すれ違う知り合いになった船客たちは、おとうさまとの別れが辛くなるわね
とジョオを慰めてくれるのですが、美少女のこんな秘めた想いなど及びも付かぬ
ことでした。もちろん、フレデリック大尉とて例外ではありませんでした。
「ようやく着いたのね!」
ジョオは感嘆の声を上げました。それはふたりが無事に到できたことへの
感謝であり、産業革命を賛美し褒め称えたものなどではありませんでした。
煙突からは白煙が上がり昼でも薄暗く、煉瓦造りの同じ家ばかりの人に冷たい
無味乾燥な街並みでした。
インドの気候はジョオに厳しくありましたが、今でも陽の恵が懐かしく思える
のでした。十年辛抱すれば、立派な淑女となっておとうさまのお手伝いも、
お家の細々とした用事も取り仕切って差し上げられると信じていました。
確かに聡明なセーラならそれも可能でしょう。
でも、今クルー大尉に告白すれば、お顔を綻ばせて喜びに額にチュッ!と
することでしょう。お前を十年も待つなんて堪えられないよと。大尉のお世話も
陽のお恵みも再会までのお楽しみです、セーラはそう考えます。
馬車はどんどん目的の場所に近づいていました。窓からもミンチン女学園
が見えて来ました。外見は周りの建物と一緒なのですが、大きな三階建の
概観は異形な雰囲気を醸し出しています。クルー大尉も多少の引っかかりを
感じ、ジョオもまた怯えているようでした。
しかし大尉は、これも伝統のなせる技と割り切り信じて疑いません。淑女を
育成する実績ある学園というのも事実です。しかし、その校風がセーラのような
自由意志の発想を持つ子供に合うかはまた別問題でした。
クルー大尉が心配してセーラの肩に手を掛けると、びくんとして振り返って
はにかむのです。その緊張が大尉にも伝わってきます。
「さあ、着いたよ!」
馬車からセーラを降ろしてやります。そして学園の呼鈴を鳴らして応接室
へと通されました。