様。塩素と比べりゃ月と────・・・ボルボックス?」
「僕が主に操作出来るのは大気とタンパク質位。さっきは相手が゙石英゙一人で奇襲だったから勝てたんだ」
「後─────他に能力者は?」「居るよ。ヤバいのは後数名位だけど」


取り合えずひとしきり話した後、更に移動する事になる一行。
能力使用は能力者同士で感知できる他、更に高感度なセンサーも開発されているらしい。
「あたしは、行かない」荷物を纏める変人女。「え?何で?」「其処のキモ女が気に入らないのよ」
「突っかかるね、君も」溜息をつく短髪の女。「  ・・・・一つ質問。いい?」「どうぞ」
「『神田博士』『Xチャンネル光波』『2020年の挑戦』、どれか一つでも聞き覚え有る?」
「いや?特に」「そ、ならコレは?」取り出したのは、あのガム状物体。「・・・・全然」
「そ、ならいいわ。私は私で調べたいコト有るから」出て行く変人女。服もまだ汚れたままだ。
「そこの病み上がり薄らバカ頼むわよ、゙キモ女゙」「まかしといて、゙変人女゙」
115名無しより愛をこめて:2006/06/04(日) 02:37:38 ID:OZ5BnYfu0
age
116ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/06/04(日) 14:53:10 ID:KtFlwgxY0
応援!
117第X話 2019年の物語:2006/06/04(日) 23:40:13 ID:IyWswNC30
外は夜、そして雨。既に梅雨入りしたのだろうか?
人気の無い夜の幹線道路を走るワゴン車。運転するのば大気゙、其の横に雑誌記者。
「大丈夫かねェ、こんな車で・・・・」「この車も私等の結社の改造車。爆弾踏んでも大丈夫だよ」
やがて商店や住宅が消え、周囲は田園風景に。どこまでも続く田園の闇。

「みつけた」「見つけたね」くすくす笑う子供の声。田んぼの中を走る灯りを追う目線。

ヒマな車内。「───あの、あんたらの結社ってどんな所?」「ん?う〜ん・・・・」
この女も全体像は良く知らないという。只モスクワに゙大頭目゙と呼ばれるリーダーが居るらしい。
「あんたも頭目って云ってたけど、部隊の他の人は?」「ああ、・・・実はね、日本では実働隊は僕一人なんだ」
「・・・は?」「人員不足でね。もし君が結社に入ってくれたら心強い」

 ズ ン ! 爆発。思い切り吹き飛び横転するワゴン車。

「・・・ッテ、大丈夫!?」逆さでシートベルトを外ず大気゙。「・・・何とか」気絶寸前の記者。
何とか這いずって外に出る゙大気゙。目の前には点滅する田舎道の街灯。
その下に立つ二人の子供。くすくす笑っている。懐から銃を出し構える゙大気゙。「──誰!?」
「おねーいさん」「いい天気ね」顔を上げる子供。服装は男子と女子だが、同じ顔。
「車のかげのおにいさん、僕らに渡してちょうだいな」
「おとうさまが欲しいって云ってるの、私たちの園に」
銃を構えながら下がる゙大気゙。「動くな!動くと───」「渡してくれない?」「だめなのー?」
「じゃあもらお」「むりやりに」「ね〜〜〜♪」

また爆発。其の隙にワゴン車の陰に隠れる゙大気゙。「おい!今度は何だ!?」這いずり寄る記者。
「最悪だ・・・・・」呼吸を整えながら呟ぐ大気゙。「あいつらも何かの能力者なのか?」
「・・・『酸素』と『水素』」「・・・へ?」「二人合わせで雨雫゙。史上最悪の双子よ」
118第X話 2019年の物語:2006/06/06(火) 23:12:32 ID:fcxXMbLN0
暗い夜雨の田舎道。小爆発が幾つも起こり、水飛沫が上がる。
゙大気゙が云う。゙雨雫゙の爆発は二人が協力して水を分解後、再度反応させて爆発を起こしている。
二人が協力して能力を発揮する以上、周辺の『水』は完全に支配下に入っていると云えるだろう。
「増してや今は水の張られた田園の一本道、しかも雨!──────状況は最悪だ」

「おにいさんいらっしゃい」「おねいさんもいらっしゃい」「私たちの『暁の園』へ」
更に爆発。遂にワゴン車が吹っ飛ばされた。「どう?おねいさん」「『嫌』に決まってるだろ」
何かに貫かれる゙大気゙の右肩。「もう一度聞くよ?どう?」「・・・『嫌』だ」今度は左手。
目の前には双子。一卵性の筈が無いのにそっくりな顔。「水の弾丸は嫌い?」「じゃあこれだ」
今度は巨大な水の塊。゙大気゙の腹を撃つ。「今度は何?氷漬け?内から爆発?それともミイラ?」
゙大気゙の膝に見る見る霜が立っていく。「─────んもう、強情なねえ」

拷問か。慄きながら記者は懐中のモノに気付く。小袋一つ────────そう、塩だ。
そっと意識を向ける。まだ懐は濡れていない。服の上から少しづつ袋を開ける。

「私たちの園を汚すモノ」「『黄昏の盗賊団』の斥候は」「貝の口より強情ね」
「おい、お前ら」記者の声に振り向く双子。目の前に散る白いモノ。双子が─────水を巻き上げた。
 ボ ン ! 爆発と閃光!同時に駆け出す記者。腕に゙大気゙を抱えて疾る!
「目が」 「眼が」 「眼が見えない」「ここはどこ?」「あいつらは?」「どこへ消えた!?」

雨の田舎国道を走る。女性とはいえ人一人、重さが身に染みる。
背後では狂乱状態の双子が暴れる音。爆発、轟音。舗装道路など跡形も無いのでは?
「・・・何?今の」「アレだよ、ナトリウム。ホラ台所での」「・・・・・中々やる、ね」
息が切れる。寒い。足が震える。ふらふらと原則していく記者。「・・・置いてって、一人なら何とか」
寒い。かなり雨に体力を奪われたようだ。「何処か、隠れる所を───────」
突如、後方から────滑るように目の前へ回り込むモノ。双子だ。「逃がさない」「逃がさないよ」
119第X話 2019年の物語:2006/06/06(火) 23:59:59 ID:ZT4XnKuR0
「逃がさないのは、こっちだよ」
今度はアスファルトが波打ち、両者の間に形成される巨大な柵!遠方から投光機。
雨の中を歩いてくるのは──────あの黒服。釣り目の優男。゙鉛筆゙だ。
「ようやく捕らえたぞ『カスパール孤児院』の双子。そっちの二人もいいか」
「ええ?」「うわあ」「『宵の馬賊』だ」「無粋だね」「うん、無粋」「ついでに捕まえる?」
側溝から水柱が持ち上がり、゙鉛筆゙へ────其れを砕く巨大な泥の柱。
「地球上なら何処でも俺の独壇場だ。『炭素』なめんじゃねえよ─────!!」

「・・・全く面倒させてくれる、『エレザール社』警備部長゙大気゙」
゙石英゙がこちらに近付く。゙大気゙を抱えたまま身構える記者。と─────地面に刺さる黒い棘。
「おい!とばっちりが来てるぞ!」「おう、ワリー」向うでは、何ど鉛筆゙が双子と互角に戦っている。

振り向ぐ石英゙────「あ」隙を見て逃げ出した記者ど大気゙。「待てィ!!」
ふらつきながら走る二人。゙石英゙が石を投げた────あのクサビだ!
゙大気゙を突き飛ばす!脚をクサビに挟まれる記者。「な・・・」「逃げろ!俺なら大丈夫だ!」
チラと袋を見せる。そう、未だコレがある─────頷き、また走り出ず大気゙。
クサビを泥土から抜く記者。目の前に、追いついだ石英゙。「・・・・何かする積りか?貴様」
目の前には水溜り。来い─────後少し。半歩。一歩。引き付けて、二歩、そう、三歩────

袋をぶちまける!着水直前に意識を集中し、分解して、水に落ちれば!!───────

ばしゃん。    ・・・・・─────何も起こらない。あっけに取られる記者。
土から巻き上がるコードに拘束される。゙石英゙の後方から、青い傘がやってきた。傘の下は黒髪の少女。
日本人では無い。何処かで見たような────・・・
「申し訳有りません、その袋に『惹かれ』ましたので、勝手に手を────」
「お前────そうか、成る程」黒服の呟く声。「塩化ナトリウム、食塩か。ではコイツは『塩素』だな」
120ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/06/08(木) 23:34:10 ID:z+2IPW5D0
明日雨です。応援!!
121名無しより愛をこめて:2006/06/09(金) 03:16:24 ID:tFAuHpat0
age
122第X話 2019年の物語:2006/06/09(金) 23:01:51 ID:d3nHkXD30
息が切れた。ふらふら走り、それでも息が続かず、水溜りに脚を取られ転ぶ。
横には錆びたバス停。濡れたコンクリにもたれる゙大気゙。混濁した視界と意識。其の端に、黒服の影。
       ──────ああ、結社からの応援か。シルエットでも判る。
真っ黒な服、妙に長い頭、頭頂部のアクセサリ。黒服が脇にしゃがむ。────そう、傷の治療を──
 ・・・─────遠くからヘッドライトの灯り。黒服は急に立ち上がる。頭のアクセサリから液体。
路線バスに照らされる頃には黒服は溶けたように消えた。
ブザー音。開くドア。降りてきた女が開口一番、「・・・・何やってんの?キモ女」
少し笑ゔ大気゙。「・・・・るさいよ、変人女」


「────これより、君は我々『ブンダー財団』保護下に入って貰う。いいね?」
力無く返事する雑誌記者。連中が引き連れてきたトラックの中、両手足を縛られている。゙石英゙が話す。
「君、『塩素』使いの様だが───名前は?」氏名を云う。「違う。秘匿名があるだろう?」
「そいつ、まだ゙通過儀礼゙してねえんじゃね?」トラックを運転する゙鉛筆゙が云う。「成程、バージンか」
目の前には先程の青い傘の少女。どうも見た目はスラブ系。俯いて座ったままだ。
「この子ば岩塩゙、『ナトリウム』使いだ。つい先日ロシアで我々が確保した娘でね、まだ新入だ」
疲れきった顔を上げる記者。「────俺を、如何する積りですか」
「我々の理事長に会っで通過儀礼゙を行って貰う。それで君は我等と価値観を共有する仲間となるよ」

次々と話ず石英゙の言葉を聞き流す。己の身のこれからに絶望する記者。だが─────

絶望の中の違和感。引っかかる───────────というより、浮いている。
彼らや自分のの能力は本物、間違い無い。しかし────何処か抜けている。こんな感じは────
 ──────そう、半端なマンガやゲームを、 ・・・三文芝居の『物語』を見ているような。
本物のハズなのに、空々しい。重厚なハズが、安っぽい。恐ろしい筈なのに、白けている。
コレは────────何だ?
123名無しより愛をこめて:2006/06/12(月) 01:41:57 ID:J+NrFZ5j0
age
124ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/06/12(月) 10:16:42 ID:22K0Phw40
応援!日本頑張れ!
125第X話 2019年の物語:2006/06/12(月) 23:51:37 ID:sbQTPFyT0
静かなバスの車内。頭をタオルで拭ぐ大気゙。「───で、あいつ置いてきたって訳?」
「・・・ごめん」「いいわよ」タオルを被ったまま俯ぐ大気゙。「───多分、殺しはしないんでしょう?」
「・・・え?・・・うん」  ・・・────沈黙。バスが水溜りを通る。
「・・・君は、何故このバスに?」「────ちょっと、出かける所が出来てね」
懐から出した妙なカウンター。「ちょいと改造した電磁波探知機なんだけどね───────」

稼動させた瞬間から強い反応。少しづつ移動しながら方向は一定。
そして出かける所へのバスに乗っている途中でも反応が有り────其の先に倒れていたのが゙大気゙だった。
「更に、貴方の傍にコレが有ったわ」摘みあげたのは、前に病院で採取したようなガム状物体。
この物体は、ある種の電磁波により液状化、触れた物質を消却・転移させる性質がある。
「・・・何?回りくどいよ」「判った。単刀直入に云うわ」変人女が、睨む。
「貴方達の周りで、常に『Xチャンネル光波』が観測されてるのよ」

過去に強い『Xチャンネル光波』が観測されたのは2回。1966年と翌67年。
波形パターンはその時のモノに酷似している。「で、コレがその時の記録」本を3冊、ポンと投げる。
『2020年の挑戦』背表紙にそのタイトルと、各1、2、3巻の文字以外、無地の装調。
「一冊は記録というより、予言書だけどね。絶版プレミア本だから慎重に扱ってよ」
「・・・・・で、これから何処へ?」ふふん、と鼻で笑う変人女。
「とある町工場に、ね」


突如立ち上がる゙石英゙。妙にかしこまった姿で通信を聞く。「・・・はい、はい、了解しました」
トラックの機器をいじる。「理事長様からですか?」゙岩塩゙が聞く。「ああ」゙鉛筆゙が帰ってきた。
「うお〜い、゙黒金゙連れてきたぞ〜」゙鉛筆゙に小突かれて、さえない眼鏡の男が入って来た。
「早くシロい、このニートめ」゙石英゙が顔を上げた。「皆よく聞け。理事長より通信が有った」
「これよりそこの『塩素』使いの居た病院へ向う。能力者の反応が有ったそうだ」
126応援:2006/06/14(水) 07:27:52 ID:TxNjDeDy0
なんと!あの本、三巻本だったのか(笑)。
ミスカトニック大学附属図書館が所蔵してそうな気が……
127第X話 2019年の物語:2006/06/14(水) 23:53:18 ID:BekUibAz0
雨の上がった真夜中。田んぼの中にちんまりと立つ個人経営の工場。『神田製作所』
シャッターがガラガラ上がり、中から幌付き軽トラが出てくる。後ろには変人女とツナギの男。
「集束型K−ミニオード20個も使ったからな。ヘタしたら空に穴でも空くかもなぁ?」
荷台の幕をはぐる。小型ディーゼル発電機と大型アンテナ、それに直結した出力機。
「ん、上出来!」「支払いはお早めにお願いしますよ、うちも経営難ですし」請求書を渡す。
「・・・ちょっと高過ぎない?」「妥当です」「え〜?でも・・・」「大阪のおばちゃんかアンタは」
奥から親父が怒鳴る。「おい!農繁期なんだからとっとと閉めろ!!」「へェーい」

座敷の上がり框であの本を読む゙大気゙。既に3冊目の中盤である。
変人女が横の柱に凭れる。「────どう?」゙大気゙の手が、唇が、僅かに震える。「・・・何、この本」
「1巻が謎の人間消失事件、2巻が円盤群と怪物による襲撃。で、3巻が──────」
座敷からツナギの男が寄って来る。「・・・お?何だコレ、うちのじいちゃんの本?」「そ。よく知ってるね」
指をしおりにし、膝に本を置ぐ大気゙。「────何で、僕らの事が載ってるの」
タバコに火を付け、紫煙を吹く変人女。「────しかも、その結末までね」


病院の裏門近くに止まるトラック。「──────おい、反応は?」「いや、今の所は」
゙石英゙が記者の方をちらりと見る。「とりあえず、お前も参加してもらうからな。解ったか?」
「誰コイツ?」゙黒金゙がぎろりと見る。「ああ、新入りの『塩素』使いだが───秘匿名はまだだ」
「どーすんの?゙塩素゙だとそのまんまだし」「そうだな、゙岩塩゙はカブってるし・・・・・」
「゙食塩゙とか?」「゙毒ガズ?」「゙ソフビ゙」「゙プールの白いの゙」「゙混ぜるな危険゙」「・・・・・」
───────と、何か揺れ始めた。車は動いてない。  ・・・・・地震?激しくなる揺れ。
「おい!?」運転席を覗ぐ石英゙。と、゙鉛筆゙が運転席で固まっていた。目線の先は夜の町────
──────夜の町を、巨大な何かが土煙を上げて這いずっていく。カーラジオの臨時ニュース。
『・・・先程埼玉県に怪獣現出報告が有り、進行方向に当る地域に避難命令が発動・・・・・』
128名無しより愛をこめて:2006/06/15(木) 01:02:29 ID:AqnU6zzu0
>>124
貴方は1,2年前にSF板で小説書いてた人か?
129ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/06/15(木) 10:55:36 ID:evHcBmng0
応援!!


>>128
え!私ですか?一応、今も時々SF板に書いて載っけています…
130応援:2006/06/15(木) 12:32:15 ID:ByhYiPbF0
現在進行中の作が終了した暁には、さる御方の提案により久しぶりに乱入投下させていただきます。
131第X話 2019年の物語:2006/06/17(土) 00:08:46 ID:kyBIqf0I0

「お兄ちゃん」暗い廊下に、少女の声がする。

「出たみたいだな」少年の声もする。白い服の少女が、詰襟の制服の少年に倒れこむ。
「大丈夫。ホラ、神様も────見守っていてくれるさ」少年の指さした先には、黒い大きな人影。


「・・・・・あー、ガボラねありゃ」高速の路肩に止まって街を眺める変人女。
手許にはあの光波探知機。反応を見て目尻を歪める。「・・・・・方向も一緒か。ヤな感じ」
窓ガラスを閉じる。「んで?アンタの知ってる能力者の居る『元素』はそれで全部?」
うなだれている゙大気゙。「ますます、ヤな感じね」

「───ねえ」゙大気゙が呟く。膝の上にはあの3冊の本。「君もこの本、読んだんだろ」「ま、ね」
「その上で、君は一体何をしようというの」「どーにかしよーってんの。あんたは?どうすんの?」
うつむいたままの゙大気゙。「・・・僕も・・・」 ・・・・ふふん、と笑う変人女。
いきなり運転席を降りる。「じゃ、先ず運転代わろうか」キョトンとしだ大気゙。
「あたし無免許なのよ。後ヨロシクっ!」


「何でガボラが・・・・」国道をひた走るトラック。歯軋りする゙石英゙。
「能力者の反応は?」「まだ続いている。最悪な事に───あのバケモノの進行方向が被ってるぞ」
「理事長からだ。゙人魂゙や゙玉鋼゙も向わせるらしい」「────総力戦、てとこか」
ラジオからの更なる速報。怪獣は1体だけでは無いらしい。少なくとも3体─────
「まあいい、そろそろ着くぞ。バケモノが来る前に片付ける」
病院裏門手前─────減速していくトラック。と、裏門前に幾つかの黒塗りの車と人影が───
突然の銃撃!割れるフロントガラス!「あいつら────『フルカネルリ団』の重元素使いか!」
132第X話 2019年の物語:2006/06/17(土) 01:15:11 ID:DxY0GQ4i0
斜めに止まったトラックから出る記者。前面ではさっそぐ鉛筆゙が応戦を開始している。
「いいか、ヤツ等の元素は自然界には稀な存在だ。故に通常兵器での攻撃が主だ」゙石英゙が外壁を破壊。
病院敷地内に侵入する。「だがもし既に元素集積していた場合厄介だからな、なるべくなら見つかるな」
゙石英゙が病院の壁を抜いた。「さ、とっとと行って能力者を見つけて来い!」
゙岩塩゙と共にむりやり病院内に侵入する記者。

゙岩塩゙の少女と二人で歩く夜の病院。既に3時を廻ったろうか?
「あの・・・君は」「何ですか」「・・・・一体いつから、こんな事を?」
「ロシアで見世物になっている所を彼らに救われ、理事長との面会により仲間となりました」
淡々とした口調。と─────入院患者が騒ぎを聞いて出てきた。゙岩塩゙がてをかざす。
次の瞬間、患者が少しうめき、白眼を剥いて倒れた。「ナトリウムを体内で偏在させました」
躊躇が無い。「貴方も────『ブンダー財団』理事長と会えば、これが正義であると解るでしょう」
戦慄する記者。と同時に、あの違和感。

と、外で爆発音。振り返ってみると、道路の排水溝から水柱が上がっている。
「しまった─────『カスパール孤児院』゙雨雫゙の双子?こんな時に!」゙岩塩゙の悪態。
「私達『暁の園』の名に於いて」「消え去りなさい『宵の馬賊』『丑三の傭兵』」双子の切る見得。
その声を聞いて、  ・・・ふと、気が付いた。

バン!横に居だ岩塩゙少女の肩が弾けた。もんどりうって倒れる゙岩塩゙。
「動くな」廊下の向うから声。少年だ。「動いたら、今度は脚だよ。武器も捨てて」
手をかざそうとしだ岩塩゙の足の甲が打ち抜かれる。うめぐ岩塩゙。「・・・弾なら、いくらでもあるよ」
見ると、横の開いた窓から鈍色の弾がザラザラと入ってくる。・・・恐らく、外の連中の機関銃の弾。
「・・・『鉛』か」「そう、゙銃弾゙だよ僕は」人差し指の上に鉛弾を乗せ、親指を添えた。
「お兄ちゃん」横の部屋から少女が出てきた。 ・・・・そう、いつか見た、白い服の少女。
「・・・゙翠光゙」少年が小序をあやす。この二人、兄妹か。「ダメじゃないか、出てきちゃ」
133第X話 2019年の物語:2006/06/17(土) 02:07:46 ID:i/w+wshl0
懐の食塩を捨てる記者。「・・・とりあえず、手当てさせてくれ。出血がすごい」
「何を────」眉を吊り上げる少年。しかし、少年に縋りつく少女の、泣きそうな顔。

とりあえず゙岩塩゙の傷口をそこらのシーツで縛る。「・・・我慢してくれ」
「・・・弾は?」「抜けてる、かな」゙岩塩゙の呼吸が荒い。意識も朦朧としているようだ。
゙銃弾゙少年が呟く。「────後少しで、ぼくらの願いが叶うというのに」「・・・願い?」
「おじさん、僕らの仲間にならない?僕らの神様にお願いすればすぐだよ」「・・・神様?」
「僕達はね、この如何しようもない世界を浄化する為に力を授かったんだ」「・・・浄化?」
「妹は白血病なんだけど、代わりに浄化の為の『カケラ』を集める力を授かったんだ」
妹が集め、兄がそれを隠し、守る。その『カケラ』が十分集まった時、世界は浄化されるのだ。

「『カケラ』って?」「直接見た事は無いけどね、悪い大人達が隠し持ってるんだ」
隠し場所は、ドラム缶の中や水に満たされた機械の中。大人達はそれから強大な力を取り出している。
綺麗な薄緑色に光るソレを、病院の地下に集めて隠す。鉛の殻で覆いながら。
「今、呼び寄せている3匹の怪獣の持つカケラが集まった時、ついに浄化が始められるよ」
  ・・・まさか。今接近中の怪獣? ならば─────   ・・・・『カケラ』とは


「あ〜あ・・・」変人女の溜息。向うに望む病院では、既に大乱戦が展開されている。
すっかり落ち着いだ大気゙。「あの病院内に、あの怪獣を呼んでいる『能力者』が居るって事?」
「そ。しかもあの怪獣を呼ぶ物質と云えば───────」「・・・・・まさか」
「そのままでも砒素並の有毒性、しかも一定量凝縮されれば、自然に─────核分裂を起こす」


「その娘────『ウラニウム』使いか」「そうだよ。そして────」妹を抱き寄せる、兄。
「『蒼空積雲』  ・・・それが、僕達二人だけの名前」
134名無しより愛をこめて:2006/06/19(月) 00:27:35 ID:nam735070
age
135第X話 2019年の物:2006/06/20(火) 01:24:37 ID:iHVhC5xQ0
取りとめも無い夢の様な物語。正義のジブン。邪悪なセカイ。少年の語るモノ。
雑誌記者が問う。「・・・・・君たちは、僕らや他の連中の事は知ってるのかい?」
「『灰空乱風』さんでしょう?外では『霧天霞流』の双子と戦ってる。神様の預言に有ったよ」
思い付きが、確信に変わる。

こいつ等、言ってる名前がバラバラだ。

いや、名前だけではない。
互いに接触する事など幾度も有ったろうに、お互いに関する情報が共通していない。
その共通してない情報を与えるのは──────「────神様って?」
「ああ、ええと─────ホラ、あそこに」向うの棟の屋上に、黒く高い人影が立っている。
「・・・・・理事、長?」゙岩塩゙が呟く。煙の向う、薄暗い中のシルエット。
「・・・・何で、此処に・・・」


大乱戦の病院敷地内。銃弾が飛び、土が跳ね、罵声が飛ぶ。其の中に立つ──────黒い影。
決して戦闘に加わるでもなく、ただ戦場に立ち尽くし戦闘を傍観する。
その姿は、長い手足、蔓の様な爪、長い錐状の頭────そして、視点も位置も定まらない目玉。
戦場の中で、まるで何かを待っているように────

跳礫で辺りを薙ぎ払ゔ石英゙。と、視界の端に見知った姿────゙大気゙だ。
手には何かのアンテナ状物体。「おい、貴様───何をしている」声に気付き、立ち上がり振り向く。
「ごめん、今関わってるヒマ無いんだ」「おい、ちょっと待」
強い揺れ。病院の棟の向うから土煙。其の中から、巨大な怪物の殻が現れる。背後からも土煙。
向かいの建物越しにも、怪物の顔や背中が出現した。立ち込める土煙に病院敷地が覆われる。
怪物の雄叫び。飛び交う退避命令。されど───────戦闘が終わらない。
136第X話 2019年の物語:2006/06/20(火) 02:15:49 ID:NDAdS2No0
「゙鉛筆゙!────退け!何かおかしい!」肩を掴む゙石英゙。「離せ!何言って────」
目線が宙に止まる。゙石英゙も振り向く。双子も、その場に居た戦闘員も────

病院上空に、巨大な鈍色の球体が浮かんでいた。球体に向かい吼える怪獣。

兄妹が手を取り合い、天の球体に向って手を掲げる。
「さあ怪獣達、お前達の『カケラ』を─────」苦しそうに顎を開ける怪獣。
「止めろ」「無理だよおじさん、これで『浄化』が始まる」「何かおかしい」「大丈夫だよ、神様も見てる」
屋上に見える黒い『神様』の影。手をすいと上げ、爪をゆらゆらと揺らし始めた。

反応する光波探知機。メーターが振り切れている。「最大級!?まだ準備も終わってないってのに・・・・・!!」
歯軋りする変人女。傍にあるガム状物体がじくじくと溶け出し、液状化し始めた。

「にいちゃん」「大丈夫。世界が浄化されたって────ずっとずっと一緒だよ」
止めろ。お前達の知る名前も、信じるセカイも、ひょっとしたらその力さえ──────・・・
「・・・・・アレは、神様でも理事長でもない」


怪獣達の口から迸る三つの翠の光条。鈍色の球体が翠に照らされ、光が交錯した瞬間──────
真っ白になる視界。そして、



寒気がした。   ・・・・「・・・え?」静かだ。何が─────
見上げると其処には眩しく輝く光球。見つめた瞬間、凄まじいまでの寒気が襲う。震えが止まらない。
全身が総毛立つ。─────────耳の端に、何処かで聞いたあのモールス音。
137第X話 2019年の物語:2006/06/20(火) 03:05:06 ID:NDAdS2No0
歯の根まで震える記者。立っても居られず膝を付く。
見ると横の兄妹も、゙岩塩゙の少女も震えている。兄は妹を、妹は兄を抱き。
゙岩塩゙の少女を抱く。と、その目の前を何かの液体が這いずっていく。驚き辺りを見回す記者。
  ・・・──────病院中を、何かの液体が這いずっている。

「うわあああっ!」声が上がる。振り向ぐ石英゙。其処に人影は無く、妙な液体溜りのみ。
震えが襲う。間違いない、気温が下がっている。しかしこの震えはそれだけか?
「がああああ!?」聞き覚えのある゙鉛筆゙の声。振り向くと─────────・・・「た、助け」
゙鉛筆゙の下半身が消えていた。驚き腰を抜かす。其の間に゙鉛筆゙は完全に消失していた。
耳元には相変わらずのあのモールス音。そしてまた悲鳴。また一人、また一人消えていく。
モールスと阿鼻叫喚を背景に、人が次々と消えていく。其の後には奇妙な液体。
─────足元の影が変わった。見上げると光球が分裂し、三つ三角形に浮かんでいた。

目の前で兄妹が消えた。足許にはやはり液体。少女を抱えてふらふらと走り始める記者。
病院中、あの液体が這いずっている。震える肩。がたつく脚。進入した玄関が見えた。
「ひ・・・・・」声を上げる゙岩塩゙の少女。振り向いた時には、抱えた腕は空だった。
悲鳴を上げてガラスを割り、外に出る雑誌記者。


静寂。只耳鳴りの様にあのモールス信号。見上げれば三つの光球が輝く。
よく見ると、その周囲にうっすらと巨人の様な影が映る。モールス音とは違う電子音も聞こえる。
奇妙な形の角が二本。その下に細長い光球。胸の部分に大きな光球二つ。全身に黒い甲殻。
震えながらその巨人の前を歩く記者。と──────目の前に人影。゙大気゙だ。
「・・・・久しぶりだね。大丈夫かい?」「・・・・ああ」息を漏らす。゙大気゙の胸に倒れ込んだ。
優しく抱ぐ大気゙。やがて記者の肩を抱き、そっと離す。「・・・さ、行きな。大丈夫、彼女が居る」
す、とそのまますれ違ゔ大気゙。振り向くと其処には、誰も居なかった。
138第X話 2019年の物語:2006/06/20(火) 04:00:07 ID:6kjcGWBQ0
゙大気゙も消えた。震えながら辺りを見回す。おぼつかない足取りで門へ進む記者。
───────門の前に、黒い人影。『神様』『理事長』『おとうさま』などと呼ばれたモノ達。
視点も位置も定まらぬ眼で、こちらを見据える。足許にはあの液体。
すでに周囲はあの液体に囲まれていた。頭上にはあの巨人。目の前には黒い人影達。
──────人影達が、奇妙にくぐもった笑い声を上げた。
目を瞑り、天を仰ぐ。    ・・・俺も、消える────────


「いい大人がひとりぼっちだからって、なぁに泣いてんのよ」
突如燃え上がる液体。驚きたじろく黒い人影。一瞬にして焼失する液体。残った煙の向うから────
『バックします ピンポーン バックします ピンポーン バックします ピンポーン ・・・・・』
やがて煙を割って、軽トラがバックしてきた。運転席から降りてきたのは、

「よ、大丈夫だった?」ねじりはちまきの変人女。

ふらふら駆け寄る雑誌記者。その頭を勢いよく張り飛ばす。「ホラ、とっとと荷台に乗って!」
荷台に乗る記者。其処には奇妙な機械。「ちょ、一体何」「ん〜、チョット待ってて」
機械をいじり始める変人女。────と、あの黒い人影達が少しづつ近付いてくる。
「お、おい」「んもー、しょうがないなぁ」スイッチを入れる。と、人影達の進行が止まった。
戸惑っている様に見える。「・・・・・OK!!調整完了!」

振り向くと、其処には三つの発光体の巨人と、あの黒い人影の群れ。変人女の手には、スイッチ一つ。
「機械の神様気取るのもたいがいにしなさい?こっちも水戸のご老公するの大変なんだから」
スイッチを押す。妙な空間の歪みと共に、吹き飛び消えてゆく黒い人影。
ゆらゆらと消えていく巨人。くぐもった声を上げるが、身体は消失してゆく。
最後に残った三つの光体も、風前の灯の様に揺らめいて、やがて消えていった。
139ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/06/20(火) 10:29:50 ID:ey6USR0n0
2019年の物語!!応援!!
140第X話 2019年の物語:2006/06/21(水) 01:01:35 ID:N5cYWojw0
寒気が消えた。全身が一気に弛緩する。手をだらんと下げ、ぼんやりと天空を見上げる。
後ろから小突かれた。振り向くと、ハチマキを解き、いつもの髪型に戻った変人女。
ふらりと倒れる記者。受け止める変人女。少し笑う。「・・・・・おつかれさん」

遠くでサイレンの音が聞こえる。それさえも、今は気持ちいい。


「『2020年の挑戦』・・・か」
雑誌記者の自宅。ぼんやりベッドから起き上がり、本を読む記者。あの三冊の本だ。
「大体全部読んだ?」台所から変人女が来る。珍しいエプロン姿だ。「・・・・こんな本が有るとはな」
ソレは、ある物理学者がXチャンネル光波を利用し、得た情報を綴った世紀の奇書。
一巻、未来の時間から来た侵略者達による、偵察も兼ねた誘拐事件。
二巻、その侵略者達による本格的な侵略行為、怪物の召喚、そして敗北。
三巻、 ・・・「これが今回の事件か」「の、ようなものね」「・・・?」「大体、内容理解できた?」
「・・・半分は」文を章を巻を重ねるにつれ、内容が抽象化している。三巻はまるで詩編だ。

Xチャンネル光波にも種類がある。その内のある種の光波を使用し、人類に影響を与える。
影響を受けた人類は、特定の元素を自在に操る能力を身に付ける。
能力者同士を争わせ、一箇所に集め、同時に能力を行使させる。そして───────
「・・・何をするんだ?」「あの巨人みたいな怪物よ。アレをこの地球上に呼び出す積りだったんでしょ」
「何で?」「・・・さ、ね」

チーコちゃんがお盆にご飯を載せて来た。「さ、今日は折角ご飯作りに来たげたんだから。食べましょ」
「お前、鍋掻き混ぜてただけじゃん」「   ・・・チ〜コちゃ〜ん、お皿二つでいいから」
「ワカッタスマンユルシテ」「ヨシヨシ」部屋でご飯を広げて、いただきますの声。
三人でこんな食事をするのは、一体どれくらいぶりだろう?
141第X話 2019年の物語:2006/06/21(水) 01:47:39 ID:DCvWLi+u0
ふと、食卓の塩が視界に入った。意識を凝らしてみる。・・・────何も、起こらない。
「試してた?」変人女が塩のビンを摘み上げる。「・・・ん、ああ」視線を、目の前のおかずへ。
「他の消えた能力者たちは、如何したんだろうなぁ・・・・・」ふと、呟く。
「さあね。只、一巻の事件では全員無事に戻った様だけど?前後記憶に障害はあれど」
「じゃあ皆を消し去ったのは────」「記憶を、消す為かもね」
ならば、彼らもまた戻ったのだろうか。能力も記憶も消えて、普通の人間として───────
「カラアゲ貰うよ〜ん」「あ、チョトマテ」目の前のおかずへ、再び戻る。


後日。奇妙な投書が出版社に舞い込んだ。
約二ヶ月前、富士樹海で失踪した奇妙な男の話である。科学者だったそうだ。
異星人とコンタクトし、結果神に等しい能力を得たという。それは『あらゆる物質を操作する力』────
操作できない物質を出され否定された所、証明してやると何故か樹海に分け入り   ・・・・・失踪。
半月後、樹海内の空き地で其の男の物と思われる所持品を発見。しかし男は見つからなかった。
其の投書によれば、現場には人型の奇妙な焦げ後が見つかった。
また周辺には奇妙な電波関係の装置が転がっていた。いわゆるモールス受送装置の様な。

もしや。二か月前といえばこの前の事件の更に前。
あの異星人たちは以前から似たような陰謀を行っていたのか。だがそれが失敗した。
だから今回は『元素を操作する力』を多人数へ分割して行ったのか。だがそれも失敗した。
ならば────今もまだ?
異星人達が、試行錯誤を?あの怪物を召喚する為に?

失踪した男の、妻に言った最後の言葉が載っていた。
『確かに物質全ては扱えない。しかしこの力は本当なんだ。証明してみせる。
 操れる物質全てを集め、実験により理論値の温度を出現させた時、宇宙の真理を顕せるんだ』
142第X話 2019年の物語:2006/06/21(水) 02:19:30 ID:XkfaoQG70
PCのキーを弾く変人女。
目の前には何かの論文とグラフ。何かの構成物質分析の様だ。
手許には、何処にでもある元素周期表。「・・・成程ね、やけに能力者が少ないと思った」
コーヒーを飲む。「で、Xチャンネル光波による元素固定・・・・指標が」計算結果の表示。
「あらま、間違えた?・・・・んな事無いと思うけど」やがて、椅子に凭れる。「有ってる、か」

「・・・『理論値』一兆度越えの瞬間、コイツの降臨完了てことか」
窓の外を眺める。いたって平穏な風景と、青空。「────かかってきな、人類舐めんじゃないよ」
PC画面の論文に添付されている画像。それは、あの三つの発光体と黒い甲殻を持つ巨人の姿。



家路を急ぐ雑誌記者。誰かの肩とぶつかったが、人込に紛れて解らなくなった。先を急ぐ。

外れたバッグを肩に掛け直すブレザーの女子高生。黒い短髪が揺れる。

呑みに行く相談をするのは、釣り眼の優男と無精髭の男。向うに母親につられて歩く男女の双子。

電動車椅子の少女とその兄。巨大なTV画面にはロシア人の人気アイドルのインタビュー。


巨大交差点の中央に現れて消えた、黒い人影。


そして、何処からか響いてくる、奇妙な耳鳴りの様なモールス音。
それは、2019年まで続く、歪んだセカイの物語。
143第X話:2006/06/21(水) 02:21:16 ID:XkfaoQG70

巨大な風呂敷は恐ろしい('A`)ワケワカンネエage
144名無しより愛をこめて:2006/06/21(水) 02:23:13 ID:XkfaoQG70
あ、>>130さんどうぞお願いします。

>>139いつもありがとう御座います・・・・・
145名無しより愛をこめて:2006/06/21(水) 06:18:37 ID:iCUhF8oXO
面白いけど、ウルトラQじゃ無いじゃん。
146名無しより愛をこめて:2006/06/21(水) 08:02:27 ID:kygfNt0A0
たしかにウルQではないかもしれないですが……激しく懐かしさを伴なうある種のデジャブ感を感じる作品でした。
小学校高学年から中学生ぐらいの時に読むんだ子供向けSFの世界。
ああいう、あるいはこういう作品が見られなくなってから何十年たったんでしょうか?

それから私も「ゼットンを連れてきたのはケムール人」だと信じてました(笑)。
「ゼットン星人?なんじゃそれっ!?」って(笑)。

それでは乱入投下させていただきます。
147みどりの想い:2006/06/21(水) 08:05:47 ID:kygfNt0A0
「………みどり……いっしょく?」
玄関の脇の消えかけた表札には「緑一色」と書いてある。
「『りゅーいーそう』って読むんだ。マージャンの役満さ。」
「……そっか、アパートなんかの名前によくある『なになに荘』の『荘』とゴロ合わせになってるのね。」
こんどは僕が「……そっか!」と言う番だった。
なるほどゴロ合せだったのか。ユリコに言われるまで気がつかなかった。
……などと僕が感心していると、ユリコは勝手に1人で玄関に入っていってしまった。

雨天にも関わらず照明も消えたままの玄関はひどく薄暗く、ただ「土足厳禁!!」と大書した張り紙だけが白々浮かんで見える。
あまり気が進まないが、僕らは靴を脱ぐと奇妙に艶やかな廊下に足を降ろしてみた。
ユリコが僕にしかめっツラを向けて言った。「……湿っぽい。ぬるぬるしてる。」
床がツヤツヤして見えるのは、磨かれているからでなく、濡れているからなのだ。
「ムリないさ。ここ一ヶ月、ほとんどぶっ続けの雨なんだぜ。」
「こんな雨の中遠出して来たのも太一くんのためよね。」
「ぬるぬるして気持ち悪い廊下を歩くのだって、太一のためさ。」

……僕とユリコ共通の親友である山田太一は、ここ一週間大学に姿を見せていなかった。
いや、大学どころかバイト先にすらバイト代金の支払日になっても姿を現さなかったというのだ。
天候不順で体調でも崩したのだろうか?あるいは性質の悪い風邪でもひいて……?
妙な胸騒ぎをおぼえ、僕らは雨の中、彼の住むアパートへとやって来たのだった。
148みどりの想い:2006/06/21(水) 08:07:34 ID:kygfNt0A0
太一のやつは今どき珍しいほどの貧乏学生で、信じられないほどおんぼろなこのアパートに、不法入国の外国人やらに混じって暮らしていた。
靴脱ぎ横の傘立てに自分の傘をさそうとするユリコに僕は言った。
「傘は持っていったほうがいいよ。」
「なんで?」
「盗まれちゃうから。」小さな声で短く答えると、僕はさしてきた雨傘を肘にぶら下げ、軋む階段を上がっていった。
明りが無いのは2階廊下も同じだったが、暗さは1階玄関の比ではなかった。
「なに?この超オンボロ……。」
「しいっ!声が高いよ!」失礼すぎる発言がアパート住人に聞こえてはと僕はユリコをたしなめ、そっと耳を澄ましてみた。
半年ほど前に来た時は途中の部屋から囁くような外国語の声が漏れていたが、幸い今日は何も聞こえない。
(よかった。留守みたいだ……)
そんなことを考えながら、どんづまりにある太一の部屋を目指してユリコの手を引いた。
………
人の気配がしないのは、友の部屋も他の部屋と同じだった。
重苦しく感じられ始めた沈黙を破って、まずユリコがトントン……と、ドアをノックし、「太一くーん?」と呼びかけてみた。
続いて僕が、少々手荒にドアノブをガチャガチャさせながら「おい!太一!オレだ!順平だ!」 と叫んだ。
……部屋にいるなら聞こえていないはずがないのだが………返事は返らなかった。
首をかしげてユリコは言った。「変ね?いないのかしら??」
僕は腰を屈めると、ドアの隙間を調べてみた。
「……光が漏れてきてないね。いないんじゃないかな?ひょっとして田舎にでも帰ったとか??」
そう言いながら僕が立ち上がりかけたとき、ユリコはドア横の暗がりを指差して言った。
「ねえ!じゅんちゃん、あれ見て!!」
149みどりの想い:2006/06/21(水) 08:10:59 ID:kygfNt0A0
「長……靴か。でもこれが何だっていうんだ?」
「鈍いわね!ジュンちゃん!よく見てよ!長靴の中にボロギレが突っ込んであるでしょ!」
ユリコの言う通り、長靴の中からボロギレらしきものがモコモコ盛り上がっている。
「……そうか、中に水が入っちゃったんで乾かしているのか。」
「それが部屋に入れないで出しっぱなしになってるってことは、太一君部屋にいるってことじゃないの?」
そうだ、彼女の言う通りだ。
「…やっぱりここにいるのよ。それなのに返事が無いということは……」
まず「病気」という言葉が頭に浮かんだ。つづいて「意識不明」という言葉も。
「お、おい!いるんだろ!?」
僕は慌ててドアノブに手をかけ手荒く揺さぶった。その拍子に、肘にぶら下げていた雨傘の先端が置いてあった長靴に偶然ぶつかった。
「……ジュ、ジュンちゃん!!」
殆ど悲鳴のようなユリコの声に、僕は振り返った。
長靴が倒れていた。
そして中に入っていたボロギレが形を失いバラバラに崩れているではないか!?
「パタッて長靴が倒れたら、ボロギレも崩れちゃったのよ!」
「……な、なんだこれ?」
傘の先端でつついてみたところボロギレの残骸がキナコのような霧になって舞い上がった!
「…………カビだ!」僕は叫んだ。
「……長靴の中でカビが繁殖して、ボロギレみたいに見えるほど盛り上がってたんだ!」
僕は舞い上がった黄緑色のホコリを避けようと思わず後ずさりした。
……すると背中を預けるかっこうになった扉がいきなりメリメリッと音を立てて……。
「うわあっ!」
………次の瞬間、長方型に区切られた薄暗い空間からユリコが僕を見下ろしていた。
そして その空間を縁取っているのは…………怪しく隆起する緑一色の世界だった。
150みどりの想い:2006/06/21(水) 08:13:15 ID:kygfNt0A0
「ジュンちゃん!」「は、入ってくるな!」
助けに来ようとしたユリコを止めると、僕は素早く辺りを見回した
緑色の正体はすぐに判った。
「………カビだ!」
長靴の中に隆起していたのと同じような緑のカビが、部屋中に群落を築いているのだ!
万年床は緑色の羽毛布団と化し、その横に転がる「二本の棒が突き出た円筒状の物体」は「ワリバシの突っ込まれたカップ麺の容器」に違いない!
カーテンはカビの房となって窓を覆い、ノートも教科書も全て緑のカビに飲み込まれている。
だが万年床の上にいるはずの友、あるいは太一のシルエットを連想させるものは何一つ見当らない!
(あいつは!太一はいったい!?)
跳ね起きると、こみ上げる吐き気を抑えつつ、声を限りに僕は叫んだ!
「太一っ!!どうした!?何処にいるんだ!?僕だ!順平だ!助けてやるから返事をしてくれぇっ!!」
……やはり返事はないのか……そう思いかけたときだ…!?
ドクン!…足元でなにかが震動した。
……ドクン!……ドクン!……ドクン!!何が起っているのか、僕が把握できずにいる間にも、振動はますます強く明確になってくる!
同時におんぼろアパート全体がぐらぐら揺れだした!
「まずい!アパートが崩れる!?」
「ジュ、ジュンちゃんっ、恐いっ!!」
「逃げるぞ!!」
もう行方不明の太一を案じている余裕は無い!
カビの毛布に足をとられながらも僕は廊下に飛び出した。
メリメリメリッ!バキバキッ!!
僕らの目の前で、ずらり並んだ扉が次々弾けとんだ!
そして中から噴出したのは………。
「ジュンちゃん!カビよ!!」
室内から雪崩出たのは、カビ!カビ!カビ!カビ!このアパートには人など1人もいなかったのだ!
「走るんだ!!」
行く手を塞ぐように這い伸びる緑の舌を辛くもかわし、僕らは何とかは階段に飛び出した。
しかし、眼下で待ち受けていたのは………。
「またカビよっ!!」
………波うつ緑色の絨毯だった!!
背後から迫るカビの舌!階下からはカビの絨毯が這い登って来る!
151みどりの想い:2006/06/21(水) 08:16:21 ID:kygfNt0A0
緑の恐怖に進退きわまった一瞬、僕はユリコの手を引きながら、階段の横の壁へと咄嗟に体当たりしていった!

バキバキッ!!
「うわああああああああっ!!」 「きゃあっ!!」

建物のボロさが幸いした。
朽ちかけた建材とともに僕とユリコは、隣家の貧相な植え込みへと落下していた。
「走れるか?!」と尋ねると、引き攣った顔のまま無言で頷くユリコ。
カビのバケモノが板塀を押し倒すより僅かに早く、僕とユリコは狭い路地へと駆け出していた。
傘もささず足は靴下のままで走って走って、息が切れてもうそれ以上走れないところまで走りつづけて……。
「ジュンちゃん、わたしもうだめ……。これ以上走れない。」
ユリコの哀願の声に、我に返って僕もとうとう足を止めた。
……後ろを振り返ったとき…、僕の目に入ったのは脈打ち隆起する「緑色の丘」だった。
巨大な緑の舌が、何かを捜し求めるように大地を這いうねっている。
「太一くんも………他のアパートの人も、みんなあのカビに食べられちゃったの?」
「たぶん………」
「……そうだ」と答えようとした瞬間だった。
それが叫んだ。
聞き取り難いながらも、「ある言葉」を。
……慄然とする一瞬、僕は太一の運命を、じめついた万年床に恋した男の運命を知った……。
カビのバケモノは、呼んだのだ。
……「ジュンペイ!!」と、僕の名を……。

*ナレーション
「……やがて訪れる強い夏の日差しが……、この物語を終られてくれるでしょう。
しかし、万年床を愛する男がいる限り、第二、第三の怪物が現れるに違いない。
それは……日光を浴びて更に恐ろしく、更に巨大になる…。
…そんな怪物に違いないのです。」


お し ま い
152名無しより愛をこめて:2006/06/21(水) 08:30:27 ID:kygfNt0A0
「つゆどき怪獣カビゴン現る!」改め「みどりの想い」です。
オリジナルのタイトルは「まぼろし怪獣ゴースラ現る」みたいなキャプテンウルトラ風だったのでウルQには相応しくありませんでした。
そこでウルQと某板双方に相応しいタイトルとして、とある超有名短編からタイトルを拝借。
コリアー先生ごめんなさい。

追記
「コリアー先生」と「こりあん先生」をいっしょにしないこと(笑)。
遠藤周作は「みどりの想い」なんか書いてません。
153ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/06/21(水) 15:20:18 ID:SFijl7Aj0
このスレに書き手が一人増えてよかった!よかった!

読んでいて、私も昔、ぼろぼろの木造2階建て、便所共同風呂なし、6畳一間(プロパン)に住んでた頃、思い出しました。
(家賃21000円管理費1000円)

三鷹台から12,3分で夜中2時頃になると決まって下の1階の一室から妙な歌をギターを弾きながら歌う男が住んでいたなぁー
154第X話 :2006/06/22(木) 23:18:21 ID:T52v2Ecf0
>>152
有り難うございました。
何か最近純粋な怪奇怪獣物書いてなかった気がするのでいい刺激です。
またお願いします。

ところでうちのPCが撃沈寸前です・・・・・・・
鉄塔上でゴジラの中継してる人の気分です。
155第X話 虚空の鳥人:2006/06/23(金) 23:33:58 ID:zAt9rmho0
ある夕方。

公園で走り回る子供達。スーパーの袋を持って雑談する主婦達。
カラスがゴミバコ近くの散らばったスナックを突付く。カア、カア、と二声。
やんちゃな柴犬が突っ込んできた。驚き飛び去るカラス。ワン、ワン、と二声。
若い娘が文句を云いながら追いかけてきた。首輪を取り引きずっていく。

かくれんぼをする子供達。公園の彼方此方に散らばっていく。
公園の木立の中に入る少年。何処か隠れる場所を─────と、目の前に妙な影。

「こら、ちょっと、ペス!」娘が柴犬の綱を必死で引っ張る。木立に向って吼えつづける柴犬。
影に近付く少年。丁度大人位の背丈だが、外套の様なモノを羽織っている。
少年が見上げた。頭に笠の様なモノを被っている。笠の中に、眼のようなものが光った。

わ───!!子供達が声を上げて走って行く。「と〜しく〜ん!もう帰るよ〜!?」
母親が呼びかける。しかし子供達は公園の一箇所に固まり、何かを見上げ、指さしている。
「もう何してんの?」母親が乳母車を押してやってきた。指差す方向を見上げる。

警官が立ち止まった。公園で子供と主婦がたむろして騒いでいる。自転車のスタンドを立てる。
「どしたんですか〜?」間の抜けた警官の声。皆のみている方向を見上げる。

電柱の上に、人が立っている。外套で身体を覆い、頭には妙にテカる笠。其の下には、鳥の様な顔。
夕日の逆光で詳細に観察出来ない。「でね、とぶの!ぶあーってひろげるの!」興奮する子供。
突如、人影が外套を広げた。いや、外套というより─────其れは翼。一対の翼。
二、三回羽ばたくと茜空に飛び上がり、滑空しながら家々の屋根の上を飛んでいく。どよめく人々。
その『鳥人』は、夕日を横切って南東の空へ飛び去っていった。
156第X話 虚空の鳥人:2006/06/26(月) 00:03:40 ID:YE8gONxZ0
翌日の東京湾岸。
臨海公園に人だかり。其の沖合いには海上保安庁の船が二隻。上空にヘリも飛んでいる。
観衆の関心は船でもヘリでもない。二隻の船の中心に浮かぶ巨大な漂流物である。
ヘリからの映像。それは巨大な鰭脚類に見える。長さ約30m、巨大な牙が見える。

「・・・・回収、だとさ」「え?コレをか?」「ISPO日本支部に引渡しだとよ」
「どうやって」「さあ?只作業協力ってたから、あちらさんに任しときゃいいんじゃね?」
愚痴の応酬。とりあえず空でも眺めながらタバコを一本。
上空を見上げる。ぽっかりと浮かぶレンズ型の妙な雲。少しづつ移動している。目線を海面に落とす。
水面下に漂う白い肉。体勢もおかしい。既にかなり傷んでいるようだ。真っ二つになりかかっている。

急に岸が騒がしくなった。目を向けると、人々が天を指差して騒いでいる。
其の方を見ると、先程のレンズ雲。 ・・・────いや?何か、雲塊で無いモノが────
「船だ!!」誰かが叫んだ。そう、船だ。竜骨部分が張り出している。
帆のようなものが見えた。帆船か?にしては奇妙な帆の張り方。何枚もの魚の背びれの様だ。
船縁と思われる所から、・・・────下を覗く人影が見えた。乗っているのか?

一瞬、『幽霊船』の考えがよぎった。しかしにしては美しい。真新しい新造船に見える。
その内、またレンズ雲に紛れ始めた。ゆっくりとした移動だが、風上へと流れていく。
岸の誰かが手を振ったらしい。船縁から身を乗り出し手を振るものがある。
其の姿も雲に紛れ、やがて高層ビルの向うへと消えていった。

いまだ騒がしい岸辺。あっけに取られる保安庁の船員。「おい、ISPO来たぜー」
はっと気付く。既にタバコは全部灰になっていた。
157ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/06/26(月) 10:57:50 ID:uPZmstGP0
今度の虚空の鳥人も期待大ですね。
電柱の上に、人が立っての登場シーン絵になってますね!!
応援しとります!


そのうち何とか私も一つ載せられればいいのですが…
158名無しより愛をこめて:2006/06/27(火) 07:37:39 ID:VnttjjoQ0
なにやら「ヒネモス」のあたりでランクアップしたような……。
雰囲気というか、世界が映像として浮かび易くなったように思います。
少佐殿のレスのように鳥人登場は絵になるシーンですね。
まるで実相寺監督の撮ったウルトラシリーズのよう。

またここ専用の駄文作って第4弾を投下してみようかな?
159第X話 虚空の鳥人:2006/06/28(水) 02:10:14 ID:arpTj2Lc0
彼はゆっくりと起き上がる。
寝惚け眼に乱れた髪。窓辺を見ると目覚まし時計。既に午後1時を廻っている。
頭を掻き、ベッドから立ち上がる。衣類や雑誌が散乱する部屋。
シャワーを浴び、服を着替える。「・・・マサちゃーん?」母親の呼ぶ声がした。適当に応える。
就職についての話らしい。・・・───奥から線香の匂いがする。ひいばあちゃんだろうか?
また母親を適当にあしらい、さっさと玄関から出て行く。「何処行くのよー?」
「・・・・・バイト」

茜色の夕空。「・・・お先上がりまーす」「おう、お疲れ」
バイト先のスーパーの裏口から出てくる。駐輪場に止めてある原付に乗り、雑踏へ出て行く。
途中、自動販売機でコーヒーを買う。横を高校生のカップルがはしゃぎながら通り過ぎた。

中川正弘。大学卒業後、就職せず実家暮らし。バイトも半ばやる気無し。

原付で坂を登る。隣町への峠坂。一応幹線道路だが住宅や人通りは少ない。
坂の頂上で原付を止め、脇の古びたガードレールに隠す。少し獣道を登り、峠坂を見下ろす場所に出る。
既に迫る夕闇。この時間、この場所。彼のお気に入りの場所だ。岩に座ってコーヒーを開ける。
瞬く街灯。増えていく街灯り。足許には渋滞した赤いテールランプ。
何時頃からこうだったろう?中学生の頃かもっと前かも覚えていない。
何故こうしてるのだろう?理由などあったろうか。只─────この風景が好きだ。

ふと違和感を感じた。岩に落ちる影 ・・・・何時もと違う形。
振り向き上を見上げる。座っている岩の更に上──────・・・一枚岩の断崖絶壁の頂上。
誰かが立っている。まさか?登る道など何処にも無い筈。この自分が登れないのだ。
頂上の人影がこちらを見下ろした─────『鳥』だ。そう思った。
クチバシの様な吻の向うに、眼球が夕日をそのまま写したように煌々と光っていた。
160X話:2006/06/28(水) 21:29:41 ID:NZtwnhGM0
HD死亡
誰か保守助けて
161ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/06/29(木) 00:22:11 ID:iIH4rLSb0
私…パソコン関係の知識は、ほとんど初心者レベル!

