ちょっと変な忍者を報告するスレ21

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7静 ◆QqdN6I2Ba2po-静♪ (芋)
前スレ>>994(フランス)様

>> 上記は忍者個人個人の努力目標に類するものであり、必ずしも忍術行使の要件ではないと解釈しております
>これは、「スクリプト及びそれに準ずる荒らし」とは意思のある投稿も含まれるから、
>善意の投稿かどうかを考慮するのは、「忍者個人個人の努力目標に類するもの」にすぎず、
>レスの字面だけでコピペ・マルチかどうか判断して忍術行使してもよい
>と解釈してるということだと思います

いえ、そういうことではございません。
簡単に言えば、およそ意思の存在しない投稿などというものは存在しないということは賢明なるフランス様におかれましては十分に認識されておいでのことと思います。
私くしは、規制議論およびそれを準用している忍者のルールにおいて、それをどう判断し、どこで線引きをするのか?といった実際上の運用面のお話だと認識しております。
先に書きました通り、意思のない投稿は存在しないとの大前提に立った場合に、規制対象としての「意思」の存否を、純粋に投稿者の行為を投稿者個人を基準に考えるのか?
あるいは単に外形的に第三者を基準として考えるのか?で全く異なってまいります。
ですが、投稿者個人を基準として考えた場合に規制対象が理論上存在しない以上は、2ちゃんねるの規制議論における「スクリプト及びそれに準ずる荒らし」との文言は、
後者、すなわち外形的、第三者的に判断することが前提として定められたものと解釈することができます。
そして、それを前提として「スクリプト及びそれに準ずる荒らし」の解釈論として、それは機械的で意思のない投稿であり、意思のある投稿は含まれないというものが生きまれて
まいります。
その意味合いといたしましては、投稿者個人の心情、内面を基準に判断するのではなく、純粋に外形的、第三者的に判断した上で、意思が読みとれるものは除外すると言う
趣旨だと解釈できます。
ただこれには受け手の側の感受性や知識量、過去の経験値など様々な要因が複雑に影響するでしょうから、一律、一定の判断は現実的な運用上は望めません。
ですから私くしは、あえて「努力目標」なる言葉を用いた次第であります。