1 :
答えましょう:
「人間は猿から進化したのではなく神が創ったのだ」のスレッドでの
議論にお答えしてきましたが、もともとのスレッドは私が立てたもの
では無いので、こちらに引き継ぎたいと思います。
科学と神について考えてみてください。
2 :
答えましょう:2000/07/09(日) 01:44
神の存在を否定する方からの意見がありました。
>創造論 = 想像論じゃん。
>用意された前提を固持するだけでそれに対する疑問ってのがないもんね。
>科学は常に疑問と検証があるでしょう。
あなたのおっしゃる通り、科学は常に疑問と検証があります。
それは、何に対する疑問なのでしょう?
それは、何を検証しているのでしょう?
深く考えたことがありますか?
自然科学という学問があります。何を研究しているのでしょう?
この世界を形作っている法則です。物理学により、物質の性質をより深く
理解しようと日夜がんばっている訳でしょう?その結果何がわかりますか?
神がいかにこの世界を作ったかです。
生物学を通して、生命の仕組みについて研究しているわけでしょう?
その結果何がわかりますか?神がいかにして生命を形づくったかです。
あなたがた全員は神がおこなった創造をあくこと無い探究心で
一つ一つ検証しているのです。それが科学なのだということを知って
ください。科学者は神の足跡を追う人々のことなのです。
神とは何だ?
4 :
名無しさん:2000/07/09(日) 02:12
>神がいかにこの世界を作ったかです。
>神がいかにして生命を形づくったかです。
カミサマとかそういうのナシでさ、
「いかにしてこの世界・この生命は形作られているのか?」
っていうんじゃダメなの?
結局はカミサマがいるか?いないか?とゆー疑問はさ、自然とかの
人間が生み出したんじゃないものを、偶然の産物とするか、どっか
の誰かの意思や意図の産物とするか、っつー事だと思うのよ。
宇宙も生命も「偶然生まれた」ってのは納得できないのかな?
5 :
答えましょう:2000/07/09(日) 02:14
前回のスレッドの内容をそのまま転載します。
>世界を創造したのがどうして「神」でなくてはいけないのか?
>「おまんこ」や「ハナタレ」ではなぜいけないのか?
それをどういう言葉で呼んでもかまわないでしょう。神は名前を
つけて呼ばれることを否定しました。
重要なことは、それではこの世界は何故存在するかということです。
神(おまんこやはなたれでもいいですが創造主)を否定することは、
この世界はただの空虚な偶然の産物であり、我々も単なる物質が
たまたますごい偶然で結びついた結果というだけの、泡のような存在
ということでしょう。そうなんですか?
6 :
答えましょう:2000/07/09(日) 02:18
>4
さらにもうひとつ付け加えさせてください。
ただの偶然であるとしましょう。偶然にしては、あまりにこの世界は
美しいものです。(その中を支配している法則も含め)
さらに仮に偶然だとしましょう。そうするとあなたがた科学者の研究とは
さいころを100億回振った結果、目がどのような法則で出たかを
日々探しているようなものでしょう。そうなのですか?
7 :
名無しさん:2000/07/09(日) 02:20
>5
とりあえず「そうなんです」としか言えないな。
文句があるなら君の神様(YHWHだっけ?)とやらに言ってくれ。
神とはなんですか?
9 :
>5と6:2000/07/09(日) 03:42
俺はむしろ、この世はただの偶然の産物である。って事がスゴイ事
だと思うけどなぁ。
偶然の産物である事は、世界の価値を高めはしても低めはしないよ。
河原で変わった形の石を拾ったのに、それが実は近所のオッサンが
作ったものだったらガッカリするでしょ。
オッサンがいたらガッカリするのと同じで、もしカミサマがいたら
ガッカリするだろうな、俺は。
同じように俺をガッカリさせる存在だな。
10 :
答えましょう:2000/07/09(日) 04:11
>3,8
非常に鋭い質問ですね。世界が他宗教に分かれる理由もこの解釈
の違いからです。私はこの世界の創り手という位置から考えています。
11 :
答えましょう:2000/07/09(日) 04:19
>9
本当に偶然なら、全ての学問は意味が無くなるでしょう。
何故なら法則自体に意味が無く、明日には違った法則が支配している
かも知れません。今日はあなたは、ある定数kの値を発見して喜んでも
明日は違うかもしれません。
人間が猿から進化したなどの研究も、実は嘘で今日この瞬間からたまたま
すごい偶然で世界は始まっていて、頭の中の記憶など全て偶然に集まった
分子の偶然の結果かも知れません。
そうなんですか。この世は一定の法則に従って動いており、その法則は
変わらないのではないですか。偶然に法則ができるなら、偶然に法則は
無くなることもあると思いませんか?
だから,神とはなんなのか具体的に説明してください
13 :
>11:2000/07/09(日) 04:40
「偶然」って言葉の使い方がお互い違ってるみたいね。
俺は「何者かの作為ではない」って意味で使ってるんだけど、答え
ましょうさんは「なんでもアリ」って意味で使ってるみたい。
別にそれは大した問題じゃないけど。
あと、俺は科学者じゃないんで本職の人たちがどう思うかはわかん
ないんだけど「昨日まで正しいと思われてた法則が間違ってたと判
明する」ってのは、科学とゆうフィールドで一番エキサイティング
な出来事じゃないかな。
もしそういう時に立ちあえたら、きっと無意味だなんて思わないで
逆にスゲー興奮すると思うよ。
14 :
2さんへ:2000/07/09(日) 05:38
質問:
>あなたがた全員は神がおこなった創造をあくこと無い探究心で
>一つ一つ検証しているのです。それが科学なのだということを知って
>ください。科学者は神の足跡を追う人々のことなのです。
そうかも知れないが、そうでないかも。
なぜ、あなたは「科学者は神の足跡を追う人々のこと」と知ったのですか?
科学者が一つの言明をする時、「なぜ、その言明をするか」を説明します。
と、同時に他の人々はその「言明」が正しいか否かを検証します。
もう一度言います。
「なぜ、あなたはそれ(「科学者は神の足跡を追う人々のこと」)を知ったのですか?」
あなたが「それは私に対する神の啓示」というのなら納得します。(何の反論もできません)
しかし、そうでなければ下品で申し訳ありませんが次の反論をしたいです。
「なんで、オマエだけ真実(神)を知っているんだ!」
15 :
答えましょう:2000/07/09(日) 06:04
>12
前回のスレッドからの引用です
>神というのは目や耳で感じる事ができないが存在する。
>だから完全なんだ、というようなことを先生に
>言われた事があるけどようわからんかった。
あなたがいう具体的にという言葉はきっと、論理的に説明してくれ
ということだと思います。目や耳で感じることができず、言葉で定義
しようとしてもそれを超えた絶対的な存在。
それを間接的に我々は神と呼んでいます。
16 :
答えましょう:2000/07/09(日) 06:08
>「昨日まで正しいと思われてた法則が間違ってたと判
>明する」ってのは、科学とゆうフィールドで一番エキサイティング
>な出来事じゃないかな。
その通りです。間違えた解釈が、より一歩真実に近づくわけですから。
その真実とは、単に瓦で拾った石が丸だと思ったら四角だったという
ことなんでしょうか?それとも、丸い石の中に込められたこの世界を
創った本当の法則なんでしょうか?
17 :
答えましょう:2000/07/09(日) 06:21
>「なぜ、あなたはそれ(「科学者は神の足跡を追う人々のこと」)を知ったのですか?」
>あなたが「それは私に対する神の啓示」というのなら納得します。(何の反論もできません)
>しかし、そうでなければ下品で申し訳ありませんが次の反論をしたいです。
>「なんで、オマエだけ真実(神)を知っているんだ!」
これは、私が勝手に想像している事でも、啓示でも何でもありません。
事実です。宗教と科学は一体として発展してきました。ただ、時間が
経つにつれ、人々はそれを忘れてしまったのです。
他のスレッドで、理系の中で学科を順位づけしているのがあるでしょう?
その1番目の内容を転載します。
>物理学科か数学科が理系のトップだろ。
これは歴史的に真実でした。いつも、基礎系や理論系が真に学問として
価値があり、応用系は卑しいものとされてきました。何故ですか?
物理や数学は神の創った法則そのものを研究しています。
応用系はその神の法則を、人間が自分の欲を満たす為に技術という名前
で、活用を図る学問です。(すいません、悪口ではなくあくまで、
学問としての方向性としてです。)
だからこそ、物理や数学が高貴な学問として栄えてきたのです。
これは歴史書や宗教書を読めば事実として書かれています。
18 :
マルクス・イキマクリクス:2000/07/09(日) 07:41
はははは!哲学板で「科学とは何か」という議論をやってて
こっちに来たものの、こんな程度の低い議論しかやってないとは!