X話さんの復活を祈るのみ!です!スミマセン。
162名無しより愛をこめて:2006/06/30(金) 07:48:48 ID:QtxzwjEg0
パソコン初心者以下のレベルなのだが、HDが壊れるとひょっとして「虚空の鳥人」の続きが書けなくなり、DAT落ちの危険さえあるということか!?
だとすると忌々しき事態。
X話氏の復帰を待って保守ageするなり、再開時に邪魔にならない幕間劇的なのを投下するなりせんと。
163名無しより愛をこめて:2006/07/01(土) 09:45:01 ID:9VelmnIS0
待ってます!
164名無しより愛をこめて:2006/07/02(日) 12:16:09 ID:s9lB/sdi0
待ちます!!
165名無しより愛をこめて:2006/07/03(月) 12:09:13 ID:AnZFwgW10
待ってます!
166名無しより愛をこめて:2006/07/04(火) 08:12:29 ID:1fZEwsbr0
お待ちもうしあげまする!
167X話:2006/07/05(水) 01:59:07 ID:2P+1yKSJ0
うおおPCそのものが撃沈

10人以上の福沢さんが昇天していく
168ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/07/06(木) 17:44:40 ID:XOYBhrAD0
X話さんが復活されるまで、つなぎで私…何とかお話を急遽作って見ました。

このスレの雰囲気には、場違いかも知れませんが、載せてみます。

で、今回、全部書き終えないで書き上げたところで載せてゆきます。

大まかな流れと、とりあえずのオチは作っていますが。

何とか最後まで書き上げるつもりでやってみます。
SF板に載せていたいつもの話より少し長めになりそうですが…
169ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/07/06(木) 17:48:04 ID:XOYBhrAD0
『の、ようなモノ』 その1

JR砂原駅西口の階段を降りてくる男。《間際智史》42歳。
くたびれた薄青色の半袖のポロシャツ姿でゆっくり歩いている。
屋根のあるバス乗り場を過ぎたあたりで立ち止まり空を見上げ、「やっとやんでくれた。」とつぶやいた。
午前中ずっと降り続いた雨だが今はもう止み、西の空は、うっすらと陽の光もさしはじめた。
7月も半ばを過ぎ、あと数日もすれば梅雨も明けるのだろう。
ここ数日持ち歩いている傘に留め金を施し、改めて周りを見渡たしてみる。
そう…これから住む事になるこの街を。

都心からJR線が一本走る地方都市、砂原市。特急も停車する比較的規模の大きな駅。
その建物は、いかにも地方都市のそれらしく、まだ国鉄時代の雰囲気の部分を残す造り。田舎出身者の《間際智史》にとっては小さい頃見ていた故郷の懐かしさを感じるデザインでもあった。

《間際智史》は今年42歳。14年間一緒に暮らした《奈美恵》と離婚をして、半年が経った。
過去の14年間にケジメをつけようと、思いきって仕事も辞め、住み慣れた都心の街を離れココ砂原市へ越してきたのだ。

地元の小さな建築会社に何とか職を見つけた。所得は、かなり下がるだろうが、《奈美恵》へ渡す約束の月々の金額は十分に都合はつくと《間際》は思っている。
これから《間際》の家になる砂原市の市営住宅への入居手続きはすでに済ませてあった。
残るは、転入届けを行うだけになっていた。
駅前の、西口の通路を歩き、ヨーカドーの脇の公園に入りその先に有る砂原市役所へ向かう。

さっき自販機で買った缶コーヒーを手に持ち、公園を見渡し涼しそうな所にベンチを一つ見つけた。
雨の為、まだ少し湿っていたが気にせずベンチに座る。
ネットで調べた市役所の位置が記されている地図と他、数枚の近辺地図のプリントアウトを取りだす。
「よし、市役所は、すぐそこだな。」確認を済ませ、2枚目、3枚目の地図に目を移す。
「へぇ〜〜創美があるんだ!」《間際》は、これから住む事になる、砂原市岩草5丁目の市営住宅の近くに創美遺伝子基礎研究所を見つけた。
170名無しより愛をこめて:2006/07/07(金) 12:35:14 ID:T3GlawLI0
おお、ついに少佐殿がピンチヒッターに立たれた!
ウルQの脚本家陣は「SF的な話」を結構意識して書いていたようです。
ですから少佐殿も「特撮板」や「ウルQ」を意識しないで、マイペースでSFをぶっ放されては如何でしょうか?
X話氏の不在が長引くようであれば、ワタシも一作して投下します。

……というわけで保守。
171ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/07/07(金) 13:18:57 ID:5tT0InfT0
『の、ようなモノ』 その2

《創美遺伝子基礎研究所》膨大な動物DNAデータを使った最先端の生命科学を研究する民間施設。
有機的な曲面を多用した研究所の建築デザインは、建設当初、かなり話題になっていた。設計を仕事としている《間際》にとっても興味深い事柄だったのだ。

公園の中を抜け、整備された街路樹が並ぶ歩道に出て歩いていると、ほどなくして市役所の白いコンクリートの建物が見えてきた。
かなり古い造りの本館、そして新館が少し離れた場所にみっともなく建っている。確か新館の方で転入手続きは、するようになっていたハズ。

必要事項を書き込み窓口に提出。
中途半端に微笑む窓口の職員と目があい、こちらも更に中途半端な笑顔で返す。
「しばらく椅子に座ってお待ち下さい。」と促され、床のカーペット色と同系色で合わされた安っぽい椅子に座る。
1時40分をさす時計を目にして、引越しの業者との約束の時間が気になり始めた。

「《間際》さん!」と呼ばれ、立ち上がり微笑みの職員の元へ。
砂原市へようこそ!と書かれた新市民になった者だけがいただけるもろもろのありがたい書類一式を受取る。「へぇー最近は、DVDが付くんだ!」と思わず口に出した。
暮らしの案内としてゴミの分別法、介護者への無料配布の紙オムツの手続きの仕方などなど、対話形式で教えてくれるものらしい。

「《間際》さん!岩草5丁目にお住まいになられるのですね!」と突然、微笑みの職員から声をかけられた。「えっ!」「は、はい。そうですが…」

「岩草はいい所ですよ。特に5丁目。私の妹夫婦も5丁目に住んでいるのですが、いつも言っていますョ。」
「私もお勧めします。すべての面で暮らしやすい所です。」「あなたは、運がいい方です。」
と言い会話は終了した。
172X話:2006/07/07(金) 22:20:03 ID:aVn2Sw8X0
ご心配おかけしました・・・・・
結局友人からお下がりデスクトップを譲り受けました。部屋が狭い狭いw

とりあえず少佐殿の『の、ようなモノ』が書き終わりしだい復活したいと思います。
それまで書き溜めときます。
173ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/07/08(土) 12:15:29 ID:DHwHLDWM0
『の、ようなモノ』 その3

砂原市岩草の1丁目辺り。不思議な色彩を放ち建っている《創美研究所》を見つつ歩いているとき《間際》の携帯が着信を知らせてきた。
「は・い」相手は、引越し業者からだった。
「そうです。…そう!お願いします。私も、もうすぐ近くまで来ています。」

市営住宅が数件並ぶ区域に到着するとすでにそこに、2トントラックが待っていた。
ボディには大きく派手に描かれたタコ型宇宙人のキャラクター、《エイリアン便》。

     @@@@@@@@@@@@@@@@@@@

ドアが開けられ出てきた顔は幸せそうな笑顔だった。そして次の家でも同じ笑顔が《間際》に向けられた。
「何かわからない事、困った事あったら何でも相談して頂戴ね。」と、その笑顔の人は言ってくれた。人付き合いがあまり得意では無い《間際》でもこの言葉がうわべだけの気持ちから発せられたものでは無く、本心であることははっきり感じ取れた。

ご近所へのあいさつが一通り済む。「いい所へ越してこれたなあー」と歩きながら思う。
さっきあいさつを済ませたお宅《相川》さんの家からは、明るく笑う子供の元気な声が聞こえていた。

数軒あいさつを済ませた《間際》だったが…そういえば気になった事があった。
あの《相川》さんの家もそうだったが、すべての所で見たアレは何だったのか。
今、明るく笑っている子供だったのだろうか。
すべて同じ位の背丈で小学生4年生位。家の中なのに帽子をかぶり私が玄関に入ると逃げるようにリビングの方へかけだした。少し猫背で顔は日焼け?いや黒っぽく見えたが…

そして最初にあいさつにお邪魔した《野中》さんの家からも子供と母親の笑い声が聞こえてきた。

すっかり暗くなった市営住宅前の道。子供の楽しそうに笑う声を聞いていた《間際》は思いだす。
別れた妻と一緒に暮らしている娘の…《なな》の事を…

「カチャ」自宅のカギを開ける。これから住む事になるこの建物。建てられたのはかなり昔なのだが覚悟していたほどひどくは無く、ココでの生活も悪くはなさそうだ。
食事を済ませ、一人っきりの新居に寝転がる。

「トゥルルルルーー」と電話が鳴った。
174ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/07/09(日) 18:51:54 ID:KPNTgBr10
『の、ようなモノ』 その4

受話器からの声は妻だった、今でも一番の身内からの電話。
「元気だった?引越し今日だったんだよね。」
「ああ」少しの間、言葉を探す。「何、何の用だ。引越し先が本当か確かめのつもりか。」
いつものように2人の噛みあわない会話が甦る。
会話の切れ間から子供の声が聞こえる。娘の《なな》の何気無い可愛い声。

そしてココに…なぜか替わってくれといいだせない父親がいた。

娘と話さないまま、通話が終わり、受話器を置いた。部屋は、よりいっそう静まりかえり、空間が凍りついたように変化していた。

         @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

「ほんと!《間際》くんには、悪いと思っているんだ。」
働きはじめ2週間が経った新しい職場《中多建設》。神経質そうな社長は、また同じ内容の話をはじめた。

「いや。社長!大丈夫です。」「私は外回りの仕事、好きですから。楽しんでやらせてもらっています。」
「ありがとう。そう言ってもらうと。」「君みたいな資格もキャリアも充分にある人に細かいクレーム処理の仕事ばかりさせちゃって。」
「いずれドーンと新規の物件入ったら頑張ってもらうつもりだから…」

デパートや高層マンションの設計もこなせる《間際》。前の職場とは違いココでは、浴槽の改装、床タイルの直し、などなど、小さな作業の毎日。
でも正直、楽しかったのだ。気持ちは充実していた。

      @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

トヨタのワゴン車プロボックスで同僚の《上北》と現場へ向かう《間際》。
「《間際》さん。たしか岩草5丁目にお住まいだったんですよね。」「ああ、いい所だよ。もう1ヶ月くらいになるかなー。」
今日の仕事先は、《間際》の住む同じ岩草5丁目。2軒先の《相川》さんの家。
昼間でも不思議な色彩を放つ特殊塗装された《創美研究所》を見つつ《間際》達のプロボックスは、ゆっくりとカーブを曲がる。
175ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/07/10(月) 02:08:43 ID:HPE+b2G70
『の、ようなモノ』 その5

ココへ越してきて1ヶ月が過ぎた。そうして暮らしてゆくにつれ、砂原市岩草5丁目は不思議な街なのを感じていた。皆が心おだやかでやさしく話好き。
そして皆が同じようなあの表情であいさつを交わす。
更にもう一つ、不思議な事。この岩草5丁目には、軽犯罪のたぐいも含め、犯罪というものが起こっていない、発生がまったく無いというのだ。

《相川》さんの家。今日の仕事は新型の燃料電池システムの取り付け作業。
設置し終え、ノートPCとシステムをラインでつなぎ作動プログラムの確認をさせながら《間際》は横で微笑んで作業を見つめている《相川》さん夫婦の事を考えていた。
《相川》さんは共に70歳を過ぎた方たちで、たしか子供はいない。奥さんと2人暮らしなのだ。
いや、だが、確かにあの夜、見かけた子供は相川家の子供だった。

そうだ!そもそも、この街の子供達は、皆、何かが変だ。いつも何かしらの帽子をかぶり、うつむき加減で必ず親の後に寄り添い歩いている。

何が有るというのか。

作業が終了し試運転の結果も良好。「今日は、この間お見かけしたこれくらいの小さなお子さんがいらっしゃらないようですが…?」と聞いてみた。
「はぁあ?子供・で・すか・?」「うちはご覧の通りずっと、じいさん、ばあさんの2人暮らしですが。」といつもの表情を見せる。
でもそうだのだ。この言葉がごまかしの気持ちから発せられたものでは無く、本心であることははっきり感じ取れる。

何がこの街に有るのか。「ではこれで失礼いたします。」と相方の《上北》が2人から確認のサインを 受取っていた。

     「ガサッ」

誰もいない奥のリビングの方で物音と人の気配がした。《間際》は何気なくを装いリビングの方へ体を寄せてそっとのぞく。
勿論、そこには誰もいなかったが、あの気配は、生きた何かのモノだった。
176ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/07/10(月) 23:04:34 ID:HPE+b2G70
『の、ようなモノ』 その6

夜、8時。《間際》は、一人会社に残り、PCの画面を見入っていた。
検索画面には、明日からの仕事予定になっている《創美遺伝子基礎研究所》のサイトが映し出されていた。
この分野は海外メーカーや大学機関など、との熾烈な技術競争が行われている為、サイトには膨大な量の専門的な文字の記載、海外の文献の参照、リンク先などなどが所狭しと、アップされていた。
動物の希少DNAのデータを解析、解読、更に加工を施し、最先端の生命科学で動物実験を繰り返した研究成果がたくさんのページに興味深い写真、動画入りで閲覧出来るようになっていた。
有機的な曲面を多用した研究所の外装デザインも生体細胞加工技術が応用された色彩反応で輝き変化するものらしく、この部分だけでもかなりの数の特許を得ている。

まあ、当然の事だが、ウチのようなただの小さな建築会社には何の関係も無い。ウチに依頼された明日からの仕事とは、簡単な所員の休憩ブースの改装作業。
「さあ、帰るか!」PCの電源を落とし、戸締りを済ませ、自転車にまたがる。雑草の生い茂る草むらからは、虫の音が聞こえ、遠くで国道を走る車の行き交う音。
自宅までの距離を滑らかに自転車をこぎながら《奈美恵》と娘《なな》の事を考えながら移動する。
最近《間際》の生活は充実していた。すべてがうまくいっている。
今では、夜中、悪夢にうなされ続ける事も、離れて暮らす娘の夢を見て絶望的な気持ちで寝返りをうつ事も無くなった…
ココ(砂原市)に越して来るまでの《間際》は最悪の生活を送っていたのだ。

今日も目覚めの良い朝が訪れた。
《中多建設》のトヨタプロボックスのワゴン車が現場へ。今日は2台の車で社長も含め社内すべてが乗り込み《創美遺伝子基礎研究所》へ向かっている。

簡単なチェックを受け、中に入ると、そこはバイオハザード対策を施したP3感染実験室を備えた未来的世界があった。
《間際》達が作業している部分の更に奥のほうには、真っ白い通路がはしっている。そして右側のドアが運搬室、中央が動物飼育室、左の大きめのドアが感染動物飼育実験装置が並んでいる本室の表示が見えた。
177ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/07/11(火) 01:55:42 ID:NbrRmOR70
『の、ようなモノ』 その7

夕方、今日の作業が終わり、会社への帰路の車内。
「ねえ社長!《創美》の仕事、あと1週間はかかりますかねー」
「アソコの仕事は金になりますからネ!」
同僚の《上北》と《宮根》がそろうといつもにぎやかだ。

「あっ!《間際》さん!話し変りますが…知ってますゥ?あの《創美》のウワサ!」と《宮根》が話しかけ、後を《上北》が引き継ぐ。
「あくまでも ウ・ワ・サ なんですけどォ…あの《創美》は、1年半くらい前に何かしらの事故を起こしたって事なんです。」
「新聞とかテレビとかには、出てませんでしたけど、俺ら見たんですよ。仕事帰りに…」
「いつもはひっそりしている施設の周りだけど、あの日は忙しそうにたくさんの所員を見かけたよ。」「あれは、絶対、何か起きていたに違いないと思うんだ。」
と、車は、会社へ到着し会話は終わってしまう。
「さあ、さあ、着いたぞ。明日も早いぞ。《宮根》も《上北》も寄り道せずに早く帰れよ!」と社長が促し解散になる。

   @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

今季の夏は暑い日が続いた。《間際》は、まじめに楽しく働いた。

やっと日差しも和らぎ朝晩の肌寒さが感じられてきた頃、相変わらず毎日を忙しく、過ごしていた《間際》の元に一本の電話があった。
それは《奈美恵》からの電話で娘《なな》と父親とを再び会わせる事に決めたと知らせる内容の電話であった。

離婚当時、父親として《間際智史》は、最悪。もう二度と会わせるつもりは無いと決めた《奈美恵》だったのだが。
1ヶ月程前《奈美恵》の実の兄である《葉瀬直輝》が直接《間際》を訪ねた。
その時の《間際》の様子は、義兄の眼を通して見ても別人にしか見えないくらいの変わりようだった。
何がそうさせたのか。ここ砂原市での生活が仕事が周りの人達のおかげなのか。とにかく妹へありのまま伝える事にした兄《葉瀬直輝》。
178ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/07/11(火) 02:06:45 ID:NbrRmOR70
『の、ようなモノ』 その8

それを聞かされた《奈美恵》の気持ちは揺れた。
考え、悩み…そして何度か電話をして直接《間際》と話した。更に何度か手紙でのやり取りもした後、《奈美恵》の下した結論も兄《葉瀬直輝》のものと同じであった。
そして今日、親子は再会を果たす事になった。

《奈美恵》が運転してきた日産モコが市営住宅の敷地へ止まりドアの開閉の音がし、チャイムがなった。
ドアが開き、あいさつを交わした。それは、まるで時を感じさせない程の自然な普通の仲の良い父と母と娘の姿。

《間際》は娘を抱きしめ一言二言、話しかけた。そしてまたきつく抱きしめる。
《奈美恵》と《なな》を家の中へ迎え入れる《智史》の顔はとても幸せそうだった。
今後も二度と3人が共に暮らす事は無いかも知れないが、少なくとも今は…今日だけは普通の親子のそのもの。
明るく会話をし、楽しく笑う。

ひとしきり会話が続き、話題は、何気ない事に向けられた。

そして、こう《奈美恵》は聞いた。
179ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/07/11(火) 02:10:00 ID:NbrRmOR70
『の、ようなモノ』 その9(終)

「ねえ、兄から聞いたことなんだけど。」
「この間、兄がお邪魔した時、この家にいたという帽子をかぶった小学生3,4年生くらいの子は誰なの?会社の方か、知りあいのお子さんだったの?」

「ええっ?子供・が・か・?」「うちはご覧の通りずーっと、俺、だけの一人暮らしなんだが。この家に子供を連れて来たことは無いぞ。」と話し、昔見せたあのやさしい笑顔の表情を見せる。」
《間際智史》は、にっこりと微笑んでいた。
《奈美恵》には、この言葉と笑顔がごまかしの気持ちから発せられたものでは無く、本心であることは、はっきり感じ取れた。
そう、ココにいる《智史》はもう昔のあの父親ではないのだから。

その表情は、

まるで…

まるで…

この岩草5丁目に住むすべての人と同じ…あの笑顔だった…

     ------ナレーション-----

「あなたは今、幸せですか?毎日の生活、仕事、人間関係、うまくいっていますか?充実していますか?」

「あなたの住む街は、安全な街ですか?どうですか?近所に住んでいる人達は親切ですか?」

「そして、近くには、最先端の研究所らしき施設はありませんか?」

「もしそれらが、すべて当てはまるとしたら…」

「もしかしたらあなたのそばには、いつも、子供のような不思議な生き物…《の、ようなモノ》がぴったりと寄り添っているかもしれません。自分では気づかず無意識のウチに一緒に暮らしているかも知れません…よ…」

     < お し ま い >
180ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/07/11(火) 02:22:34 ID:NbrRmOR70
やっと…やっと、書き終えました。

お待たせいたしました。
第X話さん『虚空の鳥人』再開お願い致します。そして、とりあえずのPC復活おめでとうございます。

今回、私、行き当たりばったりではじめてしまい・・・結果、こんなお話になってしまいました。スミマセン
私なりにがんばったのですが…私の実力ではこれが限界。

あらためて自分の能力の無さが身に染みました。
X話さんのような話しをと、作り始めた次第ですが、つくずくX話さんの偉大さがわかった気がします。

まだまだ修行が足りませんでした。出直します。
181名無しより愛をこめて:2006/07/11(火) 08:10:28 ID:XmYKPcSY0
>>少佐殿
お疲れ様です。
SFではよく見られる「全部説明しないで放り出す」のが綺麗にきまってます。
私はまた「座敷わらし」のクローン化とか言い出すのかと思ってました(笑)。
でも「どこまで書くか?」がSF小説、ホラー小説、ミステリー小説、特撮番組の境界線のひとつを画していることが大変よく判ります。
勉強になりました。
182ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/07/11(火) 22:18:21 ID:NbrRmOR70
>>181さん
感想ありがと

「座敷わらし」のクローン化…面白そうですね。SF板に書いてみようかな!
183名無しより愛をこめて:2006/07/11(火) 23:21:11 ID:wHhGCZ9K0
>>182
とある大学生が謎の超時空生命体を遠野市山奥の古い素封家の奥座敷にて捕獲
人の思考を読み取り具現化する性質を知り研究者は狂喜
構成要素を分析し超時空生命体のクローンと販売に乗り出す
詰め掛ける著名人や政治家、そしてちらつくCIAの影
しかし素封家の孫が『遊び飽きた』とのたまう超時空生命体達に同情し開放
素封家は落ちぶれ大学生は行方不明に

その後、日本経済が少しづつ回復基調になったのは皆さんTV新聞でご覧のとおり
しかしもし、超時空生命体がこの日本で遊び飽きてしまったら・・・・・?


ケセランパサランでも可
ああいかんつまらんのう俺
184名無しより愛をこめて:2006/07/12(水) 23:21:43 ID:rDS6rBFr0
保守
185第X話 虚空の鳥人:2006/07/13(木) 23:43:57 ID:Rr+Mhfno0
「驚いたな、この場所に主が居られるとは」
彼も驚いた。流暢な日本語だ。声も出せない。と、『鳥』が翼を広げ──────────
いつの間にやら、隣に舞い降りていた。「失礼」横の崖から生えたマツの枝先に留まる。
迫る夕闇の中、既に影だけになった風景に『鳥』の目だけが浮かび上がる。こちらを向いた。
「申し訳無いが、私も暫く此処に寄らせて貰ってかまわんかね?」しどろもどろながら、頷く。
「有難う」・・・───向き直る『鳥』。滑空するように町の方へ飛んで行った。
飛んで行った先には、一番星の如く瞬く高層ビルの赤い灯。


「ふぁい?ふぉおふぃんがふぉーひふぁっへ?」
ヤキソバを頬張る変人女。横ではチーコちゃんが洗い物をしている。こめかみを押さえる雑誌記者。
「だから、『鳥人』だって ・・・・・えーと、聞いてるか?」「ふぉっけふぉっけ」
山盛りヤキソバが見る見る減っていく。「おとといから新聞雑誌賑わしてるヤツね、ご存知よ」
「じゃあそれでもいいから記事を早く」麦茶を一気飲みする変人女。ぷはあと溜息。
と、目の前にもう一皿大盛りヤキソバ。「ってお前、まだ食う気か!」「あんたのよ、お昼まだでしょ?」
連載の記事催促に来たのに昼飯を奢られている。しかも記事はこれからだという。
チーコちゃんが麦茶とお箸までくれた。しかたなくいただきますする雑誌記者。
窓を見ると広がる青空。もう夏だ。どこからか航空機のジェット音がする。


空を裂くF15戦闘機。眼下には幾つかののんびりした積雲達。変わりない、夏の空。

「目標地点到達、されど目標UNKOWN認められず」レーダーに映る、二つの機影。
ここ数日奇妙なスクランブルが続いている。突如として出現する小さなレーダーの影。
大きさとしてはそう、小さなグライダー程。それが日本各地に現れては消えている。しかし未だに未確認。
「帰投、させますか?」「ああ」投げやりな指令の返事。うんざりしているらしい。
186第X話 虚空の鳥人:2006/07/14(金) 01:18:20 ID:LN0WOe3C0
「・・・・・、帰投せよ。繰り返す・・・・・」
リピートされる指令。『・・・・・』返事が無い。「おい、どうした?」沈黙。

指令に反応できないパイロット。固定された視点。F15の鼻先に────────
人が立っていた。外套で身体を覆い、頭には妙にテカる笠。其の下には、鳥の様な顔。

『人?──・・・いや、鳥?』「どうした?何があった!?」要領を得ない通信内容。
防空指令が眉をひそめる。

鼻先の『人』が歩き始めた。コクピットに近づく。外套の下から何故かゲートル巻の脚が覗く。
コクピットの前まで来て、するりとしゃがんだ。・・・───見ている。此方を見ている。

パイロットの嗚咽。必死に悲鳴を堪えている。騒然となる司令室。
「おい、如何なってる!?僚機に確認!!」『人が・・・・・いや鳥?が・・・F15の上に』

脅えるパイロット。傾く機体。『人』の身体が宙に浮き────翼を広げた。ふわりとF15翼上に着地。
また、ゆっくりとコクピットへ歩き始める。パイロットが遂に悲鳴を上げた。
  ・・・・────『鳥人』が、ふいと上を見上げた。其処には妙に光る雲。

「コレは・・・・!?」防空レーダーに巨大な影。デカい。ちょっとした空母並みだ。

────其れは、船。奇妙な帆船が空に浮いている。F15など蚊蜻蛉の様。
翼上の『鳥人』が翼を広げ、飛び立った。あの空の『帆船』にへ飛んで行き甲板の上で見えなくなる。
と、『帆船』の背鰭の様な帆が蠢く。ゆっくりと転進し、そして光る雲の様なものに覆われていく。
要領を得ないF15乗員の報告。そうこうする内、すっかりと『帆船』はレンズ状の光る雲に包まれた。
光るレンズ雲が気流の関係か消え去った時、既に『帆船』もレーダーから消失していた。
187名無しより愛をこめて:2006/07/14(金) 22:19:47 ID:ixofo8RG0
あげ
188第X話 虚空の鳥人:2006/07/16(日) 06:00:36 ID:DM2svYyZ0
夕方の編集部。シャーペン咥えた雑誌記者。夕方のTVニュースを眺める。
「『鳥』、・・・・ねえ」特集をやっている。変人女の穴埋め記事のネタ元だ。
一応急ぎの発注につき、内容は『旧日本軍の機密部隊の幽霊!?』という感じでお茶を濁したが────
TVは宇宙人来訪説。夕刊は異次元人説を大々的に。マスコミの流れは異次元人説らしい。
出遅れたというか、「・・・乗り遅れたな、こりゃ」溜息しか出ない。

「すいませぇん」小坂の間延びした声がする。「誰か代わってくださぁい」
社会人ナメンナと思いながら顔を向けると、入り口に老人が一人。小坂が付き添っている。
ヤレヤレと出て行く雑誌記者。「あぁ、すいません」云うが早いか、小坂は給湯室へと消えた。
「初めまして」丁寧なお辞儀。上げた顔は元気ではあるが、相当に年輪を刻んでいる。
「児嶋と申します。あ〜・・・・ 『鳥』について書かれた記事について、お伺いしたいことが」


真昼間のガケの上。この時間帯、この場所は木陰に覆われる。
草の上に寝転んでパックジュースを飲む正弘。横にはコンビニの袋。パックがペコリとへこむ。
「昼飯、といった所かね」突然の声に振り向く。木陰の上の方、太い木の枝に『鳥』が居た。
折角いつもと時間を大幅にずらして此処に来たのに、無駄になってしまった。悪態をつく。

「ハハハ、嫌われたな」どうも真面目腐った口調。好きにはなれない。
「こんな時間にも来れるとは、仕事はどうした?」バイトはもう少し後の時間だ。関係ないだろ。
「『バイト』・・・・よく解らんが、ろくな仕事では無いな?」ほっとけ。そんなお前は如何なんだ?
大体何者だ?名前は?そもそも人間か?世間じゃ宇宙人とか異次元人とか云われてるぞ。
「相当な云われ様だな」・・・その姿見て相当云わないヤツの方がおかしいわ。

強い日差し。少し木陰がずれ始めた。少しの沈黙の後、『鳥』が口を開く。
「私の名前は゛朱鴇゛。  ・・・・此処には少々、里帰りにね」
189第X話 虚空の鳥人:2006/07/18(火) 04:17:22 ID:NUFb19du0
夜の繁華街、飲み屋の座敷。座るのは注文する記者、困り顔の変人女、にこにこ笑う児嶋氏。
「さ、どうぞ」ビールを傾ける児嶋氏。「・・・はあ」チビりとビールを飲む変人女。
「いやあ、貴方の書かれたあの記事、とても感銘を受けました。どこでお調べに?」
「ええ?ああ、いや」「・・・あ、もしや日本酒の方がよろしい?おーいすいませーん」

脇腹を小突かれる記者。「・・・ちょっと、いきなり何なのよコレは」
「いやあの『鳥』の記事を書いた人に会わせろって来たからさ」「って、当てずっぽよあの内容?」
注文が終わったらしい。「ああすいません。で?あの情報の出所は?」「あ、え〜・・・・企業、秘密?」
「んん〜・・・そうですか・・・・・」残念そうに頭を掻く児嶋氏。
「分りました。私の話を先ずお聞き頂いて、それでも駄目なら諦めましょうか」「いやあの、ですね」
「私ね、  ・・・────あの『鳥』達に、会いたいんですよ」机の上に、冷酒のビンがドンと置かれた。


夜のマンション前。道路上で若い男女がふらふら歩いている。酔っているらしい。
「んにゃ〜・・・もう歩けない」「ホラ大丈夫?」女性の具合が悪そうだ。「ねむぅいよう」
「じゃあ・・・俺んちで休んでく?」ニヤニヤ笑いの男性。あまり酔ってないらしい。「うぅん、んむ」
ずるずるとマンションへテイクアウトされる女性。 ・・・と、「ん?」「うぃ?」
マンションの前、大きな木の下に人影。この熱帯夜に外套を着込んでいるらしい。大木を見上げている。
訝しげに眺めながら避けて通る男女。「・・・なにあれ、覗きぃ?」女性が呟く。

「すまん、少しいいか」人影がしゃべった。驚く男性。「此処に、大武という家は無かったか?」
人影が此方を見た。その顔は────人ではなく、鳥の顔。総毛立つ男性。  ・・・────と、
突如、投光。照らされる人影、ついでに男女。「動くな!!」幾つもの銃口。
「我々は警視庁、SRI第6分局だ。不法入国容疑で逮捕拘留させてもらう」光の向こうからのお題目。
人影が笑った。「そうか────もう、この国の人間ですら無いのだな」どこか自嘲気味の言葉。
人影は翼を広げると、星の見えない夜空へと飛び去っていった。
190第X話 虚空の鳥人:2006/07/19(水) 03:24:21 ID:+xp7frv00
真夜中の東京。輝く夜景を背景に、奇妙な通信音声。
『・・・・・゛黄雀゛、応答せよ』『こちら黄雀、事情により原隊復帰時間に遅れ有り、02:30の予定』
『もしやまたカレーか?』『・・・バレましたか?いやあ海軍時代が懐かしくて』
『懐かしいのは構わんが原隊復帰を優先しろ。後がつかえるからな』『・・・了解、早急に帰還します』

深夜の峠坂の崖の上。樹冠の細い枝先に、あの『鳥人』の影。
『・・・・・お疲れ様です』「────゛玄鳶゛か」『ええ、どうですか皆の様子は』
「まあ正直、微妙な所だ。まあ大人しいものだがな」『それは良かった。いやあ待ち遠しい』
「・・・お前、陸に降りるのは未だか」『明後日の予定ですよ。其の時はよろしくお願いします』

「・・・────出来る事なら、玉手箱が紐解かれぬよう」
『鳥人』が呟く。遥か彼方、高層ビルの赤い光を眺めながら。


昼の町を歩く変人女。其の前を妙な形をしたワゴン車が走り去る。上部には赤色灯。

「───SRI?」「そ。昨日あたりからその辺中走り回ってるわ」
喫茶店の一角。コーラフロートをズゴゴと飲み干す変人女。対面には雑誌記者。さめたコーヒーが半分。
「何でまた・・・・・」「・・・コレ、ネットでの噂なんだけどね」
何故か、あの『鳥』の周辺にSRIも現れるらしい。「・・・まっさか、『鳥』を捕まえようとでも?」
更に同じ時間帯に空自のスクランブルが幾度も。自衛隊も『鳥』に対して行動しているらしい。

「何か皆妙に積極的だな。何か有るのか?」「さ、ね」変人女が立ち上がる。珍しく伝票を持った。
「変にキナ臭いけど────ま、あの爺ちゃんに聞いてみればいいでしょ」
そう、これからあの児嶋老人へ取材に行くのだ。────だが、あの記事の言い訳はどうするのだろう?
「今日はおごったげるから、記事の事情説明頼むね〜」「・・・・え?おい!?ちょっとマテ」
191名無しより愛をこめて:2006/07/19(水) 11:35:03 ID:EK/GLcPU0
ウルトラQに「未放送ストーリー」
ttp://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tokyo23/news001.htm
192第X話 虚空の鳥人:2006/07/20(木) 02:46:56 ID:7q556wXs0
階段から降りてくる正弘。「・・・・どこに行くの?」ひいばあちゃんの声。
「・・・・・バイト」「お盆は、休める?」「・・・知らね」そのまま、玄関へと向かう。
「お盆は休みなさいよ?あの世からご先祖様が帰ってくるからね」そう云って仏間へ引っ込む。
  ・・・・────ひいばあちゃん、遂にボケたか?ぼやいて玄関を出て行く。
仏間に架かる白黒の写真。若い男性の肖像。

夕方、またあの峠坂の崖の上。またあの『鳥』との会話。
「『バイト』とやらは楽しいか?」「・・・・・いんや」「では、家は?」「いーや」
「・・・何だ、不愉快なことだらけかね。若いのに夢とか希望とか無いのか?」
「そだよ、世の中そういうもんだろ?高望みも誇大妄想もせずに等身大で生きてく、それが人生さ」
「・・・・・そういう、時代か」「そういう時代さ」
「────てゆーかさ、お前ホンとに何モン?日本語喋るし。その鳥の顔お面だろ?なあ少し・・・」
『鳥』の方を見た───やけに静か。感慨に耽っているような──・・・ 眉をひそめる正弘。

と、『鳥』の視線が動いた。「む、いかんな・・・・・ 今日はこれでおいとまするか」
翼を広た。声を掛ける間もなく、夕闇にひしめく街の空へと飛び立っていく。
呆けた顔で空を眺める。・・・やがて、峠坂の頂上に赤色灯が停まった。何だ、警察か?
下を覗くと、普通のパトカーとは違うワゴン車が何台か停まっている。何だ?どうも此方に登ってきそうだ。
荷物を纏めると、いつもは使わない目立たぬ獣道を通って崖を下った。


「ええとですね、今回のお話なんですが」「おおそうだ、お茶請け忘れてましたなぁ」
児嶋氏の自宅。客間に座る雑誌記者。何とか『あの記事はウソッパチです』と言い出そうとする。が───
「旨いんですよこの荻屋の芋羊羹!遠慮なさらずに、ささ」きっかけが掴めない。愛想笑いの記者。
変人女は?・・・────あちらの縁側で児嶋家の孫と犬とで遊んでいる。お〜い・・・・・
「さてさて、本題に入りましょうか。では先ずこちらをご覧下さい」いやあの、話を・・・・・・
193名無しより愛をこめて:2006/07/20(木) 12:25:18 ID:wQK9demR0
SRIにいつもの「変人女」と役者も出揃ってお話が加速し始めましたね。
少佐殿という実力者もライター参加されて、このスレも「鳥人」同様に浮上するか(笑)。
現在進行中の「虚空の鳥人」か次回作の終了時に、私も四作目の駄文を投下してみます。
タイトルは「石の見る夢」。
ウルQらしい展開にできると思います。
194第X話 虚空の鳥人:2006/07/22(土) 03:03:20 ID:N2kqD1GL0
ドサリと置かれた冊子の山。「?コレは?」「『鳥』の出現すると思われる場所ですよ」
手にとって読んでみる。「リストとして纏まっていますから、虱潰しにでも廻れば結構でしょう」
いや、ちょっと待て。「あの、コレ────」にこやかな児嶋氏。「はい?」
「住所録じゃないですか?──────しかも、個人の」「ええ、昭和20年当時の、ね」
孫と犬の相手をしながら、変人女の視線が此方を向いた。


繁華街の外れ、シルバーの車の中でタバコを吸う男。『・・・・・三号車、応答せよ』
跳ね起きる男。「こちら三号車、どうぞ」『どうだ安佐田、首尾は』「!?所長───ダメダメっすよ」
襟元にSRIのバッジが光る。「捕獲しようにも空は飛ぶし、神出鬼没だし、正直打つ手が」
『゛トクサイ゛が陸自のヘリを投入した』驚く安佐田。『ご丁寧に武装ヘリだ。あちらもヤル気らしい』
「・・・・・装備課に追加申請、よろしいっすか」『構わん、存分にやりたまえ』
  ・・・────沈黙。『如何した』「今回の件、ISPOからの協力依頼でしたよね?」
『そうだ、それが?』「゛トクサイ゛との出来レースってこたないですか」『可能性は否定できんな』

交信終了。溜息混じりに外を見る。薄暗い道の向うに、繁華街の明かり。
「────下っぱにゃ、知れる事も無いのかよう」


昭和20年の住所録。もちろん現住所はそのままではない。しかも全国に渡る。廃村なども有った。
先ずはこれまでの『鳥』の出現・目撃情報と付き合わせる。驚く事にほとんどが住所録に該当した。
「一度出現した場所には、二度と出現しないと思いますよ」とは児嶋氏の弁。出現した住所を消す。
で、残った住所が、『鳥』の出現場所?   ・・・・・納得がいかない。
午後の編集部会議室。資料をまとめる児嶋氏に聞く。「何なんですか?この住所録」
「おやあ、大体察しはつくでしょうに」眼鏡を直す児嶋氏。「旧日本軍謀略機関゛ミネ゛、ご存知ですね?」
出任せなんで分りませんが。「其処に所属していた通称゛綾窪研究所゛の名簿ですよ」
195第X話 虚空の鳥人:2006/07/23(日) 03:40:09 ID:mWX9fBuX0
八つ時の下町。雑貨屋の店主への聞き込み。この周辺には未だ来ていないらしい。
店を出ると変人女が児島氏と話をしている。「・・・で?゛綾窪研究所゛というのは」積極的な質問。
「私達は正直、その『機関』も『研究所』も詳細な内容は知らないのです。教えていただければ」
「おや・・・そうでしたか?それは」    ・・・いかん、マズったか?
「・・・ま、よろしいでしょう。では────少々お付き合い頂けますか?」
老人の指す先には、地下鉄への入口。

発進する地下鉄。煌々とした広告が過ぎてゆく。
「まあ、戦時中の話なんですがね────スパイ養成の中野学校とかはご存知で?」「・・・一応は」
゛ミネ機関゛というのはそれと同じ、いわゆる特務機関。兵器等軍事物資の開発が主目的。
其の中心にして白衣の高級将校、其の名も───「───゛綾窪修太郎゛ですか」「よくご存知で」
彼の肝入りで創設されたのが通称゛綾窪研究所゛。正式には陸軍所有の倉庫だった。
「まあ半ば綾窪の私物化してまして、奇妙でふざけた役にも立たない兵器ばかり作ってましたよ」
望郷の念を起こさせる戦場音楽兵器とやら、笑う子供も泣いて逃げ出す超臭漬物兵器やら。

地下鉄が止まった。降りる児嶋氏と変人女と記者。地上に上がる。
「あそこは軍事研究施設というより────そう、子供のおもちゃ箱みたいでしたね。面白かった」
そんなある日。突如綾窪所長が黙りこくったと思うと、奇妙な研究プランを陸軍に申請した。
『レーダー不可視化した長距離航空機製作』そんな題名だったらしい。

商店街の裏道へ。やがて住宅街になる。
「彼自身はエジソンやテスラ、アインシュタインとも交流があると豪語してましたがね」
実際、豪語する程の能力は有った。既存の航空機には囚われない異様とも思える奇抜なデザイン。
内部に搭載されたレーダー消失コイル機構。彼以外にシステムを理解できていた人間は居なかったが。
乗員は所員から選抜。元より過剰気味に見えた所員数が、抜けて丁度良い感じだった。
────しかし、コイル機構完成間近のある日、綾窪所長はとんでもない告白をする。
196第X話 虚空の鳥人:2006/07/23(日) 04:47:25 ID:AuV8/41C0
『この航空機は、米帝と闘う為に建造したのではない』
騒然となる研究所員達を前に、綾窪所長は隠し持っていたマイクロフィルムで説明を行う。
米国に潜入している諜報員によると、米国で今行っているのと同様の実験が戦艦で試みられたという。
結果は不明だが恐らく、失敗。そして────────
『副作用で発生した次元の狭間から、異次元の怪物が躍り出ようとしている』
見せられたスライドには、米国の大平原の空に悪魔の顔をした積乱雲が渦巻いていた。

住宅街の向うに緑地が見えた。フェンスで囲まれている。公園らしい。
「そりゃあ非難轟々でしたよ。なんで米帝の尻拭いをせにゃならん、奴等に勝手にやらせておけばいいと」
だが、綾窪は一喝。これは国などという問題ではない。地球、いや宇宙規模での危機だと。
本当にお国の為を思うなら、頼む、行ってくれと。普段は尊大な綾窪が、土下座をした。
「綾窪所長が本気で怒り、泣いたのはこの時だけでしたな」
その後、船は滞りなく完成。軍や゛ミネ機関゛すら欺き、乗員38名の不可視空中戦艦『嶺雲号』は、

帰る見込みすらない旅路へと船出した。

「此処がその研究所跡です」夕方の公園。子供達がきゃいきゃい遊んでいる。
此処は、確か──・・・「最初に『鳥』が目撃された場所?」「そうです。帰還するなら、先ず出発地に」
では、『鳥』の正体とは。「そう、お察しの通り」向うで母親が兄弟を呼んでいる。
「旧日本陸軍特務小隊『鳥人隊』隊長以下38名。────彼らは、日本人ですよ」

「ママ−、おっきいのまたキター」子供が宙を指している。見上げると、
遥か上空に、鳥の姿。いや、にしては大きい。児嶋氏が双眼鏡を取り上げ、確認する。
「『鳥』だ!!」駆け出す児嶋氏。「あ、ちょっと!」記者も駆け出す。「追いつけませんって!」
公園の入り口で大騒ぎの二人。其処に個人タクシーが止まる。出てくる変人女。
「さ、乗って!!ボヤボヤしてると逃がしちゃうよ!!」
197第X話 虚空の鳥人:2006/07/23(日) 05:33:21 ID:TRGjHIF80
夕闇迫る空を見ながら、峠坂の崖の上に佇む『鳥』。   ────つい、と顔を上げた。
「゛玄鳶゛、如何した」『・・・』「゛玄鳶゛!応答しろ」    ・・・・・沈黙。「・・・まさか」
翼を広げ、空中へ飛び立つ『鳥』。夕日に染まる空と雲。
              ────少し遅れて、獣道から音。正弘が顔を出す。
辺りを見回した。「・・・珍しいな、今日は来てないのか」


「運ちゃん、もっと飛ばして!!」「おねーさん、そう云われてもこの時間帯だぜ?」
確かに交通量が多い。目の前の空にはあの『鳥』。ふらふら飛んでる為か、あまり速度は出ていない。
そのうち交通渋滞。「あちゃー・・・」「おっさん!歩道空いてる歩道!」「ムチャ云うな!!」
と────・・・ 何処からかヘリの音。住宅地の上を武装ヘリが飛んできた。
「自衛隊だ・・・!」児嶋氏が双眼鏡で確認する。『鳥』に接近、一定距離でホバリングする。

下部の銃砲を『鳥』に向ける自衛隊ヘリ。しかし其処に有るのは機銃ではない。
バチン!!軽い破裂音を伴い投網のようなモノが発射された。鳥に覆いかぶさる。あちこちで放電。
『・・・電磁ネットにてターゲット捕獲完了、支持を──・・・』絶句するヘリのパイロット。
何と、『鳥』がネットをずるりとすり抜けた。宙に浮かんだまま、抜けたネットの端を引っ掴む。
『鳥』がネットを空中に────いや、ヘリのローターに投げた。見る見るブレードに絡みつく。
制御不能の自衛隊ヘリ。斜めに堕ちてゆくその横っ腹に────────光の槍。
『鳥』の手から、いや手の中のライフル状の機械からの光線が、自衛隊ヘリを貫いた。爆散するヘリ。
目前の惨事に目を剥く人々。炎上するヘリが大型デパート屋上へと墜落する。


『緊急連絡、出現した目標が自衛隊ヘリを攻撃、これを撃墜。各員目標追跡を開始せよ』
跳ね起きる安佐田。「場所は!場所何処だ!?」「各車GPSに送信済」GPS画面を確認する。
リアルタイムで動く目標。「へぇいへい、じゃ行きますか」赤色灯が屋根に出ると、ゆっくりと動き始めた。
198名無しより愛をこめて:2006/07/23(日) 05:45:26 ID:kTZGf+LnO
「おまいら」ってどういうこと?
199名無しより愛をこめて:2006/07/23(日) 22:01:14 ID:St1VLskZ0
おまいら【おまいら】

「おまえら」の言い回しが2ちゃんねる風に変わったもの。
言い方が「おまえら」よりもやわらかく感じられるので、多用されるようになった。
「でつ」や「まつ」と出現時期が同じ頃なので、併用されることも多い。
「おまいら〜しる!」などのように使われる。

と…いうこと!!
200名無しより愛をこめて:2006/07/23(日) 22:17:34 ID:E+1lCxv00
前はありふれた使い方だったんだがな・・・・・
2chの歴史を感じる。
201第X話 虚空の鳥人:2006/07/25(火) 04:44:50 ID:XDlUG5Hw0
『鳥』が大きく進路を変えた。「ちょ、ちょ運ちゃん!あっち!!」「無理だって!」
既に幹線道路の流れに巻き込まれている。「っあ、っあ〜も〜」赤い空に消えていく『鳥』。
其の後ろを数機のヘリが追跡していく。

『目標は当機の能力を遥かに超える速度で逃亡、見失った。民間人に被害の恐れあり、支持を乞う』
『目標をレーダーで補足、渋谷方面へ移動中』

街中の巨大TV画面。人気アイドルの大々的なスクープ映像。
其の向かいのビル、屋上の細いアンテナ上に、ふわりと影が降り立つ。誰も気付いていない。
画面がコマーシャルに切り替わった。と────光が一閃。大画面の左上が吹き飛ぶ。驚く人々。
また一閃。携帯で話していた女性の胴体が吹き飛ぶ。また一閃。ナンパ男の頭が飛んだ。
見上げる人々。また一人光に貫かれた。すだれ頭のサラリーマンが頭上を指差して何か叫ぶ。
其の先には、赤い夕焼け空を逆行にして漆黒の翼を翻す、

死神が立ち尽くしていた。

死神がふっ、っと身を傾け、地上に真ッ逆様に落下してゆく。大画面に顔の欠けたキャスターが現れた。
 『ここで番組を代わりまして、臨時ニュースを申し上げます』
地上1m辺りで落下、いや急降下を停止し────地面と平行に飛んだ。人々の驚愕、そして悲鳴。
 『先程午後六時三十分頃、陸上自衛隊戦闘ヘリが謎の飛行物体と交戦、物体は逃亡中との事です』
幾つも走る光条。飛び散る鞄、小物、衣服、血飛沫、肉体、そして悲鳴。死神の影が駆け抜ける。
 『自衛隊特殊災害対策本部発表の避難地域、及び警戒地域は以下の通りです』
読み上げられる区域名。逃げ惑う人々。ショウウィンドウを這う様に飛び死の光を放つ悪魔。
やがて大画面前の広場は静まりかえり、ぶちまけられた血肉溜まりから、羽ばたき飛び立つ黒い『鳥』。
何処からか幼児の泣き声。横断歩道の横で泣いている。顔の無いキャスターが冷静に声を掛けた。
 『・・・以上、臨時ニュースを申し上げました』
202第X話 虚空の鳥人:2006/07/25(火) 05:37:20 ID:XDlUG5Hw0
方の高速道路。のろのろ動く車の列。「・・・っだあー!見失ったじゃない!」
乗り出して双眼鏡を覗き見回す変人女。車内では雑誌記者が運ちゃんにラジオをいじってもらう。
『・・・・・現在謎の飛行物体は渋谷から秋葉原方面へ移動しているとのことで・・・・・』
変人女が中に入ってきた。「もーちょっと!替わりなさい!!」「うあ、ちょっとお客さ」
運ちゃんが後部座席に放り込まれてきた。「・・・・すんません、倍払いますから」一応謝っとく。
変人女の雄叫びと共に、哀れな個人タクシーは対向車線逆走を開始した。

「うわ・・・・・・」渋谷に到着した安佐田。思わず吐き気を催す。
自衛隊員が寄って来た。「SRIの方ですか」「・・ん、ああ」到着がが早い。待機していたか。
「こちらは通行できません。支持に従って迂回お願いします」「んな、何の権限で」
「迂回しない場合、多数の民間人のご遺体を踏みにじる形になりますが。よろしければ」
無線通信。『目標、歌舞伎町方面へ転進。引き続き追尾せよ』

「本部、電磁ネットほぼ効果無し。これ以上の被害防止の為に撃墜を要請する」
ヘリの銃座席。目の前には黒い『鳥』の姿。『撃墜を許可する。ただし攻撃は光学兵器のみに限定』
舌打ちするパイロット。「タマが利かねえって事位、見りゃわからあよ」
『鳥』がまた降下を開始した。真下には夕闇に浮かぶ歌舞伎町の灯り。「待てやコラあ!」
断続的な光条が数回走る。『鳥』の身体を貫いた。姿勢が崩れ、急降下する『鳥』。
間違いない。今度こそ『墜落』だ。

「SRIも自衛隊も苦戦してるみたいね」走りながら喋る変人女。お願いだから集中しろ。
「彼らには、物理的な攻撃はほぼ通用しませんからね」ラジオの実況を聞きながら、児嶋氏。
何でも、あの不可視コイル機構による作用で航空機及び乗員までもが゛多次元移動体゛と化しているそう。
プラズマの一種だが、次元位相を任意に移動できる為、物理的に存在を消す事が出来るという。
「・・・・まるでユーレイだな」「其の通りです」そういう児嶋氏、顔が青い。
と、ラジオから歌舞伎町に怪物体墜落の報。変人女が気合を入れてハンドルを切った。
203第X話 虚空の鳥人:2006/07/27(木) 03:32:32 ID:HrOdUA5H0
「おう中川、どしたよ?」長髪の若者が聞く。正弘は立ち止まって彼方を見ていた。
「何か今、あっちの方に何か落ちて来なかったか?」見ている方向には、明るいネオンサインの光。
歌舞伎町の方角だ。

広告光輝く下で眉をひそめ騒ぐ人々。雑居ビルの裏路地に何かが落下したのだ。
女連れのホスト風の男が遠目に裏路地を覗き込む。と、────「止まれッ!!!」
機動隊風の特殊装備の隊員達がぞろぞろと沸いて出てきた。歌舞伎町入り口には大型バンが数台。
「危ないから、危ないから下がってください!」避難誘導の傍ら、ライフルに似た装備を構え並ぶ。
上空には自衛隊の武装ヘリが2機旋回している。路地の向こうも包囲は完了した。
「お前は完全に包囲された!おとなしく出て来い、バケモノ!!」

ハデなブレーキ音を立てて個人タクシーがガードレールにぶつかった。もうベコベコだ。
「うおっしゃ!到着!」変人女が気を吐きながら児嶋氏を連れて飛び出す。呆れ顔の雑誌記者。
後部座席には半泣きの運ちゃん。「・・・・・すいません、必ず弁償させますので」


裏路地からポリバケツが転がり出てきた。中身が飛び散り、何とも云えない臭いが広がる。
都指定のゴミブクロを踏みながら、裏路地から黒尽くめの人影が現れた。 ・・・───『鳥』だ。
ふらふらと2、3歩進むと、上を見上げて停止した。銃眼が『鳥』を狙う。

『鳥』が、ぽつりと漏らした。まだ若い青年の声。
「此処は  ・・・・・────何処だ」

『撃て』
無線の号令と共に、無数の光の針が『鳥』の身体を貫いた。
全身から煙を上げ、前のめりにガクリと傾く『鳥』の姿。
204名無しより愛をこめて:2006/07/28(金) 11:11:24 ID:P1LBR+Ie0
応援!!
205第X話 虚空の鳥人:2006/07/29(土) 04:29:43 ID:iV0Gr9Cy0
『鳥』は倒れない。うな垂れ脚を広げたまま立っている。
銃口は『鳥』に向いたまま。特殊部隊の人員も、誰一人として微動だにしない。

「昔あの辺りにカフェーが在ってな、皆で足繁く通ったよ」
『鳥』が呟いた。身構える隊員達。「近所にゃ美味い蕎麦屋が在った。昼は何時も其処だった」
『鳥』がうつむいたまま一歩踏み出す。「小うるさい爺さんも居たな、よく相手してやった」
近づく『鳥』に隊員達が後ずさる。「あの置屋の娘さん、・・・正直惚れてたなァ」

隊員の誰かが発砲した。光条が『鳥』を貫く。ガクリとしたが倒れる気配は無い。
「おい、・・・────此処、何て所だ?」顔を上げた『鳥』の質問。誰も答えない。
「俺達は、俺達の故郷を守る為に旅立ち、今生の別れの為に舞い戻った筈だ」歩み進む『鳥』。
「だのに何だ?この気のふれた世界は何だ?」歩む『鳥』がモーゼの如く隊員の群を割る。
「・・・────一体何の冗談だ?」目前の隊員に詰め寄る。

豊かな里山。立ち並ぶ住宅。草生す畦道。鉄車の列。夕餉の静寂。列車の騒音。淡色の月夜。原色の騒夜。

また『鳥』を光が貫いた。詰め寄られた隊員の発砲。だがさして効いているように見えない。
「何故」鳥が迫る。「何故俺は、戻ってきた?」


「それが貴様の希望だからだ」
上から声がした。通りのいい、野太く品のある声。包囲する隊員達が上空に武装装備を向ける。
電信柱の頂上。極彩色の電飾の上。ビルの雑多なアンテナの上。張り巡らされたワイヤーの上────
「こうならぬよう厳命した筈。同じ理由から帰還を諦め待機に廻った者達、忘れてはおるまいて」
『鳥』が居る。特殊部隊の頭上に、計五体。驚愕する特殊部隊。
だが『鳥』達の関心は、あくまで其の中心の黒い『鳥』に注ぐ。
206第X話 虚空の鳥人:2006/07/31(月) 01:39:57 ID:p0js3E5i0
遠巻きに『鳥』と包囲網を見る変人女。児嶋氏は────固まっている。
驚愕した顔でいきなり飛び出ようとするのを、現場整理の警官に抑えられた。何か呟いている。
「ちょっと、児嶋さん!ちょ」警官と一緒に児嶋氏を取り押さえる雑誌記者。其の背後に────
「・・・何だよコレ」蠢く群衆、静止した特殊部隊、其の頭上に5人の『鳥』。
それを見上げる青年、正弘。

黒い『鳥』がだらりと弛緩した様に上を見上げる。
「ああ・・・・・そうか。そうでしたね」溜めていた邪気を吐き出す様に、黒い『鳥』が呟く。
「゛碧鶯゛」  ・・・────電柱の上、緑色の外套のほっそりした『鳥』。
「゛黄雀゛」  ・・・────看板の上、黄色い該当の大柄な『鳥』。
「゛桃雁゛」  ・・・────アンテナの上、桜色の柔らかい物腰の『鳥』。
「゛蒼雉゛」  ・・・────手すりの上、青色の思慮深げな姿勢の『鳥』。
「そして───・・・゛朱鴇゛」
        ・・・────街灯の上、薄朱い裏地の外套の、首魁の気漂う『鳥』。

「゛玄鳶゛」゛朱鴇゛と呼ばれた『鳥』が呼ぶ。
「重大な命令違反だ、分かってるな?」「・・・・・はい」「処分については理解しているな?」「はい」
「言い残すことは?」「有りません」「  ・・・・・結構」

黒い『鳥』を何本もの光の槍が貫いた。これまで『鳥』や特殊部隊が使った光条兵器とは違う。
黒い『鳥』が虹色に輝き始めた。かがて『鳥』の仮面や外套の下から発光するガス状のものが抜けていく。
虹色に発光する『鳥』が、少し笑った。そしてガスが出きったと思うと────────
こく。小さな音を立てて、『鳥』の仮面が落ちた。仮面の下には、
何も無かった。

途端に、『鳥』の衣装がバラバラと崩れ落ちた。主の抜けた衣装ガラが地面に残る。
207名無しより愛をこめて:2006/08/02(水) 03:04:47 ID:NFX1xPfa0
あげ
208第X話 虚空の鳥人:2006/08/03(木) 00:35:46 ID:MsJ8cEh60
「撤収だ」
『鳥』達が翼を広げ、闇夜へと飛び立つ。少し遅れて特殊部隊の号令。光条が天に放たれる。
しかし『鳥』は捕らえられない。翼を翻し、皆バラバラに散り去っていく。

上空を飛び去る『鳥』を見上げる変人女と児嶋氏。飛び去りざまの衝撃風が吹き付けられる。
────と、児島氏の手の中に、丸めた紙くずが一つ。変人女が覗き込む。「?ソレは?」

「何だよありゃ・・・・・」長髪の若者が呟く。その横には、絶句した正弘。
その視線が追う夜空の一角を、自衛隊のヘリ二機も追いかけていく。地上の特殊部隊も撤収、再追尾を開始した。
夜空の何処かで、稲光と轟音。


『気象庁より、現在東京上空に積乱雲がが発生との事。危険が伴う為作戦を一時中止する。帰投せよ』
司令部からの通信。憤るヘリのパイロット。「冗談云え!こんな千載一遇のチャンスを逃せってのか!?」
そういう間にポツポツと降って来た。遠雷も聞こえる。強い横風に煽られるヘリ。
『繰り返す、作戦は一時中止。帰投せよ』「・・・・!しかしだな・・・・・!!」
『────その通りだ、帰り給え』基地オペとは違う声。────何だ今のは?混信?

