04月14日付
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■《天声人語》
投票所は、異様な雰囲気に包まれていた。20XX年、選挙史上初めての「マイナス
投票制度」が導入されたのだ。
一票の使い道が激変した。当選させたくない候補に対して、マイナスの一票を投じる
ことが認められた。プラスとマイナスの票を合算したのが最終得票となる。20世紀の
末ごろから下がり続けた投票率は20%を切ることもしばしばだった。不投票に対して
罰を用意している外国の例も検討されたが、生ぬるいと、この制度に踏み切った。
こんなにも有権者は「マイナス投票」を待っていたかと驚くほど、投票所はにぎわい、
迷子まででた。投票率は、軒並み前回の倍以上に跳ね上がった。
喜びかけた選管を打ちのめしたのは、開票後の各地からの報告だった。圧倒的と見ら
れていた候補にはマイナス票も集中し、差し引きで1千票ほどしか残らなかった。
プラスの投票が極端に少なかった所では、マイナス1万票の知事が誕生した。
昨日、現実の投票所の一つである東京の小学校では、満開の八重桜の下で淡々と投票が
進んでいた。汗ばむほどの陽気のせいか、投票用紙に向かっていて、ふと「マイナス投票」
を夢想した。
選挙では、積極的に当選させたい人をというのではなく、「より悪くない人」を選ば
ざるを得ないこともある。度重なれば、足も遠のきがちになる。昨日の東京や神奈川の
知事選のように、有権者の半数以下しか投票しないような選挙も増えた。
もちろん、制度としての「マイナス投票」は劇薬だが、夢想した人も少なくはないのではないか。