195 :
age虫:
「座る死臭」
・・・その人が言うのは、それは、”その人にしか出来ない事”らしい。
彼は太っている・・そう言う訳ではない。ただ何か普通と違う印象がして、
肌色をした人造皮膚とでも言うか、ぶにゃぶにゃしたその内側を・・・何か、
違う何か、どろどろとしたモノ?それで埋め尽くしたような、筋肉ではない、
それは波うつ巨大な水袋のそれを眺める様な、予測しがたい緩慢な動き方で、
そんなぶよぶよで、筋肉のない無表情さで、でも彼は薄く笑みを浮かべたまま、
言えば”死臭”・・・それを纏ったまま、静かにそのイスに腰掛けていた。
そこは薄暗い室内。付近ではかつて、死霊を呼ぶ儀式、ブゥードゥー教の密儀、
忌まわしき”それ”が行われていたとされる、古い集落の、そこで暮らす人の、
彼らの末裔が居ると言う情報、私はその取材としてそこを訪れた。
「お幾つに・・・なられるんですか?」
一応それを聞いてみたが、返答はしばらく、帰ってこなかった。うめくような、
囁くような・・・、微かに聞こえる声?呟き?それがしかし、その静寂の室内、
そこでは妙にくっきり聞こえる。意味は理解出来なかったが、解る事実はあった。
かつてブゥードゥー教の司祭だった事、キリスト教の席巻によって立場を追われた事、
自らの力を見せる為に死霊を呼び出した事、そしてそれが、言う事を聞かなかった事。
それからずっと、彼は”そのまま”だという。笑みを浮かべて言う、命の意味など。
「コレは、私にしか出来ない事なんだよ・・・・」
取材はそれ以上出来ないと判断した私は、そのまま礼を言ってその場を立ち去った。
・・・後で気付いた。部屋には食事の後もなく、排泄物の匂いも無く、人が暮らす、
その形跡も無く、でも彼は一人、そのイスに腰掛けていて、薄ら笑いを浮かべて。
・・・或いは、ずっと”何か”と戦っているのだろうか。誇りさえ感じる最後の、
その呟きだけが、妙に耳に残った。
196 :
age虫:2006/05/05(金) 12:46:21
「最後の獲物」
「私の考えを言わせて貰うとね、それは間違っていると思うんだよ」
そう言った、彼の”右手が”、ずいと前に伸びた。
「”悪”と言う概念はそもそも抽象的なモノだ。人は、人を害する、多く破壊する、
そういう物を”悪”だと決めつけている。それは当然だろうが、少し違うと思うんだ」
見上げるほどに大きな人物が、自分の前で服を脱いだ・・・というより、破れた。
色白で、ぶよぶよと太って、でも股間に有るべきモノは無く、それにふと気付いて、
見上げると、そこに男性の顔、それは乗っていなかった。ぶよぶよと膨らみ続けて、
天井に肩が付くほどになり、やがて左手が、またしゃべり始める。
「破壊するという事は、それは”再生する”と言う事と同義だよ。新たな概念への、
それは”扉を開いてあげる事”に等しい。人が無様に破裂したり、溶けたり、例えば、
”こんな風に”頭だけ無くなっていたり。それは別に不自然な事じゃなくごく当然の、
私にしたら”コレは普通の事”なんだ。君なら解るだろう?それを読んだんだから」
2m50cm以上は多分ある、その白くぶよぶよした太った贅肉の、頭の無い形から、
両手が突き出されて、爪の伸びすぎたその手の、両の掌に開く赤く滴る何かを垂らす、
その口がステレオで、ハモりながら・・・、多分嬉しそうに、私の方に伸びてきた。
「痛みとか苦しみとか、そう言うモノは概念に過ぎない。自分が自分で有るという、
それを”それで有り続けさせるだけ”の制約に過ぎない。解ると思うんだよ君なら。
人を超えたいと言っただろう?その為にそれを読んで、だからここに来たのだろう?」
自分が殺した奴らだって、多分・・・こんな死に方はしなかったと思う。そもそも、
俺はもう人間じゃなかったんだと、次第に溶けていく意識と体と、口を塞いだその、
赤く濡れた両の掌の口に、だんだん自分は気付いていった。笑いが始まったそれは、
自分のそれだったと思うけど、声としては出なかったと思う。むさぼり食われていく、
なんて相応しい当たり前な末路だろうと、残った自分の足の親指で呟いて、そして。