と、目前の嵐の中に薄朱い翼が翻った。  ・・・───『鳥』だ。『鳥』が、空中に立っている。
翼を広げ、まるで其処に電柱でも在るが如く直立している。驚くパイロット。また風に煽られる。
無線に割り込んだ?いや、その前に空中で静止している。何だアレは?
すぐ傍で稲妻。────赤い稲妻!?周辺一帯が一瞬血の色に染まる。また光ったと思うと────

『鳥』とヘリの間を遮る様に、巨大な物体が降下、いや落下してきた。後退するヘリ。
すぐ下の民家に激突する。雨天の為あまり埃は立たない。────それは、巨大な怪物の死体。
赤い閃光に照らし出されるのは、巨大な鰭脚類の姿。長い牙も見える。
209第X話 虚空の鳥人:2006/08/03(木) 01:32:53 ID:/+HQ5HCt0
『帰り給え、君達では太刀打ちできん』
またあの混信。若い男の声。────矢張り、この『鳥』が?   ・・・・・と、背景の黒雲が、
 波打ち、盛り上がり、裂けて、赤い光が見え、形が整い、 牙を剥いた。
「な!? ・・・・うわわわあああ!!」急旋回する自衛隊ヘリ。『鳥』はそのまま。
振り向きざま、『鳥』があ光の槍を一閃。巨大な怪物の顔が貫かれ、潰れる様に消えていく。

『鳥』が空を見上げた。
赤い稲妻が天空を縦横無尽に駆け抜ける。稲妻が交錯する度、赤い裂け目のような顔が現れては消える。
「・・・・・もう、時間が無いか」


『・・・・・昨夜からの温帯低気圧の停滞により、関東周辺に大雨洪水注意報が・・・・・』
「すげえ雨だな」弁当をかっくらう雑誌記者。「その内、警報出るんじゃないか?」
窓の外を眺める変人女。少し物憂げな表情。タバコを取り出し、紫煙を吹く。
『・・・また、昨夜東京各地で目撃された赤い稲妻と、落下してきた怪物の続報です』
「・・・・ん、来たわ」窓の下、ビル前に止まるタクシー。児嶋氏が傘をさし出てくる。

「何故ですか所長!『鳥』の件は中止すべきです!」声を荒げる安佐田。相手はSRI所長。
「あの空の怪現象!それに伴うこの風雨!此方の被害を優先すべきでしょう!?」
「・・・上からの命令だ」うんざりといった口調。「・・・また、ISPOですか」
「そうだ。空の怪現象は自衛隊゛トクサイ゛に任せろとの事だ。こちらはあくまで『鳥』を追えと」
渋い顔の安佐田。「以上だ────安佐田、行ってこい」「・・・分りました」小さな、舌打ち。
大股でオフィスを駆け抜け、大音を立てて扉から出て行った。

雨の中、原付を飛ばす正弘。「・・・〜〜ぷヒー」既に着ているカッパが吹き飛びそうだ。
人通りは少ない。既に警報が出ているのだ。バイト先も早めに店仕舞いしたのだ。遠雷が鳴る。
210第X話 虚空の鳥人:2006/08/03(木) 02:27:49 ID:7SgxYIYv0
向かう先は、あの峠坂。交差点でトラックとぶつかりそうになりながら、なおも向かう。
と────峠に差し掛かった時分、急に雨が止んだ。空を見上げると黒雲の一部が白く光っている。
風も無い。・・・どうもこの峠だけ大気が安定しているようだ。

峠の頂上に着くと────居た。いつもの場所に『鳥』が佇む。周りに人気は無い。ふ、と思いついた。
「おおーい!」下から直接声を掛ける。「こんな日にも居るんだな!いまそっち行くよー!」
獣道に向かいかけて、「止めておけ、ぬかるんでいる上地盤が緩んでいる。其処に居ろ」
遠くなのにやけに響く。それに、妙に突き放した声。「どーしたんだよ、おい!?」
「  ・・・・・──────残念だが、君とは今日でお別れだ」

そう。そうだ。確かこいつは、「 ・・・・・里帰り、済んだのか」
「ああ、妹が居て、よい伴侶を持って、慎ましく暖かい家族を持っていたよ」「・・・・・そっか」
沈黙。「・・・・・俺さ、昨日、あの歌舞伎町の事件、現場見てたんだ」『鳥』を見上げる。
「なあ、お前本当に何者なんだ?見た目ホンとに鳥だけど、その、なんつーか、ほんとは、ニ・・・・・」
云いかけた言葉を、『鳥』が制止する。
「『鳥』さ。それ以上でも以下でもなく、見た目通り天を羽ばたく『鳥』さ。俺がそう望んだのだから」
『鳥』が翼を広げた。
「青年よ、等身大の人生、素晴らしいじゃないか」ばさりと一回、はためかせる。
「だがもし詰まらないなら、ちょいと背伸びしてみ給え」羽についた水玉が跳ねる。
「天に手が届くかもしれん。等身大のままでもな」『鳥』の脚が、崖を離れた。
「そんな世界を高みから眺めることが、我々にはとても素晴らしいことだ」

はためいて、はためいて、天の宙央へと昇ってゆく。白く輝く雲の中へ。『鳥』の姿は消えていった。
211ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/08/05(土) 13:27:42 ID:TxCoi+020
応援!!
212第X話 虚空の鳥人:2006/08/06(日) 01:24:50 ID:CldoAGzG0
『鳥』が消え、また強くなった風雨。その中を自宅へ原付をトバす。
と、自宅前に赤色灯。警察が来ていた。母親が不安げに現場検証を受けている。
────話では1時間ほど前、急に雨脚が弱まった。ひいばあちゃんが不思議に思い窓を開けると────
庭に『鳥』が居たらしい。数分程庭から家を見つめた後、何処かへ去ったそうだ。
奥の仏間に行ってみる。ひいばあちゃんが正座して、白黒の写真を見つめていた。
「  ・・・・・・よう、お帰りになられました」


暴風雨の街。看板や木の枝が、自動車と共に交差点を走り抜ける。
時折赤い不気味な閃光が曇空に輝く。ドロドロ鳴るのは稲妻の筈なのに、耳に響くのは何者かの哄笑。
「おかじー、ゴメンね」「もうイイっす、慣れました」運転するのは岡島。助手席には雑誌記者。
後部座席に児嶋氏と変人女。児島氏の手にはくしゃくしゃの紙片が一つ。やけに達筆な文字列。
『明日午後4時半 綾窪研究所跡にて待つ』
「・・・・・それにしても、この空の異常現象・・・」「゛異次元の怪物゛とやらの前兆でしょうね」
荒れる空から、雷とは違う轟音。見上げると────自衛隊の戦闘機が低空飛行で飛んでいった。

荒天の中、人口密集地上空を低空飛行する。無茶としか言いようが無い。だが指令は出た。
『トクサイ』ひいてはISPOからのご下命であり、更に────既に偵察機一機がロストしている。
現在は機体の制御で手一杯だ。これで万が一戦闘状態にでもなれば最悪の事態だ。
まもなくロスト地点。墜落の痕跡は見当たらない。上空には分厚く渦巻く黒雲。

────突如、赤い稲妻を纏う黒雲が垂れ下がった。竜巻のように回転している。
回転が止まる。と、ソレは────巨大な怪物の顔。赤い裂け目の様な目と口蓋。
驚き必死の制動で回避する。 ・・・・でかい。これまで観察された空の顔とはケタ違いだ。
と、操縦席に何かぶつかった。雨粒ではない固形物。小さな何かが枠に引っかかった。何だ?
  ────魚!?まだ窓枠に色々とぶつかって来る。混乱する搭乗員。
213第X話 虚空の鳥人:2006/08/06(日) 04:17:26 ID:Aw4ITxPE0
「うおわっ!?」驚きハンドルを切るおかじー。道路上に様々なモノが散乱している。
大小の魚。蛙。鳥。小石や大岩。そして────「ちょ、右右!!」レシプロの航空機まで!
窓に張り付く変人女と雑誌記者。「  ・・・・・異次元に落ち込んでいたモノですよ」
赤い稲妻を見上げる児嶋氏。「・・・ヤツが、次元の狭間から這い出てこようとしています」
通り過ぎたコンビニを老朽化した巨大なガレー船が押しつぶした。


雨脚が弱くなった。そう、あの研究所跡の公園だ。警戒警報の為か人っ子一人居ない。
公園内には、緑地帯の中にちょっとした丘がある。その上は晴れていた。
────いや、正確には雲が光っていた。公園入り口に車を止め、児嶋氏、変人女、雑誌記者が向かう。
芝生広がる丘の上に────『鳥』が立っていた。薄朱色の外套の裏地が見える。

「お久しぶりです、゛朱鴇゛大尉殿」敬礼する児嶋氏。
「久しぶりだ、゛白烏゛二等兵」敬礼する『鳥』。
「・・・・・戻られたんですね。二度とお会いできないものと思ってました」
「ああ、戻る気は無かったのだがな────綾窪大佐は?」「あの後すぐに研究所を出奔し、行方不明に」
「そうか・・・大佐らしい」   ・・・・・・沈黙。「如何でしたか、次元の狭間は」
「例えるなら────────そう、いつか映画で見た極地のようだったな」

何処までも白く、霞がかった世界。通常世界から落ち込んだ航空機や船が点在。
そういった獲物を狙い、鰭脚類に似た怪物が徘徊する。その世界の頂点に立つのが────あのバケモノ。

「7ヶ月以上奴等との闘争に明け暮れた。その間、一度奴等との激しい衝突の際、次元にヒズミが出来てな」
迷い込んだ超音速旅客機。彼らの脱出する穴から現世を垣間見た奴等は、激しく興味を持った。
自らの力で次元のヒズミを拡大させ、試み始めるこちらの世界への侵攻。
214名無しより愛をこめて:2006/08/08(火) 02:48:24 ID:TVD0ZS0O0
あげ
215名無しより愛をこめて:2006/08/08(火) 14:00:03 ID:59ogYv3A0
↑のIDは何か良いね!あげ!

ID:TVD0ZS0O0
216名無しより愛をこめて:2006/08/09(水) 10:18:22 ID:mdDEuG/P0
保守
217第X話 虚空の鳥人:2006/08/10(木) 01:44:59 ID:1NDea0yH0
「当然、船出したときは帰れると思ってなかったがな・・・・・・」
どこかで皆、この使命が終われば帰れると思っていたのだろう。そんな楽観的な雰囲気もあった。
だがあのバケモノ達の侵攻の阻止は、決死の作戦となるのは明らかだった。

「゛白烏゛、今の俺は何だと思う?」  ・・・───返すのは、沈黙。
「研究所職員でもない。大尉でもない。日本人ですらない。  ・・・──────ただの『鳥』だ」
振り返り歩き始める『鳥』。目指すのは丘の頂上。上空から光が差し込む。
「皆でそれを確認する為に、戻って来たのさ。耐えられんヤツも何人か居たがな・・・・・・」
『鳥』が上空を見上げる。輝く雲の合間から────船の竜骨。

あの『船』だ。何枚もの魚の背びれの様な奇妙な帆。船べりで甲斐甲斐しく動く者が見える。
あっけに取られる変人女と雑誌記者。『鳥』が上空へ声をかけた。
「゛桃雁゛少尉、全員戻っているか」『現時刻での帰還人員27名、・・・長期偵察中が11名です』
上空からの声なのに、耳元で囁かれたような声。驚き見回す雑誌記者。心なしか女性の声に聞こえる。
「  ・・・────大分、行ったな」『はい』

丘の頂上から周辺を見回す『鳥』。青々とした公園の向うに、上空の照り返しできらきら光る住宅地の屋根。

「大尉」声を掛ける児嶋氏。「何故、私は連れて行ってくれなかったんですか」
「それが、君の任務だからな」「どんな任務ですか?皆から離れて、只一人孤独に日常を暮らすことが!?」
船が出て、研究所は空襲で焼け、戦争が終わり、経済成長、都市開発、変わり行く文物、そして人心。
「私が、どんな思いで暮らしてきたことか!お願いします大尉、今度こそ────────」
「゛白烏゛」児嶋氏の顔に、『鳥』の人差し指がかざされる。
「俺もあいつらも、もうまっとうにこの世界に関わる事ができん。だからこそお前を残したのだ」

「頼む。俺達の為にも、お前はこちら側でまっとうな日常を過ごしてくれ」
218第X話 虚空の鳥人:2006/08/10(木) 02:52:06 ID:lpbCggwY0
「・・・大尉」声が震える。
「゛白烏゛二等兵、引き続き別命あるまで自宅待機を命ずる」「・・・────はい」
互いに敬礼。顔を皺くちゃにして、うっすら涙を浮かべる児嶋氏。

「────では、さらばだ」『鳥』が翼を広げる。「いかなる時も、健やかにあれ」
僅かな旋風を残して、天空へと旅立っていく。上空にはあの船と、その周囲を旋回する『鳥』達。
やがて旋回する『鳥』達が船の中に消え、船は輝く雲の中に消えた。
呆然と見守る変人女と雑誌記者。敬礼のまま直立不動の児嶋氏。

変人女が口を開く。「・・・・・・児嶋さん、行きましょう。後は見守るだけです」「・・・ええ」
ほぼ消え失せた上空の輝き。風雨と赤い稲妻が公園の上空を侵し始める。


荒れ狂う暴風。吼え盛る稲妻。既にF15は戦闘機ではない────空飛ぶ棺桶だ。
周囲は強烈な雨粒に加え、木の枝やら小魚やらカエルやら、訳の分からないモノが宙を舞っている。
先程など、妙な形のレシプロ機が自機を掠めた。それがどうなったかは覚えていない。
僚機は既に見失った。管制からは自機すら確認できないらしい。孤立無援。目標不明。
また、赤い裂け目のような眼と口の顔が視界の何処かで嘲笑った。

────────前方に光。アレは、晴れ間?風雨も、途切れている?
窮鳥の如く光へと向かう。上空から差込み、輝くの梯子の様。全速で突入する。
    ・・・・・・・無風。雨も妙なモノも降っていない。────台風の目?
彼方に僚機の姿が見えた。だが、その手前に───────────────────────
                 船。輝く、船。
不可思議な帆をゆったりと動かして、船体の各部から黄金のオーロラの如き光が漏れ出す。
まるで、あの浅ましき黒雲どもからこの空域を守るように。
219第X話 虚空の鳥人:2006/08/10(木) 04:04:20 ID:oNGB2pTe0
『帆船』から歌が聞こえてくる。昔何処かで聞いたような、童謡のような歌。大勢が歌っている。
その歌とともに『帆船』が光る雲に包まれていく────巨大な、輝くレンズ雲。

周囲の黒雲も収束し始めた。赤い稲妻が脈動する血管のように走る。
脈動する黒い山の如き積乱雲。その中心から、・・・・・・────灰色の、何かが突き出る。
船の舳先だ。黒雲からずるずると船体を現す。『帆船』の雲を挑発するようにふらふらと動く。


「・・・・・・アメリカの、実験艦だ」
TV中継に見入る児嶋氏。横には変人女と雑誌記者。外は既に最高潮の風雨と稲妻。


実験艦の船尾の方に赤い稲妻が脈動する。やがて其処に────最大級の巨大なバケモノの『顔』。
その巨大な顎に実験艦の船尾部分を咥えている。嘲笑ともつかぬ咆哮。
黒雲を纏う戦艦。輝雲を纏う帆船。両者が睨みあい、  ・・・───稲妻が飛ぶ。
互いの間に赤と白の稲妻を応酬しながら、接近していく両者。帆船と戦艦の舳先が接触し────

閃光、爆発。爆音が大気が振動させ地をも揺るがす。
囚われていた水蒸気たちが開放されたように、大量の大粒の雨が地上に降り注ぐ。

   ────────後に残るのは、雲の欠片すらない夏の青空。
220第X話 虚空の鳥人:2006/08/10(木) 04:57:14 ID:4CZtXDFx0
お盆過ぎの編集部。
来客用のソファでタバコをふかす変人女。雑誌を持ち込み、TVを付け、弁当まで食っている。
「・・・何しに来てんだお前」雑誌記者の声。「んー?だってココすずしーもん」
悪びれる様子も無い。向かいのソファに座る記者。「・・・児嶋さん、の事だけどな。『有難う』だって」
「それ、あたしらに言った言葉?」「さあな。ま、これ以上記事にするのは自粛だよ」
編集長に呼ばれて席を立つ記者。引き続き、変人女はタバコを愉しむ。

これまで通りの、編集部の日常。


「中川ー、これ頼むー」「はぁーい」駆け寄り、ダンボール箱を持ち上げる正弘。
何時も通りのバイト。何時も通りの仕事内容。変わらない生活。

お盆のすぐ後、ひいばあちゃんが死んだ。葬式と相続関係の親族会議。
少々ゴタゴタしたもののまた元の生活。親の小言、日々のバイト。只、変わったのが、あの峠坂。
あの大嵐の日の後。崖の辺りで結構な地すべりが起き、あの頂上へ向かう獣道も潰れてしまった。
別ルートなぞ見つけようも無い。もう、崖下から眺めるだけの場所。


いつの間に過ぎたのか、赤い空に一筋の飛行機雲。帰り道に仰ぎ見る。
変わらない今日の夕暮れ。変わらないだろう明日の夕暮れ。

朱に染まりゆく空と影に隠される街角を眺めながら、

今日もまた家路を歩む。
221第X話:2006/08/10(木) 05:00:47 ID:4CZtXDFx0
ハルヒにはまってさあ大変    アウアウへ(´д`三;´д`)ノage


長いことお待たせしました。
>>193殿ドウゾ!
222名無しより愛をこめて:2006/08/10(木) 07:35:15 ID:EeiJlvto0
……仕事が忙しすぎ構成捗らず。
なにせ自宅にパソコンが無く、もっぱら会社の昼休みに作ってるもんで(謝々)。
基本プロットはできとりますが、主人公の走りがあまり良くなく現在4回目の全面書き直し中。

SF板の常駐スレ用駄文の構成を一端完全停止させるしかないか?
223遊星より愛をこめて:2006/08/10(木) 11:23:17 ID:JJVZW7cG0
どうもこんにちは。
X話さん、お疲れ様です。
ところで、自分も今色々と制作中なので、>>222さんの作品の後で
投下しようと思ってます。その時はよろしくお願いします。
224名無しより愛をこめて:2006/08/10(木) 12:22:39 ID:EeiJlvto0
やばい!?あとがつかえてる!
明日の昼休みで構成を終わらせて、明日の三時ごろには投下せんと。
225名無しより愛をこめて:2006/08/10(木) 15:10:03 ID:EeiJlvto0
一括投下を諦め……できたとこから投下開始。
226A級戦犯「石の見る夢」:2006/08/10(木) 15:12:46 ID:EeiJlvto0
…静まり返ったクラス。
「……分数どうしの割り算は、分子と分母をばってんに掛けて……。」
聞こえるのは、先生の事務的な説明とカリカリという板書の音だけ。
時計の針は午後の2時、日中で一番暑くなる時刻を指し、目の前の校庭から来る輻射熱にジリジリ炙られる校舎。
窓を開けても風は入らず、睡魔の手の中で弄ばれる子供たち。
そんなとき…………。
「……だから1/2割る1/2は……おや?」
コロ……コロコロコロ……カタン!
教卓の上のボールペンがひとりでに転がって落ちた。教卓が小刻みに震動している!?いや教卓だけではない!
頬に流れた涎のあとをそのままに男子生徒が机から跳ね起きた。「………じ、地震??」
カタ!カタ!……ガタ!ガタ!ガタ!!ガタ!!!
女子生徒が小さく叫んだ「ほ、本当に!?」
立ち上がる生徒!机の下に潜ろうとして机をひっくり返す生徒!男子生徒の一人は慌てふためき廊下に飛び出した。
同時に、下の階にある低学年のクラスから悲鳴が一斉に噴き出した!
先生が青い顔で叫んだ。
「お、落ち着きなさい!みんな!!」

………もうだれも先生の言うことなど聞いていません。完全なパニック状態です。
地震をキッカケにおこったこのパニック騒ぎは、生徒にケガ人まで出てしまったことから、学校の管理責任を問う声が父兄のあいだから上がりました。
でも、ちょっと考えてみてください。日本は地震大国です。
それがちょっとした地震で、なんでこんな騒ぎになるのでしょうか?
それはこういう理由からなのです……。

「石のみる夢」
227A級戦犯「石の見る夢」:2006/08/10(木) 15:14:39 ID:EeiJlvto0
『み、みんな落ち着いて机の下に……』
ユウスケがそう叫びかけた瞬間、生徒の勉強机が震動で次々ひっくり返った!
同時に教室後ろのロッカーから生徒の手提げカバンや教科書がロケット弾のように吐き出された。
『わあっ!?』『せんせい!ユウスケせんせい!』
後ろの席に座っていた生徒たちから助けを求める悲鳴が上がったが、ユウスケにはどうしてやることもできない!
彼も教卓にしがみつくのが精一杯なのだ!
ギィシィッ!
嫌な音をたてて窓ガラスに斜めに亀裂が走った!いや窓ガラスだけではない!
ガラスに走った亀裂はそのまま一気にコンクリートの壁にまで突き抜けた!
(校舎が倒壊する!?早く子供たちを逃がさないと!)
だが、地震がおさまらないうちはどうしようもない!
『せんせい!』『こわいよせんせい!』『たすけてーっ』『せんせいたすけてー!』
助けを求める子供たちの悲鳴を押し潰すように、天井から何かが崩れ落ちてきた!

「うわあっ!」
悲鳴を上げてユウスケは飛び起きた。
…もう地面は揺れていない。と、いうよりそこはさっきまでの教室ですらなかった。
「……また…あの夢か……。」
水でも浴びたように流れる汗を手の甲で拭い、時計を見るとまだ未明の三時半。
朝の早い夏といえども外はまだ暗く、カーテンの隙間からは一条の光も差し込んで来ない。
できれば眠り直したいところだが、心臓がハイテンポの鼓動を維持している状態ではそれも難しいだろう。
(今夜も……起きているしかないか……)
そのとき、寝室のドアが静かに開いた。
「ユウくん……またあの夢なの?」
「……ごめんスモモ姉ちゃん。起しちゃった?」
228A級戦犯「石の見る夢」:2006/08/10(木) 15:16:34 ID:EeiJlvto0
「……と、いうワケなんです。先生、なんとかなりませんでしょうか?」
弟の憔悴を見かねたスモモは、大学時代の知り合いである万石という学者の研究室を尋ねていた。
この万石という男、世間的には「爬虫類中心の生物学者」ということになっているが、その実際は面白そうなことなら何にでも頭を突っ込む、昔で言う博物学者みたいな学者であった。
そのため「宇宙から到来した謎の電波の解析」から、果ては「雪男とのツーショット写真撮影」まで、まともな学者にはハナから相手にされないような事件や問題が、しばしば持ち込まれていたのである。
「…キミの弟のユウスケくんが地震の夢に苦しめられている…と?……ふむ。」
「夢が始まったのは半年ぐらい前のことだそうです。最初は一ヶ月に一度か二度だったんだそうですが……。」
「頻度が上がっているんですね?……で、今は??」
「先週の初めからは毎日だそうです。」
「毎日……ですか……。夢の舞台はいつも学校ですか?」
「はい。そのようです。具体的な場所は職員室だったり校庭だったり教室だったり……でも、学校の敷地から出たことは一度も無いそうです。」
「常に……学校……。」
「そうなんです。いつも学校なんです。それで弟は毎晩苦しんでいるんです。地震で建物が崩れたりするのももちろん怖いそうですが、最悪なのは手が届きそうなところにいる子供たちをどうしてやることも出来ないことなんだそうです。」
「それは……心理的にきつそうですね。」
万石は腕組みすると視線を床に落とした。
「夢の中の子供たちを助けられないで弟はどんどん憔悴していっています。そして私はそんな弟を見ていることしかできないんです。」
スモモの目から突然涙が溢れ出した。
「精神科の診察も受けさせましたが原因は判りません。地震の夢も相変わらず続いています。そして弟は……」
「……でもよかった……私のところに来てくれて。」
万石が視線をスモモの顔の上に移した。
「弟さんを苦しめている地震の夢ですが……あれは単なる精神医学上の事例に留まるものではないと思いますよ。」
「えっ!?…と、おっしゃいますと??」
「実は弟さんだけではないんです。地震の夢を見ているのは……。」
229A級戦犯「石の見る夢」:2006/08/10(木) 15:19:44 ID:EeiJlvto0
「いまからちょうど一月前、一人の子供がうちの大学の精神科に連れて来られました。原因は……そう、地震の夢です。」
まるで昔話でも読んで聞かせるように、万石は話を始めた。
「………精神科の連中は最初のうち……『学校を憎む』深層心理の表れだと思っていたそうです。要するに地震の夢の背景は苛めであると…。
その数日後、もう一人子供が連れてこられました。やはり地震の夢を見ていました。先の子供と二番目の子供が同じクラスであったことから、医師たちは
苛めの横行による学級崩壊を疑ったのですが…。」
「違ったんですか?」
「……はい。理由は二つです。一つ目は、子供が二人とも『クラスが大好きだ』と言っていたこと。そして三つ目は……。」
「3人目の子供がやって来て、その子は別のクラスだったんですね?」
「正解です。3人目の子供は別のクラスどころか別の学年だったのです。」
弟ユウスケは万石の知る限り「地震の夢」を見る4人目の人間であり、しかも初めての大人だったのだ。
「もはや学級崩壊などとは関係無いことは明らかですね。何らかの理由で学校を憎む子供がいて、その子が学校の破壊される夢を見ることは在り得るでしょう。ですが………。」
「それが常に地震の夢である必然性はありませんね?」
「正解ですスモモくん。ある子供は学校が火事になった夢を見るかもしれません。台風や洪水、あるい怪獣が学校を壊す夢を見るかもしれません。でも全員が全員、地震の夢を見る必然性はありません。」

230A級戦犯「石の見る夢」:2006/08/10(木) 15:22:36 ID:EeiJlvto0
仕切りなおしとでもいうように、ここで万石の口調が変わった。
「それでは…アプローチを変えて見ましょう。どういう状況なら、複数の生徒が同じ夢を見るという現象が起るでしょうか?」万石の視線が再び床に落ちた。
「まず……一種の暗示で二人の子供が似た内容の夢を見たとします。この二人がお互いの夢の話をしたとき、『部分的に似通った夢』を『全く同じ夢』と認識する。そして『二人が全く同じ夢をみた』という不思議が更なる暗示となり三人目の子供が『似通った夢』を見る……。」
「……暗示の輪が広がり夢はどんどん明確になっていくわけですね。でも先生!弟のユウスケは大人です。そんな暗示が及ぶでしょうか?」
「失礼ですが、キミの弟さんは暗示にかかり易い性質ですか?」
「いいえ。昔っから想像力ゼロ。コチコチの現実主義者です。」
「そうですか……。それなら……」万石の視線がスモモの顔の上を通り抜けて、床から天井に移動した。
「……あの……今思いついたんですけれど…。」
「何か考えがあるならどうぞ言って下さい。」
「……はい、弟のクラスに小山ユウカっていう女の子がいるんです。例の新潟中部地震で両親を亡くしたんだそうで、こっちの親戚に引き取られて来たって、弟が言ってました。」
「ははあ……察しがつきましたよスモモくん。きみの言いたいことが。」
231A級戦犯「石の見る夢」:2006/08/10(木) 15:30:03 ID:EeiJlvto0
「……察しがつきましたよスモモくん。きみの言いたいことが。」
「……地震で住む家や肉親を失った強いユウカちゃんの心理的ストレスがテレパシーのように放射されていることは考えられないでしょうか?
そしてそれを周囲の人間がキャッチした結果、同じ夢を見るというのは……?」
「うん……単なる『暗示』ではないので弟さんのように鈍感な……あ、失礼!」
「いいです先生。あいつは本当に鈍感ですから。」
「……弟さんみたいなタイプの人間であっても影響を受ける、つまり『地震の夢』を見る可能性があるのではないか?…ということですね?」
「ダメでしょうか?この考えは??」
「ううん……申し訳ないが、きみの仮説にも大きな穴が開いていると指摘せざるをえませんねえ。」
「とおっしゃいますと?」
「新潟県中部地震での被災経験が引き金となってユウカちゃんが『地震の夢』を皆に見せているとします。
それなら、夢の舞台は新潟のはずですよね?」
「……たしかにそうですね……。」そう答えかけたところで、スモモはあることに気がついた。
「先生教えて下さい。地震の夢に苦しめられている3人の子供は、何年何組の誰なんでしょうか?」
「……うーーーん、患者のプライヴァシーに関わることなので個人名を明かすわけには……。」と前置きしてから万石は言った。
「…最初の二人は…6年3組の生徒でした。ところでスモモくん、参考までに聞きたいんですが、キミの弟さんは何年何組の担任なんですか?」
「………6年3組です。」

不安を抱えたまま、スモモは勤め先の地方新聞社に戻った。
「地震の夢」の正体は明らかになるどころか、かえって謎が深まってしまった。
夢の頻度が高まっているのも気になる……。
何かの圧力がジリジリ上昇して臨界に達しつつある……スモモにはそんな気がしてならなかった。
そして社に戻った彼女を待っていたのは………。
232A級戦犯「石の見る夢」:2006/08/10(木) 15:33:26 ID:EeiJlvto0
「お帰りスモモ。ところでキミは確か子供のころ石堂町に住んでたって、まえに言ってなかったか?」
カメラと取材メモをデスクに置く間も無いうちに、編集長のドラ声が飛んで来た。
「はい。小学校卒業まであそこに住んでいました。」
「じゃ、石堂小って知ってるか?」
「私そこの卒業です。今は弟がそこで先生を……。」
「そうか、そんじゃ帰ったばかりのとこで悪いが、母校まで言ってきてくれないか?」
スモモの胸で不吉な予感が膨れ上がった。
「編集長!何かあったんですか!?」
「地震だ!時刻は午後2時!生徒がパニック起してケガ人まで出ちまった。学校の管理責任が問われるのは間違い無い!」
「……それだけ?それだけなんですか?」
それだけではない!それだけのハズはない!あの「地震の夢」の顛末がただそれだけなどというはずが……スモモにはそういう確信があった。
「まだ他に何かあるんじゃありませんか!?」
「……鋭いな。」にやっと笑って編集長は続けた。「……校舎内の被害状況からみて、震度はどうやら3強か4弱程度だったらしい。と こ ろ が、ところがだ。」
編集長はもったいぶるように「ところが」を二回も繰り返してから言った。
「…道路一本隔てただけの向かいにある市役所に設置された地震計は、なにひとつ計測しておらんのだ!」
233A級戦犯「石の見る夢」:2006/08/11(金) 12:14:40 ID:/Vbnc47b0
スモモが石堂小に到着したのは午後の5時半過ぎだった。
市役所の地震計の件はまだそれほど知れ渡ってはいないらしく、付近にマスコミの姿は見当らない。
校舎にも校庭にも生徒の気配は皆無だった。きっと地震騒ぎのあと、早く自宅へと帰されたに違いない。
職員室に残っている教員と思しき数人の中に弟ユウスケの姿を認めたスモモは、そっと職員室のマドガラスを叩くと弟を校庭へと呼び出した。
「…なんだって!?地震の夢を見てるのは僕だけじゃないって言うのかい!?」
昔懐かしいブランコに腰掛けて、スモモは弟に万石との会見の成果を語って聞かせていた。
「そうよ、万石先生の話だと少なくともアナタを入れて4人、地震の夢を見ているわ。病院に行ってない人もいるはずだから、実数はたぶんもっといるはずよ。」
「みんな同じ地震の夢を見てるなんて、そんなバカな…………いやでも………そういえば……。」
「ユウくん、何か心当たりでもあるの?」
「最近……授業中に居眠りしかかってる子供が目立つんだ。てっきり中学受験の勉強で眠いんだと思ってたけど……。」
「どのくらいの人数なの?」
「いつもは数人前後。でも今日の昼なんかは暑かったせいもあってかクラスの半分くらいは眠りかかってたよ。」
「ねえユウくん、それってクラスの半分くらいは地震の夢に悩まされてるってことじゃないかしら?」
「そんな……バカな……。」
ユウスケはブランコから立ち上がると夕焼けに赤く浮かび上がる校舎を見上げた。
「……いったい僕らの学校で何がおこってるっていうんだ!?」

ここまでは、単に「小学校に地震があって、それを予知するかのような夢を先生や生徒が見ていた」というだけともいえ、よくある不思議な話のひとつに過ぎなかった。
だが、事件はその夜、予想外の展開をしたのである。
234A級戦犯「石の見る夢」:2006/08/11(金) 12:19:28 ID:/Vbnc47b0
(ここは……学校か?……そうか、僕はあの夢を見ているのか……でも、まてよ?)
その夜ユウスケはまた例の夢を見た。いつもと同じに、いずれ地震が起るに違いない。
だが、今夜の夢はいつもの夢と大きく異なる点があった。
(なんでなんだ?………いつもは昼間なのに??)
そこは真夜中の教室だった。
机や教卓は昨日の地震でひっくり返った状態のままで、星明りに浮かぶ時計は、時刻が午前一時半であると示している。
不審に思いながら暗闇に耳を済ませていると、外の廊下からキュッ…、キュッ…という音が近づいて来た。
小学校教諭のユウスケは、その音が「上履きのようなゴム底の靴」で「足音を忍ばせながら歩いている」ときのものだと気がついた。
昼間ならそんな音をたてるのはイタズラ目的の男子生徒に違いない。だが今は真夜中だ。
(何者だ!?こんな夜の学校に?)
どうやら「何者か?」は忍び足で廊下を歩きながら、通りかかった教室のトビラに一つ一つ手を掛けているらしい。
やがて、足音はユウスケのいる教室の前までやって来た。
『お?ここは鍵がかかってないぞ。』
……声の直後、ガラガラッと扉が開いて男が入ってきた。
235A級戦犯「石の見る夢」:2006/08/11(金) 12:22:21 ID:/Vbnc47b0
……ガラガラッと扉が開いて男が入ってきた。
若い男だった。
無精ひげに蓬髪、そして手にはデジカメをもっている。
(姉さんの同業だな……)
ただし、スモモの努めているような健全な地方新聞ではなく、扇情的なゴシップ雑誌の記者だろう。
男は無遠慮にフラッシュを焚き、教室のヒビやひっくり返ったロッカーなどの写真を撮り始めた。
『ったく汚ねえ教室だな。校舎もオンボロなら教室だってオンボロだ。』
(オンボロだと!)男の無遠慮な言葉に、ユウスケは怒りを覚えた。
同時に……ユウスケの隣りで誰かが身じろぎしたような気配があった。
『市庁舎の地震計が動かなかったってウワサだが、地震なんかじゃなくオンボロ過ぎた校舎が、勝手にひっくり返りそうになったってのが真相なんじゃねえのか?』
男が床に落ちたノートを踏みつけたとき、誰かの泣き声がしたような気がした。
ユウスケはそのとき初めて気がついた。
一件無人と見える教室だが、実は沢山の人間で一杯なのだ!しかもその人間は一人残らずこの無遠慮な男に対しユウスケ同様怒りを覚えている!
(出て行け!)子供の声でそうはっきり聞こえた。
床に散らばる生徒の備品を足でどかしながら男は教室中をズカズカ歩きまわり、写真を撮って回った。
そして……男は床から一枚の紙切れを拾い上げた。
黒板を前に立つ若い男の先生の姿が、ちょっとコミカルに描かれている。
(……僕の似顔絵だ……)(センセイだ)(……そっくり)(くすくす)
教室の空気が一瞬和んだ。
……だが次の瞬間、鼻で笑うような顔をすると男は似顔絵を紙屑のように握りつぶして肩越しに放り投げた!

怒りが奔流となって爆発した!
236A級戦犯「石の見る夢」:2006/08/11(金) 15:06:49 ID:/Vbnc47b0
「………………はっ!?」
寝床からユウスケは飛び起きた。
今夜の夢では、地震はとうとうおこらなかった。
……というより、地震が発生してとしても、そこまで眠っていなかったのかもしれない。
男がうわっと叫んだきり、窓から転げ落ちてしまったところで目が覚めたのだ。
「時刻は……?」
時計を眺めると、時刻は午前1時45分。夢の中での時間と限り無くリアルタイムだ。
窓から落ちる瞬間の恐怖にかられた男の顔が、その顔に吹き出た汗にいたるまで目に焼き付いていた。
しばしユウスケの視線は宙を彷徨っていたが……やがてスックと立ち上がると手早く身支度を整えて家を出た。
学校までは軽自動車で普通は20分ほどの距離を、10分少々で駆け抜けた。
施錠された正門を乗り越え、学校敷地に入り込む。
……異常にはいくらも行かぬうちに気がついた。
校舎前の花壇の一部が、なぎ倒された……というか、押し潰されたようになっているのだ。
ゴクリッと、唾を飲み込み勇を鼓して近寄ってみると………花壇の中に男が倒れていた。
夢の中で見た、あの男に間違いなかった。
237A級戦犯「石の見る夢」:2006/08/11(金) 15:12:23 ID:/Vbnc47b0
翌日、事件発生の報を受けたスモモが石堂小に到着したとき、正門前は既に中継車まで繰り出す騒ぎとなっていた。
前日深夜の記者会見で市長が、市庁舎の地震計では地震が計測されなかったことをうっかり洩らしてしまったところにもってきて、学校の植え込みに若い男が倒れているのが発見されるという事件が重なったためである。
「男性は所持していた免許証からフリー記者の………。」
「状況から見て、男性は校舎の三階窓から落下したものと思われ……。」
「……幸い命に別状はなく、意識の回復を待って男性から事情聴取するとのことです。」
カメラに向かい口々に喚きたてるレポーターや新聞各社の記者のあいだを縫ってスモモが前に出て行くと、スモモの頭の上から彼女の名を呼ぶ声が降ってきた!
「スモモくん!!」
「せ、先生!?」見上げると校舎の窓から万石が手を振っている。
万石がスモモのことを助手の一人だと言ってくれたので、警官はあっさりスモモを中に通してくれた。
「ありがとうございます先生。でも、万石先生がなぜこんなところに?」
「実はウチの大学に市と県の方から緊急の調査依頼がありましてね。ほら……」と言って万石は奇妙な計測機器を抱えた数名の男たちを指さした。
「……あれはウチの大学の建築学科の連中です。」
「…なんで大学の建築学科が?」
「理由は二つです。まず一つ目は地震後の校舎の強度調査ですね。倒壊寸前の状態だったら、警官が立入り調査するわけにもいきませんから。」
「もうひとつの理由は?」
「はい。」万石は意味ありげに笑って見せた。「もうひとつの理由というのは……昨日の超局地地震との関連です。実は、県はあの現象が地震などではなく、強度不足の建物が自己崩壊しかかった事例なのではないか?と危惧しているのですよ。」
「…ああ、判りました。統一地方選を控えて、県や市の管理責任を問われるような事態の発生は避けたいということですね。」
「そういうことでしょう。そして建築学科の教授が、たまたま『地震の夢』の話を医学部の友人から聞いていた……。それで私も呼び出されたってワケです。」
238A級戦犯「石の見る夢」:2006/08/11(金) 15:14:47 ID:/Vbnc47b0
スモモと助手たちを伴い、万石はズンズン校舎内に踏み込んでいった。
「建築学科の連中は……超音波断層検査機を持ってきました。たしか半年前にアスベストだかの調査の時にも、アレの同型機が持ち込まれてるはずですが、
今度のヤツは遥かに高性能のものです。鉄筋の太さだろうと、壁内部の亀裂だろうと丸判りですよ。」
「先生は…どういう調査をされるんですか?」
「私は……電磁波に放射線、その他もろもろエトセトラってとこです。……つまり手当たり次第ってとこですかね?」
万石のあとについて教室に入ってみると、中には見たこともないような奇妙奇天烈な機器の展覧会場となっていた。
「スモモくん。キミは覚えていますか?キミ自身が主張した説を?」
「あれは……えーっと。…………へへ、どんな説でしたっけ?」
「わらって誤魔化すのは大学時代と変わりませんね。……ほら地震の被災経験のある女の子が、地震の夢を発信しているって説ですよ。」
「ああ、思い出しました。でも、あの説はボツでしたよね?」
「あの説のままでは、ボツだと思います。でも私はね、あの説、問題の核心は射てるように思うんですよ。」
そのとき校舎のどこかからウィーンという作動音が聞こえてきた。
「建築学科の連中が超音波診断装置を可動させたようですね。……さて、これでどんなデータが採れますか………。」
ウィーンという音は、耳に聞こえる異常超音波ではない。
本当の超音波は、もちろん耳には聞こえない。そして、厚いコンクリートの壁の中までも、震動として伝わっていく。
アィーンという音が、一際大きくなった直後だった。
「先生!」助手の一人が声を上げた。「反応が出ました!先生の言われたとおりです!」
「そうか」万石は静かに頷くと皆に命じた。「超音波診断装置のスイッチを切ってもらいなさい!急いで!!」
助手の一人が教室を飛び出した。
だが、それと同時に…校舎全体がグラグラと目に見えて揺れだした!
器具は倒れ、もう誰も立ってはいられない!
ミシミシッと嫌な音をたてて、壁に亀裂が走った!!
誰かが叫んだ!
「校舎が崩れるっ!?」
……だが。
そこまでだった。
突然始まった地震は始まったときと同様に、突然止っていた。
239A級戦犯「石の見る夢」:2006/08/11(金) 17:06:13 ID:/Vbnc47b0
「いやあスモモくん。全く危ないところでしたよ。思い出すとほら、冷や汗が……」クーラーの効いた研究室で万石は汗を拭ってみせた。
「……超音波診断機が横転して、偶然スイッチが切れてくれなかったらどうなっていたか……。」
「危機一発でしたね………。ところで先生……」スモモは石堂小の校舎を脱出して以来、尋ねたくて仕方なかった質問を放った。
「……助手の方が、何かを計測していて『先生の言われたとおりです』って言いましたよね?あれはいったいどういうことなんでしょうか??」
「ああ、あれですか……。」
万石はどこから話せばいいか思案するように首をかしげていたが、やがてデスクの引出しから一綴りの紙束をとりだしスモモによこした。
「知ってますか?この事件のことを……。」
「……『富士樹海に出現した岩石状生命体についての考察』?……これってたしか…岩石怪獣なんとかのことですか?」
「さすがスモモくん!自分の生まれるよりずっと前の事件をよく知ってましたね。」
「……私、万石先生の講義でうかがいましたから。ところで、これと、石堂小の地震とどういう関係があるんでしょうか??」
万石の指が紙綴りをめくり、一枚の白黒写真を貼り付けたページで止った。
「これがいわゆる岩石怪獣ゴルゴスで、現場に居合わせた女性カメラマンによって撮影された貴重な一枚です。」
巨大な黒い岩隗の中から、小さな二つの目がコチラを睨みつけている写真だった。

240A級戦犯「石の見る夢」:2006/08/11(金) 17:07:59 ID:/Vbnc47b0
「……科学者の手で調査されたとき、この怪物の生命核だったと思われるコアは既に活動を停止していました。ですから『無生物の命』の秘密はとうとう解き明かされずじまいだったんですが…。」
再び万石の指がページをめくり、今度はコナゴナに砕けた岩の破片を移した写真で止った。
「……これがコアの破片です。回収されたコアの破片は、総て未知の放射線を放っていました。
この放射線は次第に弱まってゆき、ついには消えてしまいましたが、パターンそのものはずっと維持されていました。
そのため、ご研究された一の谷博士はこの放射線を『一種の脳波のようなものではないか?』と推論されたのです。」
「岩石怪獣の脳波ということですね?」
「そうです。そしてその放射線のパターンを記録したものがコレ。」万石の指が三度動き、複雑なグラフのような図のページを開いた。
「そしてこっちが……。」今度は、万石は真新しい現代の記録紙を取り出した。
「……地震発生の直前に、我々が設置した計測器が感知したデーターです。どうですか?似ているとは思いませんか?」
「これはっ!」
二枚の記録紙を前に、スモモは言葉を失った。
古く黄ばんだ紙に記載されたデーターと、真新しい紙に記録されたデーター。
二つの記録は紙こそ違えど、内容そのものは同一としか見えなかったのだ。
241A級戦犯「石の見る夢」:2006/08/11(金) 17:21:41 ID:/Vbnc47b0
「おそらく……かつて校舎を立てるさいに、岩石怪獣のコアと同じ『石』が、建材の中に混入したのです。
そして『石』の放つ脳波が、クラスの生徒やキミの弟さんに作用して『地震の夢』を見させていた。
……それが私の立てた仮説です。」
「でも、万石先生。」スモモは鋭く反論した。「あの校舎が建てられたのは30年以上前のことです。それがなぜいまごろになって……。」
「……超音波検査機ですよ。」静かに万石は答えた。
「……例のアスベスト報道が新聞を賑わしていたころ、石動小は建物の老朽化を診断するため超音波検査を受けているのですよ。
それがいまからざっと半年前……。たしか弟さんが『地震の夢』を見始めたのは半年前からということでしたよね?」
スモモは小さく「あっ!」っと叫んだ。「それではそのとき照射された超音波で、眠っていた『石』が目覚めたと……。」
「そのとおりです。それから、先ほどの現地検査でこの放射線が計測されたのは、建築学科が超音波検査機を使い始めた直後のことです。
そしてほぼ同時に地震が始まり、そして超音波検査機のスイッチが切れたとたん、地震は止って放射線も計測されなくなりました。」
驚いてスモモは叫んだ!「そ、それじゃあ、このまま放置するとあの校舎が岩石怪獣になってしまうのではありませんか!?」
「いや、それはないでしょう。」万石はあくまで冷静だった。
「……今回計測された放射線を見る限り、パターンは同じでも出力の大きさが違います。コアの破片から計測された放射線のほうが、今回計測された放射線より数倍以上大きい。
しかしそれでも岩石怪獣は再生できなかった。ですから、石堂小の『石』が岩石怪獣を構成するようなパワーは無いはずです。」
「でも先生!」スモモの危惧は簡単には消え去らなかった。「……『石』は局地的とはいえ地震をおこす力を持っています。それでも岩石怪獣にはならないと言われるのでしょうか?」
「わたしの考えでは……。」万石の口調が急に慎重になった。「……『石』は夢を見させてはいますが、地震を起してはいないと思います。」
242A級戦犯「石の見る夢」:2006/08/11(金) 17:23:15 ID:/Vbnc47b0
スモモがどんなに尋ねても、万石先生は心中の考えをそれ以上明かしてはくれませんでした。
石堂小は立ち入り禁止ということになり、その後市議会で、夏休み中の期間を利用して取り壊されることが決まった。
だが、それは事件の第二段階の始まりに過ぎなかったのです。

243名無しより愛をこめて:2006/08/11(金) 17:25:30 ID:/Vbnc47b0
SF板でいつも投下してるのが大体1時間半から2時間クラスなので、ウルQ仕様の30分コースになってくれません(泣)。
30分番組の難しさを痛感しております。
他の投下希望の方もいらして、なおかつお盆休み中はパソコンに近付くことすらできず他のスレ住人に迷惑をかけられないので、ここまでで前編として中断いたします。
投下される方は遠慮なく投下してください。
後編は……スレ汚しでなければお盆休み明け後に構成・投下させていただきます。
244遊星より愛をこめて:2006/08/11(金) 19:11:21 ID:vXXi/1ly0
>>243 お疲れ様です。
では宣言通り貼らせていただきます。
内容的には ウルトラQ+怪奇大作戦÷2 のような感じだと・・・・
245遊星Q「燃える通り魔」:2006/08/11(金) 19:12:42 ID:vXXi/1ly0
怪奇な事件というやつは、そうそう現れるものではない。
そんな事件に巻き込まれることを望む変わり者も世の中にはいるようだが、
世の中の大多数の人間はそんな事件は巻き込まれるどころか、起こることすら望んではいない。
警視庁捜査一課の岸田警部もまた、その大多数の人間に含まれている。
だから、今回の事件は岸田警部にとって憂鬱の原因以外の何物でもなかった。



「燃える通り魔」



「リンちゃん。また例の事件だよ」
先輩の刑事から声をかけられた岸田警部は、咥えていた煙草の火を灰皿で揉み消し、
「はーい」と不機嫌そうな声を出しながら、立ち上がった。
リンちゃん、というのは岸田警部の先輩達の呼び名。少女みたいな呼び方で本人はあまり好きではないのだが、
                   キシダ リンイチ
仕方が無い。彼はフルネームで岸田 林一という。だからリンちゃんなのだ。

先輩に教えてもらった事件現場へ車を飛ばしながら、岸田警部はこれまでの事件を整理していた。
この怪事件は今回のを含めて全部で5回発生している。
第1の事件は、人通りの少ない路地で起きた。被害者は40代のサラリーマン。
第2の事件は、深夜の公園で。被害者は20代の若者。
第3の事件は、交通量の激しい道路に設置された歩道橋の上。被害者は19才の無職の青年だ。
第4の事件は、住宅街。被害者は真夜中だというのにラジカセで音楽を流しながら布団を叩いていた50代の主婦。
そして今回起きた第5の事件。今度はガソリンスタンドだそうだ。被害者はなんとそこに強盗に入った男。
現金を奪って逃走しようとした時に突然・・・・らしい。
246遊星Q「燃える通り魔」:2006/08/11(金) 19:13:56 ID:vXXi/1ly0
事件の被害者たちの死因は皆、焼死。第1の事件以外は皆目撃者が複数いるので間違いない。
空中で突然火の手があがり、被害者に燃え移ってそのまま死んでしまったという話だ。
第1の事件も周囲に焼死の原因となった物等が無いため、この連続空中発火事件に含まれる事となったのだ。
事件のことを考えるうち、岸田警部は以前先輩から聞いた話を思い出していた。

今から30年程前、電話に出た人間が突然発火し、そのまま死亡するという事件があった。
その時は電話の増幅器と超音波を利用した殺人であるという事が、今は無きある組織の協力によって判明し、
逃走した犯人は車の事故で死亡し、事件は解決した。
似たような事件だ、と警部は思った。だがしかし、今回の事件は「電話に出た人間」ではなく、「普通に過ごしていた人間」が
被害者であるため、違う手口である事は明らかだった。


夕日は既に沈み、辺りは薄暗くなっていた。
ガソリンスタンドの脇に車を止め、車を降りた岸田警部は先に到着していた部下の所へ歩いていった。
「状況はどうなってる?」
「はい、やはり今までの事件と同様です。ただ、ここはガソリンスタンドなので強盗を殺してしまった店員が証拠隠滅の
 ために石油か何かをかけて燃やし、今までの事件に似せたという事も考えられます。ただし・・・・」

部下はそこで言葉を止め、辺りを見回してから、言葉を続ける。
「ここは暗くなっても車や人がよく通るし、まだ営業をしてます。何時客がやってくるかも分からないのにそんな事をするとは
 思えないんですよね。それに石油等の類いを使った形跡も見当たりません」
「なるほどね」
岸田警部はそれだけ言うと、店員に話を聞いている別の部下のところへ行った。

「おい、ちょっと」
警部は部下の肩を叩き、小声で言った。
「どうだ、何か聞き出せたか?」
「はい、今までの事件の目撃者と同じく、空中で火が発生した、と言ってます。それから・・・・・」
「『変な音』か?」
「はい、やはりここの店員も発火前に『変な音』を聴いた、と言っていました」
『変な音』というのは、今までの事件の目撃者が揃って聴いている音だ。
「一度目撃者を全員呼んで、どんな音なのか確めないといけないかもしれないな。この『音』は、事件と絶対に関係がある」
247遊星Q「燃える通り魔」:2006/08/11(金) 19:14:50 ID:vXXi/1ly0
「それから、例の空中の何かを払うような動きの件ですが・・・・」
「やはり、していたか」
「いえ、ここの店員は強盗の男が頭上に飛んできた『赤い蛾』を払おうとして手を振り回し、その後『音』が聞こえて炎上したと
 言っていました」
「『赤い蛾』?そんな気味の悪いものがいるのか」
「遠くから見ていても、相当な大きさだったらしいですよ。僕は見てないから分かりませんが」
「俺、蝶は好きだが蛾は嫌いなんだよな・・・・・・・待てよ?」
岸田警部は無言で何事か考えていたが、しばらくして口を開いた。
「遺体の近くの地面に蛾の死体か鱗粉が落ちていないか調べてもらってくれ。店員の相手は俺がやっとく」
「はいっ」
そう答えて、部下は走っていった。


これも、警部が先輩から聞いた話だ。電話事件とほぼ同じ頃に発生した、人間溶解事件。
その時、現場に蛾の死体が残っており、その蛾には人間の他様々な哺乳類を溶かしてしまう細菌「チラス」が仕込んであった。
この事件は、明るいところに寄っていく蛾の走光性を利用し、邪魔者を暗殺しようとした外国資本の陰謀だった。

店員が目撃したという巨大な赤い蛾。30年前の溶解事件と同様に、蛾に何か仕込んであるとすれば、それを調べれば
発火の原因も掴めるはず。警部はそう考えたのだ。


その後、数時間かけて探したものの、結局蛾らしきものは発見できなかった。


翌日。岸田警部の提案で今までの目撃者が集められ、事件の直前に聞こえた「音」についての調査をすることとなった。
「リンちゃん。調べるったってどうすんのさ。音を言葉で表現するのって意外と難しいぜ?」
先輩が聞く。岸田警部はその問いにこう答えた。
「音を実際に聴いてもらうんです。どんな音だったかって」
「でもそれでまた誰か死んだなんて事になったら・・・・・お前どうする気だ?」
「大丈夫ですよ。目撃者たちは事件当時も音を聴いてます。でも何ともなかった。発火の原因は別にあるんです、きっと」
「そうかい。ま、頑張れよ」先輩は部屋から出て行った。
248遊星Q「燃える通り魔」:2006/08/11(金) 19:16:13 ID:vXXi/1ly0
しばらく岸田警部は煙草をふかしながら赤い蛾と妙な音の関係について考えていたが、2階の応接室で
今回の調査の協力者と待ち合わせる事になっていたのを思い出し、慌てて部屋を飛び出した。

警部が応接室の前まで走って行くと、扉の前に一人の男がいた。
「すみません。呼んだほうが遅刻してしまって」
「ああいや、気にしないで。私もついさっき来たばかりでね、先に行ってしまったのではないかとひやひやしていたんです」
「そうでしたか。では、中へどうぞ」
警部は男とともに応接室へ入り、ソファーに腰掛けた。

「では、改めまして。岸田と申します。本日はどうぞ宜しくお願いします」
                          マドヤ タカアキ
「いや、どうも。えー、私は物理学研究所の円屋 皐粲です。ところで今日は音について調査する、という事ですが、
 音といっても色々あります。具体的にでなくていいので、どんな音か教えていただけませんかね?」
「はい、以前の捜査で数人の目撃者が、甲高いパルス音だ、と言っていました」
「なるほど。ではパルス音の中で色々と変化させてみましょう」
「では、そろそろ実験会場へ」
二人は立ち上がり、応接室を出、実験会場へと向かった。