神なき科学、思想やイデオロギーなき科学技術こそが、科学たるにふさわしい。
宗教を綿密に勉強しないままに神を語るなど、まるで電波ではないか。
カ〜ミカミカミとかまひずしいのがいるようだが、君がこの世に生まれたのも偶然だ。
チンコとマンコが合体し、君という人間が形成された背景に、いかなる必然があろう。
必然無き世界、神なき宇宙、だが、それでよいではないか。
偶然であるとか必然であるとかは、要は人間の下す価値判断であって、科学的法則
や論理体系の整合性とは別個のものだ。
この世の全てが必然性を失うからといって、この世が消えて無くなるわけではあるまい。
19 :
答えましょう:2000/07/09(日) 08:09
>18
哲学を勉強されてきた方ですか。論点は全てが偶然であり、
それをそのまま受け止めれば良いということですね。
それでは、その偶然が余りに美しく、余りに素晴らしい情報が入って
いる事に感動する人間がここにいるという事でとらえてください。
あとひとつ、
>この世の全てが必然性を失うからといって、
>この世が消えて無くなるわけではあるまい
本当に、この世の全てが必然性を失うなら、存在自体の必然性も消えて
はいけないのですか?存在することの必然性は哲学の大きなテーマでは
無いのですか?
20 :
14>答えましょう さん:2000/07/09(日) 09:27
「なんで、オマエだけ真実(神)を知っているんだ!」
が質問です。
「事実です。」(17)
「物理や数学は神の創った法則そのものを研究していま応用系はその神の法則を、人間が自分の欲を満たす為に技術という名前で、活用を図る学問です。」(17)
「物理や数学は神の創った法則そのものを研究しています。」
「だからこそ、物理や数学が高貴な学問として栄えてきたのです。」
「 これは歴史書や宗教書を読めば事実として書かれています」
し・つ・も・ん・は
「なんで、オマエだけ真実(神)を知っているんだ!」
です。
21 :
Rio坊:2000/07/09(日) 10:07
神と科学とは共存可能と思う。しかしながら、
神を説く者も、科学の立場では、科学のルールを持って主張しなければならない。
科学は、神を仮定しない。不可知論は認めない。
それに付随する心情から発露した行為も糾弾される。
科学的知識の蓄積を破壊してきた歴史が宗教者にはある。
創造論のように検証不能な仮定理論を教育に用いてはならない。
しかしながら、神を信ずる心情も人間にとって大切なことと思う。
科学も、神を否定も肯定もしない。論理・検証行為の外にある概念だから。
現に、欧米の科学者の中には、下記のようなプロテスタンティズムの
心情を持っており、研究の原動力としている人も多い。
『神がこの世界を準備したのだから、我々が行儀よくしている限り、
当然そこには秩序がある。我々が個々人として独自に行動し、
自己の正当な利益を追求し、勤勉であって、なおかつ他人に迷惑を
かけなければ、世界に本来備わっている平衡がおのずから姿を現す。
そうすれば、我々はすべての可能な世界のうちで最良のもの
“我々にふさわしい世界”を手に入れることができる。』
それはそれですばらしいことだと思う。価値観の猥雑に多様化した、
公共と正義の概念のない、萬世一系と八百万の似非神さまを信じる、
へたれ国民とは大違いである。
ただし、神を信ずるものも、科学の土俵では科学のルールで、
論争せねばならない。
それ以外の神学論争は、科学者としての立場では、興味はない。
22 :
名無しさん:2000/07/09(日) 10:18
現実から帰納することだけが科学ではない。
法則の向こうにはイデアの世界の存在がある、そういう数理的な世界で演繹によって構築された
理論が、再び現実世界を美しく表現できている・・・ それが科学のギリシャ時代以来の
方法論でもあり、存在意義でもある。
イデアの世界の法則そのものを「神の設計図」と呼びたい人もいるだろう。
(ニュートンだって、プリンキピアの中で神への畏敬を表現している。)
だが、(神が気が変わって法則が変わることが無い限り)、神の存在を必要としていない
のが科学でもある。
23 :
御茶ノ水:2000/07/09(日) 11:43
宗教科学は何かモノを作り出したかね?。
ロケットやクローンやテレビや冷蔵庫やパソコンを作り出したのは
現代科学じゃないのかね?。
カルトはカルト掲示板で御互いに神神言ってて下さい。程度低いので
目障りです。
24 :
名無しさん:2000/07/09(日) 18:33
結局は「安心」したいんだよね。
科学の世界が、何の保証も無い不安定な物だって理屈は一理あると思う。
それに耐えられない人ってのは科学的な考え方ってやつに向いてないんだ
ろうね。
研究者なんて自分の研究手法に対する不安を常に抱えてるんだろうけど、
それをカミサマに保証してもらったら気が楽だもんね。
25 :
おたのみず:2000/07/09(日) 19:27
>24
そーだよね。俺は調教された安心より不安な科学を選びたい。
しかし大衆ってのはそこまで利口じゃないから宗教とかやっちゃうんだろうけど。
26 :
答えましょう:2000/07/09(日) 19:55
>科学的知識の蓄積を破壊してきた歴史が宗教者にはある。
>創造論のように検証不能な仮定理論を教育に用いてはならない。
その通りでしょう。中世の時代、宗教の名を借りた権力者がひたすら
科学を否定した事がありました。
また、聖書に書かれた記述そのものを文面通り受け取って、それ以外
の事実は無いとする原理主義も完全な間違いです。
>神がこの世界を準備したのだから、我々が行儀よくしている限り、
>当然そこには秩序がある
この一文こそが、私の主張です。聖書にかかれていることは、神の意志
のわずか一部分、それもはるか昔のまだ文明のレベルも低いころに
書かれたもので、その内容は当時の知識レベルにあわせてあります。
しかし、本当の神の意志はこの世界そのものに埋め込まれているはず
です。その秩序を読んでいく事は、聖書を読むよりももっと神の言葉
そのものを読むことにつながるはずです。
私は科学者の皆さんを尊敬しています。神の言葉を読むことを許された
方々なのですから。ですから、その一番高尚な部分で仕事をされている
事を自覚して、変なカルトにだまされたりしないで欲しいというのが
希望です。
27 :
>26:2000/07/09(日) 20:32
他人の心配をする前に自分の心配したほうが良いんじゃない?
最近家族や友達と話してる?
28 :
答えましょう:2000/07/09(日) 20:35
>し・つ・も・ん・は
>「なんで、オマエだけ真実(神)を知っているんだ!」
私だけ真実を知っていると主張したことは無いはずです
また、100%神を理解しているとも主張したことは無いはずです
29 :
答えましょう:2000/07/09(日) 20:43
>結局は「安心」したいんだよね。
>科学の世界が、何の保証も無い不安定な物だって理屈は一理あると思う。
>それに耐えられない人ってのは科学的な考え方ってやつに向いてないんだ
>ろうね。
理系の中の学部に順位付けしてみようとか、理系は下僕だとかいう
議論がされる事自体が、科学の価値に対する不安があるからでしょう?
30 :
答えましょう:2000/07/09(日) 20:45
>他人の心配をする前に自分の心配したほうが良いんじゃない?
>最近家族や友達と話してる?
他人の心配をする事って、この2chなんかそんな奴ばっかりじゃない?
極端に言えば全部人に対するおせっかいが書いてると思うんだけど?
31 :
答えましょう:2000/07/09(日) 20:49
>御茶ノ水さん
俺は不安な宗教よりも、調教された科学を選びたい
でも意味は通じるでしょう。何が本当の意味で調教されているのですか?
32 :
名無しさん:2000/07/09(日) 22:38
>29
科学者がそんな議論を本気でしてると思ってるの?
結局,なにが言いたいのかわからない。
34 :
>30:2000/07/09(日) 23:29
いや、26で「カルトにだまされるな」とか書いてるからさ、
他人の心配してる場合じゃないじゃねぇの?って思ったわけ。
35 :
答えましょう:2000/07/10(月) 01:03
>34
理系の人ってカルトにはまる割合が多いでしょう、
何故だろうなと考えると、やはり不安なんでしょう?
科学的とか、研究者がとか、論理的だからとか、みんな理屈が好きな
割には、じゃあ科学とは何という根本的な問題や、論理を形づくる場合の
前提条件については所与として、簡単に信じているでしょう。
キリスト教というバックボーンを持っている西洋の自然科学と
その果実のうわべだけを使っている日本の科学との差を考える必要が
あるのでは、という提案です。
36 :
剣豪:2000/07/10(月) 01:13
>35
西洋の自然科学のバックボーンはキリスト教ではなく、
プラトン・アリストテレス以来のギリシア哲学だ。本来倫理的
色彩の強かったキリスト教と、世界創造説との繋がりは、新プラトン
主義に始まるキシスト教とギリシア存在論との融合を待たねばならなかった。
あと、君は応用系の科学よりも基礎科学に重点を置いているようだが、
歴史的に言えば応用系の科学のほうが起源が古いことを知っているか?
37 :
答えましょう:2000/07/10(月) 01:38
>剣豪
その通りです。ただ、ギリシア哲学も一種の宗教ではあるし、中世に
不当に圧迫されていた分、その後はキリスト教自体にも影響を与えながら
復活してきたという事では無かったのでしょうか?
