自作小説を載せるスレ Chronicle.2 

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 白いすじ雲を背に受けて、飛んでくる姿はまるで天使。
最初に彼を見つけたときから、彼女たちの恋は始まった。
 舞い降りたのは校庭のグラウンド。
風をはらむ翼の力を失って落ちてきた彼はまだあどけない少年。
女子校のお昼休みはその事件で大騒ぎとなった。翼に力を取り戻しても、
狭い校庭では彼の助走に足りないので、学校の先生が軽トラに載せて近くの川辺に連れて行った。
生徒たちは追い立てられるように教室で授業の再開を指示されたが、彼女ら二人はちょっと違った。

 もともと行動力のあったモト子は帰宅部だったが、
愛車(駅前の中古自転車屋で4,800円で買ったママチャリ)での走力には定評があった。
 県内事故率第一位の悪評高い交差点で、右翼のジープ相手に100mトラックレースで見事に勝利、
しかも相手のジープを交差点でパトカーと正面衝突させDQNを二人現世から削除したときなど、
横転して爆発炎上したジープを背景に、黒々としたショーカットの髪を掻き揚げながら
「ちょろいもんね」とぶったりする。
 実際、学校の自転車部からのスカウトもあったがどー考えても男の子にはモテナイ競技なので
辞退したのだそうだ。

 もう一人、チャンはこのトラックレースを仕掛けた張本人。
口車に乗せる事にかけては政治家、官僚も真っ青だ。
中央政府派遣の日本自治政府要人である彼女の父親が県議に立候補したとき、
その街頭演説をかって出て、その白いバンダナで止めた青みがかるほど黒い長髪の先を指で”の”の字に巻きながら、
「わたしは戦争が好きだ!(以下略)」式のヒムラーも真っ青の演説で
駅前をヤンヤの人だかりにしたことがあるんだから間違いない。
ちなみにそのとき、彼女の父も真っ青だった。
 実際、学校の生徒会委員長への立候補の話もあったのだがどー考えても男の子にはモテナイ仕事だったので
辞退したのだそうだ。

 少年を乗せた軽トラを必死で追う二体のママチャリのもの凄い速度は、
それを目撃したお祖母さん一人を昇天させたほどである。
>>251
 なぜ、ふたりはそんなにこの少年に引き寄せられたのだろう?
 ひょっとして?なのだが、たぶんモト子のほうはグラウンドでバレーボールをしていたとき
ちょうど墜落
(実際には軟着陸と呼んで差し支えないようなものだった。彼は気流を読み間違て落ちてきたのだ)地点にいた。
落ちてきた少年と交錯してしまったのだが、少年の機転とその圧倒的な技量で彼女を庇って体を回転させて着地したとき、
倒れかけた彼女を抱いてダンスのようにクルクルと舞い、羽根の残骸がその風で舞い散るさ中、
真っ白な翼を持つ黒髪の美少年が彼女を両手で支えて、
「大丈夫?おねーちゃん??」などと呼ばれたことと、なにか関係あるのかもしれない。

 あるいは、チャンのほうなのだが、その急激な機動で貧血を起こして倒れた少年をモト子を突き飛ばして介抱し、
木陰に6人がかりで運ぶ指示を出し、なぜか都合よくその日の保健係(普段はなったことがない)になった彼女が、
彼を介抱しようとあお向けにしたとき、
(翼をキチンとたたんで寝かせたらちょうどいいクッションになっていたのだが、それが居心地よかったのか)
「ううん」と喘ぎ声を出しつつ目を覚ました少年に水を差し出すと、
そのか細い腕を薄い胴着(体の保温だけを考慮した化繊のシャツ)から伸ばしつつ、
少年の瞳に彼女の顔を映しながら、
「アリガト、おねーちゃん」などとお礼を言いわれたことと、なにか関係あるのかもしれない。

