国民の為になる魅力的な政策をお願いするスレ

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197π@Gabrielle ◆mpMcLXSHeI
例えば、電車で席を譲る度に50円取っていたら、病気で立ってられない極貧老人は電車を利用できなくなる。
夜中に発作を起こすたびに、有料ヘルパーに来てもらっていたら、老後資金はいくらあっても不安になる。
ナースコールの度に一回100円とられたら、白衣の天使から地獄の取立人にイメージが変わってしまう。
社会全体が、人的サービスを金で買おうとすればするほど、人の心は貧しくなり、生活費がかかるようになる。
つまり、愛情行為を換金する社会なので、人は豊かさを実感できなくなるのだ。
ボランティアだって、本当は、タダ働きを正当化させるための言葉ではない。

日本のボランティアの殆どは、小さな社会から追い出されないために強制されているのが殆ど。
小中学校の親の学校ボランティアだって、子供が学校でつまはじきにされない為に行く様なもの。
決して自発性を重視されたものではない。
むしろ、ボランティアという名のもとに、学校の雑用を国が親にタダでやらせている。本当は公務員にやらせ、給料を払うべき業務なのに。
学校ボランティアは、母親の働く条件を下げてまで、事実上強制されている。
あれは、各家庭の中で、女性の自立を阻んでいる。その証拠に、就労を邪魔し父親を強制的に何回も呼び出すシチュエーションを学校は作らない。
つまり、学校ですら、無償行為がいかに馬鹿馬鹿しいかを教えている。
経済的優位に絶対立てない母親。それを当然と考える夫。それを見て育った子供は、子供を作りたいとは思わない。
金を稼ぐ側に回らなければ、介護も含め、家庭内に発生するあらあゆるボランティアを背負わされるようになる。
しかも、金のなき者発言権無しという状態で。
年金制度さえなければ、母親が子育て段階から気をつけ、家族中がタダ働きの母親を省みる家庭になったのだ。
そういう家庭出身の夫を持てれば、妻は愛情行為だけで老後はある程度約束されたし、夫も妻を顧みた。
現在のように、家庭問題を持ちかけ、最終的に家庭内タダ働きボランティアを強いる妻が、疎ましく扱われることもなかった。
年金制度は、家庭も社会も老後も人間関係も全部壊した。
タダ働き愛情行為を一切しない利益に忠実な者だけの老後を約束した。