ここは理系板なので、思想論争をするつもりは無いです。
あなたの指摘されたような歴史を認識した上で、自分なりの科学とは
何かとの信念を持って研究している科学者の人には何も言うつもりは
ありません。
でも、そうなのですか?皆さんは科学とは何だと思われますか?
38 :
剣豪:2000/07/10(月) 02:08
>答えましょう
君の言う中世とはいつのことだ?西洋における中世スコラ哲学は
まさにイスラム圏からのアリストテレスの逆輸入によって始まったのだ。
ギリシア哲学がキリスト教圏において不等に圧迫されてきたことなどない。
だいたい「神」という概念を持ち出してきた時点で思想論争は不可避だろう?
哲学板に「みなさん理系板に来てください」と書きながら、思想論争をする
つもりはないとはこれいかに?神サマ神サマとトートロジーを繰り返すだけじゃあ、
だれもついてこないぞ。
科学とは、良くも悪くも、人間が人間のために構築してきた論理体系だ。
神に対しては、不可知論的な立場をとることこそ、科学者としての謙虚な心構えではないのか?
39 :
答えましょう:2000/07/10(月) 03:05
>剣豪
>西洋における中世スコラ哲学は
>まさにイスラム圏からのアリストテレスの逆輸入によって始まったのだ
トマスアキナスとかベーコンとかが作った哲学ですよね。で、その時点で
体系としてキリスト教世界はギリシア哲学と融合を果たして、理性と信仰
についての矛盾を消していこうとしたと理解しています。しかし、その前は
アリストテレスの著作は異端の禁書として封印されていたはずです。
神の概念を持ち出して、思想論争を拒否したのは、確かに私の言いすぎでした。
申し訳ありません。つまり、どの程度までキリスト教はギリシャ哲学と融合した
かとか、キリスト教とひとくくりに言っても、宗派も考え方もいろいろなので、
そういった所に議論を持ち込みたくないと考えた結果の発言です。
ギリシア哲学に端を発し、キリスト教思想と融合することで強固なバックボーンを
持ち、ここまで発展してきた西洋科学に対し、日本の科学をどう見ているかに興味がある。という事
ではどうでしょうか?
>科学とは、良くも悪くも、人間が人間のために構築してきた論理体系だ。
>神に対しては、不可知論的な立場をとることこそ、科学者としての謙虚な心構えではないのか?
私は違うと思います。科学は一歩一歩神の領域に近づいています。
その中で、知らぬ存ぜぬで、人間そのものに対してだけ依存して
研究を進めることに危うさを感じます。
40 :
答えましょう:2000/07/10(月) 03:21
さらにもうひとつ、
このように、少しでも宗教の香りがするだけで、カルトだとかそういう
脊髄反射的なコメントしかできない一部のヒトビトも、また科学者でしょう。
かれらの立場も科学者としての謙虚な心構えなのですか?
41 :
剣豪:2000/07/10(月) 03:28
>答えましょう
こりゃこりゃ。近代哲学の祖の1人であるベーコンがどうしてスコラ哲学に
組み込まれる?・・まあいい。
日本の科学とか西洋の科学とか君は言うが、宗教的バックボーンや歴史的背景を
必ずしも必要としない、というのが科学の特質ではないのか?洋の東西の話もこれと同じだ。
人間の欠点は人間が直すしかない。人間が人間の欠点を自覚するのと、人間中心主義とは違うのだ。
結局君は、生半可な宗教的確信を科学者に押し付けようとしているようにしか見えないのだが、どうなんでしょう?
42 :
答えましょう:2000/07/10(月) 05:29
>宗教的バックボーンや歴史的背景を必ずしも必要としない、
>というのが科学の特質ではないのか?洋の東西の話もこれと同じだ。
そう思っていない人が多いので、東洋医学は医学じゃないとかそんな
話がでる訳でしょう?無意識の内に、西洋的バックボーンをもった
西洋科学を科学と信じている人が多いはずですが?
43 :
答えましょう:2000/07/10(月) 05:44
>結局君は、生半可な宗教的確信を科学者に押し付けようとしているように
>しか見えないのだが、どうなんでしょう?
あげ足をとるようですが、確信に生半可というのはあるのですか?
あとひとつ、宗教的確信の反対は何ですか、科学的確信なのですか?
それとも哲学的確信なのですか?
私が主張しているのは、もし、神という概念を受け入れる事ができれば
それらの確信は相反するものでは無くなるという事です。
44 :
名無しさん:2000/07/10(月) 05:46
>42
この発言だけは答えましょうさんに納得。
45 :
答えましょう:2000/07/10(月) 05:57
>人間の欠点は人間が直すしかない。人間が人間の欠点を自覚するのと、
>人間中心主義とは違うのだ
神様に人間の欠点を直してもらうべきだと、主張したことはありません。
キリスト教の世界ではもともと人間は不完全なものとなっていますが、
では、その不完全さをどうやって補っていくかと考えた時に、神が残して
くれたこの世界の法則を、科学という名で研究し、実際の生活に利用して
いくことで、より完全な生活を得ていくという事では駄目なのですか?
46 :
剣豪:2000/07/10(月) 06:35
>42
>無意識の内に、西洋的バックボーンをもった西洋科学を科学と信じている人が多いはずですが?
「信じている」という君のコトバに現れているように、それは個々人の心情の問題であって、
科学自体の在り方の問題ではない。
>43
>確信に生半可というのはあるのですか
君にとっては絶対的な確信かもしれないが、第三者から見ると生半可だということさ。
>宗教的確信の反対は何ですか
これは詭弁だな。キリスト教の反対は何ですか、などと問われるようなものだ。
>45
クローン技術の開発には、カミさまは文句を言わないのかねぇ。いや、これは蛇足だが。
47 :
答えましょう:2000/07/10(月) 06:49
>46
科学そのものに絶対的な在り方が存在し、個々人の心情的な科学とは何か
という考え方がそれに影響を与えられないなら、科学はすでに絶対的権威
ですよね。それは宗教と似てるのでは?
>第三者からみると生半可
それって、結局、君の言うことは俺には納得できない。というコメントを
難しくいってるだけで、日常生活に普通に見られる事でしょう?
納得できないから議論をして、お互いに納得できる結論を考える訳で、
そのコメントだけでは、あなたが納得しない事はわかっても、論点は
定まらないと思いますが?
48 :
答えましょう:2000/07/10(月) 06:55
>剣豪
これまでのあなたの意見をまとめると、
歴史的哲学の発展形態についての説明を除くと、
(1)科学とは人間が人間のために構築してきた論理体系だ。
(2)神に対しては、不可知論的な立場をとることこそ、科学者としての謙虚な心構えだ
ここまでのコメントでは、あなたは神を否定はしていません。
神は信じるが、西洋科学はキリスト教、ギリシア哲学(神学)のバックボーンが
無いと主張しているのでしょうか?
49 :
剣豪:2000/07/10(月) 07:10
>47
私は科学に絶対的な在り方が存在するとは言ってない。
絶対的だとか権威とかいうコトバ自体が、心情的なものに過ぎないのだ。
>それって、結局、君の言うことは俺には納得できない。というコメントを
>難しくいってるだけで、日常生活に普通に見られる事でしょう?
ずばりその通り。だが、議論を拒否しているのは君のように思えるのだが。
他人に神の存在を納得させたいのなら、もっと具体的に語りなさい。
少なくとも、君は世界の必然性や美しさを神の存在根拠に考えているが、これは
多くの論理的飛躍を含んでいる。てゆうか、哲学板へ来い。
>48
う〜ん、素晴らしい要約、ただし前半だけね。
神を否定しないことと、神を信じることとは違うのだよ。
否定の否定は肯定とはならない。神を否定しないことは、信仰の必要条件であっても、
十分条件ではない。
50 :
答えましょう:2000/07/10(月) 07:20
上の意見、否定はしていないが肯定もしないのが不可知論だぐらい
知らないのかと突っ込まれそうだが、私の考えをとりあえずもう一度まとめます。
西洋科学はあきらかに宗教というバックボーンを持っている。
これに対して不可知論で、知らぬ存ぜぬで通していいんでしょうか?
宗教が大きな力を持っている場所では不可知論そのものにも、意味があるでしょう。
しかし、もともとが何も無い場所での不可知論など、最初から何も考えて
いないことと何の差があるんでしょうか?
51 :
剣豪:2000/07/10(月) 07:31
>50
君は西洋コンプレックスを持っているのか?
ヨーロッパの科学の発達には宗教の否定が不可欠だった。
その背景を考えることなく、科学と宗教を融合させようなどとは、
それこそ何も考えてないことよりもタチが悪い。
知らぬ存ぜぬで何が悪いのだ?
52 :
答えましょう:2000/07/10(月) 09:10
>51
西洋コンプレックスはきっと、西洋の真髄であるキリスト教という
精神的背景なしに、表面的果実だけを取り入れることによる空虚さから
くるのではないですか?
>君は世界の必然性や美しさを神の存在根拠に考えているが、これは
>多くの論理的飛躍を含んでいる
イデア論から始まっての、普遍的な論理だと思いますが?
