二十分ばかしで電車を下車し、教授宅の最寄駅に降り立つ。
そこから十分ほどで、彼女は鈴原教授の自宅に到着した。
なかなか立派な屋敷で周囲には数人の警備員の姿が見える。
鈴原教授はナチス・ドイツが研究していた改造人間に関する情報を多く提供し、
その見返りとして多額の報酬を受けていた。だが彼はその報酬に満足せず、
自らの研究室に所属する学生を改造人間の素体としてショッカーに売り飛ばしたのだが、
彼のことを怪しく思った本郷が屋敷に乗り込んできたのだ。
慌てた彼は自分もショッカーに脅迫されている。と嘘をつき、アジトの情報を本郷に伝えた。
その結果アジトは壊滅、作戦も失敗し、ショッカーは大きな痛手を負った。
裏切り者の彼にショッカーは一週間以内の処刑宣告を告げた。
警察に相談しようとしても、こんな話は信じてもらえるわけがない。
仕方なく自宅に出来る限りの防犯対策を施した彼はひたすら自室に閉じこもっているのであった。
“蠍女よ、裏切り者の鈴原を抹殺しろ。”
大首領の声が彼女の頭に流れる。
門扉の前に立つ警備員が彼女の存在に気づいた。
「鈴原教授に何か御用で?」
「そうね・・・ 鈴原教授を殺しに来ました。」
「な、何を言っているんだアンタは?うっ、うわっ!・・・」
「シュシュシュシュシュ・・・」
沙希は蠍女へ変身を始めた。
全身が赤茶色の硬い肌に変化し、口から牙が、頭部からは蠍の尻尾が生えてくる。
「うわっ、ば、化け物っ!」
目の前の女性が変わり果てた化け物を見た警備員は慌てて警棒を取り出そうとするが、
尻尾の針に刺されてしまった。
「うっ・・・」
その場に倒れた警備員を暗闇から現れた戦闘員たちが車に連れ込む。
「シュシュシュシュシュ・・・
屈強な身体をもった警備員なら戦闘員はもちろん改造人間への適性を持つ者も多いわ。
警備員は殺さずに気絶させて全員基地へ連れ去りなさい。」
戦闘員たちに指示すると、蠍女は溶解液で門扉を溶かして邸内へ侵入した。
ジュクジュクジュク・・・
自室に閉じこもって脅えきっている鈴原教授の背後から不気味な音が聞こえる。
教授が振り向いたそこには驚くべき光景が広がっていた。
補強した金属製のドアはドロドロに溶かされ、部屋の中に女性と思われる改造人間が入り込んでいた。
「ひいっ!」
「シュシュシュシュシュ・・・
おまえが組織の裏切り者の鈴原教授ね。そんなに驚かなくてもいいじゃない。
蜥蜴男はあなたの生徒だったんでしょ? 信頼するあなたに裏切られた彼の気持ち分かる?」
「来るな!来るな!」
「自分は殺されたくないからって本郷にアジトの位置を教えて、
そのせいで蜥蜴男は死に組織は大きな損害を受けたわ。」
「いやっ、あれは違うんだ。仕方なく・・・ 頼む、大首領に頼み込んでくれ!」
「シュシュシュシュシュ・・・
偉大なる大首領様はもうお前を必要としていないわ。死になさい!」
ピューッ!
蠍女の尻尾から赤い毒液が発射される。
「うわっ、やめろ!うわわっ!ギャァーッ!」
ジュクジュクジュク・・・
毒液を全身に浴びた教授の身体が崩れてゆく。
「シュシュシュシュシュ・・・ 組織を裏切るとこうなるのよ。」
“よくやった蠍女。明日からはいよいよ本郷猛抹殺計画を開始する。”
蠍女の頭に大首領の声が流れる。
「お褒めの言葉ありがとうございます。本郷はわたしが必ず倒してみせます。」
そう言うと蠍女は沙希の姿に戻った。
“いよいよ明日から本郷との戦いが始まるのね。今日は早く家へ帰ってゆっくり休もう。”
彼女は鈴原邸をあとにすると、足早に駅へと向かった。
「やっぱり誰かに殺されたのかしら・・・」
「えっ?」
「ほら、あの人色々と評判悪かったし・・・ 何か気味悪いね・・・」
宇尾山教授が三日前に忽然と姿を消したことは大学内だけでなく、新聞やテレビでも大きく取り上げられていた。
学界でのトラブルや身代金目的の誘拐など様々な憶測が飛び交っているが、その真実を知る者は少ない。
シーラカンス男としてショッカーの悪事を遂行していた彼は仮面ライダー本郷猛によって倒されたのだ。
「うん・・・ やっぱ身近でそういうことあると怖いよね。」
そう言った瞬間沙希の身体は凍りついた。
何と目の前には本郷の姿があった。学生に何かを聞き込んでいる。
「どうしたの?」
「ううん。何でもないよ。早く行こう。」
そう言って本郷に気づかれる前に立ち去ろうとした彼女だったが、本郷は彼女のほうへ向かってきた。
“まさか、そんな・・・ 由香里の前で本郷と・・・”