 ともかく二人は彼に引き寄せられたのだ。
>>252
 少年は父親と二人だけで市の北東部にある閑散とした、緑の岡の上の旧家に住んでいた。
そこからは崖を挟んで一級河川がとうとうと流れており、
日の出とともに谷あいの山村から都市部のある平野部へ低く立ち込めた霧が川を下っていく。
少年は父親への挨拶もそこそこに、くるくると回る壊れかけた木製の風車を気に掛けながら、
玄関から木で作ったタラップを思いっきり駆け抜けて崖へむかってテイクオフをする。

 翼をそれはもうめいいっぱいに広げ、落ちることなぞまったく考えないその様子はまるで、
子供の矢で射られたことのない天使のようだ。
霧交じりの風は冷たい。翼に湿った風を受けないように霧を避けて飛び立った少年は高度を
ぐんぐんぐんぐん、ぐんぐんぐんぐんと揚げていく…。
 無論風上に向けていないと高度は上がらない、無論くるくるCAPしながら回りながら飛ばないと高度は上がらない。


>>253
 彼女ら二人が彼の家に初めて行った時、この姿に見惚れてしまっていた。
空は翼の人の独壇場だ、その飛び方はまるで風とダンスでも踊るように、
広げた翼から尾翼の代わりに、下ろした両足と広げた両腕でバランスを取って運動していく。
彼女らにはとても手の届かない世界の少年の姿を観て、
どうすればいいか思いあぐねていたところで家から少年の父親が顔を出した。
彼女らの表情を読み取ったのか、それとも空を飛ぶことにしか興味を持たない少年への秘策とみたのか、
ともかく父親は言った。
「奴は今でこそだいぶ飛べるようにはなった、だが、力が続かないんだ。
 空を飛ぶには体重すべてを翼で支えるもの凄い力が居るから。
 鳥は骨格の軽量化により体重が軽いんだが、奴は人間だからそれを支える力が足りない、
 飛翔中には羽ばたくことすらできないほどだ。
 それでもまだ子供だから筋肉と体重のバランスがとれてるんだが…。
 まあいい、それよりお嬢さんたち、一計がある。
 俺も一回落ちたところを助けにいったことがあるんだが、ほら、この川の中腹に橋があるだろう?
 ボート競技が操練してるところだ。ああ、知ってるな。
 あそこに行ってみなさい。あいつはあそこのボート競技のお嬢さんたちにもずいぶん可愛がられてて、
 再上昇のためにボートからロープで引っ張ってもらってるって話だった。

 って、気が早いね、もう行っちゃったよ、…おいおい速っ!!!」
>>254
 モト子とチャンの二人のデットヒートはこうして始まった。
目的の橋まで経路距離約20km。ふつうの自転車だと1時間といったところだが、
彼女らは計算してみた。
 少年の飛空はある一定高度にならないと前へは進まない『トンビ』方式のようだ、
今日の風がどれくらい彼を前に進めるかわからないがそれでも風速10mくらいだ。
風上の高いところから風下の低いところへスキーのように「滑り落ちていく」ので
速度はそれより倍くらい速いだろう、するとほぼ1時間弱である。45分くらいか?

 …いろいろ考えていた彼女たちだったが途中で考えるのをやめた。
とにかく早く着けばいいのよって感じだ。

 少年の家があった緑の岡の上から河川敷までは舗装道路を途中で抜けて
神社から境内までの山道が近道だ。
道路での競争は意外にもほぼ互角、鼻の差でチャンのほうが速いくらいだ。
モト子の常にイン側にいることで走路妨害をしているためと、
下り坂の細かいスイッチバックの道なのでモト子得意の『スーパーチャージ』が巧く機能しないのだ。
だが、チャンはチャンでイン側の道悪に速度を殺されていた。勝負は神社道に入る一瞬!

