俺は認めねぇ。

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1CC名無したん
俺は認めねぇ。
2武乱道 ◆UURYYYZmuk :03/05/23 02:41 ID:urpwMnd+
2ゲットするのは俺。それ以外は認めない。
3CC名無したん:03/05/23 02:41 ID:91edLJV6
俺が認める
4CC名無したん:03/05/23 02:41 ID:7xqaUNEB
うん。
5エ口 ◆q3KUSO60YI :03/05/23 02:45 ID:1Z1Ipsdo
>1
気持はわかります(涙
6CC名無したん:03/05/23 02:48 ID:mQynmHmm
       _
┌――─┴┴─――┐
│ セルフサービス .│
└―――┬┬─――┘
        ││   ./   
      ゛゛'゛'゛ /    
         /
     | \/
     \ \
      \ノ
71:03/05/23 02:56 ID:cnvNBdpS

  ( ・∀・)   | | ガッ
 と    )    | |
   Y /ノ    人
    / )    <  >__Λ∩
  _/し' //・(ノД`)・゚・/
 (_フ彡        /  
8CC名無したん:03/05/23 03:01 ID:FE9Pk3j+
おれも小学生しか認めない
9CC名無したん:03/05/23 05:44 ID:/bA/mzzm
なんで小学生はダメなんだ???
10CC名無したん:03/05/23 05:52 ID:oyVav8Bl
ウワァァ━━━━━。゚(゚´Д`゚)゚。━━━━━ン!!!!
11CC名無したん:03/05/23 20:13 ID:rhvmLWkl
おれも幼稚園児しか認めない
12CC名無したん:03/05/23 20:24 ID:FE9Pk3j+
絶対に小学生高学年までしか認めない認めない
13CC名無したん:03/05/23 20:48 ID:k7k1sSfy
貧乳なら厨房でもOKという、心の広いヤシはいないのか?
14CC名無したん:03/05/23 20:49 ID:FE9Pk3j+
>>13
そんなやつは認めない認めない
15CC名無したん:03/05/23 21:02 ID:vlbpbm8k
身長140cm以下で貧乳でパイパンで童顔の18歳以上の女はいないのか?
16冥土の眼鏡:03/05/23 23:10 ID:yuu4jv4D
>>15
漏れは身長170cm以上で胸筋でボーボーで老け顔の18歳以上だ!!





まぁ、そういうことだ・・・





17CC名無したん:03/05/24 14:51 ID:CV0Cx72C
俺も認めない
なぜみんな喜べる?

18名無しんぼ@お腹いっぱい:03/05/24 15:37 ID:oRgARE6X
>>17
オトナになっちまったからだよ。
19炉板通信 ◆mwhG4Chris :03/05/24 15:56 ID:iSg7y7D3
大人になったというのは
丸くなったということなのか、それとも素直ではなくなったということなのか
20CC名無したん:03/05/24 16:00 ID:9AVbgfyp
さくらたんもオトナになる…そして俺たちも。

それは止められないんだ…
21CC名無したん:03/05/24 18:49 ID:tIw9d+rR
大人になることや子狼とくっつくのは100歩譲ろう
しかしそれ以外が一番許せん
22サークラRZ改 ◆94k9x9xYrQ :03/05/25 00:03 ID:v7Nz1kL2
さくらたんならきっと良いママになれるよ

自分がさくらたんの子だとしたら
一生親離れしね〜
23CC名無したん:03/05/26 01:10 ID:uGluiRes
俺も認めねえ
24CC名無したん:03/05/26 01:25 ID:k8ASgPrC
>>22
さくらたんが、ママになったら撫子さんみたいになるわけだが萌えるか?
25CC名無したん:03/05/26 01:28 ID:srn7lwsK
ばーろー!モデルの撫子さんとダルマ体型の自分のおかんを比べてみろってんだ!
26CC名無したん:03/05/26 21:04 ID:2ZVLs7R8
今週も認めない
27CC名無したん:03/05/26 21:15 ID:3tLGtRUr
売れなっかたマンガのキャラや、あるいはそうでなくとも脇役として
ちょろっと出てくる程度なら許せる。 サービスとしてな。

しかし大当たりしたマンガを、そのままメインキャラ使いまわし
にして出してくると これはもう話が違う。 明らかに2匹目の
どじょうを狙った金儲け主義だ。 反吐が出るぜ。




( ゚д゚)、ペッ
28CC名無したん:03/05/26 21:19 ID:PYy0EUng
あのね、キャラ使い回しというか、どういう世界観をCLAMPが持ってくるか、はすごく気になるの。

でも。
俺も認めね〜。
29CC名無したん:03/05/26 21:43 ID:cEU0areD
手足の伸びたさくらちゃんなんぞ認めるものか
漫画は 終わるから いいのだ
30CC名無したん:03/05/26 22:33 ID:Lh2stim8
>>29
二行目に激しく同意
31CC名無したん:03/05/26 22:42 ID:pF8kZ6BA
>>29
だったら手足切断しちまえ
おまえら得意だろ
32CC名無したん:03/05/26 23:01 ID:2ZVLs7R8
大甲子園は認める
33CC名無したん:03/05/27 00:05 ID:BNWTKrET
CCさくらのはにゃ〜んな空気を壊さないでほしい。
34フリッケ福祉員:03/05/27 00:14 ID:9NgZlZ1D
>>31
ソレ(・∀・)ダ!!
さくら姫も、手足切り落としてダルマにしてしまえば萌えるかもしれんぞ?
ここは一つ追ってに激期待!
35CC名無したん:03/05/27 01:53 ID:kdUjgOLq
ぶっちゃけた話、あれが本当に「さくら」のキャラである必要あるの?
新しい名前付けて、別のキャラにしても全然問題ないんじゃないかな。
36CC名無したん:03/05/27 01:56 ID:kiTnDYcQ
>>35
お前、たぶん周りからアホだと思われてるよ。
あいつにボケ振っても「なんで●●なんだよ!(笑)」しか
返すパターン無いからツマンネーんだよな〜って思われてるよ。
37CC名無したん:03/05/27 02:17 ID:BNWTKrET
>>36
?
38CC名無したん :03/05/27 03:48 ID:2QFjdyIF
パイパンじゃないさくらたんなんてさくらたんじゃない・゚・つД`)・゚・。
39炉板通信 ◆mwhG4Chris :03/05/27 08:56 ID:Uqtnz/c/
>>37
それぐらいのツッコミなら、「じゃあさくらでもいいんじゃないか」という返しで済んでしまうという意味では
40C1000タケダたん:03/05/27 11:40 ID:oHYtRKOe
認めません。
あれはCLAMPの公式コミックアンソロジーとして楽しみます。
作中でも、ちゃんと"別世界のさくら"だと言っているし。
友枝町の平和を守ったさくらたんではない事は明白です。

次は、"別世界の"中学生のさくらたんが東京タワーから異世界に
飛ばされて、巨大ロボットを操縦するお話を期待してます。
41CC名無したん:03/05/27 12:28 ID:oieEqb4n
俺は一桁しか認めんぜよ 
42名無し野郎:03/05/27 13:09 ID:a3OIyAel
はい、みんな一緒に叫びましょーー
 ロリ最高!!!!!!!!!!!!!!!!
ぬぅおおおおお、さくらたんの幼いパワーー!!!!!
43CC名無したん:03/05/27 19:16 ID:mIvzMxnG
ロリ最高!!!!!!!!!!!!!!!!
でも知世たんがどんなんなってるかはチョトだけ楽しみだ。
44山崎渉:03/05/28 09:56 ID:fuR18zYa
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉
45CC名無したん:03/05/28 22:22 ID:4cfZYIMm
ちぃ〜っと

ちぃ〜〜〜っと来ましたか。ソウデスカソウデスカ('A`)



もうこうなったら「チイイィィ!」は雪籐洋二以外認めない認めない
46CC名無したん:03/05/30 15:46 ID:M5C4Qbv0
さくらたんを愛してるから認めない。
47CC名無したん:03/05/30 16:08 ID:S3vTNvtl
〜魂の叫び〜

お前らこんな語り合いしてていいのか!?
いったいどれだけの時間を、こんなくだ
らないことに費やしてるんだ!?
もっと考えなきゃならんことがあるだろ!?
サイテーな連中だよな、全く・・・そんな
クダラナイ事考えるよりも、女作って、ド
ライブなり何なりした方が有意義だろーが!?
たぶんお前らは二次元美少女キャラ見ながらせ
んずりこいてんのが関の山だろ。
大人のくせしやがって。そんな架空のキャラが
好きだの嫌いだの言ってる場合じゃないだろ!!
きもいんだよ!!!!バーカ!!!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
48CC名無したん:03/05/30 20:01 ID:MSYQMjw6
カタカナで「サクラ」なんて認めない…ですよね
すみません…逝ってきます
49CC名無したん:03/05/30 20:25 ID:1KQV6Cu7
>>47
よく頑張った。
50CC名無したん:03/05/30 21:47 ID:YY2zC3Hy
>>49
47です。
アリガd
51山崎 渉:03/07/15 11:38 ID:ROUBHaSl

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄
52ぼるじょあ ◆yBEncckFOU :03/08/02 05:53 ID:ION3B8LX
     ∧_∧  ∧_∧
ピュ.ー (  ・3・) (  ^^ ) <これからも僕たちを応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄ ̄∪ ̄ ̄〕
  = ◎――――――◎                      山崎渉&ぼるじょあ
53山崎 渉:03/08/15 22:09 ID:AJrGutei
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン
54山崎 渉:03/08/15 22:41 ID:AJrGutei
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン
55CC名無したん:03/09/07 22:25 ID:uuSd8agd
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      
56CC名無したん:04/10/17 18:26:40 ID:SEXu4pTq

57CC名無したん:04/10/17 18:51:41 ID:jE7JhzPk
>>56
ぬるぽ
58CC名無したん:04/10/17 22:49:06 ID:TDXEsXvX
>>57
ガッ
59CC名無したん:04/11/26 20:37:04 ID:7/2nOioP

★★★CCさくら板の閉鎖を予想するスレ★★★
http://comic5.2ch.net/test/read.cgi/sakura/1101379755/
60記録者:2005/03/24(木) 23:27:01 ID:+viOwX5a0
『精神病棟の天使たち』

前スレ
さくらキモい!!髪型変!!
http://comic5.2ch.net/test/read.cgi/sakura/1054539591/l50

▼登場するキチガイ達の紹介▼
■妄想(孟宗)
真性のキチガイ。最近は痛風よりもアルコール性ニューロパチーでやばいことになっているらしい。
自称、元首都警察の上級刑事でケルベロス騒乱に関わったと言っている。
多分、キチガイの妄想。公安が監視をする為に強制入院させたと思い込んでいる。
■村田
もう一人の主人公。こう書くと種ガンダムみたいでかっこいいかもしれないがヤオイネタだけは勘弁な。
記憶障害が酷く病院で脳を改造されたと被害妄想に取り付かれている。
ロッキーが好きでツンデレ萌え。
■蘭花・フランボワーズ
ホームレスに集団暴行を受け精神に傷を負う。
看護婦さんの目を盗んではリストカットをしようとするので、病院からも要注意患者としてマークされている。
実は妄想とは異母兄妹なのだが、本人達はその事を知らない。キチガイですからな。
両足を失っているが、それでも運動能力は常人よりも高い。
ミントとは犬猿の仲。
■ミルフィーユ・桜葉
いつもニコニコしている明るい娘。
その笑顔の裏には深い悲しみがあるらしい。
悪い娘じゃないので、病院からも他の患者からも好かれている。でも、キチガイ。昔妄想と何かあったらしい。
村田とも何か関係があるようだ。
■ミント・ブラマンシュ
自分が金持ちで名門の出身だと思い込んでおり、変な服を着る癖がある。
身体目当てに寄ってきた男を使い、酒乱の父親を殺害させた。
年齢に不相応な体型で、多分フリークス。現在フリークス化が進行、幼女体型となっておりミルフィーユを母と慕う。
61記録者:2005/03/24(木) 23:28:46 ID:+viOwX5a0
■ヴァニラ・H
自閉症で感情が皆無に等しい。対人恐怖の為、ノーマッドという人形で腹話術会話をする。
怪しい宗教にもはまっているらしい。飛び降り自殺を計るも失敗。以後病院の戸締りが厳重になった。
しかし、彼女の実体は・・・
■フォルテ・シュトーレン
アル中で脳細胞が破壊されてしまっている。
酔って銃の乱射事件を起こしたことがあるが、キチガイ認定されたため無罪。
でも、二度と病院から出ることは出来ないらしい。
自称元軍隊の中尉さんでノルマンディの英雄。
■烏丸ちとせ
登場人物たちが入院している精神病院の先生。
患者のことをよく考える良い先生らしいが何か裏がありそうだ。
■メアリー
ややヒステリックなツインスターハウスの女将さん。
ココモとマリブの孤児兄弟を引き取り店で働かせている。
こう書くとなんか酷い人みたいだが、根はいい人らしい。
■うさだヒカル
つきあっていた男の子供を妊娠したが、逆上した男に腹を蹴られて流産した。ショックでおかしくなった。
■ピョコラ・アナローグ三世
自称、宇宙人で悪の首領。
家族同然だった仲間を惨殺され、地下室に死体と一緒に三ヶ月間監禁されていたのを救出された。
暴行と虐待も受けたらしく、犯人は依然逃亡中。通称ぴよこ。
■大道寺知世
親友の女の子がバラバラ殺人の犠牲となり、ショックで精神が崩壊した。保護室に軟禁され、自分が誰かもわからない状態らしい。
■木之本桜
故人。大道寺知世の親友でバラバラに解体されたあげく、饅頭の具にされた。
犯人はまだ捕まっていない。
62記録者:2005/03/24(木) 23:29:46 ID:+viOwX5a0
■天狗様
俺は本当に見たんだって!!
■妖怪
妖怪なんていない!
■3mの宇宙人
臭い
■ウォルコット・ヒューイ
ヒゲ
■タクト・マイヤーズ
死ね
63CC名無したん:2005/03/26(土) 11:11:25 ID:PFtgD6PX0
>>61.>>62
なんだろう?同人ネタか?
64記録者:2005/03/26(土) 12:46:38 ID:oJ79JvQI0
>>63
キチガイ日記です。
このスレの続き。
http://comic5.2ch.net/test/read.cgi/sakura/1054539591/l50
65CC名無したん:2005/03/27(日) 00:28:49 ID:DDVMAhaB0
妄想たんの書き込みでしたか。おつかれさまです。
66妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/03/27(日) 18:23:54 ID:+0u2SJld0
酒場『From Dusk till Dawn』にて

「もう一杯だ」
俺は空になったグラスをカウンターに置くとバーテンに言った。
「旦那、飲ませろって言うなら飲ましますけどねぇ・・・」
アイパッチをした片目のバーテンは呆れ返った顔をすると琥珀色の液体をグラスに注ぐ。
「ウーロン茶でよくそこまで酔えますね。アルコール入ってないんですぜ」
「俺はアルコール性ニューロパチーで痛風なんだよ!」
「だったらせめてコーラとか」
「血糖値もヤベーんだよ。健康診断の結果見るか。ああ?それともダイエットコーラあります?」
もう勝手にしてくれ、といった様子でバーテンは他の客の前に行くと相手を始めた。
時計を見るとまだ午後七時ぐらいであったが、店内は大勢の客で賑わっている。
他に娯楽の無い田舎街では酒を飲むぐらいしかやることがないのだろう。
客の多くは漁師らしく、潮焼けした頬を酒で更に赤くして大声で騒いだり煙草の煙を吐き出したりしている。
昼間の街の様子からは想像出来なかったので意外であった。
怪しげな宗教の信者が多いと聞いたが、酒に関する戒律は無いのか、それともここにいる連中は入信していないのか。
まあどうだっていい。
それよりも、宿に戻りたいのに戻れないのが辛かった。
ミルフィーユとミントちゃんを泣かしてしまうなんて、俺は大馬鹿野朗だ。
たしかにミルフィーユは幼なじみだからってお節介焼きなところがあるけれど、それは俺の為を思ってのことばかりだったじゃないか。
あの時だって・・・
67妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/03/27(日) 18:25:22 ID:+0u2SJld0
幼なじみ?ミルフィーユが?あの時って何だ?

何かを思い出しそうになったが、突然目の前が赤くなり意識が遠退きそうになった。
またか。記憶が戻りそうになると決まって発作が起きる。
俺の頭の中は一体どうなってしまったんだ。
あのタクトって奴さえ現れなければ、ミルフィーユを傷つけることも無かったんだ。
あいつの所為だ。全部あいつの・・・

ドサリッ

目頭を抑え意識を失わないよう耐えていると、大きな音を立てて一人の男が隣の席に座った。
正確にはカウンターにうつ伏せて倒れこんできたと言った方が正しいかもしれない。
酷く酔っ払っているらしく、酒場にも関わらず強烈なアルコール臭を漂わせている。
「はぁ」
思わず溜め息を吐くと隣の男が顔を上げて話し掛けてきた。
「なんか悩みでもあるのか?」
昼間の酔っ払い、ココモが『トーヤ』と言っていた男だ。
また絡まれるのも嫌だったので無視をしようかと思ったが、そいつは一方的に話を始めた。
「俺の名前は桃矢、桃尻娘の桃で、矢柄責めの矢で桃矢だ。お前の名前はなんだ?」
なんだこいつ?
もっと別の言い方だってあるだろう。
68妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/03/31(木) 01:38:27 ID:jtiBy3TQ0
目眩が治まっていない所為だろう。店内に吊るされた電灯の明かりが異常に明るく感じられ、オレンジ色の光が夕日のように揺らめいて見える。
いっそ感情なんてものが消えて無くなってしまえばこんな苦しい思いもせずにいられるのに。
愛することも憎むことも、まるで朝日が昇りその日が沈んで夕暮れが闇に染まっていく様に、もう何度もこんなことを繰り返しているような気がする。
そんなことを繰り返し続けても結局何の解決にもなるはずはないのに。

「おい、どうした。飲みすぎたのか?」
隣に座っている男、桃矢が肩を揺する。
鬱陶しい。
桃矢はボトルに口を付けると、喉を鳴らしてウイスキーを流し込んでいく。
「名前聞いてんだろ」
それにしても酷い飲み方だ。まるで昔の俺のみたいだな。

(「そんなに飲んじゃ身体に毒ですよ」)

そういえば大酒飲んでいつもミルフィーユに怒られていたっけ。
でも、あいつもああ見えて結構いける口なんだよな。
修学旅行の時なんて・・・
69妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/03/31(木) 01:40:28 ID:jtiBy3TQ0
ミルフィーユ・・・
解らない、ミルフィーユのことも、自分のことも、俺は一体誰なんだ、思い出せない、何故こんな場所に居る
ミルフィーユと一緒に旅行に出かけたから、何のために、少なくとも修学旅行じゃない、自分捜し、それは恥ずかしい
わかっているさ、ミルフィーユがあんなになったのも俺の所為なんだろ、俺が何をした、解らない、ごめんなさい
それでも俺はミルフィーユのことが好きで、だからあの女の事は気の迷いで、ガキ相手に本気になるわけなんて
そうだ俺は治安の番人、嘗て凶悪な犯罪者共を震え上がらせた地獄の番犬、命令されれば女子供だって容赦なく
子供、子供、子供、違うミルフィーユの所為じゃない、俺の所為で、ミルフィーユ、ミルフィーユ、ミルフィーユ・・・


残された僅かな記憶の片鱗がラッシュフィルムのように現れては消えていく。


「ミルフィーユ・・・」
「ミルフィーユ、それがお前の名前か?」
思わずミルフィーユの名前を口にすると、桃矢が酒臭い息を吹きかけながら顔を近づけてきた。
元々の顔立ちは良い男なのかもしれないが、泥酔している所為で目は座り、だらしなく緩んだ口元からは酒と涎の混じったものを垂らしている。
こんな奴の口からミルフィーユの名前が出るだけで酷く不快な気分になったが、酔っ払い相手に本気になるのも馬鹿らしかったので自分の名前を言い直した。
「違う。俺は天玉ソバの妄想だ」
70CC名無したん:2005/03/31(木) 22:42:31 ID:wwJiKkUx0



APOCALYPSE NOW




71CC名無したん:2005/03/31(木) 22:43:28 ID:wwJiKkUx0

 一見堅牢無比に見えるが、戦車とは実に壊れやすい兵器である。100キロも機動すれば履帯がはずれたり、トランスミッションが壊れたりといった故障が頻発する。
 先の大戦で、整備中隊を失ったあるドイツの装甲大隊が強引に進撃した結果、急速にその戦力を減じ、60両の戦車大隊がわずか3日の行軍でその数を1桁にまで減らしたという事例すらある。
 可能なら戦闘時以外は極力トランスポーターに乗せて運びたいほどだ。
 乗り物としてはあまりにもいびつで、不出来な代物である戦車であったが、それでも陸上部隊においては主力兵器となっている。いくら手がかかり、さらに航空部隊に対して脆弱であるといっても分厚い装甲と強力な火力は陸上の敵に対しては大きな脅威である。
 敵がそれを持ち出してきたら―その可能性を考慮すれば、答えはおのずと導き出される。天候その他の影響で航空支援は受けられないかもしれない。戦車以外の陸上兵器で対抗するにはあまりにも負担が大きい。
 最良の対戦車兵器は戦車である。戦車の敵は、戦車なのだ。
 
72CC名無したん:2005/03/31(木) 22:43:58 ID:wwJiKkUx0
 
「馬鹿馬鹿しい」
 思わず口にした。熱帯特有の熱く湿った空気が俺を包んでいた。目の前には完全に破壊された74式戦車の残骸が残っている。自衛隊の海外派遣に乗じて非公式にこの赤道近くの紛争地帯に持ち込まれた鉄。
 たった4両だったが、自国の戦力の海外への持ち出しに関して過敏な日本国民、さらには周辺諸国への影響も考慮され、全ては内密に行われた。
「生き残りは―俺一人か」
 俺は周囲を見回した。殆ど飽和攻撃ともいえる数のRPGの集中射撃によって小隊の戦車は複数の穴を開けられていた。俺が生き残ったのは単なる偶然というより奇跡といって良い。
 左肩が痛む。さすってみるが、骨には異常は無いらしい。
 先ほどまで濃密な死のけはいを放っていた反政府ゲリラはいなくなったようだ。自分自身自棄になっていたのかもしれない。ハッチから身を乗り出して、ぼんやりと周囲をうかがった。車載軽火器の存在すら忘れていた。
 静寂。正確には虫や鳥の鳴き声が響き渡っているのだが、自然な音を除けばまったく静かだった。
 陸上自衛隊第7師団第71戦車連隊第1大隊から抽出された―編成上の呼称を用いるなら独立”車両”小隊はここで全滅した。
 
73CC名無したん:2005/03/31(木) 22:44:48 ID:wwJiKkUx0
 
 コンバット・プローブン―戦った実績が必要だったのだ。そのことは理解できる。自衛隊は基本的に戦わない軍隊だ。あくまでも自衛のために戦力を保持しているにすぎず、陸上においてはそれは顕著である。
 なぜなら―陸上自衛隊が戦闘するような事態に陥っているなら、それは決定的な敗北を意味しているからだ。
 実際に戦闘をしなくても良い。いやむしろされては困る。だが、戦場のそばを行き来したという”実績”が欲しかったのだ。
 上層部の意向はわかる。そしてその結果が、これだ。
「見事なコンバット・プローブンが得られましたな」
 独り言だ。皮肉に口元が歪む。ハタから見ると狂人の呟きに見えたかもしれないし、実際おかしくなっていたのだろう。
 単なる歩兵部隊である―それも装備劣悪なそれであるゲリラ部隊にここまで徹底的に打ちのめされた。
 原因は二つ。一つには歩兵部隊が伴わなかったことと、もう一つ、この戦車の決定的な不具合に拠っていた。
 日本という山岳国での待ち伏せ戦術に特化されたこの戦車は、環境が変わると著しくその信頼性を失墜させた。特にもはや偏執的ともいえる技術を投入して装備された油気圧懸架方式の姿勢制御システムは完全に仇となった。
 激しい路外機動のため小隊のうち一両が行動不能になった。そこにゲリラがいたのは―まったくもって不運としか言いようが無かった。仲間を見捨てて逃げ出すわけには行かない。
 反政府ゲリラはわれわれが日本人だったと気がついたのだろうか。いや、彼らにはどうしたことは無意味なのだろう。彼らは陸上における最大の脅威を全力で排除したのだ。われわれに戦う意志の無いことなど、確認する術も無い。
 空は異常なまでに澄み渡っていた。美しい青空を見上げて俺は呟いた。
「俺は―帰ってもいいのかな」
 
74妄想 ◆GqVfLUITBY :さくらたん生誕暦 07/04/01(金) 21:40:42 ID:ufjcJHRx0
「その通り名、あんた立喰い師か?」
桃矢は煙草に火を点け身を乗り出すとギラギラとした目を輝かせた。
相手をするのが面倒だったので適当なことを言えば引くかと思ったが逆効果だったらしい。
煙草の箱を差し出し勧めてきたが、俺は手振りで断った。
勿論、うざい、煙い、あっちへ行けの意味も込められていたのだが、桃矢はそんなことお構いなしに話を続けていく。
「俺の友達にも立ち喰い師がいてな。肉饅の雪兎って通り名を持っていたが、今は何をやっているやら」
紫煙をくゆらし何かを懐かしむような感傷的な声で桃矢は言った。
気が付くと桃矢は少し悲しそうな表情を浮かべている。
「俺やユキがこんなになったのも、あのガキが現れて妹が変わってしまったのが始まりだった」
「お前、妹がいるのか?どんな娘なのか見てみたいな」
こんな目付きの悪い奴の妹なら高が知れてるだろうと小ばかにするような感じで言ったのだが、次の桃矢の言葉を聞き俺は自責の念にかられた。
75妄想 ◆GqVfLUITBY :さくらたん生誕暦 07/04/01(金) 21:42:29 ID:ufjcJHRx0
「いや・・・今はもういない。殺されちまった」
「・・・」
「異常者に暴行された挙句に殺されたんだ。元々無用心な奴だったけど、あのガキと付き合いだしてから浮かれていたからな。油断していたんだろ」
「付き合っていた奴に殺されたのか?」
「違うと思う。まだ事件は解決されていないけど、俺がバイトしていた飯店の店長が犯人に違いない。
あの野朗、さくらを殺して・・・・肉饅の具にしやがった。ショックで親父は自殺しちまうし、俺も酒浸りだ」
その事件を俺は知っている。僅かだがその事件の記憶が残っていた。
そして、その記憶を呼び覚ましたのは大道寺のPCで事件に関する記事を読んだからだ。
「ひょっとして、大道寺知世はあの記事を俺に読ませたかったのだろうか」
ボソリと独り言を呟いたとたん、桃矢は目を見開き驚いたような声をあげた。
「お前、大道寺知世を知っているのか?」
桃矢は立ち上がり俺の襟首を掴むと、激しく揺さ振り興奮した様子で口早に叫んだ。
「あいつは今どうしている?知っているんだろ。おい答えろ」
「おい、落ち着け。話すから落ち着けよ」
俺は桃矢の肩を叩き落ち着かせると椅子に座らせた。
こいつが大道寺の口から何度も聞かされていた『木之本桜』という少女の兄なのか。
(「さくらちゃんを・・・私はさくらちゃんを・・・食べて・・・食べてしまいました」 )
段々と話が見えてきた。
『木之本桜』は異常者(飯店の店主)に殺害され肉饅の具にされてしまい、親友だった『大道寺知世』はそれを食べて精神に傷を負ったのだろう。
そして『木之本桃矢』の登場。

何の関係も無いと思われていた点と点が繋がり、失われていた過去と言う名の・・・
俺の悪夢を再び目覚めさせていく。
76CC名無したん:さくらたん生誕暦 07/04/02(土) 13:43:51 ID:bHVpTKqR0


熱い。
脳に焼けひばちを突っ込まれたよう。痛い!熱い!意識が遠のき、あまりの痛さに目を覚ます。そんな意識の行ったりきたりを繰り返した。
 俺の意識は飛んだ。あちらこちらへ。彼岸のかなたへ。過去へ、未来へ。それはロクでもない過去や未来であり、そして陰鬱な中にも希望を見出した。
 俺の自動律を決定する―自己としての記憶。それが苦痛に満ちたものであっても、目を見開かなければならない。これは俺の歴史であり、俺を形作る―記憶なのだ。
 
 首筋が痛む。まるで針を頚椎に差し込まれたような。ああ、それは字義通りだったのだが、とにかく。
 俺の目覚めは、不快だった。
 コンクリートに配管がむき出しの天井。粗末椅子に寝かしつけられた俺は少々窮屈な思いで、カラダをよじりたくなった。
「ダメよ―あなたの頚椎に刺さったプラグがほんの数センチ動くだけで、あなたの神経伝達繊維が何万本も焼きつくんだから」
 女性の声だ。
 俺は目を覚ました。柔らかで落ち着いたその女性の声を聞いた。最初に回復したのは薄ぼんやりとした視覚だったが、その次に取り返したのは鮮明な触覚だった。
77CC名無したん:さくらたん生誕暦 07/04/02(土) 13:45:17 ID:bHVpTKqR0

「いのちが―あなたの脳神経が惜しいのなら、そのまま動かないで。ああ、細くすると、あなたは比較的安楽なリクライニングシートに腰掛けて、背もたれを倒して仰向けに寝かされている。ついでに言うなら、手足を拘束されて身動きが取れない状況よ」
 
 ―はあ。
 俺は漸くそろって機能を回復しつつあった五感を駆使して自分の状況を探った。
 閉鎖的な空間。何か、実験室のようだ。さまざまな計器やらが蠢いている。その部屋のがらんとした中央にすえつけられたフルリクライニングのソファに俺は横たわっている。そうして、ある女性の言うことを黙って効いていた。
 その女性の声には効き覚えがある。
 烏丸ちとせ―。
 そうか。友枝病院の、女医だ。俺の知る範囲では、そうなっている。
「お目覚めかしら、村田さん。いや、陸上自衛隊戦車部隊の下級将校村田三尉−とでもお呼びしたほうがよろしいかしら」
 すこし馬鹿にしたような笑いを浮かべている。彼女は、烏丸先生。確か信頼すべきこの病院の俺の担当医、だったはず。
「先生、一体俺は―」
「うふふ。わたくしは”先生”なんて者では、ありませんわ」
「じゃ、一体」
「そうですわね。貴方と同じ士官よ。階級も同じ、少尉―貴方の軍制なら三尉、に相当すべき立場ですわねえ」
 俺は、迷った。烏丸先生はとても若い。最初童顔の女性だと思っていたのだが、年のころは16,7といったところにしか見えない。勉強一筋の線の細い学徒であるならそういう人種もありえるかと思うのだが、軍人であるとすれば―士官である等と、考えにくい。
 俺は混濁する意識の中、言葉を発した。
「烏丸先生―」
 それだけだったが、彼女はそれをあまり快くは受け取らなかった。
「ああ、今は―先生、なんて呼ばなくていいですわ。貴方に”先生”なんて気取った呼ばれ方をするような人間ではないですもの」
 殊勝な発言だったが、口元は不敵に笑っている。
「では、なんと」
「ええ。どうとでも。ちとせでも、烏丸でも。私がこの時代で得ている医師免許というのは、この時代のテクノロジーの低さにつけ込んだ私のいわば―奸計みたいなものですから。でも」
 ちとせはすこし目元を吊り上げた。
「とりまる、だけは禁止!なんだかわたくしのアイデンティティを喪失するような思いですもの」
 
78CC名無したん:さくらたん生誕暦 07/04/02(土) 13:46:25 ID:bHVpTKqR0

 はあ―俺は烏丸先生―いや、ちとせの長口舌をぼんやりと効いていた。
 俺は拘束されている。フルリクライニングのソファにはきっちりと手足を拘束され、身動きが取れない。おまけに首筋には異物感。
 そのことを口にした。
「ええと、からすまーいや、ちとせさん」
「なにかしら」
「俺はいま、どういう状態ですか―なにしろ昏睡して、後はまるで訳がわからないんです。先生が俺を殴りつけたのは、治療の一環ですか」
 あはあ、とへんな笑い方をちとせはした。
「いいえ、私は医者じゃないですもの。私は―軍人です。トランスバール皇国軍の最精鋭部隊のパイロット。そして、この宇宙、トランスバール銀河に平和と安寧をももたらす英雄になりたいという―願望をもっていますわ」
 その横顔は烏丸先生で―あまりにも烏丸先生で、俺は彼女に触れたくなった。けれど俺はソファに縛り付けられ、拘束されている。
「ちえ。先生―いや、ちとせさん。この俺の有様は、どうしたことで」
 ちとせはわらってこたえる。
「うふふ。知れたこと。貴方が暴れたときのための処置よ」
「どういう―」
 俺はそのとき不意に後頭部の違和感。痛みを意識した。
「貴方は、俺に一ったい何を」
 ちとぜはすこしあわてた。俺が頭を振る仕草を見せたからだ。
「ダメよ―貴方の脳髄に刺さっているプラグは、貴方のシナプスの2,3万本くらい簡単に焼ききってしまうのだから。
「シナプス?」
「うーん」
 ちとせの考え込むそぶり。
「ま、下手に動くと馬鹿になってしまう、ということかしら」
「どういうこと?」
 俺はさぞそのとき怪訝な表情をしたことだろう。しかしちとせは眉一つ動かさず。
「あなたの記憶は、私たちにとって価値がある。そう。きわめて有益情報なの。だから、あなたがパッパラパーになるということは絶対に避けなければならないのよ。難しい命題だけど、ねえ」
 そのときのちとせは、酷く落ち込んだというか、つかれた表情に見えた。
 
79CC名無したん:さくらたん生誕暦 07/04/02(土) 13:48:55 ID:bHVpTKqR0
 マチュアスポーツと同列に語られるとでも?あなた本当に士官教育を受けたのかしら」
 挑発的なそのたいどに俺は―腹を立てた縛り付けられ、本来反論不能な立場ながら、抵抗を試みる。
「自衛隊は戦うことを許されない。
「ああ、それにしても惜しかったわ。ヴァニラ・アッシュ。彼女のもつ情報は、おそらく宇宙を制するのに。あなたの夢はいつもどう、こうして断片的なのかしら、もうこういう試みを何万回繰り返したか…」
 
 何いってるんだろう。俺はリクライングソファに横たわりながらちとせの言葉をぼんやり効いていた。
 ソファがすえつけられたこの部屋は―なんだろう、一般病棟のICUのように、設備が整っている。俺はそこで完全に拘束されていたが、先進の機材が俺を取り囲んでいた。
とりわけ気になる―そして不快な機材は、俺の脳髄に直接差し込まれたプラグだった。痛みは無いが、少しぞっとする。
 部屋は―おそらく友枝病院の中だろう。
 あの閉鎖病棟の陰鬱な空気を濃密に受け継ぎ、そして―
 俺がこの病棟に侵入したときの、なんともいえない。
 
”存在密度”

 空気が、重い。
 
80CC名無したん:さくらたん生誕暦 07/04/02(土) 13:49:36 ID:bHVpTKqR0
 ちとせは感じていないのだろうか。この”存在密度”。を。
 まるで軽口を叩くように、彼女は続けた。
「貴方は―将校としては無能だわ」
 俺はその言葉に反感を持った。
「なんだと―俺は精一杯」
 くすり、とちとせがわらう。
「ふふふ。なに、あなた。戦争がアだから―俺は精一杯のことをしたのだ」
 ははははは!あははあ!あはは!
ちとせの声は―嘲笑の笑いだった。
「その結果が、20名の戦車兵のうち19名戦死、なんて悲惨で愚劣な戦闘結果なの?」
ちとせの高笑いは尽きない。
「あはは、あなたはそんなためらいで部下を19名も死に至らしめたの?反撃許可も与えず、ただ自衛隊は戦わないなんて欺瞞を信じて?」
 俺は黙ることしか出来なかった。
「わたしも、士官よ。軍隊では一応20人から、時には100人規模の兵団を指揮します。その私から見て−貴方は愚劣だ。5名の兵を救うために、小隊すべてを危険に晒し−全滅したなんて」
 ちとせは容赦が無い。0!
「愚劣。おろか。愚劣。おろか。愚劣。愚劣。愚劣」
 信頼すべき女医であるちとせ先生は―俺の取り戻した記憶の傷口をえぐり続けた。それは痛くて痛くてたまらず、俺は反論の機会すら与えられなかった。

 
 ただ、疑念がある。
 俺が意識を喪い、取り戻すまでの間。
 この空間には7異質なものが存在している。
 友枝病院精神病棟―ここには、異質で。禍々しく、そうしてえおぞましいものが潜んでいるのだ。
 この特殊な部屋―集中治療室めいたハイテクを用いた部屋にすら進入してくる―
81CC名無したん:さくらたん生誕暦 07/04/02(土) 14:02:07 ID:bHVpTKqR0
DAT落ちしそうななのであげとく。ごめん。
一人上手・・・いや、二人上手と呼ばないで
82CC名無したん:さくらたん生誕暦 7年,2005/04/02(土) 17:55:18 ID:bHVpTKqR0
”存在密度!”
 そう、それは固体という位相であるはずなのに何処へでも侵入し、それでいて各個たるカタチを保っていR。
 その存在密度にちとせは気がついていない。
 確かに―ちとせは俺の手に負えない。 
 暴力の類では制圧できないのだ。それはわかっている。けれど―
 ちとせはこの密度に気がついていない。本来重みをかんずるははずも無い気体の密度。
 ソレはいよいよ重みを増している。
 ちとせは勝ち誇っている。まるで俺の全てを掌握したように。だが、お前は。ちとせは気がついていない。
もっと、”おおいなるもの”が俺たちのそばにちかづいているのだ。
「さあ、あなたの知識を―宇宙の生成を、そのエネルギーの発生原理を、見せていただきましょう」
 俺を再び昏睡させようとするちとせ。
 おろかな―。
 俺はせせら笑った。その俺の表情をちとせはせせら笑った。
 だが俺は思い出しつつあった。俺にまつわる記憶。限定的あれ、たとえ一部の記憶であれ俺は−自分の行いを取り戻しつつあったのだ
83CC名無したん:さくらたん生誕暦 7年,2005/04/02(土) 18:10:48 ID:cbdduMoa0
>>81
書き込みがあるうちは下がっててもdat落ちしない

スレ汚しスマソ
84CC名無したん:さくらたん生誕暦 7年,2005/04/02(土) 18:23:38 ID:/EcptYS10
 ダメだ、”脳が重”い…空が”痒い”…
 俺はキチガイだ、本当のキチガrfイになってしまったのだ。
 目の前で起こることをまともに叙とぇ述出来ない。何を考えてもノイズが混じるt。
 俺の神経に混じるr混線−rソレが目の前にいる少女、からすmaちとせによって齎されたものだと、そのことは理解できた。
 なぜなら、俺の延髄には彼女の悪意であrところのsれ−拷問具であるような針が4本、突き刺さっているのだ。
 むしろまだげんgを解しているほうのが奇跡的ともいえr。
 ちとせは美しい少女だった。そうだ、この世界には美しい、あるいはかわいいとかきれいとか、そういう概念の少女しか
存在しないのだ。その彼女が微笑む。そして薄く果実のような鮮やかな色彩の唇を開いた。
 その言葉はまったく彼女の容姿に似つかわしくない。生々しくて、嫌らしかった。
「貴方も士官なら、考えたことがあるでしょう。何故戦争が起こるのか、その理由を。なぜ国家はリスクを犯しても他国を侵略するのか」
 
>>83
 ゴメン
85CC名無したん:さくらたん生誕暦 7年,2005/04/02(土) 18:58:34 ID:86CLnBDj0

なんだこれは!orz
86CC名無したん:さくらたん生誕暦 7年,2005/04/02(土) 19:31:24 ID:7duhdZwU0
>>1はツバサを認めたくなかったんだろ。
87CC名無したん:さくらたん生誕暦 7年,2005/04/02(土) 20:30:20 ID:5CxKeanU0

 首筋に意識をやりながら、俺は烏丸ちとせの問いについて考えた。手足は拘束されていて動かせない。軽く頭を動かして、自分の首筋の様子を推し測る。
 丁度正方形を描くように、4本。あまりの暴虐に腹が立った。延髄のツボのようなところに電極が刺さっている。中国針の治療のようだ。痛みは無い。ただ異物を体内に挿入されているおぞましさがあるだけだが、これは歴とした暴力だ。
「戦争が起こる理由?」
 ちとせは頷く。俺は頭の中を探って−愕然とした。
 俺は。
 俺は、俺は!
 俺は、”おれ”だ!
 この発見は俺に喜びと恐怖をもたらした。
 俺は俺なのだ。そう、誰も疑問に思うはずも無い自分自身が”自分である、ということ。俺が俺を成す要件。
 俺は俺の記憶を取り戻している!
 その事実に狂喜とか、おそるべき苦痛とかを感じながら、俺はそれでもちとせの問いを探った。
 ミルフィーユ。ミント。フォルテさん。それと―
 ああ、大切なことを忘れている。二人だ、二人の少女。はやく、はやく思い出さないと。自分の生い立ちより、とにかく。
 だがいくら焦ってもそのことがでてこない。もどかしくてもどうしようもないのだ。
 そして、冷然としたちとせを俺は見上げた。ちとせの問い。俺の記憶のそのごくごく浅いところにその解は存在していた。
「戦争は一種の強力行為であり、その旨とするところは相手に我が方の意志を強要するにある。すなわち―」
 俺の言葉をちとせは引き取った。
「戦争は、他の手段をもってする政治の延長である?」
 ちとせが笑う。険のある冷たい、あざけりの笑いだ。俺は腹が立った。
88CC名無したん:さくらたん生誕暦 7年,2005/04/02(土) 20:30:59 ID:5CxKeanU0

「何がおかしい?」
「いいえ、ただ貴方がクラウゼヴィッツの受け売りをすることも、予想がついていたので」
「ふん。予知能力者のつもりかよ」
 つい、ぞんざいな口調になった。腹が立つ。こいつは、敵だ。そう認識した。少なくとも俺にとって友好的な人間でないことはわかる。
「予知能力者―そうねえ、あなたにとってはそうかもしれないわ」
 何を言ってやがる。俺は自分の記憶槽の中からさまざまな事象を引っ張り出すのに必死だった。そして自分のロクでも無さに辟易する。精神病院を言ったり来たりの俺。
「貴方の脳を除くと、貴方の戦争観はとても曖昧で、一元的で、欺瞞に満ちているもの。”武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する”?あははは」
 また笑う。よく笑う女だ、こいつは。
「お前はズォーダー大帝か」
「何?」
「いいえなにも」
 はあ。ちとせは溜め息のようなものをついて続けた。
「武力の行使を放棄したのに、何故貴方たちは強力な海軍、世界でも有数の空軍力、強力なコマンドコントロールシステムを保持しているの?」
 記憶を探る。俺の記憶。こいつの嘲笑など知ったことか。俺の記憶。俺の記憶!
 俺の!俺の!
「−−−−−!」
 声にならない。
89CC名無したん:さくらたん生誕暦 7年,2005/04/02(土) 20:33:18 ID:5CxKeanU0

 ちとせはにやにやと笑うだけだ。
「貴方はいつもそうね。目覚めのたび、いつも貴方の記憶の復活を喜び、それが限定的なことに絶望する。今回は何処まで―”忘れた”の?」
 そうだ、俺の記憶。たった一つ、俺が俺であるために必要な俺の意識。俺の記憶は―酷く虚ろで、切れ切れだった。傷の入ったレコードのようだ。飛び飛びの意識は、同じフレーズを繰り返す…。
「いや、きっと…時間がたってから思い出していくんだ…だから…」
 ”忘れた?”
 あの断定的な口調。俺の記憶は、もしかするともうすでに。
「質問を戻すわ。それと質問をわかりやすくしましょう。今回はあまり時間が無いから」
 ちとせは真顔に戻って言った。俺は呆然とただそれを傾聴するだけ。アハトゥンク。
「わたくしにとっては実に些事なのですけど。日英連合が枢軸国に敗北したのは何故だと思います?」
 ぼんやりと、こたえる。
「決戦に負けたから。”ゼーレーヴェ”を阻止できず、セイロン島沖海戦で敗北し、そして結果―原子爆弾搭載弾道ミサイルの射程距離まで敵の進撃を許したからだ」
 ちとせの顔にはまたあざけりの笑いが浮かんだ。そのことはぼんやりしつつも、腹が立った。
「駄目ね。あなた、私たちの国の士官学校じゃ、落第よ。兵隊としては優秀かもしれないけど。貴方が将校を務めるような国の軍隊じゃ、何回やっても戦争には勝てない」
 最大限の屈辱だった。理屈ぬきで腹が立つ。
「それじゃ、一体何が原因だというんだ」
「資源よ」
 あっさりとこの女は口にした
90CC名無したん:さくらたん生誕暦 7年,2005/04/02(土) 20:34:07 ID:5CxKeanU0

「貴方たちの国は致命的な弱点を持っていた。資源地帯から本国まで、長大な海上交通路を持っていた。特に重要な資源は―石油ね。それとゴム、タングステン、ボーキサイト。それらを運ぶには膨大な数の船舶が必要だった」
 この女は―戦争好きだ。俺はそう判断した。戦争を語るとき、嬉々としている。意志を演じていたあのときのこいつは偽のちとせだったのだ。こいつは戦争狂だ。そう、こいつはアレだ。アレなのだ。
「インド洋の制海権を押さえられ、そしてドイツの通商破壊艦―ええと、Uボートとポケット戦艦、でいいのかしら?アレが南シナ海に出てきた時点で貴方たちの命運は決した。対潜作戦をもっと英国に学ぶべきだったわね」
「それがどうした。いくら粘ったところで、原爆を落とされたらおしまいじゃないか」
「それは、オマケよ。あんな蛮行を行わなくても―ああいやだ、この星の倫理ってとことん腐ってますわ。こんな惑星が私たちの源流だったかもなんて、考えたくも無い」
 おかしなことを言い出す。いや、やっぱりこいつは、アレなのかも。
「原爆を落とすまでも無い。制海権を失った貴方たちは食料の自給すらままならず、海上封鎖だけで干上がっていた。あのおぞましい爆弾の投下は、戦後のパワーバランスを考慮に入れた結果よ」
 こいつは、アレだ。
「さて、最初の質問。何故戦争が起こるのか」
「資源とでも言いたいのか」
 ご名答、というばかりにちとせは頷いて目を伏せた。
「まだ人種も宗教も混交しているこの世界では、貴方がたには意識しがたいものでしょうけど。そうね、イデオロギーの対立というのもまだしばらくは続くのでしょう。
けれど、混血がすすんだ私たちの住んでいる宇宙ではもっと戦争が起こる理由は単純化していて。そうね、資源―という言い方は少々古説的ね。魅惑に富んでいるけど」
「おまえ、何を言っているんだ?私たちの宇宙?この世界?何を言っている。おまえは―」
 俺は結論付けなければならない。この場所。この場を取り巻く存在の重さ。空気分子の異化。
 精神病院、という環境。そしてここの―あの”存在密度”!
91CC名無したん:さくらたん生誕暦 7年,2005/04/02(土) 20:35:56 ID:5CxKeanU0

「時代がすすむと、戦争が起こる原因は―少なくとも国家間で起こるそれは、限定された。星間戦争が起こる原因なんてよほどのものよ。切迫しなければ、自らの星に引きこもっていれば良い。でもそれは起きた。どうしても戦う必要があったから」
 ちとせは笑っている。嬉しそうに語るこの少女は。
「エネルギーが必要なのよ。そう、エネルギー!星星を、宇宙を支配し、隷属せぬものを灼きつくし殺しつくすために!もっと光を!」
 あはははははは!
 ちとせの笑いがこだました。
 空気が揺らぐ。あの”存在密度”がこちらに気をとられたような気がする。俺はすこしおびえに似た感情を持った。
 大声を、出すな。言いたくなる。だがあの”存在密度”がなんなのかわからない。ちとせは気がついているのだろうか。
「お前は、狂人だな」
「狂人?さあ、どうかしら。貴方は私がそう望むならこの塀の中に囲うこともできる。この世界の定義なら、貴方の方が狂人よ」
「いや、お前は狂人だ。気が狂っている。まず第一に、戦争に酔っている。戦場で戦争が起こる原因など考える必要は無い。それは判断を鈍らせるだけだ。俺たちは命令に従えば良い」
「無能な戦車隊指揮官が…よく言う」
 ちとせは口をゆがめる。しかし嘲笑のニュアンスは消えない。
「第二に。お前は精神病者がよく取り付かれる妄想に取り付かれている。別の惑星からの転生がどうとかいうやつだな、俺もなにかで読んだことがあるぞ。お前は精神分裂病だ。ここで見てもらえ」
 ドスッ!
92CC名無したん:さくらたん生誕暦 7年,2005/04/02(土) 20:36:51 ID:5CxKeanU0


 俺は声にならない悲鳴、のようなものを上げた。ちとせが履いているブーツのつま先が俺の腹部にめり込んでいたのだ。
「ふん。キチガイが人を指してキチガイなんて。思い上がりも甚だしい」
 ちとせはカートに乗せたモニターのようなものをからからと俺のソファーの横に引いてきた。
「貴方を辱めてあげる。これはペナルティーよ」
 そのモニターから伸びた配線は、俺の背後に回りこんでいる。俺の脳髄にささった電極に繋がっているのか。そして、そのモニターを見て驚いた。
 ハートレイトを表示していると思われた数字部分はもっと意味不明の数値の羅列で、そして中央には画像がある。恐ろしく高精彩な画像だ。
 そして、その画像の中には一人の人間が蠢いている。もぞもぞと何かをしている。
 カメラが側方にパンする。俺は驚愕した。
 
 この画像の中にいるのは―俺だ!
 
