映画、ターミネーターに出てきた台詞、「ターミネーターは様々な時代に送られた・・・」、あなたは覚えているだろうか。
そう、ターミネーターは江戸時代の日本にも送られていたのだった。
これは権べと田吾、二人の勇者のもう一つの可能性の物語である。
「第壱話 敵襲」
――革命前夜。
権べと田吾は鎌を砥いでいた。
囲炉裏の火がパチパチと爆ぜる。
「やってやる…やってやるっぺ…おら、殺ってやるっぺよ(
>>39)」田吾が血走った目で呟く。
(まったぐ、頼れるやづだ)権べはニヒルな笑いを浮かべて思う。
キュウオオーーーーンというおよそ聞いた事のない音が表でした。
「なんだ!?ばれだのが?おらだちのたぐらみ(一揆)が!?」鎌を構える田吾。
権べが家の外を窺い、驚愕の表情を浮かべた。
空間が球形に切り取られ、発光している。そこから裸の人間が登場した。
「狐だ!!」「いんや狸だ!!」混乱する二人。
そこに丁度、村長が通りかかった。(危ねえ!逃げてくんろ村長!)
二人の心配も虚しく、村長は裸人間に刺し殺された。
「村長を尊重しろ!!」田吾が訳のわからないことを言って突撃していく。
そこに丁度、忍者が通りかかった。(危ねえ!逃げてくんろ田吾!)
権べの祈りが通じた。忍者は裸人間に刺し殺された。
裸人間の体がぐにょぐにょと波打ち始めた。そして殺された忍者と完全に同じ姿になった。
「化け物め!!」
「おらだちが相手さなってやるだ!!」
たった二人の戦争が、今、その幕を開けた。
「最終話 終局」
囲炉裏の火が納屋に燃え移り、辺りは紅蓮の炎に照らし出されていた。
夜の闇がゆらゆらと橙色に染まり、田吾の脳内に幼い頃行った京都の大文字焼きを思い出させた。
田吾は死にかけていた。太腿の内側の動脈を傷付けられ、出血が激しい。もう長くは持たないだろう。
童貞のまま死んで行くのだけは避けたかった。贅沢を言わず、あのたらこ唇の腰元とやっておけばよかった。
「やっておけば・・・やっておけば良かった・・・犯っておけば良かったっぺ(
>>39)」
田吾の願いは洒落にならないほど真剣なものだった。血がほとんど残ってないのに勃起している。
血塗れでぼそぼそと呟きながら一物をこすり続ける田吾の姿を見て、忍者は少しだけ後退した。
田吾のリビドーに彩られた強烈な怨念が、ターミネーターをも恐れさせたのだ。
躊躇いを振り払うかのように頭を振り、忍者は手裏剣を取りだした。構え、田吾の頭に標的を定める。
桃色の世界が、じょじょに本来の世界の色を取り戻し始めた。辺りは黝(あおぐろ)い闇に包まれていた。
眼下に山や海や川や田畑が見えた。夜なのでぼんやりとしか見えない。
一箇所だけやけに明るい所がある。(火が燃えているのか?)
良く見ると人が姿が確認出来た。一人が何か握り、手を前後に動かしている。
もう一人が一歩下がり、何かを取り出して構えた。
その横に、誰かが倒れている。
(あれは・・・おらか!?)
急激な落下感覚とともに権べは己の肉体に吸い込まれ、視界が黒く染まった。
びくん、と権べの死体が律動した。驚いて忍者が飛び退(すさ)った。
(・・・う・・・ん?)
段々と意識が戻ってきた。どうやらこちらでは時間があまり経過していないようだ。
脳が酸欠で死にかけているらしく、左の視界が完全に塞がれている。
何度もまばたきすると、一心不乱に一物をこすり続ける田吾の姿がぼんやりと見えた。
血塗れになりながらも、両の脚でしっかり立ち、何かを呟き続ける姿は行者のようで、神々しくさえあった。涙が出てきた。
口をきっと真一文字に結び、目を大きく見開き、憤怒の表情で敵を見据える彼は、不動明王の如き激しさを全身に宿している。
(そうか、田吾、おめえもそうやって戦っていてくれたんだな)
(おら、帰ってきたぞ、約束、果たさねばならんもんな)
何時の間にか、左手に葉っぱを、右手に竹槍を握り締めていた。爺の餞別だろうか。
権べは葉っぱを食べた。何故だかわからなかったが、そうすべきだと思った。
体が点滅し、発光し始めた。ゆっくりと、立ちあがる。
忍者が手裏剣を投げつけてきたが、当たらない。何度も何度も投げつけられたが、体を擦りぬけて行く。
「これで終(しめ)えだ」
竹槍を逆手にもち、大きく振り上げた。
思いきり振り下ろし、忍者の脳天から股間まで、一気に串刺しにする。
忍者の全身から銀色の海鼠(なまこ)状の触手が飛び出し、出鱈目に動いた。
忍者はポオオオオ、と絶叫し、西瓜ほどの大きさの銀色の玉に収縮したあと、爆発し、四散した。
田吾の方を見ると、にっこりと笑ったまま息絶えていた。彼は射精していた。
(良がったなあ田吾、本当に、良がったなあ)
権べもにっこりと笑い、そのままどさっと前のめりに倒れた。そのまま二度と起きあがることはなかった。
一揆は起こらず、この後長い苦難の時代を農民たちは送ることとなった。
だが、二人の戦いがなければ、日本そのものが壊滅していただろう。
誰にも知られずに、戦い、死んでいった二人の農民のことを、
どうか、忘れないで。
(完)