官僚によるマインドコントロール()捕鯨問題-10’
んだ」という自己欺瞞をでっち上げるための方策に過ぎないのであるが、それは措くとして、鯨を敬愛する人間は自分で勝手に敬愛していればよく、他国や他民族の鯨との付き合い方にくちばしを差し挟む権利はないはずである。ところが捕鯨問題とは、鯨を「
敬愛」する人間が、他国他民族の鯨を食べる文化習慣を攻撃したところに端を発している。IWCの救いがたい運営もそこから来ているのだ。反捕鯨派とは自分の意見を世界規模で押しつけ、「文化の多様性」を根絶やしにしようとする人間のことである。それ
を批判しないでどうして「多様性」が保たれるのだろうか。朝日は物事の核心部分がまったく見えていない。しかし事はこれで終わらなかった。さらに悪質な記事が載ったのである。科学部次長・石田裕貴夫によるものだ。石田は捕鯨に関して2度署名記事を書
いている。最初はIWC総会の前に「ミニ時評」欄に載せた「捕鯨をめぐる論争・何も決めないIWC」である(5月9日)。まず捕鯨論争を概観し、IWCは捕鯨派と反捕鯨派の対立で何も決まらない国際会議になっていると述べた後、「今年も何も決まらない
だろうが、商業捕鯨にこだわり続ける日本の姿勢は現実から目をそむけているとしか映らない。クジラで国のイメージをずいぶん損なっている」と結論づけている。右の記述からして石田の指向性は明らかだが、「今年も何も決まらないだろう」という予測は見
事にはずれ、総会は南極海の鯨聖域案をごり押しで通してしまった。つまり、彼はどうも反捕鯨派の事情に通じているわけでもないらしい。物事をよく知らないまま、状況に流されてきれい事を言う性格なのだ。それは聖域案が通った後、6月1日に「主張・解説
」欄に載せた長めの記事から明瞭に見て取れる。「クジラとプルトニウムが映す日本」というタイトルで、要はプルトニウム利用と捕鯨に固執する日本は「環境保護、核軍縮の世論」に逆らうものだ、というのである。プルトニウムと捕鯨を並べるのもずいぶん
乱暴な話だが、要は日本を叩くネタを並べればもっともらしい記事になると思っているのだ。第一、「核軍縮」を言うならまず核兵器を所持している米英仏等の反捕鯨国を叩くべきで、兵器としての核を持たない日本を「核軍縮の世論」に反しているとするのは