773 :
あるSS書き:
ぱしゃっと水音がはじけ、スイミングキャップが水面に姿を覗かせる。
「ふう・・・」
水から顔を上げ、足りなくなった酸素を補給する。
気持ちいい・・・
桜居仁美(さくらい ひとみ)はプールの底に足を着き、胸から上を水面に出した。
それほど大きいものではないが、形よい胸が水着の布地を押し上げる。
紺色のワンピースの水着はこのスイミングクラブのお仕着せだったが、彼女が着るととても似合っていた。
「桜居さん、相変わらず泳ぐの上手ねぇ」
「ホント、私なんかいつまで経っても息継ぎが上手く行かなくて・・・」
「アナタは特別へたっぴなのよ」
「言えてるぅ・・・あはははは」
彼女の周囲に同じ水着を着た数人の女性たちが集まってくる。
いずれもにこやかに彼女に笑いかけていた。
彼女たちはみなこのスイミングクラブの仲間たちだ。
年齢も職業も体重もまちまちな彼女たちだったが、いつもこのスイミングクラブで顔を合わせているうちに仲良くなったのだ。
774 :
あるSS書き:2006/08/15(火) 22:53:47 ID:VBTxvb2w0
仁美は別に水泳が上手くなりたいわけでは無い。
出産から五年。
子供も手が掛からなくなってきた今、彼女は再び以前のプロポーションを取り戻したかったのだ。
とはいえ、彼女自身のプロポーションが悪いわけではない。
一児の母親とは思えないほどの躰の張りを保っている。
腰もくびれ、お腹だって出てはいない。
だけど、仁美は気を抜きたくなかったのだ。
愛する夫のため。
このプロポーションを維持することこそが夫への愛の証だと思えたのだ。
「やあ、皆さん。どうですか、調子は?」
スイミングクラブのコーチである、猪坂広志(いさか ひろし)がやってくる。
先日、三十代になってしまったものの、まだまだ引き締まった躰とさわやかな印象は好青年を思わせる。
「「猪坂コーチ、こんにちは」」
仁美の周囲にいた女性たちがにこやかに挨拶をする。
それに対して猪坂も手を上げて答える。
「桜居さんもこんにちは」
その声を聞いた時、仁美は背筋がぞっとした。
他の女性たちは彼の事を気に入っているみたいだったが、仁美には彼に好意を持つことはできなかったのだ。
775 :
あるSS書き:2006/08/15(火) 22:54:21 ID:VBTxvb2w0
プールサイドで指導をしているときも、常に目の隅で彼女を見ているような感覚。
彼女が一人で休んでいる時に、気が付くと向いている躰を嘗め回すようなその視線。
まるでヘビが獲物を見つめているような感じを仁美は覚えるのだ。
注意しようにも明確に見つめられていたわけではないので、錯覚といわれてしまえばそれまでだ。
だが、明らかに仁美は猪坂の視線にいやらしいものを感じているのだった。
「こ、こんにちは」
努めて平静に挨拶する仁美。
「皆さん筋がいいですよ。その様子だと大澤さんは上級コースでも大丈夫ですね。どうですか? 一度昇級試験を受けられては」
「そ、そうですかぁ?」
まんざらでも無さそうな顔をしている大澤と呼ばれた女性。
実際猪坂コーチの評判はよく、彼目当てに通っている女性もいるらしい。
「考えてみてくださいよ。そうそう、明日の夜でしたね? 浜口さんのお祝いは」
「そうでーす」
「コーチも来てくださいね」
「彼女の目当てはコーチなんですから」
あはははと笑い声がプールに響く。
「もちろん伺いますよ」
猪坂も笑っている。
だが、仁美はどうしてもこの男を好きになれそうにはなかった。
「ごめんなさい。お先に失礼するわ」
仁美はそう言うと、プールから上がる。
水着に包まれた魅力的な後ろ姿を、猪坂は確かに目で追っていた。
776 :
あるSS書き:2006/08/15(火) 22:54:54 ID:VBTxvb2w0
「ほんとにいやらしい感じなのよ。まるで水着から滴る水まで飲み干しそうだわ」
パジャマ姿の瞳が髪の毛を梳いている。
