(隆一君今日は変だ。何かずっと悩んでいるし、とっても具合が悪そう。
何か声をかけたいけれど…。すっごく恐い顔してる、きっと人には言えないような深刻な問題で悩んでるんだわ。)
それから一日ずっと隆一は同じであった。
そんな隆一をみて恵美は心配であり、恐ろしかった。
五時間目が終了するとすぐに隆一は帰る支度をする。
部活にいかなくてはならない恵美だったが隆一の事が非常に気になった。
今度またあんな風に悩んでいたら勇気を出して声をかけてみよう。
なんとか隆一の助けになるような事をしてあげたい、そう思いながら隆一の教室から出ていく後姿を黙って見つめるのであった。
ほしゅ
白いすじ雲を背に受けて、飛んでくる姿はまるで天使。
最初に彼を見つけたときから、彼女たちの恋は始まった。
舞い降りたのは校庭のグラウンド。
風をはらむ翼の力を失って落ちてきた彼はまだあどけない少年。
女子校のお昼休みはその事件で大騒ぎとなった。翼に力を取り戻しても、
狭い校庭では彼の助走に足りないので、学校の先生が軽トラに載せて近くの川辺に連れて行った。
生徒たちは追い立てられるように教室で授業の再開を指示されたが、彼女ら二人はちょっと違った。
もともと行動力のあったモト子は帰宅部だったが、
愛車(駅前の中古自転車屋で4,800円で買ったママチャリ)での走力には定評があった。
県内事故率第一位の悪評高い交差点で、右翼のジープ相手に100mトラックレースで見事に勝利、
しかも相手のジープを交差点でパトカーと正面衝突させDQNを二人現世から削除したときなど、
横転して爆発炎上したジープを背景に、黒々としたショーカットの髪を掻き揚げながら
「ちょろいもんね」とぶったりする。
実際、学校の自転車部からのスカウトもあったがどー考えても男の子にはモテナイ競技なので
辞退したのだそうだ。
もう一人、チャンはこのトラックレースを仕掛けた張本人。
口車に乗せる事にかけては政治家、官僚も真っ青だ。
中央政府派遣の日本自治政府要人である彼女の父親が県議に立候補したとき、
その街頭演説をかって出て、その白いバンダナで止めた青みがかるほど黒い長髪の先を指で”の”の字に巻きながら、
「わたしは戦争が好きだ!(以下略)」式のヒムラーも真っ青の演説で
駅前をヤンヤの人だかりにしたことがあるんだから間違いない。
ちなみにそのとき、彼女の父も真っ青だった。
実際、学校の生徒会委員長への立候補の話もあったのだがどー考えても男の子にはモテナイ仕事だったので
辞退したのだそうだ。
少年を乗せた軽トラを必死で追う二体のママチャリのもの凄い速度は、
それを目撃したお祖母さん一人を昇天させたほどである。
>>251 なぜ、ふたりはそんなにこの少年に引き寄せられたのだろう?
ひょっとして?なのだが、たぶんモト子のほうはグラウンドでバレーボールをしていたとき
ちょうど墜落
(実際には軟着陸と呼んで差し支えないようなものだった。彼は気流を読み間違て落ちてきたのだ)地点にいた。
落ちてきた少年と交錯してしまったのだが、少年の機転とその圧倒的な技量で彼女を庇って体を回転させて着地したとき、
倒れかけた彼女を抱いてダンスのようにクルクルと舞い、羽根の残骸がその風で舞い散るさ中、
真っ白な翼を持つ黒髪の美少年が彼女を両手で支えて、
「大丈夫?おねーちゃん??」などと呼ばれたことと、なにか関係あるのかもしれない。
あるいは、チャンのほうなのだが、その急激な機動で貧血を起こして倒れた少年をモト子を突き飛ばして介抱し、
木陰に6人がかりで運ぶ指示を出し、なぜか都合よくその日の保健係(普段はなったことがない)になった彼女が、
彼を介抱しようとあお向けにしたとき、
(翼をキチンとたたんで寝かせたらちょうどいいクッションになっていたのだが、それが居心地よかったのか)
「ううん」と喘ぎ声を出しつつ目を覚ました少年に水を差し出すと、
そのか細い腕を薄い胴着(体の保温だけを考慮した化繊のシャツ)から伸ばしつつ、
少年の瞳に彼女の顔を映しながら、
「アリガト、おねーちゃん」などとお礼を言いわれたことと、なにか関係あるのかもしれない。
ともかく二人は彼に引き寄せられたのだ。
>>252 少年は父親と二人だけで市の北東部にある閑散とした、緑の岡の上の旧家に住んでいた。
そこからは崖を挟んで一級河川がとうとうと流れており、
日の出とともに谷あいの山村から都市部のある平野部へ低く立ち込めた霧が川を下っていく。
少年は父親への挨拶もそこそこに、くるくると回る壊れかけた木製の風車を気に掛けながら、
玄関から木で作ったタラップを思いっきり駆け抜けて崖へむかってテイクオフをする。
翼をそれはもうめいいっぱいに広げ、落ちることなぞまったく考えないその様子はまるで、
子供の矢で射られたことのない天使のようだ。
霧交じりの風は冷たい。翼に湿った風を受けないように霧を避けて飛び立った少年は高度を
ぐんぐんぐんぐん、ぐんぐんぐんぐんと揚げていく…。
無論風上に向けていないと高度は上がらない、無論くるくるCAPしながら回りながら飛ばないと高度は上がらない。
>>253 彼女ら二人が彼の家に初めて行った時、この姿に見惚れてしまっていた。
空は翼の人の独壇場だ、その飛び方はまるで風とダンスでも踊るように、
広げた翼から尾翼の代わりに、下ろした両足と広げた両腕でバランスを取って運動していく。
彼女らにはとても手の届かない世界の少年の姿を観て、
どうすればいいか思いあぐねていたところで家から少年の父親が顔を出した。
彼女らの表情を読み取ったのか、それとも空を飛ぶことにしか興味を持たない少年への秘策とみたのか、
ともかく父親は言った。
「奴は今でこそだいぶ飛べるようにはなった、だが、力が続かないんだ。
空を飛ぶには体重すべてを翼で支えるもの凄い力が居るから。
鳥は骨格の軽量化により体重が軽いんだが、奴は人間だからそれを支える力が足りない、
飛翔中には羽ばたくことすらできないほどだ。
それでもまだ子供だから筋肉と体重のバランスがとれてるんだが…。
まあいい、それよりお嬢さんたち、一計がある。
俺も一回落ちたところを助けにいったことがあるんだが、ほら、この川の中腹に橋があるだろう?