 
93CC名無したん:さくらたん生誕暦 7年,2005/04/02(土) 20:44:07 ID:4llX7hrS0
ツバサの存在理由を認めない。
94妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/04/04(月) 01:16:58 ID:qjypHUPB0
【半減期 - Hafe Life -】

「大道寺知世は友枝町の精神病院に入院している。おそらく、もう二度と外には出られないだろう。かわいそうに」
口ではそう言ったものの、実際のところ大道寺知世にはなんの同情も感じなかった。
大道寺知世があの病院で受けている仕打ちは確かに酷いものではあるが、ミントちゃんに対して行ったことを考えると憎しみの感情のが大きかったからだ。
「大道寺が精神病院に入れられているだと?何故お前がそんなことを知っている」
「それは・・・俺の友人が入院していて、その、面会に行ったとき何度か見かけたんだ」
まさか自分も同じ病院に入院していたなんて言える訳がない。まして、俺たちはその病院を逃げ出してきたんだ。
桃矢は俺の顔をじっと見ていたが、しばらくすると溜め息をつきながら言った。
「そうか。でも、あいつには気をつけろ。あいつは涼しい顔をして虫の羽を平気で毟り取るような女だ。俺はあいつが犯人と共謀していたような気がしてならない。
俺の妹を一番独占したがっていたのはあいつだからな」
「ちょっとまて。大道寺は女だろ。それにお前の妹も女だから・・・」
「性別なんてものは些細なことでしかない」
そんなものだろうか。
「ところでお前は何が目的でこんな田舎に来たんだ?こんなファーストフード店も屋台も無い場所じゃ立ち喰い師の出る幕はないぜ」
「旅行の途中でたまたま寄っただけだ。でも、一緒に来た女を怒らしてしまって、宿に戻るに戻れなくなってしまった」
苦笑いをしながら答えた途端、俺はアゴに衝撃を受け椅子から転がり落ちた。
一瞬、何が起こったのか理解出来なかったが、怒りの表情を浮かべた桃矢がこぶしを握り締めているのを見て状況を把握することが出来た。
「痛いの。てめぇ、何しやがる」
膝に来ているらしく足が震えたが、無理をして立ち上がると桃矢を睨みつけた。
他の客たちは喧嘩が始まったと知ると、野次や煽りを飛ばして周りを取り囲んだ。
「表に出るぞ」
桃矢はそう言うと野次馬をかき分け店の出口に向かって歩き出した。
俺も後に続き表に出ると、何時の間に降り始めたのだろうか。外は潮の匂いがする生暖かい雨が降り、薄っすらと靄がかかっている。
95妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/04/04(月) 01:18:01 ID:qjypHUPB0
ゴッ!!
視界が大きく揺れ、俺は泥の中に倒れこんだ。
降り注ぐ雨が、まるで流星の中を突き進んでいるような錯覚を覚えさせる。
仰向けに倒れた所為で後頭部を打ったが、舗装もまともにされていない田舎道だったのが幸いし大したダメージは受けなかった。
むしろ桃矢のパンチのが効いた。桃矢の奴、めちゃくちゃ強い。
ふふふ。所詮、強化服を脱いだ特機隊なんてこの程度のものでしかない。
膝を突き上半身を起こした俺は桃矢を見上げた。
「なんなんだよ、お前は。突然、喧嘩なんて売ってきやがって。悪酔いしたのか?」
正直、酔っ払い相手だからと高をくくっていたことを後悔する。
これ以上殴られたくなかった俺は話し合いに持ち込ませようと必死になっていた。
「お前、その女のことをどう思っているんだ?」
女、ミルフィーユのことか。
夕暮れの中で涙を流していたミルフィーユの姿を思い出し、何故だか自分自身に対してイライラした気分になる。
それと同時に、桃矢に心の奥底を見透かされているような感じがして気恥ずかしいような気分にもなった。
「そんなこと、お前には関係ないだろ」
「確かに関係ない。でもな、一つだけ言わしてもらう。大切な人は失ってから大切だって気が付くもんなんだよ」
「・・・」
「俺もな、大切な人を失ってからどうして無理にでも抱きとめなかったのか後悔したんだよ。お前はまだ間に合う」
96妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/04/04(月) 01:19:10 ID:qjypHUPB0
断片的な記憶しか俺には残されていない。
でも、ずっと前から俺とミルフィーユは出逢っていた。
記憶の食い違いで間違っていたのかもしれないが、ひょっとしたら記憶の奥底にある思い出の、あの金髪の少女がミルフィーユだったのかもしれない。
(「でも私、記憶が戻ったんです。だから、本当はこの子と・・・そしてあなたと逃げようと思っていたんです」)
ミルフィーユは記憶が戻ったと言っていた。
過去にどんな辛いことがあったのか思い出したにもかかわらず、俺たちと逃げるために。
もし病院に連れ戻されたら酷い目にあうかもしれないのに、危険を冒してまで尽くしてくれたのに。

そうだ。
俺は、俺はミルフィーユのことが・・・・
世界中の誰よりも・・・

「行け!今すぐその大切な人を抱きしめて二度と離すんじゃない」
「ミルフィーユ、ミルフィーユ。ふんがーーーーーーーーーーーっ!」
俺は雄叫びを上げると宿に向かって走り出した。

「さて、俺もねぐらに帰るとするか」
走り去る俺の姿を見届けると、桃矢は煙草に火を点け雨の中を歩いて行った。

俺と桃矢のやり取りを見ていた野次馬は呆れた様子で店内に戻っていったが、唯一人だけ店のバーテンだけは真顔になって呟いた。
「やりやがった。あいつら金払ってねぇし」
97妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/04/04(月) 01:20:35 ID:qjypHUPB0
宿の入口を開け勢いよく中に入ると、フロントの前に置かれたテーブルの前にはココモとマリブ、そしてミントちゃんが居た。
ココモとマリブは驚いたような顔をして俺を見たが、すぐに元の表情に戻ると落ち着いた様子で挨拶をした。
「えーと、ミルフィーユさんは部屋の掃除をしているので、ミントちゃんに絵本を読んであげていたんですよ」
何か様子がおかしい。
ミルフィーユがミントちゃんを他人に任せて部屋に戻るなんてありえない。
つか、こんな時間に宿の掃除なんてしないだろう。それに掃除はこいつらの仕事じゃないのか。
様子を窺うために
「そうか・・・ミントちゃんそうなの?」
ミントちゃんに問い掛けたが、そっぽを向いて怒ったような感じで答えた。
「ママにいじわるするパパなんてきらいでちゅわ」
どうやら先程のことをまだ怒っているらしい。そりゃそうだろう。
「いや、今から謝ってくるから。ごめん・・・」
俺はミントちゃんに謝りながら階段を上がろうとしたが、ココモが前に立ち塞がると引き止めた。
「い、いま部屋は掃除中なんだ。そうだ人生ゲームやらないか。最新版だぜ」
こいつら絶対に変だ。ココモを強引に押しやると俺は階段を駆け上がって行く。
三階手前まで来ると、俺は足音を忍ばせながら301号室の前で立ち止まった。
扉は半開きになっており中から複数の人の気配が感じられる。
ミルフィーユ以外に誰かが居るのか?
酷く嫌な予感がする。
扉の隙間から室内を覗き込んだ俺はショックで全身が硬直した。
そこには言い争いをしているミルフィーユとタクト・マイヤーズの姿があったのだ。
98妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/04/04(月) 01:21:43 ID:qjypHUPB0
タクトはミルフィーユの顎を掴み顔を引き寄せると、口角に泡を飛ばしながら怒鳴り散らした。
「任務とはいえ奴と結婚して子供まで産んで、もっともキチガイを監視する役目なのに自分もキチガイになって子供を殺しちまうんだからな。
ミイラ取りがミイラになったって訳だ」
「や、やめて・・・」
「あんな奴でも抱かれて情が移ったのか?奴に抱かれて感じていたのか?この淫売め」
足の力が抜けたのか、ミルフィーユはよろめき床に座り込もうとしたが、タクトは髪を掴んでそれを許さなかった。
「まったく、お前みたいな汚れのキズモノと許婚にされているなんて、俺はいい笑いものだ」
何を言っている?
タクトがミルフィーユの許婚だと?
それに奴って誰だ?
以前、ミルフィーユが自分の子供のことを話していたが、その父親を監視していた?
解らない。一体なにがどうなっているんだ。
99妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/04/04(月) 01:22:26 ID:qjypHUPB0
半開きだった扉をゆっくりと開いていく。
ギイイイイイイ・・・
錆びた蝶番が音を立て、俺とミルフィーユと、そしてタクト・マイヤーズを対峙させた。
タクトは全然臆した様子はなく、まるでこうなる事を予測でもしていたような態度で俺を見た。
昼間は気が付かなかったがタクトの身長は結構高く、まるで見下されているような不快な気分にさせる。
「孟宗・・・さん」
涙ぐんだ瞳を見開き、ミルフィーユは驚いた顔で俺を見つめる。
「手を・・・放せ」
この時、俺の声は酷く震えていた。
恐怖とかそんな感情の所為ではない。
『不安』
ミルフィーユが何所か遠く、俺の知らない所に行ってしまうのではないか。
それを考えただけで俺は小便を漏らしてしまいそうな変な気分になった。
「手を放せって言ってんだ」
意を決しタクトに掴みかかろうとしたその瞬間。
100妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/04/04(月) 01:23:05 ID:qjypHUPB0
ゴンッ!
後頭部に走る衝撃。
ああ、引っ叩かれたり殴られたり。
エキサイティングな一日だな、おい。
床の上で頭を抑えながら顔を上げると、鉄製の花瓶を手にしたウォルコットが、やれやれといった表情で立っていた。
部屋の中にはウォルコットも居たのか。
くそ、油断した。何時も肝心なときにヘマをしてしまう。
しかし意識を失う訳にはいかない。今、ミルフィーユを助けることが出来るのは俺しか居ないのだ。
だが現実はそれ程甘くなかった。
101妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/04/04(月) 01:23:46 ID:qjypHUPB0
「女性に乱暴を働くことに手を貸すのは心苦しいですな」
「いいから黙って言われたとおりにしろよ。ヒゲ」
ウォルコットは懐から注射器と何かの薬品が入った小ビンを取り出すと、俺の頭を持ち上げて首に注射をした。
途端、全身から力が抜けたが、意識だけは異常とも言える程はっきりとし、薄暗い室内の明かりでさえ眩しく感じるように思えた。
「あまり無茶なことはしないで下さいよ」
「用が済んだらさっさと出て行けよ。このショータイムはこの野朗一人の為に公演するんだからな」
ビリリリリッ!
「いやあああああああああ」
ミルフィーユの悲鳴が響き渡る。
タクトは下品な笑みを浮かべミルフィーユの服を引き裂くとウォルコットを怒鳴りつけた。
露になったミルフィーユの肌を横目に見ながらウォルコットは部屋を出て行く。
「お願いします。やめてください。この人の前でだけは・・・許してください」
「バーカ、こいつの前でやるからおもしれーんじゃないか」
睨み付ける俺の顔を覗き込みながらタクトが言った。
「おー、怖い怖い。まるで狂犬だな。でも野良犬のように転がっているのがお前にはお似合いだよ」
俺は身体に力を入れたが指一つ動かすことが出来なかった。
そのくせ意識だけがはっきりとしている所為で、衣服の破れる音、タクトの荒い息遣い、そしてミルフィーユの泣き叫ぶ声が脳に直撃するかのように聞こえてくる。
あいつ、ミルフィーユに何をする気だ。何を・・・
いや、何が起こるのか俺は理解していた。
ただその現実を受け入れたくなかっただけだった。
102妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/04/04(月) 01:29:26 ID:qjypHUPB0




俺は・・・俺は・・・





俺は認めねぇ。






そんなこと認めるわけにはいかない。
だが冷酷にもその現実は俺に重く圧しかかってきた。
俺の意思がそれを否定したとしても、その現実は決して変わることはないのだ。




そして、ミルフィーユは俺の目の前でレイプされた。
103CC名無したん:2005/04/04(月) 20:53:40 ID:6vK0+pOs0

「そうよ、これは貴方よ。貴方自身の記憶層から引っ張り出した映像。だから貴方の記憶とも言える―まあ言い換えにすぎないのだけど、とにかくこれは、こっぱずかしいあなた自身の記憶よ」

『お母さんがゴールだから…もう、ゴールしてもいいよね?』

「うわあ、いい年した男が号泣なんて。それも平日深夜、一人きりの自宅で?」
 哄笑を伴ったちとせの声。そうだ、画面の中の俺は暗い室内で一心不乱にテレビを見ながら泣いていた。

『私は全部やり終えることができたからだからね、もうゴールするね…』

 俺が見ているテレビの画面ではちょうどクライマックスなのか、少女と思しき登場人物がよろよろと立ち上がり手前に向かって歩いてくる。
 だだ泣きの画面の中の俺。

「いや、ちょっと待ってくれ」
 うろたえを隠し切れず、声が上ずってくる。しかしちとせは容赦なく俺に屈辱的な言葉を浴びせた。
104CC名無したん:2005/04/04(月) 20:54:10 ID:6vK0+pOs0

「うわあ、アニメ見て泣いてる!キモいキモい!キモオタ!キモオタ!」
 しかし俺は俺と画面の中の俺が見つめている俺自身が涙を流している対象物に耳目を奪われていた。
『私のゴールは幸せと一緒だったから。ひとりきりじゃなかったから。だから、ゴールするね…』
 
 ♪あのうみー
 
 崩れ落ちる俺と画面の中のテレビの中の俺の人。
「あれえ?深夜に?立派な社会人が?平日なのに?テレビの前でひざを抱えて?あらあら、何を見ているのでしょう…プッ!アニメですわ!
まあ、アニメですわ!あはは、貴方、夜中にアニメ見て泣いているの?それって恥ずかしくない?カッコ悪くない?気持ち悪くない?ダサくない?つうかオタク?オタクなの?それも萌えオタ?」
「違う!」
 俺は首を振って必死に否定した。何かが間違っている。おかしい。
「俺は萌えオタなんかじゃない!AIRは単なる萌えアニメじゃないんだ!」
 ちとせのあざけりが激しくなる。
「あーおかしい、アハハハ、これはアニメよ!アニメなのよ!」
 論旨がずれてきたような気もしてきたが、歯止めが利かない。
105CC名無したん:2005/04/04(月) 20:55:07 ID:6vK0+pOs0

「違う。AIRが誕生した時代は一言で言えば脱構築の時代であったと言える。
麻枝はAIRをアパイアを引用して簡潔に定義している。それによると、エロゲ
ーについての議論が建築芸術から詩まで幅広い領域で存在していることを
十分踏まえた上で述べるならエロゲーとは「ある固定的解釈をある社会集団
が特権化している立場であるとすれば他方においてエロゲーとはまさにその
ような特権を否定し複数の声が主張できるスペースを切り開く立場である」と
いうスタンスを取っている。文化人類学においてはそれまでの「民族」や「伝
統」といった本質的なカテゴリーを脱構築することがエロゲーの目指すところ
であったがエロゲーというワードを解釈すればそれまで文化を語る特権をも
っていたとされた文化人類学者以外の人々にも発話のスペースが与えられ
ようとしている状況を指して「エロゲー人類学」と解釈することも出来るだろう
。異文化を見るときに人は「意図的ではなくとも知らず知らずのうちに気がつ
いてみると自分の文化的フィルターを通して」しまうしかしこれまで文化人類
学者は「未開文化の専門家」とされ一般の人が持つような自文化のフィルタ
ーを持たずにまたは持っていると認めるとしてもそのフィルターはごく薄いも
のでフィールドワークという現地に密着した研究をした結果オタクの文化を客
観的かつ全体的に記述できるとされてきたところが本田透の『電波男』が出版
されて以降人類学がエロゲーを本質主義的に規定し自文化とは異なる純粋
な他者として把握してきたその姿勢を自省する動きがみられるようになってき
たのださらにエロゲーというジャンルが文学/非文学の力の不均衡の上に成
り立って発生したということが指摘されエロゲーマーが文化を書く権利がある
のかないのかということが問題視されるようになったのだ」
106CC名無したん:2005/04/04(月) 20:55:48 ID:6vK0+pOs0
 
 はあはあ。俺が息継ぎもせず一息に言ったのを見て―ちとせは呆然と呟いた。
「キモい…しかもどっかの論文転載して…」
 俺も我に返る。まるで何かに取り付かれていたようだ。
「いや、ちょっとまて。おかしいじゃないか、一つ質問しても良いか?」
 ちとせは呆然とした表情のままで応じた。何処と無く目が虚ろだ。無理もない、キモオタを目の当たりにしたのだから。ある意味レイプされたに等しい。
「良いわ…一つだけ答えてあげる」
「前の生理はいつだった?」
「3週間前だったかな…。私生理が重くて」
 すげえ!つうことは。
「じゃ、じゃあさ、いまヤっても妊娠する可能性低いよね、荻野さん曰く!」
「ええ…そうなのかしら」
「おいおいマジかよ!なんだか興奮してきた!」
 女の子の生理の周期にはものすごく興味のある俺だった。
「ヤろう!今ヤろう!いますぐ!」
 
 ―チャ。
 
 ちとせはすばやい動作でなにか黒光りしたものを懐から取り出した。
 拳銃だ。小柄な彼女にはつりあったサイズだが、護身用の小型拳銃に見える。
「アホか」
 呆然としていた瞳には精気がもどっていた。
 
107CC名無したん:2005/04/04(月) 20:56:21 ID:6vK0+pOs0

「なんでたった一つ許可した質問が私の生理周期なの!」
「ああーっ!しまった!もっと大切なこと聞きたかったのに!お願い、もう一つだけ教えて」
「涙目になるな、キモオタめ!本当に撃つわよ!まったく、何処で記憶のスイッチが切り替わったのかいらん下ネタ覚えて」
 ああ、そうだ。記憶の話だ。今のがCROSS†CHANNELのパク…オマージュだったことは伏せておこう。
「ちとせ」
 俺は真顔になって言った。
「なによ。私の排卵周期ならもう教えないし、それにもう質問は許さないわ」
「じゃあ良い、俺の独り言だ。お前、これが俺の記憶だって言ったよな」
 ぷい。ちとせは眉一つ動かさない。このままでは本当にあの銃で撃たれそうだ。
「じゃあ、なんで俺はあの中で”俺自身”を見ていたんだ?あの視点は、誰の視点だ?おかしいじゃないか、俺の記憶なのに俺を見ているなんて」
 ちとせは薄く笑った。その笑いにはあざけりのニュアンスは感じられず、ちょっとした疲労感を感じさせて、その雰囲気は彼女をすこし大人っぽくみせた。
「はあ。まあ良いわ。毎回貴方には話しているんだけど、貴方はどうせ次に目を覚ませば忘れてしまうんだから」
「何?それではキミの月経周期も忘れてしまうのかというのかね?」
「やっぱり、このまま殺そうかしら」
「嘘です、続けてください」
「……」
 気まずい沈黙のあと、ちとせは口を開いた。
 
108CC名無したん:2005/04/04(月) 20:57:20 ID:6vK0+pOs0

「貴方は、いま貴方が持っている貴方自身の記憶が時系列通りに並んでいると思う?」
 へ?おれは首を捻った。
「言っていることの意味が良くわからないが」
「つまり、貴方の記憶は限定的で途切れ途切れになっていると思うけれど、それが旧いそれから順番にたどられていると思う?」
 何を言っているのだろう。
「ああ…。だいぶ忘れているようだが、おおよその見当がつく。自衛隊のころかそれともその後だか知らないが、まあ多分自衛隊のころ起こした
不祥事の所為だろうけど、俺は精神病院に入れられた。最初は閉鎖病棟に入れられて、ああ、ええと…誰かを殴ったりしていた」
 ちとせは相変わらずあの疲れた笑みを浮かべている。皮相的で、そしてある意味セクシャルな表情だと思った。
「その後開放に移って…。ああ!俺はミルフィーユを庭石で殴り殺そうとしてしまった!それに、誰かに殺されかけたり…とにかく、そうしてまた閉鎖だ。そして、また移った閉鎖病棟で俺は、俺は…」
 
 やばい。気分が悪い。
 
「俺はとんでもないことを」
 俺はえずいた。噎せ返る。
「無駄よ、やめなさい」
 ちとせの冷静な声。
109CC名無したん:2005/04/04(月) 20:58:21 ID:6vK0+pOs0

「なるほどね。貴方はそうやって、時系列に都合をつけているようですけど。さて、貴方の今言った筋書きが、果たしてそのとおりに並んでいるのかしら?」
 落ち込んだ俺にはちとせの言うことが理解できない。いや、俺の心の深い部分が何かを拒んでいる。
「貴方が体験したことの順序が違うかもしれない。精神病質者を自衛隊は雇わない?だから精神病院入院はあの戦争の後。なるほど、論理的ですね。
でも、貴方の記憶層のさらに深いところには、サラリーマンの貴方もいるし、理髪店経営、ホームレス、マルチの子ねずみ、変態ゆうかい魔、鬼畜、ダニ、フニャチン野郎、その他色々」
 ああ、そうだ。パチンコ屋で庖丁を振り回した俺。満員電車でカッターでOLに切りつけた俺。薬物中毒。失恋で自殺未遂。
 なんだこれ。いくつもの俺がいる。俺の頭の中にいくつも俺がいるぞ?
 ぐるぐるぐるぐる。思考がループする。身体が熱い。いや、脳だ。脳が熱い。空が痒い。
 
 
「俺は、誰だ」
 ずいぶん時間がたったように思える。見上げるとさっきの疲れた様子を引っ込めて、サディスティックな笑いを浮かべたちとせがいた。
 
110CC名無したん:2005/04/04(月) 20:59:27 ID:6vK0+pOs0

「貴方は、貴方よ」
「ちょっと待てよ。俺は一体なんで精神病院にいるんだ?こんなの、一回入院したらしばらく出れないだろう、しかも悪名高い友枝精神病院閉鎖病棟だ。こんなにたくさんキチガイ犯罪を犯せるわけ無いだろう」
 ふふん。鼻で笑うちとせ。
「だから、貴方の記憶が時系列順に並んでいるわけでは無いと言っているのよ。
貴方の過去が一体どういう順番で成立しているのか。それとも貴方の記憶は果たして貴方の過去を率直にあらわしているのか。もしかすると、それらのことを同時に体験しているのではないのかしら」
「大胆な仮説だな」
 強がりに過ぎない。俺の中で何かが崩れ去ろうとしている。
「うふふふ。貴方の記憶は貴方の記憶なのかしら?貴方の過去は貴方の過去かしら」
 訳がわからない。訳がわからない。
「これは仮説じゃあ、ないわ。だって」
 ちとせが俺の横のモニターをばんばん、と叩いた。さっきまでの俺(と思しき人物)の狂態は消えている。
 そして
 ああ、そして―!
「全部、仕組まれたことですもの」
111名無しさん@Linuxザウルス:2005/04/04(月) 21:06:17 ID:0Nh92mUk0

 気が遠くなる。そのモニターの中の光景に気が遠くなる。
 モニターの中はうっそうとした緑に覆われている。いや、アレは―
 樹だ。彼女が言うところの、宇宙の樹。
 そう、その”彼女”はその樹に掌をついて立っている。
「ヴァニラ…」
 俺は呆然とその名を呼んだ。
 そうだ、ヴァニラだ。ヴァニラ・アッシュ。
 画面の中で彼女は赤い瞳をこちらに向けている。その姿はあまりにも儚げで、そして厳かだった。
「さっきの話を覚えているかしら」
「…何のことだ」
 生理周期の話しかと答えようとちらと思ったが、ボケる気力も無い。
「戦争の話よ。何故戦争が起こるのか、何を求めて他者から奪うのか」
「ああ。エネルギーがどうとか言ってたな」
 力なく答える。
 煩い黙れ。俺はヴァニラに聞きたい事があるんだ。
「私たちはそれを手に入れた。ただ、使いこなすまでには至っていない。それを安定して取り出すことが出来ないでいたのよ」
「ふうん」
「呆けてるわね。まあ、今回貴方の記憶層から取り出せた事象はかなり中核に迫っていたわ。貴方は宇宙が誕生する場面、天地創造を外側から眺めるところにいた」
「はあ」
 どうでもいい、そんなこと。ヴァニラのことを思い出してから、おれは妙にぼんやりとしてしまっている。
それはあまりにも膨大で、まったく処理が追いついてこない。ただ、ヴァニラという存在から得た知識の羅列を眺めるだけなのだ。
112名無しさん@Linuxザウルス:2005/04/04(月) 21:07:36 ID:0Nh92mUk0

 
「私たちが取り出すのは宇宙を作るエネルギーよ。まあ、言っても貴方には理解できないでしょうけど」
「できるぞ」
 俺は画面を見ながら言った。
「俺はそれを知っている」
「そうよ。知っていても言葉に出来ない。そうでしょう」
 頷いた。嫌に素直な自分に、疑問すら感じなかった。
「まあ、あとどのくらいかかるかわからないけど、貴方がそれを読み取る鍵なのよ。
まったく、時空の揺らぎが観測されたからこの病院から引き離したというのに、戻ってくるなんて…ちょっと、聞いてる?」
「うん」
「はあ。とにかく、ここは危険なの。災害が起こる規模よ、それも惑星単位の。貴方、ここにいてそれを感じないの?」
「感じる。存在密度」
「へえ。やっぱりね。って、いつまで呆けてるのかしら」
 ぷつん。ヴァニラが消えた。まるで魔法から解けたように、俺も覚醒した。いや、意識を喪っていたわけではないのだが、
まるで眠っていたかのようだった。
「あう…あれ?」
「まだぼんやりしているようね」
 ちとせがモニターをバンバンと叩く。まったく、精密機械をなんて乱暴な扱いをするのだ。
「ここは危険だって言ってるでしょう。ちょっと荒療治させて頂きますわ」
 なんだ?
 モニターにまた画像が。音声が流れる。ああ、また俺の記憶だ。
113名無しさん@Linuxザウルス:2005/04/04(月) 21:08:48 ID:0Nh92mUk0






『うっひょー!ええのうええのう!エロ同人はええのう!』
 
「うぎゃあああああああああああああああ!」
 俺は叫んだ。
「ちがう!これは俺じゃない!」
「だから貴方の記憶であって、貴方のものとは―ああ、まあいいわ」
 画面の中の俺(と思しき人物)が叫ぶ。こきたなく散らかったアパートの一室で、股間に手をやり一生懸命に自分自身を撫でさすっている。

『うむ、やっぱりこういう夏真っ盛りの天気のいい日はクーラーの効いた部屋の中でエロ同人を読むに限る!善哉善哉!』
 
「ちがう…これは、ちがう」
 まさに灰になろうとしている俺にちとせは容赦なく追撃を加えた。
「うわあ。これ、アニメですよね。なんですか?アニメですよね、アニメの漫画ですよね。なんでアニメなのにいやらしいんですか?なんでアニメなのにエッチなんですか?考えられない、きっしょ!きもっ!
おかしくないですか、アニメなのにいやらしいなんて。しかもこれ、みためどう見ても小中学生にしか見えないようなアニメキャラの…うわあ。あっ、あんなことを。あんなので、あんなので興奮するんですか?ひゃあ」
 
114名無しさん@Linuxザウルス:2005/04/04(月) 21:11:30 ID:0Nh92mUk0

 
「知らん!俺は知らん!」
「嘘ばっかり。うわあ。さっきアニメで泣いてたくせに、今度は下から。あらやだ、わたしったらつい下品なこと。
でも貴方の下品さ、愚劣さに加えたら。さっきなんだかアニメが高尚なものであるかのような物言いをしてましたけど、結局のところ歪んだ欲望のはけ口」
 まるでバグラチオン作戦の親衛赤軍のような怒涛の罵倒。
「うわあん」
 俺は泣き出した。
 
『うっひょお!お気に入りのアニメキャラやゲームキャラがあんなことやこんなことに!ああ、ええのうええのう!まったくもってエロ同人は良いのう!
現実の女なんて気持ち悪い。まったく現実の女にもてようとするなんてぞっとするよ!その点エロ同人はええのう!あっ!あっあっあっあっ俺エクスタシー!』
 
 俺(と思しき人物)は果てた。俺はちからの限り叫んだ。こんなの、こんな俺なんて−

「俺は認めねえ!」
 
 
115CC名無したん:2005/04/05(火) 20:38:02 ID:3Y2F+7gJ0


 屈辱と全世界からの嘲りの笑いに身を浸した俺。不快なあおみどろの液体の肌触り。俺を蝕み支配している感情はそれだった。
「違う。俺は、違うんだ…」
 気まずそうでありながら、にやにや笑っているちとせ。あの一見”気まずそう”に見える仕草も、きっと俺を笑うためのものに違いない。
「ま、まあ、そうですね。人には色々嗜好というものがあるし。というか、貴方わたくしの話を聞いていなかったのですか?」
 俺はちとせの言葉を吟味した。ちとせの話。
 俺の記憶―自費出版のアニメ関係の漫画を見て自慰行為に耽る俺。キチガイというか、あまりにもアレな俺。しかし。
「俺の視点ではなかった」
 そうだ。アレは俺を外側から見たもの。俺(と思しき人物)を第三者の目から見ている何か。
「そうだ、アレは俺ではない!」
 
『うっひょおおおおーーーー!ふたなりふたなり!白からちんこがはえて黒のきつきつまんこにぶっささる様が愉快でなりませんのう!やっぱり白はちんこがはえてなんぼのものですのう!
というか、俺が白になって黒を犯したいというよりも、黒になって白に犯されたいですのう。ええのうええのう、ふたなりエロ同人はやっぱり』
 
「うぎゃあああああああああああ!」
 俺は再び悲鳴を上げた。
 
116CC名無したん:2005/04/05(火) 20:39:48 ID:3Y2F+7gJ0

「違うんだよ!これは俺じゃない!俺じゃないんだ!」
 違うはずなのに。なんで俺はこれを俺の記憶として認識してしまうのだ。
「あらあら。ホント、変態ですねえ。ああいやだ、女の子の股間にあんなもの」
「だから俺じゃねえって言ってるだろう!」
 がんがん。ちとせがモニタを叩いた。画面がまた消える。俺のこころに再び平安が訪れた。なんなのだ、まるで何かに振り回されているようだ。アレは俺でないはずなのに、俺の脳の中には鮮明にアレが残っていて、再生されると俺はその記憶を取り戻すのだ。
「はあはあ。アレは、違う。違うんだ」
 ちとせが笑いながら俺に答える。
「ああ、申し訳ありません。つい面白かったもので」
 ちっとも申し訳なさそうじゃない。
「貴方の脆弱な自同律は貴方を支えきれません。貴方がこの記憶も含めて、全ての記憶を一元的に管理できず、時系列のつじつまも合わせられない以上―導き出される答えは一つかと思います」
 俺は落ち込んでいた。さっきから俺の見せたくない部分というか、一体なにかえたいが知れないのだけれど、俺だとしか言いようの無い何かが恥ずかしい行為をしているところを目の前の女の子に見られているのだ。
 しかし。
 その記憶は、彼女の言うとおり―つじつまが合わない。俺の記憶の系統からあまりにも離れていて、ぽっかりと浮かんでいる。他の記憶が一本の道だとすれば、今見せられたそれは、その向こうはもちろんたどってきた道すがらにも存在しない。
 
117CC名無したん:2005/04/05(火) 20:41:02 ID:3Y2F+7gJ0

「つまり、これは―俺の記憶ではないと」
 
『触手!触手はええのう!あー普段は勝気なアニメキャラが触手から穴という穴に媚薬をビシュービシュー流しこまれてアンアンよがるさまはええのう!』
 
「ぎゃあああああ!いい加減にしてくれ!」
「あはははは!ああ、面白い」
 半ば笑いに耐えかねたという様子でちとせがモニタを叩く。また俺の動画と音声が消える。
 はあはあと息を荒げて俺はがっくりと肩を落とした。まるで関東軍防疫給水部の実験、ゲシュタポの拷問だ。あの画像を見るたびに心拍数が跳ね上がり、俺は赤面する。
 そして恥ずかしいことだが。
 ちとせの罵倒やら蔑むような目を見るたびに、俺は。
 勃起していたのだ。それは回数を重ねるごとに角度を増し、今では不自由な姿勢でありながら何とかちとせに見つかるまいと
微妙に腰を捻って、スコットの南極探検隊もかくやというばかりの手際で股間に設営されたテントの高さを隠そうとしていた。
「何故だ。理性ではおかしいと感じているのに、つじつまが合わないのに、そこに写る画像を俺自身の記憶だと感じてしまうのは」
 あははは。からからとわらいながらちとせが答える。
「あなた自身の記憶でもあるし、そうでもないとも言える。貴方が見ている事柄なんて、この世界の一部でしかありません」
 ちとせが俺の方へ近寄ってきた。
 
118CC名無したん:2005/04/05(火) 20:41:55 ID:3Y2F+7gJ0

「さあて、そろそろ眠って頂きましょうか。また貴方はここからやり直すのです。開放病棟か、閉鎖病棟かは―お楽しみということで」
 急に素の表情になると、ちとせはモニタの後ろからキーボードを取り出して操作を始めた。
「俺の―俺の記憶は、何処だ」
 ちとせは作業に没頭しつつ答える。かちゃかちゃとキーを叩く音。
「貴方の頭の中に」
「嘘だ」
「本当です。貴方が覚えていること、それが記憶。記憶中枢が神経を伝達する、その経路の中で形成されている貴方が特定の条件下で引用し利用することが出来る情報。つまり貴方の記憶」
 詭弁だ。
「違う。俺が体験したこと、俺の行い。俺の本来持っているべき正確、形質は何処だ」
 ちら、とちとせは俺の方を見やった。哀れむような視線。
「そんなもの、何の価値が?」
 何を言ってやがる。反駁する。
「だって、俺のこれまで培ってきた人生の経験や、俺のやってきたことが俺である証じゃないか。本来の俺を返せ。お前が何をやっているのか知らないし、エネルギーとやらにも興味はない。だが」
 ちとせは俺の言葉をさえぎった。
「だからいまさら、そんなものに価値は無いでしょう?そりゃ、貴方の大元のバックアップは取ってあるけれども」
 バックアップ。そんなものが存在するのか。俺自身の過去の時点においての、コピー?
 
119CC名無したん:2005/04/05(火) 20:43:21 ID:3Y2F+7gJ0

 だが、続くちとせのことばは俺のそうした甘美な感情―幻想といってもいいそれを奪った。
「でもそんなもの、何の意味があるの?」
 コンソールから目を離して、ちとせは俺に向き直った。
「貴方がそれを与えられたとして、貴方はそれを信じることが出来るのかしら?いま貴方の脳から取り出した記憶は間違いなくあなた自身の脳から
取り出したものよ。いまさら外部から別の記憶を与えられたとしても、それを信じることが出来るのかしら」
 
 俺は言葉を失った。ちとせがコンソールを弾く音がまた始まる。俺はしばらくその音を聞くしか出来なかった。
 そうだ。今の俺が仮に本当の俺の全情報、全記憶をとり戻したところで、それを信じることが出来ない。
それは100パーセント信じるに足るものではない。今のように、記憶の視覚化が止まったとたんに記憶として認識されなくなる。その程度の脆弱性しかもっていない。
 そんなものに、価値があるのか―。
 足元が揺らぐ。俺の存在は。俺は本当に存在しているのか。存在しているとして、俺はそれを認識できるのか―。
 
「俺をどうするんだ」
「探索を続けてもらいます。世界の外側、次元のかなたへ」
 
120CC名無したん:2005/04/05(火) 20:44:05 ID:3Y2F+7gJ0

「ああ。あの樹のところへ行くのだな」
「そうですね」
 なんとなく腹が立つ。理性的なものではない。ただ、なんとなくだ。強いて言うなら、他人に自分の意志を思うままにされているという不快感であろうか。いや。
 俺が腹立たしく思うのは、この女が―烏丸ちとせがヴァニラの身に何らかの災いをもたらそうとしているように感じられたことだ。
 ふざけるなよ。
「ヴァニラさんはあの場所で平穏を得られたのだ。ヴァニラさんはあそこで満足していらっしゃる」
「は?」
 ちとせが再び、今度は疑念の色も新たに顔をあげた。
「いや、なんでも。ところで、ちとせ」
 俺にはちとせが何をしようとしているのか、おおよその見当がついた。
 つまりだ。また目覚めれば病院の中、というわけだ。俺を悩まし続けた改造手術の妄想、それは―これだ。
 畜生!いまここでやっと理解できた。妄想でもなんでもない。こうして俺は精神を支配され、蝕まれていたのだ。
 なんて回りくどいやり方。しかし今はそれを問いただす気にもなれない。ただ俺の中にどす黒い怒りがむらむらとわいてきたのを感じた。それは―俺の下半身から滾っている。
 そうだ。俺は激しく勃起していた。さっきのちとせの罵倒が俺の何かに火をつけていた。俺のもつ俺自身は熱く反り返っていた。微妙にカラダを傾けているのでちとせには見えていないだろうが、俺はもはや暴発寸前になっていたのだ。
 ―このアマ。
 
121CC名無したん:2005/04/05(火) 20:45:09 ID:3Y2F+7gJ0

 何かが俺の元に降りてくる。何かが俺を導く。苛烈な意思。それは記憶に基づくものではない。もっと根源的な何かだ。
 俺は凶暴な感覚が俺自身を包むのを感じた。それは何より支配的で圧倒的なものだった。
 俺を突き動かすのは理性でも自己への探究心でもない。宇宙のことわりなどどうでも良い。ただ、ただ。もっと原始的で。そうだ、ちとせは気がついていない。
 
 無理も無い。こいつは女だ。
 男がどういう生き物かわかっていないのだ。
 過去?自分の記憶?そんなことは後回しだ。どうでも良い、あまりにもどうでも良い。それよりこいつ、どうにか―。 
 この女!!
 
「なあ、ちとせ」
「なんですか。もうすぐ終わりますから、待っていただけますか」
 ちとせはもう俺の言葉に耳を貸さなかった。ただ、自分の作業を続けるのみ。立ちっ放しでコンソールを恐るべきスピードで操作する。
「ああ、それ、やりながらで良いよ」
 獲物を狙う猛獣がしなやかに。あくまでも狡猾に、そして怠惰を装うように。俺はちとせに話しかけた。
「そう言っていただけると助かります」
 馬鹿め。そう言って澄ましていられるのも今のうちだ。
 
122CC名無したん:2005/04/05(火) 20:46:00 ID:3Y2F+7gJ0

「俺さ」
 俺が投擲するのは、爆弾だ。こいつがどういう反応をするのか。その全てを俺は全身で感じ取り、そして速やかに行動を起こさねばならない。
「俺さ、ヴァニラに会ったよ」
 何の気負いも無いふうで、俺は言葉を口に出した。
「―え?」
 効果絶大。ちとせはそれまで見せたことの無い表情で俺を見つめた。
「俺、ヴァニラに会ったよ」
 繰り返す。
「嘘―嘘でしょう、そんな」
 呆然としているちとせ。アハハ、当たり前だ、嘘だ。だが俺は目的達成のためならどんな嘘でもつく。だって、
 目の前に、
 こんな獲物が。
「本当だよ。俺のブルゾンの内ポケットに証拠が入っているぜ」
「世迷言を!」
 ちとせの顔色が明らかに変わっている。
 思ったとおりだ。ヴァニラからの現実世界での接触。それはちとせにとってもイレギュラーな事態だったのだ。そうして、それを証拠だてるものも俺は持っている。
 それは取引材料ではない。ちとせの動揺を誘うものだ。しかし、それが成功することを知っていた。何故なら、ヴァニラから配達された荷物は、ことごとく―。
「右側の内ポケットだ。取り出してみな。それがヴァニラから預けられたものだ。お前にも見覚えがあるだろう、それ」
 
123CC名無したん:2005/04/05(火) 20:54:13 ID:NN5/uGZj0
 
 ちとせは動揺しながらも、俺に拳銃を向けている。俺のブルゾンに手をかけた。俺は両腕を手錠で拘束されている。その手錠はソファの腕木にがっちりと固定されていてまるで身動きが取れないのだ。
 ちとせが俺の懐をまさぐる。彼女の頭が俺の目の前にあって、髪の匂いが俺の鼻腔をくすぐった。なんともいえない甘い香り。俺はいっそう血が滾るのを感じた。
「ああ、駄目だよ。このままだと取り出せない。せめて右腕だけでも手錠を外さないと」
 そうなのだ。俺が身体を捩ったため、右腕に向けてブルゾンの内側の生地が押し込まれたようになっていて、ちょうど内ポケットの中の固形物が袖の方へと進入して来ていたのだ。
 ちとせは少しためらった。俺のブルゾンの上からその物体を触る。
「確かに―なにか、入っているわね」
 ちとせがポケットから鍵を取り出した。がちゃがちゃと音を立て俺の右腕の手錠を外す。
「おかしな真似をしたら、殺しますよ」
 拳銃で威嚇しながら、俺の右腕の拘束を解き放った。
「まさか。俺も真実に近づきたいだけさ。そのために協力は惜しまない」
 剣呑剣呑。俺はしかし比較的冷静だった。何故なら、確信がある。
 出目のわかっているルーレット。いかさま賭博だ、こんなもの。だってヴァニラからの荷物は。
 俺の襟元が開かれる。まるで着替えをさせられているようだ。これも微妙に興奮するなあ。そうしてちとせの手が俺の腋下でなにかに行き当たった。
「―これね」
「ああ。壊れやすいから、慎重にな」
 すっと引っ張り出す、細長いプラスチック製のそれ。突起が多く破損しやすいのは事実だった。
「―!」
 ちとせは息を呑んだ。
 
124CC名無したん:2005/04/05(火) 20:55:51 ID:NN5/uGZj0

「まさか!フォルテさん」
 あはは。思ったとおりだ。
 隙だらけだぞ、ちとせ。
 俺は解放された右腕をちとせの拳銃を構えているほうの掌に飛ばした。音も無く、限りなく自然な動作で。
 そしてそれが成功することに確信を持っていた。
 撃鉄と遊底の間に親指を差し込む。そのままてのひらで拳銃を受けると同時にちとせの手を小手返しの要領でねじる。ちとせが取り出したものから目を離し、驚愕の表情を浮かべたときには、もはや事態は俺の支配下に落ちていた。
「何を…!」
「さあな」
 ちとせのおびえたような声を愉しみながら、拳銃ごとちとせの右手首をねじり上げた。たちまち苦痛の呻き声をあげるちとせ。ちとせが俺の懐から取り落としたモノが床に転げ落ちる。プラスチックとコンクリートがぶつかり乾いた音を立てる。
「あーあ、かわいそうに、フォルテさん」
 1/8フォルテ・シュトーレンのフィギュアは腕やら足やらを破損しながら転がった。
「よっ、と。へへへ」
 俺は思い切りねじり上げたちとせの右腕を高く差し上げながら、ちとせの身体を迎え入れた。ほっそりとしたその肢体をなんとか動く両膝で挟む。
「鍵を出せよ」
 俺は顔を思い切りちとせに近づけてささやいた。まるでちんぴらだ、心の中で苦笑する。しかし―こいつに仮借をするつもりなどこれっぽっちもありはしない。
「そんな…駄目」
 弱弱しい声。ああ、愉しいなあ。実に愉快だ。
 
125CC名無したん:2005/04/05(火) 20:56:59 ID:NN5/uGZj0

「はあ?よく聞こえなかったけど。なんだったら撃ち殺すよ?」
 思い切りひざを締め上げる。内転筋の力のみだが、華奢なちとせにはそれだけでも充分な苦痛を与えることが出来たようだ。拳銃を奪い取る。瞬間、自由になった右腕をちとせは振りかざそうとしたが、即座にその動作をやめた。何故なら。
 俺が彼女の眉間に銃を突きつけたからだ。
「ははは。そんなもの、俺がヴァニラに会った証拠になるのかよ。お前、驚きすぎだ」
「でも―貴方が外からこれを持ち込むなんて、ありえませんわ」
 そうだな。俺は躊躇したが、真実を伝えることにする。
「ああ。信じるかどうかはお前に任せるが、それとヴァニラが関係していることは確かだ。何故ならそれはヴァニラから宅急便で届けられたものだからな」 
 大きく目を見開くちとせ。焦燥と、不安とが入り混じっている。
「ま、悪かったな。しかしお前も不用意すぎたぜ。軍人としては俺よりすぐれているのかも知れないが、ちょっと間が抜けていたな」
 俺はちとせの線の良い柳眉の間に銃口を押し当てた。
「何故?」
 ちとせは呆然とその銃身を眺めている。
「何がだよ」
「貴方が抵抗することに何の意味があるの?貴方はさっき完全にその意思を喪失していたはず。今の貴方には絶望があるだけよ。それなら今ここで私の言うとおりにしてリセットを」
 アホか。俺は笑いをこらえるのに必死だった。
「なあ、とりあえず残りの手錠、外してくれないか」
「そんな…!」
 
126CC名無したん:2005/04/05(火) 20:57:59 ID:NN5/uGZj0

「あー、まあ良いんだけどね。このまま撃っちゃっても、俺的には何の問題もないというか。ああ、撃ちたいなー。拳銃撃ちたいなー」
 酷薄なふうを装って俺は言った。いや、半分本気だったのだが。
 ちとせは酷く青ざめたふうで、ポケットの中から手錠の鍵を取り出した。ポケットから隠し武器でも出てくるかと思ったが、そうしたこともない。俺を銃一丁で完全に制圧できると思ったのだろう、舐められたものだ。金属の噛み合う音が聞こえて、左腕も自由になった。
 ちとせが使っていた鍵をもぎ取ると、俺は右腕を捻ってちとせを思い切り抱き寄せた。
「―!」
 声にならない悲鳴。
 今度は銃口をちとせ背後に回し、その延髄に突きつける。そして開いていた左手で自ら両脚の拘束も解いた。
「なあ、ちとせ」
「なん…なんなんですか」
 ちとせがずいぶんおびえている。さっきまでのサディスティックなまでの酷薄な笑みなど微塵もない。がたがたと震えている。
 ああ、愉しい。愉しいぞ。
「なあ、お前の腰の辺りに、何か当たっていないか?」
 俺は自由になった両脚をいっそうちとせに強く巻きつけながら腰を突き出した。
「何って…」
 ちとせはただ震えるばかりだ。なんだこいつ、さっきまでの威勢は。
「ここだよ!ここ!」
 俺はちとせの左手を取って無理やり俺の股間に持っていった。
 
127CC名無したん:2005/04/05(火) 20:58:53 ID:NN5/uGZj0

「ひっ!」
 心の底から嫌悪と憎しみを込めたちとせの悲鳴。
「あーこりゃ参ったね。海底山脈が隆起して周辺住民も大迷惑だ。なあ、どうしてこんなことになったんだろ。いやあまったく困ったね、自然現象ってのは。人間の手には負えません」
 ちとせがおびえの中にも確信をこめて言う。
「貴方、まさか」
「お前のこましゃくれた言い分で俺がすっかりまいったと思ったようだがな。いやまあ、俺は参ったんだけど。愚息がねえ。マイサンが猛り狂っちゃって。いやあ参った参った。あはははは!」
 その時ちとせが毅然として言った。拳銃を突きつけられていることも忘れたわけではないだろうに、おそらく最後の勇気を振り絞ったのだろう。
「馬鹿なことを!首筋に突き刺さっている電極を無理に抜けば貴方の脳の神経細胞は破壊される。私を殺せば貴方は立ち上がることすら出来ないのよ」
「ああ、そのことか」
 俺は腰を上げた。造作もない。両脚から力を抜いてちとせを突き倒す。ちとせはまるで木偶のように床に転がった。
「お前、意外とバカだな」
 ぶちぶち。電極を首筋から引き抜く。少々恐ろしい感触があったが―。
「お。死ななかったな」
 こともなげに言う俺をちとせは呆然と見上げた。
「今ここで死のうがどうってことねえんだよ、このバカ女!俺の理性は俺の今の意識の消去を受け入れた、それは事実だ。
過去を喪うんだぞ?つまり俺は―死を受け入れたんだ。だから今ので死んでもどうということはない。お前の言うことがはったりかどうかなんて、気にしていなかった」
 
128CC名無したん:2005/04/05(火) 21:00:11 ID:NN5/uGZj0

 ちとせが再び震えだす。
「ああ、愉しいねえ」
 つい声に出してしまった。俺の声を聞いたちとせはいっそう蒼ざめておびえた。
「ま、半ば確信もあったんだがな」
 ヴァニラから送られた荷物を用いた結果は、きっと次に―未来に繋がっている。だから、フォルテ・シュトーレンのフィギュアを持ち出した段階で俺はたいていのことに自信を持っていた。
 他のデバイスからアクセスされているときならともかく、たんにプラグを差し込まれただけの俺の脳が損傷するはずはない。物理的には脳に直接刺さっているわけでは
なく、その下部の伝達組織に接続されているだけで、引き抜く際の損傷はそれがまっすぐに行われるのなら起こらないはずだ。何故ならそこを通ってプラグは進入してきたのだから。
 そして、脳に信号を送っていない電極が神経に何の影響も与えるわけがない。
 ゆえに、ちとせの言葉はブラフだ。おお、後から考えればなんとなくつじつまが合っているな。
 だがそんな論理性などあらわにしないほうが、愉しそうだ。何故なら。
 ちとせは俺が死を恐れていないことに対してとてもおびえている。面白いくらいに。そうだ、この女は。
「ちとせ、お前さ」
「……はぃ」
 消え入るような声だ。
「お前、死ぬのが怖いのか?」
 ちとせは答えない。ただ俺が向けている拳銃の銃口を見つめているだけだ。 
129CC名無したん:2005/04/05(火) 21:01:30 ID:NN5/uGZj0

「怖いよなあ。そりゃそうだ」
 頭を抱えて俺は笑った。笑った。ああ、可笑しい。笑いが止まらない―。
「さて。ひと段落着いたところで、そろそろ本題に入ろうかなあ」
「一体何を」
 床にへたり込んだちとせが後ずさる。きゅっとほっそりした腕で自分の胸を覆っている。そのつつましくも明らかに女性であることを主張している胸部。
 完璧に彼女を防御している丈の長いスカート。襟元まできちんと調えられた上着。穢れの無いことを主張するかのような白を基調とした衣服。
 メチャクチャにしたい。壊したい。壊したい、壊したい。
「おいちとせ!」
 びくりと肩を震わせるちとせ。どんな無理難題を言いつけられるのかと思っているのだろう。あはは。これは愉快だ。こいつ、壊したい。
「今思い出したんだけどお前ってさあ、前も俺に手首ねじられて。あの時お前確かお漏らししたよね」
「……」
 声も無く俯くちとせ。
「お漏らししたよね」
 あくまでも優しく。しかしちとせは。
「……」
 答えない。ああ、駄目だ。おさえられない。
「小便漏らしたよなあ!ええおい?だらしなく漏らしたよなあこの黄金水!アハハハ、ウギャアア!とかいってちょろちょろお漏らししてたわけだ!わあい、尿漏れアニメキャラ!アテント!ハルンケア女!」
 ついにちとせはぐずぐずと泣きはじめた。
 
130CC名無したん:2005/04/05(火) 21:02:15 ID:NN5/uGZj0

「ううっ…なんで、なんで…」
「何お前、忘れたの?」
 ちとせが潤んだ瞳を向ける。その目をしっかりと俺は受け止めた。黒目がちの大きな瞳がなんとも愛らしい。
「俺は変態アニオタだぜ?さっきさんざん見ただろう?俺が部屋で一人、毎日毎日何やってたか。俺はそういうやつなんだよ、美少女アニメキャラがお漏らししたり股間からチンコ生やしたりするので興奮するきわめて特殊な変態なの!」
「いいえ、それは貴方の記憶とは…」
「バーカバーカ。俺の脳から俺の過去として取り出せるのだから、事実でなくても俺の記憶なの!たとえお前が勝手に何処かから借用してきたものであろうと作り出したものであろうと、俺自身の判断材料になり、
俺を俺たらしめているのがそれなんだから。他人から見ればその事実は知らなくても俺がその過去を規範として活動しているのだから。お前が勝手に埋め込もうが何しようが、それはれっきとした俺の記憶でございます」
 適当なことをまくしたてる。俺のいよいよ増す狂気を前にちとせはさらにはいつくばって後ろに下がった。
 俺はぐっと一歩前に進み出た。それだけでちとせとの距離は縮まった。
 ちとせが顔をそむける。泣く。
 狂気。嗚咽。狂気。嗚咽。狂気。嗚咽。
 ああ、愉しい。愉しい。まずはこの猛り狂った暴発寸前のナニをどうにか―。
 
131CC名無したん:2005/04/05(火) 21:04:51 ID:Nie2R4FF0





 
 
 
 
 そのときだ。
 
 
 そう、まさにそのとき。
 俺がちとせをむさぼりつくそうと、精神も肉体も食い尽くそうとしたとき。
 アレが。アレが来る。
 ちとせにもそのけはいが理解できたようだ。
 
 ”アレ”が来る!
 
