>>353 公○に限っての話ですが、消滅というか、”エ○村に住んでいた人たち”がかつては確かに
いたのでしょうが、時代とともに宅地が開発され、お上の命令のもと、道路網が拡張し、
どこかに追いやられてしまった。跡地には道路が敷かれ、一般住民が住みつき、
自然に一般地区となってしまった、と私は想像しています。
これが私の言う消滅の意味です。今となってはどの辺がエ○村であったのやら分からない
のですからよほど小さい集落だったのかもしれません。
大きな集落であれば後世まで残ると思うのですが。
エ○村の人たちが集団移転させられたのか、あるいは極小なため適当に散り散りになったのか
そのあたりは文献が今のところ見出せないので憶測の域を出ないのです。
それと、住民調査したわけじゃありませんが、公○にB地区があったと知っている人は地元でさえ
ほとんどいないと思いますね。明治時代に生まれた年寄りから何かを伝え聞いた人ならともかく。
横須賀で部落なるものが存在することすら知らない人が大半です。横須賀なんて部落ってなに?
同和って童話?こんなレベルです。同和団体関係者に公○にエ○村があったことを知っているか、
と問うてみたいです。