256 ◆GacHaPR1Us :2008/06/28(土) 21:47:52
>>255
 その瞬間、すべてがスローモーションになった…。
 舗装道路から山道に入る道でチャンがモト子の妨害をしつつ減速を始める、
モト子は先に減速し始めた。
ニヤリとするチャン、同じくニヤリとするモト子。
モト子は減速した勢いを利用して前輪に過重を掛けた状態から後輪を持ち上げガードレールに載せる、
載ったところで過重を後輪に移してフロントを上げた瞬間にバカ足力にモノを言わせた立ち漕ぎ『スーパーチャージ』で、クランクを強く踏み込む!
 後輪の強い駆動力でオートバイのよくやる「パワーウイリー」状態にしたままガードレール側面を滑走し
細道への入り道近くのカーブに大ジャンプ!

空中ではカーブミラーを掴んで「ウォラァア!」とばかりに遠心力を利用して空中で強制的にカット!
細道上のチャンの前に見事に着地した瞬間、モト子は「ニョホッ!」と笑った。

 自転車のタイヤが重要なのではない、その回転が重要なのだ。

 もともとチャンもモト子の実力は認めていたのだが、このテクを見せ付けられて思わず罵った

 「化け物め!」
>>256
 山道でも一進一退の攻防が続く。
先頭に立ったモト子ではあったが初めて通る山道なので枝木や蜘蛛の巣、
 ああ、説明し忘れていたがモト子は蜘蛛が嫌いだ、
あと枯葉で滑りやすくなった山道のうねうね道でやはりダッシュが掛けられないため、
逆に後ろにいるチャンの露払いのようなカタチになってしまった。
 しかし、チャンもかなり焦っていた、このまま下で舗装道路に出てしまえば、
モト子の『スーパーチャージ』でいつものように一気に離されてしまう、
この山道でケリをつけてしまわなければ…。

「モト子!うしろうしろ!

      蜘蛛よっ!!      」

 無論、嘘だ。モト子もわかってはいた。
 だがチャンが発する声音には意思を個人に強制する『パースァスィヴ』とでも言うしかない
一種の強制力がある、思わず腕が反応してしまっていた。
腕を上げた瞬間に横木が凄い速度で近づく、避けられず思わず掴む、
そのまま勢いで体操の鉄棒よろしく体が持ち上がる、
自転車を失えばモト子の負けなので両足で自転車のサドルを挟む、
すると横木を一回転した、その下をチャンが通る。

だがこれではまだ終わらない、回転した勢いで横木が折れる、
一回転した直後だったので折れた枝木を両手に持ったまま自転車を股に挟んだ少女モト子は
そのままびゅーんとばかりに飛んでいく、
チャンの頭の上を越えていく、ぐんぐんと吸い込まれるように崖下へ飛んでいく、
後には奇声とも悲鳴とも罵声とも判別のつかないモト子の声がコダマするのみであった…。