会場にはもう既に目撃者たちが集まっており、円屋博士の助手が運んできた装置が設置してある。
「皆さんお静かに。これより事件時に皆さんが聴いたという音の調査を始めます。こちらの円屋博士がこれからそこの装置で
 様々な音を出します。その中で聴いた音と一致したものがあったら、手を挙げて下さい。博士、お願いします」
円屋博士が装置の電源を入れ、音波を発生させる。博士は徐々に音を変化させていくが、皆、反応がない。
そこで博士は音波を変化させるダイヤルを大きく回してみた。
249遊星Q「燃える通り魔」:2006/08/11(金) 19:17:11 ID:vXXi/1ly0
警部は正直、驚いた。かなりの人数の人間の意見がこうも一致するとは。
証言通り、装置から発せられる音は甲高いパルス音。今まで聞いたことのない感じの音だ。
その音が流れた瞬間、目撃者全員がほぼ同時に手を挙げた。
博士はスイッチを切り、警部に言う。
「これはパルス音の中でも非常に特殊なものです。皆さんの耳に残ったのも頷けます」
「突然発火とは関係あるんでしょうか」
「可能性があるとしたら1つだけ。グラッドストンと言う化学者を知っていますか?」
「グラッドストン・・・聞いたことありませんね。その人が何か?」
「彼が最近発見した新物質なんですが。『グラドニウム』といって、先程の特殊音波を照射すると発火するんです」

警部はしばし考えた。30年前の人間溶解事件は蛾に付着した細菌が元凶だった。もし、そのグラドニウムが細菌同様
蛾の翅に付いていたとしたら・・・・・

「博士。その・・・・新物質が粉末状になって昆虫に付着する、と言う事はあり得ますか?」
「グラドニウムを粉末状にすることは容易ですが・・・・昆虫に付着するかどうかというのは分かりませんね。そちらは専門外ですので」
「そうですか。とにかく、ご協力ありがとうございました」

目撃者達にも同様に礼を言い、彼等を見送った後、岸田警部は一人、辺りを歩き回った。
薄暗くなった道にはもう既に街灯が灯っている。その街灯に・・・・・何かいる。
警部は目を凝らした。

蛾だ。

部下から聞いていた巨大な赤い蛾が2、3匹。翼長は25cmほどあり、確かに大きい。
警部は頭の中で考えを巡らせた。
もし、あの蛾の翅にグラドニウムが付着しており、何者かが物影で特殊音波の照射装置を構えているのだとしたら・・・・・・
あの蛾を捕まえれば、全てが分かる。咄嗟にそう判断した警部は、素早く手袋をはめると、思い切りダッシュし、
街灯の所で飛び上がり・・・・・・何かを掴んだ。
250遊星Q「燃える通り魔」:2006/08/11(金) 19:18:54 ID:vXXi/1ly0
着地した警部はそのままそこから走って遠ざかった。
もし犯人に音波を当てられたら、自分が6人目の被害者になってしまう。
猛ダッシュをしていた警部だが、背後であの特徴的なパルス音がしたのを聞き逃してはいなかった。

警視庁の前まで戻ってきた警部は、そこでようやく自分の手に握られた蛾を見ることが出来た。
毒々しい赤色をしたその蛾は、思い切り掴んでしまったためもう既に死んでいるようだった。

                                                           ミツダ ノギヒト
翌日、岸田警部は生物科学研究所へと来ていた。昨日円屋博士から、ここには生物学の権威、三津田 禾斉博士が
居り、彼に話を聞けば何か分かるかもしれない、と紹介してもらったのだ。
しばらくして警部は研究室へと通された。
「どうも、本日はお忙しいところありがとうございます。私は警視庁の岸田と申します」
「ここの所長の三津田です。円屋博士から事情は聞いてます」
「博士、突然ですが、この蛾を調べてください」
警部は昨日捕らえた赤い蛾の入った袋を博士に渡した。証拠品や遺留品などを入れるチャック付きのビニール袋だ。
三津田博士は袋を受け取り、首を傾げる。
「ふむ・・・・・こんな蛾は見たことがありませんね・・・・・新種の蛾かもしれないが、何故これを?」
「こいつがこれまでの空中発火事件の鍵を握ってるかもしれないんです。特に、鱗粉を詳しくお願いします」
「分かりました。しばらく待っていてください」
そう言うと三津田博士は奥の部屋へ入って行った。
警部は煙草を吸おうとポケットから箱を取り出したが、「室内禁煙」の文字を見つけ、箱をポケットへと戻した。
「仕方ない。外へ行くか」
警部は独り言を言いながら、研究室を出た。
251遊星Q「燃える通り魔」:2006/08/11(金) 19:20:49 ID:vXXi/1ly0
警部は煙草を吸いながら、先程の研究室に面した芝生の庭を歩いていた。
ふと、三津田博士が入っていった部屋の窓の方へ目をやると、何やら作業服を着た男が窓ガラスに何かの装置を向けていた。
それは昨日、円屋博士が持ってきた装置に似て・・・・・・
「まずい!」
警部はすぐさま走り出し、男に体当たりした。
「おい、お前ここで何をしている」
装置を持ったまま転倒した男に、警部は言った。だが、男は何も答えない。
「お前が今までの空中発火事件の犯人だな。それで昨日も俺を待ち構えてて、今日は博士を狙っていたんだな!」
警部はさらに続けて言うが、男はやはり何も言わない。
「何にせよ、お前には色々と話を聞かなきゃならないな。一緒に来てもらうぞ」
「う・・・・うぇぇぇぇぁあぁあああああ!」
男は意味不明な叫び声を上げると物凄いスピードで走り去っていった。
「あっ!待て!」
警部は後を追ったが、研究所の門から出て辺りを見回したときには、もう既に男の姿はなかった。

警部が研究室へ戻ると、三津田博士が待っていた。
「あっ、岸田さん。どこへ行っていたんですか」
「あなたを狙っていた奴がいたんです。逃げられてしまいましたが・・・・」
「狙われている?私が?」
「ええ、私も同じ奴に狙われています。おそらく、空中発火事件の犯人ですよ」
「大変な事になりましたね・・・・・」
「安心してください。犯人は必ず捕まえますよ。ところで、その蛾はどうでした?」
「ええ、おっしゃったとおり鱗粉を調べてみたところ、最近発見された新物質、『グラドニウム』の微粒子が混じっていました」
「やはりそうか・・・・他には何か気付いた事は?」
「この蛾は・・・・現在地球に生息している蛾とは、全く違う物です」
「違う?それは一体どういう事です?」
252遊星Q「燃える通り魔」:2006/08/11(金) 19:21:49 ID:vXXi/1ly0
「確かに、外見は地球の蛾に酷似しています。走光性も持ち合わせているようです。ただ、蛾は成虫になると何も食べないんです。
 なのにこの蛾には捕食用の口があるんです。しかも触覚がありません。これは地球の蛾ではあり得ない事です。
 しかも鱗粉に混じっている『グラドニウム』は後から人為的に付けられたものではなく、生まれつき持っているようなのです」
「と言う事はまさか・・・・?」
「そう、宇宙生物ですよ。そう考えるしかありません」
「宇宙生物・・・・・」
「ところで警部、あの蛾をもう少しお預かりしても良いでしょうか?もう少し調べたいので」
「あ、どうぞ、構いませんよ」

それから警部は、三津田博士に夜は十分注意するよう言い、研究所を後にした。

警視庁へ戻ると、駐車場で先輩と出くわした。
「ようリンちゃん。どこ行ってたんだい」
「生物化学研究所です」
「へぇ。で、何か分かったかい?」
「犯人は宇宙生物を操っているらしい、って事です」
「宇宙生物?リンちゃんよぉ、お前捜査のし過ぎでおかしくなっちゃったのか?」
「安心してください。僕はいつもほどほどに正気ですから」
「そうか。そりゃ良かった」
そう言うと、先輩は車に乗って外へ出て行った。
警部は溜息をつくと、建物の中へと歩いていった。
歩きながら、これまでの事、これからの事を考えていた。

特殊音波を照射されると発火する物質「グラドニウム」の混じった鱗粉を持つ宇宙蛾。
その蛾を放ち、近くへ人が来たところで音波を放ち、人を焼き殺す。

手口は分かった。後は犯人だ。
犯人は恐らくあの作業服姿の男で間違いない。顔もはっきりと覚えている。
それにこの付近に潜伏しているはずだから、調べていけばすぐ捕まえられるだろう。
253遊星Q「燃える通り魔」:2006/08/11(金) 19:25:15 ID:vXXi/1ly0
が、しかし。岸田警部には1つだけ分からない事があった。犯人の正体である。宇宙生物を大量に所持しているなど、
只者ではない事は容易に想像がつく。だとすると何だろう。
可能性があるとすれば・・・・・

「うえぇぇぇぇぇぇい!」

岸田警部が警視庁への道を考え事をしながら歩いていたその時、突然物陰から誰かが飛び掛ってきた。
警部にはその声に聞き覚えがあった。さっきの作業服の男だ。そいつが警部に奇襲をかけてきたのだ。
「くそ、こいつ!待ち伏せしていやがったか!」
警部は掴みかかる男に背負い投げを食らわせた。男は素早く立ち上がると、後ずさりし、またしても走って逃亡しようとした。
「逃がすか!」
警部はすぐさま車のところへ駆け戻り、素早く車へ乗り込んで、男を追跡した。


警部の予想は的中していた。警部は時速60kmで車を走らせている。しかし男はそれ以上のスピードで走っているのだ。
「チクショウ、なんて速さだ!やはりあいつは人間じゃない!」
車内で唸る警部。やがて男は古びた鉄工所へと入っていった。
警部は車を降り、男の逃げ込んだ方へと向かった。

男の逃げ込んだ鉄工所は小さい物で、10坪ほどの敷地にトタン張りの小屋、その奥にはガラクタが山積みになって雑草が蔓延る
空き地がある。そこには高さ5メートルほどの鉄骨で出来た鳥居のようなものが立っている。その上には切れかかった電線。
敷地の外周には蔓草が絡みついた有刺鉄線が張り巡らされている。
いつからこうなっているのかは知らないが、誰にも管理されていない事は確かだ。怪しい奴の根城になってしまうのも頷ける。
「あいつはどこへ行ったんだ・・・・・」
警部は呟きながら辺りを探す。空き地の方にはいないようだ。となるとあのトタン小屋しかない。
254遊星Q「燃える通り魔」:2006/08/11(金) 19:26:25 ID:vXXi/1ly0
万が一の時の為、拳銃を握り締めながら慎重に小屋の扉を開く。小屋の中は明るい。屋根に穴が開いているので、太陽光が
直接入ってくるのだ。警部が中へ入ると、そこには大きな虫籠、とでも呼ぶべき物があった。中には例の赤い宇宙蛾が数十匹。
「やはりここが奴のアジトか・・・・しかしここにもいない。一体どうなってるんだ?」
「ヒーッヒッヒッヒッヒ!」
突然不気味な笑い声が聞こえた。警部が咄嗟に天井を見上げると、

いた。
作業服の男はまるでコウモリのように、高い天井の梁にぶら下がっている。
「くそっ!バケモノめ!」
宇宙蛾を操ったり、時速60km以上で走ったり、あんな所にぶら下がったり。もう人間ではない事ははっきりしているので、
警部は躊躇無く発砲した。すると男はぶら下がっている足を離し、空中で体勢を整え、見事に地面に着地した。
「ヒヒヒヒヒヒヒ・・・・・」
「・・・・・・・・・」
男は不気味に笑った。警部は黙ったまま何も出来ない。膠着状態がしばらく続いた。

先に静けさを破ったのは男の方だった。突然飛び上がり、警部の頭上を越え、扉の前に着地し、そのまま外へ逃走した。
「あっ、待て!」
警部も後を追った。男が空き地の方へと逃げて行くのが見えた。
男は鉄骨鳥居の前に立ち不気味な笑い顔をしている。追いついて来た警部は、男に拳銃を向けた。
「殺人を起こした目的は何だ?」
男は答えない。
「言え!言わないと撃つぞ!」
やはり男は答えない。警部は発砲した。男には当たっているのだろう。だが、効き目が無いようだ。ピクリともしない。
すると男は腕を胸の前でクロスした。
警部は自分の目を疑った。ここまで来て今更疑っても仕方が無いのだが、やはり疑ってしまった。
男の体がグニャリと変化し人間とは違う別の生物に変形していた。
警部は以前、テレビの特番か何かでこの怪物を見たことがあった。
255遊星Q「燃える通り魔」:2006/08/11(金) 19:27:30 ID:vXXi/1ly0
「蛾人間 モスマン」。1966年11月12日、アメリカウエストバージニア州クレンデニン墓地で初めて目撃されたUMA。
人間ほどの大きさのものから、2.3mほどもある大型のものまで、多数目撃されている。
宇宙人のペット説や、異次元生物説、果ては絶滅鳥類の生き残りとまで言われる謎の生物だ。

警部は「宇宙からやって来た何者か」という大方の予想はついていたが、その正体がこんなポピュラーなUMAだったとは、
流石に想像していなかった。
蛾人間は空中に飛び上がり、警部に体当たりせんと突っ込んできた。間一髪かわしたが、連続でやられたらたまらない。
警部はガラクタの山の陰に身を隠した。蛾人間はしばらく空中を旋回した後、鉄骨鳥居にまたコウモリのようにぶら下がった。
「くそ・・・・・なんとかあいつをやっつける方法は・・・・・」
辺りを見回す警部。すると警部の目に太い鉄パイプが留まった。警部はそれを拾い上げ、蛾人間の方を窺った。
蛾人間のぶら下がっている鉄骨鳥居の上には、切れかかった電線。太い鉄パイプ・・・・・
しばしの思考の後、警部は一か八かの作戦を思い付いた。
「頼む・・・・上手くいってくれ」
警部は運命の神に祈ると、立ち上がり電線めがけて鉄パイプを思い切り投げた。蛾人間は「ノーコン野郎め。どこに投げてるんだ」
とでも言いたげな感じで、こちらを見た。
その瞬間、鉄パイプは電線の老朽化した部分に命中。バシィン、という音とともに電線は切れ、金属部分が鉄骨鳥居に触れた。

スパーク。
鉄骨鳥居に電流が流れ、それにとまっていた蛾人間にも電流が流れる。
「ギギギギギギギエェェェェェェェ!!」
しばらく悲鳴のような物を上げていた蛾人間は、数十秒後地面に墜落し、二度と飛び上がってはこなかった。
警部は大きくため息を吐くと、車へ戻り、無線で連絡を取り始めた。
256遊星Q「燃える通り魔」:2006/08/11(金) 19:28:27 ID:vXXi/1ly0
数時間後、鉄工所には数台のパトカーと電力会社の車が集結していた。
岸田警部が無線で呼んだのだ。
「いやーしかしすごいねリンちゃん。一人で宇宙人やっつけて、事件解決しちゃうなんてさ」
豪快に笑う先輩をよそに、岸田警部は連絡をし来てもらった三津田博士とともに、宇宙蛾の入った巨大虫籠を眺めていた。
「博士、どうします、こいつら」
「うん、あれからまた調べてみたんですが、この蛾自体には何も害は無いようなのです。グラドニウムもそれだけでは
 何も危険はありませんしね。ここはどうでしょう、あの宇宙人の死体共々私に引き取らせてもらえませんか。未知の生命について
 興味がありますからね」
「本当ですか!?」
「ええ、皆さんさえ宜しければ」
「分かりました。では、今日はもう遅いのでまた明日、という事にしましょうか」
「そうですね。ではまた明日」
そう言うと三津田博士はトタン小屋から出て行った。
「さて、俺も帰るか」
岸田警部はポケットから煙草を出し、火を付けて扉の方へと歩いていった。

警部はここでふと、思った。


あの「蛾人間」は結局、何をしに来ていたんだろうか、と―――――――


                                            「燃える通り魔」 糸冬
257遊星より愛をこめて:2006/08/11(金) 19:33:26 ID:vXXi/1ly0
終了です。
普通に書いていたつもりが、いつの間にか30分仕様の強引な展開に・・・・・
ところでどうでもいい事ですが、この話の名前が出てきた3人。
いずれも円谷プロ関係のある人の名前を無理矢理パロディ化したものです。
読みにくいのはそのせいですが、勘弁してください。
無駄話をしてしまいました。では次の人、どうぞ。
258名無しより愛をこめて:2006/08/13(日) 00:43:16 ID:i/ZY0T780
age
259名無しより愛をこめて:2006/08/14(月) 02:57:08 ID:wrVGn/3y0
保守
260X話:2006/08/14(月) 03:23:17 ID:x6ehAIi+0
>>226「石の見る夢」
あせらずごゆっくり。後半楽しみにしてます!

>>245「燃える通り魔」
人名元ネタ二人しか分かりませんでしたoTL
でもそれ以外にもチラホラする小ネタにニヤニヤ。またお願いします。

さて・・・・・・前回時間かけ過ぎたので、「石の見る夢」の為にも小編でいきます。
261X話 ソライロバッタ:2006/08/14(月) 04:18:11 ID:b0fvjfoG0
さわさわさわと草群を割る。

背丈程もの高い草。茎に生えた毛が痒い。蔓草が肩に絡む。
草群が途切れる。向うから何人かの子供の声。驚き再び草群に飛び込む。
息を殺し様子を伺う。体格のいい子供3人が駆けていった。何かを探しているらしい。

探し物は、自分。見つかったら突付きまわされる。何のことは無い、イジメっ子だ。
照り返す陽の光。日焼けし玉の汗を流す少年達の肌を煌かせる。
薄暗い草葉の影。むせ返る程の草いきれ。耳元で何かの羽虫がうんうん唸る。
昨日の夕立で出来たぬかるみを踏みつけて、彼等は何処かへ行ってしまった。

草群から出て、陽の下へ出る。熱いのに汗一つ出ない。生白い肌。どこかひりひりする。
きびすを返し、イジメっ子達と反対方向へ歩き出す。轍のぬかるみに脚を取られる。
右手には高い有刺鉄線の列。左手には延々と続く高い背高泡立草の草群。ツクツク法師の声が聞こえる。


草群から音がした。驚き身構える。ガサガサと草を分けて、犬ほどのモノが出てきた。
────────あっけに取られる。一瞬、何か分からなかった。よく見れば見たことのあるフォルム。

バッタだ。ただし、40cm程の。しかも空色。鮮やか過ぎて半ばおもちゃじみている。
歩いて足音のする昆虫など始めて見た。キチキチという軋み音を立てながら、前足をなめている。
手に持つ網と虫篭。そう、自由研究の為の昆虫採集。そのために来た。なら────
   ・・・・・・────捕まえる?思わず脚が、前に一歩。

気付いた。バシャバシャと騒がしい音を立てながら飛び上がり、夏の空へ飛び上がる。
工場の煙突の上、入道雲の遥か彼方へ飛んでいく。追いかけるのを思い出す前に、青空に溶け込んで見えなくなった。
262遊星より愛をこめて:2006/08/15(火) 21:57:25 ID:MOhw1r//0
保守ついでに気まぐれで作った題名のイメージ画像を置いてきます。
もし良かったらご覧下さい。

ひねもす午睡
ttp://up.spawn.jp/file/up34352.jpg
北緯270度を越ゆ
ttp://up.spawn.jp/file/up34353.jpg
錆び付いた橋
ttp://up.spawn.jp/file/up34355.jpg
2019年の物語
ttp://up.spawn.jp/file/up34359.jpg
みどりの想い
ttp://up.spawn.jp/file/up34365.jpg
虚空の鳥人
ttp://up.spawn.jp/file/up34367.jpg
の、ようなモノ
ttp://up.spawn.jp/file/up34372.jpg
石の見る夢
ttp://up.spawn.jp/file/up34373.jpg
燃える通り魔
ttp://up.spawn.jp/file/up34379.jpg
ソライロバッタ
ttp://up.spawn.jp/file/up34388.jpg
263X話 ソライロバッタ:2006/08/16(水) 04:45:30 ID:rkAAKhgN0
お盆過ぎの小学校。なぜか教室は子供達で賑わっている。────そう、登校日だ。
窓際の真ん中辺りに座る少年。ぼんやりと外を見ている。が、内心は落ち着いていない。

昨日見た、あのバッタ。眼の覚めるような青色で、しかも巨大。
図鑑は飽きるほど見ているがあんなバッタは見たことが無い。何という種類だろう?
余分とも思えるHRが終り、すぐに放課後になる。立ち去る先生に声を掛けた。

「え? ・・・青いバッタねえ、大きな?どれくらいの?」両手で大体を示す。傍の草の丈と比べてもこの位だろう。
「う〜ん、それはちょっと・・・・見間違いじゃないかな?」
一応懇切丁寧に教えてくれた。昆虫やクモなんかは、体の構造上それほど大きくなれないという。
食い下がると、「ん〜・・・ じゃあ、捕まえてきてごらん?それなら信じるから」
口調で分かる。信じちゃいない。渋い顔をして職員室を出た。


あの草群の路をとぼとぼ歩く。今日もツクツク法師の声が遠くから響く。
ここだ。昨日ここであのバッタと出会った。あの時確かに自分は見た。今は何処に居るのだろう?
高い背高泡立草を掻き分け除く。薄暗い草葉の影。耳元で羽虫がうんうん唸る。動くものは無い。
「あ・・・・・テメェ!またココに来やがったのかァ!!?」
────イジメっ子だ!驚き跳ね上がる。次の瞬間には駆け出した。
すっかり忘れていた。そうだ、この辺あいつらの縄張りじゃないか!泥を跳ね上げ駆け出す。
と、向かいからもイジメっ子達。挟まれた。選択の余地無く、背高泡立草の草群に飛び込む少年。

ざわざわざわと掻き分ける音。イジメっ子達の罵声が追いかけてくる。
びしゃりと塗れた泥を跳ね上げた。一昨日の雨が未だ残ってるのか?妙な木片や瓦礫も転がっている。
何かにつまづいた。タタラを踏みつつ前進し────ついに転んで────
転んだ先で、視界が開けた。
264X話 ソライロバッタ:2006/08/16(水) 05:29:26 ID:BgXh2Lz00
目の前に垣根が有った。

向うには生垣がある。その向うに開け放しの木戸。その奥に────人家。日本家屋だ。
垣根に沿って歩く。木戸から中を覗くと────開け放しの玄関がある。人気は無い。
背後の藪からイジメっ子達の声が聞こえた。驚いて隠れ場所を探す。

と、突如木戸の向うに引き込まれた。身動きできない。声が出ない。「静かに。ココなら見つかりませんよ」
視線を降ろす。痩せた生白い、しかし力強い腕。口と胴をしっかり掴まれている。
────────数秒か数分か。やがてイジメっ子の声がしなくなった。腕の力が緩む。
止めていた吸気を思い切り吸い込み、後ろを見上げた。背の高い初老の紳士。一応洋装だがどこか古風だ。


「まあ、ほとぼりが冷めるまでココに居なさい」
そう云われて、縁側に通された。外からは分からなかったが意外と中は文明的だ。扇風機が有る。
その奥には────何というか、奇妙な道具が並んでいる。副数種の顕微鏡や水槽、妙な形のガラス管。
ハカセ、といった人だろうか?何とは無くそう思った。
庭は草木が伸びるままだが、それにしては整然とした生え方をしている。低木の向うには池も見える。
首を伸ばし、少し縁側を移動して池を覗く。猪脅しや錦鯉は居ないようだが──・・・・・・

「池が、珍しいですか?」紳士が盆を持って現れた。お茶らしきポットが載っている。
「この辺りは湿地帯でね、よくああいうように水が溜まるんですよ。地面も湿ってるでしょう?」
カップに紅茶が注がれる。飲んでみた。うす甘いすっきりした味。「───ハーブティですよ。如何です?」
見ると、注がれたカップが横に幾つも並んでいる。  
    ・・・・すぐ傍のカップに、アゲハチョウが留った。・・・二匹、 ・・・三匹。
「彼等も、お茶の時間を楽しみますからね」
隣にはカナブン。その向うはカブトとクワガタ。アリにハチアブ。トンボにカマキリまでもカップに留る。
265X話 ソライロバッタ:2006/08/17(木) 04:26:17 ID:8gxv1/nn0
よく見ると、庭は虫で一杯だった。
普通なら不快感を感じる所だろうが、不思議とそんな気はしない。和やかな空気。
まるで戯れる子犬達を見るように、庭を舞う昆虫達を眺める少年と紳士。

ふと、思いついて聞いて見た。青い巨大なバッタの事。「・・・見た事は有りませんねぇ、残念ですが」
────矢張り見間違いだったのだろうか。ハーブティを口に含む。
「でももしかしたら、何処かに居るかもしれませんね。そんなバッタも」
紳士が人差し指を出す。指先に甲虫とトンボが留った。「───見てみなさい」

少年の目の前に出す。無骨な甲冑の節足と、スマートなボデイのガラス羽。対照的な生命の姿。
「同じ昆虫でもこんなに違う姿をしています。他にもホラ、色々居るでしょう?」
柱を作る羽虫。花に止まるアブ。幹に鳴くセミ。地を歩むアリ。チョウが舞い、ハチが飛ぶ。
「進化の神様は昆虫がいたくお気に入りの様です。そんなバッタが居ても可笑しくないでしょうね」

何時の間にか朱の空。ヒグラシが鳴き、何処かに飛んでいった。


翌日からの夏休みの続き。既に後半に突入したが少年の心はかなり明るい。
昼食もそこそこに家を出る。宿題は殆どやってないが構いはしない。あの草群の道へ急ぐ。あの紳士の家へ。
泥の乾いた道を早歩きしながら、何処から入ろうかと思案する。と────
「おい、お前何してる!?」
────しまった、イジメっ子まだ居たか。驚き強張る少年の脚。三人とも揃っている。
「へへへ・・・」「ホラ、どうした?」「今日は逃がさねえぞ?覚悟しな」
にじり寄ってくる三人。今度は包囲網を形作っている。逃げられない───────・・・・・・
「あんたたち、何やってんの!?」
突如背後からの大声。女子の声だ。
266X話 ソライロバッタ:2006/08/17(木) 05:01:08 ID:f2yjY8E10
振り向くと少女が立っていた。横には自転車。半ズボンの活動的な姿───そうだ、同級の委員長だ。
「喜多島君!?そうやってイジメるのは止めなさいって前も何度も言ったわよね?」
「永江・・・・・・いや、何でココに」「どうも行動が怪しいから付けてみたのよ。そしたら」
腰に手を当てて前進してくる委員長。威圧的だ。
舌打ちするイジメっ子。「・・・・・・・行こうぜ」他二人を従えて、向うへと走り去る。
「いい加減にしなさいよ──!?何悪巧みしたってバレバレなんだから!!」委員長の追い討ちの声。

「大丈夫だった?」振り向く委員長。はっきりとした目鼻立ち。快活な言動が際立つ。
「全くあいつら懲りないんだから。釘刺しとくけど、気をつけてね?じゃ」
自転車に乗り、ガタガタ言わせながら去っていく。その後に漂うどこかいい香り。


「それは大変でしたねえ」半ば笑いながら紳士が云う。縁側でハーブティをすする少年。
委員長にはびっくりしたが、とりあえずもう大丈夫そうだ。久々の安堵と────そして、何故か高揚感。
「用意できましたよ」紳士に促され、座敷の奥に入る。周り中が奇妙な器具だらけ。
其の中に、顕微鏡が置かれていた。部屋の何処からか強い反射光が差し込む。「覗いてみて下さい」
奇妙なモノが見えた。ゴミのようなモノの中で虫が蠢いている。
「それも、昆虫ですよ」紳士が呟く。確かによく見ると脚が六本。昆虫の体裁は成している。
「今日は貴方に、いつもは見えない昆虫達を紹介しようと思いましてね」

それを皮切りに、庭の土の中や木の枝に隠れ住む虫たちを観察した。
途中、枯れ木が覆いかぶさって来て難儀したが、紳士より難なく助け出された。スリキズは出来たが。
「ほらほら、この子は違いますよ」紳士の独り言。・・・何か変わった虫でも居ました?
「いえいえ」

其の日もまた、夕方まで紳士の家で過ごす。時間の経つのも忘れる程。
267X話 ソライロバッタ:2006/08/17(木) 05:32:59 ID:f2yjY8E10
其の日は驚きっ放しだった。自宅にある昆虫図鑑には載ってない虫。載っているが見たこと無い虫。
昆虫とは此処まで多種多様だったのか。
「昆虫に限らず、クモやムカデも含む節足動物は、脊椎動物に先んじて生まれ繁栄しましたからね」

紳士が戸棚から本を取り出す。重厚な表紙。開くと日本語ではない文字列。
其の中の図版には、更に驚くべき虫類達が居た。ワシ程もあるトンボ。
自分より大きいヤスデ。ネコ程のクモ。犬より大きいサソリ。ドブネズミより大きいゴキブリ。
「今より大昔、石炭紀と呼ばれる時代に居た節足動物達です。すごいでしょう?」
驚き胸が高鳴る。すごい。こんな怪物達が居たのか。そして見てきた昆虫達は、この怪物達の子孫なのか。

「怪物とは心外ですね」紳士がカブリを振る。
「昔誰かが『昆虫は地球外生命体発祥だ!』とか云ってましたが、それは見識不足としか云いようが無い」
昆虫ははるか昔、捕食動物すら存在しなかった時代に脊椎動物と分岐した。兄弟のような存在。
それ以来、脊椎動物とはまた違う文律で進化、適応を地球の歴史とともに歩んできた。
今では地球のあらゆる場所に虫類は棲む。海の底からはるか成層圏にまで。まさに地球の主は節足動物。
「虫達の立場からすれば、妙な文明とやらを発達させる人間こそ地球外生命体にしか見えませんね」


妙な講義を拝聴したまま、妙な気分で帰途に着く。
真っ赤な空。ヒグラシが何処かで鳴く。其の空を、轟音を立てて飛行機雲が伸びていく。
雲の先の点滅する光を追っていく。夕闇掛かる視線の向うで、

ざわりと空が、波打ったような気がした。

ぞくりとして頭を振る。────大丈夫。何でもない。ただの幻覚。
足を速めて、家路を急ぐ。
268X話 ソライロバッタ:2006/08/19(土) 00:52:29 ID:n9xgEsyn0
「でっかいバッタ?ふぅ〜ん・・・」
TVの前で父親が遅い夕食。こう見えても父親は物知りであり、あのバッタの事を聞いてみたのだ。
「 ・・・・・・お前、『アリス症候群』って知ってるか?」 ・・・何だろう?アリス?
「『不思議の国のアリス』って話がモデルでな、物がやたらと大きく見えてしまう事だ」
子供に多い現象らしい。自分の様な。────駄目だ、父親も信じてくれない。
「病気じゃない、価値観の相違から来る精神の現象さ。心配ないよ」

翌日。またあの草群の前に立った。やっぱりあの紳士の家へ行く積りだった。
しかし────”精神の現象”?父親はぼかしちゃいたが、矢張り幻覚か何かなのだろうか?
あの紳士は自分という哀れな子供に同情して話を合わせたのだろうか?それともからかって居たのか?
背高泡立草の前に立つ。足が重い。

「あれー、なにやってんの?」振り向く。自転車に乗った同級の委員長。
「またここに遊びにきたの?懲りないわね〜」いや、  ────此処には。
「友達でも待ってんの?」友達。・・・そう。紳士やカップに集まる昆虫たちが頭に浮かぶ。
だが、今は何処か後ろめたい。裏切ったような、裏切られたような。
「・・・・・・どしたの。喧嘩でもした?友達と」はっとネガ思考から顔を上げ、あわてて否定する。
「なら心配するこたないよ!会っちゃえば何時も通り、気にする事ないって!」

手を引かれ藪中に放り込まれる。そういえば、委員長がなんで、また此処に?
「あのバカ三匹がまた此処うろついて悪さしないように、見張りに来てんの。さ、行ってきな!」
にこやかに手を振る委員長に見送られ、藪を漕いで紳士の家に向かう。
手を握られた感触がまだ残る。何処か、心の何処かがドキドキした。

「成る程────『アリス症候群』か。面白いね君のお父さんも」
家の近くの草原で戯れる紳士と少年。蝉時雨は彼方にあり、周辺からはキリギリスの声。
269X話 ソライロバッタ:2006/08/19(土) 02:05:56 ID:9ff7FCaX0
草群をガサガサあさる。ショウリョウバッタの幼虫がぴんと飛び出した。
「だけど本当にその現象は、『アリス』なんでしょうか?」指先のバッタと戯れる紳士。
つい、と少年の前に出す。「────むしろ、このような虫達の視点なのでは?」

────虫の視点?   ・・・「そう、虫の心持に成っていたからこそ、あの青いバッタは見えた」
じゃあ、やっぱり幻覚? ・・・「いえ。青い巨大なバッタは居ます、只見えないんです。人間には」
人間には?    ・・・「人間の視点で世界を見る限り、絶対に青いバッタは見えないし、居ないんです」
指先のショウリョウバッタを投げた。たちまち草群に紛れて見失う。 
「今は貴方は人間ですからバッタは世界から消えてしまった。しかし────」
見失った辺りの草から、バッタの飛ぶキチキチという音が聞こえる。
「虫達の世界では、いきなり空からショウリョウバッタが降ってきた。そう見えてるでしょうね」
虫達の視線からの世界。それは一体どんな世界なのだろう?

強い風が一陣。辺りの草群からバッタ達が一斉に飛び立った。
バッタの舞う草群に経つ紳士と少年。その一陣の風に──────何か吹き込まれた気がした。


「風が出てきましたね」紳士が呟く。気が付けば結構雲も出てきた。
「戻りましょうか」草群を、わらわらと家へ進む紳士と少年。と────紳士が足を止めた。
「これはひどい」見ると、小さな苗程の樹が引っこ抜かれ、バラバラにされていた。
「たしかこのカラタチには数匹アゲハチョウの幼虫が居た筈ですが、全く・・・・・・」
困ったものだ、といった風情の口調。そのまま家へ引き上げる。

うっすらと感じた。アレはあのイジメっ子達の仕業では無いのだろうか?
カラタチのトゲに引っかかり、不気味な青虫まで居たので気味が悪いと叩き潰した。そんな気がする。
遠くで、雷の音がした。
270X話 ソライロバッタ:2006/08/20(日) 02:00:36 ID:Qpi2lNVD0
けっこうな雨。。風もある。だが少年はあの草群の泥道をひた走る。
台風が南洋から近づいているらしい。一応自宅に居る様に言われたのだが────出てきてしまった。
疼いたのだ。あの紳士の語る言葉に、世界に、概念に。それに────彼女に、会えるかもしれない。
そう思うと、足が動いた。嵐などモノともしない。

一つの生き物の様に動きさざめく草群の前。いつもの虫達の声はしない。
多分草葉の陰で雨宿りしているんだろう。頭の上の背高泡立草から雫が二つ、合羽の上に零れ落ちた。
と────何処からか人の声。びくりとして草群に飛び込む。

赤い傘と黄色いい長靴。この声は────委員長だ。今日も?と、其の横に、
黒い傘と白い長靴。この声は────・・・・・・聞いた事が──・・・

「あんた今日もこんなトコ来たのね、全く呆れるわ」・・・親しげな委員長の声。相手は誰だろう?
「別にいいだろ?放っとけよナツミ。お前こそ何でだよ」・・・この声。委員長をナツミと呼ぶ声。
「あたしは───あんたがこんなトコうろつかない様に、よ」・・・何か、含みがあるような声色。
「あのくそチビか?そんなにあいつが心配かよ」・・・聞いた事がある。脳内の記憶庫を必死で検索する。
「そんな、あたしは───・・・   」・・・そのまま絶句する委員長。いじめられているのだろうか?

「キャ・・・!」突風が吹く。赤い傘が吹き飛び、その下に居た委員長がよろめいた。思わず腰が浮く。
────間一髪、黒い傘が受け止めた。まだ顔は見えない。委員長の顔も隠れた。
黒い傘の下で、二人はくっ付いたまま動かない。
「・・・・・心配、だったから。あんたが心配だったからよ」やがて、委員長がぽつり。
「此処の草群、”ソゾロさん”が出るって噂があってさ・・・知らない?オバケだか幽霊だかって」
「だからあんたがこの辺うろついてって聞いて、また何か危ない事でもしてるんじゃないかって───」

雨音でよく聞き取れない────だが、”ソゾロさん”という単語は聞こえた。何だろう?
271X話 ソライロバッタ:2006/08/20(日) 02:40:27 ID:r4gjiTR50
「あたしは、心配だから───・・・」そういって、また停止する委員長と黒い傘の主。
しばらく傘の下で静止した後、ぴくりと二人の体が動く。
そのまま、少しづつ動く二人の身体。一定距離まで寄り合った瞬間────再び突風。跳ね上がる黒い傘。
刹那覗いた傘の下で、
委員長、”永江””ナツミ”と呼ばれた快活な少女と、
イジメっ子、”喜多島”と呼ばれた男子が、

互いの唇を重ねていた。


再び煽られた黒い傘が二人の姿を隠す。少年の息が、思考と共に一瞬停止する。
早鐘のような鼓動。何かがぐるぐる廻る頭。見てはいけないものを、見た様な気がした。
そっと葉擦れの音に紛れてその場を離れる。何処へ向かう、何処へ向かう。
あの紳士の家?いや、今はもう行く気がしない。そんな事は出来ない。走って走って、何処かの空き地に出た。
そのまま逃げるように空き地を出て行く少年。

唇を離す二人。「・・・・・・ごめん」謝る喜多島。赤い顔をした少女が頭を横にぶんぶん振る。
そのまままた静止する二人。やがて互いの身体が黒い傘の下で再び寄り添う。其の姿を、

背高泡立草の上から上半身だけ覗かせた紳士が、雨風に微動だにせずに見つめていた。


翌々日。また登校日。本来ならこんな中途半端な時期には無いはずだが、昨日の夜連絡網で知らされたのだ。
教室に入り席に座る。急な為か空席も目立つ。委員長の席も。────何処か何時もの空気と違うのは、何故だろう?
先生が入ってきた。出席を取り終わった後、一息ついて云う。
「・・・皆聞いてると思うが、このクラスの永江ナツミさんと4組の喜多島タカシ君が昨日、亡くなった」
272ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/08/21(月) 11:17:42 ID:KENC9xHm0
応援!

ソライロバッタ

タイトルのつけ方もいいですね。
273名無しより愛をこめて:2006/08/21(月) 12:08:16 ID:SJjTCzUJO
雰囲気が良いなぁ…
なんか懐かしい。
てか、委員長ツンデレw
274ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/08/22(火) 11:44:42 ID:Fdpx9rV10
応援
275名無しより愛をこめて:2006/08/22(火) 12:23:15 ID:zwa9FcfT0
ひぐらしのなく頃に
276X話 ソライロバッタ:2006/08/23(水) 03:12:37 ID:51KytwbC0
HRの後、体育館で全校集会が開かれた。
校長先生が壇上に立ち、委員長とあのイジメっ子の亡くなった事を再度告げ、黙祷を捧げた。
二人の葬式は明後日だという。同クラスはなるべく全員参加するよう呼びかけられる。
再び教室に集合し、教師が明後日の予定を伝えた。上の空の少年。
耳に入ってくるのは、後ろの女子達の噂話。

『あの二人ね、昨日例の”ソゾロさん”の空き地に行ってたんだって』
『ホント?じゃあじゃあもしかして”ソゾロさん”に喰われたの?』
『だと思うよ。お母さんが隣の人の知り合いから聞いたんだけど、────あの二人の死体ね』
『何?何??』
『…────顔の皮剥がれてたんだって。顔だけじゃない、全身殆ど!肉も一部無くなってたって』
『うわマジ?やばいじゃん!』
『そのままじゃ誰か判んないから、歯の治療跡で判断したらしいよ。それ位酷かったのね』

頭の奥底で噂話がこびり付いていく。意図せずも反芻するたび、何ともいえない気分に陥る。

『でね、あの二人一昨日の昼頃から行方不明だったんだって』
『あの雨が強かった時間?で、昨日死んでたの?丸一日何があったのよ』
『さあね?でももしかしたら一昨日の昼過ぎにはもう殺されて、じっくりと皮剥がれたのかも』

一昨日の昼過ぎ?という事は、あの二人の重なった光景が、最後の姿という事になる。
自分が見たあの秘め事。あの後直ぐに二人は殺され、皮を剥がれた。犯人は”ソゾロさん”。
其の言葉と同時に、何故か宙を舞う蝶と羽虫に囲まれたあの紳士の姿が浮かぶ。

教師が告げる。「皆気を付けろ、変質者の仕業かもしれないそうだからな。それから────」
あの草群に立ち入るなとのお達し。警察がいまだ捜査を終えていないという。
277X話 ソライロバッタ:2006/08/23(水) 03:43:19 ID:51KytwbC0
学校からの帰り際、遠巻きにあの草群を眺めた。周囲にテープと急ごしらえの策が張り巡らされている。
パトカーが数台。どうも空き地全体を囲んでいるらしい。

────これでは、行けない。あの紳士の所に。

そう思った瞬間、残念という気持ちと共に何処かに安堵感も沸いてきた。
何故だろう?あんなに楽しく、不思議な人とは初めて会った。今までで一番楽しい時間だった。
そんなあの紳士を、自分は今怖いと思ったのか?恐ろしいと思ったのか?
────────いや、それは少年の初めての感覚。
忌まわしい、という感情。


その日の夜。自分の部屋でマンガを読んでいると、クーラーが妙な音を立てた。
父親に見てもらうと、何故だか壊れてしまったらしい。「明日電気屋さん呼ぶから、コレで我慢しろ」
扇風機を付け、窓を開ける。勿論網戸は閉じるが、立て付けが悪い。苦労して何とか閉じる。
……だが、蚊が何匹か入ってしまったらしい。数匹潰したがまだ羽音が聞こえる。
もう夜も遅い。蚊は無視して電気を消し、布団に入る。夜の冷えた空気が気持ちいい。

………プウン。耳元を掠める音。
寝入って、夢の淵へと滑り落ちる寸前で羽音が鳴る。無視を決め込むが何処かに留る気配は無い。
寝返りを打つ。もう片方の耳でも聞こえる。耳鳴りでは無いらしい。
…………プウン、プウン。耳の周りを幾度と無く廻る音。
いいかげん癪に触る。口を歪め、何度も寝返りを打つ。まだ耳元を廻っている。数匹以上居るらしい。
段々、蚊の鳴く音が別の音に聞こえてきた。それはか細い、それでも何処かで聞いたような────…
『……明日の朝、そちらの玄関に迎えをよこします』
パチン。耳を平手で打つ。掌には何も無い。だが其の夜は、それ以上蚊の鳴く事は無かった。
278X話 ソライロバッタ:2006/08/23(水) 04:07:33 ID:WwVDF+ji0
翌朝、眠れず昼前まで寝過ごした。
目を擦りながら階下に降りると、母親が困っている。「何か、今朝から変な虫が玄関前うろついてんのよ」
……そっと玄関を開けて様子を見る。玄関マットの向こう側に、ちょこんと小さな虫が鎮座していた。
──────ハンミョウ、通称”道教え”。
もしやコイツが、『迎え』?虫を見ると、向うも大きな複眼でじっと見返してくる。
────何か、犬みたいだな。

顔を洗い、服を着替え、水筒やお菓子を詰めたナップサックを用意して、潰れかけの運動靴を履く。
母親に適当に出先を告げ、玄関先に立つ。ハンミョウが小首を傾げた。
小さな羽音を立てて跳躍する。ピョン、ピョンと道路へと出て行く。少し振り向き、小首を傾げる。
────付いて来いという事か?ハンミョウの所に行くと、また跳躍し前進する。

道には結構人通りや車が多い。しかしそれらを巧みにかわしながらハンミョウは進んでいく。
途中、向かいの歩道の犬が此方を見て吼えたが、ハンミョウが犬を見ながら小首を傾げると犬は萎縮してしまった。
歩道橋を渡り、遠いので来た事も無い公園緑地に入る。公衆トイレの裏に廻った。

其処には──────背高泡立草の草群。葉に覆われた草の薄暗いトンネルが有る。
小さな蚊柱が脇に立つ。ソレを見て小首を傾げると、ハンミョウは草葉のトンネルへと入っていった。

背を屈めながらそろそろと進んでいく。途中ハンミョウを見失いそうになると、立ち止まり待っていた。
やはり小首を傾げ、此方をじっと見つめる。
途中、草葉の隙間から赤色灯と黄色いテープが見えた。草群を調べているという警察だろうか?

そしてもう暫く前進すると、前方が明るく開けている。其の光へと早足で進む。
……────出た。草茫々の日本家屋。あの紳士の家だ。
案内役のハンミョウは、何時の間にやら溢れる夏の緑に紛れてしまったようだ。
279名無しより愛をこめて:2006/08/24(木) 11:19:01 ID:h31cdUck0
応援
280ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/08/25(金) 17:02:27 ID:AdSxOw2g0
応援!!
281X話 ソライロバッタ:2006/08/26(土) 03:27:24 ID:MrZSmqBZ0
紳士の家。何時もは小さな羽虫などが何処かに一匹位のんびり飛んでいるのだが────
静かだ。風も無い。物音一つ、動く影一つ無い。停止した風景。閉まった雨戸から光が漏れる。
昔コレと同じ風景を見たことがある。隣町の一人暮らしの祖父の家に遊びに行った日。
玄関を開けても誰も居らず、靴を脱いで上がり、廊下を走って向かった居間に────……

そう、この風景に感じる匂い。

「来ましたか」
振り向くとあの紳士が居た。「この前は参りましたね、台風のせいでここも大変でしたよ」
雨戸を開ける紳士。表の草群が見えた。濃い草いきれが漂ってくるが────風が無い。動いていない。
紳士が麦茶を持ってきた。何故か横には角砂糖。ガラスのコップに注いでいく。
「砂糖、おいくつですか?」要らないと答える少年。脚の横にコトリと置かれる。
紳士は自分の分を入れると、角砂糖を五個入れてかき混ぜた。さも旨い茶のように味わって飲む。

少年が口を開いた。しかし上手く言葉が出ない。紳士が答える。
「虫────ですか?ああ。   ……面に赤と白黒のが幾つも来てるでしょう?興奮してるんです」
紳士が指差す──────確かにパトカーの赤色灯が見えた。うろつく警官も見える。
「大丈夫、此処には来られません」さも当然といった調子の紳士。

再び、少年は口を開く。更にたどたどしく、解り難く、重要な事を。
この間の嵐の日、此処にはあのイジメっ子と委員長が来ていた筈だ。
「…────来ていたかも知れませんが、あいにく私は見て居ないし、知りもしません」


草群の中をガサガサ進む警察の鑑識班。と、目の前の背高泡立草の影に、さっと子供の人影が隠れた。
「……あ?ちょ」  ……続きを口にする前に、鑑識の男は草葉の陰の横穴に消えた。
282X話 ソライロバッタ:2006/08/26(土) 03:49:32 ID:MrZSmqBZ0
その二人が、翌日死んで発見された。皮を剥いで殺された。
「…────何を思ってるのか分かりませんが、私はそんな事していませんよ?」


草群に生える潅木の影に、少女と思われる人影。手伝いの巡査が駆け寄る。
  …────人影に触れる前に、巡査の体は木立の上へ吸い上げられた。


指先に痛みが走る。小さな赤い蟻に噛まれていた。
「こらこら、敵じゃ有りませんよこの方は」紳士が蟻を摘み、地面へと放してやる。
「そうだ────今日は、このアリさんについての話をしましょうか?」
この空気感と状況下で、何故なおもこんな呑気な話を続けられるのか。紳士の態度に少年の眉が顰まる。

「アリやハチは人類以外の社会性を持つ生物である────この事実は分かりますね?」
一匹一匹が、生物として担うべき役割を分担して生活し生存効率を高め、群れが一つの生物として機能する。
採食、出産、育児、戦闘、その他、etc。
「更にアリの中には、農業や牧畜を行うモノも存在します」
例えばハキリアリ。木の葉を集め菌類を栽培する。例えばクロヤマアリ。アリマキを守る代わりに蜜を頂く。
人類の才覚と思われた行為を、さも自分達が最初であるとでも言うように営々と続ける虫達。
「だが人類はその虫達を超え、環境そのものを自らの支配下へと置く事に成功した」
山を削り海を埋めビルを建て道を通し食料を流通させ文化を構築し自らを万物の霊長と名乗る。
いまだ未熟なのが難点だが。

「ですがもし──────その人類の英知を、人類よりより完璧に行使する存在が居るとしたら、どうです?」
人を超える存在?
神?悪魔?それとも宇宙人?
283名無しより愛をこめて:2006/08/27(日) 22:46:59 ID:uOBmTY+q0
age
284X話 ソライロバッタ:2006/08/28(月) 02:31:13 ID:1QBJQO5f0
声になっていない声を上げる少年。催しても無い尿意を告げる。
「ああ、失礼しました」掌をみせどうぞと示す紳士。そういえば、この家の便所を使用するのは初めてだ。
「───壁つたいに行けば、汲み取り式のが有りますよ」

恐る恐る壁伝いに歩いていく。裏手の方は北側のせいか少々陰気だ。草群も迫っている。
離れ小屋の様にぽつんと、薄汚い便所があった。取り合えず、入っておくべきだろうか?
そっと近づく。ふっとアンモニア臭が漂い、小蝿がプウンと顔の前を飛んだ。
…………かさり。扉にかけようとした手が止まる。草を掻き分ける音。便所の向うの藪からだ。
───────────そっと、足を踏み出す。誰か、居る?
────木製の柱の角から、そっと覗く。そこには、

見た事のあるTシャツ。見た事のあるズポン。紛う事無き髪型と顔。
────────あのイジメっ子が、あの嵐の日の姿のままで立っていた。


驚愕した。声が出ない。息が苦しい筈なのに呼吸が出来ない。イジメっ子は空ろな目で立っている。
目に生気が無い。両目とも視線がズレている。微動だにしていない筈なのに、妙に皮膚が蠢いている様に見える。
イジメっ子の足が、引きずるように、前に出ようとした瞬間────
パン。乾いた音。

イジメっ子の頭から血が噴出した。いや、血に見えたがソレとは違う赤黒い粘液。
イジメっ子の背後に銃を構えた警察官が立っていた。全身が擦り切れ、制服がボロボロになっている。
続いて2発、3発。胸、腕、足を貫かれ倒れるイジメっ子の身体。警察官の目線が少年に向かう。
「何だ………お前?……お前もか!?」
銃口が少年に向けられる。見開かれた警察官の瞳。流れる脂汗。間違いない、錯乱している。
震える人差し指が、引き金にかかる。
285X話 ソライロバッタ:2006/08/28(月) 03:05:37 ID:qgATAGjh0
刹那、警察官の体が持ち上げられた。悲鳴が上がる。
警察官の背後の藪が蠢いていた。枝が木の葉が絡む蔦が警察官を覆いつくす。暴れる警察官の身体。
────警察官のシャツの上を、木の葉が走った。

気付いた。虫じゃないか。
異常な状況の中観察眼を発揮する少年。木の葉に見えたのは、緑色のゴキブリみたいな虫。
警察官の体に食い込むのは蔦ではなく巨大な緑色模様の大ヤスデ。
木の枝に見えたのは───特徴的な前脚が見えた。間違いない、ナナフシみたいな巨大カマキリだ。
それらの虫がまるで樹木が人を取り喰らう様に蠢き、バキバキと齧り潰していく。

全身が痙攣する。ここに居たくない。脚が後ずさる。と、目の前のイジメっ子の体が蠢き────
────黒光りする虫が這い出してきた。硬い芋虫に長い脚を生やしたような。
イジメっ子の体が波打ってしぼんでいく。その姿を見て、

少年の体は動いた。恐怖と忌避に背中を押されて。


壁伝いに走り、角を曲がる。紳士の居る縁側だ。縁側には紳士が居て────……

それから泥まみれの警察官と……警察官を引きずる委員長が、
嵐の日の姿で立っていた。

「ああ、もうお済みですか?」事も無げに言う紳士。委員長は警察官の体を放り投げた。
たちまち警察官の体に蚊柱がたかる。顔を抑えて転げまわり、近くの藪へと飛び込んだ。直後、悲鳴。
少年の足が止まる。光景を見てまた硬直した。
紳士はにこやかに笑う。「困りましたね、こんなに闖入者がやってくるとは」
286X話 ソライロバッタ:2006/08/28(月) 03:27:17 ID:qgATAGjh0
「お話の続きですが────……」紳士が立ち上がり、委員長の方へ向かう。
「環境そのものを自らの支配下に置く────それを超えたのも、やはり虫なんですよ」
委員長を通り過ぎ、潅木の横につく。木の葉を一枚つつくと────その先の潅木全体が波打った。
「ご覧にはなったでしょうが、……これらは皆、虫です」紳士が両手を仰ぐように広げた。
「植物だけじゃない、此処にある石、池、家、土、大気、空に至るまで────」

「虫はね、環境を支配するのでなく、環境そのものと化したのですよ」


風景が、波打った。
石も池も家も土も大気も雲も太陽も空に至まで。
うぞりと、自らの存在を鼓舞するように。

動けない。
脚を退けるにも躊躇する。呼吸をするのさえ忌まわしい。視線さえも定められない。

世界が虫で満ちている。


「……────だが、虫達の進化は未だ終わらない」
紳士が振り向く。今度は委員長の背後に立った。委員長もまた空ろな目をこちらに向ける。
「虫全てを取り込み、世界を形作ったとしても、やはりそれには限界がある。虫としての限界が」
委員長の両肩に、紳士が両手を置いた。
「だから、人間になってみた」
皮を剥ぎ、中へ入り、人の動きを模倣して見た。
「丁度此処を荒らした人間の若いつがいが居たので、駆除ついでに実験してみたんですよ」
287X話 ソライロバッタ:2006/08/28(月) 04:06:31 ID:qgATAGjh0
聞かねばならない。
学校で聞いた噂。先程のイジメっ子の末路。今の委員長の状態。
忌まわしき恐怖の渦に、一つの感情が顔を出す。ない交ぜになった憧憬と、嫉妬と、悲嘆と、そして憤怒。

……────────貴方はあの二人を殺したのか。

「いいえ」
何故白を切る。
「殺したとすれば、あの嵐の日の私でしょう。二代位前でしょうか」
何の事だ。

「にしても、外見だけ真似ても駄目でしたねえ。やはり中身も共に無ければならない。そこで───…」
紳士が委員長のようなモノを連れて、少年に近づく。
「どうです、貴方が人間として彼ら虫の元へ来てくれませんか?皮だけでなく、中身まで」
委員長のようなモノが、紳士に促されて片手を出す。皮下を何かが走る。
「そうすれば、人間の中身まで調べられます。虫達の更なる進化の手助けにもなるし、その列に貴方も加わる」
委員長のようなモノが、顔を上げる。濁った瞳。何かがその中を泳ぐ。
「それに────…貴方の頭の中まで調べて、この人間を貴方の記憶通りに作り直す事も出来るでしょう」
委員長のようなモノが、少年の体に寄りかかる。少年の肩に顔を乗せ、耳元に口が近づく。
蚊の羽音のような少女の声が、呟いた。

『カノジョノ、コト、   ……スキ…  …ダッタンデショウ?』



半開きの少女の口の中で、何かの節足が蠢いた。
288名無しより愛をこめて:2006/08/28(月) 07:53:11 ID:4sYA09jD0
おお凄い!懐かしい昆虫ホラーSFだ。
「巨大蟻の帝国」とか「ネスト」とか「フェイズ」の世界。
それを60年代前半風の横丁ワールドで再現するとはお見事。
しかし、子供の世界を描くとX話氏は妙に筆が冴えるのは何故?
289ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/08/28(月) 11:07:34 ID:tJfnZYoK0
私的には、X話氏のここ最近の作品ではこのソライロが一番好きだ。

私みたいに逃げてないのはすごい。
290名無しより愛をこめて:2006/08/29(火) 08:53:12 ID:9I17beHu0
X話氏が子供を描くと冴える理由を推理してみた。
可能性は以下の四つ……
1.職業が学校の先生だから
2.小学校高学年くらいの子供がいるから
3.実はリアル小学生(笑)だから
4.子供のころの心を忘れてない大人だから
真相は……4番かな?

