>>929 そうそう,ベネ・ゲセリットとかタブル・シーチとか・・・・・
誇りある女たちとか
ベネ・ゲセリットって魔女という割には、全然凄いこと見せてくれないよね。
膣圧をコントロールできるんじゃ?
あっ、そういう場面はなかったよね。
934 :
HH:2005/09/03(土) 11:22:58
祝「人大杉」解消。やれやれ。過疎板住人としては
夏休みのとばっちりでいい迷惑でした。
>>933 明示的ではないですが、
『デューンへの道 公家アトレイデ』第1巻324ページに
それを暗示させる場面があります。
教母ガイウス・ヘレン・モヒアムがハルコンネン男爵に
「わたしには、あなたの喜びを増加させる能力があります……」
と言って、行為を促すところです。
体内に入った毒素や病原体を分子構造を変えて無力化したり、
自分の筋肉や神経(プラーナ・ビンドゥー)を自在に制御したり、
最盛期の外見的若さを、やろうと思えば、生涯維持できる
ベネ・ゲセリットですから、膣圧のコントロールくらい、
お茶の子さいさいでしょう。
大聖堂にもあったと思うぞ。
オナード・メイトレの能力って、実はベネ・ゲセリットのえっち方面だけ
抜き出したモンじゃないのか?という推理をするあたり。
確か中の温度もコントロールできるって書いてなかったっけ
937 :
HH:2005/09/21(水) 01:08:52
>>935,936
レス、ありがとう。
改めて「大聖堂」(1巻だけ)を流し読みしてみました。
「目にもとまらぬスピードで(ベネ・ゲセリットが
これまで成しとげた何よりもずっと速く)、彼女[マーベラ]は
右足を蹴り出し、アイダホの頭から髪の毛一本のところで、
その打撃をとめた」(103ページ)なんて表現もありますから、
才能は「えっち方面だけ」ではないようです。そちらの淵源は
たぶん、ベネ・ゲセリットの「刷込み師(インプリンター)」
でしょうけれど。
マーベラ自身は自分たちのルーツについて、
「フィッシュ・スピーカーズと窮地に陥った教母がオナード・メイトレス
の母体になった」(92ページ)と説明していますね。
その説明に対し、オドレイド教母長は満足せず(106ページ)、一方、
メンタート教母のベロンダはひとつの仮説を提示する(107ページ):
セックスとスピードの実演、メランジの禁断症状づくり、アドレナリン系の
合成麻薬の注入、性的刷り込みによって、ついに教母を転ばせるという
手順ですね。
膣内温度のほうは、見つかりませんでした。圧力に比べて、
熱かったり冷たかったりがそんなに本質的なのかは意見の分かれる
ところでしょうが、彼女たちならできないことはないでしょう。
ベネ・ゲセリットの能力について、いまいちアンバランスな印象があります。
砂の惑星の2巻かな、ポウルとジェシカの砂漠の逃避行の最中のことですが、ジェシカの体力の弱さを示すような
記述が目にとまります。一般的な女性のそれと思わせるような記述だったと記憶しています。
能力にも特性があるのかな。
危機感を持たせる為の演出という事でご勘弁を
940 :
HH:2005/09/21(水) 11:09:14
ブライアン&ケヴィンの解釈はともかく、
本来のベネ・ゲセリットの成り立ちは、70年代当時に、女性の特性
とされてきた類型(いささか政治的に正しくないけれど)、
母、娘、娼婦、チーママ、魔女(文字通り)のあれこれを集大成した
ものだったように思われます。 浮気を隠そうとしどろもどろ
になる男の嘘を見抜く術の極北が真実審判師(トルースセイヤー)
であるように。
「デューン」本編において、ジェシカは
「バイヤー」によって買い付けられた、ご生母さま候補でした。
必須の属性は、遺伝的に問題がないこと、子供を産めること、
貴族の家庭をきりもりできることで、それ以上ではなかったように思われます。
旧約聖書の創世記によく出てくる、一族の長の子供をやどす奴隷女と
同じようなものでしょう、たぶん。
彼女が一皮むけるのは、ベネ・ゲセリットの伝統的な方法ではないものの、
スパイスの苦悶を生き延びて、フレーメンの「教母」になって以降です。
ベネ・ゲセリットの手法は、まずよく観察し、表にでない形で状況に