「おいおい、そんな奴がコーチじゃヤバいんじゃないか?」
大きなベッドには夫の桜居幸太(さくらい こうた)が週刊誌を眺めていた。
「ええ、泳ぐの好きだし、やめたくは無いけれど・・・そろそろ考えるわ」
「そうだな・・・その方がいい」
何か考え込むような表情をして週刊誌をベッドの脇に置く幸太。
その目は妻の背に注がれる。
「明日はちょっと遅くなるわ。前に言っていたでしょ。プールのお仲間の浜口さんのお祝いなの」
「ああ、そういえば言っていたな。若いのに主任さんだって? やるもんだな」
「うふふ・・・あなただって課長さんでしょ。大丈夫よ。負けてないから」
そっと夫の自尊心をフォローする。
若い女性が主任で自分が平ではコンプレックスを抱くだろう。
だが、彼女の夫は課長だ。
だからコンプレックスを抱く必要は無いし、仁美もこのお祝いのことを打ち明けたのだ。
そうでなければ誕生日のお祝いとでも言ってごまかすほうがよかっただろう。
男というのはコントロールが大変なのだ。
「終わったわ」
寝る支度を終えて、仁美はベッドにもぐりこむ。
灯を消して布団をかける。
大きなベッドで愛する夫の隣に寝るのは至福のひと時だ。
「亮太(りょうた)は寝たのか?」
「ええ、先ほど覗いたらぐっすり」
その言葉が終わらないうちに仁美の腰に手が回される。
「あん、あなたったら・・・」
「そんな野郎の話を聞いたら黙ってられるかよ。仁美は僕の妻なんだぞ」
荒々しく仁美を引き寄せ、その首筋にキスをする。
「あん・・・もしかして、やきもち?」
「うるさい。仁美は僕のものだ」
「ああん・・・ええ、私はあなたのものよ・・・愛してるわ・・・」
仁美はまさに幸せだった。
777 :
あるSS書き:2006/08/15(火) 22:55:31 ID:VBTxvb2w0
ひとしきり食事とお酒を楽しんだ仁美たちは、猪坂コーチの提案でカラオケに行くことになっていた。
浜口という女性の会社内での昇進という、別に仁美にとってはどうでもいい出来事のお祝いだったが、プール仲間の集まりはやはり楽しい。
四十代後半の太った女性も二十代前半の若々しい女性も、みんな一緒に楽しめるのは水泳のいいところだ。
別に記録やスピードを意識しなければ、楽しく泳ぐことに問題は無い。
それだから仁美もこの集まりに顔を出しているのだった。
猪坂のことがなければまだまだ楽しめるはずなのに、彼の存在は仁美の心を翳らせる。
カラオケもどうしようかと迷った仁美だったが、もしかしたらクラブをやめるかもしれないし、そうなればみんなにも会えなくなる。
そう思って仁美はカラオケも付き合うことにしたのだった。
一次会のレストランからカラオケボックスまではちょっとある。
仁美たちはわいわい言いながら人通りの無い夜道に差し掛かっていた。
突然、ばらばらと人影が現れる。
「えっ? キャーッ!」
女たちが悲鳴をあげる。
人影は全身を黒い全身タイツ状のスーツで覆い、顔には緑と赤のペイントがされ、ベレー帽を被っている。
腰には北半球の上に乗ったワシのマークのベルトが飾られ、人影の中の二人は一部が赤い全身タイツを纏っていた。
「な、なんだ、君たちは」
猪坂コーチが女性たちをかばおうとするが、周囲はすでに囲まれている。
女性たちに逃げ場は無いのだ。
「クククク・・・われわれはショッカー」
「ショッカー?」
聞いた事が無い。
どこかの軍隊だろうか・・・
仁美は必死に逃げることを考える。
しかし、彼らの囲みを破って逃げられるかどうかはわからなかった。
778 :
あるSS書き:2006/08/15(火) 22:56:04 ID:VBTxvb2w0
「猪坂広志。お前は我がショッカーのコンピュータがはじき出した知能体力ともに優れた男だ。我がショッカーはお前を歓迎する」
一部が赤いスーツ姿の男がそう言って猪坂を指差す。
「なんだと?」
猪坂は戸惑う。