というわけで保守。
291名無しより愛をこめて:2006/08/29(火) 10:36:19 ID:/JFfEv520
私は1.の学校の先生に1票!
292リバロ:2006/08/29(火) 15:30:43 ID:CWZrUTb/0
初投稿させていただきます。よろしくおねがいします。

「化け文字」

取り調べ室に男が二人、向き合って座っている。
「刑事さん、信じてくれ!俺は何もやってないんだ!」
刑事の男は机の上の茶を一口飲んでから、落ち着いて言った。
「しかしね。窃盗に放火、殺人とみなあんたがやったという目撃証言を得てるんだ。しかもあんたのごく親しい友人たちからのだ。無罪を主張するほうが無理ってもんだ。」
「それでもやってないものはやってないんだ!信じてくれなくてもいい。話だけは聞いてくれ…」
男は先ほどまでの勢いを失い、下を向いて語り始めた。

いつもと変わらぬ夏のある日。城南大学書道サークル唯一の会員、斎藤健一は大学側から借りている小会議室で書をたしなんでいた。
出来上がったばかりの色紙の作品、そこには隷書体をデフォルメした字体で「楽」と書かれている。
「我ながら上出来だ。」
健一は鼻唄混じりに壁にその色紙を貼る。その壁にはこれまでに書き貯めてきた色紙がたくさん貼られていた。
「あれ?何枚か無くなってる?」
健一は壁の色紙がところどころ抜けていることに気付いた。
「今度掃除のおばちゃんにでも聞いてみるか。それより腹減ったな。」
健一は学食に向かう途中に友人にあった。
「よう、田中!久しぶりだな。元気か?」
「久しぶり?何言ってんだ、お前?さっき車のキー貸してやったばかりだろ。」
「車?」
「ああ、ちゃんと使い終わったら駐車場に戻しとけよ。じゃあな。」
田中は急いで走っていってしまった。
「あいつこそ何言ってるんだ?俺はさっきまで書道してたっつうの。」

293名無しより愛をこめて:2006/08/29(火) 15:38:19 ID:02krgQzx0
学食に着くと、一人のいかにもたくましそうな男が、健一をにらみつけてきた。
「お前が斎藤か?」
「そうですけど…あなたは?」
「とぼけるな!お前俺の彼女の財布盗んだんだろ!早く返せ、このコソドロ!」
男は健一の胸元をつかむ。
「ちょっと、知りません!知りませんってば!」
今にも男が殴りかかってきそうだったので、健一は慌てて逃げ出した。

健一は校内の噴水前まで走ってきていた。
「何なんだよ。まったく。」
「大変そうだね。」
後ろから声がしたので健一は振り向いた。そこには自分と全く同じ顔をした男が立っていた。
294名無しより愛をこめて:2006/08/29(火) 16:10:51 ID:WmgiPx9V0
「お、俺!?…そうか、全部お前の仕業だな。このにせものめ!」
二人は取っ組み合いになった。そして片方が噴水におっこちてしまった。
「どうだ。にせものめ!これで少しは懲りたか!」
健一は噴水を覗き込んだ。しかしそこに男の姿はなかった。
「あれ?どこにいった?」
男が落ちた場所には代わりに「盗」と書かれた色紙が一枚浮かんでいた。
「俺の色紙?なんでこんなところに?」
そのとき、近くで急にざわめきが起きた。
「火事だぁ!水持ってこい!火を消せ!」
ざわめきからはそのような声が聞こえてきた。
「火事!?大変だ!」
現場へ向かおうとした矢先に、その方向から一枚の色紙がとんできた。「燃」とそこには書かれていた。
「また俺の色紙かよ。何でだ?」

ボヤだったらしく健一が着いた頃には火は消えていた。
「良かった。何事もなくて。」
「あっ!お前!みんなそいつ捕まえてくれ!火つけたのはこいつだ!」
田中が健一を指差して叫んでいる。
「えっ?何言ってるんだ。お前?」
「しらばっくれるな!水かけ始めたらどこかに逃げてたららしいが、火をつけてるところをちゃんと見てるんだ!」
「何かとりあえず逃げた方がいいかも。」
健一は急いで走り逃げた。
295名無しより愛をこめて:2006/08/29(火) 16:28:22 ID:8WSviP8o0
健一はとりあえず人目につかないような裏方に隠れてやり過ごすことにした。
「何なんだよ。ホントに。何で俺のにせものがいるんだよ。」
「君がいるからだよ。」
そう言ってまた健一と良く似た男が現れた。
「このにせもの野郎!」
健一の頭に噴水に落ちたにせものの姿、田中の言った言葉「水をかけ始めたら…」がよぎる。
「そうか、お前も!」
健一はとっさにカバンからジュースを取り出すとその男に中身を浴びせた。
するとその男はいつのまにか消え失せ、ジュースの染みがついている「殺」と書かれた色紙が落ちていた。
「やっぱり…ん?」
よく見ると、その色紙には赤い血がついている。健一が視線を奥までやると…
「そっ、そんな!?」
一人の女性が血を流して死んでいた。
「このままじゃ俺は殺人犯にもなっちまうのか!?」
「その通り。」
そう言いながらまたもや健一そっくりな男が現れた。
296遊星より愛をこめて:2006/08/29(火) 16:39:56 ID:2iO47h1a0
どうもお久しぶりです。いつぞやの遊星Qです。
現在進行中の
「石の見る夢」
「ソライロバッタ」
「化け文字」
この三作の全ての投稿が終了しましたら、自分にまた投下させてください。
内容は・・・・・ウルトラセブン+怪奇大作戦÷2にウルトラQをまぶした感じかと。
では御三方、頑張ってください。
297名無しより愛をこめて:2006/08/29(火) 16:48:51 ID:MeTFDXiJ0
「また俺のにせもの?」
健一は先ほどのジュースを見るがもう残っていない。
「しまった!どうしよう。」
「斎藤健一さん。お困りのようですね。でしたら私が代わってあげますよ。あなたを殺してね…」
男はみるみるうちに体を変化させて見るからに恐ろしい怪物に変身した。
怪物は健一に襲いかかってくる。
「そんな、誰か。誰か助けてくれ!」
今にもやられると思ったその時、怪物は光に包まれ、姿を消した。「恐」と書かれた色紙を残して。
健一が光をゆっくりと見つめなおすとその中にも自分にそっくりな男が立っている。
やがてその光が消えた後に
残された色紙には「護」と書かれていた。

「そして、通報を受けたあなたがやって来て、私を逮捕した。そういうことです。
確かに彼らは犯罪を犯しました。そして彼らという私の中の存在を書という形でこの世界に産み出したのは他ならぬ俺自身です。
だからといって俺に何の罪があると言うんですか!」
健一は机を叩いて訴える。刑事はびっくりしてお茶をこぼして健一にかけてしまった。
「ああ、すまない…!?」
気が付くと健一はすでにいなかった。机の上にはお茶の染みがついた「我」と書かれている色紙が一枚、何も語らずただ置かれていた。

辺りを見渡せば壁にも色紙が一枚。

「終」
298リバロ:2006/08/29(火) 16:53:38 ID:MeTFDXiJ0
以上です。何か全然Qらしくない気がする。駄文で失礼しました。
299名無しより愛をこめて:2006/08/29(火) 18:42:56 ID:JhGE+/Bt0
リバロさん。たいへん面白かったです。しかし一つ疑問があります。刑事と話していた斎藤健一すら偽者だったなら本物の斎藤健一はどこへ行ってしまったのですか?
300A級戦犯:2006/08/30(水) 08:00:55 ID:ZFDVmc3J0
いつからだろう?
こんなに書き手が増えたのは?
いつからだろう?
書き手が5人もいるなんて(笑)。

「石の見る夢」は今週中に構成終了。
来週以降から投下可能になりまする。


301名無しより愛をこめて:2006/08/30(水) 18:06:19 ID:thXRbG7v0
ウィキペディア「ウルトラQ」
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%A9Q

ウルトラQ dark fantasy
http://avexnet.or.jp/ultraq-df/

ウルトラQ 第29話をつくる
ttp://ogikubo-toho.com/ulqdiary.html
302X話 ソライロバッタ:2006/08/31(木) 00:36:43 ID:FhIVyhKF0
「うわあああああああああっ!!!」

叫ぶ少年。目の前の少女の体をドンと突き倒す。人の体と思えない、軽い感触。
ふらりと少女の体は倒れて、バシャアと砂利のような音を立てて、

地面に小虫をぶちまけた。


「あらら、残念」妙におどけた口調の紳士。
小虫の山からまるで洗濯物のように委員長だった服と皮を引きずり出し、くるくると纏めた。

ボン、ボン。何処かで爆発するような音。それと共に周囲から火の手が上がる。
あちこちから大人の罵声。と走り回る音。メラメラ燃える炎が垣間見えた。
「おやおや、火責めですか……     ……しょうがない、皆さん?」
紳士が指を弾く。それを合図としたかのように、世界が再びざわりと波打った。
────────いや、今度は違う。世界のさざ波が止まらない。それにつれ世界の輪郭が崩れていく。

「いや残念、実に残念。貴方を此方へ連れて来れれば我らにも貴方々にも更なる進化が見込まれたのに」
潅木がぐずりと解け、緑のヤスデや甲虫が飛んでいく。
背高泡立草の葉が羽を生やして飛び去り、茎はにょろりとうねると地下へと姿を消していった。
「全くこのためにわざわざ、貴方に虫の視線、虫の世界というものをお教えしたというのに」
屋根瓦が蚊柱のように渦になり飛んでいく。続いて柱が、畳が、廊下が、礎石がうぞりとばらける。
足元が揺らいだ。見ると足元は地面ではなく、乾いた土色の小虫達。バッタやシミや甲虫やムカデ。
「しょうがない。全く持ってしょうがない。炎も熱いし、もうこれでお別れですね?」

天空が分解していく。いくつもの破片となり、更にその破片も分解していき、空色の粒となる。
303X話 ソライロバッタ:2006/08/31(木) 01:01:49 ID:9IU5ETy+0
見ると天空に浮かぶ空色の粒子は、丸い粒ではない。

虫。長い足と長い腹、長い羽を持ち、天空を群れで滑空している。
一匹降下してきて少年の脇を掠めた。犬ほども有るそれは、

大きな巨大な、空色のバッタ。

天蓋に渦を巻き、空色のバッタは世界を埋め尽くす。
見ると赤色のバッタも飛んでいる。墨汁の様に真っ黒なのも居る。銀色に瞬くもの。真っ白なもの。
太陽のように輝くもの。淡く蛍火の様に光るもの。
世界の全てで虫が渦巻く。

世界は全て虫となり────……立つのは少年と紳士のみ。

「お詫びに虫の目は残して差し上げましょう。どうか健やかに────お元気で」
紳士の体がどうと倒れた。見ると後頭部に小さな亀裂。そこから何か黒いものが出てくると、
じわりと羽を広げた。2、3回慣らすように羽ばたくと、はたはたと空中に飛んでいく。


それは蝶。真っ黒な蝶。
白と黒の羽の鱗粉が、髑髏の如き姿を描く。


髑髏模様の黒い蝶は、ゆっくりと天空に上っていくと、空色のバッタに紛れて見えなくなった。
蝶の鱗粉に中てられたのか、顔が熱い。腕も熱い。体が熱い。
渦巻く虫の羽音に囲まれ、見えうる世界の全てを拒絶するように、少年は顔を覆った。
304X話 ソライロバッタ:2006/08/31(木) 01:50:50 ID:c1DZrt520

その日少年は、焼き払われた草群の中で倒れていた所を発見された。

その日警察は小学生猟奇殺害事件の捜査で周辺を捜索中、何者かに捜査員が相次いで殺害された。
警察は一時撤退したものの、子供の親が犯人を焼きだす為に草群に放火、その空き地一角が焼失した。
焼け跡は背高泡立草や潅木の消し炭ばかりで、犯人が潜伏、逃亡した痕跡も無かった。
只、空き地全域が炎に包まれた時、巨大な煙とも竜巻とも見える者が数分立ち登ったという。
ある者はそれを『巨大な蚊柱』とも表現したが、何だったかは定かではない。

ちなみにここの草群には、以前より小学生の間で”ソゾロさん”という怪人物の噂があった。
髑髏模様の蝶を連れた奇妙な狂博士という内容だったが、この火災以降噂は途絶えたらしい。
結局猟奇殺害事件の手掛りは見つからず、現在も捜査は続行中である。


少年は数日入院した後退院、無事に新学期を過ごす事となった。
只────────妙な幻覚を見るという。

虫が居る。草群や木だけでなく、建物の壁、廊下、TV画面、給食の中、友人の顔、抜けるような秋の空。
それらを指差し怯えるのだそうだ。
一度友人がこの空の何処に虫が居るのかと聞いた所、この青空は空色の巨大なバッタの群れだと答えたという。


あの草群で何が有ったのか、答えられる者は少年を含め誰も居ない。只一つの事実は、


虫好きな少年が、その日を境に虫嫌いになったという事である。
305X話:2006/08/31(木) 01:56:49 ID:c1DZrt520
私は4番です。心が成長してないんです('∀`)ハハハ
age
306名無しより愛をこめて:2006/08/31(木) 02:02:14 ID:rMb0SoMZO
GJ!
良いもの見させていただきました。

自分も何か書いてみようかな…
307A級戦犯:2006/08/31(木) 08:05:21 ID:LOY1Mc120
ほの暗い余韻が残りましたね。
拙作の駄文「石のみる夢」は実はエンディングを3パターン造ってありまして。
「ソライロバッタ」のエンディングを確認してから、どれかひとつを選択しようと思ってました。
これで決まりです。
308X話:2006/09/01(金) 00:16:23 ID:HdoSM/bM0
まあ大丈夫だろうけど、去年の悪夢を繰り返さぬようage
309A級戦犯:2006/09/01(金) 12:10:21 ID:eCs5fbdq0
「石のみる夢」完成にござる。
いや、前編を読み直してみると誤植や無神経な言い回しがテンコ盛り……。
我ながら嫌になってきました。
ま、気を取り直して……「石の見る夢(後編)」予定より少し早くスタートにござる。

310A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 12:19:31 ID:eCs5fbdq0
前編のあらすじ…
石堂小学校の教師ユウスケは半年ほど前から学校で地震に遭う夢を見つづけていた。
これを気にしたユウスケの姉スモモは、学生時代の知り合いである「何でも屋」の万石博士に相談する。
ところが「地震の夢」を見ているのは実はユウスケだけではなかった。
やがて夢のとおり実際に地震が発生するが、その震動は何故か道路一本隔てただけの市役所の地震計には計測されない。
そしてその夜、ユウスケは夜の教室に不法侵入した男の夢を見る。
男の傍若無人な振る舞いに何かが激しく怒ったところで目が覚めたユウスケは、不安にかられ未明の石堂小へと向かった。
はたして校舎前の花壇に男が倒れており、その顔は夢で見た不法侵入者の顔だった。
警察の捜査に先立ち、万石ら学者による石堂小校舎の損傷度検査が実施されるが、その場で再び超局地地震が発生。
その現場で万石は特徴的なパターンの放射線を計測する。
それは40年前富士に現れた岩石怪獣ゴルゴスのコアが放っていたものと同じパターンだった。
たた、パターンは同じでも力は遥かに弱い。
岩石怪獣のコアと同様の「石」が、校舎を建てたときの建材に混ざっていたのだと、万石は推論する。
ただ、放射線の量から考えると、『石』には岩石怪獣を構成したり、「地震の夢」に見られるような巨大地震を発生させる力は無いはず。
それでは、「地震の夢」はただの「夢」に過ぎないのだろうか?
311A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 12:23:41 ID:eCs5fbdq0
その日、超局地地震と石堂小学校の扱いについて、県が市や町の代表も集めて会議が開かれるというので、スモモも勇んで出かけていった。
だが議場で議論されたのはもっぱら予算のことと行政の責任問題ばかり。
彼女が期待していた科学的側面からの検証はサッパリ無く、会議は責任の回避と金銭負担の押し付け合いに終始する役人答弁に終始した。
退屈極まりない議論のあげく、町と市の代表がとうとう居眠りを始めた時点で、耐えられなくなったスモモは静かに記者席を立った。
激しい徒労感をひきずってスモモが帰宅してみると、弟ユウスケはテレビの前に陣取ってビールの栓を抜いたところだった。
「あらユウくん。今日は帰り早いのね?」
「なに言ってんだよ姉ちゃん。例の騒ぎでボクの学校は一足早く夏休みになっちゃったんじゃないか。」
……二度目の超局地地震のあと、石堂小の校舎は危険のため立ち入り禁止となり、石堂小は自動的に一足早い夏休みに入ってしまっていた。
言外に(「良いご身分ね」)との皮肉を目一杯込め、スモモは言った。
「夏休みがあるなんて羨ましいわ。」
「休みだからって、ボンヤリなんてしてなかったよ。県の郷土史博物館に行ってきたんだ。」
「あら?…それで何かわかったの?」
「うん…それがね…………。」

312A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 12:25:13 ID:eCs5fbdq0
…………
時は遡って、場所は県立郷土史博物館。
どこかカビ臭さを感じる一室で、ユウスケは初老の研究員と向かい合っていた。
「………石堂町の歴史についてお知りになりたいと…、そういうことなんですね?」初老の研究員は尋ねた。
「はい」と答えるユウスケ。
「それでは古い方と新しい方、どちらからご説明すればいいでしょうか?」
「えっ!?古い方と新しい方??それはどういう意味ですか?」
思わぬ言葉に身を乗り出すユウスケに、(そんなことも知らないのか?)という表情で研究員は答えた。
「文字通りの意味です。つまり石堂町には江戸期の後半まで続いた石堂村と、昭和初期にできあがった現在の石堂町という二つの集落があるのです。」
「石堂村と石堂町?古い村と新しい町は歴史的には繋がっていないんですか?」
「繋がってはいません。石堂村は江戸時代の天保二年八月、一度完全に絶えてしまいました。」
嫌な予感を感じ、ユウスケは更に身を乗り出して尋ねた。
「……村が絶えた理由は?伝染病でも流行ったとか??」
「理由は判っていません。ただ近隣の村に残った記録からすると、一夜にして村人ばかりか村そのものが消滅したとのことです。」
「村そのものが……消滅した……。」
ユウスケの胸で膨れあがった不吉の影に、研究員の男はいわば「止めの一撃」を放った。
「原因はおそらく大規模な山津波か…地震でしょう。」
313A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 12:29:49 ID:eCs5fbdq0
「……古い石堂村は石材の産地として結構栄えていたらしいんだ。
それが山津波か大地震で壊滅してしまった……。」
場所は再びスモモとユウスケの自宅。あぐらをかいてコップを差し出す姉に、ビールを注ぎながら弟は話を続けた。
「……地の底の神さまの怒りに触れたせいだって噂になって……。
村はそのまま忌み地になって。
ただ神社だけが再建されたんだってさ。」
「今の石堂町の前にも村があったなんて知らなかったわ。
……でも神社なんて今はどこにも無いみたいだけど、どうなっちゃったの?」
「それがね……石堂神社って言ったんだそうなんだけど………戦後すぐ行われた区画整理のとき破却されてしまったんだ。
それでその跡に建てられたのが……。」
「わかった!」スモモはまるで学童のように弟にむかって手を上げてから言った。「……その石堂神社の跡に建てられたのが、今の石堂小学校ね!」
「よくできました。」
ユウスケは自分のコップにもビールを注ぎながら答えた。「いまの石堂町ができあがったころ、小学校を建てられるような広い場所はもう残っていなかった。
それで始めは元の神社を校庭の片隅に残す形で学校が建てられて……、40年前に今も建っているあのコンクリートの校舎に建て替えられたとき、神社はとうとう跡形も無くなってしまったんだ。」
「待ってユウくん!神社なら御神体があったはずよね?石堂神社の御神体は何だったの??」
314A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 12:33:25 ID:eCs5fbdq0
「石堂神社の御神体はね、採石場の地下深くから掘り出された一抱えもある『大石』だったんだ。
地面の底から出てきたのに、鞠みたいに丸かったんで不思議に思った村人がこれを祀るための神社を建てたらしいだってさ。」
ちょうど一週間前、万石の研究室で聞いた岩石生命の話がスモモの脳裏に甦った。
「たしか…岩石怪獣ゴルゴスは富士山の火口から飛び出してきたんだったわね。」
「うん、ボクもその万石先生の話を連想したよ。石堂村の『石』はなにか天変地異、…おそらく大地震…を起して村を滅ぼしたあと、長い眠りについていたんじゃないかと思うんだ……。」
「でもユウくん。万石先生は『石は地震を起すようなパワーは持ってないはずだ』って言ってたわよ?」
「でもね姉ちゃん、石堂村はたった一晩で村ごと無くなったんだよ。そんな災害って地震以外に考えられる?
それにボクや生徒たちは、大地震で町が破壊される夢を夜毎見続けているんだ……。」
短い睨めっこのあと自分の意見を引っ込めたのは、珍しくスモモのほうだった。
「……そうなのよねぇ……。地震の夢の件があるのよね。でも、夢の中の地震と実際の地震がどう結びつくのかしら?」
「それはボクにも……」
そう言っただけで口篭もる弟……。姉もそんな弟を前に口を閉ざした。
そのときBGMがわりにつけっぱなしになっていたテレビから覚えのある地名が流れ出してきた。

315A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 12:35:59 ID:eCs5fbdq0
アナウンサーは機械的にニュースを読み上げていった。
『……先日からの超局地地震で立入り禁止となっていました、石堂小学校の取壊し時期が具体的に決定・発表されました。
石堂小はこの夏休み中の8月15日に取り壊され、生徒たちは市営グラウンドに設営された仮校舎で新学期を迎えることとなります。
解体に必要な費用の負担は……。』

「せめていまの六年生たちは、あの校舎から巣立たせてやりたかったな。」ユウスケはポツリと呟いた。
「この時期の取り壊しだと、ユウくんのクラスの子たちは仮校舎から卒業することになるのね。」
「思い出も何も無いプレハブ校舎からの卒業か……。」
ユウスケはそっと両膝をアゴのあたりに引き寄せた。
それは、弟が子供のころ淋しさや悲しさに独りで耐えねばならないとき、しばしば見せていた姿勢であることを、スモモはふっと思い出した。
ニュースはいつのまにか、カメラの前でペコペコ陳謝するオジサンの姿に代わっていた。
議場で居眠りした例の市や町の代表が、記者団のつるし上げを喰っているのだ。
「居眠りなんかしたんだから自業自得よね。」そう言いながらグラスに伸ばしかけたスモモの手が、ピタリと止った。

『本当に、本当に申し訳ありません。実は昨夜、石堂小の校庭で地震に遭う夢を見まして、そのせいで寝不足気味でして……。これも石堂小の生徒たちのことを心配するあまりの……。』
316A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 12:38:41 ID:eCs5fbdq0
同じころ、万石先生は私室で古いフィルムを映写していた。
友人の科学者からムリを言って上映器具一式と合わせて借り出してきたものである。
経年劣化した画面から、白い口ひげがピンと撥ね上がった老人が語りかけている。

『……ケルト人が立てたといわれるストーンヘンジ、そして日本の環状列石、これらはみな信仰の対象でした。
また古代ローマでキリスト教と覇を競ったミトラ教の主神ミトラは石から生まれました。
これとは逆に、弟の乱暴に怒ったアマテラスは岩戸の中に隠れたといいます……。』

万石は普段より敬愛していたこの老学者に向かって、心の中で呼びかけた。
(一の谷博士、あなたは今日在るこの事件を……予想されていたのですか?)
フィルムの老人=一の谷博士は独特の語り口で続けた。

『……アーサー王伝説では、王は石に刺さった聖剣エクスカリバーを引き抜いて王権を得ました。このように、ある種の石や岩は、人間にとって神であったり神意を体言する物であったのです。
しかし……そうした石の持っていた力とは、いったい何だったのでしょうか?富士に現れた岩石怪獣が、その答えなのでしょうか?』

「いや、そんなハズはありません。」万石は思わず声に出して答えていた。

『…アーサー王伝説のように王権の根拠となる神は主神かそれに近い神です。そしてそのような強大な神はそれに相応しい信仰を集め、力も持つものです。

皇室における王権の象徴、アメノムラクモの剣を見出したスサノオは暴風雨の神でした。………では石の神の力は?』
フィルムの中の一の谷博士の視線が、現実世界の万石の視線と静かにぶつかった。

『……石の神の力、それはおそらく地震でしょう。』

そのとき万石の携帯が鳴った。

317A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 12:40:01 ID:eCs5fbdq0
「なるほど……わかりました。私の方も調査したいことがあるので……そうですね、明日の午後4時、研究室でお待ちしてます。」
万石はスモモからの電話を切ると、パソコンで市と町のホームページを呼び出してみた。
スモモが連絡してきた二人の名前は、やはりそれぞれの議会議員の中にあった。
さらに議員個人のHPが無いかと検索してみると、町会議員のほうは無かったが、市会議員はHPを開設していた。
公開されていた住所は……。
(……違う。石堂小の学区内じゃない。)
市会議員の住所は石堂小学校の生徒が通うエリアから大きく外れていた。
(ユウスケ先生の場合、住所は学区外だが石堂小に勤務していた。だが、この議員に石堂小との接点は無い…。それがなぜ地震の夢を?)
万石は、「地震の夢」は石堂小学校に通っている人間だけが見るものだと思い込んでいた。
だが、この市会議員は違う。
(夢は石堂小と関係なくても見るということなのか?)
(それとも、石堂小との何か隠れた関係がこの議員にあるのだろうか?)
(あるいは………まさか……)
自分でも気づかないうちに、万石は立ち上がっていた。
彼の背筋を何かが走った。
(まさか………「地震の夢」を見る範囲が広がっているのか?)
318A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 12:42:08 ID:eCs5fbdq0
気がつくと……。
気がつくと、スモモは独りポツンと無人の廊下にいた。
(こ、ここは!?)
どこか見覚えのある場所……、そこは彼女の母校、石堂小だった。
(無人ということは休日なのね)と思ったが、よく耳を澄ましてみるとどこからかザワメキが幽かに聞こえてくる。
(どこかで授業をやってるの?)
人の気配を求め、スモモは階段を上がっていった。
2Fか?
……だが、覗き込んだ2Fの廊下からは何の気配も伝わってこない。
ザワメキが聞こえてくるのは3Fだ。
階段を上がりきってすぐ右手に直角に折れると、6年生のクラスがならんでいるはず。
(人の気配がするのは、そのどれかのクラスに違いない。)
そう考えていたスモモだったが、角を曲がって実際に目に飛び込んで来たのは、予想もしていなかった光景だった。
(あ、あれは!?)
廊下のずっと向こうで、女の子が泣いている。
そしてそのかたわらに男の子が一人、女の子をなぐさめるでもなく無表情に泣き顔を覗き込んでいた。
泣いているのは新聞で見た覚えのある顔……あの記事はたしか……「震災孤児に平穏な日々を」。
(そうだわ!あの子はたしか。)
「ユウカちゃん!」と声をかけると女の子が真赤に泣きはらした顔を上げた。
だが同時に男の子もスモモに気づくと、女の子の手を引いて近くの教室へと姿を消してしまった。
扉を開け、そして閉めた音はまるで聞こえなかったにも関わらず、スモモが駆け寄ってみると教室の扉は閉まっていた。
「ユウカちゃん!」
二人を追って、スモモは教室の扉を引き開けた。
319A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 12:43:33 ID:eCs5fbdq0
黒板の前に立っている教師はなんと弟のユウスケだった。
不思議なことに、自分が入ってきたことにユウスケもクラスの子供たちも全く気がつかない。
笑い声を交えながら、つつがなく授業は進んでいく。
女子も男子も、生徒はみんな白い歯を見せ、目をキラキラさせながらユウスケ先生の話を聞いている。
はしっこい子供がチャンスを掴んで混ぜ返すと、あるときは怒った顔、おどけた顔、困った顔といった具合にクルクル表情を変えて切り返す。
ときおり弟が教室の天井や壁に視線を走らせるのが気になったが、いつかそなんなことも忘れ、スモモも生徒と一緒になって笑いだしていた。
笑いながら教室を見回すと小山ユウカちゃんは教室の前の方、ユウスケの教卓から三つ後ろの席に座っていた。
もちろんもう泣いてなんかいない。
(……それじゃあの男の子は……??)
男の子は、教室の一番後ろに、不自然に壁に近い位置にポツンと座っていた。
(なんでユウくんはあんな淋しい席に子供を座らせてるのかしら……。あとで言ってやらなきゃ!!)
そう考えながら、スモモは男の子の席に歩み寄ると声をかけた。
「ねえキミ、名前はなんていうの?」
男の子がふいに顔を上げた瞬間、教室を満たしていた笑い声がスイッチでも切ったように止んだ!
驚いて振り返ると、生徒の利視線の中心で、ユウスケは両手が関節部分が白くなるほどの力で教卓を押さえつけている!
しかし、それでも教卓は、カタカタと幽かな音を立てて震動しているのだ!
遅まきながら、スモモはやっと気がついた!
(これは「地震の夢」だ!ワタシは「地震の夢」の中にいる!)
そして……巨大な揺れが襲ってきた!!
320A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 12:44:54 ID:eCs5fbdq0
巨大な揺れが襲ってきた!
壁に走る亀裂!割れるガラス!崩れるロッカー!
天井パネルが波うつ!!
「机の下に!!」
ユウスケが叫ぶが、そんなことのできる揺れ方ではない!
「助けて!!」「こわいよう!」「ユウスケせんせーっ!!」
教室が子供の叫びで溢れた。
(そ、そうだわ!あの子を……)
スモモはさっき話し掛けた男の子のことを思い出した。
「キミも早く机のした……。」
スモモの言葉がそこで途切れた。
男の子がいない!?いや男の子だけじゃない!机も、椅子も、教科書もノートも無くなっている!?
(そ、そんな!あの子はどこに!?)
壁に身を預けるようにして、スモモがもう一度教室を見回したそのとき!
天井が一際大きく波うった!
(天井が崩れるの?!)
そしてその真下にはあの小山ユウカちゃんが!
それから起ったことは一瞬のあいだだった。
「いま行くぞぉおおおおおっ!!」
絶望的な叫び声を上げ、揺れの中を泳ぐようにしてユウスケ先生がユウカちゃんのところに駆け寄ると、そのまま上に覆い被さった!
次の瞬間、ガラガラと天井が二人の上に!
「ユウくんーーーーっ!!」
321A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 12:46:59 ID:eCs5fbdq0
「ユウくん!!」
叫び声をあげながら前に飛び出したとたん、ごんっ!スモモはベッドから転げ落ちていた。
ぶつけたアタマをさすりながら辺りを見回すと、見慣れた照明に見慣れたカーテン、そこは自宅の寝室に間違いなかった。
(……そうだわ。万石先生に、例の議員の情報を伝えたあと、ユウくんとひとしきり意見を戦わせてから……、わたし寝たんだわ……。)
「それじゃあ、いま見たのは……。」と思わず口に出して言ったときだった。
「地震の夢だよ。姉ちゃん。」
背後から声がした。
驚いて振り返ると、いつのまにか寝室のドアが開いていて、弟ユウスケが青い顔で立っていた。
「……居たろ?姉さん。今夜、地震が起ったとき、ボクのクラスに姉さん居たろ??姿は見えなかったけど、声が聞こえたんだ。『ユウくんーーーーっ!!』って。」
「…………うん。わたし居た。ユウくんのクラスに、わたし、居たわ。」
「やっぱりそうなんだ………。」
それだけ言って暫く自分の足もとを見つめていたユウスケだったが、やがて視線を姉へと戻すとゆっくり口を開いた。
「……いままで黙っていたけど……姉さんも『地震の夢』を見るようになったんなら、話しておかなきゃいけないことがあるんだ。」
ユウスケはボソボソと語りだした。
地震が起らなかった「地震の夢」、深夜の学校で「不法侵入者」を排除した夢のことを……。
322A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 12:49:19 ID:eCs5fbdq0
約束していた時刻より小一時間も遅れ、ディーバッグを背負ったドロだらけの姿で万石は戻って来た。
「なんと!スモモくんまで地震の夢を見たと!?」
「はい。昨夜初めて……。」
「まずい!まずいぞ!!」そう呟きながら万石はさっきまで背負っていたバッグからひどく汚れた地図を取り出し広げた。
「今日はそれを調べに行ってきたんですよ。地質学部の友人を案内に立ててね。」
地図は石堂町を中心にしたこの辺り一帯のもので、数箇所に○、そして大きく円を描くように幾つもの×マークが書き込まれていた。
「これは……このあたりの地図ですね。いっぱい書き込んである印は何なんですか?」
「○は、地震の夢を見たと判っている人の住所で、横の数字は夢を見始めたと思われるおおまかな時期です。」
「それじゃあ、たくさんある×印は?」
「断層の分布です。」
「断層??」
「つまり地震の爪痕ってことです。
江戸時代に石堂村を滅ぼしたのが大地震であるならば、地質にその痕跡が残っているはず。
それを辿ることで、地震に破壊された範囲を特定できないかと思ったんです。」
「それがこの×で囲まれた…………でもなんて広い。」
万石は重々しく頷いた。
「私も『石堂村』と聞いてましたから、もっと狭いと思ってましたよ。ところが実はほとんど半径1kmに及ぶエリアだったんです。」
「こんな広い範囲が地震で………。」
「友人の言うには、地質的にはメチャメチャだそうですよ。この円の中はね。」
「恐ろしい……」呟くようにスモモは言った。
「……でもそんな凄い力があるなら、人間一人を校舎の窓から放り出すなんて簡単なことですよね?」
「ああ、例の花壇で倒れていた男のことですね?もちろん可能でしょうよ。」
「……恐ろしい光景だったと思います。ユウスケは見たっていうんです。夢でその男が突き落とされるシーンを。」
スモモがそう話したとたんに、万石の眼の色が一変した。
「夢で見た?ユウスケくんがですか??あの男が突き落とされる場面を!?
………スモモくん、その夢のこと詳しく話してくれませんか!?」
323A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 12:51:38 ID:eCs5fbdq0
「それでは、夢でみた侵入者の顔が、翌朝校舎前の花壇で倒れていた男の顔と同じだっていうんですね!?」
「そうなんです。だから『夢の中だから』と思ってると現実世界とリンクしてる場合があるから注意しろと弟が……。それで………」
スモモはそのあとも何か喋っていたが、万石には外の世界の音など全く耳に入らなくなってしまっていた。
(石自体には力は無いはず……)
(不法侵入した男は教室を荒らした直後に攻撃を受けた…)
(……教室には自分以外にも大勢がいるとユウスケ先生は感じた。)
(教室を荒らされたことで怒りを覚える大勢の者とは?………)
万石の頭のなかを様々な情報の断片が駆け抜けていく。
(………「石」は石堂神社の御神体だった)
目まぐるしい思考の奔流。その果てで、新たな意味をもって立ちあがってきたのは前夜フィルムで見た故一の谷博士の言葉だった!

『……強大な神はそれに相応しい信仰を集め、力も持つものです……』

(そうか!そうだったのか!!わかったぞ!地震エネルギーの正体が!)
万石は、ついに真実に辿り着いた!
はっとして時計を振り返ると時刻は既に6時近くを指している。
「まずいっ!!」
唸り声をあげ万石は立ち上がると、事情がわからないままに戸惑うスモモの手を掴んで言った。
「スモモくん!いっしょに来てください。急がないと大変なことになる。」
「大変なことというと、まさか!?」
「そのまさかですよ。地震がおこるのはきっと今夜に違いない!」
324A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 12:54:32 ID:eCs5fbdq0
次第に暗さを増してゆく風景のなか、万石とスモモを載せた車は飛ぶように走っていた。
「『石』そのものに力は無いんです!『地震の夢』を見る人間の心の力こそ、『石』が地震を起すパワーの源なんですよ!」
ハンドルを握り、目は前を見据えたままで、万石はスモモに説明した。
「つ、つまり……『石』はまわりの人間のテレキネシスを利用して地震を起こすと??」
「そういうことです。……ユウスケくんの見たという夢がそれを教えてくれました。
夢の中で、みんなの教室を汚した『侵入者』に対する怒りが爆発すると、現現実の世界でも『侵入者』が教室の窓から突き落とされた。
これは『みんなの教室を汚した者を追い出したいという6年3組全員の思い』が物理的なエネルギーに変換されたということなんです。
つまり『石』は一種の変換機なんです。」
「その場面を夢として見たというのはどういうことなんでしょうか?」
325A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 12:56:29 ID:eCs5fbdq0
「これも純然たる憶測ですが……」
前置きしてから万石は言った。
「……『石』が人の思念をエネルギーとして取り込むため、ある種の精神的な接続をすると、人と石、双方の思いが交錯するんじゃないでしょうか?つまり二つの夢が交感する。」
スモモは、昔何かの本で読んだ「人が闇を覗き込むとき、闇もまたこちらを覗き込んでいる」というフレーズを思い出した。
「『石』は人の夢を覗き、人は『石』のみる夢を見る……ということですね。………でも待ってください!『石』が人の心を覗けるんなら、明日校舎が取り壊されるのも『石』は知ってるんじゃ!?」
「もちろん知ってるはずです。だから『地震の夢』を見る範囲が急激に拡大した。地震を起すためのパワーを集めているんですよ!」
「それでワタシまで夢を……。な、なんとか!なんとかしないと!?」
車の助手席で身を強張らせるスモモ。
……万石ははじめてスモモの方に顔を向けた。
「安心してくださいスモモくん。それを防ぐためにこうして車を飛ばしているんですから。ほらもう見えてきましたよ。」
二人を乗せた車は、門柱に「一の谷研究所」とある館へと滑り込んだ。
建物前の車回しには既にトラックとワゴン車が止っており、所員らしき男が10人ほどでトラックの荷台に幌を固定しているところだった。
車を降りるなり万石が叫んだ。
「お久しぶりです、万石です。エクスカリバーの準備はできたでしょうか!?」
326A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 12:58:19 ID:eCs5fbdq0
万石とスモモの乗った車が「一の谷研究所」のチームを伴って石堂町に引き返していたころ……。
無人の石堂小学校に向かってもう一台の車が走っていた。
スモモの弟、ユウスケ先生の車だ。
(明日になったら、石堂小は取り壊されてしまう。生徒たちとの思い出が詰まった校舎が……。)
そう思ったら居ても立ってもいられなくなってしまったのだ。
(せめて一度だけでも、最後の姿を……)
小高い丘に続く坂道を上がっていくと、ヘッドライトのなかに灰色の壁が浮かび上がった。
石堂小の周囲は取壊し作業の始まる前から、立入りを禁止するための高いフェンスに囲まれていた。
(……まるで刑務所の壁だ……)
悲しい思いに引かれて、ユウスケの注意がわずかに路面からそれたとき、そこにあった何かを踏みつけて車が軽くバウンド。
その瞬間、大きく撥ね上がったヘッドライトの光軸が、思わぬものをチラッと照らし出した。
(あれはっ!?)
フェンスの上にいた小さな人影が、その向こう側に飛び降りたのだ。
急ぎ車を止めると、ユウスケは人影が見えた地点に行ってみた。
フェンスの高さ自体は3メートルほどもあるが、そこにはちょうど近くに足場につかえる並木が立っていた。
(こんな夜遅く、学校にいったい何の用だ?)
聳えるフェンスを見上げていると、その向こう側で微かにガラスの割れる音が聞こえた。
さっきの人影が校舎に入ったに違いない。
ユウスケはもうそれ以上迷うことをせず、フェンスとその横の並木とに手をかけると、さっきの人影の後を追ってフェンスを乗り越えた。

327A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 12:59:57 ID:eCs5fbdq0
何者かの校舎への侵入経路は一目で判った。
職員室の横の通用口のガラスが割られていたのだ。
無人の校舎に踏みこんではみたが、人の気配は全く感じられない。
学校閉鎖以前に不法侵入したのはゴシップ雑誌に出入りしているフリー記者だった。
では、今度の侵入者の正体は?
そして以前の侵入者は不法侵入の結果としてどうなったのか?
普通に考えれば、二の足を踏んでいい理由はいくつもあったのに、それでもユウスケはためらわず不法侵入者のあとを追った。
(みんなの学校を、これ以上悲しい目にあわせてたまるか!)
そんな思いに狩り立てられながら……。
耳を澄ましていると、校舎のずっと上の階で、立て付けの悪い教室のドアを開く音が聞こえた。
教室のドアには総て鍵がかかっている。ひとつの教室を除いては……。
(6年3組、僕の教室だ…)
ユウスケは迷うことなく3Fにある自分たちの教室を目指した。
扉の鍵は、やはり以前の侵入者が壊したときのままだ。
しかも僅かに隙間が開いている。
「……ここは明日になったら壊されちゃうの。だから早く逃げて。」
「ありが…とう、わざわざ それお おしえに きてくれたんだね。」
耳を澄ますと、たしかに教室のなかで誰かが言葉を交わしているのが聞こえる。
(まちがいない、僕の教室に誰かがいる!)
「誰だっ!!」叫びながらユウスケは一気に扉を開くと、同時に壁のスイッチを入れた。
たちまち天井の照明が光を放ち、真っ暗だった教室が光で満ちた。
328A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 13:02:24 ID:eCs5fbdq0
ユウスケ先生が6年3組の教室に辿り付く少しまえ、万石とスモモそして一の谷研究所のワゴンとトラックは、石堂小学校校舎の正面を遠く見る丘の上に到着した。
「接続完了!」「バッテリー出力正常!」「照準装置誤差修正終り!」「トラックの尻をもう少し右に向けてくれ!」
車が止るなり研究所員たちはトラックの荷台に駆け上がり、テキパキした動作で二台を覆った幌を巻き上げていく。
「なぜ?なぜこんなところに止るんです?石堂町に戻るんじゃなかったんですか??」
戸惑い気味のスモモの問いに、万石は力強い口調で答えた。
「今日の午後いっぱいを使ってこの場所を探しました。地震による破壊領域の外で、なおかつ校舎の前面を狙らえる唯一の場所がここなんです。」
やがてトラックの荷台上に、高電圧線の塔を横倒しにして上下左右から無数のケーブルを接続したような装置が姿を現した!
「あれが『エクスカリバー』。その名の意味するところは『石を斬るもの』。ゴルゴスのコアのような『石』が再び人類の前に現れたときの対抗手段として、故一の谷博士が開発した秘密兵器です。」誇らしげに胸を張って万石は言った。
「……陽電子を収束し放ちますから、一種の光線砲と思っていただければ判り易いでしょう。」作業を指揮していた年嵩の研究所員が振り返って説明を補足する。
「光線砲?………そんなものを使って、何を狙うと言うんです!?」
右手でピストルの形をつくり、バン!と打つマネをしてから、万石は言った。
「『石』です。」
329A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 13:05:08 ID:eCs5fbdq0
「照準器の映像をモニターに出してくれ!」
年嵩の研究所員の言葉に研究所員の誰かが「はい」と答えると、スモモや万石の目の前に置かれたノート型パソコンのディスプレイに、夜の石堂小学校が映し出された。
「『石』の居場所も、見当がついています。」モニターを覗き込みながら万石が言った。
「スモモくんが夢に見たという、『不自然に壁に近い席に座っていた』という男の子。私の読みが外れていなければ、それが『石』です。
だから『石』の居場所は、その子の机があった場所のすぐ横の壁です。」
そして後ろを振り返って言った
「右から三つ目の教室、三つある大きな窓のあいだ、そのうちの後ろがわの方、高さは下から約1メートル。」
モニターの画面は、万石が指示したとおりの場所を映し出した。
「照準完了!」「エネルギー充填120%!」「発射準備終了!」
「………お願いします。」万石が言うと、先ほどの年嵩の研究所員が重々しく頷いてからカウントダウンを開始した。
………3………2………1
だがゼロ!とコールがかかる寸前、それまで真っ暗だった教室の一つにパッと明りが灯った。
「あれは!ユウくん!」
「エクスカリバー発射待った!」
万石とスモモが同時に叫んだ。
330A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 13:07:47 ID:eCs5fbdq0
「誰だっ!!」叫びながらユウスケは一気に扉を開くと、同時に壁のスイッチを入れた。
たちまち天井の照明が光を放ち、真っ暗だった教室が光で満ちた。
教室の後ろで、男の子と女の子が眩しそうにユウスケの方を見ている。
二人ともユウスケのクラスの生徒だった。
「小山!それからキミ!こんな夜に教室で何をやってるんだ?」
ユウスケの表情と口調がたちまち先生としてのそれに変わった。
「……お父さんとお母さんが……」……心配してるぞ、と言いかけてユウスケは口をつぐんだ。
小山ユウカは新潟の地震で両親をいちどきに亡くしているのを思い出したのだ。
「……ごめん、先生が悪かった。」
「ううん、いいの。オジサンもオバサンも優しいし、二人のことをお父さんとお母さんだと思うことにしてるから。」
「そうか……(ごめんな)……それからキミ。キミも……。」
(この子の両親は健在だよな?)と考えたとき、ユウスケはその男の子の両親について自分が全く知らないことに気がついた。
いや、その子の両親についてだけじゃない。
どこに住んでいるか?生年月日はいつか?
そして……その子の名前がなんというのか?
自分は全く知らないということにユウスケは気がついた。
(この男の子は間違いなく僕のクラスの子だ。それが証拠に僕はこの子も交えた教室で何度も授業をやっている。
なのになぜ……僕はこの子の名前を知らないんだ?)
そして次の瞬間、ユウスケはその子のことを知らない理由に思い当たった。
(夢の中だ!「地震の夢」の中での授業に、ここ半年間ずっとこの子は出ていたんだ!ということは、この子は!?)
乾いた声でユウスケは言った。
「キミは……『石』なんだね?」
331A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 13:09:12 ID:eCs5fbdq0
「石」は自分の手を握っていたユウカの手をユウスケの手にそっと引き渡した。
(ユウカちゃん、それからユウスケせんせい。ぼくはかえらないと いけない。ぼくのせかいに。ぼく しってる。あした がっこう こわされる。だから こんや、ぼく かえる。ぼくの せかいに。)
男の子、いや「石」の言葉は、全く口を動かさないまま、心の中に直接伝えられた。
(ぼく もう かえらないと いけない。)
「帰る?キミの世界に!?」
「石」が静かに両手をあげると、その両目が燐光を放った!
同時に、震動が始まる!
ユウスケは気がついた。
(そうか!地震は地表を流動化させて、一気に地下に帰るために起すのか!)
最初は校舎だけだった震動は、一気に校庭外まで拡大した!!

「しまった!始まったぞ!!」
「放射線観測!間違いありません!あの男の子が『石』です!」
「いまならまだ間に合う!エクスカリバーで!」
「だめだ!いま撃ったら『石』もろともユウスケくんたちまで蒸発してしまう!」
「だがしかし!」
飛び交う万石や研究所員の大声の中、スモモはひとり両目を閉じた。
(ユウくん!死なないで!絶対に死なないで!!)
自らの瞼の裏に広がる闇に向かってスモモが必死に祈ったとき、不思議なことがおこった。
閉ざした視界のその中に、見たことの無い光景が広がったのだ。
332A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 13:10:23 ID:eCs5fbdq0
天井の高い、古い木造家屋。
玄関先で飛びついてくる犬。
そして横をすり抜けてる弟。
「わーい!お姉ちゃん抜かしたぞーー!」
「こら待ちなさい!」
靴を脱ぎ散らして掛けていく弟を追いかけようとしたとき、家の奥から優しい声がした。
「ユウカ、そろそろ晩御飯よ。」これはお母さん。
「ちゃんと手を洗っといで。」こっちはおばあちゃんだ。
「はーーい。」と答え流し場に向かうと、念入りに石鹸の泡を立てる。
(肘くらいまでちゃんと洗っておかないと、お父さんうるさいから……)
そんなことを考えていたとき……。
ドーーーーン!と、真下〜突き上げるような衝撃が来た!
家が積み木かなにかのようにグラグラ揺れる!
最初の震動で、気がつくと目の前に見えるのは天井だった。
あお向けになっている自分の上から、棚にあったあらゆるものが降ってきたので必死で顔を庇う。
すると、止めだ!とでも言うように、天井そのものが一気に崩れ落ちてきた!
「おとうさん!おかあさん!!」
泣き叫ぶ声とともに……風景は暗転した。

333A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 13:13:11 ID:eCs5fbdq0
「いまのは……ユウカちゃん、キミのお父さんとお母さんが…その……。」
聞くまでもなかった。
いま目の当たりにしたのは新潟地震のときユウカが見た光景、経験したことだ。
涙に沈む少女の瞳が総てを物語っていた。

狭い手洗い場に居たのが幸いし、ユウカは命が助かった。
だが広い居間にいたほかの家族は……。
狭く身動き一つできない屋根の下、真っ暗な中かすかに聞こえていた「痛いよ、痛いよ」という弟の泣き声がまず聞こえなくなった。
そして娘と息子を励ましていた母の声がそれに続き……。
それが、小山ユウカが助け出されるまで、わずか一晩のあいだの出来事だった。

かけるべき言葉を亡くしたユウスケには、ただ少女を抱きしめてやることしかできなかった。
そのとき、いままでとは全く違った雰囲気の「石」の声が伝わってきた。
(いまのは…なに?)
(ユウカちゃん。その めから ながれてるのは なに??)
(いま ボクのせつぞくを とおって ユウカちゃんの こころが つたわってきた。)
(あれが しぬってことなの? かなしいって ことなの?)
戸惑いをはらんだ幾つもの問いが、波のように押し寄せてきた。
(にんげんは、しぬの?しぬのは かなしいことなの?)
(ぼくが かえると じしんがおこる。 じしんが おこると ユウカちゃん かなしいの? クラスの みんなも かなしいの?)
(みんな しぬの? ユウカちゃんも クラスのみんなも しんじゃうの?!)
涙をいっぱいに溜めた瞳で、少女は「石」をじっと見返した。
その視線を受け止めた瞬間、言葉はなくとも「石」は少女の思いを理解した。
(……ごめん しらなかった。)
(………ぼく やってみる。 じしんを おこさないで ぼく かえってみる。)
(センセイと ユウカちゃんは そとにいって。ここに いると あぶないから……)

ユウカの悪夢と「石」の言葉は、やはり地震の夢を見ていたスモモの心にも伝わっていた。
だが、呆然と立ち尽くすスモモの背後で、万石と一の谷研究所のチームは既定の作業を再開していた。
「ユウスケさんと少女が『石』から離れました。」
「二人が校舎外に出たのを確認したら……、エクスカリバーで『石』を狙撃してください。」
334A級戦犯/「石の見る夢」:2006/09/01(金) 13:15:36 ID:eCs5fbdq0
「行こう。ユウカちゃん。」
少女はコクリと頷いた。
「石」は地震を起さないで地下に帰るようにやってみると言った。
それは「石」の言葉だけだし、「石」が地震をおこさないようにしようとしても、実際にはやっぱり地震が起こってしまうかもしれない。
でも、それでもユウスケは「石」の心を信じていた。
ユウカと手を繋いで階段を下りるとガラスの割れた職員室横のドアから外に出た。
校庭を横切って封鎖された正門の前に二人並んで立つと、校舎の方を振り返った。
真っ暗な窓の中に一つだけ、明りがついているのは6年3組の教室だ。
二人のいるところからは「石」の姿は見えない。
やがて、足もとの大地がビリビリと震えだした。
だが振動はさっきと違い外には広がっていかない。
それどころか潮が退くように震動は収束していく。
もうユウスケとユウカの立つ場所は、近くを大型トラックが走っているときぐらいにしか揺れていなかった。
「先生見て!校舎が!!」
正面玄関の下端が地面にめり込み、外付けの非常階段が上に向かって歪みはじめている!
「地震を起さないで校舎だけが沈んでいるんだ!!あの子が約束を守ったんだよ!」
「よかった。」
そう言って笑いながらユウスケ先生を見上げた小山ユウカの目の前を、一条の閃光が突き抜け、ついさっきまで二人がいた教室の窓を貫いた。

………こうして事件は終りました。
もちろん地震は起こりません。
石堂町は壊滅を免れ、石堂小の生徒たちは皆新しい学校のプレハブ仮校舎に通っています。
でも、6年3組の生徒とユウスケ先生の心には小さな穴が開いてしまいました。
半年のあいだ毎晩いっしょの教室で暮らしたクラスメイトが一人、いなくなってしまったからです。
ユウスケ先生はいま思っています。
「石の見る夢」、それは自分も6年3組に仲間入りすることだったのではないかと………。


「石の見る夢」
お し ま い
335名無しより愛をこめて:2006/09/02(土) 00:29:04 ID:8qVUf+4BO
ここにもとうとう万石が!
最後がウルQらしくていいですね。
つきましては超勝手なお願いなのですが他のパターンのエンディングも見せていただく事は可能でしょうか?
もしむかつくようでしたらスルーしていただいても一向に構いませんので。
336X話:2006/09/02(土) 15:59:12 ID:5GNjMsC+0
乙です!
他パターンは私も気になります。鬱endもありえた訳ですか?
337遊星より愛をこめて:2006/09/02(土) 21:04:44 ID:P2/+Wu+O0
うわぁぁぁぁ

皆さんレベルが高い・・・・
とりあえず完成したので投下します。
338遊星Q「射手座の時間」:2006/09/02(土) 21:06:46 ID:P2/+Wu+O0
宇宙人を信じているか、というのは大多数の人にとっては世間話にもならないくらいのどうでもいい話であった。
            キシダ リンイチ
警視庁捜査一課の岸田 林一警部も、その大多数の人に含まれていた。そしてそう思っている人々は大抵「宇宙人なんて
いるわけがない」と思っている。岸田警部もそうだった。
アメリカの天文学者F・D・ドレークが「宇宙人は実在するのか?」という問題に取り組み、出した結論は、「銀河系で地球と
交信可能な文明を有する惑星は、0個ないし50億個」。分かりやすく言うと、「日本人に紛れて暮らしている宇宙人の数は、
0人もしくは300万人」。と言っているのと同じことなのだ。宇宙人を信じない人々は「0個だ」と言うだろうし、信じる人々は
「50億個だ」と言うだろう。
捉え方によればどちらにも親切な答えではあるが、究極的な答えにはなっておらず、真相は不明のままだった。

だが先日、長年の謎はいとも簡単に解明された。宇宙人はいた。何故分かったか?宇宙人が地球人の前にその姿を
現したからだった。宇宙蛾を利用して連続殺人事件を起こし、岸田警部に撃退された宇宙怪人。単なる愉快犯だったのか
目的を持ったものだったのかは今となっては謎だが、目の前に現れてこられてはさしもの岸田警部も宇宙人の存在を
否定する訳にはいかなくなった。だがしかし、上層部の判断でこの事件の犯人が地球外の生命体によって行われた犯罪だ、
という事実は伏せられることとなった。「この事件の犯人は実は宇宙人でした」などと言ったところで世間の大多数の宇宙人
否定派からは信用されないだろう。その事で警視庁自体、果ては公的機関の信用が失われるような事があっては非常に
まずいからだ。
339遊星Q「射手座の時間」:2006/09/02(土) 21:08:30 ID:P2/+Wu+O0
しかしこの対応に岸田警部は何の不満も持っていなかった。宇宙人は存在するか否かに別段拘っていた訳でも無ければ、
「ただの事件には興味ありません」主義者でも無いからだ。警部は事件を解決できればそれでいいのである。
警部が机で紫煙を燻らせながらくつろいでいると、先輩が声をかけてきた。
「リンちゃんよぉ。今日からだろ?新しい部下が配属されるの。もっと喜べよ」
「どう喜べばいいんです。『わーい部下が増えたぞーこれで俺はまた偉くなったぞー』とでも?馬鹿みたいじゃないですか」
「ハハハ。まぁそれはいいとして、最近青少年の傷害事件が多いそうだな。生活安全部の連中音を上げてるぜ」
「そうらしいですね。しかしどうしたんでしょうね、最近は。少年犯罪は昔に比べて減ったって聞いてたんですけど」
「社会が子供をどうかしちまったのか・・・・また宇宙人の仕業かもな」
「宇宙人はもう懲り懲りですよ」
岸田警部が苦笑いしながらそう言った直後、事件発生を知らせる部長の声が部屋に響いた。



「射手座の時間」



数分後、岸田警部は事件の起こったマンションの駐車場へ到着した。事件が起こったのはこのマンションの6階の602号室。
事件を起こしたのは50歳の男。自宅でくつろいでいた時に突然暴れだして、しばらくすると倒れて気を失ってしまったと言うのだ。
「警部!」
階段を上って6階へたどり着いた岸田警部に、一人の若い刑事が声をかけてきた。
340遊星Q「射手座の時間」:2006/09/02(土) 21:09:32 ID:P2/+Wu+O0
                           コゴシロ ショウヘイ
「本日から警視庁捜査一課に配属されました、凍城 昭平です」
「ああ、君がそうなんだ。分かってるとは思うが、俺は岸田林一だ」
「よろしくお願いします」
「お、それから頼みがあるんだが、いいか?」
「はい、何でしょう?」
「先輩の真似して俺を『リンさん』て呼ぶのは止めてくれ。俺は化学物質じゃないからな」
「分かりました。リンさん」

その後すぐに、男の妻にに聞き込みが行われた。当人は幾分か落ち着いてはいたが、やはりショックは大きいようだった。
「ゲームをしてた?」
「ええ、息子が買ってきたゲームを、息子がトイレに行っている間に勝手にやっていたんです。それからしばらくして突然・・・」
岸田警部は今に置いてあるゲームのケースを手に取った。誰かが足で踏みつけたのか、ケースは壊れかけている。
「これですか?」
「ええ。何でも最近発売されたゲームで、息子のクラスでも大人気だそうで」
「なるほどね・・・・・」