 ちとせは酷くショックを受けているようだが、それでも口を押さえて嗚咽が漏れるのを抑えようとした。
 俺も我に返る。反り返っていた俺の、俺自身が急速に萎えていくのを感じる。
 あいつだ。
 空気が重くなってゆく。どんどんどんどん、重く。酸素窒素二酸化炭素が恐るべき圧力で固化して行く。
 
 存在密度。
 
 その圧倒的な支配力。そうだ。友枝病院に足を踏み入れたときから感じていた、例のやつ。
 

 
132CC名無したん:2005/04/05(火) 21:05:55 ID:Nie2R4FF0

 そうだ存在密度だ!あれがこの場を支配しつつある。俺の脳内にアレが広がる。血まみれの死体。折り重なる人々。現実に目の当たりにしたあの光景。したいのやま。血の匂い。異臭。腐肉の匂い。
 丁度へその下のあたりからぶっちきられた―
 俺の見知った女の、女の― 
 アレは死体なのか。死んでいたのか。ああ、それを信じたくない。死ぬなんて。死ぬなんて。
 そうだ、確かめないと。
 
 
「立て!」
 俺は乱暴にちとせを引きたてた。俺に対するものとは違うおびえでちとせの足がすくんでいる。よく見ると、こいつのスカートが濡れていた。
 またお漏らしだ。しかしもはやそれを笑う気にもなれない。
「汚い奴だ。とにかくここに座れ!」
 俺が拘束されていたソファにちとせを座らせる。
「嫌!嫌だ!」
 俺が怖いのではない。迫りくるアレが怖いのだ。だが、こいつを放置するわけには行かない。手錠でしっかりと手足を固定する。
「やめて!何でもしますから!ええと、アレですか?アレならいくらでもします。ほらあのなんですか、お手伝いさん、
ええと―メイドさんですか、あの格好をしてお兄ちゃんって呼ぶとかそういうのもしますからですからお願い、ここに放っていかないでえ!」
 俺はちとせの叫びを無視して部屋の扉に取り付いた。
 逃げるんだ、逃げないと。ちとせの耳障りな叫びを聞きながら俺はノブを回した。
 直後―連続した轟音。
 
133CC名無したん:2005/04/05(火) 21:06:52 ID:Nie2R4FF0

 銃声?いや、銃声なんてものじゃない。機関銃の発射音。これは―戦場の音だ。
 それは頭上で聞こえた。だが、その戦場の音自体はそうおびえるほどのものじゃない。轟音。銃声。そして―悲鳴。複数の男の声。ぎゃあ、とかうわあ、とか言う音。
 何かが―切り裂かれる音。何の音だろう?わからない。だが、それが戦場の音でないことは理解できる。ただ何かが裂かれている。衣服、銃、警棒、そして―血、肉、骨?
「いやあああ!たすけてえ!いやだああ!」
 ちとせがさらにわめく。去り際に俺は―手錠のキーを投げた。ちとせのひざの上にぽとりと落ちた。
「何処へでも逃げろ。しかしもう俺にはかかわるな。今度俺の前に現れたら―殺す」
 その脅しが何処まで通じただろう。ちとせが手錠の許す範囲で必死に自分のひざの上の鍵に手をやっているのを確認して、俺は外へ飛び出した。
 戦場の音、何かを引き裂く音、そして―存在密度の冷気の中へ。



134CC名無したん:2005/04/07(木) 03:06:17 ID:MrYWQ6rj0
「ちょっと…待って!おねがいで」
 バタン、と重たい鉄扉を閉めるとちとせの悲鳴のような訴えもくぐもった何かになった。部屋の外は薄暗いが一応明かりがついている。所々明滅している蛍光灯がぼんやりと頼りない。
「此処は…地下か?」
 ひんやりとした空気。いくつか鉄扉が並ぶ狭い通路。一瞬地下の座敷牢を想像してぞっとした。人知れずキチガイとして処分されて行く告発者や権力の敵、などと言う空想。
 しかし「機械室」「湧水槽」「排水層」「電気室」「清掃用具室」と言った、ごくあたりまえの部屋の名前が各々の扉についている。空想に関しては思い過ごしだったが、しかしこの廊下のただならぬ暗さ。
 惨めな悪意、とでも言おうか。間違いない、此処は友枝精神病院閉鎖病棟の地下だ。このおどろおどろした空気。そして、俺の身の回りの重々しい例の奴。息が詰まりそうなほど。
 この気配、空気はなんだ?俺に対する悪意なのだろうか。しかしそんなものを知覚できるように、人間は出来ていない。にもかかわらずそれは確かに周囲に満ちており、俺を恐れさせた。ちとせも恐れていたのだ。
 俺が彼女を拘束したときの取り乱しようときたら。小便を漏らし無様な痴態をさらしつつ、逃れようと必死だった。俺にレイプされる寸ったには絶望に沈んでいたのに、この重みに対しては狂乱とすら言える状態に。
 《宇宙を生み出すエネルギー》
 《とにかく、ここは危険なの。災害が起こる規模よ、それも惑星単位の》
 物騒と言うには、少々度が過ぎていて理解に苦しむ。しかし俺はその殆ど狂人の妄想ともいえるようなそのちとせの主張を無下に否定は出来なかった。
しろ、とんでもない厄災が近づいているのだという意識。さっきまでの漠然とした恐怖に説明が加えられて、確信を強めた。
135CC名無したん:2005/04/07(木) 03:07:15 ID:MrYWQ6rj0

 気のせいでもない、向精神病薬による譫妄状態でもない。なにか途方もないことが起きているのだ。その証拠に、ほら。
 工事現場の中にいるような連続した打撃音が上から聞こえてくる。最初乾いた音だったその音はやがて連続した唸りとなり、怯え、悲鳴、うめきを間に挟みつつ―爆発音までとどろかせた。
このぼろ病院が倒壊するのではないかと思うほどだ。ぱらぱらと天井のもろくなった部分のコンクリートの粉が頭に降りかかる。地上階だろうか、そこでは明らかに戦闘が行われている。
 しかし、何故だ。どういった理由で、だれがだれと?これだけの規模の戦闘だ。大規模な組織戦。俺は―蚊帳の外で、関係はないはず。なら一体。
 そうだ、此処にきたときの死体のやま。あの死体は尋常じゃなかった。まったく抵抗も出来ぬまま、殺手の思う様に切り刻まれていた。量も半端ではない。まるで死体の生産工場だ。
 
 とにかく―慎重に脱出を。外へ出て、車に乗って。話はそれから。
 さっきちとせに対して感じていた劣情は醒めていた。寧ろ―少々落ち込んだ。
 俺はあんなふうに女を犯すことは金輪際やめようと決意したはずだ。それが気が付けば何かに意識をのっとられたみたいに。だが、実際腹もたったし、復讐の念はあった。
でもそれだけだ。人の心をそういう風に傷つけていいはずもない。
 危なく俺は、また罪を―まったく上手い具合に”アレ”は勢いをましてくれたものだ。

 どがあん。
 ひときわ大きな爆音が響き渡る。地下室もゆれる。
「いけねえ!とにかく此処からは逃げ出さないと!」
 少し行くと階段があった。そこを駆け上がる。走る、その途中で思い出す。
「蘭花は生きているのだろうか」
 
136CC名無したん:2005/04/07(木) 03:08:01 ID:MrYWQ6rj0

 色々な彼女の姿が頭をよぎる。明るい蘭花。物憂げに佇み窓の外を眺める蘭花。夕陽に照り映える彼女の顔、白く柔らかそうな頬は赤に染まり、金色の髪は逆行だと透けて見えた。
 俺は彼女を天皇としてあがめた。如何してあんな関係になってしまったのか、よくわからない。俺は目覚めのたび、記憶を奪われたり、他人の記憶を埋め込まれたりしているのだという言を受け入れた。でも。
 ああ、そうだ。あの気持ちだけは本物だ。彼女を大切に思う気持ちは本物だった。愛などとおこがましいことを口にするつもりもない。ただ、そう感じたことは俺の記憶、だ。関係性はどうあれ、俺はあの時確かに彼女を全霊を傾けて思ったのだ。
 蘭花の生存を確認しよう。それだけ果たしたら、このまさにキチガイじみたキチガイ病院から逃げ出す。彼女が俺にとってなんだったのか。天皇?友人?乱暴なツンデレ娘?そんなことはどうでも良い。俺が彼女に対して感じたことは俺自身の心だ。
「よし!」
 階段を上がりながら俺はちとせから奪った拳銃を確認する。ベレッタの小型拳銃。装弾数は8発。
上から聞こえてくる、スガァーン!とかバリバリバリ!などとい物騒な音に対するには非常に心もとない。
 その心もとない銃を頼りにして階段を上りきる。おそらく一階へとつながるドアの、ノブ。そこに手を掛けようとして、異変に気が付いた。
 さっきまでの轟音は非常に散発的なものになっている。
 声。
「うわあ」
 男の声だ。なんだ?
「助けてくれえ!助けて…」
 直後、肉が裂ける音―と思しき何かが聞こえた。聞いたことのない、ただ不快な肉の腱やら繊維やらが引きちぎられる感じだけは解った。
137CC名無したん:2005/04/07(木) 03:08:58 ID:MrYWQ6rj0

 俺は―その場に座り込んだ。恐ろしくて外に出れない。情けない、腰が抜けたのだ。
 壁一枚隔てて、誰かが叫んでいる。銃声に負けない、銅鑼のような大きな声だ。
「あきらめるな!最後まで打ちつづけろ!絶対に倒せる!」
「隊長…こいつは、化け物です!カールグスタフを打ち込んでも全く効果なかったんですよ!もう、もう駄目だ」
 バン!バババババ!
 小気味よい小銃の発射音は、いきなり途切れた。弾切れ、ではない。肉の避ける音、血しぶきの上がる音、ばらばらと肉片が落ちる音。異音をたてて武器が叩き折られる。
「あの詠唱を、呪文さえ阻止すれば…」
 隊長だったのだろう、銅鑼のような声の男はそこで沈黙した。
 そして―静寂。
 壁一枚向こうには、死の世界が広がって行く。
 その沈黙の中で、ただひとつの物音が聞こえた。いや、物音ではない。
「うっ…ううっ…」
138CC名無したん:2005/04/07(木) 03:12:12 ID:MrYWQ6rj0

 声だ。何かがすすり泣く声。女の泣き声だ。


「…うっ…う…」
 

 生存者…?いや、この場合は―おそらく。


「ひくっ…えう…うっ…うううっ…うっ」


 この場の勝利者。何十人もの武装したグループ、それも軍隊並に重火器で武装した連中をなぎ倒したモノ。
 それは危険な存在だ。しかし―今泣いているこの子は、酷く怯えている風ではないか?
 俺は迷った。迷いぬいたが、結局その声が聞こえなくなるのを待った。掌の小型拳銃を撫でる。まるで、頼りなく感じられる。


「ひくっ…うぅ…ぐっ」


 階段を上がる音が聞こえる。声が遠ざかって行く。その声はあまりにもわびしげで、勝者のそれには聞こえなかった。
 声の主が消えても”存在密度”は依然その重みを増しつづけている。
 はあ、はあ。意気地のないことこの上ない。飛び出した瞬間に裂かれ、切られ、もみくちゃにされて殺されるかも知れないと思うと動けない。すうはあすうはあと息継ぎを何度もする。
 ―よし。
 俺は窓を開け放った。とたん―最悪の、熱気。
 血。血。血。血の海。閉鎖病棟一回の廊下だ。見覚えがある。見覚えがないのは、徹底的に破壊された人体―と思しきもの、それが身につけていた衣類、装備品その他だ。それの、徹底的な破壊。
 ミンチ肉にされている。それは比喩ではない。まるで肉と骨がペースト状になって、そこら中に張り付いている。短期間銃―妙な形をしたそれはまるで粉末になる一歩手前、カレーに入れて煮込む前のじゃが芋のようだ。
 徹底的な破壊。それは廊下の全域に渡っている。そう、この病棟の廊下はまさに赤く塗り固められた。
 戦闘は―終わっていたのだ。
 
139CC名無したん:2005/04/09(土) 21:07:41 ID:MwpkR0g/0

 彼らが何者であるのかすら判断できない。ただ服装からして何かに統率された武装集団であることだけは判った。
 そんなもの、日本にはそうありはしない。警察か、軍隊か。とにかくそうした者たちの残骸がその場にぶちまけられていた。酸鼻を極めたその廊下は延々と赤く染まっている。日はすでに落ち、薄暗い月の光が鉄格子越しに差し込んでいる。
 一体どれだけの死体があるのか見当もつかない。意識がくらくらと遠ざかり、半ば離人症めいた心地すらする。
 暗い廊下、月の光、肉と血。
 ここは精神病院なのに。陰鬱な場所であるとはいえ、刑場や解体場ではない。
 馬鹿げている。非現実的にもほどがある。俺は強く握り締めていた拳銃を不意に意識した。われながら賢明なことに、人差し指はトリガーに掛けず用心鉄の横に添えていた。もし指を掛けていたら暴発させていたかもしれない。それくらい強く拳銃を握っていた。
 呼吸を整える。鼻で空気を吸い込むたび、悪臭がする。なるべく臭腺を意識しないように口を大きくあけて息をした。淀んだ空気は口腔からも匂いたつようだ。酷く心拍数が高い。
 そしてなによりこの場を支配しているあれ。”アレ”のけはいはまるで小さくなっていなかった。まるでいくつもの目に見張られているよう。
 存在の、密度が、高い。
 右手に構えていた銃を身体の前に持ってきて、銃身を左手で撫でた。呼吸に合わせるように銃身を撫でる。鋼鉄の銃身はひやりとして心地よかった。
 漸く落ち着いた、そう思ったとき。
 背後でごとり、という音がした。
140CC名無したん:2005/04/09(土) 21:08:12 ID:MwpkR0g/0

「―――ッ!」
 瞬時に跳ね上がった心拍を意識しながら、半ば反射的に振り返って音のしたほうへ銃を向けた。ターンするときに足をとられそうになる。床がぬめぬめとしていて、ああ、考えたくない。
 肉の山が動いている。その光景のあまりのおぞましさに思わず悲鳴を上げそうになったが自重した。その肉の山―贔屓目に見ても人間五人分はあろうかという肉塊だった―の、一番下の層に、生きているモノがいた。
 生きているといってもおそらく長くは持つまい。その生きているモノはよろよろとその肉塊から這い出てきたが、身体が色々なところで千切れかけ、特に脇腹は大きなスプーンで抉り取ったように削られて臓腑を露出していた。
 体格のいい男だ。樹脂製の軽そうなヘルメット。黒いフェイスマスクの所為で表情は窺い知れない。
 発声器官までやられたのか、ひゅーひゅーと哀れな声をあげる男はあまりにも哀れだった。銃をおろし、近寄る。
「―おい」
 そのマスクの男は虚ろな目を俺に向けた。もはやそれは死者の目だった。
「一個小隊が…あっという間に」
 良くわからないことを呟いている。俺は手当てをしてやることも出来ず、それを呆然と見下ろすだけだった。
「呪文が、あんな非科学的な」
「お前たちはなんだ、一体何があった」
「ありえない、実弾が効かない」
 なにか、とんでもないことが起こったことだけはわかる。だがもはやその男と俺の間に会話は成立しなかった。
「止めが、いるか」
 あまりにも憐れで、そう聞いた。しかし俺がそう口にしたとたんに男は事切れた。 
141CC名無したん:2005/04/09(土) 21:10:52 ID:MwpkR0g/0

 男の服装をもう一度良く見る。防弾防刃ベスト、黒っぽい衣服は軍隊の特殊部隊のように思えるが、所属を明らかにするようなものは無かった。
 死体から物を剥ぐのはさすがに気が進まなかったが、場合が場合だ。男の服のポケットを漁ってみた。身分証明書なりなんなりが入っているかと思ったのだが、めぼしいものは入っていない。襟元にも階級章のようなものすらない。
 おそらく存在そのものが秘匿されているのだろう。身分を示すようなものは一切身に着けていなかった。
 俺は肩を落とした。男がアサルトハーネスに手榴弾を吊っているのを見つけてそれを拝借することにする。良心が咎めるがやむを得ない。
 丸っこいその手榴弾を自分の服のポケットに収めた。おそらく気休めにしかならないこともわかってはいるのだが。
 
 
 立ち上がる。病棟の廊下は静かだ。患者の姿も見当たらないのは、みなやられてしまったからなのか。
 さまざまな記憶が去来するのだが、何しろそれが自分の記憶という確固たる自信が無いので複雑な気持ちになる。例えばミルフィーユだ。彼女は俺と同じ入院患者だったのか、それとも妹だったのか。それと蘭花。あいつは患者だったのかそれとも。
「―天皇陛下」
 まさか、そりゃいくらなんでも。そう思うのだが、彼女は一時俺の天皇だった。
142CC名無したん:2005/04/09(土) 21:12:19 ID:MwpkR0g/0

 
「燦然と黄金色に光り輝く俺だけの純粋アニメキャラ…」
 声に出して呟く。とたんに滑稽になる。こんなとき笑いがでてくるというのは、目の前の光景に動転しているからだろうか。
 俺はすぐにその動揺から覚めた。ちとせは言っていた、時間が無い、と。
「確かめないと」
 そうだ、俺の記憶のうちどれが本物なのか、確かめないといけない。蘭花は、蘭花は。
 二階にいる。目の前の階段を昇りきった部屋。ああ、俺はその光景をはっきりと覚えている。まるでさっきまでそこにいたようだ。いや、俺はさっきそこにいたのだ!
 つまり、あれが現実であったとすれば、彼女はもう―。
 俺は激しく首を振った。
 そうだ、確かめるのだ。きっとあいつのことだから上手く何処かの部屋に隠れているに違いない。あれはたちの悪い夢や操作された記憶、そうしたものに違いない。
 振り返ると赤く染まった廊下の向こう、病棟の出口が見える。走ればあっという間のところにそれがある。だが。
 俺は脱出口に背を向けて踏み出した。二階へと昇る階段に向かう。二階のあの部屋に、彼女が”いない”ことを確認するために。
143妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/04/11(月) 23:04:54 ID:eo+xuZtF0
「グヘ、グヘヘヘヘ。たっぷりと楽しんだことだし、そろそろ帰るとするかな〜♪」
タクトは下品な笑い声を室内に響かせながらズボンのチャックを締めた。
ベッドの上ではミルフィーユが身を縮ませ、怯えた子猫のようにブルブルと震えながら嗚咽をあげている。
手を伸ばせば届きそうな距離なのに俺にはそれが出来なかった。
悔しい。怒りと殺意に満ちた感情が俺の心を染めていく。
死ねタクト。
「てめぇ・・・殺してやる」
「そんなこと君には出来ないだろう、孟宗くん」
床に転がり身動き一つ出来なかったが、薬の効果が切れてきたのか悪態を吐くことだけは出来た。
ミルフィーユが犯され傷ついているのに助けることが出来ないなんて・・・
俺はなんて無力なのだろうか。死ね、俺。いっそ死んでしまえ。
うふ、うふふふふふふ。
そうだミルフィーユも死ねばこんな苦しい思いをせずに済むんじゃないのか?
クソ野朗のタクトも、傷ついたミルフィーユも、何も出来ない俺もみんな死んでしまえばいい。
死ね。むしろこの俺が殺してやる。どいつもこいつも殺してやる。俺が生きる苦しみから解放してやる。
そうだ、俺は解放者だ。生きることに苦しむ人類を解放するために俺は存在する。
そして死体で埋め尽くされた母なる大地に俺の種を撒いてやるのだ。
目覚めよ我が種と死体より生まれし子供達。
ミルフィーユ・桜葉、蘭花・フランボワーズ、フォルテ・シュトーレン、ミント・ブラマンシュ、ヴァニラ・アッシュ、彼女らの子供達はきっと特別な存在になるになるだろう。
さようなら、古き神の子供達よ。
おはよう、新たなる人類、我が子供達。
そして子供達よ、我の肉と血を喰らい父の存在を解放へと誘え。
五人のイヴ、我が妻となる女達。解放の日は近い。
144妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/04/11(月) 23:05:46 ID:eo+xuZtF0
「も・・・う・・・そう・・・さん・・・」
キチガイみたいな妄想に浸っていた俺を、ミルフィーユの声が現実へと引き戻した。
「お前キモい妄想しやがるよな。さすがはキチガイ、神にでもなるつもりか?でも神になんてなれないぜ。何故なら新たなる神になるのはこの俺だからな」
どうやら妄想を声に出していたらしいが、タクトの野朗もキチガイの素質は十分ありそうだ。
新たなる神になるだと?
自称神様って奴を過去に何度も見たが、どいつもこいつもキチガイでろくな奴はいなかったからな。
それに神なんてものに助けを求めるなんて弱くて愚かな者のすることだ。
もっとも辛いことがあると俺は酒や薬に逃げたのだが・・・
「どうした。泣きそうな顔をしているぞ」
タクトはそう言うとミルフィーユを担ぎ俺の顔を覗き込んだ。
天井からぶら下がった、黄ばんだ室内灯の光を背にしたタクトの顔が影で隠される。
こいつの面がはっきり見えないのは不幸中の幸いであった。
これ以上奴の面を見ていると胃の中のものを吐き戻しそうに思えたからだ。
だが次の言葉を聞いた瞬間、俺は奴がこの場から居なくなることを恐れた。
いや、実際には奴ではなく、奴が連れて行こうとしている人が居なくなることをだ。
「さて、そろそろお別れの時間だ。君はオレとミルフィーユ達を捜すだろうけど見つけられるかな」
「止めろ。どこに行くつもりなんだ。ミルフィーユを、ミルフィーユを連れて行かないでくれ」
立ち上がろうと全身に力を込めるが、やはり吊り糸の切れた人形のようになった俺の身体は動かすことが出来なかった。
145妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/04/11(月) 23:06:32 ID:eo+xuZtF0
俺の頬に何か熱いものがポタポタと落ちてくる。
「孟宗さん・・・孟宗さん」
涙。
タクトの肩に担がれたミルフィーユが涙を流しながら俺に向かって手を伸ばしている。
頼む、片腕だけでもいいから動いてくれ。
ミルフィーユと離れ離れになりたくない。
もう一度、ミルフィーユとやり直すことが出来るかもしれないチャンスが訪れたっていうのに。
だから動いてくれ。
ゆっくりと俺の右腕が上がりミルフィーユに向かって伸ばされていく。
「これは驚いた。あの薬の効果はまだ一時間はあるはずなんだぜ」
ミルフィーユの指先にあともう少しで触れられそうになったその時、タクトの靴が俺の手を踏みつけた。
激痛が走り、俺の目から涙が零れ落ちた。
痛みの所為ではない。ほんの、あとほんの少しだったのに。
タクトは確実にこの状況を楽しんでいる。俺はそれが悔しかった。

「念のために、もう一本打っておくかな」
電動式注射器を懐から取り出すと、タクトは俺の首に押し付けた。
耳の裏側辺りに冷たい感触が広がり再び腕の自由が失われる。
それと同時に、室内の僅かな明りが視界を遮るほどの光となって目の中に飛び込んできた。
まるで目の前でフラッシュを焚かれたかのような、強烈な光が世界を白く染めミルフィーユの姿を消し去っていく。
「それじゃあ、今度こそ本当にサヨウナラだ。その薬で死にはしないから安心しろ。数時間後には目が覚めるさ」
「孟宗さん!孟宗さん!孟宗さん!」
ミルフィーユが呼んでいる。
俺はミルフィーユに何かを言おうとしたが、意識は遠退き唇を動かすことも出来なくなっていた。


「そうそう。もう一人のお前。お前にとっては妹か。あの女はやっぱり不良品だった。いずれ処分しておいてやるよ」
タクトの言葉を理解する間も無く、俺の意識は失われた。
146CC名無したん:2005/04/12(火) 03:03:48 ID:L9ZirWXp0
 俺の記憶が正しければ(などと言う表現はもはやあいまいで空ろだが)、2階の様相は一変していた。階下で行われた血まみれの暴風はこの階でも繰り返されていた。
 皆殺しだ。階段、廊下、いたるところに、それが、あれが。
 血塗られた床のせいで俺のスニーカーは音を立てない。ぬちゃりぬちゃりという不快な感触は血や血の変性した粘着物、そして体液やら肉片やらで構成されていた。不快には違いないのだが、もはやいちいち嫌悪の念を表明するには値しない。
 慣れたのだろうか。いや、麻痺しただけだ。きっと後で酷く気分が悪くなるに違いない。PTSDって奴だ。ははは。意味もなく笑いが出るのも、そうとう不健康な精神状態にある証拠だ。
 
 階段を上がりきった。
 記憶がある。上がりきってすぐ、向かいの部屋には死体の山。それはわざわざ確認するまでもなかった。扉は半開きになっており、中の様子はすぐ見て取れた。
 ああ、このありさまは覚えている。折り重なった肉の山。
 それは俺を酷く落ち込ませるのに十分な光景だった。その情景が酸鼻を極めてたというだけではない。
 俺の記憶に有ることがまさに今此処では事実であるということ、この精神病院の2階で行われた虐殺が事実だったことを裏付けている。
 つまり―振り返った部屋には、あの遺体が。
 
147CC名無したん:2005/04/12(火) 03:04:23 ID:L9ZirWXp0

 遺体?遺体だって?
「馬鹿な。馬鹿げている」
 俺の記憶はあいまいだ。寧ろ嘘っぱちだ。だから彼女は死んでいない。
 忍び足をしているわけではない。無論靴の底面にこびりついたなにかのせいだけではなく、俺の歩みには力がなかった。地面を蹴る勢いに欠けていて自然と歩いても音がたたなかったのだ。
 事実を知るのは怖い。だが、事実を知らない限り前には進めない。
 たった数歩が長く感じる。扉は―閉まっていた。
 取っ手に手をかけた。ノブを廻し、扉をひく。
 ぎい、ときしみを立てて扉が僅かに開いた、そのとき。
 轟という音を立てて、
 部屋の中から中から猛烈なまでの勢いで、風が吹いた。
「――何だ?」
 思わず声に出す。声に出して、周囲を確認した。右手に持っていた銃を握りなおす。
 とたんに猛烈な風が俺を吹き飛ばそうとその勢いを叩きつけてきた。
 耳鳴りがする。頭痛までする。急激に気圧が変化したからだろうか、などと馬鹿げたことが頭をよぎるが、これが異常な事態であるということは認識している。
「何が一体…!」
 その風はあまりにも激しく、そして生臭い禍禍しさに満ちていた。台風の渦中にあるような常識はずれの風圧の奔騰に俺は身をかがめて耐えた。
「此処は…屋内なのに…なんだって、こんな!」
 中に巨大な扇風機でも持ち込んでいるのだろうか。風が頬を切るようで、実際痛みすら感じる。
 その頬に手をやって掌を見ると、うっすらと血が滲んでいた。
 まさか、本当に切れるなんて。俺はぞっとした。そしてさっきから嫌になるほど見てきた死体の山を思いだしてぞっとした。
 俺は、アレにやられるんじゃないだろうな―。
 
148CC名無したん:2005/04/12(火) 03:05:13 ID:L9ZirWXp0

 更に扉を開ける。扉に手をついて、風を受け止める。耳には轟音しか届かないし、眼は開けてなどいられない。
 そしてそのまま、どのくらい耐えていただろうか。
 何分もそうしていたような気がするが、実際のところはほんの数秒だろう。気がつくと風は止んでいた。
 頬は確かに切れていた。だがしかしそれだけだ。衣服も乱れていなければ、ごみだの埃だの、アレだけの烈風が吹いたのなら舞っていておかしくないはずのものが見当たらない。
 俺は呆気に取られた。狐につままれた、と言うのはこういう感情だろうか。いま俺を襲っていた激しい風、嵐はあっという間に過ぎ去ったのか、それとも一から吹いていなかったのか。
 なら今のはなんなのだろう。幻覚か。
 ふと、空気が軽くなったような気がする。ああ、アレだ。
 存在の、密度が急速に薄まって行く。そんな気がする。気持ちが楽になる。ずっと張り詰めていた、重たい気持ち、昂ぶっていた神経がニュートラルへと戻されて行く。
 あの幻覚のせいだろうか?あの風のような瘴気を受けたからだろうか。あの風は俺に吹いていたというより、俺の心へ向かって吹き付けていたような、そんな気がする。精神に受ける圧迫感。そうだ、存在密度によって、俺は”撫でられた”。
 それはおぞましい体験だった。存在密度が遠ざかった今ではもはや感覚的には思い出せないし、思い出したくもないのだが、身震いするような思いだった。
 とにかく、落ち着いてなすべきことをしよう。そう思って。
 
 と、そのとき、出し抜けに。
 
  
「うっ…ううっ…うっ…」
 
 
 声が聞こえる。その悲しげな音調に俺は少し慌てた。
 声。それもしゃくりあげるような泣き声だ。女性の声。まさか、蘭花だろうか?
 
 
149CC名無したん:2005/04/12(火) 03:05:59 ID:L9ZirWXp0

 瞬間、俺は目の前にぱっと希望が広がったような気がした。が、しかし同時に若干の違和感も覚えていた。
 声が、若すぎる。いや、幼いというべきか。つまり、蘭花の声ではないと、すぐにわかった。
 それでいて俺は飛び込まずにはいられなかった。
 記憶にある光景、蘭花の上半身が転がっていた場所。最初目をやろうとして、そむけた。もしそこに蘭花の死体があったなら、俺は―酷く惨めな気持ちになるだろう。そう思うとそれを確認する勇気が湧かなかった。
 恐る恐る、首を捻る。部屋の中央。まるで洗濯物とみまちがうような、布をまとった上半身だけのそれは―その場には、なかった。
 そう、俺のついさっきの記憶にあった蘭花の遺体と思しき物体はそこになかったのだ。一瞬、ほっとする。とりあえず、あいつの死体を見たというのは、俺の幻覚か、記憶がおかしいのか―
 その隙に入り込むように、声が聞こえる。
 
「ううっ…ぐっ…ぐずっ…」
 
 俺は声にならない悲鳴を上げてその場から飛びのいた。銃を構えて、その筒先を声がしたほうへ向ける。
 部屋の隅、窓側と奥の壁か形成している角、その方向から声が聞こえた。トリガーに指を掛けたが、情けないことにその指が僅かに震えた。
「誰だ―蘭花か?蘭花なら、返事しろ。助けにきたぞ、ほら」
 
150CC名無したん:2005/04/12(火) 03:06:36 ID:L9ZirWXp0

 暗闇でよく様子が見えない。眼を凝らすと、漸く月の明かりに眼が慣れてきた。
「あっ…あうっ…」
 誰かがいる。部屋の隅に誰かが蹲っている。膝を抱えて頼りなげに座っている、その姿はまるで幼い子供のようだ。白い肌が月光に照り映えている。その肌にこびりついている何か。液体が擬固して―ああ、血糊だ。
 漸く色合いが判別できるようになった。半そでのパジャマは血で染まっていてもとの色はわからないほどだ。ストレートの長い黒髪。その姿は少女のそれだ。
 なぜだ。俺はその姿をみて急に落ち着かなくなった。心臓がどきどきする。
 そうだ、俺はこの少女を知っている。この小さな儚げな少女。返り血に塗れた―
 返り血?まさか、彼女は負傷しているのだ。なぜ彼女が返り血を浴びねばならない?こんな少女がこの虐殺劇を一人でなしうるとでも言うのか?
 それには何の根拠もない。彼女は確かに、恐ろしい一面を持っているが、いや恐ろしい一面を持っている、というのは俺のことか。とにかく、彼女は非力な子供に過ぎない。では俺は一体何を恐れているのだろう。
 ただ、俺の記憶にあるのは、あのおぞましいやり取りだけ。
「蘭花じゃ…ないんだな。いや、君、その―だ…大丈夫か?」
 
151CC名無したん:2005/04/12(火) 03:07:42 ID:L9ZirWXp0

 そうだ、俺は彼女と傷つけあった。俺は酷いことをしたし、彼女は俺を。それは復讐だったのだろうか、そうだ、アレは復讐に違いない。けれどその意図は的外れで。
「っ?…うう…っ…?」
 ソプラノの美しい声。泣き声すらも芸術品のようだった。その声の持ち主の肩、ぴくり、と部屋の隅に蹲る少女の肩が震えた。ゆっくりとその顔を上げる。大きな瞳、丁寧に切りそろえられた前髪。
白くてまるい頬は血で真っ赤に染まっていて、月の光を受けて壮絶なまでのコントラストを描き、そうして―美しかった。
 そうだ、彼女は美しいのだ。そのことに俺は心を揺さぶられた。恐怖の対象でしかないはずの彼女との思い出。それは恐れしか生み出さないはずなのに、どうしてこんな気持ちになるのだろうか。
 手の甲で涙を拭いながら、彼女は俺を見つめた。泣きじゃくりながらも、意志の光だけは失っていない。
 その瞳。どこまでも深いその瞳は。
 そうだ、俺は何度も彼女と傷つけあった。だが、今の彼女は―まるきり、庇護の対象でしかなかった。それほど弱弱しい。俺の記憶に潜む恐怖よりも彼女を庇おうという気持ちが勝った。
 沈黙。彼女は頼りなげに、不安げに俺を見詰めている。そのまなざしには一点の曇りもない。
ただ、「助けて」という悲鳴だけが俺の心に響くようで。

 少しのためらいの後。
 俺は―彼女の名を呼んだ。

152妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/04/12(火) 20:47:48 ID:YziNHEfP0
まぶしい。何てまぶしい光なんだろう。
照りつける夏の陽射しがゆっくりと肌を焼いていく。
「まぶしいよな」
掌を太陽にかざし空を見上げていたが視線を戻すと辺りを見渡した。
強い陽射しの所為か道路の先が揺らめいて見える。
汗で濡れたシャツが肌に張り付き酷く不愉快な気分になった。
ここは一体何処なんだ?
それに何故俺はこんな場所にいるんだ?
疑問符を脳裏に思い浮かべながら俺は歩き出した。
中流階級の一般的な住宅が建ち並ぶ、ごくありふれた町並みに何か懐かしさを感じる。
夏休みなのだろうか。時折、すれ違う子供達が騒ぎながら駆けて行く。
よくこんな暑い中を走り回れるな。そんなことを考え、うんざりとしながら子供達を見送る。
そういえばその先の角を曲がった場所に駄菓子屋があったはずだ。
そこで何か冷たい物でも買うことにしよう。

『その先の角を曲がった場所に駄菓子屋があったはず』だと?

何かぞっとするような感覚に襲われ、俺は勢いよく駆け出すと角を曲がった。
全身からまるで水でも被ったかのように汗が噴き出してくる。
この汗は暑さの所為で流れたのではない。驚愕と不安。
俺はこの町を知っている。そう、嘗て俺はこの町に住んでいたことがあるはずだ。
目の前には、俺の記憶の奥底にあった懐かしい風景が広がっていた。
153妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/04/12(火) 20:48:57 ID:YziNHEfP0
「あっ!」
駄菓子屋の前で呆然と立ち尽くしていると、背後から子供の声が聞こえた。
振り向くと、金髪の小さな女の子が膝を抱え道路に座り込んでいるのが見える。
転んだのか。
やれやれと思っていると、小さな男の子が俺の脇を通り抜け女の子の所まで走って行った。
肩で息をし、困ったような顔をして男の子は女の子の前に立つ。
「おにいちゃんのいじわる。だいきらい」
女の子が涙ぐみながら男の子に言う。
「ご、ごめん」
お兄ちゃんと呼ばれた男の子は女の子の頭を撫でながら謝った。
しかし、女の子は膨れっ面をしたままプイっとそっぽを向いた。
男の子は更に困ったような顔をして必死に謝っている。
その様子を見ながら、俺は涙が溢れ出しそうな気分になった。
俺はこの光景を見たことがある。そして、この光景を知っている。
あれは、失われつつある記憶の中でもっとも鮮明に残されていた、あの暑い夏の日の思い出だ。
154妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/04/12(火) 20:49:40 ID:YziNHEfP0
「どうかしたの、おじさん」
いつの間にか、俺は子供達の前まで歩いて行ったらしく男の子に声を掛けられていた。
男の子の顔には見覚えがある。ややつり目で生意気そうな顔、間違いない。
この子供は・・・
だが、そんなはずがある分けない。だって俺はここに・・・
不安で声が震えていたが聞かずにはいられなかった。
「君は誰だ?」
「ボクだよ」
「朴?ああ、僕か。いや、名前を聞いているんだ。つか俺は別に怪しい者ではなく、あうあうあー」
こりゃ駄目だ。本当に怪しいオッサンにしか見えない。
思わず逃げ出そうとすると、男の子が俺の腕を掴んで言った。
「そうやってまたにげるの?」
「君は一体誰なんだ。俺を知っているのか?」
「ボクはボクだよ。そして・・・」






「おじさんはボクだよ」
155妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/04/12(火) 20:50:29 ID:YziNHEfP0
「おにいちゃん、どうしたの?」
妹が不安そうな声でボクに話し掛けた。
「ん?なんでもないよ」
「ひょっとして、おにいちゃんおこちゃったの?」
「そんなことないよ。ボクがわるかったんだし。それよりもヒザはだいじょうぶか?」
「うーん、まだちょっとだけいたい」
さっきまで誰かと話をしていたような気がしたけど気のせいかな。
どうしたんだろう。
辺りを見回したがボクと妹の姿以外には誰も見当たらない。
今日は暑かったし少し疲れちゃったのかもしれない。
「そろそろかえろう。もうすぐ日がくれるよ。ほら、おぶされよ」
ボクはしゃがむと妹に背中を向けた。
「うん」
オレンジ色の夕日の中、ボクは妹をおぶさると家に向かって歩き始めた。
夕日に反射して輝く妹の髪が、緩やかな風でそよめきボクの頬をくすぐる。
「あのね、あたし大きくなったら、おにいちゃんのおよめさんになるの」
肩にギュッとしがみつき、背中越しに妹が言った。
「うん、そうだね。おにいちゃんがおむこさんになってあげるよ」
「やくそく」
嬉しそうな声を上げ妹が小指を差し出したので、ボクも小指を出すと指きりをした。
156CC名無したん:2005/04/12(火) 23:13:31 ID:r7SPywM40

「お前は知世だな。大道寺知世」
 そのことを確認するのには少々勇気が必要だった。何故ならこの少女について俺は二通りの名前を覚えている。そしてそのどちらであっても、対応は難しいのだ。
 きのもとさくらであれ、大道寺知世であれ。俺にとっては。
 知世は涙ではれぼったくなった眦をあげて俺を見つめた。小さく口を開く。
「どうして、わたくしの名を?」
 それは眩暈がするような邂逅だった。
 本来なら俺たちはこうしてまともに会話などするはずも無い。今、目の前にいる”知世”である大道寺知世は俺に殺意を持っていた。そのはずなのに。
 まさか、あれも操作された記憶?
 知世が俺の言葉を待っている。寂しそうで、不安げな目。彼女の佇まいは壮絶で、頭から赤いペンキを被ったように真っ赤に染まっている。
「俺のこと、覚えていないのか」
157CC名無したん:2005/04/12(火) 23:14:19 ID:r7SPywM40
 
 首を捻る知世。まだ彼女は泣いていて、しゃくりあげるような嗚咽が響く。部屋の隅々を見回しても、知世が部屋の隅に蹲っている以外には異常が無い。そうだ、俺は思い返して聞いた。
「それはとにかく―この部屋には君しかいないのか。誰かいなかったか」
「はい。恐ろしくて、ずっと一人でここに閉じこもってましたから―」
「本当か?君より年上の女の人が、ここに倒れていなかったか?」
 首を振る知世。廊下や向かいの部屋と異なり、この部屋には血のしずくすら落ちていない。唯一つ、知世という例外を除けば、いたって平穏な様子だった。
 俺は溜め息をついた。蘭花を探す手がかりは尽きた。俺はすっかりしょげてしまった。
「あの、貴方は」
 知世がおずおずと聞く。「貴方は誰なんですか」
「誰なんだろう。すまない、良くわからないんだ。ただ、君を知っているという理由に関しては、ちょっと理由があって。というよりも、君は俺の事を覚えていないのか?」
「ええ。ここの職員の方ですか?」
 相変わらず何かに怯えるような細々とした声だったが、それでもきちんとしたやり取りをするところに彼女の知性のような物を感じた。
「いや―多分、患者だ。あー、いや、良くわからない。多分」
 俺ときたら、愚鈍な言葉しか返せない。
 
158CC名無したん:2005/04/12(火) 23:15:07 ID:r7SPywM40
 
 と、知世の今の様子を見て、大切なことに思い至った。
「ちょっとまて、それよりも、君は怪我をしているんじゃないのか」
「よく…わかりません」
「ちょっと見せてみろ。そばにいっても良いか?」
 こくり。知世が頷く。
 彼女の小さく整った顔に、べっとりついた血を拭ってやりたかった。
しかし周りには水道も無ければ適当な布切れ一つ無い。外傷が無いか、丹念に見てやる。
 そして彼女の頭部や襟元を見て、俺はなんともいえない嫌悪感に襲われた。頭頂部はこぶのようになっている。
それも一つや二つではない。豊かな髪で目立たないが、明らかに殴打の後。
 顔面には外傷はない。皮膚が洋服から露出しているところには怪我は無いのだが、首筋の辺りや腕の付け根などが、うっすらとあおじんでいる。内出血のあと。
 ―間違いない。これは、知世だ。俺の記憶の浅いところにある、いまだ生々しい記憶。俺が何ヶ月も犯し続け、そして最後は俺のほうが切り刻まれた。その彼女だ。
 
159CC名無したん:2005/04/12(火) 23:15:57 ID:r7SPywM40

 俺は多分顔に出るほど狼狽していたと思う。しかし幸運なことに、それを彼女に悟られることは無かった。
 もしあのときみたいに、このまま背後から刺されたら。
 そのときは受け入れようとすら思った。
 酷い罪悪感と自己嫌悪で胸が潰れそうになる。泣き喚いて飛び出したいくらいだ。
 どうして、あんな記憶は嘘っぱちでなかったのだろう。そのことを呪った。
「あの」
 俺が彼女の背後に回ってしばらく動かずにいると、知世が話しかけてきた。硬直する思いだ。
「多分、怪我は無いと思います。すこしどこかにぶつけたかもしれませんけど」
 何てことだ。君は酷い怪我をしているんだよ。身も心もずたずたに切り裂かれているはずなのに。
 ああ、そうか。
 俺は得心した。
「もしかして、君は、以前の事を覚えていないのか?」
 知世の背に声を掛ける。向き合っていなくて良かった。そして、予想通りの答えが返ってきた。
 
160CC名無したん:2005/04/12(火) 23:16:37 ID:r7SPywM40

「はい。なんだか、この何ヶ月かのことは、よく思い出せなくて」
 そうだったのか。そうだ、彼女は―さっきまでの俺と同じ。だが、病院で改造手術を受けたという妄想はないようだ。つまり、俺とは違う理由で―それこそドラマのような理由で記憶障害を起こしているのだ。
「肩は―大丈夫かな。力を抜いて、俺に腕を預けて」
 知世の手をとって頭上にかかげさせる。
「どうだ。痛みは無いか」
 こく、と頷く知世。それを反対側でも繰り返す。
 どうやら、関節にも問題は無いらしい。俺はほっとした。それは今この場で彼女が怪我をしていなかったという安堵より、俺がした仕打ちが彼女に今も痛みを与え続けているわけではないという事実への安心感だった。
 無論それは程度の問題に過ぎない。俺が彼女にしたことは事実だ。それはけして消えることは無い。
 目を閉じた。深呼吸する。
 3っつ、息を数えた。
 月のあかりが差し込む部屋。奇妙な静寂の中、俺は立ち上がると―再び知世の前に立ち、片ひざを突いてしゃがみこんだ。丁度美姫の命を受ける騎士のようだ。
 
161CC名無したん:2005/04/12(火) 23:17:48 ID:r7SPywM40

「逃げよう」
 俺は決意した。この病院にいては拙い。切迫した脅威―今は密度を下げているとはいえ、あのおぞましい”存在”が、いつまたその刃を振りかざすかも知らない。そして、その目の前の脅威だけでなく。
 知世を連れ出さなければ。この病院は、地獄だ。
 今彼女は苦痛に満ちたここでのおぞましい記憶を忘れている。それは―ああ、そうだ。はじめ俺を切り刻んだのは彼女だった。あの開放病棟の廊下、ペインティングナイフを振りかざして俺に襲い掛かった。
しかし、そのあと俺がした仕打ちは―報復の域を超えていた。
 あまりにも卑劣で、許されざる行為。
 俺はそれを償わなくてはならない。幸か不幸か、彼女はいまその記憶を喪っている。彼女の記憶が戻れば、そのときは。
「逃げる?何処に、ですか」
 言葉に詰まる。そうだ、何処に逃げるというのだろう。家族の元へ送り返せば良いのか?しかし家族のところへ連れて行っても、またここへと送り返されるのでは無いだろうか。
「とにかく、ここでない何処かへ、だ。君は今この病院で起こっていることを理解しているだろう?」
 とたんに知世の顔に恐怖の色が広がる。
「…はい」
 消え入るような声で知世は答えた。
 
162CC名無したん:2005/04/12(火) 23:18:58 ID:r7SPywM40
 
「でも、部屋の外に出ないほうが」
「部屋から出なければ病院のからも出ることが出来ないぞ」
 俺は勤めて冷静に、そして穏やかに言った。
「君を救いたい。助け出したい。俺も君と同じ用に記憶が曖昧で、ちゃんと言葉に出来ないけれども、でもそうしなくちゃいけないんだ」
 もどかしい。いっそ本当のことを言えば話は早いのに。しかしそんな勇気は無かったし、それ自体得策ではない。
 知世があっけにとられている。
 泣くのをやめて、目を見開いていた。大きな瞳。吸い込まれるような気持ちになった。
「あ…あの」
 知世が何かを口にしようとする。
 説得に応じてくれたのか、そう思ったのだが―どうも様子がおかしい。
「なんだ、どうした?どこか痛むのか」
「いえ、そうではなくて」
 わなわなと肩を震わせ、恐る恐る腕を上げる。知世は人差し指を立てて、俺の背後の空間を指差した。
 なんだ、何かいるのか。俺は振り返ろうとした、
 その瞬間。
 背筋が凍った。ぞっとした。
 これは―殺意?
 
