5:00
目覚まし変わりにしている子山羊のユリエさんの鳴き声とともに
おれは布団から飛び起きる。
外はまだ暗い。
しかし、朝だ。
おれは起きる。
布団から出るとユリエさんの餌箱に
近所のレストランでもらってきた野菜の切れ端を置く。
そして、自分の分のカップラーメンの蓋をあけ、
ポットにいれてあったお湯をそそぐ。
3分待つ。
蓋を開けて何ともおいしそうなカップラーメンを
大分前に割った割り箸でむさぼり食う。
食い終わるとすぐに、外着に着替えて家を出る。
この季節だと服の間から迫る風がすこし…さむい。
6:00
バイト先であるその世界では有名らしい企業の立体駐車場につく。
事務所に入ると夜勤の先輩に挨拶をして制服に着替える。
ここの立体駐車場での誘導がおれの仕事だ。
同僚はいない。おれひとりの仕事だ。
そしておれは今日もまた仕事をする。
11:00
社員さんたちの出勤ラッシュも終わり、やることもないので
頭の中で唄を歌う。
かぐや姫の神田川が最近の流行だ。
12:00
昼飯。
事務所でNHKのドラマを見ながら、朝とは味の違うカップラーメンをすする。
ともだちの東條くんとケータイでメールのやりとりをする。
元気?とかそういう他愛のない話題が中心だ。
研究が忙しいらしい。彼も大変だ。
ユリエさんはちゃんと飯を食べているだろうか?
すこし心配。
15:00
特にやることもないので頭の中で唄を歌う。
Bob・Dylanの「Like A Lolling Stone」が最近のHitだ。
16:00
帰宅ラッシュには、まだ早い。
そんな時、一台の高級車が立体駐車場に入ってくる。
いいお金にめぐり合えそうだ。
おれはその車を誘導するとフロアの隅っこの空いているスペースに車を止めさせた。
車の左側に一人だけの男が座っている。
年はおれと同じくらいだろうか。
いかにもお金持ちそうなお坊ちゃまだ。
只、どうも生意気そうなのが気にかかったけれど…
男は車から降りるとそのまま何も言わずに立ち去ろうとした。
それでは困る。
「あのー」
おれは訊いた。男はそれですべてを察したようで、
胸ポケットから高級そうな財布を取り出した。
そこから一枚の福沢さんを取り出すと、信じられないことに立体駐車場の外に向かって放り投げた。
ここは5階だ。当然、福沢さんは宙を舞った。
「いらないの?」
男は平然と言った。
「は、はい。ただ今!」
おれは階段を猛烈な勢いで駆け下りた。
駐車場の横の道端に先ほどの福沢さんを発見する。
風の吹いていない日でよかった。
おれはすぐさま福沢さんを握り締めた。
その福沢さんには真っ赤な字で『こども銀行』と書かれていた。
18:00
バイト終了。
夜勤の先輩に挨拶をして、家路につく。
19:00
家の扉を開けてユリエさんに「ただいま」を言う。
ユリエさんは鳴き声でそれに答える。
ユリエさんに河原でむしってきた雑草を与え、一緒に夕飯を食うと
おれはまたそとへ出かける。
すこし行くところがある。
20:00
近くの公園。
辺鄙な場所にあるせいか誰もいないし、周りに何もない。
さらに辺りを丹念に捜索して本当に誰もいないことを確認し
ベンチにあぐらをかいて座ると
おれは家から持ってきたケースを開けてボロボロのギターを取り出した。
おれはギターを掻き鳴らして歌う。
お金がないとかそういう類の唄で、そういった即興の唄を歌ってストレスを発散させるのがおれの日課だった。
しかし、今日はいつもと少し違った。
おれが歌い終わるとどこからか拍手が聴こえてきた。
拍手のする方向をみるとそこには一人の男が立っていた。
黒いロングコートを着た長髪の男だった。やけに眉が太い。
「すばらしい。」
男はまったく抑揚をつけずにそう言った。
「よければ、ちょっとギターをお貸しねがえませんか?」
おれはすこしのあいだ悩んだが、男にギターを貸した。
男はギターを弾いた。
おそらくアドリブなのだろうが、
ノリのいいカッティングとクリーンなアルペジオを多用した奏法で長いトリルを出した後に
「cool!」
と叫んで彼のプレイは終わった。
おれは彼の演奏が終わった後無意識のうちに手を叩いていた。
「ありがとうございます。ギター、お返ししますよ。」
男は相変わらず抑揚のない声でそう言った。
「じゃあ、それでは。一応、仕事中なんで…」
男は踵を返して夜の闇に消えようと歩き出した。
「あの…その…ありがとうございました。」
おれは仕事の癖からか男に向かって深々と頭を下げた。
「あなたは筋がいい。つづけるといいですよ、ギター。」
男は背中を向けたままそう言った。
おれはすこしうれしくなった。
23:00
帰宅。
ユリエさんはもう眠っている。
おれはおんぼろの風呂に入り、趣味の悪い寝巻きを着ると、
おれはささやかな夢を見るため床についた。
そしてまた朝は来る