こんなことはありえませんか・・・・・・・・?
ビジネスチェアに腰掛けた手足を手錠で拘束された「彼」の正面に据えられたディスプレイを
覗き込んで、唄うように男が読み上げる。
「本日、おでんさんへTH3#2参加費返還をお願いする内容証明郵便を送りました。メール、
携帯で連絡が取れない以上、これしか手段がありませんでした・・・・・フフフフ、君の名声は
今や地の底までに失墜したと言って差し支え無いようだね、ええと・・・そう、『おでん』君」
底意地悪く微笑みかけたられた「彼」は不自由な身体を精一杯捩じらせて不如意の意向を露に
するが、椅子の上で大きく両足を広げたM字開脚の体勢を取らされていてはその真の意図する
ところは相手に伝わるべくもない。ただ闇雲に頭を振り立て、膝をパカパカと開いて見せた
だけの意思表示では、先の朗読を喜んで受け容れるものとも受け取られかねなかった。
「おお、そうかね?君も自分のしでかした罪の大きさにやっと気が付いたと言う訳か」
黒づくめの衣装に身を包んだ男は、案の定「彼」の身じろぎを勝手に曲解して得たりとばかり
に頷いてみせる。
「そうとも、君のこれまでの行状は逐一把握しているのだよ。信じて近づいて来た同好の士を
幾度となく裏切り煮え湯を飲ませ、今また平然と著作権を踏み躙って阿呆共から掻き集めた
金を呑み込んでまたぞろトンズラを決め込もうとしている・・・・・・・・・」
語り聞かせながら男の手が動き、背中に回した手の中のリモコンのスイッチに触れた。と、
それまでモゴモゴと意味を為さなかった「彼」の叫びが不意に明瞭な音声となって閉ざされた
部屋の中に鳴り響いた。
“何が罪なもんか!それなら俺をこうして--------------エッ・・・・・!?”
自分の声がまごうことなき女性のそれに捻じ曲げられている事に気付き、「彼」は言葉を失う。
つい先刻長い昏睡から覚めたばかりで、自分の置かれている状況の把握すらままならなかった
とはいえ、これは理解の範疇を超えかかった出来事だった。
「おや、驚いているのかね?君にとっては馴染みの深い声のはずだよ。君がこしらえた海賊版
のDVDでミスアメリカの声をアテた女性のものだからね。ああそうだ、私が迂闊だったな、
今の君がどんな格好をしているか、見せてあげるのを忘れていたよ・・・・・・」
忍び笑いを漏らしながら、男は「彼」の前に姿身の鏡を引き寄せる。
“な-------------こ、れは・・・・・・!?”
愕然と目を見開いたその表情は、しかし鏡に映ったその面からは読み取れなかった。「彼」の
顔面は柔らかな表情を浮かべた樹脂製のマスクに覆われていたのだ。
「だから驚く必要など無いのだよ、君は自分で音頭を取って作らせたマスクをかぶり、同様に
他人が君の金儲けの為に作ったコスチュームをまとっているのだからね・・・・・・」
男の言葉通り、「彼」は自分がプロデュースして作成したお気に入りの戦隊ヒロインの装束を
着せられていた。金色に輝く巻き毛、薄桃色と白のツートンカラーのマスク、純白凛々しい
マフラーの下はあまりにも大胆なハイレッグカットのレオタード・・・・・・・
“そ、そんな・・・・・・・!!”
大胆すぎるハイレッグカットのレオタードから無残にもはみ出した袋状の突起と、それに纏わる
恥毛が嫌でも目に入り、「彼」は思わず目を背ける。
「おやおや、君がリファインして隅々にまで目配りした力作だよ、出来には自信があるだろう?
何を恥ずかしがる事があるんだ。うん、この股ぐりの深さなんぞはたいしたもんだよ」
男は手を伸ばして超音速機の機首さながらにすぼまった股布をぐいと掴んで引っ張り上げる。
“クあア!や、やめ・・・・・・!”
自分の眼鏡にかなった若い娘に着けさせる為のコスチュームを自ら着せられている羞恥と、いつの
間にかマスクの中に仕込まれていたヴォイスチェンジャーのせいで女のようなあえかな声を上げて
身を悶えてしまっている屈辱に、「彼」の自尊心は粉微塵に打ち砕かれようとしていた。
「なるほど、素人あがりとはいえあれだけの文章を書くからにはそれなりの素養があるとは思って
いたが・・・・・君には「アクトレス」としても充分やっていけるだけのモノがあるぞ。惜しい、
いや実に惜しいな・・・・・・・・」
これまでの人生において数々の危機を乗り切ってきた独特の嗅覚が、かろうじて「彼」にその言葉
の意味するところを認識させた。
“・・・・お、惜しいというからには・・・・・・・・俺・・に、まだ使い道があるという事かッ?”
その言葉を聞いた男は破顔して大声で笑い出した。腹の底からの笑い声に気圧されて言葉を失った
「彼」の存在など忘れたかのようにしばらく一人笑いを続けたあと、部屋の壁に吊るされた鏡に
向かって語りかける。
「皆さん、お聞きになりましたか?このような辱めを受けてもなお、利に聡いおでん氏はご自分が
生き延びられる道を懸命に模索しておられますぞ!いやはや、このしたたかさは我々も見習う
べきかも知れませんな!!」
一気にまくし立ててからまたゲラゲラと笑い出す。さすがに「彼」も壁の鏡がマジックミラーで、
その奥にあるカメラによって自分の醜態が余さず記録されている事に気がついた。もはや手遅れと
知りつつも、そしてマスクに守られているとは判っていながらも、顔を背けずにはいられない恥辱
の念が男の力強い手によって残忍にも妨げられる。
「どうした、ミスアメリカ?この程度の戒めから逃れられぬおまえでは無いはずだぞ!?さあさア、
我々の期待を裏切らないでくれないか」
懸命に横を向こうとする「彼」のブロンドを掴み、強引に正面を向かせようとする。言い表しよう
のないおぞましさに苛まれながら抵抗すること数分、ようやく力を緩めた男の手の中で、「ミス
アメリカ」はぐったりとその頭を垂れてしまった。吐き出される自らの太い息の音が、善悪の区別
もつかぬ電子装置によってはかなげな乙女のそれにすり替えられてゆくのを、どうする事も出来ぬ
悔しさ、もどかしさ。
「くッ、うウ・・・・・・・」
思わず漏れた苦悶の声に、
「そう、その声!いや、やっぱり君には素質がある!!」
言葉の真意を図りかね、「彼」は男に問い掛ける。
“・・・素養だの素質だの、いったい何の話をしてるんだ・・・・?”
