秋山瑞人「猫の地球儀」

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165柏武文
うーん。
あの場合は「幽に責任を押し付ける」ことも含めて、霞が受け持った役割なんだろうと思う。
誰にも責任がない、答えが無い、という現実に、高圧的にでも「回答」を示す保護者としての
役割が、霞=トルクの秩序(大集会)の役割なのだろうという。
ある意味、あの辺ではすでに、個々のキャラクターがキャラクターを失っている感がある。
それは別に、作者の不手際とかじゃなくて、もっと大きく、俯瞰的で比喩的な物語へとシフト
させたんだと思うのですな。あえて。
幽は、果たして、楽という犠牲を伴わずに、自分を俯瞰的に振り返れただろうかという事を
考えると、あの展開は憤りよりも感動が先にくる(勿論、楽というキャラにそれだけの個性と
役割を与えることが出来た作者の手腕も凄まじいと思う)。
結局、あの物語は、盲目的にひとつの事に打ちこむ自分を、ふと振り返ってみるという物語
なのだろうなあと思う。
それは、幽も、霞も、焔も含めて。
166柏武文:2000/11/23(木) 02:09
そして俺は、どんなにか「ありがち」な展開であっても、やっぱり震電が
幽に粉を渡しにくるシーンで涙が出るのだな。