その後岸田警部は警視庁へ戻ってきた。暴れた男は病院に搬送されたが、いまだ意識不明のままで取り調べは不可能なのだ。
「なぁショーヘイ。これ何て読むんだ?」
「リンさん」と呼ばれる腹いせに、勝手に凍城刑事に「ショーヘイ」というあだ名を付けた岸田警部。ゲームのタイトルが英語なので
読めないのだ。ケースには「The Time of Sagittarius」と書いてある。
「リンさん英語読めないんですか?えーとこれは・・・・・・『ザ タイム オブ サギタリウス』。日本語にすると・・・・・『射手座の時間』?」
「訳分からん名前だな」
「で、このゲームがどうかしたんですか?」
「最近青少年の犯罪が増加してるのは知ってるか?」
「ええ」
341遊星Q「射手座の時間」:2006/09/02(土) 21:10:13 ID:P2/+Wu+O0
「それらの殆どが今回の事件同様、ある時突然何かが切れたように暴れだして最後には気を失ってしまう、というものだ。俺は
 『青少年』っていうのが気になっていたんだが、ひょっとしたらこいつが原因なんじゃないか、と思ってな。こんなゲームやるのは
 若い世代の連中ぐらいだからな。ま、今回は例外だが」
岸田警部はゲームのケースを突付いた。
「でもゲームが原因だという証拠は無い訳でしょう?それに彼らはゲームをやっているときに暴れたわけではないそうですよ?」
「ああ。だからこれからこのゲームを調べに行くのさ」
「どこへ行くんですか?」
「知り合いにこういうのに詳しい人がいてな、このゲームを調べてもらうのさ。一緒に来るか?」
「あ、はい」
                                                            マドヤ タカアキ
数十分後、岸田警部と凍城刑事は物理学研究所へ来ていた。ここにはモスマン事件の時の協力者、円屋皐粲博士がいる。
円屋博士は研究室に二人を迎え入れた。
「この間はどうもお世話になりました」
「いえ、こちらこそどうも。ところで、本日はどのような用件で?」
「こいつの調査をしていただきたいんです」
岸田警部はゲームを研究室のテーブルに置いた。
「このゲームが何か?」
「こいつは最近多発している青少年犯罪の元凶かもしれないのです。それから今日これで遊んでいた50代の男が突然暴れだす
 という事件が起きたのです。ですからこれに何か問題があるのではないかと思いまして、博士に調査をお願いしたいと」
「なるほど。では調べてみることにしましょう。時間がかかりますので、結果は明日お伝えするということで宜しいでしょうか」
「はい。ではお願いします」
342遊星Q「射手座の時間」:2006/09/02(土) 21:11:59 ID:P2/+Wu+O0
「でもおかしな事件ですよね。仮にゲームを利用して子供を暴れさせたとして、犯人は何がやりたいんでしょうね?」
警視庁へと戻る車の中で、凍城刑事は岸田警部に尋ねた。
「さあな。悪人の考える事なんて、俺には分からんよ」


翌日。円屋博士からの連絡を受けて、岸田警部と凍城刑事は物理学研究所へ向かった。
二人が昨日の研究室へ行くと、円屋博士が待っていた。
「あぁ、博士。結果はどうでした?」
「単刀直入に申しましょう。これは人間の脳を変質させる目的で作られた恐ろしい物です」
「と、言いますと?」
「このゲームをプレイしている最中に流れる音楽や効果音の中に、我々には判別できないほど僅かではありますが、人間の脳に
 異常をきたす音が混じっていたのです」
「音、ですか・・・・」
「ええ。これを長時間、あるいは短時間聞くのを継続していると、ある一定量で異常が発生するのです」
「しかしゲームをしていないときに異常が起こる、という件もあります。それに、我々が昨日逮捕した男は始めてすぐに暴れだした
 そうなのですが、これは一体?」
「おそらく暴れだした辺りにもその音を放つ何かがあったのでしょう。しかし日常生活等でこの音が発生してしまう事は有り得ません。
 何者かが意図的に流してゲームに目を付けられないようにしていたのでしょう。ゲーム中に暴れだす事件が多発すれば疑われる
 のは確実ですからね。それからその男性ですが、これはターゲットを子供と限定して作られたものである可能性が強く、50代の人
 が使うのは想定外だったんでしょう。ですから音がその人の許容範囲をすぐに突破してしまったのだと考えられます」
「ところで、以上というのは具体的にどのようなものが?」
「何事にも無関心、無感動になってしまったり、理性を司る部分が機能しなくなったりといったことが起こります」
「つまり、人間らしい感情が破壊されてしまうということですね?」
343遊星Q「射手座の時間」:2006/09/02(土) 21:13:01 ID:P2/+Wu+O0
博士の答えに、凍城刑事が付け足した。
「その通りです。ところで・・・・こんな事件を知っていますか?」
「事件?」
「ええ、これは私の恩師である牧博士という方から聞いた話なのですが・・・・走行中の車が突如暴走し、大事故に発展するという
 事件が30年以上前に起こりました。当時牧博士が参加していた組織が事件を担当し、原因は車の排気ガスに混入していた
 人間を凶暴化させるガスだったのですが、それを仕込んでいた車の整備士は車に撥ねられて死亡。主犯は結局捕まらず迷宮
 入りになってしまったんです」
「その事件がどうかしたんですか?」
「ええ、科学的な方法を使って人の人格を破壊するという手口が今回のものと似ているなと思いまして」
苦笑いしながら博士は続けた。
「――――― まぁ、30年以上も前の話ですから、参考にはなりませんが」

警視庁へ戻った二人は、駐車場でこれまでの事を整理した。
人間、特に子供の人格を破壊しようとする何者かがゲームに特殊な音を仕込み、子供たちを凶暴化させた。
一体誰が、何のためにそんな事をしたのか。
岸田警部は煙草をふかしながら色々と思索をしていたが、突然表情を変え、凍城刑事に向き直ると、「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」と
叫び声を上げた。
「ど、どうしたんですか!?」
「出がけに作ったカップラーメンがほったらかしだ!俺のラーメンがぁ!」

大急ぎで自分の机へ戻った岸田警部は、スープを全て吸収して膨れ上がったラーメンを何とかたいらげ、後から走ってついて来た
凍城刑事に例のゲームのメーカーの所在地を調べるよう言った。
344遊星Q「射手座の時間」:2006/09/02(土) 21:14:09 ID:P2/+Wu+O0
「リンさん。ありました、これです。」
数分後、凍城刑事がメーカーの名と住所を書いたメモを持って戻ってきた。
「おお、ご苦労さん。えーと、『メトロコーポレーション』ね・・・・じゃ、今から行ってくる」
「え、じゃあ僕はどうすれば?」
「お前は俺が帰ってくるまで待ってろ。もし暗くなるまで帰ってこなかったら来い」
「は・・・はい」
そう言うと岸田警部は立ち上がり、部屋を出て行った。

メモに書かれた場所へ行ってみると、そこには天高く聳え立つビルがあった。
「以外に大きな会社だな・・・・」
警部は中へ入り、受付へ行った。
「あの・・・・警察の者です。今扱ってる事件の事で社長にお会いしたいのですが」
「はい、どうぞ。あちらのエレベーターから直接最上階の社長室へ行けます」
「はぁ」
社長に連絡をしなくていいのか、と岸田警部は思ったが、とりあえず言われたとおり行ってみる事にした。
エレベーターに乗り込むと、あっという間に最上階に到着した。
社長室の前へと歩き、一応ノックをする。
「失礼します」
ドアを開けて中へ入ると、驚くべきことに奥の壁は全面ガラス張りになっていたのだ。その為既に傾きかけている日の光が室内へ
入ってくる。しかしそれよりも更に驚くべきものが岸田警部の目の前にあった。

宇宙人。一目でそれと分かった。赤く縦に長い頭、顎らしき部分には黄色い発光体が並んでいる。胴体は青色で、手が筒状で
先端がギザギザとしている。その宇宙人が突然警部に話しかけてきた。
345遊星Q「射手座の時間」:2006/09/02(土) 21:14:48 ID:P2/+Wu+O0
「ようこそ岸田警部。私は君が来るのを待っていたのだ」
「何っ!?」
「歓迎するぞ。まぁ、かけたまえ」
宇宙人は自分と岸田警部との間にある応接用のソファーを差した。奥の机から立ち上がった宇宙人はそのままソファーへ座る。
岸田警部もつられて座り、宇宙人に聞いた。
「どうしてここに来ると分かった?」
「この近辺にはいくつも監視用の小型カメラが仕掛けてあるのだ。君が我々の作ったゲームに目を付けたときから私は君を
 監視していた。君があのゲームの仕掛けを知った時も、ここに来る時もね」
「何が目的でこんな事をしたんだ?」
「地球の征服が目的さ。これから地球の未来を担う子供達を潰してしまえば、社会は、人類は、勝手に滅んで行く。その後我々は
 地球を頂こうと考えたのさ。細工をしたゲームを売り、子供の脳を少しづつ変質させて、このビルからゲームに仕込んだのと同じ
 音を放ち、限界ギリギリまで変質した脳の持ち主を暴れさせる。情報を操作して人気ゲームだと謳い文句を流せば子供達は
 どんどんゲームを買い、どんどん壊れていく」
「ちくしょう!そんな事はさせないぞ!」
「だが・・・・我々の星には『星の住民の一人にでも計画を知られたらその計画は即刻中止』という決まりがある。岸田警部、君に
 計画を知られてしまった為に私の計画は失敗だ。まあそうでもなければ地球人である君に計画を話したりはしないのだがね」
「ところで・・・・一つ気になる事がある。あのゲームのタイトル、あれは一体どういう意味だ?」
宇宙人は立ち上がり、語りながら壁代わりのガラスの前へ歩み寄った。
「ああ、『The Time of Sagittarius』の事か。あれは宇宙空間で戦艦を操って敵を倒す、所謂シューティングゲームという奴なのだが、
 その宇宙艦隊にはモデルがある。地球から見て射手座の方角にある惑星ゴドレイだ。その星には優秀な宇宙艦隊があり、
 ゴドレイ星に攻撃を仕掛けようとする者をことごとく撃退してきた。今まで一度も負けた事の無い、絶対無敵の艦隊さ。まぁ、
 ゴドレイ星人達が非常に好戦的な種族だということもあるのだろうけれどもね」
346遊星Q「射手座の時間」:2006/09/02(土) 21:16:15 ID:P2/+Wu+O0
「ようこそ岸田警部。私は君が来るのを待っていたのだ」
「何っ!?」
「歓迎するぞ。まぁ、かけたまえ」
宇宙人は自分と岸田警部との間にある応接用のソファーを差した。奥の机から立ち上がった宇宙人はそのままソファーへ座る。
岸田警部もつられて座り、宇宙人に聞いた。
「どうしてここに来ると分かった?」
「この近辺にはいくつも監視用の小型カメラが仕掛けてあるのだ。君が我々の作ったゲームに目を付けたときから私は君を
 監視していた。君があのゲームの仕掛けを知った時も、ここに来る時もね」
「何が目的でこんな事をしたんだ?」
「地球の征服が目的さ。これから地球の未来を担う子供達を潰してしまえば、社会は、人類は、勝手に滅んで行く。その後我々は
 地球を頂こうと考えたのさ。細工をしたゲームを売り、子供の脳を少しづつ変質させて、このビルからゲームに仕込んだのと同じ
 音を放ち、限界ギリギリまで変質した脳の持ち主を暴れさせる。情報を操作して人気ゲームだと謳い文句を流せば子供達は
 どんどんゲームを買い、どんどん壊れていく」
「ちくしょう!そんな事はさせないぞ!」
「だが・・・・我々の星には『星の住民の一人にでも計画を知られたらその計画は即刻中止』という決まりがある。岸田警部、君に
 計画を知られてしまった為に私の計画は失敗だ。まあそうでもなければ地球人である君に計画を話したりはしないのだがね」
「ところで・・・・一つ気になる事がある。あのゲームのタイトル、あれは一体どういう意味だ?」
宇宙人は立ち上がり、語りながら壁代わりのガラスの前へ歩み寄った。
「ああ、『The Time of Sagittarius』の事か。あれは宇宙空間で戦艦を操って敵を倒す、所謂シューティングゲームという奴なのだが、
 その宇宙艦隊にはモデルがある。地球から見て射手座の方角にある惑星ゴドレイだ。その星には優秀な宇宙艦隊があり、
 ゴドレイ星に攻撃を仕掛けようとする者をことごとく撃退してきた。今まで一度も負けた事の無い、絶対無敵の艦隊さ。まぁ、
 ゴドレイ星人達が非常に好戦的な種族だということもあるのだろうけれどもね」
347遊星Q「射手座の時間」:2006/09/02(土) 21:17:13 ID:P2/+Wu+O0
「それで何故・・・えー、『射手座の時間』なんてタイトルになるんだ」
「先程言ったように惑星ゴドレイは射手座の方角にある。そしてプレイヤーはある意味ゴドレイ星人になりきって遊ぶのだから、
 ゴドレイ星の時間を過ごしている訳だ。しかし地球人はゴドレイ星の事は知らないから、もっと分かりやすく射手座に変えたのさ。」
「ゴドレイ星人・・・・・」
「彼等は一度地球を訪れていたと聞いたことがあるが・・・・おっと、こんな事をしている場合ではない。私は母星へ戻って総司令部に
 色々と報告しないといけないからね」
「何だと!?」
「我々にはまだ作戦が残っている。次の作戦の実行までには長い準備が必要だ。実際以前の作戦から30年以上経っているのだからね。
 だから早く帰らなければならない。我々は武力での制圧は極力控えている。私達はゴドレイ星人とは違い、なるたけ穏やかに
 事を運びたいのだよ」
「そうはいかないぞ。お前を今ここでとっ捕まえてやる」
「君には無理だ」
「果たしてそうかな?」
岸田警部は拳銃を取り出し、宇宙人に向けた。
「動くと撃つぞ」
「馬鹿な真似は止めたまえ」
そう言った瞬間、宇宙人は手から赤い光線を岸田警部に向けて撃った。
「うぁっ!」
光線が当たり、警部は床に倒れた。
「今回はうまくいくと思ったのだが・・・・まあ仕方がない。この会社も――――」
宇宙人は言葉を一旦止め、両腕を左右に広げて続きを言った。
「今 日 で お し ま い 。ではさらばだ、岸田警部」
「ま、待てっ・・・・・・」
宇宙人は壁面のガラスを叩き割って下へと飛び降りていった。追いかけようとしたが、先程の光線で体が動かない。
宇宙人が逃亡する光景まで見たところで、岸田警部の意識は途切れた。
348遊星Q「射手座の時間」:2006/09/02(土) 21:18:37 ID:P2/+Wu+O0
岸田警部が意識を取り戻した時、日は既に沈み、辺りは暗くなっていた。
「いかん!」
岸田警部は跳ね起きるとすぐさま階下へ降り、1階のロビーで人を探した。しかし、誰もいない。1階だけではない。ビル全体からも
人の気配が微塵も感じられない。
「・・・・一体どうなってるんだ?」
頭を振りながら岸田警部がビルを出ると、丁度そこに凍城刑事がやってきた。
「あっリンさん!何やってたんですか!心配したんですよ」
「いや、ちょっとな・・・・」

岸田警部は先ほどの宇宙人とのやり取りを話した。
「つまり今回の事件は宇宙人の地球侵略計画だったわけだ」
「その宇宙人が言っていた30年前の事件っていうのは、円屋博士が言っていた例の暴走事件なんでしょうか?」
「さあな。宇宙人が逃亡してしまった今となってはもう分からんだろう・・・・」
「30年後、また彼らは来るんでしょうか・・・・?」
「奴が語った事が全て真実ならな。さて、そろそろ帰るぞ」
「あ、はい」

翌日、日本全国で奇妙な形をした赤色の未確認飛行物体が目撃され、天体観測所でも宇宙の彼方へ飛び去る謎の飛行物体が
感知されたという事、日本全国の家庭や商店の店頭や倉庫から「The Time of Sagittarius」が全て無くなり、あちこちにあった
「The Time of Sagittarius」に関する情報が抹消されているという事実を各地の新聞社がこぞって報道していた。


                                            「射手座の時間」 糸冬
349遊星より愛をこめて:2006/09/02(土) 21:30:34 ID:P2/+Wu+O0
パロディや変なネタに重点を置くとこうなります。
よいこはまねをしないようにね!

セブンのあの話を基盤にオリジナルを付け加えていったらこのようなお話に
あとハルヒネタがちゃらほら(何

>>X話氏
岸田林一警部は岸田森氏と市川森一氏の名前を合成。
円屋皐粲博士は円谷皐氏と円谷粲氏の名前を合成。
三津田禾斉博士は満田かずほ氏から。
凍城昭平刑事は東條昭平氏から。
どうでもいいことですが1人元ネタが分からない名前があると言う事だったので一応・・・

ではまたいつか。
350遊星より愛をこめて:2006/09/03(日) 10:18:04 ID:C1wNqAMi0
すみません。今気付きました。
>>345-346が二重投稿になっちゃってます。
どちらか無視してください。
351ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/09/03(日) 21:37:47 ID:Ou4H4fCc0
応援!!
352A級戦犯:2006/09/04(月) 08:07:43 ID:TNkrBMbX0
一番初期に考えていたエンディングは…
パターンA
例え自分の命を犠牲にしても生徒たちを守ろうとするユウスケ先生が、万石の研究室からエクスカリバーを持ち出し、夜の校舎に潜入。
「石」と対決するが……。
磁場を操る「石」に対し、陽電子銃は射線が歪んでしまい命中しない。
そして「石」は地震を発動。
だが、無人のはずの教室が突然声で満たされる。
「さようなら」「ばいばい」……
それは取り壊しが決まった学校に対する生徒たちの惜別の思いだった。
すると……「石」は敵対行動を止め、ユウスケ先生を返すと校舎だけが沈んでいく。

基本的な考えは、「石」は人の心を反映するというものです。
だから敵対するものには敵対し、愛を送るものに対しては愛を返す。
かつて石堂村が滅ぼされた理由は、御神体である「石」に祈りを通して人の欲望が降り積もったからという設定でした。
他方、石堂小の「石」は6年3組に満ちていた愛や友情を受けて、ああいう姿に顕現しました。
ちなみに石堂村の「石」は「ひとかかえもある丸石」なので、石堂小学校を建てるときの建材に紛れ込めるはずがありません。
石堂小の「石」はもっとずっと小さなものです。
そう、小学六年生の女の子の掌に納まってしまうほどに小さな。
353A級戦犯:2006/09/04(月) 08:15:21 ID:TNkrBMbX0
以下はパターンAから派生させたエンディングです。
パターンB
途中までは投下分と同じ。
ただし、エクスカリバーは「石」ではなく、小山ユウカを誤射する。
これは大人であるユウスケ先生は窓のラインよりも高く出ていたのに対し、ユウカは子供であり背も低かったため発見が遅れたため。
「石」は絶叫し地震が……。

パターンC
発射寸前のエクスカリバーの前に、スモモが立ち塞がる。
万石との押し問答、そして万石はスモモの言うことを信じエクスカリバー発射を取止める。
*発射ポイントにスモモがいるのは、このエンディングに備えたためにござる。そして、スモモがここにいる理由が実はもうひとつ。

パターンD
バカエンディングとして(笑)、エクスカリバーの砲撃で校舎まで崩壊。
やったやった!と喜んでいると、校舎の残骸が突如結合してゴルゴスUがズッドォオオオオオオンと(笑)。

以上です(笑)
354A級戦犯:2006/09/04(月) 08:29:08 ID:TNkrBMbX0
連続もうしわけなし

>>「遊星より愛をこめて」氏
ものすごいハイブロウなSFを刺身のツマで使ってますね(笑)。
355名無しより愛をこめて:2006/09/05(火) 10:43:59 ID:IlYjz0oC0
応援!!
356X話 星間情報運輸株式会社:2006/09/06(水) 05:08:01 ID:CTnRW9HF0
九月だというのに珍しく残暑も涼しい、とあるけったいな真昼間。

とある河川敷。堤の上でジャージを着た爺さんがぼんやり川面を眺めている。
口はモゴモゴ仮想ガム、足にはぞうり、脇にはラジオ。ラジオからは聞き取りにくい声。
『昨日よりハップル宇宙望遠鏡にて観測されている一部の観測天球の異常について、NASAは……』
聞き取りにくいのは向うの取水口からのノイズか。一昨日の雨で水量が増えている。
白い月がまるで風変わりな雲のように空にぽっかり浮かぶ。呑気な風景。

「オジイチャ〜ン……」どっかから女性の呼ぶ声。爺さんが顔を上げる。
「 オジイチャーン…………」爺さんは顔を上げたまま。バックにあのラジオの声が続く。
よく見ると老人は呼ぶ声に反応したのではない。空を見上げている。のんびりと浮かんだ白い月。
────その横に、ヘンなものが浮かんでいる。小さな”棒”。色はやっぱり白っぽい。
「おじいちゃーん……」声が近い。しかし空を見上げる爺さん。視線は矢張り月、でなく、白い”棒”だ。
その”棒”が、何処と無く大きくなっている。既に月の直径と同じ。見上げながら仮想ガムを噛む爺さん。

「おじいちゃん」声が草を踏みながら近づいて来た。小太りの主婦だ。爺さんの横に来て溜息をつく。
「もう勝手に出ちゃ駄目って言ってるでしょう?ほら、帰りますよ」
「け〜こさん、何か飛んでくるぞ」空を指差す爺さん。ハイハイ言いながら爺さんを起こす主婦。

主婦の背景の青空で、あの白い”棒”が巨大化していく。長く、高く、空を貫き───
いや、あれは”棒”などでは無かった。奥行きがある。
それを指差す爺さん。無視する主婦。やがて太陽を覆い隠し、周辺が陰って───────
振り向く主婦。「……ひえっ!!?」盛大にすっころぶ。
天空に、超巨大な白無垢の円盤が縦に浮かんでいた。ラジオが少々の雑音の後、喋りだす。

『あーえーテスト……ウウン、え〜”アッソ”の皆さん、おはようございます!!』
『こちらはペランガラ星系より参りました、星間情報運輸(株)でございます!!』
『まっこと失礼で御座いますが、今回私達は”アッソ”に対する立退要求にやって参りました!!』

爺ちゃん、ぽっかり口で一言。
「円盤なら、横に寝て来にゃー」
357X話 星間情報運輸株式会社:2006/09/06(水) 05:53:30 ID:Z9vHa73X0
彼は今まで職業柄、妙な事態には慣れっこだった。
だから今回も何とはなしに驚く事は無かった。慣れとは恐ろしい。だが────────
さすがに昨日空に浮かぶ巨大な縦円盤を見て、今朝自宅に来た新聞の見出しを見ながら、雑誌記者は呟いた。
「………────何のギャグだ」

駅前の電光掲示板のニュース速報。
『謎の怪円盤の宇宙人より謎の立ち退き要求、主要各国による緊急協議開始』


編集部に行くと、変人女が顔を洗っていた。また泊り込んだらしい。
「………もうここの社員になったらどうだお前」「やぁよ、そしたら今のアパートの家賃只になんのー?」
まあ確かに。「ま、昨日は皆で泊り込んでニュース見ながら大騒ぎしてたけどね──」
お前は何処の大学生か、と突っ込みかけて、TVのニュース速報を見て黙る。
まだあの円盤と、妙な放送ジャックについて流していた。

定期的にラジオ放送があの円盤の主にジャックされている。
聞こえてくるのは昨日と同じ、あの謎の相手”アッソ”に対する立退要求と、それから妙な”CMらしきもの”。
軽快かつレトロな音楽で『安全かつ迅速な情報運輸ならペナンガラ星間情報運輸にお任せあれ!!』と。
「本当に宇宙人か?どっかのケッタイな超ハッカーのイタズラじゃないのか?」とは編集長の弁。
たしかに各国政府による対応も中途半端だ。最大で外務大臣しか動いて無いらしい。我が国を除いて。
「ま、領空にあんな珍物体が浮かんでるからな……」

バズッ。TVが突然砂嵐になった。驚いた編集者がバシバシ叩く。数秒で戻ったと思うと────
『♪快速、安全、銀河一の運送屋、ペナンガラ星間情報運輸〜♪』
ケッタイな人形がこれまたケッタイな人形舞台で踊っている。どこぞのカステラ屋のCMを思い出した。

”CMらしきもの”が数パターン繰り返された後、突如官房長官会見みたいな場所が映った。
中心に立っているのは、これまたケッタイな格好をした、宇宙人?さっきの人形のリアルバージョン。
飛び出た半月型の目玉。巨大なヒゲみたいな突起。見た目は何かインチキマジシャンの様。
358X話 星間情報運輸株式会社:2006/09/06(水) 06:48:27 ID:Z9vHa73X0
『あ───、コレデイイカネ。”アッソ”の皆さん、再びおはようございます!ペナンガラ星間情報運輸代表です!!』
『再び申し上げます!我々は”アッソ”への立退要求にやってまいりました!ご拝聴お願い申し上げます!!』
『ちなみに貴方々の情報通信ツールは我々が掌握させて頂きました!侵略ではありませんよー!?』

「うォう!?」
おかじーが向うで驚く。見るとそこはちょくちょく(仕事中にも)利用する巨大掲示板だが、

http://penangallach.net/

のアドレスへジャンプするよう書き換えられていた。
「……十分侵略してるじゃねーか、お前ら」とはおかじーの弁。


その掲示板で、その宇宙人とわれわれはどうやらファーストコンタクト出来たらしい。栄えある第一声(?)が、
『市ねボケ』
『そのような言語は我々の用意した言語プログラムには該当が無い!是非意味をお教え頂きたい!!』
というのは、情け無い限りというか何と言うか。

おかじーによる24時間掲示板監視により明らかになった彼らの要求の詳細はこうである。
まず、”アッソ”とはEarth、即ち地球の事であった。他にも一部言語や文法に齟齬が有ったらしい。
それらを訂正して見ると、先ず、彼らはペナンガラ星人といい、あの珍円盤は彼らのコロニーである事。
星間宇宙をさ迷いながら、星々の間で”情報”を輸送して生計を立てている流浪民族であること。
そしてその彼らの仕事道具であり財産でも有る”情報集積輸送体”通称『ゴーレール』の軌道確保時に、
地球の公転軌道と交差、計算からして衝突コースにあるということ。
故に地球に現在の公転軌道からの立退要求を行ったとのことである。
「………ところで、宇宙人にも株式会社って有ったのか?」「…………さあ?」

変人女がその日ずっとTVウォッチした限りでは、各国政府はその掲示板について『静観する構え』らしい。
「どーせ下部職員にでも張り付かせてんでしょ?緊張感無いわね〜」
編集部のソファでゴロゴロしてる女になぞ言われたくないと思うが。いうかお前、チーコちゃんはどうした?
「ソコソコ。お祭りに置いてけぼりは可愛そうじゃん?」
……………見ると、洗面室でチーコちゃんがいそいそとお着替えをしていた。本気で泊り込む気か。
359X話 星間情報運輸株式会社:2006/09/07(木) 05:18:05 ID:hv7qdo/d0
NASAの公式発表によると、地球の公転軌道上に謎の構造物が観測されたらしい。
高密度高重力の物体で構成されたソレは、太陽系の公転面を約75度で貫く軌道で鎮座している。
その重力で星空が歪んで見える程だ。彼ら曰く、ソレは”ゴーレール”誘導用レールだという。
そして、その北極星方面に、

「これか………」

NASAが公開した画像が出回っている。星空を特殊な電磁波で捉えた写真。
大きさは約130000km、地球より少し大きい位、構成物質の判別は不可能だが、巨大な質量が観測できる。
ペナンガラ星人に掲示板で聞いた所、すぐに返事が返ってきた。
『それこそ我らの”情報集積輸送体”、ゴーレールに他ならない!!それが”アッソ”と衝突するのだ!!』
更にNASAからの分析。
間違いなくソレは衝突コースを進んでいる。間違いなく。即ち、


「…………妖星ゴラス?」
「………編集長、古すぎます。せめてアルマゲドンって」

ざわめく編集室。今は編集長が直々に掲示板チェックをしている。おかじーは只今別室でダウン中。
「編集長………」「ヤバいんじゃねーの?これ」呟きと憶測が広がっていく。
「あーもー、お前らまだ決まった訳じゃねえ!仕事に戻れ仕事に!!」怒りの一喝。
蜘蛛の子を散らすように仕事に戻っていく。

ソレを尻目に変人女と話す雑誌記者。次の仕事の打ち合わせ中。
「天体衝突の危機、ねェ」何処かに取材旅行にでも、と話を進める。TVの前にはジュースをすするチーコちゃん。
ニュースに移り変わったと思うと、先程の掲示板の内容をそっくりそのまま伝えてきた。
「なーんか、現実感無いなぁ……」頭を掻く雑誌記者。窓の外を眺める。何の異常も無い、平日の夕方。
「ま、一応物的な裏付けが出てきた事だし。何かアクションあるんじゃない?」
伸びをする変人女。「さ──、もうこの辺にしときましょ!根詰めても同じなんだしさ!きゅーけーきゅーけー」
ゴロンと転がり、足元の紙袋をゴソゴソする。おいおいという雑誌記者を無視して、
「チーコちゃーん、ゲームしましょゲーム!ほれほれー」
現実感というか、まず緊張感が足りないぞお前。心の中で突っ込む雑誌記者。
360X話 星間情報運輸株式会社:2006/09/07(木) 23:38:07 ID:hv7qdo/d0
翌日。遂に緊急国連会議が召集。
全世界注目の中、選任された国連全権大使がペナンガラ星間情報運輸(株)代表と協議する事となった。

掲示板で。どうやらこの情報ツールがお気に入りらしい。

何故か書き込み、リロード中の全権大使の姿が全世界に生中継されている。
TV画面が2分割され、片方が書き込み様子、もう片方が掲示板中継。
ちなみに掲示板はまったく規制がされておらず、全世界の誰もが書き込める状態だ。(ペナンガラ側設定)。
お陰で記念カキコに始まりコピペ、宣伝、荒らしなどが横行。全人類を上げて宇宙人に恥を晒している。
しかし再三の地球側の荒し規制要請をペナンガラ側は断固拒否。そのまま超雑談交じり協議は続く。

「…………編集長」寝静まった夜、コーヒーをすすりながら中継と掲示板を見るおかじー。
「何だ」横には毛布を被った編集長。同じくコーヒー。
「………何か俺、地球人でいるのが恥ずかしくなってきました」
「我慢しろ、恥ずるなら人類をこーゆー設定にした地球の神様を恥じろ」

翌日。6時間の休憩を挟んで協議再開。
驚くべき事に、地球側は荒しの書き込みから自分たちとペナンガラ側の書き込みを抽出するブラウザを開発した。
これで何とか協議が進むと思いきや────
「うわ、国連大使が発狂しかけてるぞ」
ペナンガラ代表が荒しや他の雑談にまで反応もしくは言及、協議踊りっぱなしで本題に戻る気さらさらなし。
遂に大使昏倒。副大使が席に着いた。更に────

上空で爆発音がした。見上げると縦円盤の一部から爆炎が上がっている。同時に、
『アメリカ合衆国大統領!!120秒以内にカキコしなさい!しなければ全核弾頭自動発射!!』
突如ペナンガラ側の呼び出し。118秒でアメリカ大統領が掲示板に登場。
『貴国は協議中に無断で当方に実力行使に及んだ!』
見ると、円盤から攻撃部隊と思し人々が戦闘機と共にビームリフトで下ろされてきた。全員テープで縛られている。
「…………何故にガムテープ?」
『よって貴国に報復、ペナルティを課す!!遵守せねば全都市に三本足マシン投下!!』

米国大統領は一時間、三角帽に両手バケツで(SP警備の中)ホワイトハウス正門前で立つハメになった。
361X話 星間情報運輸株式会社:2006/09/08(金) 03:15:55 ID:TjyJ+FVG0
副大使が問う。『そちらが進路をずらすなり停止するなり出来んのか!?』
ペナンガラ側が答える。『それが出来たら交渉前にやっとるわっ!!』
3本の誘導用レールにより”ゴーレール”は安定化されており、軌道もレール敷設時に確定されるとの事。
元々”ゴーレール”は情報の集積、保存を行う為の物体であり、レール以外に軌道干渉できる手段は無い。

『大体情報とは何だ!?何が”ゴーレール”とやらの中に入っている!!』
『申し訳ありませんが、個人情報につき顧客のプライバシーに抵触しますのでお伝えできません』
『何故レール敷設前にこちらに確認を求めなかった!?』
『レールそのものも自立的に敷設されてるんで、こちらの監督ミス。スマンスマン』
『自らの手で制御出来ないモノを生活の糧にしているというのかお前達は!!』
『お前らだってそうじゃん』

「…………なんつーか、平行線ですね」
全く持って進展が無い。段々皆飽きてきた。「つーかお前ら、仕事しろって」「……ハラ減ったな」
「あ、コンビニ行って来ますわ」「あ、じゃ頼む」「俺パンなー」「俺ドンブリ」「冷麺」「あたしアラアゲねー」
────まだ変人女が居座っていた。「……お前、いいかげん帰れよ」
「やーよ、まだお祭り終わって無いじゃん」そう言いながら、一万円札をポンと雑誌記者に渡す。
「……何だコレ」「今やってるゲーム飽きたから新しいの買って来て。シンプル2000限定、お釣は絶対返却」
まだ居座る積りかい!

しょうがないのでコンビニでゲームも買って帰る。
現在夕方。街の様子は何時もと変わりない。カラスが鳴き、途中の踏み切りで満員電車が通過する。
煙を上げ通過するトラック。小学生が数人キャッキャと騒ぎながら踏み切りを横切っていく。
異常なのは、空に浮かぶ夕日に輝く縦円盤。
─────────────もしや、騒いでるのってうちの編集部だけ?
ちょっと不安になる雑誌記者。

途中の電気屋のディスプレイで最新ニュースが映っていた。どうも動きが有ったらしい。
携帯で確認しても要領を得ない。早足に編集室へ帰る。
362X話 星間情報運輸株式会社:2006/09/09(土) 04:49:56 ID:VhQzfL+M0
ペナンガラ側からゴーレール軌道変更について、条件が提示されたらしい」
掲示板の提案文書。『我々ペナンガラ星間情報運輸(株)にとっての代価は輸送物件である情報と同一であり…』
『……より価値の高い情報を我々の側に公開提供し、その価値が一定量を超えた場合にのみ……』
なんのこっちゃ?    …………と思ってたら、変人女が割り込んだ。
「要するに、何か面白い話しろって事じゃないの?」

国連の分析班による結論も、そういう事だったらしい。
『ゴーレール衝突まであと123時間!!それまでに規定価値を超える情報量をもたらしてくれ給え!!』
ちなみに規定情報価値は地球上通貨の通貨で表して”250000ペソ”。情報価値はペナンガラ側が判断する。
「…………何で、ペソ?」
「もう詮索止めとけ」

発表直後から、掲示板は大荒れに荒れだした。
国連副代表による制止も空しく、世界中からアホなジョークからグロ画像リンクまで掲示板に溢れ出す。
────────最も恐るべきは、ここまでされて全く影響が無いペナンガラ側のサーバー(?)なのだが。
だが回線自体はパンク状態で、編集部のPCからは接続しにくくなった。
「……リアルで情報について賞金が出てますね、ペナンガラ側が判断した価値に準じて国連が支払う様で」
「レートは?」「え〜……1(ペナンガラ)ペソで100米ドル、だそうで」
「ほお〜、  …………ん?今円いくつ?」「1米ドルで……約114円?」「ということは、……」

一瞬、編集部に静寂。変人女がするゲームのピコピコ音だけがする。

バタタっ、とあっという間に自分の席のPCに向かう編集部の面々。
編集長が中心で怒鳴る。「……──お前ら、ちゃんと仕事しろよ仕事!!?」


1日目。初っ端から大型賞金が出た。獲得者はブラジル、画像内容は『怪奇!アマゾン奥地に吸血植物を追う!』
「本当に出典ブラジルかこれ?」「文句言う前にドンドンアップしろ!!」「……仕事しろよ」
ただしこれで獲得は500(ペナンガラ)ペソ。少ない。全部足しても2300(ペナンガラ)ペソ。
大部分の情報は無価値と判断されて値段すら付いてない。悲惨だ。
「……ジュースでも飲むか」「あ、俺も」「俺コーラ」「カフェオレ頼む」「飽きたからドラクエ〜、中古でいいから」
………お前な……
363X話 星間情報運輸株式会社:2006/09/09(土) 05:51:15 ID:JV66QDeZ0
2日目。ロシアから大型賞金。現大統領のSMコラ。更にニュージーランドからも。大学教授の講義ビデオ。
ここまでで合計6500(ペナンガラ)ペソ。昨日よりは獲得額が上がったがやはり芳しくない。
「俺持ってるCD全部上げてみるわ」「……もう誰か試してんじゃねーか?」「……仕事しろー」
外を見ると、世間は結構慌しい。休業する店、疎開する車による渋滞。
先頃出来たばかりの民間宇宙旅行には予約殺到しまくっているらしい。
────────やっぱりうちの編集部、何処かズレてる気がする雑誌記者。
コンビニから帰ってくると、変人女がドラクエにも飽きたのかぷよぷよトーナメントを開催していた。

3日目。問題スクープが持ち上がった。
米政府首脳がケネディ宇宙空港から大気圏外へ避難するシーンが撮影、ネットに公開されたのである。
既に米軍宇宙港にVIP避難用宇宙船まで用意してあるとの未確認情報で避難轟々。そして、
『米国大統領!もう一回ペナルティ!!』
米国大統領は再度、三角帽でバケツ(代用の磁石アンカー)を持って宇宙港で立たされるハメになった。
だが。

「…………何か、主要各国のVIP連中は皆宇宙に逃亡してるようですね」
「中国内モンゴル宇宙空港でシャトル爆発、墜落…………EU宇宙空港では衝突事故まで……」
「ロサンゼルスや香港、ロンドンなんかで暴動が発生してるぞ」

天体衝突。それが今になって現実味を帯びてきた。
日本でも大阪で半狂乱の暴徒が梅田周辺を多い尽くしたらしい。
「ヤバイな……」「俺、家族に連絡してねーや……」「……でも、今更どうするよ」「だって……」「……編集長」
広がる動揺。そこに、

「お前らっッ!!!」編集長、一喝!!!
「────────俺たちの本分は何だ?」「  ……っえ、ジャーナ、リスト?」
「そうだ。この地球上における情報産業の一員だ。俺たちには情報を収集、加工、公開する能力が有る」
「世間様の状態で右往左往して如何する?宇宙人共が出してきた条件は俺らの得意分野じゃねーか」
「面白いじゃねーか、受けて立とうやこの挑戦!俺らが地球を救わんでどうする!!」
「家族が不安ならここに呼べ!一緒に最後の瞬間まで闘ってやろうじゃね──か!!!」
364ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/09/10(日) 14:37:44 ID:4AwNivbh0
応援!!
365X話 星間情報運輸株式会社:2006/09/11(月) 04:16:41 ID:pwlE77Z80
「   …………編集長」「編集長!」「おやっさん!!」「編集長──!!!」
感極まって涙まで流す編集部の面々。編集長の号令の下、気合の「エイ、エイ、オー!!!」
その背後では、ぷよぷよにも飽きた変人女がゴロゴロしていた。

4日目。とりあえず思いつく限りの面白そうなものを投入する編集部の面々。しかし、
「…………かすりもしねェ」
既に世界各国は大混乱に陥っている。戒厳令の敷かれた国は数知れず、既に国の呈を成していない所も。
とりあえず前日までに結構大型賞金は上がっていた。中国の現代中国辞典一冊分。
マレーシアの謎の恋愛小説。イラクから悪魔の詩全編(イラン大憤慨だが却下)。
スペインから牛が暴れない牛追い祭りの中継映像。ベルギーのとある市役所の男子便所盗撮画像。
イギリスからはエクストリームアイロンがけのエベレスト頂上動画。
そしてアメリカからは────……無修正児童ポ○ノ動画。

「国辱モノだな」「…………まさしく」
「というか判定基準が全く見えてこないんだが……」
ここまででようやく合計が150000(ペナンガラ)ペソ。やっと3/5。「明日が期限だというのに……間に合うのか?」

掲示板内ではこの編集部に限らず、あちこちで情報提供チームが結成されている様だ。
中にはどこぞの政府主導の情報機関やらコミュニティ素人集団やら、まさしく有象無象の群れ。
回線の込み合いは大分少なくなった。────皆諦めて自分の身の振り方を考え始めたのだろうか?

会社は既に営業していない。
編集部に家族や恋人まで連れてきて泊り込み。部内は既に死屍累々。雑誌記者も机に突っ伏している。
────────と、変人女が何かPCで作業している。横にはチーコちゃん。
「…………どした〜?遂にネトゲでもし始めたか?」「んん〜?ちょっとね」
直ぐにウインドウを閉じてしまう。ネットサーフィンでもしていたようだが…………
「ぶおっ!!?」

掲示板チェックしていたおかじーがコーヒー吹いた。何事だ!!!?
「い、15000(ペナンガラ)ペソ!!?何だコレ!!?」「何ィ!?このmpgがか?誰だコイツ何処のチームだ!?」
366X話 星間情報運輸株式会社:2006/09/11(月) 05:08:52 ID:pwlE77Z80
「お、いい値付いたわね〜」

      …………  お 前 か い っ !! 

「一体何上げたんだ!?」「ん〜、その辺で拾ったアキバ系電波ソングのフラッシュ。エロゲらしいけど」
うわーい国辱モノー。

「……お前、マジですごいな」「ま、ね」
あの後、変人女は何故か精力的にファイルを編集しては上げていく。大小含めてこれで7つ。
そしてその何れもが大型賞金を獲得していた。これで全体合計190000(ペナンガラ)ペソ。
内容は海上自衛隊機密文書(マユツバ)やらチュパカブラのDNA解析データやらナマズのグラビアやら。
中でも一番の獲得額が、ファイルではなく変人女の一言ギャグ投稿、

  『隣の姉はよく客食う姉だ』  しめて20000(ペナンガラ)ペソ。

『寒い…………寒いぞ………』『ヤツのスタンドはペギラか?』『何か悲しくなってきた……』
富と名声と世界の為に奮闘する世界中のネット住民の皆様、申し訳ありません。
コイツ天才ですけどバカなんです。謝る筋合いはないけど申し訳ない気持ちで一杯です。
「ま、世の中って宇宙でもこんなもん、ってコトで!」 「……へいへい」

遂に運命の5日目。
この日に目標額に達しなければ、地球の運命が終わる。
編集部は遭難中の漁船状態。PCは付きっぱなし。水道をひねるとちゃんと出た。この状況下でオドロキだ。
昨日から貫徹で変人女はファイルを上げまくっている。全体合計225000(ペナンガラ)ペソ。
恐るべき獲得額だ。もしこのままゴーレール回避できれば、コイツは一気に億万長者&地球的英雄になる。
───────しかし、昼頃変人女が初代スーパーマリオ(改造版)をアップした所で、事態は急変する。

「あきた」
「へ?」「そーいやドラクエまだ隠しダンジョン見てなかったわね、チーコちゃん、一緒にやる〜?」「やる」
「いやちょっと待て!?お前地球はどうすんだ!?地球無くなったら賞金もらえないぞ!?」
PS2の電源を入れ、横にチーコちゃんを座らせながら変人女は云う。
「ん────…………いや、どっちでもいいし」
367X話 星間情報運輸株式会社:2006/09/11(月) 06:09:14 ID:rx3woIOo0
凍りつく編集部。
正直日付が変わってから変人女の快進撃に皆ヤル気を無くし、皆眠気眼だった。何もやってない。

雑誌記者がPCに近づき、掲示板に変人女がヤル気を無くした旨を書き込む。
掲示板の他チームも編集部同様、快進撃を静観していた。英雄の獅子奮迅を見物するように。
多分、皆何もやってない。
────────…一分ほどして、リロード。


……かくして。
およそ考えられうる中で最高にまぬけと思われる、

対宇宙人”最終戦争”『ラグナロク』が始まった。



「だあああああ回線が重い!!」「おかじー画像抽出出来た!」「そのまま上げろ!!」
大騒乱の編集部。もう半日も無い。ああ太陽が黄色いぞ。「おい!北米チームとファイル交換出来たか?」
既に各情報提供チームともなりふり構わず提携協力している。現在236000(ペナンガラ)ペソ突破!
「あ、見てみて〜」「何だ!?」「ほらホラ、隠しボスの神様出た」「だあ〜!!も────!!」
既に編集部というか人類皆いっぱいいっぱい。

一人駆け込んできた。「おい!お前ら外見ろ、空!!」
傾いた太陽。なのに空が異様に明るい────────北の空に、真っ赤な天体が見えた。
”情報集積輸送体”ゴーレールだ。周囲に黒い誘導レールも見える。
「地球の大気が、照らされてるんだ」空には、同じく照らされたペナンガラ星人の縦円盤が見える。

真っ赤に染まる空。街のあちこちから嘆きの悲鳴が聞こえる。
「へ、編集長……俺もう……」「気を確かに持て!地球の運命がかかってるんだぞ!!」
避難してきた家族まで巻き込んでおおわらわの編集部。その中でドラクエをする変人女。
──────ふと、思いついて聞いてみる雑誌記者。「おい」「ん?何〜?」
「───何、考えてる?」
368名無しより愛をこめて:2006/09/11(月) 07:32:20 ID:D3duN8ao0
変人女がやってるドラクエは「1」かと思ったら、隠しダンジョンのボスが「神さま」なところを見ると「7」か。
デミウルゴス……グノーシス主義……偽りの神、うーーん。
何かの伏線ではないかと、深読みし過ぎのワタシがいる(笑)。
369X話 星間情報運輸株式会社:2006/09/12(火) 05:39:17 ID:ZsYHfUhC0
考えてみれば、変人女は何時も本当にヤバい事件には本気で関わり、取り組んできた。
いつも脇に居て右往左往してる雑誌記者には良く分かる。それが、今回は────

「何のコト?」「しらばっくれんな。この非常時にお前のその態度──…、怪しすぎだ」
「…………ふふん」ハナで笑いやがった。
「言ったでしょ?お祭りだって」ポテチを箸でつまんで口に放り込む変人女。
「分からん」胡坐をかいた変人女の後姿を睨む記者。
「終わらないお祭りも、片付けしないお祭りも存在しないの」
ポテチをむっしゃかむっしゃか食いながら話す変人女。

窓の外がどんどん赤くなっている。天蓋のゴーレールがどんどん膨らんでいく。
「現在247000(ペナンガラ)ペソ!!あと40分!!」「デカいのラッシュ、いくぜ───!!」

 ブ ツ ン 。

いきなりPCの電源が切れた。同時に外に一瞬閃光が走る。
変人女の使うTVも一瞬切れて、すぐに付いた。ニュースをやっている。
『えー先程米国大統領がペナンガラ星間情報運輸(株)の円盤に対し、核攻撃を行った模様です。被害は……』
『合衆国大統領!!3回目ペナルティ!!おしり百叩き!!あと貴国からのアクセスを規制させてもらう!』

編集部のPCを見る。全部再起動、しかも不正終了の為エラーチェック中。
作業中だったから保存なんてしちゃいない。

「……」「…………」「……あ…………」「……──────…」「………」「……」「………終わりだ」
『うわああああああああああああ────────────ああああああ!!!!??』

心の何処かの変な袋の緒が切れたように絶望の嗚咽を吐き出す編集部。雑誌記者も呆然。
「あー、核爆発による電磁妨害が入ったのねー。ったく余計な事してくれちゃってー」
変人女PS2再起動。「おー無事じゃん、セーブしといて良かった!やるわねソニー」
またドラクエ始めてやがる。「さー、サクサク進めましょーか」

変人女の背後の編集部は絶望に真っ赤に染まっている。小坂がプラトーン状態になっていた。
370X話 星間情報運輸株式会社:2006/09/12(火) 06:21:42 ID:EraAG8nz0
「まだだ!まだ諦めんぞォ────!!」編集長は最後までヤル気だ。一人で作業に取り組んでいる。
何処からか賛美歌が聞こえてくる。  …………おかじーがバチカンのHPを開けて聞いていた。
「死ぬ前にもう一回会いたかったよママ……」

どんどん真っ赤に染まる空。天蓋一杯に”ゴーレール”が広がる。
変人女の横に力なく座る雑誌記者。変人女は操作に忙しい。チーコちゃんは寝転がって見ている。
ぼんやりゲーム画面を眺める。「……────ホレ、飲む?」変人女がコーラを差し出した。
生ぬるいコーラを一気に飲んで、一息。でっかいゲップが出た。
「この世の終わりってのに、最後がお前のゲーム鑑賞かよ…………」
「ま、いいんじゃない?それに他の星に転生できるかもよ?冥王星の菌類とか」「御免こうむる」

「しっかりしろ岡島ー!!残り10分も無いぞー!!?」
背後で編集長が叫んでいる。おかじーは何か協会の神父みたいに編集部の皆に説法していた。
もう空は真っ赤だ。地平線の向うに誘導レールが見える。
変人女のプレイを見つめる記者。何時の間にやら、心の中は静かになっていた。
自分と、変人女と、チーコちゃん。並んでTV画面を眺める。

ふと、出る言葉。

「なあ」「……ん?」
「俺、お前に会えて良かったって思ってるよ」
「……ふーん」

時計を見る。もう残り5分も無い。
外は血の様に赤い黄昏。ラグナロク終焉まであと数分。


「……なあ、俺、お前の事が

言う口を、変人女の人差し指が塞ぐ。
ゲーム画面を見ながら、変人女がほんの僅かに微笑った。
「……その言葉、来世にまで取っときな」
371名無しより愛をこめて:2006/09/13(水) 07:46:04 ID:mg+LSWQ50
名物キャラの変人女にとうとうラブロマンス勃発か!?
と、いうわけで応援!
372名無しより愛をこめて:2006/09/13(水) 14:49:49 ID:3ucR79/lO
今更だが……………









ヒネモスカワイス
373X話 星間情報運輸株式会社:2006/09/14(木) 05:26:50 ID:Ew7LHGXx0
窓からの光で真っ赤になった編集部。静かに目を閉じる雑誌記者。
天は赤く赤く輝き、地にあるもの全てを染め上げる。泣く者も叫ぶ者も皆血の黄昏に絶句していった。
巨大な赤い天体が空一杯に膨れ上がり、地平線に下りて、

全てが終わりゆく赤い世界に飲み込まれ────────




………………

………




「……………あれ?」

目を開ける雑誌記者────瞳に慣れた光が飛び込む。蛍光灯の光。
辺りを見回す。見慣れた編集室。皆はまだ伏せていたり、頭を抱えたりしている。
横を見ると変人女の横顔。にやにや笑っている。「……ふふん、気が付いた?」「へ?」

編集室の奥でおかじーがキョロキョロしている。編集長が起き上がった。「…………あれ?どうなった?」
窓の外を眺める。 …………ペナンガラ星人の縦円盤が、暗くなった空に浮かんでいる。

『”アッソ”の皆さん!”情報集積輸送体”、ゴーレールの通過は無事完了いたしました!!』
『加えて我々ペナンガラに対し有益な情報提供感謝いたします!!』
『今後星間宇宙における情報輸送には是非、ペナンガラ星間情報運輸(株)をご利用お願い申し上げます!!』
『それでは皆様、おたっしゃで〜〜〜!!!』

ぷいっ。
次の瞬間、スカすのに失敗した屁の様な音を立てて、ペナンガラ星人の縦円盤はいずこかへ消えていた。
374X話 星間情報運輸株式会社:2006/09/14(木) 05:57:07 ID:Ew7LHGXx0
後に残るのは、いつも通りの日没後の見慣れた町並み。

「「「…………は?」」」

編集部皆の口が揃って塞がらない。全員硬直立ちっぱなし。
「さあ〜て、丁度神様倒したし。チーコちゃんジュースいる?」「あい」「いつものファンタ?」「あい」
変人女だけがゆらりと立ち上がる。「ホレ、あんた何?スプライト?よーし決まりっ」
ポケットの小銭をジャラジャラ鳴らしながらすたすた出口に向かう。
「ホラ皆、お祭りは片付けるまでがお祭りなんだからちゃ〜んと気合入れなさいなー!?」
バタン。ジュースを買いに出て行った。

「えぇ…………!?」編集長が肩を落としながら、それでも口開きっ放し。
────横のPCにあの掲示板。人類の獲得した賞金、249983(ペナンガラ)ペソ。
そのカウンターが、ひっそりと250000(ペナンガラ)ペソに廻った。



一週間後。
「ひゃ〜いやっほ〜」と云いながら変人女が編集部にやってきた。溜息混じりに挨拶する記者。
「何だ?呼んだ覚えないぞ?」「ん〜、ちょっとね」
そう云いながら応接ソファに座りTVを付ける。また居座る気か?TVはニュースをやっている。

一週間でよくもまあ見事と思えるほど世界は回復した。破滅的な破壊は何処にも起きなかったらしい。
崩壊しかけた国も数カ国を除き復帰。予想された難民等も殆ど無かった。
逃げ場の無いこの世の終わりに際して、どうも人類は皆”最後まで日常を保つ”という行動を取っていた様だ。
経済の混乱も一昨日昨日でなんとか安定した。混乱したとすれば────宇宙に逃げようとした人々。

成層圏で事故が起こったり、帰ろうにも便が無かったりと、散々な目に遭っているらしい。
最たるものが、合衆国大統領────マスコミに避難され、議会から不信任案が提出されたらしい。

「……───悲惨だな」「ま、因果応報って事にしときましょ」
何かゴソゴソしてると思ったら、袋からコンビニ冷麺出して喰ってやがる。
375X話 星間情報運輸株式会社:2006/09/14(木) 07:03:52 ID:A37oL0Zh0
ニュースの内容が変わる。…………あのペナンガラ製怪天体”ゴーレール”の事だ。
いまだ科学者の間で正体についての議論が収まらないらしい。NASAも沈黙を守ったままだ。

「おい」「……何?」「 …………いい加減本当の事話せよ」
「……何のコト〜?」「とぼけんな。お前ああなるの知ってたんだろ?」「 ……ふふん。ま、ね」

NASAが観測した”ゴーレール”。巨大な質量が観測されたというのだが────
発表済みの観測重力子をビジュアル化した画像。これが妙だったのだ。
「観測質量が妙に偏ってたのよ。で変だと思ってたら────ホラ」
”ゴーレール”誘導レールの位置を重ねる。見事に質量の偏りとレールの位置が一致した。
「多分”ゴーレール”の位置に反応して重力子、すなわち質量がレールに発生するんじゃないかね?」
「じゃあ待て?観測された質量がレールの分だとしたら、当の”ゴーレール”の質量は?」
「んー、ぶっちゃけゼロなんじゃない?つまりスッカスカ。衝突時もスルー」
「待て、マジか?」
「マジ。今頃NASAでも議論中なんじゃない?何処の誰よこんな判断ミスしたのは?」

眉間を押さえる雑誌記者。
「待て待て、じゃあ何でペナンガラ星人達は立退きやら変な情報やら要求してきたんだ?」
「からかわれたんじゃない?」
「……人類丸ごと?」
「そ」


頭を抱える雑誌記者。
「惑星単位で釣られてたのかよ…………」「ま、よい経験ってことで」
「とっとと言ってくりゃいいのに……」「ま、アレだけじゃ確証不足だしねー。云ったって皆半信半疑でしょ?」
だから祭りかと思って楽しんでた訳か。周りの様子見て楽しんで。
「ホントに地球滅亡だったらどうする積りだったんだ?」

「ん〜、彼らの行動がいかにも不可解だったんでね?まあ地球滅亡みたいな事態にはならないと踏んだんだけど」
確かに天体衝突その時までダジャレやアホ画像の投稿を受け付けていた。
規定情報量獲得を確認してから”ゴーレール”停止までのタイムラグを考えると、確かに妙である。
376X話 星間情報運輸株式会社:2006/09/14(木) 07:43:59 ID:A37oL0Zh0
「只────星間情報運輸うんぬん、ってのは嘘じゃないって思うんだけど」
「何故そう思う?」「んー、あの”ゴーレール”誘導レールのコト、なんだけどね」
変人女の推測によれば、あのレールはペナンガラ星人の高度な情報管理ツールではないかという。
”ゴーレール”の様な実体の無い赤い天体としての情報保存・輸送の他にも使い方があるのではと。
「ほら、”ゴーレール”通過時ってつまり3本のレール内に地球が入っていた訳でしょ?」

変人女が何処かのサイトを開く。あの掲示板のログやなにやらを纏めた倉庫だ。
掲示板自体はペナンガラ星人の円盤が消えた数分後にweb上から消失していた。しかし────
掲示板消失数秒前。すなわち”ゴーレール”通過後に謎の賞金が入り、250000(ペナンガラ)ペソに達していた。
そして、その賞金の入った時の掲示板の書き込み。ペナンガラ側から、

