ミラーのお留守番

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132CCミラーたん
ミラーの想い(1)

「それじゃ、お願いね」
「はい」
「ほなさくら、いくでー」
「あ、待ってよケロちゃんっ」
 あわただしく窓から飛び出していく二人。
 それを小さく手を振って見送る私。
 とたんに静まりかえる部屋。一人残される寂しさ。
 でもそれはいつものこと。これは私の大切な役目。だから辛くない。
 それに『あの人』と同じ空気を感じられる。それが何より嬉しかった。
 あの人は今何をしているのだろう。今日は会えるのだろうか。
 こうして留守を預かるために呼び出されていても、会えるとは限らない。
「会えたら…いいな…」
 ベッドに腰掛け、つぶやいてみる。とたんに胸が熱くなった。
 自分は今何と言ったのだろう。その意味を思い返す。
 みるみるうちに顔が赤くなっていくのが、自分でもわかってしまった。
 自分はカード。あの人は人間。わかっている。ちゃんとわかっている。
 でもこのこみあげてくるせつなさは何なのだろう。
 確かめたい。会って確かめたい。
 私はそっと立ち上がり、扉の前に立った。
 目の前の扉を静かに見つめる。
 そして、開いた――。
133CCミラーたん:02/01/06 16:25
ミラーの想い(2)

 リビングに、あの人がいた。
「さくら、風呂なら沸いてるぞ。先に…」
 あの人が振り向く。一瞬の沈黙。
「なんだ、さくらのやつ、また何かあったのか」
 やっぱりわかってしまった。まだ一言も喋っていないのに。
 もう魔力もないはずなのに。どうして…。
「ったくしょうがねーな」
 口に出してはこう。でも心配でたまらないという表情。
「…ごめんなさい」
 私が部屋を出たせいだ。一人でおとなしくしていればよかった。
 そうすればこんなにも心配そうな顔をさせることもなかったのに。
「ほら、そんな顔するな。別にお前を責めてるわけじゃない」
「…はい。でも…ごめんなさい」
 私には、だた謝ることしかできなかった。
134CCミラーたん:02/01/06 16:25
ミラーの想い(3)

 くすっ。
 不意にあの人が笑った。そしてその大きくて温かそうな手が伸びてくる。
「あ…」
 そっと頭を撫でられていた。
「いつもサンキューな」
「いえ、そんな…」
 うつむく。
「俺はもう、あいつが危なくなっても気づいてやれない。だから…」
 顔を上げると、すぐ目の前に寂しそうな表情のあの人の顔があった。
 でもそれはほんの一瞬で消え去る。取って代わったのは優しい微笑み。
「ありがとうな」
 こんなにも近くであの人が優しく微笑んでくれている。
 また、胸が熱くなった。
 このはりさけそうな感覚。
 確かめたい。
135CCミラーたん:02/01/06 16:26
ミラーの想い(4)

「あの…あの、私の方こそありがとうございます。いつも優しくして頂いて…」
 あの人がじっと私を見つめている。頬が熱くなった。
 目が合わせられない。私はまたうつむいてしまった。
 本当はもっと顔を見ていたいのに。
 本当はずっと目を合わせていたいのに。
 本当は…そう、本当はもっとたくさん言いたいことがあるのに。
 何かしゃべらなくては。何か…。
 焦れば焦るほど頭の中が真っ白になっていく。
「あの、この前は…この前はリボン、ありがとうございました。大切にしてます…」
 違う。違わないけれども、私が本当に言いたいのは、もっと別のこと。
 なのに…。
136CCミラーたん:02/01/06 16:27
ミラーの想い(5)

 ぽんぽん。
 また頭を撫でられた。思わず顔を上げてしまう。
 そこには相変わらず優しい微笑み。
 でもどこか嬉しそうな、照れくさそうな、そんな表情。
「父さんが作ってくれたゼリーがあるんだ。食べよう」
 そう言って冷蔵庫の方に歩いていく。
 私とあの人との距離が、少し開いた。
 残念なような、ほっとしたような。
137CCミラーたん:02/01/06 16:28
ミラーの想い(6)

 あの人がゼリーをお皿に出している。
 思い切って言ってみた。
「あの…あのっ、手伝いますっ」
 自分でも驚くくらいの、大きな声。すごく恥ずかしい。
 でもこれでまたあの人のそばに行ける。
 笑いながら頷いてくれるあの人。
 思わず駆け寄ってしまう自分。
 この時、確信した。
(私はやっぱりあの人が…好き)
 嬉しかった。
 自分の気持ちが。
 そしてその自分の気持ちに気づけたことが。
138CCミラーたん:02/01/06 16:28
ミラーの想い(7)