ボート競技が操練してるところだ。ああ、知ってるな。
あそこに行ってみなさい。あいつはあそこのボート競技のお嬢さんたちにもずいぶん可愛がられてて、
再上昇のためにボートからロープで引っ張ってもらってるって話だった。
って、気が早いね、もう行っちゃったよ、…おいおい速っ!!!」
>>254 モト子とチャンの二人のデットヒートはこうして始まった。
目的の橋まで経路距離約20km。ふつうの自転車だと1時間といったところだが、
彼女らは計算してみた。
少年の飛空はある一定高度にならないと前へは進まない『トンビ』方式のようだ、
今日の風がどれくらい彼を前に進めるかわからないがそれでも風速10mくらいだ。
風上の高いところから風下の低いところへスキーのように「滑り落ちていく」ので
速度はそれより倍くらい速いだろう、するとほぼ1時間弱である。45分くらいか?
…いろいろ考えていた彼女たちだったが途中で考えるのをやめた。
とにかく早く着けばいいのよって感じだ。
少年の家があった緑の岡の上から河川敷までは舗装道路を途中で抜けて
神社から境内までの山道が近道だ。
道路での競争は意外にもほぼ互角、鼻の差でチャンのほうが速いくらいだ。
モト子の常にイン側にいることで走路妨害をしているためと、
下り坂の細かいスイッチバックの道なのでモト子得意の『スーパーチャージ』が巧く機能しないのだ。
だが、チャンはチャンでイン側の道悪に速度を殺されていた。勝負は神社道に入る一瞬!
>>255 その瞬間、すべてがスローモーションになった…。
舗装道路から山道に入る道でチャンがモト子の妨害をしつつ減速を始める、
モト子は先に減速し始めた。
ニヤリとするチャン、同じくニヤリとするモト子。
モト子は減速した勢いを利用して前輪に過重を掛けた状態から後輪を持ち上げガードレールに載せる、
載ったところで過重を後輪に移してフロントを上げた瞬間にバカ足力にモノを言わせた立ち漕ぎ『スーパーチャージ』で、クランクを強く踏み込む!
後輪の強い駆動力でオートバイのよくやる「パワーウイリー」状態にしたままガードレール側面を滑走し
細道への入り道近くのカーブに大ジャンプ!
空中ではカーブミラーを掴んで「ウォラァア!」とばかりに遠心力を利用して空中で強制的にカット!
細道上のチャンの前に見事に着地した瞬間、モト子は「ニョホッ!」と笑った。
自転車のタイヤが重要なのではない、その回転が重要なのだ。
もともとチャンもモト子の実力は認めていたのだが、このテクを見せ付けられて思わず罵った
「化け物め!」
>>256 山道でも一進一退の攻防が続く。
先頭に立ったモト子ではあったが初めて通る山道なので枝木や蜘蛛の巣、
ああ、説明し忘れていたがモト子は蜘蛛が嫌いだ、
あと枯葉で滑りやすくなった山道のうねうね道でやはりダッシュが掛けられないため、
逆に後ろにいるチャンの露払いのようなカタチになってしまった。
しかし、チャンもかなり焦っていた、このまま下で舗装道路に出てしまえば、
モト子の『スーパーチャージ』でいつものように一気に離されてしまう、
この山道でケリをつけてしまわなければ…。
「モト子!うしろうしろ!
蜘蛛よっ!! 」
無論、嘘だ。モト子もわかってはいた。
だがチャンが発する声音には意思を個人に強制する『パースァスィヴ』とでも言うしかない
一種の強制力がある、思わず腕が反応してしまっていた。
腕を上げた瞬間に横木が凄い速度で近づく、避けられず思わず掴む、
そのまま勢いで体操の鉄棒よろしく体が持ち上がる、
自転車を失えばモト子の負けなので両足で自転車のサドルを挟む、
すると横木を一回転した、その下をチャンが通る。
だがこれではまだ終わらない、回転した勢いで横木が折れる、
一回転した直後だったので折れた枝木を両手に持ったまま自転車を股に挟んだ少女モト子は
そのままびゅーんとばかりに飛んでいく、
チャンの頭の上を越えていく、ぐんぐんと吸い込まれるように崖下へ飛んでいく、
後には奇声とも悲鳴とも罵声とも判別のつかないモト子の声がコダマするのみであった…。
「…惜しい友人を失ってしまったわ」
と、チャンは独りごちたが、あまり悔悟の様子もなくいそいそと道を下っていったのだった…。
>>257 『かって、世界を震撼させた医療事故がありました。
無作為な遺伝子操作実験に近い薬害によって、世界は変わってしまったの、永遠に。
生まれてきた子供たちのなかには「余分の骨」と呼ばれる頸髄が追加された子供たちがおりました。
ふつう、わたしたち人間の頸髄の神経髄節は8つあります。
足腕や内臓などに繋がるこれらへの神経節はとても重要な器官のひとつなのですが、
9つ目の頸髄の存在が子供たちの脳そのものにも影響を与えたのです。
例えば4本の腕を持つ子供。腕が増える奇形はそれまでもありましたが、
彼のように4本すべてが立派に運用できるようになったのは、この「余分の骨」によってです。
またこれに伴い、4本の腕を同時に使うため、彼の間脳部には著しい増大が見られたといいます。
このように翼のある子供も生まれ、角を持つ子供も生まれ、私のように配線不明、
謎の神経増設による部分的なシンパシー能力や、モトに顕著に見られるような通常の三倍の運動神経で
得られる強化系能力などを持って生まれた子供たちは、発見当初は驚きと物珍しさのなかにありましたが、
好奇な期間が過ぎ去ると彼らへの弾圧も始まったのです。
>>258 そのころでも、なぜか日本では私たちのような「マンプラス」に対して
それほどの激しいバッシングが見られなかったため、大陸での迫害を逃れる意味で
官僚だった父の日本自治区転出に伴って移り住んだのです。私が6歳のころでした。
モト子との付き合いはこの頃からです。幼馴染というやつで…。
日本にくるまで、わたしは自分自身の才能、”パースァスィヴ”が大っ嫌いでした。
いまは大陸にいる母がわたしを愛さず、しかしわたしが「望めば」愛してくれる、という風だったのは
私の能力の所為ではなかったのだろうか?
それは、それは愛と言えるのだろうか?、とずっと疑心に駆られていたからです。
ところが、恐ろしく簡単に感応能力に引っかかる癖に持ち前の単純さでどんな問題も障害も
”スーパーチャージ”で解決してしまうモトのバイタリティを見て、わたしは笑ってしまいました。
「なに、この子?」って。自分の悩みが小さく見えるほどでした。
それ以来、小、中と学校もクラスも一緒でして、ええ、知ってます。
クラスの口さがない人は私たちを「竜虎」など呼んで陰口を叩いているのでしょう?