『”アッソ”の時価、願いましてーは〜(以下、よく分からん妄言の羅列の為中略)
                       〜……では!?(回答)17ペソ!!』

「…………つまり?」
「地球がレール内通過時に、レールで地球をスキャンして、それでこの値段を出したんじゃないかって、ね」
地球が17(ペナンガラ)ペソ。……えらい買い叩かれたのやら何やら。
「全部お前の妄想だろ?」「……ま、その可能性のほうが高いけどね」
「それに星間なんたらてのが正しいとしたら、人類の恥ずかしいオタカラが宇宙を飛び回ってる事になるぞ」
「いいじゃん」

「よかねー。大体何だ?今日お前何しに来たんだ?また暇つぶしか!?」
「あ、そーそーこないだの騒ぎでPS2此処に忘れてたのよ。取りに来てついでに昼ごはん」
「……ああ、アレか」机の横からPS2入りの紙袋を出す雑誌記者。「ホレ、持って帰れ」

「あ、立ったついでにジュース奢ってー」
「何で奢るんだよ。お前あの国連の賞金はどうした?結構な額になる筈だろ?」
「いや、アレ全部名無しで書き込んでたからね〜。それに手続き面倒臭いし」
あの賞金全部パア。豪快というか無頓着というか。そういえば編集部にはいくらか支払われたのだろうか?
「じゃ、あたしコーラね〜!あ、ダイエットはだめよ」
へいへい、と云いながら席を立つ雑誌記者。変人女は箸を振る。
377X話 星間情報運輸株式会社:2006/09/14(木) 08:03:55 ID:A37oL0Zh0
ビル一階でジュースを買いながら考え込む雑誌記者。

もし、変人女の云う通り、ペナンガラ星人達が”情報”を輸送して生計を立てている流浪民族だとしたら。
自分があの掲示板に上げた恥知らずな画像や動画やダジャレの数々。
それがあの三本のレールにしっかり保存されながら、広い銀河宇宙を旅している事になる。


更に。もしあの時全地球がスキャンされていたとしたら。
”ゴーレール”通過直前、自分が変人女に言い放った、あのこっぱずかしい言葉とあの思い。
言葉は変人女が止めてくれたが、もし頭の中までスキャンされていたら。

アレが全部、まるっと全部宇宙の果てまで────────




自販機の取り出し口に、ダイエットコーラの缶が落ちてきた。
雑誌記者はとりあえず、

考えない事にした。
378X話:2006/09/14(木) 08:06:34 ID:A37oL0Zh0
勢いで書いてたら変なのが出来上がった( ;゚Д゚)age
379名無しより愛をこめて:2006/09/14(木) 12:23:21 ID:ffhGT5qk0
>>378
ほんとに「勢いだけ」?
ドラクエが出てきたあたりから「変人女はゴーレールが見かけどおりの物ではない」と見破ってるんだと思っておりもうした。
つまり「質量のデータもインチキ」なのか「質量はあるがぶつかっても何ともない物質」だと。
それでドラクエをやってみせることで「雑誌記者」にヒントを出してるんだとばっかり。

……と、いうわけで応援!
380遊星より愛をこめて ◆Ep12/emeBU :2006/09/14(木) 20:01:45 ID:W9Gg+pbu0
こんばんは、遊星です。自分のコテは誰か他の人も思い付きそうなんで
トリ付けました。
えー、恐らく本日中に一作投下できるかもです。ちなみに、今までのような
一括投下ではなく、X話氏のように連載形式(?)になります。ご了承を。

>>X話氏
相変わらず面白うございます。
そこまでのユーモアのセンスは私には・・・・・
381X話:2006/09/15(金) 06:23:53 ID:+YoNdPn60
>>379
いや、ドラクエ神様は偶然w
>>368で指摘されて「あ、そう取られるか」と思ったし。
基本的にギャグ編は勢いで書いてます。ノリノリで。

>>380
よろしくおねがいしまっす。
382名無しより愛をこめて:2006/09/15(金) 07:24:32 ID:gWP5xXhA0
投下時期は明言できませぬが、ワタシも駄文を構成してみませう。
X話氏の言葉がヒントになったヤツをば。
純ファンタジーにするか、それともある程度活劇的にするか?
思案のしどころにござる。
383遊星より愛をこめて ◆Ep12/emeBU :2006/09/16(土) 01:28:13 ID:h/U9Zg+k0
えー、お待たせしました。
本日と言いながら一日ほったらかしにしてしまいましたが、
とにかく投下します。
384遊星Q「第三惑星の追跡」 ◆Ep12/emeBU :2006/09/16(土) 01:30:52 ID:h/U9Zg+k0
夏のある暑い日。
太陽光がじりじりと照り付ける道を、二人の男が歩いていた。
    キシダ リンイチ                        コゴシロ ショウヘイ
一人は岸田 林一、警視庁捜査一課の警部だ。もう一人は凍城 昭平、岸田警部の部下の刑事である。
舗装された地面からムンムンと熱気が伝わってくるため、二人は汗だくである。
「今日も暑いっすねぇ」
凍城刑事が岸田警部に話しかけた。岸田警部は呻くような声で答えた。
「あぁ。こりゃまるで拷問だな」
汗をかきつつも、凍城刑事は笑って答える。
「そうっすか?それは流石にオーバーなんじゃないっすか?」
汗を吸いすぎて濡れ布巾のようになったハンカチで顔を扇ぎながら、岸田警部はまたしても呻き声を上げた。
「うぅ・・・・いいなぁ若いってのは。俺はもう死にそうだ。また若い頃に戻りたいよ」
「死にそうって・・・・・大丈夫っすか?どこかで休みましょうか?」
「あぁ・・・・それが良いな。ショーヘイ、どこか良い場所知ってるか?」
「はい、この近くに喫茶店があります。そこなら冷房も効いてるし、それから旨いアイスがあるんすよ」
アイスと聞いて、岸田警部の目が輝いた。
「アイスか、そりゃいいなぁ。じゃ、早く行こう」
「どうしたんすか、急に元気になって」
「俺はアイスが好きなんだよ。多い時は5、6個食うぞ」
「よく腹が痛くなりませんね・・・・・あ、ところで」
「何だ、何かあるのか?」
「岸田警部ってまだ結婚してませんよね。どうしてです?」
「何だ突然。アイスと全く関係ないじゃないか」
「まあまあ。それよりも、どうしてなんです?」
岸田警部は暫し黙り込んだ後、意を決したように口を開いた。
385遊星Q「第三惑星の追跡」 ◆Ep12/emeBU :2006/09/16(土) 01:32:34 ID:h/U9Zg+k0
「俺な、今まで本気で好きになった人が一人しかいないんだ」
「え、それって初恋の相手以外に好きな人が出来なかったと、そういう事ですか?」
「ああ、そうだ。俺は相手に告白してないし、相手は俺を振ってない。だから・・・・」
「諦めがつかないという事ですか?」
岸田警部は少しばかり顔を赤くしながら答えた。
「うん・・・・まぁそういう事になるかな」
「ところで、それは誰なんです?」
                カスガ ユキ
「・・・・・・俺の幼馴染でな、『春日 由貴』って言うんだ。今は確か・・・・声優か何かをやってるって聞いた」
「て事は、リンさんとその春日って人は最初から最後まで幼馴染としての付き合いだった訳っすね。じゃぁ、どの位の間
 付き合ってたんすか?」
「子供の頃からずっとだ。4歳ぐらいから一緒に遊んでたらしい。それから、小学校、中学校、高校まで一緒でな、その後
 大学へ進学する時に別れたんだ。それからはずっと会ってないな」
「すると・・・・今リンさん42歳だから、24年間もずーっと会ってないんすね。それで諦めきれないと」
凍城刑事は悪戯っぽく笑った。それを半分無視して、岸田警部は独り言を言った。
「俺とは仲良かったからなぁ。あの写真撮った時にでも告白しておけば少しは変わったかも知れんのに・・・・あぁ、あの頃に
 戻りたい」
「?あの写真て何すか?」
「え?写真?・・・ああ、卒業式の時に2人で撮った写真だ。いつもポケットに入れて持ってるんだ」
「へぇ。大切にしてるんすね、その写真」
「ああ。俺の宝だ。しかし出来る事なら、由貴ちゃんとはまた直接会って話したいよ」
「24年目の再会、って訳ですか。いいっすねぇ」
「バカ。からかうなよ」
そうこう話しているうちに、目当ての喫茶店の近くへと辿り着いた。
「そう言えば、リンさんってどんなアイスが好きなんすか?」
「んー?一番は・・・・チョコミント」
「へー。意外っすね。てっきり『俺は小倉のアイスしか食わねぇよ』とか言うのかと思ってました」
「お前・・・・今まで俺をどういう目で見てたんだよ」
386遊星Q「第三惑星の追跡」 ◆Ep12/emeBU :2006/09/16(土) 01:33:53 ID:h/U9Zg+k0
とその時。
喫茶店を通り過ぎた先にある曲り角から、銃声が聞こえてきた。それから数秒後、1人の若い女性が走って逃げてきた。
2人を見つけると、一瞬立ち止まって驚いたように2人を見て、その後こちらへ走ってきた。
「お願いします!助けてください!」
突然の出来事に、岸田警部は訳が分からなかった。
「一体どうしたんです!?さっきの銃声は何ですか!?」
「あの・・・その・・・銃を持った奴に・・・・・」
その女性が言い終わらないうちに、凍城刑事が声を上げた。
「リンさん!来ました!」
先程女性が走ってきた曲り角から、ライフルを持ち、兵隊の格好をした男が現れた。
「何だあいつは?」
「兵隊・・・っすかね?」
2人が途惑っていると、兵隊はライフルを撃ってきた。幸い狙いは外れたが、背後でアスファルトが弾け飛ぶ音がしたのを
岸田警部は聞き逃さなかった。どうやら相手は実弾を使っているようだ。
「そっちがその気なら・・・・・おい、ショーヘイ、やるぞ」
「はいっ!」
2人は拳銃を取り出した。それを見て、兵隊は立ち止まった。
「ショーヘイ、奴のライフルを撃ち落とすんだ」
「分かりました!」
凍城刑事は拳銃を構え、撃った。
387遊星Q「第三惑星の追跡」 ◆Ep12/emeBU :2006/09/16(土) 01:35:03 ID:h/U9Zg+k0
バヂン!という音がした。そして、兵隊の腕から火花が飛び、ライフルだけでなく、腕ごと地面に落下した。
「な、何だあいつ?機械の腕か?」
と、先ほどの女性が言った。
「あいつはロボットです!全身機械で出来ているんです!」
それを聞いて、2人は納得した。
「なぁるほど。だったら手加減はしないぞ!」
岸田警部も発砲した。再び、バヂン!という音がして、今度は人間で言う心臓の部分から火花が飛んだ。
その直後、兵隊は後ろに倒れ、動かなくなった。
3人が恐る恐る近寄ってみると、確かにそれは紛れも無くロボットであった。しかも、素人が見ても分かるほど非常に精密に
作られている。
「こりゃ人間の作ったものじゃないな」
「とすると、宇宙人っすか?」
「もう勘弁してほしいんだがな。とにかく、この人を警視庁へ連れて行こう。おいショーヘイ、ここは危険だから、誰か別の奴を
呼んでくれ」
「分かりました」
凍城刑事は携帯電話を取り出し、電話をかけ始めた。

岸田警部は、黒い煙が少し上がり、バチバチと火花が飛んでいるロボットを見て、また一騒ぎありそうだ、と思っていた。


「第三惑星の追跡」

388名無しより愛をこめて:2006/09/17(日) 04:24:24 ID:qF3B3Dnm0
オーエンage
389名無しより愛をこめて:2006/09/18(月) 11:01:50 ID:PNvusIX30
応援!!
390名無しより愛をこめて:2006/09/19(火) 11:30:26 ID:TBlV2hPU0
応援!!

遊星さんが書く
岸田警部の今後の活躍!期待します。
391名無しより愛をこめて:2006/09/20(水) 04:47:37 ID:DjKAiX7h0
応援
392X話:2006/09/21(木) 03:41:32 ID:Foh7FD2r0
んー、時間掛かるなら投下してもいいですか?
連載が被るのはまずかろうと自粛してたんですが。
393名無しより愛をこめて:2006/09/21(木) 07:23:21 ID:ycM7Urd40
遊星氏ではないのですが、かぶってもいいのでは?
さすがに三作以上の同時進行はムチャだと思いますが、二作程度の平行なら互いが3スレから5スレ程度のブロックで投下するならさほど読み難くくもならないかと。
それに……同時進行なら話の一分をワザと被らせることもできましょう。
同じ異変が原因で違う場所に起こったふたつの事件を被らせるとか。
岸田警部と変人女が同一時間軸に立てますよ。
394遊星より愛をこめて ◆Ep12/emeBU :2006/09/21(木) 19:38:10 ID:zWMgZ/7/0
どうも、遊星です。
申し訳ありません。訳あって今月はどうも書き込めそうにありません。
なので、お先にどうぞ。
恐らく来月には復活します。
395X話:2006/09/22(金) 04:49:19 ID:avY6LXxS0
了解です。明日にでも投下します。
396名無しより愛をこめて:2006/09/23(土) 23:49:29 ID:JUTZUzHkO
>>393
それは素晴らしい!
夢のコラボレーションってやつですね。
ともかく見るだけの分際ですが陰ながらライターの皆様を応援しております。
397第X話 彼方からの彼女:2006/09/24(日) 05:13:11 ID:Q7rZD3Gj0
閑散とした平日の公園。その片隅に小汚い公衆便所。
薄暗い中には2、3匹の小バエが螺旋を描いている。差し込む光は奥の小窓と入り口のみ。
────入り口が急に翳った。男が入ってくる。ラフな格好だがだらしなくは無い。
「……──だから言ったろ〜キタネって。イヤならとっとと出て来いよ?」
入り口で誰かと話し、一人で入ってきた。薄汚れた白陶器の前に立つ。
流行の曲のサビを鼻歌でリピートしながら、社会の窓を開放する。小バエが迷惑そうに数匹飛んだ。

『…………ポッ、ポッ、ポッ、ポッ』
何だ?何処からか、聞いた事の有る音がする。人工的な音だ。鼻歌が途切れる。
『…………ポッ、ポッ、ポッ、ポッ』
何処で聞いた?カーラジオ?信号の横断時の音?ポットのお湯が沸けた音?……いや、コレは
『…………ポッ、ポッ、ポッ』

────────そう、時報だ。
『ピ────ン!』
ズゥバン!!いきなり一番奥の個室が開く。そこからのっそりと何かが出てきた。

汚物のカタマリかと思ったが、違う。巨大なリュックに埃っぽい外套。三度傘みたいなものを被っている。
こっちを見た。ゴーグルにマスクをしている。背中に回るアンテナが見える。リュックの中は機械らしい。
外套から伸びた手がマスクを外した。意外と人間らしい手と口が見えた。じっとり周りを見回す。
「…………何で男子便所なのよ。オマケにくっさいし」
ガッシャガッシャと音を立てて、その人間らしきものは出口へと向かう。通り過ぎた直後悪臭が鼻を突いた。
「あ、お気になさらず。ごゆっくりとお楽しみクダサ〜イ」
……手をひらひらさせて、その人間は表へと出て行った。

男が一分位後に出ると、ツレの女が待っていた。先程の人間の事を聞くが、見てないという。
言いながら足元で何か転がしている。紫と茶色のマーブルゴムマリ、といった物体。
「……何だこりゃ」「知らない、何か奥の個室から転がってきたんだけど──何か付いてくんのよ」
知るか、といって蹴飛ばす男。近くのクズカゴに見事にゴール。そのまま去っていく二人。

暫くして、クズカゴが風もないのに倒れた。ゴムマリがぽてりと転がり出る。
──────ぐにゃりと曲がると、恐ろしく早い尺取運動で動き傍の藪に消えた。
398第X話 彼方からの彼女:2006/09/24(日) 06:58:30 ID:6FjC5Yb20
PC画面を見る雑誌記者。何かの文章に図版が添えてある。
右手で眉間を押さえて、左手に携帯お電話。「……お前な」『────何よ』
「…………またペンネーム変える積りか?」

『噂の心霊スポット・大髪峰トンネル大検証! 文:蘭玖楽人』
「何て読むんだコレ」『”らんく・らくと”。分かんない?有名所のをもじったんだけどね〜』「……わからん」

これで通算何回目だろうか。変人女は事ある毎にPNを変えるクセがある。
代原・代筆時はもちろんの事、単発記事はおろか連載中にまでほいほい変える。文章のクセまで変える丁寧さ。
おかげで読者は煙に巻かれ、ファンレターやメールなどは分類が大変…………でもない。
ただし変人女宛のレターケースは宛先不明郵便物を放り込むゴミバコと化している訳だが。
これまで使用したPN。例えば、”角峰仏一”、”静俣 狭”、”峰山 溜”、”火金枯”、”伏見はるぴこ”、
”マゲワッパ・ジェンシー”、”ダイバブラダッダ・ナランチャ・シェスタコビッチ”等々 ……──何人だお前。

「何〜?前のはあからさまでマズいからって云ってたじゃん。それともそのまんまで行く?」
「……いや、いーよ。これでいい」まあ、前よりはマシだ。編集長だって慣れたもんだ。
とりあえず記事を買い取る。原稿料の振込み日を確認し、電話を切った。背伸びをする。もう夕方だ。

────────そういえば、自分は変人女の本名を知らない。
初めて事件現場で会った時。初めて持ち込んで来た時。全て偽名かペンネームだった。
知っているのは、妙な古い洋館を持っている事、変なコネを持っている事、そして変人で、天才な事。
想像するに、結構なお嬢様ではないかと思われる。────にしたってあの無頓着さは無いが。


そんなヘンな事をそぞろに思いながら、自分のアパートに帰宅する記者。階段を上がる。
眉を顰める────────踊り場に、粗大ゴミが転がっていた。正確には、ボロ布の山。
ニョキニョキと金属製の棒が突き出ている。近づくと、────やっぱりよく分からない。何だコリャ?
しかし自室はゴミの向うだ。意を決して大股で跨ぐ。コンビニ袋が少し触れた。

ふう、OK。溜息をつく。大家さんに電話して除去して貰わねば。カギを出しながら扉に近づく。
399第X話 彼方からの彼女:2006/09/24(日) 07:38:20 ID:XWDhdnkq0
…………────失っつ礼ねー。声掛けるとかしなさいよ」
ゴミがしゃべった!?驚き振り向く雑誌記者。ゴミの山から───────
────ゴーグルを掛けたふくれっ面の、人間の顔が覗いていた。


「んん〜、おじゃましま〜っす」
ゴミのカタマリに見えた人間が、部屋のカギを開放すると同時に侵入してきた。
「ちょ、何な」「ふぃ〜疲れた疲れたぁー」居間に上がりこむと、背中の巨大なリュックを下ろす。埃が舞った。
「待て、何なんだお前!?」「まーまー落ち着いてって」傘を外し、外套をバサリを畳む。埃っぽい。
携帯を手に取る雑誌記者。その手を押さえるゴミ人間。「止めろつってんのよ」
よく見ると、装備品を全て外し終えていた。どっかのサファリスタイルといった趣の服。むっちゃ汚いが。
「オフロ借りるよん?」風呂へ向かうゴミ人間。

ピシャリを風呂場の戸が閉まる。横のリュックを見ると、何か汁がモレていた。しかも青緑色。
風呂場へ向かう雑誌記者。「おいお前、ちょっと!」勢いよく戸を開ける。
────────中で、ゴミ人間がサラシを解いていた。ふくらみが二つ見える。
「…………お前、女か?」「……そーよ」記者の顔に投げられるサファリ服。「クリーニングしといて」
触ると何かベタベタヤニっぽい。一体どんな生活を────────って、それ所ではない。
「おい!リュックから何かモレてんぞ!?緑色の!」「あーバッテリー液?また漏れたの?んもー」
んもーて。何でリュックの中にバッテリー?


最終的に雑誌記者の変えのワイシャツとパンツを借りて、ゴミ女は風呂場から出てきた。
「……で、お前は一体何者なんだ?」────その言葉に、ゴミ女がきょとんとした。
「ホントに分かんない?」「は?」「あったこと無い?あたしに」「───無いぞ」「ホントに!?」
考え込むゴミ女。記者の服がギリギリ小さく危なっかしい。相当な長身だ。ボブカットがさらさら揺れる。

「……あ、」何かに気が付くゴミ女。準危険物リュックから何か取り出す。
「──────コレでも分かんない?」そう云った顔には、黒縁眼鏡が掛かっていた。
「──あ、」…………気が付いた。その喋り、その態度、風貌、そしてメガネ。
髪型こそ違うものの──────其処に居るのは紛れも無い、変人女だった。
400名無しより愛をこめて:2006/09/25(月) 05:30:39 ID:sec7sK1F0
あげ
401ケロロ少佐 ◆uccexHM3l2 :2006/09/25(月) 10:48:15 ID:VnsNauTH0
今回も期待してよさそうですね!!応援します。

前回の話の掲示板上で行なわれるファーストコンタクト、私、大好物でした。
>358での栄えある第一声の『市ねボケ』は最高ですネ。
と、大統領の罰ゲームもいかにも米さんがやりそうな事で…
402名無しより愛をこめて:2006/09/26(火) 10:57:31 ID:sey/IeDL0
応援。
403名無しより愛をこめて:2006/09/27(水) 19:42:18 ID:WhHVcu8l0
応援!!
404第X話 彼方からの彼女:2006/09/28(木) 06:54:25 ID:2XdImOud0
翌朝の編集部。変人女が扉を開けて入ってくる。
「おはよさ────ん。  …………あれ?アイツは?」「今日は熱が出たから休むって連絡ありましたけど」
「……ふうん?」変人女が雑誌記者の机を見遣る。
昨日のままの机。


「────で、説明してもらおうか。今度は一体何やらかした?」
雑誌記者の部屋。机にコーヒーを置く。昨夜来た変人女が座りながらほわほわしている。
相変わらず寝起きは弱いらしい。着衣が乱れっぱなしで眼鏡がズレている。
「昨日はとっとと寝ちまったからな。ホラ、目覚ませ。チーコちゃんはどうした?その髪は?」
「んん?んーふふふふん……………」にやりと笑って、布団にぼふん。「……寝るなコラ」
────────”ハゲ山の一夜”が何処からか流れてきた。雑誌記者の着メロだ。
────あれ?この着メロは確か────………
雑誌記者の手よりも早く変人女が携帯を取った。発信元を確認しニヤリとし、通話ボタンを押して投げてくる。

『ちょっとー!聞こえてるー!?あんた大丈夫なの風邪ー?』
────間違いなく、変人女の声だった。目を机の向かいに向ける。其処には変人女がコーヒーを飲む姿。

「……え?ぅえ!?ちょ」『何云ってるのよ熱あるんでしょ?呂律回って無いわよー!?』
目の前の変人女が拝むようなジェスチャーで”ゴマカシテ”と小声で云っている。
「……あ、えーと大丈夫、うん大丈夫」『本当?それより今日の打ち合わせの約束どーすんのよ』
「ああ、また今度にするか、おかじーにでも」『……ちょっと声掠れてるわね。よっしゃ、今からそっち行くわ』
「え!?ちょっと待て!」『いーのいーのあんたは寝てなさい!いい風邪薬もってってやるから!』
「あ!?おい!!」 ……────何かを云う間もなく、携帯は切られた。

改めて目の前の変人女を見遣る。飲み干したマグカップを弄びながら此方を見ている。
「────お前、何者だ」変人女、にそっくりな女がにこりと笑う。
「昨日云った筈だけど────ん、説明不足だったかねー。やっぱ」
女が立ち上がって背伸びをする。チラと見えた腹をボリボリ掻いた。
「ちょいと出かけよっか?…………電話の彼女、また来るんでしょ?」
405第X話 彼方からの彼女:2006/09/28(木) 07:59:27 ID:U5fZkDl10
ガチャガチャガチャ。数回ノブをいじる音がして、戸がバンと開く。
暗い室内。カーテンは閉まり、動いている家電は無い。部屋に上がりこむ変人女。
「……何コレ」部屋の隅に巨大なリュック。中には巨大な機械。外には女物の下着が干してある。
ベッドは空だ。戸口ではアパートの管理人が慌てている。机の上には雑誌記者の携帯。
「──ったく、何やってんのよあのバカタレ」


雑誌記者のアパートから10分程の公園。遊具のあるところから離れた緑地帯。
その中ほどにある人口の丘にちょっとした展望台がある。そこに座る記者と変人女似の女。
女は妙な携帯機械をいじっている。向かいにしかめっ面の雑誌記者。
「────此処ならいいだろ」「ま、ね。人目も少ないし」「じゃあ説明しろ、何でお前が二人居る」
変人女似の女は機械をいじりながら辺りをキョロキョロする。鼻歌混じりに。
「とっとと説明しろ。お前は何だ、化けた宇宙人かドッペルゲンガーか、それとも未来のあいつか!?」
女はクスリと笑い、「惜しいね。……────あ、ちょいと目瞑ってて。絶対開かないように」
「…………は?」

「あたしはね、ここからけっこう離れた世界から来たのよ」
世界?何だ異次元人か?「んー、それも惜しい。正確に言えば────────」
女の手元の機械が、妙に耳に障る警報音を立てた。

「平行時空座標113235.929界から来た────すなわち平行世界からきた異次元人、てこと」


突如、瞼の裏が真っ赤になった。驚き立ち上がろうとしてつまづき、尻餅をつく。
「目開けちゃダメよ?今瞬間で約6千万燭光の閃光浴びてるから。網膜の光受容細胞が焼き切れるよ?」
思わず両手で自分の瞼を覆う。「赤いのは自分の血流が透けてるから。瞼も覆った方がいいかもね?」

暫くして、「  ……はいもうOK。大丈夫?見える」「……あ、ああ」
それよりも。今の光以上に精神を混乱させる要因がある。平行世界から来ただと?
「そ。あたしは平行世界から来たあたし。今この7511922.361界のあたしとは違うあたし」
406第X話 彼方からの彼女:2006/09/28(木) 08:50:44 ID:U5fZkDl10
平行世界から来たという変人女(以下変人女(平行)と略す)から手が差し伸べられる。
身を起こす雑誌記者。────平行世界?なんじゃそりゃ。
「分かんない?ま、おいおい説明したげるけど。とりあえず信じる?」「とりあえず、な」
で、そのはるか彼方の異次元人が何を好き好んでこんな別世界くんだりまで?
「その理由が今から出てくるわ、ココに」「…………は?」

見ると、周辺に赤い煙が立ち昇っている。
「さ───!逃げるわよ────!!」いきなり変人女(平行)が走り始めた。
「おい!?何だ一体!?」追いかける雑誌記者。その足がいきなりもつれた。───揺れている!?
下りた丘の展望台の向うから、甲高い雄叫びが響いた。さっと位影が射す。


歩道橋の上、走って手すりに駆け寄る変人女。
周りの人間は大騒ぎしている。目の前には────もうもうと赤い煙の立つ緑地公園。
その中から、漆黒の甲殻を纏う一本角の怪獣が、赤い煙の緒を引きながら浮かび上がった。
甲高い咆哮が響く。同時に怯え、混乱し、逃げ出す人々。
「……────んな、何あの怪獣……!?」


編集部のTVにニュース速報が流れる。
『…………緑地公園の敷地内より怪獣が出現、赤い毒ガスを排出する模様、周辺住民に避難命令……』
「──おい、これあいつの自宅近くじゃないか?」
『…………自衛隊及びISPOに対し出動命令が…………』


公園上空、薄れていく赤い煙の上を自衛隊のF15が飛んでいく。
走る雑誌記者。目の前に変人女(平行)の背中────と、変人女(平行)が急停止した。背中にぶつかる。
「んな……」目の前を、自衛隊の巨大な車両が通過していく。メーサー部隊だ。
「練馬と朝霞のメーサー車ね。習志野からヘリも飛んできてるわ。この世界の自衛隊は手際にいい事」
肩で息をする雑誌記者。変人女(平行)が振り向き、メーサー車を見送る。
「攻撃停止の工作は────今からじゃムダか」
407名無しより愛をこめて:2006/09/28(木) 21:51:48 ID:tR5aTd+G0
6000万燭光に赤い煙に黒い甲羅に一本角の怪獣・・・・・もしやその世界は!?

ともかく応援!
408名無しより愛をこめて:2006/09/29(金) 12:35:23 ID:+y1lzrD60
不思議だな。
いままで「変人女」は、シャーロック・ホームズやハヤタみたいな人工感の強いある種の超人だったように思う。
その意味じゃ今回の「『変人女』の複数化」は最も非人間的な展開のはずなんだが、逆に人間化してきてるような気がする。
前作でもそういう雰囲気はあったが、このまま「血肉を備えて泣いたり笑ったりするキャラ」になるんだろうか?
ひょっとすると……X話氏は「変人女」を愛しはじめたとか?
ドロシー・セイヤーズが自分の創造した探偵のピーター・ウィムジー卿に恋したように……。
ラヴクラフトが自身の嫌悪感の象徴として創造した邪神たちを好きになってしまったように……。

……なんちゃって、保守。
409名無しより愛をこめて:2006/09/30(土) 08:12:55 ID:VQiChVEW0
応援■□◆◇★☆
410遊星より愛をこめて ◆Ep12/emeBU :2006/10/01(日) 18:03:47 ID:wALcslPl0
こんばんは。生き返りました遊星です。
では僭越ながら先日の続きを投下させていただきます。
411遊星Q「第三惑星の追跡」 ◆Ep12/emeBU :2006/10/01(日) 18:05:53 ID:wALcslPl0
数分後、駆けつけた刑事達にその場を任せた岸田警部と凍城刑事は、先程の女性を連れて警視庁へと戻っていた。
女性は落ち着いた様子で、ソファーにじっと座っていた。凍城刑事が尋ねる。
「えーと、まず、名前と住所を教えて下さい」
         マツオカアユム
「はい、名前は松岡 歩です。住所は・・・・・その・・・・」
「どうしました?」
歩と名乗った女性はしばらく躊躇していたが、意を決したように話し始めた。
「あの・・・・信じてもらえるかどうか分からないのですが・・・・・・私、この星の人間ではありません」
凍城刑事はポカンとして聞き直した。
「・・・・・・え?それはどういう・・・・・」
「つまりあなたは宇宙人ということですね?」
岸田警部が言った。
「信じてもらえるんですか?」
「ええ、まあ。自分はもう2回も宇宙人に出くわしてるんで。ところで、本当に宇宙人なんですか?」
「ええ・・・・・・でも正確に言うなら『異次元宇宙人』かもしれません」
「い、異次元宇宙人?」
凍城刑事はもう訳が分からない様子で言った。岸田警部は重ねて聞く。
「詳しく説明してもらえませんか?」
「はい。パラレルワールドってご存知ですか?」
「ええ、この世界と同じような世界が別にあって、そこに住んでいる人々はこちらの世界の人と瓜二つだという事ぐらいしか知りませんが」
「大体そんな感じです。ただし、パラレルワールドは1つではなく、無数にあります。私は、その内の1つから来ました」
「なるほど。それで、こちらの世界へ来た理由と、あのロボット人間に追われていた理由を教えてください」
「私たちの住んでいる星は『第三惑星』と呼ばれています。第三惑星はこちらの『地球』より四半世紀ほど後に誕生したらしいのですが、
 科学技術はこちらの世界の何倍ものスピードで進歩して、100年前には既にロボットを作る技術があったそうです。しかしその後
 ロボット達は大反乱を起こし、第三惑星を支配してしまったんです。それ以降は私達第三惑星人は奴隷のように使われていたのです。
 私はその生活に耐えられなくなって、数年前に開発された異世界電送装置を使って、こちらの世界へ逃亡して来たのです」
412遊星Q「第三惑星の追跡」 ◆Ep12/emeBU :2006/10/01(日) 18:07:43 ID:wALcslPl0
歩は一息に話した。岸田警部は腕を組んで考えるような仕草をする。
「ん〜・・・・・四半世紀というと25年か・・・・つまり向こうの世界は現在1981年という事になって・・・・その100年前だから1881年で、その頃こちらの
 世界は1906年か」
そこに凍城刑事が口を挟む。
「1906年は明治39年ですね。第1次西園寺公望内閣が成立、夏目漱石が『坊っちゃん』を発表した年です」
「よくそんな事知ってるな。しかしそれだけ昔にもう既に向こうの世界ではロボットが作られていたというのか。ふむ・・・・・」
岸田警部は唸る。とそこで、はたと思い出したように歩に訊いた。
「そういえば異世界物質電送機と言っていましたが、それは流石に一家に1台置けるほどありふれた物では無いんでしょう?どうやって
 こちらの世界へ?」
「実は私は一人で来たのではないんです。私の意見に賛同してくれた人々が集まって計画を立て、異世界電送装置の置いてある第三惑星の
 中枢『総合センター』へ乗り込んだんです。しかしその時に見張りに見つかってしまい、全員こちらへ来る事が出来ませんでした。しかも
 ロボット達がこちらの世界まで追ってきて、現在生き残っているのは私一人なんです」
「追って来たのは先程の兵隊のようなロボットだけなのですか?」
「いえ、少し前に遅れてやって来た仲間の話では、第三惑星の現在の支配者であるロボット総官と、司法立法行政、その他あらゆる事項の
 決定権を持つ総合センター議会の第四参謀、それからお二人も先程見たロボット兵士を統括するロボット大佐がこちらの世界へ来ている
 らしいのです」
413遊星Q「第三惑星の追跡」 ◆Ep12/emeBU :2006/10/01(日) 18:08:27 ID:wALcslPl0
「支配者がわざわざ出向いてくるという事は、その連中にとってこちらの世界へあなた達が逃げてくるというのは非常にまずい事なんでしょうな。
 だから奴等はあなたを抹殺しようと狙っているはずです。しかしこれから我々二人が事件が解決するまであなたを警護します、安心してください」
「でも・・・・・」
「大丈夫です。我々が命に代えてもあなたを守ります」
「・・・・・・・分かりました。宜しくお願いします」
歩は丁寧に頭を下げた。

と、次の瞬間。

窓ガラスが粉砕し、バシュンという音と共に岸田警部の目の前の机に穴が開いた。
「いかん、伏せろ!誰かが狙ってる!」
岸田警部は歩を引っ張ってソファーの陰に隠れさせた。頭を下げていたおかげで運良く銃弾が当たらずに済んだようだ。
岸田警部と凍城刑事も物陰から割れた窓ガラスの向こうを窺った。その先には巨大な建物。どうやら相手はそこから狙撃してきたようだ。
「ホテル・・・・・MJ?」
414名無しより愛をこめて:2006/10/03(火) 00:20:46 ID:PrKWIB7b0
応援!!
415第X話 彼方からの彼女:2006/10/03(火) 07:17:16 ID:h2xbNrFq0
ピリリリリ。ピリリリリ。色気も無い着信音が人ごみに響く。
「────誰?」「自衛隊に伝えなくていいんですか?あの怪獣の事」
「……!あんた、綾窪────」「攻撃命令出てますよ?実に”中途半端”な攻撃が、ね」
「…………また、貴方が何かしてんの?」「────さて、どうでしょうか?それよりも────」
視線を移動させる変人女。その先には、漆黒の一角獣の黒山の如き姿。

遠方の指揮所からモニターで現状を見る長官。
コール音。担当官が電話を取る。秘書に渡された。「…………長官にお電話が」「?誰からだ」
「いえ、”青空教室”の一員だとか────」

貧乏揺すりの変人女。「……たらい回ししてんじゃないわよ公務員……!!」
3度目の保留音が途切れた。「────はい、特殊災害対策本部広報の脇谷ですが」

「如何したんだね脇谷君?青空なんたらってのがシツコイのか?」
「いえ、現在都心に出現中の怪獣への攻撃を即刻中止しろって────」「また”怪獣保護”の手合いかね」
「いえ、そうではなく……あの怪獣への半端な攻撃は危険すぎると」
「…………成程、いわゆるオタクの手合いか。言ってやれ、中途半端なのはお前の知識だとな」
「ですが長官────聞いたこと有りませんか?”青空教室”って────」
「あれか?都市伝説に過ぎんよ。伏魔殿でも象牙の塔でも、ヨタ話は世にはばかるという良い例だ」
「……────しかし」
「全く───どら、私が出ようか?」

「聞いてますか!?即刻あの怪獣への攻撃を中止して、様子を見てください!」
一拍置いて、落ち着いた声の男性が出る。「中止は許可できない。社会を脅かすモノの排除が仕事なのでな」
「そちらではまだ把握していないかもしれませんが、あの怪獣は────」
「知っているよ、データ位検索すれば直ぐ出るさ」「なら、何で────」
「あの怪獣の特性を踏まえた上で、その特性を発揮させる事無く殲滅できる火力が有ると判断したのでな」
「過信が過ぎます」
416第X話 彼方からの彼女:2006/10/03(火) 08:07:35 ID:h2xbNrFq0
「兎も角、オタクのイタズラに付き合っている暇は無い」
「────分かりました。 ……では、もし今後思う事が有ったならご連絡を。”青空教室”の”月の女王”です」
「分かった、頑張り給え。では」切られる通話。
携帯を下ろしながら、僅かに唇を噛む変人女。周囲には怪獣見物する避難民の群れ。

────何かが背中に当たった。振り向き足元を見る。プラスチックの欠片が見えた。
「…………USBメモリ?」
不振に思いながら眺めていると、人ごみの中に見知った顔が一瞬見えた。────あれは、
────そうだ、元々アイツを探しにうろついていたのだ。「ったく、あいつは────」
雑誌記者の背中。変人女が人を掻き分け後を追う。


「そーろそろねー」「…………ん何が」歩道橋の上で怪獣を見る雑誌記者と変人女(平行)。
雑誌記者はもうフラフラ。「自衛隊の攻撃よ。ま、あの怪獣には通用しないだろうけど」
「何で判る?」「あんた、あの怪獣見て判んない?」「……判るか。お前じゃ無しに」
横のおっさん持つラジオからニュース。自衛隊の攻撃の概要だ。
『…──先頃開発成功したSP粒子加速砲、及びメーサー車による集中攻撃で神経中枢を破壊……』
「────少なくともあの怪獣、自衛隊なんぞに手に負える代物じゃないわよ」
見ると、自衛隊員が避難民を誘導し始めている。相当危険な作戦らしく、距離が必要な様だ。
『攻撃の瞬間は直視しないで下さい!太陽の数倍の発光があると予想されます!くれぐれも…………』


公園から数キロの地点に、牽引されて巨大な粒子加速砲が運ばれてきた。配電準備も完了。
「部隊配置全て完了しました。いつでも行けます」「よろしい、予定通り11:00に作戦行動を開始する」
静まり返った公園に、一角獣の咆哮と足音が木霊する。

交差点の大画面TVで時報が鳴る。背景は公園と漆黒の一角獣。『ポッ、ポッ、ポッ、ポッ』
針が動く。『ピ────ン』
『発射!!』「発射!!!」「発射!」「発射!!!!」

瞬間、五本の光条により怪獣の頭部が貫かれた。
417第X話 彼方からの彼女:2006/10/03(火) 08:40:21 ID:h2xbNrFq0
光に目を覆避難民。変人女(平行)は、何処から出したかサングラスをしていた。
数秒間の強光の後、急速に光が弱まる。その後公園に立っていたのは────
黒山のような怪獣。正し、頭部が炭化した。目玉は蒸発したのか黒々とした眼窩が見える。
アゴをあんぐりと開けたまま、微動だにしない。

────────死んでいる。
そう見えた。


「────やったか」「現在生体反応を確認中です」
「フン、決まっとるだろう。あれで死んで居らねばどうやって殺す?硝酸で溶かして海洋投棄でもするか?」
確かに。眼窩や口から煙が上がっている。脳を焼かれて死んだようにしか見えない。
しかし────
「……────!?神経パルス、確認!!」「……何!?」

歩道橋の手スリに上り、状況を眺めていた変人女(平行)が呟く。
「あ〜〜〜あ、惜しかったねぇ」


怪獣の口から立ち上る煙が、風もないのに揺らめいた。洞窟から吹いてくる風の音のような、不気味な声。
────煙の色が、血のような真紅に染まる。アゴが痙攣した。

変人女(平行)がニヤリと笑った。
「失敗したら後の仕返しが恐ろしいよー、変身怪獣”ザラガス”は」


「チャージ途中で構わん!火急的速やかに再度攻撃!!目標はザラガス頭部、予備メーサー全部出せ!!」
再び放たれる光条。しかし既に公園は真紅の煙に覆われて怪獣の姿が見えない。
「レーダー、もしくはサーモグラフのデータを回せ!肉眼では無理だ!!」
…………────爆音。公園の向こう側で爆炎が上がる。あの位置は。
「メーサー2番3番車両、及び予備メーサー3両が沈黙しました」
418第X話 彼方からの彼女:2006/10/03(火) 09:14:35 ID:h2xbNrFq0
な、一体何が…………」どよめく避難民。雑誌記者も動揺している。
紅い煙に覆われた公園と、その横の方で起こった爆炎。自衛隊と怪獣の戦闘だろうか?状況が見えない。
戦闘ヘリの編隊が公園へ近づく。と────子供の声。「あ、光った!?」
公園内の紅い煙から光線が発射された。上空のヘリを薙ぎ払う。避難民に動揺が広がる。
「何だ!?自衛隊が同士討ちしてんのか!?」「おい、ココも危ないんじゃ…………」

「危ないなんてもんじゃないわよ?既にココも奴の勢力圏内」
変人女(平行)が、この騒ぎの中歩道橋の手すりに軽業師の様に登っている。
「ちょ、お前危な──……」「大丈夫よ、こっちの方が楽で自由だし、何より────────」
歩道橋の反対側に、流し目をくれる変人女(平行)。

「探し物も、見つけやすい」

 ボ ン !! 一番近いメーサー車が爆発する。その向う、血の如き煙の中から────
────怪獣が顔を出した。口と眼窩から紅い煙が立ち登る。
なんと、頭部の甲殻が剥がれ、そこに巨大な半透明の器官が出現していた。角と直結している。
どうやってか怪獣は此方を見定め、半透明の器官が脈動を始めた。

「お、おいおいおいヤバイんじゃないか!?」「どけ!逃げるぞ!!」
『皆さん落ち着いてください、安全な所まで誘導────』自衛隊の誘導員の声が掻き消される。
「う、うわ!?」人ごみに流されそうになる雑誌記者。必死で手スリに捕まり、上半身だけ上に登る。

「こんにちわ」頭上で変人女(平行)が大きな声で挨拶した。
何だ?こんな時に────────と思いながら、その視線を辿ると────…………
人ごみの中に、見知った人影。長いボサボサ髪を後ろで括り、黒縁眼鏡で高い背丈。

  …………こちらの世界の変人女が、こちらを見つめていた。

「ふうん?あんまり化粧に頓着してないのね、あんた」変人女(平行)がニヤニヤ笑う。
「……────誰、あんた」驚愕の表情で此方を見る、変人女。
「私は貴方。貴方はあたし。昔は同一、今は枝を分かれた、今の貴方とは違う私」
419第X話 彼方からの彼女:2006/10/03(火) 10:04:42 ID:h2xbNrFq0
次の瞬間。歩道橋が、爆裂した。

思わず目をつぶる雑誌記者。振動に対し必死で手すりに捕まる。目を開けると土煙。そして聞こえる叫喚。
怪獣の頭部から光が走り、人を満載した歩道橋を吹き飛ばしたのだ。
崩れ落ちた歩道橋の向こう側に、変人女が立っている。
崩れ落ちた歩道橋のこちら側の手すりに、変人女(平行)が立っている。
互いに直前から眉一つ動かしていない。


「民間人に被害?誤射でか!?」『違います!あの光線は我方ではありません!怪獣です!!』
モニターを見る。怪獣の頭部は様変わりし巨大な半透明の器官が現れていた。其処から光線を発射している。
既にメーサーは8台中6台が沈黙。Sp粒子加速砲も停電の為使用不能。おののく長官。再び報告。
「………長官、Sp粒子加速砲も機能停止、沈黙。完全に破壊されたものと思われます」
眉間を摘む長官。「……脇谷君」「はい?」「あの、”青空教室”とやらの番号、残っているかね」


「────────平行世界から来たとでも云いたい訳?」
「ご名答〜♪」「……例え冗談でも、笑えないわね」「冗談で済ませられればいいんだけどね、この事態も」
「で?”あたし”の目的は何な訳?」「…………さて、なんでしょう?」
向こう側の変人女が目線をずらす。「……あんたは、何してんのよこんなとこで。風邪じゃ無かった訳?」
何故か慌てる雑誌記者。「いや、何というか、成り行きというか」
変人女(平行)が言葉を遮る。「いや、ちょっとお手伝いを、ね?それより────」

変人女のポケットから、場違いなコール音。
「────あなたにもすること有るんじゃないの?ホラ、状況が状況だし」「…………まあね」
変人女(平行)が手スリから下りる。「じゃ、この人借りてくから。大丈夫、変なこたしないわよ」
変人女(平行)に引きずられていく雑誌記者。抵抗しようにも足に力が入らない。
……─────どうも挫いてしまったようだ。向こう側の変人女を見る。
ポケットから携帯を取り出して、通話ボタンを押し、耳に当て、その間ずっと此方を見ていたのを確認した所で、

煙に巻かれて、見えなくなった。
420名無しより愛をこめて:2006/10/03(火) 16:45:11 ID:iSV+KDtC0
変身怪獣ザラガスは……空から落ちたでもなく、地底からとび出したでもなしに、何も無いところからいきなり現れたんで、「実は超獣第一号だった」とか「異次元生物」とか「宇宙怪獣」なんて指摘する説がありましたね。
あるいはそれが並行世界というネタと根本的な部分で結びついてくるのか?
「過去・現在・未来、あらゆる時空と接する、総てにして一つの存在」だったりして(笑)。

と、いうわけで応援。
421名無しより愛をこめて:2006/10/04(水) 18:07:37 ID:4qZ5Iebb0
応援!!!
422名無しより愛をこめて:2006/10/05(木) 23:48:24 ID:/obahvKg0
おうえん
423名無しより愛をこめて:2006/10/06(金) 23:36:11 ID:wTuQEbYn0
雨の日も応援
424第X話 彼方からの彼女:2006/10/07(土) 07:14:32 ID:+ovCJ6qe0
翌朝早朝。高い空。
雑誌記者が薄目を開ける。────寒い。身震い。
横にエアコンの室外機。顔の上に物干し竿。足がぶつかり揺れて、連なる夜露か雨露かがぽたりと落ちた。


チャイムが鳴る。
雑誌記者の部屋の扉に立つ変人女。とチーコちゃん。タバコを吸っている。……誰も出ない。
もう一度チャイム。誰も出ない。…………チャイム連打。室内から「ふぁーい」と声。記者の声ではない。
ガチャリと出てきたのは────変人女(平行)。ヘソ丸出しでボリボリ掻いている。
変人女が、咥えたタバコを噛み潰した。

ベランダの窓ガラスがガラリと開く。もたれていた記者が頭を打った。
「…………あんた、一体何やってんのよ」変人女の苦虫噛み潰したような顔。
「だって、泊るとこないんですもーん」もそもそ着替える変人女(平行)が嘯く。
「う、ぅ…………」朝っぱらから妙なモノを見て、なんだか泣きそうな顔の雑誌記者。クシャミ一発。


「で、同衾はマズイって遠慮した訳?それで何でベランダなのよ。ホントに風邪ひいてるし」
「あたしはマンザラでもないんだけどねー、コイツが遠慮しちゃって」
ハナミズ垂らしながら朝ごはんを作る雑誌記者。何故か4人分用意させられている。手伝うチーコちゃん。
目の前で同じ顔した女が喧嘩している。何の悪夢だコレは?

「お金位持ってないの!?ホテルに泊るとかそうでなくても野宿するとか!!」
「野宿はもうコリゴリよ。前に居た平行世界じゃ関東平野が核戦争で砂漠化してて大変だったんだから」
「じゃあホテル行きなさいって」「や・だ」「何でよ」
「今持ってるお札、絵柄が全然違うもん」「どれ!?如何違うのよ」
────財布を差し出す変人女(平行)。お札の肖像画が三島由紀夫と石原莞爾だった。

「それで、お前何の様だよ」
名前を呼ぶと二人が振り向く。変人女の方を指し示す雑誌記者。
425第X話 彼方からの彼女:2006/10/07(土) 08:13:34 ID:H+u8h9VT0
ちょっとね────チーコちゃん、預かってくれる?」
何か大きな仕事をするらしい。「…………もしや、あの怪獣絡みか?」
TVでニュースをやっている。半壊した大型デパートを枕にして眠りこける漆黒の一角獣。

「あの時、自衛隊に対応策進言したのが不味かったらしくてね────」
怪獣対策委員会にオブザーバーとして召集が掛かったらしい。
「ま、ネットで連絡や分析行うから変な所には行かないけど────あたしはひいじいちゃんの屋敷に篭るわ」
どうも約40年前のザラガス分析記録が屋敷に有るらしい。……十分変な所じゃないかそこ。

だが、あの屋敷?確か家政婦さんも居た。じゃあチーコちゃん預けなくてもいいんじゃ────
「いいのよ、念の為。あんたもホイホイ尋ねてこないでよ?雑誌の連載もお休みね」
そう云い切って、インスタント味噌汁をぶっ掛けたご飯を掻き込む変人女。

「じゃチーコちゃん、着替えとか足りないもの有ったら連絡して?持ってくるから」
「あい」変人女が玄関で靴をはく。
壁にもたれて奈良漬でご飯を食べる変人女(平行)が呟いた。
「…………イヤな事があったら周囲の人間を遠ざけて何かに没頭する。 ……ヤな奴ねー”あたし”ってば」
「……あんたが平行世界の”あたし”って事、半分以上信じてないから」
────思いっきり大きな音を立てて、叩き閉じられる玄関扉。


出社して、変人女の休載を編集長に告げる記者。その後ろに────
「何で付いて来るんだよ」「いーじゃん、別に?」
変人女(平行)が編集室にまで付いてきた。茶菓子をバクバク食べている。厚かましいのは全世界共通なのか?
無論、皆彼女が平行世界の人間だとは気付いていない。

「…………オイオイキミィ、一体彼女に何をしたのかね?」「……スミ先生、何もしてませんて」
久々に顔を出した住之江先生が記者を引き寄せヒソヒソ話。髪が短いのを気にしたらしい。
「ふぅん、君も知らない……──よろしい!私が先輩作家として相談に乗って差し上げよう!!」
止めるのも聞かず変人女(平行)へ向かっていく。「やあー如何したねキミィー!?何か有ったのかいー!?」
「えーと、どなた?」
すぽーん。ぞうりを思いっきり吹っ飛ばして派手にコケるスミ先生。
426第X話 彼方からの彼女:2006/10/07(土) 08:50:40 ID:FW1NgX4U0
「えーと、君は岡島君だよね?…………車貸してくれないかな?」
今度は変人女(平行)がおかじーを捕まえた。どうも編集部員に対しても他人行儀だ。
「平行世界によって人員や顔が少しづつ違うからね。会社自体無い世界もあったし」

どうも変人女(平行)は、かなりあちこちの平行世界を旅してきたらしい。様々な世界の事を語ってくれる。
その日はおかじーにむりやり車を借りると、何処からか妙なガラクタの山を積んできた。
「いやー、この世界の秋葉原はスゴイやねー♪」……で、どうするんだそのガラクタ。
「運ぶのよ、あんたの部屋に」


真夜中。今日もベランダで布団に包まる雑誌記者。部屋の中を覗く。
変人女(平行)は部屋の中でリュックを広げ、ガラクタから何かを組み上げ始めていた。
一体何なのかも見当が付かない。何か設計図みたいなものやノートPC状のモノを見ながら製作している。
────ちなみにチーコちゃんは何故か同室をいやがり、記者と一緒の布団で寝息を立てていた。

ガラリと窓が開く。「はい、携帯電話だっけ?いきなり震えだすからびっくりしたわ〜」
携帯は無かったのか?と思いながら着信を見る。メールだ。変人女から────
『あたしの部屋の様子見てきて。大家さんが騒いでる』


翌朝、愕然とする雑誌記者。変人女の部屋の扉に大量の髪が挟み込んである。
郵便受けも同様。葉書、封書、メモ用紙、CD、DVD、メモリーカード。様々なモノが散乱している。
大家さん立合いで扉を開けた。窓ガラスが割れ、ベランダに大量の紙くず。
石を紙で包んで投げ込んだらしい。その後紙飛行機に変更したようだ。それにしても多い。。
「何かねえ、変な男の人がうろついてて、窓に石投げ込んだり変な紙くず戸に突っ込んだりしててねえ」
紙を拾う。妙なコードの様な模様が広がっていた。もう一枚には1と0の羅列。


「コレが大量に…………?」
変人女の屋敷。ソファに座って拾った手紙の一部を見せる。「残りは?」
「一応ゴミブクロに入れて来たけど────」「持ってきて全部。…………何か気になるわ」
手紙を持って立ち上がる変人女。足元がふらついている。
427第X話 彼方からの彼女:2006/10/07(土) 09:29:42 ID:3Dsvhcrh0
お前、大丈夫か?」「…………んー、大丈夫」
よく見ればやつれている。「飯食ってんのか?」「……────食欲無い」
其れ程までに難題なのかあの怪獣は?ふらふらと書庫へと入っていく変人女。
────書物が散乱していた。脇には巨大な自作PCとメモの山。椅子にどっと座る。
「…………ひいじいちゃんも相当研究したみたいだけど、結局何も判らなかったみたいね…………」

雑誌記者が足元に落ちていたファイルを手に取る。論文のようだ。
『ザラガスの受動的即効適応能力について』

────怪獣”ザラガス”。あれから雑誌記者も調べてみた。40年前にも都心に出現し暴れた怪獣。
その特徴は環境、特に自身への攻撃に対する異様なまでの適応能力の速さである。
一度受けた攻撃に対する耐性を身に付け、無効化してしまうという冗談のような厄介な性質。

『………解剖の結果体腔内に明確な消化器官は認められず、筋組織より派生したと思われる特殊な細胞が…』
『……検体乙に認められた細胞内小器官はミトコンドリアに近似しているが、その形態は……』
『…内部に二重螺旋により構成される輪状空間が20〜30程存在するが、機能は不明………』
小器官を電子顕微鏡にて撮影されたと思われる写真と、想像による3次元スケッチが付いていた。

PCの画面にも同様の図版。3DCGがぐるぐる回転している。
「一応便宜的に”ザラガス小体”て名前つけた。この小器官の機能が奴の能力の鍵と思うんだけど────」
小器官の一部が細胞核に直結、一部細胞に至っては核と完全に同化しているという。

見ると、変人女がキーボードにうつ伏せになっていた。
「ありがと。もう用事済んだから帰っていいわよ」「本当にいいのか?メシ位作ってやるぞ」
「……ツネコさんが作ってくれるからいい」あのお手伝いさんだろうか。「でも────────」
「帰って。     ………チーコちゃん、さみしがるから」

無言の圧力。
そのまま、静かに屋敷を後にする雑誌記者。
428名無しより愛をこめて:2006/10/09(月) 05:06:30 ID:gXonCT9L0
age
429名無しより愛をこめて:2006/10/10(火) 03:37:21 ID:ABxDKL2p0
あげ
430名無しより愛をこめて:2006/10/11(水) 11:39:44 ID:CunbTtZe0
応援!!
431名無しより愛をこめて:2006/10/12(木) 10:43:37 ID:4kwNnYzx0
あげあげ!!
432名無しより愛をこめて:2006/10/13(金) 14:13:10 ID:b89kriF40
あげます!!
433第X話 彼方からの彼女:2006/10/14(土) 09:00:45 ID:6RI/F2LN0
雑誌記者が帰宅すると、変人女(平行)が勝手にPCを立ち上げていた。
「あ、ごめんちょっと借りてるよ〜。コーヒー飲む?」「…………いや、いい」
もそもそ上着を脱ぐ雑誌記者。「────こっちの”あたし”、どうだった?」「……さあな、知らん」
ベランダに直行する。さっとカーテンが閉じられた。
「…………ふーん」ニヤリと笑う変人女(平行)。カーテンの向うからは、くしゃみが一つ。


翌日、編集部で仕事をする雑誌記者。
TVからザラガスについての続報が流れる────木々の間に覗く、黒山のような巨体。呼吸により上下する。
現在は進撃を停止し箱根山中で休眠しているらしい。攻撃を行わない限り目立った行動は起こさないようだ。
ニュース内容からあの論文の内容を思い出す。あの奇妙な細胞小器官のスケッチ。
電子顕微鏡の画像。PCの3D画像。憔悴した変人女の顔まで浮かんで────頭を現実に戻す。