哲学板でやるべきとの話はもっともです。あえてここで話したかった
のは哲学、科学、神学の関係は文系からは研究が進んでいるのに、
理系では近代科学の中で余りに遠い存在となった事を憂いているのです。
帝王学の中からの抜粋ですが、科学とはこんな事になったのですか?
>すべての科学は究極の目的に達するための手段に過ぎない。
>手段とは知識である。
>究極の目的とは支配である。
>残る問題はただ一つ、「誰が利益を享受するか」だけである
53 :
答えましょう:2000/07/10(月) 09:20
>ヨーロッパの科学の発達には宗教の否定が不可欠だった。
それは、権威主義や単なる聖書の丸飲みを否定されたのであって、
キリスト教そのものは否定されずに、ギリシア哲学と融合しながら、
より、普遍的なものに形を変えていったはずです。
ひるがえって日本ではどうでしょうか?
54 :
名無しさん:2000/07/10(月) 13:15
>答えましょう
科学は弁証法の賜物だということが理解できないんだろ。
それに、イデア論は現代科学哲学の直接の祖ではない。
知ってて誤魔化すのは止めたまえ。
ついでに言えば、今世紀の科学哲学について無知=無恥すぎる。
55 :
名無しさん:2000/07/10(月) 13:40
宗教とか哲学で出てくる神様と
科学で追求していくうちに、なんでこの法則は存在するのだろうとか
まだわからない部分をとりあえず神としているのとを
無理やり結びつけようとしているように見えます。
宗教での神 守備範囲が広い程良い
科学での神 守備範囲を狭くしていくもの
と言いたいのだと思いますが、
科学の発展のため、宗教の神が否定されているのが怖い
このままではなくなってしまう。
だから科学の神と融合して生き延びよう。
宗教から捕らえた科学はこれでいいのかもしれませんが、
科学から見ると神を信じることは、非科学になります。
53で
>>ヨーロッパの科学の発達には宗教の否定が不可欠だった。
>それは、権威主義や単なる聖書の丸飲みを否定されたのであって、
>キリスト教そのものは否定されずに、ギリシア哲学と融合しながら、
>より、普遍的なものに形を変えていったはずです。
といってますが、
権威主義、単なる聖書の丸飲み=キリスト教
これが科学からみた宗教です。
素粒子のはじめのお話で言えば、
キリスト教 神がすべてをつくったのだ!
ギリシャ哲学 アリストテレスの土、水、風、火の四元素説
融合して普遍的なものに形を変えたのではなく、
切り捨てです。
ギリシャ哲学と科学の融合ならまだわからないでもないけど、
宗教との融合は無理!
56 :
剣豪:2000/07/10(月) 17:32
>答えましょう
結局のところ、宗教や神学を学んで安心できることなど何もないのだ。
背後に神サマを感じとって「はぁー」なんて満足してるのは一部の不勉強なカルト君だけさ。
君はそうじゃないんだろう、だったらもうすこし綿密に勉強しなさい。
或いは
現代の科学のあり方に不満があるなら、漠然と宗教へ向うより、倫理学を学ぶ方がよい。
生命倫理、環境思想など、具体的に考えるべきトピックはいくらでもあるだろう。
57 :
名無しさん:2000/07/10(月) 18:22
>答えましょうさんへ
「神」と呼ばれる存在をめぐる話ですけど、
ここでおっしゃてる「神」はキリスト教の神を
指しているんですか?
58 :
答えましょう:2000/07/10(月) 18:43
>54
それは、科学は弁証法の発展であるとの意見ですね。
別の言い方をすれば科学は哲学であるともいえます。
哲学と神学の密接さについてはいうまでも無いでしょう。
西洋の科学、哲学、宗教は時に相反し、時に強め合い、
まさに弁証法でかたられるかたちで、お互いに切磋琢磨
しながら、より高いレベルに来たのではないですか?
59 :
答えましょう:2000/07/10(月) 19:31
>科学から見ると神を信じることは、非科学になります
>権威主義、単なる聖書の丸飲み=キリスト教
>これが科学からみた宗教です
日本が追いかけている、欧米の研究者。彼らの多くはキリスト教
を信じています。 西洋ではすでに宗教と科学は共存しています。
あなたの意見に代表される、日本での科学と宗教と哲学をそれぞれ、分離して
お互い相容れないものとしてしまう取り扱いに、不合理を感じているのです。
60 :
答えましょう:2000/07/10(月) 19:39
>剣豪
あなたのペンネームを使って答えましょう。
剣道とは何でしょう?剣を使って相手を倒す術、それは一面
だけのはずで、その裏には武士道があるはずです。
武士道は、儒教や神道や仏教などの精神の影響を受けています。
我々日本人は、外国人が剣道の技術だけを学び、その精神を
学ばない時、それを剣術と呼び馬鹿にします。
科学も同じではないですか?その裏にある、宗教や哲学を無視
して、表面的な技術を研究しても、それは科学技術であり、
科学ではない。私はあえてそう提案したいのです。
61 :
答えましょう:2000/07/10(月) 19:46
>現代の科学のあり方に不満があるなら、漠然と宗教へ向うより、倫理学を学ぶ方がよい。
>生命倫理、環境思想など、具体的に考えるべきトピックはいくらでもあるだろう。
そして、これらの学問は基本的に文系での履修になっています。
科学者とは単なる技術屋であり、研究だけしてくれ、
我々文系が経済学を使いそれを有効活用してあげよう、
倫理的に問題が無いかの判断も我々が判断してあげよう、
だから、下を向いてこつこつと客観的事実とやらだけを見て勉強
してくれ、ということになってしまわないですか?(極論ですが)
62 :
答えましょう:2000/07/10(月) 19:50
科学者一人一人が自らの倫理を考える時、宗教がカルトだなど
誰もいえないはずです。宗教的考えが研究の妨げにならない事
もわかるはずです。
63 :
名無しさん:2000/07/10(月) 20:43
>宗教的考えが研究の妨げにならない事もわかるはずです。
正確には「宗教的考えが研究の妨げにならない、事もある」だな。
宗教が科学研究の妨げになった例は山ほどある。
64 :
答えましょう:2000/07/10(月) 20:44
>63
その点については素直に反省したいと思います。
65 :
名無しさん:2000/07/10(月) 20:51
だいたいまともな科学者は宗教を研究室に持ち込んだりしません。
66 :
答えましょう:2000/07/10(月) 20:52
>57
キリスト教の神様です。
ただ、私は個人的には全ての神様は絶対的な一つの存在に集約される
と信じています。
67 :
答えましょう:2000/07/10(月) 20:54
>65
そうやっている間に、科学者は技術屋に成り下がり、
哲学者は単なる思想歴史家になり、
宗教者はカルト扱いされる社会が来たのではないですか?
これが、我々の目指す科学を利用した新しい社会なのですか?
68 :
答えましょう:2000/07/10(月) 20:57
>65
ニュートンやアインシュタインは彼らの研究で神に言及しなかった
のですか?
69 :
neru:2000/07/10(月) 21:01
神などという想像上のものに頼り続けたのが宗教堕落の根源。
宗教家、宗教学者の怠慢。
ちょー現実主義なコギャルには神など通じない。
70 :
答えましょう:2000/07/10(月) 21:02
また彼らが研究室に来ることもないでしょう
71 :
名無しさん:2000/07/10(月) 21:02
>67
科学は論理に基づくものでなくてなりません。
科学そのものと社会における応用とは分けて考えるべきです。
72 :
名無しさん:2000/07/10(月) 21:03
>68
神に言及することと宗教の教義を研究に持ち込むこととは違います。
73 :
答えましょう:2000/07/10(月) 21:09
>71
>論理にもとづかなければならない。
その論理そのものに、神を入れてはいけないんでしょうか?
(神の論理)とかそういう形で。
科学者は、神という不確定なものに頼らず、
研究対象に謙虚な姿勢で取り組むべきとの意見がありました。
神がこの世を創ったという一点を受け入れることで、
研究対象=神の創造物=謙虚に対象を観察する
では駄目ですか?
74 :
neru:2000/07/10(月) 21:14
無理。裏が取れていない>神がこの世を創ったという一点を受け入れる
75 :
名無しさん:2000/07/10(月) 21:19
>73
すでに述べられていますが、検証不能な存在を仮定することは科学
的とは言えません。その上にどんなに誠実に論理を築いても砂上の
楼閣です。
76 :
答えましょう:2000/07/10(月) 21:22
なんだか段々旗色が悪くなってきましたが、
それでは宗教を持っている人は科学者にはなれないのですか?
もしくは、研究をしている間は自分の心情を曲げなければいけない
のですか?あなたは、どうアドバイスしますか?