誰が言っているのかも知ってますよ、だから大丈夫ですわ…。うふふ。
そんなわたしたち二人は、自分の才能を極限まで突き詰めるあの少年の姿に
憧れてしまったのかもしれません。少なくとも私はそうです。
とにかく、モトにだけは負けたくないの!絶対に!!』
>>259 モト子は山道から飛び出したあと、崖になった潅木のジャングルの中を、
野生の勘だけで駆け抜け捌いて体を交わしてはいたが、ふと目の隅にに真下の道を発見して
気が緩んだ瞬間、熊笹の密集した場所めがけて突っ込んで隠れていた竹に当ったショックで気を失った…。
「ううん…」
『あたしは意識を失っていたの。気がつくと周りの様子がちょっとおかしい。』
[天使が神にいゐました、神さまわたしは死にました、子供の矢を受け死にました、
みてみて胸の血の赤さ、衣を染める血の赤さ]
[神が天使にいゐました、天使よ青いその顔は、子供の矢を得たその顔は
死ぬとは思わぬこの事実、悲しいことはこの事実]
[天使と神は嘆きます、
こんなにすぐに死ねるとは、われわれだれも知りはせぬ、知っていればあれほどに、大胆には成れなかっただろう]
『おかしな歌が聞こえてきたわ、それにしてもここは変なところ。真っ白な空間でなにもない。
と、誰かが目の前に立ってるのに気付いたの。
[やあ!]と声を掛けてきたのは、あら、イイ男。
あたしと同じくらいの年頃かしら?13〜14歳くらい?その割には眼だけが、
そう青にも緑にも見えるその眼だけが妙に大人じみていて、とにかくへんな雰囲気だったのよね。
挨拶と一緒に上げた右手をぶらぶらさせてたけど、手持ち無沙汰に金髪の頭をカキカキ、その子は話を始めたの。』
コを…。』
>>260 […聞こえてるよね?
やぁ!
…まあいいや返事は。ホントは出てくるつもりもなかったし、そんな予定でもなかったんだよね。
でもね、お話の辻褄合わせるのに他に良い方法が思いつかなかったんだよ。それに言うだろう?
「筋立てにこだわって出来のよくない話にするより、突拍子のないやり方でもいいから読める話にするべきだ」ってさ。
それで、まずキミたちが知りたいのは”ボクが何者か”だろうね?
でも、それはこのお話とは関係ないことだから省略するよ、
ボクがここに挿入されたのはキミへの外挿法として、と言うか動機付けとして、結末の一端を閉じるためなんだ。
それじゃあごく簡単に説明するよ、キミの友人がピンチだ。どうする?]
『友達ならあたしを裏切って思わず殺されかけたわ、などとなじって見せようとしたのよ、
でも口にだす前に気付かれちゃったわ。』
[ああ、違う違う。そっちじゃない、彼女もそれなりに問題を抱えてはいるが、それは彼女の問題だ。
そっちじゃなくってこっち、こっち]
そういうとあたしの視線が急に変わった。空を飛んでいるイメージ、鳥瞰図。
川沿いに行こうとするんだが気流がそうはさせてくれない、だんだん北側の山に近づく、
すると思うよりも高度が下がってしまう。このままでは道路に落ちてしまう…、ああ、目の前にクルマが…。
[これは今から、…えーっとつまりキミが気がついてからってことだけど、15分ほど未来の出来事だよ。
キミはこのことは夢としても覚えてはいないだろうけど、それでも教えることは教えたからね。
それではキミを元の世界に戻す不思議な呪文、デウス♪エクス♪マキーナァー♪]
『そう指を一本フリフリ唱えながら、彼は後ろ手に隠していたピコピコハンマーであたしのオデコを…。』
>>261 「ううん…」
『熊笹の中で目がさめたの。
最初に思ったのは、目の前に旧採石場への道があるわ、と思ったことと、
自分になにが起こったのかよくわからずにボーっとしていたってこと。
するとだんだん、あの性悪口先女めに殺されかけたことを思い出して、もう頭に血が上って…』
農道で台風一過の田んぼの取り入れをしていた近所の農家のおじいさんの目撃談。
「そっりゃーおっめー、えれーびっくりしたがー。
朝の取り入れ一段落しよー思ってふと見たら山から制服姿の女の子でてくるがー。
自転車漕いでっがーしゃーもその速いこと速いこと!!
・・・わっしゃー、これでも三国志とか好きでの?その姿みたとき思ったがー。
『怒った張飛が蛇矛抱えて突撃しちょる』ってぇー。
凛々しかったねー!!」
カンカンに怒っていたようだ。折れた横木を捨てることも忘れてたらしいし。
>>262 河川敷、堰堤上の4車線化道路へ上がる大橋を漕ぎあがるモト子のその勢いは、
例えが悪いかもしれないがマッハ!だ、マッハ!
その頃、チャンは大橋から堰堤上に戻っての道路で信号待ちしていたが、
この中るべからざる勢いへの気配を感じたのか、ふと振り返ると当のモト子がごっさ恐ろしげな形相で
復讐する物体と化して接近しつつあった。
なにやら手にぶっそうな得物まで持ってる。これにはチャンも焦った。
早朝でちょうど小学生の登校時間に重なっており、みどりのおばさんとともに横断道路で指導していた
お巡りさんに必死で懇願していた。
「タスケテー!あの娘に殺されるぅ!!…撃っちゃってよ」
さすがに撃ちはしなかったが制止をしようとお巡りさんは前に出る。
チャンは信号が変わったのでとっとと逃げ出す。
だが遠目でそんなチャンの様子を見て、モト子はもう一つなにか大事なことが気にかかった。
折れた横木を欄干の外に投げ捨てて、速度を落としつつ空を仰ぎ見ると…、
居た!翼の少年はもう大分北側の山へ流されてる!
制止しようとするお巡りさんをウイリーで脅しつつ、有無を言わせずブッチぎって、
横断歩道の道から堰堤を降りるほうへ曲がって、モト子はさらに再加速した。
>>263 道を道幅いっぱいに広がって、せっかく子供らしく行儀悪く登校していたのにモト子に
蹴散らされチリジリになる小学生たち。
中には石を投げてくる悪ガキまでいるが、モト子はめげずにママチャリのベル鳴らしっぱで再々加速!
「退け退けぇ!チリーンチンチン♪チリーンチンチン♪
退け退け退けぇぇえ!チリーンチンチン♪チンチンチン♪」
二〜三人轢いたかもしれないが、あまり気にしてはいけない。自転車はまだ無事だから。
少年が落ちつつある道まで『スーパーチャージ』を繰り返す。
競馬で言う所の『足を残す』なんて、まったく考えないその走りっぷりだ。まだその白い翼は見えてこなかった…。
いつまでたっても追いついてこないのでさすがにチャンも「?」と疑問に思えてきた。
ふと護岸下はるか先の道に目を凝らすと、なにかがもの凄い速度で移動している。
「奴だ」と気が付いた。
実際に、少年がピンチの様子を見つけたのは、その先に眼をやったときだった。
まだモト子はたどり着いてない。
「なにやってんのよ、あのバカっ娘は!あんたにはそれしか取り得がないんでしょ!?
