34 :
人間七七四年:
島津も毛利も兄弟仲がむちゃくちゃ悪かったが
北条は強大過ぎる敵たる謙信の前に一致団結して防衛しなきゃならなかったゆえ兄弟が協力していた。
しかし謙信が死ぬや組織は弛緩し小田原征伐をもって国人一揆連合体質ゆえの利害対立が克服できなくなっており小田原評定で瓦解。
まあ伊達や龍造寺や長宗我部も子供を有力国人に与えて家臣化していって拡大してるから子供が多いのは強み。
ただ国人を肥大化するかたちで家臣化していっても支配力が緩くて
国人の独立性が維持されたまま官僚化できない封権的大名のままだと内乱や内紛を誘発したり離反して外部勢力を呼び込み、
改革失敗や危機に無策で結論出ずで結局破綻する。
まあ中央から離れた辺境は放置されるが。