本当につまらない人間が多過ぎる。
なんで、誰から見ても馬鹿な事を平気でするのかな。
思い込みだけで決めつけて叫んでみたり
些細な事で怒りを剥き出しにしたり
辺り構わずみっともなく泣いてみせたり。
そういったあからさまな感情を見せびらかして
他人の関心を買ったりするのは人として最低かも。
人の前で泣く所を見せるなんて好きじゃない。
それに涙は、簡単に安っぽく流すものじゃないと思うな。
…涙は、本当に好きなひとが死んだ時にしか流さないものじゃないかな?
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今日は朝からついてなくて、僕の自転車は角を曲がるとすぐに
とろとろ走るスクーターにぶつかった。
頭の悪そうな男は、転がったスクーターに向かって何か叫んでたけど
別に怪我も無さそうだったから「大丈夫だよね?」って声をかけてから
そのまま自転車を走らせる。
しばらくしないうちに男はまた誰かにぶつかったみたいで
後ろから「あ゛ー」とか「つかねー」とか涙声で騒ぐ声が聞こえてうんざりした。
本当につまらない人間が多過ぎるよ。
最近よく同じ夢を見る。
夢の中で僕は銀の仮面を付けた戦士になってる。
虎を模した仮面は余計な感情を隠してくれて、
銀の装甲は頑丈で、どんな攻撃にもびくともしなかった。
大きな斧を振って、醜くて強い怪物を一撃で倒したリ、
両手にはめたクローの鋭いカギ爪で貫いたりすると、
血が沸きあがるような興奮を覚えて凄く気分が良かった。
僕は無敵だった。
僕は寂しくなかった。
大きな白い虎が側に居て、いつでも僕を護ってくれたから。
目が覚めると一人きりで、溢れていたはずの力はどこにもなくて…。
醒めるまでぼんやり過ごしながら考える。これが泣きたい気分なのかも。
そして今朝…。
いつもの様に、鏡に映るひ弱な身体を前に、やるせ無く歯を磨いてると
頭がぼうっとしてたせいか鏡の向こうに黒い影が佇んでるように見えた。
一瞬、恐怖で凍り付きそうになる。
黒い影はゆらっと向き直り、ギザギザのトゲが付いた槍を僕に向けて構える。
もう一度見直すと影なんかどこにも見当たらない。
眠いからまだ夢の続きを見てるんだ。そうだな。見間違いだよね。
でも…。夢の中に時々現れるあの影は、一体何なんだろ?
襲い掛かって来ないけど、じっと僕の様子を覗ってる姿に悪寒が走る。
あいつは僕を狙ってるのかな?あいつを見ると怖くなるのはどうしてかな?
銀の仮面になれば、あの黒い影とも戦えるかな?
余計な事を思い出して注意がそれたみたいで、
何かを轢きそうになって慌ててブレーキを踏む。
道にボールくらいの大きさの、汚い毛玉が落ちてた。
良く見ると小さな子猫で、半分薄目をつぶって荒く肩を震わせてる。
今にも息を止めそうだった。
僕が手を伸ばすと、毛玉は弱々しい声で「しゃー」と吼えた。
掌に乗せると身体中を突っぱねて逃げようとして暴れる。
小さな口にはもう牙も歯も並んでて、前足には長い爪も生えていた。
噛み付かれるのも引っ掛かれるのも嫌だな。
どうしよう?
元の所に置いてそのまま逃げた方がいいかな?
猫を地面に戻して自転車を走らせると、微かな「にぃ」って声が聞こえた気がした。
振りかえると捨てられたままの格好で固まる子猫。
誰にも気に留められなくて、放って置かれて、小さな手足を寒さに震わしていて…。
そんな姿がポツンと小さくなる光景はなんだか見ていられなくなった。
鬱陶しいよお前。
どこか僕の目に付かない所に捨てた方が良いのかな?川の中とか?
でもきっと、ずっと考える。どうなったかずっと。ずっとずっと…。
結局、猫をカバンに入れて学校に持って行った。
蓋を開けると身を包む暖かいタオルに安心したのか、猫は丸まっておとなしくしていた。
灰色の毛皮に付いてる泥をティッシュで落とそうとすると
猫は僕を脅そうと精一杯口を開いて威嚇した。触れられるのを怖がってるみたいだ。
暖かい場所から離れたくないのかタオルに潜り込んで必死で布の端を掴んだまま
一所懸命自分を強そうに見せる姿は滑稽で…哀しかった。
牛乳を皿に出してみるけど、うまく飲んでくれない。
漫画か何かで、スポイトで飲ませるのがあったな。研究室から借りてこようかな?
なんだろう。学生がさっきからじろじろこっちを見てる。
そいつは女の子と遊ぶ事しか考えてないちゃらちゃらした奴で、
ハンサムでもないのに気取ってだらしなく髪を伸ばして大声ではしゃぎまくって…。
とにかく一目見た時から嫌いだった。
やな感じ。僕の事を笑ったり、からかったりするのかな。
早くどこかへ行けと思ってると、逆につかつか近寄ってきた。
「なにやってるんだよ?ちょっと見せてみろ」
うるさい。あっち行け。
そいつは勝手に皿を取ると、指に牛乳を浸してそっと猫の顔の前に差し出した。
「この寒いのに冷たいままじゃ飲むのも辛いだろう。人肌くらいに温かくしてやらないと。
それに本当は牛乳は猫の身体に良くないしな」
「そうなの?」
そいつに言われるまま、牛乳を学食のレンジで軽く暖めて千切ったパンを入れてみる。
猫は前足でタオルをにぎにぎしながら一心不乱に皿のものを食べ出した。
「道で拾ったって?可哀相に…まだこんなに小さいのに捨てられたのか。
生まれてから充分な時間、親と一緒に暮らせなかったんだな。母乳から抵抗力も貰えないし
猫としての生き方も教えて貰えないから、身体も性格も弱いままで一生苦労するだろうな」
「この猫は長生きできないの?」
「まともに育てるのは難しいだろう。ま、飼い主の努力次第だが」
お腹がいっぱいになったら安心したみたいで、猫は大きくあくびをして眠り始めた。
気が付くと男は居なくなっていたけど、あんな奴どうでもいいや。
丸まった子猫を見てると何となく気持ちが落ち着く気がした。
買い物から戻ると部屋の中は滅茶苦茶になってた。
あちこち爪で引っかいたみたいにボロボロになって、
色んな物がひっくり返ってて、吐いた物と漏らした物で床は汚れてた。
掃除をしながら探してみたけど肝心な子猫はどこにも見当たらなくて
だんだん眼の奥が熱くなってきた。
やっとベッドの下に居るのを見付けて安堵する。
猫はこれ以上無いくらい身体を縮めて埃だらけの隅に隠れてる。
こういう時は叱った方がいいのかな?
子供のうちに厳しく躾ないと正しい大人になれません…って言うよね。
『猫としての生き方も教えて貰えないから…』
『身体も性格も弱いままで…』
「お前も苦労したんだな。いいよ。ここが気に入ったならこのままで」
買ってきた子猫用の餌を皿に盛って出すと、しばらく見てるうちカリカリ食べ出した。
子猫はすぐに隠れて、すぐに牙を剥いて、隅に隠れ続けた。
その日は子猫を眺めて過ごした。動くのが面倒なのでそのまま毛布を被って眠った。
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夢の中で僕はまた戦士になってる。
デッキから抜いた契約のカードをかざし、側に立つ白虎の名を呼んだ。
「来い!デストワイルダー!」
虎と共に駆け、群がる怪物を斧で叩き潰しクローで引き裂き、僕は声をあげて笑う。
白虎が…デストワイルダーが居れば、僕は無敵だった。
今なら黒い影とも正面から戦える気がした。
あれを倒せば僕はもっと強くなれるかな?
目が覚めると僕の腕を枕にして子猫が一緒に眠ってた。
様子が落ち付いたみたいだからそっと背中を撫でてみる。
子猫はおとなしく目を細めてごろごろ喉を鳴らし出した。
猫の機嫌が良いうちに湯に浸したタオルで身体をきれいに拭いてやると、
地色は灰色じゃなくて縞模様の入った白だった。
本当に綺麗な猫だ。
柔らかそうな白い毛と青みがかった濃い灰色の模様が白虎を思わせて格好良い。
拾った時はみすぼらしい猫だと思ってたからちょっと嬉しいかも。
こいつは僕のデストかな?
夢と逆に僕が護ってあげなきゃいけないけど。
出掛けようとするとなんだかデストの様子がおかしかった。
今までみたいに背を丸めて寝息を立てずに、ぐったりした感じで横たわってる。
このまま置き去りにするのが怖くてカバンに寝かせ、また学校まで連れて行った。
授業中も心は飛んで、課題も何もかも上の空だった。
最初の講義が終わってすぐ、デストの様子を見る。
デストはかすれた声で泣いている。目をつぶって餌も食べないし息も苦しそうだ。
身体を濡らしたのがいけなかったのかな。
雨も降って寒くなってきたしデストもぶるぶる震えだした。
弱った子猫を膝に置いたまま、僕は椅子から立てなかった。
誰に何を聞けばどうすれば良いか判らず泣きそうな気分になってる僕と、
たかが猫ぐらいで動揺してどうするんだと冷笑する僕が、そこに居た。
後ろから怒鳴り声が聞こえた。
「馬鹿かお前。医者だ!すぐに医者に連れて行け!」
この前のひょろ長い男だ。
何でこいつは僕に指図するんだろう?