頑張りなさいよ!もっと早く!早く!早く!!」
いつのまにか、チャンはモト子を応援していた、それしかできなかったからだが、
その時には少年のことが心配、というよりもモト子の頑張りっぷりに感心していたなんて彼女も気付いてない。
>>264 少年はかなり焦っていた、
いままでにも墜落はたくさんしてきたがこんなヤバい場所に落ちるなんてほとんどなかったからだ。
彼の翼は体重を支えるのにふさわしい大きさで、畳みでもしない限りこんな農道では
対向車を避けることができない。
一回でも骨折しようものなら、もう二度と飛べなくなると思うとすこし怖くなってきた。
足を揃えて不時着に備えようとしたその矢先、足下を何かがもの凄い勢いで通り過ぎた。
自転車?一端通り過ぎた自転車はまた彼に近づきながらその走者が振り返ると…、
「!?あっ!おねーちゃん!!助けに来てくれたの?え?乗れって??大丈夫?」
ママチャリの荷台の上で立つようにして、少年は乗った。
翼を畳めたので前から来た軽四も軽くかわせた。モト子の両肩に腕を回す。照れるモト子。
シャカシャカと恋する彼女がチャリを漕ぐ、大好きな天使を荷台に乗せて。
ちょっと逆かな?って思えるけど、当人はまったく気にしない。
少年は疲れた翼を一休み。チリンチリーン♪と鳴らせて通ると沿道の、子供たちが手を振ってくれる。
大空もそりゃあ確かにいいけれど、と少年は思う。まあこの視線もたまにはいいかな?って。
モト子は心臓バックバク!いつもの「スーパーチャージ」娘はどこへやら。
ペダル漕ぐ、足元こそはしっかりだ。
けどなにせ彼の両手が乗った肩、耳元で歌うようにささやく声に、もう夢中。
ガンバレあたし!ガンバレ!あたし!!、そう、彼にいいところを見せなきゃいけないと思って、
そりゃもー彼女はがんばった。
>>265 「いいわね、あなたの得意なことは空を飛ぶことでしょう?かっこいいじゃない!
あたしなんかこんな風に自転車で漕ぐ勢いで走ったら、筋肉断裂したり骨折したりして二度と走れなくなるのよ、
足が千切れちゃうの。
え?あなたも同じ?理論的には飛べない!?なんで!!??飛んでるじゃない!
…一所懸命、頑張ったからって…そんな…。
あ、あなたを空に還してあげるわ、もう飛べそう?飛べるのならこれから河川敷へむかうわよ、
それまでの道沿いなら電柱も家もないから空に還ることもできるでしょう?
そ、そそそれじゃぁあ、いくわよ!!
スゥ―――パ―ァ――チ―ャ―――ジッ」
「うわー速い速ぁーい!
…速いよ。
速いってねえ速いよ。
おねーちゃんこれじゃあ飛べないよ速いって。
おねーちゃん飛べないって速過ぎだって。速いってば、ねぇねえってばねえ!
怖っ!速っ!怖っ!速っ!速過ぎだよ飛ぶとか飛ばないとかぢゃないくって速いよ!
って、速い速い速い速い速ぃ速ぃ速ぃ速っ速っ速っ速っうわぁああ―――!!!」
>>266 護岸へ上がる急な坂道も彼女のスーパーチャージの障害にはならず、
さらに加速して4車線化工事中の道路へ。
凄い速度で上がって、勢いでとんでもないジャンプかました。
自転車とモト子と翼の人が一緒にぶっ飛んだ真正面から、砂利トラまで走ってくる。
その絵を見たアルバイトの警備員さんは、「ああ、死んだな」って思ったらしい。
だがしかし、その瞬間に拡声器から声が投げつけられた。
『飛びなさい!あなたなら飛べます!翼を広げて飛びなさい!!』
モト子の考えそうなこととドジりそうなことを見通して、先回りしていたチャンが
近くのコンビニでマッタリしていたブラック・バス乗っ取って、その拡声器で”声”をかけたのだ。
翼の人が飛び立った、モト子を抱えて。
ただ、あわれ4900円の自転車「ママチャリ10号」は砂利トラのフロントガラスにバウンドして吹き飛んだ。
さっき蹴散らした小学生の親御さんやら、砂利トラの運転手のおばちゃんやら、
今年に入ってすでに10台目の自転車を大破されて激怒するモト子のおとーちゃんやらから、
その後、もの凄い勢いでモト子は怒られるわけだが、それはここでは省略する。
ともかく勢いで川岸の上まではよろよろと運びはしたが、明らかに重量オーバーでいまにも失速しかねない。
見兼ねてモト子は「離しなさい!!」って無理矢理に彼の手を振り払って護岸で咲き誇る曼珠沙華の中に落ちる。
スカートがまくれあがるので両手で抑える姿はちょっとかわいい。
少年は川の上を高度をとるために川上に飛び、さらに上空で何度も回周して高度を得ると、
さよならとばかりに手を振って、そのまま家のある上流へと飛んでいった…。
>>267 その様子をずっと曼珠沙華の花畑の中で見守ったあと、
やっとモト子は隣にチャンがいることに気がついた。
「借りできちゃったわね。…もういいわ、さっきのは許してあげる。
でもね!今回もあたしの勝ちだからね!わかってるでしょうね!?」
「…あはは、なんでも勝ち負けでお話するなんてお下品だわね。まあこう言えばいいのかしらね?
『参りました』って?
だいたい考えなさすぎなのよ。あんな速度出したら天使くん(仮名)の翼折れちゃうじゃないのよ。
それにしても恥かしい子よね、そんな鼻血ヅラでよく彼の前に出れたわよね」
「?なんですってぇー!」
モト子はいままで気付いてなかったようだ。
あまりに恥かしいのと、よりにもよってチャンに指摘されたことで、二重に怒りが再充填して、また口ゲンカが始まった。
もしかしたらだが、彼女達が彼を追いかけていたのは、二人が仲良しだったこともあったのかもしれない。
よくわからないが。
さて、少年から彼女らはどう見えていたのだろう?
もしかしたら!!モト子おねーさんへの感謝やら感激やらの気持ちで、あるいは恋心を芽生えたかもしれない。
ひょっとして!!あの元気のよさだとかカッコよさだとかを粋に感じて、憧れたかもしれない!
私も興味があるので、ここは、帰宅中の彼の上空での独白をちょっと覗いてみよう、
「あー怖かった、すごい必死なんだもん。しかも鼻血までだしてるし。
…女の人ってみんなあんな怖いのかなー?なんかいやだなー…」
…ダメだったらしい。残念!