77 :
neru:2000/07/10(月) 21:27
その前にお聞きします。貴方にとっての「神」とは何ですか?>答えましょう氏
78 :
名無しさん:2000/07/10(月) 21:28
>76
宗教と科学が対立するような場面を迎えた時に、
科学者であることを優先したいと思うなら科学を、
宗教を優先したいなら宗教を、それぞれ採ればよいことです。
79 :
neru:2000/07/10(月) 21:32
もう一つお聞きします。
貴方の内で、「神」が創造主であらねばならない理由は何ですか?>答えましょう氏
80 :
答えましょう:2000/07/10(月) 21:35
>77
我々を超えた絶対的存在で、この世の秩序を作り
我々が謙虚であるべき存在です。
ここで少し休憩しますので、レスが遅れたら申し訳ありません。
81 :
答えましょう:2000/07/10(月) 22:10
>79
旧約聖書です
82 :
名無しさん:2000/07/10(月) 22:18
創造論を支持する人たちは、神を意志あるいは意識を持つ人格として、
捉えている気がするのですがどうでしょう?
自然を支配する法則、理論を神として信じるたり議論することに
異論はないが、そこに「意志・意図」を持ってこられると
大いに違和感を覚える。
83 :
剣豪:2000/07/10(月) 22:55
まあ、あまり君を攻めてみても面白いものではないし、
君のレスを面白がってつまらん連中が書きこみをするもの何だろうから
あんまりねちねち質問攻めするつもりもないんだけどね。
理科系の人間が倫理学や原理的な問題に取り組むヒマがない、というのはよく聞くが、
それは一般的傾向であって、君自身が独自に勉強すれば済むことだ。
生半可な知識でもって「答えましょう」なんてやってるより、そのほうがよっぽど君のためになるだろう。
信仰を否定するわけではないが、それは君自身が内側に持っていればよい話だ。
敢えて他人を説得させようとするなら、それなりの理論武装をしたまえ。
何度も言うが、「神サマは絶対的であり、地上の創造者だ」などと同語反復をしたところで、
実りのあるレスは期待できまい。
神にすがって科学全体の在り方の変革を求めるより、科学内部で議論すべきトピックはいくらでもあるだろう。
あげ足を取るようだが、例えばクローン技術については、君の神サマは何といってる?
(追伸:不定期なレスは互いに都合が悪いから、2〜3時にまた来るよ、多分)
84 :
名無しさん:2000/07/10(月) 22:56
神様の話は嫌いではないけれど・・・
全能で、公平な神というものを考えれば考えるほど、存在が希薄になっていくんだよなあ。
えこひいきしない神は、逆にいなくてもいいんじゃないか、と思えてくる。
そう思っても、怒るような神ではないとも思う。
でも、そんなこと考えるのは、思想、というより倫理に関することかな。
科学についていうと、エネルギー保存や最小作用の原理を、(美しいとは思っても)
擬人化した神が操っているようなイメージを持つのはちょっとナンセンス。
その辺、西洋人もうまく考え方を使い分けていると思うけど。
(まあ、特にアメリカで中世的な宗教がちがち人間もいるけどね)
85 :
名無しさん:2000/07/10(月) 23:48
>84
そうだね。
それに、神話やユダヤ教(キリスト教/イスラム教)の神様って、
善じゃないよね。
人間の想念が生み出したものかな。
神様が創造主?それはそう考えれば正しいんじゃない?
でも、そうじゃないと思えば、それも正しい。
結論は出ないよね。
自然科学は、(大部分の)人間が納得できるような「実験結果」を
積み重ねて進化していく。(これは自然科学の定義だ)
だから、大部分の人が納得するのはあたりまえなのさ。
そして、大部分の人を納得させることが、大変な困難を伴っていたんだ。
そう、「実験」がね。
困難を伴わず他人を納得させることなんて、できやしないのさ。
87 :
名無しさん:2000/07/11(火) 00:14
結局 答えましょうさんは、
神を信じなさいといいたいのでしょうか?
88 :
名無しさん:2000/07/11(火) 00:26
ひえーはやいな。
>答えましょう
>それでは宗教を持っている人は科学者にはなれないのですか?
>もしくは、研究をしている間は自分の心情を曲げなければいけない
>のですか?あなたは、どうアドバイスしますか?
こんな簡単なこともわからんのか?
「科学で神を語るな」「神で科学を語るな」
これだけだ。あほらしい。
反証可能性について考えたことないのか?
89 :
名無しさん:2000/07/11(火) 03:57
神様を信じたら何かいい事あるの?
90 :
答えましょう:2000/07/11(火) 07:39
>82
>自然を支配する法則、理論を神として信じるたり議論することに
>異論はないが、そこに「意志・意図」を持ってこられると
>大いに違和感を覚える。
意志と意図は、文部省の教育のような押し付けでは無く、むしろ
非常にマイルドで、暖かなものです。世界の創造の一番最初ですが、
神が『光よ。あれ。』と仰せられた。すると光ができた。(創世記1章2、3節)
ここは、光ができたという事実を書いていますが、神はこの世を光で
照らしたかったという意志・意図とも読めるでしょう。
光を希望ととる人もいれば、全てを照らす論理、真理ととる人もいれば、
単に光そのものができたという解釈の人もいるでしょう。でも、どの解釈であれ
神の意志・意図は我々の自然に欲するものと同一で、非常にポジティブなものです。
そういった、我々の望む世界、光に満ちた世界を作ったという事に違和感がありますか?
それとも、世界を作る意志も意図もなかったが、神が気まぐれで宇宙の塵を集めてみると、
ビッグバンが起こった。するとそのエネルギーで光が発生した。
こんな記述の方が違和感が無く受け止められますか?
91 :
答えましょう:2000/07/11(火) 07:41
更に、世界を作った後に言ったのは、
見よ。わたしは、全地の上にあって、種を持つすべての草と、
種を持って実を結ぶすべての木をあなたがたに与えた。それがあなたがたの食物となる。
また、地のすべての獣、空のすべての鳥、地をはうすべてのもので、いのちの息のあるもののために、
食物として、すべての緑の草を与える。』すると、そのようになった。
そのようにして神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ。
そして満足された。こうして夕があり、朝があった。第六日。」(創世記1章29〜31節)
自分の作った世界を良しとした。これも、非常に暖かなポジティブな意志です。
つまり、神の意志でこの世が作られ、神は作った対象に満足していた。
人間も自然も全て調和のもとに生まれ、存在している事自体がすでに良しとされ祝福されている。
非常に幸せなスタートであり、そこには神の暖かい意志・意図が見えます。
92 :
答えましょう:2000/07/11(火) 07:44
まあ、それをあまりに額面どおりに受け止めると、原理主義になるので、
私自身は、世界はうまくできた、程度の解釈ですが、偶然できたよりは
少し得した気にはなるのですが。
93 :
答えましょう:2000/07/11(火) 07:48
>84
あなたのバランス感覚がある意見には、賛成です。
私は別に神様を押し付けようという気は無いですが、
科学とは絶対に相容れないとか、そういう考えに反対なのです。
94 :
答えましょう:2000/07/11(火) 07:56
>自然科学は、(大部分の)人間が納得できるような「実験結果」を
>積み重ねて進化していく。(これは自然科学の定義だ)
>だから、大部分の人が納得するのはあたりまえなのさ。
その通りでしょう。逆に言えば科学は人間(知性)の限界を超えた事はできないが
故に、一般の人が納得できるレベルにその研究範囲を絞り、再現性や客観性に重点
を置いて仕事をする道を選んだということでしょう。
しかし、科学は故に限界があり、そこでは宗教や哲学が分担する事で
うまくカバーしあってより良い世界を作っていくべきでは。
私の希望的にはそこで融合できればといいたいのですが、皆さんの
意見はどうも否定的なので...ばらばらに自分の仕事をやり、不可分で
3権分立のようなのが理想なのかなあ。
95 :
答えましょう:2000/07/11(火) 07:59
>88
>反証可能性について考えたことないのか?
上でも述べましたが
それは、単純にいうと科学で取り扱える範囲に線を引いておこう
もっとシンプルにいうと科学には限界がある、という事でしょう。
それで、上の意見です。
96 :
答えましょう:2000/07/11(火) 08:12
>君自身が独自に勉強すれば済むことだ。
>生半可な知識でもって「答えましょう」なんてやってるより、そのほうがよっぽど君のためになるだろう。
>信仰を否定するわけではないが、それは君自身が内側に持っていればよい話だ。
>敢えて他人を説得させようとするなら、それなりの理論武装をしたまえ
確かに「答えましょう」というのはおこがましかったです。
実際に、答えているより、自問自答したり、相手に質問を投げ返す方が
多いのがあとで読み返すと恥ずかしいものでした。
剣豪さんは、良く勉強されているし、今後も色々と教えていただきたい
と思いますのでよろしくお願いします。
しかし、それでも一つだけ文句をいわせてください。
自分の考えを話す場合に、それに関する全てを
勉強しなければ発言してはいけないというのは傲慢ではないですか?
ピカソの絵を見て、「いやーかっこよかった、あれ見たほうがいいよ」
という言葉は、西洋美術史を全て勉強して、それぞれの技法を全部言えて
キュービズムという言葉を覚えないと言ってはいけないと主張しているのと
50歩100歩でしょう?
97 :
答えましょう:2000/07/11(火) 08:17
君がピカソが好きなのはわかったから、家で静かに見ててくれ。
と言われた気がしました。(その通りという声も聞こえるが?)