「でも。どの病院が良いか判らないし、どこにあるか知らないし…。
雨が降ってる中で連れ歩いたら病状が重くなるんじゃないかな。
色々調べて雨が上がってから、びょ…」
そいつはいきなりカバンからデストを奪い取ると、勢い良く走り出した。
慌てて後を追いかけると、タクシーを停めて乗り込もうとしてる。
僕が隣に割り込むと露骨に嫌そうな顔をして、運転手に行き先を告げた。
「どこへ連れて行くの?」
「知ってる医者の所だ。なあ?お前本当にこの猫の飼い主か?
ごちゃごちゃ理屈こねてるうち、手遅れになったらどうするんだ?」
病院に着くまでずっとこいつにお説教され続けてうんざりな気分になった。
僕はまだデストを飼うかどうか決めてもないのに、うるさいよ。
診察室から出ると、男はなんだか軽薄そうな感じで看護婦と会話してた。
「軽い風邪で良かったな。あと予防注射をケチるなよ、今のうちに打って貰え」
ちょっと飼い方とか知ってるからって、何でこんなに偉そうなんだろう?
それでも、くーくーと寝息を立てて丸まるデストを見てると気持ちが少し軽くなった。
「病院代は君が払ってよ。僕、今お金持ってないし」
「げぇ。なんて奴だ。何で俺がお前のペットの金を出さなきゃいけないんだ!」
「無理に連れて来たのは君だよ。…えーと?えーと、君、誰だっけ?」
「仲村だ。仲村創。江島研の者だ。…って、待て!ひとに名前を聞くなら先に名乗れ!」
「…。…。…東條悟…」
…………!!(TДT)イイ!!
実はあのスレで子猫拾わせたの漏れなんだ…
速攻で保存しますた。完成までがんがれ!
281 :
279:03/04/04 23:56 ID:tE5pjvsY
あ〜、いつの間にかあちらに貼り返された上に反応が。
あっちのスレには全部完成してから報告に行こうと思ってました。
こちらでもあちらのスレでも応援ありがとうございます。
期待にこたえてなるべく早く完成したいです。
282 :
名無しより愛をこめて:03/04/05 08:12 ID:G5CM0cJc
楽しみにしてるよ
仲村君に色々言われて悔しかったから、ネットで猫の飼い方を調べてみた。
子猫ってびっくりするくらい色々な危険に囲まれてるのか…。
ふーん。早めにワクチン接種を受けさせるのは猫を飼う時の基本なんだ。
当たり前の事を勿体付けて言う奴なんてろくな奴じゃないな。
デストの具合はすぐに良くなってきて、ぐったりした事が嘘みたいに走り回ってる。
うにゃうにゃ何か言いながら家中をあちこち潜ったり昇ったり探検を始めたりしだした。
これだけ元気ならもう大丈夫だよね?
それでも家に置いておくのが心配で、またカバンに入れて学校に連れて行った。
今日は香川先生の授業があるから嬉しい。先生の語る1語1句に神経を集中させる。
受講生の間で先生の講義は難しいって不評だけど、ちゃんとした読解力と考察力があれば
充分判るレベルだし、何より内容が面白いのに。文句を言う奴って馬鹿なんじゃないかな?
僕は香川先生を尊敬してる。
先生は教授陣の中で唯一評価出来る人だし、知的で素晴らしい記憶力を持っていて、
感情豊かなのに余計な感情を抑える事が出来る人で、高潔で公正で倫理を重んじてて、
僕よりも誰よりも遥かな高みに居る人だと思う。
今日も香川先生に誉められて嬉しかった。でも、僕は大勢の中の一人でしかない。
あの戦士みたいに特別な力があったら、香川先生は僕だけを見てくれるかな?
レポートを取るのに夢中でデストの事をすっかり忘れてた。
カバンの中でおとなしく寝てるから、安心してたら急に大きな声を上げ始めた。
後ろの席から「あ〜あ」と声が上がりザワつきだす。
ポタポタ漏れるカバンを見てどうして騒がれるか判った。
香川先生も講義を止めてじっとこっちを見てる。
みんなの視線を浴びて、きっと僕の顔は真っ赤になってたと思う。
心臓がバクバク言って鼻の奥が熱くなりかける。
こんな形で注目されたいんじゃないよ!
香川先生は溜息をついた。
「東條君。生き物を可愛がるのは結構ですが、無闇に学校へ連れて来てはいけませんよ。
第一、猫だって慣れない場所は不安でしょう?」
「はい…」
僕は心底うなだれる。どうしよう。香川先生に嫌われたかもしれない。
でも先生は、にこっと笑うと僕の不安を吹き消した。
「私も猫は好きですよ。君の気持ちは痛いほど判ります。猫が心配なら、
その子にも回りにも負担にならないように色々方法を考えてみましょうね」
戻ると女の子達がデストを囲んで可愛いと言ってる。
色々聞かれてちょっと嬉しかった。
でも仲村君は相変わらずで、
「だから!病み上がりの子猫を連れ回すな!馬鹿!馬鹿!馬鹿野郎!」
…ふーん。何が何でも怒鳴ってばかりなんだ。本当にムカつく奴だね。
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その夜の夢は最悪で、僕の行く先々に黒い影が現れた。
全身黒尽くめのボディスーツ、金で縁取られたバイザー、短い触角みたいなアンテナ、
禍々しい金色のラインが幾つも入ったプレートを銀色のビスで留めたプロテクター…。
見るだけで、激しい嫌悪感と恐怖が僕を襲う。
影は幾ら走っても、距離を開けても、気が付くと僕の側に居る。
思いきってクローを装着して影に突進すると、影は突然青い炎を右腕に走らせ姿を消した。
驚く間も、身を守る余裕も無い一瞬のうち、槍を引きずる金属音がすぐ真後ろに迫ってきた。
デストワイルダーが飛びかかって影を追い散らさなかったら僕は…。きっと…。
あいつに負けたらどうなるんだろう?
それより…あいつに勝ったらどうなるんだろう?
「だって、お前馬鹿だろ?勉強が出来るのと賢いのは違うし。
お前、信じられないぐらいの自己中で他人の気持ちに無頓着だしな」
デストに「ふー!」と脅されながら全然動じず仲村君は爪を切ってやっていた。
「自分と違うものの立場や思考をシミュレートできない奴は馬鹿だ。
お前、想像力無さ過ぎ。だから、自分に置き換えてみろよ。
自分が小さな子供で、腹が減った時や寂しい時にどうして欲しいかって」
なんで、あまり知らない奴にここまで馬鹿呼ばわりされなきゃいけないのかな?
僕があの戦士だったら…真っ先にこいつの首を取るかも?
「僕は…ちゃんとデストを世話してるよ」
「ただ餌をやれば良いんじゃない。もしそれで相手が喜んでると思うならお前は大馬鹿だ」
「どうして?もし僕が困ってて誰かが助けてくれたら…お腹が空いて倒れそうな時に
手を差し伸べてくれたら…僕はきっとその人に感謝すると思うけど…。
…仲村君ってひょっとして人に感謝をした事がないんじゃないかな?」
仲村君はデストを僕に渡して猫爪切りを投げよこしてきた。
「爪はこうやって切る!少々嫌がられても引っ掛かれても猫の健康には換えられないからな」
「あ、そう。よく判ったからもういいよ。それじゃあね。
君に教えて貰わなくても猫の世話ぐらい出来るから」
「こっちこそ、お前なんかと関わりたくないし、はっきり言ってお前は嫌いだ。
それでも、こんな馬鹿に拾われたせいで小さな猫が非業の死を遂げる…
な〜んて惨劇には我慢ならないからな。俺が安心出来るまでとことん指導してやる」
「君、絶対変な奴だと思う」
うるさいと言って首根っこを抑えられて、拳骨でこめかみをグリグリされた。
関わり合いたく無いって言いながら、なんで僕にうるさく付きまとって僕を構うかな。
仲村君って仕切るしうるさいしすぐ怒るし、しまいに胸倉を掴んで怒鳴ってきたり、
突然こういった小学生みたいなリアクションするから、もううんざりだ。
最近、学校へ行くのがちょっと面倒くさくなってきた。
別に学校が嫌って訳じゃない。授業は面白いし、実験もうまく行ってる、
デストを連れてるとみんな親切に話しかけてくるし、学食のおばちゃんもオマケをくれる、
そんなに悪くは無いんだけど、ただ…。デストが居ると余計な奴まで引き寄せるみたいで…。
仲村君に絡まれてると、なんだか子供に戻ってガキ大将に苛められてる気分になる。
仲村君は僕に何か恨みでもあるのかな?
あれから毎日デストを学校に連れて行ってる。
僕が居ないと寂しがって、にーにー泣くデストをひとりで置いて行けないから。
デストは僕のカバンがお気に入りで、中に入ってると安心するみたいだ。
カバンの外側を防水シートや金網で補強して猫キャリーみたいに改造して、
参考書や資料は別な袋に移して猫カバンと2つ持ち歩く事にした。
仲村君は、猫を連れ歩くとストレスが溜まって猫に良くないって怒ってきたけど、
デストは小窓から外を覗いて楽しんでるし別に移動を嫌がって無いからいいんじゃないかな?
