【勝手に】仮面ライダー龍騎EPSODEFONAL【補完】

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怯える娘を前にして、俺はまだためらってた。

早く走り出せ。悲鳴を上げて背を向けろ。
お前が動けば俺は覚悟を決められる。

スラッシュダガーの一振りで、全て終わらせる事ができる。
放り投げ、砕けてしまえば、後は全て片がつく。

だから…そんな目で俺を見るな。
怯えた猫のような目で、俺を見るな!

煮立った頭に、今までの出来事がぐるぐるとよぎる。
なぜこんな事になったんだろう?
俺は平凡に生きていたはずなのに。

……なぜ俺は、人殺しになろうとしてるんだろう?
今でも時々思い出す。…江島ゼミの飲み会の出来事。

女の子達は、小川の付けてる古臭い3連リングの話で盛り上がってた。
「今時、これは無いよねー。お姉さんのお下がりかな?」
「はずしなよぉ。ダサ。なんか恵理に似合ってないもん」

小川はちょっと笑いながら、リングを愛しそうに右手で包んだ。
「だってね。蓮が一生懸命買ってくれたんだよ。だからこれって…私には宝物なんだ」
「うーん、ごちそうさま。大事にしてくれるなら秋山君も贈り甲斐があるよねー」

秋山…小川の男はヤクザっぽい遊び人で、とてもあの子に相応しくなかった。
迎えに来たと言って無意味に大学に立ち寄っては、いらない喧嘩を回りに吹掛ける。
追い返そうとしてあいつと衝突したのは一度や二度じゃなかった。

だが、小川は、秋山が来ると嬉しそうに帰り支度をはじめ、
秋山も彼女にだけは自然で優しい笑みを見せていた。
…それはいつも、俺を不愉快にさせた。

「神崎先輩、来ないのかな?」
「先輩、ちょっと素敵なんだけど。笑ったら絶対可愛いのにね」
「酔わせてさー。へろへろにくだけた所、見てみたいなー(笑)」
神崎が親睦の輪に混ざる訳が無いだろう。

「あいつは薄気味悪い変人だし、金も持って無さそうだ」
「仲村君、ひどーい(笑)」


…それが俺が覚えてる、みんなの最後の笑顔だった…。
あの日。
401号室に戻ろうとすると、悲鳴と怒声がわきあがっていた。
ぷつっと声が途絶えた部屋には…倒れている小川。
その側に…神崎と、小川の付合ってる男…秋山。
真上には…蝙蝠に似た怪物が居た!

怪物は幻覚だったように消え、滅茶苦茶になった部屋を見て動揺する俺に神崎は、
「この事を誰にも口外しなければ生き延びられる、何もかも忘れろ」と横柄に言い渡した。
いったい何が起きたのかさっぱり判らず、それから何日も怪物の影に震えた。

実験器具の大半は壊れ使い物にならなくなり、小川は入院し、神崎は失踪した。
江島先生は事故の責任を取って辞職してしまい、江島ゼミは解散した。
みんな将来への希望を失い次々と退学して消えて行った。
いや…本当に文字通り消えた奴も何人も居たんだ。

気が付くと、俺と小川以外みんな行方不明になっていた。
連絡も無しにどこかへ引っ越しただけだと思いたかった。

だが…小川の事と、神崎の態度とあの怪物の様子を考えると、
最悪の事態が浮かんでくる。

次は俺の番か?俺なのか?
怯えながら、沈黙を守るから許してくれ見逃してくれと毎日闇に向かって祈った。

ある日ふと思った。
待て。何で俺が神崎に許しを乞わなきゃいけないんだ!
悪いのはあいつの方なのに、なぜこの俺が頭を下げなきゃいけない。
自分で自分にムカ腹を立てた。立て続けた。
神崎に睨まれる危険を覚悟で、小川の見舞いに行った。
予想より重い小川の容態と病状に心底打ちのめされる。
…小川の人生は神崎に終わらされていた。

もう2度と起きあがる事もできず、回復の希望も無いまま
いつ命が尽きるかも判らない状態だった。

実験の時の生真面目な態度も、成果が上がった時の目の輝きも、時々見せる憂いも…
笑う時は思いっきり笑う小川の姿はもう永遠に見る事ができない…。
壁にもたれるようにしゃがみこみ、俺は人知れず嗚咽した。