まあこうゆうことはよくある、どんまいどんまい。がんばれ、女の子。
二重人格というものがある。
初めはそれなのか、と思った。
記憶を手繰ると小学生に入ったあたりから「それ」は自分の
なかに存在しており。
「それ」はなにかこう、思い通りにならない事態に苛立って
いるようで、酷いときにはこちらが思考できなくなる程の喚
き声を小一時間くらい発するときもあった。と、思えば「それ」
は図書館の本すべてを暗記してるかのような知識を持っており
、夜、眠れないときなどギリシャ神話(後に知ったのだが)を
話してくれたりもした。
成長と共に「それ」と心のなかで対話をし、いつしか友達の
ような父親のような妙な感情を持った頃、「それ」はこちらが
大人になるのを待っているのではないか、という確信めいた
気持ちが唐突に湧き上がってきた。
学校の勉強も、人付き合いも、巧くこなす術は全て「それ」が
教えてくれた。そう、「それ」の言うままにすれば万事OKな
のだ。
だが、その先に何がある?
「それ」の思うがままに生きてどうなるのか?
>>269 そんな漠然とした不安を1人抱えたまま(「それ」はこちらの
思考を読むことは出来ないようだった)迎えた18歳の夏、
その出来事は起こった。
うだるような残暑がつづく土曜日の夜、DVDをレンタル
し、駐輪場で自転車の鍵を解除してるときだった。
「あの・・・駒場渉くん・・・だよね?」
顔を上げると見知らぬ、見たところ自分と同じ年頃の青年
二人が自分の自転車を挟み、立っていた。
「どなたでしょうか?」と聞き返す。こういう場合は「それ」
に聞いて対処してきたのだが、最近は自分で判断をするよう
努めてきた。
二人はしばしこちらを見た後、お互い向き合い、頷いた。
「きめりうす」
名前を聞いてきた方がこちらを向いてこう言った。
暫しの静寂。隣を自転車に乗った女子高生が通り過ぎて
いく。二人はさっきの言葉の反応を待っているように
無言でこちらを見つめていた。
ふいに背筋が寒くなってきた。実は今、自分はとんでも
ない奴らに目をつけられてしまったのではないのか?
漫画かアニメか何かに出てくるキャラクターを現実に
存在するかの様に語り合う滑稽な連中に。
いや、もしかするとクスリの常習犯かも、どちら
にせよ慎重に対応しなければ。
「それ」に聞きたい発作に襲われかけたとき、ふいに
心の中が逆流し始めた。
「王と竜」第1回
もう遠い昔になってしまったが、寛容王と呼ばれたグスタヴァス一世が、
北方の竜を捕まえに行った話をしよう。
その頃、南方の砂漠諸侯の反乱が漸く鎮められ国内には半世紀ぶりの
平和が訪れていた。しかし、わずかながら争いの火種まだくすぶっており、
グスタヴァス王はメレスモアに完全なる静謐を取り戻すため、
竜神から王権を授けられたというミヒャエル征服王の故事に倣い、
竜を捕らえて自らの権威を強めようと考えた。当時既に竜は
歴史の中に埋もれた存在だったが、探検家ワルター卿の報告で
北の大山脈の奥地にはまだ竜が棲んでいると言われており、王は
素早く準備をして1万の軍勢を仕立て自ら出達した。夏の盛りの
ことだった。
「王と竜」第2回
半月程の行軍を経て王の軍勢はやがて大山脈の麓の町ソレインに着いた。
王はここで軍勢を3手に分け、それぞれ別の道から登らせることにし、
自身は中軍の指揮を執った。登山に先立ち王は馬を替えたが、
その口取りをしたのが私だったのだ。登る途中王はずっと口を
つぐんでいて、時折休止の下知をするだけだった。
そんな道中が7日も続いた頃、王の軍隊は大山脈の奥地にある
巨大な火口に辿り着いた。
「王と竜」第3回
火口はとてつもなく広く、そして深かった。他の2軍はまだ
着いていなかったが、王は直ぐにも兵達に火口を降りるよう命じ、
鎧を脱いで身軽になった兵達が火口のあちこちから縄を垂らし始めた。
王の馬に救われ高見の見物をすることが出来たのは幸いだった。
その日の内におよそ3千人の軍隊の約半数が降りて行った。
翌日になると全軍が揃い、王はひとまず先遣隊が帰還するまで
待機を命じた。しかし、その次の日になっても連中は帰って来なかった。
1千5百もの兵達が一人も、だ。黒々とした火口の深淵を眺めて
私はぞっとしたよ。そして3日目になり王は遂に痺れを切らして
第2陣の降下を命じた。今度は左軍から募った5百の精鋭だった。
しかし、連中もまた戻らなかった。
「王と竜」第4回
6日目、到頭王は第3陣を投入した。右軍から百人。そして何と
自らが降りることを宣言した。側近達は慌てて止めたが王は利かなかった。
そして私も王と共に行くことになってしまったのだ。
7日目の朝、王と私を含む供の者十数名は太くて頑丈な鎖に
繋いだ鉄の檻に入って火口を降りて行った。黒い闇に飲み込まれて行く
あの感じは今でも夢に見る。永遠に降り続けるのではないかと
思う程長かったよ。実際には半日程だっただろう。終りは突然訪れた。
地面に突き当たり私は転んで右肩を嫌と言うほど打ち付けた。
王は躊躇うことなく檻の外に出られた。不思議なもので真っ暗だと
思ったら薄く周りが見渡せた。松明を付けると更に良く見ると、
所々に岩が見えた他は何も無かった。
辺りに他の兵達の気配は無かったが、足跡は見つけることが
出来た。我々は慎重に辿って行った。王は今まで見たことの無い顔を
していたが余程思い詰めていたのだろう。側にいた私も何やら
身体がこわばったようだった。足跡は中心部に向かって伸びていた。
またも長い時が流れた。そしてその終りもまた唐突だった。
「王と竜」第5回
竜はそこにいた。我々のすぐ前に立っていた。巨大な一枚岩
のようだった。私は恐怖のあまり口が利けなかった。王も同じような
気持ちだったと思う。何人かが叫んで逃げ出した。その時竜が動いた。
口が大きく開き赤い火の玉がいくつも飛び出して逃げた奴らを
追って行った。すぐに悲鳴が聞こえたよ。
王はその間もずっと黙って竜を見上げていた。そしておもむろに
呼びかけた。「話がしたい」と。私は驚いた。しかし竜が直ぐに
返事をしたことにはその3倍もたまげた。低く篭った小さな声で
竜は言った。「1人になれ」と。王は我々に離れろと告げた。
