ミラーのホワイトデー(5)
あの人の部屋の前。
初めてここに立った。
心臓がドキドキする。
辛いはずなのに、悲しいはずなのに、それでもドキドキする。
頬が熱い。
顔中が熱い。
胸がはりさけそう。
ダメ…私は謝りにきたのに…!
そう思っても、心のどこかで期待してしまっていた。
あの人の微笑みを。
あの人の温もりを。
そして何より、あの人に会えることを…。
ミラーのホワイトデー(6)
止まらなかった。
止めようとしたのに、間に合わなかった。
気づいた時、私の右手は勝手に目の前のドアをノックしていた。
――コンコン。
その音でハッと我に返る。
でももう遅い。
「開いてるぞ」
中からあの人の声。
そして足音が近づいてくる。
頭の中が真っ白になる。
どうしよう…まだ心の準備ができていないのに…。
ミラーのホワイトデー(7)
カチャ。
ドアが開く音。
顔を上げられない私の目に、あの人の足が映る。
ぽん。
あの人の手が私の頭に軽く触れる。
「さくら…じゃないな。どうしたんだ?」
いつも通りの温かい声。
そして優しく頭を撫でられる。
やっぱり気持ちいい。
思わず顔を上げてしまいそうになる。
でも今の私にはその資格がない。
本当はあの人の瞳が見たいのに。
本当はあの人の笑顔が見たいのに。
本当は…。
あふれそうになる涙を必死にこらえた。
そして、深々と頭を下げた。
CCミラーたんさん、お待ちしておりました。ヽ(´ー`)ノ
ミラーのホワイトデー(8)
「あ…あの…ごめんなさいっ」
一生懸命に謝った。
そうしないといけないと思った。
だから、精一杯ごめんなさいを言った。
こらえていた涙が頬を伝い、床に落ちた。
それでも私には、謝ることしかできなかった。
「ごめんなさい…」
不意にあの人の膝が折れるのが見えた。
かがみ込んだあの人の目線が私の身長まで降りてくる。
そしてその大きな手が私の頬に触れた。
「何をそんなに謝るんだ?」
背の高いあの人の顔が、私の目の前にあった。
いつも見上げてばかりいたあの人の顔。
それが今、こんなにも間近にある。
とても心配そうな表情。
それは、いつもはさくらさんに対して向ける表情。
でも今は、それが私に向けられている。
「泣いてちゃわからない」
あの人の温かい指が、そっと私の涙をぬぐってくれた。
ミラーのホワイトデー(9)
優しさが伝わってくる。
こんな私に、こんなにも優しくしてくれる。
「どうしたんだ?」
あの人の声。
心が包み込まれるような温かさ。
なんて温かいんだろう。
あの人の優しさは、いつも私に勇気をくれる。
その優しさに甘えて、私は恐る恐る口を開いた。
「あの…チョコレートのこと…」
今にも消え入りそうな声。
でも、あの人はそれでわかってくれた。
「ああ、こないだのか。ちゃんとできてたぞ」
ぽんぽん。
頭を撫でられる。
え?
「良くできてた」
あの人が私に笑顔を向ける。
そしてすっと立ち上がると、大きくドアを開いた。
「あ、あの…」
戸惑う私を、部屋の中に導く。
私が困った顔を向けると、あの人は優しい笑顔で机の上を指さした。
ミラーのホワイトデー(10)
「これ、私の…」
振り返る私に、あの人が微笑みながら頷く。
そこにあったもの。
それは、ハートの形のチョコレート。
私があの人と一緒に作ったチョコレート。
私がありったけの想いを込めて作ったチョコレート。
でも…。
私がやったのは、チョコレートを冷蔵庫に入れるまで。
きれいなラッピング。
赤いリボン。
そして真っ白なメッセージカード。
これは…。
もう一度振り向くと、あの人はまた私の目線までしゃがんでくれた。
「いつもさくらのために頑張ってくれてるからな」
少し照れたような表情。
でも、その瞳は本当に優しかった。
笑顔で私の頭を撫でてくれる。
その心地よさに、私の頬が緩む。
あの人の顔がほころんだ。
ミラーのホワイトデー(11)
「そういう顔してろ」
嬉しそうにあの人が言う。
そういう顔…?
ちょっと小首をかしげてみる。
「泣いてるより笑顔の方がずっといい」
その言葉で、ようやく気づいた。
私…笑顔だったんだ…。
くすっ。
また、あの人が笑う。
少し恥ずかしかった。
でも、一度緩んでしまった頬はもう元に戻らない。
恥ずかしさと嬉しさが混じり合う、ちょっとはにかんだ笑顔。
それでも私はあの人にその笑顔を向けた。
あの人が、笑顔の方がいいと言ってくれたから。
泣いてるよりずっといいと言ってくれたから。
今の私の正直な笑顔を、あの人に向けた。
一月振りのご復活!!
ミラーのホワイトデー(12)
今なら、渡せるかもしれない。
この、ハートの形のチョコレート。
私が初めて作った、このチョコレート。
私の…想いの全て…。
あの日、誓ったこと。
きっと渡そう――そう誓ったこと。
今なら、私にもできるかもしれない。
思い切って、チョコレートを手に取った。
「あ、あの…これ…」
声が震えてる。
きっと顔は真っ赤。
逃げ出してしまいたいくらい恥ずかしい。
でも、勇気をふりしぼる。
ありったけの勇気をふりしぼる。
顔を伏せて、きゅっと目を閉じた。
ミラーのホワイトデー(13)
「これ…受け取ってくださいっ…!」
あ…。
言えた…。
ちゃんと、言えた…!
それが嬉しくて、思わず目を開けてしまう。
チラッと上を見上げると、そこにはあの人の変わらぬ微笑み。
「俺でいいのか?」
「あ…はいっ…」
慌てて目を伏せる。
そうしないと、恥ずかしすぎて言えなかったから。
でも、どうしても言いたかったから。
それは、最後に残った勇気を全部使ってやっと出せた小さな声。
伝えたかった、私の想い――。
「もらって…ほしいんです…」