そこへ秋山がやって来て、俺には気付かず小川の病室へ入って行った。
「あのひとは熱心に通って小川さんの介護をしているんですよ。
 あんなに大事にされて恵理さんは幸せですね」と、看護婦が羨ましそうに呟いた。

こっそり病室の様子を覗う。
またいつもの様に、遠くから見る事しかできない俺。
秋山は小川に語り掛け、髪を撫でて、手を握り締めて涙をこぼした。
声は聞こえなくても秋山の思いは伝わる。かすかに小川の顔が穏やかになった気がした。

二人の間に俺が入る余地はどこにも無かった…。
贈るはずの花束は、ゴミ箱に投げ捨てて帰った。
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その日から、恐怖は完全に怒りに取って代っていた。
小川の為にも、消えたみんなの為にも、何も出来ない自分にイラついた。
神崎が目の前に現れたら、今度は怯える事無く対峙しようと誓った。

たとえ怪物が現れても、どうなろうとも、
あいつを一度ぶちのめさないと気が済まなかった。

何ヶ月もそんな気分を抱いたまま吹っ切れずにいたある日、神崎の妹が大学を訪ねてきた…。
神崎優衣は真剣な顔で「兄について教えて下さい」と俺にすがった。

ふざけた事を言うな!お前のせいじゃないのか?何もかも。
教えてもらいたいのはこっちの方だ!あの日のあれは、何だったんだ?!
小川が犠牲になったのは何故なんだ!
お前のせいだとハッキリ神崎が言っていたじゃないか!

だが、神崎の妹は何も知らなかった。
お兄ちゃんに会いたい、何をやってるのか知りたい、
手掛かりになる事があったら教えて下さいと、ただそれだけを繰り返した。
こんなに慕われてる妹にまで迷惑をかけて、何やってるんだ神崎。

神崎の妹の、大きな瞳でひたと見据える姿は何かを連想させた。
ああそうだ、猫だ。慣れない家の隅に不安そうに丸まる子猫の様だな。ふとそう思った。

猫は…。…。…。
逃げる様に俺は神崎優衣の前から離れた。
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…江島先生の無残な姿が発見されたのは、そのすぐあとだった。
401号室への階段前で、うずくまるように倒れて亡くなっていた…。
栄養失調と疲労からくる心不全が原因だった。

「恰幅の良かったあのひとは浮浪者の様にみすぼらしくなって、
 汚れてボロボロの服の下にはあちこちにアザや傷ができていました。
 人に言えない苦労をしてたんですね」と、先生の奥さんは静かに語った。

葬式には先生の家族と俺以外ほとんど誰も出なかった。
学生にも慕われ将来を有望視されていた先生が
なんでこんなみじめな最後を迎えなきゃいけないんだ?

憂鬱な気分の最中にまた神崎優衣から電話が入った。怒声を上げて携帯を切る。
やってから、もう少し優しく言っても良かったんじゃないかと後悔する。…いつもそうだった。
それから何度となく電話が掛かってきた。神崎優衣はいつも半分泣いていた。

「手掛かりはあなたしかないんです、どうか切らないで下さい…。
 お兄ちゃんが悪い事をしたなら謝ります、私が償える事なら何でもします…」
か細い声が震えているのが手に取るように判る。
あんたが謝る必要は無い、俺にはもう関わるなと言ってそのたび即座に電話を切る。

神崎の妹を怖がらせたり泣かせたりするつもりは無かった。
どうしても冷たい態度で接してしまう自分に腹を立て、それ以上に神崎に腹が立った。

電話の向こうで泣いてる娘の姿を想像すると、
夜中に窓辺で鳴いてる子猫を思い出して眠れなくなった。
安心させればいいと判ってる。望む物を与え、優しく声をかけ、手を差し伸べればいいと…。
…誰が、神崎の身内なんかに!布団を被って無理にでも眠ろうと空しい努力を続けた。

結局、猫の悲しむ声に圧されて、知ってる事全てと資料をまとめて彼女に渡した。
神崎優衣は一瞬驚いた様になって、それから顔を輝かせた。
その姿を見て思う。不安そうな顔や睨み付ける顔をやめて笑えば可愛くなるのに勿体無い…。
思わず髪を撫でそうになる衝動を押さえ、こっれきりにしてくれと言い残し立ち去る。
さ迷う子猫の声は消えた気がした。