遠くへ、声が聞こえない程遠くへ。何人かは反対したが本気ではなく
直ぐに離れて行った。私も初めはそうした。
「王と竜」第6回
離れながら他の連中は口々に王の豪胆さを讃えていた。如何にも
言い訳がましく聞こえたがね。誰かが先王のことを持ち出した。
もう30年以上前、先王が南方諸侯の1人と一騎討ちをして
見事討ち取ったことを挙げ流石は御子息である、とね。その決闘は
私も父から聞いたことがある。凄まじい砂嵐の只中で行われたらしい。
やがて戻って来た王は顔は血まみれになっていて直ぐに天幕に運ばれ、
以後死ぬまでマスクを被ることになった、と。グスタヴァス王が
産まれたのはその翌年のことだ。
歩きながらそこまで思い出した時、私は足を止めた。今回もまた
王は一人で敵と対峙している。誰も見るものはいない。伝説が
作られるのにも関わらず。私はどうしても戻らなくてはならない
気持ちになった。怖かったが意を決して踵を返した。他の連中が
遠ざかっていく中一人で戻った。これで自分は伝説の語り部に
なれるのだと思いながら。
「王と竜」第7回
王の声が聞こえた。
「余を認証せよ」
竜が返す。「否」
「何故だ」
「お前は違う」竜の返答は早い。
その時王の背中が見えた。王は微かに肩を落としたようだった。
たっぷり時間を置いて王が口を開いた。
「それはどういうことだ」
竜は答えた。「お前は王権を持たぬ」
その直後王は身を震わせた。そして……笑い出した。私は訳が
解らなくなった。
「如何にも。余には南方の砂漠の王の血が流れている」
私は一瞬理解が出来ず、その後呆然とした。一体何を……。
王の口は別人のように滑らかになっている。
「余の産まれる前年の決闘の勝者は余の父、砂漠の大公だった。
しかし勝ち名乗りを挙げることの愚かさを悟った父は殺した男に
なりすましたのだ」
本来不自然な王の饒舌もこの時の私は気にしなかった。それどころでは
なかったのだ。
「王と竜」第8回
王は続ける。
「いつ、マスクを剥がされ真実が暴かれるかと、父はさぞ脅えただろう。
しかし真実は最後まで露見しなかった。誰にも見抜けなかったのだ。
今までは、な」
王は愉しくてたまらないと言った口調で喋っていた。竜は黙ったままだ。
「ワルター卿の報告を聞いて以来、余はお前を何としても
捕まえねばなかなくなった。玉座を脅かす最後の存在をな」
王は剣を抜いた。
「死んで貰う」
王は突進した。王は突いた。王はえぐった。王はまた突いた。
竜は全く動かず白刃が肉をさいなむに任せている。傷口から
人と同じ赤い血が流れ始めた。私はこの一方的な闘いから目を
そらせなかった。王は狂ったように竜の身体――下半身の一部――を
めった刺しにしている。血が地面に赤く溜った。じわじわと広がる。
私は気が遠くなりそうだった。
「王と竜」第9回
突然、王は攻撃を止めた。剣を払い、鞘に収める。いつの間にか、
無表情になっていた。そのまま振り返る。私は思わず声を挙げた。
逃げ場はない。
「案ずるな。とっくに気付いていた。お前は贅沢だぞ。王の芝居の
只一人の観客なのだからな」
「……!?」
「竜は最初から生きてはいない。余が声色を変えてお前達を騙したのだ」
王は笑った。私は何と言っていいか判らなかった。
「竜は先に降りた者らに退治されていたのだ。その後手を加えてな」
王が片手を挙げた。竜の口が開きあの火の玉が飛び出し、私の
頭上を越えて言った。
「良いだろう? 使い捨てるには惜しいな」
王は笑いながら私に近づいて来た。肩を掴まれた。
「他の者は死ぬことになるが、お前だけは生かしてやる。伝説の
語り部になって貰わぬと困るからな」
その時、王は何を考えているのかさっぱり解らなかった。
280 :
◆8hviTNCQt. :2008/09/10(水) 22:45:18
「王と竜」第10回
王は戦がしたかったのだ。産まれてこの方ずっと続いて来た戦乱の中で
殺し合いに生き甲斐を感じていたのだ。だから、それが終わることに
耐えられなかった。故に、次なる戦を呼び込むためにこの竜捜しを
計画したのだ。そして好奇心と功名心に負けた私は大事な駒となった。
都に帰った私は大山脈の火口の底の出来事を一生懸命吹聴した。
王の助けもあり、噂は瞬く間に広がった。そしてしばらくして、
王の望んでいたものが起きた。今までになく大きな戦がな。だから……
「だから、お前達のその傷も全て王のせいなのだ。断じて私のせいでは……
止せ、止めろ! 嘘じゃない! 本当だ。本当に私は……来るな!
隊長を傷つける者は…ああ……あ……」
>>270 夢のなかの自分というのは大概、思いもよらぬ言動をするものだが
まさにそれと同じだった。意識と五感はあるのだが、ただそれだけ。
自分の口と身体は勝手に動いている。
「ナベリウスに・・・フォルネウスか」
それは小学校時代のクラスメイトとばったり会い、記憶の箱から相手の
名前を探し出したような口調だった。
途端に向かいの青年二人が笑顔で駆け寄ってきた。
右側の奴は口笛を吹くマネまでして喜んでいる(ちょっと浅野忠信に似た
顔だ、と渉は思った)。
二人の手が自分の両肩にのせられ、反射的に体を引こうとしたが、今の
自分の体の支配者は動こうとはしなかった。
「おい、フォルネウス、この野郎!憶えてやがるか!?」
支配者によって、笑顔の自分が浅野忠信似の男を軽く小突く。
「ああ、ああ、あんときゃ悪かった。あやまるよ」
浅野忠信似の男はハリウッド映画でよく見る「降参」の
ポーズよろしく、両手を軽くあげて苦笑いをした。
「まあ立ち話も何だ。再会を祝ってどっかに腰を落ち着けて話そうじゃ
ないか?」もう片方の男(こいつはミスチルの桜井に似ていた)がそう
切り出す。
「それもそうだ。ドトールとスタバ、どっちにする?」
支配者が自分の口からそう聞いた。
他人から見れば三人は旧知の友にしか見えないように喋り
ながら歩いていった。
282 :
名無しは無慈悲な夜の女王:2008/10/13(月) 16:33:07
保守
283 :
名無しは無慈悲な夜の女王:2008/11/10(月) 07:00:17
裁判員をネタにこういう小説を思いついたんだが、どうだろう?