最初のうち、デストはおとなしくしてて、すぐカバンの中に逃げ込んで隠れたりしてたけど、
教室に慣れたら、カバンから抜け出してそこらを走り回るようになった。
同じゼミの学生にも院生にも猫嫌いが居なくて助かったかも。
僕の背中をよじ登るデストが面白過ぎて気が散るって笑いながら文句を言われたぐらいかな。
猫について色々知りたかったし、猫で友達が出来るかなってネットをあちこち見てみた。
最悪だ。馬鹿が大勢ぺちゃくちゃ喋ってるだけ。うんざりして掲示板なんて読まなくなった。
猫馬鹿は身近な一人でもう沢山だよ。
どうしたのかな?いつもの時間になってもデストが戻らない。急に不安になってきた。
掲示板の下らない幾つかの言葉、戻らない飼い猫を待ち続ける大勢の嘆きをふと思い出す。
このまま迷子になって帰って来ないデストを思うと、不安はちりちりと髪の先まで達した。
実験装置の監視中だったけど、変化も無いし交代まで時間もたっぷりあったから
カバンを抱えて猫じゃらしを手にデストを探しに外へ出た。
商店街を鼻血を流して走る。
後ろから吼えるような声が僕を追う「くそぉ!イライラさせるな!出てこい!」
下品な柄の服を着た男が金髪を怒りに逆立てて、靴音を高く響かせながら僕を探してる。
抑えても抑えても、指の隙間から血がポタポタ垂れて止まらない。
通りかかる人はみんな、足早に僕を避けて行く。
トラブルに巻き込まれるのが嫌で、見なかった事にしておきたいんだな。
僕が戦士だったらあの金髪男に勝てたのかな。
でも、今の僕には装甲も虎も無い。
路地に逃げ込もうとしたら、その先から闇を背に男が現れた。
「鬼ごっこは終わりだ…」
息を呑んで後ずさりかけた僕の胸倉を掴むと、金髪男は嫌な笑い方をした。
再び殴られた痛みで頭がぼうっとしてくる。切れた口の中が錆のような嫌な味で満ちる。
カバンを離さないようにカバンが潰されないようにそれだけを考えて身体を丸めて抱え込んで
これはきっと夢だから早く目が覚めるように願った。
いきなり「もうよせ!」と言って黒いコートの男が割り込んできた。
そのままコート男と金髪が殴り合いになった隙に、地面を這いずって逃げ出す。
コートの男の事は知ってる気がした。
「早く!こっちへ!」聞き覚えのある声が僕を呼んだ。誰かが物陰から手招きしてる。
側に行くと手を引かれ、言われる通りゴミ箱の陰に身を寄せると
声をかけてきた女の人はゴミ箱の前に立って僕の姿を隠した。
柔和そうなその顔に見覚えがあった。学校の廊下で良くすれ違う娘だ。
怖がる様子もなく、誰かを待つような自然な感じで立って僕を匿ってる。
手提げ袋からシャンプーやタオルがのぞいてて、髪からお風呂帰りの石鹸の良い香りがした。
呼吸が少し落ち着いて、鼻血も止まったみたいで息がしやすくなった。
抱いたカバンからデストの動きがもぞもぞ伝わると、今まで味わった事の無い気分を感じた。
無事で良かった。本当に良かった。デストが見付かって凄く嬉しい。
突然足がガクガクしだした。ホッとした途端、怖さも倍になって返って来たんだ。
まだ何もかも無事に終わった訳じゃない。まさかこんな事になるなんて思ってなかったよ。
急にデストが大きな声をあげだした。不安な僕の心が判るのかな?
でも今は静かにして欲しい。
またあの男に見付かったら、もっと怖い目に合わされるかもしれない。
「デスト…静かに…。いい子だから…」
だけど、デストはますます落ち付かないように動くと、急に外へ出ようと暴れ出した。
カバンの隙間から手や足がもがき出ようとして、飛び出た爪が僕の手の甲に赤い筋を作る。
全身で抑えてないと蓋をハネ開けて飛び出しそうな勢いだった。
出ちゃ駄目だ!お前の為なんだよ。静かにしないとあの男がお前を連れて行くから…。
口を塞いで押さえてしまえば静かになるかな。
身体を掴んで揺すったり、耳元で黙れって叫べばいいの?
どうしたらいいのか判らなくなった。
『だから、自分に置き換えてみろよ。
自分が小さな子供で、腹が減った時や寂しい時にどうして欲しいか…』
僕が子供の時に、不安な時に、どうして欲しかったか考えてみた。
引っ掛かれるのは気にしないで、隙間からデストの喉や背中を撫でて話しかけてみる。
「怖くないから。僕が一緒に居るから。泣かなくていいから…」
側にいるよ、側にずっと居るよ、どこへも行ったりしないから、お前は僕が護るから…。
しばらくすると声も収まって暴れるのも止まった。
デストはぐるぐると小さな声を喉の奥で鳴らしながら、おとなしく僕の手をかじりだした。
「まいったな。あんなにタフな奴は初めてだ」
髪も服も泥だらけになってコート男は帰ってきた。
思い出した。学校にバイクで乗りつけてよく生徒と喧嘩してる不良だ。
「なんで、こいつを助けろって言ったんだ?おまえらしくも無い。
つまらない喧嘩なんか放っておけばいいだろ?」泥を落として貰いながら不良はこぼした。
「でもこのひと、同じ大学の人で先輩のお友達なんだよ。見ないフリ出来なかったの」
お友達?誰の?先輩って誰?僕には友達なんか居ないよ。
「おい、そこのお前。なんでまた自分から喧嘩を売ったんだ?
あいつ、お前の方からいきなり殴りかかってきたってカンカンだったぞ」
「だってあの男、デストを…この猫を…食べようとしたから…」
「食べる?」ぽかんと驚いた顔になる不良。
「デストを探してたら…あの男…焚き火の前で、鳥か何か丸ごと焼いて食べてた…。
そして…デストを見付けてニヤっと笑って近寄ったから…止めようと思って…
後ろから錆びた棒で殴ったらもの凄く怒って殴り返してきたんだよ」
不良は顔をしかめて嫌そうな顔で僕を見てから、頭に手をやって痛たたとか呟いた。
「もういい…。なんて奴だ!どっちもどっちだな。止めるんじゃなかった」
「そんな事言わないの。優しい人だよ。一生懸命猫ちゃんが怖がらない様に話しかけてたし」
「優しい奴が、後ろから不意打ちで殴りかかるか?」
もう一度銭湯に入り直しだとぼやいて不良は立ち去った。
血は止まった?大丈夫?と言って渡されたハンカチからも石鹸の香りがした。
-------------------------------------------------
夢の中。紫の仮面の男と戦っていた。なんとなくこの男は焚き火男のような気がした。
怪物以上に怪物な男に圧倒され、一旦隠れてデストワイルダーを飛びかからせる隙を探る。
知らず知らず僕は自分に、怯えてなんかないって言い聞かせてた。僕は無敵だ…。無敵だ…。
大丈夫…ちょっと調子が悪かっただけだよ。でも…。僕は…無敵じゃなかったのかな?
「なんで俺が、お前がひとから借りた物を、お前の代りに返さなきゃいけないんだ?
ハンカチくらい自分で渡せよ。俺に頼るな」
「だって…同じ研究室の人でしょ?君のほうが親しいみたいだし、
それに仲村君って…女のひとと話すのが嬉しいと思うから」
余計なお世話だと言って頭を揺さぶられた。
最悪だね。すぐに暴力をふるうような人間は、人として最低かも。
「そう言えばあのひと…君が僕の友達だって言ってたよ」
「うげぇ。とんでもない誤解だな。あとで説明しておかなきゃ」
「僕もそう思う。君なんかと友達だなんて悪夢以外の何物でもないよって言っておいてよ」
そこまで言うかとまた頭を揺さぶられながら考える。
友達って…
僕が何も持ってなくても優しくしてくれて、
自分の物を惜しみなく分けてくれて、
余計な事は何も言わず話を聞いてくれて、
そして…君の事好きだよ友達だよって言って僕を安心させてくれる人、
僕の気持ちを判ってくれる人なんじゃないかな?
だから…僕には友達なんかどこにも居ないよ。
続きです。やっと半分くらいかも。
なんだか東條がまとも過ぎる気もしてきましたが
本放送とは別世界という事でご了承を。
>>291 乙です。わらわらと龍騎キャラが出てきて嬉しくなりました。
東條と仲村もこれからどうなるか、ますます楽しみです。
(やっぱりまた繰り返してしまうのかな…)
>>292 感想ありがとうございます。
まとまった時間が取れないので進行は遅いですけど
ぼちぼちと見てやってください。
>やっぱりまた
最初に決めたラストシーンに向かって全ては進んで行ってます。
二人がどうなるかは…。えーと…。最後までお付き合い頂ければ判りますので。
(なんか、思わせぶりな引きで終わる次回予告みたいな言葉だな↑)
294 :
名無しより愛をこめて:03/04/09 13:11 ID:WHiXRCx1
早くしてけれ!
