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名無しさん@3周年:
>>121 「外資の森林買収」の真偽」 (田中敦夫著 『森林異変 日本の林業に未来はあるか』 平凡社 2011年)
二〇〇九年頃から一部のマスコミが立て続けに取り上げる話題は、「外資が日本の山林
を買収している」「日本の水源を中国人が買い占める」というものだ。
その内容は、日本の山林を水資源目的に外資(主に中国人)が買い占めている、という
のだ。このままでは日本の国土が外資に占有されてしまうと危機感を煽り、放棄された山
林は公有化するべきという論を展開している。その影響力は少なからずあり、多くの文化
人がこの筋に沿った発言をするようになった。
実は私も、以前から中国人が山を買いに来ているという噂は聞いていた。だから意外感
はほとんどない。ただ現在の論調の大本をたどると、東京財団が出したレポートに行き着
くのだが、一読すれば、まったく箸にも棒にもかからない。なぜなら、肝心の「外資が日
本の森を買収したケース」が一例も示されていないからである。
にもかかわらず、噂話だけを羅列し、さらに外資による一般企業買収などの例を掲げて
日本の森が危ないと強調する。目的は脈絡なく「水源狙いだ」と断じる。
何から何まで推測で成り立っているレポートなのだ。
そもそも、外資が日本の森を買う理由がいい加減だ。木材狙いという説は、売買対象に
なった山に十分な木がなかったり、雑木林だったりするからあり得ない。仮に売れそうな
木があっても、道がなければ伐採や搬出は難しい。本当に木材が欲しければ、市場で購入
する方が簡単だ。すでに日本が輸出する木材は、取引額で100億円レベルに達している。
主な輸出先は、韓国や中国。素地はあるのだ。
水資源狙いという説も噴飯ものだ。河川から取水するのは、複雑な水利権があるから無
理なので、地下水の汲み上げを指摘している。しかし、水源林の地下に水は期待できない。
水は山塊に広く薄く分布し、山麓部で集まって太い水脈になる。汲み上げ適地は奥山では
なく山麓なのだ。事前に地質調査もせずに地下水を汲み上げるのは不可能である。
そもそも地下水を汲み上げるため井戸を掘るのなら、数百坪程度で十分。広大な森林を
買収する必要もない。
>>167 世界的に水ビジネスが盛んになっているという指摘もあるが、大半が上下水道整備(水
の浄化や水道網の構築など)であって、水そのものの売買ではない。世界的に水不足が深刻
なのは事実だが、日本で汲み上げた水を海外に運んで水道や農業用水に供するのは無理だろう。
せいぜいミネラルウォーターとしての飲用しか考えられない。だが、それなら山を
買う必要は何もないのである。
なお日本の降水量は世界有数だ。潜在的な水資源は年間2000億トン以上にのぼる。
そのうち利用可能量が何%か計算するのは難しいが、水が尽きる心配はほぼないだろう。
すでに中国は、日本のミネラルウォーターを源泉から購入している。だが、それを問題視
することもない。ちなみにミネラルウォーターでは、フランスのエビアン水やボオルヴィ
ック水が有名で、日本をはじめとして世界中に輸出されているが、そのために水源が涸れ
たとは聞かない。むしろフランスの重要な輸出品となっているのである。
そのほか、自衛隊基地の近くにあるから監視や攻撃用だとか、中国人の入植用ではない
かなど荒唐無稽な声が飛び交っている。もう少し理性的に考えてほしい。
とはいえ、成金の外国人が、日本の山林価格が下落していることを知って、興味を示す
ケースもあるだろう。個人的な投資対象もしくは将来のビジネスチャンスと考えて、先物
買いしておこうと考える人物や企業が現れてもおかしくない。私自身も、そうした案件は
耳にしている。問題は、その目的だ。
北海道の倶知安町で五七ヘクタールの森林が香港資本によって買収されたという報告が
ある。ほかにもニュージーランドやイギリス、シンガポールの会社が近隣の土地を買収し
ているという。ただ倶知安町はニセコ町に隣接し、リゾート地に近い。面積から言っても、
森林の買収というよりリゾート用地を購入したというのに近い。近年は、低緯度地域や南
半球の国々で、北海道は人気だという。
>>168 北海道の倶知安町で五七ヘクタールの森林が香港資本によって買収されたという報告が
ある。ほかにもニュージーランドやイギリス、シンガポールの会社が近隣の土地を買収し
ているという。ただ倶知安町はニセコ町に隣接し、リゾート地に近い。面積から言っても、
森林の買収というよりリゾート用地を購入したというのに近い。近年は、低緯度地域や南
半球の国々で、北海道は人気だという。
全道では八二〇ヘクタール以上の土地が外国人名義になっていた調査結果も出ているが、
分散していて、たいていが別荘地やリゾート近隣の小面積。土地を購入した中国人に直接
話を聞いた証言によると、購入理由は「景色がいいから」であった。美しい土地を目にし
たので欲しくなって買い取った、というのだ。中国では、個人が土地を所有することが認
められていない(利用権のみの貸借)ため、金持ちは財産の分散を兼ねて海外に土地を所
有したがるとも言われている。その理由を信じるかどうかはともかく、おどろおどろしい
陰謀の気配はない。
日本人もバブル景気の際には、アメリカをはじめとして世界中の不動産を購入した。経
済がグローバル化する中で、よく起きる現象だろう。むしろ資本(土地)の流動化は、経
済活性化に欠かせない。
なお、木材資源として購入するケースもなくはない。五島列島の中通島では、中国企業
が8ヘクタールの山の立木を購入して、一部を伐採した。これは捨て値で購入したとい
うが、日本人が手をつけなかった山を購入したものだ。日本の木材がビジネスになるか試
てみたのかもしれない。ただ伐採・搬出に加えて、船への積み込み、そして輸出手続きなど
を考えると採算を合わせるのは大変だろう。すでに日本の企業が試みて行き詰まっている
のが実情である。
記事が幾度も世間を賑わすと、不動産業界では山林ブローカーが壽く。私のところにも
某山村地域に「香港系のファンドが、1ヘクタール1000万円で買うと言っている」と
いう仰天価格の話を持ち込んできた情報が届いている。通常の100倍近い価格だ。おそ
らくそのブローカーは、新聞記事やテレビで得た情報を口にしたのに違いない。もちろん
その後、音沙汰なしだ。
>>169 森林を多く所有する某会社にも、この手のブローカーが話を幾度も持ち込んで来るそう
だが、肝心の買い手が現れたことはない。不動産の世界では、噂話をバラマキながら関係
者の反応を見るのは日常茶飯なのだという。彼らは取引の幻影をまき散らしつつ、仲介手
数料などを名目に利益を得ることをもくろんでいるのだろう。
ところで興味深いのは、外資が買ってくれるなら売りたいという森林所有者が少なくな
いことだ。「外資の森林買」がニュースになるごとに、「うちの山も、その外資に買って
もらえないか」という問い合わせがあるという。
その背景には、森林を処分したがっている所有者が潜在的にかなり多いことを物語って
いる。もし高値で買ってくれるなら、それが誰であろうと気にしない。その理由は、森林
経営の後継者がおらず将来に展望を持てない山主が増えているためだろう。林業を自分の
代で打ち止めにして、財産を処分する感覚なのだ。
「外資の森林買収」を警告するニュースが流れれば流れるほど、「外国人でもいいから森
林を売りたい」という声が増えるとは皮肉である。
田中敦夫著 『森林異変 日本の林業に未来はあるか』 平凡社 2011年 p134〜139