98 :
答えましょう:2000/07/11(火) 08:27
>89
神を信じるといいことがあるか?
あります。大体の宗教は信じられるのであれば、人間が普通出会うで
あろう問題にほぼ網羅的に進むべき道筋を示しています。
それを盲信的に信じて進むか、自分自身の理性だけを頼りに進むか、
バランスをとろうとするか、人によってアプローチは色々でしょうが。
99 :
答えましょう:2000/07/11(火) 08:30
上はあくまで私の個人的見解です。
100 :
名無しさん:2000/07/11(火) 08:42
神様は正しいのでしょうか。
具体的な宗教の神様って、立場や考え方が違うと正しくないように思います。
神様を信じて生活することと、人間は神が作った云々とは、別の話ではないでしょうか。
仮に人間を作ったのが神様だとしても、神様を信じて進むこととは関連がないと思いますが。
101 :
答えましょう:2000/07/11(火) 08:54
>100
正しくない神様もいるでしょう。神話で殺しあう神様もいれば
悪魔を神様にする宗教もありますし、カルトなんてのもありますし。
具体的な宗教の神様は、指摘の通り一つに統一されていません。
神様を信じて生活することと、人間が神を作った云々については
キリスト教の世界では、神様を信じてしまった段階で、後者も包括的
に入ってくるので、完全に分離するのは難しいでしょう。だから、
どこまで聖書の記述どおりに解釈するかという問題も発生するので
しょうから。
102 :
57:2000/07/11(火) 13:53
>100
>正しくない神様もいるでしょう。神話で殺しあう神様もいれば
>悪魔を神様にする宗教もありますし、カルトなんてのもありますし
キリスト教における唯一絶対の存在としての神を念頭に置いて
議論を進められているんじゃないんですか?
他の宗教での神も含めての話なら前提がずいぶんと変わってきます。
だいたいキリスト教の神って、他の神の存在を認めながらも、
それらを否定しようとする神でしょ(暴論)
103 :
88:2000/07/11(火) 14:46
>答えましょう
君のいう「欧米の科学者」は反証可能性によって科学と宗教を分離しているから
発狂せずにいられるのだが?
逆に言えば、安易な融合とやらを目指すのは無知か狂人だね。君はどっちだ?
科学は反証可能なものを扱い、宗教は反証不能なものを扱うというのは
対象の性質によって扱いを変えているだけであり十分に合理的なものだ。
両者を止揚させたいというのなら勝手だが、君の書いてるものをみると
穴だらけでとても能力的に無理だと思う。
・今世紀ほど科学哲学が「哲学」のなかでメジャーになったことはないぞ。
「近代科学において哲学が遠い存在となっている」など寝言もはなはだしい。
・イデア論と弁証法は相反する。一方は「普遍」について語り、他方は
「普遍を前提から外す」ことによって成立する。ごっちゃにするな。
それとも両者の止揚が可能とでも思っているのか?能力がついてってないぞ。
・キリスト教の神が虐殺を命じたことはないというのか?聖書に載ってるし。
104 :
neru:2000/07/11(火) 15:19
> 81
> 旧約聖書です
答えになっていないな。分かるのは、君にとって旧約聖書が絶対的な
存在だという事だけだ。
105 :
名無しさん:2000/07/11(火) 15:22
赤ちゃんはどうやってうまれるの?
106 :
neru:2000/07/11(火) 15:47
69でも言ったが、(神をまつる)宗教が無力化してきている何よりの
原因は宗教家・宗教学者の怠慢にある。これだけ人間の「客観的に物
を見る能力」が平均的に高くなった今、頭ごなしに「神の存在を信じ
よ」とのたまう教義に違和感・不快感を持つ人間が多く居るのは当然。
107 :
neru:2000/07/11(火) 15:47
科学はこれまで、間違いは訂正し、足りない部分は補いながら、謙虚
に発展してきた。しかし宗教は、自らが時代に寄り添う事などせず、
神の存在を脅かす「科学」を迫害してまで、その怠慢な姿勢を貫いて
きた(最近でもアメリカの何処かの州議会で進化論やビッグバンに関
する話題を教科書から削除するという法案が可決された)、「客観的
に物を見る能力」の低い人間の集団、カルトという副産物をばら撒き
ながら。
108 :
neru:2000/07/11(火) 15:48
形骸化した架空の存在「神」にいつまでもすがるな。
「神」を手放し、宗教の原点に帰れ。
「神」の権威に頼らずに「倫理の規範」を再構築せよ。
何故それを今の今までやってこなかったのか?
これを「宗教家・宗教学者の怠慢」と言わずして何という?
109 :
名無しさん:2000/07/11(火) 15:56
>107
客観的に物を見る能力なんて誰も持ってないよ。
君は先ず日本語から勉強しよう>109
111 :
82:2000/07/11(火) 17:35
>90
答えましょう は神の意志と意図がマイルドあれ、ハードであれ、
存在しているものと察します。
では、そもそも意志・意図とは何でしょうか?
科学では、人間の場合、単なる脳内の物理現象と考えられます。
実際、意志・意図に相関を示す神経細胞の存在が知られています。
長くとも100年もしないうちに、全容が解明されることでしょう。
そうなれば、「脳を持たずして、意志あらず」が自明となります。
そのとき、宗教家は信徒に対して、神をどのように説明するのですか?
これは将来の杞憂ではありません。必ず起こることです。
宗教は人類の偉大な発明のひとつと思います。自分自身の理性に
倫理規範を求められない人には大きな救いです。
科学者に神を信じろと言う前に、そのような人を救うたに
するべきことがあるはずです。
108 の言っているように「神」や「論理の規範」の再構築はもはや
避けられないでしょう。
112 :
Rio坊:2000/07/11(火) 19:25
災害(阪神淡路大震災)に直面した経験があります。
その時には、奇跡を起こさない神が傍らに立っていても
心を動かされませんでした。
科学の知識を持った赤いレスキュー、
医学の知識をもった医大生ボランティアが来てくれた方が
はるかに有り難かったです。
極論すれば、その当時では、宗教は、
個人として死と孤独に対峙した市民の精神安定化技術、
死にゆく人々のホスピス技術くらいの価値しかありませんでした。
その価値しかなかったと言う言葉自体も過大評価だと思います。
泣きながら死んでゆく人々に対して自分の無力さを自ら慰める価値しかなかった。
避難民を受入れてくれた教会もありました。
逆に、門前払いした教会・寺院も少なからずありました。
宗教者にとって宗教とはいかなる効果を及ぼすものなのでしょうか。
科学が、社会にあまねく及ぼす効果と違って、
その集団内の弱い相互作用ぐらなものなのですか。
宗教よりも科学を、科学よりもその効果で武装した組織を、
と思わずにはいられませんでした。
このスレッドで展開されている議論も、極論から言うと、
衣食足りて、責任も少なく、物質文明の高みで安穏としている暇人の
戯れ言ではないのでしょうか?(それが悪いとは言っていません。
でも、物質文明は、宗教ではなく、科学・技術が創造しました。)
ここで逆に問います。宗教の真実について答えてください。
科学の真実を明らかにできるほどの力を持ったものなのですか?
113 :
無宗教人:2000/07/11(火) 21:13
>112Rio坊 さん
>物質文明は、宗教ではなく、科学・技術が創造しました
砂漠という厳しい環境に住んでいたユダヤ人にとって、自然とは恩恵を
与えてくれ、その中で生きていくという物でなく、自らと切り離し、
支配すべきものでありました。
その様な考え方がイスラム教やキリスト教にも受け継がれ、物質文明を
発展させられ得る精神的基盤を生んだとゆう事はないでしょうか。
もっとも、自然に恵まれた土地に住む民族は、自然に感謝し自分たちも
自然の一部であるとゆうような考え方であったために自然を加工して
造られる物質文明は築かなかったと考えられます。
現在のいわゆる物質文明の基礎は一神教の文化圏の民族がつくってる
ようですし。
どっちが優れてるなどと言うつもりはありません。
現在世界中で物質文明による問題(環境汚染など)も起こっていますし。
ところで、答えましょうさんのいう宗教はキリスト教に限って
いるんですか?たとえば金剛禅の様にダーマ<法>という法則のみが
宇宙を支配しているという原始仏教の流れを汲む宗教も存在します。
人格化された<神>と言う物を信仰するのは私は違和感があるんですが
科学的な態度をとるのにむいてませんか?
114 :
名無しさん:2000/07/11(火) 21:57
113> ところで、答えましょうさんのいう宗教はキリスト教に限って
過去レスでそう逝ってますね。
115 :
名無しさん:2000/07/11(火) 22:01
神様を信じると、平和になると思いますが、
自由は無くなってしまう?
神様を信じると、平等になると思いますが、
個性は無くなってしまう?
神様を信じると、環境は良くなると思いますが、
景気は悪くなる?
