>>585 僧正は有名な「をこ絵」の描き手でした。「をこ」とは馬鹿という意味です
が、意表をついた下品な絵や風刺画を描いたもので、正規の源氏物語や仏教
の物語の絵とは別枠で描かれたものです。
僧正の死後、100年ほど描かれた『古今著聞集』という逸話集があるので
すが、その中にこんなやり取りがあります。
全文載せるとご迷惑になるので、要点のみ挙げておきます。
鳥羽僧正が健在であった頃、同じ寺にいた身分の低い僧が絵が好きで、いつ
の間にか僧正に勝るとも劣らない描き手になっていました。
僧正、それがねたましくてたまらない(手塚先生対水木先生みたいなもの)。
その内欠点をあばいてやろうと思っていたところ、その僧が人が人を刺して
いる絵を描いたので、喜んで欠点を指摘したそうです。
「この絵は長く保存すべきだな。見るがよい、刺された男の体から、刃物の
切っ先どころか、刺した相手の腕まで出ている。
いくらなんでも、腕ごと貫通するものか。」
ざまあみろ、と思っていたところ、平然として僧いわく、
「これは絵の故実でございますよ。」
「お前の絵の故実?片腹痛いわい。」
「そうは仰いますがね、昔の名手の描いたセックスの絵なんか、性器が現実
にはありえない大きさで描かれているじゃありませんか。
本当にあんなものがありますか。ないでしょう。
「絵空事」こそが、絵の醍醐味なのですよ。」
これには僧正も二の句が継げなかった由。
世阿弥や近松門左衛門も似たような言葉を残していますが、本物にしてしま
っては、却って作品として面白くないというお話です。