しかし、男どもは意に介さずに猪坂を両脇から捕らえてしまう。
「うわっ、なんて力だ」
猪坂は力だって弱くは無い。
水泳は全身スポーツだから筋肉も発達しているのだ。
しかし、この黒尽くめの男たちにはまったく歯が立たない。
「ククク・・・われわれはショッカーの戦闘員。強化された我々に生身の男がかなうものか」
「イーッ! この女どもはどうします?」
黒尽くめの男がリーダーと思われる一部が赤い男に尋ねる。
「連れて行け。何かの役に立つだろう」
冷酷な声に仁美は目の前が真っ暗になった。
薄暗いひんやりとしたホール。
黒尽くめの男たちに仁美たちは連れてこられていた。
猪坂は二人がかりで抑えられ、身動きが取れない。
仁美たち五人の女性もそれぞれ後ろ手に縛られて逃げられないようにされていた。
黒尽くめの男たちはみな一点を見つめている。
彼らのベルトと同じマーク。
地球をわしづかみにしたワシの姿がレリーフとして飾られている。
彼らはそれを見つめているのだ。
な、何なの・・・これは・・・
仁美は恐ろしかった。
ただここから逃げ出し、愛する夫の元へ戻りたかった。
779 :
あるSS書き:2006/08/15(火) 22:57:06 ID:VBTxvb2w0
『諸君、ようこそショッカーのアジトへ』
ワシのレリーフの腹の部分が光り、ホール内に声が響く。
「「イーッ!」」
黒尽くめの男たちがいっせいに奇声を上げる。
「お、俺たちをどうするつもりだ!」
「私たちを帰して!」
「お願い、帰してください」
みんなが口々にその声に哀願する。
だが、仁美は黙ってレリーフをにらみつけた。
こんな男たちを使って姿を現さない以上、ただで帰してはくれないだろう。
おそらく身代金が目的なのではないか?
でも・・・家にはそんなお金は・・・あなた・・・亮太・・・
『黙れ! お前たちに選択の権利は無い! お前たちに許されるのは我がショッカーの役に立つことだけなのだ』
レリーフの冷酷な声が響く。
『まずは猪坂広志。お前を我がショッカーの改造人間に改造する』
「改造人間? そんなのは願い下げだ!」
『貴様の意思など関係ない。お前はこれより改造手術を受け、ショッカーの一員となるのだ。そこに選択の余地は無い』
「や、やめろ! 俺はそんなものにはなりたくない!」
何とか黒尽くめの男たちを振り切ろうとする猪坂。
しかし、やはり身動きは取れない。
「くそっ、やめろ!」
『誰もが始めはそう言うのだ。だが、ショッカーの誇る脳改造を受ければ、その思考はショッカーのものとなり、改造人間であることを誇りに思うようになる』
780 :
あるSS書き:2006/08/15(火) 22:57:36 ID:VBTxvb2w0
脳改造?
そんなことが可能だというの?
仁美は息を飲む。
「どうしても俺を改造する気か?」
『くどい! ショッカーに選ばれたことを喜ぶがいい!』
「だったら条件がある!」
猪坂がレリーフをにらみつける。
「条件だと? ふざけるな!」
左右から押さえつけている黒尽くめの男が猪坂の頭を押さえつける。
『待て! この状況で条件を持ち出すとは面白い。言ってみるがいい』
「ふっ、俺を改造するなら、あそこにいる女、桜居仁美も改造してくれ」
な、何を言っているの?
猪坂の言葉に唖然とする仁美。
『ほほう。それはどういうことだ?』
「俺はあの女を狙っていたんだ。人妻だがいい女だからな。いずれセックス漬けにして俺のものにするつもりだったんだ」
なんてこと・・・
ぞっとする仁美。
猪坂の言葉に他の四人も顔を見合わせる。
『ほう。そんなことを考えていたとは、なかなか見所のある男だ』
「それが認められなければ俺はこの場で舌を噛み切る。俺が死ねばそっちも困るんだろう?」
「いやよ! あんたなんか・・・あんたなんか死んじゃえばいい」
仁美は我慢できなかった。
やはりこの男は最低だ。
ここから無事に帰ったら絶対にやめてやる。
でも・・・
無事に帰れるの?
