705 :
蛇の…… (1):
異教の者どもの捕われ人になってから、どれほどの時が経っただろう。
彼らは私の身体を傷つけることはないと誓った。
「でも、あなた方には、誓う神はいないのですよね? そしてこうして
ムーア教の巫女を閉じ込めることも、罪ではないと思っている」
「いいえ。いかなる宗教の信者であっても、人権を制限すべきではないと
いうのが私たちの信念です。しかし、あなたが知っていることを話して
くれないと、大勢の人たちが命を落とす可能性があります。そしてその
中には、罪のない子どもたちも含まれるのです」
誰が好き好んで幼子の命を奪おうなどと思うものか! だが肉体の死、
それよりも恐ろしいことは、永遠の地獄の業火に魂が焼かれることだ。
私は不毛な議論を避けて黙って食事に手をつける。次に待ち受けている
ことを思うと食欲もなくなるが、教えに背くことになるので、出された
食物は残すわけにはいかない。
そして数刻後――
「ああ……」
自分が情けない声を発しているのがわかった。
黒い蛇または蚯蚓のような長い紐が、排気孔からいくつも這い出してくる。
それらが、くねくねと動きながら私の側へと迫ってくる。悪夢のように、
何本も、何十本も、いや何百本も。
「いやっ、来ないで」
逃げようとするが、足がもつれる。そうでなくとも、広くはない部屋の中、
逃げ場所はない。床を埋め尽くす〈蛇〉の群れを必死で避けているうちに、
たちまち部屋の隅へと追い詰められる。
706 :
蛇の…… (2):04/11/14 22:58:52
〈蛇〉たちには、巫女の肌に触れることは禁忌であるという概念はない。
手に足に絡み付いてくる〈蛇〉の、ぬめぬめとした感触に鳥肌が立つ。
必死に身体を縮めて防御の姿勢を取るが、腕や脚に巻き付いた〈蛇〉は、
容赦なく身体を開かせようとする。曲げていた腕や脚がいったん力任せに
〈蛇〉によって伸ばされると、再びそれを閉じる力はない。
顔や首筋のあたりを這いずりまわる〈蛇〉もいれば、襟ぐりから入り込み、
背中や胸に直に触れてくる〈蛇〉もいる。
「やめて、お願い……やめて……」
「大丈夫なのか、これ……」
「まあ安全性は保障済みというか、民間で散々使用されている実績がある
からな。主に別の用途ではあるが。人体の微妙な変化を検知する高機能
センサー内蔵、複雑な動きはコンピュータによる全自動制御ってやつだ」
「法的にどうかという問題と、外部に話が漏れたら何と言われるかという
問題はあるがな」
「もう他に方法がないんだ。言葉による説得も自白剤や催眠による誘導も
失敗――教団の奴らの研究と対策が我等の上をいっていたということだ」
「かと言って、痛みによる拷問は、法的にグレーどころか完全に黒だ。
第一その方法では、口を割らせる前に彼女を殺すことにもなりかねない。」
「ムーア教の信者の痛みに対する我慢強さは驚異的だからな。調査報告
によると、幼い頃から痛みに耐える訓練を重ねるそうだが……うっ、何だ、
あれは?」
707 :
蛇の…… (3):04/11/14 23:01:09
もはや身体中に絡みついている〈蛇〉たちの先端がぱっくりと二つに割れ、
そこから紅い舌がはみ出していた。どの〈蛇〉も一斉に、〈蛇〉の絡みついて
いない、むき出しの肌の部分を舐め回し始めていたのだ。
「あんなオプションも設定したのか?」
「いや、あれは標準機能。何というか、その、穴への挿入と、万一を考えて、
首への巻き付きだけはオフにしといたんだが」
〈蛇〉たちが、首筋や耳や唇にチロチロと舌を這わせている様子がモニター
越しに見て取れた。着衣の下の部分も、あちこち似たような状況だったろう。
彼女の白い肌が紅潮していき、うっすらと汗をかきだした。
「浄化計画の日付は? 拠点はどこだ?」
「知らない……お願い、放してよ……」
訊問する側は、女を哀れに思う気持ちと、何とはなしの後ろめたさと、知らず
こみあげてくる別の感情と闘いつつ、やはり汗をにじませながら、必死で質問
を繰り返す。
「浄化計画の日付は? 拠点はどこだ?」
「駄目よ、言えない……ああ、もう許して。お願い……」
口から漏れる声はどんどんと切なげになっていき、眉間の皺はより深くなって
いった。
「もう、だめえええっ、気が狂っちゃう!」
それを最後に女は落ちた。
708 :
蛇の…… (4):04/11/14 23:03:33
「装置は完全に停止させるのか?」
「ああ、もう聞き出せることは全て聞き出したし、となると装置からは解放して
やらないと、人道上、問題があるだろう」
「……ここで、止めてしまうのは、人道上問題じゃあないのか?」
「それはあるかもしれないな。でも、あの装置の商品名からして〈蛇〉なんだし」
「だから?」
「生殺しもしょうがないということで」