「…惜しい友人を失ってしまったわ」

と、チャンは独りごちたが、あまり悔悟の様子もなくいそいそと道を下っていったのだった…。
>>257
『かって、世界を震撼させた医療事故がありました。
無作為な遺伝子操作実験に近い薬害によって、世界は変わってしまったの、永遠に。
 生まれてきた子供たちのなかには「余分の骨」と呼ばれる頸髄が追加された子供たちがおりました。
ふつう、わたしたち人間の頸髄の神経髄節は8つあります。
足腕や内臓などに繋がるこれらへの神経節はとても重要な器官のひとつなのですが、
9つ目の頸髄の存在が子供たちの脳そのものにも影響を与えたのです。
 例えば4本の腕を持つ子供。腕が増える奇形はそれまでもありましたが、
彼のように4本すべてが立派に運用できるようになったのは、この「余分の骨」によってです。
またこれに伴い、4本の腕を同時に使うため、彼の間脳部には著しい増大が見られたといいます。
 このように翼のある子供も生まれ、角を持つ子供も生まれ、私のように配線不明、
謎の神経増設による部分的なシンパシー能力や、モトに顕著に見られるような通常の三倍の運動神経で
得られる強化系能力などを持って生まれた子供たちは、発見当初は驚きと物珍しさのなかにありましたが、
好奇な期間が過ぎ去ると彼らへの弾圧も始まったのです。
>>258
 そのころでも、なぜか日本では私たちのような「マンプラス」に対して
それほどの激しいバッシングが見られなかったため、大陸での迫害を逃れる意味で
官僚だった父の日本自治区転出に伴って移り住んだのです。私が6歳のころでした。
 モト子との付き合いはこの頃からです。幼馴染というやつで…。
 日本にくるまで、わたしは自分自身の才能、”パースァスィヴ”が大っ嫌いでした。
いまは大陸にいる母がわたしを愛さず、しかしわたしが「望めば」愛してくれる、という風だったのは
私の能力の所為ではなかったのだろうか?
それは、それは愛と言えるのだろうか?、とずっと疑心に駆られていたからです。
 ところが、恐ろしく簡単に感応能力に引っかかる癖に持ち前の単純さでどんな問題も障害も
”スーパーチャージ”で解決してしまうモトのバイタリティを見て、わたしは笑ってしまいました。
「なに、この子?」って。自分の悩みが小さく見えるほどでした。
 それ以来、小、中と学校もクラスも一緒でして、ええ、知ってます。
クラスの口さがない人は私たちを「竜虎」など呼んで陰口を叩いているのでしょう?
誰が言っているのかも知ってますよ、だから大丈夫ですわ…。うふふ。

 そんなわたしたち二人は、自分の才能を極限まで突き詰めるあの少年の姿に
憧れてしまったのかもしれません。少なくとも私はそうです。
とにかく、モトにだけは負けたくないの!絶対に!!』
>>259
 モト子は山道から飛び出したあと、崖になった潅木のジャングルの中を、
野生の勘だけで駆け抜け捌いて体を交わしてはいたが、ふと目の隅にに真下の道を発見して
気が緩んだ瞬間、熊笹の密集した場所めがけて突っ込んで隠れていた竹に当ったショックで気を失った…。

 「ううん…」
『あたしは意識を失っていたの。気がつくと周りの様子がちょっとおかしい。』

[天使が神にいゐました、神さまわたしは死にました、子供の矢を受け死にました、
 みてみて胸の血の赤さ、衣を染める血の赤さ]
[神が天使にいゐました、天使よ青いその顔は、子供の矢を得たその顔は
 死ぬとは思わぬこの事実、悲しいことはこの事実]
[天使と神は嘆きます、
 こんなにすぐに死ねるとは、われわれだれも知りはせぬ、知っていればあれほどに、大胆には成れなかっただろう]

『おかしな歌が聞こえてきたわ、それにしてもここは変なところ。真っ白な空間でなにもない。
 と、誰かが目の前に立ってるのに気付いたの。
[やあ!]と声を掛けてきたのは、あら、イイ男。
 あたしと同じくらいの年頃かしら?13〜14歳くらい?その割には眼だけが、
 そう青にも緑にも見えるその眼だけが妙に大人じみていて、とにかくへんな雰囲気だったのよね。
 挨拶と一緒に上げた右手をぶらぶらさせてたけど、手持ち無沙汰に金髪の頭をカキカキ、その子は話を始めたの。』
コを…。』
>>260
[…聞こえてるよね?
 やぁ!
 …まあいいや返事は。ホントは出てくるつもりもなかったし、そんな予定でもなかったんだよね。
 でもね、お話の辻褄合わせるのに他に良い方法が思いつかなかったんだよ。それに言うだろう?
「筋立てにこだわって出来のよくない話にするより、突拍子のないやり方でもいいから読める話にするべきだ」ってさ。
 それで、まずキミたちが知りたいのは”ボクが何者か”だろうね?
 でも、それはこのお話とは関係ないことだから省略するよ、
 ボクがここに挿入されたのはキミへの外挿法として、と言うか動機付けとして、結末の一端を閉じるためなんだ。
 それじゃあごく簡単に説明するよ、キミの友人がピンチだ。どうする?]
『友達ならあたしを裏切って思わず殺されかけたわ、などとなじって見せようとしたのよ、
 でも口にだす前に気付かれちゃったわ。』
[ああ、違う違う。そっちじゃない、彼女もそれなりに問題を抱えてはいるが、それは彼女の問題だ。
 そっちじゃなくってこっち、こっち]
 そういうとあたしの視線が急に変わった。空を飛んでいるイメージ、鳥瞰図。
 川沿いに行こうとするんだが気流がそうはさせてくれない、だんだん北側の山に近づく、
 すると思うよりも高度が下がってしまう。このままでは道路に落ちてしまう…、ああ、目の前にクルマが…。
[これは今から、…えーっとつまりキミが気がついてからってことだけど、15分ほど未来の出来事だよ。
 キミはこのことは夢としても覚えてはいないだろうけど、それでも教えることは教えたからね。
 それではキミを元の世界に戻す不思議な呪文、デウス♪エクス♪マキーナァー♪]

