685 :
名無しの報告:
(たしかにわたくしがその木をきつたのだから)
(杉のいただきは黒くそらの椀を刺し)
風が口笛をはんぶんちぎつて持つてくれば
(気の毒な二重感覚の機関)
わたくしは古い印度の青草をみる
崖にぶつつかるそのへんの水は
葱のやうに横に外(そ)れてゐる
そんなに風はうまく吹き
半月の表面はきれいに吹きはらはれた
だからわたくしの洋傘は
しばらくぱたぱた言つてから
ぬれた橋板に倒れたのだ
松倉山松倉山尖つてまつ暗な悪魔蒼鉛の空に立ち
電燈はよほど熟してゐる
風がもうこれつきり吹けば
まさしく吹いて来る劫(カルパ)のはじめの風
ひときれそらにうかぶ暁のモテイーフ
電線と恐ろしい玉髄(キヤルセドニ)の雲のきれ
そこから見当のつかない大きな青い星がうかぶ
(何べんの恋の償ひだ)
そんな恐ろしいがまいろの雲と
わたくしの上着はひるがへり
(オルゴールをかけろかけろ)
月はいきなり二つになり
盲ひた黒い暈をつくつて光面を過ぎる雲の一群
(しづまれしづまれ五間森
木をきられてもしづまるのだ)