>294
まぁまぁマターリ待ちましょう。
しばらくお待ちを(汗)
待ちましょうか。(汁)
待ちますとも。(涙)
待つぞー(尿)
300 :
白蛇 ◆SUYRYOSONA :03/04/11 14:28 ID:XjLLUCYs
俺の神崎をかえせ
「君のためにも泣くかも」良かったよ!続き期待してます
デストはやっぱり僕を護ってくれてる気がする。
小さな身体で幸せを引っ張って運んできたのかも。
もう変な視線が気にならなくなった。みんなが見てるのは僕じゃなくていつもデストだから、
少し鬱陶しいけどそういう奴は僕の方は見たりしないから気が楽だ。
なんだかみんなの話しかけてくる声も優しくなって、いつもデストの話題を振ってくる。
少し鬱陶しいけど話題が続かずに困ってた頃より会話が楽だな。
そういえばデストを探しに行って出てたせいで、
あのあと研究室の助手から1ヶ月分のデータが駄目になったって文句を言われたけど、
それぐらいどうって事無いんじゃないかな。デストの無事に比べれば。
僕はもう充分に成績を出してるし、論文も幾つか提出してるから、
実験のミスくらいは帳消しだと思うけど?
また教室から抜け出したデストを探してると、いつかの不良がデストを撫でてた。
デストは知らない人や仲村君にみせる態度と違ってすっかりくつろいでて、
お腹まで見せてゴロゴロ言いながら不良に甘えてる。
慌ててデストを取り戻して不良を睨み付けたけど、怒りもせずに笑い返してきた。
「こいつ、良い目をしてるな。野性味が強くて。輝きがあって」
すぐにその場を去る。知らない奴なんかに返事なんてしないよ。
嫌な予感がしたけど思った通り猫馬鹿が1人増えた。
不良はデストを見ると声を掛け、デストの方も不良に懐いて足にまとって8の字を書いてる。
僕以外の奴に甘えてるデストを見てるとなんだか不愉快かも。
今日も不良はデストを撫でながら後輩さんと2人で
「いつか猫が飼えるような家に一緒に住みたいな」とか言って鼻の下を伸ばしてる。
デストをイチャつくだしにされて、なんだか腹が立ってきた。
「あいつは俺も好かん。だがまあ…うちの後輩のツレだしな…」
仲村君の言葉はいつもの毒舌と違って妙に歯切れが悪かった。
何かの拍子に映画の話題になった。
双子の間で揺れる女の子と、双子の片割れの幼馴染の女の子の話だ。
「あの主人公も馬鹿だな。好きな人にもう別な好きな人が居るなら、
邪魔な相手を消したいって思わないのかな?僕ならそうするけど」
「そりゃ違うだろ。幾ら相手を倒したって、その人の心が自分に向かなきゃ意味が無い。
それに振り向かせる為にやった事を知ったら、心はますます離れだろう」
「じゃあ、どうしても手に入らないならいっそ、その人が死んでしまえば良いのかも。
そうしたらその人は永遠に心の中で自分だけのものになると思うな」
「こわっ!相手の気持ちも何もかも無視で自分の欲望だけ叶えば良いのかよ?
お前、まず自分の気持ちが一番なんだな。最低な奴だな、お前」
「だってそれって当たり前じゃないかな。
僕が僕自身の幸せを真っ先に願ってどこが悪いの?」
「好きな人の幸せを先に願わない奴が居るかよ。
俺に好きな人が居るなら…その人が幸せになってくれればそれが一番嬉しいんだ。
そしてその人がもう誰か別な奴と幸せになってるなら…その幸せが続く様に祈るし、
その幸せを脅かすものがあるなら全力で戦う。それが男ってものじゃないのか?」
そう言うと、なんだか格好をつけて物思いにふけリだす仲村君。
でもその足元、仲村君のズボンで爪を研いでるデストに気付いてないみたいだ。
仲村君って、やっぱり頭ゆるいんじゃないかと思う。
あちこち探してやっとデストを見付けた。仲村君と研究室の人達と一緒に食堂に居た。
デストは後輩さんの膝に乗ってテーブルに手と頭をちょこんと乗せて、
他の連中が箸で差し出す物を齧ったり転がしたりして遊んでる。
「…なんて言うのかな。猫が鳴いてるのを見てると、たまらないって言うか」
「先輩って優しいんですね」
「優しくなーい。勝手に野良猫に餌をやるのはその近所の迷惑だって。
こいつの自己満足の犠牲になった連中が憐れだよなー」
「多分な。確かに自己満だ。それでも猫が切なく泣く声は放っておけないし…。
でも、俺を見ると猫は逃げるか攻撃してくるんだよなあ。うちの猫の呪いかな」
「呪い?」
「そう。居なくなった猫の。あいつが居なくなってから、
なんでか知らないが猫に嫌われるんだよなあ。元々、猫は苦手だったから仕方無いが。
今でもどう付合って良いかさっぱりで、猫に遠慮してしまうのが原因かもしれん」
「好きじゃないなら飼うなよー」
「別れたコが残して行ったから仕方なかったんだ。あ。…。…。
まぁ血統書付きで高かったから捨てるのもなんだし。引き取り手を探すまで置こうってね。
まだ小さくて、夜になったら親を恋しがってみぃみぃ鳴いて、そりゃ大変だった」
「で、居なくなったのかー?売っちゃった?ドナドナってか?それで呪われたんだー?」
「違う。…。いつもなら悪さをするとソファーに向かって放り投げてたのに
あの日に限って床をバンと叩いて『こら!』って叱ったら、
ぷいって不機嫌になってうっかり開けてた窓から外へ出てそれっきりにね。…。
なんであの時窓を開けてたかなあ…。俺…」
それはきっと仲村君が、芯の髄からの間抜けだから…と思う。
そのあと仲村君はへらへら笑いながら「ほんと、良く似てるんだよなーうちの猫とさー」
とか言いながら、デストにささみを見せて指ごと噛まれてわーわー騒いでた。
なんだか判ってきたかも。
仲村君が僕にまとわりつくのは、デストを自分の猫にしたいからなんだ。
色々難癖付けて僕に猫を飼う能力が無いとか言って、デストをさらって行く気なんだな。
デストは仲村君になんか渡さない。
そんな事になるぐらいなら…。いっそ…。誰の手にも届かない所へ…。
今日もまた仲村君がデストの扱いが悪いって文句を言ってきた。
「どうしてそう強情張って人の言う事を聞かないんだ?お前はうちの馬鹿猫そっくりだ。
愛想悪いは、根性曲がってるは、怠惰でそのくせプライドだけは高いは。
人前だと文字通り猫を被っておとなしい振りをしてる所もな」
「君って、本当は猫が嫌いなくせに、猫飼いの達人みたいなフリするのは鬱陶しいかも」
「なに?」
「偉そうに僕に色々言ってくるけど、君だって猫の事は判ってないんじゃないかな。
だから猫だって君に嫌気が差して窓から出てしま…」
いきなり殴られた。
今までみたいな小学生の悪ふざけみたいな殴り方じゃなくて、コブシで思いっきり。
あっけに取られて声も何も出せずに腰が抜けてへたり込む。
僕の襟を掴んで更に殴ろうとした仲村君を回りが必死で止めた。
仲村君はそのまま教員室へ連れて行かれた。
仲村君の先生に頭を下げられたし、面倒なんで警察に届けるのはやめた。
それから、停学になったのか仲村君の姿を見掛けなくなった。
やったー!万歳!
これで学校生活が元に戻れる…わけないか。まだもう一人猫馬鹿が居たな…。
今日も気分良くペダルを踏んで学校に向かう。
まだ風は冷たいけどデストは全然気にしてないみたいで
顔の先を外に出し、移る空気の匂いに鼻をヒクつかせていた。
「そこのお前。気を付けろ。お前の近くに闇が見える。このままでは破滅するぞ」
いきなり変なことを言われた。
呼ぶ声に振り返ると赤いジャケットの男が僕を指差してた。
いつも学校の通り道に居る派手な陰陽紋の屋台の占師だ。
「占ってやろう。お前に近付きつつある破滅を」
「いいよ。占いなんて信じないから」
占師なんてどいつもインチキで、わざと不吉な事を言って、
御払いしてやるとかで莫大な料金を取ったりするんだ。
僕の考えが見えたみたいに占師はちょっと笑うと、懐から丸い金属を取り出し掌に乗せた。
「料金は要らない。お前の上に見える物が気に掛かる。それを知りたいだけだ」
僕の目の前で占師は数枚のコインを転がすと、暗い顔をますます暗くして眉をひそめた。
「離別の相が出ている。失う事が身を切るほど辛いもの、別ち難いものを失うかもしれない」
「気分悪いかも。不安を煽ってなにか売り付ける気かな。その手には乗らないから」
急いで走り去る僕の後ろから、切れ切れの声が聞こえる。
「…失って…その価値が…だが…後悔が…そこから道を…」
学校へ着くと教員室へ呼び出され、いきなり留年するかもしれないと告げられ唖然となった。
研究室や教室での僕の態度が真面目じゃないとクレームが来たからだ。
「この所、無断欠席や早退が目立ちます。学業にも身が入ってませんね。
私の力添えだけでは君を庇いきれない所まで事態は深刻化していますよ」
香川先生は深い深い溜息を付いた。
研究成果の中間報告書をまとめる。あとちょっとで完成だ。
残りの考察の方もそう時間は掛からないだろうし、
出来あがったら必要な部数を製本して明後日までに提出すればいいだけだ。
ちょっと面倒だけど、これぐらいで済むなら助かったかも。
デストがいきなりもどしだした。いつもと違って様子がおかしい。
どうしよう。子猫の病気は甘くみると命取りになるんだっけ?