『そう指を一本フリフリ唱えながら、彼は後ろ手に隠していたピコピコハンマーであたしのオデコを…。』
>>261
 「ううん…」
『熊笹の中で目がさめたの。
 最初に思ったのは、目の前に旧採石場への道があるわ、と思ったことと、
 自分になにが起こったのかよくわからずにボーっとしていたってこと。
 するとだんだん、あの性悪口先女めに殺されかけたことを思い出して、もう頭に血が上って…』

 農道で台風一過の田んぼの取り入れをしていた近所の農家のおじいさんの目撃談。

「そっりゃーおっめー、えれーびっくりしたがー。
 朝の取り入れ一段落しよー思ってふと見たら山から制服姿の女の子でてくるがー。
 自転車漕いでっがーしゃーもその速いこと速いこと!!

 ・・・わっしゃー、これでも三国志とか好きでの?その姿みたとき思ったがー。
『怒った張飛が蛇矛抱えて突撃しちょる』ってぇー。
 凛々しかったねー!!」

 カンカンに怒っていたようだ。折れた横木を捨てることも忘れてたらしいし。

>>262
 河川敷、堰堤上の4車線化道路へ上がる大橋を漕ぎあがるモト子のその勢いは、
例えが悪いかもしれないがマッハ!だ、マッハ!
その頃、チャンは大橋から堰堤上に戻っての道路で信号待ちしていたが、
この中るべからざる勢いへの気配を感じたのか、ふと振り返ると当のモト子がごっさ恐ろしげな形相で
復讐する物体と化して接近しつつあった。
なにやら手にぶっそうな得物まで持ってる。これにはチャンも焦った。
早朝でちょうど小学生の登校時間に重なっており、みどりのおばさんとともに横断道路で指導していた
お巡りさんに必死で懇願していた。

「タスケテー!あの娘に殺されるぅ!!…撃っちゃってよ」

さすがに撃ちはしなかったが制止をしようとお巡りさんは前に出る。
チャンは信号が変わったのでとっとと逃げ出す。
 だが遠目でそんなチャンの様子を見て、モト子はもう一つなにか大事なことが気にかかった。
折れた横木を欄干の外に投げ捨てて、速度を落としつつ空を仰ぎ見ると…、
 居た!翼の少年はもう大分北側の山へ流されてる!
制止しようとするお巡りさんをウイリーで脅しつつ、有無を言わせずブッチぎって、
横断歩道の道から堰堤を降りるほうへ曲がって、モト子はさらに再加速した。
>>263

