王国暦950年。
パレポリ町の北に広がる森のはずれの、小高い丘で、二人のきこりが、不思議
な物体を見つけた。
大木の根元に寄り掛かるように朽ち果てた、金属のかたまりである。
若いきこりが、金属を覆うツタを払うと、ガラスの二つの目が現れた。
老いたきこりが、つぶやいた。
「これは、森の番人をしておった、機械人形じゃよ。
わしも子どもの頃、遊んでもらったものじゃ。
長いこと見かけなかったが、とうとう壊れてしまったのかの」
* * * *
王国暦601年。
パレポリ村の北に広がる砂漠地帯のはずれに、年若い夫婦が住む一軒の小屋が
あった。
夫の名はマルコ、妻の名はフィオナ。
夫婦の小屋に、ロボと呼ばれる機械人形が同居するようになって、間もなく1
年がたとうとしている。
「ロボ、精が出るな。そろそろ一休みしたらどうだ」
「マルコ、お帰りなサイ。私ハ疲れませんカラ、ドウゾ心配しないでクダサイ」
ロボは、荒れた地を耕す手を止めずに答えた。
マルコは、サンドリノの村に苗木を買い付けに行って、たった今帰って来たと
ころである。
まだ春浅い日のことだった。
「ロボ、知ってるか? 昨日、ようやく王様にお世継ぎが生まれたんだ。村は、
祭りのような賑わいだったぜ。このあたりにはまだ伝わってないだろう」
マルコの言葉に、ロボの手がぴたりと止まった。
「ソウデスカ…。王子ガ生まれたのデスネ…」ロボは、誰に言うでもなくつぶや
いた。
ガルディア21世の長男が生まれた3日後、生母であるリーネ王妃は、その短
い生涯を終えた。彼女の心臓は、出産に耐えることができなかったのである。
ロボは、日課の農作業の最中に、パレポリ村へ向かう旅人からその話を聞いた。
−−ヤッパリ歴史ハ変ワラナカッタ−−
ロボは、つらい気持ちでカエルのことを考えた。
その夜、フィオナは、編み物をしながらしんみりと夫に話しかけた。
「王妃さまは、どんなにか赤ん坊のことが心残りだったでしょうね。」
「お前は、体に気をつけて、よい子を産んでおくれよ」
愛しげに妻を見つめて、マルコが言った。
「私は野育ちで、丈夫だもの。心配することはないわ」
フィオナの胎内には、秋に生まれるはずの命が芽生えている。
フィオナの女児は、生を受けた7日後に、この世を去った。
産み月に満たない出産であり、まだ暑いさかりのことだった。
ジュリエッタと名付けられた、小さな亡骸を抱いて、フィオナはまる一日泣き
続けた。マルコも、フィオナの肩を抱いてともに泣いた。
小屋にほど近い丘の上に、小さな墓を作ったのはロボだった。
墓の前に膝をついて、真っ赤な目でフィオナは言った。
「あの子は、何のためにこの世に生まれてきたのかしら。
苦しむためだけに生まれてきたのかしら。」
ロボも、マルコも、答える言葉を持たなかった。
ロボは、小さなジュリエッタのために、一本の苗木を墓のそばに植えた。
−−コノ木ガ育って、ジュリエッタを夏の日差しから守ってくれますヨウニ。
小鳥が枝ニとまって、美しい声デ、小さな魂をなぐさめますヨウニ。
どんなにつらい苦しみも、時の手が少しずつ癒してくれる。
フィオナに笑顔が戻るには、長い時が必要だったが、それでもやはり例外では
なかった。
2年の月日が流れ、夫婦は新たな命を授かった。今度は男の子であった。
ピエトロと名付けられた赤ん坊が、二人の家庭に明るい笑いをもたらした。
翌年には、女の子が生まれ、コンチェッタと名付けられた。
ロボはその間も、黙々と大地を耕し、種を蒔き、苗木を育て続ける。
* * * *
「久しぶりだな、ロボ。元気にやってるか」
懐かしい顔が、フィオナの小屋に訪れた。カエルである。
カエルは、5歳になったアルフ王子に、剣の手ほどきを始めたばかりだと語っ
た。筋がよく、驚くほど上達が早いこと、目元は国王に、柔らかな金髪は亡き王
妃にそっくりだということを、明るく語るカエルを見て、ロボは心から嬉しく
思った。
ロボとカエルは、ともに時代を越えて冒険をしてきたが、同じ時間を共有して
いるわけではない。カエルの時間軸と、ロボの時間軸は交差している。ロボと今
語り合うカエルは、はるか未来にラヴォスと戦い、またこの時代に戻って来たカ
エルである。ロボにとって、ラヴォスとの戦いは、これから400年の時を経て
クロノ達と合流したのちに、出会う出来事のはずだ。
その戦いが終わった時に、クロノ、マール、ルッカ、エイラ、そしてロボ自身
がどうなっているのか、カエルはすでに知っている。だが、彼はその話には触れ
なかったし、ロボもまた、尋ねようとはしなかった。
そしてロボは、これからカエルがどんな人生を送るのかを見届けることになる
だろう。しかし、400年後にカエルと再会した時に、それについて語ることは