「動くな!」
 
 毅然として、断固とした声だった。静寂を打ち消したその声は凛として響いた。
 ごつん。後頭部に鉄の塊の当たる感触。

 ―銃口だ。
 
163CC名無したん:2005/04/17(日) 03:32:06 ID:jEPyLUhQ0
「銃を置いて立て。ゆっくりとだ」
 大人しく従うほかは無い。それにしても今日はやたらと銃で脅される日だ。
 後頭部の、冷たい金属の質感を意識しながら右手に握っていたベレッタを手放す。さすがに銃を突きつけられるという経験には慣れようがなく、そっと置いたつもりだったが床に取り落とすような格好になった。
 俺が置いたベレッタを背後の人物が蹴り飛ばした。派手な音を立てて銃が独楽のように転がって行く。それを見届けて、両手をゆっくりと上げて立ち上がった。
 知世が目を丸くして俺を見上げている。彼女を安心させるため笑ってみようとしたが、どうにも上手くいかない。口元だけが歪む。
「お前も、この化け物の仲間か!」
 酷く慌てているように聞こえた。漸く気がついたのだが、背後の声は女性のようだった。そうだ、動揺しているのは俺だけじゃない。この環境下でまともな神経を保てる奴などいないだろう。それはつまり、いつ背後の奴が引き金をひいてもおかしくないということだ。
 俺は恐怖した。まさに、まさに。キチガイに刃物。
「化け物―誰のことだ」
 震える声で俺は答えた。少々滑稽に思える。当事者にとって必死の思いでやっていることでも、はたから見ればおかしなことなのかもしれない。まるでコントか何かのようだ。この病院も、死体の山も、全てが作り物で。誰かが俺たちを見て笑っている。
 しかし実際にはこの場にいるのは俺、背後の女、そして知世の3人だ。その全員が酷く怯えている。
 ああ、やはり滑稽だ。
「決っているだろう、そのガキのことだ」
「大道寺のことか」
164CC名無したん:2005/04/17(日) 03:33:34 ID:jEPyLUhQ0
 知世を見やる。この弱弱しい少女を化け物だと。
「何の話だ」
「とぼけるなよ。あたしは見たんだ!このガキがこの病院の人間たちをミンチにしていく様を!」
 知世は小刻みに震えながら、さっきまでと同じように膝を抱えて、顔だけをこちらに向けている。その小さな肩、細い腕。白い肌は血に染まっているが。
「ちょっと、落ち着けよ。なあ、振り返っても良いか」
 一瞬、間があった。それはほんの一瞬だった。
「良いだろう。でも変なそぶりを見せるなよ。おかしな事をしたら、射殺する」
 
 俺はため息をついて振り返った。振り返って、唖然とした。
「あー!お前は!」
「うわあ!処分品の人!」
 俺の目の前に立っていた人には見覚えがあった。
 フォルテさんだ。フォルテ=シュトーレン。なぜさっき気がつかなかったのか。
「処分品ってなんだ…?いや、まあいい。おまえ何しに此処にきたんだ」
 一瞬呆気に取られたフォルテさんだったが、抜かりなく小銃を構えている。M1ガーランド―旧式のセミオートマチックライフルだ。多分俺はアレをどこかで何かで使ったことがある。
 そんなものを何処に隠していたのか、とかそもそもフォルテさんこそ何でこんなところに、とか。色々思うところはあったのだが。それは兎も角、今はフォルテさんに銃を下ろしてもらうことが先決だ。
何しろフォルテさんは酷くなにかを恐れている。
165CC名無したん:2005/04/17(日) 03:34:49 ID:jEPyLUhQ0
 俺の顔と、俺の膝元―おそらく知世がいるあたり―を、交互にきょろきょろと忙しく見ている。眉は吊りあがり、まるで余裕が感じられない。
「話せば長くなるんだけど…とりあえず、ああそうだ。ランファが何処に行ったか知らないか?いや、彼女のことはフォルテさんは知らないかな。俺の記憶の範囲だと、フォルテさんは開放にいて、ランファは此処に」
「蘭花は死んだ。此処にいるガキが殺したんだ」
「フォルテさん」
 知世の様子を確認しようとしたが、首を動かしただけで銃口で制される。
「ランファが死んだのは、マジなのか」
「ああ」
 酷く陰気な声でフォルテさんが応じる。パジャマ姿にスリッパ、銃を抱えるには少々不釣合いな格好だ。
「何処で。どうやって」
 現実感がちっとも沸かない。ランファが死んだだと?
「この病院で、だ。そのガキが殺したんだ」
「だから、どうやって!」
 強い口調。フォルテさんがなにか巨大な岩でも井戸のそこから引っ張りあげるような重々しい口調で言葉を返した。
「よくは、解らない。でも、そのガキが―知世がなにかの呪文のようなものを唱えて、ナイフを振りかざすとあっという間にみんな死んでいった。
切り刻まれたものだけじゃない。銃弾のような何かを無数に浴びた奴、やけどが突然全身に広がった奴、なにやら斑点を皮膚いっぱいに浮かべて泡を吹く奴。とにかく、知世が何かを呟くたびにどんどん人が死んでいったんだよ!」
166CC名無したん:2005/04/17(日) 03:36:32 ID:jEPyLUhQ0
 フォルテさんは目を伏せて歯噛みした。全くもって酷い表情だ。
「フォルテさん、何があったか知らないが、落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか!」
 再びきっと顔を上げてライフルを構える。
「まず機動隊。その後しばらくして警察のテロ対策チームが着た。はては自衛隊特殊部隊もあっという間にこいつは切り刻んじまったんだぞ!ヘタをすれば中隊規模にも達しようかと言う部隊が、あっという間だ!こうしている間にも」
「フォルテさん」 
 とにかく温和に、温和に。俺は漸く自由になりつつあった表情筋を緩めてフォルテさんを宥めた。
「この院内の様子は俺も見てきた。酷い目にあったのは理解できるけど、でも、落ち着いて。大道寺が」
 ちらり知世を見た。今度はとがめられなかった。相変わらずうっすらと涙を目元に滲ませながら事の成り行きを見守っている。
「そんなことをできるはずがないじゃないか。見てみろよ、こんなに怯えて」
「でも、あたしは見たんだよ!あれは絶対に知世がやったんだ、間違いない。見ろ、知世の顔、体を」
 小さくて儚い身体。印象的な長い髪。
「おまえ、こいつの傷を調べたか?」
「ああ。怪我ひとつしていない」
「あたりまえだ、この血は全部返り血なんだからな」
 もう一度、知世を見た。返り血―確かに、この死体の山の中で、フォルテさんのような戦闘訓練を受けていないこの子が血を浴びるような戦闘領域を歩いてきて、無傷であったことのほうが―
 いや。
「駄目だよ、フォルテさん」
 知世を殺させるわけには行かない。
167CC名無したん:2005/04/17(日) 03:37:59 ID:jEPyLUhQ0
 俺は、俺と言うあやふやな人格は知世への贖罪と言う行動原理だけで生きている。それを除いてしまうと、俺の記憶を紐解く鍵は失われ、俺自身の存在理由がなくなってしまう。
 自分の記憶に確信が持てない以上、他者とのかかわりに自分を委ねるしかない。そして、それが俺の世界そのものなのだ。
 だから。
「フォルテさん、知世は殺させないよ」
 フォルテさんには少し隙があった。ライフルの銃口を俺に近づけすぎていたのだ。
 俺はフォルテさんの手の甲を狙って思い切り廻しげりを叩きつけた。暴発が恐ろしかったが、それどころではない。
「村田…っ!おまえっ!」
 フォルテさんが唸る。俺の蹴りはフォルテさんの手にはあたらず、小銃本体を蹴ってしまったようだ。それでも大きくバランスを崩すフォルテさん。
 俺は―飛んだ。大きくジャンプして、さっきフォルテさんに蹴りだされたベレッタのところへ転がりこむ。右手ではじくようにそれを拾い上げると。そのまま勢いに任せて一回転する。片膝をついて静止し、ロックを外してフォルテさんにねらいをつけると。
 照星の向こうに、ライフルを構えたフォルテさんがいた。
 睨み合い。このまま打って終わり。相打ちか―それも考えた。フォルテさんは知世を殺人者だと考えている。おそらく知世を殺すつもりだろう。
「やるじゃないか、村田」
 いきなり蹴りつけられて立腹しているのかと思いきや、フォルテさんは柔和な笑みすら浮かべている。さっきの怯えた表情に比べてリラックスして見える。単純な戦闘という状況が、彼女の平静を取り戻させたのかも知れない。
「殺させませんよ。この娘は、とても大切な子なんだ。酷い目にあった。それも愚劣な大人たちのせいで、だ。挙句にこんなわけの解らない猟奇事件に巻き込まれて。それで死んでしまったら、それは、そんなの…」
 フォルテさんがライフルの構えを引き絞るように整える。照準は、俺だ。
「フォルテさん…」
 俺は彼女のことは嫌っていなかった。寧ろ親しみやすい女友達で、便りになる女性だった。だから―こんな結末は、惨め過ぎる。俺もベレッタを握った。
 フォルテさんをサイトに捕らえる。
168CC名無したん:2005/04/17(日) 03:39:05 ID:jEPyLUhQ0
「フォルテさん、お願いだ」
 フォルテさんは答えようとしない。ただ、らんらんと光る目だけが促していた。
「俺は―黙って殺されてもいい。しか知世だけは。彼女だけは、許してやってくれ」
 そのとき、背後で人の立つ気配。いきなりだったので慌てたが、この部屋にいるもう一人の人物―大道寺知世だった。知世は弱弱しい足取りで立ち上がると、俺たちが銃を向けあっっているその丁度まんなかにたった。
 足取りこそ頼りなかったものの―背筋は伸びて、気品のようなものが感じられた。
「わたくしにはどういうことなのか、判りません」
 凛とした声だった。美しく、透き通る声。さっきの部屋の隅で震えていた彼女とは違う。
「フォルテさんのおっしゃることはわたくしにはよく判りませんが、そのことで、ええと、その。村田、さん?を撃つようなことになるのなら、お止め下さいませ。村田さんとはついさっき会ったばかりで、傷の手当をしていただいただけなのです」
 そういって俺に同意を求める知世。酷く活発ではきはきとした印象を受ける。もしかして、俺を―庇ってくれたのか?
 知世が続ける。
「もし、お気が済むのでしたら、私を撃ち殺していただいて結構ですわ」
「よせ!大道寺!」
 思わず俺は叫んだ。、自ら死を望むなど、そんなこと。だが、フォルテさんはそのありさまに酷く驚いていたようだ。その証拠に、自らを射殺せと近寄ってくる知世に手を出せないでいる。
 
 「よせ!」
 俺は走って知世を前に出た。知世を庇う位置に立ち、目の前のフォルテさんの額に銃口を突きつけた。
 ジャキッ!金属の擦れ合う音がして、俺たちはお互いの額に銃口を突きつけあった。
 そのまま、止まる。動けない。
引き金を絞れば良い。それだけで此処は俺の勝ちだ。きっとフォルテさんもわかっているはずなのに、それでもお互い引き金が引けないのだ。
 にらみ合いは数秒続いた。
 何呼吸かを数えた後、俺たちは―銃を引いた。そして俺は背後の知世を見た。あの毅然とした彼女。俺のような見ず知らずの、いやそれどころか救いがたい俺と言う男を躊躇なく庇った、その少女はまた―気弱に笑っているだけだ。
 と、へなへなと崩れ落ちた。
「申し訳ありません。すこし大胆なことをしすぎましたわ。ああ、わたくし危うく死ぬところだったのですね」
169CC名無したん:2005/04/17(日) 03:40:28 ID:jEPyLUhQ0
「そうだ―だから、あんな無茶はしないでくれよ」
「でも、おかげで丸く収まりましたわ」
 そりゃそうだが、全く偶然の出来事で。フォルテさんの方を見た。フォルテさんはすこ放心した様子で。
「射殺など…できるはすもなかったんだがな、あたしの銃じゃ」
フォルテさんが呟く。
「威嚇して、交渉出来ればよかった。院内に残っている人間を外へ運び出す為に時間稼ぎができれば。だが―重大な誤解があったようだ。とりあえず、お前も要救助者だね、大道寺知世」
 漸くフォルテさんも落ち着いてくれたようだ。しかしそこまで知世を化け物と思い込んだ原因は全く持って謎だった。
「村田。お前何故、撃たなかった」
「知ってる人を簡単に殺せるほど、俺は度胸が据わっちゃいない。それに、大道寺の前で人殺しなんて見せたくなかった」
「そうか」
 フォルテさんはその説明で納得したのか、ため息をついて肩を落した。
「フォルテさんは」
「―え?」
「フォルテさんは、なぜ撃たなかったんだ」
「ああ、そのことか」
 フォルテさんがガーランドの銃床を撫でる。
「こいつ、弾がないんだよ」
 弾が、ない―。
「と言うのはつまり?」
「ああ、ハッタリだったんだ。―と、そんな怖い顔するなよ。それに、こいつは振り回すと結構良い武器になるんだぜ」
 はあ。俺は脱力感と、そしてフォルテさんの弾の無い銃で銃に向き合う根性に感服した。
「と。時間がないんだ」
 俺はもうすこしその余韻に浸って居たかったがそうもいかない。フォルテさんはなぜ生き残っているのか?ランファやミルフィーユは何処に?一体どのくらいの人がまだ生き残っているのか?武装した連中の正体は?
 まったく―依然として、五里霧中だ。
170CC名無したん:2005/04/19(火) 21:54:40 ID:/fEdqtgK0

 奇妙な沈黙だった。特に、フォルテさんと知世の間にある緊張感はいつまでたっても解けそうに無かった。
「あたしは」
 少し打ち解けたふうだったフォルテさんは重々しい口調に戻って言う。
「あたしは、大道寺を信じたわけじゃない」
 そういうと部屋の真ん中にどっかりと腰を下ろした。精魂尽き果てたふうだ。足の間にライフルを挟んで、状態をもたれかからせる。ベトナム戦争ものの映画か何かに出てくる、兵士のようだった。
「無茶言っちゃいけないよ、フォルテさん。大道寺は今もこんなに身体を小さくして縮こまっているじゃないか。俺が来たときには、助けが来るのを震えてたんだぜ」
 俺もその場にしゃがみこんで、彼女に諭すように言った。それと―何か、顔を拭くものが無いか、普請した。渋々といったふうでフォルテさんがポケットから取り出したハンカチを、丁重に頭を下げて受け取る。
 腰を下ろすと一気に疲れが出た。
「いや、確かに見たんだ。大道寺が何か呟いてナイフを振り下ろすたび、武装した兵隊が次々と殺されていった。それも尋常な殺し方じゃない。刺殺、射殺、絞殺、毒殺」
「ほら―フォルテさん、無茶言ってますよ」
 悪夢から覚めたように、自分の掌を見つめて呆然と出来事を振り返るフォルテさんに、俺はできるだけ優しく語りかけた。
 
171CC名無したん:2005/04/19(火) 21:55:31 ID:/fEdqtgK0

「ナイフを使って、どうして銃殺とか毒殺とか、できるんですか。ナイフなんて、切るか突くか、投げるか。それくらいなものでしょう」
 言っていてなんとなく空ぞらしい気分になった。俺もこの病棟内で起こっている異常な出来事を意識している。烏丸ちとせが言った、
なにかとんでもないことが起こるという話もなんとなく肌で感じていた。何があっても不思議じゃない。
 知世を見た。漸く落ち着いた彼女はひざを抱えるのを止め、正座を崩したような姿勢で、片手を床について俺たちの話を見守っていた。その床についた手を見つめる。
「あ」
 ナイフだ。両刃のナイフ。
 俺を刺したナイフだ。わけのわからないことを言いながら、彼女は俺をめったざしにした、あのときのナイフだ。確か―ウメガイ。
 彼女は力いっぱいに切りつけた。自分を奴隷として扱い苦痛を与え続けた男への復讐として―。
「そら、ナイフを持っているだろう。そいつで」
「いや、よく見てくれよ。血がついていない」
 フォルテさんの言葉に気を取り直す。そうだ。そのナイフは血がついていなかった。特徴的な両刃の大きなナイフ。
「きっと、咄嗟の時に持ち出したんだ。彼女の私物だろう」
 バカにしたようにフォルテさんが答える。
 
172CC名無したん:2005/04/19(火) 21:56:43 ID:/fEdqtgK0

「何言ってるんだ?ここは精神病院だぞ。刃物など持ち込めるわけが…」
 俺はフォルテさんをじっと見つめた。正確には、フォルテさんが大事そうに抱えているライフルを、だ。
 えへん。フォルテさんが咳払いする。
「とにかく、そのどこから持ち込んだのかわからないナイフでわけのわからないことを起こしていたんだ。間違いない」
 俺はフォルテさんの言葉を聞きながら四つんばいになったまま知世のほうへ向かった。ナイフを見て緊張する。だが、知世はそのナイフを握るでもなく、力なく手を添えるだけだ。
「おい、危ないぞ、村田―」
 フォルテさんの口調がやや慌てたものになる。
「洗って返す、といいたいところなんですけどね。どうも望み薄だなあ」
 フォルテさんから預かったハンカチを知世のやわらかい頬にあてた。
「…何をなさるのですか?」
 頬を引っ張られて歪んだ顔の知世が言う。
「いや、少し君の顔が汚れているから、拭いてあげようと思って」
 ごしごしと音がするようだ。脆そうな少女の肌には少し酷だ。何か湿らすものがあればいいのだが。
 はた、と俺は思いついた。
「このハンカチを、君の口に軽く含んで湿らせてくれないか」
 
173CC名無したん:2005/04/19(火) 21:57:47 ID:/fEdqtgK0

 唾液で湿らせようというのだ。さすがに自分の唾液を知世の顔に塗りつけるのはためらわれた。ハンカチを差し出すと知世は少し戸惑ったふうだったが、やがてその角のあたりを軽くくわえて、もごもごと口を動かした。
 ぱ、と口を開いて知世が言う。
「あの、これで、よろしいでしょうか」
「多分」
 今度は順調にこびりついた血液と思しきものをふき取ることが出来た。しかし、同じく血でどろどろの衣服はどうにもならない。どこかで調達できればいいのだが。
「あの」
 俺が髪の毛を掻き分けて耳の辺りも丹念に拭ってやっていると、知世が話しかけてきた。
「有難うございます」
「例は後ろの女の人―フォルテさんに言ってくれ。ああ、フォルテさん」
 振り返らずに言った。
「ハンカチ、駄目にしちゃったね」
 フォルテさんの返事が無い。大道寺は素直に俺の言葉に従った。ぺこりと頭を下げ、
「申し訳ありませんでした。必ずちゃんとしたものをお返しさせて頂ま…」
「ああ、もう!いいよ―まったく」
 フォルテさんが語気も荒く叫んだ。
「あたしの幻覚だったなんて、思えないけど。少なくとも今の大道寺は―ただの女の子だ。こんな子供を殺すわけにはいかない」
 
174CC名無したん:2005/04/19(火) 21:59:01 ID:/fEdqtgK0

「だから、何かの間違いですよ。彼女がナイフ一本で軍隊を相手に出来るわけないじゃないですか」
 ぐるりと知世のまるいあごの輪郭を拭き上げる。
「どうにか、見れるようにはなったかな」
 明るいところで見れば所々血がこびりついているだろうが、現状ではこの辺が限界だろう。
 月の光の中、知世の白い顔が浮かび上がった。幼さの中にも粛とした佇まいがあって、美しい表情だと思った。知世はすっかり精神の平衡を取り戻して落ち着いている。
 彼女の持ち物は、ナイフと―小さなデイパックを肩から掛けていた。それだけだった。
「フォルテさん、一体何があったんだ。廊下の死体の山は一体」
 俺はフォルテさんに尋ねた。ごくり、と喉が鳴る。
 フォルテさんは瞳を逸らした。なるべく知世のほうを見ないようにしているのが、手に取るようにわかる。
「死体の山は―自衛隊の特殊部隊の連中だ。多分空挺部隊の特殊作戦群だな。お前、ヘリが病棟の中庭に着陸するのに気がつかなかったのか?」
 いや、俺は地下室で監禁されていて―そう答えようとしてはっとした。そうだ、病院に侵入する前に、とてつもなく耳障りな爆音が聞こえた。
「ああ、あのヘリはここに着陸したのか。やけに低く飛んでいると思ったんだ」
 
175CC名無したん:2005/04/19(火) 21:59:39 ID:/fEdqtgK0

 フォルテさんは半ば呆れ顔で続ける。
「そのときあたしは上の階で外を見ていたんだが―魂消たね。いきなり大型の輸送ヘリが降下して来るんだから。まったく、戦争が始まるのかと。いや、すでに」
 フォルテさんが目を細める。すこし威圧感を感じた。
「これは戦争だな。ま、それはともかく、それに気がついたときには、すでに事態は進行していたんだけど」
「事態?何のことです」
「この病院の中で起こっていた殺戮劇さ。まったく、おぞましいとしか言いようが無い。酷いもんだ」
 フォルテさんの声から抑揚が消えた。俺は思わず知世の方を見やった。知世は何の話であるか理解できない、といったふうで、ただフォルテさんの話を聞いていた。
「私には大道寺が階下へ降りてゆくのを見たような気がしたんだが―まあ、それはおいておこう。なんだかあたしも信じられなくなってきた、あんな非現実的なこと。とにかく、ヘリが下りてきてしばらくして始まったのは、掃討戦だった」
「掃討?」
「ああ。ゲリラやテロリストの巣を根絶やしにするときにやる手だ。部屋という部屋に片っ端から手榴弾を投げ込んで、小銃弾を目くらましに打ち込む。そうやって下から一部屋ずつつぶしてゆくんだ。まったく、この国であんなものをおっぱじめるなんて」
「そんな…それじゃ、関係ない患者や職員たちは」
 
176CC名無したん:2005/04/19(火) 22:00:10 ID:/fEdqtgK0

 俺は絶句した。警察やら自衛隊というものが、平然と市民を。
 フォルテさんは目を閉じて首を振った。
「関係なし、皆殺しだ。あたしは音で連中が何をやっているのか気がついたから、そこらにいる病院の
連中をなるべく上の階へ誘導して―あたしは何とか進入してきた奴等を食い止めようとしたんだ。それで、下の階へ降りてゆくと、ばったりと銃声が止んでいるじゃないか」
 ああ、その先は―俺の見たとおりか。
「あたしが見たのは、血まみれで立ち尽くす大道寺と、返り討ちになった陸自の連中の死体の山さ。そして、お前は否定するんだろうが、
生き残った連中が打ちかけてくる弾をどうやったのか―すべてかわして。無反動砲の直撃すら耐えて、大道寺はそのナイフで」
 フォルテさんの声がわずかに上ずった。だが、彼女は錯乱することなく話を続けた。正確に情報を集めて判断する訓練を受けているのかもしれない。
「私には、そう、あくまでも私にはだけれども。大道寺は彼らを次々と殺していったように見えた。大道寺はただ一人、廊下に突っ立っていただけなのに。防御手段も無しに、何十人もの一斉射撃に耐えた―ように、見えた」
 知世はそんなフォルテさんを見つめている。その視線には不快感はなく、むしろ哀れみすら感じさせた。
「そうだ、まるで奴らは、大道寺を殺しに来たように見えた。そして返り討ちにあった、そんなふうにしか思えない」
 バカな―。俺はあっけにとられた。しかしフォルテさんはさらに続ける。
「間違いないよ。ああそうだ、通信でわめいていたよ。『目標と思しき少女を発見、これより排除する』ってな。これは―やはりあたしの妄想なのかい?」
 フォルテさんはそこで薄い笑みを浮かべた。その笑いには自嘲が混じっていた。

177名無しさん@Linuxザウルス:2005/04/22(金) 09:19:28 ID:Y9URbXV10

 フォルテさんは本当のことを言っているのだろうか。少なくとも嘘は言っていない
ように思われる。ただ、俺もフォルテさんも、こんな病院に入院していると言う事実
はある。このことすら仕組まれたことなのか、それとも全てが俺の妄想なのか…。
 俺は奇妙な感覚にとらわれた。まるで脊髄が首筋から引っ張り出されるよう。痛み
はなく、ただ不快感だけが俺にまとわりつく。ああ、気分が悪い。
 くい。
 そんな俺の上着を何者かが引っ張った。
 小さな手。知世だった。
「あの、ええと…なんと、お呼びしたら言いのでしょう、あなたのことを」
 透き通った声がさわやかに耳に馴染んだ。ふっと悪夢から覚めるような心地だっ
た。彼女はこんな優しい声をしていたのだ。俺が知世に叫ばせていたのは、この世な
らざるものの悲鳴でしかなかった。痴態、狂態でありおぞましいこえ。
 だがその様子が、あの悪夢のようなありさまが、今はない。まるで、憑き物が落ち
たようだ。
178名無しさん@Linuxザウルス:2005/04/22(金) 09:20:54 ID:Y9URbXV10

「ああ、えと、村田でいいよ」
「はい。では、村田さん。取り敢えず、この場を離れた方がよろしいのではありませんか」
 フォルテさんがいらだたしげに口を挟んだ。
「そのとおりだ、だけど」
 半端に開いた扉のほうを見て続ける。
「たぶんな、ここ、囲まれているぞ」
「―え?」
 俺は思わず声を出した。
「連中は当然、この病院自体を包囲しているだろう。それに―あたしの耳がおかしくなけりゃ、だが―連中の無線の内容からして、奴らはおそらく大道寺の抹殺をたくらんでいる。それも手段を選ばず」
「手段を選ばず…?」
「そうだ。この病院の全ての人間を抹殺するか、あるいは病院ごと」
「そんな無茶な」
 俺はうめいた。そんなおれを、ちょっと哀れみをこめた視線でフォルテさんが俺を見つめる。
「相手は軍隊で、対戦車ミサイルまで持ち込んでいるんだ。それに、さっきも言ったな。あいつらがやっているのは”掃討戦”だ。あいつらは大道寺を―どういう理由
か、何かの間違いかもしれないが、とにかくどうあっても殺すつもりなのさ」
「そのために何人死んでも?」
 フォルテさんが頷く。
179名無しさん@Linuxザウルス:2005/04/22(金) 09:22:28 ID:Y9URbXV10

「キチガイの死体の勘定なんて計算に入っていないのさ。それに、連中は身内を相当手酷くやられているからな。士気喪失していれば良いのだけど」
 俺はその意見にはなんとなく承服できない。
「いや。この国の軍隊は世間の評価とは合致していない。おそらく世界でも類を見ないほど統制が取れている」
 意外そうな顔をして俺のほうを見たフォルテさんは、なぜだかうっすら笑ったような気がした。
「兵隊みたいなことを言うんだな、お前」
 俺も言ってから気がついた。なんで俺は自衛隊のカタを持っているのだろう。
 心当たりもあるのだが―。兎に角俺にまつわる一切のことは薄弱な根拠しかない。

 ふと腰のあたりの重みを意識する。さっきから、俺を引いている手。上着の裾を手繰る様子。 
 ―知世の存在を意識して、あまり時間をかけるべきでないことを思い出した。細かい打ち合わせをしている暇がない。
180名無しさん@Linuxザウルス:2005/04/22(金) 09:24:05 ID:Y9URbXV10

「キチガイの死体の勘定なんて計算に入っていないのさ。それに、連中は身内を相当手酷くやられているからな。士気喪失していれば良いのだけど」
 俺はその意見にはなんとなく承服できない。
「いや。この国の軍隊は世間の評価とは合致していない。おそらく世界でも類を見ないほど統制が取れている」
 意外そうな顔をして俺のほうを見たフォルテさんは、なぜだかうっすら笑ったような気がした。
「兵隊みたいなことを言うんだな、お前」
 俺も言ってから気がついた。なんで俺は自衛隊のカタを持っているのだろう。
 心当たりもあるのだが―。兎に角俺にまつわる一切のことは薄弱な根拠しかない。

 ふと腰のあたりの重みを意識する。さっきから、俺を引いている手。上着の裾を手繰る様子。 
 ―知世の存在を意識して、あまり時間をかけるべきでないことを思い出した。細かい打ち合わせをしている暇がない。
181名無しさん@Linuxザウルス:2005/04/22(金) 09:25:38 ID:Y9URbXV10

「すまない、大道寺。君のいうとおり、急ぐべきだね」
 けして俺に何を強要するでもなかったが、彼女の小さく柔らかな手のひらや体の作り、憂いを含んだ表情は俺の心の何かを呼び覚ました。
 それはいささか馬鹿げているというか、皮肉な感情だった。つまり、保護欲―とでも言おうか。自己欺瞞だ、そう思って尚一層嫌悪感にさいなまれる。
「あの、村田さん」
 しかし声にはしっかりとした意志の力がある。このときは特にそうだった。
「大道寺、とは呼びにくいでしょう。知世で結構です」
 こんなときに何を、とも思った。
「昔から、わたくしあまり苗字で呼ばれたことがありませんの。ですから、なんだか私もしっくりこなくて」
「そうかい、じゃ、ええと…知世、ちゃん」
182名無しさん@Linuxザウルス:2005/04/22(金) 09:26:49 ID:Y9URbXV10

 微笑む知世。
「子供ではございませんもの、ちゃん、は余計ですわ」
「そうかな、知世……ちゃん」
 駄目だ、どうしても呼び捨てには出来ない。
 それは以前の彼女に対する仕打ちの記憶を呼び覚ますからだろうか。単なる気恥ずかしさだろうか。
「なにわけのわからないこと言ってんだよ、お前たち。兎に角、脱出するぞ」
 フォルテさんが、俺たちの間に一瞬の間流れた間の抜けた空気を払った。
「しかし―包囲はなされている、と考えるべきですね」
「ああ、間違いない」
 ふむ。まいった。手持の武器は、俺のベレッタ。これは予備断層がない。手榴弾。フォルテさんのライフル。
これは弾がなく、石器時代攻撃―棍棒による殴り合いしか出来ない。
「どうします?イチかバチか、正面突破しますか?」
 フォルテさんは馬鹿にしたような目で俺を見た。
183名無しさん@Linuxザウルス:2005/04/22(金) 09:27:49 ID:Y9URbXV10

「やっぱりおまえ、素人だな。奴らがまともに布陣していたら、一メートルと行かずに蜂の巣だぜ」
 その言い方には少々憤慨した。
「だからって、どういう」
 含み笑い。ぞっとした。そのときのフォルテさんの顔は、猛禽類を思い出させた。

「取っときのやつがあるんだよ。お前たち、逃がしてやる」
 戦争狂―ウォーモンガーだ。間違いない。分隊を支える、英雄的行動で戦果を上げる生まれつきの戦士。ナチュラル・ファイターだ。そんな言葉が頭に浮かぶ。
「アレなら一個中隊が一個連体だって、手におえないさ」
 フォルテさんはプロフェッショナルだ。それは間違いない。
 単なるキチガイではなかったのだ。いや、キチガイと言う形容はあたらないのかもしれない。戦場と言う不合理の中では、彼女こそ正常。
 と、俺は彼女の横顔を見ただけで勝手にそこまで思った。何故だか、自分でもわからない。ただ、なにかフォルテさんには不吉なものが取り付いている。
184名無しさん@Linuxザウルス:2005/04/22(金) 09:29:17 ID:Y9URbXV10

 知世も不安げにそんなフォルテさんを見上げていた。戦争の下準備に愉しみを覚えるタイプなのだ、彼女は。優しげでたおやかな、女の子らしい知世には少々耐えがたいものがあるだろう。
「取っときのもの?」
「ああ。地下室にな、隠してあるんだ」
「地下室―機械室のあたりか」
 俺はここへ来る前に通り過ぎた地下階の部屋を思い出していた。
「そう、それだ。お前、ここにくるまでそこを通ったのか?」
 こくり、と頷く。
「おれは気がつくと地下に閉じ込められていたんですよ。此処の女医に拘束されて、脳の手術をされるところだった」
 そろり、そろりと立ち上がりながら言う。扉のほうへ歩き出した。
「脳の手術―おまえが言ってた、改造手術ってやつか?」
「そうです。危うく逃げてきたんですけど」
 慎重にライフルを腰だめにして、扉から廊下へ。むっとする死臭。血の腐敗が進んだのか、おぞましい香りとなっている。俺は思わず後ろの知世をみた。
「大丈夫か、知世ちゃん」
「ええ、大丈夫ですわ」
 口のあたりを手で覆いながら、知世は気丈にも頷いて見せた。しかしその顔色は明らかに悪い。
185名無しさん@Linuxザウルス:2005/04/22(金) 09:41:56 ID:OwdId5Mw0

 もし、フォルテさんの言っていることが事実だとして―
 この惨劇を知世が演出したのだとしたら。いまの知世の所作はあまりにも高レベルの演技としか言いようがない。
そのくらい、彼女はこの澱んだ廊下の瘴気に当てられていた。くらくらとめまいを感じているようによろける。
 廊下に、でる。フォルテさん、俺、知世の順だ。月の光は相変わらず。格子の向こうに、一般の病棟が建っている綺麗な鉄筋の建物で、閉鎖とは雲泥の差だ。月の光に跳ね返るように、壁が白い。
 血塗られた廊下を歩く。患者やら、兵士やら。それだったと思しきもの。
「上には、生存者は」
「ああ、結構生き残っている。狩り尽くされなくてよかったよ」
「フォルテさん、あの」
「なんだい、こんなときに」
 ゆっくりと歩を進める。待ち伏せを考えれば話など愚の骨頂だったのだが。
「ランファは」
 言った瞬間、フォルテさんは悄然とした表情になった。
186名無しさん@Linuxザウルス:2005/04/22(金) 09:43:51 ID:OwdId5Mw0

「行方不明だ。何処に行ったのか、でも、おそらく―」
 フォルテさんは丁度通りがかった部屋の扉の中をちらりと覗いた。その部屋の中も死体で埋め尽くされていた。
 あの”存在”にミンチにされたか、自衛隊に射殺されたか。
「お前、ランファと面識が合ったのか」
「ええ、まあ、一応」
 そうか、フォルテさんは知らなかったんだ。俺とランファが閉鎖で奇妙な関係におちいっていたことを。
と、はた、と思い出した。
「そうだ、ミルフィーユ!」
 急に大声を出してしまった。振り返ると知世が目を丸くしている。すこしたって、ぎこちなくわらってくれた。
「なんだい、大声を…って、そうだ!おまえ、ミルフィーユをなんだってあんな」
「ああ、やっぱりそれは事実だったんですか」
 庭石でミルフィーユを殴打した。それは事実だったのだ。一番認めたくない事柄だったのだが―まったく、悪事に関しては俺は記憶のとおりの人物だなんて。
 心が暗くなる。俺は記憶のないまま、このクズの過去を背負って、犯したのかどうかも解らないさまざまな罪の意識に苦しみつづけるのか…。
187名無しさん@Linuxザウルス:2005/04/22(金) 09:45:22 ID:OwdId5Mw0

 だが、フォルテさんは意外と優しかった。
「まあ、仕方がないよ。お前だって突発的に暴れるような病気だったんだろ?事前に手当できなかった病院のミスだよ」
 慰めてくれる。ああ、しかし―その後の俺の不条理は、一体。
「フォルテさん、実はミルフィーユは俺の妹で」
「はあ?」
 呆れ顔のフォルテさん。
「ほんとなんですよ。家だってちゃんと会って、外泊のときにその家にも帰ったんです」
「何を言い出すんだい」
 あきれながら、周囲への警戒を怠らずそろそろと廊下を進む。大道寺はなるべく下を見ないように、俺の背を見つめている。
「それこそ、改造手術の後遺症、じゃないのか?それにミルフィーユは、男を作ってトンズラしちまったぜ」
「男?」
 意外な単語に俺は驚いた。
「それは…駆け落ちって奴か」
「そうだな。あたしも聞いただけなんだがな。モウソウっていう患者がいて、そいつと逃げたらしい。もう一人、ミントっていう小さい女の子も連れてな」
「みんなが此処の患者なのか?」
188名無しさん@Linuxザウルス:2005/04/22(金) 09:47:26 ID:OwdId5Mw0

「もちろんだ。どうやって逃げたのか、さっぱり解らない。次の日、といっても今朝なんだが、あたしの寝床に走り書きのメモが置いてあったよ。
”こんや零時の因果鉄道に乗って孟宗さんと旅に出ます。どうか探さないでください”ってな」
「そいつは…」
 まさか、心中?そう疑った。それに、孟宗と言う男。なにか引っかかる。
 孟宗。モウソウ、モウソウ。
 ああ!あの電話の時の男だ!
 ミルフィーユと同宿の、あの男の名前だ!
「フォルテさん、そいつの行き先、俺わかるよ」
 フォルテさんの目が細まった。
「マジかよ」
「ああ。何処かのホテルに泊まるところでした。発車時間と路線名、到着時間。此処までわかっていれば、足取りはつかめるかも」
 フォルテさんは内ポケットからなにか紙片を取り出した。
「もし、詳しいことがわかったら、此処へ連絡してくれ」
 携帯の番号だった。丁寧にうちポケットへ仕舞う。
「ああ、解った。必ず。俺もミルフィーユには聞きたいことが有るんです」
189名無しさん@Linuxザウルス:2005/04/22(金) 09:53:34 ID:OwdId5Mw0
 やがて一階へ降りる階段に到達した。
 変化はそのとき訪れた。戦局の変化は何時だって唐突で、いつのまにか当事者がわからぬうちに全ては決っているものなのだ。
 そのとき―いきなり、さっきまで沈静化していた”存在”の”密度”が、急速に高まっていったのだ。
そのあまりの急激な変化に、俺は全身の血がさあっと下へ下がって行くような錯覚を覚えた。
 フォルテさんにこの奇妙な感覚の変化を伝えようと、口を開こうとしたとき。
 
 いきなりの破砕音。強化ガラスが粉みじんに割れた。 
 
 派手な音。
 月光に反射するガラス片。全てがスローモーションのなか、鋭角に、俺の額を狙ってくる黒い物体が見えた。

 そう、何もかもスローモーで。そして俺の身体もゆっくりで、言うことを聞かない。ほんの一ミリすら動かせない。
 
190名無しさん@Linuxザウルス:2005/04/22(金) 09:58:31 ID:OwdId5Mw0

 銃弾だ―と、考える暇もなかった。
 ただただ、その黒い塊が自分へ到達するのを待つだけで―そのとき。
 全てがスローの世界で、はっきりとした詠唱の言葉が、呪文が聞こえた。どこから?―知世のほうからだ。よく聞き取れない。小さな声。
「星の力…真の力を我の前…。契約のもと…が命じる」
 しかし最後の声はしっかりと聞こえた。


「封印解除(レリーズ)!!」


 とたん―存在の密度はいよいよその勢力を増した。嘔吐感。自律神経にダメージが。脳幹に直接響く。
「冥界をさまよう魂を集めて造りし汚れた盾よ、生の苦しみを彼の者に与えるべく防げ!」 
 不快感とともに―何かの磁場が形成される。
「シールド!」
 凛とした知世の声。知世?本当にアレは知世の声なのか?わからない、もっと違う。ああ、俺はその声を知っている。だがそれ以上は考えられない。この脳幹に与えられる不快感―
 そして呪文は完成した。
191妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/05/02(月) 18:21:10 ID:ymT+ZEo60
「ただいまー」
外はまだ夕焼けで明るかったけど、家の中は薄暗くて何となく肌寒いような気がした。
「あれ、おかあさん居ないけど買い物にでも行っているのかな?」
「パパはしゅっちょおで、ママはおしごとでおそくなるっていってたよ。おにいちゃんわすれちゃったの?」
そうだっけ?
よく覚えてなかったけど、台所に行くと晩ゴハンが電子レンジで温めれば食べられるように準備がしてあったから、きっとそうなんだろう。
おかずは鳥の唐揚とサラダだった。
野菜嫌いなんだよな。
晩ゴハンの時間にはまだ早かったから、ボクたちはそれまでテレビを見ることにした。
テレビのスイッチを入れると、どこのチャンネルもニュースばかりやっていて、新聞とかに出ている偉い人が戦争が始まって大変だとか言っている。
「いつもならアニメやっているのにおやすみなの?」
妹がつまんなさそうに言う。
「なんでかな。全部のチャンネルで同じニュースやっていて何か変な感じだね」
ニュースなんか見てもわからないし、つまんないからビデオでも見よう。
「デスレース2000年!!」
「えー、そのえいがきらい」
お気に入りのビデオをデッキに入れると妹は不満そうな声をあげた。
うーん、ボクはこの映画が大好きなんだけど妹は怖がっていつも嫌がる。
面白いのに。

ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
スーパーカーが病院の前で看護婦さんをボンボンと跳ね飛ばす。
デスレースは老人や女の人、それに子供を轢いた方が高得点をもらえるルールだ。
かっこいい。
道路のまん中で工事をしている配管工のおじさんにスーパーカーが突進して行く。
「あははははは、もっと速く逃げないと轢かれちゃうよ」
笑っているボクの後ろで、妹が震えながらチラチラと画面を見ている。
「おにいちゃん、もうみるのやめようよ」
がまん出来なくなったのか、妹が泣きそうになったのでボクは慌ててビデオを止めた。
今日は昼間も泣かしてしまったので少し反省する。
192妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/05/02(月) 18:22:22 ID:ymT+ZEo60
晩ゴハンを食べ終わったボク達は少し休んでからいっしょにお風呂に入った。
「うわ、すごい日やけだ」
背中を洗いながらボクは言った。
妹の背中は日焼けした腕に比べると真っ白に見える。
毎日外で遊んでいるからいっぱい日焼けしたんだろうな。
「つぎはおにいちゃんのばんね」
そう言うと妹はボクの背中をゴシゴシと洗いはじめた。
ゴシゴシゴシ・・・
けっこう力があるな。
ゴシゴシゴシ・・・
なんかちょっと痛いような気がする。
ゴシゴシゴシ・・・
「いて!いてててて」
思わず声に出して痛がると、おどろいたのか妹はアタフタしながらあやまりだした。
「おにいちゃん、ごめんなさい」
「い、いや大丈夫だよ」
ヒリヒリする背中をおさえながらボクは平気だと言ったけど、妹は泣きながら必死にあやまっている。
うーん、妹はまだ小さいにこんなに力が強かったのか。
それにしても泣き虫だなぁ。
腕にしがみついて泣いている妹の頭をなでながらボクは思った。


その夜、ボク達は同じフトンで手をつないで眠った。
手を握っていると、なぜだか少しドキドキした気分になる。
こんな気持ちになったのは初めてだ。
「おにいちゃん、ずーっと、ずーっといっしょにいようね」
「うん」
妹の言葉を聞きながらボクは眠りについた。
193妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/05/02(月) 18:23:40 ID:ymT+ZEo60
朝になって起きて、顔を洗ってから台所にいくとゴハンの用意してあった。
「おかあさん帰ってきてるのかな」
「ママはおしごといそがしいから、ゴハンよういしたらでかけちゃうよ」
そうなのか。
おかしいなぁ、なんかよく覚えてないや。
ゴハンを食べ終わったボク達は、今日は何をして遊ぶか決めることにする。
「きょうもプールいきたい」
「うん」
元気よく手を上げながら妹が言った。
特に行きたい所もなかったし、妹が楽しそうにしているとボクもうれしいからプールに決定。
水着とタオルを持ってボク達は家を出た。

プールに向かって歩いていると、ボク達の前に赤い十字マークの書かれたトラック、それにテレビに出てくるのと同じ装甲車が停まった。
何かあったのかな。
そんなことを考えていたら、中からお医者さんみたいな人とガスマスクを付けた兵隊さんが大勢おりてきた。
こわくなったボクは妹の手をにぎると急いでその場所から逃げようとしたけれど、兵隊さんはボク達の周りを取り囲んだ。
「お、おにいちゃん・・・」
妹はおびえた様子でボクにしがみつくと泣きそうな声を出した。
ボクは妹を守らなくちゃいけない。なんとかしなくちゃ。
でも、兵隊さんには全然すきがなくて逃げることは出来そうになかった。
「目標を発見。これより身柄を拘束する」
そう言うと兵隊さんはボクと妹をつかまえると引きはなした。
「子供とはいえ例の実験体だ、注意しろ」
偉い人なのか、一人のおじさんが他の兵隊さんに命令をしながらボクの前にくると顔をのぞきこんだ。
「予定より早いが日常生活プログラムを一旦終了させろとの命令だ。まさかこんなにも早く開戦になるとは。リク、実験体の状態はどうだ?」
「実験体は怯えて興奮状態です。ウォルコット大尉、念のため薬品を投与して眠らせます」
「うむ、私はタクト少佐に報告を」
おじさんと話をしていたお医者さんは注射器を取り出すとボク達の腕に打った。
どうしていいのか分からなくてなってしまい、ボクは自分の腕に注射を打たれるのをだまって見ていたけど、注射が嫌いな妹は泣きながら助けを求めた。
「やだやだやだ。おにいちゃんたすけて!」
194妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/05/02(月) 18:24:58 ID:ymT+ZEo60
妹が手足をバタバタと動かしてあばれだすと、他の兵隊さんが何人もやってきて無理やり押さえつけた。
ゴキッ!
腕の骨が折れるにぶい音がして妹は悲鳴を上げて大きな声で泣きだした。
「うわーーーーーーーーん!いたい!いたい!おにいちゃん、いたいよ!」
「おいおい、このガキ小便漏らしやがった。きったねぇなぁ」
押さえつけられた妹にお医者さんは注射を打つと、向こうのトラックに乗せるように兵隊さんに命令している。
どこに連れていくんだろう。
ボクは妹の方に手を伸ばそうとしたけれど、からだに力が入らなくて全然動かすことができない。
注射を打たれた妹もぐったりとして動かなくなっている。
まさか、死んじゃったんじゃ・・・
兵隊さんは妹の頭を乱暴に掴むと、トラックの方に向かって歩いて行く。
連れていっちゃダメだ。
ずっと一緒だって約束したんだから。
連れていっちゃダメだ。
一生懸命起き上がろうとしたけれど、でもやっぱり動くことが出来なくて、何だかとても悲しくなって。
ボクは妹の名前を叫んだ。






「蘭花!!」
ツインスターハウス301号室の床の上で、俺は妹の名前を叫ぶと涙を流しながら目を覚ました。
過去という記憶を、共に目覚めさせながら・・・
195妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/05/02(月) 18:58:11 ID:ymT+ZEo60
頭が酷く痛み吐き気もしたが、俺は無理やり立ち上がると部屋の壁にもたれ掛かった。
煙草が欲しい。
先程、桃矢に勧められたときに吸っておけばよかったと後悔する。
まあいい。それよりも、何故もっと早く蘭花のことを思い出してやれなかったのだろう。
あいつはあの病院であんなにも苦しんでいたのに。
それなのに、俺はあいつを見捨てるような事を言ってしまい、更には銃を向けてしまった。
もう二度とあの病院には戻らないと決心していたが、再び戻らなくてはならないだろう。
それにしても何故今になって蘭花のことを思い出したのだろう。
やはりウォルコットに出会ったことで記憶が甦って来たのだろうか。
今よりも全然若く、ヒゲも生やしていなかったが、子供だった俺達に何かをしていたのはウォルコットに間違いない。
そしてタクトだ。
(「うむ、私はタクト少佐に報告を」)
ウォルコットはたしかにタクトと言っていた。
しかし、タクト・マイヤーズの若さから別の人物である可能性も考えられる。
何にせよ、ミルフィーユも取り戻さなくてはならないから、もう一度奴に会う必要がある。
一通り考えを整理していた俺はあることを思い出して身を振るわせた。
「ミントちゃん」

俺はふら付きながら部屋を飛び出すと、階段を駆け下りて一階のカウンターまでやって来た。
やはり誰も居ない。
「クソッ!」
ミントちゃんの座っていた椅子を蹴飛ばし、俺は悪態を吐いた。
タクトとメアリーが仲間であるならば、当然マリブとココモだって連中の一味だろう。
何故そんな単純なことに注意がいかなかったんだ。
奴らの仲間にミントちゃんを任せてしまうなんて俺は大馬鹿野朗だ。
何か手がかりになるものが無いか確認するため、俺はカウンターの内側に回りこむと引出しや棚を乱暴に開け散らかした。
特にこれといったものは無かったが、カウンターの下にバールのような物を見つけた。
こんなものでも武器にはなるだろう。
俺はバールのような物を掴むとカウンターの外に出た。
196妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/05/02(月) 18:59:34 ID:ymT+ZEo60
さて、これからどうしたものだろうか。
取りあえず誰かにこのことを伝えておいた方がいい。
もしも俺が命を落とすようなことがあった時のために・・・
そうだ、村田だ。
ミルフィーユは村田がタクト達とも病院の連中とも関係の無い人だと言っていた。
それに病院に出入りしているのなら、ひょっとしたら蘭花のことも知っているかもしれない。
俺は受話器を手にすると、メモに書かれていた番号に再びダイヤルした。

トゥルルルル・・・、トゥルルルル・・・

呼び出し音が受話器から鳴り響く。
「早く出ろ・・・」
なかなか出ないので俺は少しイライラしたが、更に数回の呼び出し音のあと電話が繋がった。
ノイズが酷くよく聞き取れなかったが、昼間出た村田に間違いはなさそうだ。

「俺は昼間電話を掛けた孟宗だ。ミルフィーユが、ミルフィーユがさらわれた。それにミントちゃんも。あいつら、畜生。
あの野郎、ミルフィーユを俺の目の前でレイプしやがった。なのに、なのに俺は助けることが出来なかった。
俺の所為で、俺が弱かったからミルフィーユを苦しませてしまった。
今度こそ、絶対にミルフィーユを助けないと・・・
村田、頼みがある。もし俺が死んだら妹を頼む。お前のすぐ近くにいるはずだ。妹の名は蘭花」

そこまで言いかけた時、突然電話の回線が切断された。
いや、電話だけではない。
室内に灯っていた明かりも消えて辺りは漆黒の闇に包まれた。
197妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/05/07(土) 19:53:04 ID:wAgyZlzc0
受話器からは回線が途切れた時の信号音すら聞こえてこない。
どうやら完全に回線そのものが切断されたらしい。
電話回線の事故なのか、それとも何者かが意図的に回線を切断したのか。
状況から考えれば後者、奴等の仕業だと考えるのが明確だろう。
この建物がメアリーの管理していたものである事を考えれば盗聴されていた可能性も大きい。
うかつだった。どうしてこう初歩的なミスばかり繰り返すのだろう。
ウォルコットの話によると、この街にある他の電話は駅と役場だ。
タクトが本物の鉄道関係者だとすれば駅も監視されている。
役場から掛けるべきだったのだろうが、今の時間では無理な話だ。
ここから掛けたことは仕方が無かったのかもしれない。
そう自分を納得させ、俺は次の行動に移ることにした。
ミルフィーユとミントちゃんを取り戻す。今俺がやるべきことはこれだ。
考えを巡らしている間に暗闇に目が成れたらしく、窓から差し込む僅かな光で室内の状況を確認出来るようになった。
持っていた受話器を元に戻すと俺は時計を見た。
時間は午前一時を少し回っている。結構長い時間眠らされていたようだ。
奴等が鉄道以外の移動手段を使えるとなると既にこの街には居ない可能性もある。
鉄道?
しまった。タクトがもし鉄道を発車させることが出来たとしたらそれも考慮するべきだ。
取りあえず駅に向かうのが得策かもしれない。
バールのような物を握りなおし扉に向かって注意深く進んで行くと、俺はツインスターハウスの外へと出た。
198妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/05/07(土) 19:56:09 ID:wAgyZlzc0
雨は止んでいたが先程よりも濃い霧が辺りを包み込んでいる。
停電を起こしたのはツインスターハウスだけかと思っていたが、酒場や街路灯、それに全ての建物の明かりが消えていた。
酒場の方からは酔っ払い達の喧噪は聞こえず表通りは気味の悪いほど静まり返っている。
思わずバールのような物を握る手に力が入った。
『恐怖』
この感情をこうまではっきりと感じたのは久しぶりな気がする。
記憶が甦ってきた所為なのだろうか・・・いや、違う。
俺は今まで命令には何の疑問も抱かず、それを実行することのみを目的として生きてきた。
主人の命令のためならば命を失うことも怖くはなかった。
たとえ命を失っても、命令を実行することに喜びと生きがいを感じていたからだ。
だが今は自分の意志で行動している。
『ミルフィーユとミントちゃんを取り戻す』という目的の為に。
ならば、その目的の為に命を投げ出してでも戦うべきでなのではないのか?
しっかりしろ。頭を振って俺は駅に向かって駆け出した。

だが、俺は恐怖を克服するまでに至ってはいなかった。
俺はミルフィーユと出逢ったことによって愛するという感情を取り戻した。
それは人としての感情を取り戻したということだ。
『死』に対する恐怖への感情も含めて。
199CC名無したん:2005/06/17(金) 15:45:59 ID:00T4zQWW0
前スレ落ちちゃった?
200CC名無したん:2005/06/19(日) 12:02:01 ID:mFr0jHtb0
落ちたからなんだよ
201CC名無したん:2005/06/25(土) 23:17:02 ID:wscOwPLQ0
暇なので、キチガイバトンを書いてみたいと思う。
自分が気印か良くわからないが、世界は一大開放治療場らしいし、多分問題ない。

■人を殺したいと思ったことはありますか
答:あるような気がするが、それが本当の殺意かは疑問が残るところ。
 
■心に残るキチガイは誰ですか
答:さー、記憶力が減退しているので。居るような気はするんですが。

■ダルマ少女
答:「ダルマ少女」とだけいわれてもあれですけど、特にどうとかは。大変そうですね、とか。

■ロミ山田は好きですか
答:その人のこと知らないのでなんとも。

■B系ファッションってデブ隠しですよねこのラーメンデブ
答:内心の自由は保障されています。ピザでも食ってろデブ。
202妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/06/28(火) 23:47:30 ID:8z4/4Ybg0
バトンって流行ってるの?