ある凶悪殺人事件。犯人とされた男は実は無実なんだが、不幸にも
状況証拠からは、そいつがいかにも犯人に見える。有罪なら死刑は確実。
そして、裁判員制度であつまった市民達が、無罪か有罪か
ケンケンゴウゴウの議論をするんだが、その中の一人の「有罪」派の
男が、実に頭がよくて弁が立つ。
結局その男に引きずられる形で、被告は有罪であると全員一致となった。
、つまり被告には(実は冤罪なのだが)死刑判決がくだされた。
そしてその男が裁判所からの帰路につぶやく。「あぁ、偶然とは言え、
裁判員に選ばれて良かった。本当に良かった。真犯人のこの俺が選ばれて・・・」
>>283 ありがちだけど、書いてみる価値はあると思うよ。
需要はあると思う。
285 :
名無しは無慈悲な夜の女王:2008/11/10(月) 10:32:20
>>283面白そうだね。
だけど
>あつまった市民達が、無罪か有罪か ケンケンゴウゴウの議論をするんだが、その中の一人の「有罪」派の
男が、実に頭がよくて弁が立つ
ケンケンゴウゴウの部分、実際に書くとなるとどのあたりまで専門的な部分を書き込むか!難しいところだよね。
あらすじ考えたあと、実際に読ませる作品を仕上げるのが大変なんだろうけど。
「世界に一つだけの花ってどんなのなのかな?」
「それれはこの突然変異で生まれた花のことだよ。
ところで君は防護服を来ていないのだけれど、支給されなかったのかい?」
小説と呼ぶには短すぎるかも
287 :
名無しは無慈悲な夜の女王:2008/11/15(土) 16:26:12
深い微睡みが私を深淵へと誘おうと、堪えがたい甘美なその甘い言葉でもって私に語りかけるのです。
ああ、眠りの神よ、若し慈悲というものがあるのならば私をこの宇宙の筆舌に尽くしがたい恐怖から「開放」し給わえ。
私は宇宙が恐怖を楯に隠そうとする秘密の総てを、微睡みの世界への侵犯という最悪の状で知ってしまったのです。
288 :
「写真の女性」 その1 ショートショート:2009/04/06(月) 01:29:02
ハルオはしがないサラリーマンだ。どれも平均的で、これといった特徴はなかった
ある日ハルオが買い物をしようと思ってふと財布をあけると、お札の間に見知らぬ一枚の写真が挟まっているのに気がついた。
名刺ほどの大きさの女性の写真だった。とてもきれいで、吸い込まれそうな瞳に気品のある顔立ちだった。
「なんでこんなものが自分の財布に挟まっていたのだろう?」 すごく不思議に思え、悩みに悩んだが、結局、その時は答えを見つけることはできなかった。
それから三日後、ハルオは写真の女性にばったり出くわした。何気なく街をあるいていると、写真の女性が目の前を通り過ぎていったのだ。
一瞬息を飲んで、ハルオは固まった。しかしあの吸い込まれそうな瞳は確かに写真の女性そのものだった。
一旦ためらったハルオだったが、意を決して、その女性に話しかけた。財布から写真を出し、女性に見せて尋ねた。
「あのー これ あなたですよね?」
その時である、信じられない事が起こった。 女性はハルオが持っていた財布を奪うと、振り返って走り去っていったのだ!
何がなんだか分からないような、狐につつまれたような気持ちで、立ち尽くしていたハルオだったが、ふと我に返り、そして叫んだ。
「ド、ドロボー!」
ハルオは女性の後を追いかけた。さいわいまだ姿をとらえることが出来たので、見失わないよう必死に小さな女性の後姿にくらいついていった。
ハルオが女性を追っかけている間、ふとハルオ自身もまた誰かに追いかけられているような気がした。黒い服を着た男がハルオの走るのと、同じくらいのスピードで
等間隔で走っているのが、曲がり角で目に入ったからである。
女性は港の方に逃げていった。なぜかここへ誘っているような感じもした。そして、埠頭にある、小さな倉庫に女性は入っていった。
ハルオは何も考えずに、そのドアを開けて倉庫に入った。中はぼんやり明るかった。
289 :
「写真の女性」その2 ショートショート:2009/04/06(月) 01:31:07
倉庫の中の風景をみて、ハルオは何がなんだか分からないような気持ちになった。全力で走って、疲れて幻覚でも見ているのかと思った。
中がぼんやり明るかったのは何十本ものローソクが床に立っていたからである。そしてその真ん中には古びたお墓があった。
ハルオはとても気味が悪くなり、そこから出ようと思ったが、ドアは鍵がかかって開かなかった。
「女性はどこにいったのだろう?」とハルオは思い、あたりを見たが、
その倉庫に女性の姿はなかった。ハルオは倉庫を一通り見回した。しかし窓一つなく、ドアは鍵が掛かっており、
壁は頑丈な鉄で出来ていて、どう見ても出ることは出来なさそうだった。
「どうしたものか・・・??」 途方に暮れそうなハルオの目に墓の前に置いてある一枚の紙切れが目に入った。
それにはこう書かれてあった。
「祈りなさい。三日三晩。休む間もなく、許してくださいと言って祈りなさい。」
何のことかハルオには全く分からなかった。しかし、ハルオはこう思った。
「どうせこのままここにいても、飢え死にだ。この紙切れを信じて祈ってみよう。」
その時からハルオは墓にむかって許してくださいとつぶやきながら、祈りはじめた。
幸いなことに食事は、ドアにある郵便受けから誰かが差し入れてくれた。また仮設トイレや、予備のローソクやライターなども置いてあり、
なんとかハルオは三日三晩墓に祈り続けることができた。
そして4日目の朝。 ハルオはガチャリという音を聞いた。もしやと思い扉を開けてみると、それは簡単に開いた。
「やっとでられるんだ!」ハルオは感動のあまり泣きそうになった。
扉の前にはハルオの財布が置いてあった。 お金は無事だったようだ。ポケットに入っている女性の写真を財布に入れようと思い
取り出したところ、その写真は、マジックで塗りつぶされたように全て真っ黒になっていた。
290 :
「写真の女性」完結 ショートショート:2009/04/06(月) 01:33:24
事件から一週間後。ハルオのアパートに一通の手紙が届いた。届け人不明。それにはこう書かれてあった。
先日のご無礼お許しください。実は我々は、政府に属する秘密の組織で、ある事情から、とある場所にどうしても監視センターを
設立しなくてはいけなくなりました。早速工事に取り掛かったところ、なぜか知りませんが、原因不明の事故が多発したのです。
急にリフトが動き出したり、トラックのブレーキが利かなくなったり。 これは何かあるのではないかと思い、地元の人々に
話を聞きました。すると、案の定、この場所には過去に、主君に裏切られ殺されていった多くの武士の魂が眠っていると聞きました。
我々はどうしようかと思い、有名な霊媒師に意見を聞きました。すると、その霊媒師はこう言いました。
「ここの近くに、武士達の墓がある。その墓を裏切った主君の子孫に三日三晩祈らせなさい。」と。
我々は全力をあげて、その主君の子孫を探しました。それがあなただったのです。
あなたが、全力で祈ったかいあって、我々はそこに、監視センターを立てることができました。 これは少ないですが御礼です。
受け取ってください。
ハルオは手紙とともに入っていた、お金を握り締めた。1週間ほど海外旅行にいけそうな額だ。
追伸にはこうかかれてあった
そうそう あなたの財布に入っていた写真ですが、あれはポラロイドカメラの技術を応用したのです。
ポラロイドカメラは、黒い色から徐々に写したものが現れますよね。それです。
駅前で、我々の捜査員が扮した、居酒屋サービス券配りから、サービス券をもらったのを覚えています?