116 :
名無しさん:2000/07/11(火) 22:05
宗教の違いが戦争を引き起こしたりもします。
宗教=平和とは言えません。
117 :
neru:2000/07/11(火) 22:12
いわゆる宗教戦争ね>116
ついでに魔女裁判も宗教が人を殺した例だ。
科学は戦争の道具を作った。宗教は戦争(の一部)を作った。
118 :
名無しさん:2000/07/11(火) 22:16
>116
全員が一つの神を信じれば、戦争は起こりませんよね。
ってことを言いたかったのですが・・・
119 :
名無しさん:2000/07/11(火) 22:23
>118
それってファッショじゃん。
金日成マンセヨ〜と、同じじゃん。
人間界は、そういう平衡状態にはならないと思うよ。
そうならなったから、文明の進歩があったんでしょ?
120 :
名無しさん:2000/07/11(火) 23:04
>118
同じ神を信じても宗派で対立するでしょう。
宗教ってそういうものじゃない?
121 :
名無しさん:2000/07/11(火) 23:06
>119
ファッショなので、神様を信じると自由が無くなってしまうと思ったのですが・・・
122 :
名無しさん:2000/07/11(火) 23:08
>120
唯一神を、全ての人が信じると・・・という仮定のつもりでした。
ここだけお花畑 電波板か?
124 :
マルクス・イキマクリクス:2000/07/12(水) 00:47
はははは!なかなか盛況だね。
議論が何処へ向かうか分からぬが、少なくとも理科系の人間が
こういうことを議論するってのも、あながち不必要なことではない。
1人で自問自答して、変なカルト宗教のプチカリスマににっかかるよりましだ。
「答えましょう」君、現在にキリストが復活することはない、ということが、
宗教や信仰に向かう上で大切なことなのだ。世俗に生きる現行の宗教団体に対しては
決定的に疑ってかかるがいい。
神は何も与えない、ということを決定的に自覚しつつ、科学の在り方に異をとなえつづける。
オウムが先例を作ってしまった以上、現代社会で信仰が果たす役割は、これ以上でも以下でもないのだろう。
125 :
>124:2000/07/12(水) 01:50
てめーなにさま?かみさま?仏様になる?
126 :
答えましょう:2000/07/12(水) 08:14
おはようございます。
>102
科学と信仰が融合できるかというレベルだと、どの神様であれ
あまり関係無いでしょう。
逆にこの神様なら科学と一体になれるという候補があれば指摘
してください。
127 :
答えましょう:2000/07/12(水) 08:15
>103
わかりました。私の知識が曖昧かつ間違っていると指摘されて反論できない
事を反省します。剣豪からも指摘されたので、専門家から見て私のレベルは幼稚園児なみなのでしょう。
悔しいので今週末は図書館にいきます。
128 :
答えましょう:2000/07/12(水) 08:15
しかし、幼稚園児からの反論!
あなたは哲学者の基本である論理の使い方が変。
>今世紀ほど科学哲学が「哲学」のなかでメジャーになったことはないぞ。
>「近代科学において哲学が遠い存在となっている」など寝言もはなはだしい。
私の議論は、
科学は既に宗教や哲学とは一線を画して、独自に進んでいるのではないか。
特に日本の場合はキリスト教の土台が無い為にこの傾向がさらに強いように感じる。
科学者のみなさん、もう一度あなたの研究を宗教や哲学と関連づけて考えられないですか?
それに対しての反論が、
(1) 今世紀ほど科学哲学がメジャーになったことがないぞ
メジャーかどうかというのはあくまで主観、もしくは基準の問題。ここで駄目。
仮に、メジャーであるという事を認めても、それが科学者にとって哲学が近い存在
との直接の証明にはならない。
科学が哲学から遠い存在であるという私の仮説には、日本の科学者は研究に哲学と宗教を
持ち込まないという主張がある。(それぐらいは隠れていてもわかるでしょ?)
だったら、帰納的に、日本の科学者だれそれは哲学を学び、研究にこういう影響が
あったことぐらい知らないの!と言うとか、演繹的に科学哲学が哲学の中で大きな位置を占めていることが、どういう論理にそって、日本の科学者が哲学の影響を受けながら研究しているという事を証明できるか説明するべきでしょう。
難しい言葉を学ぶ前に、基本を固めたほうがいいのでは?
129 :
答えましょう:2000/07/12(水) 08:16
>104
私の信じるにいたるロジックそのものを聞いて、そこに論点を見たいと
いうことでしょうか?
130 :
答えましょう:2000/07/12(水) 08:17
>105
お母さんに聞いたら? 僕は家にあった家庭の医学だったけど。
131 :
答えましょう:2000/07/12(水) 08:17
>106、107、108
あなたの意見には賛成です。参考になるかどうかわかりませんが、この議論をやって
いて痛切した事を書きます。
自分で信じることはできても、それを他人に論理的に説明するのは難しい。
まして同一宗教でも自分の解釈と他人の解釈は違うかもしれない。
だからこそ、神学校なりで解釈を統一し、論理に整合性を持たせる必要がある。
しかし、それがこうじると権威主義になるし、人間が解釈する限り間違わない
可能性は無い。一方、一人一人にまかせていては、前述の問題は解決せず、
内容はどんどん希薄かつ、本筋から離れる恐れがある。
科学は検証できるが、宗教は神が君が正しいと答えてくれる訳ではない。
(死んでからわかるかも知れませんが)
科学が強い訳がよくわかりました。
何が必要なのかもっと深く考えてみたいと思います。
132 :
答えましょう:2000/07/12(水) 08:18
>111
>実際、意志・意図に相関を示す神経細胞の存在が知られています。
>長くとも100年もしないうちに、全容が解明されることでしょう。
>そうなれば、「脳を持たずして、意志あらず」が自明となります
神=究極の意志、ととる人が多いようですから、意志とは何かが
わかるという事は、神とは何かに一歩近づくことです。
人工知能の研究も科学です。コンピューターに意志はもたせられるのか?
単なる乱数しか持たせられないのか?
人間の意志とは何なのか?脳細胞で意志が発生でき、コンピューター
に意志を持たせられないとすれば、その理由は?
逆に仮にコンピューターに意志が持たせられ、最初から人間として育てたら
それは人間なのか?人間の意志を、そのままコンピューターに移植したら
それはまだ人間なのか?(らせんとかありましたよね)
人工知能の研究や脳の研究は科学ですが、哲学や宗教ともいえませんか?
あなたの指摘のように100年もしない内に、これも机上の空論では
なくなるでしょう?
133 :
答えましょう:2000/07/12(水) 08:20
>Rio坊
>宗教は無力で慰めにしかならなかった。
>さらに避難民を受け入れなかった教会・寺院もあった。
議論などいくらやっても、実際に役立たなければ何の意味もないし、
そもそも、言ってることさえやらない人がいる。
その教義を信じる人の間だけの仲間内のざれごとと同じ。
あなたのお話を聞いて正直にショックでした。
宗教が過去に果たしてきた倫理の構築や、社会への貢献は話せても
今何をやっているのかと正面から言われて答えに詰まっています。
大変申し訳ないですが、今週末かけて考えさせてください。
134 :
答えましょう:2000/07/12(水) 08:22
なので、申し訳ないですが、ここで一人で考えたいと思います。
自分の考えがまとまるまで、レスできないかもしれませんが、
よろしくお願いします。
君の頭の悪さには不憫になるよ
136 :
88>答えましょう128:2000/07/12(水) 14:33
図書館に行けば解決する問題でもないね。
>メジャーかどうかというのはあくまで主観、もしくは基準の問題。
「特に日本の場合はキリスト教の土台が無い為にこの傾向がさらに強いように感じる。」
これは君の感じ方の問題、つまり「主観ないし基準の問題」ではないのか?
実際この直観はまとはずれもいいとこだが。
要するに、まだ語られていないことが大量にあるのもかかわらず
相手の論理が全てわかってしまったなどと思いこむとこういうことになる。
それから、私だって別に詳しいわけじゃないが、今世紀の哲学(というか思想)は
「知」とか「認識」とか「主体」とかの問題について展開されてきたのでは
ないのかね。これはまさしくひとが科学する(自然科学だけが科学だと思うなよ)
にあたってどうしても必要な問題だ。その意味で今世紀の思想は
まさに科学哲学に直結している。
137 :
88>答えましょう128:2000/07/12(水) 14:35
>仮に、メジャーであるという事を認めても、それが科学者にとって哲学が近い存在
>との直接の証明にはならない。
哲学をなんだと思ってるのかな? 科学者に予断を与えるための(言い方が悪いが)
宗教的偏見装置という意味であれば君の言うとおり遠い存在だろう。
そうではなくて「『知』の展開」にあたり必要とされるフレームワークという意味なら
まともな科学者で「哲学」にお世話にならずに済むひとがいるとは思えないね。
君は自らの宗教的偏見によって上の二つが頭の中でごっちゃになっているんじゃないか?
次のものの言い方にそれを強く感じる。
>科学が哲学から遠い存在であるという私の仮説には、日本の科学者は研究に哲学と宗教を
>持ち込まないという主張がある。(それぐらいは隠れていてもわかるでしょ?)