781 :
あるSS書き:2006/08/15(火) 22:59:44 ID:VBTxvb2w0
『はっはっは・・・よかろう。欲しいものは奪い取る。それこそまさにショッカーの思考』
「それじゃぁ」
猪坂の顔が邪悪にゆがむ。
『うむ、その条件は考慮しよう。お前の働き如何でその女をお前のために改造し、脳改造もしてやろう』
「いやぁっ! そんなのはいやぁっ!」
仁美は半狂乱になって首を振る。
この人たちは狂っている。
ここは狂人たちの集まりだわ。
帰して!
私を帰して!
『その女たちを連れて行け。そこの桜居仁美は素質をチェックさせるのだ』
「「イーッ!」」
黒尽くめの男たちが女どもを引っ立てる。
仁美は絶望に打ちひしがれたままホールを後にした。
******
あれからどれくらい経ったのだろう。
仁美はアジトの牢獄に捕らえられたまま日々を無為に過ごしていた。
あれから仁美は徹底的に躰のチェックを受け、その結果戦闘員としての適性はあるものの、怪人としての適性には乏しいということだった。
猪坂はまったく姿を見せなくなり、大澤と野口は戦闘員適性も無いということでどこかへ連れ去られてしまっていた。
浜口も間中も極端に無口となり、黙って牢獄でただ時が過ぎるのを待つだけとなっていた。
782 :
あるSS書き:2006/08/15(火) 23:00:25 ID:VBTxvb2w0
キイと扉が軋む音がする。
仁美は時計を見た。
夜の十時。
戦闘員たちが来るにしては遅い時間だ。
何かあったのかしら・・・
仁美は顔を上げる。
カツコツと靴音が近づいてくる。
それも複数だ。
仁美は息を押し殺す。
いつかここを抜け出すまで死にたくない。
なるべくおとなしくしているほうが良さそうだった。
「ケケケケケ・・・」
鉄格子の向こうに姿を現したものを見て、仁美は息を飲んだ。
そこに現れたのは全身がうっすらと毛に覆われ、頭の左右からは角のような触角が伸び、顔の中央には大きな六角形の複眼状の目が三つ重なり、口元には大きな牙が生えている蜘蛛の化け物だった。
「ひぃっ」
「ケケケケケ・・・桜居仁美、俺を覚えているか?」
蜘蛛の化け物はそう話しかけてくる。
仁美は恐怖におののきながらも首を振った。
「ケケケケ・・・俺様はショッカーの改造人間蜘蛛男。元は猪坂広志といったが、そんな名前はもう意味が無い」
仁美は驚いた。
この蜘蛛の化け物があの猪坂だというのか?
「ま、まさか・・・」
「ケケケケ・・・待たせたな、仁美。俺は改造され、蜘蛛男として生まれ変わった。そして俺はショッカーに歯向かうものを殺し、必要な人材をさらってきてショッカーのために働いたのだ」
仁美はあとずさった。
この男はレリーフの声との取引を成立させたのだ。
「首領は俺の働きを評価してくれた。お前を俺のモノにすることを許可してくれたのだ」
「いやぁっ!」
仁美は首を振る。
こんな化け物のものになるなんていやだ。
死んでもいやだった。
783 :
あるSS書き:2006/08/15(火) 23:01:31 ID:VBTxvb2w0
「ケケケケ・・・連れて行け」
「「イーッ!」」
牢獄の鍵が開けられ、戦闘員たちが入ってくる。
仁美は必死に抵抗するが、所詮ははかない抵抗だった。
戦闘員たちは仁美を連れ出すと、手術室へ連れて行った。
ショッカーの誇る改造手術台。
その円形の手術台に仁美は寝かされていた。
衣服は全て取り去られ、二十七歳のみずみずしい肉体がさらけ出されている。
両手両脚は金具によって固定され、逃げ出すことはおろか、胸や股間を隠すことすらできなかった。
「いやぁっ、お願い、うちに帰してぇ! ここのことは誰にも言いません。主人にも言わないわ。だからお願いです。うちに帰してぇ」
必死になって身をよじりこの状態から逃れようとする仁美。