肩に感触。おかじーがボールペンで突付いてくる。
「…………おい、ちょっと見てみろ。科学雑誌『ネイチャー』のHPがクラックされてる」
見ると、『ネイチャー』のHPの上に何かの文章が上書きされていた。
「論文らしい。ご丁寧に日本語版もあるようだが────」”Japanese”のリンクをクリックする。
日本語の論文。何処かで見た事のある文章だ。何処かで────────
『……る輪状空間が……』『…検体乙に認められ………』『…………ミトコンドリアに近似……』
『………筋組織より派生……』『……明確な消化器官は………』『………ザラガス小体………』

ザラガス小体?待て、まさか────「おい、この論文のタイトルは?」
「ん?ああコレだ」スクロール、クリック。論文の一番最初に辿りつく。
『ザラガスの受動的即効適応能力について』
────────間違いない。昨日、変人女の屋敷で見たあの論文だ。何故こんな所に晒されている!?
しかも論文の最後はそのまま。結論なぞ全く出ていない不完全な状態のままだ。

…………いや、最後に一言付け加えられている。
『3日後、このザラガスについての最終的な結論を会見にて発表します』
────あいつ一体何をやっている!?記者の心理に、変人女への疑問と不安と焦りと、心配が浮かぶ。
434第X話 彼方からの彼女:2006/10/14(土) 22:30:22 ID:EZcez30o0
────と、机上の携帯が震えた。変人女からのメール。
『たすけて ごめん』                ……────思わず立ち上がる。
おかじーに外出を告げ、出て行こうとしたところで────出口に見慣れた人影。……変人女?
「”あたし”の所、行くんでしょ、連れてって貰えない?」
変人女(平行)が立っていた。


屋敷について唖然とする。大量のDMや小石や飛行機の手紙が散乱していた。
入ると、あの老齢の家政婦が箒を持ち、困り顔で挨拶してきた。今朝からこの有様だという。
変人女はあの書斎に閉じこもりっきりだそうだ。其処へ向かう雑誌記者。
後についてくる主に生き写しな女性を見て、家政婦が小さく悲鳴を上げた。

扉を開けると、変人女がPCのキーボードの前に臥せっていた。
音に気付き起き上がると、見たことも無い頼りない顔をして──────視線をずらし、眉を顰める。
「参ってるみたいね?」ニヤニヤ笑う変人女(平行)。
「………────何で、あんたまで居るのよ」不快感を露わにする変人女。
雑誌記者が口を挟む。「……一体何なんだあの手紙やら何やらは?ストーカーか何かか?」
「…………判んない。只、ツネコさんが言うには変な男が数人、このあたりうろついてたって────」
一人じゃ無かったのか。それにしても────
覇気が無い。変人女の歪んだ目は今にも溢れそうに感じる。
何か声を掛けよう、そうだ、あのHPの論文の事を聞きに来た筈、そう思った瞬間────

「あたしのイタズラ、どうだった?」ハナで笑う変人女(平行)。
変人女(平行)がPCの画面を指している。画面にはあのクラックされた『ネイチャー』のHP。
「…………やっぱり、あんたの仕業なのね」「ま、ね」余裕の笑みの変人女(平行)。コイツの仕業だったのか。
「……前にも聞いたわね、あんた一体何がしたいの?目的は何?」
「あんたにあの怪獣は手に余る。無理ね、敵いっこない」「……なんで分んのよ」
「そりゃあ──”あたし”だもの。でも────」

変人女の鼻先に人差し指を当てる変人女(平行)。
「数多の平行世界を渡り歩いてきた”あたし”なら、どうかしら?」
435第X話 彼方からの彼女:2006/10/14(土) 23:05:51 ID:EZcez30o0
「どういう事?」変人女が、弱った瞳で睨みつける。
「あの怪獣『ザラガス』の始末、あたしに付けさせて貰えない?」動じない変人女(平行)。
自分の胸に手を当てた。

「あたしはあの『ザラガス』を倒す為に、この平行世界にやってきたんだから」


3日後。都内の大学の講堂前。記者会見に群れる聴衆。
その片隅に────小さく縮こまって座る人影。服を周辺の人間よりも厚手に着ている。咳を数回。
「……────ンな、お前──」雑誌記者が走り寄る。「大丈夫か!?」
「で、どうだった?3日間の猶予の間に何か判明した?」挑発するような物言い。変人女(平行)だ。
座り込んだ変人女が、隈のできた眼でじろりと睨みつける。

「…………────分からなかった」蚊の鳴くような細い声。
驚く記者。その声色にも、示す語彙にも。
「分からなかった。之までの人生で一番脳ミソを使ったハズなのに、何も────閃きも、ロジックも」
「……じゃあ、如何する?」変人女(平行)が、変人女の顔を覗き込む。
「…………頼むわ。あたしの替りに、『ザラガス』を────お願い」
「O.K.」身を翻す変人女(平行)。「じゃ、記者会見替え玉、行って来まぁ〜す!」

「…………替え玉も何も、自分で仕組んだ事じゃない」
愚痴が零れる変人女。顔が異常に赤い。「……お前、本当に大丈夫か!?」「……平気よ」
呼吸にゼイゼイと音が混じる。「…………やっぱダメだ、病院行こう。ヤバ過ぎる」
「…………大丈夫よ、それより、あの女の記者会見、聞かないと────────…………」
立ち上がろうとしてふらつく変人女。慌てて支える雑誌記者。


結局妥協案として、大学の保健室に運び込まれた。熱を測ると39度4分。直ぐに寝かされる。
────机の上にハンドTVが置いてあった。記者会見の様子を写している。床の中から凝視する変人女。
「……ああ、御免なさいうるさかった?」「…………いや、いい。見せて」
頭に冷えピタを貼ったまま、半開きの眼でTV画面を見つめる。会見が始まった。
436第X話 彼方からの彼女:2006/10/14(土) 23:42:22 ID:EZcez30o0
記者会見のフラッシュの嵐の中。
何人かの防衛庁関係者と白衣の研究者、そして変人女(平行)の姿。
まず始めに防衛庁関係者がHPクラックについての釈明と謝罪。質問が交わされる。
それが10数分続いて────────ようやっと、変人女(平行)の出番となり、壇上に上がる。

「え────……ではまずお集まりの皆さんと全国の視聴者様に分かり易いよう、おさらいを」
「ンなしちメンドくさいのはどーでもいいわ。結論から始めるわよ」
いきなりの暴走。壇上の演者からマイクを奪う。ノートPCをいじってスライドを表示。

「コレがザラガスに特有な”ザラガス小体”て細胞内小器官なんだけど────」
横に何かのグラフや数値表が表示される。
「内部の螺旋状空間に絶えず強い磁場が発生、内部ではマイクロブラックホールが発生消滅を繰り返してます」
思わぬ単語の登場に、あっけに取られる聴衆。
「つまり最極小ミクロサイズの粒子加速器ね。コレが細胞核特にセントラルドグマに直結してて────」
更にグラフの登場。バカみたいに長ったらしく、あっという間にスクロールされる。
「ブラックホールを通じて重力井戸の向こう側と何らかの情報の発信・受信が行われてます」
「そしてその情報にそってザラガス小体にて新たな遺伝情報がDNAに焼き付けられます」
「常時このプロセスが細胞内で繰り返されていることが、ザラガスの適応能力の強さであると考えられます」


TVを見る変人女の呼吸が止まった。眼を見開き、画面と音声に集中している。


静まり返った聴衆。今の内容を理解できたものが何人居るだろうか?
「あ、あの…………」おずおずと若い記者が手を上げる。「質問?ハイどうぞ」
「その、重力井戸の向こう側って────」
「有り体に言えば、即ち”平行世界”の事です」

どよめきが広がる。
「あーめんどくさい。要するに、『ザラガス』は平行世界との遺伝情報交換によって進化する生物ってこと。OK?」
更にどよめきが広がって、次々と手が上がった。
437第X話 彼方からの彼女:2006/10/15(日) 00:29:12 ID:Qj4KRXz80
保健室の雑誌記者。保健室の校医と共に記者会見をTVで見ていた。
「…………分かりました?」「……いえ」────二人とも、既に頭の中が疑問符の嵐。
只一人────────変人女だけが。

「……お前、分かったか?何言ってるか………おい大丈夫か?」
体と歯の根を震わせている変人女。「大丈夫、 ………────今ちょっと、噛み砕いてる」
眼はいまだ会見を注視している。「…………あの”ザラガス小体”の構造からして、有り得ない話じゃない」

通常、生物の進化は時間を掛けて行われる。
永い時間の内の遺伝情報の差異が多様性となり、進化の原動力となる。
しかしザラガスは、その遺伝情報の多様性を多数の平行世界を貫通する事により獲得している。
通常進化が時間軸に拠り行われるなら、ザラガスの進化は平行世界という軸に沿って行われている。
進化に掛ける軸そのものが違うのだ。
よって、通常なら長い時間をかける筈の進化適応をザラガスは『瞬時に』行っている様に見える。
「……──でも、ザラガスがそんな生物であるならば」


壇上の変人女(平行)が演説する。
「────しかし、平行世界をブラックホールにて貫通するような事を恒常的に行い続ければ」


「…………やがてブラックホールが無制限に肥大化し、太陽系も銀河も飲み込んで────」
「────その内に宇宙の拡大が停止、急速に収縮に転じて」
二人の声が同調する。ベッドの中では弱弱しく、TVの向うは高らかに。

「「最終的にあのザラガスを中心として、現宇宙は消滅する」」


最高潮にざわめく記者会見。フラッシュと罵声のような質問が飛び交う。
その様子を薄眼で見て、熱に浮かされた脳内で先程の結論を検証しながら、
変人女は意識を失った。
438名無しより愛をこめて:2006/10/16(月) 17:10:33 ID:PmvDImEB0
ザラガスに向かって多元並行する宇宙が収斂してしまうなら、それはSF名物「ビッグクランチ」か!?
そして……、収斂の果てに宇宙は再度拡散するのか!?
ならばそれはビッグバンなのか!?
もし総ての答えが「Yes」だというならば、この世を作りかつ滅ぼすザラガスは「神」なのか!?

ザラガス神話のはじまりだったりして(笑)。

…と、いうわけで応援。
439名無しより愛をこめて:2006/10/17(火) 01:43:17 ID:tRjpB1jl0
age
440名無しより愛をこめて:2006/10/18(水) 16:51:46 ID:Bl2fewU+0
応援。

独り言…

BSフジで来年から世界名作アニメ劇場が再開とのこと!!嬉しい!!
441名無しより愛をこめて:2006/10/19(木) 17:59:52 ID:bFvslBlS0
応援します。
442第X話 彼方からの彼女:2006/10/20(金) 23:17:03 ID:APkG+n5P0

闇の中。


ぐるぐると模様が廻る。奇妙な模様が立ち現れ、それが渦を巻き、模様を描き、更に渦巻き。

渦が語る。何かを語る。語るとソレは模様となり、模様は渦に、渦は言葉に。


ふと光が差し込んで、瞼を開ける。
「 ……────よう」  …………見慣れた顔が、横に居た。無意識に、何か呟く。
「病院だ。お前がいきなり気失ったんでな。無理しすぎだ」 ……また、息を吐きながら何か呟く。
「お前が何と云おうとあの屋敷にゃ帰さんよ。ツネコさんにも言ってある。…………養生しろ」

再び瞼が重くなり、光が閉じ、あの渦巻く模様の世界へ。



記者会見から4日、変人女は意識を失ったまま。40.3度の高熱にうなされている。
病院に担ぎ込まれた時、医師の診断も曖昧のまま入院。目覚める事も稀のまま数日が過ぎた。
医師によると何らかの脳炎にも似た症状らしいのだが────────昨日のCTスキャンの結果。
「脳の海馬体から前頭葉に掛けて、数箇所に腫瘍らしき影が出来ています。何かは特定できませんが────」
また意識を失った変人女の顔を前に、額に手を当て考え込む雑誌記者。

目の前に、兎りんごがついと出される。
「たべる」  …………チーコちゃんが皿を持ってじっと見つめてくる。一個摘んで口に運ぶ。
チーコちゃんにも連絡した結果、変人女に付きっ切りになった。学校は適度にサボっているらしい。
携帯が震えた。おかじーからのメール。
『いいかげん仕事に戻れ 編集長より』
────────確かに、無断欠勤にも程がある。自分は雑誌記者、彼女は雑誌に書いてる変人女。
本分を思い出す。チーコちゃんに後を頼み、席を立った。
443第X話 彼方からの彼女:2006/10/21(土) 01:58:16 ID:4BacpbdN0
病室を出ると、足元に紙飛行機。
────広げると、例の怪コード。  ……こんな所にまで。広げた手で握りつぶす雑誌記者。


病院のロビーでは、ザラガスに関するニュースを患者たちが注視していた。
箱根からそのまま東海地方へと抜けたらしい。自衛隊は静観の構え。『下降する円と株価』の所で目線を外す。

「やっ」柱の所に、苺ミルクのパックジュースを咥えた人影。
変人女(平行)だった。「どうだった?”あたし”の様子は」場所に似合わぬにっこにこの笑顔。
「────何の用だ」「いや、そろそろあんたの部屋からお暇するんで、ご挨拶〜と思って」
「 ……アレか」再びニュース画面へ視線を飛ばす。ザラガスの空撮映像。
「自衛隊のお偉いさん方と合流する事になってね、泊る場所もゲット済。いままであんがとさん。フフ」

「────本当に、何が目的だ?」再び変人女(平行)へ視線を返す雑誌記者。
「なーにが?」「お前の今の状況は、本当ならこちらの世界のあいつが被るモノだった筈だ」
「そんで?」「……他の状況にしてもそうだ。あいつのモノをお前はあちこちで掠め取り、あまつさえ────…」
取り出したのは先程の紙片。「こんなストーカーじみたイタズラまでして、あいつを追い詰める!」
「んー?ソレあたしじゃないわよ?」「………え、あれ?」
あっさりと否定。ちょっと当てが外れた雑誌記者。では、このイタズラは誰が?
「まあいいわ────んで、そこからどんな結論が?」

「お前は、……────本当は、此方の世界のあいつに成り代わろうとしてんじゃないか?」

一瞬、キョトンした顔。一瞬後、くすくす笑い始める変人女(平行)。
「何ソレ? ……フフフ、あたしはレイスでもドッペルゲンガーでもリリーでもマネマネでも無いわよ?」
必死で笑いを堪えているらしい。腹を抱えて涙目になっている。
気勢が削がれた。情けない顔で立ち尽くす雑誌記者。 …………外したのか。
「はーずーれ!!はずれハズレ!もーちょっと良く考えなさい!」
堪えきれなくなったか、ケラケラ笑い始めている。恥ずかしくなり、入り口へと振り向く記者。
背後からとても恥ずかしい声が掛かる。
「ま、他にも考え付いたらいつでも来んさいな───!!あたしは何時でもオッケーよーん!?」
444名無しより愛をこめて:2006/10/22(日) 22:18:12 ID:OeucN0GY0
age
445第X話 彼方からの彼女:2006/10/23(月) 03:25:35 ID:vtZiD1v80
変人女(平行)の声を無視して病院を出る。バス停へ向かう雑誌記者。
途中、病院関係者とすれ違う。
風船で遊ぶ寝巻きの子供。付き添いの看護婦。車椅子のおじさん。語らう松葉杖の女性。病室を見上げる男。
眺めながら道を渡りバス停に辿りつく。次は10分後だ。

道の向かい側に病院の前庭が見える。あの患者たちが居た。一人二人と病院内に帰っていく。
……──一人、立ち止まっている人影。そのまま病院の駐輪場へと歩いていった。
────違和感。あそこに居たのは患者か看護婦だけだと思ったが────
──────何故今の人影は私服だったのだろう?見上げていた視線の先の病室は────

…………………変人女の部屋?

ふ、と思い立って道を横切る。車を一台急停止させた。
車回しを横切り、駐輪場に辿りつく。ココからも変人女の部屋が見える。その部屋を────
見つめている男。手の中には、紙飛行機。振りかぶった。

「 お い 」
倒れる自転車。フェンスに押し付けられる男。雑誌記者が男の首根っこを掴む。
「何してる。あの病室の入院患者に何か用あんのか」
男の顔は無表情、眼は虚ろ。只視線を上の病室の窓へ向けている。紙飛行機を奪い取る。
「あの彼女にストーカーしてんのはお前か?こんなDMやら紙飛行機やら寄越してんのもお前か!?答えろ!!」

男の目玉だけが、ぐりんと雑誌記者に向いた。その眼窩内は────
紫と茶色のマーブル模様。
ぎょっと眼を見開く記者。男が静かに呟く。
「 ザラガスが、まタ来るゾ  かくゴはいイか? 」

途端に男の目玉が盛り上がる。眼窩だけでなく、耳から鼻から口からも。紫と茶色のマーブルが。
それらが盛り上がり、垂れ下がり、液状となって地面に落ちる。
男の体は急に弛緩し、自転車の上へ崩れ落ちる。紫と茶色のマーブル液はゴムマリの様に纏まり────
異様に早い尺取運動で、傍の排水溝に消えた。
446第X話 彼方からの彼女:2006/10/23(月) 04:25:12 ID:f+r1amra0
思わず男の体を起こす雑誌記者。
呼吸はしている、生きているらしい。それより今のは?────…………

と、突如背後から赤い煙。白い壁に強烈な光が反射した。思わず眼を覆う記者。
直撃は避けたらしく、直ぐに視力は回復する。その目の前、直ぐ向かいのブロックからもうもうと赤い煙。
その煙の中から、黒い甲殻の巨大な怪獣の影。


「編集長!」呼びかけに答えて走り寄る。TVの中継。
ザラガスが都内に出現している。────たしかザラガスは東海地方に流れた筈では?
TVの端にもう一つの中継映像。もう一匹のザラガスが休眠中を映し出される。

……まさか。ザラガスの同一種個体が、もう1体!?


自衛隊のVIP車両内、移送される変人女(平行)。車内TVで速報を聞く。
「……!おい!」「大丈夫、今まで通り不干渉を決め込んでください。避難は迅速に、でないと非難轟々ですよ?」
眉をしかめ、不快感を露わにしながらも携帯で連絡を取る自衛隊幹部。
……────変人女(平行)が、組んだ手の下の顔で不敵に笑った。


「チーコちゃん!」大慌てで病院に駆け込む雑誌記者。
既にロビーは避難する人々で一杯。掻き分けながら階段を上がる。ザラガスの足音が間近で聞こえる。
 ズ ン ! 衝撃で窓ガラスが割れる。悲鳴が聞こえた。破片の散る踊り場を廻る。
病室の階に上がると、ザラガスの背中が見えた。目の前を太い尻尾が揺れる。進路は逸れたらしい。
ズ ズ ン ! さらに衝撃!上階のせいで拡大した衝撃。思わず足を取られ転ぶ記者。
顔を上げると────目の前に少女。チーコちゃんだ。

声を掛けようとして────────…… 「おきた」「……は?」「おきて、逃げた」
悪い予感がして、チーコちゃんと一緒に変人女の病室へ走りこむ。
記者が見たのは、散乱した見舞いの花瓶と、果物と────空になったベッドだった。 
447第X話 彼方からの彼女:2006/10/24(火) 03:33:17 ID:CaWdX3PV0
病院から離れた公園。
出現したザラガスのモノであろう足音が響く。人影はない。いや────
一人ふらふら歩いてくる。病院服で裸足のまま、腕には点滴を無理やり剥がした痕。血が滴る。
────緑地帯の端にある木製ベンチに、変人女はドカと座った。

大きく溜息をつき、眼の上に腕を置いて天を仰ぐ。
まだ息が荒い。  ………────また人の気配。目の前に立つ人影。
「────来たわね」
背中を曲げ男のほうを向く。長いコートの上逆光の為顔が見えない。
「…………まだちょっとツラいけど、大体”こなれた”わよ。残り、持ってるんでしょ?」
男がコートを少し持ち上げる。バサバサと足許に落ちるDM、メモリーカード、MD、フロッピー、紙飛行機。
「もうちょっと整理しててくれたら、有りがたかったんだけどねぇ」

男がうつむく。その瞳は紫と茶色のマーブル模様。
「 モう時間は すクナいぞ  マに合うノか? 」
「────あたしを、誰だと思ってる?」
変人女がポケットをまさぐる。携帯電話を引きずり出し、男に投げ渡す。男は珍しげにしげしげ眺めた。
「ピリピリ鳴ったら”あたし”の居る所に飛んできなさい。始末をつけるから」
  ………────頷く男。向きを変えるとゆっくりとした足取りで歩み去った。

またポケットをまさぐる変人女。タバコを出して口に咥え────またゴソゴソ。ライターが無い。
 ぐ う 。 お腹が啼いた。
「  ……おなか、空いたなぁー」


夜の編集部。応接セットに座る編集長と雑誌記者。
「で────何か。結局彼女は見つからなかった訳か」「ええ……」
「警察は?」「一応」「で、こんな時間かぁー」ブタキムチのカップ麺をすする編集長。
「ま、察しちゃる。今日は帰って寝ろ。今はあんま忙しくないしな」「……────すんません」
チーコちゃんの手を引いて出口へ向かう。チーコちゃんがこちらを見上げていた。「…………何?」
「だいじょうぶ」「……ん?ああ、大丈夫だよ。俺もあいつも」ふるふると顔を横に振る。チーコちゃん。
「もうだいじょうぶ。みんなと、つながった」
448名無しより愛をこめて:2006/10/25(水) 18:14:19 ID:CMO2yqLx0
予想外割!応援!!
449X話:2006/10/26(木) 22:58:32 ID:vJJCHw6T0
すいません、どっかの荒しの巻き添えでアク禁喰らいました。
どなたか保守お願いします。
450名無しより愛をこめて:2006/10/26(木) 23:03:50 ID:x4S03eOO0
↑オマエ運ないなhttp://www.asite2006.com/index/
レス番が語呂良くないし。
451名無しより愛をこめて:2006/10/27(金) 07:22:53 ID:NRP7eAbj0
こりゃ大変だ!
アクセス禁止が長引くようなら、ピンチヒッターでも立てんと。

と、いうわけで保守。
452X話:2006/10/27(金) 20:28:39 ID:fji56S4q0
アク禁解除デキタかな?
453第X話 彼方からの彼女:2006/10/27(金) 23:15:52 ID:nOojNbNL0
『昨日夕方都内に出現した怪獣は、自衛隊による避難及び誘導により臨海副都心に…………』

TVニュース番組の収録中。ザラガスの中継映像。座って休眠中だ。
「────暴れませんねェ」「ま、暴れない方がいいんだが………動いてもらわにゃ銭にゃならんな」
バタンと大きな音。構成作家が乱暴に入ってくる。マイクを手に取った。
「どしました?」「MD伝えろ、報道からだ……おかしな事になってる」

『先週と昨日出現した怪獣と同一種と思われる怪獣が、米国ウィスコンシン州マニトウォク近郊に……』


「──3体目か」
編集部の昼休み。皆昼飯を食いながらTVを見ている。米国からの中継映像。
五大湖の一つ、ミシガン湖を大波を立てて横断する漆黒の一角獣。周辺を米軍のヘリが飛ぶ。
「攻撃しませんねェ」「日本の情報が行ってんだろ。さすが世界の警察様ってもんだ。それより────」

この事態に対する日本の自衛隊特災対策本部にて、記者にコメントを求められる女性。
フラッシュとカメラを遮りながら屋内に入っていくのは間違いない、変人女(平行)だ。
「コイツが実は偽者で、本物は現在病院から失踪中────だったか?本当か!?」

無視する雑誌記者。横の椅子ではチーコちゃんが座っている。
「……ふぅ──ん、俺にゃホンモノにしか見えないけどなぁ。あんな女が世界に二人も居るとは思えんし」
おかじーがチーコちゃんの頭を撫でた。「なぁ?」
「 に せ も の 」
チーコちゃんがその吸い込まれそうな黒い瞳で見上げる。たじろくおかじー。

「…………昼飯、行ってきます」雑誌記者が席を立った。チーコちゃんも立つ。
「そとで、たべる」「……ん」「?おーい、ここで喰わんのか?」「外で食ってきますよ」


ビルを降り、街に出る。チーコちゃんがくいと袖を引っ張った。「ここ」
────牛丼屋。「……チーコちゃん、前に行って残しただろ?もっと別のトコに」
「大丈夫、居るから」
454第X話 彼方からの彼女:2006/10/27(金) 23:17:01 ID:nOojNbNL0
自動扉が開き、芳醇な牛丼の香りが鼻をひくつかせる。
チーコちゃんを横に座らせ、大盛りつゆだく。大盛り分がチーコちゃんの分だが、前はこれでも残してしまった。
さて新聞でも無いかいなと辺りを見回した雑誌記者が────見咎めた人影に対して一言。

「………何やってんだ、お前?」

変人女が、牛丼3杯目に牛皿定食をかっこんでいた。
病院着で、スリッパのまんまで。


「いやー、ツネコさん呼び出して作ってもらうのも悪いかと思ってさー」
スリッパをペタペタさせながら歩く変人女。どうらや回復しているらしい。つーか着替えろ。
「んん、それが無性に腹減っちゃって。着替えるのもおっくうでさぁ」
もうこれ以上この事でツッコむのは止めておこう。それよりも聞くべき事がある。
「────何で、病院を飛び出したんだ?」

質問する雑誌記者の顔を見て、ヤレヤレといった溜息の変人女。何か取り出した。
「あんた────、これまだ持ってる?」
変人女の手の中には、あの紙飛行機。


変人女の屋敷に入って驚愕した。
紙片が書斎の壁や床に所狭しと貼り付けられている。良く見るとそれは見覚えのある紙。
────あのマーブルストーカー男の投げ込んだ紙飛行機やDMだ。
「………何やってんだコレ?」
「んー……まだ何とも言えないんだけどねー」変人女はそう云いながら、何かをプリントアウトしている。
「メモリーカードなんかの分よ。内容は大体似たようなもんね」
そう云いながらまたその紙を広げていく。中身は全て同じ1と0の並び。何かの暗号か?プログラムか?

「もしや、ザラガス関係なのか?」「 ……────んー、ご名答ってとこかな」
並べて、配置を換えて、ひっくり返して、また返して。所構わず床にまでメモを取っている。
455第X話 彼方からの彼女:2006/10/27(金) 23:19:13 ID:nOojNbNL0
「コレはね、魔法の呪文よ。この世を救う為の」
「コレを分析する為に病院を飛び出したのか?」「……──ま、ね。一刻を争うから」
「体は?顔色はいいけど40度以上熱有ったんだぞ?」
「もう大分下がってる。37度も無いんじゃない?それに────あの高熱は必要な事だったしね」
「………は?」

何時の間にかチーコちゃんがTVを付けていた。
アメリカのザラガスの続報。五大湖湖畔の工場地帯を襲撃している。ミルウォーキーに避難命令が出された。
良く見るとザラガスにしては妙に角が長い。手足は短くどうも水かきが付いているようだ。
「一刻もってどうなるんだ?コレより酷くなるのか?宇宙消滅とかか?」
「────ある意味、それ以上ね」

「自衛隊に行っちまった”お前”は────どうするんだ?ザラガス退治が目的のハズだろ?」
「準備してるんでしょうよ──……怪獣退治の、ね」



次々と入る情報。錯綜する文言。罵声が飛び、唾が散る。
薄暗がりの中、自らのディスプレイの光に照らされたその女の顔が、呟く。

「私の想定の範囲内です。それよりも、私の提案した装置の建造、火急的速やかにお願いしますよ?」
────そう云うと、ほんの僅かニヤリと笑った。

456第X話 彼方からの彼女:2006/10/27(金) 23:31:59 ID:nOojNbNL0

その後一週間、世界は異様な事態に遭遇した。


二日後。
シベリアとサハラ砂漠でザラガスと思われる出現の報。
シベリアの個体は艶やかな黒毛に覆われ、サハラ砂漠の個体は地底に潜ってしまったという。

三日後。
南大西洋でブラジル海軍が少なくとも5匹の怪獣の群れと交戦、激戦の末二匹を倒す。
その姿は巨大な鰭を四対持っていたものの、明らかにザラガスと思われる形態だった。

五日後。
中国人民解放軍がチベット上空で奇怪な風船状の怪獣の群れと遭遇、部隊の3/4が喰われた。
形態は著しく違うものの、採取されたサンプルからザラガスの亜種であると認定。

六日後。
フランス南部にて高熱を放ち暴れまわる漆黒の一角獣が出現、仏軍と戦闘。
報告からザラガスではないかと思われたものの、戦闘中メガトン級の爆発を起こし二個師団とともに消滅。

七日後。
────────USA第二宇宙港から約1200m横を、謎の真っ黒な物体が通過。
居合わせた著名怪獣研究家、ジェフリー・ヤン教授は望遠カメラにて観察し次のように語った。
「間違いなくザラガス、生きたザラガスだった。遂にあの怪獣は宇宙空間にも適応し出現たのだ」



────────世界が、漆黒の一角獣で溢れ始める。
457名無しより愛をこめて:2006/10/29(日) 02:07:37 ID:s0AfWOCa0
応援します。
458名無しより愛をこめて:2006/10/30(月) 17:15:04 ID:RGNUAaDx0
おお、スレッド・マイスターが復活された。
イースターのお祝いをせんと。
おかげでピンチヒッター用に作りかけた駄文が無駄になったが、よかった、よかった。
と、いうわけで応援!
459第X話 彼方からの彼女:2006/11/01(水) 04:36:05 ID:YWU/gLP00
そして、八日後。

『────遂に日本政府及びISPOの協力により、対ザラガス討伐兵器が完成したとの発表が───』

交差点の巨大TV画面を見上げる人々。速報キャスターが読み上げる。
『───公開も兼ねた運用実験は本日午前十時丁度から始まる予定です』


早朝の変人女の屋敷。
家政婦のツネコさんに頼まれ朝食を持っていく雑誌記者。
書斎をノック。……────気の抜けた声が返ってきた。「……入るぞ」

床、壁、本棚、開いたところにくまなくあの紙片。隣の部屋にまではみ出している。
変人女はその紙の群れに埋もれて、何か一心不乱にキーボードを叩いていた。
「あ、その辺踏まないで」何とか間を縫って部屋に入る。隣室のソファーにチーコちゃんが寝ていた。
「ご飯でしょ?そっちのソファーんとこ置いといて」
ソファーにはもう幾つかのお盆が乗っている。 食器にパンやら雑炊が乗ったまま。
「───また身体壊すぞ?」「んー、 ………あとちょっとだから」
良く見ると四〜五食分位残っている。二日ぐらい食べてないんじゃ?

チーコちゃんが起きだした。代わりに食事を食べてもらう。
自衛隊の兵器運用実験の旨を告げる。「場所は?」「千葉の────何たら演習場とか」
「ちゃんと調べて其処への交通手段確保しといて。今日中に行くと思う」
目をディスプレイから離さずに答える変人女。キボードの音が機関銃の様に響く。
「────────それに、決着の方も」


運用実験直前の自衛隊演習場。ごった返す見物人とマスコミ関係者。
そのはるか彼方、演習地の平原のど真ん中に物見やぐらの様な掘っ立て小屋。
ジープが横に乗りつける。降りてきたのは自衛隊幕僚幹部、及び防衛庁長官。小屋に入る。
460第X話 彼方からの彼女:2006/11/01(水) 04:36:39 ID:YWU/gLP00
一面、ガラス球の群れで覆いつくされている。一見真空管か電球のよう。
中心には制御用PCと────変人女(平行)が背負っていた、あのリュック。幾重ものコードに繋がれている。
変人女(平行)がその横で作業していた。幕僚幹部が触ろうとして───小さな放電。
「あ、部分的に既に通電してますから。1000万ボルトのハードな体験したければ、どうぞ?」
咳払いしてネクタイを直す幕僚幹部。長官が問う。
「本当に君の説明通り────これがあの怪獣達への決定打となるのかね?」
「ええ」「本当に、一匹残らず?」
「そうです」にっこり笑って立ち上がる、変人女(平行)。

「これで──────最後ですよ。何もかも」


「ええ、千葉の────”多楠和”自衛隊演習場。そこの最寄の駅までです」
駅の改札で問答する雑誌記者。「あー、ちょっと遠いみたいねー。演習場までバスかタクシーになるよー?」
「あぁ構いません。バスの時刻表とかは……」「ごめんねー、ネットか現地で直接確認してもらえる?」
何か駅員の応答にムカツキながら、むこうの電光掲示板を眺める。ニュース速報だ。
『………まもなく、多楠和自衛隊演習場にて対ザラガス討伐兵器の運用実験が…………』


「────通電準備、完了しました」「了解…………よろしいかね?」
『ええ、結構です』
幕僚幹部や長官は後方の仮設指揮所に退避。しかし変人女(平行)だけはあの小屋に残った。
「本当に、これでザラガスに対して変態させずに行動阻害が行えるんですかね?」
「理論的・技術的に問題は無い、らしいな。最も彼女以外にそれらが理解できている者が居るか、疑問だが」
「……長官」「うむ、運用実験、秒読み開始」
技術員による秒読み開始。    ………────────残り、14秒。


掘っ立て小屋の中、PCのキーに指を掛けて秒読みを聞く変人女(平行)。
丸椅子に座り、能面みたいな無表情でキーボードを眺める。  ……────残り6秒。
461第X話 彼方からの彼女:2006/11/01(水) 04:37:23 ID:YWU/gLP00


    …───残り5、4、3、2、1、 …0。

「……────これでおわりだから、ね?」
うっすらと、唇に浮かぶ笑み。エンターキーが押し込まれた。


米国五大湖、客船脇に出現していたザラガス。

シベリア、ツングースのタイガに佇む黒毛のザラガス。

チベットのラマ教寺院上空に浮か風船状のザラガス。

────その瞬間、皆動きを止めある方向に視線を向けた。


「長官………!!」
モニターを眺める幕僚幹部と長官。臨海副都心周辺をうろついていたサラガスが、動きを止めていた。
あらぬ方向に顔を向けて立ち尽くしている。暫くすると、その方向に歩き始めた。
「進行方向は?」「はい…………大体東南東の方角へ」
地球の他の地域からの報告。他のザラガスも移動を開始しているらしい。その方向が表示される。
「これは────」「はい、恐らく日本、しかもこの多楠和演習場を目指しているものと………」
即ち、あの装置はザラガスの強力な誘導装置ということか?
「根本的な解決では無いにしろ────ヤツ等の行動をある程度制御できるのか。成る程、素晴らしい」
「これなら、ザラガス共への対策にある程度の余裕が────────」

突如、閃光。
一瞬、真っ白になる視界。平衡感覚が混乱し倒れこむ。
悲鳴とうめき声が聞こえる。「………なんだ!?何が有った!!」見えない。目の前も見えない。
「今の閃光は何だ!?」「長官、此方へ!」手を握られ、ほうほうの呈で歩き出す。
「誰だ、SPか!?何だ、何が有った!?」「分かりません、赤い煙が施設内に充満していて────」
462第X話 彼方からの彼女:2006/11/01(水) 04:52:14 ID:YWU/gLP00
赤い煙?   ………それに、閃光!?

罵声や走りぬける音。混乱した仮設指揮所。  ……────ズン。
「アレは何だ?」「……どうしました長官?」「アレは何の音だ!?」   ……────ズン。
「大丈夫です長官、混乱していますが避難路は確保していますので。そこの扉の向うにお車が────」
  ……────ズン。

まさか、そんな。考えたくない事が長官の頭の中をよぎる。
扉が迫る。先程からの音は扉の向うから聞こえてくる。────止めろ。扉の向うには行きたくない。
「さあ長官、お早く!!」
ガチャ。

扉を開けたその先には、
夏のアスファルトの蛙のように潰れひしゃげたジープ。踏み潰す巨木のような漆黒の脚。

ザラガスが、立っていた。


「でェきたっ!!!」
屋敷に帰って来るなり変人女の絶叫。書斎を覗く。
「タクシー呼んでて!その間に焼いてるから!!」吼えながらメシを喰ってる。どうやってんだ?

とりあえずタクシーを呼ぶ。廊下に出て携帯をいじっていると────ツネコさんが飛び込んできた。
庭に出ると、西の空の遥か上空を、真っ黒な巨大な蝶の様なものが羽ばたいてくる。
段々近づいてきた。良く見ると────黒い甲殻に、角一本────「もしや、アレもザラガス?」
しかも一匹や二匹ではない。群れている。
「 …………いよいよ、始まったか」変人女が出てきた。何故か眼鏡がサングラスに化けている。
「これから入用になるからね。あんたも掛けときなさい」サングラスを投げて寄越した。
見るとチーコちゃんがニュースを見ている。何故かやっぱりサングラス。

────ニュースキャスターは、あの演習場に”ザラガス”が三体出現した事を告げていた。
463第X話 彼方からの彼女:2006/11/04(土) 02:50:41 ID:xNkr69jb0
「なァんで電車なのよ電車!!こんな状況下じゃ運休してるに決まってるでしょが!」
タクシーの助手席で吼える変人女。後ろの席にチーコちゃんと雑誌記者。
「だってお前手段指定しなかったろ!」「ま、いいけど。タクシー代出しなさいよ!」
お前電車代も出せってさっき言っただろ、と突っ込めない雑誌記者。

「あの〜……、結局何処行くんです?駅?高速?」
運ちゃんが困り果てている。とりあえず千葉方面へ走ってくれているらしい。
…………まあ、いきなりサングラス掛けた男女幼女三人組に乗り込まれたらさぞ不安だろう。
「そりゃ高速────ん?ちょっと待って」ラジオに聞き耳を立てる。
『千葉─東京間の有料高速道路は怪獣の通過により寸断されており、各区間で通行禁止に………』

「うォう!?」運ちゃんが超絶運転。チーコちゃんがころころ転がる。
何とタクシーに並走して、黒い数匹の生物が跳ねている。
「運ちゃん目ェ閉じて!!」叫ぶ変人女。────同時に閃光!!
運ちゃんが叫んで目を覆う。変人女が慌ててハンドルを取った。「まさか────……アレもザラガスか!?」
カンガルー跳びをして追いすがってくる。狙われている!?
と────目の前のビルが崩れた!四足歩行のザラガスが圧し掛かっている!
「捕まってて!!」大きく旋回、直前の曲がり角に入る!

「どーすんだ、どーすんだよ!」「ちょっと黙ってなさいっ!!」
更に曲がり、住宅地に入っていく。何時何処で袋小路に突き当たるか分かったものではない。
と、チーコちゃん、指差して一言。「アレ」

赤銅色の敷石を跳ね上げて線路上を爆進するタクシー。
「パンクする!絶対パンクするって!!」「何ですかー!?何処走ってるんですかー!!?」
叫ぶ運ちゃんと雑誌記者。「あーも黙ってってば!ホラこれ目に貼ってなさいッ!!」と投げられる冷えピタクール。
まだ小型ザラガスは数匹追いすがってくる。と────何処からか踏み切りの音。
「お、ラッキィ」速度を上げるタクシー。
追いすがる小型ザラガス。目の前のタクシーがいきなり視界から消えたと思うと────いきなり先頭車両!!

貨物列車に吹き飛ばされる小型ザラガス。タクシーは通常道路に戻る。
「この辺、未だ電車止まってないのねー」「ちょ、おま前向け前」
464第X話 彼方からの彼女:2006/11/04(土) 02:52:11 ID:xNkr69jb0
大分進んだ変人女ジャックのタクシー。
海岸線の県道を進む。既に千葉県の表示は10数分前に過ぎた。
運ちゃんは後部座席に引きずり出し、チーコちゃんの膝枕でちょっと半泣きで目を休めている。
東京湾を眺めると、暗く立ち込めた雲の中を怪しく光りながら進む怪物が見えた。
「…………アレも、ザラガスか?」「でしょね」
カーラジオからは、次々と一本角の黒殻獣が閃光と赤い煙と共に出現している事を報じている。

「……お前、分かってんだろ?」
「何が?」「…………何でこんなにザラガスが、しかも色んな形のヤツが現れまくってんのか」
「ま、ね」「  ……アイツのせいか?平行世界から来た、もう一人の────」
────────沈黙。ラジオの声だけが車内に響く。


「  ………でしょね。彼女が他の平行世界からザラガスを召還してるんでしょ。恐らく、最初の一体から」
「嘘ついてたって訳か。ザラガスを退治するのが目的って言っときながら────」
「嘘ついてないわよ、あの”あたし”は」「は?何で」

「”ザラガスを退治する”とは言ってたけど、”この世界をザラガスから救う”とは言ってないわ」

平行宇宙を貫通する極小ブラックホールを内在するザラガス。
放置すればブラックホールが拡大し、その宇宙を収縮させてしまうが、そのスパンは本来数千〜数万年単位。
「ただし、同一宇宙の至近空間・時間軸にザラガスの存在をを集中させ場合────」
ブラックホールの肥大化が指数関数的に増大する。即ち、宇宙消滅。
さしものザラガスも、ブラックホール化と宇宙消滅には耐えられずそのまま巻き添えになるだろう。

そのまま爆心地となった消滅宇宙と共に、周辺の平行宇宙も消え去る。召還されなかったザラガスも。


「つまり、それは────」

「”あたし”は、平行宇宙のザラガス達もろともこの宇宙を消滅させる積り、 ……でしょうね」
そう言いながら、変人女は内陸部への道筋へハンドルを切った。
465名無しより愛をこめて:2006/11/05(日) 12:58:13 ID:l7pc7GJB0
晴天あげ!!
466名無しより愛をこめて:2006/11/06(月) 15:04:36 ID:98x+6vwN0
応援。
467名無しより愛をこめて:2006/11/06(月) 20:53:21 ID:LZxiljuMO
もうね、まじで本出すか円谷に投稿した方がいいですよ。
468第X話 彼方からの彼女:2006/11/08(水) 02:50:05 ID:POQvmJ9x0
赤み掛かった土煙の中をはひはひ言いながら掛けていく人影二つ。
その背後を、まるでムカデ競争みたいな長い影が追いすがっていく。

背中には蛇腹状の黒い甲殻が並び、頭は裂けた口蓋と一本角。奇怪な雄叫びを上げる。
「く………」後ろを走る大柄な人影が振り向き立ち止まった。迫る怪物。
「私が足止めします!地下避難通路にお早く────」と、横を走り抜けるもう一つのムカデ競争の影。
土煙に紛れて並走していたらしい。先回りされる。
「しまっ────」絶句する人影。迫る大顎────────

突如暴風と轟音!!同時に巨大な機影が舞い降りる!
閃光弾が2、3発着弾し怪物達の目を眩ます。輸送用ヘリらしい機影から声が響く。
「長官ー!お早く!!!」


収容されたヘリ内で衣服を整える長官。他にも幕僚幹部数名が居た。
「一体何が起こっている、状況は?」「皆目不明です。この混乱と突如現れた怪獣共で…………」
「───いや、確かな事が一つだけ」幕僚幹部の一人。今回の実験主催の一人だ。
「長官、あの怪物共は”ザラガス”ですよ。ザラガスが大量発生してるんです」
「んな………」
開いたままで塞がらない長官の口を、ヘリの斜め前方からの閃光が塞ぐ。
巨大な旅客機並みの翼を持つ怪獣が、赤い煙の飛行機雲を引きながら出現した。

間一髪で回避するヘリ。更に上昇して演習場全景を見られる高度へ。
────演習場の各所にて立ち上る赤い土煙。瞬く閃光。その中から立ち上がる漆黒の甲殻獣。
「……演習場外部も同じような状態らしいですね」何処からか、ラジオを持ち出している隊員が云う。
よく見ると、怪獣達はバラバラに動いているようでそうではない。渦を巻くように動いている。
その渦の中心には──────「───あの女……!」
薄く赤紫がかった輝きを放つ、あの実験用の掘っ立て小屋。

その小屋に向かって、一筋の土煙を発見する長官。ザラガスの群れの間を縫っていく。
「…………何だ、あのタクシー?」
469第X話 彼方からの彼女:2006/11/08(水) 02:50:58 ID:POQvmJ9x0
「見えたー!!左だ左!!いやちょっと右!!」運転席の背もたれに張り付く雑誌記者。
「はっきりせんかーっ!!」叫ぶ変人女。
タクシーのフロントガラスはクモの巣状に割れ、そこからしげりまくった木の枝数本と鉄条網が飛び込んでいる。
後部座席では微動だにしないチーコちゃんと、その膝枕の上の半笑い全泣きの運ちゃん。
演習地の鉄条網を体当たりで強行突破してきたのだ。

「お!あたしにも見えたっ!」アクセルを踏む。目指すは群がるザラガスの渦の中心地。
「あの光る小屋ね、突っ込むよ────っ!」爆走するタクシーの目の前に、巨大な脚!!
「わー!?ちょと待て止まれってー!!」
雑誌記者の叫びをドップラー効果で残し、タクシーはザラガスの脚と尻尾の僅かな間隙を通過する。

目の前にザラガスの渦の中心、掘っ立て小屋!「止まるよ、舌噛むな────!!」
大胆に土煙を立てて後輪を滑らせる変人女。鉄条網にめり込みそうになる雑誌記者。
そのまんまの姿で横に寄るチーコちゃん、ドアにぶつかり首を変な方向に寝違える運ちゃん。


ドシ────ン……。衝撃音。
掘っ立て小屋と輝くガラス玉の群れ、そしてPCとイスも揺れる。
「…………あららら、お早いお着きで」

ひしゃげたドアを蹴飛ばしてタクシーから出てくる変人女。目の前には、赤紫に輝く小屋。
続いてチーコちゃんがひょいと出てきて、最後に雑誌記者が精神崩壊を起こした運ちゃんを引きずって出てきた。
「……────ココからは、あたし一人で行くわ」「え?」
「アンタに一つ、頼んどく」振り向かずに喋る変人女。
「ここで待ちながら、アタシの携帯電話の番号をコールし続けて」「……へ?お前今持ってないのか?」
「ちょーっと、人に預けててね」片手をひらひらさせながら、小屋の入り口に向かっていく変人女。
「……──頼むわよん?」


小屋の扉がキイと開き、コンコンとノックの音。ボブカットの頭がPCから振り向く。
微笑する変人女(平行)。「………ヒサシブリ」むりやり纏めたボサボサの髪が吹き込む空気に揺れる。
睨みつけながらにやりと笑う変人女。「……おひさしぶり」
470名無しより愛をこめて:2006/11/08(水) 05:58:44 ID:glY4X1pnO
♪ネットに喰らい付いて〜
♪現実世界まで削除した奴ら〜w
471名無しより愛をこめて:2006/11/08(水) 06:15:40 ID:glY4X1pnO
♪ネットに喰らい付いて〜
♪現実世界まで削除した奴ら〜w
472名無しより愛をこめて:2006/11/09(木) 22:18:02 ID:p+clTfjF0
♪ネットにも喰らい付いてて〜
♪現実世界でもチャンとしている僕ら〜

で〜〜変わりなく〜応援〜します〜♪
473第X話 彼方からの彼女:2006/11/11(土) 06:48:16 ID:UdMtNEhy0
「もう、手遅れよ」短髪の変人女が云う。

「さて、どうかしら?」ボサボサ長髪の変人女が云う。

「サラガス達の召喚は彼ら自身のザラガス小体も連動してるからね。既にスパイラルに突入してる」
もう一度微笑する変人女(平行)。
「止まらないわよ」

「見事なもんだわ」周りのガラス球の群れを眺めながら、小屋の奥へ入っていく変人女。
「確かに一つの世界でザラガスを退治出来ても、他の分岐した平行世界では生き残る────」
変人女(平行)の前で止まった。互いに見つめあう鏡像の如き両者。
「ならばザラガスを存在する平行世界群ごと消し去る。あたかも毛虫のたかる枝を切り取り焼き捨てるように」
「そ。合理的でしょ?」「確かにね。でも────……一つ疑問があるわ」


「何故貴方は、ザラガスを退治するの?」
確かにザラガスは、即進化能力も平行世界貫通能力も共に厄介な怪獣だ。倒すにはやぶさかではない。
しかし────わざわざ怪獣退治というものは、別の平行世界に出向いてまですることだろうか?
別世界の事なら放置すればいい。わざわざ面倒見に来る事ではない。

沈黙する変人女(平行)。見つめる変人女。外をザラガスが闊歩する音が響く。
「貴方の宇宙に、何が有ったの」


短髪の変人女も、音も無く立ち上がる。
「…………────あたしの世界、平行時空座標113235.929界で、あたしは大学で非常勤講師をしてた」
「貴方の担当の雑誌記者と同じヤツも居て、あのちっちゃい子も居て、おかじーも編集長も、スミ先生も」
「だけどあのザラガスが出現して────────」


「あたしの宇宙は、消失した」
474第X話 彼方からの彼女:2006/11/11(土) 06:49:33 ID:UdMtNEhy0
最初は42年前に始まった。

突然変異のように出現したその怪獣。当初は無害と思われ半ば放置された。
しかしその異常な進化能力が発覚してから一転、最優先撃滅対象とされ、大苦戦の倒された
                                                …………────ハズだった。
凄まじい攻撃に晒された怪獣は最終的に自らの身体を変質、爆散した。
後に残ったのは漂う大量の赤い煙と、殆どミイラ化、というか石化したザラガスの破片。
外見的には初期の胚にも似たソレを、人類は戦利品として嬉々として収容し英雄譚の見世物にした。
その内その話も半年で飽きられ、博物館で埃を被り、そしていずことも知らぬ倉庫に仕舞いこまれた。

だが、人類は疑い調査するべきだったのだ。何故ザラガスは爆散しそんなものを残したか。
────石化したザラガスは生きていたのだ。しかも、最悪の性質を獲得したまま。

何年か経って、また似た性質と姿の怪獣が出現した。苦戦の末再び退治。
また現れた。再び退治。しかしまた出現、退治。 …………さすがに人類は疑い始めた。
何故こんなにも似た怪獣が出現するのか?しかもサイクルが短くなっている。
しかし誰にも分からない。その内一度に複数出現するようになる。慄き始める人類。
そしてある者が、あの最初の怪獣の残した石に気付いた。
それが────────彼女。


「分析して驚いたわ、石と思ったものは生きていて、しかも活発に活動してたんだから」
エネルギー源はあの細胞内小器官”ザラガス小体”。ある種の縮退炉の様な使い方をしていたらしい。
更に怪獣の石はしょっちゅう無くなった………というより、姿を消した。

ある時、その石を研究の手伝いをしてくれていた助手が石に刺激を与えようとして、消えた。
二日程して戻ってきたが、彼自身は全く見知らぬ風景の世界をさ迷っていたという。
────彼は、別の平行世界に飛ばされていたのだ。

本来ザラガスには平行世界を移動する能力は無い。あるのは遺伝情報交換の力のみだ。
そのはずが、この石化ザラガスは平行世界間をまさにブチ抜き、物質を移動させた。
そう、他の平行世界から、あの出現し続けるザラガス達をも。
475第X話 彼方からの彼女:2006/11/11(土) 06:51:22 ID:UdMtNEhy0
その間、世界の科学者達は二つの現象を報告した。木星系に突如出現した巨大な怪天体。生物に見える。
もう一つは、猛スピードで近づいてくる星団群。────その宇宙が、収縮を始めた。

彼女は天体の観測結果に驚愕した。
間違いなく、その天体は無数のザラガスの死体から出来ていた。しかも質量が増加し続けている。
さらに他にも似たような天体の報告。質量はより高密度に、更に重く。
間違いなく、ザラガスによりブラックホールが形成され始めていた。

気付いた時には遅かった。何とかして最初のザラガスの石を制御しようと奔走した。
だが焼け石に水どころか────更に状況は悪化した。更に大量のザラガスが、その場に召喚されたのだ。


その時、その世界の地球は滅んだ。

半分に千切れた髪の彼女と共に、別の平行世界へと飛んだ最初の石化したザラガスを除いて。



髪を掻き揚げる変人女。
「────成る程ね、平行世界移動なんてよっぽどのオーバーテクノロジーだと思ったけど」
愛しげに、自らが背負ってきたリュックを撫ぜる変人女(平行)
「────その通りよ。このリュックの中身はね────────……」

リュックのあちこちのヒモを解き、ファスナーを開ける。
中に手を入れ、ずるりと大量のコードに繋がれた物体を引きずり出す。思ったより小さい。
「コレが、最初のザラガス。ザラガスの始祖」

怪しく赤紫に脈動する物体。まさに小さな”石”だ。
「平行世界を貫通する能力を身に付け、更に自ら平行世界間を漂流するようになった超生物、怪物……」
「確かこの世界でも40年前、ザラガスが一度出現した事があったでしょ?アレもコイツの影響よ」
「数限りない平行世界を渡り歩く中で、こいつを懐かせ、制御する術を見につけた。」
476第X話 彼方からの彼女:2006/11/11(土) 07:10:06 ID:sbvBBVSA0
「そして────」
まるで恋人の形見の如く、いとおしげに”石”に頬擦りする変人女(平行)。
「この世界、7511922.361界で、コイツを殺す。この世界と他のザラガスと────そしてアタシと共に」

寂しげな、3度目の微笑。

「…………────────あたしには、帰る世界なんて無いんだから」


「この世界で暮らす気は?」
「ここの前に居た世界で、そんな気にもなった事があるわ。でも────」

そこは、自分の居た世界ではない。
自分の知る何もかもが存在しなかったり、酷く違っていたりする。何より────
その世界の自分が居る。何事も無く、明るく、能天気で、平和そうな顔をして。

「嫉妬ってコト?」
「そうね、自分に対する嫉妬。情けないでしょ?でも一度宿った感情は、どんな世界でも消えなかったわ」
「だから心中すると。にっくき仇敵と、嫉妬相手とともに」
「ええ、だから覚悟なさいな。楽しいかもよ?自分の世界と一緒に死ねるんだから」


「────やれやれ、トンだあたしも居たもんだわ」
耳の裏側をポリポリ掻く変人女。後れ毛がくすぐったいらしい。
「云っとくけど、そう簡単にゃ死なないから。アタシもこの世界もね。心中とかダイキライだし」

髪の短い変人女が眉を顰める。「……何か策でも?」
髪の長い変人女がニヤリと答える。
                        「…………ま、ね」
477名無しより愛をこめて:2006/11/13(月) 17:17:36 ID:Z9JKd1Xn0
物語はいよいよ佳境に入ってまいりました。
キャプテンアメリカ対キャプテンアメリカみたいな、ホンモノどうしの対決はどういう結末を迎えるのか?
そして世界の運命は??

そしてX話氏の作品が大団円を迎えしのちは、緊急投下用に構成した拙作駄文、もったいないので投下予定。
タイトルは……「となりの芝生」
と、いうわけで応援アゲ。
478第X話:2006/11/14(火) 03:32:14 ID:k60lMvzG0
いかん、バイト数って500kbまでか?
479第X話 彼方からの彼女
「あんた、”ザラガス小体”が一体何に由来するか知ってる?」

少し眉を顰める変人女(平行)。
「分かってると思うけど、この細胞内小器官はミトコンドリアに酷似している。つまり────」
「細胞外起源、すなわち細菌か何かの共生体って事?まあ予想はしてたけど」
「それなら、DNAもミトコンドリアの様に独自に保有しているって事よね?」

小屋の中心のPCへ歩み寄る変人女。マウスとキーボードをいじる。
「ザラガスの細胞を観察してみたら、細胞核とザラガス小体は癒着が激しいんだけど────」
何かのソースを開いた。スクロールして確認している。
「完全融合したかと思えば、しばらくして丸ごと細胞核から排出されたりしてる。完全には同化してない」
 多分共生、細胞膜内に入ったのもごく最近ね。細胞自体から拒絶されてるわ」
「つまり?」
「まだ細胞内から”ザラガス小体”を排除可能、って事」

「…………まさか、排除DNAでもブチこもうって事?無理よ。平行世界間で変異が多すぎる」
いくら”ザラガス小体”を排除する遺伝情報を製作しても、彼らは無限に連なる平行世界で変異を起こしている。
何処かに排除情報を無効化する変異を起こしたザラガスが居れば、それで元のもくあみだ。
「────そんな事が出来るなら、とっくに私が試してるわ」


にやりと笑う変人女。
「出来るわよ────……今の”あたし達”、ならね」


変人女がPCに何かのディスクを入れた。ツールを起動する。
「成る程、やっぱ”ザラガス小体”に介入して情報を流す、そういう装置ねコレ。よく出来てるわホント」
「ちょっと、何する気!?」
「”ザラガス小体”排除情報を、この祖形ザラガスから全平行世界ザラガスへと流出させる」
「無駄って言ってるでしょ!?全平行世界の”ザラガス小体”のDNA地図と変異パターンの分析なんて、
 全地球のスパコンでもネットツールでも出来る訳が────」
PC画面のウインドウ。変人女の操るマウスが、右クリック。