■人を殺したいと思ったことはありますか
答:その手にはのらない。
■心に残るキチガイは誰ですか
答:高円寺で隣のアパートに住んでいた女。
窓の隙間から目を見開いて通行人を見ていたり深夜に髪を振り乱し奇声を上げながら走り回ったりしていた。
まあ、オイラも似たような発作が出たことがあるけど。
■ダルマ少女
答:
だるまさんが転んだ〜っ
「ゴッ!」
ぎゃはははは!ギギギギギ・・・
■ロミ山田は好きですか
答:ロミ山田って誰よ?と思いググってみたら歌手の人なのか。
詳しくはわかりませんが。つか、知らない人なので好きも嫌いもない。
■B系ファッションってデブ隠しですよねこのラーメンデブ
答:B系ファッションって何よ?と思いググってみたらラップの人が着る服のことなのか。
詳しくはわかりませんが。つか、意味が解らない。
203CC名無したん:2005/07/04(月) 08:51:14 ID:Drq7clvR0
今度のサンクリには村田さんも参加するの?
ガンスリ本再販キボン
204CC名無したん:2005/07/09(土) 22:38:36 ID:OeuEwyKo0
 鈍い音と衝撃。俺は確かに狙撃された、そしてその事実を認識し、衝撃に備えた。銃弾が巻き起こす破壊と、それに伴うさまざまな事柄を予測した。
 轟音、衝撃、痛み。破砕される血肉。
 自分がそれを知覚したとき、あるいは自分は死んでいるのだと、おぞましい死の予感にとらわれ、身震いする暇もなく。
  
 だがそれはおこらなかった。銃撃され砕け散る己が肉の音ではなく、もっとまのぬけた鈍い音を聞いた。
 何処かで聞いた音。嫌らしく響く重たい鉄と鉄のこすりあう響き。
 何処だ?何処跳聞いた?
 そうだ、これは兆弾の音だ。戦車の―。
 戦車の頼もしく分厚い特殊装甲が小口径の弾を弾く、あの音だ。すべての火器が口径の大小なくこちらへ指向されている、あの悪意が取り巻く戦場の只中で俺を聞いたあの音だ。
 コォン、という乾いた音とともに、死神の鎌口を逃れたあの安堵感。そうだ俺は鉄壁の守りで守られている!
 
 耳に聞こえたことはそうした俺の、俺自身のものとも何ともつかない旧い記憶だった。しかし視覚に飛び込んできたのは、まさに今起こっている現実。少なくとも俺にはそう思えたのだ。
 まず俺が見たのは灼熱した世界の中で立ちつくす知世の姿だった。彼女はごく自然に、それが当然の姿であるかのようにそこに居た。ナイフを振りかざし、長方形の板状のものにその先端を押し当てている。
205CC名無したん:2005/07/09(土) 22:40:17 ID:OeuEwyKo0
 不思議なことにその板状のものは何処にも支点を持たず、まるで浮いているようだった。知世が逆手に構えて振りかざした両刃のナイフがその板状のなにかに一点で触れていたが、
そのナイフは下に向けられており、その鋭利な先っぽに重力に逆らって貼り付けられている格好だった。
 そしてその板から発せられるなにか、よどんだ光のようなものが俺と知世を取り囲んでいる。その感触だけはは酷く不快だった。しかしそれが俺たちを護ったことだけは理解できた。
 まるで盾のようだ。そういえば知世はそうした呪文を唱えていた。
 そう、”シールド”と。
 つまり知世は望んで、それを起こそうという意図をもってそれを起こしたのだ。それだけは間違いない。
 毅然とした態度で彼女はそれを”行使”した。
 何をしたのか、具体的には自分にはわからない。ただ知世が何かをしたということは恐ろしいイメージを伴って俺の胸に響いた。
 俺は―撃たれた。確かに自分の眉間を刺し貫く銃弾を見たのだ。だが、知世の干渉によってそれは無効化された。
 
 やがて淀んだ光は薄れる。俺の延髄に鈍く響く不快感が晴れてゆく。すべてが一瞬のことだった。その瞬間、すべての動きが止まっていたようにゆっくりと見えたのは、あるいは錯覚だったのかもしれない。
  
206CC名無したん:2005/07/09(土) 22:41:11 ID:OeuEwyKo0
「スナイパーだ!」
 フォルテさんの叫びは事実の追認でしかなかった。そう叫んだときには俺は撃たれていたのだから。いや、正確には―撃たれて、それを防いだあとだったのだが。
 銃声が響いている。さっき聞こえた跳段の音とも違う。一発、腹にこたえるような轟音。
 俺は狙撃されたのだ。
 俺は酷い衝撃を受けてその場にぶっ倒れた。俺の前に一瞬現れた障壁は確かに銃弾を防いだのだが、その衝撃波や運動エネルギーの一部といったものを無効化しきれなかったのだ。
 その淀んだ光に取り込まれていたのも一瞬。自分が知世に対する思念をめぐらせたのも。戦場のことを思い出したのも。全てが一瞬のことだった。
 そうだ、知世の呪文の詠唱も含めてまったく一瞬の出来事だった・・・。
 俺は冷たい病院の廊下にもんどりうって倒れた。意識が遠くなる。わたわたと俺の傍らで何かが動く気配がしたが、ぼんやりと意識が半濁して、はっきりしない。
 どのくらい意識を失ったのか、俺は肩を揺すられて正気に戻った。
 どうやらフォルテさんが俺の両脇を抱え込んで、死角へと動かしてくれたらしい。
「おい!村田!しっかりしろ!どこを撃たれた!」
「大道寺は」
「心配するな、無事だ!それより、おまえ―」
 軽く自分の頭に触れてみる。首を起こして体を見てみる。特に傷のようなものはないらしい。四肢はちゃんと俺の統制下にあった。上向きに顔をあげると目の前には酷く狼狽したフォルテさんの顔があった。眉を吊り上げて、しかし酷く悲しそうな顔をしている。
207CC名無したん:2005/07/09(土) 22:42:10 ID:OeuEwyKo0
「大丈夫ですよ」
「いやまて、傷は浅いぞ。とにかく動くな、今医者を」
「いや、大丈夫ですって」
「遺言を」
「だからマジで大丈夫なんですってば!」
 強い調子で叫ぶと、フォルテさんは目を丸くしてしゃべるのを止めた。
「へ・・・」
 悲しげな顔は一転、間の抜けた驚きに変わる。
「だっておまえ、もろに撃たれたじゃないか。あんなに見事に吹っ飛んで・・・」
「いや、だからそれは」
 大道寺が俺を守ったのだ、と言いかけて俺は口をつぐんだ。フォルテさんは”あれ”を見ていないのだろうか。知世の呪文詠唱、眼前に出現した盾。
「そうだ。大道寺は」
 フォルテさんはちょうどフォルテさん自身をはさんで俺の反対側にへたり込んでいる、知世のほうを向いてあごをしゃくった。そのとき漸く、俺たち三人が窓の真下に並んで座り込んでいるのだと知った。
 どうやら知世が無事らしいということを知って、俺は安堵した。と同時に、俺がさっき経験したこと、知世の盾やらなにやらは実はまぼろしだったのではないのかと思えてきた。
「フォルテさん、さっきおれと大道寺の周囲に―」
 体を起こして俺はフォルテさんに話し掛けた。と同時に、知世のほうを見る。
「全く、なんてことだ。嫌らしいところに狙撃手を配置してやがる・・・」
 丁度フォルテさんはなにかを考えているのか独り言を呟きながらああでもないこうでもないと首を捻っていた。すぐにフォルテさんが一人の世界から抜け出して俺の問いかけに気づいのた。
 だがしかし俺はそのとき知世のが持っているものが目に入って、そして―言葉を失ってしまった。
208CC名無したん:2005/07/09(土) 22:43:12 ID:OeuEwyKo0
「・・・どうしたんだ、村田?」
「いや何も」
 ひざを抱え、そのひざの間に顔を伏せてへたり込んでいる知世は一枚の紙片を握り締めていた。さっき彼女がナイフを落としていた板状の何か。
 そうそれは板などでなく、丁度タロットカードのような装丁の紙片だった。
 カード。そのカードには幾何学的な紋様が描かれている。太陽や星をかたちどった様な図形。
「ちょっとごめん、フォルテさん」
「お、おい・・・」
 俺は四つん這いになってフォルテさんをまたぎ、知世の肩を叩いた。
 知世の肩に触れて驚いた。酷く知世の肌は熱く、ブラウスは汗で湿っていた。
「大道寺?」
 はじめ意識を喪っていたかと思ったが、そうではなかった。ただ知世は酷く消耗していた。
「はぁ、はぁ・・・私は、いったい・・・」
「話さなくていい。それより、体調が悪いのか?」
「いえ、気がつくとこんなふうに息が上がってしまって・・・」
 俺は何かの予感にとらわれた。それは悪い予感だった。
「村田、いったい何を話しているんだ?」
 窮屈そうにフォルテさんがうめく。
「いえ、すいません、フォルテさん」
 生返事をする。悪い予感、それはすなわちさっきの知世の行動、魔法の発動にかかわる彼女の一連のアクションが―彼女ではない何かの意思によって引き起こされたのではないかという俺の推測だった。
 それはつまり、もう一人の彼女を呼び起こすと言うこと。おぞましい、知世の中にいる知世以外のなにか。
209CC名無したん:2005/07/09(土) 22:43:47 ID:OeuEwyKo0
 恐ろしい予感の答えはすぐそこにある。そう、そのカードを捲れば。
 そのカードの表には何が書いてある?
  
 知世の腕を取った。汗ばむとも世の腕。汗で少しすべるが、あまり不快には感じない。むしろ彼女が発汗するという、そうした生理現象を起こすということは俺にすこし倒錯した喜びすら感じさせた。
 
 カードの表には何が?
  
 知世はカードを折れるほどに強く握り締めていて、とてもではないが手放しそうにない。
「おい、何を―」
 フォルテさんの声に苛立ちがまざった。俺は返事をすることすら忘れていた。
  
 そのカードの表には。
  
 俺は知世の腕ごとカードを回内させようとして―
  
  
「村田!いったい何をしているんだ!」
 肩にどん、と手が置かれた。肩をつかまれる。痛いほどに強く握り締められたその肩の感触で、俺はわれに帰った。
「村田、ぼんやりしている暇はないんだぞ!」
 フォルテさんが半ば怒りを込めて俺を叱咤した。慌てて掴んでいた知世の腕を放した。「あっ・・・」
 俺が声をあげるまでもなく、知世の手の内で再びカードは裏向けられた。そして流れるような動作で、知世が持っていた小さなバッグの中に収められた。
「どうしたんだ、おまえ、やっぱり・・・」
 フォルテさんのほうを向くと、なにやら気の毒そうな表情でフォルテさんがこちらを見ていた。
「いや、ごめんフォルテさん。すこしぼうっとしてた。でも大丈夫だ」
 なおも訝しげにフォルテさんは俺を見ていたが、やがて肩を落として溜息を付いた。
210CC名無したん:2005/07/09(土) 22:44:55 ID:OeuEwyKo0

 
「兎に角、だ」
 暗い調子でフォルテさんは言葉を発した。
「拙いことになった」
 ああ―
 それは理解できる。
「この踊り場から下へ行こうとすれば、確実に外から狙い撃たれる」
「しかし何処から」
「向かいの一般病棟の屋上、向かって左端だ」
「ずいぶんと断定的ですね」
「あそこからならこの踊り場からこの病棟の廊下全体まで、全てに射線が通るんだ」
 まさかあなた。
「いつの間に、そんな・・・って、まさか」
「普段から意識して生活していた。当然だろう?」
 はあ。どうも俺はフォルテさんを見くびっていたらしい。
「じゃ、今の状況は最悪・・・いや、これは―チェックメイトですか」
 何処へ移動しようとしても撃たれる。向かいの屋上からは、狙撃ライフルの射程で言えばほぼ至近距離なのだ。さっきフォルテさんがあれだけ焦っていたのも、俺が確実にしとめられたとおもってのことなのだ。フォルテさんは早口で要点をまとめ、説明してくれた。
 そうだ、さっきのあれはありえないこと。つまり奇跡だった。
 勿論知世が同じ奇跡を何度も起こせるのだとすれば、また試みるのもいいだろう。しかし、それを期待するというのはあまりにも酷な話だ。現に今の知世は消耗しきっている。あれが夢でなかったとして、それを繰り返せば知世の体に大きな負担をかけることだけは間違いない。
「弱ったね」
 言葉とは裏腹に何処となくうれしそうな声音でフォルテさんが言う。俺の奇行には声を荒げたフォルテさんだが、こと戦闘に関しては骨惜しみしないのだ。
「せめてライフルに弾が残ってればなあ」
 フォルテさんが呟く。
211CC名無したん:2005/07/09(土) 22:46:10 ID:OeuEwyKo0
 弾―
 フォルテさんが抱えている、M1ガーランドに用いるライフル弾だ。
「拳銃では駄目ですか」
「さすがに無理だね。上向き50ヤードの射撃だ。おまえが今もっている小口径の拳銃じゃ、狙撃銃と喧嘩する気にはならないよ」
 値踏みするようにフォルテさんは俺を見た。
「おまえが飛びぬけた才能の持ち主だというならともかく」
「すいませんね」
 ふっとフォルテさんが息を抜いて、笑った。
「弾がなあ」
 弾。
 弾?弾だと?
 そうだ、弾なら・・・!
 俺はブルゾンの内ポケットに手を突っ込んだ。慌てているので手につかない。
「なんだよ、どうしたんだ、村田」
 フォルテさんが首を傾げる。
「やっぱり頭を―ああそうか、転んだときに」
「弾だよ、フォルテさん!」
 ポケットに手応えがあった。
 その円筒形の金属を取り出す。
「これ、きっと」
 眉をひそめていたフォルテさんの顔色が変わる。
「根拠はないんだけど、きっと、これ」
「おい!なんだって、これ!」
 さすがにフォルテさんも驚きを隠せないようだ。それもそのはずだ、俺が取り出したのはライフル弾だった。俺に確信があった。
 この弾は、ここで使うもののはず、という確信が。 
 
212CC名無したん:2005/07/09(土) 23:02:14 ID:OeuEwyKo0
 株で大損ぶっこいて放心状態でした。昭○ゴムめ、昭○ゴムめ

>>203
 とりあえず新しく本出したりする予定は今のところないです。
 んでも次の即売会は遊びに行ってみようかなあ、とか思っています。妄想さんとか周辺の皆様とか、一度お会いしたいと思ってましたし。
 再販についても機会があれば行いたいのですけど…。
213CC名無したん:2005/07/10(日) 06:33:55 ID:uZyh15TH0
 
214CC名無したん:2005/07/11(月) 23:41:41 ID:ztuLv4dn0
 
 さすがにフォルテさんもあっけにとられたのか、俺が懐から取り出した弾をぼんやりと見つめた。すこしの間ののち、フォルテさんが呟く。
「一体、なんの、手品だい?」
 さすがに俺は言葉に窮した。これはあまりにも都合がよすぎるとも思えるし、俺がつい数時間前から体験している奇妙な出来事を目の前のフォルテさんに納得できるように説明できるとも思えない。
 俺はどちらかといえば饒舌なほうではないと思うし、自分の記憶の範疇でも口数が多いほうではなかったと思う。だから黙ってしまった。
「貸してみろ」
 フォルテさんは俺が弾頭を上にして、下から摘むようにささげもっているそれ(その持ち方がまた、いかにも奇術めいていたのだが)を俺の手から奪い取った。
 流れるような動作で肩から吊っていたライフルを横にし、コッキングボルトを操作して薬室からクリップを取り出した。
 音も立てずにクリップに俺から奪い取った弾を押し込むと、再びライフルにねじ込んだ。フォルテさんは態度やら体格から見て、もっとごつい指をしているのかと思ったが意外に繊細で、特に肌が荒れてもいるわけでもない。
その白い指先や手の甲が無骨なライフルを操作しているのは少々こっけいであり、すこし扇情的だった。
「こいつが何らかの罠でないとして―」
 わずか1秒ほどで弾を装てんしたフォルテさんが真剣な目つきで言う。
「きちんと本物の弾で、なおかつ湿気ているわけでもなくちゃんと撃発するなら、だ。突破の芽も出てきたな」
「フォルテさん?」
 そう言って満足げに笑うフォルテさんに俺は怖さを覚えた
215CC名無したん:2005/07/11(月) 23:42:19 ID:ztuLv4dn0
「あたしが地下へ入れば、あたしたちの勝ちだ」
「そうだ、その地下ってのはなんなんだ?」
 俺は問うた。そうだ、フォルテさんは地下へ俺たちを導こうとしているが、それは一体何の根拠があってそうするのか。俺はいまさらのように疑問に感じてそれを口にした。
「知らないほうが良い。あんなものとは係わり合いにはならないほうが―」
 そのときふとフォルテさんは寂しそうな顔をしたように見えた。それはほとんど一瞬のことで、フォルテさんはすぐにあの、戦争きちがいの表情に戻った。
「ここで、お別れだよ、村田」
 出し抜けにフォルテさんが言った。はじめ俺にはフォルテさんが何を言っているのかよくわからなかった。 
216名無しさん@Linuxザウルス :2005/07/12(火) 21:38:04 ID:ppGyByaI0
「狙撃手はどうやらたったの一人だ。あとはあたしに任せな」
 フォルテさんはそっぽを向いて、ぶっきらぼうに言った。なんとなくわざと冷たいそぶりを見せているようにみえる。
「フォルテさん、あんた、なにかかっこいいことをしようとか、考えてるんじゃないだろうね」
 自分でも声のトーンが下がったのがわかる。驚きと、どうしたわけかモヤモヤとした感情がわきあがってきて。
 それが怒りだということに気がついて、奇妙な気分になる。
「ああ、そうだな。最高にかっこいいじゃないか。身を挺して他人を助ける、なんていうのはなあ」
 フォルテさんがガーランドの銃床を撫でさする。まるでいとしいものを愛撫するかのような手つきだ。その手のなまめかしさにふと見惚れそうになるが、それはおくとしてフォルテさんの性情といったものに少しだけ触れたような気がした。
「この状況、良いじゃないか」
 そうだ、フォルテさんの持っている性格、形質のようなものはこうなのだ。
 病的な戦争狂、戦争きちがい―それは彼女の2つ名としてふさわしい。今まさにフォルテさんはそれに変わり果てようとしていた。
「狙撃手と一対一。包囲網。勝利条件は単純明快。お前たちを逃がせばいい。政治やらなにやらも介入しない。ああ、痛快だ。これはいい、これは…」
 俺はフォルテさんのそうした様子に気後れしつつも言葉を返した。
「でもフォルテさん、こっちは普通の自動ライフル、向こうの狙撃銃に、それも打ち上げのポジションだと不利じゃ」
「馬鹿だなあ、お前」
217名無しさん@Linuxザウルス :2005/07/12(火) 21:38:39 ID:ppGyByaI0
 そのときフォルテさんはぱっと俺の方を見た。それは抜けるような笑顔で、こういうときに笑われると返って痛々しいくらいなのだがそのときばかりは一点の曇りもない夏の青空のような顔だった。
「そういうのが趣味なんだよ、あたしゃあ」
「はあ」
「それにな、村田。アンタはこの提案を断れないんだよ」
 フォルテさんが知世のほうへ顎をしゃくって見せた。
「おまえがそいつを連れ出して逃げるんだろう?このままここで二人とも朽ち果てるわけにはいかないのさ」
 ようやっと息を整えた知世が疲れ切った顔をあげた。まだ肩が弾んでいるが、どうにか動けるようにはなったらしい。
「あの、一体」
 切れ切れにやっと、それだけ知世が呟いた。
「作戦会議だよ」
 俺は知世の肩に手を置いた。身体が依然熱い。風邪でも引いているかと思うほどだ。
「作戦…?」
「そうだ。だがそれも終わりだ」
 俺はフォルテさんに頷いて見せた。
「いいかい、村田」
「いつでも」
「よし。あたしが撃ったら迷わず玄関に向かって走れ。それで。一度その場で身を隠せ」「―え」
218名無しさん@Linuxザウルス :2005/07/12(火) 21:39:27 ID:ppGyByaI0
 意外に思った。そのまま一目散に逃げ出すんじゃなかったのか。
「いいから聞け。一発で狙撃手は仕留めるから、そこまでは間違いなくいける。廊下の死体に足をとられるなよ。[
その後は―そうだな、一人で”あれ”を着るとなると、まあ5分は…いや、3分だ。3分もあれば銃撃戦が始まる。それを合図に外に出ろ」
「銃撃戦?フォルテさん、あんた」
 思わず知世の方を振り返る。知世は黙ってフォルテさんを見るだけだ。その視線には恐れはなかった。ただ一心に信頼を寄せる同志愛に満ちたかのような黒い瞳があるだけだ。 フォルテさんは実に楽しそうに続ける。
「心配すんな。銃撃戦になったらこっちのもんだ。取って置きのやつがあるんだ」
「とっておき?大きな鉄砲でもあるのか?」
「ああ、そんなところだ。寡を持って衆を制する。兵法としては邪道だが、軍人としては心踊る局面さ」
 フォルテさんは自信たっぷりに言った。鉄砲が何丁かあった所で、ここを取り囲んでいる火力の壁には抗すべくもないのだが。
「それに自衛隊だか警察だか知らんが、あいつらは所詮飼い犬だ。狼にかなうはずもないさ」
219名無しさん@Linuxザウルス :2005/07/12(火) 21:40:02 ID:ppGyByaI0
 フォルテさんがトランス状態に陥っている。しかしそれが彼女なりの集中の方法なのかもしれない。熱烈な信仰は恐怖や”失敗するかもしれない”という恐れを忘れさせる。
「あたしは犬の皮を被った人間じゃない。人の皮を被った、狼だ。人と係りを持った獣の物語に結末を着ける。あたしが獣でいられる間に」
 俺は知世の手をとった。小さな小さな手だ。驚いたことにいきなりとったその手を知世は強く握り返してきた。顔色を伺うことは出来なかったが、強い決意のようなものを感じた。
 しかしそんな俺の思惑も一瞬だった。その直後、フォルテさんはライフルを肩に構えて、窓の開口部に踊りでた。
「私は!」
 そしてそのあとフォルテさんが叫んだ言葉を俺はずっと忘れることが出来なかった。
  
 
  
  

「私は”ケルベロス”だ!」
 
  

  
220名無しさん@Linuxザウルス :2005/07/15(金) 21:11:18 ID:CfZTqY4p0
  
 知世の手をしっかりと握りながら、俺は立ち上がった。
「走れるか、大道寺!」
 だがそのとき知世は、まるで何か見えない壁にぶつかったようにフォルテさんの方を見て、立ち止まっていた。呆然とした目でただ血に狂ったかのようなフォルテさんを見ていた。
「ケロちゃん…?」
 品のよい薄い唇を開いて知世が呟いた。
 その声。
 この声は、知世ではない。なぜかそんな気がした。
 じゃあ一体誰の声だ。
 この声…ああ。なんてことだ。この声は!
 さくらだ!あの保護室の淫売の声じゃあないのか?
 一瞬、おぞましい光景が頭をよぎる。あの饐えたにおいのする魔窟の中で、俺はもぞもぞとサキュバスが何かにせきたてられるように必死で腰を使った。それは間の抜けた悲しい行為で―。
  
  
「はにゃーん!はにゃーん!」
 異常な嬌声とともに俺の肉体を求めた白痴の娼婦。
  
 あの”きのもとさくら”!
  
 
221名無しさん@Linuxザウルス :2005/07/15(金) 21:11:49 ID:CfZTqY4p0
  
 だが、そのことに思いを巡らしている時間はない。
「大道寺!しっかりしろ、走るぞ!」
 俺はいっそう握った手に力を込めた。何も考えてられない。頭が真っ白になった。目指すはこの病棟の玄関。暗く翳った階段の覗き込む。
 赤い血や、それが何であるのか、考えたくないぶよぶよしたものなどが絡みついている。まるで漆黒の闇に沈む落とし穴のようにその階段は階下に開いていた。
 直後―ほぼ同時に、銃声が轟く。密室で銅鑼を思いっきりぶったたいたような轟音。  恐ろしいまでの音量に、耳がきいんとした。フォルテさんが撃ったのだ。残響のこだまする中を俺は走った。大道寺の手を引いて走った。
 フォルテさんの指示があったから。だから走った?
 いや、それだけではない。
 俺は恐ろしかったのだ。フォルテさんの放った言葉、彼女の立場、行動原理。明確な意思表示。
 ケルベロス。フォルテさんはそう言った。
 そして今俺が手を繋いでいる少女。今の彼女を俺はなぜさくらだと感じたのだ!
 俺はその場、それ自体が恐ろしくなった。何のことはない、俺は戦争きちがいと淫魔にはさまれてあがいているだけなのか。
「大道寺!」
 俺はもう一度叫んだ。階段の暗がりへと飛び込むとき、知世を見ようとして後ろを振り返った。だが知世は俯いていて表情はうかがい知れない。それよりもその背後で、青白い月の光に曝されてライフルを構えるフォルテさんが目に入った。
 反撃は、ない。
 フォルテさんは勝ったのだ。その証拠に、フォルテさんにも俺たちにもスナイパーの銃弾は飛んでこない。
 俺の位置からはフォルテさんの表情を窺うことは出来なかったが、きっと笑っているだろう、そのことだけは確信できた。
  
222名無しさん@Linuxザウルス :2005/07/15(金) 21:12:25 ID:CfZTqY4p0
 
 知世を引きずるようにして俺は走った。血と肉に塗れた階段を転げ落ちるようにして一階に到達する。一階の廊下の様子は、やはり酸鼻を極めていた。時間が経過したからか、腐臭すら放ちつつある。
肉片ばかりが散らばっているが、そこに生者の気配は無かった。
 階段の出口から玄関先を眺めて、俺は絶句した。
 駆け下りてきた階段の状態も酷かったが、やはり一階で行われた殺戮が一番酷い。どうやら麻痺つつある俺の感覚でも、都合数十名のしたいが転がるこの部屋の様子は見るに耐えない。
 行路ではランファを探すために必死だったのだが、今あらためてここにたってみると胃の中に酸っぱいものがこみ上げて来る。
「封印、された、カードを」
 知世の呟く声で、俺は我に返った。そうだ、俺はとにかく知世を守らないと。ばらばらになりそうな思考を何とかまとめる。
「あのカードを…アレは、外に出しては」
「…大道寺?」
 知世の様子がおかしい。
「大道寺、今は考えるな。後で冷静になってから…とにかく見るんじゃあ、ない」
 しまった。知世にこれを見せてしまうなんて。この有様、死体に満ちたこの情景を。
 きっとこの死体の山は知世の心には負担が大きかっただろう。現におかしな独り言を―そう思って、知世を見た。
 そして思い至った。
 そうだ、今の知世は、知世ではなくて―。
 知世が何かに取り付かれたように、叫ぶ。
  
「殺戮のカードは、封印したはずなのに!」
 
 
 
 
 
223名無しさん@Linuxザウルス :2005/07/15(金) 21:12:55 ID:CfZTqY4p0

 ぱぁん。
 少し恐れに似た感情に取り付かれながら、俺は思わず知世の頬をはたいた。
「しっかりしろ、大道寺!」
 がっと両手で大道寺の頬を掴んで、正面から見据えた。知世の瞳は狂気に染まっていた。この瞳―いや、今は考えるべきではない。その瞳が、徐々に光を取り戻してゆく。
「あ…え…?」
 まさに憑き物が落ちたとでも言おうか、知世は正気に帰った。
「私―」
「気にするな。それから、あまり周りを見ないように」
「え…」
 警告にもかかわらず知世は俺から目を逸らして、つい、と周囲を眺めた。はじめ、すこし惚けたようだった瞳が焦点を結んだ。知世は声にならない悲鳴を上げた。急に瘧のように震えだす。
「一体…こんな、こんな!」
 俺にしがみついてきた知世の目じりに涙が浮かんだ。がたがたと音がするように肩を震わせている。
「落ち着け、大丈夫だ。大丈夫」
 酷い偽善だ、俺は心の中の俺の声に抗しつつも知世の肩に手を廻した。知世は身体を硬くして、強く俺にしがみついてくる。
「大丈夫だ。とにかく何も見るな」
 俺は勤めて静かに言った。
「また、急に場所を移動していて…」
 ぐじぐじと泣きながら知世が言う。
「いま階段の踊り場で座っていたと思ったら、こんなところに…」
「……」
 知世の髪を撫でながら俺は考えていた。
 
224名無しさん@Linuxザウルス :2005/07/15(金) 21:13:45 ID:CfZTqY4p0

 知世は記憶を喪っている?いや、というより。あのさっきの態度。まるであの淫売のようなきちがいじみた視線。目付き。言葉。記憶を喪っているというよりむしろ。
「大道寺」
「…はい」
 知世は顔をあげようとしない。
「カードって、なんだ」
 そのとき知世はびくりと肩を震わせた。さっきの震えとは違う。
「封印って、なんなんだ?」
 ずいぶんと長い静寂があった。いや、実際にはほんの数秒と言ったところだろうか。だが明らかに知世は迷っていた。
「わかり、ません」
 やっと、知世はそんな言葉だけを搾り出した。
「そうか―」
 俺もそれだけ答えるのがやっとだった。ある仮定が俺の中にわだかまっているが、とてもそのことを口に出すことなど出来ない。
 さらに少しの間の沈黙の後、俺は知世の震えが止まっていることに気がついた。
「とにかく行こう、大道寺」
 こくり、と知世が頷く。しかし俺にしがみついたまま離れようとしない。
「でも―」
「なんだ」
 知世が目を伏せる。
「私、恐ろしくて。それにこの方たちが気の毒で」
「だから、さっきも言ったように、見なければ良い。君には関係ない」
 知世はそれでも目を迷わせて逡巡している。
「見ないわけには、まいりませんわ。歩くこともままならなくて」
 それもそうだ。なら。
「じゃあ、俺を見ているといい。とりあえず俺について来なさい。絶対に助けるから」
 深い意味などない、なんとなくいった言葉だった。が、知世は俺の言葉にすこし戸惑ったようだった。
 そして、何かを噛み締めて、言った。
「ええ。そうさせていただきますわ」
 いやに神妙な顔で言った。
 
225CC名無したん:2005/07/17(日) 03:12:32 ID:JVadgwKK0
「よし、じゃあ、振り返るなよ」
 俺の胸は妙にざわつく。知世のまっすぐで純粋なまなざし。その無垢なさま、静謐なさま は山中の湖水を思い出させた。しかし、幻想的な思いはさっきのあのみだらな妄想を惹起させる別の彼女に重なって、すぐに弾けた。
「ええ。まいりましょう」
 落ち着いた声。この病棟で再会したときから無意識のうちに気がついていた。知世はこの異常な状況に怯えている。恐怖を抱く、それ自体は彼女の年齢から言っても、止むを得ないことだと思う。
なにしろ大の男の俺だって、初めて遭遇したときには無様に膝が震えて、吐き気すら覚えたのだ。
 だが知世は違う。強い意志。確固たる目標への志向。彼女自身の内なる恐怖をねじ伏せるようにして、知世は此処に立っている。
 俺はその姿を気高いものだと感じたのだ。美しいとすら思った。

「――全く、なにをのぼせているんだ、俺は」
 相手は年端も行かない少女で、その上俺はあんなことを。
 あんな酷いことをあんな、あんな。
 
 ああ、ああ、あああああ!そのことに思い至ると叫びたくなる。
 
「村田さん…?」
 知世の視線が急に不安げで、そしてどこか慈しむようなものに変る。
「あ…?」
 間抜けな返事をしてしまった。
「あ、すまん。いま少しぼうっとしていた。えと、どうだ。気持ちは落ち着いたか」
 
 
226CC名無したん:2005/07/17(日) 03:13:37 ID:JVadgwKK0
 
 
 知世は長いまつげを伏せて頷いた。
「はい。もうすっかり」
 俺は知世の状態が良くなったことを確認して満足を覚えた。
 行動の自由を得たことをよろこんだのではなくて。
 彼女のこころが安んぜられたことをよろこんだのだ。俺はきっと満面の笑みを浮かべていたのだと思う。
 これは俺に与えられた機会なんだ。贖罪の念を抱いても果たせず、ただ後味悪く自己憐憫と正当化のみに費やされる人生、その空しさ、あさましさ。
 それらからときはなたれることのできるチャンスなのだ。俺が全ての罪を償い終われば、きっと俺の人生は意味のあるものになるのだろう。
 その罪ですら、俺の心には確固たる事実の記憶としては残っていないのだけれど。しかしこれだけはいえる。
 知世の為に命を落とすようなことがあっても、おめおめと生き恥を晒して生きるよりはるかに意義のあることなのだ。それは間違いない。
 
 呼吸を整え、そろりそろりと玄関の鉄扉へ向けて歩を進ませる。玄関への細長い通路は窓もなくコンクリートに囲まれており、その閉塞感は、暗
い夜道で人食い妖怪の話を思い出したときのような嫌な印象を通るもの全てに与えた。
 まして今の惨状は、言語を絶する。非常出口の案内灯がぼんやりと緑色の淡い光を放っている、その緑にてらされて、苔むす屍。
 
227CC名無したん:2005/07/17(日) 03:14:14 ID:JVadgwKK0

 やっと鉄扉に取り付いた。あいにくと完全な鉄の扉で、視界が利かない。耳を鉄の扉に押し当てて外の様子を探ってみる。
 ―話し声だ。ぼんやりとしていて、会話の内容ははっきりとは聞き取れないが複数の男の声が聞こえている。
「いる」
 俺は知世を振り返って小声で言った。
「フォルテさんの言ったとおり。結構たくさんいるみたいだ」
「横の受付からなら、外の様子が見えるかもしれませんわ」
 気丈にも知世は俺から目を放して、周囲を観察していたらしい。俺たちから見て左手に、味気ない無機質な白い扉が合った。その横に、まるで外国映画にでてくる意地の悪い銀行のように受付がの窓口が開いている。もちろん、開店休業状態だが。
「有難う、大道寺」
 こそこそと俺は礼を言った。受付のドアノブに手を掛けようとしたとき、
「村田さん、あの、私のことは知世と…」
 大道寺が何かを言った。が、俺はドアノブの鍵が掛かっているかということ、さらには鍵が掛かっていないとして静かにドアを開けれるか、ということに緊張していたので、
「すまない大道寺、余計なことはあとで」
 つっけんどんに言い返してしまった。
 悲しげな大道寺の息遣いが聞こえてきて、俺は心底後悔した。俺は彼女を悲しませて心を平坦にたもつことなどできないのだ。だが取り繕うにも彼女が落胆した理由がわからない。わだかまりを抱えつつも仕事を進めた。
 ドアは鍵は掛かっておらず、音もなく開いた。室内は幸運なことに無人だった。もし此処にも死体があったらとおもうとぞっとした。
 部屋にあった窓は一つきりで、念の行ったことに金網で閉ざされていた。だがその窓からは金網越しに中庭の様子が手にとるようにわかった。俺と知世は部屋の中央に進み、事務机を盾にしつつ中庭の様子を伺った。
「こりゃあ…」
 思わず俺は絶句して、その後も低く罵声を漏らすのが精一杯だった。俺は知世の手を強く握った。やはり知世も驚いたのだろう、俺の手を強く握り返してきた。

228CC名無したん:2005/07/17(日) 03:15:26 ID:JVadgwKK0
すまん、またsageそこねた。
気をつけているつもりなんだが…。
229名無しさん@Linuxザウルス :2005/07/18(月) 00:39:42 ID:QImfpuNN0
 完全武装の兵士の背中が目のまえにあった。玄関のほうを気にしているのか、しきりに右のほうへ首を動かしている。そのこと自体も十分な脅威だったが、さらに拙いことにそのむこう、丁度中庭の真ん中に巨大な鉄の塊が鎮座していた。
 暗闇にまぎれてはじめ判断がつかなかったが、ほのかな月のあかりのおかげでその正体がわかった。
「まさか、軍隊―いや自衛隊、だったなんて」
 暗がりに置かれた鉄の塊は陸自の車両だった。
 知世が緊張した声で呟く。
「あれは…戦車ですか?」
「いや、ちがう。装甲車だ。89式戦闘装甲車。まあ俺たち生身の人間にとっては、意味するところは殆ど戦車と変わりないけど」
 国旗や所属を示すものは何一つ描かれていないが、あんな高価な兵員輸送車を装備している組織は地球上に一つしかない。装輪式の車台に、少々不釣合いなサイズの35mm主砲塔がマウントしてある。確かにぱっと見は戦車のように見える。
 しかし―
 俺はあらためて知世をみやった。ぺったりと座り込み俺の手を取る知世はあまりにも普通の、たおやかな少女であるとしかいいようがない。こんな弱弱しい女の子を害するのに、いくらなんでもヘリに装甲車は大げさすぎる。
 
”惑星規模の災害がおこる”
 ちとせはそんなことを言っていた。アレが単なる与太だとは思えない。少なくともちとせはそのことに確信を持っていた。
 ちとせの言ったことを鵜呑みにするつもりは毛頭無いが、やはりこの病院には何かがあるらしい。そしてそれはすなわち、知世の。
「あの。どうされましたか」
 知世が俺の顔を覗き込んでいる。いけない、またぼうっとしていたようだ。
「いや」
 俺は唇を噛んで黙った。そうだ、詮索は無用なのだ。現状を打破することが知世の利益となるから行うのだから。原因については思い悩んでも無駄だ。
「フォルテさん、遅いな」
 時計を探したが見当たらない。窓の外の兵士はあいかわらずこっちに気がつくそぶりも無い。フォルテさんは3分といったが、いくらなんでも、そろそろ―。
 まさにそのとき、ばりばりというけたたましい音が静寂をなぎ払った。
「始まった!」
 俺と知世は顔を見合わせた。 
230名無しさん@Linuxザウルス:2005/07/19(火) 22:05:58 ID:i2fG1ZYM0
みなさんいつもありがとう
ちょと旅に出てきますが、心配しないでください。
アレな話で申し訳ないです。
みんながもしちょっとでもたのしんでくれたりしてくれてたら
うれしいです
231名無しさん@Linuxザウルス:2005/07/21(木) 22:32:08 ID:zAlpHApq0
 直後、窓ガラスの向こうに立っていた兵士の背中が消えた。
 消えたというのは勿論目の錯覚であって、その兵は何かを叫びながら走っていったのだ。そして角を回ったところでいきなり横向きに倒れた。射弾をまともに受けたらしい。
 「いたぞ!」
 「きちがいだ!殺せ!」
 男たちの怒声が聞こえる。
 直後、アイスキャンディーのようになかたちの尾を引いて光が窓を横切った。おそらく機関銃の曳光弾だ。
 まるで花火のように鮮やかなその火線を俺はなんともいえない気持ちで見た。つい今しがた、多くの命がこの病院の中で失われたばかりだがしかし、狂乱の宴は始まったばかりなのだ。
「恐ろしい。まるで戦争ですわ」
 知世がおびえた風な声でいった。俺も震える声で答えることしかできない。
「まるで、じゃないよ。これは戦争そのものだ」
 
 投光機の強烈な光が幾筋も火線の発したあたりに射掛けられる。ちょうど玄関から見て斜め上、入り口からは死角になっていたが、恐らく階段の踊り場のあたり。
同時に中庭から幾重にも折り重なって銃撃の嵐が吹き上げた。何処に隠れているのか、すさまじい数だ。
 さっきまでの静寂が嘘のようにあたりは騒音に満ちてゆく。恐らくフォルテさんのいると思しきほうへの銃撃ばかりが目に付いた。だがフォルテさんは健在のようだ。その証拠に次々と投光機が破壊されて光を失ってゆく。
 あたりはあっという間にもとの闇へと帰っていった。戦闘は混戦へと移行している。恐らく包囲している連中にとっては予測すらできないふところからの奇襲だったに違いない。ましてこの闇の中だ。
 
232名無しさん@Linuxザウルス:2005/07/21(木) 22:32:53 ID:zAlpHApq0
 
 フォルテさんは、わざと乱戦に持ち込んでくれたのだ。俺は確信した。フォルテさんは俺たちを逃がしにかかっている。そのためわざわざ玄関先の歩哨をなぎ倒し、自分に注意をひきつけるような派手な射撃を行っているのだ。胸の中で俺はフォルテさんに手を合わせた。
「今のうちです!」
 知世の叫びで俺は立ち上がった。その知世の積極的な姿勢に俺は少し驚いた。
「さあ、フォルテさんの犠牲を無駄にしないために!」
 なんだかものすごいことをさらっと言ったような気がするが、兎に角俺は立ち上がった。そうこうしている間にも弾丸の嵐が飛び交い、数は少な
いながらも後方からフォルテさんの応射があった。その確かな手ごたえ。フォルテさんの生きている証ともいえる銃火に勇気付けられる思いで俺は走り出した。
「こっちだ!」
 玄関を出て、走る。躊躇したが結局中庭を横断することにした。中庭を突っ切り、本館を抜けて正面の駐車場へ出る。相手の配置がわからない以上最短経路で脱出するほかない。
 知世がついてきていることを確認しながら、広場のなかばまで達した。知世は早くはないもののしっかりした足取りで付いてきている。万が一の時には背負って走る
しかないと思っていたのだがその心配はないようだ。というよりも、俺のほうが情けないことにひざが笑っている。知世は存外肝が据わっているようだ。
 中庭といってもそう広くはない。全く遮蔽物のない所を走っているのだが、フォルテさんがやや高いところから射撃しているためか、銃撃の光はすべて頭上を通過した。
 しかしわずかな月明かりの中で、なにか空気が重たくなったような気がした。目を凝らして闇の中を見通すと、わずかに闇の気配がうごめいていた。
 
233名無しさん@Linuxザウルス:2005/07/21(木) 22:34:09 ID:zAlpHApq0

 
「―あっ」
 砲塔が旋回している。さっき見かけた兵員輸送車だ。
「村田さん、戦車が」
「黙って走れ!」
 つい乱暴な言葉遣いになってしまったがいちいち後悔しているゆとりさえなかった。今は反対の暗がりへ一刻も早く飛び込むしかない。あの兵員輸送車に見つかっているとも
思えないが、なにしろ重機関銃に加え35mm機関砲まで備えている。戦車には及ぶべくもないとはいえ、人間にあたる弾の口径が35mmだろうが120mmだろうが死に行くものには大差ない。
 幸い砲の旋回は緩やかで、まだ撃ち掛けてはこない。ほかに軽火器も備えているはずだが、それを撃ってこない理由はわからない。
 
 そんな俺の焦りをまるで感知したかのように背後から火の矢が飛んでくる。フォルテさんの狙いは正確で、矢継ぎ早の掃射が全弾目の前の車両に吸い込まれる。だが、戦車よりは脆いといっても兵員輸送車の鋼鉄の装甲を貫くことはできない。
 今日何度もきいた、鉄と鉄が弾きあう不協和音が連続した。兵員輸送車の砲塔は一瞬動きを止めたかのように感じられたが、持ちこたえた。そして、まるで一撃されたことに憤っているかのように砲身を振り立てる。
 
 
234名無しさん@Linuxザウルス:2005/07/21(木) 22:35:08 ID:zAlpHApq0

 
 それらがあっというまに続いて起こった。そしてその隙に俺たちは中庭の横断に成功していた。驚くべきことにかすり傷ひとつ負わず、恐らくは発見されもせずに。
「大道寺!」
 俺はその場に倒れこむように駆け込んだ知世の背に飛びつくようにして暗がりに飛び込んだ。そのとき俺は自分がほとんど無意識に知世をかばう姿勢をとることができたことに満足感を覚えると同時に、知世の無事を確認して幸福を覚えているという自分に少々戸惑っていた。
 知世が笑顔で顔を上げると同時に、これまでのものとは比べ物にならない発射音が聞こえた。
 振り返るとものすごい振動と炎を撒き散らしながらさっきの車両が発砲していた。まさに挽き肉製造機としか形容のしようがない。おもわず知世の頭を押さえ込むようにしてその場に身を伏せた。
 砲声が止んで顔を上げると、ちょうどフォルテさんがいたはずの閉鎖病棟の階段の踊り場が半壊しているのが目に入った。俺は呆然としてその無残な光景を見た。
235CC名無したん:2005/07/24(日) 05:44:45 ID:sI7aPLrK0
 危うくフォルテさんの名前を叫びそうになるが、こらえる。
 何かが崩れる音と、もやのように立ち込めた発砲時の爆煙。しかし一切の射撃はやんでいた。まるで爆撃でも受けた直後の市街地のような雰囲気だ。
「大道寺、大丈夫か」
 俺の懐で身を丸めていた知世がおそるおそる、といった動作で振り返った。
「大きな音で…驚きました」
「ああ、俺もだ」
 俺は努めて平静を装って知世に答えた。内心ではフォルテさんの安否が気になって仕方が無かったのだけれども。
「こっちには、人の気配が無いな」
 独り言を呟く。此処から本館を通って正門までは僅かだ。もしこちらの戦闘に気を取られてそちらがおろそかになっているのなら、好都合と言えた。
「でも、フォルテさん…」
 大道寺が口を開くのと同時に、なにか唸り声のようなものが聞こえてきた。それはもちろん生物の声などではなかったが、この場では猛禽の類の比喩を用いるにふさわしいものと言える。
「…!」
 振り返るとさっき壮絶な暴力を行使した鉄の塊がまたその砲塔を旋回させているところだった。
「そうか、暗視装置か!」

236CC名無したん:2005/07/24(日) 05:46:36 ID:sI7aPLrK0

 さすがに高価な兵器だ。すぐれた電子兵装で、暗闇の中でもこちらをやすやすと補足できるのだ。おまけに兵士たちまでこちらへの包囲を狭めている気配がある。
 と―知世がもぞもぞと身を起こした。
「危ないぞ、伏せていろ!」
 俺は知世を押さえつけようとしたが、知世は強い力で立ち上がろうとするのか、強引に身を起こした。
「―大道寺?」
 俺は一瞬いぶかしんだ。知世の所作はあっという間に様子が変わっていたのだ。
 嫌な予感は一瞬で俺の心を黒く染めて行く。
 知世がバッグに手を突っ込む。その無造作な手の動き。彼女が取り出したのはカードと、あの大きなナイフだった。
 知世が一歩前に進み出た。装甲車は丁度こちらを向いたところで砲の旋回を止めた。明らかに立ち上がった知世を狙っている。
 その知世の背を俺は何も出来ずに眺めた。なんだか黒い羽が生えているような気がして、それが錯覚だと一瞬で理解した。それは禍禍しい幻覚だった。黒いツバサの悪魔―なぜそんな幻覚を見たのか、解らない。これも俺の記憶の素子なのだろうか。
 知世はカードを目の前に捧げもち、ナイフを振りかざした。いまそれを行っているのは、知世なのか?俺には理解できない。ただ、それをさせてはいけないような気がした。
「…この世界の全ての災厄、禍、凶事、災難、虐殺、虐待を―」
 呪文だ。
 その呪文。まるで意味のわからない言葉の羅列だったが、その不吉さはわかる。
 そしてあの嫌な予感が現実のものになろうとしている。
 あれを行わせては。
237CC名無したん:2005/07/24(日) 05:47:32 ID:sI7aPLrK0


 そうだ、さっきの惨劇。フォルテさんは知世の所為だと言っていた。俺はもちろん否定した。何の根拠もない妄想だと決め付けた。
 だが―それを否定する根拠も、俺は持ち合わせて居ないのだ。 
「狂信と忠誠を以ってわれの前に示せ…」
 いかん。目の前の装甲車が、周囲の兵士が攻撃を開始する。
「封印」
 俺は理屈も何も無く飛び出した。その直後、俺は銃火によって切り刻まれるかも知れない。だがそれでも俺は飛び出した。
 理屈ではない。知世を助けないと!
 知世に”それ”を使わせない。カードと呪文の詠唱を止めさせる。俺の頭にはその一点だけがあった。
 俺が恐れたのは死ですらなく。ちとせによって示唆された、「惑星規模の災害」への恐れでもない。ただある悪い想像から惹起される悪夢のようなイメージに総毛だちながら、俺は必死に叫んだ。
「大道寺!」
 俺は叫んだ。力の限り。
 砲の目の前に立っても、俺には関係がない。さっきの暴虐の事すらも俺にはなにか遠い異世界の出来事のように感じられた。それよりも目の前のことを―知世を”こちらへ”ひっぱりもどさないと。
 ある悪い想像―それはなんだったのか。俺の記憶が永遠に戻らず、人生に疑いを持ちつづけてさまよいつづけること?人類が滅ぶこと?おぞましい虐殺劇が繰り返されること?
 