すでに周囲には白衣を身に纏い、不気味な赤と緑のペイントを施した医者らしき人物が控えており、さらにそのまわりを戦闘員が囲み、レリーフの下には蜘蛛男が立っている。
ああ・・・誰か助けて・・・
仁美の目から涙が流れる。
784 :
あるSS書き:2006/08/15(火) 23:03:22 ID:VBTxvb2w0
ウイーンウイーンという電子音とともにレリーフのお腹のランプが輝き始める。
『これより桜居仁美の改造を行なう。その前に彼女の適正に付いて報告せよ』
「はっ、この女、桜居仁美は知能体力ともに同年代の女性に比べて優れております。しかし、我がショッカーの求める改造人間としての適正までには至っておらず、戦闘員としての適性までと考えます」
白衣を着た医師の一人がレリーフに向かって答える。
「戦闘員だと? 俺はそんなものを求めているのではない。この女を俺に相応しい改造人間のパートナーとして作り変えて欲しいのだ」
蜘蛛男が医師団をにらみつける。
『どうなのだ? 医師たちよ』
「お待ち下さいませ。確かのこの女の単体での適性は戦闘員といったところです。しかし、単独行動をしない改造人間の支援用改造人間としてならば、その能力は充分です」
「蜘蛛男のパートナーとして常に行動を共にするのであれば、彼女を改造人間とすることに異存はございません」
「おお、それこそまさに望むところ。彼女を俺のパートナーに改造するがいい」
医師の言葉にうなずく蜘蛛男。
「いやぁ、そんなのはいやぁっ」
「クックック・・・心配はいらん。肉体の改造とともに脳改造も行なわれる。そうなればお前はショッカーの一員としての思考をするようになり、改造されたことを誇りに思うようになるだろう」
不気味に笑みを浮かべる医師たちを見て、仁美はもはや救われないことを知った。
あなた・・・亮太・・・ごめんなさい・・・
『よろしい。桜居仁美の改造をはじめよ』
レリーフの命令が下った。
******
785 :
あるSS書き:2006/08/15(火) 23:03:53 ID:VBTxvb2w0
「パパー」
保母さんの手に引かれて亮太が門の所までやってくる。
「亮太。お待たせ。さあ、帰ろうな」
可愛い息子を抱きしめ、車の後席に座らせる。
「ママは?」
幼い亮太はやはり母親がいないことが納得できない。
「ん? ママはもうすぐ帰ってくるよ。きっと帰ってくるさ・・・」
運転席について車を走らせる桜居幸太。
あの日から仁美は帰ってきていない。
彼女を含む六人が居なくなったというのに、警察はまったく手掛かりをつかめていなかった。
どこへ行ったのか・・・
幸太には信じて待つしかなかったのだ。
誰もいない我が家に帰ってくる。
灯の点いていない我が家。
だが、今日は違った。
幸太と亮太が帰ってきたとき、家には灯が点いていたのだ。
「まさか・・・」
幸太ははやる気持ちを抑えて、亮太を連れて自宅の玄関を開ける。
鍵は掛かっていない。
合鍵を持っているのは仁美だけ。
仁美が帰ってきたのだ。
幸太は居ても立ってもいられず、玄関をくぐるとすぐに居間に駆け込んだ。
786 :
あるSS書き:2006/08/15(火) 23:05:07 ID:VBTxvb2w0
「ククク・・・ようやく帰ってきたようね」
ソファーに座った仁美が入ってきた二人を射るような目で見つめていた。
「仁美・・・」
「ママー」
亮太がすぐに駆け寄った。
「うるさいわね」
抱きつこうとした亮太が跳ね飛ばされる。
仁美の手の甲が亮太を打ち据えたのだ。
「亮太!」
思わず駆け寄る幸太。
「う、うわーん」
頬を張られた亮太は火の点いたように泣き始める。
「りょ、亮太・・・何をするんだ!」
「お黙り! お前のような下等な人間と話すのは気が進まないのよ。私はお前にお別れを言いに来たの」
冷たい目で見つめる仁美。
彼女のこれほど冷たい目を彼は見たことはなかった。
「亮太・・・ママとお話があるから部屋へ行っていなさい」