道を道幅いっぱいに広がって、せっかく子供らしく行儀悪く登校していたのにモト子に
蹴散らされチリジリになる小学生たち。
中には石を投げてくる悪ガキまでいるが、モト子はめげずにママチャリのベル鳴らしっぱで再々加速!
「退け退けぇ!チリーンチンチン♪チリーンチンチン♪
 退け退け退けぇぇえ!チリーンチンチン♪チンチンチン♪」
二〜三人轢いたかもしれないが、あまり気にしてはいけない。自転車はまだ無事だから。
 少年が落ちつつある道まで『スーパーチャージ』を繰り返す。
競馬で言う所の『足を残す』なんて、まったく考えないその走りっぷりだ。まだその白い翼は見えてこなかった…。

 いつまでたっても追いついてこないのでさすがにチャンも「?」と疑問に思えてきた。
ふと護岸下はるか先の道に目を凝らすと、なにかがもの凄い速度で移動している。
「奴だ」と気が付いた。
実際に、少年がピンチの様子を見つけたのは、その先に眼をやったときだった。
まだモト子はたどり着いてない。
「なにやってんのよ、あのバカっ娘は!あんたにはそれしか取り得がないんでしょ!?
 頑張りなさいよ!もっと早く!早く!早く!!」
いつのまにか、チャンはモト子を応援していた、それしかできなかったからだが、
その時には少年のことが心配、というよりもモト子の頑張りっぷりに感心していたなんて彼女も気付いてない。
>>264
 少年はかなり焦っていた、
いままでにも墜落はたくさんしてきたがこんなヤバい場所に落ちるなんてほとんどなかったからだ。
彼の翼は体重を支えるのにふさわしい大きさで、畳みでもしない限りこんな農道では
対向車を避けることができない。
一回でも骨折しようものなら、もう二度と飛べなくなると思うとすこし怖くなってきた。
足を揃えて不時着に備えようとしたその矢先、足下を何かがもの凄い勢いで通り過ぎた。
 自転車?一端通り過ぎた自転車はまた彼に近づきながらその走者が振り返ると…、
「!?あっ!おねーちゃん!!助けに来てくれたの?え?乗れって??大丈夫?」
 ママチャリの荷台の上で立つようにして、少年は乗った。
翼を畳めたので前から来た軽四も軽くかわせた。モト子の両肩に腕を回す。照れるモト子。

 シャカシャカと恋する彼女がチャリを漕ぐ、大好きな天使を荷台に乗せて。
ちょっと逆かな?って思えるけど、当人はまったく気にしない。
少年は疲れた翼を一休み。チリンチリーン♪と鳴らせて通ると沿道の、子供たちが手を振ってくれる。
大空もそりゃあ確かにいいけれど、と少年は思う。まあこの視線もたまにはいいかな?って。
モト子は心臓バックバク!いつもの「スーパーチャージ」娘はどこへやら。
ペダル漕ぐ、足元こそはしっかりだ。
けどなにせ彼の両手が乗った肩、耳元で歌うようにささやく声に、もう夢中。
ガンバレあたし!ガンバレ!あたし!!、そう、彼にいいところを見せなきゃいけないと思って、
そりゃもー彼女はがんばった。
>>265
「いいわね、あなたの得意なことは空を飛ぶことでしょう?かっこいいじゃない!
 あたしなんかこんな風に自転車で漕ぐ勢いで走ったら、筋肉断裂したり骨折したりして二度と走れなくなるのよ、
 足が千切れちゃうの。
 え?あなたも同じ?理論的には飛べない!?なんで!!??飛んでるじゃない!
 …一所懸命、頑張ったからって…そんな…。
 あ、あなたを空に還してあげるわ、もう飛べそう?飛べるのならこれから河川敷へむかうわよ、
 それまでの道沿いなら電柱も家もないから空に還ることもできるでしょう?
 そ、そそそれじゃぁあ、いくわよ!!