影響力を及ぼすやり方でした。あらかじめ罠を仕掛けたり、「教訓」を与えたり、
有力者を影から動かしたり。その手法を捨てて、主導権をとり、みずから局面を
打開するよう迫ったのが、神皇帝レト二世だったように思われます。
以後、彼女たちはアトレイデ家の教母のもと、主役の座におどりでます。
941 :
HH:2005/09/24(土) 19:53:29
>>927 自己レスです。
「皇女の夫かつ摂政として権力を掌握したあと」というのは
間違いですね。ポウルは第一皇女を妻に迎えたあと、
それを足がかりにして皇帝に即位し、以後、アトレイデ家を
皇統としたのですね。どうも制度理解が不十分だったようだ。
反省反省。
942 :
HH:2005/09/26(月) 21:36:09
マンガ「バルバラ異界」(4)萩尾望都(小学館)が
9月26日発売された。即日購入、読了。これにて完結。
謎解きの部分に、ちょっと「デューン」が
入っている。でも全体はいつもの萩尾節。堪能。
多感な年齢の時に異端者読んだので
マーベラはエロすぎた
今読んだら、モヒアムタンに萌えるかもよ
オイラは『子供達』のエイリアにハァハァしたよ
っつーか、読み返すたびにハァハァしてる
救世主を再読して。スティルガーの一人称が「わし」「ぼく」交じり。子供たち(1)では「おれ」。
ポウルが私生活で「ぼく」というのもやや違和感あり。
物語をあまり覚えていなかったことに驚愕を覚えながら、多少の苦吟は感じさせつつも、
難しいカタルシスを見事に語りきった傑作であるという感想を持ちました。
本作品がもつようなカタルシスを「愛」や「奇跡」で片付けてしまう作品が多いと感じる昨今、
なんとなく癒された気がします。
>>945 欲求不満を全裸ナイフ練習でごまかす場面だな!
最後に兄ちゃん(ポウル)が登場!てのもまた良かった.
>>947 昨日「救世主」を読みなおしたオイラが来ましたよ!
全裸ナイフは「救世主」ジャマイカ?
「子供たち」ではポウルはあぼん済み。
お、ちょうどよかった。
エイリアが内なるハルコンネンの存在に負けて、自殺するのは
「救世主」と「子供たち」のどっちだった?
存在を暴くのがポウルだったか子供たちだったかであやふやに
なってます。
950 :
945:2005/10/01(土) 08:49:12
『子供達』ですな。
ハルコンネンの指示で、水ぶくれを手始めに次々と部下達と関係を持つエイリア、エロ過ぎ!
「子供たち」再読完了。
初読のとき、「生きているスティルスーツ」にあこがれたものだった。
いよいよ「神皇帝」だ。
近所の古書店に「子供たち」の第1巻だけがあった。
揃っていれば買わないでもないんだが・・
買っとかないと後悔するよ。絶対。
ムアドディブの言葉
「神皇帝」再読完了。
初読のときは、ダンカンやシオナに移入して読んでいたようだ。
今回はレトに移入した。
レトの、なんと優しいことか。
955 :
名無しは無慈悲な夜の女王:2005/10/12(水) 01:58:50
今更ながら、日テレのサイトで『女王の教室』
のストーリーフラッシュを見てるんだが
(リアルタイムでは見れなかった)、
ドサディ実験星をなんとなく思い出す。
極限環境で愛する子ども/者を生き残らせるため、
愛を隠して苛烈な教育を与える。
って考えてみるとこのモチーフは
ハーバートのほかの作品にも共通してるな。
956 :
HH:2005/10/19(水) 01:05:20
このところ、フランク・ハーバート自身が吹き込んだ
"THE DUNE"(AUDIO COLLECTION)なるカセット・テープを
流し聴き(ヒヤリング能力がないので)しているのだが、
「ラス・ガン」を、著者本人は「レイスガン」と発音
しているようだ。ちなみに綴りは"LASGUN"。
「エイリア」は「アーリア」に、
「デューン」は「ドゥーン」に聞こえる。
なにか、現地音主義へのこだわりが溶けていくような。
で、結局、矢野式カタカナ表記と脳内補完へ戻ることに。
どうも進歩がないが、まあ、こんなところか。
「ドゥーン」ヤバス
ドゥーンにすればいいじゃん。おれは別に矢野訳にこだわりないんで。
ドーン砂漠の救世主
Duneだからドゥーンなんだろ。デューンなら、Dyune?
