ミラーの想い(1)
「それじゃ、お願いね」
「はい」
「ほなさくら、いくでー」
「あ、待ってよケロちゃんっ」
あわただしく窓から飛び出していく二人。
それを小さく手を振って見送る私。
とたんに静まりかえる部屋。一人残される寂しさ。
でもそれはいつものこと。これは私の大切な役目。だから辛くない。
それに『あの人』と同じ空気を感じられる。それが何より嬉しかった。
あの人は今何をしているのだろう。今日は会えるのだろうか。
こうして留守を預かるために呼び出されていても、会えるとは限らない。
「会えたら…いいな…」
ベッドに腰掛け、つぶやいてみる。とたんに胸が熱くなった。
自分は今何と言ったのだろう。その意味を思い返す。
みるみるうちに顔が赤くなっていくのが、自分でもわかってしまった。
自分はカード。あの人は人間。わかっている。ちゃんとわかっている。
でもこのこみあげてくるせつなさは何なのだろう。
確かめたい。会って確かめたい。
私はそっと立ち上がり、扉の前に立った。
目の前の扉を静かに見つめる。
そして、開いた――。
ミラーの想い(2)
リビングに、あの人がいた。
「さくら、風呂なら沸いてるぞ。先に…」
あの人が振り向く。一瞬の沈黙。
「なんだ、さくらのやつ、また何かあったのか」
やっぱりわかってしまった。まだ一言も喋っていないのに。
もう魔力もないはずなのに。どうして…。
「ったくしょうがねーな」
口に出してはこう。でも心配でたまらないという表情。
「…ごめんなさい」
私が部屋を出たせいだ。一人でおとなしくしていればよかった。
そうすればこんなにも心配そうな顔をさせることもなかったのに。
「ほら、そんな顔するな。別にお前を責めてるわけじゃない」
「…はい。でも…ごめんなさい」
私には、だた謝ることしかできなかった。
ミラーの想い(3)
くすっ。
不意にあの人が笑った。そしてその大きくて温かそうな手が伸びてくる。
「あ…」
そっと頭を撫でられていた。
「いつもサンキューな」
「いえ、そんな…」
うつむく。
「俺はもう、あいつが危なくなっても気づいてやれない。だから…」
顔を上げると、すぐ目の前に寂しそうな表情のあの人の顔があった。
でもそれはほんの一瞬で消え去る。取って代わったのは優しい微笑み。
「ありがとうな」
こんなにも近くであの人が優しく微笑んでくれている。
また、胸が熱くなった。
このはりさけそうな感覚。
確かめたい。
ミラーの想い(4)
「あの…あの、私の方こそありがとうございます。いつも優しくして頂いて…」
あの人がじっと私を見つめている。頬が熱くなった。
目が合わせられない。私はまたうつむいてしまった。
本当はもっと顔を見ていたいのに。
本当はずっと目を合わせていたいのに。
本当は…そう、本当はもっとたくさん言いたいことがあるのに。
何かしゃべらなくては。何か…。
焦れば焦るほど頭の中が真っ白になっていく。
「あの、この前は…この前はリボン、ありがとうございました。大切にしてます…」
違う。違わないけれども、私が本当に言いたいのは、もっと別のこと。
なのに…。
ミラーの想い(5)
ぽんぽん。
また頭を撫でられた。思わず顔を上げてしまう。
そこには相変わらず優しい微笑み。
でもどこか嬉しそうな、照れくさそうな、そんな表情。
「父さんが作ってくれたゼリーがあるんだ。食べよう」
そう言って冷蔵庫の方に歩いていく。
私とあの人との距離が、少し開いた。
残念なような、ほっとしたような。
ミラーの想い(6)
あの人がゼリーをお皿に出している。
思い切って言ってみた。
「あの…あのっ、手伝いますっ」
自分でも驚くくらいの、大きな声。すごく恥ずかしい。
でもこれでまたあの人のそばに行ける。
笑いながら頷いてくれるあの人。
思わず駆け寄ってしまう自分。
この時、確信した。
(私はやっぱりあの人が…好き)
嬉しかった。
自分の気持ちが。
そしてその自分の気持ちに気づけたことが。
ミラーの想い(7)
あの人がお盆にのったゼリーをテーブルに並べる。
その横で私がスプーンを並べる。
とても幸せ。
見上げれば、すぐそばにあの人の顔。
目があった。
もうそらさない。
頬が熱い。顔はきっと赤い。でも自然な笑顔。
できた。
私にも、できた。
あの人が微笑みを返してくれる。
そしてまた頭を撫でられた。
「…あ」
とても気持ちがいい。
思わず吐息がもれる。
もうダメ。これ以上目を合わせていられない。
目の前にはあの人の胸。
そっと抱きついた。
(・∀・)イイ!
