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この子の名無しのお祝いに:
Q:「ハンセン病患者を描くと、商売のネタとして使う事になるから描くな」と言うなら、
そういう差別のあった事実を一般の人が知る機会もなくなってしまう。そういうのはかえって患者の利益にならないのでは?
A:これは描写の必然性、あるいは目的との兼ね合いうバランスの問題です。
自分から見世物になりたがる人はいないので、映画の題材にするならば患者にそれなりの利益がないといけません。
映画が苦しんでいる人を描いたときに「真実を描いて欲しい」と彼らが言うのはこの為で、真実、即ち苦しみの全てを描く事で、見世物になると同時に他人に苦しい状況を理解してもらうことができると期待するからです。
「砂の器」では人の注目をひく場面だけを描いて全体は描かない、これでは患者は自分が見世物にだけなり自分の状況改善につながらないと考え、映画に反対する訳です。
質問への答えは難しい問題で完全な答えはないのかもしれません。常にその時に探るしかないと思われます。
ただ考えられる一つの基準は、題材の苦しんでいる側の人が不満を持たない事でしょう。はるか昔の事件などが題材になり易いのは一つはこのためです。