422 :
人間七七四年:
徳川家光の御世の事
有る時伊達政宗、江戸城において御酒をいただいたことがあった。
で、これが政宗だから飲む。遠慮なくどんどん飲んじゃう。で、とうとう泥酔し
そのまま寝転がる始末、将軍御前で。もう回りはヒヤヒヤである。
しかし家光、政宗には甘い。すっかり熟睡した政宗を起こさないよう、上意によって、
普段なら下乗場までしか入れない乗物を玄関先まで入れさせて、政宗を帰らせた。
これは急病人への扱いであったそうだ。
しかして、ただでは起きないのが政宗である。
彼は思った。「先例、ゲットだぜ!」
政宗、次から出仕する度に、下乗場で降りずに乗り通り、玄関まで直接乗り付けた。
これに下乗場の番士たちは抗議をするが
「先日、公方様からお許しのあったことだ、苦しからず!」
そう言っててんで相手にしない。
この事を百人番の頭、横田次郎兵衛が聞くと、大いに立腹し
「我々が当番のとき、政宗がもし乗り打ちしようとすれば、かまわないから与力同心ども
立ち出でて、政宗の乗物を打ち砕け!そのときは私が下知をする。決して引き下がってはならんぞ!
後で万一、政宗が申し立てて御咎めという事になれば、私一人が腹を切り、お前達には決して
責任を取らせない!安心して打ち砕くように!」
番士たちが熱い心で待ち構えている所に、今日も政宗、乗物でやってくる。
が、政宗、流石は歴戦の武将。番士たちの様子が違う事を、いち早く見て取った。
「ははん、さては実力行使と来たか。だがその手には乗らぬぞ?」
政宗この時、下乗場で乗物を止めさせ、そのまま降りた。
気の張っていた番士一同を、見事にスカしたわけだ。
そうして番所の前で横田の方を見て
「そなたがここの大将か。
年寄りの政宗なのだ。乗物のまま通しても良いだろうに?
まあ、こんな所で気張って仕事に励むより、一度うちに遊びに来い。
旨い酒を、飲ましてやるぞ?」
そう、笑って通り過ぎたと言うことである。
これに人々は、「横田も横田だし、政宗も正宗だ。」と、半ばあきれて言いそやしたそうである。
いつまでたっても悪ガキな、伊達政宗のお話。