チベットのビンラディン
中国に関する論争がAMLで交わされた時、[AML:2763]で紹介された写真です。
http://www.american-buddha.com/asecretwar53a.jpg 彼が、インド軍の将校と一緒にジープに乗って、秘密チベット人部隊(SFF)兵士を閲兵している写真です。
愛と平和を語るあの穏やかな笑顔と同じ顔で、武装したチベット人兵士たちをうれしそうに見ています。
中国がチベットに軍事侵攻したためインドに逃れたダライ・ラマ14世は、「敵の敵は味方」の論理に従い、
1950年代半ばから1970年代半ばまで、中国と対立していたアメリカの軍事援助を受けて、
対中武装闘争を指揮していました。
彼の命をうけて多くの亡命チベット人がアメリカで軍事訓練を受け、チベットに潜入し、中国軍と戦いました。
秘密チベット人部隊の記念撮影
http://www.american-buddha.com/asecretwar50a.jpg 彼らはアメリカ製の武器と軍服に身を固めています。
こんな子どもまでもが軍事訓練を受けて、中国軍と戦いました。
http://www.american-buddha.com/secretwar3rd-2.jpg 中国政府から見れば、ダライ・ラマ14世は、オサマ・ビンラディンと同様の「テロリスト」に他なりません。
この武装闘争はアメリカが期待したほどの効果を収めることはできませんでした。結局、キッシンジャー
国務長官の反対とニクソン訪中で、ダライ・ラマ14世に対する軍事援助は打ち切られ、対中武装闘争は
中止されました。
この武装闘争に関して、ダライ・ラマ14世やチベット亡命政府(ペマ・ギャルポ氏など)は一切
語っていません。彼の本(例えば(中公文庫「チベットわが祖国」) や、
チベット亡命政府のHP
http://www.tibethouse.jp/cta/ にも一つも書いてありません。
武装闘争を指揮したという過去を封印して、彼はチベット独立運動や平和、宗教運動を行っています。
私はダライ・ラマ14世のあの穏やかな笑顔に隠されたもう一つの顔を知って以来、彼を無条件で
支持できなくなりました。