9 :
狂戦士:
某県某所にある山奥の廃工場。何年も前に放棄されたそこにあるのは、使い道の無い機材ぐらいのものだ。
当然、人が訪れるような場所ではない。このような真夜中ならなおさらなのだが―――――男はそこに居た。
「ブラックサン……」
男の口が最初に紡いだ言葉がそれだった。そしてすぐ、自分が何を言ったのか考える。
思い出せない。
何も思い出せないが、その言葉を呟くたび頭の奥が燃えるように熱くなる。
「ブラックサン…ブラックサン…ブラックサンブラックサンブラックサンブラックサンブラックサン!!」
体内で燃え盛る炎を振り払うが如く、右腕を振るう。それが後ろのブロック塀にぶつかると、それはたやすく粉々に砕け散った。
その瞬間、頭を焦がす炎がわずかに治まったように感じた。だがそれは本当にわずかなもので、一瞬にして脳裏で再び炎が燃え盛る。
この炎を抑えるにはどうすればいいのだ。たとえ目に付く物体を手当たり次第破壊したとしても、かなわないだろう。それを男は知っていた。
そして
どうすればいいのかも、すでに知っていた。
(戦いだ……)
朧気だが、かって自分は戦っていたという記憶がある。そして、その瞬間だけ自分は満足できた気がする。
なら戦うしかない。
自分が何物であるか、何をしていたかなど、男にとって考える価値すら無い物だった。
(俺は戦うのだ……それだけでいい)
男がひとつの結論に達した瞬間。
夜空を覆っていた雲が割れ、隠れていた月が顔をだす。月明かりが男の体を照らし出した。
全身を纏う白銀の装甲。甲虫を連想させる仮面。
そして腹部で淡い光を放つ、謎の輝石。
(ああ……)
自分の姿を眺めたとき、かって自分が何と呼ばれていたか、ようやく思い出した。
今の男にとってはさして重要なことでもないが、とりあえず覚えておくことにする。
「俺は……世紀王……」
日食の日に生まれた、五万年に一度の選ばれし者。
「世紀王シャドームーン……」
10 :
狂戦士:02/12/19 01:09 ID:e7RJcgiW
「イライラする……」
浅倉威は目の前の物体を睨んで呟いた。
焚き火の前で木の枝に刺されて焼かれている、拳ほどの大きさの物体。
数分前、朝倉の目の前を跳んでいたカエルだった。
焼けたのを確認すると、枝を手にとってガブリと噛み付く。お世辞にも美味いとは言えない味だった。
悪食な浅倉であるが、さすがにこんなものを食べ続けていると、正直気が滅入ってくる。
ふと脳裏に、考えるだけでイライラする人間の顔が浮かんできた。自分を無罪にできなかった役立たずの弁護士、北岡だ。
(あいつの事務所で食ったものは美味かったな……)
用があれば、また出向いてみるか。そんなことを考えながら、カエルを腹におさめていた。
しかし、その手が突然止まる。
「……誰だおまえ」
音も無く現れた一人の男に向かって呟く浅倉。白銀の鎧を纏う男……シャドームーンは何も答えなかった。
「……おまえも食うか?」
そう言って食べかけのカエルを向けるが、シャドームーンはそのまま通り過ぎる。
彼の目には浅倉はただの人間としか映っていなかったからだ。
「待てよ。おまえライダーだよな?」
『ライダー』という単語に反応して、シャドームーンの歩みが止まる。浅倉はそれを肯定と判断した。
自分の知っているライダーとは違う気もするが、香川のオルタナティブのような前例もある。それに何より、浅倉にとっては戦えるという事実が大切だった。
「ちょうどイライラしていたトコだ……やろうぜ」
浅倉が懐から一枚のカードを取り出す。
するとごみ捨て場に放置されていた大鏡が歪み、鋼鉄の獣が飛び出した。
メタルゲラス……かって浅倉の手により葬られた、芝浦淳の契約モンスターだ。一度は浅倉の命を狙っていたが、今では契約という枷に縛られ、手足のように使われている。
「!?」
驚愕するシャドームーンにメタルゲラスが襲いかかり、鏡の中に引きずり込んだ。
それを見送ってから、浅倉が鏡にカードデッキを向ける。Vバックルが腹部に現れた。
「変身!!」
光が浅倉を包み、紫の装甲を纏う戦士が現れる。
仮面ライダー王蛇……その名に恥じぬ実力と残忍さを持ち合わせたライダーだ。
「久々に……楽しめそうだ」
仮面の下で唇をニヤリと歪ませ。
紫電の大蛇が鏡へと飛び込んだ。