幸太は泣きじゃくる亮太を部屋へ向かわせる。
その様子を仁美はくだらなそうに見つめていた。
787 :
あるSS書き:2006/08/15(火) 23:05:41 ID:VBTxvb2w0
「どういうことなんだ、仁美」
「どうもこうも無いわ。お前のようなくだらない下等な人間には興味が無くなったの」
うっすらと笑みを浮かべている仁美。
アイシャドウが引かれ、唇には黒いルージュが乗せられている。
妖しく美しいその顔は幸太にはまったく見知らぬ女性にすら思える。
「本気で言っているのか? 仁美」
「ええ、本気よ。私は生まれ変わったの。私は相応しいパートナーを得て人間であることを捨てたのよ」
「相応しいパートナーだって?」
幸太の心がざわめく。
一体どうしてしまったというのだろう。
「ええ、お前なんか比べ物にならない人よ。私はもうその方のものなの」
「だ、誰なんだ、そいつは!」
幸太が詰め寄る。
「ケケケケ・・・俺様のことさ」
背後の扉を開けて人影が入ってくる。
「うわぁ、ば、ば、化け物」
入ってきたのは蜘蛛の化け物だった。
「ふふふ・・・失礼な男ね。こんなに素敵な蜘蛛男を化け物だなんて」
仁美は笑みを浮かべながらゆっくりと蜘蛛男のそばに向かう。
「ひ、仁美、離れろ! そいつから離れろ!」
「ケケケケ・・・馬鹿な男。彼こそ私のパートナーなのよ。私はこの蜘蛛男のものなの」
蜘蛛男の腕を取り、寄り添う仁美。
「ば、馬鹿な・・・」
「ケケケケ・・・そういうことだ。この女は俺のもの。仁美、この馬鹿な男にそれをわからせてやれ」
蜘蛛男が顎をしゃくる。
「ケケケケ・・・ええ、そうしますわ。“あなた”」
「ひ、仁美・・・」
愕然とする幸太の目の前で仁美は煩わしそうに服を脱ぐ。
そして、裸になった仁美はにやりと笑うと細胞の配列を変えて行く。
「う、うわー!」
幸太の悲鳴がとどろいた。
788 :
あるSS書き:2006/08/15(火) 23:06:13 ID:VBTxvb2w0
そこに立っていたのはもはや仁美ではなかった。
美しいボディラインはそのままだが、全身を緑と赤の縞とうっすらとした毛で覆われ、頭の両脇からは二本の触角が伸びている。
口元は人間のときのままだが左右から牙が伸び、目の辺りには六角形の複眼状の目が覆っている。
両手の爪は鋭く、両脚は指が無くなりハイヒールの様になっている。
まさに隣に立っている蜘蛛の化け物の女性版だったのだ。
「ケケケケ・・・どう? これが私の姿。私はショッカーの改造人間蜘蛛女。蜘蛛男のパートナーよ」
「あああ・・・」
幸太には何がなんだかわからない。
仁美は一体どうしてしまったのだろう。
「ケケケケ・・・もはやお前に用は無いわ。死ね!」
蜘蛛女と化した仁美の口から糸が伸びる。
「ウグッ」
糸はすぐに幸太の体に巻きつくと、その自由を奪い去る。
「ケケケケ・・・お前は戦闘員にもなれ無いクズだわ。ショッカーにとって役に立たない男は無用よ」
蜘蛛女は糸をクイッと引いた。
「アガッ」
糸はあっけなく幸太の首を切り落とす。
血が飛び散って幸太の躰は床に転がった。
「ケケケケ・・・良くやったぞ、蜘蛛女」
蜘蛛男が彼女の肩を抱く。
「ケケケケ・・・ありがとう蜘蛛男」
それに寄り添うように蜘蛛女はもたれかかった。
「ガキはどうする? 戦闘員が確保しているが」
「どうでもいいわ。あんな下等な生き物なんか興味ないもの。一応連れ帰れば実験材料ぐらいにはなるんじゃない?」
足元に転がる幸太の死体を踏みつける。
「こんな男の妻だったなんてぞっとするわ。ショッカーの改造人間にしていただいてよかった・・・」
「ケケケケ・・・これからも俺とともにショッカーに尽くすのだ。いいな」
「ケケケケ・・・もちろんよ。私はショッカーの改造人間蜘蛛女。蜘蛛男のパートナーよ」
蜘蛛女は幸せそうに蜘蛛男にキスをした。