962 :
HH:2005/10/26(水) 10:57:17
>956
言葉足らず(毎度のことだけど)ゆえの自己レス
>「デューン」は「ドゥーン」に聞こえる。
>なにか、現地音主義へのこだわりが溶けていくような。
例えば、リンチ版映画の冒頭で、イルーラン姫は
間違いなく「デューン」と発音しています。辞書の
発音記号を見ると、「d(j)u:n」とあり、発音のゆらぎは
どちらも許容範囲なのでしょう。
これまでも「救世主」のオーディオ・ブックで、
「サイテイル」が「スカイテイル」と呼ばれているのに
出くわしたり(綴りは「Scytale」)、言葉というものは
それほど厳密なものではないことは頭では分かって
いたのですが、著者本人がシリーズのタイトルについて
「ドゥーン」と発音しているとしたら、「現地音」への
こだわりなんて、そもそも無意味だと思い、
「溶けていく」と表したわけです。
ただ、個人的には「ドゥーン」は勘弁してほしい
気がします。「ドーン」というと、「dawn」(夜明け)が
連想されて、きれいだけれど、ちょっとずれる気がします。
「ドーン 砂漠の救世主」がジョークなのは分かります。
「ドーン!!」ですね。
>どちらも許容範囲なのでしょう。
そうかも。まあ英語圏ですら曖昧なら、われわれがどうこう言うのもねぇ。
そういやカイルマクラクランもインタビューでドゥーンと発音していたっけ。。
まあ作者自身がそう言ってるんじゃ、少なくとも向こうではドゥーンになるのかな。
で、日本では矢野本に従い、デューン。
「デューン」じゃないと、「私の彼は神皇帝」の語呂が悪いジャマイカ
長く尾を引く砂虫ボディ〜♪
小さくひれ足振る時も振る時も
地下でモネオを待つ時も待つ時も
いつでもいつでも彼は神皇帝
ごろごろダンカンつぶすのもつぶすのも
あふれる涙が焼けるのも焼けるのも
いつでもいつでも彼は神皇帝
あなたを助けてみるけれど
私はイックス作り物花嫁花嫁なの
カートで突進する時もする時も
溶けて砂虫になる時もなる時も
私の私の彼は神皇帝
仮面ライダーの新作映画、出渕裕デザインのショッカー戦闘員たちの
デザインがリンチ版のハルコネン兵士たちにそっくりだった。
>>967 × 溶けて砂虫になる時もなる時も
○ 溶けて砂鱒になる時もなる時も
970 :
HH:2005/11/03(木) 02:09:43
最近、一念発起して、『砂の惑星』本文の
全文入力をやっている。ああ、ついにそこまで
行ってしまったかと自分でも恐ろしいくらいだ。
なにしろこの行為を「写経」と呼んでいるのだから。
それにしても能率があがらんな。矢野訳を転記し、
次いでそれに対応する原文を転記する。そして読み直して、
校閲する。暇なときに思い出したようにやっているとはいえ、
1カ月やって、いまだ邦訳にして10ページしか
すすまない。この人生では到底終わらんな、こりゃ。
別にデータのデジタル化が目的じゃないから、
OCRなんか使わないけど。
トゥーポンス(768参照)の言うように、
フランク・ハーバートは普通の活字、イタリック、
引用符に挟まれたイタリックという3種類の表記法を
使い分けており、矢野さんは小技を使いながら、
できるだけ著者の意図を再現しようとしているのが
分かる。大したものだ。
おっと、1行訳しもれがあるな。
「ジェシカ、こうしなければいけないことは知っているはずだよ」
と、ジェシカはぎくりとした、の間に、
ポウルは怪訝そうに母を見あげた、というのを補っておこう。
そうすれば、2行先の、ポウルは教母のほうに視線をもどした、
へのつながりが良くなるから。
971 :
名無しは無慈悲な夜の女王:2005/11/03(木) 02:46:44