  スゥ―――パ―ァ――チ―ャ―――ジッ」

「うわー速い速ぁーい!
…速いよ。
速いってねえ速いよ。
おねーちゃんこれじゃあ飛べないよ速いって。
おねーちゃん飛べないって速過ぎだって。速いってば、ねぇねえってばねえ!
怖っ!速っ!怖っ!速っ!速過ぎだよ飛ぶとか飛ばないとかぢゃないくって速いよ!
 って、速い速い速い速い速ぃ速ぃ速ぃ速っ速っ速っ速っうわぁああ―――!!!」
>>266
 護岸へ上がる急な坂道も彼女のスーパーチャージの障害にはならず、
さらに加速して4車線化工事中の道路へ。
凄い速度で上がって、勢いでとんでもないジャンプかました。
自転車とモト子と翼の人が一緒にぶっ飛んだ真正面から、砂利トラまで走ってくる。
 その絵を見たアルバイトの警備員さんは、「ああ、死んだな」って思ったらしい。

 だがしかし、その瞬間に拡声器から声が投げつけられた。

『飛びなさい!あなたなら飛べます!翼を広げて飛びなさい!!』

 モト子の考えそうなこととドジりそうなことを見通して、先回りしていたチャンが
近くのコンビニでマッタリしていたブラック・バス乗っ取って、その拡声器で”声”をかけたのだ。
 翼の人が飛び立った、モト子を抱えて。
ただ、あわれ4900円の自転車「ママチャリ10号」は砂利トラのフロントガラスにバウンドして吹き飛んだ。
 さっき蹴散らした小学生の親御さんやら、砂利トラの運転手のおばちゃんやら、
今年に入ってすでに10台目の自転車を大破されて激怒するモト子のおとーちゃんやらから、
その後、もの凄い勢いでモト子は怒られるわけだが、それはここでは省略する。
 ともかく勢いで川岸の上まではよろよろと運びはしたが、明らかに重量オーバーでいまにも失速しかねない。
見兼ねてモト子は「離しなさい!!」って無理矢理に彼の手を振り払って護岸で咲き誇る曼珠沙華の中に落ちる。
スカートがまくれあがるので両手で抑える姿はちょっとかわいい。
 少年は川の上を高度をとるために川上に飛び、さらに上空で何度も回周して高度を得ると、
さよならとばかりに手を振って、そのまま家のある上流へと飛んでいった…。
>>267
 その様子をずっと曼珠沙華の花畑の中で見守ったあと、
やっとモト子は隣にチャンがいることに気がついた。
「借りできちゃったわね。…もういいわ、さっきのは許してあげる。
でもね!今回もあたしの勝ちだからね!わかってるでしょうね!?」
「…あはは、なんでも勝ち負けでお話するなんてお下品だわね。まあこう言えばいいのかしらね?
 『参りました』って?
 だいたい考えなさすぎなのよ。あんな速度出したら天使くん(仮名)の翼折れちゃうじゃないのよ。
 それにしても恥かしい子よね、そんな鼻血ヅラでよく彼の前に出れたわよね」

「?なんですってぇー!」

モト子はいままで気付いてなかったようだ。
あまりに恥かしいのと、よりにもよってチャンに指摘されたことで、二重に怒りが再充填して、また口ゲンカが始まった。
もしかしたらだが、彼女達が彼を追いかけていたのは、二人が仲良しだったこともあったのかもしれない。
よくわからないが。

 さて、少年から彼女らはどう見えていたのだろう?
もしかしたら!!モト子おねーさんへの感謝やら感激やらの気持ちで、あるいは恋心を芽生えたかもしれない。
ひょっとして!!あの元気のよさだとかカッコよさだとかを粋に感じて、憧れたかもしれない!
 私も興味があるので、ここは、帰宅中の彼の上空での独白をちょっと覗いてみよう、


「あー怖かった、すごい必死なんだもん。しかも鼻血までだしてるし。
 …女の人ってみんなあんな怖いのかなー?なんかいやだなー…」


 …ダメだったらしい。残念!
まあこうゆうことはよくある、どんまいどんまい。がんばれ、女の子。