本物の分子を指で操作できるiPadアプリ
2011年3月 8日
Lisa Grossman
新しいiPadアプリケーション『iTweezers』は、まるでゲーム『Angry Bird』等をプレイ
するかのように、本物の分子を画面上で操作できるアプリだ。
iTweezersに関する研究論文は、3月4日付けの『Journal of Optics』に掲載された。
主執筆者は、英グラスゴー大学の物理学者Richard Bowman氏だ。
このアプリは、光ピンセットを制御するためのインターフェースだ。光ピンセットは、
レーザー光を用いて微小物体を捕捉し動かす装置で、SF映画に出てくる「トラクター
ビーム」(物質を引き上げるビーム)に少し似ている。強力に集束されたレーザービームの
放射圧力を用いて、細胞やタンパク質などの微小物体をその場に固定したり、あちこち
へ動かしたりできる。
光ピンセット技術は特に生物学の分野でその真価を発揮しており、ウイルスからDNAまで
あらゆるものを捕捉、操作するのに用いられている。また記録上で最も小さい力の計測や、
DNAの二重らせん構造がほどける仕組みの解明、分子モーターが細胞内で物質を動かす
様子の観察などにも役立っている。
光ピンセットを発明したのは[1970年代のベル研究所の研究者らであり]、現在、米エネルギー
省長官を務めるSteven Chu(スティーブン・チュー)氏は[この関連研究によって1997年の]
ノーベル物理学賞を受賞した。
しかし、光ピンセットを用いた初期の実験では、ほとんどの場合、一度に1箇所にしか
ピンセットを使うことができなかった。「今までは研究者はふつうマウスを使っていた。
マウスは複数の物体を操作するのには向いていない」と説明するのは、ダーラム大学の
物理学者Gordon Love氏だ(今回の研究には参加していない)。
マルチタッチ式のインターフェースが誕生するきっかけとなったのは、Bowman氏とチーム
を組む英ブリストル大学の研究者たちが、幅約300ナノメートルという微小な棒状の物体
(ロッド)をコントロールする上で問題にぶつかったことだ。微小ロッドがひっくり返らない
ようにするためには、ロッドを一度に複数の箇所で固定しなければならなかった。
研究チームは2009年、紙の層にシリコーンゴムをコーティングしたものの上を指でなぞる
だけで、微小なガラスビーズを「ドラッグ&ドロップ」できるマルチタッチテーブルを作成
した。その装置は不格好ではあったが、だいたいは役に立った。しかしよりエレガントな
方式が見つかった。iPadだ。
「iPadが発売されたとき、われわれはまさにぴったりだと思った。ちょっと小さいがうまく
稼働する」とBowman氏は述べる。
Bowman氏らのiPadアプリでは、顕微鏡を通した画像を表示し、ユーザーの指が置かれている
場所の情報をコンピューターにワイヤレスで送信する。ユーザーはiPadの表面をタップすること
で、最大11個の異なる物体を選択し、ドラッグして物体を横方向に動かしたり、ピンチ・ズーム
機能を使って上下方向に動かしたりすることができる。
「使うのに楽しいし、視覚的にも魅力的だ」とLove氏は述べる。「私の小さい娘たちも、これで
遊ぶのが大好きだ。彼らは光ピンセットについては何も知らないが、素敵なものだと思っている」
(
>>2以降に続く)
▽記事引用元 WIRED VISION
http://wiredvision.jp/news/201103/2011030822.html ▽画像
http://img3.wiredvision.jp/news/201103/2011030822-1.jpg Video and image: Richard Bowman/University of Glasgow
操作の動画はソース記事でごらんください
(
>>1の続き)
細胞や分子に直接「触る」というこのシステムは、微細な世界を直観的に感じることを助ける
ものでもあるという。Bowman氏の研究室ではさらに、ジョイスティックを使って分子を操作
する方法も考案している。触覚フィードバックを用いたビデオゲームのように、分子が受ける
力をジョイスティックがユーザーの手に伝える仕組みだ。Bowman氏によると、捕捉した分子
の周りで水の分子が揺れている感触まで伝わってくるという。「物事がどう組み立てられている
か、その感触が伝わってくる」
理論的には、例えば自宅などの遠隔から研究室の分子を操作することも可能だが、今のところ
はグラスゴー大学研究室内部に限られている。
光ピンセットを用いた研究では、レーザー光を高倍率の顕微鏡に通し、それを、研究対象で
ある物体を載せたスライドに照射する。Bowman氏の研究室では通常、直径約2ミクロンの
ガラスビーズを使用しているが、これは捕捉が困難な分子の「ハンドル」として、多くの実験で
用いられているものだ。[分子に直径1μm程度の大きさのビーズ球を取り付け、そのビーズ球に
レーザー光を当て、ビーズ球を動かすことで、分子に力を加えたり、また、ビーズ球の位置を
観測することで、分子の位置を測定する]
レーザービームは、顕微鏡に通る前に、小型の液晶スクリーンで反射する。この反射が、ビーム
を分岐させて方向を調整し、一度に複数のビーズに照射させる。
液晶画面は、レーザー光を特定の方向へ屈折させるように作られたホログラムを表示する。
Bowman氏らがホログラムの作成に使用するアプリケーション『iHologram』は、『iTunes』で
手に入れることができる。
(記事ここまで)
▽関連記事
光ピンセット(ウィキペディア)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%89%E3%83%94%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%83%E3%83%88 『Journal of Optics』掲載のRichard Bowman氏の論文『Optical Tweezers An Introduction 』
http://iopscience.iop.org/2040-8986/13/4/044002/pdf/2040-8986_13_4_044002.pdf