神崎。相手はお前の妹だから別に構わないだろう?俺は他人に口外したわけじゃない…。

…いつの間にか見えない神崎に言い訳してる自分に気付く。
畜生。恐怖が戻ってきてる!
俺は神崎と戦うんじゃなかったのか?恐れるな…。恐れるな…。恐れるな…。

後ろから肩をぽんと叩かれる。
「仲村創君…でしたね?江島研究室の実験について話があります」

沈黙を破った事を他の人間に見抜かれた!
ザワっと全身に寒気が走った。
香川先生はおおよそのことを知っていた。
俺は今まで溜め込んでいた思いと一緒に、覚えてる事全てを話した。

俺の協力で香川先生の下で急速に進む解析と再構築。神崎の研究のあらましが判ってきた。

ミラーワールドの存在について、その異世界に棲む擬似生命体について、ライダーについて…。
虚像の実体化…。虚の空間への侵入方法…。異形への変身…。

やがて…。

神崎の呼び出した怪物は毎日人知れず人間を襲い食らってる事…。
消えたみんなは、ほぼ間違い無く神崎の手で始末され
江島先生も神崎に殺されたと知った。

壁を拳で殴り続ける俺には、香川先生が止める声も耳に入らなかった。
神崎!よくもこんな酷い真似を…。お前は人間じゃない!
この人殺し!みんなを…小川を返せ!

…小川だけは、俺を嫌がらなかった。
俺の欠点は気が短い所だと自分でも判ってる。
ある程度なら、誰とでも適当に仲良くできる自信はあった。
だが、俺がキレて怒鳴り散らす所を見た奴はみんな引いて去ってしまった。

実験の失敗続きに腹を立て壁を蹴り上げる俺に、ねぎらいの言葉と共に茶を出してきた小川。
「ううん。これぐらいなら怖くないですよ。蓮が喧嘩してる所見てて、慣れてるから」
「…。嫌な慣れだな。そんな大馬鹿野郎とは別れた方が良くないか?」
「うーん。あのひとお馬鹿さんだけどいいひとだし。先輩が心配しなくても大丈夫ですよ」
にっこりと笑う小川を見てると、怒りも徐々に吹き飛んでいった。
その時から、小川は…俺の心に…。

小川…。先生…。みんな…。
この仇は俺が取る!必ず…。
俺は、研究室仲間の東條悟を気に入らなかったが、香川先生は奴を推していた。
「東條君は…彼は、他の人には無い秀いでた才能を持っているんですよ」
あれがか?頭は良いかもしれないが、賢い奴だと思わない。
いつも上目遣いに人を見て、口を開けば不愉快な物の言い方しかできない男だ。

あいつを見てると昔飼ってた猫を思い出す。
まだ年寄りでもないのにいつも怠惰に寝転んでて、長い白い毛がモップの塊に見えた。
目の前を通り過ぎても尻尾をパタパタ振るだけでゴキブリも鼠も滅多に獲る事がなかった。

足を出すと面倒臭そうに前足でつかまってきて、
ひきずられて部屋中をぐるぐる回るのがなぜかお気に入りの変わったヤツだった。
しつこくそれで遊んでくれと要求する割に、飽きるといきなり爪を立て、
イタタと叫ぶ俺の身体をわざわざ駆け上がってからどこかへ行った。

何を考えてるか全然判らなかった。
可愛がってたつもりだが、おとなしそうに見えて気性の荒い所を多少持て余していた。
そして…。…。

もう猫はこりごりだ。2度と係わり合いたくない。

なのに奴は不必要に俺に絡み、日々俺を苛立たせる。
今日も猫男は菓子をガリガリ噛み砕きながら無神経な言葉を掛けて来た。

「仲村君って、神崎君の事を随分ライバル視してるけど、
 神崎君は君なんか相手にしてなかったんじゃないかな。
 君って結局、研究の深い事は何も知らないし、居ても居なくても同じだから」

その場で拳をお見舞いした。散らばったビスケットを前に無言で睨み付ける東條の胸倉を掴み
2度と下らない口をきくなと言い渡してから、研究室を後にする。

東條が小さく何か叫び、奇妙な気配に振り向くと
そこには銀色と青に覆われた、猫を思わせる異形が立っていた。
「どういうつもりだ東條!」俺はそいつに掴みかかる。
香川先生が止めに入らなかったら、あいつは間違いなく俺を…。