夜中だからいつもの病院も閉まってる。救急病院に行った方が良いのかな?
朝方、遠くの病院から風邪薬を貰って帰り着く。ただの風邪で良かった。
その日は大事を取ってデストに付きっきりで看病した。
デストが元気になって走りまわる頃、未完成の報告書を前に頭の中が真っ白になっていた。
カフェイン剤や大量のコーヒーを飲んで、慣れない徹夜に挑む。
明日までにこれを仕上げないと…。
出来るはずだ。前にも一度書いたんだから。
こんな時に限って、デストが机の上に乗って来て、遊んでくれって邪魔をする。
今それ所じゃないんだ。頼むから、今は僕をこれに集中させてくれ。
あっちに行けと言いかけて言葉を飲み込む。デストの気持ちになって考えてみた。
僕がもし、遊んでもらおうと思って近寄ったひとに邪険にされたら?
大好きな人に頭ごなしに叱られて酷い言葉を掛けられたら、どんな気持ちになるだろう?
ここで怒鳴ったり手をあげたりしたら僕は仲村君と同じになってしまう。
デストに、仲村君が猫にしたのと同じ仕打ちをするのは嫌だった。
左手で猫じゃらしを揺らしながら、右手はキーボードに集中させる。
ちょっと作業が遅れたかな。でも僕なら出来る…。絶対出来る…。出来るんだから。
だって僕はそこらの低レベルな奴と違って選ばれた優秀な才能ある頭脳明晰な秀才の…。
ここはどこだ?いつもの夢で見る変な世界かな。
僕は…何かしなきゃいけない事があったんだけど…?
何だか思い出せないけど、早くここを出ないと手遅れになるんだ。
出口を探して四方八方走った。焦れば焦るほど何をしてるのかも判らなくなってきた。
探し物は見付からず疲れ果てて塀に寄り掛かると、向かいの建物に影が立ってるのが見えた。
影はなんだか僕を笑ってるようだった。
いつもいつもいつもいつも鬱陶しいんだよ、お前。僕の邪魔をする気か!
デストバイザーで斬り掛かると影はあっさり火花を散らし吹っ飛んで、脇を押え膝をついた。
丁度いいかも。今ここでケリを付けるよ。僕は構え直した斧を力一杯影に振り下ろす。
黒い影は槍を盾代りに何度か必死で斧の攻撃を避けると、
急に攻撃を全て受け流すようになって逆に僕を追い詰め始めた。
斧を捨てクローで防御と攻撃を同時に繰り出したけど、影の斬り込みの方が一枚上手だった。
このままじゃ埒があかないから切り札を呼ぶ。
咆哮と共に背後から黒い姿に襲い掛かるデストワイルダー。
影はまるで白虎の攻撃を見越してたみたいに、素早く腰を低く落とすと、
飛びかかる虎の前足をガっと槍の穂先で受けとめ真横に薙ぎ払った。
間髪を入れず青い炎が影の右腕に走る。
ホッケーマスクの様な面を被った怪物が現れて虎に組み付いた。
影は槍を構え、奥の手を奪われた僕に近付くと指先で頭を叩く仕草をした。
「言ったでしょう?東條君。一度見たものは全てここに入るって。
君から受けた攻撃パターンは全て覚えましたよ。…もちろんファイナルベントもね」
そんな!
へなへなっと力が抜けてしゃがみ込む。
あなたが相手なら僕は戦えないから。
影の正体は…香川先生…だったんですか?
特別な力があっても、注目されても
先生を倒すのだけは…嫌だ。
ありえないはずの孤独な記憶が僕を貫く。
もう…
一人だけになって
何も判らないまま
彷徨うのは
絶 対 に 嫌 だ !
先生は青い炎を纏って急接近すると人間離れした速さで槍で斬り付け僕を翻弄した。
既に防御する気力も失せていた僕は、為すがまま斬られ弾かれ続けた。
満身創痍で倒れる僕に、先生はとどめを刺さずに槍をポンと僕の肩に置いた。
チェックメイト。僕の完敗だ。
「東條君。時には負けを認める勇気も必要です。
それと同じくらい、最後まで諦めず気力を奮う事も大切な事ですよ。
この状況を冷静に見れば、君はどちらを選ぶべきだったか判りますね?
…今の君には失望しましたよ」
意識が暗黒の中に飲み込まれて行く。
影が香川先生だったら、今まで僕を見てたのは僕を評価してたのかな?
でも僕は…先生の意に添えなかったみたいだ…。
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目覚めると泣きそうになってた。酷くて辛い悪夢を見た事しか思い出せない。
良く覚えてないけど僕は戦士として失格なのかも。…僕は、僕は本当に無敵の戦士なのかな?
溢れていたはずの自信が無くなっていた。もう戦士になれそうに無かった。
書類の出来は最悪だった。
香川先生はデストに向かってこよりを振りながら僕に話しかける。
「私は君の成績にだけ注目して君を認めているんじゃありません。
君が君だから。君にある才能を、君だけの才能の芽を、私は信じています。
私もそうですが、この世の中に全てにおいて完璧な人間なんて存在しません。
そうなろうと足掻く余り、芽の方を潰してしまっては本末転倒ですよ。
もっと心に余裕を持った方が良いかもしれませんね。そこここに細かい焦りが現れてます。
いきなり最初から隅から隅まで完璧に作り込もうとしなくても良いんです。
まず大きな流れを追える様になって、そこから細かい作業を始めるべきでしょう」
にゅうにゅう言いながら、両手でこよりを挟もうと追いかけるデスト。
楽しそうにデストと遊ぶ先生。
「この子の看病で時間を失ったのなら、この子に免じてもう一度機会を与えます。
でもその次はありませんから。とにかく頑張ってください」
突然目の前に落し穴の口が開いて、底の底の方まで沈んで行く気分だった。
香川先生?
完璧でない事をあなたは認めるんですか?
香川先生?
あなたは僕の理想の人じゃなかったんですか?
あなたは情に動かされるような人だったんですか?
そんな安い人だなんて、嘘ですよね?
こんな香川先生は嫌だ。叱責された方がまだマシだった。
こんなもの受け取れませんと拒絶され落第させられた方がまだ…。
それから先の事は余り記憶に無い。夢の中みたいにふらふら動いて、荷物をまとめて、
デストを連れて部屋に戻って、そのままベッドに倒れ込む。
今、泣けるものなら思いきり泣きたくなった。
それでも…幾ら頭の奥が熱くなっても、乾いた眼からは何も出てこなかった。
報告書も何もかも放ったままで、学校も休んだまま、僕は布団に潜り込んで眠り続けた。
何もする気が起きなかった。もう全てが駄目になった。夢を続ける為に戦っても意味が無い。
これで留年は確定だった。
…前々から留年は認めないって言い渡されてた。学生生活もこれで終わりだな。
このまま博士号も取れないまま、ちゃんとした研究者にもなれないまま、
適当な会社に押し込められてつまらない人達と一緒につまらない仕事に就くしかないんだな。
それとも…それすら出来ずに、ただ生きて行くだけの人生かな。
何をやっても駄目になって、望みが何も叶わないこんな世界に居ても仕方無いのかも。
せめて戦士を夢に見ようと思ったけど夢が思い通りになる訳なくて、
何もかも無くしてストーブの前に座り込んだり、
冷たい灰色の地面でうつぶせに寝てる、寂しい夢ばかり見続けた。
うつらうつらしてるとドアをガンガン叩く音が聞こえた。
「こら!開けろ!東條!なんで無断欠席するんだよ!香川教授が心配してたぞ!
病気か何かならすぐに医者に行け!おい!聞こえてるか?」
本当に・うんざりするぐらい・鬱陶しくて・心底・腹・が・立・つ・奴・だね!
「僕に構うな。なんで君は僕を放っておいてくれないんだ」
「お前なんかどうでもいいんだよ!猫は元気か?こら!餌はちゃんとやってるんだろうな?
飢えさせてたら、ただじゃおかないぞ!いいから開けろ!」
音に怯えて、デストはにゃーにゃーと騒ぎながらベッドの下と床を右往左往してる。
「うるさい!ドアを叩くな。デストが怖がるじゃないか。
やっと判ったよ。仲村君が猫に嫌われるのは当然だ。君はいつも怒鳴ってばかりだから。
だから、君が幾ら猫に近寄りたいと思っても、猫が君を苦手に思って逃げ去るんだよ」
今にも扉を蹴破りそうなぐらい喧しかった騒音はピタッと止まり沈黙した。
仲村君は声の調子を落として、ゆっくり言葉を切るように話しかけてきた。
「東條?何か困った事があるなら言えよ。話ぐらいなら聞いてやるから」
「君に話す事なんか何も無いよ。第一、なんで君なんかと話をしなきゃいけないのかな」
「…。見てられないからだ!他に理由なんかない!…お前を見てるとうちの猫を思い出す。
いつも何かに困って助けを求めて鳴いてるのに、寄ると歯を剥いて逃げる馬鹿な奴だった」
「僕は猫じゃない。君の方こそどうかしてるよ」
「お前…教授から与えられたチャンスを無にする気か。挫折ごっこもいい加減にしろよ。
自業自得でドツボにはまったなら、せめてそこから抜ける努力ぐらいしろ。
お前は研究者としての自覚が足りないし、他人に説明する力、プレゼン能力に欠けてる。
本当はお前『研究』が好きなんじゃなくて、『研究者の自分』が好きなんじゃないのか?