宗教との関係では「科学に宗教を持ち込まない(というか、宗教は内心に秘めておき
議論の対象としない)」というのは今世紀の科学哲学の重要な成果である
(これは図書館でもわかる話)。一方、哲学との関係では、科学が哲学の影響を
受けていないかと言えば上に書いたとおり「『知』の展開」にあたり大いに受けている。
だから上の君の問題提起は大いにピントのずれたものになってしまっている。
実例を挙げよと言われているような気がするので一冊あげる。
「科学的方法とは何か」浅田彰・佐和隆光・山口昌也他、中公新書
もちろんここで述べられているのは、自然科学に限らないのであるが。
>難しい言葉を学ぶ前に、基本を固めたほうがいいのでは?
これは君自身のことだ。キリスト教徒がしばしばこういう思いあがりを
持っているのは知っているが、たいがいにしたほうがいい。
138 :
答えましょう:2000/07/12(水) 16:43
これまでの批判をまとめると、前提となる現在の科学の状況に対する私の意見が
(1)直感に頼った思い込みで、まずそこで間違えている
(2)しかもその直感が宗教的バイアスで偏見ともいえる
(3)そもそも現代の科学の定義とそこまでの発展形態を不勉強
さらに、そこから結論のもっと宗教を取り入れるべきにいたる議論も
(1)論理に筋道もないし、間違った概念での説明で説得力が無い
(2)仮にそれを全部受け入れても、それで何がよくなるのか説明できない
それを一文で書く人からは
結局は「何がいいたいのかわからない」「何かいいことあるの」
まいりました。
139 :
名無しさん:2000/07/12(水) 16:53
おかーさんにきくと赤ちゃん専用の
出口から出てくるって言ってたよ
それはどこにあるの?
140 :
>139:2000/07/12(水) 17:03
恥知らず。
141 :
答えましょう:2000/07/12(水) 17:06
それでも、人間は万能でなく限界があり
科学だけで全ての問題は解決できるはずがない。
理性だけでコントロールできるほど強くない。
142 :
Rio坊:2000/07/12(水) 18:18
>答えましょうさん
実体験に根ざした少々キツイ詰問を書き連ねたようで、反省しています。
でも、当時は神も仏も無いような状況でした。
人間は、年を食うにしたがって、辛い体験を否応無く積み重ねて行きます。
かく言う私も、HNに反して実はオッサンです。
しかしながら、あまり波風の無いような私の人生にも、
年の蓄積に伴い、辛いことも溜まってくるものだと、
自分なりに関心してしまいます。
別の発言で書いたように、私自体は、宗教が必要だと思っています。
(科学の議論には持ち込みませんけれどね。)
そうでないと、V.E.フランクルほど解脱(?)できませんので、
辛さに持ちこたえられないと思います。
でも良い(?)体験もいろいろしました。一例を述べると。
(1)人間どんなに落ちぶれても、人間として最低限の自尊心はあったこと。
これは、我ながら驚きでした。配給アンパンを食い、野糞を垂れて、
垢まみれ埃まみれで、ビニールの裂け目から星空が見えるところで寝ても、
ぎりぎりの自尊心はありました。獣には退行しませんでした。
(2)人間の神性をみたこと。
エゴがむき出しになることもあったが、個としての人間という、
最低限のところで、国籍を超えて繋がっていました。
韓国人もベトナム人も日本人も自衛隊もです。
143 :
なんか:2000/07/12(水) 18:19
えらく初歩的な所にまで話が戻ってる気がするぞ(笑
144 :
Rio坊:2000/07/12(水) 18:19
続き、
(3)生命の不条理を感じたこと。
焼け跡の子供のおもちゃが転がっており、その横に線香がくべてあるだけで、
茫然自失としてしまいました。
この子の生まれた意味は人間では計り知れないと思える瞬間でした。
でも、残されたものたちはそうは言っても、配給パンを食って、野糞をひりながら
生きて行くんだなという確信があったことも事実です。
(4)人間は、一人で死んでいくんだなという実感
こればかりは、代わってやれないですものね。宗教が大事だと思いました。
多くは語れないことをお察しください。
>理性だけでコントロールできるほど強くない。
そうは言っても人間には神性があると思いますよ。
(そう楽観できない事件もおおいですしね。)
どうでしょう?
あなた独自の倫理と哲学の構築を目指してください。
このスレを立てる行動は立派です。
我ながら、恥ずかしい駄文失礼しました。
145 :
なんか:2000/07/12(水) 18:21
>141
146 :
88>答えましょう141:2000/07/12(水) 19:05
>それでも、人間は万能でなく限界があり
>科学だけで全ての問題は解決できるはずがない。
>理性だけでコントロールできるほど強くない。
そのとおりです。実際、科学は宿命的に不完全なしろものです。
どのみち人間のやることですから。
ただ、少しでも科学による不備や無知をなくそうという
懸命な(賢明な?)、ある意味非常に人間臭い積み上げや
自己批判があるおかげで、人々の信頼をある程度
勝ち得ることが出来ているのだと思います。
147 :
名無しさん:2000/07/15(土) 02:40
答えましょうさんの60での発言の
>>表面的な技術を研究しても、それは科学技術であり、
>>科学ではない。私はあえてそう提案したいのです。
この部分は賛成です。
バックには宗教や哲学っていうのはちょいと疑問ですが、
日本ってまさにこの状態ですよね。
日本は「経済大国」「技術立国」とは言われても、
「科学立国」とは呼ばれませんしね。
148 :
名無しさん:2000/07/15(土) 14:49
>重要なことは、それではこの世界は何故存在するかということです。
> 神(おまんこやはなたれでもいいですが創造主)を否定することは、
> この世界はただの空虚な偶然の産物であり、我々も単なる物質が
> たまたますごい偶然で結びついた結果というだけの、泡のような存在
> ということでしょう。そうなんですか?
「そうあって欲しい」つうことを元に事の真偽を云々されても困るよね。
この人、政治思想板の自爆史観ウヨクとほとんど同じ事をやってるような気がするよ。
>それでも、人間は万能でなく限界があり
> 科学だけで全ての問題は解決できるはずがない。
> 理性だけでコントロールできるほど強くない。
だからさあ、それは個人でやりゃいい問題なわけ。
科学ってのは他者に通じるロジックを扱うもの。
宗教は個人個人で選び取るもの。
それが「反証可能性」という線引きにつながってくるわけ。
めちゃくちゃ不遜なハンドルでえらそうに出てきて、あんたがやってるのは
いかにもキリスト教徒らしい自己の宗教の押し付けにすぎない。
149 :
>1:2000/07/15(土) 16:41
人間、あまりにも自明な事はいちいち強調したりしないよ。
答えましょう氏が神様の存在を微塵も疑っていないのならば
科学者のお墨付きなどあえて欲しがる必要すら無いのでは。
理性では信じていても心のどこかで確信しきれ無い不安が
あなたを神様の証明に駆り立てるんじゃないのかなー?
150 :
剣豪:2000/07/16(日) 02:06
ひさしぶりだな、ここ。
>148 149
スレッドの全体像を把握した上で発言しませう。
余談ですが、同じ宗教でも仏教では
こういう形而上学的論議は結論が出ないので
するべきではないというのが基本です。
152 :
学生:2000/07/18(火) 22:44
このスレッドは結構おもしろかったです。
>>答えましょうさんへ
あなたがこのスレッドの主旨に至るまでに参考になった
文献などを挙げていただけないでしょうか?
153 :
シェル・オヴ・カイザー:2000/07/21(金) 07:50
このスレに居る奴全員ドキュソ。よって、
―完―
無知くん発見
155 :
名無しさん:2000/07/24(月) 07:42
勉強になるのであげ
156 :
neru:2000/07/24(月) 12:55
帰って来ないなぁ。
157 :
さげ:2000/08/05(土) 16:59
帰ってこない。
ゲルニこいたかなぁ〜。
クリスチャンの信念ってこんなもんなのね。
チャンチャン。
158 :
完済人:2000/08/08(火) 22:26
帰って来ない、ね。クリスチャン嘘吐き?
159 :
名無しさん:2000/08/15(火) 03:54
みなさんは科学にたずさわっていて神を感じることありませんか?
神の悪意を感じる。
161 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2000/08/21(月) 13:09
>160
なんでこんなにややこしくしたんだよ!
という意味ですね、、
しかし、答えましょうさんは帰って来ないなぁ、、
162 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2000/08/21(月) 19:50
163 :
人間原理:2000/08/23(水) 06:07
こんなにややこしくしなかったら、
人間を生み出せなかったんだよう。
164 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2000/08/23(水) 08:13
>163
え!?、泥かなんかこねて作ったんじゃなかったの?
165 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2000/08/25(金) 05:23
>答えましょうさん
講談社 BLUE BACKS
「科学者とキリスト教」〜ガリレイから現代まで〜
渡辺 正雄 著
を読んだでしょ?
あなたと同じようなこと主張してます。
著者本人だったら驚きですが。
166 :
名無しさん@お腹いっぱい。:
神とは完全な無です