決してない。それは、仲間としての礼儀だろう、とロボは思った。
カエルの人生は、カエル自身が経験して知るべきものであり、ロボのそれも同
様なのだ。
城へと戻るカエルを見送りながら、ロボは、数カ月前にトルースの裏山に足を
伸ばした時のことを思い出していた。タイムゲートは跡形も無くなっていた。
ロボは、もう他の時代へは行けない。400年後のクロノ達との合流を待つし
かない。
* * * *
ピエトロとコンチェッタは、フィオナ夫婦の愛情を受けて、すくすくと育った。
年の離れた小さな弟のパブロが、農作業の手伝いが出来るようになる頃、小屋の
住人が、また増えた。ピエトロが、パレポリの村の娘を娶(めと)ったのである。
小屋の周辺では、ようやくわずかな木々が根づき、木陰を作るようになった。
だがロボの前には、まだまだ広大な荒れ地が広がっている。
同じ頃、老いた国王・ガルディア21世が、その長い生涯を終えた。魔王戦争
の一時期を除き、平和で穏やかな治世であり、歴史に残る名君と讃えられた国王
であった。
二十歳をわずかに越えたアルフ王子がガルディア22世として即位した数カ月
後、ロボはカエルと会った。カエルは、王子も独り立ちしたことだし、森の中の、
かつて暮らした家に戻るつもりだと語った。
「俺もそろそろ隠居の身分さ。これからは、のんびりと一人暮らしだ」
笑うカエルの顔には、確かな老いの影が見えた。
それが、カエルがロボと会った最後だった。
数年がたち、ある年の春、パレポリ近くの森に住む異形の剣士が亡くなった。
近辺の人々は、その剣士が何者なのかはよく知らなかったが、城から来た使いが、
手篤い葬儀を行ったことに驚いた。その一行の中の、品のよい青年が、遺体にす
がって号泣したということ、その青年が若き国王によく似ていたといった噂は、
ロボの耳にも届いた。
−−カエルハ結局あの姿デ生涯ヲ終えたワケデスネ−−
それが、良いことなのかそうでないことなのか、ロボには分からない。
分かっているのは、最後に会った時も、カエルが明るく笑っていたことだけだ。
ピエトロの息子が片言を話しだして間もなく、マルコが流行り病いで倒れた。
「ロボ、フィオナと子供たちを頼む」マルコは、ロボにその言葉を残して、この
世を去った。
ロボは、フィオナの気落ちを心配したが、思いのほかフィオナは落ちついていた。
「だって、いずれまた会う時がくるのだもの」静かに笑ってロボに答えた彼女は、
一年を待たずに、病床に伏した。
懸命に看病するロボに向かって、フィオナは弱々しい声で、それでも冗談めか
して言った。
「マルコが待っているから怖くないわ。小さなジュリエッタにも、会えるし。
こんなおばあちゃんに『お母さんよ』って言われて、びっくりするかしらね」
子供たちと、孫に囲まれ、静かにフィオナは逝った。
木もれ日が、窓を通して、床に緑の影を落とす午後のことだった。
「今までありがとう。これからも森を守ってね」
それが、ロボへの最期の言葉だった。
よくわからんが支援
* * * *
フィオナの愛した森は、やっと小屋のまわりを囲む程度である。
ロボは、まだまだ、森を広げなければならない。
荒れ地を耕し、水をまき、腐葉土をならし、土を肥やしてゆく。
種を蒔き、苗木を育て、若木の下枝を払う。
フィオナの子供たちも、ロボとともに働いた。
幼子は育ち、やがて巣立って行く。
その親達は、老いて、土へと還ってゆく。
結婚が、出産が、死が、フィオナの小屋を訪れては去っていった。
森は少しずつ、荒れ地へとその勢力を伸ばしていった。
* * * *
「ねえ、ロボは死ぬのは怖くないの?」
火掻き棒で、燃えさかる暖炉の火をつつきながら、トニオがロボに尋ねた。
窓の外に、その年初めての雪が降り積もる晩のことである。
トニオは10歳、フィオナから数えて8代目の子孫にあたる。
ロボが大地を耕し始めて、すでに250年の月日がたっていた。
「ナゼ、そんなことヲ尋ねるノデスカ、トニオ?」
「おじいちゃんが、死んだ時のことを思い出していたの。
ほら、今夜みたいな雪の夜だったでしょ」
トニオの祖父は、一年前に亡くなっていた。
「トニオは、死ぬことガ怖イのデスカ?」ロボは、優しく尋ねた。トニオはどこ
となく目鼻立ちがフィオナに似ている。
「死ぬことは怖くないよ。天国へ行くだけだもん。
だけど、死ぬとき一人ぼっちだったら怖いな。
もしも、僕の家族がその時みんな死んでいたら、僕は一人ぼっちだろ」
「それナラバ、大丈夫デスヨ。
私がいますカラ、アナタは一人ぼっちにはナリマセンヨ。」
「そうなの、ロボ? 僕より先に死んだりしない?」
「私ハ、機械デスカラ、アナタがた人間ヨリ、ずうっと長く生きマス。
アナタがおじいさんになっても、私ハ今と変ワリマセンヨ」