そのサービス券が時間とともに、彼女の写真へと変わったのです。変化させる速度を調節してね。
そしてその彼女の写真の下にもう一枚、真っ黒に変わる写真を貼り付けておき、変化させる速度を調節して
真っ黒にしたのです。
それともう一つ、あなたが彼女を追いかけているとき、後ろから誰かが追いかけてきたと思いますが、それも
我々の仲間です。万が一彼女が捕まった場合、助けるためにです。あと倉庫で消えた彼女ですが、あの倉庫の床の
一部分を押すと、出口がでる仕掛けになっていました。
それでは 失礼します。 最後に一つ。この手紙は時間とともに真っ黒になります。
ハルオさんは何歳なんだろう。しがないサラリーマンというだけでは年齢層が
広すぎる。読者の年齢に合わせた主人公像を作ろうとしたのかな?
主人公と言う感じではなく、扱いが脇役だなぁという印象を受けました。
あと写真や手紙のトリックですが、あえて説明する必要はあったのでしょうか?
トリックを使用したイベントがおまけ程度の扱われ方であったのに、説明だけが一人前。
先祖云々の呪いよりもトリックの披露がしたかっただけなのではないかと邪推してしまいます。
292 :
もう双璧:2010/08/14(土) 03:33:00
旅行中に暇だったから考えた切ない話を
あらすじっぽく書いたんで
こうしたら面白いとかここおかしい
とかアドバイスほしいです。
とりあえずアップしときます
293 :
もう双璧:2010/08/14(土) 03:36:40
キャラ説明
水無月楓 正義感の強い少年。少し強情。小3〜高1まで宮崎に転校していて
高2に戻ってきた。高3の春に余命半年と宣告<寿命に関する言葉に敏感>
白石彩香 楓の幼馴染。吹奏楽部。黒髪セミロング。クリッとした瞳。小顔。
華奢。白肌。コンタクトと眼鏡を使い分ける。高1に脳が萎縮する病気にか
かる<記憶障害−記憶の容量が1日−病気にかかる以前の記憶は覚えている>
大久保奈緒 彩香の親友。女子テニス部のエース。日焼け少女。主にポニーテール。
モテる。主人公が嫌い<主人公が転校して1番傷ついた。悲しんだ。>
国方沙耶 生徒会長。吹奏楽部部長。彩香の一個上でお姉ちゃん的存在。
なにごとも悪を許せない。眼鏡。ツインテール。ツンデレ。男性不信。
男嫌い<過去に男子にラブレターを回し読みされたため>
豊岡篤志 基本チャライ。楓の友達。お金持ち。いけ面。友達思い。
294 :
もう双璧:2010/08/14(土) 03:38:46
ここからあらすじです。
7年ぶりに東京に帰ってきた水無月楓と高1のときに脳が萎縮してしまう病気
にかかり、記憶の容量が1日になってしまった白石彩香の物語。家が隣りの二
人は毎日のように顔を合わすことになり、彩香はしだいに惹かれていく。しか
し、彩香の記憶の容量は1日だけ。毎日の日記に楓との思い出が詰まっていく
一方、毎日が初恋。楓と彩香が仲良くするのを疎ましく思っているのが彩香の
親友の大久保奈緒である。小学校のとき、楓の転校を1番悲しんだのは彼女で
ある。今更帰ってきた楓を受け入れるつもりはないらしい。ことあるごとに三
人で行動するのが当たり前になっていた。
295 :
もう双璧:2010/08/14(土) 03:41:00
高2の夏休み、富岡篤志の提案で三人は篤志の親が経営するリゾートでアルバイト
することになった。ひょんなことから彩香と楓が喧嘩をしてしまう。その喧嘩はそ
の日のうちに決着が付かず、次の日、前の日の日記を見てから楓に謝る。しかし、
何も憶えていない奴に謝られたことに腹を立てた楓は彩香を突き放す。奈緒の必死
の仲介も空しく二人と楓は夏休み以降ほとんど口を利かなくなった。お正月の前に
彩香は意を決して楓を呼び出した。今までの彩香が楓をどれほど愛していたかを伝
えるために日記を見せることにしたのだ。日記を見た楓はまた前のように仲良くし
ようと指切りをした。二人の親密度は以前よりも増すのであった。会わない時間に
互いに思いを募らせていたようだ。
296 :
もう双璧:2010/08/14(土) 03:43:30
高3の春、余命半年であることを宣告される。それから楓の放課後の病院通いが始まった。
たまたまテニスで痛めた手首の治療に来ていた奈緒もその事実を不意に看護婦の噂話から
知ることになる。ふいに奈緒の奥底にある感情が抑えられなくなる。自分なら楓を最後ま
で寄り添い続けられると信じて疑わなかった。彩香の気持ちを知りっている分、罪悪感も
大きかった。
楓は日に日に強まる奈緒と彩香の好意に気づきだす。今の楓にとっては一番受け入れられ
ないことだ。それから1ヶ月、楓にとってつらい日々が始まる。なるべく二人を遠ざけよ
うとした。自暴自棄になった楓は授業をサボることが度々あり、その噂を訊きつけた生徒
会長の沙耶は楓を生徒会室に呼び出すことにした。
297 :
もう双璧:2010/08/14(土) 03:44:30
沙耶がどんなに説教しても楓は懲りた態度を示そうとはしない。沙耶の説教じみた
言葉の中に楓の逆鱗に触れるものがあった。その言葉に反応してしまい、気づいた
ら楓は沙耶を押し倒し、両手を摑んで沙耶に跨っていた。突然のことで動揺してい
た沙耶は気づくのが遅れたが、楓が泣いているのに気が付いた。何か言いたげだっ
たが、楓は黙ったまま教室を後にした。この日から沙耶は楓のことが気になってしょうがなかった。
298 :
もう双璧:
ある日、学校で楓は倒れてしまう。ふらふらと人気のないところに歩いていく楓を見つけたのは奈緒だった。
楓を追っかけて角を曲がったときに倒れている楓を見つける。保健室で二人っきりになった奈緒は病気のこと、
そして自分の思いを打ち明ける。だが、楓は“ゴメン”ただ一言返すだけだった。奈緒を振ったことで楓にも
決心が着いたようだ。楓は両親と職員室に行き、自分の病気のことを告白し、学校を辞める手続きをした。偶
然その場に沙耶もいたが、突然のことでどうしようもなく、だた涙を堪える だけだった。そして、楓は彩香
に酷い事をして、この関係を壊すつもりだった。しかし、なかなか見つからない。今日、彩香は体調を崩して
家で寝込んでいるらしい。この 瞬間、頭を横切ったある行動を実行することにした。彩香の家に行くと予想
通り彩香はベットに横になって寝ていた。彩香は楓に気づくと“はじめまして”と声をかけた。 楓はうその
自己紹介をし、彩香の体調を確認しながら、こっそり日記とアルバムを探し、持ち出した。家に帰り、楓は
一枚一枚を記憶を噛みしめながらライターの火で燃や
すのだった。