『まあ偉いわねサトちゃん』って誉められたいだけなんじゃないのか?
だったら辞めて正解だ。探求する心の無い奴に研究者なんてやって欲しくないからな」
「その通りかもね。それじゃ演説はいいから帰ってよ。これ以上騒がれると近所迷惑だし」
「…。あっさり認めるなよ。とりあえずこれ、デスに食事だ。お前もこれ食って落ち付け。
しっかり飯食って暖かくしてたっぷり寝たら、たいていの事は良くなるんだ。
…あんまり馬鹿な頭で思い詰めるな」
そんな単純な事で立ち直るのって、仲村君ぐらいじゃないのかな?
ゴソゴソ何か表で音がした後、足音が遠くになって人の気配が消えた。
扉を開けると取手の所にまだ温かいホカ弁と医療用高級キャットフードの袋が掛けてあった。
捨てようかと思ったけどアジフライの香ばしい匂いに誘われお腹がぐぅと鳴る。
そういえば昨日から何も食べてなかったな。
カラッポの胃に急に温かい食べ物と熱いお茶が入ったせいか胸が痛くなった。
この苦しいのも何もかも全部仲村君のせいなんだ。きっと。
なんで余計な事をするかな。僕にはもう何も要らなかったのに。
胸を押えて丸まって寝てると、苦痛からか、しゃくりあげるような声が漏れた。
押えようとしても押えようとしても、何故か嗚咽は止まらなかった。
ご飯を終えたデストは、身体中を弓の様に伸ばして欠伸をしてから僕の隣に潜り込んできた。
なごなご言いながら顔を僕の腕にすりつけるデストを撫でてやりながら、ふと思う。
デストは本当に僕を護ってくれてたのかな?
みんなが見てるのはいつもデストで…次々話しかけてくるけどその相手はデストで…
誰も僕の方を見なくなって…。
みんな変ってしまった、お前に会った人はみんな…。先生まで変ってしまった。
デストワイルダー。お前は僕に何を持ってきたんだろう?
お前…ひょっとして疫病神じゃないのかな?お前に出会ってから僕は酷い目に遭い続けてる。
お前と出会って僕は弱くなったんじゃないかな?
前なら我慢できた事も、だんだんと我慢できなくなってきたよ。
僅かな事で泣きそうになる。お前が居ると人前で感情を出しそうになる。
泣くのだけは嫌だった。
喉を撫でられグルグル言ってるデスト。僕を信頼しきって身体を全て預けてる。
毎日少しづづ大きくなっているけど、まだ両手からやっとはみ出るぐらい小さくて…。
華奢で無力な生き物を見てるうちだんだんその思いは強くなった。
無防備で柔らかで細い喉に…もしここに…力を込めてみたら…?
不快な圧力を跳ね除けようとばたばた踊る小さな手足。
お前が居ない方が良いのかな?
このままお前の事を「いい思い出だったね」って回想する方が良いのかな?
…その方がずっとずっと幸せでいられる気がするよ。
きっと、一人だけの方が強く居られたんじゃないかな。
でも。
もう一人には戻れそうに無いよ。
あと少しです。
「…じゃない龍騎」なのに、(夢だけど)ライダーバトル出しちゃいました。(焦)
ありきたりな感想しか言えないけど、すんごい良かった!!
ライダーバトルも良かったです。やっぱ龍騎なんだなぁってかんじで。
続き楽しみにしてます。がんばってください。
乙ですー。今度も面白かったです。しかも今度は手塚もキター
追い詰められていく東條の緊張感がものすごいですね…
なんと言うか、膨らませすぎて割れる直前の風船みたいで
怖いけど、ゾクゾクします。続きよろしくです。
318 :
名無しより愛をこめて:03/04/15 02:33 ID:/f/Pz+Lp
もう1度やってください!
御疲れです、次で完結なんでしょうか?楽しみにしています。本編だとイマイチ
キャラの薄かった中村君がこんなにも表情豊かな人物になってて、今更ですが
中村君良いです!
やばい、このSSのために泣くかも。
手塚君の不吉予言が気になります。
大丈夫だと信じたいが、あのサトちゃんのことだからなあ…。
続き、とっても楽しみにしてます。
>>316-321 読んで頂いてありがとうございます。
なんか嬉しいかも。
時間が取れそうなので近いうち最後の所までいけそうです。
膨らませ過ぎてぷひゅるひゅると明後日の方向に飛んで行く風船でも見るつもりで
それまで生暖かく見守ってやってください。
∧,,∧
ミ,,゚Д゚ミ < みぃ!(触んじゃねぇゴルァ!!)
ミuu_@
傷付いた猫を拾った男と、その男に不意打ちのようなダメージを与えた猫のお話
--------------------------------------------------
昨日は時間がなくてまとめレスでしたがあらためて…
>>316 お待たせしました。やっと最後までいけます
>>317 期待がしぼんでしまったらごめんなさいです
>>318 おう!
>>319 はい。色々細かい補完が考えられるので良いキャラですねー、彼は
>>320 えーと…。泣けなかったら本当にすみません
>>321 良い意味悪い意味サトちゃんですから…
こうやって膝を抱いて床に座ったまま、もう何時間たったのかな。
柔らかで脆い子猫の喉の感触がまだ手に残ってる。
デストは僕の心をズタズタにした。
さっきから、自分の仕打ちが繰り返し甦ってきて、そのたび僕の心に痛みが深々突き刺さる。
あんなに世話をしたのに。あんなに可愛がったのに。あんなに好きだったのに。
いや違う…。傷付けたのは…。傷付けられたのは…。
デストは最初家に来た時と同じように、ベッドの下に隠れて出て来なかった。
そうだよね。救いのはずの手が、暖かさと安心を与えてくれた手が、いきなり豹変したら…。
どこにも行き場が無くて、また心を固く閉ざし、ひたすら震えて泣いてる姿を思い浮かべる。
僕と同じだ。
自分から信頼を壊してデストも無くしてしまった。僕には何も無い。もうなんにも無い。
言われたように僕は馬鹿なのかも。最初から中味がカラッポだったんだ…。
カラッポでヒビだらけで…隙間を充たしたくて色々詰込んでも…ヒビから全て流れて行って…
いつも飢えだけが残ってて…本当に大事にしたいものまで貪らずにいられなくなって…。
-------------------------------------------------
夢の世界。闇の中は数多くの怪物の気配に満ち、見えないモノの恐怖に心が締め付けられる。
視界が黒で混濁し、闇雲に斧を振り回し続ける中、目の前を走る虎の白だけが鮮やかだった。
漆黒の闇の中でデストワイルダーは吼え続けた。
走りながら何度も後ろを振り返り、僕に向かって吼えた。
どこへ行くんだ、デストワイルダー?僕から去ってしまうのか?
僕が立ち止まろうとすると、そのたび虎は苛立つように吼え、道の先を走って行く。
転がる様に後を追い、息が切れて休みたいのを堪えて、虎を見失わない様にただ走り続けた。
急に虎が立ち止まり、僕はやっとその背に手を伸ばす事が出来た。
虎が大地を踏みしめて一際大きく吼える先には、闇で無いものが見え始めて…。
目が覚めると僕の腕を枕にしてデストが丸くなって眠ってた。
僕と目が合うと、口を顔いっぱいに大きく開けて欠伸をしてから
鼻を僕の顔に押し付けて、いつもの様にご飯の催促をする。
…。…。ねえ?
ひょっとしてご飯が欲しいから…、
僕しか頼るものが無いから…、
いやいや仲直りしたフリしてないかな?
そっと手を伸ばす。
ビクっと跳ね逃げたり、牙を剥いたり、耳を伏せたり、そういった反応を予想してたけど、
デストは手の平に頭をぐりんぐりんとすり付けてきて、そのまま全身で手を抱え込み、
あむあむと甘噛みしながら両足で猫キックを繰り出してきた。
デストはいつもと全然変らなかった。
お前、一晩寝たら嫌な事は全部忘れたみたいだな。
いいな。お前は。
脳みその容量が少ないのは、時として幸せなのかも。
ご飯を食べ終えて僕に近付くと、わき腹をよじ登って膝に乗ってくるデスト。
暖かい重みが膝にあると、以前にも感じた思いが甦る。…無事で良かった。本当に良かった。
今と同じ様に身体を曲げて、狭くて暗い場所で怯えながらデストに言った言葉を思い出す。
「泣かなくていいから…」「お前は僕が護るから…」
デストの身体を手でそっと囲む。もう絶対にあんな真似しないよ。
何かの間違いで人を殺す事があっても、お前を手に掛ける事は絶対にないから。
暖かい。軽くて、でも凄く重たくて、暖かい丸みが僕の膝で眠ってる。
僕にはまだデストが残ってた。
僕にはまだ…何か出来る事があるのかな?
でも何をすればいいのか、何がしたいのかも判らなくなってる。
香川先生なら教えてくれるのかな?
