ミラーのバレンタイン(1)
「なんやさくら、またチョコ1つ余計に作ってもうたのか?」
「ほえ〜なんでだろ?」
「ま、後でわいがもろたる。ほな、チャッチャと小僧んとこ行こか」
「さくらちゃん李くんにチョコレートを渡すの巻ですわ〜」
「ほえ〜恥ずかしいよ〜」
「ほなミラー、留守番頼んだで」
「お願いしますわ」
「ほえ〜」
あわただしくみんなが窓から出ていく。
私はいつものように小さく手を振って見送った。
窓を閉めると、私は小さくため息をついた。
また封印をといてもらえた。
またこうしてお留守番ができる。
また…あの人に会えるかもしれない。
嬉しかった。
でも…。
ミラーのバレンタイン(2)
今日は特別な日。
1年に1日しかない特別な日。
私はカード。あの人は人間。
でも今日だけは、今日だけなら許されるかもしれない。
ただのカードでしかない私。
でも、今日だけなら…。
ありったけの勇気で、あの人の胸に…!
想像しただけで頬が熱くなる。
胸のドキドキが止まらない。
でも、それはかなわぬ夢。
私にもわかっている。
第一、私にはあの人にあげるチョコレートがない…。
だから想像するだけ。
あの人にチョコレートを渡す私。
照れくさそうに、でも笑顔で受け取ってくれるあの人。
うつむいた私の頬にあの人の手がそっと触れ、
私はゆっくりと目を閉じる…。
そんな想像に頬を赤らめ、胸をドキドキさせる。
それだけいい。
それだけで私は幸せだから。
ミラーのバレンタイン(3)
机の上には、きれいにラッピングされたチョコレート。
さくらさんが1つ余計に作ってしまった、星の形のチョコレート。
ピンクのリボンがかけられ、透明な包みに入っているチョコレート。
私にもこんなのが作れたらな…。
ちょっとだけ、さくらさんがうらやましかった。
今日は部屋を出ないでおこう。
そう思った。
会いたいけど、今日だけはダメ。
今日が特別な日じゃなければ会いに行けるのに。
昨日や明日なら会いにいけるのに。
今日じゃなければ…。
そこでハッと我に返った。
いけない。
私はいつからこんなにも我が侭になってしまったのだろう。
カードとしてさくらさんのお役に立てることが一番の喜びなのに。
それなのに…。
せつなくて胸が張り裂けそうになる。
自分はカードとして失格なのかもしれない。
やっぱり…会いたい…。
そう思ってしまうのだから。
ミラーのバレンタイン(4)
コンコン。
不意にドアがノックされた。
「さくら、いるか?」
あの人の声。
あまりに突然のことで、とっさに声が出ない。
カチャ。
ドアノブが回される。
「入るぞ」
ドアが開きかけた。
「ダメっ」
私の口から出たのは、思いもかけない言葉。
開きかけたドアが、ピタリと止まる。
「さくら…じゃないのか?」
扉越しにあの人の声。
「…ごめんなさい」
思わず謝ってしまった。
でも謝らずにはいられなかった。
私はさくらさんじゃないから。
でもそれだけじゃない。
今日という特別な日に、私は何もあげられない。
今までたくさんもらったのに。
私もたくさんたくさんあげたいのに。
大好きなのに…。