だが彼女の不安は見当違いであった。
「すみません。宇尾山教授のことについてお伺いしたいのですが、お時間よろしいでしょうか?」
「別ににかまわないですけど・・・ 警察の方ですか?」
「えぇ。それでは、宇尾山教授は失踪する前に何か怪しい行動を起こしたりしていませんでしたか?」
「うーん。あの人セクハラしていることで有名で。他は特には・・・ 沙希はどう?」
「えっと・・・ 別にいつもどおりの感じでしたよ。ごめんなさい、ちょっと急いでいるので・・・」
「そうですか。ご協力ありがとうございました。」
軽く会釈をしてその場を離れる本郷。
「ホントに警察の人だったのかな?」
由香里は他にも学生を捕まえて聞き込みをしている本郷のことを怪しく思っているようだ。
“はぁ、良かった〜 意外と本郷もお馬鹿さんなのね。”
一気に沙希の気持ちは落ち着いたようだ。
「確かに警察っぽくはなかったよね。」
そんな会話を繰り広げながら、彼女たちは次の講義へと急ぐ。
その様子を見つめる本郷。
“あの女性からはショッカーの改造人間が発する特殊な電波が聞こえた。
常人では聞こえない特殊な電波だ。彼女は間違いなくショッカーの改造人間だ。思わぬ収穫だな。”
その日の夕刻、ショッカー本部の廊下を歩く蠍女。
それまでの功績が認められた蠍女には専用のアジトが与えられていたが、
この日は大首領への報告と体内検診のため本部へ訪れていた。
構成員の八割近くが男性で、男尊女卑色が濃いこの組織では異例ともいえる待遇を受けている蠍女。
そのため男性構成員からは妬みの対象にされたり、色目を使われることも多い。
現に廊下を歩いている今もウツボ男からは罵言雑言を浴びせられ、体内検診を担当した医師の目つきも怪しいものだった。
“全くどいつもこいつも嫌になるわ。どうして蜥蜴男さんのようなマトモな人は居ないのよ・・・
絶対本郷を倒して幹部クラスへ昇進してやるわ。そうしてまずは組織から変えてやるわ。”
どうやら蜥蜴男は蠍女に真っ当に接してくれた唯一の異性だったらしい。その蜥蜴男は二週間前に本郷によって倒されていた。
そのとき反対側から一人の女性が向かってきた。
蛇の改造人間のようで、全身は暗褐色の鱗に覆われ、左手は蛇の頭部になっている。
「すみません。蠍女さんですよね?」
「えぇ。そうよ。何か?」
「あの、わたし蛇女といいます。まだ組織に入って三日しか経っていないんですけど、蠍女さんの評判聞いてます。
凄いですよね、どの作戦も完璧にこなして。わたしも蠍女さんのようになれるよう頑張ってます。」
「あら、そんなに言われると照れるわよ・・・」
そう言いながら沙希の姿へ戻る蠍女。
「蛇女さんね、お話聞いているわ。素敵な身体じゃない。確か新体操の選手さんだったっけ?」
「はい!そうです。中学の時からやっています。」
蠍女に合わせるように人間の姿に戻る蛇女。
「ひゃー、凄くスタイル良いわねー。それに美人さん。」
「そんな、蠍女さんほどじゃないですよ。」
「口が達者ね。組織のことで分からないことがあったら何でも聞いてね。
あ、男には気を付けなさいよ。身体目当ての連中ばかりだから。そうだ、良かったらメールしない?」
「えっ!?良いんですか。是非お願いします!」
その場でケータイを取り出し、アドレスを交換しあう二人。何ら普通の女子大生と変わりない。
「またあとでね。訓練大変だけど頑張ってね。」
「はい!ありがとうございました。作戦頑張ってください!」
“可愛らしい子ね。色々と面倒見てあげよう。”
そんなことを思いつつ、沙希は蠍女へ変身して司令室へ向かった。
「イーッ!」「イーッ!」
蠍女が司令室に入ると、戦闘員たちが直立し敬礼をする。
「シュシュシュシュシュ・・・ お待たせいたしました大首領様。」
鷲のエンブレムが緑色に光る。
「蠍女よ、本郷猛抹殺計画は順調か?」
「はい。病院の建物は完成済みで今は本郷の協力者、立花の経営する喫茶店に戦闘員を忍び込ませています。
病院関係者を装った彼らにショッカーに襲われたと話す急患が入院したと喋らせます。間違いなく立花はこの話を本郷に伝え、
まんまと誘い込まれるでしょう。病院には五十人の戦闘員と百匹の人喰い蠍を配置します。いくら本郷でも勝ち目がないでしょう。」
「そうか。だが本郷は蜘蛛女や蝙蝠男といった実力者も倒している。気を引き締めて計画に取り掛かるのだ。成功を願っておるぞ。」
本郷に自分の正体を察知されつつあることに気づいていない蠍女は自信に満ち足りた表情で司令室をあとにした。