数日ぶりに自転車に乗る。
デストは自分からカバンに入って、久しぶりの遠出にみぉみぉ騒いでる。
道を曲がって屋台を探す。占いなんて信じないけど何か話を聞きたかった。
占師はいつもの場所に居なくて、少し探してみたけど行き先が判らないから諦めた。
学校に着いてひどくがっかりする。香川先生は出張中だった。
僕宛てに「話しがあります」ってメッセージがあったけど、携帯は繋がらなかった。
仲村君でもいいから何か話してみようと思ったら、
バイクの留め方が悪いって不良と口喧嘩してて、とても近寄れる雰囲気じゃなかった。
ぼーっと立ってる僕に誰かが声を掛けてくる。
「あら、猫ちゃん。久しぶり。どうしてたの?あのひとがいつも会いたがってたのに?」
後輩さんに顎を撫でられ、目を細めてるデスト。
いつもと逆に胸倉を捕まれ凄まれる仲村君。怖い顔の不良を見ながら後輩さんは微笑んだ。
「あのひと、送り迎えぐらい俺に任せろって聞かないのよ。家やアルバイト先まで送る間は、
一緒に居られる貴重な時だからって。毎日仕事と研究に追われて会える時間が短くても、
あのひとが待ってくれてるって思うと苦労も苦労でなくなるわ。…ノロケちゃったかな?」
「どうして苦労してまで大学院に残って研究室に居るの?就職に有利になるから?」
「それもあるわね。確かな実績を作りたいし、クラスを上げる為もっと学びたい事もあるし。
でも一番頑張ってられる理由は、今やってる研究が好きだから…かな?」
胸倉を掴み返して睨み合う仲村君と不良を、も〜う子供なんだからと笑って眺める後輩さん。
ふと脳裏に浮かぶ。次々踊る波形。メーターとダイヤルの小刻みな歩調。低い振動音の独演。
予測できない数値…、新しい仮説と検証法…、そしてカチっと答えが填った瞬間の喜び…。
楽しかったり苦かったりの、今までの研究室での出来事が次々浮かんで消えていった。
「僕も…それが…好きだと思う」
そうだよ。僕はまだここで学びたい。僕が居るべき場所はここなんだ…と、はっきり思った。
…もう居られないかもしれないけど。…自分から投げ捨てて逃げてしまったけど。
不良の声に反応して、一緒に遊ぼうと思ったのかスルっと腕から抜けるデスト。
二重に聞こえる罵り声に急に背を逆立てると、車道に向かってとことこ歩き出た。
危ないと思って呼び戻そうとする前に、車の音に怯えて固まってしまう。
それは一瞬の事で…。
あっという間に黒い高級そうな車がデストの上を通り過ぎて行った。
今まで一度も聞いた事の無い、不気味で濁った悲鳴が短く響く。
僕の声は喉で凍り付いた。
赤いものが散ってデストは転がったままになってる。
これは嘘だ。
夢だ。
悪夢だ。
ただの悪い夢だよ。
…。
…。
…。
…。
夢じゃない。
夢じゃない。
夢じゃない。
夢じゃない。
僕の耳に、僕を呼ぶデストの声が入ってきた。
まだ泣いてる。
生きてる。
助けを呼んでる。
横たわったデストが頭を上げて僕を見た。
そこへ
身動き出来ないデストが居る先へ
続けて走るエンジン音…。
切れ切れに覚えているのは
慌ててブレーキを踏んだタイヤの軋む音と
小さな悲鳴と
何かが弾けたような嫌な衝撃。
ぐるぐる回る世界。目の前は真っ赤になっていて…。
「東條!おい!東條ぉぉぉー!!」仲村君が叫ぶ声が聞こえる。
「なんで飛び出したんだよ!馬鹿野郎!」
だって僕は無敵の戦士だから。
車ぐらいで負ける訳がないよ。
それとも僕はただの…普通の…人間だったのか…な…。
そこはいつも夢で見る
何もかも反転した世界。
仮面の戦士は白虎と一緒にどこまでも走って行く。
高揚感と限りない欲望とを抱いて…。
僕はデストと一緒にそれを見送る。
腰まで砂に埋もれ墓標のようになって…。
やっと判ったよ。君は僕のなりたかった姿なんだね。
誰にも気兼ねせず目の前のものは敵でも何でも撃破できる君の様に、
強くて冷静で揺るぎ無い自信に溢れる君の様に、
僕はなりたかった。
今なら望めばまた君と同じになれる気がする。
血の沸き立つ興奮の日々が帰って来るって思うと、君に強く惹かれるけど、
だけど僕は君に憧れるのはやめようと思うんだ。
君の力は僕を蝕む。
理想を目指しても、中途半端に強くて、中途半端に残酷で、中途半端に狂おしく、
結局なんにもなれないまま、冷たい地面に横たわり夢を見続ける中途半端な僕の幻。
僕はもう、あの幻と同じになりたくないから…。
君は虎を得て夢の高みを目指す。
僕は猫を得て心の平安を目指す。
行き先は別れてしまっても、僕たちの望んだものは同じなんだ。
走り去って行く君。君はどこへ行くんだろう?
決して充たされない思いを胸に秘めたままで…。
強くて虚しくて哀しい君のために
僕は涙を流した方がいいのかな?
戦士は消え、僕は身動き出来ないまま残される。
もっと早く気付けば良かったのかも。でも、もう遅いね。
行ける場所を狭めたのは自分自身で、僕にはこの場所しか残されてない。
僕はどこにも行けない。ここで朽ちていくから…。
デストは僕の顔に鼻を押し付け、心配そうに辺りをウロウロする。
一緒に居なくても良いよ。本当のお前は強いんだし、僕が居なくても大丈夫なはずだよ。
いつの間にか側に立つ黒い影。いつものように槍を握ったまま無言で僕の方に顔を向けてる。
先生…!僕はどうすれば…僕は次に何を…?先生は何も答えないまま、ただ僕の方を見てる。
ああ…そうか。ふいに、あの時どうすれば良かったか判った。
ファイナルは使ってしまったけど、フリーズからアドベントに繋げば勝機があったんだ。
諦めなければ手は合ったんですね、先生?
だけどもう僕は戦士じゃないし、先生から答が返らないなら自分で探すしかないのかも…。
僕はデストを抱え、物言わず立つ姿に向かって手を差し出した。
「助けて。お願いだから。ここから出るのに力を貸して」
僕は影から目をそらさず、初めて言葉を口に出して影に話し掛けた。
影は僕の手をしっかり掴み返してきて、砂から引き起こして僕を動けるようにした。
無言で歩き始める影。少し考えて僕は影の後を歩く。
この影は、香川先生じゃない気がするけど…もう誰でもいいや。
足元にはデストが。くるくるジャレながら僕が行く先について来る。
最初から誰かを恐れる必要も憎む必要も無かったんだ。
鏡に向かって憎しみを投げれば、自分に跳ね返って来るだけだから。
僕は僕で。君は君で。影はそこに居ただけ。ただそれだけで。
僕はデストと影と並んで歩き、この世界を後にした…………。
誰かが僕を抱き起こす。
「触るな!下手に頭を動かすと危険な事がある!」
…不良の声だな。
「しっかりして下さい!大丈夫ですか?」
…後輩さんの声だ。
「病院に通報した。悪い予感がしたので来てみたが、正解だったようだな」
…聞いた事のある声だけど誰だろう?
「すみません。すみません。俺…」
…誰だろう?知らない声だ。
「いや、この馬鹿が飛び出たのが悪い。自分から転んで脳震盪でのびてるだけだ。
大体あんたは被害者じゃないか!謝る必要なんて無い。全然無い!」
…なんだか腹が立ってきたかも。
「仲村君って、僕がどんな時でもそんな事しか言わないんだね」
「東條!」
僕を支えていたのは仲村君だった。仲村君は今まで見た事の無い物凄く妙な顔をしてたけど、
目をぬぐうといつもの不機嫌な顔になって僕を睨む。
「東條、いきなり飛び出すなんて何考えてるんだ!」
「デストを助けたかったから…。僕なら助けられると思ったから…」
「あのなー。もし打ち所が悪かったら死ぬって。お前、自分が死ぬなんて思ってないだろ?」
「うん」
「無茶するなよ。お前が急に飛び出すから、バイクに乗った人が横転したんだ!