238CC名無したん:2005/07/24(日) 05:48:36 ID:sI7aPLrK0

 ―違う!
「大道寺!」
 背後から知世の肩を掴んだ。だがその肩はまるで硬直したかのようにびくともしない。
 俺は酷く悲しい気持ちになった。まるで置き捨てられた子犬のようだ。迷子の子どもは繁華街の喧騒の中、はぐれた母を思ってこの孤独に泣くのだろう。
 一切の妄執が消え果る。そして知世を思って切ない気持ちになる。
 そうだ、切ないのだ、俺は。
 このまま知世を失うことは、俺には耐えがたい。それだけはいえる。全てを失ってなお、俺は彼女に報い、なおかつ彼女を愛したいと思っていたのだ。
「知世」
 自然にそう呼んでいた。なんとなく余所余所しい、大道寺という呼び名を捨てて。そしてその一瞬の後に死ぬことになったとしても、そう呼ぶことに意味があるような気がした。
「知世!」
 その瞬間―掴んでいた知世の肩から力が抜けた。だらり、と腕を垂らす。からん、と音を立てて知世はナイフを取り落とした。
「あっ…!おい!」
 俺は倒れる知世を慌てて抱きかかえる。彼女の顔は恐ろしく真っ白で、そして静かだった。
 まるで憑き物が落ちたように。
「知世!」
 肩を揺すると知世はうっすらと目をあけた。
「あ…ありがとうございます」
 呼吸は苦しそうだが笑顔すら浮かべている。
「何がそんなに、おかしいんだ」
「いえ、やっと知世と呼んでいただけましたから」
 そうか―それで、時々不興げな顔をしていたんだ。
「そうか、悪かった。これからはそう呼ばせて貰うぞ」
 再びにっこりと微笑んだ知世。しかし皮肉なことに、俺たちの命はもう直ぐそこで尽き果てようとしていた。
 俺は目の前の装甲車と、遠巻きにこちらを眺めている兵たちに視線をやった。
 なぜか、あまり憎しみも恐怖もない。ただ知世を抱くてに力をこめた。
 やがて―轟音が起こり、火炎が巻き起こった。血と暴力の第2ラウンドは、直ぐに解決するはずだ、そしてそれを俺たちは見届けることが出来ない。
 そう思って、覚悟をしたのだが―
 なぜかその火炎は俺たちの目の前で吹き上がり、俺たちを害することは無かった。装甲車が吹き飛んだのだ。
 
239CC名無したん:2005/07/26(火) 02:29:32 ID:hqWrEwJm0
 上部に設けられたハッチから火達磨の乗員が転げ出てくる。
 ―暴発。
 頭に浮かんだ可能性はそれだった。だが、その想定は脱出した乗員があっという間になぎ倒されたことで否定される。
 軽快な機関銃の音。周囲にいた敵意を丸ごと打ち払うように右へ、左へと火線が伸びる。
 再び算を乱して兵士たちは逃げ惑い、時に倒れた。
 俺は振り返るのをためらった。振り返れば必ず彼女がいる。
 そう、フォルテさんがいるのだ。だが俺は恐ろしくて振り返るどころか身じろぎもできなかった。
 もし。
 もし、フォルテさんがフォルテさんの形をしていなかったら。 

 あの砲撃と銃撃の中、生き残っているとすればそれはヒトではない。

 フォルテさんがけだものや、ヘタをすると悪魔のような姿に変わり果てているとしたら。何の根拠もなくそんな妄想にとりつかれていたのだ。顔かたちどころか四肢の間接の曲がり具合、腕の数やら左右の対照性、その全てが失われた異形の怪物。
 だが傍らの知世はそんな俺の気持ちを知ってかしらずか、じっとフォルテさんの気配のするほうを見据えていた。ただ、先刻の狂気はない。なぜだか穏やかな表情で丁度俺の背後を見つめている。
 すこしためらわれたが俺は知世に問うた。
「一体、なにが―」


 
240名無しさん@Linuxザウルス :2005/07/26(火) 02:31:24 ID:hqWrEwJm0
 声が震える。
「なにが、見える?瓦礫と、装甲車の残骸と」
「けもの、ですわ」
 知世は陶然として言う。
 俺はぎょっとなった。やはりそこにいるのはフォルテさんではない。フォルテさんだった、なにかが。
「けもの?フォルテさんは、いないのかい?」
 やっとそれだけいうことが出来た。知世はさらりと言い返す。
「ええ。あそこにいるのは、封印の獣ですわ。そう、ケロちゃん」
「けろ…なんだ?」
「ケルベロス。ケロちゃんですわ。ああ、封印がとかれるなんて」
 俺は電撃に打たれたように背後を振り返った。殆ど反射的な行動だった。
「ケルベロス…!」
 そうだ、そこには獣がいた。
 ゴーグルのなかで妖しく輝く赤い瞳。鈍く輝く装甲服。背中に立てられたアンテナ。所々が破損しており、そのさまはまさに手負いの獣。片手にMG34多用途機関銃、もう片方には旧式な対戦車ロケットの発射筒が握られている。
 なんと禍禍しい、そして強力な戦場の悪魔。
 そうだ、俺はあいつを知っている。知っているぞ!
 奴は”ケルベロス”だ!
241名無しさん@Linuxザウルス :2005/07/26(火) 21:37:41 ID:54naepZ+0
 フォルテさんは遠いところに行ってしまったのだ。
 ゴーグルとフェイスマスクに隠された表情はまるで読み取れない。ただフォルテさんがこちらを見ているのは感じ取れた。周囲が全て敵という環境下で、こちらへは銃を向けてこない。
 奇妙な静けさの中、瓦礫の上に立つフォルテさんの姿が炎に赤く照らされて浮かび上がる。
「これがケロちゃんの真の姿なのですわね。なんて凛々しい」
 知世がうっとりと呟く。
 真の姿。そうだ、これがフォルテさんの真の姿だったのだ。
「あれがケルベロスなら…」
 俺は惧れを込めて言った。口を開きながらあとずさった。
「戦闘は回避しないと」
「戦闘?」
 小首を傾げる知世の胴を俺は乱暴に抱え込んだ。反動をつけて背に背負う。
「まあ、なんですの」
 悲鳴とも嬌声ともつかない知世の声。俺はもう一度だけフォルテさんを振り返った。
「これが最後ではないはずだ、フォルテさん!」
 気がつくと俺は叫んでいた。まだ周囲には危険が多いが、俺はフォルテさんに確認をしておきたかったのだ。でないと、次にあったときにためらいが生じる。
 ためらいーおそらく次にフォルテさんに遭ったときは。
「貴方が狼なら、俺は貴方を倒さなきゃならん。そうしないと、俺が狩られるだけだからな!」
 そのときフォルテさんは銃を振った。まるで行け、といったようだった。俺は走り出した。
「ケロちゃん…」
 背中の知世が何かを呟いている。ケロちゃん…ケルベロスのことを知世はそう呼んでいる。フォルテさんの真の姿、そしてケルベロスのことを知世は知っているのだろうか。
 幸い本館には人の気配は無かった。当直の医師、看護婦の姿も見当たらない。俺は漸く乗ってきた車が止めてある駐車場へと戻ったのだ。
242CC名無したん:2005/07/28(木) 19:09:04 ID:+0ADrWycO
あげ

荒れろ
243CC名無したん:2005/07/30(土) 22:48:22 ID:1mcUB/GW0
 慌しく、狭苦しい軽自動車に乗り込む。ドアを開けてから、一瞬仕掛け爆弾のトラップを疑った。
「ひっ」
 いささか唐突にそのことに思い至り、妙なうめき声をあげてしまった。
「どうされましたの?」
 知世が俺の顔を覗き込む。情けないことだったが、おれは少し伸び上がるような妙な動作も伴っていたので、知世からはさぞおかしな振舞いに見えたことだろう。
 と。俺は知世がまたもとの正気に戻っていることに気がついた。いや、何気なしにケルベロスの名を呼んだのだろうか。だとしたら、正気の知世は奴を知っているのか?
「ごめん。なんか爆弾でも仕掛けられていたらとおもって」
 全く間抜けだ。もし何かの仕掛けがあれば今まさに死んでいた。
「まあ」
 手を口に当てて知世は驚いて見せた。
「悪い、俺って臆病で。おまけに注意も足りていない」
 俺は知世の手を取って助手席に座らせた。俺はボンネットを開けたり、一通り車の外周を点検してみた。一通り様子を伺ってみたが、以上はない様だ。
 ままよ。運転席に座ってスターターを回す。エンジンは軽いモーター音とともにかかった。異常はない。
「狭いけれど、我慢して」
 俺は知世に告げるとアクセルを踏み込んで車を急発進させた。
244CC名無したん:2005/07/30(土) 22:49:30 ID:1mcUB/GW0

 炎が本館の後ろで燃え盛っているのだろう、バック・ミラーは真っ赤に染まっている。 あの炎の中でフォルテさんはいまだに戦っているのだろうか。ランファはどうなったのか。ちとせはうまく逃げ出したのか?
 特にフォルテさん―彼女は”ケルベロス”だった。地獄の番犬。そして俺は彼女を知っている・・・。
 ランファは死んだのか。それも結局確認できなかった。はじめに見たあの、恐ろしいランファの遺体。あれは一体・・・。
 そもそも俺たちを包囲していたのはなんだ?なんで自衛隊におれたちが包囲されなければならないのだ。その上危険な海外派遣でも出し渋る装甲戦闘車まで繰り出して、それをする理由がわからない。
「あの、村田さん」
 そしてその強力な軍隊を切り裂いた”怪物”、”存在”…。あの重たい空気を圧する場の雰囲気。鋭利な刃物で切断されたかのような、大量の血と肉と骨。
「あのう?」
 フォルテさんは知世があれを巻き起こしたと信じていた。彼女は確かにきちがいだが―戦場で齟齬をきたすようなへまは、しそうにない。
  そしてあの知世が俺をスナイパーから守った不思議な”盾”。あれは何だ?力場かなにかか?そもそもあのカードとナイフは何なのだ?
「あの」
「うわっ」

245CC名無したん:2005/07/30(土) 22:50:36 ID:1mcUB/GW0


 知世に声をかけられなければいつまでも考えことをしていたのかもしれない。
「前を見て運転されませんと」
「あ、ああ。そうだね、ごめん」
 俺は知世の方をちらりと見た。知世は軽自動車の小さな座席にすっぽりとおさまり、前を向いている。疲労しているはずなのだが背筋をぴんと伸ばし、手を行儀よくひざの上にそろえている。
 知世が何らかの大掛かりな陰謀なり何なりに巻き込まれているのは間違いない。それもあんなにたくさんの人の命が安んぜられるほどのそれ。
 だが、いまこうして俺の横に座っている知世を見ると…。まるでそうした風には見えない。むしろそうしたものとは対極の。調和とか安心とか、そうしたものを惹起させる佇まいなのだ。
 ただ知世の衣服は薄汚れていて、それだけは何とかしなければならないとは思うのだけれども。いや、その気持ちさえも俺の保護欲求が起こした感情なのかもしれない。彼女の容色を保ちたいというそれなのか。
 
 車は大通りに出た。深夜だ。加えてこの騒動は外部に漏れているのかもしれない。ややもすると市民は外出を控えているとか、避難しているとか。この数時間外界と隔絶していたので、まるで様子が掴めない。
 避難。俺は運転で狭くなる視界の中、町を注意深く見回した。軽快なエンジンと風を切る音。それだけだ。町にはなぜだか人影が全くにない。ちらりと見えた通りがかりのコンビニの店内にもまるで人の気配が感じられない。
 なにか、おかしい―。
246CC名無したん:2005/07/30(土) 22:52:44 ID:1mcUB/GW0

 しかし、この騒ぎだ。どこかで検問かなにかを行っている可能性もある。まさか、戒厳令がしかれているとか。
 もしそういうものにぶち当たった場合。
 強行突破しかないのか。俺は懐に忍ばせた拳銃と手榴弾の位置を確かめた。鉄の塊であるそれらはひやりとした。

「どちらへ向かいますの?」
 おずおずと知世が聞いてきた。だが不安なようには聞こえない。まるでちょっとしたピクニックに出かけるような気軽さすら感じる軽い調子。彼女のもともとのパーソナリティは、意外と楽天的なのかもしれない。
「ああ―友枝駅へ」
「駅?すると、電車に乗り換えるのですか?」
「うん。今夜の夜行列車に」
「まあ。列車に。でも、危険ではありませんの?」
 内容とは裏腹に明るい声だ。本当に何の危険も感じてないのだろうか。すこしおびえと苛立ちの混ざっていた俺の心は、そのお陰でどんどんと楽になっていった。
 俺は知世によって勇気付けられているのだろうか。とにかく、今は彼女のそうした明るい面を見ることができて、嬉しかった。なぜなら、俺は陰惨な面ばかり―。
 いや、やめよう。今はそのことに思いをきたすときではない。
「あのさ、知世ちゃん」
 俺は彼女の気持ちにほだされて、気楽に”知世ちゃん”などとちゃん付けで呼んでしまった。言ってから、彼女に呼びかけるのにしっくりくると思い、嬉しくなった。知世も満足げに笑みを浮かべている。
「チケットがあるんだ。2枚」
 俺は例の寝台特急”さくら”号の乗車券と寝台券を取り出して知世に渡した。
「実は今日の夕方―」
 
 俺はこのチケットを手に入れたいきさつを話し出した。
  
   
247CC名無したん:2005/07/30(土) 22:53:59 ID:1mcUB/GW0


 ハンドルを握りながら俺はかいつまんで事情を話した。宅急便、ア○ウェイの勧誘撃退、そして荷物がことごとく俺を導いていること。友枝駅まで飛ばしておよそ30分強。病院に着いてからの出来事は、はしょった。
「不思議なこともあるものですわね」
 知世はM黙考した。俺もつい押し黙る。この説明では、まるで…きちがいの妄想ではないか。
「あのさ、いまのはその」
 嘘だ、と言おうとした。なにしろ言ってることが滅茶苦茶だ、自分でも本当だなんて確信が持てなくすらある。まるで全てが偽りの記憶であるとすら。まさか、そんな。しかし俺はそれすら否定できないのだ。
「ヴァニラ・Hというのは」
 知世がちょっと強い調子で言った。
「一体だれなのでしょう?不思議と知っているような」
「えっ」 
 一瞬ハンドルがぶれて車体が少し蛇行する。
「だから、前、前を見てください!」
「すまない、というか、ヴァニラを知っているのか?」
 知世はええと、と考え込む。少しの間があって、
「ええと。申し訳ありません。どうしても」
「少しでいいんだ。なにか」
 もしかしたらヴァニラの素性―そればかりではない、この騒動の仕組み、そして知世自身のこともわかるかもしれない。おれは必死に尋ねた。
「何か思い出さないか!ちょっとでいいんだ」
 つい激しい口調になった。
「…申し訳、ありません」
 知世のか細い声で我に返る。俺は気がつくとずいぶんと激昂していたようだった。
「いや。…ごめん」
 何かを思い出したら教えてくれ、とだけ伝えた。
  
248CC名無したん:2005/07/30(土) 22:55:19 ID:1mcUB/GW0

「つまりは」
 知世はチケットを俺に返した。
「その荷物に導かれるままにここまできた、と言うことですわね」
 俺はうなずいた。友枝駅まであと少し。
「でも。列車に乗ってしまえば、どうなるかわかりませんわね」
 そうだ。このチケットを使ってしまえばあとは針金と、マージャン牌と…あとなんだ? 
 駅前のロータリーが見えてくる。奇跡的に検問はなかった…。いや、人っ子ひとりいない!
 どういうことなのかわからないが、人も車ともすれ違わなかった。おかげですべての信号を無視してもまるで事故を起こす危険はなかった。時計は、列車の時刻にはまだずいぶんと間がある。およそ一時間強。
 むしろ追手のほうが気になったが、どうやらその気配もない。
 なんだろう。できすぎのような気がする。
  
 針金、牌。なにか妙な形の鍵も持っているな。あと…。
「ああ!」
 駅舎が見えてきたところで、俺は急に思い出した。思いっきりブレーキペダルを踏み込む。がくん、と前のめりに車体が沈み込み、タイヤが空転する耳障りな音が響いた。知世が悲鳴をあげるが気にしているゆとりはない。
 車は少し斜めになって止まった。
「いったい…なんですの!」
249CC名無したん:2005/07/30(土) 22:56:31 ID:1mcUB/GW0
 
    
 がっくん、と車の姿勢が元に戻ると、すこし怒ったような声で知世が抗議の声をあげた。
 俺は重たい声で答えた。きっと表情は青くなっていたに違いない。
「メモリ…」
「え…?」
「USBメモリだ!畜生、あれは…」
 俺は頭を抱えた。時計を見る。
「間に合うか!」
 俺は車を急激にUターンさせた。再び知世の体が前後左右に揺すられる。
「知世ちゃん、シートベルトして!」
「ちゃんとつけてます!」
 涙声の知世。さすがにちょっと乱暴すぎたようだった。来た道を再びわき目も振らず戻る。
「一体何を忘れたというんですの?」
「メモリだ。USBメモリ」
 そうだ。初めに取り出した、あの、役に立たないと言ってごみ箱に放り込んだメモリ。俺はあれを急に思い出した。あれはあの場ではまるで役に立っていなかった。それはおかしい。
 なぜならガラクタにしか思えない荷物でもことごとく役に立っている。針金やら鍵やらにだって、何処かで使う局面があるかもしれない。
 あれは―あそこで使うものではなかったんだ!俺は選択ミスをしていた。
 あれがなくてはパズルの最後の一ピースが埋まらないかもしれない。どこか別の場所で使うものだったのだ。
 あの家もすでに自衛隊に占拠されているかもしれない。あるいは何らかの罠も。だが、あれがなくては、俺たちは列車に乗るわけにはいかない。
 往復…一時間あれば、なんとかなるだろうか。
 俺は必死で車を飛ばした。
250妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/08/20(土) 00:14:05 ID:70F+yvoD0
サンクリの同人誌が完成するまで保守。
251CC名無したん:2005/08/29(月) 01:31:21 ID:oRb0Arwa0
夏休みも終りだし、近いうち再開します
よろしくです
252妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/08/29(月) 07:03:12 ID:1Ho959QN0
夏の終わり、僕の休暇も終わりだ。
253CC名無したん:2005/08/29(月) 10:13:52 ID:qNnMAoXX0
ま〜た〜夏が〜く〜る〜♪
254CC名無したん:2005/09/02(金) 14:01:50 ID:fgjj+alE0
カスたちは126さんを見習っておもしろいものかいてみなよ(プププ
http://anime.2ch.net/test/read.cgi/sakura/1073136436/l50
255CC名無したん:2005/09/02(金) 17:06:47 ID:gN8iUkc90
126自演乙。
256村田:2005/09/03(土) 11:58:27 ID:rrkp7aZJ0
ん、初めて>254のスレ拝見。なんで荒らされちゃったのかなあ。
ファンジン、ファンアートってのはこんな感じで気楽にマターリキャラたちのイキイキした会話を楽しむってのが本文だと思う。
書いてる人が楽しいならそれでいいのだし、それを呼んで楽しむ人が何人かいるのなら、それはもう最高だと思うんだよね。
俺はいつも、俺の書くものを楽しんでくれるひとが数人いて、その人たちのために書いてる。数えられるよ。妄想さん、plutoさん、にゃさん。
やこぜん師…あとアンテナ登録してくれてる人とか、ブクマしてくれている人とか。
俺は学生時代からだばかり動かしていたから、こういうのに耳を傾けてくれるのって、嬉しい。
だからさ、もっとユルくていいもんじゃないの、こういうのって。だれだれのがいちばん、とかさ。つまんないよ。
 
 
後、描写について、126さんのスレで面白い話が出てましたね、妄想さんがちょっと怒ってましたけど、わらい。
俺もいまちょっと迷ってて。実は「描写というのはなるべく細かく書かないほうが良いのではないか」という疑問があるんです。
そのへんでちょっと煮詰まっているというか、オフで書いているオリジナル作品に迷いが出てるんですよ。ちょっといろんな人と話して見たいですね、この件は。どうかな、さくら板SS職人合同チャット、なんて。
まあ書き手というのはいつも悩み、迷い、時には酒やクスリに溺れて、それでも「人を楽しませたい、笑わせたい」って考えながら遊び時間を削って書いてるんですよ。
もう少し寛容になって欲しいな。そりゃ、気に入らないこともあるだろうけどさ。
 
 

ちょっと長くなっちゃったけど、なんか酷く書き手を傷受けるけるような言動が多かったんで、つい。
ま、掲示板だし仕方ないんだけどさ。もう少しマターリいこうよ。ご意見は歓迎。
そして、自分の感想が話の方向性に影響を与えるのを良しとしないとして、一切感想を書かない人。
お心遣い、感謝してますよ。
 
 
長文失礼。ま、文句があるなら他スレに書き込むの、もうやめようよ。ね。

257妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/09/03(土) 22:28:27 ID:2Lfc5vU80
関係ないですが、私がこの人には絶対かなわないと思ったネット作家は、レイプさんと猫にゃーさんと村田さんですかね。
258CC名無したん:2005/09/05(月) 10:57:06 ID:iziEXbDY0
レイパーにはかなわんだろうな(w
259CC名無したん:2005/09/14(水) 08:49:31 ID:r9/v2s430
妄想も村田もサイトや同人よりこっち更新しろ
260妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/09/14(水) 18:33:41 ID:+hWnz0kh0
>>259
(;´Д`)あい。
261CC名無したん:2005/09/14(水) 20:51:56 ID:yiuXFyYt0
酔った勢いで書いたナニがこっぱずかしくて逃げてた(*´Д`)
262CC名無したん:2005/09/14(水) 20:54:59 ID:yiuXFyYt0
 おかしい、といのは感想でもなんでもない。それは事実の追認に過ぎないのだが、それにしてもこの町の気配は異様過ぎた。
 静か過ぎる。駅前にしろ国道沿いにしろ、人っ子一人いなくなっていた。まるで異世界に迷い込んだようにも感じられる。いや、まさかここはもはや別のどこかなのではないだろうか。自分がいたところとは違う、自分の知らない世界。
 時折外灯に照らされる助手席の知世を見ていると、そんな幻想のような想いが心の底から沸いてくる。知世は膝の上にしっかりとかばんを抱き、通り過ぎる町並みを見ていた。
「このあたりに見覚えは?」
 知世に問い掛けた。彼女の自宅近辺なのであれば、もしかすると彼女の自宅があるかもしれない。知世は自宅に送り届けられることを期待しているのではないだろうか、とも思う。
 そして思った瞬間、酷い虚無感に襲われた。俺のしているのは単なるおせっかいでしかないのではないだろうか。
 しかし知世は首を振った。ありませんわ、呟く知世の声もまた夜の海のように沈んでいて彼女もまた俺と同じようにこの世界から切り離されたような不安感に苛まれているのだろうか。
神経質そうに髪を弄る仕草をしている、そんな彼女の様子に心のどこかを刺激されるような思いがする。自分がしっかりしなければ、と強く思った。
 ああそうか。俺は安心しているのだ。
 前方に注意しながら、ちらちらと横目で知世を観察する。彼女はあまりにも弱弱しく、おさなくすらある。
 つまりは―。
 この世界は、苛酷過ぎるのだ。人間が生きてゆくには。
263CC名無したん:2005/09/14(水) 20:57:06 ID:yiuXFyYt0
 時間の観念が乱れているが、俺の主観ではついさっきまでいた家の目の前までやって来た。漸く、と言いたいところだが実のところそれほど時間が経っているわけではない。それに、列車の時間にも多少の余裕があった。車のドアを開けて、反対側に周り知世の手を取る。
 礼をいう知世に鷹揚に応えて、玄関に案内した。
 鍵はポケットに入っている。もう一本の鍵―やや、セキュリティに気を配った扉の鍵だろうか。先端部の形状がやや変わっている。そちらも同時に取り出して見比べてみた。
 矢張り家の鍵とは違うな。しかし何の鍵なのだろう。
 まあ、今は気にかけても仕方ない。普通の方の鍵を取り出すとそれでシリンダーを回し、玄関を空けた。真っ暗な室内。
 もしかして。もしかして、だ。ここにミルフィーユがいるのではないか、と俺は疑っていたし、期待のような何かをもっていた。だが家の中はがらんとして寒寒としている。
「あー、狭いとこだけど。あがって」
「はい。お邪魔します」
「まず、シャワーだね、とにかく知世ちゃんの体、洗わないと」
 電気をつける。蛍光灯の不躾な明かりが知世を照らした。その瞬間の知世を見て絶句する。明るいところで彼女を見たのは初めてだったのだが、衣服は血に染まり、顔や露出した細い腕などにも、血のりが乾いて鈍く黒ずんだ赤みを放っていた。
 そのありさまは、まるで、連続殺人者―。
  
 まるで?
  
 本当に?
264CC名無したん:2005/09/16(金) 21:48:36 ID:xc+rs3tY0
 
 俺はかぶりを振るだけだ。
「シャワー、使えるようにする。あと…」
 そこで俺は困ってしまった。そう、知世の着替えが必要だ。しかし女物の外出着となると。
「ミルフィーユの部屋にあるかな」
 階上の部屋にミルフィーユの部屋がある。しかし、このミルフィーユと俺の関係、つまり俺と彼女の兄妹という関係が虚構なのだとしたら、はたしてミルフィーユの部屋は存在するのだろうか。
 それとも、この虚構は万全を期して俺をだますために、女の部屋が用意されている…? ありうることだ、俺はとにかく探してみる価値はあると思った。
 まず、シャワーを調整する。丁度良い湯加減にして知世を浴場に導いた。
「ここで、全て服を脱いで。汚れた服は捨てよう。洗っている時間はない」
 こくこくと素直に頷く知世。
「よし、じゃあすぐに戻るから」
 いったん彼女のもとを離れた。さて。
 ここへ帰った一番大きな理由。USBメモリ。俺が意味のないものと思って放擲したパソコンの部品だ。何の役に立つとも知れないが…。
 もしかしてこの部屋も自衛隊の連中に踏み込まれて、メモリも回収されているのではないか、とも思ったのだが。室内は物色された気配がない。
 ほとんどごみなど入っていないごみ箱の中に、それは確かにあった。
 小さなその部品を摘み上げ、確かにそれであることを確認して安堵する。よかった、これで次へつなげられる。俺はメモリをポケットに収めた。
  
  
  
265CC名無したん:2005/09/16(金) 21:50:44 ID:xc+rs3tY0

 さて。次は―ミルフィーユの部屋だ。
 知世の着替えを手に入れる、それが一点。そして何より。
 ミルフィーユは一体なんだったのか。俺を篭絡するために何者かが遣わしてたのか、それともミルフィーユ自体にやんごとなき事情があって俺のもとを離れたのか。
 彼女は俺の肉親ではないのか?
 わからない。ただ、あのまっすぐな瞳、元気で、素直で、やさしいこころ。その全ては心地よかった。彼女のそばにいるのは、新鮮ですばらしい時間だった。
 せめて―彼女の存在自体は、うそであってほしくない。そうだ、仮にだまされていたとしても、彼女が俺の脳内にしのばされた偽りの記憶、実際の事象でなかった、なんてオチはどうしても避けたい。
 そう思うと、階段を2階へ上がる足取りは重たくなった。みしみしと音を立てて階段を上りきる。ミルフィーユの部屋。俺は酷く緊張して、そのドアを開けた。
  
266CC名無したん:2005/09/19(月) 18:55:38 ID:aoMPtrIr0
   
 開けて―拍子抜けをした。その部屋は全く普通の少女の部屋だった。品の良い色合いのカーテンはきっちり閉じられている。勉強机、制服も壁にかかっている。どことなくこの部屋に主がいる、その雰囲気は残っている。ベッドの枕元にぬいぐるみのようなものも置いてある。
 俺は危うくへなへなとその場に倒れこみそうになった。そしてすこし嬉しさのようなものもこみ上げてくる。
 ミルフィーユは、此処にいたのだろうか。もしそうだとしたらそのことは嬉しい、という感情として俺の心を支配した。それは都合のいい思い込みだとしても、心地よかった。
 
 すこしためらったが、衣装ボックスを開け放つ。知世にはサイズがやや大きいかもしれないが、俺の服を着るよりははるかによさげな洋服が並んで吊られていた。制服も何着かある。
 本来なら知世に選ばせるべきなのだがやむを得ない。適当に、動きやすそうな洋服を掻きだしてみる。キュロットスカートやら、パンツやら。ひらひらしたものはなるべく避けようと思ったが、
一着、真っ白なワンピースが目に止まった。こんなもの、と思ったが気がつくとそれも引っ張り出していた。
 下着、靴下。何しろ急いでいる、よこしまな感情など抱く暇もない。丁度大き目のボストンバッグがあったのでそれに詰め込んでゆく。
 「そういえば林間学校があるとか言っていたな、ミルフィーユ」
 埒もないことを思い浮かべる。
 
267CC名無したん:2005/09/19(月) 19:01:03 ID:aoMPtrIr0
 
 自分がなにやら怪しげな、まるでこそ泥のような挙動不審者のように思えて、滑稽だった。
 荷造りをしている間、ミルフィーユのことを考えていた。彼女は一体何処へいったのだろう。
 そして―モウソウという男は一体。
 と、そのとき。不意に肘が棚にあたった。棚の上のものがからん、と床に落ちる。
「…?」
 それははがき大の板だった。ああ、写真たて。それと気がついてそれをひっくり返した。
 そして写真の中に写っている人物を見て溜め息を付いた。それは決定的な写真だった。その写真にはミルフィーユと同じ格好をした、しかしミルフィーユとは似ても似つかない女の姿があったのだ。大きなお花の髪飾り。
 その髪型、髪の色、カチューシャはまさに普段のミルフィーユのそれだった。ただ衣服は少しかわっていて、何かの制服だろうか詰襟の入った妙に勇ましい格好をしている。
 写真たての木枠に、人の名前。
「新谷…良子…?」
 まるで聞き覚えのない名前だ。その名前を何度か呟く。このミルフィーユの格好をした、まるで妖怪油すましのような女が、ミルフィーユだと言うのか!
 ばん!俺は気がつくとその写真たてを投げ捨てていた。いくら愚鈍な俺でも、それくらいはわかる。
 この部屋にはミルフィーユがいたのかもしれない。但しそれは、俺の知っているミルフィーユではない。いや、この油すましが本物のミルフィーユで俺の知っているミルフィーユは本当はミルフィーユではなかった?
 ただ唯一はっきりしていることは。
 俺は、謀られたのだ。
 俺がミルフィーユと呼んでいる女は、存在しなかった。少なくとも俺の妹ではない。まるで気のない偽装工作であるかのような、不細工な女の写真がおざなりに置いてあるだけだ。そのことだけは冷然とした事実だ。
 俺は呆然とした、また一つ俺は心の支えを喪ったのだ。
 さっきこみ上げた喜びは一気に冷え込んだ。
 
268CC名無したん:2005/09/21(水) 04:42:30 ID:hilmDplY0

 浮かない顔で、階下に下りる。知世はまだシャワーを浴びているようだ。浴室の脱衣場まで行き、知世の様子を伺う。と、浴室から歌声が聞こえてきた。
 
 
主よ みもとに 近づかん
のぼるみちは 十字架に
ありともなど 悲しむべき
主よ みもとに 近づかん
主のつかいは み空に
かよう梯の うえより
招きぬれば いざ登りて
主よ みもとに 近づかん
うつし世をば はなれて
天がける日 きたらば
いよよちかく みもとにゆき
主のみかおを あおぎみん


 暢気なものだ。俺は知世の落ち着いた様子にあきれ、驚きつつもその歌に聞きほれてしまった。透き通った、いい声だ。
「知世ちゃん」
 ためらって、声をかける。
「着替え、適当に見繕ったから。センスには自信がないけれど、動きやすい服だと思う」「ああ―ありがとうございます、本当に」
「あと3分、な。時間がなくなりそうだ」
 とたん、ばたばたと浴室の中が慌しくなった。どうやら俺がシャワーを浴びる時間はなさそうだ。
 知世が脱ぎ捨てたどろどろの衣服。そしてその横に置かれたデイパック。
 あのバックの中から、知世はあの”カード”を取り出した。不気味なデザイン、不吉な詠唱。アレは一体なんなのだ。魔術?呪い?
 俺は好奇心を刺激された。「見るだけだ、確認するだけ―」危うく手を伸ばしそうになって、抑える。
(―いけない)
 自制する。これでは盗み見ではないか。それよりも落ち着いたら彼女に聞いてみよう、そう考えて浴室を後にした。
  
269CC名無したん:2005/09/21(水) 04:43:31 ID:hilmDplY0

 台所の流しで顔を洗う。当然のことだが俺も相当汚れていた。タオルでごしごしと顔をこすると、少しだけさっぱりした。少し手持ち無沙汰になった。
 ソファに腰掛け、テレビをつける。そんな日常のような行為に、妙に感慨深いものを覚えた。こんなふうにのんびりと夜を過ごすことはあるまい。
 ブラウン管の中でアナウンサーが何かを読み上げている。もしあの宅急便の荷物が届かなかったら、俺はどうなっていただろう。もしかして、ちとせが構成した世界の中で、永遠に覚めない夢を見ていたのではないか。
 記憶を喪ったと信じて、病院で記憶を奪われたと言うことを妄想だと誤解したまま、それでも比較的安穏と暮らしていたのではないか。
 都合の悪いことはいずれリセットされる世界だ。ちとせの探している”エネルギー”とやらが見つかるまで、俺は自覚できないまま探索の旅を続ける。
 それは恐ろしく不毛なことだが、自分に何が起こっているのか理解できない以上、不幸であると感じないだろう。
 この世界は生きてゆくには過酷過ぎるのだ。
 ごとり、と音がした。振り返ると知世が立っている。すっかり汚れを落としてさっぱりした知世は、湯上りの上気した頬に手を当ててこちらを見ていた。
「悪い、落ち着いて髪を乾かす時間は無いみたいだ」
 知世の髪は腰までありそうなほど長く、しっとりと濡れていた。ほうっておくと風邪を引きそうだがやむを得ない。
「服は…すこしサイズが大きかったね。まあ、我慢してくれ」
 知世は顎を引いて、無言で頷いた。そして一点を注視している。
「知世ちゃん?」
270CC名無したん:2005/09/21(水) 20:26:37 ID:VzEWva9v0


 俺は知世の様子をおかしいと感じた。彼女はただ一心に部屋の片隅を見つめている。
「知世ちゃん?一体何を見ているの?もう、出かけるけど―」
 俺も知世の視線の先を追ってみた。すっかり俺は意識の外に追い出していたのだが、知世は俺がさっき何気につけていたテレビを見ていた。
「大変ですわ」
 ぽつりと知世が呟く。その声はすこしこわばっていて、俺を緊張させるのに十分だった。
「……避難の対象となっているのは、以下の地域です。横浜市、八王子市、入間市
さらに、友枝町を中心とした、半径50キロの範囲」
 アナウンサーが緊張した面持ちで原稿を読み上げていた。
「避難ってなんだ?地震…なわけは無いな」
 まるで気がつかなかったのだが、テレビはすっかり緊急事態のプログラムに切り替わっているようだ。ためしにリモコンでチャンネルを操作するが、どのチャンネルでもニュース速報のようなものをやっている。
 一回りして同じチャンネルに戻すと、アナウンサーが繰り返し同じことをしゃべりだした。
「こりゃ一体、なんだ…?」
「戦争、と言ってますわ」
 知世はそれだけ言った。戦争?俺はアナウンサーの言うことを一字一句聞き漏らすまいと見を乗り出した。
「本日午後11時30分ごろ、北朝鮮の寧波基地より弾道ミサイルの発射が確認されました。発射されたミサイルは一発で、目標はK県A市友枝町となっている模様です。
弾頭が核弾頭であるか通常弾頭であるかは確認されておりません。北朝鮮の発表では事故による誤射だとされていますが、南北国境付近ではすでに地上戦が始まっているとの情報もあり…」
 
271CC名無したん:2005/09/21(水) 20:28:28 ID:VzEWva9v0

 開いた口が塞がらない。
「なに、これ」
 俺は知世の方を振り返りぼんやりとテレビを指差した。弾道ミサイルだと?そんなものが此処に降って来るというのか?
 知世はただきょとんとしてこちらを見るだけだ。あまりのことに、俺はまるで事態が飲み込めてこない。
「と、とにかく」
 俺は起き上がった。
「逃げよう」
 しかしどこへ逃げると言うんだ。
 知世の手を取る。まとめた荷物を掴むと外へ出た。
「戦争ってなんだよ、戦争って」
 訳がわからぬまま車へと駆け寄る。なるほど、それでまるで人気が無かったんだ。核弾頭とか化学兵器とかが降ってくるから?
「いや、ちょっとまて」
 俺ははた、と立ち止まった。急な動作だったので知世がつんのめる。
「おかしいぞ―」
 高々一発のミサイル、何故自衛隊や米軍は迎撃しない?ねずみ一匹通さない、それが日本の誇る専守防衛の要の防空網だったはずだ。
 じゃあなんだ。あえて敵の一撃を受けるのか?なんだそれは、プロレスかよ。
「あ」
 知世が声をあげた。空の一点を指差している。確かそちらは海のほう、南の空だ。一筋の光が輝いていて、その明るさを増してゆく。
「あれがミサイルなのか?」
 俺の声は震えていた。知世は答えない。
 さすがに、観念した。今の俺には弾道ミサイルなんて暴力を防ぎとめる術は無い。そのあきらめの中俺はあることに思い至った。
 
272妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/09/23(金) 22:45:36 ID:ahEnZ1wF0
潮の、肌にまとわりつくような生臭い霧の中を駆け抜け、俺は駅に向かって走っていった。
冷たかったバールのような物は、強く握りしめた手によって今では熱く感じられる。
思わずペニスを握りしめているような気分になり、薄ら笑いを浮かべている自分に気が付いた。
(これじゃあ、まるで変質者だな)
そんな事を考えつつ、俺は漆黒の闇に包まれた駅舎にたどり着いた。
ガシャン!
静まり返った暗闇に激しくぶつかり合う金属音が響き渡る。
駅の正面入口は鉄製の強固な門によって塞がれ頑丈そうな錠前が掛けられていた。
門を揺さ振ったりバールのような物で鍵を叩いたりしてみたが、騒々しい音が響くだけで入り口は開きそうになかった。
駅舎は、今では殆ど見られることが無い赤煉瓦で造られており窓にも鉄格子が入っている。とてもじゃないが壁や窓を壊すことなど不可能だ。
そういえば、昔の刑務所や精神病院は赤煉瓦造りのものばかりだったらしい。
この街から唯一出ることが出来る駅が赤煉瓦造りだなんて、まるでこの街自体が世間から隔離された精神病院にさえ思えてくる。
「マジでここは刑務所か隔離病棟みたいだな」
誰に言うのでもなく独り言を呟いていると、背後から怒りに満ちた怒鳴り声が聞こえてきた。
273妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/09/23(金) 22:47:19 ID:ahEnZ1wF0
「うるせーぞ、バカヤロー!」
突然のことに俺はビクッと身を震わせ恐る恐る後ろを振り向いた。
恐怖という感情は人を臆病にさせる。
見ると駅舎の前に置かれたベンチの下から浮浪者らしき男が這い出してきた。
駅に住み着いている浮浪者なのだろうか。
余計なトラブルは避けたかったので逃げ出そうかと思ったが、よく見ると浮浪者の顔には見覚えがある。
「桃矢・・・か?」
恐々声を掛けると、男は眠そうな目を擦りながら俺に近づいてきた。
「お前はさっきの。どうした、女に逃げられたのか?」
その言葉に俺は怒りと、そして悲しみの感情が噴き出しそうになったが、それを押さえ込みながら、手にしていたバールのような物を下ろすと桃矢のそばに近づいた。
「桃矢・・・、俺に・・・俺に力を貸してくれ」
祈るように、唯一たった一人、この隔離された街で助けを求められそうな男に向かって。
274CC名無したん:2005/09/23(金) 23:07:29 ID:4d2+hiSj0

 
「もし北朝鮮からミサイルが飛んでくるとしたら…ミサイルは山側、北西方向から飛んでくるはずだ。しかしミサイルは海側から来た。つまりあのニュースは…デマだったってことだ。
あのミサイルは海自のハープ―ンか米軍のトマホークか。あるいはSLBMであるとか。町を一つ消し飛ばしても、俺と知世を消し去りたいと言うことなのだな」
 俺は知世を見た。彼女に何か声をかけてやりたかったが、かける言葉が思い浮かばなかった。知世はうつむいて、服のすそを触っている。やはりちょっとしたサイズの大きさが気になるようだ。
「あの弾頭は…核だろうな。放射能低減型の水爆だ。半数必中界も狭い。恐らく衛星で俺たちを監視して、ビンポイントで狙っているんだろう。何の制限もなく、確実を期すなら。俺ならそうする」
 独り言だ。出てくる言葉が、俺の知識を超えているような気もしたが、それどころではない。今まさに俺たちの全ての抵抗は終わり、死ぬのだ。蒸発し、塵になって終わり。
「あの光は…」
 知世が空を見上げる。
「あの流れ星は、人を殺めた光なのですね。広島、長崎、松本、旭川、東京、ソウル、プサン、ピョンヤン、テヘラン、エルサレム、ノバヤゼムリャ…」
 知世の様子がおかしい。
 
275CC名無したん:2005/09/23(金) 23:12:39 ID:4d2+hiSj0

 
「あの流れこそ、あの光、まがまがしい業火ごそ我が宿業にして、生業。それが与える苦しみは我の求める全てであり、その苦しみこそ我が滋養にして」
 知世が…例のトランス状態に入ってゆく。ミサイルはこうしている間にもどんどんと接近しており、もはや幾ばくの猶予もあるまい。
 たしかに俺は見た。あのぞっとするようなまがまがしい呪文で、知世が嵐のような銃弾を防ぐ様を。だが―今度は、規模がちがう。核ミサイルだ。恐らくは米軍謹製の戦術核―小型と言っても広島型原爆の数倍の威力を持つ。そんなものを防げるものか!
 
