「相補性とガイア理論」

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108ご冗談でしょう?名無しさん
ショーペンハウアーが言った言葉に次の様なものがある。
『我々の世界像は、知性が外から与えられる諸印象を、時間・空間・因果律の形式に
いなおすことによって形成される』・・・と。
つまりだ、君は時間と空間をすべる諸法則を知っているだろう。
ニュートン力学に始まり、量子論、そして相対論などだ。
これらの法則には、決定的なファクターが欠けている。因果律だ。
科学にはな、決定的な欠点というべきものがある。
私達の国・・・日本も含めたオリエントでは、例えば因果応報とか、輪廻とか呼ばれる
概念があるだろう。これらの因果律は、科学の目で捕らえることはできず、
したがって自然科学の特質から中に取り込めずにいたのだ。
この国では古来からそれらの因果律を自らの内的観察、もしくは直感に基づいて既に知覚していた。
因果律というのはな、原因系から結果系へと流れる、ある種の観念のことだ。
時間をも包含する系のことだ。・・・ま、とにかく因果律とはそういうものだ。
上流から下流へ流れる流体のように、因果律も考えることができる。電圧なんかもそうだ。
電位差の高いところから、低いところへと電流は流れるわけだ。因果律も同じだ。
原因系から結果系へと流れてきた因果律は、さらに下流の原因系となり、あたかも流体素片が
移動していくように伝達される。川の流れのように。そこで我々はその流体素片を、事象素子と名付けた訳だ。
因果律の流れとは、事象素子の川を渡って、因果律が伝達される事を言う。
事象素子というのは事象科学で光子の反物質、イマジナリー空間を走るフォトンと定義している。
事象ポテンシャルの高いところから、低いところへと流れる流体素片のことだ。拡張流体力学を当てはめる。
109ご冗談でしょう?名無しさん:2001/02/07(水) 10:14
並列世界とは、原因系から結果系が次々と生み出されていくその過程を意味する。
世界が次々と形成されていくってわけだ。原因系が存在している限りな・・・。
想像は難しいが、1つの木構造を考えて欲しい。あたかも根が土の中に張り巡らされるように・・・。
事象科学ではこの木を観念的にとらえることを要求する。「ブリンダーの木」と呼ばれるものだ。
原因系の事象に、あるファクターが与えられることにより、その下方には結果系の事象が成形される。
生成された結果系の事象は、さらにその下方にできるであろう事象の原因系となり、様々な事象を
生み出していくことになる・・・。その原因系の事象に別のファクターが与えられれば・・・
当然、その原因系から、違う結果系の事象を生み出すという事だな。しかし勘違いしてはいけない。
事象というのは時間のことではない。例えば、君が過去に戻ろうとした事象があるとする。
君がどのような行動を行なうかで、事象が様々に分岐する。君が過去に戻ったという事象・・・
そして戻らなかった事象だ・・・。時間をさかのぼったという事実も、この1つの事象に含まれてしまう。
時間をさかのぼったという歴史が、この「ブリンダーの木」に、単に記されるだけでしかない。
「ブリンダーの木」とやらは、黙々と事象を生成し続ける・・・人間が何をやろうとも。
時間をさかのぼることが、歴史を繰り返すことと同義でないのが、理解できたかな。
110ご冗談でしょう?名無しさん:2001/02/07(水) 10:14
歴史とは「ブリンダーの木」に記される事柄と、そう定義している。この宇宙のあらゆるものは、
事象をたどっていけば、同じ所へ帰すると言われている。ただ、どの程度のレベルまでさかのぼれば、
同じになるのかは、わからない。
かなり簡略化されたツリー構造を見たに過ぎないが、ある事象レベルを過ぎると、事象の連続化現象が
起きている。大局的に見て同じ事が、何度も繰り返されている。
文字どおり、歴史を繰り返しているという事だ。因果律の伝達速度と事象粘性が、ある比を超えたところで、
因果律の流れが不安定になる。これを因果の渦という。因果の渦とはある原因系が、因果律の流れにおいて、
それ以外の結果系からくるものを言うんだ。原因が・・・それ以後の結果から導かれるってこと。
原因系AがBを生成し、BはCを生成する。ところがCは再び原因系Aを生成する。
A→B→C→A→B→・・・と続いていく。あくまで簡略化したモデルでの話だがな。
細部はかなり複雑で、その挙動はカオス的だ。だが大局的にみて、渦をまいている。
何度も何度も、ほぼ同じ歴史を繰り返していると言える。この「ほぼ」というのは、因果にも慣性力が
働くということだ。ただ、積み重ねられ、繰り返されている歴史は、それを巧みに回避しているのだな。
その辺がかなり微妙なんだ。つまり、毎回毎回、危機的状況が生まれて、それを回避するという
歴史があるってこと。その繰り返しが行なわれている。