男は哀れむような視線を平たい胸をして脛毛の生えたミスアメリカに投げかける。
「君という男は知恵が在るのか無いのか・・・・・まあいい、教えてやろう。我々は君の小銭稼ぎが
とある企業にとって好ましからざるものと判断した“善意の第三者”だ。我々は誰の依頼を
受けたものでもなく、独自の判断で君に制裁を与えることにした。まずは君の身柄を〜君に
とって最悪の展開が予想される日時に〜押さえてここに連れ込んだのだ・・・・・・」
男の言葉は続いた。
「我々の予測通り、主催者を欠いたイベントは空中分解(カラオケなんぞでお茶を濁したようだが
それで君への不満や不安が解消される訳もない)、引き続いての音信不通で君が内包していた
問題点が次々に噴き出し、とうとう君は提訴されて社会的に抹殺されることにあいなった訳だ。
君が持っていた“コルゲン伊藤”というHNが君自身を追い詰める為にたいへん役に立ったよ」
“なんで・・・・・・どうしてそこまでッ------------!?”
血を吐くような問いに、男は無言のままつかつかと歩み寄ると、一点の曇りもなく磨き込まれた
スーパーヒロインのマスクをむんずと掴み、強く左右に揺さぶった。
「さあ、その答えは君自身がよく承知していると思うんだがね------------!」
ガクガクと脳髄を揺さぶられ、即席の船酔いに陥りながらも「彼」は必死に頭を巡らせようとする。
“こ・・・な事して・・・・・た、只で済むと・・・・・・・・おおオ!!”
「只では済まないのは君の方なんだがね?どのみち君は自由の身にしてやるが、ここでこうして
辱めを受けた証拠は我々の手の内にある。君が君臨していたネットにいつでもバラまけるよ。
それから、君が心の中で思っている企業と我々との接点はどこにも見つからないよ、念の為」
四肢を拘束されて抵抗出来ないミスアメリカをひとしきりなぶった後で、男は「彼女」のマスクの
側頭部に指を這わせた。ぐったりとうな垂れていたミスアメリカだったが、さすがに男の意図に
気付いて懸命に頭を振って逃れようとする。男がほくそえんでいることなど気付く余裕も無かった。
「ホラホラ、そんなことをすれば酔いがひどくなるばかりだぞ・・・・」
ピンクのレオタードの上に巻かれたベルトのバックルの上からグイ、と鳩尾を押さえつけられる。
“ヴッ!えオ、ヴェれオろろろろろオッッ---------!!”
先刻来煽り続けられていたムカつきに止めを刺され、不覚にもミスアメリカはマスクの中に嘔吐
してしまった。もちろん自身が特に念を入れて作らせたものだけに、気密性に富むマスクは一滴の
漏れも無く「彼」の吐瀉物を受け止め、顔面とマスクの裏面との僅かな隙間を埋めてゆく。鼻腔に
押し寄せる逆流の臭気に更なる嘔吐が促され、あっという間にスーパーヒロインは窒息の危機に
瀕してしまった。
背後で回り続けるカメラの邪魔をせぬように立ちながら、男は為すすべもなくただ闇雲に頭を
振り乱すミスアメリカの醜態を眺めていた。いよいよ頭頂部までが吐瀉物で満たされたか、一際
大きく狂ったように振り立てられるその頭部から見事なブロンドの巻き毛が落ちてしまったが、
それさえも「彼」は気付いていないようだった。頃は良しと見て彼は断末魔の痙攣を始めたその
脇に近寄ると、素早くヘルメットの留め金を外した。同時に美しいマスクの内側から滝のように
汚濁が流れ出し、その下から空気を求めて激しく喘ぎ咳き込む男の歪みきった顔が現れる。
「うんうん、イイよ〜!ヒロピン界のカリスマが自らの生命を賭して挑む迫真の艶技!!ああ、
ムダ毛や胸のふくらみなんかはこっちで上手く画像処理してあげるから安心していいよ」
いつの間にかデジタルビデオを手持ちにした男がからかうように呼びかけるが、受け止めきれぬ
ほどの陵虐(しかも身体には傷ひとつ負わされぬまま)に押し潰されてしまった「彼」の心は
すでにそれを聞いてはいなかった。それを知ってか知らずか、なおも男の言葉は続く。
「さて、出資者の皆さんへのお詫び映像のラストはウェブマスターからの詫び状朗読だ。文面は
こちらで考えてやったからな、楽なもんだろう?」
カメラを据える三脚が用意される間、「彼」の口からは呪詛のような低い囁きが漏れ、その手足
は何かのかすかな動きを見せていた。それがマニュアルシフト車の運転操作であり、つぶやきの
中身がシフトのポジションであることに気付いた者は、誰一人としていなかった・・・・・・・・・・・・・。
まあ、ある意味これが妄想の中の妄想だよね・・・・