「知世ちゃん」
 俺の声は届かなかった。ああ、仕方が無い。最後は彼女の好きにさせてやろう。本当なら、謝らなければならなかった。こんなところに連れ出してー。
「全ての人の皮膚を焼け焦がし、人々の未来を奪い、醜き化け物に代えよ…そして未来永劫、人々を苦しめつづけよ…」
 空の光点はどんどん大きくなる。知世はディパックから例の、あのナイフとカードを取り出した。
「業深き人類がが作りしカードよ。契約のもと、さくらが命じる。レリーズ!」
 カードを放り投げると、知世はナイフをそのカードにつきたてた!その声、声音が変わっている。おっとりしたところなど微塵も感じられない。はつらつとした声だ。
「消失!」

276CC名無したん:2005/09/26(月) 01:04:30 ID:UA1zWK+E0


そもそも、呪文とはなんだ。
「特定の言葉を発すれば、何らかの現象をおこすことができる」そう漠然と考えていた。
 単なる言葉、音の羅列がある組み合わせ、条件を満たしたときに現実には起こりえない、ありえない出来事を引き起こす。全くもって非科学的だが、呪文と言うもの自体が非科学的なものであるという前提があるのでそう思い込んでいたのだ。
 だから―目の前の出来事を見るまでは、馬鹿にしきっていた。こんなばかげた光景、ミサイルが空中で静止しているという情景を目の当たりにするまでは。
 そしてそれが俺の傍らで一心に何かを念じながら、ナイフを振りかざしている少女によって成し遂げられたらしい、ということに思い至って、俺は言葉を呑んでしまった。全く息もできないほどだ。
 手を伸ばせばつかめそうなところに人類最強級の凶器が文字どおり”静止”していた。その円筒の後端からは毒々しい炎が吹き上げていて、真っ赤に塗装された自分自身を震わせている。
 巨大な柱―昔見た、工業地帯のの巨大な工場の煙突を横倒しにしたようなそれ。その禍々しい物体は巡航ミサイルだった。まるで見えない何かと拮抗して先に進めなくなったようだ。
 もっとも、完全な棒状ではない。その側面からは翼が生えており、ちょっとしたジェット機のような姿だ。
 知世は口をぱくぱくと動かしながら、上空を見据えている。その表情は険しい。恐ろしいまでの悲壮感に満ちていて、健気で美しかった。俺は周囲から音が消えていることに気がついた。
277CC名無したん:2005/09/26(月) 01:05:38 ID:UA1zWK+E0
「……!」
 何かを叫ぼうとした。おそらく知世、と声に出そうとしたのだと思う。彼女の名を呼ぶ以上のことをまるで考えつかなかった。そして、その声はやはり音として空気を伝わらなかった。音の無い世界のなか、巨大なミサイルの落下をあの細い体で阻止している。
 丁度自分たちのいるあたりを中心とした、透明な構造物によって守られているようだ。そこはまさに結界で、衝撃や音を通さない。
 しかし永遠に続くかと思われたその強力な力のせめぎあいは、やがて終わりを迎えた。知世が力尽きたのではない。ミサイルの燃料が尽きたわけでもない。ただもっと確実で効果的な爆発火器の使用方法に、そのミサイル自身が思い至ったかのよう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 音が戻る。音のある世界は、突如轟音とともに俺たちの元へ帰ってきた。音と光と炎の渦が俺達を取り巻いた。
 ミサイルが炸裂したのだ。この世の終わりのようなすさまじい爆発に、俺は一瞬で確信した。これは通常の弾頭ではない。
 世界で12番目に実戦で市街地に落とされた核弾頭だ。俺は自分の人生が今度こそ終わるのだと確信した。そう確信してもう一度知世を見た。驚いたことに―彼女は笑っていた。
「大丈夫…」
 それは幻聴だったかもしれない。一瞬の、それも轟音の中で聞こえるはずも無い。しかし俺の脳は確かにその言葉を受け取っていた。表情で会話する、という奴だ。
 
「絶対大丈夫だよ、何とかなるよ」

 その知世らしくない言葉遣いに違和感を感じながらも、俺は彼女に微笑みかえした。その顔を見ていると、何故だか本当に大丈夫なような気がしてきたのだ。
 そして俺たちは光に呑まれた。全てが永遠の白に帰ってゆく。
 やがて緩やかに意識を喪った。
 
278妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/09/26(月) 19:09:40 ID:7lhPHKdc0
ボッ
小さな音と共に、暗闇に閉ざされた駅舎に一瞬だけ明かりが灯された。
桃矢はくわえていた煙草を口元から放すと煙を吐き出した。
闇の中に紫煙がゆっくりと揺らめいたかと思うと、霧の中に溶け込んでいき、何故だか海の底にでもいるような奇妙な気分にさせられる。
「煙草は?いや、お前は止めていると言っていたよな」
手にしていた煙草の箱を差し出しながら桃矢は言った。
「いや、一本貰いたい」
煙草を一本受け取り火を付けてもらうと、俺は肺の奥まで煙を吸い込みゆっくりと吐き出す。
久しぶりに吸った所為か、少しだけ目眩のような感覚を感じたが、身体が煙草に対する耐性を覚えていたらしく、それはすぐに収まった。
「で、俺に何をしてほしいんだ?天玉蕎麦の妄想さんよ」
眠そうな目を擦り、露骨に迷惑そうな口調で桃矢が問う。
どうでもいいが、本当に俺を立喰師だと思っているらしい。
俺は手短にツインスターハウスでの出来事を説明すると、タクトやウォルコットが行きそうな場所について聞き出そうとした。
(夢の話や、精神病院のこと、ミルフィーユがレイプされたことに関しては割愛して、単純にタクト達によって妻と娘をさらわれたという事にした)
「ああ、連中なら何度か酒場の前から見たことがある。あの宿は酒場の目の前にあるからな。その男、たしか宿のオーナーらしいぜ」
桃矢の話によると、タクト達は時折この街を訪れてはあの宿に泊まり、夜中になると何所かに出かけて行くのだという。
昼間、ココモの口から聞き出した以上のことは桃矢も知らないらしいが、宿のオーナーがタクトだというのは重要な情報だ。
だとすると、ココモが言っていた話、『宿のオーナーが宗教関係者』、『宗教関係者が教会や遺跡に集まって祈りを捧げている』、この二つのことを考えるとタクト達が教会か遺跡に潜んでいる可能性は十分高い。
それと気になったのが、タクトが『ブサイクな人形を持った紅い瞳の少女』を連れていたのを、桃矢も目撃していたということだ。
ココモから聞いたときには気が付かなかったが、俺はその少女と思しき人物に思い当たる節がある。
279妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/09/26(月) 19:10:52 ID:7lhPHKdc0
『ヴァニラ・H』

紅く冷たい瞳、感情に乏しい表情、神に対して忠実な、まるで地獄の番犬を彷彿させる少女。
そういえば、病院で彼女の姿を見かけなくなる時期が度々あった。
保護室にでも隔離されているのだろうと思っていたが、もし本当に桃矢が見た少女がヴァニラであったとしたら、タクトによってこの街に連れて来られていたということになる。
それは、ミルフィーユと蘭花以外にもタクトと繋がりのある者があの病院に居たという事実だ。
ミントちゃんをさらったのも、ひょっとしたら何か意味があることなのかもしれない。
こんな時にフォルテさんが居てくれたら力強いのだが・・・
俺は短くなった煙草を駅の吸殻入れに放り込むと、バールのようなものを握り直した。
「取りあえず教会に行ってみるか」
その様子を見ていた桃矢は少し面食らったような表情をする。
「おい、まさかお前教会に乗り込もうってのか?この街の連中を敵に回すことになるぞ」
そんなことは百も承知だ。だが、俺はもう逃げ出さないと決めたんだ。
たとえ世界を敵に回しても、ミルフィーユとミントちゃんを助け出す。
俺が覚悟を決めたのを察したのか、桃矢は呆れたような口調で言った。
「やれやれ。本気らしいな。根性入っているのか、それとも唯の馬鹿なのか。いいぜ、俺も付き合おう」
桃矢は立ち上がり吸殻を投げ捨てると、俺の背中を軽く叩いた。
「いいのか?下手をすると死ぬことになるかもしれないぞ」
そう問い掛けると、桃矢はニヤリと笑みを浮かべる。
「お前、最初から俺を付き合わせる気だったんだろ。あの時、俺にもお前のような度胸があれば、妹をあいつから奪えたかもしれないのにな。まあいい。お前一人じゃ頼りなさげだ。行くぞ」
そして、俺と桃矢は教会に向かって夜の街を歩き始めた。
向かう先に地獄が待ち受けていることを、この時の俺達は知るはずもなかった。
280妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/10/15(土) 23:25:24 ID:zqk+8Km90
アルコール依存症でやばいですよ。
281炉板通信 ◆mwhG4Chris :2005/10/16(日) 01:11:06 ID:aDnQ5g1c0
やっぱりお酒は断てませんか
282妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/10/25(火) 22:13:23 ID:N/Yn5s1k0
【友枝研究施設へようこそ】
友枝研究施設に雪城ほのかが就任してきたときはそれなりに評判になったらしい。
僅か十代でMITにて論理物理学を専攻し首席で卒業、発表された論文は高い評価を受け既に博士号を取得している天才少女といえば評判にならない方がおかしい。
いや、正確には天才美少女というのが正しいだろう。
元々女性研究員の少ない分野であったこともあり、施設の男性研究員の間では彼女の話題で持ちきりになった。
もっとも実際にモーションをかけた者もいたが、のらりくらりと言い逃れ、相手を翻弄させる彼女に誰も手出しが出来なかったようである。
おかげで彼女は同性愛者ではないのかと噂までされた程であった。
特に後に出会う一人の女性研究員との関係についての噂は、耳を覆いたくなるものすらある。
さて、話を本題に戻すとしよう。友枝研究施設に関しては、雪城ほのかもある程度の噂は耳にしていた。
先の世界を震撼させた『火の七時間戦争』、僅か数時間で世界を制圧させた遺跡から発掘された古代兵器、それらがここの政府施設で研究されている。
三流ゴシップ誌やテレビ番組でも何度か報道されていたが、誰も本気にはしてはいなかった。
「政府はあえて古代兵器の研究情報を意図的に流し、大衆を騙している」
陰謀論を唱える者たちの決まり文句であるが、彼らの言い分など誰も耳を傾ける訳がない。
だが、一部の学者たちの間では施設に対する黒い噂もされていたのは事実だ。
高度な研究結果が施設から発表されると同時に、この施設に就職した優秀な学者や学生が、外部との連絡が取れない軟禁生活を数ヶ月から数年に渡り送らされていたからだ。
MIT経由で研究施設への誘いが来たとき、彼女は研究への情熱もあったが、噂に対する好奇心からも施設への就職を選んだ。
実際に古代兵器などというものが存在するなんてことは考えられない。
(でも、ひょっとしたら・・・)
ほんの僅かだが、彼女の心の中で『それ』に対する疑心があったのかもしれなかった。
283妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/10/25(火) 22:16:17 ID:N/Yn5s1k0
スーツケースと小さな旅行鞄を手に友枝町の駅に降り立った雪城ほのかは、研究施設からの迎えの車に乗り込むと大きく息をついた。
慣れない長旅に加え、友枝町までの交通手段が蒸気機関車などという信じがたい代物であり、その座り心地の悪い椅子に長時間座っていたことで酷く疲れていたからだ。
おまけに車載ラジオから流れてくるニュースも彼女を不快にさせた。
秋葉原にて、秋葉原の女王を自称する少女とその仲間がビルに篭城し、首都治安警察と衝突して多数の死傷者が出ているらしい。
終戦からの復興と繁栄、それに相反するかのように繰り広がられる内戦さながらの市街戦。
(戦争が終わったっていうのに、何をやっているのかしら・・・)
少し頭痛がしたため、旅行鞄から薬を取り出すと駅で買ったミネラルウォーターで流し込む。
何となく、新しい施設での仕事の出足を挫かれたような気分にさせられる。

夢とか希望とかを持っても、現実はそれほど甘くはさせてくれない。

窓の外に視線を移すと地元の小学生だろうか。夏物の制服を着た女の子が二人、仲が良さそうに手を繋いで歩いているのが目に映る。
一人は栗色のショートカット、もう一人は黒髪のロングヘア。不意に昔の友人、美墨なぎさのことを思い出した。
あんなに仲が良かったのに、中学の卒業式以来会っていない。
MIT在学中に起こった戦争で美墨との連絡が一切途絶え、未だに行方不明のままだからだ。
あの戦争で多くの人間が消失するという、不可解な現象が起こった。
原因は不明で、伝染病、某国の新型兵器、古代兵器の発動、宇宙人の襲来説などなど、頭を抱えたくなるようなものから信憑性のあるものまで、様々な憶測と推測が飛び交った。
先の古代兵器、通称ロストテクノロジー説を支持する者は意外にも多かったが、まともな学者からは相手にすらされていない。
(もしも、この施設に関する噂が本当だとしたら、なぎさが消えたことに関して何かが解るかもしれない)
下らない妄想だと頭では理解していても、心の奥底で僅かに希望を持ってしまう自分が情けなかった。

夢とか希望とかを持っても、現実はそれほど甘くはさせてくれない。

自分は論理物理学者だ。現実を論理的に捉えなくてはならない。
284妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/10/25(火) 22:17:08 ID:N/Yn5s1k0
研究施設に到着し、雪城ほのかは気を取り直すと運転手に礼を言い車から降りた。
施設内のセキュリティは非常に高く、正面ゲート前で警備員からIDチェックを受け、更に受付やセキュリティドアなどで何重ものチェックを受けやっと施設の正面フロアに辿り着いた。
雪城ほのかに渡されたセキュリティカードはレベル3のグリーンカードであった。
新人研究員がグリーンカードの最高レベルである3を渡されるのは、余程優秀な人材でなければありえない。
警備員からそう言われ、レベル3は床に引かれたグリーンのラインと繋がる施設であれば何処にでも入ることが出来るとも説明を受けた。
グリーンは最高レベル3まで、イエローは最高レベル5、そしてレッドが最高レベル7と同じ色のカードでもランク付けがされているらしい。
そして正面フロア受付の前で待つように指示を受けたので、受け取った施設マニュアルのページをパラパラと捲りながらぼんやりと読み出した。
放射性物質に汚染された廃棄物の取り扱い、施設内は完全禁煙(喫煙者は採用が不可)、バイオハザード発生時の対応、週に一度は尿検査と血液検査を行うこと・・・
十分ほど経過し、目の前に立つ人影に気付き顔を上げると、そこには人の良さそうな初老の男性が立っていた。
「私の名前はウォルコット・ヒューイ。当施設の副責任者を務めています」
いきなり施設のナンバー2に声を掛けられて戸惑ったが、慌てて立ち上がると冷静に自己紹介と挨拶をする。
ウォルコットによると、この友枝研究施設にはもう一人副責任者(女性らしい)がいるのだが、都合により来られず代わりにウォルコットが来たという。
また、通常は主任クラスの新人教育係が来る決まりになっているのだが、施設の最高責任者がどうしても雪城ほのかに会っておきたい言ったため案内に来たそうなのだ。
285妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/10/25(火) 22:18:03 ID:N/Yn5s1k0
説明を受けながらエレベーターに乗り、施設の最上階へと向かう。
レッドカード、しかもレベル7以外の者は通常は入ることが出来ないエリアだが、ウォルコットが警備員に挨拶をすると当たり前のようにセキュリティロックを開けた。
当然だが、他のレベル7の者ではカードを持たない他の職員を通す権限など無いであろう。
最上階に着き、豪華な扉を通されると、高級そうな机の向こう側で椅子に座り背を向けている男の姿が見えた。
「本日付けで友枝研究施設の職員となった、雪城ほのか研究員をお連れしました」
ウォルコットはそう言うと、一礼をして部屋から出て行く。
どうしたものか戸惑うも、雪城ほのかは社交辞令的に挨拶と自己紹介を行った。
するとパラパラと履歴書らしきものを捲り、ゆっくりと椅子を回転させながら男が振り返る。
「雪城ほのか、論理物理学を専攻し十代でMITを卒業・・・なかなか優秀そうだね」
男の姿を見た雪城ほのかは絶句した。
自分よりも年上ではあるが政府管轄の、それも機密性の高い情報を扱う研究施設のトップがこんなにも若い人物だとは予測しておらず驚きを隠せなかった。


「ようこそ友枝研究施設へ。俺がここの最高責任者、タクト・マイヤーズだ」
286妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/11/02(水) 01:13:18 ID:cD5szosO0
雪城が友枝研究施設の研究員となってから数ヶ月が経過した。
一ヶ月の研修を終え配属となった部署での仕事はそれなりに充実したものであった。
彼女の上司兼教育係となったのは『烏丸ちとせ』、レベル4の主任である。
教育係を兼ねているのは女性研究員の数が少ないかららしい。
(一応、施設側も気を使っているのだろう)
烏丸は友枝精神病院の女医と、施設内でのカウンセラーを兼務しているらしく、外部への出入りが比較的自由に行えるという、この研究施設では珍しいタイプの研究員である。
実際、雪城はこの研究施設に来てから一度も外に出たことはなかったが、施設の設備が充実しており研究に没頭出来たため然程苦にはならなかった。
また衣食住は施設側で負担しており、個人的な物は売店を通じて購入する決まりとなっている。
但しアルコールや煙草などの嗜好品は販売しておらず、持ち込みも全面的に禁止されていたが、未成年者の雪城にとってはどうでも良いことであった。
全研究員にはビジネスホテル程度の個室が与えられていたが、時々何か監視されているいるような気分になりそれだけが気がかりになる。
閉鎖された空間に長くいるため神経が過敏になっているのだろうと、雪城は自分に言い聞かせ研究にだけ集中することにした。
上司である烏丸主任は鋭い洞察力と分析力があり、科学者としての能力は非常に高い人物であったため一緒に研究をしていて楽しかったが、多少わがままで子供っぽいところがあり、それに振り回されることが度々あった。
(「あんな性格で精神科医を本当にこなせるのかしら?」)
些細なことで口論になり、烏丸が膨れっ面をしたまま研究室を出て行った時に雪城は思った。
一度病院での仕事について聞いてみようと考えていたが、その機会は以外な形で訪れる。
287妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/11/02(水) 01:14:54 ID:cD5szosO0
「主任、わたしもご一緒してよろしいのですか?」
烏丸から問診のため病院に向かうので一緒に来るよう誘われた雪城は目を丸くした。
「ええ、たまには外の空気にふれて気分転換した方がいいわよ。あなた最近顔色が悪いし、許可なら私が取ってあるから大丈夫ですわよ」
何か自分がカウセリングを受けているような感じがして嫌だったが、精神病院の中というのは一度も見たことがなく興味が湧いたので、雪城は烏丸の誘いを受けることにした。
研究施設から出るときもセキュリティチェックは厳しく、外部に情報を持ち出されないようハンドバックの中身は当然のこと、女性の警備員にボディチェックを受けてから施設から支給される外出用の携帯電話を受け取りやっと外に出ることが出来た。
施設正面ゲートの前にあるロータリーに停まっていた送迎用の黒塗りの高級車に烏丸と共に乗り込むと、運転手は何も言わず車を発車させる。
運転手同様、烏丸も黙したままであり、何となく気まずい雰囲気になったため雪城は支給された携帯電話に目を向けた。
携帯電話は通話のみで、カメラやメールといった機能は付いていないシンプルなものである。
メモリーを確認すると研究施設の関係者専用の受付番号のみが記録されている。
恐らく外部との連絡のやりとりは全て記録されると考えてもよいだろう。
車に揺られながら窓から見える風景の流れを見ていると、見覚えのある地元の小学生の姿に気が付いた。
初めてこの町に来たときにも見かけた黒髪の女の子だ。
前に一緒にいた栗色の髪をした女の子の姿は見えない。
小走りに駆けてはしきりに携帯の番号を押しているようだが、相手が出ないらしく焦っている様子がする。
気にはなったが車は女の子を追い越し、その姿が遠く小さくなり見えなくなったのでそれきり考えるは止めることにした。
288妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/11/02(水) 01:18:20 ID:cD5szosO0
それから暫くして高い塀に囲まれた病院に到着した。
目に染みるような真っ白い壁をした病棟は比較的最近建てられたものだと判る。
車を降りると職員通用口から病院の中に入ったが、通常の病院と同じような雰囲気で、イメージしていたものとは大きく違っていた。
「精神病院だからといって緊張することはありません」
精神病院に対する偏見を持っていたことを見透かされた気がして、雪城は少しだけ自分を恥じた。
「でも、ここは開放病棟だからいいけど・・・閉鎖病棟の方は酷いものよ」
すれ違う看護婦や患者らしき人と挨拶を交わしながら長い廊下を通り抜けると、目の前に頑丈そうな、まるで防火シャッターのような扉が現れる。
扉の横には受付があり、烏丸が二言三言何かを話すと、鍵を手にした看護士がカウンターの外に出て扉を開けた。
「ここからは閉鎖病棟です。私が担当している患者さんはここにいます。変に緊張しないで普通にしていれば何の問題もありません」
閉鎖病棟に入ると明らかに空気や雰囲気が違った。
開放病棟よりも古い建物であることもあったが、何か重苦しいようなそんな気がする。
正直、少し緊張した雪城は出来るだけ患者と目を合わさないよう、廊下の先だけを見つめて歩くことにした。
その様子を見た烏丸がクスリと笑ったため、雪城は不愉快になったが表情を変えず後に続いて歩き続ける。
廊下をいくつか曲がったところで烏丸は個室と思われる病室の前で立ち止まり言った。
「ここが、今度から私が担当する新しい患者さんの病室です」
289妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/11/02(水) 01:20:07 ID:cD5szosO0
病室の入り口に張られたプレートを見ると、入院している患者の名前が書かれている。
『ミルフィーユ・桜葉』
日系なのか変わった名前だと思ったが、黙って烏丸に続き病室の中に足を踏み入れた。
病室のベッドの上では黄色いパジャマを着たピンク色の髪をした女性が、うずくまるようにして横になっている。
その女性は童顔で美人というよりかわいいといった感じがしたが、明らかに普通の人と違った違和感があった。
見開いた目からは生気が感じられず、小さな声でブツブツと何かを呟いている。
「この方は先週緊急入院して来たのですが、かわいそうに。ご主人が他の女性と浮気をしていたショックで取り乱してしまい・・・それで・・・自分のお子さんを・・・。
 奥さんが大変なことになっているのに、ご主人は警察に通報したあと行方をくらませてしまったそうです。酷い人です」
烏丸から聞かされた話に、雪城は何か答えようとしたが、こんなときに言うべき言葉が見つからなかったため黙って患者の方に向き直した。

「ぷちこちゃん・・・ぷちこちゃん・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
酷く悲しそうに呟く声は雪城の耳にこびり付き離れることはなかった。
290妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/11/08(火) 22:32:10 ID:voCa/fz30
「おいおい、装甲車が吹き飛んだぞ」
やや遅い昼食を取るためカフェルームに入った雪城は、設置されている液晶テレビの前に数名の研究員たちが集まっているのを目にした。
研究員たちが食い入るように見ているテレビの中では、警視庁の前で繰り広げられる激しい銃撃戦の様子が映し出されていた。
最初は武装したデモ隊や過激派の鎮圧かと思ったが、撃ち合っているのは首都治安警察と陸上自衛隊の対プロテクトギア空挺部隊である。
「何かあったのですか?」
近場にいた研究員に話し掛けると視線を雪城の方に向けたが、すぐに画面に目を戻すとやや興奮気味に答えた。
「首都警の特機隊が武装解除命令に背いて武装決起を起こしたらしい。
連中、警視庁と首都警養成学校に篭城していたらしいけど、とうとう自衛隊が治安出動して・・・あー、燃えてる燃えてる」
威圧的なマットブラックの強化服を着用した首都警と、同じく強化服を身に着けた陸自の銃撃戦が映し出されるテレビを横目に、雪城はカフェルームの隅にあるテーブルまで行くと椅子に腰掛けた。
正直、武力衝突の様子など見るのも聞くのも嫌だったため、テレビを消してほしいと思ったが、そんなことは聞き入れてもらえる訳がないと判断したのだ。
耳障りな銃撃音や金切り声で叫ぶレポーターの声を無視して、昼食のチーズサンドをかじりながら実験結果の報告書に目を通す。
当初の予測よりも良いデータが取れたため、まずまずの成果だろうと報告書を捲っていると、昼食のトレーを手にした烏丸が雪城と同じテーブルの正面に腰掛けた。
「なんか凄いことになってますわね」
テレビの方を見ながら烏丸が言う。
その話題には触れて欲しくなかったため、雪城は適当に相槌を打ちながらも報告書からは絶対に目を離さなかった。
291妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/11/08(火) 22:33:39 ID:voCa/fz30
雪城の態度に烏丸も気に触ったらしく、少々むっとした様子で会話を続ける。
「お食事をしながら報告書を読むなんてお行儀が悪いですよ。しかもパンをくわえたまま報告書をパラパラ捲るなんて。遅刻しそうな女学生じゃあるまいし、いい加減学生気分でいるのも・・・」
「烏丸主任は和食派なんですか?」
一言二言言い返すことも出来たが、どうせまた膨れて出て行ってしまうのがオチだろう。
ここは話題を切り替えてしまうべきだと判断し、烏丸のトレーに載せられていた昼食、御飯や鮭の切り身や味噌汁といった純和食のものに話を振った。
「ええ、そうです。やっぱり日本人はお米ですわ。ここの食事はおかずも単品で注文できますし、種類も豊富なので助かります」
案の定、先程のことはすっかり忘れた様子で延々と和食の良さについて語りだした。
銃撃戦の話題や嫌味を言われるよりは全然ましだったので、雪城も話を合わせながら食事を続ける。
食事を終え、雪城はコーヒーを、烏丸は緑茶を飲みながら無言の時を進めていると、思い出したかのように烏丸が声を上げた。
292妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/11/08(火) 22:34:46 ID:voCa/fz30
「そういえば、あなた来週からイエローのIDを受け取ることになったわ。こんなに早くレベル4に昇格するなんて凄いとしか言いようがないですわね」
突然のことに雪城は目を丸くしたまま唖然としていたが、そんなことはお構いなしに烏丸は話を続けた。
「おそらく私と同じ発掘物のサンプル実験を行うと思うから、IDカードを受け取ったら網膜認証システムの登録も済ましておきなさい。登録しておかないと実験室には出入り出来ないわ」
どう反応してよいのか迷ったが、取り敢えず礼を言うと一つ気になったことを聞くことにする。
「あの、発掘物のサンプルとはなんですか?」
重要機密だったのか、烏丸は締まったという表情を浮かべ周りに視線を配ったが、皆一様にテレビに釘付けになっており、誰もこちらの会話には気が付いていない。
溜め息を付き、烏丸は雪城に顔を近づけると声を潜めて言った。
「本当はイエローセクター以外では口にすることも許されていないのですけど、まあ大丈夫そうだから言うわ。
ここでは発掘された遺跡の研究が行われているの。あなたも噂で耳にしたことぐらいはあるでしょう。通称、ロストテクノロジーよ」
烏丸の口から出た言葉を聞き、雪城は驚きを隠せなかった。
それと同時にある一つの目論見が脳裏に浮かんだ。
もし、本当にロストテクノロジーという物が存在し、あの噂のように七時間戦争で使用された兵器だとしたら、『美墨なぎさ』、彼女が一体どうなったのか解明出来るかもしれないと。
293CC名無したん:2005/11/09(水) 10:31:07 ID:LlnVnL1t0
再開してた!
こっそり応援してます
294妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/11/09(水) 18:46:23 ID:pF21ACWv0
ロストテクノロジーの研究に就いてからというもの、雪城ほのかは頭を悩ませていた。
今まで積み重ねてきた論理や常識といったものが一切通用しなかったからだ。
常識を否定されるような、言い換えれば余りにもふざけた代物ばかりで、途中何度も投げ出したくなったが、烏丸の手前それだけは耐えることにしていた。
被ると頭が剥げるマスクを見せられたときなど、開いた口が塞がらず暫くの間その場に立ち尽くしてしまった。
(何も知らずそれを被らされた男性研究員はもっと唖然としていたが)
そのくせそのロストテクノロジーはどんな構造なのかも、構成している素材すらもまったく不明ときている。
もっともそれ以上に作られた目的に興味が湧いたが、考えるのが馬鹿らしくなったので止めることにした。

一ヶ月ほど過ぎたある日のこと、雪城は烏丸に呼ばれ地下三階にある別の研究室へと向かった。
警備は今まで以上に厳戒で只ならぬ様子であり、驚いたことに警備員に案内されて着いたのは地下鉄道のプラットフォームだった。
鉄道に乗り込み二分ほど揺られていたが、その間、窓から見える風景は更に驚くものであった。
ライトアップされた地下工場のようにも見える場所には、まるでSF映画にでも出てくるような形をした戦闘機らしきものが存在していたからだ。
この町の地下にこれ程までの施設が存在していたとは、まったくの予想外だった。
295妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/11/09(水) 18:47:37 ID:pF21ACWv0
終着点に着いたらしく停車した鉄道から降りると、また別の警備員に案内されてやっと目的の研究室へと辿り着いた。
網膜認証を行い開いたドアを潜り抜けると、計器類の前に腰掛けた烏丸の後姿が見える。
声を掛けたが週刊誌を熱心に読んでいるらしく、雪城の存在にはまったく気がつく様子はない。
背後から読んでいる雑誌を覗き込むと、
『友枝町の小学生女子児童が行方不明になって一ヶ月以上経過。
木之本考古学教授、行方の分からなくなった娘の安否を悲痛に語る。
警察は事故の犯罪の両方で捜査』
と大文字で書かれた文字が目に入った。
そういえば先月ぐらいにニュースでそんなことを聞いた記憶があるが、まさか行方不明になっていたのが考古学の権威である木之本教授の娘だとは知らなかった。
もう一度声を掛けると烏丸は酷く驚いた様子で振り向いたが、すぐに普段通りの表情に戻ると研究施設とロストテクノロジーに関する説明を始めた。
研究室の窓から見える格納庫に保管されている戦闘機のようなものは、『紋章機』と呼ばれるロストテクノロジーで、ここにある一機の他にまだ数機が別の施設に存在していること。
そして友枝研究施設で最重要機密であるロストテクノロジーがここに保管されていることを・・・
烏丸に連れられ、更に奥の場所にある研究室に足を踏み入れる。
中ではレベル7のレッドIDの研究員とイエローIDの研究員数名が、ガラスケースを覗き込みながら記録を取っていた。

「今まであなたに見せたロストテクノロジーは大したものではありません。
あの紋章機ですら、これに比べたら玩具のようなもの。
これこそが私たちがその能力を解明しようとしている真のロストテクノロジーです」

そこには強化ガラスで厳重に覆われ、ケースに収められた一枚のカードが存在していた。
296乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2005/11/09(水) 18:50:50 ID:pF21ACWv0
【友枝飯店之人肉饅頭事件】

「本庁から出向してきた、乾狂太郎です」
本庁から友枝警察署への応援という形で出向してきた俺は、署長や他の刑事に一通りの挨拶を済ませると事件に関する資料を受け取った。
正直なところ、友枝町で女子児童が行方不明になった事件など本来の任務からすればどうでも良いことであった。
国家公安委員会に所属していた俺は身分を隠し、警視庁に対する内偵を目的とする潜入捜査を行っていたのだが、
突然の地方自治体警察への出向命令を受け少なからずショックを受けていた。
最初は本庁に身分がばれたのかと焦ったが、どうやらそのようなことはなく、単純に本庁の刑事を送り込んで捜査協力を行ったという、
面子を保とうとする形式ばっただけのことだったらしい。
同時に俺は本庁内偵の任を解かれ、新たな別の任務を命じられた。
『ケルベルス騒乱』、数ヶ月前に起こった首都を、いや国中を震撼させた事件。
あの事件に関わり逃亡しているとされる元首都警特機隊員の行方を追うこと。
それが俺に下された新たな任務であった。

そして俺が追うべき男が友枝町に現れるかもしれないという理由は、そいつの妻とされる女がこの町の精神病院に強制入院させられていたからである。
その女は男が行方をくらます暫く前に自分の子供を殺害し逮捕されたが、重度の精神異常をきたしており入院措置とされたのだという。
女が子供を殺害したことを通報した男はその直後に姿を消したが、その後に起こったケルベロス騒乱に加担していたとの情報もあり捜査対象となっていたのだ。
まあ、そいつが姿を現したら児童行方不明事件の重要参考人として身柄を確保、後に公安に引き渡せばよいだろう。
俺は友枝町の街に向かって歩き出した。
297妄想 ◆GqVfLUITBY :2005/11/09(水) 18:51:36 ID:pF21ACWv0
>>293
( ̄ー ̄)ニヤリ
298乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2005/11/23(水) 18:28:08 ID:bwI96xvu0
ペンギン大王公園にて

巨大なペンギン型滑り台の正面にあるベンチに腰掛け、俺は携帯電話の情報端末システムに転送した捜査状況の報告書に目を通した。
行方不明となった少女の名は『木之本桜』。
友枝小学校の生徒で理数関係が不得意なことを除きごく平均的な成績。
クラブ活動はチアリーディング部に所属しており、性格は明るく元気がある。
家族構成は考古学者の父親『木之本藤隆』、高校生の兄『木之本桃矢』との三人暮らしで、母親は数年前に死去。
交友関係は同級生の女の子では『大道寺知世』、『佐々木利佳』、『柳沢奈緒子』、『三原千春』、『李苺鈴』、男の子は『李小狼』、『山崎貴史』と仲が良いらしい。
特記事項として同級生の李小狼と交際中・・・最近のガキはませてやがるな。
木之本桜の素行に関しては一見真面目そうに振舞っていたらしいが、深夜に奇妙な服装をして、武具のような物を手に大道寺知世、李苺鈴、李小狼と共に出歩いているところを目撃されている。
目撃者の証言によれば翼のある服を着ていたそうだがゴスロリってやつだろうか。よく判らんが。
手にしていたのは先の尖ったハンマーのような物や、青龍刀のようなもの・・・
特に喧嘩とか親父狩りの届けは出ていないようだが再調査する必要があるな。
ほう、この大道寺知世って娘は大道寺コーポレーションの一人娘なのか。
不眠症で友枝精神病院に通院している。
ミルフィーユ・桜葉に関して友枝精神病院に調査に入りたかったから好都合だ。
丁度、担当医も『烏丸ちとせ』という女医で同じのようだからな。
そして、木之本桜が行方不明になったのは下校途中で、その日に限り一人で帰宅していた。学校を出てからの目撃証言は無しか。
他にもいくつか気になる点があり、一通り報告書を読み終えた俺は顔を上げた。
299乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2005/11/23(水) 18:29:02 ID:bwI96xvu0
滑り台の向こう側から、友枝小学校指定の制服を着た数名の女の子が歩いてくる。時間どおりだ。
俺は立ち上がると、その女の子たちの顔と名前を報告書の写真と一致させた。
木之本桜の同級生で仲の良かった生徒達、大道寺知世、佐々木利佳、柳沢奈緒子、三原千春の四人だ。
報告書どおり下校時にはこの公園を通ることが多いらしい。
俺が見ていることに気が付いたらしく、女の子たちは足を止めると警戒した様子でこちらを見ている。
まあ当然だろうと思いつつ、俺は女の子たちの側まで歩いて行くと警察手帳を見せて身分を明かした。
警察手帳を見せた途端、女の子たちは警戒していた表情を露骨に嫌な表情へと変化させる。
地元の警察からも何度も聞き取りが行われていたはずだ。
捜査はまったく進捗せず、同じ事を根掘り葉掘り聞かれれば警察に対する不信感も募るだろう。
案の定、女の子たちの内二名、佐々木利佳と三原千春は警察に対する不満を漏らし始めた。
300乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2005/11/23(水) 18:32:34 ID:bwI96xvu0
「何度も同じ事を聞かないで欲しい」、「さくらちゃんは何時になったら見つかるのか」、「あまりしつこいと学校や親に言う」、「知世ちゃんがかわいそう」・・・
予想通りの返答でこれ以上は何も聞き出すことは出来ないと思ったが、大道寺知世と柳沢奈緒子は他の二名と違い最初から最後まで何も答えることはなかった。
大道寺知世は辛そうな表情で俯いたまま黙しており、柳沢奈緒子に関しては不満を漏らす二人と俺を交互に見ながら困ったという素振りを見せている。
結局何も聞き出せないまま四人は去っていったが、気になることが少しあった。
それは大道寺知世が刑事である俺だけではなく、佐々木利佳と三原千春に対しても何かしらの恐れ抱いているということだ。
佐々木利佳と三原千春も一見すると大道寺知世を庇っているように思えるが、明らかに彼女に対する威圧的な態度が感じられる。
「さくらちゃんが居なくなって、知世ちゃんすごく悲しんでいるんだから!」
「もう行こう、知世ちゃん。警察の人に話すことなんてもう何もないよ」
二人が大道寺知世に声を掛けるときの違和感。上手く言い表せないが小ばかにしているような態度が見えること。
声を掛けられた大道寺知世が、余程の注意力を持っていなくては気付かない程、怯えたように身を震わせていたこと。
警察内部の内偵を生業としていた俺には解る。
仲が良いとされている女の子たちの間には微妙な力関係があり、親や教師も知らない秘密があるに違いない。
301乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2005/11/23(水) 18:34:15 ID:bwI96xvu0
女の子たちの背中を見送ると、俺はその足で友枝精神病院へと向かった。
大道寺知世の担当医、烏丸ちとせに会うためだ。
もっとも俺にとっては大道寺知世のことなどどうでもよかった。いや、女子児童行方不明事件そのものがだ。
本来の任務であるケルベロス騒乱のメンバーとされる男を捜し出すことを第一優先にしなくてはならない。
友枝精神病院は世界的に有名なマイヤーズ財閥の運営する病院の一つである。
マイヤーズ財閥といえばトランスバール皇国の排他的集団で、各国の政界にも影響を与える程の発言力と資本力があるため、公安からも危険な存在としてマークされている。
この町にある友枝研究施設にもその息が掛かっているらしく、政府施設であるにも拘わらず幹部の多くがマイヤーズ財閥の関係者だ。
あの悲惨な大戦がこの国に及ぼした痛手の一つだろう。
病院は建て直しがされたばかりらしく、病棟の壁は目に染みるような真っ白い色をしている。
正面の入口を潜り受付の前に立つと、俺は手帳を見せて烏丸ちとせに面会を求めた。
受付担当者は少々緊張したような表情をしながら、烏丸ちとせは外来の医師で今日は来ておらず、次に訪れるのは三日後だと答える。
ミルフィーユ・桜葉に関して聞こうとも考えたが、今はまだ下手に動くのはよくないと思い俺は礼を言うと病院を後にした。

病院の敷地から外に出ると既に日は傾きかけ、病棟の白い壁が赤く染まっている。
一旦署に戻ろうかと考えていると、俺の立っている場所から道路を挟んだ反対側の歩道に見覚えのある一人の少女の姿を見つけた。
夕日に影を伸ばすその少女は俺を待っていたのか、じっとこちらを見つめている。
木之本桜の友人、先ほど公園で会った柳沢奈緒子である。
302乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2005/11/26(土) 21:23:31 ID:JRYe8P4o0
「何か用かい」
俺は道路を渡り柳沢の側まで行くと声を掛けた。
もじもじとしながら柳沢は上目遣いで俺を見ていたが、やや間を置いてから呟くような声で答えた。
「あの、刑事さん。実はみんなで隠していることがあるんです」
「みんなって君の他には誰のことかな?」
予測は出来ていたが確認するため問い質すことにする。
「え、えーと、私と知世ちゃんと利佳ちゃんと千春ちゃん。あと小狼くんに山崎くん。それに苺鈴ちゃん」
やはりな。恐らく子供達だけで秘密にしてあることがあるのだろう。
「立ち話もなんだからあそこで聞かせてもらうよ」
俺は角に見える『友枝飯店』と書かれたオープンカフェのようなファーストフード店を指差した。
柳沢は頷くと俺の後に続いて歩き出す。
『友枝飯店』は中華料理風の軽食を扱っている店らしく、学校帰りの高校生数名が店内に居るのが見える。
俺達が店の外に置かれたテーブルにつくと、アルバイトらしい若い女の店員がメニューを手にやって来た。
コーヒーとジャスミンミルクティーを注文し、店員が去っていくと俺は先程の会話を再開させた。
(柳沢は酷く恐縮していたが、どうせ経費だから大丈夫だと説得してミルクティーを注文させた)
303乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2005/11/26(土) 21:24:25 ID:JRYe8P4o0
「それで秘密にしていることって何かな」
「みんな、さくらちゃんがいなくなったのは知世ちゃんの所為なんじゃないかって言ってます」
「知世、大道寺知世さんのことだね。どうして彼女の所為なんだい」
「実は・・・知世ちゃんはその・・・女の子なのに女の子が好きみたいで、さくらちゃんのことが好きみたいだったんです。
それで李くんとさくらちゃんがお付き合い始めてから、時々そのことでさくらちゃんと喧嘩することもあって、それである日学校の帰りに私に言ったんです。
さくらちゃんを殺して自分も死んじゃいたいって・・・」
「それは君に、柳沢さんだけに言ったのかい」
「えーと、はい。そうです。あの日、私は具合が悪くてチアリーディング部お休みしちゃって、コーラス部がお休みだった知世ちゃんと二人で帰ったんです。
知世ちゃん、よく眠っていないみたいで顔色が悪かったの覚えています」
「そのことを他の誰かに言った?」
「言ってません。でも、みんな知世ちゃんがさくらちゃんのこと好きだったこと知っているから・・・」
「なるほど。それでみんなは大道寺さんに何か言ったのかな」
「えーと、その・・・」
304乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2005/11/26(土) 21:25:41 ID:JRYe8P4o0
話すことに躊躇いがあるのか、柳沢はプラスチック製のカップを回しながら黙っていたが、やがて意を決したのか口を開く。
「知世ちゃんの家にさくらちゃんが居るんじゃないのって。
その、知世ちゃんの家はお金持ちだから地下室とかに閉じ込めているんじゃないとか。
そしたら知世ちゃん真っ青になって走って帰ちゃって・・・
あ、言ったのは私じゃなくて利佳と千春ちゃんで」
「君は大道寺さんを疑っていないと?」
「・・・」
話を遮り俺が質問をすると、柳沢は黙ってうな垂れてしまった。
子供相手に少々酷かもしれないが、心理的に追い込んだ方が情報を聞き出しやすくなる場合もある。
暫くの間沈黙が続いていたが、やがて柳沢は肩と声を震わせながら言った。
「私も・・・私も知世ちゃんが・・・怪しいと・・・お、思ってます」
俺はハンカチを取り出すと柳沢に差し出した。
「すまないね。でもよく言ってくれた。木之本さんを捜し出すためには正直に知っていること、思っていることを全て話して欲しいんだ」
受け取ったハンカチで涙を拭きながら柳沢は頷く。掴みは上々といったところだろう。
305乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2005/11/26(土) 21:28:09 ID:JRYe8P4o0
その後、柳沢は他にも俺の知らない情報を提供してくれた。
要点をまとめると以下のとおりである。
まず、木之本桜が行方不明になってから道寺知世を疑った皆はそのことでいじめを始めた。
特に李小狼は大道寺知世の髪を引っ張ったり背後から押して転ばせたりと、日に日にいじめをエスカレートさせているらしい。
また、大道寺知世が一人で帰ろうとしても、皆で強引に連れ出していじめを行っており、酷いときには公園のトイレに閉じ込めて上から水や落ち葉を放り込んだりする事もあったようである。
今日もそうする予定だったらしいが、俺が現れたため中止にしたとのことだ。
あの時、佐々木利佳と三原千春の態度に違和感を感じたのはこういった理由があったからであろう。
表面上は仲良しを装い、実はいじめの対象としている。陰湿な子供達だ。
また、佐々木利佳は寺田という教師と交際しており、三原千春は山崎貴史と交際している。
そして、木之本桜が行方不明になって一番喜んでいるのは、李小狼の元彼女である李苺鈴だという。
その為か、李苺鈴は大道寺知世のいじめには荷担していないそうだ。
それから柳沢自身はいじめの現場に何時も居合わせているが、自分は何もしていないことをやたらと強調していた。
まあ、普通に考えれば彼女も同罪なのだがそのことは言わないでおこう。
木之本桜が夜中に出歩いていたことに関しては噂で聞いた程度で、実際のことは判らないらしい。
これらのことは親や教師も知らないことなので、当然だが今まで来た刑事達にも話していないとのことだ。
306乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2005/11/26(土) 21:28:36 ID:JRYe8P4o0
一通りの話を聞き終えた俺は柳沢に礼を述べた。
「ありがとう。参考になったよ。それにしてもどうして俺に話してくれる気になったんだい」
「よくわかりません。でも何となく、他の刑事さんと何かが違うような気がしたから。あ、あの私が話したことは・・・」
「大丈夫だ。誰にも言わないよ」
俺が他の刑事と違う・・・その通りだ。どうやらこの小娘は勘が良いらしいな。
めぼしい情報は殆ど無かったが、烏丸ちとせに近づくためには大道寺知世と親しくなっておいた方が良いだろう。
その為には柳沢奈緒子にも利用価値があるということか。
利用できるものは全て利用する。そして、あのケルベロスの犬を俺の手で必ず捕らえてやる。
そう、それが俺に下された命令なのだから。
307CC名無したん:2005/12/12(月) 02:01:55 ID:oUEVvnyx0
やっぱりクリアランスはレッドから始まってウルトラバイオレットに終わってもらわないと。
と思ってみたり。とか。
308CC名無したん:2005/12/12(月) 21:21:04 ID:nbxG2EMiO
続きキボン
309妄想 ◆GqVfLUITBY :2006/01/14(土) 18:13:51 ID:4ttCjteS0
保守させてください。
310CC名無したん:2006/02/07(火) 16:15:14 ID:9oN0CVP+O
保守
311CC名無したん:2006/02/11(土) 21:51:52 ID:R0ZQ12YT0
創元ライブラリの「虚無への供物」に入ってる中井英夫の日記(一部)が、なんだか微妙に村田さんを連想させた。

保守とか革新とか知らん。
312CC名無したん:2006/02/21(火) 12:49:51 ID:HmzFYPoJ0
捕囚
313CC名無したん:2006/03/05(日) 19:54:28 ID:6BwXqV5z0
 
314妄想 ◆GqVfLUITBY :2006/03/17(金) 11:07:10 ID:czizJ1EQO
(;´Д`)この話を書きだしてから2度目の入院中。
315乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2006/03/30(木) 23:29:08 ID:Rnmb3kOQ0
ピピピピ、ピピピピ・・・
ベッド上部に設置されたデジタル時計から、けたたましくアラーム音が鳴り響く。
腕を伸ばし手探りでアラームのスイッチを切ると、俺はゆっくりと身体を起こした。
時刻は午前六時半、カーテン越しに差し込む明かりが随分と薄暗く感じられる。
今日は曇りだろうか。
そんなことをボンヤリと考えつつ、やや狭さを感じる室内を見回しながらカーテンを開けると、外の風景に目を移した。
シトシトと降る細かい雨が友枝の町を濡らしている。
短期滞在用に借りたホテルの室内は暖房が効いているため快適だが、この様子では外は肌寒いかもしれない。
簡易的な小さな机の前に腰掛け煙草に火を付けるとテレビのスイッチを入れる。
昨日のスポーツニュースなどが流れていたが特に興味は沸かず、俺はテレビのスイッチを切るとシャワールームへと向かった。
洗面台横の灰皿で煙草を揉み消しシャワーの蛇口をひねると、これからの行動を頭の中で整理し始めた。
今日は友枝精神病院に烏丸ちとせが訪れる日だ。
先日、柳沢奈緒子から聞きだした情報から大道寺知世に疑いがあることを匂わせて、担当医である烏丸ちとせに近づく。
そして烏丸ちとせ、正確には彼女のもう一人の患者、ミルフィーユ・桜葉をマークしていれば必ずあの男は現れるはずだ。
出来るなら烏丸ちとせと会うその前に、もう一度柳沢奈緒子に会い大道寺知世に関する情報は他にもっとないか
聞いておいた方が良いだろう。
下校時間を見計らって友枝公園で網を張ることにするか。
316乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2006/03/30(木) 23:30:44 ID:Rnmb3kOQ0
シャワーを終え部屋を出ると、俺はホテルの地下駐車場に停めてある愛車に乗り込み署に向けて走り出した。
途中、友枝研究施設の前を通りかかると黒塗りの高級車がゲートをくぐり外へ出て行くのが目に映る。
窓にはスモークが掛けられていたため中を見ることは出来なかったが、多分幹部クラスの職員でも送迎しているのだろう。

ガンッ!!