やっぱミラーたんの妄想は萌える!
ミラーの想い(8)
無言。
でも、きっと通じる。
初めて感じるこの気持ち。
今まで感じたことのないこの気持ち。
私の「好き」という気持ち。
きっとあの人に、通じる。
それは、決して口にしてはいけないこと。
自分はカード。あの人は人間。
だから言葉にはできない。
でも――。
私は願った。
心から願った。
この想いが届きますように…と。
ミラーの想い(9)
あの人の手が私の肩に、次いで背中に触れる。
私の小さな体があの人の腕の中に優しく包み込まれていた。
夢にまで見た。でも決してかなわないと思っていた。
今、私はあの人の腕の中にいる。
夢じゃない。
今、私はあの人に抱きしめられている。
こんなにも近くに、あの人を感じる。
胸の鼓動が伝わってしまうかもしれない。
恥ずかしい。
でも伝わって欲しい。
私の鼓動を感じて欲しい。
私の想いを受け取って欲しい。
応えてくれなくてもいい。
ただ、受け取って欲しい。
届いて欲しい。
この気持ち。
(…好きです…大好きです)
ミラーの想い(10)
ゆっくりとあの人の腕がとかれていく。
恐る恐る顔を上げる。
そこには、変わらないあの人の微笑みがあった。
ゆっくりと頷くあの人。
そして、また頭を撫でてくれた。
あの人は、何も言わない。
きっとあの人もわかっている。
あの人は人間。自分はカード。
それは、言葉にしてはいけないこと。
決して許されないこと。
でも、あの人は私のことを抱きしめてくれた。
私の目を見て、頷いてくれた。
温かい微笑みを返してくれた。
優しく頭を撫でてくれた。
それで十分だった。
嬉しくて涙が出そうになる。
それを我慢して、私は懸命に微笑んだ。
精一杯の微笑み。
その拍子に、こらえていた涙が頬を伝った。
嬉しくて、嬉しすぎて、涙が止まらなかった。
――届いた。私の想い――。
ミラーの想い(11)
そっと、あの人のそばを離れた。
もうじきさくらさんが帰ってくる。
涙を拭いて、もう一度微笑んだ。
「もう…行かないと」
「そうか…」
あの人の少し寂しそうな表情。
でも、私は笑顔のまま。
私が笑えば、あの人も笑ってくれる。
だから笑顔を向けた。
あの人の顔に笑顔が戻る。
「ゼリー、食べてくか?」
机の上には、私とあの人とで並べたゼリーとスプーン。
でも、私はゆっくりとかぶりを振った。
「さくらさんが楽しみにしてましたから」
「だろうな」
あの人が可笑しそうに笑う。
つられて私も笑ってしまう。
「それに…」
「ん?」
「…あ、いえ…なんでもありません」
私は慌てて言葉を飲み込んだ。
そっと自分の胸に手を当てる。
(それに…私はもっと素敵なものを頂きましたから)
ミラーの想い(12)
ぺこりとお辞儀をして、背を向けた。
その私の背中に、あの人の声が届く。
「また、いつでも来ていいぞ」
思わず足を止めて、振り返る。
その意味がわかった時、自然に声が出てしまった。
「はいっ」
今日最高の笑顔。
もう一度お辞儀をして、駆け足でリビングを出た。
そうしないと、嬉しくてまたあの人の胸に飛び込んでしまいそうだったから。
階段を上る足取りが軽い。
心も軽い。
部屋を出た時のせつなさが嘘のよう。
また、会ってもらえる。
いつ来てもいいと言ってくれた。
私はカード。あの人は人間。
でも、それでもいい。
私は、あの人の笑顔があれば他に何もいらない。
それでだけで幸せ。
だから、また会いに行こう。
今日以上の笑顔で、会いに行こう。
今日以上の「好き」で、会いに行こう。
想いは届くのだから。
願いは叶うのだから。
きっと――。
―――――――――― 完 ――――――――――