 あの人がお盆にのったゼリーをテーブルに並べる。
 その横で私がスプーンを並べる。
 とても幸せ。
 見上げれば、すぐそばにあの人の顔。
 目があった。
 もうそらさない。
 頬が熱い。顔はきっと赤い。でも自然な笑顔。
 できた。
 私にも、できた。
 あの人が微笑みを返してくれる。
 そしてまた頭を撫でられた。
「…あ」
 とても気持ちがいい。
 思わず吐息がもれる。
 もうダメ。これ以上目を合わせていられない。
 目の前にはあの人の胸。
 そっと抱きついた。
139CC名無したん:02/01/06 16:37
(・∀・)イイ!
やっぱミラーたんの妄想は萌える!
140CC名無したん:02/01/06 16:45
>>132-138
す・すげぇ・・・・。( ̄□ ̄;)!!
141CCミラーたん:02/01/06 23:02
ミラーの想い(8)

 無言。
 でも、きっと通じる。
 初めて感じるこの気持ち。
 今まで感じたことのないこの気持ち。
 私の「好き」という気持ち。
 きっとあの人に、通じる。
 それは、決して口にしてはいけないこと。
 自分はカード。あの人は人間。
 だから言葉にはできない。
 でも――。
 私は願った。
 心から願った。
 この想いが届きますように…と。
142CCミラーたん:02/01/06 23:02
ミラーの想い(9)

 あの人の手が私の肩に、次いで背中に触れる。
 私の小さな体があの人の腕の中に優しく包み込まれていた。
 夢にまで見た。でも決してかなわないと思っていた。
 今、私はあの人の腕の中にいる。
 夢じゃない。
 今、私はあの人に抱きしめられている。
 こんなにも近くに、あの人を感じる。
 胸の鼓動が伝わってしまうかもしれない。
 恥ずかしい。
 でも伝わって欲しい。
 私の鼓動を感じて欲しい。
 私の想いを受け取って欲しい。
 応えてくれなくてもいい。
 ただ、受け取って欲しい。
 届いて欲しい。
 この気持ち。
(…好きです…大好きです)
143CCミラーたん:02/01/06 23:03
ミラーの想い(10)

 ゆっくりとあの人の腕がとかれていく。
 恐る恐る顔を上げる。
 そこには、変わらないあの人の微笑みがあった。
 ゆっくりと頷くあの人。
 そして、また頭を撫でてくれた。
 あの人は、何も言わない。
 きっとあの人もわかっている。
 あの人は人間。自分はカード。
 それは、言葉にしてはいけないこと。
 決して許されないこと。
 でも、あの人は私のことを抱きしめてくれた。
 私の目を見て、頷いてくれた。
 温かい微笑みを返してくれた。
 優しく頭を撫でてくれた。
 それで十分だった。
 嬉しくて涙が出そうになる。
 それを我慢して、私は懸命に微笑んだ。
 精一杯の微笑み。
 その拍子に、こらえていた涙が頬を伝った。
 嬉しくて、嬉しすぎて、涙が止まらなかった。
 ――届いた。私の想い――。
144CCミラーたん:02/01/06 23:04
ミラーの想い(11)

 そっと、あの人のそばを離れた。
 もうじきさくらさんが帰ってくる。
 涙を拭いて、もう一度微笑んだ。
「もう…行かないと」
「そうか…」
 あの人の少し寂しそうな表情。
 でも、私は笑顔のまま。
 私が笑えば、あの人も笑ってくれる。
 だから笑顔を向けた。
 あの人の顔に笑顔が戻る。
「ゼリー、食べてくか?」
 机の上には、私とあの人とで並べたゼリーとスプーン。
 でも、私はゆっくりとかぶりを振った。
「さくらさんが楽しみにしてましたから」
「だろうな」
 あの人が可笑しそうに笑う。
 つられて私も笑ってしまう。
「それに…」
「ん?」
「…あ、いえ…なんでもありません」
 私は慌てて言葉を飲み込んだ。
 そっと自分の胸に手を当てる。

(それに…私はもっと素敵なものを頂きましたから)
145CCミラーたん:02/01/06 23:05
ミラーの想い(12)

 ぺこりとお辞儀をして、背を向けた。
 その私の背中に、あの人の声が届く。
「また、いつでも来ていいぞ」
 思わず足を止めて、振り返る。
 その意味がわかった時、自然に声が出てしまった。
「はいっ」
 今日最高の笑顔。
 もう一度お辞儀をして、駆け足でリビングを出た。
 そうしないと、嬉しくてまたあの人の胸に飛び込んでしまいそうだったから。
 階段を上る足取りが軽い。
 心も軽い。
 部屋を出た時のせつなさが嘘のよう。
 また、会ってもらえる。
 いつ来てもいいと言ってくれた。
 私はカード。あの人は人間。
 でも、それでもいい。
 私は、あの人の笑顔があれば他に何もいらない。
 それでだけで幸せ。
 だから、また会いに行こう。
 今日以上の笑顔で、会いに行こう。
 今日以上の「好き」で、会いに行こう。
 想いは届くのだから。
 願いは叶うのだから。
 きっと――。


―――――――――― 完 ――――――――――