ミカンをたくさん食べると肌が黄色くなる。
フレーメンの「青の中の青」の目みたいなもんだな。
972 :
名無しは無慈悲な夜の女王:2005/11/14(月) 01:12:46
オレンジカトリックバイブルって聞くといつも
時計仕掛けのオレンジが頭に思い浮かんでしまう
974 :
HH:2005/11/30(水) 01:45:04
上記の911でちょっと触れた黄禹錫(ファン・ウソク)
ソウル大学教授をめぐる問題はけっこう大変みたいですね。
こちらの関心は、日本がイックスなら、
韓国はトライラックスだなという能天気な
「デューン的」見立ての域を出ないのですが。
和田移植のように、今後の研究・実践の方向を
ある程度、縛る結果になるのかと思ったら、
華岡青洲の妻みたいな展開になって、
卵子の提供志願者数がみるみる上昇していき、
ううむ。
トライラックスの信仰は、ゼンスーニにスーフィズム
(イスラム神秘主義)が加わった独特のものですが、
女たちが社会から消え、タンクでないタンクになった
のは、男側の抑圧・強制よりも、
女側の犠牲的精神=大義への愛だったのかもしれない
などと考えてしまいました。
今月号のSFマガジンで、ブラッドベリの特集。
いろいろ検索しても、「ハーバート特集」ってのが見つからないけど、どお?
それに、「追悼ハーバート」の巻もないんじゃ?
だとしたら、さみしいよねぇ。
976 :
HH:2005/12/18(日) 12:00:33
>975
直接の答えになるか分かりませんが、
『大聖堂』(3)の訳者あとがきに、矢野さんが
SFマガジンに書いた自身の追悼文を再録しています。
その日付が1986年2月25日ですから、
その前後にこの追悼文の載ったSFマガジンが
存在すると思います。
訃報+追悼文だけで、「追悼ハーバート」という
柱を立てるような特集号は無いのかもしれません。
翻訳・紹介のされ方からして、フランク・ハーバートは
今後も日本では、「デューン」と「ジャンプドア」の作家という
好事家このみの変格扱いのままなのでしょうね。
「さみしいよねぇ」という感慨は
私も同じです。
矢野さんの追悼文が載ってるのは86年5月号だね。
その前の4月号に逝去のニュースだけが短く載ってる。
追悼特集みたいなのはなかったなあ。
ハーバートの短編って数えるほどしか訳されてないねえ。
978 :
HH:2005/12/19(月) 16:42:50
かつて「名無し」時代に、上の「234」で紹介した
高橋誠さんの「フランク・ハーバート著作一覧」によると、
翻訳されている短編(同人誌その他は除く)は:
「メリー・セレスト移動」The Mary Celeste Move
『世界カーSF傑作選』深見潤訳(講談社文庫)所収
「内なる殺人者」Murder Will In
深町眞理子訳:SFマガジン174号
「停戦」Cease Fire
関口幸男訳:SFマガジン175号
の3編だけのようですね。
ジャンプドア・シリーズを構成する4作品(長編2、短編2)
でも、訳されているのは長編2作だけですものね。
ちなみに、いわゆる「BuSab」(サボ局)シリーズの
残り原文タイトルは
"A Matter of Traces"と"The Tactful Saboteur"です。
いずれも、"EYE"という短編集に収録されています。
たぶんこの本がいちばん入手しやすいと思います。
「停戦」はデューンの作者とは思えない50年代的アイデアストーリイだよね。
「内なる殺人者」はデューン以後の作でもあるし
晦渋なヴォークト(=ジャンプドア)といった印象。
「メリー〜」は持ってるけど未読。
デューンだけでなく、短編ももっと訳してほしいなあ。