「そうか、なら、安心だ。よかった」
トニオは晴れやかに笑った。それから、ふと、真顔になって尋ねた。
「ロボは? ロボが死ぬ時は、誰が側にいてくれるの?」
ロボは、答えなかった。
トニオはなんだか、ロボが困ったように笑っている気がした。
トニオは、孤独な死を迎えずにすんだ。
約束どおり、ロボが看取ったのである。
妻はすでに亡く、一人娘のアンナは、トルースの町へと嫁いでいて、トニオの
最期には間に合わなかった。
雪の夜から50年の歳月が流れた、秋の日のことだった。
アンナは、涙をふきながら、ロボに言った。
「父さんがいなくなったら、この小屋にあなたは一人ぼっちでしょう。
町に来て、私たちと一緒に暮らしましょう」
「アリガトウ、アンナ。デモ、私ハ、町へハ行けまセン。
私ハ、コノ森ヲ守らなくてはなりませんカラ」
フィオナとの約束がある。なによりも、ここを動いては、クロノ達と会えなく
なるかもしれない。
森は、かつての荒れ地の大半を覆うばかりとなっていた。
ここが砂漠であった時代があることを知る者は、ほとんどいない。
十数年の間、ロボは一人で森を見回り、手入れを続けた。
ときおり村の子どもが迷いこむことがあったが、その他は訪れる者もほとんど
ない静かな日々だった。
森は、広大なものとなっていた。
柔らかな下草が生え、鳥の鳴き声が聞こえ、小動物の群れがそこかしこに見ら
れた。
ロボは、近頃、体の不調を感じる。無理もない。300年以上、働き続けたの
だ。自己修復機能も、そろそろ限界だ。
クロノ達との約束にはまだ80年近くあるが、ロボは、眠りについて、その時
を待つことに決めた。
うんこー
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| '`-イ.|∵∴(・)∴∴.(・)∴| | .| tanasinn
|ヽ ノ |∵∵∵/ ○\∵| | .|
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
バタン
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星が美しい晩に、ロボはフィオナの小屋を出て、小高い丘に登った。
小さなジュリエッタが眠る場所である。
今では、フィオナをはじめ、ロボが共に暮らした一族の墓標が、立ち並ぶ場所
でもあった。
ジュリエッタの墓のそばに植えた苗木は、堂々たる大木となっていた。
ロボは、その木の洞に、手を差し入れた。みどり色に透き通った、石のような
ものがその中にあった。
この大木のまわりは、いつの時代も子どもたちの恰好の遊び場であった。
子どもたちは、木の幹に傷をつけて、背比べをした。
フィオナの曾孫の時代であったか、子どもの一人が、木の洞に樹脂のかたまり
を見つけた。他の樹脂が琥珀色なのに、それは、みどり色をしていた。子どもた
ちは、それを日に透かして、宝石のようだと喜んだ。遊び終わると、洞に戻すの
が通例となり、それは代々の子どもたちに受け継がれた。歳月につれて、そのか
たまりは少しずつ大きくなって行った。
ロボは、自分の胸を覆う金属片の一部をはずし、そっとそのかたまりをしまっ
た。そして、ジュリエッタの木の根元に、腰を降ろした。
−−ロボは、死ぬのは怖くないの?−−
ロボは幼いトニオの言葉を思い返した。死ぬのではない。電圧を切って、眠り
につくだけだ。
だが、眠りからさめた時、そこが、A.D.2300年の廃墟であったとしたら?
ロボがクロノ達と別れて、300年を越える時が過ぎている。時折、クロノ達
が本当に存在したのか、ふっと分からなくなることがある。
自分は、あの荒廃した未来で、一人ぼっちで長い長い夢を見ているだけなのか
もしれない。ロボの怜悧な頭脳に、そんな疑いが起こるときがあった。それは、
ロボにとって、死よりもさらに恐ろしいことであった。
ガリッ−−
木に寄り掛かった時、ロボの体のどこかが、木を傷つけた。そっと腕を頭の後
ろに回して触ってみる。滑らかな金属に一か所、無骨な溶接箇所があった。
−−ロボは、直ったら何をしたい?−−
ふいに、ルッカの声が蘇った。そうだ、この傷は、はじめて会った時にプロメテ
ドームでルッカが修理してくれたものだ。
クロノも、ルッカも、他の仲間たちも、みな、確かに存在した。夢ではないの
だ。一人ぼっちではない。
ロボは、自分の電圧を切った。意識が少しずつ低下する。
−−クロノ、ルッカ、マール、エイラ、カエル。
目が覚めたら、お会い出来るのデスネ。
その時は、一晩中お話シマショウ。
フィオナと、その子どもたちの物語ヲ……
満天の星が、ロボのセンサーに映っている。
その光が、やがて薄れはじめた。
END