後に続くようにして車を走らせていると、突然大きな音を立てて高級車が横転した。
「事故かよ」
突然の出来事に急ブレーキを掛けて停車する。
脇道から飛び出してきた乗用車が真横から突っ込んだらしい。
乗用車が急ブレーキを掛けた音は聞こえなかったから、減速することなく追突したのだろう。
横転もする訳だ。
それにしても、友枝町では滅多に車を見かけなかったため、このような事故が起きたことに少なからず驚いた。
通勤通学時間にも拘わらず人通りが全く無いので、今この場に居合わせたのは俺だけのようだ。
友枝研究施設の周辺には住宅が少ないからであろうか。
俺は車から降りると乗用車を覗き込んだ。
運転席に座っていたのは二十代後半ぐらいの男だったが、押し潰された車体と運転席に挟まれている。
これはどう見ても即死だ。
一方、高級車は一回転して歩道の方まで飛ばされていた。
頑丈なことで有名な高級車であったが、追突と横転で車体のあちこちがへこんでいる。
俺は携帯で救急に通報しながら高級車の割れた窓から運転席側を見た。
運転手の首は奇妙な方向に曲がり力なく垂れている。
横転したときに窓にでも叩き付けられたのだろう。
こいつも即死か。
317乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2006/03/30(木) 23:34:13 ID:Rnmb3kOQ0
後部座席にも人が乗っていたとしても無事は期待はしないほうがよさそうだ。
歪みへこんだドアをこじ開け車内を覗き込むと、座席の奥に髪の長い女がうな垂れた状態で座っていた。
特に目立った外傷は見られない。
「おい」
肩を揺すると女はぐったりとした様子で呻き声を上げる。
「う・・・うぅ」
どうやら生きていたらしい。運の良い女だ。
中心寄りの場所に座っていたことと、後部座席でもシートベルトをしていたおかげで助かったのかもしれない。
頭を押さえゆっくりと女は顔を上げると俺の方を見た。
「!」
その女の顔を見た俺は驚きの余り声を上げそうになったが、ぎりぎりで押さえ込んだ。
(「この女は・・・烏丸・・・ちとせ」)
ついている。
行方不明になっている木之本桜の一件で大道寺知世を利用するだけでなく、俺が今の事故を目撃した刑事という立場を利用すれば、
更にこの女に近づくことが出来る。
「しっかりしろ、今救急を呼んだ。頭は動かさない方がいいかもしれない」
つい先程、肩を乱暴に揺さぶったことなど無かったかのように、俺は目の前に居る女に対して心配する素振りを見せた。
実際に心配していたのは確かだが、それは烏丸ちとせには重要な利用価値があったからだ。
318乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2006/03/30(木) 23:34:59 ID:Rnmb3kOQ0
そうこうしているとサイレンも鳴らさずに救急車がやって来た。
サイレンを鳴らしていないこともあったが、ここまで来るのにはやけに速すぎる。
消防署からここまで全速で飛ばしたとしても、あと五分ぐらいは掛かってもよさそうな筈だ。
まるで近くで待機でもしていたような、そんな気にさせられる。
俺は高級車から離れると救急車に近づいたが、車体に描かれたマークを見て目を疑った。
(「マイヤーズ財閥の救急車両だと?」)
なるほど、友枝研究施設内で事故が発生したときに、病院まで出動する救急車両のお出ましという訳か。
消防署からここまで来るよりも、近くにある施設からの救急車両で直接病院に向かった方が速いからな。
この烏丸ちとせという女は、友枝研究施設では重要な研究者ということなのか。
この町の行政を影で仕切っているのはマイヤーズ財閥だという噂も、まんざら嘘ではなさそうだ。
救急車両が烏丸ちとせを乗せ走り去ると、やっと警察のパトカーがやって来た。
「雨で現場が洗い流される前には来たみたいだな」
駆け付けた警官に嫌みを言ったつもりであったが、そんなことには気が付かない様子で、事故を目撃したのが俺だと知って驚いている。
現場検証が一通り終わるまで署には行かれそうにないな。
まあ、いい。
柳沢奈緒子の授業が終わる時間まで時間たっぷりある。
現場検証に付き合うとするか。

だが偶然に思われたこの事故も、全てある人物によって仕組まれていたことを、この時の俺は知らなかった。
そう、俺は奴の手の平の上で踊らされているにすぎないことを・・・
319妄想 ◆GqVfLUITBY :2006/04/03(月) 00:14:57 ID:i3S/o/B50
「ここは・・・」
烏丸ちとせが目を覚まし、自分が寝かされている場所が病院であることを理解するのには然程時間は掛からなかった。
白く無機質な壁、鼻腔をくすぐる消毒液の匂い、清潔感のある無地の布団。
頭を少し起こすと、右腕に点滴の針が刺されているのが見える。
何故自分は病院で寝かされているのであろう。
今日は友枝精神病院に診察に向かう予定で、雪城に実験を任せる挨拶をして、そして・・・
記憶の糸を辿ろうとするがうまく思い出すことが出来ない。
「よお、目が覚めたみたいだな」
突然、聞きなれた声に話しかけられ烏丸は驚いたが、そんな様子は微塵も見せず声の方向に目を向けた。
そこには友枝研究施設の最高責任者タクト・マイヤーズの姿がある。
トップ自らがこんな場所に居るなんて、研究施設で何かあったのだろうか。
まさか施設で事故が発生して、それで自分は病院に運び込まれたのでは。
そんなことを想像して青くなったが、タクト・マイヤーズの落ち着いた様子からそうではなさそうだ。
もしかしたら自分のことを心配して来てくれたのではないのか。
そう考えると烏丸は少し嬉しくなった。
それにしても自分がここで寝かされている理由だけは判らない。
「災難だったな。まさか交通事故なんかに巻き込まれるとはな」
交通事故?そうだ。病院へ向かう途中、何か大きな衝撃が起きて意識を失ったのだ。
そういえば、車の中で一度目を覚ました時に声を掛けてきた男がいたことを思い出した。
そしてその後、再び意識を失ってしまった。
320妄想 ◆GqVfLUITBY :2006/04/03(月) 00:16:47 ID:i3S/o/B50
「これを見ろ」
タクト・マイヤーズは烏丸の目の前に一枚の紙を差し出した。
腕を伸ばしその紙に目を通す。
そこには今思い出したばかりの、あの男の写真と履歴が書かれている。
乾狂太郎、公安調査局の一級刑事。
表向きはあの行方不明になった小学生の捜索で本庁から応援に来ているが、
真の目的はミルフィーユ・桜葉の夫、あの狂犬を狩ること。
なんてことだろうか。そんな人物が事故現場に居たなんて・・・
偶然とは思えない。
ひょっとしたら自分の乗っていた車を尾行していたのかもしれない。
ミルフィーユ・桜葉をマークしていればあの狂犬が姿を現すとでも思っているのだろう。
だがミルフィーユ・桜葉が自分の娘を殺害した日、あの男は自分の記憶を封印してしまったはずだ。
そしてミルフィーユ・桜葉を捨て逃げ出した。
でも、もし記憶を甦らせたとしたら・・・
「ところで、俺たちもあの行方不明のガキが必要なのを知っているだろ」
「はい」
木之本桜、あの小学生はロストテクノロジーである例のカードが扱える数少ない者だ。
だが数ヶ月前から失踪し、その行方は以前として不明のままである。
「この公調の犬に協力してガキの行方を捜しだせ。何だったらお前の身体を奴に抱かせてでも協力を得ろ。
奴は事故の件できっとお前を訪れるはずだ」
「なっ」
タクト・マイヤーズの言葉に烏丸は絶句した。
自分をタクト・マイヤーズが側に置いているのは特別な意味があるからではないのか?
何故今更そんなことを自分に命令するのだろうか。
321妄想 ◆GqVfLUITBY :2006/04/03(月) 00:17:52 ID:i3S/o/B50
返す言葉が見つからず烏丸は黙ってタクト・マイヤーズを見つめた。
察したのか、タクト・マイヤーズは口元を下品に歪ませながら言った。
「あのよ、お前ひょっとして自分が特別だと勘違いしているんじゃないのか?
確かにお前にはあの五人の監視と調整をやらせているが、お前もあいつらと同じで俺に飼われているってこと忘れるなよ。
なに、いつも俺にしているみたいに奴にも同じことすればいいだけだ。やるのは嫌いじゃないんだろ」
思わずタクト・マイヤーズから顔を背けると枕に埋める。
「そうそう、今朝俺が言ったとおりシートベルト締めておいてよかったよな。命拾いしたもんなぁ。
それに奴とも面識が出来たからな。はっはっはっはっ」
そう言い残すとタクト・マイヤーズは笑いながら烏丸の病室から出て行った。
涙が溢れそうになるのを堪えながら烏丸は今朝のことを思い出す。
(「おい、ちとせ。シートベルトぐらい締めていけよ。事故でも起きたら後ろの席でもくだばっちまうことがあるからな」)
あれは自分のことを心配して言ってくれたものだとばかり思っていたのに。
でも、どうして、まるで事故が起きることを知っていたかのような口調で・・・
恐ろしく不吉なことを想像し、烏丸はベッドの中で身を震わせることしか出来なかった。
322乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2006/04/07(金) 01:03:25 ID:6gxHUPyc0
友枝公園の駐車場に車を停め、俺は傘をさすとペンギン型の滑り台に向かって歩き出した。
朝からの雨は止む様子は無く降り続いている。
この時間帯ならば授業を終えた柳沢が通るかもしれない。
佐々木や大道寺が一緒の可能性も高いが、その時は自宅まで先回りして声を掛けることにしよう。
それにしても、あの烏丸ちとせの事故のことが気になる。
追突してきた車の運転手は死亡したが、事故を起こす数分前に現場から数十メートル先に停車していたのを目撃されている。
そこから現場の交差点までは直線道路であり、停車していた位置から一気に加速しノーブレーキで追突したらしい。
考えすぎかもしれないが、まるで烏丸ちとせの乗っていた車を狙っていたかのようにも思える。
今朝のことを思い出しながら、東屋の下で煙草の紫煙を燻らせていると、滑り台の向こう側を傘もささずに走っていく一人の人影が見えた。
あれは友枝小学校の女子生徒の制服だ。
目を凝らしその女子生徒を見ると、それは俺のよく知っている人物であった。
「柳沢!」
大声で名前を呼ぶと、柳沢は一瞬身体をビクリと震わせて恐々とした様子で振り返る。
俺は傘を開き東屋を出ると柳沢に近づいていった。
「刑事さん」
柳沢も俺の姿を確認したらしく、息を切らし走りながら側までやって来る。
「おい、おい。傘もささないで何をやっているんだ。風邪でもひいたら・・・」
言葉を遮るようにして柳沢は悲痛な声で叫んだ。
「知世ちゃんが、知世ちゃんが・・・どうしよう。早く助けてあげないと!」
大道寺知世?
何があったのか知らないが、柳沢の慌てようから只事ではないのだけは判る。
「早く来てください」
グイッ
返事を待たずに柳沢は俺の手を掴むと走り出した。
323CC名無したん:2006/04/07(金) 10:59:07 ID:Ka2YQIIf0
     / ̄ ̄ ̄ ̄\
    │ヽ       ヽ
     ||  \,,,,,,,,,   │
    ヽ|_  _ \ ミ|
     [ ・]-[ ・]一 6)  妄想さん、乙にょ!
      l ・・   __./
      ヽ二 /
       ⊂   ヽ
        ( 、_)_) プッ
         ヽJヽJ
324乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2006/04/08(土) 00:03:48 ID:5Sz/roU20
友枝公園の奥まった場所にある森の中で、友枝小学校の制服を着た男子と女子生徒の姿が複数あった。
その中の一人の少女、大道寺知世の足元には壊れた傘が落ちており、雨で全身がずぶ濡れになったまま地面に座り込んでいた。
そして彼女を囲むようにして李小狼、山崎貴史、佐々木利佳、三原千春の四人が立っている。
「大道寺、おめぇさくらがどこにいるか知ってるんだろぉ?ああ!?」
ずぶ濡れになっている大道寺知世に向かって李が乱暴な口調で言った。
濡れて頬に張り付いた髪を拭いながら大道寺知世は怯えきった様子で答える。
「わ、わたし知りません」
その様子をクスクスと笑いながら佐々木と山崎と三原は見ている。
「知世ちゃんって精神病院に通院してるんだってね」
「精神病院ってね、頭のおかしい人が行くところなんだよ」
「やだ。知世ちゃんそれってキモいよ」
李は手にしていた煙草を指先で弾き捨てると大道寺を蹴り飛ばした。
「あ?おめぇ精神病なのかよ。すました顔してキチガイかよ。あうあうあーって言ってみろよ。オラ、言えよ」
バチャッ
李に蹴飛ばされた大道寺が地面に倒れると夏物の白い制服が泥水で染まっていく。
かろうじて腕を出したので顔を泥の中に突っ込むことは逃れたが、李は間髪入れずに靴の裏で大道寺の頭を踏みこんだ。
「おぐ・・・ごぼ」
泥の中に顔を沈められ大道寺は頭を上げようとしたが、か細い彼女の腕では李の脚力にはかなう筈もなく、空しく腕を振るうことしか出来なかった。
「きゃはは。そのまま死んじゃったりして」
両手を叩いて三原は笑っている。
しばらくの間、大道寺は泥の中でもがいていたが、限界が近づいたところでやっと李の足から開放された。
「けほっ、けほっ」
顔を泥まみれにし咳き込んでいる大道寺に、李は全く容赦する様子は見せない。
「おい、キチガイ。あうあうあーって言えよ」
再び足を上げた李の姿を見た大道寺は観念したのか涙ぐみながら言った。
「あ・・・あうあうあー」
沈黙、辺りには雨の降りしきる音のみが聞こえていたが、次の瞬間、李たちの笑い声が響き渡った。
325乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2006/04/08(土) 00:04:45 ID:GX7hbPMT0
「なんだこいつ。本当に言いやがった。ぎゃはははは」
「本当キモいよね。知世ちゃんって」
「知世ちゃんって本当にキチガイなんだね」
「普通言わないよね。そんなこと」
口々に罵声を飛ばされた大道寺は耐えられなくなったのか声を上げて泣き出した。
「う、う、う、うえーーーーーーーーーんっ」
「きゃはは。うえーーんだって。ばっかじゃないの」
大道寺が泣き出したことで虐めは収まるどころか逆にエスカレートしていく。
特に李は感情を逆撫でされたのか、イラついた様子で大道寺の襟首を掴んだ。
「泣いてんじゃねーよ。ったくこっちはさくらが居なくなって欲求不満でイライラしてんだよ」
佐々木はポケットから煙草を取り出し火を点けると煙を吐き出しながら言った。
「ねえ、李くん。そんなに溜まってんだったらさ、知世ちゃん犯っちゃったら?」
一瞬、李は目を丸くしたが、直ぐに下品な笑みを浮かべると大道寺を地面に押し倒して馬乗りになった。
大道寺は今までに見せたことも無いほど取り乱し激しく抵抗をする。
「いや、やめて李くん。助けてお母さん!お母さーーーーーーんっ!」
「うるせぇ」
ボグッ
みぞおちを殴られた大道寺は呼吸が出来なくなり目を見開いて痙攣を起こした。
李も顔などを殴り不自然に思われる痣などを負わせないよう考えているらしい。
「ぎゃはははは。おい、山崎。犯したあと携帯で写真を撮っておけよ。それネタにこいつ援交させて小遣い稼ごうぜ」
「そうだね。家からお金持ってこさせるとばれるかもしれないけど、援交ならみんなで黙っていれば、ばれないかもしれないね」
「駅前とか繁華街で立ちんぼやってる知世ちゃんっておもしろそう」
「知世ちゃんって初潮きてたよね。援交して妊娠しちゃったら、下ろすお金ぐらいあげるよ。そのお金は知世ちゃんに援交して稼いでもらうんだけど」
326乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2006/04/08(土) 00:05:54 ID:5Sz/roU20
大道寺知世は抵抗することを諦めてぼんやりと宙を見つめていた。
もうどうしようもない取り返しの付かない状況に陥りかけている。
どうして自分がこんな目に遭わなくてはならないのか。
制服の中に手を入れられ胸を弄られている感触が気持ち悪い。
そういえば烏丸先生に元気が出るようにと貰ったペンダントをしていたっけ。
李に見つかって奪われたりしないか心配だ。
今日は烏丸先生にカウセリングを受ける日だったのに最悪なことになっちゃったな。
涙と雨が目に入り視界がぼやけている所為だろう。聴覚が研ぎ澄まされているような気がしてきた。
嘲笑っている嘗ての友達、そして今まさに自分を犯そうとしている男の声と息づかいが妙にはっきりと聞こえる。
ドクンッ
胸元から小さく鼓動が響いてきたような感じがする。自分の心臓の音ではない。
一体何なのだろう。
ガサゴソと濡れて強張ったような音を立てながら李がズボンを下ろすと、勃起した小指程度の大きさのペニスが醜い姿を現した。

(李くんって態度が大きいくせにあそこは小さいね。僕の勝ちだね)
(山崎くんのが全然大きい。さくらちゃん、あんなので満足できたのかな?)
(うわ、ちっちゃー。やっぱり寺田先生のカリ太デカマラが一番よね)

えっ?
思わず大道寺は自分の耳を疑った。
そんなことを言えば仲間でも李が逆上して殴り掛かったりしないのだろうか。
佐々木たちの方を向くと傘をさして何食わぬ顔でこちらを見ている。
視界がぼやけていたが特に李のことを悪くいった様子には見えない。
それに李もそんな様子はなく大道寺の太ももの辺りを弄っている。
きっとまた自分の頭がおかしくなっているに違いない。
幻聴が聞こえてきちゃうなんてもう駄目かな。
もっともこれから先のことを考えると完全に狂ってしまった方がましかもしれない。
援助交際をさせると言っていたが、彼等のことだから本当にさせる気だろう。
327乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2006/04/08(土) 00:07:48 ID:5Sz/roU20
(へっへっへっ。前々から大道寺とやりたかったんだ。こいつの白い肌を見てたらムラムラと来たこと一度や二度じゃなかったからな)

また幻聴?
違う、これは李が心の中で思っていることだ。
自分を犯そうとしている相手の思っていることが聞こえるなんて気持ちが悪すぎる。
でも何でそんなことが聞こえてくるのだろうか。

ドクンッ
再び鼓動が響いてくる。
これは・・・この鼓動は烏丸先生から貰ったペンダントから響いている。


「そういえば、前にこの場所で女の人がホームレス犯された事件があったって噂だよね」
山崎が佐々木と三原の方を向くと言った。
「たしか両足を切断しなくちゃ助からない大ケガもしたってやつでしょ。表ざたにならなかったらしいけど」
細い目を更に細めると山崎は声を潜めて会話を続けた。
「それでね、結局その女の人は自殺しちゃったけど、幽霊になって自分の足を探してこの森の中を彷徨っているんだって。のっしのっしと手で歩いて」
又か、といった呆れた様子で三原と佐々木は目を合わせる。
今更誰も山崎の作り話を真に受ける者など居なかったが、李だけは違っていた。

「お、おめぇらくっだらねーこと言ってるんじゃねえぞ。い、い、い、今から犯るんだから黙ってろよ」
どもりながら李が大道寺の下着に手を伸ばす。

(やめてくれよ。俺の前で怖い話してんじゃねえよ。しかも蟹女だし。ずっと前に姉ちゃんに怖い話聞かされて、夜中に便所いけなくて漏らしたこと思い出したじゃないか)
328乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2006/04/08(土) 00:11:04 ID:5Sz/roU20
下着に手をかけ脱がそうとした李は、大道寺が自分を見て薄ら笑いを浮かべているのを目にした。
「な、なに笑っていやがる。これだからキチガイはこ」
「お漏らし」
「え?」
今度は大道寺ではなく李が自分の耳を疑った。
まるで自分の心の中を見透かされているような奇妙な気分にさせられ、李は思わず動きを止めた。
大道寺の潤んだ瞳がまるで獲物を狙いギラギラと輝いているようにも感じられる。
気のせいだと自分に言い聞かせると李は再び下着に手を伸ばしたが、次に大道寺の言葉を聞いた途端、自分の抱えていたトラウマによって軽いパニックに陥った。
「お漏らししちゃったんですわね。お姉さんに怖い話を聞かされたせいで。うふふ」
「うわぁ」
素っ頓狂な声を上げて李は大道寺から飛びのくと、冷たく濡れた地面に尻餅をついた。
仲間の方を見ると、「何こいつ」といった表情で自分が見られていることに気づく。
本来の李は臆病者であり、大声を上げて威張り散らすことで自分を強いと見せかけているだけの小心者である。
前の学校で虐めに遭い、それが問題で友枝小学校に転入してきた李は強者を装い彼女まで作った、いわゆる転校デビューという存在だった。
だが所詮は見せかけだけの人間、土台のしっかりしていない場所に建てられたハリボテの高層ビルのようなもの。
ちょっとしたことでバランスが傾き崩壊していく。
今の李はまさにその状態を迎えようとしていた。
ばつの悪い状況になり、李がどうしてよいのか分からなくなっていたその時、多分彼にとってはこの空気を変えてくれるありがたい存在だったであろう。
一人の男と少女がその場に現れた。
329乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2006/04/11(火) 21:50:28 ID:r/B508lF0
柳沢に手を引かれ森の中に入った俺はそこで異様な状況に出くわした。
友枝小学校の女子生徒を、下半身丸出しの男子生徒が押し倒し犯そうとしている。
それを笑いながら見ている複数の少年少女たち。
そこに居る全員の顔を俺は知っている。
何名かは既に会ったことがあるが、中には資料で顔を知っているだけで、実際に会うのは初めての者もいる。
李小狼と山崎貴史の二人だ。
皆、まだ俺の存在には気が付いていないらしく、李は大道寺の下着に手を掛けて脱がそうとしている。
先日、柳沢から話を聞いていたが、虐めがここまでエスカレートしていたとは予想外だ。
とにかく止めさせるため前に出ようとすると、突然李が声を上げて大道寺から離れた。
何が起こったのであろうか。まあ何だっていい。
「おい、お前らやめろ」
突然のことに全員驚いた様子で俺に視線を集中させる。
特に俺の顔を見た佐々木利佳と三原千春は動揺を隠せない様子だ。
俺が刑事だと知っているからであろう。
「な、なんだよ。てめえは」
李はズボンを履こうとしているが、慌てているのと雨で湿っている所為で四苦八苦したあげくに転んでしまった。
連中のリーダー格らしいが随分と間抜けな奴だ。
もう一人の山崎という少年は随分と落ち着いた様子で俺の方を黙って見ている。
掴みどころのない雰囲気を持っており一番厄介そうな奴だ。
やっとズボンを履き終えた李は、肩で風を切りながら俺の前まで来ると、顔を見上げながら言った。
「おうおう、何だてめえは。それに何で柳沢が一緒にいるんだ?」
李に凄まれた柳沢は怯えるようにして俺の背後へと回りこんだ。
鼻で笑いながら李はポケットからバタフライナイフを取り出すと、指先で回転させてブレードを開こうとした。
しかし、バタフライナイフは李の手から滑り落ちると足元の泥の中に沈んでいく。
どこまで間抜けな奴なのだろうか。
仲間である佐々木や三原も、ひたいに手を当てて呆れ返っている。
「ちょ、ちょっと待て」
泥の中からバタフライナイフを拾い、今度は両手で丁寧にブレードを開くと、李は俺に向けて突き出した。
330乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2006/04/11(火) 21:52:04 ID:r/B508lF0
「へっへっへっ。びびってんじゃねえぞ。正義の味方気取りのおっさんよぉ」
「まあ一応、刑事だからな。本当に正義なのかは怪しいかもしれないが、正義の味方気取りって言い方は間違っていないな」
次の瞬間、俺が刑事だと知ったせいだろう。李は狼狽の色を隠せないといった感じになりいい訳じみたことを喋りだした。
「け、刑事?!ち、違うよぉ。ぼくは、その・・・山崎にやれって命令されたんだよぅ。そ、そうだ。佐々木が、佐々木が一番最初に犯れって言い出して、
ぼくはそそのかされて・・・ぼく知らないよぅ」
先程までの態度と打って変わり、李は酷く情けない小心者へと変貌した。
これが奴の本性なのであろう。
唖然とする俺たちの前で、しばらく言い訳をしていた李だが、とうとう半泣きになると踵を返し走ってこの場から逃げ出していった。
山崎は表情一つ変えることなくその様子を見ていたが、佐々木と三原は責任を押し付けて逃げて行った李の非難を始めた。
正直、こんなガキ共の相手をしているのはうんざりする。
「もういい。お前らもさっさと消えろ」
佐々木を先頭にして三人は俺たちのやって来た林道を戻って行ったが、すれ違いざまに佐々木が柳沢を睨みつけたのを見逃さなかった。
331乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2006/04/11(火) 21:55:45 ID:r/B508lF0
「それから、今度もし柳沢や大道寺に何かあったら、まず最初にお前たちを取り調べるから覚えておけよ」
ツンッとした感じで佐々木は顔を背けると何も言わず去っていく。
三人の姿が離れていくと柳沢は安堵の息を漏らした。
「逮捕とかしなくていいんですか?」
「・・・」
柳沢の質問には答えず、俺は倒れている大道寺の所まで歩いていった。
「大丈夫か?」
大道寺は視線を動かして俺を見つめる。
泥で汚れていたが透き通るような白い肌、黒く長い髪、そして吸い込まれそうな、漆黒の闇をイメージさせる瞳。
まるで日本人形のような少女に何故か背筋がぞっとするような感じを抱く。
心を見透かされているような、あの瞳で見つめられ命令されると背くことは出来ない、そんな気分にさせられる。
先日の怯えているように見えた少女とはまるで別人だ。
思わず俺が目を逸らすと、上半身を起き上がらせ大道寺が言った。
「大丈夫ですわ。うふふ・・・」
何故この状況で大道寺は笑うことが出来るのだ。
やはり本当に狂人なのか。それとももっと別の、俺の想像を遥かに超えた何か・・・
332乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2006/04/11(火) 21:56:58 ID:r/B508lF0
二人を車に乗せると俺は大道寺邸に向かってアクセルを踏んだ。
車内では沈黙が続いていたが、最初に口火を切ったのは大道寺であった。
「今日あったことは誰にも言わず、自分はぬかるみで転んでしまったことにしてください」
次に何か起きたとき取り返しの付かないことになるかもしれないと言ったが、大道寺は一歩も引く様子を見せなかったため、本人がそう望むのならと了承をする。
だが、万が一に備え大道寺と柳沢の二人と携帯番号の交換をして、何かあったらすぐに連絡を入れるようにと念を押した。
大道寺邸に到着すると、黒ずくめの女ボディーガードやセキュリティに取り囲まれて物々しい状態になったが、
公園で転んだ大道寺知世を警察関係者の俺が偶然助けて自宅まで送り届けたということで騒ぎは収まった。
大道寺一族、そしてマイヤーズの息が掛かった研究施設。
一見すると普通の地方都市に思えるこの町には、何か得体の知れないものが潜んでいるようにも思えてくる。
「あの、どうして知世ちゃんにさくらちゃんのこと聞かなかったんですか?利佳ちゃんも千春ちゃんも居なかったから聞くことはできたのに」
大道寺邸を後にして走る車の中で柳沢が聞いてきた。
「あんなことがあったばかりだ。少し落ち着いたときに聞いたほうがいいだろう」
「知世ちゃん、十分落ち着いていたと思うのに・・・」
「あれはショック状態だったのかもしれない。なんにせよ携帯の番号も聞いておいたから連絡はいつでも取れるさ。
李や他の連中がまたちょっかいを出すかもしれないから、放課後にまた家まで送ることだって、言えばやらせてもらえるかもしれない。聞けそうな場面はまたあるだろう」
何故だかしらないが柳沢は少し不機嫌そうに窓の方を向くと、流れる風景を見ながら呟いた。
「わたしだって危険な目に遭うかもしれないのに・・・」
333乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2006/04/11(火) 22:01:26 ID:r/B508lF0
『数日後』

大道寺知世が李たちに襲われてから数日が経過した。
柳沢の話によると、あれから大道寺は学校に来ていないらしい。
自分がうかつだったかもしれないと少し悔やみながら、友枝精神病院に向けて車を走らせる。
運転席の隣に座る柳沢は、李がグループから孤立して、今は佐々木がリーダーとなっていることも話した。
あの日から柳沢もグループに加わらなくなったが(実際には無視されているらしい)、万が一を考え人通りがまばらになる放課後は俺が家まで送ることとなった。
面倒なことになったと後悔するが後の祭りだ。
「噂では聞いていると思うが、先日あった車両事故の件で聴取をしなくてはならない。終わるまで外で待っていてくれ」
友枝精神病院の駐車場に車を停めるとドアを開けながら言った。
柳沢が黙って頷くのを確認すると俺は病院の受付に向かう。
総合病院に搬送された烏丸ちとせは検査の結果、脳震盪を起こしただけと判明し数日入院した後に退院、仕事に復帰したとのことだ。
そして今日は研究施設ではなく精神病院に来ている。
受付に警察手帳を見せ先日の事故の件で伺ったと言うと、烏丸のいる事務室への経路を教えられた。
事前に連絡を入れておいたので、既に時間を割いてもらえたようだ。
教えられた事務室のドアをノックすると返事があったので、俺はノブを回して中へと入った。
334乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2006/04/11(火) 22:04:01 ID:r/B508lF0
降ろされたブラインドの隙間から夕暮れ前の強い日差しが差し込み、院内の白い壁に反射している。
室内の日差しの当たらない奥まった場所に設置された事務机に向かい、一人の黒く長い髪をした女が背を向けたまま何かを一心に書いている。
診断書か何かだろうか。
遠慮することもなく俺は事務室の奥まで進んでいく。
近くまで行くと女は顔を上げて俺の方を見た。
間違いない。烏丸ちとせだ。
先日の事故では気が付かなかったが、顔付きから若干幼さを残しているような女にも見える。
「えーと、先日の交通事故の件で伺った友枝署の乾といいます」
「率直に申していただいても、構わないですのよ」
「と言いますと?」
「本当は事故の件が聞きたくてここまで来た訳ではないのでしょう?」
この女、俺が木之本の件で捜査していることを知っているのか。
そういえば大道寺はここ数日学校に行っていない。
密かにこの病院に来ていた可能性もある。
まさか柳沢が大道寺に電話で俺のことを話し、そこから烏丸に伝わったのだろうか。
仕方がない。
どちらにせよ烏丸には大道寺の件で張り付いていた方が得策だからな。
あの野良犬が姿を現すまでの辛抱だ。
335乾狂太郎 ◆GqVfLUITBY :2006/04/11(火) 22:05:05 ID:r/B508lF0
「まいったな、気が付いていたのかよ。確かに俺は小学生行方不明事件の件でも捜査している」
俺は窓の外を眺めながら言った。ここの事務室は駐車場の裏側にあるのか。
駐車してある俺の車に寄りかかりながら柳沢が文庫本を読んでいるのが見える。
顔を上げた柳沢は俺の存在に気が付いたのか、窓に向かって手を振った。
無視をして室内に目を戻すと、いつの間にか隣に立っていた烏丸が窓の外を見ながら言った。
「あの女の子、あなたに気があるみたいですわね」
「ガキに興味はねぇよ。どちらかといえば、俺はあんたみたいな美人のが興味あるけどね」
「ですから、とぼけなくても結構ですのよ。あなたが興味あるのは私ではない。ミルフィーユ・桜葉さんでしょう。
いえ、もっと正確に言えばミルフィーユさんの旦那さんですわね。違いますか?公調の乾さん」
全身から汗が噴出すような感覚にとらわれ思わず目眩がしてよろけそうになる。
「何故・・・まさかマイヤーズ財閥!」
烏丸は笑みを浮かべながらにこやかに答えた。
「マイヤーズ財閥をあまり甘く見ないほうがよろしいですわよ」
336妄想 ◆GqVfLUITBY :2006/05/21(日) 08:45:00 ID:JeiOaMWX0
閑話休題
最近、マジでパクられそうになった。
恐ろしや、国家権力。
337炉板通信 ◆mwhG4Chris :2006/05/21(日) 23:17:57 ID:3eymT9930
何をした・・・
338妄想 ◆GqVfLUITBY :2006/06/04(日) 14:26:20 ID:G2ZIqBRY0
うーむ、話の辻褄がうまく合わない。
一度、最初から読み直ししてみるか。
339妄想 ◆GqVfLUITBY :2006/07/02(日) 11:25:43 ID:ZAaKZaiv0
神を挑発したな。
340CC名無したん:2006/07/27(木) 14:36:11 ID:f6fxQtg10
     ハ_ハ  
   ('(゚∀゚∩ ほしゅだよ
    ヽ  〈 
     ヽヽ_)
341CC名無したん:2006/08/16(水) 15:50:12 ID:dj5iKnGNO
保守
342CC名無したん:2006/08/16(水) 16:44:51 ID:Mfkpw/670
343妄想 ◆GqVfLUITBY :2006/09/16(土) 22:21:37 ID:Wpwu6Ujk0
一ヶ月ぶりの書き込みだけど生きてる。
続ける。
344CC名無したん:2006/10/13(金) 13:37:57 ID:UVhcnNfN0
いろいろあったのですが、ちっとずつでも続きを書き始めようと思っています。
2日に1レスとか、そんなんになると思うのですが。
345CC名無したん:2006/10/15(日) 21:20:19 ID:IkpfYDJT0
経験は最良の教師である。ただ授業料が高い(トマス・カーライル/歴史家)

国をあげての戦争に、水上部隊の伝統がなんだ。水上部隊の栄光がなんだ。馬鹿野郎!(大井篤/第二次大
戦当時の連合艦隊海上護衛総隊参謀。戦艦大和の水上特攻にあたって)





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大尉は私の最高の上官であり、友人であり、そして赦されるなら…恋人と称して良い人でした。
あの苦痛と悲嘆の汚泥に満ちたジッタラ陣地の攻防に於いて、最良のパートナーは彼女しかを於いて他に無かったでしょう。
346CC名無したん:2006/10/16(月) 08:13:43 ID:0VNk3XAw0
「村田安弘…変な名前だな」
「申し訳ありません、大尉」
「いや、責めているわけじゃあないんだ。しかし、PSG(Platoon Sergeant、小隊軍曹)Murata…なんだ、ファミリーネームはムラタで良いのか?」

 私が当面の自分の上官に会って、初めて交わした会話は私にとってごくありきたりなものだった。その大尉は自分の携帯端末に送られてきた私の身上書を一読して、最初にその質問をした。
 そして私はいつものとおり自分の名前のいささかイレギュラーな表記法について解説を加えた。
「はい。自分の故郷の星では姓を先に、名を後に読むことになっております。トウヨウ式、と軍隊に入ってから教わったのですが…その謂れは自分にはわかりません」
 酒瓶をどうだ、といわんばかりに突き出してくる。私は丁重にそれを断った。舌打ちをして大尉は自分のグラスに酒を注いだ。着任して2時間しかたっていないというのに、大尉はすでに酔っていた。
「故郷の星」
 大尉の視線は携帯端末の項目を追っていった。そして目的の欄を探し当ててひと時留った。
「パガン星系か…成る程な」
 大尉はそれでもう良いと言わぬばかりに端末を投げ出した。テントの中は野戦陣地の中とは思えないほど快適で、特に風が強く砂嵐が待っているというのに室内はきわめて穏やかだった。
これにやや劣るグレードの部屋も兵士たちには用意されている。照明も適度に施され、兵たちはいささか揶揄をこめて”トランスバール皇国国営ホテル”などと言い出す始末だ。
347CC名無したん:2006/10/16(月) 08:14:49 ID:0VNk3XAw0
 そんな兵たちを弛緩させないのが本来の私の役目であるはずだったのだが、内心ではそうしたいささか捻くれた意見に同調していた。
 
 これは戦争じゃない。

 とにかく、大尉は端末をその造りのしっかりしたテーブルに投げ出すと、なにやら機械の分解を始めた。時折ウィスキーを煽りながら、それでも手元が狂うことはない。
 カチャカチャと音を立て、慣れた手つきでその機械をバラしていく。オイルと火薬のにおいが鼻についた。
 5分、経過した。私はひとつ咳払いをして大尉に話しかけることにした。
「失礼ですが…大尉」
 その言葉で大尉ははっと驚いたように顔を上げた。
「なんだ軍曹。まだいたのか」
 余程その作業に没頭していたらしい、ほんの5歩ほどのところにいる私のことを完全に忘れていた。大尉は苦笑いをしたが、実に良い笑顔だった。
「いや、悪い悪い。宇宙にいるときは周辺の警戒を機体がやってくれるからな。地上に降りたら目を塞がれたようなものだ」
「大尉、ここは戦場です。幕営地の中はともかく、外に出たら最低限自分の身を守ってください」
「ああ。そのために貴様と」
 いつの間にか組みあがっていた機械を大尉は掴んだ。
「これがあるからな」
「それは…銃ですか?」
 筒先にやたらと大きな穴が開いていた。トリガーらしきものがついてあるし、銃らしく見える。
348CC名無したん:2006/10/16(月) 08:15:57 ID:0VNk3XAw0
「なんだ、男の子のクセに知らないのか。グロック17。ビンテージ物だがいい銃だぞ、私物だがな」
「官給品の銃だけでは不満なのですか」
「ああ、不満だね」
 大尉はすこし鼻を鳴らして答えた。
「土人どもを撃ち殺すなら火薬式の銃でないとな。知っているか、昔の銃はな、いまのレーザーライフルや炸裂誘導弾頭の小銃弾とちがって、当たると痛いんだ」
 その下品極まりない冗談に私はふと頬が緩んだ。
「新兵の時の訓練教官も似たようなことを言っておりました」
「ふふ。空挺の教官か。さぞ憎たらしい奴だったのだろうな」
 大尉はすこし酔いが回ってきたようだった。室内の温度を調整し、毛布を2枚ほど戸棚から出して差し上げた。
「暖かくしてお休みください、大尉−」
「フォルテで良い」
「は?」
「フォルテ・シュトーレン。トウヨウ式にフォルテと呼んでも良いぞ」
「恐縮です…とにかく明日から仕事があります。深酒はくれぐれもお控えください、シュトーレン大尉」
 これ以上は付き合いきれない。私は部屋を辞した。
349CC名無したん:2006/10/16(月) 08:17:49 ID:0VNk3XAw0
 これが、史上最低の理由を持って戦われた最悪の戦場、後にトランスバール皇国空挺部隊の墓場と呼ばれるバルミュラ星系第4惑星における、私の一時的な上官との始めての顔合わせだった。
上官の名はフォルテ・シュトーレン。もとエンジェル隊の隊長であり、ギャラクシーエンジェルと呼ばれた存在だった。
 天使は地上に舞い降りた。いや、バルミュラ星の人たち、シュトーレン大尉流に言うならば"土人たち"にとっては悪魔の使いと言っても良いだろう。
彼女はトランスバール航空宇宙軍がもたらす大規模な破壊と殺戮のためにこの星の土を踏んだのだ。
350CC名無したん:2006/10/19(木) 13:45:56 ID:JLu0C0NE0

 マイヤーズ元帥令第141号

発・トランスバール軍最高司令官
宛・増強バルミュラ駐察大隊指揮官

航空宇宙軍司令部422年4月5日(3部作製のうち1番め)

 宗教惑星バルミュラにおける戦闘の終わりも近い。航空宇宙軍将兵の卓越せる勇気と犠牲をいとわぬ努力により、トランスバール軍は大いなる成果を獲得した。
 敵は人員資材に甚大な損失をうけた。緒戦の部分的成果を利用しようとした敵は、将来の作戦のため保有しておいた予備兵力の大半を消費してしまった。

 今後の作戦目標は、残置戦力を徹底的に破壊しその最重要な戦争経済上の資源を可能な限り無力化することである。
 狂信者どもを抹殺せよ。これはトランスバール帝国の安寧に不可欠な行為である。
 尚、元帥監察府ならびに司令部は余とともに旗艦エルシオール2にあり。


 トランスバール皇国航空宇宙軍最高司令官・タクト・マイヤーズ
351CC名無したん:2006/10/25(水) 19:40:35 ID:fyBwipZK0
 噂に名高いギャラクシーエンジェルとやらを一目見ようと、仮設桟橋には手の空いた者が集結していた。集結といっても僅か800名弱で構成されたトランスバール航空宇宙軍特設空挺支隊のうち、3分の1にも満たない数であった。


 ギャラクシーエンジェル。微妙なセンスのネーミングだったが、エンジェルという言葉の響きから皆の頭の中には漆黒の闇を飛翔する美少女とか、どうにも愚劣な妄想が沸きあがっていた(その中の一人が私であったこともまた事実なのだが)
 故にその天使、つまりシュトーレン大尉が往還艇のタラップを踏んだとき、部隊の者からはなんともいえないため息が出た。自分の脳内のことなのか、それとも通信機のレシーバーから他人の心境が伝わったのか、悲鳴というか嗚咽のようなものまで聞こえた。
「おい」「なんだあれは」「いやあれはまた違う」「別の便で」「配属される将校が変わったのか」
 士官用の野戦服を着て艇内からぬっと身を乗り出したのは、どう見ても長身の…
 その時、乾いた爆発音が桟橋にとどろいた。
「誰だい、あたしを男だって言ったのは!」
 まだ冷機運転中の往還艇の騒音に負けない蛮声で伝わったのは、ハスキーであっても女性の声だった。見ると掌になにか小火器のようなものを握って、天に向かってかざしている。
 連続して銃声がとどろく。誰かに弾があたったらしくぎゃあ、という悲鳴が聞こえた。
 あっという間に大尉は取りおさえられ、ただちに司令部のほうへと”護送”された。取り押さえられる間にも大尉は火器を振り回し、屈強な兵3人に軽い怪我を負わせた。
 銃弾による負傷者2名。乱闘による負傷者3名。何れも軽傷だったが、この戦役におけるはじめての物理的なダメージによる兵士の受傷であった。
 その場にいた誰もがかかわりあいたくないと思ったことは間違いない。性別云々以前の問題として。
 
 だから、司令部から私に対する命令を受け取った時には失神するかとすら思ったのだ。
352ペド・ロ ◆jQkC2FUi7A :2007/01/09(火) 18:54:03 ID:RozZouqS0
そろそろ危険じゃ。
353ペド・ロ ◆jQkC2FUi7A :2007/01/12(金) 23:08:26 ID:9A+U+Luc0
噂の通りな経過で不安。
マジ閉鎖されたらこちらでネタ書いています。
http://ga_usada.at.infoseek.co.jp/
354妄想 ◆GqVfLUITBY :2007/01/12(金) 23:10:31 ID:9A+U+Luc0
私です。
355妄想 ◆GqVfLUITBY :2007/01/24(水) 21:57:53 ID:q1iTeWua0
「つっ!」
酷い頭痛と窓から差し込む朝日のまぶしさで俺は目を覚ました。
昨晩は飲みすぎたらしく、ベッドに倒れるようにしてそのまま眠りこけてしまったらしい。
机の上に置かれたウイスキーのボトルは、ほとんど空になっている。
頭の中が水を含んだスポンジのように重く、動かした方向にゆっくりと移動している、そんな気分だ。
ホテル添えつけのインスタントカップコーヒーの封を切り、ポットのお湯を入れると一口胃袋に流し込む。
煙草に火を点け気分を落ち着かせると昨日の屈辱的な出来事を思い返した。
356妄想 ◆GqVfLUITBY :2007/01/24(水) 21:58:42 ID:q1iTeWua0
「取引をしましょう」
烏丸ちとせの口から意外な言葉が飛び出た。
「取引・・・だと?公調の俺とマイヤーズが?」
何を言っているんだ、この女は。
確かに俺の身元はこいつらに既に知られていた。
だからと言ってこいつらの切り出した取引に応じる理由はないはずだ。
「乾一級刑事さん。あなたは私たち以上にあの子達と親密になっています。私も大道寺さんの主治医を務めておりますが、
中々心を開いてくれません」
「何が言いたい」
やや声が荒っぽくなっている。
自分で思っているよりも動揺しているらしい。
「木之本桜さんは私たちにとって、とても重要な方なのです。彼女に関して大道寺さんやお友達は何かを隠しているらしいのですが・・・
私は当然、親や教師にすら隠している何か重要なことがきっとあるはずです。そこで子供たちと親しくなったあなたに協力して欲しいのです」
「木之本桜に関する情報が分かったら署よりも先にあんたに報告する。代わりに俺の捜している奴の情報が入ったら俺に教える・・・ってことか」
「さすがは公安の方ですわね。理解が早くて助かります」
確かに悪くない話ではあるが気に食わない。
俺たち公調は目的のためなら違法な捜査をすることもあるし、食らい付いた相手は絶対に逃さない。
そして情報を得るためなら相手とも取引をすることもある。
ただそれは絶対的に優位な立場で取引を行う。
だが、この取引は違う。
取引を切り出したのは俺ではなく烏丸の方なのだ。
断ればミルフィーユ・桜葉との面会は謝絶させられるかもしれない。
それどころか敷地内への立ち入りも禁止されるだろう。
マイヤーズ財閥の息が掛かった病院なら、そんなことはどうとでも出来るはず。
そう、俺には選択の余地など最初から無かったのだ。
357妄想 ◆GqVfLUITBY :2007/01/24(水) 22:00:38 ID:q1iTeWua0
帰路へと向かう車の中で、俺は余程不機嫌な顔をしていたらしく、同乗していた柳沢が恐る恐る色々と尋ねてきた。
返事をすることすら嫌気がしたが、診察に訪れなくなった大道寺を病院に引っ張り出すには、今唯一の友人である柳沢にも協力してもらわないと駄目らしい。
そのため柳沢の機嫌も取らなくてはならない。
何で俺がこんなことまで・・・
診察室を後にするときの、烏丸の勝ち誇ったような笑みを思い出し俺は不愉快になった。
「あの聞いていますか?」
俺の顔を覗きこむようにして柳沢が問いかける。
「ああ、すまない。ちょっと考え事をしていたんだ」
曖昧に質問に答えながら柳沢の家に到着すると、俺は携帯を取り出した。
「一応、番号だけじゃなくメアドも教えておく。何か分かったり思い出したら連絡をくれ」
柳沢は目を丸くすると携帯を出し、嬉しそうにアドレスを入力し始めた。
この町に来てからというもの、どうにも調子の狂う事ばかりだ。
柳沢を家まで送り、アクセルを全開に踏み込むと、スキール音を鳴り響かせながら国道を走り出す。
まるで初めから引かれていたレールの上を歩いているような気分。
・・・そうか、それなら引かれていたレールの上を歩くだけなら、その歩みの速度を変えて番狂わせをすることなら出来る。
駅に辿り着く列車が遅れるなり早まりでもすれば時刻表、計画にヒビが入るはず。
時は金なりと言ったものだ。
俺は愛車のハンドルを握りながらほくそ笑んだ。
赤に変わった信号機の手前でブレーキを踏み込む。
それと同時に携帯にメールの着信音が鳴った。
メールの相手は柳沢だ。
358妄想 ◆GqVfLUITBY :2007/01/24(水) 22:02:00 ID:q1iTeWua0
メールのテストで〜す(^_^)v
返事してくださいね〜
でないと泣いちゃいま〜す(T_T)


この友枝町は最悪の街だ。
これから先この町に滞在する間、糞ムカツク女、烏丸ちとせのご機嫌取りと、うざいガキの面倒を見なくてはならない。
それを考えると今夜は浴びるほど酒を飲まないと気が収まらない。

俺が超グロッキーな気分で二日酔いの朝を向かえたのは、この糞みたいな事が理由であった。
359CC名無したん:2007/04/19(木) 12:42:38 ID:slBEfGZZ0
  ∧、              _∧  
γ⌒ヽ\           /γ⌒ヽ
.|(●).| i\      /i  |.(●)|
.ゝ_ノ ^i | | ∧ ∧ | | i^ ヽ_ノ
 |_|,-''i⊃l()<`∀´>()l⊂i''-,|_|  バキュン バキュン
  [__|_|/〉l`´    `´l〈\|_|__]
   [ニニ/ `´|   |`´ ヘ ニニ]
   └―'   | ,、 |   `─┘
        / ハ ヽ
       (_ノ  ヽ__)
360妄想 ◆GqVfLUITBY :2007/06/15(金) 20:49:27 ID:9pszU+Fb0
ひぐらしネタはやめよう。
361CC名無したん:2007/07/23(月) 22:44:35 ID:EkkEssdAO
ちょっと落ち過ぎみたいなので…
3624-4-396 ◆K.XVQDKeak :2007/07/24(火) 21:40:01 ID:Roc2qnhv0
現実を認めない…
363妄想 ◆GqVfLUITBY :2007/09/30(日) 21:42:30 ID:FPbTldc00
低迷中。
364CC名無したん:2007/10/26(金) 07:38:26 ID:FYHmRBEs0
名雪がかわいそう。
365CC名無したん:2007/11/09(金) 18:14:43 ID:MOOzxV860
続きマダー?
366CC名無したん:2007/12/26(水) 23:07:33 ID:u/4kXq3BO
年内更新は無理なのか
それはそれとして長門は俺の嫁
367CC名無したん:2008/01/30(水) 00:33:34 ID:ZntuoPZU0
俺はらめぇ。
368CC名無したん:2008/02/22(金) 23:02:02 ID:kxsrsSly0
村田さんが腎臓の病気で死んだって聞いたけど、まじ?
369妄想 ◆GqVfLUITBY :2008/02/24(日) 12:30:16 ID:Wd68K2yx0
むしろアル中のオイラのが死ぬ確率が高いな。
370CC名無したん:2008/05/09(金) 16:05:05 ID:5x1xJk+WO
認めるのも勇気認めないのも勇気
371CC名無したん:2008/05/19(月) 21:22:28 ID:gPSXl1to0
OHプロの村田耕一さん?
372CC名無したん:2008/06/22(日) 00:27:05 ID:bOp3YR7N0
えぶぁうざい
373CC名無したん:2008/07/16(水) 22:32:07 ID:VBoIy4sC0
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  萌えキャラ SELECT   ┏━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━┓EXTRA STAGE .....┏━
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   |/ /                                `l________   〔11〔柚原春夏(Another)
     _|                            HARD STYLE |    〔12〔カレン・シュタットフェルト(Another)
    l´                                     中原岬 |    〔12〔神無月葵(Another)
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   | |NORMAL     / |HYPER     .  / |ANOTHER____/|     〔13〔岡崎汐(Another)
   \ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ .   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄. . | ̄ ̄ ̄ ̄DECIDE?.|     〔12〔姫野美味香(Another)
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374CC名無したん:2008/07/23(水) 13:28:14 ID:Kf7rc5mh0
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  萌えキャラ SELECT   ┏━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━┓EXTRA STAGE .....┏━
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   |/ /                                `l________   〔13〔アル・アジフ(Another)
     _|                                    RAVE |    〔13〔秋元こまち(Another)
    l´                                        リオ |    〔13〔水無月かれん(Another)
    |                   その他の萌えキャラ(パチスロ.SBJ等) |    〔13〔福沢祐巳(Another)
    |_____________________________|  【13〔リオ(Another)
.    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄D I F F I C U L T Y  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|    〔13+〔木之本桜(Another)
   |   _______ . _______ .________......|    〔13+〔夢原のぞみ(Another)
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   | |.     ┃.       |.|. ┃┗・━       .|.|  ┃ ━┛     . |/. ... 〔1〔ナナリー・ランペルージ(Hyper)
   | |NORMAL     / |HYPER     .  / |ANOTHER____/|     〔11〔柏木梓(Another)
   \ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ .   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄. . | ̄ ̄ ̄ ̄DECIDE?.|     〔2〔辛島美音子(Hyper)
       ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄. ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄   . ┏━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛SINGLE 萌え MODE
375CC名無したん:2008/07/25(金) 19:43:11 ID:kNGY6Pk80
在日は帰国しろ
376CC名無したん:2008/08/09(土) 08:54:28 ID:FYbh3Bld0
木之本桜(今はやってない?)
神尾観鈴(2000年頃?)
あずまんがの面子(大阪は以前ラリってたとこを目撃)
シスプリの妹達(売人?)
おジャ魔女ズ(都市伝説)
神山満月(顔と肌色がモロ)
朝倉音夢(都市伝説)
ワルキューレを含む皇女達(都市伝説)
美墨なぎさと雪城ほのか(層化都市伝説)
ファインとレイン(以前都市伝説)
月島きらり(怪しい)
涼宮ハルヒとSOS団(常時ヤク中の演技?)
赤ずきんの面子(りんご以外はガチ)
パワパフガールズZの3人(ガチ 目が怪しい)
プリキュア5の面子(ガチ 赤と青の子が途中で退席して急に戻ってきた)
水無月遥と神無月葵(怪しい)
マクロスFのメンバー(片乳乱舞伝説)
377CC名無したん:2008/11/30(日) 18:40:13 ID:VbyouTdh0
sage
378CC名無したん:2008/12/03(水) 23:10:15 ID:DYESCDoW0
625
379妄想 ◆GqVfLUITBY :2009/05/09(土) 21:58:26 ID:hhIXclkv0
そろそろ再起動。
380CC名無したん:2009/06/10(水) 13:01:48 ID:b0JR3WYQ0
          __ )
       γ´γ~   \
       |∞/ 从从) )  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
       W | | l  l | <さくら関連のカキコならオッケー
       ヽリ.ハ~ ワノ   \__________
         ( ヽwliヽ
         ト《~ヘii~
           〉 \/
         /V\ハ_ヲ \
        / / |     \
      ./    !    jj  \
     /               i
    〈   /        |      |'
     ゝ /    l    |   !/
       `〜‐-L__」〜'^
 
381妄想 ◆GqVfLUITBY :2009/11/29(日) 11:26:58 ID:Pvv277J90
らのべえを購入したのでゲームにしているけど手間が掛かりすぎる。
難しいなぁ。
382CC名無したん:2009/12/06(日) 00:04:43 ID:9wbtM8950
保存したー
時間軸シャッフル、記憶捏造上等!
383妄想 ◆GqVfLUITBY :2010/02/08(月) 21:45:07 ID:Mv22BHOk0
とある変態の超自慰砲<エネマグラ>

やあやあ、みんなアナルオナニーしているかい?
アナルオナニーは気持ちいいよ。
やあやあ、みんな女装オナニーしているかい?
女装は興奮するよ。
ヒヒヒ・・・
以下はフィクション。もしくノンフィクションの事かも。
それはみんなの想像(妄想)に任せるよ。
ヒヒヒ・・・、チンコが起つなぁ。
384妄想 ◆GqVfLUITBY
私の名前は妄想。
女装アナルオナニー大好きな三十代の男の子(でも、心は13歳ぐらいの美少女)だ。
私が最初に女装アナルオナニーを覚えたのは中学生の頃。
好きだった同級生のスクール水着を盗んで、それを着用してチンチンをいじっていたらその娘になりきってしまい、思わずお尻の穴に+ドライバーの柄を挿入したのが最初だった。
その頃は知識が無かったから、ローションなんて物は知らなかったので無理矢理突っ込んで大変だったよ。
つか、お尻が切れて出血したので処女喪失の気分が味わえたので今じゃ良い思い出だ。
ヒヒヒ・・・、青春の甘い思い出ってやつだね。
アナルはともかくこんな過去ログを保存してあるので参考にしてくれ。
http://ga_usada.at.infoseek.co.jp/mousou2/text/mizugi.html
その後もブラやパンティー、ブルマや体操服を盗んじゃオナニーして返却していた。
私色に染めてからな。ヒヒヒ・・・
言っておくがハンドルネーム同様に妄想なのかもしれないので通報だけは勘弁な。

次回は更なる高みを目指したエピソードに挿入、もとい突入だ。