官僚によるマインドコントロール()捕鯨問題-10’

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278名無しさん@3周年
っていて、現地人の視点でこの問題を考えるところからは程遠いのである。26) ちなみに田島健二によれば、ジョイは現地ではきわめて評判が悪かったのに対し、ジョージは非常に良かったという。27) 夫と妻へのこの正反対の評価は、二人の資質の差を浮き彫りにしていると言
えよう。F. ジョージは妻をどう見ていたのだろうか。最初の自伝で、彼はジョイが古代アフリカ人の墳墓をあばく仕事に熱中するあまり現地人をこき使い、反乱を起こされかけたという思い出を書いている。28) また二度目の自伝では次のように述べている。
ジョイはその性格に、相手を切り捨てようとする残酷さを秘めていた。(…)彼女はいかなることにせよ反対されることを嫌った。(…)ジョイが死んだあと、〔彼女の親友〕ジュリエットはジョイのことをこんなふうに書いた。つまり、ジョイはそのすべてのきわだった業績に
もかかわらず、本当のところは常に子どもだった、というのだ。わたしはそのとおりだと思う。/(…)ジョイはチーターについての新しい本『いとしのピッパ』を書きはじめていた。そしてそのころ彼女は、イアンバシャ湖畔の自宅にやってくる動物たちに、すっかり夢中にな
っていた。庭にはいろいろな動物がやってきたが、その動物たちに接する時の彼女の忍耐強さは、人間に対する気短さとはまさに対照的だった。29) 先に述べたように、ジョイは二度の離婚をへてジョージと結ばれている。そのジョージとも一時期離婚話が出た。30) 育った家庭
環境も両親の離婚により不安定であった。ジョイは自伝の中で、アフリカと関わりを持つ人間を二種類に分類している。保守的で、欧米での生活とは全然環境が異なるアフリカにうまく順応できない人間と、逆に欧米では挫折を味わってきたためにアフリカでの自由な生活に酔い
しれてしまう人間とがいる、というのだ。31) 自分自身は後者に属する、と言いたかったのだろう。ヨーロッパに生まれながらアフリカに長年暮らし、人間より野生動物と付き合うことを好んだ女性――それがジョイ・アダムソンだった。それは別段非難されるべきことではない
。ただ、彼女の生涯と仕事に意味を与えるときには注意を払わなければならないというだけの話である。彼女が原住民に殺されたという事実から単純に類推して、彼女が原住民に抑圧的な人間だったからだ、という論調がある。A.で引いた奥山記者の文章にもそうしたニュアン