串の当て方

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12名無しさん@お腹いっぱい。
パソコンを買ったんだけど、インターネットの仕方がわからないんだ……、大学の
教室で真理子が友達にそう話しているのを則男は聞き逃さなかった。クラスで一番
の美人と言われ、同じクラスの男たちの大部分があこがれている真理子、だが、誰
一人として真理子を陥落せしめることには成功していなかった。実家のある熊本に
恋人を残してきているのだとか、お嬢様育ちで厳しく躾られているのだとか、みん
なが勝手な想像をしていた。中には荒唐無稽としか言いようのない噂もあったが、
清潔でセンスのいい服を着て、爽やかな笑顔を浮かべる真理子を見ているとそれも
強ち外れていないんじゃないか、と誰もをそういう気にさせた。
ルックスに絶大の不安を持つ則男も真理子に憧れている一人だった。以前、今時旧
98を買うほどの勇気を出して、デートに誘ったこともあった(実際のところ、則
男がボソボソしゃべるので、真理子には何の話かちっとも伝わっていなかった)の
だが、ごめんなさいの一言であっさり退けられていた。それでも、真理子への思い
は募った。自分の手の届かぬ存在なのだ、そう思えば思うほど、真理子が則男の心
を占めていった。則男にとって真理子と出会ってからの3年間は、毎晩、真理子の
名前をうわごとのようにうめきながら不潔な液体を放出し続ける3年間だった。
その真理子に近づくチャンスが遂にやってきたのだ、則男は勝手にそう思いこんだ。
そしてその顔と同じくらい歪んだ性格を存分に発揮して、真理子にぼそぼそと
言った。「それなら、ぼ、ぼくが設定してあげるよ。ぼ、僕はコンピューターには
詳しいんだ」突然、薄汚い男に話に割り込まれた真理子たちは困惑した。真理子の
友達が必死のフォロウをする。「いいよ、私たちで何とかするから。ね、真理子」
うん、真理子がぎこちない笑顔を浮かべてうなづく。誰がどうみても則男は歓迎さ
れていない客だった。だが、本人だけが気づかない。則男は真理子たちが遠慮をし
ているんだと信じていた。そして、脂ぎった顔にマラソンでもしてきたのかと思う
くらいの汗を噴き出させて、臭い息を吐きながら、妙に饒舌に、必死に主張した。
「だ、だめだよ。初心者には無理だよ。ゲ、ゲイツのさ、えっと、ウィンドウズは
不安定だよ。そもそもさ、プ、プロキシの設定とかできるの?プ、プロキシがない
と危ないよ。ウィルスがさ、やってくるんだよ。うんと、えっとノートン何とかっ
てあってさ、コンピューターウィルスから守るんだ。えっと、IPって知ってる?
これ抜かれると大変なんだよ。だからプ、プロキシなんだよ。大変なんだよ」
さっぱりダメだった。真理子たちには何の話をしているのかさえ、わからなかった。
その上、「プロキシ」で3回も、どもってしまった。則男はそれでも上手くやった、
と思っていた。そのせいで顔に浮かんだ薄ら笑いが不気味さを増幅していた。
「笹田君、気持ちはうれしいんだけど、多分、大丈夫だと……」「え、エリョしちゃ
ダメよ!ダイジョブじゃないよ!」興奮のあまり、外人がしゃべる日本語みたいに
なってしまった。おまけに大声だった。ニキビだらけの不潔としか言いようのない
顔面を汗一杯にし、手をバタバタと動かしながら何事かをわめき続ける姿は周囲の
蔑みの的だった。真理子たちは周囲の嘲笑をあびながら、こんな災厄に見舞われた
己の運命を呪った。「プロキシが危ないんだよ!真理子ちゃ、ごめん、み、み、
宮本さんはプロキシの怖さをわかってないよ!プロキシは恐ろしいよ……!」
なぜかプロキシが恐ろしいことになってしまった。そんなことにも一寸も気づくこ
となく、則男の演説は続いた。午後の大教室に魔王の薄気味悪い声が木霊した……。