東條はライダーだった。
欲望と引き換えに神崎にいいように操られる駒の一人かと思うと
ますます奴にムカつき許せなくなってきたが、
その思いは香川先生の前では飲み込んでおいた。

「しかし…。仮面ライダーを初めて見たのに、
 怖じずに殴りかかろうとする人が居たとは…。驚きですよ」
どうやら香川先生は俺を見直した様だった。

この件もあって、俺は自分から望んでオルタナティブの被験者になった。
変身すると身体中に力が溢れ、スラッシュダガーの一撃でモンスターはあっけなく散った。
気分は最高に良かった。これでもう神崎の魔手を恐れずに済むし
些細な数でも神崎の配下を倒す事で、誰かを救えると思うと我知らず高揚した。

だが、香川先生は自分の成果を少しも喜ばず、憂鬱そうに鏡を見つめ溜息をついた。
「オルタナティブは根本的な解決にはなりません。
 たとえ私達が地道にモンスターを倒していったとしても
 ミラーワールドを潰さない限り、犠牲は増え続ける一方でしょう。
 確実に全てを終わらせる方法がありますが…君達にとっては精神的な負担が大きい。
 これは…私自らの手で成そうと思っています」

「どうすれば良いんですか?まさか神崎のゲームの勝者になるとかじゃ…。
 いや、たとえそれがどんな事でも俺はやり遂げますよ。教えて下さい」

香川先生は少しだけ笑った。
「あなたは信頼するに値すると思います。だから、心して聞いてください」
香川先生の声はいつもと違う暗い影を帯びていた。

「ミラーワールドを閉じる方法はただ一つ。…神崎士郎の妹、神崎優衣を殺す事です」
……そして今、目の前の神崎優衣に対し、俺は刃物を持って向い合ってる。

どうしてこんな事になったんだろう。
傷付けるつもりなんか無かった相手を、手に掛ける後味の悪さを反芻する。
あの時も…猫の時も…。
いきなり飛びかかってきたこいつが悪い…そう思おうとした。

…あの時…じゃれる延長で噛み付いてきた猫を、痛みから反射的に放り投げた。
タンスの角に嫌な音を立ててぶつかり、妙な声を上げて動かなくなった身体を抱き上げると
猫は猫をやめていて、目を見開いたまま…くたっと柔らかな肉の塊になっていた。

幾ら揺すっても、背中を撫でても、肉球をさすっても、呼吸は戻らず
ぐにゃぐにゃになった身体はどんどん冷えていった。

俺は泣いた。
それからもう2度と猫は飼わない事にした。

…あの時も、別に傷付けるつもりはなかった…。
だが、もうここまで来ては…後戻りはできない。
放り投げさえすれば、あとは壊れて終わるだけだ。

一生懸命思い込もうとする…。
こいつは化け物だ。女の子なんかじゃない。怯える猫でもない。
人間に見えるけど、怪物と関わりのある異形だ。
こいつを倒せば世界は救われる。もう人々が怪物に襲われる事も無くなる。

英雄になるなんて関係無い。
神崎の目論見が崩れる事が、神崎の夢が消える事が、神崎を嘆き哀しませる事が、
俺には一番大事な事なんだよ!

お前に恨みは無い、でも…許せ!
結局その場は、脇から城戸に割り込まれて神崎優衣の暗殺は失敗に終わった。
腹も立ったが、内心ほっとしていた。

相変わらず城戸の馬鹿野郎は、真顔でミラーワールドの閉ざし方を聞きに来る。
知ったからといって、お前に出来るわけがないだろう!
おまけに東條の馬鹿野郎も、城戸にベラベラ秘密を喋ってしまった。
計画を知った他のライダーも一緒になって妨害してきたらどうするんだ!

