官僚によるマインドコントロール()捕鯨問題-10’

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259名無しさん@3周年
界でもっとも深刻な環境問題は「酸性雨被害とゴミ問題だ」と断言している。無論、環境問題には様々な側面があり、ある面で優れているから万事に良好とは言えないが、すでに述べたように問題を正面から扱わずに周縁に逃げているということからしても、別段
環境対策の優等生でもない外国が日本に抱く「不信感」を強調せざるを得ないところからしても、石の反捕鯨論の苦しさが分かろうというものだ。第二段落以降の主張だが、そもそも捕鯨国でもアイスランドなどは決して裕福とは言えないのである。もしそれでも
『必要ない』から捕鯨をやめろというなら、まずアメリカのイヌイットの捕鯨中止をなぜ主張しないのか。しかもイヌイットの獲っているホッキョク鯨は資源量が極めて少ないというのに。世界一裕福な国が資源量の少ない鯨を獲るのをまずやめるべきだとは、反
捕鯨派はなぜか決して言わないが、この二重基準が石の主張にも明瞭に現れている。反捕鯨派とは、どうやらアメリカの精神的奴隷らしい。そもそも、「満ち足りているから鯨は捕るな」という言い方は、「鯨を捕るのは好ましくない」という前提条件がないと成
り立たない。捕鯨国は資源量が十分である限りは鯨を捕るのが好ましくないとは全然思っていないのだから、石のこの主張は、先に批判した神谷と同じく論点先取の論理的誤謬に陥っている。反捕鯨派の非論理性はどうやら骨髄まで染み入っているらしい。
87年に彼が書いた反捕鯨記事にも触れておこう。 7月21日付け「変曲点」というコラムであるが、その主張は次のようなものだ。「著者は長いこと捕鯨問題に関心を持って欧米のさまざまな捕鯨反対グループと接触してきた。以前は、確かに非常識といっていい極
端な主張も一部にはあった。しかし最近は聞いたこともない。」「米国のカリフォルニア沖やハワイ沖などには、毎年のように何百というマッコウクジラやコククジラが回遊してくる。それを何万という人が、観光船でウォッチングに出かける。クジラには名がつ
けられ、市民の一員として愛されている。」「日本は、一方で、膨大な肉を残飯として捨てながら『クジラは日本人の重要なたんぱく源』といい、『捕鯨は日本特有の文化だ』と叫び、『〈科学的根拠〉からしてあと何頭殺せるはずだ』と、いい立ててきた。いよ