もしこの人が大怪我したり死んだりしてたら、お前どう責任取るつもりなんだよ!」
「そこまで考えて無かったかな」
車じゃなくてバイクだったのか…。トラックとか大きな車じゃなくて良かった…。
仲村君が指差す先、転がったスクーターの側で知らない男が泣きそうな顔でウロウロしてた。
破れた服と目の回りの青アザと鼻に突っ込んでるティッシュが、間抜けさをより強調してた。
そういえば…「デストはどこ?」
いつかの焚き火男がデストを摘み上げニヤっと笑った。
金髪の焚き火男は顔の近くまでデストを掲げると、ぐったりした身体を眺めだした。
「デストを離してよ…。食べないで…」
慌てて男の側に駆け寄ろうとしたけど、足がもつれてうまく立ち上がれない。
顔色を変えて立ちはだかった不良に、素直にデストを渡す金髪。
「猫なんか食うか。酸っぱくて不味いのに」
「 (゚д゚lll) 本当に食った事あるのか!」
金髪は僕に大股で近寄り、地面に膝を着く僕をつま先で蹴り飛ばす。
「お前…。そういう事か?この前殴りかかってきたのは。ふん。下らないな…。
2度と俺をイライラさせるなよ」
つまづいた時にすりむいた額よりも、倒れたスクーターが当った腕よりも、
今ので蹴られた胸が一番痛かった。一瞬肺が潰れたような痛みにゲホゲホむせながら
それでも涙より先に出たのは、デストの無事を確かめる言葉だった。
「そんなにその猫の身が心配か?変った奴だな、お前。
襲われた理由が判ってスッキリしたし、今のでお前への貸しはチャラにしてやる」
男は僕の襟を掴んでニヤニヤ話しかけてきた。
「スッキリサッパリした所でどうだ?俺を雇わないか?」
「雇う?」
「金を積めばその猫を撥ねた車を探してやるぜ?俺はよろず引き受けをやってる。
揉め事や厄介事を探ったり潰したりのな。俺はそこらのサンピンと違って有能だ」
「よく判らないけど、話は後にしてよ。今はデストが心配だから…」
随分生意気な口の利き方だなと半笑いになる焚き火男に向かって、
怪我人に暴力を振るうなと文句を言い出す仲村君。
仲村君が焚き火男に絡まれてる隙に、痛む胸を押えながら暗い顔になる不良の側に行く。
デストは最初に出会ったときよりも荒い息をして、今にもそれを止めそうだった。
手術室の前で仲村君と知らない人達と並んで腰を降ろして結果を待つ。
ガラス越しに見える手術室の様子と、獣医の厳しい顔を見ると声をあげて叫びそうになる。
出してくれ!僕をここから出してくれ!
ここから出たい。逃げ出したい。でも…今はただ待つしかなかった。
爪を噛んで恐怖や動揺を抑えようとした。
落ち付かなきゃ。落ち付け。こんな所で感情を見せちゃいけない。
仲村君は苦虫を噛んだような顔で腫れた頬を押えてる。
「お前ら先に病院に行かなくて良いのか?ムチウチとかは後遺症が出ると大変な事になるぞ」
「いいよ。デストの結果が出てからでいい…」
「馬鹿で強情だな、お前」
茶髪の男はまだティッシュを鼻に詰めたまま涙ぐんでいた。
「俺が…悪いんです。ちゃんと前を見てれば猫もこの人も…怪我させずに済んだのに…」
「いや、あんたの方が打ち身で酷い怪我だ。早く病院に行った方が良いな。
こいつが、ひっくり返ったスクーターにはずみでぶち当たったのは自業自得だし、
あんたには猫の怪我に責任も無いんだし」
「でも…俺…。心配で…。やっぱ俺も、猫がどうなったか判ってから病院に行こうかと…」
不良と後輩さんと何か話をしてる占師。焚き火男までいつの間にか隅に座ってる。
どうして、関係無いのにみんなついて来たんだろう?暇だからかな?
「お前が心配だからだ。お前とその猫の絆が断たれる事に、友として心を痛めるからだ」
まるで僕の心を読んだように占師が口を開いた。
「僕には友達なんて居ないよ」
「お前がそうと認めないだけだ。お前の回りの者達はお前を友と思い、友として接してる筈。
だから祈るぐらいしか出来なくても、お前を側で支えてやりたいと願いここに集ったんだ。
これは占いじゃない。忠告だ。何故頑なになる?一言『助けて』と言えば心の扉は開く。
誰かと一緒に歩いても良いと心から思えば道は開ける。それをお前はもう知ってる筈だ…」
獣医が出てきて会話を中断し、結果を僕に告げた。
僕は声をあげて泣きだした。
嬉しい時も泣くなんて思わなかった。嬉しい時に泣く事なんて無かったから。
麻酔で眠ったままきゅーきゅー言ってるデストを抱いて、僕は泣き続けた。
自称雑誌記者のスクーター男は僕と一緒になって「良かった、良かった」って泣いてる。
…世の中には変った人が居るんだね。
不良も僕の肩をポンと叩いてきて、後輩さんも占師も良かったねと言ってくれた。
焚き火男は僕に名刺を渡して「これで仕事がし易くなったぜ。まあ考えておけ」と言った。
男の名刺には探偵って書いてあった。
仲村君は笑ったりからかったりせず、まだ泣いてる僕に声をかける。
「良かったな、俺の分まで…もう二度と猫は飼わない俺の分まで大事にしてやれよ。所で…。
『好きなものがまだ好きなうちに死んじゃえば、永遠に自分の心に置けるから良いかも〜』
なんて戯れごと言ってたけど、まだそんな風に思ってるか?」
僕はぶんぶんと首を横に振った。
「ねえ?仲村君。仲村君はどうして、もう猫を飼わないって言うの?猫が家出したから?」
「いや。俺の部屋は5階にある。…。柵も何も無い所から落ちたらひとたまりもなかった。
…。怒鳴らずにそのままいつもの様に投げておけば良かったのかもしれん。
今でも後悔してる、ちゃんと育ててやれなかった事を。いいか、お前は俺みたいになるな。
猫は別に嫌いじゃないが、俺はもう猫は飼わん。俺にはもう猫を飼う資格は無いからな」
「仲村君?君は変に真面目な所があるね。いつも服とか気にしてるし、口先だけの
軽薄な奴だと思ってたよ。君って女の子を追いかける事より大事な事が出来たら
意外と髪も服も無頓着になってしまうのかも」
「うるさい!いつも一言余計なんだよお前。とにかくデスにとって、お前は親であって、
友であって、世界の全てなんだ。関わったからには一生面倒見てやらなきゃいけない。
病いも老いも…死も含めてだ。その覚悟が無いなら生き物は飼うなよ」
「判ってるよ」
…でも本当は面倒を見てもらってるのは僕の方かもしれない。闇に足を踏み入れかけた僕を
小さな身体でデストが引きずって、反対の方向に引っ張って行ったのは確かだから…。
デストを預けてから病院を出ると、もう夜も遅くなってた。
お大事にねと手を振ってカップルはバイクに乗って帰り、独り身はトボトボ歩き去った。
帰り際、占師は神妙な顔で呟いた。
「お前の上に見える奇妙な暗雲が、俺を彼らに引き寄せると、あの時の占いに出ていた。
前世で強い縁のあった者は再び集うとの卦だ。俺の占いは当る。どうやら大当りだったな」
デストは足にちょっと後遺症が残って、尻尾の半分を失ったけど、命に別状は無かった。
車に怯えて通学を怖がるかなと思ったけど、デストは全然気にする様子も無くて、
毎日カバンに潜り込んで早く行こうと催促する。
今日もデストを乗せて自転車のペダルを力一杯踏む。
教授連の出した条件は厳しくて、課題と報告に毎日追われて休む暇も無かった。
一瞬も気の抜けない綱渡りの様な日々だけど、
香川先生が「君なら大丈夫ですよ」と言ってくれるから気持ちは楽だった。
僕は戦う。戦士じゃなくて、生身の現実で。
世界中でなにより大切な僕の為に。デストの為に。
このまま何も得ずに大学を去る事になったら、きっと僕はデストを護れないから。
堂々と胸を張って帰れる日まで、僕の戦いは終わらない。
考えたくないけど、もし僕が現状に負けてデストを手放さなきゃいけなくなったら…
万が一そんな事になる時は、辛いけど仲村君か不良にデストの世話を頼んで、
デストが幸せになれる所へ送り出したあと、思い切り泣くつもりだ。
僕は僕の幸せを一番に願う。
その幸せにはデストが幸せでいる事も入ってるから。
だから今は、僕がやれる事を全力でやっていこうと思う。
336 :
山崎渉:03/04/19 23:33 ID:FaBuJ2A+
∧_∧
( ^^ )< ぬるぽ(^^)
いつかこの世界からデストが居なくなる時は、きっと大声をあげて泣く。
誰かに見られても構わないぐらい大声で。
仲村君はデストの両手を掴んでバンザイをさせて遊んでた。
「この腕の骨の太さ見てみろよ。でかくなるな、こいつ。
豆柴くらいの大きさになるかもな」
デストはしばらくおとなしくしてたかと思うと急にごぶごぶと音を立てて、
毛玉の塊と一緒に飲んだばかりの猫牛乳を仲村君のズボンの上に吐き出した。
「うわっ!このクソ猫!なんて事するんだ!」
仲村君は慌ててズボンを脱ぐと水洗いを始めた。
その後姿に尻尾を立ててすり寄ると、
手の塞がった仲村君の靴下相手にバリバリと爪を研ぎ始めるデスト。
「痛たたたっ!東條!おいっ!やめさせろー!」
「猫は人の命令を聞かないって言ったの仲村君だよ?もう忘れたのかな?」
「屁理屈はいいから。こいつを早くどけろ!こら、かかと噛むな!痛い!」
「ですちゃん、その靴下は汚いから齧っちゃ駄目だよ。こっちにおいで」
「貴様、叱るポイントを間違えてないか?」
仲村君が本気で蹴飛ばしたり出来ないのを知ってるのか、
全身で足を抱え込んでケリケリしながら、デストは噛むのをやめなかった。
悪態付いてドタバタ逃げる仲村君を面白がって追い回すデスト。
「だーかーらー。やめさせろって言ってるだろ!おいこら、飼い主っ!覚えてろよ!」
やっぱり君はうるさいし、意地悪だし、仕切りたがりやだから、
友達なんかじゃないと思う。
だけど君が居なくなる時があったら
その時は…
デストと同じくらい君のためにも泣くかも。