特に秋山は、あの性格なら有無を言わさず真っ先に襲撃してくるはずだ…。
今の俺なら秋山を倒す事は簡単だった。激突すれば多分、秋山は生きてはいないだろう。
…秋山が死ねば、小川は怪物に食い殺される。
だからこそ、秋山を刺激する事は避けたかったのに…。

懲りずに城戸は何度も邪魔してきた上に、俺と東條を間違えやがった…。
怒り倍増で奴と斬り結ぶ。
何も知らずにヒーロー気取りでいい気になるな!お前が守ろうとする者が全ての原因なんだ!
秋山が勝利したからと言って小川が元に戻る保証は無い。
ライダーなんかくたばっちまえ!ミラーワールドなんか滅びてしまえ!
神崎と、その妹の世界は、消えてしまえばいいんだ!

「一つを犠牲にするのは勇気でもなんでも無い」城戸はこう言い放ち、俺を殴り飛ばす

黙れ!黙れ黙れ黙れっ!
そんな事は…最初から決まってる!一つよりも十だ!十よりも百だ!
たった一人の命で世界が救えるなら誰でもそれを選ぶ!なぜ判らない!なぜ邪魔をする!

ふらふらになった俺の頭に、城戸の思いつめた声や扉の前で懇願する姿が駆け巡る。
「優衣ちゃんに手を出すな!」そう叫びながら蹴りかかって来た、今さっきの城戸も…。
お前も秋山と同じだ。世界よりも女を守ろうとするお前にはミラーワールドは閉ざせないよ…。

だが…。もしも…。
小川と引き換えに世界が救えると言われたら、俺は彼女を犠牲にできるだろうか?
城戸は真摯な態度で俺に告げる「俺は大きな犠牲も一つの犠牲も出さない!
 綺麗事かもしれないけど、今はそれしかない」

油断したのか余裕を見せてるつもりなのか、武器を置いたまま帰りかけた城戸を
アクセルベントでめった斬りにする。
背中を見せたお前が悪いんだ!そう思い、全ての怒りをダガーに集中させる。
迷う暇は無い。あの娘さえ消えれば全てが終わる。
怪物も、ライダーも、神崎の亡霊も、余計な何もかも消えるんだ!

この甘ちゃんが!俺を、迷わせるなっ!

城戸にとどめを刺そうとする俺の背から、馴染みのある抑揚の無い声が響いた。
『ファイナルベント』
咆哮と…。素早く襲いかかる影…。骨が砕けるような衝撃と…。突き刺さる鋭い爪…。

今度は…放り投げられるのは俺自身だった。


東條のデストクローで貫かれ断末魔の悲鳴を上げながら
スーツと身体が冷気で粉々に砕けてく俺の耳に、
かすかに…笑い声が…獲物を弄る楽しそうな声が…聞こえた気がした。

…本当に猫のような奴だなお前…。
猫の悪い所を真似してどうするんだよ…。


激痛の中でのたうちながら、もう終わりだと悟る。これが死ぬっていう事なんだな…。
粒子になって消えて行く俺を、いつの間にか城戸は半泣きで支えている。
ははっ…。
たった今、お前を殺そうとした俺をか?…ったく、お前は人が良過ぎるよ。
…。なあ城戸…。
お前ともっと早く出会ってれば…。俺は…。
なんだか…悪い夢を見てたような気がする。
怪物もミラーワールドもデッキも神崎も
みんな夢で見た幻なんだ…そうに決まってる。
これは全部夢だ。
目が醒めたらきっと…。俺の側に小川が居て…。足元で猫が遊んでて…。…。

…ああ。そうか…。
今更判っても遅いけど…。
一つの犠牲で多くを助けるものが英雄だなんて…幻想だったんですよ、香川先生…。
俺はまだ死にたくなかった…。
それで世界が救われるとしても、「犠牲」になんて誰もなりたくないんだ。
神崎の妹も…誰も…。他に道は無いとしても…。

いや…道は…。別な方法も…探せばあったかもしれない…。
英雄になる事にこだわりさえしなければ…。
あるいは…。

…なんだっけ?…意識が朦朧としていく…。
そうだ…確か江島先生とみんなと、パァっと楽しく飲みに行くんだった。
みんなが手を振って俺を呼んでる。もう行かなくちゃ…。
でも、小川だけは来るなよな?
お前にはまだ帰る所があるんだから…。

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…俺は英雄なんかじゃない。
たとえ犠牲にするのが自分自身でも、
誰かを犠牲にする者が英雄なわけがない…。

なにもかも消えて行く中で、俺は最後の声を振り絞る。

城戸…。お前は間違って…ない。
東條…。お前は間違って…いる。